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高齢運転者の交通安全政策に関する考察

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高齢運転者の交通安全政策に関する考察
高齢運転者の交通安全政策に関する考察
-「高齢運転者標識」及び「高齢者講習」が
高齢運転者の交通事故件数に与える影響の分析-
〈要
旨〉
増加を続ける高齢運転者の交通事故件数に対して,政府は平成 9 年に道路交通法の改正を行い,高齢運
転者の交通安全政策として「高齢運転者標識」及び「高齢者講習」を 75 歳以上の高齢運転者を対象に導
入した.さらに,平成 13 年には対象を 70 歳以上の高齢運転者に拡大する改正を行った.本稿では,これ
らの政策は,「情報の非対称」及び「負の外部性」を解消することにより,高齢運転者の交通事故件数を
減少させるものであるという仮説を理論分析より導き出した.そして,その仮説を実証するために都道府
県パネルデータを用い,政策が高齢運転者の交通事故発生件数に与える影響について実証分析を行った.
分析の結果,政策全体については,高齢運転者が加害者となる交通事故を減少させる効果は明らかにでき
なかったものの,高齢運転者が被害者となる交通事故を減少させる効果があることが確認できた.一方,
個々の政策について,「高齢運転者標識」は,高齢運転者であることを周囲の運転者に知らせることによ
り事前に事故を回避する運転を行うことを容易にし,交通事故を予防する効果があることが確認された.
2012 年(平成 24 年)2 月
政策研究大学院大学
MJU11012
まちづくりプログラム
杉本
和哉
目次
1.
はじめに ............................................................................................................................................... 1
2.
高齢運転者の
高齢運転者の交通事故の
交通事故の状況及
状況及び一連の
一連の道交法改正の
道交法改正の概要等 ................................................... 2
3.
4.
5.
6.
2.1
高齢運転者の交通事故の状況 ..................................................................................................... 3
2.2
一連の道交法改正の概要 ............................................................................................................. 5
2.3
「高齢運転者標識」及び「高齢者講習」の制度概要 ............................................................. 6
「高齢運転者標識」
高齢運転者標識」及び「高齢者講習」
高齢者講習」の効果に
効果に関する理論分析
する理論分析 ........................................... 8
3.1
「高齢運転者標識」の効果に関する理論分析 ......................................................................... 8
3.2
「高齢者講習」の効果に関する理論分析 ............................................................................... 10
「高齢運転者標識」
高齢運転者標識」及び「高齢者講習」
高齢者講習」の効果に
効果に関する実証分析
する実証分析 ......................................... 11
4.1
データの説明 ............................................................................................................................... 11
4.2
推定の方法 ................................................................................................................................... 13
4.3
政策全体の効果を捉えるモデル ............................................................................................... 13
4.4
「高齢運転者標識」の効果を捉えるモデル ........................................................................... 15
4.5
「高齢者講習」の効果を捉えるモデル ................................................................................... 16
「高齢運転者標識」
高齢運転者標識」及び「高齢者講習」
高齢者講習」の効果に
効果に関する実証分析
する実証分析の
実証分析の推定結果 ..................... 16
5.1
政策全体の効果を捉えるモデルの推定結果 ........................................................................... 16
5.2
「高齢運転者標識」の効果を捉えるモデルの推定結果 ....................................................... 18
5.3
「高齢者講習」の効果を捉えるモデルの推定結果 ............................................................... 19
考察 ..................................................................................................................................................... 20
6.1
政策全体の効果 ........................................................................................................................... 20
6.2
「高齢運転者標識」の効果 ....................................................................................................... 21
6.3
「高齢者講習」の効果 ............................................................................................................... 21
7.
政策提言 ............................................................................................................................................. 21
8.
まとめ ................................................................................................................................................. 22
参考文献 .................................................................................................................................................... 24
1.
はじめに∗
平成 22 年末現在,70 歳以上の高齢者の運転免許(原付以上)保有者数は約 7,246 千人であ
り,平成 6 年と比較し 4 倍近く増加しており,高齢化の進行とともに今後も増加が続くこ
とが見込まれる.交通事故(原付以上)件数全体は平成 16 年以降一貫して減少を続けている
のに対し,70 歳以上の高齢運転者の交通事故件数は平成 20 年にわずかに減少したものの,
平成 6 年以降平成 22 年まで増加を続けている.
また,平成 18 年に内閣府が発表した「交通安全に関する特別世論調査」では,「高齢運
転者標識1」の表示について,
『何らかの形で義務付けるべきだ』と回答した割合は 81.2%2で
あった.また,高齢運転者の認知機能検査の導入について,
『医師の検査で問題があれば免
許の取消しなども行うべきだ』と回答した割合は 55.9%と,高齢運転者に対する交通安全
政策の必要性は国民にも認められているものと考えられる.
このような状況において政府は,平成 9 年に道路交通法3(昭和 35 年法律第 105 号.以下
「道交法」という)を改正した.そこでは,高齢運転者の交通安全政策として,75 歳以上の
高齢運転者を対象とした「高齢運転者標識」の表示努力義務及び運転免許更新時4の「高齢
者講習」が導入された.そして,平成 13 年には対象を 70 歳以上の高齢運転者に拡大する
よう改正された.
「高齢運転者標識」の目的は,周囲の運転者に対して標識を表示した高齢
運転者を保護する義務を課し,高齢運転者の交通事故を減少させることにある.しかし,
その表示は,平成 23 年 1 月末現在においても努力義務であることや,表示の対象となる車
種が普通自動車に限定されていること等の制約がある.そのような状況において,標識の
普及率(75 歳以上)は平成 20 年 9 月時点で 75.4%5と発表されており,ある程度浸透してい
るとみてよい.しかし,標識が高齢運転者の交通事故件数に対する影響は証明されていな
い.また,「高齢者講習」については,あくまで高齢運転者に運転技術の現状を認識させ,
安全運転教育を通して,技術の低下に応じた安全運転の実施を促すというのが導入の目的6
であった.つまり,講習の結果に基づいて運転技術が不十分として免許の更新を認めない
ことがその意図ではない.実際に自身の判断により免許を更新せずに失効させたと考えら
れる者は平成 22 年講習受講者の 0.3%7程度にとどまっている.運転技術に不安を抱える高
齢運転者も引き続き運転を続けている可能性があり,高齢運転者の交通安全政策として効
果があったのか検証する必要がある.
そこで,本稿では,
「高齢運転者標識」及び「高齢者講習」が高齢運転者の交通事故件数
∗
本稿は筆者の個人的な見解を示すものであり,内容の誤りは全て筆者に帰属することを予めお断りい
たします.
1
いわゆる「もみじマーク」のことであるが,本稿においては「高齢運転者標識」で統一する.
2
内訳は,
「もっと高齢の運転者(例えば,75 歳以上)には表示を義務付けるべき」17.4%,
「70 歳以上の高
齢運転者のうち,身体機能と運転に必要な記憶力や判断力などの認知機能が低下している者には表示を
義務付けるべき」19.1%,「70 歳以上の高齢運転者に表示を義務付けるべき」44.7%となっている.
3
本稿においては,改正道交法の成立・公布時を捉えて「平成○年法改正」と呼ぶ.
4
優良もしくは一般運転者に関わらず,免許証の有効期間は更新日における年齢が 70 歳は 4 年,71 歳
以上は 3 年(道交法第 92 条の 2 第 1 項).
5
出典:内閣府 HP『国政モニターお答えします』中「もみじマーク義務化の撤回について(平成 21 年 3
月)警察庁回答」(http://www8.cao.go.jp/monitor/answer/h20/ans2103-001.pdf)
6
出典:(財)全日本交通安全協会・警察庁『自分のためみんなのための新しいルールです』
(http://www.npa.go.jp/annai/license_renewal/ninti/leaflet_menkyo.pdf)
7
警察庁交通局『運転免許統計 平成 22 年版』中の「平成 22 年中の都道府県別の講習予備検査及び高
齢者講習状況」を参考に筆者算出.
-1-
に与えた影響について,平成 6 年から平成 20 年までの都道府県パネルデータを用いて実証
分析を行った.結論から先に述べると,
「高齢運転者標識」及び「高齢者講習」を一つの交
通安全政策とみなした場合,政策全体として高齢運転者が被害者となる交通事故を減少さ
せる効果があることが確認された.また,個々の政策について,
「高齢運転者標識」は,高
齢運転者であることを周囲の運転者に知らせることにより事前に事故を回避する運転を行
うことを容易にし,交通事故を予防する効果があることが確認された.その結果を踏まえ,
今後の高齢運転者の交通安全政策の改善を提言した.
高齢運転者の交通安全政策に関する先行研究としては次のようなものがある.まず,榊
原 (2008)は,経済学的な視点から高齢者の自動車利用に関する分析を行い,自動車利用の
選択を政府が一方的に奪うべきではなく,選択の余地を残したうえで,道路交通環境や駅
構内等のハード面の整備が必要であると提言している.また,池田他 (2004)は,(財)交通
事故総合分析センターの交通事故例調査データに基づき,高齢運転者が事故を起こしやす
い環境は,無信号交差点における出会い頭事故であると示し,事故抑制のために交差点の
視認性の確保,信号機の設置を提言している.そのほか,交通安全プロジェクト (2009)は,
池田他と同様に(財)交通事故総合分析センターの交通事故例調査データに基づき,高齢運転
者の交通事故の要因として失敗経験をその後の行動に反映させる能力の低下があると示し,
運転能力の低下を気付かせるドライビングレコーダーの活用や交通安全教育が必要である
と提言している.
このように,高齢運転者の交通安全政策について論じた研究には,道路交通環境に着目
したものや,高齢者の身体的・心理的特性に着目したものをはじめ多様な視点から分析し
たものがある.しかし,高齢運転者の交通安全政策の中でも道交法の改正に着目し,
「高齢
運転者標識」及び「高齢者講習」が高齢運転者の交通事故件数に与えた影響を分析したも
のは確認できなかった.その点で,事故の当事者や事故類型別の交通事故データに着目し,
高齢運転者に対する交通安全政策の効果を明らかにしようとする本稿の研究は,今後の高
齢運転者の交通安全政策を考察するうえで,一定の意義をなすものと考える.また,こう
した効果を検討することは,今後,高齢化を迎えるアジア諸国をはじめとする諸外国にお
ける交通安全政策に対する示唆となりうる.
本稿の構成は次のとおりである.第 2 章で,高齢運転者の交通事故に関する近年の状況
及び平成 9 年からの一連の道交法改正の概要等について概観する.第 3 章では,
「市場の失
敗」の解消に着目し,「高齢運転者標識」及び「高齢者講習」の効果を理論的に分析する.
第 4 章では,前章の理論分析で示した仮説を踏まえ,実際にどのような効果があったのか
明らかにするための実証分析の手法等を示し,第 5 章で推定結果を,第 6 章でその考察を
示す.そして,第 7 章で高齢運転者の交通安全政策の一環として政策の改善を提言する.
最後に,第 8 章において分析から導かれた結論と今後の課題について要約する.
2.
高齢運転者の
高齢運転者の交通事故の
交通事故の状況及
状況及び一連の
一連の道交法改正
道交法改正の
改正の概要等
本章では,まず,統計データを基に平成 6 年から平成 22 年までの高齢運転者の交通事故
等の状況を示す.そして,平成 9 年以降の一連の道交法改正の概要を示したうえで.
「高齢
運転者標識」及び「高齢者講習」の制度概要を説明する.
-2-
2.1
高齢運転者
高齢運転者の
運転者の交通事故の
交通事故の状況
図1は 70 歳以上の高齢者の平成 6 年から平成 22 年までの運転免許(原付以上)保有者数の
推移を示している.ここからは,平成 22 年の運転免許保有者数が平成 6 年の 4 倍近く増加
し,同期間における 70 歳以上の高齢者の人口の増加率(約 1.9 倍)と比較しても高齢運転者
の増加の速度が著しいことが推察できる.
(千人)
25,000
21,211
20,000
15,000
11,357
10,000
7,246
5,000
70歳以上の人口
1,892
70歳以上の運転免許保有者数
0
平成6年
平成8年
図1
平成10年
平成12年
平成14年
平成16年
平成18年
平成20年
平成22年
70 歳以上人口及び運転免許保有者数の推移8
また,平成 6 年末と平成 22 年末現在における年齢階層別の運転免許保有者数を比較する
と,この期間で運転免許保有者層が高齢者側にシフトしていることが明らかである.さら
に,平成 22 年末現在において運転免許保有者数の比率が相対的に高い 55~64 歳が引き続
き免許を保有し続けた場合,70 歳以上の高齢運転者が今後も暫く増加し続けるものと容易
に推察できる(図 2).
(千人)
10,000
9,000
平成22年 末
8,000
平成6年末
7,000
6,000
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
図2
8
9
75
歳
70
-7
4歳
65
-6
9歳
60
-6
4歳
55
-5
9歳
50
-5
4歳
45
-4
9歳
40
-4
4歳
35
-3
9歳
30
-3
4歳
25
-2
9歳
20
-2
4歳
16
-1
9歳
0
平成 6 年末及び平成 22 年末の年齢階層別運転免許保有者数9
データ出所:警察庁交通局『運転免許統計』,総務省統計局『人口推計年報』・『平成 22 年国勢調査』
データ出所:警察庁交通局『運転免許統計』
-3-
次に,図 3 は平成 6 年から平成 22 年までの交通事故(原付以上)件数の推移を第 1 当事者
及び第 2 当事者10別に示したものである,ここからは,第 1 当事者,第 2 当事者ともに平成
13 年をピークに増加した後,暫く横ばいの状態が続いたが平成 16 年以降は一貫して減少
を続けていることが分かる.
(千件)
1,000
910,794
907,584
900
800
698,736
692,145
700
663,830
659,328
600
517,097
495,899
500
400
第1当事者
第2当事者
300
平成6年
平成8年 平成10年 平成12年 平成14年 平成16年 平成18年 平成20年 平成22年
図3
交通事故(原付以上)件数の推移11
一方,70 歳以上の高齢運転者の交通事故件数は第 1 当事者,第 2 当事者ともに平成 20
年にわずかに減少したものの,平成 6 年から平成 22 年まで増加している.平成 22 年末現
在,平成 6 年と比較して第 1 当事者は約 3.7 倍,第 2 当事者は約 2.7 倍の増加となっている
(図 4).
(千件)
70
63,998
60
50
40
30
20
10
23,849
17,279
第1当事者
8,795
第2当事者
0
平成6年
図4
平成8年 平成10年 平成12年 平成14年 平成16年 平成18年 平成20年 平成22年
70 歳以上高齢運転者の交通事故(原付以上)件数の推移 11
10
第 1 当事者とは,最初に交通事故に関与した車両等の運転者又は歩行者のうち,当該事故における過
失の大きい者をいい,過失が同程度の場合には負傷程度が軽い者をいう.なお,本稿では,第 1 当事者
を加害者相当として取り扱う.また,第 2 当事者とは,最初に交通事故に関与した車両等の運転者,歩
行者又は構造物等の物件のうち,第 1 当事者以外の者をいう.なお,本稿においては第 2 当事者を被害
者相当として取り扱う.
11
データ出所:日本交通政策研究会「平成 23 年度共同研究『地域特性に着目した高齢者の交通事故分
析』プロジェクト」で使用された(財)交通事故総合分析センターからのデータを基に筆者算出
-4-
なお,70 歳以上の高齢者の運転免許保有者数に占める交通事故件数の割合は,運転免許
保有者数及び交通事故件数の双方が増加していることから,第 1 当事者及び第 2 当事者と
もにほぼ横ばい状態で推移している(図 5).
(%)
3.0
2.5
第1当事者(70歳以上)
第2当事者(70歳以上)
2.0
第1当事者(全年齢)
第2当事者(全年齢)
1.5
1.0
0.5
0.0
平成6年
図5
2.2
平成8年 平成10年 平成12年 平成14年 平成16年 平成18年 平成20年 平成22年
運転免許保有者数に占める交通事故(原付以上)件数の割合の推移12
一連の
一連の道交法改正
道交法改正の
改正の概要
本節では,高齢運転者の交通安全政策として行われた道交法の改正の概要を示す.なお,
本稿における分析の対象ではないが,平成 13 年より後の法改正についても併せてその概要
を示す.
①平成 9 年法改正(法律第
法改正 法律第 41 号
平成 9 年 5 月 1 日公布/平成
日公布 平成 9 年 10 月 30 日施行)
施行
免許の更新期間満了日に 75 歳以上の者は,期間満了日前 2 月以内に第 108 条の 2 第 1 項
第 12 号13に掲げる公安委員会が行う高齢者講習を受けなければ,免許証の更新ができなく
なった(第 101 条の 4).また,大型自動車免許又は普通自動車免許を受けた者で 75 歳以上
の者は,老齢に伴って生じる身体の機能の低下が自動車の運転に影響を及ぼすおそれがあ
るときは,普通自動車の前面及び後面に「高齢運転者標識」を表示して運転するように努
めなければならないこととなった(第 71 条の 5 第 2 項).
「高齢運転者標識」を表示している
普通自動車に対する幅寄せや,前方への割り込みは禁止され,当該行為に対して 5 万円以
下の罰金が科されることとなった(第 71 条第 5 号の 4).
②平成 13 年法改正(法律第
法改正 法律第 51 号
平成 13 年 6 月 20 日公布/平成
日公布 平成 14 年 6 月 1 日施行)
日施行
免許更新時に「高齢者講習」を受ける必要がある者が 75 歳以上から 70 歳以上に拡大さ
れた(第 101 条の4及び第 108 条の 2 第 1 項第 12 号).また,
「高齢運転者標識」の表示の努
力義務の対象者も同様に 75 歳以上から 70 歳以上に拡大された(第 71 条の 5 第 2 項).
12
出所:警察庁交通局『運転免許統計』,日本交通政策研究会「平成 23 年度共同研究『地域特性に着目
した高齢者の交通事故分析』プロジェクト」で使用された(財)交通事故総合分析センターからのデータ
を基に筆者算出
13
文書中の条文は法改正当時のもの(以下,同様).
-5-
③平成 19 年法改正(法律第
法改正 法律第 90 号
平成 19 年 6 月 20 日公布/平成
公布 平成 20 年 6 月 1 日及び平成 21
14
年 6 月 1 日施行 )
免許の更新期間満了日に 75 歳以上の者は,更新期間満了日前 6 月以内に認知機能検査を
受けなければならず,検査結果に基づいて高齢者講習を受けることとなった(第 101 条の 4
第 2 項).また,75 歳以上の者は,「高齢運転者標識」の表示が義務となり違反者には罰則
が科されることとなった.ただし,70 歳以上 75 歳未満の者については,これまでどおり
努力義務のままとされた(第 71 条の 5 第 2 項及び第 121 条第 1 項第 9 号の 3).
④平成 21 年法改正(法律第
法改正 法律第 21 号
平成 21 年 4 月 24 日/平成
平成 21 年 4 月 24 日施行)
日施行
平成 19 年法改正による 75 歳以上の者に対する「高齢運転者標識」の表示義務は(平成 20
年 6 月 1 日施行),「高齢運転者標識」の普及状況や交通事故の状況等の推移を見守ること
となり15,当分の間,適用されないこととなった(附則第 22 条).
2.3
「高齢運転者標識」
高齢運転者標識」及び「高齢者講習」
高齢者講習」の制度概要
制度概要
「高齢運転者標識」導入の目的は,
「周囲の運転者に対して標識を表示した自動車に対す
る幅寄せ,割込みを禁止し,高齢運転者を保護すること」であり,当該行為に対しては罰
金が科せられることとなる.しかし,
「高齢運転者標識」と同様に車両に表示する標識であ
る「初心運転者標識」は,表示義務違反に対し罰則 (道交法第 71 条の 5 第 2 項)や行政処分
(違反点数 1 点)が設けられているが,
「高齢運転者標識」は,平成 21 年法改正時点で努力義
務のままである.また,標識の表示は,普通自動車を運転する際の努力義務であり,大型
バスや中型自動車以上のトラック等については表示の対象に入っていない.
「高齢者講習」導入の目的は,
「自動車等の運転や器材による検査を通じて,加齢に伴う
身体機能の低下とその運転への影響を受講者一人ひとりに自覚してもらい,個々の特性に
応じた安全運転の方法を個別・具体的に指導することにより,高齢者による交通事故の防
止を図ること」である.あくまで,高齢運転者に対する交通安全教育が主たる目的であり,
講習の結果に応じ,免許証の更新を行わないということは想定されていない.平成 19 年法
改正の施行時点(平成 21 年 6 月 1 日)の運転免許更新に係る高齢者講習の仕組み及び各講習
の内容は図 6 及び表 7 のとおりである.
14
「認知機能検査」に係る改正は平成 21 年 6 月 1 日施行,
「高齢運転者標識」に係る改正は平成 20 年 6
月 1 日施行.
15
平成 20 年 5 月 20 日付警察庁丙交企発第 59 号,丙交指発第 23 号,丙規発第 15 号,丙運発第 14 号警
察庁交通局長「道路交通法の一部を改正する法律の一部の施行等に伴う交通警察の運営について」中「第
3 高齢運転者対策等の推進を図るために規定整備」の項参照.
-6-
免許証の更新期間満了日に70~74歳の者
免許証の更新期間満了日に75歳以上の者
高 齢 者 講 習 の 通 知( 誕 生 日 の 5 か 月 前 )
講習予備検査(認知機能検査)
高齢者講習
高齢者講習
次の①~④いずれかの講習を受講
次の①~④いずれかの講習を受講
ただし、④については講習予備検査で
「記憶力・判断力に心配がない」とされ
た者に限る
①高齢者講習
②特定任意高齢者講習
(シニア運転者講習)
③運転免許取得者講習3号課程
④チャレンジ講習
+特定任意高齢者講習
(簡易講習)
①高齢者講習
②特定任意高齢者講習
(シニア運転者講習)
③運転免許取得者講習3号課程
④チャレンジ講習
+特定任意高齢者講習
(簡易講習)
運 転 免
図6
高齢運転者の免許証更新手続き16
表7
名 称
(根拠法令)
講習予備検査(認知機能検査)
(道交法第 101 条の 4 第 2 項)
高齢者講習
(道交法第 108 条の 2 第 1 項第
12 号)
特定任意高齢者講習(シニア
運転者講習)
(運転免許に係る講習等に関
する規則(平成 6 年国家公安
委員会規則第 4 号)第 2 条第 1
項第 1 号の表の区分欄の二の
項及び同項第 2 号の表の区分
欄の二の項)
16
許 証 の 更 新
高齢者講習等の概要 16
目
的
記憶力や判断力の状況を理解
してもらうもの.
加齢に伴い生じる運転者の身
体機能の低下が自動車等の運
転に影響を及ぼす可能性を理
解してもらうもの.
運転者としての資質の向上そ
の他自動車等の運転について
必要な適性並びに道路交通の
実態について理解してもらう
もの.
内
容
時間の見当識,手がかり再生,
統計描画の 3 つの検査項目の結
果に応じ「記憶力・判断力が低
くなっている」,「記憶力・判断
力が少し低くなっている」,
「記
憶力・判断力に心配がない」に
判定される.
座学講習(安全運転の知識等,デ
ィスカッション),実技講習(運
転適性の診断・指導,運転行動
の診断・指導).
座学講習(安全運転の知識等,デ
ィスカッション),実技講習(運
転適性の診断・指導,運転行動
の診断・指導).
警視庁 HP『70 歳から 74 歳までの方が運転免許証を更新する際の講習(平成 21 年 6 月 1 日施行)』
(http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/menkyo/menkyo/kousin/kousin05.htm)
及び『75 歳以上の方が運転免許証を更新する際の検査・講習(平成 21 年 6 月 1 日施行)』
(http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/menkyo/menkyo/kousin/kousin05_2.htm)を基に筆者作成.
-7-
運転免許取得者講習 3 号課程
(道交法第 108 条の 32 の 2 第
1 項,運転免許取得者教育の
認定に関する規則(平成 21 年
国家公安委員会規則第 4 号)
第 1 条第 3 号)
チャレンジ講習
(道交法第 108 条の 2 第 2 項)
運転技能を向上させるととも
に道路交通に関する知識を深
めてもらうもの.(高齢者講習
と同等の効果を有する講習)
座学講習(安全運転の知識等,デ
ィスカッション),実技講習(運
転適性の診断・指導,運転行動
の診断・指導).
加齢に伴い生じる身体機能の
低下が運転に著しい影響を及
ぼしていないか確認するも
の.
特定任意高齢者講習(簡易講習)
(運転免許に係る講習等に関
する規則第 2 条第 1 項第 1 号
の 表 の区 分 欄の 一 の項 及び
同項第 2 号の表の区分欄の一
の項)
チャレンジ講習で確認を受け
た者が受講
教習所 コース内で普通 自動車
を使用して走行評価を行う.評
価点が 基準点に達しな かった
場合は,再度チャレンジ講習を
受講するか,ほかの講習を受講
することとなる.
座学講習,運転適性検査
3.
「高齢運転者標識」
高齢運転者標識」及び「高齢者講習」
高齢者講習」の効果に
効果に関する理論分析
する理論分析
本章では,高齢運転者に対する交通安全政策である「高齢運転者標識」及び「高齢者講
習」が,
「市場の失敗」をどのように解消し,高齢運転者の交通事故件数を減少させるのか
理論的に明らかにする.
経済学において,政府が市場に介入することが肯定されるのは,
「市場の失敗」が存在し
ている場合に限られている17.本分析に関わる「市場の失敗」として次の 2 つが考えられる.
ひとつは,どのような運転技術を有する者が自動車運転を行っているのか周囲の運転者や
歩行者が分からないという「情報の非対称」である.いまひとつは,交通事故が発生した
場合,事故の当事者以外の第 3 者の生命や財産が損なわれるほか,渋滞や交通取締りの費
用等社会が負担するコスト18が発生するという「負の外部性」である.このような状況に対
して政府は,自動車運転により社会が負担するコストも含めた運転技術の水準を設定し,
その水準以上の技術を有する者にのみ運転を認める免許制度を導入している.このことに
より,
「情報の非対称」を解消するスクリーニングが行われ,理論上,社会には一定水準以
上の運転技術を有する運転者しか存在せず,周囲の運転者や歩行者が安心して生活できる
環境が維持されていると考えてよい.また,免許取得後であっても,運転技術が未熟な免許
取得直後は「初心運転者標識」の表示を義務付け,さらに,免許の停止や取消しにより危険
運転者を交通社会から排除するなど「市場の失敗」の解消を図る諸制度が存在している.
3.1
「高齢運転者標識」
高齢運転者標識」の効果に
効果に関する理論分析
する理論分析
前章 2.3 節のとおり,政策の目的は,周囲の運転者に対して「高齢運転者標識」を表示
している高齢運転者に対して保護義務を課し,高齢運転者が他の運転者の危険な運転によ
り交通事故に巻き込まれることを予防することである.つまり,運転者は安全運転により
得られる便益及び安全運転に要する費用を負っており,それぞれ限界便益曲線(MB1)と限界
17
18
N.グレゴリー・マンキュー (2005)16,209,660 頁参照.
交通事故による損失に係る分析は,交通安全プロジェクト (2004)に詳しい.
-8-
費用曲線19(MC1)として表すことができる.MB1 と MC1 の交点 A の左側に位置する運転者
は,安全運転による便益が費用を上回るため安全運転を行うが,右側に位置する者は安全
運転に要する費用が便益を上回るため危険運転に陥る(図 8).
p
限
界
便
益
・
限
界
費
用
MB1:安全運転の限界便益曲線
A
0
q
X1
安全運転
図8
MC1:安全運転の限界費用曲線
安全運転量
危険運転
運転者の安全運転に対する限界便益曲線・限界費用曲線
「高齢運転者標識」の表示により,高齢運転者に対する「情報の非対称」が解消され周
囲の運転者は高齢者が運転している普通自動車を容易に見分けることができ,安全運転に
要するコストを低下させることができる.このことにより,限界費用曲線は MC1 から MC2
に下方シフトし,他の条件を一定とすれば,限界便益曲線(MB1)と限界費用曲線(MC2)の均
衡点は B となり,安全運転を行う運転者数は,X1 から X2 に増加する(図 9).このとき危険
運転から発生する事故の確率を一定とすれば危険運転の減少に伴い,高齢運転者が被害者
となる交通事故件数が減少することになる.
p
限
界
便
益
・
限
界
費
用
MB1
A
MC1
B
0
X1
安全運転
図9
MC2
q
X2
安全運転量
危険運転
「高齢運転者標識」が安全運転量に与える影響
19
限界費用は運転量に関わらず一定であると仮定する.以下の分析においても同様とする.
-9-
3.2
「高齢者講習」
高齢者講習」の効果に
効果に関する理論分析
する理論分析
前章 2.3 節のとおり,政策の目的は,高齢運転者に対して加齢による運転技術の低下を
認識させ,安全運転教育を通して技術の低下を補う安全運転を促すものであり,効果は,
高齢運転者の操作ミスや判断ミスが原因で発生する交通事故の減少となってあらわれる.
つまり,高齢運転者は運転により得られる便益及び運転に要する費用を負っており,それ
ぞれ限界便益曲線(MB2)と限界費用曲線(MC3)として表すことができる.MB2 と MC3 の交点
C の左側に位置する高齢運転者は,運転による便益が費用を上回るため運転を続けるが,
右側に位置する者は運転に要する費用が便益を上回るため運転を回避する(図 10).
p
限
界
便
益
・
限
界
費
用
MB2:高齢者が運転から得る限界便益曲線
MC3:高齢者が運転に要する
限界費用曲線(私的費用)
C
0
q
X3
運転量
運転する 運転しない
図 10 高齢運転者の運転に対する限界便益曲線・限界費用曲線
「高齢者講習」により,高齢運転者は運転に要するコストとして自身が設定している水
準(私的費用)が,本来社会的に必要な水準(社会的費用)より低いことを認識させられる.こ
うして,限界費用曲線は MC3 から MC4 に上方シフトし,自身の運転により社会的に発生す
るコスト(「負の外部性」)を内部化できる.したがって,他の条件を一定とすれば,限界便
益曲線(MB2)と限界費用曲線(MC4)の均衡点は D となり,高齢運転者の運転量は X3 から X4
に減少する(図 11).このとき,高齢運転者の運転から発生する交通事故の確率が一定とすれ
ば高齢運転者の運転量の減少に伴い,高齢者の運転が原因となる交通事故件数が減少する.
p
限
界
便
益
・
限
界
費
用
MB2
MC4(社会的費用)
D
C
0
X4
運転する
図 11
MC3
q
X3
運転量
運転しない
「高齢者講習」が高齢者の運転量に与える影響
- 10 -
4.
「高齢運転者標識」
高齢運転者標識」及び「高齢者講習」
高齢者講習」の効果に
効果に関する実証分析
する実証分析
本章では,道交法の改正により導入された「高齢運転者標識」及び「高齢者講習」が,
前章の理論どおり高齢運転者の交通事故件数の減少に繋がったかどうかを実証分析により
明らかにする.まず,分析に用いるデータを説明し,次に,推定の方法の概要を示す.そ
して,政策の効果を捉えるために用いる推定モデルを示す.
4.1
データの
データの説明
分析には平成 6 年から平成 20 年までの都道府県パネルデータを用い,高齢運転者の交通
事故件数を被説明変数とし,交通事故に影響があると考える要因を説明変数とする.本節
では,変数として用いた各データの特徴及び出典等を示す.
(1)被説明変数
被説明変数
被説明変数には,
「高齢運転者標識」及び「高齢者講習」の効果を計測するため事故の当
事者及び事故類型に着目した 4 種類のデータを用いた.各都道府県の交通事故件数(第 1 当
事者),交通事故件数(第 2 当事者),追突事故件数20(第 2 当事者)及び単独事故件数を集計し,
さらに, 3 つの年齢階層別(65~69 歳,70~74 歳,75 歳以上)に集計した.なお,交通事故
件数(第 1 当事者)及び交通事故件数(第 2 当事者)は原付以上の交通事故件数を,追突事故件
数(第 2 当事者)及び単独事故件数は政策の対象である軽自動車及び普通自動車の交通事故
件数を集計した.データは,日本交通政策研究会「平成 23 年度共同研究『地域特性に着目
した高齢者の交通事故分析』プロジェクト」で使用された(財)交通事故総合分析センターか
らのデータを使用し,筆者がそれを本稿の趣旨に合うよう編成した.
(2)説明変数
説明変数
説明変数には,交通事故に影響があると考える要因として都道府県の特性を表す以下の
データを用いた.
人口の増減に伴う交通事故の発生件数を表す指標として人口(千人)の対数値を用いた.人
口が増加するに伴い交通事故に遭遇する可能性が高くなると考えられるため,予想される
符号は正である.データは,総務省統計局『人口推計年報』を利用した.
道路交通環境の混雑度に伴う交通事故の発生件数を表す指標として可住地面積 1 平方キ
ロメートル当たりの人口密度の対数値を用いた.人口密度が高くなるに伴い居住地域にお
ける道路の混雑が増加し,交通事故が発生する可能性も高くなると考えられるため,予想
される符号は正である.可住地面積のデータは,総務省統計局『社会生活統計指標 -都道
府県の指標-』及び国土地理院『全国都道府県市区町村別面積調』を利用し,これを人口
で割ることにより算出した.
自動車に対する必要性を表す指標として人口千人当たりの自動車保有台数の対数値を用
いた.自動車保有台数が増加するに伴い,人々の自動車に対する依存度が高くなり交通事
故が発生する可能性も高くなると考えられるため,予想される符号は正である.自動車保
有台数のデータは,自動車検査登録情報協会『自動車保有台数統計データ』中「都道府県
別・車種別自動車保有台数表」を利用し,これを人口で割ることにより算出した.
高齢運転者の運転機会の増減に伴う交通事故の発生件数を表す指標として人口千人当た
りの年齢階層別(65~69 歳,70~74 歳,75 歳以上)運転免許保有者数の対数値を用いた.本
20
追突事故件数には,進行中に発生した事故及び駐・停車中に発生した事故の件数が含まれている.
- 11 -
来ならば,高齢運転者の交通事故発生確率をコントロールする説明変数としては高齢運転
者の走行距離や走行時間を用いることが望ましいと考える.しかし,これらのデータを入
手することが困難であるため,代替するデータとして運転免許保有者数を用いた.また,
運転免許保有者の中には,ペーパードライバーが存在していることが想定されるが,現在,
ペーパードライバーに関する正確な調査は行われていないため,運転免許保有者を運転者
とみなして推定を行う21ものとした.高齢者の運転機会が多いほど運転技術が低下した高齢
運転者が多く存在する可能性が高いことから,交通事故が発生する可能性が高くなると考
えられるため,予想される符号は正である.運転免許保有者数のデータは,警察庁に対す
る開示請求及び警察庁交通局『運転免許統計』補足資料 2 の「年齢別・種類別運転免許保
有者数(都道府県別・計)」を利用し,これを人口で割ることにより算出した.なお,平成
12 年以前については都道府県別データが取得できなかったため,平成 13 年から平成 20 年
までのデータより年齢階層別の都道府県別構成比の平均値を算出し,これを用いて年齢階
層別の全国データを按分することにより都道府県別の運転免許保有者数を推計した.
安全に対する意識の高低に伴う交通事故の発生件数を表す指標として自動車保有台数 1
台当たりの交通違反取締件数の対数値を用いた.交通違反取締件数が多いほど安全運転に
対する意識が低く,交通事故が発生する可能性が高くなると考えられるため,予想される
符号は正である.交通違反取締件数のデータは,(財)交通事故総合分析センター『交通事故
統計年報』中「都道府県(方面)別道路交通法違反取締件数の推移」を利用し,これを自動車
保有台数で割ることにより算出した.
道路の整備状況の変化に伴う交通事故の発生件数を表す指標として自動車保有台数 1 台
当たりの舗装道路延長(メートル)の対数値を用いた.舗装された道路では運転の安全性が向
上し交通事故が発生する可能性が低くなると考えられるため,予想される符号は負である.
舗装道路延長のデータは,国土交通省道路局『道路統計年報』中「道路種類別整備状況」
を利用し,自動車保有台数で割ることにより算出した.
公共交通の発達度に伴う交通事故の発生件数を表す指標として可住地面積 1 平方キロメ
ートル当たりの鉄道の駅数を用いた.公共交通が発達しているほど自動車を利用する機
会・頻度が少なくなり,交通事故が発生する可能性が低くなると考えられるため,予想さ
れる符号は負である.駅数のデータは,(財)運輸政策研究機構『地域交通年報』を利用し,
これを可住地面積で割ることにより算出した.
交通事故により失われる期待利得の多寡に伴う交通事故の発生件数を表す指標として 1
人当たりの県民所得(千円)の対数値を用いた.所得が多いほど交通事故により失われる期待
利得が大きくなるため,安全運転に対するインセンティブが高くなり,交通事故が発生す
る可能性が低くなると考えられるため,予想される符号は負である.データは,内閣府『県
民経済計算年報』から「県民一人あたり所得」を利用した.
経済活動の活発さに伴う交通事故の発生件数を表す指標として製造品出荷額(百万円)の
対数値を用いた.出荷額が多いほど経済活動が活発であり,それに伴い自動車の往来も盛
んになることから交通事故が発生する可能性が高くなると考えられるため,予想される符
号は正である.データは,経済産業省『工業統計調査』中「都道府県別製造品出荷額等(従
21
交通安全プロジェクト (2007)57 頁参照.
- 12 -
業員 4 以上の事業所)」を利用した.
4.2
推定の
推定の方法
まず,
「高齢運転者標識」及び「高齢者講習」が,政策全体として高齢運転者が加害者又
は被害者となる交通事故件数に与えた影響について分析する.次に,
「高齢運転者標識」及
び「高齢者講習」が,それぞれ個別の政策として交通事故件数に与えた影響について分析
する.しかし,分析にあたっては,政策の導入時期が同一であることや事故車両に関する
「高齢運転者標識」の表示の有無に関するデータが入手できないなど制約が存在する.そ
こで,本稿の実証分析においては,それぞれの政策の効果を強く受ける事故の当事者及び
事故類型に着目した被説明変数を用いることで個々の政策の効果を捉えることとする.ま
た,各分析においては,平成 9 年及び平成 13 年の一連の法改正全体が交通事故件数に与え
た平均的な影響や,平成 9 年の政策導入時の影響及び平成 13 年の対象年齢拡大時の影響に
ついても明らかにする.
交通事故件数に関する実証分析については,斉藤 (2004)に指摘されるように交通事故の
要因と考えられる説明変数を全て取り入れることがデータ制約上困難である以上,確定値
にはバイアスが発生する可能性がある.そのため,本稿の実証分析における推定モデルは,
Difference-in-differences estimator(以下「DID 推定量」という)を用い,政策の影響を受けて
いないグループの交通事故件数の推移との比較を行うこととする.なお,DID 推定量を用
いることで政策以外の交通事故の要因は全て同一と仮定され,政策の対象となった高齢運
転者が受けた影響を分析することが可能となる.また,政策導入時及び対象年齢拡大時の
前後における高齢運転者の変化を見るために,トリートメントグループは,75 歳以上の高
齢運転者及び 70~74 歳の高齢運転者の 2 つとし,コントロールグループは,政策の対象外
の 65~69 歳の高齢運転者とする.
4.3
政策全体の
政策全体の効果を
効果を捉えるモデル
えるモデル
政策全体の効果を捉えるため,高齢運転者が加害者となる交通事故件数に政策が与えた
影響を推定する.モデル(a)では,平成 9 年及び平成 13 年の一連の法改正全体が交通事故件
数に与えた平均的な影響を,モデル(b)では,政策導入時及び対象年齢拡大時の法改正がそ
れぞれ交通事故件数に与えた影響を分析する.
(a)交通事故件数(第 1 当事者)it=α1+β1(TIME)it+β2(AGE)it+β3(POLICY)it+β4Xit+ε1it
(b)交通事故件数(第 1 当事者)it=α2+β5(TIME)it+β6(AGE)it+β7(POLICY09*TARGET09)it
+β8(POLICY13*TARGET13) it
+β9Xit+ε2it
被説明変数は,年齢階層別(65~69 歳,70~74 歳,75 歳以上)に集計した交通事故件数(第
1 当事者)を用いる.
POLICY は法改正ダミーであり,一連の法改正全体の平均的な影響を表す.平成 10 年以
降で 75 歳以上または,平成 14 年以降で 70 歳以上であれば 1 を,それ以外の期間及び年齢
階層について 0 をとる.
POLICY09 は平成 9 年法改正ダミーであり,政策導入時の前後を表す.平成 10 年以降に
- 13 -
ついて 1 を,それ以外の期間について 0 をとる.POLICY13 は平成 13 年法改正ダミーであ
り,対象年齢拡大時の前後を表す.平成 14 年以降について 1 を,それ以外の期間について
0 をとる.
また,TARGET09 は平成 9 年対象ダミーであり,政策導入時からの対象である 75 歳以上
の高齢運転者を表す.平成 9 年以降で 75 歳以上であれば 1,そうでなければ 0 をとる.
TARGET13 は平成 13 年対象ダミーであり,平成 13 年法改正で新たに対象となった 70~74
歳の高齢運転者を表す.平成 14 年以降で 70~74 歳であれば 1,そうでなければ 0 をとる.
そして,POLICY09*TARGET09 及び POLICY13*TARGET13 はそれぞれ政策導入時及び対
象年齢拡大時の法改正の影響を表す交差項である.なお,改正法の施行は平成 9 年 10 月及
び平成 13 年 6 月であることから,本来ならば平成 9 年 11 月及び平成 13 年 7 月以降につい
て 1 とすべきであるが,データが年単位であることから施行年の翌年以降を 1 とした.
X は,交通事故に影響があると考える要因を表す変数である.各都道府県における人口,
可住面積当たりの人口密度,人口千人当たりの自動車保有台数,人口千人当たりの運転免
許保有者数,1 台当たりの交通違反取締件数,1 台当たりの舗装道路延長, 1 人当たりの
県民所得,製造品出荷額の対数値及び可住面積当たりの駅数を用いた.そのほか,TIME
は年次ダミーであり,年次ごとの異なる要因をコントロールする.AGE は年齢ダミーであ
り,年齢階層(65~69 歳,70~74 歳,75 歳以上)ごとの個体差をコントロールする.
α は定数項,β はパラメーター,ε は誤差項,i は都道府県,t は年次を表す.
これらの変数の基本統計量は表 12 のとおりである.
表 12 基本統計量
Obs
Mean
Std.Dev.
Min
Max
交通事故件数(第1当事者)
2115
531.012
498.154
15.000
3729.000
法改正ダミー
2115
0.400
0.490
0.000
1.000
平成9年法改正ダミー
2115
0.733
0.442
0.000
1.000
1.000
平成13年法改正ダミー
2115
0.422
0.494
0.000
平成9年対象ダミー
2115
0.333
0.472
0.000
1.000
平成13年対象ダミー
2115
0.667
0.472
0.000
1.000
ln(人口)
2115
7.593
0.734
6.389
9.460
ln(可住地面積当たりの人口密度)
2115
6.929
0.701
5.471
9.166
ln(人口千人当たりの自動車保有台数)
2115
6.466
0.170
5.880
6.758
ln(人口千人当たりの運転免許保有者数)
2115
-1.102
0.550
-2.711
-0.194
ln(1台当たりの交通違反取締件数)
2115
-2.354
0.337
-3.133
-1.130
ln(1台当たりの舗装道路延長)
2115
1.434
0.285
0.622
2.250
可住地面積当たりの駅数
2115
0.107
0.090
0.000
0.580
ln(1人当たりの県民所得)
2115
7.926
0.141
7.604
8.449
ln(製造品出荷額)
2115
15.228
0.956
13.144
17.676
(注)年齢ダミー及び年次ダミーについては省略した.
次に,高齢運転者が被害者となる交通事故件数に政策が与えた影響を推定する.モデル
(c)では,平成 9 年及び平成 13 年の一連の法改正全体が交通事故件数に与えた平均的な影響
を,モデル(d)では,政策導入時及び対象年齢拡大時の法改正がそれぞれ交通事故件数に与
えた影響を分析する.
- 14 -
(c)交通事故件数(第 2 当事者)it=α3+β10(TIME)it+β11(AGE)it+β12(POLICY)it+β13Xit+ε3it
(d)交通事故件数(第 2 当事者)it=α4+β14(TIME)it+β15(AGE)it+β16(POLICY09*TARGET09)it
+β17(POLICY13*TARGET13)it
+β18Xit+ε4it
被説明変数は,年齢階層別(65~69 歳,70~74 歳,75 歳以上)に集計した交通事故件数(第
2 当事者)を用いる.説明変数は,モデル(a),(b)と同じものを用いる.
これらの変数の基本統計量は表 13 のとおりである.
表 13 基本統計量
Obs
Mean
Std.Dev.
Min
Max
交通事故件数(第2当事者)
2115
252.170
229.682
7.000
1495.000
(注1)そのほかの変数は表12と同様である.
(注2)年齢ダミー及び年次ダミーについては省略した.
4.4
「高齢運転者標識」
高齢運転者標識」の効果を
効果を捉えるモデル
えるモデル
「高齢運転者標識」の効果が特徴的に表れると考える高齢運転者が被害者となる追突事
22
故 件数に政策が与えた影響を推定する.モデル(e)では,平成 9 年及び平成 13 年の一連の
法改正全体が追突事故件数に与えた平均的な影響を,モデル(f)では,政策導入時及び対象
年齢拡大時の法改正がそれぞれ追突事故件数に与えた影響を分析する.
(e)追突事故件数(第 2 当事者)it=α5+β19(TIME)it+β20(AGE)it+β21(POLICY)it+β22Xit+ε5it
(f)追突事故件数(第 2 当事者)it=α6+β23(TIME)it+β24(AGE)it+β25(POLICY09*TARGET09)it
+β26(POLICY13*TARGET13)it
+β27Xit+ε6it
被説明変数は,年齢階層別(65~69 歳,70~74 歳,75 歳以上)に集計した追突事故件数(第
2 当事者)を用いる.説明変数は,モデル(a),(b)と同じものを用いる.
これらの変数の基本統計量は表 14 のとおりである.
表 14 基本統計量
Obs
Mean
Std.Dev.
Min
Max
追突事故件数(第2当事者)
2115
69.557
84.097
0.000
568.000
(注1)そのほかの変数は表12と同様である.
(注2)年齢ダミー及び年次ダミーについては省略した.
22
「高齢運転者標識」は車両の前方と後方に表示する必要があるが,特に後続車両の運転者は視線を動
かさずに容易に標識を認識できるものと考えられる.その結果,後続車両の運転者は標識表示車両に対
して車間距離をとる,追い越す等追突事故を予防する運転が可能となり,高齢運転者が被害者となる追
突事故は減少するものと考えられる.
- 15 -
4.5
「高齢者講習」
高齢者講習」の効果を
効果を捉えるモデル
えるモデル
「高齢者講習」の効果が特徴的に表れると考える高齢運転者の単独事故23件数に政策が与
えた影響を推定する.モデル(g)では,平成 9 年及び平成 13 年の一連の法改正全体が単独事
故件数に与えた平均的な影響を,モデル(h)では,政策導入時及び対象年齢拡大時の法改正
がそれぞれ単独事故件数に与えた影響を分析する.
(g)単独事故件数 it=α7+β28(TIME)it+β29(AGE)it+β30(POLICY)it+β31Xit+ε7it
(h)単独事故件数 it=α8+β32(TIME)it+β33(AGE)it+β34(POLICY09*TARGET09)it
+β35(POLICY13*TARGET13)it
+β36Xit+ε8it
被説明変数は,年齢階層別(65~69 歳,70~74 歳,75 歳以上)に集計した単独事故件数を
用いる.説明変数は,モデル(a),(b)と同じものを用いる.
これらの変数の基本統計量は表 15 のとおりである.
表 15 基本統計量
Obs
Mean
Std.Dev.
Min
Max
単独事故件数
2115
14.478
12.792
1.000
77.000
(注1)そのほかの変数は表12と同様である.
(注2)年齢ダミー及び年次ダミーについては省略した.
5.
「高齢運転者標識」
高齢運転者標識」及び「高齢者講習」
高齢者講習」の効果に
効果に関する実証分析
する実証分析の
実証分析の推定結果
本章では, 前章 4.3 節,4.4 節及び 4.5 節で示したモデル(a)~(h)の推定結果を順に示す.
5.1
政策全体の
政策全体の効果を
効果を捉えるモデル
えるモデルの
モデルの推定結果
モデル(a)~(d)の推定結果を表 16~表 19 に掲げる.
表 16 モデル(a)の推定結果
交通事故件数(第1当事者)
被説明変数:
係数
説明変数
標準誤差
-4.797
法改正ダミー
24.183
ln(人口)
323.691
***
30.634
ln(可住地面積当たりの人口密度)
52.621
**
25.974
122.092
ln(人口千人当たりの自動車保有台数)
424.509
***
ln(人口千人当たりの運転免許保有者数)
232.915
***
63.818
ln(1台当たりの交通違反取締件数)
170.375
***
33.021
***
ln(1台当たりの舗装道路延長)
-107.183
可住地面積当たりの駅数
-123.154
ln(1人当たりの県民所得)
-636.100
***
ln(製造品出荷額)
150.914
***
35.384
182.649
118.861
24.643
-1470.692
定数項
1214.765
2115
観測数
2
0.613
補正R
(注1)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す.
(注2)年次ダミー及び年齢ダミーについては省略した.
23
「高齢者講習」に,高齢運転者の運転技術の改善や,安全運転の促進に対する効果があるならば,運
転者自身の運転技術や注意・判断力に拠るところが大きい高齢運転者の単独事故は減少するものと考え
られる.
- 16 -
表 17 モデル(b)の推定結果
交通事故件数(第1当事者)
被説明変数:
係数
説明変数
標準誤差
平成9年法改正ダミー*平成9年対象ダミー
-33.181
33.453
平成13年法改正ダミー*平成13年対象ダミー
38.370
27.198
ln(人口)
321.331
***
30.605
ln(可住地面積当たりの人口密度)
53.638
**
26.049
122.673
ln(人口千人当たりの自動車保有台数)
428.480
***
ln(人口千人当たりの運転免許保有者数)
214.470
***
66.248
ln(1台当たりの交通違反取締件数)
171.129
***
33.006
***
ln(1台当たりの舗装道路延長)
-108.469
可住地面積当たりの駅数
-137.833
ln(1人当たりの県民所得)
-632.288
***
ln(製造品出荷額)
152.086
***
35.367
182.765
118.817
24.630
-1547.173
定数項
1220.260
2115
観測数
2
0.613
補正R
(注1)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す.
(注2)年次ダミー及び年齢ダミーについては省略した.
一連の法改正が,高齢運転者が加害者となる交通事故件数に与える影響について分析を
行ったところ,表 16 のとおり,法改正ダミーの係数の符号は負であったが,統計的に有意
ではなかった.また,それぞれの法改正が,高齢運転者が加害者となる交通事故件数に与
える影響について分析を行ったところ,表 17 のとおり,平成 9 年法改正ダミー*平成 9 年
対象ダミーの係数の符号は負であるが,統計的に有意ではなかった.平成 13 年法改正ダミ
ー*平成 13 年対象ダミーの係数の符号は正であるが,統計的に有意ではなかった.
表 18 モデル(c)の推定結果
交通事故件数(第 2当事者)
被説明変数:
係数
説明変数
標準誤差
法改正ダミー
-25.413
**
10.527
13.335
ln (人口)
111.777
***
ln (可住地面積当たりの人口密度)
39.491
***
11.307
ln (人口千人当たりの自動車保有台数)
211.160
***
53.147
ln (人口千人当たりの運転免許保有者数)
123.095
***
27.780
ln (1台当たりの交通違反取締件数)
94.070
***
14.374
ln (1台当たりの舗装道路延長)
-41.423
***
15.403
51.741
可住地面積当たりの駅数
-60.406
ln ( 1人当たりの県民所得)
-355.979
***
86.792
***
ln (製造品出荷額)
79.508
10.727
-259.356
定数項
528.793
2115
観測数
2
0.655
補正R
(注 1)*** , ** , * はそれぞれ 1%, 5%, 10%の水準で統計的に有意であることを示す.
(注2)年次ダミー及び年齢ダミーについては省略した.
- 17 -
表 19 モデル(d)の推定結果
交通事故件数(第2当事者)
被説明変数:
係数
説明変数
標準誤差
平成9年法改正ダミー*平成9年対象ダミー
-60.952
***
平成13年法改正ダミー*平成13年対象ダミー
-18.429
14.511
ln(人口)
111.472
***
13.275
ln(可住地面積当たりの人口密度)
35.996
***
11.299
11.797
ln(人口千人当たりの自動車保有台数)
188.742
***
53.210
ln(人口千人当たりの運転免許保有者数)
147.547
***
28.736
ln(1台当たりの交通違反取締件数)
94.423
***
14.317
***
15.341
51.538
ln(1台当たりの舗装道路延長)
-41.537
可住地面積当たりの駅数
-50.661
ln(1人当たりの県民所得)
-356.720
***
ln(製造品出荷額)
86.798
***
定数項
-70.452
79.276
10.684
529.297
2115
観測数
2
0.658
補正R
(注1)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す.
(注2)年次ダミー及び年齢ダミーについては省略した.
一方,一連の法改正が,高齢運転者が被害者となる交通事故件数に与える影響について
分析を行ったところ,表 18 のとおり,法改正ダミーの係数の符号は負であり,1%水準で
統計的に有意であった.また,それぞれの法改正が,高齢運転者が被害者となる交通事故
件数に与える影響について分析を行ったところ,表 19 のとおり,平成 9 年法改正ダミー*
平成 9 年対象ダミーの係数の符号は負であり,1%水準で統計的に有意であった.平成 13
年法改正ダミー*平成 13 年対象ダミーの係数の符号は負であるが,統計的に有意ではなか
った.
5.2
「高齢運転者標識」
高齢運転者標識」の効果を
効果を捉えるモデル
えるモデルの
モデルの推定結果
モデル(e),(f)の推定結果を表 20 及び表 21 に掲げる.
表 20 モデル(e)の推定結果
追突事故件数(第 2当事者)
被説明変数:
係数
説明変数
標準誤差
法改正ダミー
-14.026
***
4.086
ln (人口)
53.580
***
5.176
ln (可住地面積当たりの人口密度)
11.196
**
4.389
ln (人口千人当たりの自動車保有台数)
111.503
***
20.629
ln (人口千人当たりの運転免許保有者数)
18.332
*
10.783
ln (1台当たりの交通違反取締件数)
29.707
***
ln (1台当たりの舗装道路延長)
-7.313
可住地面積当たりの駅数
-18.235
ln ( 1人当たりの県民所得)
-74.596
ln (製造品出荷額)
定数項
5.579
5.979
30.861
***
20.083
15.434
***
4.164
-652.972
***
205.253
2115
観測数
2
0.612
補正R
(注 1)*** , ** , * はそれぞれ 1%, 5%, 10%の水準で統計的に有意であることを示す.
(注2)年次ダミー及び年齢ダミーについては省略した.
- 18 -
表 21 モデル(f)の推定結果
追突事故件数(第2当事者)
被説明変数:
係数
説明変数
標準誤差
平成9年法改正ダミー*平成9年対象ダミー
-33.262
***
5.602
平成13年法改正ダミー*平成13年対象ダミー
-13.395
***
4.555
5.125
ln(人口)
53.602
***
ln(可住地面積当たりの人口密度)
9.074
**
4.362
ln(人口千人当たりの自動車保有台数)
98.109
***
20.543
ln(人口千人当たりの運転免許保有者数)
34.137
***
11.094
ln(1台当たりの交通違反取締件数)
29.849
***
5.527
ln(1台当たりの舗装道路延長)
-7.271
5.923
可住地面積当たりの駅数
-11.315
30.606
ln(1人当たりの県民所得)
-75.351
***
ln(製造品出荷額)
15.339
***
4.125
-536.575
***
204.349
定数項
19.897
2115
観測数
2
0.619
補正R
(注1)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す.
(注2)年次ダミー及び年齢ダミーについては省略した.
一連の法改正が,高齢運転者が被害者となる追突事故件数に与える影響について分析を
行ったところ,表 20 のとおり,法改正ダミーの係数の符号は負であり,1%水準で統計的
に有意であった.また,それぞれの法改正が,高齢運転者が被害者となる追突事故件数に
与える影響について分析を行ったところ,表 21 のとおり,平成 9 年法改正ダミー*平成 9
年対象ダミー及び平成 13 年法改正ダミー*平成 13 年対象ダミーの係数の符号はともに負で
あり,1%水準で統計的に有意であった.
5.3
「高齢者講習」
高齢者講習」の効果を
効果を捉えるモデル
えるモデルの
モデルの推定結果
モデル(g),(h)の推定結果を表 22 及び表 23 に掲げる.
表 22 モデル(g)の推定結果
被説明変数:
単独事故件数
係数
説明変数
標準誤差
法改正ダミー
1.143
*
ln (人口)
6.090
***
ln (可住地面積当たりの人口密度)
-0.480
0.674
0.854
0.724
ln (人口千人当たりの自動車保有台数)
10.677
***
3.404
ln (人口千人当たりの運転免許保有者数)
11.097
***
1.779
ln (1台当たりの交通違反取締件数)
8.195
***
ln (1台当たりの舗装道路延長)
-0.265
可住地面積当たりの駅数
-19.659
***
5.093
ln ( 1人当たりの県民所得)
-20.075
***
3.314
ln (製造品出荷額)
5.492
***
定数項
3.774
0.921
0.987
0.687
33.872
2115
観測数
2
0.544
補正R
(注 1)*** , ** , * はそれぞれ 1%, 5%, 10%の水準で統計的に有意であることを示す.
(注2)年次ダミー及び年齢ダミーについては省略した.
- 19 -
表 23 モデル(h)の推定結果
被説明変数:
単独事故件数
説明変数
係数
標準誤差
平成9年法改正ダミー*平成9年対象ダミー
0.537
平成13年法改正ダミー*平成13年対象ダミー
3.542
***
***
ln(人口)
5.963
ln(可住地面積当たりの人口密度)
-0.254
0.929
0.755
0.850
0.723
ln(人口千人当たりの自動車保有台数)
11.974
***
ln(人口千人当たりの運転免許保有者数)
8.832
***
3.405
1.839
ln(1台当たりの交通違反取締件数)
8.223
***
0.916
ln(1台当たりの舗装道路延長)
-0.337
可住地面積当たりの駅数
-21.004
***
0.982
5.073
ln(1人当たりの県民所得)
-19.810
***
3.298
ln(製造品出荷額)
5.562
***
定数項
-9.825
0.684
33.873
2115
観測数
2
補正R
0.548
(注1)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す.
(注2)年次ダミー及び年齢ダミーについては省略した.
一連の法改正が,高齢運転者の単独事故件数に与える影響について分析を行ったところ,
表 22 のとおり,法改正ダミーの係数の符号は正であり,10%水準で統計的に有意であった.
また,それぞれの法改正が単独事故件数に与える影響について分析を行ったところ,表 23
のとおり,平成 9 年法改正ダミー*平成 9 年対象ダミーの係数の符号は正であるが,統計的
に有意ではなかった.平成 13 年法改正ダミー*平成 13 年対象ダミーの係数の符号は正であ
り,1%水準で統計的に有意であった.
6.
考察
本章では,前章 5.1 節,5.2 節及び 5.3 節で示した推定結果に対する考察を順に示す.
6.1
政策全体の
政策全体の効果
「高齢運転者標識」及び「高齢者標識」を一つの交通安全政策とみなし,政策全体の効
果を分析したところ,5.1 節で示されたように高齢運転者が加害者となる交通事故件数に対
して一連の法改正も,個々の法改正も統計的な有意な効果を確認できなかった.この要因
として高齢運転者の交通事故件数が増加している状況を受けて,政策を導入したという逆
の因果関係が影響している可能性が考えられる.また,サンプルには「高齢運転者標識」
や「高齢者講習」の対象ではない大型車や原付等が含まれていることや,政策以外の要因
に強い影響を受ける事故類型が含まれていることが考えられる.
一方,高齢運転者が被害者となる交通事故件数に対して一連の法改正は,統計的に有意
に事故件数を減少させることが確認できた.また,個々の法改正について,平成 9 年法改
正は統計的に有意に事故件数を減少させることが確認できたものの,平成 13 年法改正は統
計的に有意な影響を確認できなかった.政策は高齢運転者に対する直接的な効果よりも高
齢運転者を保護するように周囲の運転者に作用する効果があり,そのため,高齢運転者の
増加の影響を直接は受けていないものと考えられる.このことは,前述の高齢運転者が加
害者となる交通事故とは対照的であり,高齢運転者の安全政策は周囲の運転者に作用する
場合に効果が発現するものと考えられる.また,政策の効果は高齢運転者の増加により高
- 20 -
齢運転者同士の事故が増加したことや,経年とともに導入時のアナウンス効果が減じたこ
ともあり,平成 13 年法改正が統計的に有意な結果が得られなかったと考えられる.
6.2
「高齢運転者標識」
高齢運転者標識」の効果
「高齢運転者標識」の効果を捉えるために,高齢運転者が被害者となる追突事故件数に
対する政策導入の効果を分析した.5.2 節で示されたように一連の法改正も,個々の法改正
も統計的に有意に事故件数を減少させる効果が確認できた.理論分析のとおり,標識の表
示により周囲の運転者は高齢者が運転する自動車と車間距離を維持するなど高齢運転者に
配慮することによって交通事故の発生を予防することができよう.言い換えれば,交通安
全プロジェクト (2009)で指摘されるように,
「高齢運転者標識」は,高齢運転者の不規則な
運転の影響を周囲の運転者が回避することにより,潜在的な交通事故の発生を予防する政
策であるとも考えられる24.
6.3
「高齢者講習」
高齢者講習」の効果
「高齢者講習」の効果を捉えるために,高齢運転者の単独事故件数に対する政策導入の
効果を分析した.5.3 節で示されたように一連の法改正は,高齢運転者が被害者となる交通
事故件数を統計的に有意に増加させることが確認できた.また,個々の法改正について,
平成 9 年法改正は統計的に有意な影響を確認できなかったものの,平成 13 年法改正は統計
的に有意に事故件数を増加させることが確認できた.これらの要因としては,6.1 節の場合
と同様に,高齢運転者の交通事故発生件数が増加している状況を受けて,政策を導入した
という逆の因果関係がある可能性が否定できない.また,現在の安全教育を趣旨とする「高
齢者講習」では加齢に伴う運転技術の低下を補うことは期待できない.そして,高齢運転
者が自身の運転技術の低下を認識したとしても自主的に運転をやめたり運転量を減らした
りすることはないものと考えられる.さらには,高齢者が講習を受けたという実績に満足
し,安心した高齢運転者が受講前よりも運転量を増やしたというモラルハザードが生じて
いるのではないかとも考えられる.しかし,本稿の分析からは,こうした影響が交通事故
件数に及んだのかどうかを明らかにすることはできなかった.
7.
政策提言
本章では,前章の考察結果を踏まえ,以下のとおり高齢運転者の交通安全政策に関する
政策提言を示す.
.
「高齢運転者標識」の表示により,
「情報の非対称」が解消され高齢運転者の交通事故に
対する予防効果が明らかになったことから,努力義務にとどまっている「高齢運転者標識」
の表示について「初心運転者標識」と同様に義務化することまでも考慮して良い.ただし,
「高齢運転者標識」の表示により発生するコストを無視できるほど小さいと仮定しなけれ
ばならない.併せて,対象年齢を 70 歳以上に拡大した平成 13 年法改正に高齢運転者の交
通事故件数を減少させる効果が確認されたことから,70 歳以上の表示義務化が適当である.
なお,年齢により一律に表示義務を課す方法もあるが,既存の制度として,免許更新時の
24
交通安全プロジェクト (2009)15,16 頁参照.
- 21 -
「高齢者講習」において高齢運転者の身体機能や判断・認知力,運転技術の確認が行われ
ていることを踏まえると,高齢運転者の運転技術に応じ表示の有無を判断することが技術
的にも可能だと考えられる.現在の「高齢者講習」が高齢者に対して自動車運転を継続す
るか否かの判断に必要な情報の提供にとどまっていることから,講習の結果を交通安全政
策のためにより効率的に利用できるものと考えられる.そして,標識が周囲の運転者に対
して事故回避の行動を促すことに着目すれば,高齢運転者に関わらず,運転技術が低い運
転者や疾病等により操作ミスや判断ミスを起こす可能性が高い運転者に対し,何らかの標
識の表示を義務付けることも交通安全政策の選択肢として検討されてもよいのではないだ
ろうか.
本稿の分析では,
「高齢者講習」が高齢運転者の事故件数に与える影響を明らかにするこ
とができなかったため,分析結果は今後の交通安全政策に対する示唆にとどめておきたい.
なお,高齢運転者の交通事故の特徴については,筆者が警察庁科学警察研究所交通科学部
長である西田泰氏にインタビューを行った.そこからは,高齢運転者の行動時間帯や移動
目的地は他の年齢層とは異なり,高齢運転者は同じ時間帯に,狭い範囲に集合するという
特有の行動パターンがある.そのため,今後,さらに高齢運転者同士の事故が増加するこ
とが予測されるという知見を得ることができた.つまり,高齢化がより一層進行した先の
社会においては,運転者の多くが「高齢運転者標識」を表示することとなり,標識の表示
の効果を期待できない可能性がある.
そして,現在,高齢運転者が運転を継続するか否かを判断するための情報提供にとどま
っている「高齢者講習」の見直しも考慮する必要があるかもしれない.なぜならば,免許
制度は一定水準以上の運転技術を有しない者には運転を認めないことが基本である.本稿
の分析からは,もし,高齢者から移動手段の一つを取り上げることにより発生するコスト
が無いか,仮にあったとしても極めて少ないものと仮定すれば,講習制度には年齢ではな
く,技術に基づくスクリーニング機能を付与することにも,再検討の余地が残されている
ということになろう.
8.
まとめ
本稿では,高齢運転者の交通事故件数が増加するなか,高齢運転者の交通安全政策とし
て導入された「高齢運転者標識」及び「高齢者講習」が,高齢運転者の交通事故件数をど
のように減少させるのか「市場の失敗」の解消に着目し理論分析を行った.次に,理論分
析のとおりの効果が得られているのか都道府県パネルデータを用いて DID 推定量による実
証分析を行った.分析の結果から,
「高齢運転者標識」は,周囲の運転者に対して高齢運転
者に対する安全運転を促す効果があり,交通事故件数を減少させることが確認された.一
方,
「高齢者講習」については,高齢運転者の交通事故件数に対する効果を明らかにするこ
とができなかった.つまり,高齢運転者の交通安全政策についての政策提言として,70 歳
以上の高齢運転者を対象とした「高齢運転者標識」の表示義務化を提言するとともに,
「高
齢者講習」のあり方の再検討を求めておく.
最後に,本稿の研究に残された課題についてであるが,本稿の実証分析においては,高
齢運転者に対する交通安全政策の効果について,交通事故件数を被説明変数として分析を
行った.しかし,都道府県別データを利用しているため限界があることを認めざるを得な
- 22 -
い.たとえば,法改正の効果の分析は可能であるが,市町村や所管警察署単位で行われて
いる交通安全政策の効果は十分に捉えられない.交通安全政策には地域性があると言われ
るため,こうした分析は研究が進んでおり,筆者にとっても今後の課題としておきたい.
より精緻な分析を行うには,都道府県よりも狭いエリアでの分析や,
「高齢運転者認識標識」
の普及率を観察できるデータを用いた分析等が必要であると考えられる.さらに,交通事
故に関する高齢運転者の特性やその行動の変化についても分析の積み重ねが必要不可欠で
ある.
また,高齢運転者に対する交通安全政策は,一方で高齢者の自動車による移動の自由を
制限することにもなる.そのため,自動車に代わる代替交通手段の整備や移動制限から生
じる心身面への影響など新たに社会が負担するコストが発生することが予測される.この
点については,本稿においては触れることができなかったが,これらのコストと高齢運転
者の交通事故により社会が負担するコストを比較することにより,社会的に最適な政府の
介入の程度を検討することもできる.
高齢社会が浸透するなかで,交通安全政策とその効果に関する科学的な分析はまだ十分
とは言えない.本稿はそうした研究蓄積の一助となれば幸いである.
謝辞
本稿作成にあたり,福井秀夫教授(プログラムディレクター),西脇雅人助教授(主査),黒
川剛教授(副査),加藤一誠客員教授(副査),安藤至大客員准教授(副査)から丁寧なご指導を
いただいたほか,関係教員及び学生の皆様からも大変貴重なご意見をいただきました.ま
た,警察庁科学警察研究所西田泰交通科学部長には本稿作成にあたり多くの資料をご恵与
いただくとともに貴重なご意見をいただきました.ここに記し感謝の意を表します.
最後に,政策研究大学院大学での貴重な研究の機会を与えていただいた派遣元の長崎県
及び家族に感謝の意を表します.
- 23 -
参考文献
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第 30 回土木計画学研究発表会・講演集,297-307.
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る費用も含め 2001 年データより-』日交研究シリーズ A-356.日本交通政策研究会.
・交通安全プロジェクト (2007)『高齢者の交通事故発生予測に関する研究』日交研究シリ
ーズ A-422.日本交政策研究会.
・交通安全プロジェクト (2009)『高齢者の特質と交通事故の関係』日交研究シリーズ A-484.
日本交通政策研究会.
・斉藤都美 (2004)「自動車車検制度が交通事故率に与える影響について」『日本経済研究』
第 50 号(2004 年 9 月),1-18.日本経済研究センター.
・榊原胖夫 (2009)「高齢者の経済行動と交通行動」
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高齢者の交通事故防止と運転者
等に対する交通安全教育の充実」時の法令第 1560 号,7-21.
・安部久晃,岡素彦,稲森久人 (2001)「免許証の更新を受ける者の負担の軽減,第二種免
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雨天者対策,自転車利用者対策,被害軽減対策等を規定」時の法令第 1800 号,7-17.
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・竹内健蔵 (2008)『交通経済学入門』有斐閣
・N.グレゴリー・マンキュー著
足立英之ほか訳 (2005)『マンキュー経済学Ⅰミクロ編(第
2 版)』東洋経済新報社
- 24 -
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