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改革期における大学教員の仕事時間配分:1992 年と 2007 年の

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改革期における大学教員の仕事時間配分:1992 年と 2007 年の
改革期における大学教員の仕事時間配分
改革期における大学教員の仕事時間配分
− 1992 年と 2007 年の比較分析−
浦田 広朗
本稿は、大学改革の初期(1992 年)とその 15 年後に行われた質問紙調査を用いて、我が
国大学教員の仕事時間配分の変化とその要因を明らかにしようとするものである。この 15
年間に大学教員の仕事時間の全体は減少したが、減少したのは研究時間のみであり、他の
仕事時間、特に管理運営時間が増加した。教育時間については、研究志向の強い教員や研
究大学・国立大学に属する教員が短いという傾向がみられた。研究時間は、その逆である。
2007 年には、この傾向が明瞭になっており、改革期の 15 年間を経て大学教員の二つの役割
は分化しつつある。研究志向でありながら学期中の研究時間が短い教員は、授業のない期
間(休業中)に挽回しようとしている。しかし、研究の生産性を上げる上では、学期中の
研究時間が確保されていることが必要であることも明らかになった。
はじめに
大学教員にとって時間は、お金と並んで、ある
このような見方は、大学教員の一面を捉えている
いはお金以上に重要な資源である。教育だけでな
ものであるに過ぎない。外部者のみならず、大学
く研究・管理運営・社会サービスといった異なる
の構成員である学生や事務職員も大学教員の実態
種類の仕事を、専門職として自由な裁量の下で進
を把握しているとは限らない。学生は大学教員の
める大学教員にとって、1 日 24 時間をどのよう
職務のうち教育に、事務職員は管理運営に限定さ
に配分するかは、仕事のやりがいや成果を左右す
れた場面で教員と接することが多く、その場面だ
る重要な要因と考えられる。
けを大学教員の仕事時間と考える傾向がある。教
本稿は、1992 年と 2007 年に我が国の大学教員
育や管理運営だけでなく、研究や社会サービスを
を対象として行われた「大学教授職国際調査」日
含めた場合の大学教員の職務実態は、大学の構成
本版のデータを用いて1)、この 15 年間に大学教
員にも十分には知られていないのである。
員の仕事時間がどのように変化し、それはどのよ
第二に、大学改革による変化が明らかにされて
うな要因によるものであり、その結果どのような
いない点である。高等教育の大衆化やグローバル
問題点が生じているかを明らかにしようとするも
化を背景に、1991 年の大学設置基準改定を一つ
のである。
の出発点として、大学の法制度改革が 20 年近く
このような課題を設定した理由は次の 3 点であ
る。
にわたって進められてきた。しかし、大学改革の
出発点およびその後の展開は、大学教員の実態を
第一に、他の専門職以上に、大学教員の実態が
踏まえたものであったとは言い難い。実態を踏ま
社会の他の成員から知られていない点である。大
えずに進められた大学改革は、教員に何をもたら
学外部からは、大学教員は極めてゆとりある職業
したのか。仕事時間の変化をみることによって明
であるとする見方がしばしばなされる 。しかし、
らかにしたい。
2)
「大学・学校づくり研究」第4号
第三に、大学教員は、特に研究と教育について
すものであったので、教員が所属する組織によっ
大幅な裁量が認められており、仕事時間も多様性
て、あるいは教員個人の特性によって、多忙化の
に富んでいる点である。裁量の余地が大きい労働
度合いが異なってきている可能性もある。
における時間配分は、所属組織の事情だけなく、
仮説 2:大学教員は教育に時間をかけるように
教員個人の志向性にも左右される。このため本稿
なっている。同じく大学改革は、「教育革命」の
では、研究か教育かという大学教員の志向性を、
側面があり(天野 1997、加野 2008)、研究よりも
仕事時間配分を説明する要因の一つとして取り上
教育を重視することが望まれた。大学進学率が上
げる。教員の志向性は仕事時間に対してどのよう
昇したことにより多様な学生が入学するように
な位置を占めているかを、仕事時間に影響を及ぼ
なったため、教員は相当に努力しないと、従来の
す他の個人的要因や組織的要因と比較しつつ明ら
教育水準を維持することができなくなったという
かにしたい。
側面もある。
本稿で用いる調査の他にも、宅間ら(1996)や
仮説 3:教育に時間をかけ、他の時間が減少し
文部科学省(2002、2008)が大学教員の仕事時間
たとすれば、大学教員の他の活動、特に研究の生
を調査し、それぞれ貴重なデータを得ている 。
産性は低下した。仕事の上での満足度も低下した
これらに対して、本稿で分析する「大学教授職国
可能性がある。さらにこうした現象は、全ての大
際調査」は、平均的な 1 週間(学期中・休業中)
学教員に一様にみられるのではなく、所属大学な
の仕事時間を、教育・研究・社会サービス・管理
どの組織要因や個人の志向性によって違いがみら
運営・その他の学術活動時間に分けて調査してい
れる。すなわち大学教員の時間配分や生産性・満
るだけでなく、教員の属性や仕事の環境なども広
足度などに分化がみられる。
3)
く調査しており、これらの変数と仕事時間とを関
本稿では、仮説 1 と仮説 2 に関して、1 節で大
連させて分析することが可能なものとなってい
学教員の仕事時間の実態と変化を記述し、2 節で
る。
仕事時間の規定要因分析を試みる。3 節では、仮
このデータについては、すでに長谷川(2008)
説 3 に関して、大学教員の仕事時間配分および他
や南部(2010)によって大学教員の仕事時間を
の組織要因・個人要因が仕事上の満足度や研究生
視野に入れた研究がなされており、1992 年から
産性に及ぼす影響を分析する。
2007 年にみられた変化について丹念な記述がな
されているが、変化の要因分析が必ずしも十分に
1.15 年間の変化
はなされていない。これに対して本稿では、課題
仮説 1 と仮説 2 に関わって、1992 年と 2007 年
設定の理由と関わらせて、次のような仮説を検討
の変化を概観しておこう。表 1 は、大学教員が平
する。
均的な 1 週間に大学教員が費やす時間の平均値を
仮説 1:大学教員は 1992 年よりも 2007 年の方
仕事の種類別に示したものである。集計対象は講
が長時間にわたって働くようになっている。この
師以上の常勤教員であり、仕事時間の種類は、教
15 年間は、前述した大学改革が進行した時期で
育(授業の準備、授業、学生指導、採点、評価な
ある。改革は「教育研究の高度化」や「組織運営
ど)、研究(文献調査を含む調査、実験、執筆など)、
の活性化」を目指すものであった。そうであるな
社会サービス(依頼人・患者へのサービス、コン
らば、大学教員は相当に多忙化しているはずであ
サルタント、講演、学外審議会、その他の社会サー
る。同時に、改革は「高等教育の個性化」を目指
ビスなど)、管理運営(学内委員会、会議、事務
改革期における大学教員の仕事時間配分
表 1 大学教員の仕事時間平均値の変化(全分野)
など)
、その他の学術活動(学会出席など、上記
職階によっては 60 時間前後に達していることを
項目以外の専門的活動)の 5 つである。表 1 より
示し、大学教員は「働きすぎ」といえる状態にあ
次のことが分かる。
ると指摘している。このような状態から管理運営
まず、仕事時間の全体(計)をみると、大学教
員は比較的長時間働いていることが分かる4)。総
務省「社会生活基本調査」(2006 年)によれば、
時間が増えると、他の仕事時間を減らさざるを得
ない。
管理運営の中身は学内会議と事務的業務であ
30 ∼ 50 歳代有業男性(大卒・大学院卒)の仕事
る。たとえば学内会議に出席すると、当該会議時
時間平均値は週当り 49.0 時間であり、最も長時
間に加えて、その前後の時間も教育・研究ができ
間働く年代である 40 歳代前半に限ると 50.9 時間
ず、それだけ教育・研究時間が分断され、減少す
である。これらと比較すると、大学教員の仕事時
ることになる5)。
間は長めであり、休業中でもそれほど短くなって
表 2 に、学期中の仕事時間平均値を教員の専攻
いるわけではない。江原(2010: 53)も指摘する
分野別・性別・所属大学設置者別・大学類型別に
ように、大学教員は「よく働く人びとが多い職業
示した。専攻分野別にみると、人文社会科学で教
だといってよい」。
育時間が長く、医歯薬学で社会サービス時間が長
次に、
表 1 に示した 2007 年と 1992 年の差によっ
いなど分野別の特徴がみられるが、この 15 年間
て、この 15 年間の変化をみると、学期中・休業
で研究時間が減少し、管理運営時間が増加した点
中とも仕事時間(計)は減少している。ただし、
はどの分野にも共通している。研究時間の減少、
仕事の種類別にみると、減少しているのは研究時
管理運営時間の増加という現象は、性別・設置者
間だけである。他の種類の仕事時間は増加してお
別にみても、研究大学か一般大学かという大学類
り、中でも管理運営時間が学期中・休業中とも長
型別にみても6)、共通して認められる。
くなっている。
研究時間の減少幅が大きいこともあって、この
15 年間に大学教員の仕事時間全体は減少してい
る。それにもかかわらず近年、大学教員は多忙化
しているといわれるのはなぜか。一つの可能性と
して、大学教員の仕事時間が 1992 年において既
に限界近くに達していたことが考えられる。加藤
(2005)は、1995 年に実施した調査結果から、大
学教員の仕事時間が週当り 50 時間前後、分野・
「大学・学校づくり研究」第4号
表 2 仕事時間平均値(専攻分野別・性別・設置者別・大学類型別、学期中)
2. 仕事時間配分の規定要因
(1)年齢
若い教員は準備に時間がかかるだろう。年長者支
以上は大学教員の仕事時間の全体的動向であ
配により、担当する授業科目自体、若い教員の方
る。性別・設置者別・大学類型別の集計でも部分
が多くなっているかもしれない。逆に、若い教員
的に観察されたように、各教員の置かれている立
を研究面で育てるために、彼らの教育負担を軽く
場によって、仕事時間の長短およびその内訳は異
する配慮がなされているかもしれない。
なるはずである。教員の個人的属性や所属組織の
研究時間については、若い年代の方が研究意欲
特徴をさらに追加して仕事時間を分析する必要が
が高く、また年長者は資金獲得や組織づくりや組
あるが、表 2 に示されたように、医歯薬学は社会
織運営に力点をおき、狭い意味での研究時間は短
サービス時間が長く、その他(医歯薬学以外の保
くなると考えられる。管理運営については年長者
健、生活科学、教育学、芸術学、体育学などの複
の方が長い時間を費やすと考えられるが、年齢に
合的分野)は教育時間がかなり長いなど、人文社
従って管理運営時間が一方的に増加するわけでも
会科学や理工農学とはかなり異なる傾向が示され
ないだろう。年長者支配により「雑用」が若い教
ている。そこで以下では、人文社会科学と理工農
員に押しつけられている可能性もある。
学に限定し、これらの分野を専攻する講師以上の
常勤教員を分析対象とする7)。
いずれも実証の問題であるので、年齢と仕事時
間との関係への一次的接近として、学期中の各仕
大学教員の基本的属性として、性別に加えて年
事時間を年齢の 2 次式に回帰させた結果が表 3 で
齢が挙げられる。教育時間について考えてみると、
ある。80 歳以上のサンプルは除外し、非標準化
同じように授業を担当するとしても、経験の浅い
回帰係数を示している。回帰式の当てはまりは悪
改革期における大学教員の仕事時間配分
く、仕事時間配分を年齢だけで説明することは難
いうことはない。担当授業時間数に差はなくて
しい。特に、研究時間に対する年齢の影響は、表
も、若い教員ほど授業の準備や授業関連以外の教
3 からはほとんど認められない。
育活動に時間をかけるようになっている可能性が
教育時間については、2007 年において係数が
ある。
有意になっており、若い教員の教育時間が長いこ
管理運営時間については、52 歳頃(1992 年)
とが示されている。ただし、年齢と担当授業時間
ないし 49 歳頃(2007 年)までは増加するものの、
数との関係をみると無相関(r = 0.05)であり、
以後減少することが示されている。
若い教員の授業負担が多い(あるいはその逆)と
表 3 年齢と仕事時間の関係
(2)個人の志向性
年齢のような基本的属性以外で個人に帰属する
きるわけではない。
ものとして、教育と研究のどちらに関心が強いか
図 1 は、2007 年について、教育志向・研究志
という志向性の問題がある。仕事の上での裁量の
向別に各仕事時間の平均値を示したものである。
範囲が大きいとすれば、こうした個人の志向性が
とりわけ研究への時間配分において、志向性によ
仕事時間に及ぼす影響は大きいはずである。
る違いが大きいことが分かる。その違いは、学期
ただし、ここで注意しなければならないのは、
「大学教授職国際調査」では、教育あるいは研究
への「関心」から志向性をとらえている点であ
る。すなわち、質問文「あなたご自身の関心は主
として教育あるいは研究のどちらにありますか」
に対して、
「1. 主として教育」「2. 両方にあるが、
どちらかといえば教育」「3. 両方にあるが、どち
らかといえば研究」「4. 主として研究」の 4 件法
により回答を求めている。2007 年における全分
野計の回答結果は、1 が 5.0%、2 が 27.3%、3 が
53.6%、4 が 14.1%で、日本の大学教員の研究志
向が依然として強いことが示されている8) 。し
かし、大学教員は、裁量の範囲が広いとはいえ、
この回答に示された関心通りに仕事時間を配分で
中よりも休業中において顕著である。ただし、研
究志向であっても、学期中の教育時間が長い者も
「大学・学校づくり研究」第4号
図 1 教育・研究への志向性と仕事時間平均値(2007 年)
いる。図 1 はあくまでも志向度別の平均値である。
間を下回る者(類型 1 と類型 3)の比率が増加し、
表 4 では、1992 年と 2007 年について、大学教員
研究時間が教育時間以上の者(類型 2 と類型 4)
を教育志向(主として教育+どちらかといえば教
の比率が減少している。両年に共通しているのは、
育)と研究志向(主として研究+どちらかといえ
学期中の研究時間が教育時間を下回る者は、休業
ば研究)の二つに分け、さらにそれぞれを学期中
中の研究時間が長くなる傾向がみられることであ
の研究時間が教育時間より短いか教育時間以上で
り、特に類型 3 で、学期中研究時間に対する休業
あるかによって分けて、類型別の分布と学期中・
中研究時間の増加分(差)が大きい。このような
休業中の週当り研究時間を示した。
点を踏まえると、教員の仕事時間は、学期中と休
表中の百分率は、各類型に属する教員の比率で
ある。1992 年から 2007 年にかけて研究時間が減
業中の双方を考慮してトータルにとらえる必要が
ある。
少したこともあって、学期中の研究時間が教育時
表 4 年齢と仕事時間の関係
改革期における大学教員の仕事時間配分
(3)担当授業時間
(4)学期中の仕事時間配分の規定要因
以上は個人的要因であるが、個人と組織の結節
これまでに検討した要因のうち、大学教員の仕
点にあるものとして、何といっても重要なのは授
事時間(教育時間・研究時間・管理運営時間)の
業をどのように担当しているかであろう。大学は
規定要因として重要なものは何であり、それがこ
カリキュラムを遂行するために授業科目を教員に
の 15 年間でどのように変化しているかを検討し
配分し、時間割を組む。教員個人は、時間割に拘
てみよう。そのために、学期中の仕事時間(いず
束されることに加えて、授業の準備に相当の時間
れも 1 を加えて対数変換した)を従属変数とする
をかける。本調査によれば、1992 年と 2007 年の
重回帰分析を試みた。表面に表れた時間の増減だ
大学教員の担当授業時間は、人文社会科学が 11.5
けではなく、時間配分の要因の変化を把握するた
時間と 11.6 時間、理工農学が 9.5 時間と 9.4 時間で、
めである。
ほとんど変化していない。しかし、教員の多忙化
分析結果は表 5 に示した。まず、学期中の教育
の中で、担当する授業当りの準備時間は変化して
時間について、1992 年時点の規定要因をみると、
いる可能性があり、これらを含めた教育時間全体
担当授業時間数が最も大きな影響を及ぼしてい
も変化していることが考えられる。
る。担当授業時間の他にも、研究大学ダミーと国
教育時間(y)の説明変数として担当授業時間
立大学ダミーの回帰係数が有意であり、研究大学
数(x)のみを用いて 2 次式による回帰分析を試
や国立大学に所属する教員の教育時間が短いこと
みると、次式が得られる9)。
が示されている。研究大学教員の教育時間が短い
式 1(1992 年)y = 9.81 + 1.32x − 0.02 x2
点は理解可能であろう。国立大学教員の教育時間
決定係数 : 0.170(N = 1,066)
が短いのは、国立大学教員の教育軽視というより
式 2(2007 年)y = 10.17 + 1.52x − 0.03 x
も、私立大学における ST 比の大きさや建学の精
決定係数 : 0.149(N = 653)
神における教育ミッションの強調などのあらわれ
つまり、教育時間は授業時間数に従って単調に
と考えられる 10)。個人要因では、研究志向のみが
増加するのではなく、自乗項の係数が負であるこ
有意であり、研究志向の強い教員の教育時間が短
とから、逓減するのである。式 2(2007 年)の 1
いことが示されている。
2
次項と自乗項の係数からは、週当り担当授業時間
2007 年 に は、 教 育 時 間 に 対 す る 組 織 要 因 の
数が 25.3 時間を超えると、教育時間は減少に転
中では、国立大学ダミーの回帰係数の絶対値が
じることが推定される。教育時間全体としては減
1992 年よりも大きくなっている。つまり、私立
少に転じなくても、担当授業 1 時間当りの教育時
大学教員がますます教育に時間をかけるように
間は、担当授業時間数が増えるにしたがって減少
なっている。
する。近年、大学改革の一環としてのカリキュラ
個人要因のうち研究志向の回帰係数の絶対値の
ム改訂や学部・学科の新設・再編等によって開講
大きさは 1992 年と同等であり、研究志向の強い
科目が増加し、教員に極端に多くの授業科目を担
教員の教育時間が短い傾向が依然として認められ
当させる例がみられるが、当然ながらそのような
る。その他の個人要因では、年齢の係数が負で有
場合は、授業科目当りの準備時間が不足し、授業
意となっている点が注目される。すなわち、年齢
の質も低下するだろう。
を重ねるほど教育時間が短くなっている。前述し
たように、年齢と授業担当時間数との間には有意
な相関関係が認められないことから、若い教員の
「大学・学校づくり研究」第4号
表 5 週当り仕事時間(種類別)の規定要因(1)
授業負担が重くなっているわけではないし、逆に、
るといえる。個人レベルにおいても組織レベルに
彼らの授業負担を軽くする配慮がなされていると
おいても、研究志向か教育志向か、研究大学か一
もいえない。
同じように授業を担当するとしても、
般大学かという分化が、研究時間においては明瞭
経験の浅い若い教員は準備に時間がかかると考え
になりつつある。
られるが、その傾向が 2007 年に強まっている。
管理運営時間については、1992 年には、一般
あるいは、授業関連以外での学生指導などにおい
大学よりも研究大学の方が、私立大学よりも国立
て、若い教員の教育時間が長くなっていると考え
大学の方が長い傾向にあった。また、本人の研究
られる。
志向の強さによっても管理運営時間が短くなると
研究時間については、1992 年には性別も有意
いう傾向がみられた。ところが 2007 年には、こ
であったが、2007 年には個人要因の中では研究
のような変数によって説明できる部分は減少し、
志向だけが有意となっている。組織要因の中では、
研究大学ダミーは有意でなくなっている。それだ
1992 年には研究大学ダミーは有意ではない。研
け一般大学でも管理運営時間が長くなり、違いが
究大学では確かに教育時間は短くなるが、そのこ
見出されにくくなったということである。
とによって必ずしも研究時間が長くなるわけでな
かった(藤村 1996: 267)。ところが 2007 年には、
(5)年間の仕事時間配分の規定要因
研究大学の教員は一般大学の教員に比べて、他の
表 4 に示されたように、学期中の研究時間が少
条件を統制しても研究時間が有意に長い。この点
ない教員は、休業中に挽回している。このことか
では研究大学での研究活動が活性化している、あ
ら、単に学期中の仕事時間の配分だけでなく、休
るいは一般大学の研究活動が相対的に停滞してい
業中を含めた全仕事時間を検討する必要があるこ
改革期における大学教員の仕事時間配分
表 6 週当り仕事時間(種類別)の規定要因(2)
とが示唆される。調査データから年間の全仕事時
学ダミーが有意でなくなっている。一般大学ない
間を推計するために、学期中の週当り仕事時間を
し私立大学教員が、学期中の研究時間の不足を休
30 倍し、休業中のそれを 20 倍して合算した。言
業中に補った結果、年間の全研究時間としては、
うまでもなく、平均的には年間 30 週間にわたっ
研究大学や国立大学との差が小さくなったものと
て授業が行われるためである。残りのうち 20 週
考えられる。
間は授業がない期間で、2 週間ほどの休養をとる
ものとした。
管理運営時間については、年齢の回帰係数が負
で有意となっており、休業中も含めると若い教員
こうして推計した年間(2007 年)の全教育時間・
の管理運営時間が長くなる傾向が強まっているこ
全研究時間・全管理運営時間について、表 5 と同
とを示している。休業中に行われる各種会議・打
じモデルで回帰分析を行った結果が表 6 である。
合せや、高校訪問・オープンキャンパスなどの学
表 5 と表 6 はほぼ同じ傾向にあるが、次のような
生募集業務、学生の父母や高校教員などを対象と
違いもみられる。
する懇談会・説明会およびそれらの準備などに、
まず、全教育時間については、担当授業時間数
が有意でなくなっている。学期中の授業時間が多
いからといって、その準備のために休業中を含め
た全教育時間が長くなるわけではない。また、年
齢も有意でなくなっている。2007 年の学期中に
は若い教員の教育活動時間が長い傾向がみられた
が、その傾向は、休業中も含めた全教育時間には
あてはまらない。
研究時間については、研究大学ダミーと国立大
若い教員が多くの時間を費やすようになっている
ことが考えられる。
「大学・学校づくり研究」第4号
表 7 仕事満足度の規定要因
3. 時間配分と満足度・ 生産性
(1)満足度
以上のような仕事時間の変化は、仮説 3 に関
わって、大学教員の満足度や生産性にどのような
においては、管理運営時間の係数が有意であり、
管理運営時間が長いと満足度が低下する(不満が
高まる)ことが示されている。他の仕事時間変数
は有意ではない。
影響を及ぼしているだろうか。まず、仕事全般の
これに対して 2007 年は、管理運営時間の係数
満足度に対して時間配分が及ぼす影響を検討して
の符号は負のままであるが有意ではなく、他の仕
みよう。
事時間の係数が正で有意となっている。もちろん
調査では、仕事全般の満足度について、「1. 大
時間の全体には限りがあるから、教育時間・研究
変満足」から「5. 大変不満」までの 5 件法で尋ね
時間・社会サービス時間のいずれにも限界がある。
ている。これを満足度が高いほど値が大きくなる
したがって満足度も限りなく高まるわけではない
ように変換して従属変数とした。説明変数として
が、2007 年の分析結果は、管理運営時間が増加
は、個別領域についての満足度、すなわち「担当
する中で、それ以外の仕事時間が教員にとって貴
する授業」
「同僚との関係」
「仕事の安定性」「昇
重なものと感じられるようになっていることを示
進の見通し」
「教育研究活動の自由」「大学の運営
唆している。
方針」に対する満足度を、仕事全般の満足度と同
様、満足度が高いほど値が大きくなるように変換
(2)生産性
して用いた。対数変換した仕事時間を説明変数に
生産性については、教育と研究の双方について
加えて、満足度の構成要素の中で仕事時間がどの
検討する必要があるが、教育については、生産性
ような位置にあるかを重回帰分析により検討した
の指標が得られない 11)。そこで、過去 3 年間に学
(表 7)
。
「昇進の見通し」以外の個別満足度の係
術雑誌・学術書に発表した論文数を取り上げ、研
数は、1992 年においても 2007 年においても同様
究の生産性のみについて考えることにする。
に有意であり、これらが集積されたものが仕事全
表 8 は、過去 3 年間の論文数に 1 を加えて対数
般の満足度であるということができる。これらを
変換したものを従属変数、これまでに検討した仕
統制した上での仕事時間要因をみると、1992 年
事時間(教育時間・研究時間・管理時間)を説明
改革期における大学教員の仕事時間配分
表 8 研究生産性の規定要因
変数とした重回帰分析の結果である。説明変数に
いのは研究費である。仕事時間の中では研究時間
は、
基本的な個人的属性として性別(女性ダミー)
のみが有意であり、研究時間が確保されれば、教
と年齢、所属組織の性格をあらわすものとして研
育時間・管理運営時間に関わらず生産性を高める
究大学ダミーと国立大学ダミーを加え、さらに時
ことができると考えられる。もちろん、1 週間の
間と並ぶ重要な研究資源として研究費を取り上げ
仕事時間には限りがあるから、研究時間を確保す
た。また、仕事時間については、学期中の時間配
るためには、教育時間や管理運営時間を削らざる
分(モデル 1)と、休業中を含めた年間の全仕事
を得ない。
時間推計値(モデル 2)の両方を用いた。タイム
年間の全仕事時間を説明変数とするモデル 2 に
ラグを無視しているので、必ずしも仕事時間と研
おいても、モデル 1 とほぼ同じ傾向が認められる。
究生産性の因果関係を示すものではないが、各年
注意を要するのは、2007 年において休業中を含
の特徴をとらえておきたい。
めた全研究時間が有意ではない点である。すでに
まず、モデル 1 について、1992 年と 2007 年を
みたように、学期中の研究時間が確保できない場
比較すると、1992 年に有意であった研究大学ダ
合、休業中に補うことはできるし、実際にそのよ
ミーが 2007 年には有意でなくなっている。他の
うな行動がとられる傾向にある。しかし、年間を
条件が等しければ、研究生産性において研究大学
通した研究の継続性を考えると、たとえ休業中に
と一般大学との間の差がみられないことを意味し
研究時間を補うことができるとしても、学期中に
ている 12)。
研究時間が確保されていることが研究の生産性を
標準化回帰係数から判断して、1992 年と 2007
年の双方において研究生産性に及ぼす影響が大き
高める上で重要なのである。
「大学・学校づくり研究」第4号
まとめ
含めた年間の全研究時間が研究生産性に及ぼす影
1992 年から 2007 年の 15 年間に、大学教員の
響は、学期中よりも小さく、2007 年データでは
仕事時間は、学期中・休業中ともに減少した。こ
有意ではない。学期中の研究時間が相対的に短い
の点だけをみると仮説 1 は否定されるが、減少し
教員は休業中に補う傾向がみられるが、大学教員
たのは研究時間のみであり、研究時間以外の教育
の研究生産性を上げるためには、学期中において
時間・社会サービス時間・管理運営時間はいずれ
研究時間が安定的に確保されていることが必要で
も増加していた。研究活動以外の仕事が増加する
ある。
中で研究時間を減らさざるを得なくなっているこ
とと、大学教員の仕事時間の全体は 1992 年が限
<注>
界に近い状態であったことが考えられる。 1)この調査の詳細については、有本編著(2008)
仕事時間の規定要因を検討してみると、研究志
を参照されたい。
向の強い教員あるいは研究志向の大学に属する教
2)たとえば桜井(1991)は、大学教員は暇で優
員の教育時間が短く、研究時間が長いという傾向
雅であるという外部からの声を紹介してい
が、2007 年には明瞭になっている。全体として
る。最近では、潮木(2009)により、大学教
の研究時間は減少しているので、教育志向の教員
員は平日の午前中のありがたい客であるとい
や一般大学に属する教員の中には研究を断念する
うテニスコート経営者の話が紹介されてい
場合が増えていることが考えられる。藤村(2006)
る。
は、1992 年データの日米比較にもとづいて、研
3)文部科学省(2002、2008)については、科学
究者としての役割と教師としての役割の重なりが
技術政策研究所(2011)による再分析がなさ
大きいことが日本の大学教員の特徴であると指摘
れており、大学教員の研究時間の減少など、
した。しかし、仕事時間配分からみる限り、大学
本稿とも共通する知見が得られている。ただ
改革期の 15 年間を経て大学教員の二つの役割は
し、管理運営時間については変化が認められ
分化しつつある。
ないとしている点は、本稿とは異なる。
教育時間と研究時間にはこのような変化がみら
4)
「大学教授職国際調査」では、平均的な 1 週
れるが、管理運営時間については、教員個人の要
間の仕事時間を大学教員の自己申告によって
因や所属組織の要因によって説明できる部分が少
調査している。加藤(2005)によれば、こう
なくなっている。すなわち、研究か教育かという
した自己申告は、自宅での仕事時間が含まれ
点では大学教員に分化がみられるが、いずれの教
ないなど、詳細な行動記録による場合に比べ
員であっても管理運営時間は増加している。管理
て過小になる傾向がある。そうだとすれば、
運営時間の増加自体は、2007 年における教員の
実際の大学教員の仕事時間は、さらに長いと
仕事上の満足度を顕著に低下させているわけでは
いうことになる。
ないが、教育時間や研究時間が満足度を左右する
5)宅間ら(1996)は、時間の分断を含む研究時
傾向が強まっており、特に研究時間の減少によっ
間の質的な問題点を調査している。それによ
て満足度が低下している。
れば、会議等のため研究時間が確保できない
研究の生産性に対しては、研究時間は研究費に
者が 49%に上っているのに加えて、まとまっ
次いで大きな影響を及ぼしている。ただしそれ
た研究時間を確保することができない者が
は、学期中について言えることであり、休業中も
47%、電話や来客等で研究時間が寸断される
改革期における大学教員の仕事時間配分
者が 36%に上っている。矢野(1995: 54-55)は、
しては研究志向が強いが、実際の仕事の比重
このような行動の連続・非連続の問題を「行
(と実際の時間配分)では教育と研究は拮抗
動の生起変数」という「あまり用いられない
が、1 つの新しい分析視点」として論じてい
る。
6)サンプルとなった大学教員の所属大学が研究
大学であるか、それ以外の一般大学であるか
の基準は、天野(1984)による。
7)以下の分析で使用する変数のうち主なものの
平均値は、下表の通りである。
しているのである。
9)担当授業時数が 30 時間以上である者を除い
て推計した。
10)本調査のサンプルには公立大学教員は含まれ
ていない。
11)Fairweather(2002)は、教育の生産性の指
標として週当り担当授業時間数を用いてい
る。しかし、本稿 2 節の式 1・ 式 2 にも示さ
れているように、担当授業時間が増えるほど、
担当授業時間当りの教育時間は減ることにな
り、それだけ授業の質は低下すると考えられ
る。したがって、担当授業時間数を生産性の
指標とするのは適切ではない。なお、米国で
は、Feldman(1987)が整理・ 検討してい
るように、教育の生産性というよりも有効性
(effectiveness)を学生による授業評価デー
タを用いて計測し、その規定要因や研究の生
産性との関係を分析する研究が多く蓄積され
8)類似の質問として、吉田・ 田口(2008)は
ているが、本研究ではそのようなデータが得
大学教員の仕事の比重を尋ねている。すなわ
られない。この点は今後の課題である。
ち「A. 自分は研究に仕事の比重をかけてい
12)ただし、実際には研究大学の研究費は一般大
る/ B. 自分は教育に仕事の比重をかけてい
学を大きく上回るので、この要因により、研
る」
という項目に対して、
「1. とても A に近い」
究大学の生産性は高い。
「2. やや A に近い」「3. やや B に近い」「4. と
ても B に近い」の 4 件法で回答を求めてい
る。回答結果をみると、「やや」を含めて研
参考文献
究に比重をかけている者が 48.1%、教育に比
天野郁夫(1984)「大学分類の方法」慶伊富長編
重をかけている者が 51.9%で両者ほぼ互角で
ある。
「大学教授職国際調査」で示された研
『大学評価の研究』東京大学出版会、
57-69 頁
究志向の強さとの違いについて吉田(2008)
天野郁夫(1997)『大学に教育革命を』有信堂
は「サンプルのとり方の違い」としているが、
有本章編著(2008)『変貌する日本の大学教授職』
むしろ質問内容の違いといえないだろうか。
すなわち「大学教授職国際調査」では関心の
所在を尋ねているのに対して、吉田らの調査
では実際の仕事の比重を尋ねている。関心と
玉川大学出版部
潮木守一(2009)『職業としての大学教授』中央
公論新社
江原武一(2010)『転換期日本の大学改革』東信
「大学・学校づくり研究」第4号
堂
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吉田文・田口真奈(2008)
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NIME 研究報告 38
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(名城大学 大学・ 学校づくり研究科)
改革期における大学教員の仕事時間配分
A Study on the Work Time of Academic Profession in Japan: 1992‒2007
Hiroaki Urata
Abstract
This paper examines the changes in the work time of professoriate in Japan by using
data from a survey conducted in 1992 and another conducted in 2007. The overall work
time of university teachers decreased in these 15 years. However, only their research
time decreased; the time spent on other work, particularly administrative work, increased.
It was noticed that the time spent in teaching decreased for research-oriented teachers
and teachers belonging to research universities or national universities. These teachers
spent more time on conducting research. This tendency was evident in 2007. Thus, it can
be inferred that the two roles of university teachers̶teaching and researching̶ has
differentiated with the university reforms over the 15-years period. Research-oriented
teachers who spend less time in research time during the semester try to devote more
time to research during the vacation. However, in order to improve their research
productivity, teachers must have sufficient time to engage in research during the
semester.
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