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e-dream-s
通信
No.63 発行:2006 年 2 月 12 日 特定非営利活動法人 イー・ドリームズ
目次
1.
私はなぜ書き続けているのか
辻荘一
p. 2
2.
10 年目の推薦図書
井川好二
p. 4
3.
「1%」その後
中川房代
p. 8
4.
寒い2月の福岡・シンポジウムに参加して
山田昌子
p.10
5.
ECAP2006 へ向けて
稲川宏美
p.12
6.
手紙
塚本美紀
p.14
7.
お知らせ
1
私はなぜ書き続けているのか
辻荘一
なんてことを、毎月2本のエッセイを書くという作業を5年以上続けていると考えるよう
になる。そんなことは知ったことではないかもしれませんが、まあ聞いてください。
e-dream-s の設立までは News A の原稿だけだったが、それでもけっこうヒーヒー言って書
いていた。それが2本になって、大丈夫かなという不安もちょっとあったけれど「News A
は英語教育関係、e-dream-s 通信はそれ以外、と内容を区別するようにすればなんとかなる
か!」と思ったのが間違い。2本で(ヒーヒー)2である。
そもそも書いている人間は一人で、毎日そう変わったことが起こるわけでもないし、頭の
中にある話題のストックも長年書いていれば尽きようと言うもの。書いているうちに同じ
様な事を以前に書いた様な気がしてきて、バックナンバーを見れば確かに似た様な原稿が
あって、泣く泣く破棄というはめになった事も一度や二度ではない。実際この原稿を書き
ながらも「毎月エッセイを書き続ける事で、例えば自分が 10 年前に何を考えていたか分か
っていいもんですよ」という趣旨の原稿を書いた事を思い出して、一瞬ギクリとしながら
も、
いや今回の内容はそれとはちょっと違うから大丈夫、
と思い直したところなのである。
一時は新味のない同じ様な事の焼き直しばかり書いている様な気がして(実際その通りで
あるし)
、悩んだりしたことも(いや、ホント)あったのだけれど最近は、真面目に書き続
ける事に意義があると開き直っている。
新味がなかろうが同じ様な事の繰り返しだろうが、嘘をつかずに正直に何かを人に伝える
ために書こうとすれば、その作業はどうしても自分のやっていることや自分の考え方を振
り返り点検するというプロセスを経ることになる。それは私が一人の人間として生きて行
く時に必要な事であるという以上に、ACROSS・e-dream-s という運動体の中心メンバーと
いう立場で活動して行く上で、自分に取ってはもちろん共に活動している仲間に対しての
誠意であると、考えるようになった。というか、この原稿を書いているうちに思いついた。
ACROSS・e-dream-s が自分の生活の糧を得る「仕事」であるならば、事情は違う。例えば、
私は公立高校の教師として熱意と誠意を持って仕事をしている(つもりだ)
。自分の仕事が
好きであるし意義ある仕事だと思っている。しかし仕事である以上、例え情熱がなくなっ
ても理不尽な事があって納得できなくても、やめる事は出来ない。また私が辞めたとして
もその仕事そのものがなくなるわけでなく誰かが私の代わりを努めて組織は動き続ける。
ACROSS・e-dream-s は運動体である。そこで生活の糧を得ているわけではない。その活動
を自分がやるだけの意義があると納得できなければやる必要はないし、情熱がなくなれば
2
辞めてもよい。それはすなわち、自分がなぜ ACROSS・e-dream-s という運動体で活動して
いるかという事を振り返り続けなければならないということでもある。逆に言えば、惰性
でやっても意味がないことだし、会員の多くが惰性でやるようになれば、その団体は自然
消滅するだろう。
常に自分の活動の意義と情熱を問い続けることが会員一人一人にとって必要であるならば、
一般会員以上の責任がある中心メンバーならば尚更である。自分が活動についてどのよう
な意義を見いだしているか、どれほどの情熱でやっているかを自分で振り返ると同時に、
それを常に他のメンバーに示し続けなければならない責任があるはずだ。
それは様々な場面で可能で、
日々の活動で言葉や行動を持って示すことができる。
が一方、
普段断片的に語ったり非言語的に行動で示している自分の考えをまとまった形で筋道立て
て示すことができる毎月のエッセイは大変重要なメディアである。だから、しんどかろう
が新味がなかろうが誠意を持って毎月書き続けることが大切なのだ、などと言うことをく
だくだ述べて自分を奮い立たせなければ書けないぐらい、最近は追いつめられているのか
なあ、などと思う今日この頃であります。
3
e-dream-s.come.true
10年目の推薦図書
井川 好二
http://www.shibazaidan.or.jp/16nanohana/nanohana_undo.html より。
「センセのセンセが、亡くならはって今年で 10 年どすか?」
「ええ?」
「司馬遼はんどす」
「そうか、今月やったな命日。けど、もう 10 年になるか」
行きつけの割烹の女将にそう云われて、思い出した。2月12日は、司馬遼太郎1の命日。
今年(2006 年)は没後10年になる。司馬氏が好きだった花の名前から、命日を「菜の花忌2」
と云う。もう 10 年もと云う気もするし、まだまだ 10 年と云う思いもある。偉大な物書き
であった。どちらにしても、彼の作品から多くのことを学んできたし、これからも学ばせ
てもらおうと思っている。
1
司馬遼太郎【しばりょうたろう】1923.8.7‐96.2.12 小説家。本名福田定一。大阪府生れ。
大阪外語学校卒。モンゴル語を学び,学徒出陣で旧満州に出征した。戦後,産経新聞の記者を
勤めたが,小説家に転じる。戦後の中間小説が隆盛するなかで,時代小説,歴史小説を得意と
し,1960 年に「梟の城」で直木賞を受賞。「竜馬がゆく」「燃えよ剣」で人気作家となった。明治
を支えた合理主義とナショナリズムへの愛着が「坂の上の雲」「翔ぶが如く」などにうかがえ
る。「この国のかたち」などの文明論的なエッセイストとしても支持された。93 年文化勲章
受章。
〔全集・68 巻・1972‐〕[株式会社岩波書店 岩波日本史辞典]
2
http://www.shibazaidan.or.jp/
4
「司馬センセって、センセの先輩どすか?」
「そや、大阪外大の大先輩。司馬さんはモンゴル語、僕は英語。もちろん、歳が違うか
ら、学校で会うたことはない」
「けど、尊敬したはるセンセと、同じ学校やったって、ちょっと自慢の種?」
「まあ、そやな。直接教えてもろたことはないけど、本でいろいろ教えて貰て尊敬もし
てるし、感謝もしてる」
「羨まし」
「なんで?」
「そんな気持ちになれるセンセがいたはるのが、羨ましおす」
「ほな、お酒にしますか?」と云われて、
「うん」と答えた。運ばれてきたのは、伏見の「月
の桂」のにごり酒3。京都で厳冬期にのみできる芳醇な酒である。司馬遼太郎の供養にふさ
わしい。
傲慢で偏狭な心の持ち主である私の読書は、相手にしないと決めた著者の作品は1ページ
も読まない代わり、これと決めた作者の本は片っ端から読み進むと云うがむしゃらぶり。
三島由紀夫や吉田健一も同様に耽読し、司馬遼太郎も、そのようにしてほぼすべてを読破
した。そういう偏屈な読み方が良いと思っている訳ではないが、自分にはこれしかできな
いし、人間と付き合うように、狭くとも深くと思っている。
「センセ、うちにも読める司馬センセのご本、教えとおくれやす」
「何やて?」
「そやから、司馬センセのご本で小説やなしに、エッセイやったら何読んだらよろし
の?」
「そやなあ・・・」
「アホやから、読んでも分からん思たはるんでしょ?」
「そやないけど」
「一所懸命読みますよって」
「分かった、分かった」
こころに残る作品は数多い。その中で、異文化理解、日本理解に特に役立ち、教材として
も使えそうなエッセイもあるし、映像作品もある。私の中では、それらは「古典」の趣が
あると思っている。しかし、本音を云えば、司馬先生には、もっと長生きして多くの著作
を残して欲しかった。
3
屈指の名醸地・伏見で最古の歴史を誇る名門蔵。にごり酒の元祖として知られ、個性と
季節感豊かに異彩を放つ酒造り。桃山丘陵からの清冽な“伏水”を用い、京の風情を感じ
させる“美味し水”を醸す。
http://www.meimonshu.jp/modules/xfsection/html/gallery2/kura/seishu/tsukinokatsura/indext_tukin
oktr.html & http://www.tsukinokatsura.co.jp/ 参照。
5
「そしたら、旅行記がええやろ」
「へえ、
『街道をゆく』どすか?」
「それもええけど、まず『長安から北京へ4』
」
「中国の本どすか?」
「そや、中国理解の基本や」
「はい」
「それから、
『ロシアについて:北方の原形5』
」
「ロシアの本」
「そう、旅行記やないけど、歴史的にロシアのことがよう分かる」
日本を取り巻くこの2つの大国のことを理解しなければ、日本の未来は見えてこない。東
アジアにおける日本の孤独を学ぶ2冊である。
「他にもあったら、教えとくなはれ」
「そやなあ、
『アメリカ素描6』か」
「今度は、アメリカどすか?」
「そや、司馬センセが初めてアメリカへ行かはった時の、それもイヤイヤ行かはった時
の本」
「はい」
「それから、
『人間の集団について:ベトナムから考える7』やね」
「ベトナムどすか」
「そや。これは、まだベトナム戦争中に、司馬センセが当時のサイゴン、今のホーチミ
ンシティへ行きはった時の話」
「はい」
アメリカを無視して現在の日本も世界もない。この2冊は、そのアメリカの基本とアメリ
カの影響力について書かれたものである。現代世界を理解するため、欠かせない2冊であ
る。
むろん他にも多くの著作のある司馬遼太郎であるが、
ここに紹介した4冊は、
多文化理解、
日本理解の基本図書と云える。
あとは、
『街道をゆく』
と云いたいが、
全43巻もあるので、
すべてを紹介することも、それも読めと云うのも無理である。しかし、敢えて、その中で
もと云うことになれば、2つを挙げたい。
『街道をゆく』には、NHK が製作した質の高い
4
5
6
7
司馬遼太郎(1979/1992)「長安から北京へ」東京:中公文庫。
司馬遼太郎(1989/2002)「ロシアについて:北方の原形」東京:文春文庫。
司馬遼太郎(1986)「アメリカ素描」東京:新潮文庫。
司馬遼太郎(1996)「人間の集団について:ベトナムから考える」東京:中公文庫。
6
DVD があるので、教材としてはむしろその方が使い勝手が良いのかも知れない。
「
『街道をゆく』は、DVD がエエ」
「そうどすか?」
「ちゃんとしてるで、まず、
『湖西のみち・韓のくに紀行8』
」
「韓国どすか?」
「そや、滋賀県と朝鮮半島の古代におけるつながりから掘り起こす」
「おもしろそう」
「もうひとつ『街道をゆく』DVD でお勧めは、
『南蛮のみち9』
」
「南蛮?」
「スペインとフランスの国境地帯にあるバスクへの紹介や」
「はあ・・・」
「そのバスク出身のザビエルが日本へキリスト教を伝えたんや」
「へえ、知りませんでした」
「そや、あまり知られてないけど、バスクって面白いで」
「はい」
「街道をゆく」の DVD では、この2本が優れている。司馬の意図を NHK の撮影スタッ
フがかなり忠実に再現した結果、映像も語りもよく出来ている。DVD の使い勝手のよさは、
字幕がでるところにもある。
「DVD は字幕がでるから、わかりやすい」
「それやったら、難しい言葉とか、でてきても安心どす」
「今度、一緒に、小阪の司馬遼太郎記念館へ遊びに行こか?」
「はい。喜んで。ああ、嬉し!」
没後10年経っても、今後ますます司馬遼太郎の世話になりそうである。草葉の陰のセン
セ、よろしくお願いします。(Sunday, February 12, 2006)
8
NHK スペシャル(2004)「街道をゆく2/司馬遼太郎 湖西のみち・韓のくに紀行、モンゴ
ル紀行」東京:NHK. DVD
9
NHK スペシャル(2004)「街道をゆく3/司馬遼太郎 北のまほろば・南蛮のみち」東京:
NHK. DVD
7
「1%」その後
中 川 房 代
市川市は、千葉県にある人口 466,000 人ほどの都市である。私自身は訪れたことはなく、
そこに至る背景10もよくわからないが、一昨年の 2004 年 12 月に市民税の 1%を納税者が選
ぶ NPO への助成金とする条例、所謂「1%支援制度」11が可決され、全国から注目を浴びて
いる都市である。
(しくみは下図12参照)
この「1%支援制度」は昨年4月にスタートし、
審査によって選ばれた81団体に、合計で
11,244,952円が交付された。選択届出をした
納税者は、6,266人(全納税者の2.9%)。そ
のうち有効届出数は、5,557人。基金への積
立を加えると総額13,418,960円13となった。
1 年目を終えて、この「1%支援制度」につ
いてのアンケート結果14が市川市のホーム
市川市「1%支援制度のしくみ」
ページに掲載されている。(アンケート総
数 241 件)
この制度に参加しなかった理由のうち、多かったのは、
「届け出の方法がわからなかった」
(21.6%)、
「支援制度に反対」(19.2%)、
「支援したい団体がなかった」(12.8%)。この結果に
よると、約 2 割の人が制度への反対を表明しているが、アンケート総数が 241 件であるた
め、市民の大多数の意見としてはどうなのか、そこのところはよくわからない。届け出に
ついては、お役所仕事ゆえの煩雑さがあるようだ。また、この制度については、
「改善すべ
き点を改善してよりよい制度にすべき」(63.6%)、
「よい制度でこのまま変えずに続けるべ
き」(12.3%)で 4 分の 3 を占め、制度を評価する意見が大多数を占めている。
「1%制度を通
10
千葉県は、2001 年の堂本暁子知事就任以来、
「NPO 立県千葉の実現」を目指してきているが、そ
のこととも関連があるのかもしれない。2005 年 11 月に発表された「都道府県、主要市における NPO
との協働環境に関する調査報告書」
(IIHOE〔人と組織と地球のための国際研究所〕による)の結果
では、千葉県は自治体と NPO との協働のランキングが全国のトップである(ただし千葉県の自己
集計による)とのコメントもあった。
11
http://www.npoweb.jp/news/news_info.php?article_id=1939
「e-dream-s 通信 2004 年 11 月号」中川の原稿を参照
12
http://www.city.ichikawa.chiba.jp/net/siminsei/volunteer/nouzei.htm より
13
http://www.city.ichikawa.chiba.jp/media/kohopdf/2506042-3.pdf
14
市川市ホームページ「市民活動団体支援制度」、アンケート結果
http://www.city.ichikawa.chiba.jp/net/siminsei/volunteer/nouzei.htm
8
して、
ボランティア活動や NPO 活動が市民の間に広がっていくために必要なことは何か?」
の問いには、半数が「市の PR も必要だが、団体が自ら PR すること」と答えている。
これは、市民向けのアンケートであるが、同様に交付対象となった団体へのアンケート、
対象以外の団体を含む団体アンケートも行われている。今回助成金を交付された団体で、
次回も申請すると答えたのが 8 割。市民への PR については、団体のアンケートでも半数以
上が団体の PR が必要と答えている。もっと自身の団体の活動内容を発信、PR していくこ
とで、この制度も充実していくのではないかと思う。
2年目を迎えた「1%支援制度」は、1月中旬から2月10日までが支援団体の申請期間であっ
た。市川市ボランティア・NPO活動推進課によれば、「国内初のこの支援制度も、2年目を
迎えて周知度が増し、申請希望団体からも納税者からも問い合わせが相次いでいる15」そ
うだ。結果はどうだったのだろう。
日本は「寄付文化が育ちにくい」と言われる。寄付に対する税制上の問題や、ボランティ
ア活動やNPOの歴史にもいくつか原因があると言われる。が、徐々に日本社会の中でNPOの
認知度が進み、活動を評価される機会が増えるに従って、こうして少しずつ自治体や市民
(の意識)に変化の兆しが見えてきているのは、NPOに携わる一人として、嬉しいことだな
あと感じている。e-dream-sもその一翼を担っていきたい。
15
http://www.npoweb.jp/news/news_info.php?article_id=2387
9
寒い2月の福岡・シンポジウムに参加して
理事 山田昌子
益々寒い毎日が続き、寒冷アレルギーがあり寒さに弱い私は、ついつい憂鬱になってしまうので
すが、先週の始まりはとても爽やかでした。2月4日(土)のシンポジウムに沢山のエネルギーをい
ただいたからだと思います。「忙しい学期中によく旅行なんてできるねえ」という同僚もいますが、
私は、テレビ会議についてシンポジウムをやると聞いて、「こりゃあ、面白そうだ!絶対行かなけ
れば!」と即座に参加を決めました。また、忙しいからこそ、人とのつながりや輪の広がりを大切
にしたいとも思いました。福岡では、ECAP2005 以来初めて出会う韓国人 Young-Kap や
Minsun 註 2 ともいい再会ができ、シンポジウム後もとても楽しい時が過ごせました。Minsun とはまだ
2回目、Young-Kap とは3回目なのに、昔からの友人のように話がはずんだのがとっても印象的
でした。今日は、このシンポジウムについてご報告したいと思います。
2月4日(土)午後、井川さん、稲川さんと共に、福岡のひびき高校註1で行われたシンポジウムに
行ってきました。福岡県の有隣会(文部科学省の中央研修を終えた先生方の集まり)主催のシン
ポジウムでしたが、内容は、ひびき高校でインターネットを通じて「テレビ会議」という国際交流の
実践をされているので、その紹介が主でした。
単位制のひびき高校は、数年前に日米教育委員会フルブライトメモリアル基金に応募、ミズーリ
ー州セントチャールズ高校と互いに訪問し合い、テレビ会議を通じて生徒同士が交流しながら、
環境学習(理科&英語教員による)を進めておられます。また、最近はソウルの Young-Kap の勤
務校ヤンムン中学校の生徒ともテレビ会議をし、ひびき高校の生徒の韓国語学習に生かしてお
られます。
コンピュータが沢山並んでいるけれど理科の実験室のような大きな部屋に、大きなスクリーンが掲
げられ、パソコンやマイク、カメラが設置されていました。まるでスタジオみたい!テレビ会議での
様子がスクリーンに映し出され、アメリカとの交信が始まると私はドキドキ。テキサス州カリスバー
グ高校のティモシー先生がスクリーンに映ると、50回目の誕生日を祝い、会場の参加者がテレビ
会議を通じて ♪ Happy birthday to you…♪ と歌いました。テキサスは深夜、4日になったばか
り。世界中で一番最初に誕生日を祝ったのが私たちでした。
実践報告では、塚本さんも理科の中村先生も、実
に生き生き、まさに水を得た魚とはこのこと。次々
映し出される生徒たちの生き生きした顔の写真。
そして、テレビ会議後、相手国への興味が高まり、
もっと英語や韓国語を勉強したいという生徒が多く
なったと生徒のアンケートの報告。塚本さんの「教
室に居ながらにして、海外の人とコンタクトをとるこ
10
とができるというメリットは大きい」という言葉が印象的でした。
テレビ会議といえば難しそうですが、パソコン、インタ
ーネットが可能な回線、Web カメラ、ソフトウエア
(Yahoo! Messenger を利用)、(マイク)があれば、で
きるそうです。そういえば、最近韓国にはまっている、
私の勤務校の数学の先生は、友人の韓国人と毎日
自宅でテレビ会議で話しているということを思い出し
ました。彼にできるなら、私にも・・・?!細かい話を
伺うと、障害はないわけではありません註3が、十分可
能のように思われました。
有隣会高校北九州地区会長、かつ、ひびき高校の校長先生がおっしゃいました。「有隣会のよう
な組織というのは、親睦をするだけということが多いけれど、やはり研修をしなければ・・と始めた
のです。」研修は必要だという発想は、当たり前のことかもしれませんが、このような取組みを積極
的に進めることはなかなかできることではありません。私も、のんびりしていてはいけないなあと、
ふんどし(?)を絞めなおしました。
すると、「ECAP2006の打合せをテレビ会議で
やったらどうや。」と井川さん。なるほど、ひび
き高校のようにすぐに教室で実践するのもい
いけど、まず、自分たちが教師としてやってみ
ることが大切なんや。それこそ研修や。それに
ECAP2006の打合せができたら、こりゃあ一石
二鳥や。やろやろ!私は大賛成していました。
シ ン ポ ジ ウ ム の 後 、 ECAP2006 に つ い て
Young-KapやMinsunと打合せもでき、夏のワ
ークショップの取組みは動き出していました。寒波が吹く日ではありましたが、私には、それ程寒
さが厳しく感じられず、むしろこれからが楽しみで、何か熱いものを感じていました。
___________________________________________________________________________________
註1: e-dream-s 理事のひとりである塚本さんが勤務されている県立高校。これまで何度も e-dream-s 通信の
中で、塚本さんが勤務校で実践されているテレビ会議について報告されているので、ご参照ください。
註2: 私は、Lee Young-Kap さんとは ECAP2004Seoul で初めて出会い、ECAP2005 では、Ku Minsun さんと共
に同じグループでした。テレビ会議の実践では、勤務校は異なるけれど、Minsun は Young-Kap のサポート
をされていると伺いました。
註3: 双方が同じソフトウエアを使用しなければいけない、Mac の場合は Yahoo! Messenger は使えない、回線
はブロードバンドでなければいけない、ファイア・ウォールの機能をオフにしなかればいけないこと等。
11
ECAP2006へ向けて
稲川宏美
2月4日、小倉のひびき高校で行われたシンポジウム「国際交流とテレビ会議」に参加
し昨年の ECAP2005 に参加された Lee Young Kap さん Ku Mi Sun さんにお会いしてきま
した。シンポジウムについては詳しくは山田さんの報告にゆずりますが、実際のテレビ会
議の体験、ひびき高校の高校生の当日のいきいきとした様子やテレビ会議が生徒の学習意
欲をいかに向上させたかについての塚本さんをはじめとする関係者の先生方から話など、
どれも興味深いことばかりで、その効果のすばらしさを実感してきました。
その後の夕食会や夕食会に行くまでの車の中でお二人と ECAP2006について短時間で
すが、話をしました。十分ではなかったですが、今の所の状況は聞くことが出来ました。
以下、この間、韓国とのメール交換で確認されてきたことも含めて現在の ECAP2006へ向
けての状況を報告します。
ECAP2006 in Seoul
現在検討されている日程
2006年8月15日~8月18日
韓国側の参加人数 (予定ではおそらく 15名程度)
日本からの参加人数
10名程度(これから検討し変更もありえます)
内容
1.日程中に行われる KOSETA(Korean Secondary English Teacher’
s Association)の
ワークショップに参加。その際、全体会の場で日本の中高の英語教育の現状、および
ACROSS, e-dream-s についてプレゼンテーションを行う。
(これは KOSETA のワークショップに参加してはどうかという韓国からの提案にプレゼ
ンをできるなら参加するというこちらの希望を入れてもらった結果です。
)
2.韓日の教師によるグループでのディスカッションやフィールドワークなどの活動。
3.韓国の学校を訪問し、できるなら教員との交流や、生徒との交流(日本語、日本文化
紹介の授業を行う)をする。
KOSETA によって行われるセミナーは100人規模の英語の教師が集まってきます。私た
ちが交流しているソウルの先生達の集まりは位置的にはその支部的存在の SETA で、
ECAP2005に参加した先生の中では、Ku Mi Sun さんが KOSETA のメンバーであるという
ことです。プレゼンテーションは KOSETA の opening の後にやってはどうかという返事で
こちらとしては50分やりたいと申し出ていますが、時間の確保についてはできるだけ希
望にそえるように交渉してみるが分からないと言うことでした。
また細かい事については、
たとえば、グループによるフィールドワークをしたいとか,学校訪問をしたいと言うことも、
聞いてみましたが、詳しくは今後の検討事項で、2月半ばにまた SETA の会議で検討され
るようです。私たちとしては韓日の文化的、歴史的な事に関連した場所に韓国の先生達と
12
行ってさらに深く交流をしたいということをお二人に話しましたが、8月15日について
は、特別な日ではあるけれど彼らにとっては休日という感覚でいわゆる独立関連の行事や
集会には参加したことはないと言うことでした。やはり、組織として一緒にそういう所に
行くことはできないが、たとえば個人的にそういう場所に一緒に行ってみるということは
いいことかもしれないという会話もありました。いずれにせよこれから何をどうしたいか
と言うことについては随時メールなどでこちらの希望を具体的に伝えていく必要があると
思いました。
今後の韓国の先生達との連絡や打ち合わせに今回のシンポジウムで学んだテレビ会議の手
法をとりいれてはどうかという助言を井川先生からもらいました。韓国側では Lee Young
Kap さんはすでに2回ひびきの高校生と自分の中学の生徒との間でテレビ会議を行ってい
るので技術的には可能です。こちら側の技術的な問題や、機器の準備、場所の事など検討
し、準備していきたいと思います。
夕食会では何度も Young Kap さんや Mi Sun さんから ECAP2005 の時の思い出話がでまし
た。2人ともとても印象深くまた有意義なものとして ECAP をとらえており、日程や内容
などの正式な決定は年長の先生方がされるようで、はっきりとは返答出来ない様子でした
が、ソウルでの ECAP をきちんとやりたいという気持ちは感じられました。更に今回初め
てお会いしたもう一人の若い先生も昨年は参加できなかったけれど、参加者からとても良
かったと聞いているので今年の ECAP には是非参加したいと言われていて、最後に夏にソ
ウルでの再会を約束して3人と別れました。
ECAP も4回目を迎えてついに、100人以上の韓国の先生達を前に e-dream-s から発信す
る事ができるまでになりました。
更に充実したセミナーが実施できるよう皆さんのご意見、
ご協力をお願いします。
13
手
紙
塚 本 美 紀
日曜日の朝、同僚が運転する大きなバンで大分に向かっている。前日、私の勤務する学校
で開催した「国際交流とテレビ会議についてのシンポジウム」に参加するためにソウルか
らやってきて北九州に滞在している韓国の先生方と一緒に、由布院に行くためだ。
雲ひとつない晴天のドライブ日和。前日のシンポジウムの緊張も解け、車の中は韓国語と
英語と日本語が飛び交い、大賑わいである。突然、前の座席に座っているミスンが、白い
封筒から便箋を取り出し、
「これ、訳してくれない?」と言う。よく見ると、達筆な万年筆
の文字がびっしりと並んだ日本語の手紙である。
「今朝、S のお父さんにもらったの。
」と
ミスン。彼女は、私の同僚 S の家にホームステイしていた。
「外国の方などお迎えしたことのない我が家に韓国の方をお迎えしたいと娘が言い出した
ときには、大変驚きました。
」という言葉で手紙は始まった。言葉の通じない方をどのよう
におもてなししたらよいのか妻と話し合ったこと、ミスンの陽気さで心配していたことが
吹き飛んだこと、娘の通訳でいろんなことを話すことができて楽しかったこと、娘がソウ
ルでお世話になったことに感謝していること、そしてこれからは何度でも我が家を訪ねて
欲しいことなど、手紙はミスンへの感謝と娘への愛情にあふれるものだった。
大げさなことは何一つない、普通の言葉で綴られた手紙だが、ミスンも私も手紙を読み終
えるころ、
胸がいっぱいで言葉に詰まってしまった。
「こんな手紙なんて書く人じゃないの
に。
」と S。異文化に触れると、人は少しだけ心を開き、いつもと違うことをしてみたくな
るのかもしれない。
「私の宝物」と言って、ミスンは手紙を大切そうにかばんの中にしまった。そして、私に
とっても、何か大切なものを心の中にいただいたような気がする。
14
お知らせ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<報 告>
第21回理事会を開催
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1月4日、神戸で「第21回理事会」を開催しました。
<報告のあった案件>
1. 2005年度事業中間報告
2. 2005年度収支決算中間報告
@aglance事業については、順調に成長してきており、最近は団体や企業などからも画像利
用の問い合わせがあること、
団体会員になってもらっていることなどの報告がありました。
財政においては、@aglanceのサーバーの変更による経費の大幅削減、会議費などの支出削
減、賛助金募集などにより、単年度赤字の解消、小口債券の返還もできる見通しがついて
きたことなどが報告されました。
今年もよりよい事業を目指して、頑張っていきましょう!
編集後記
2006年最初の通信は1、2月号合併でお届けします。原稿のタイトルに思
わず、
「おや?何が書いてあるんだろう?」と興味をそそられます。自分が何
かを伝えようとする時、まず人を引きつけること、私もそう心がけたいと思い
ました。
(岡田かおる)
15
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