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メキシコ経済の現状と展望 - JOGMEC 石油・天然ガス資源情報
独立行政法人日本貿易振興機構 河嶋 正之 アナリシス メキシコ経済の現状と展望 ~「普通の国」メキシコを理解するために~ はじめに 「メキシコは正しい道を歩んでいる」。カルデロン大統領は 2 0 1 1 年 3 月、2 0 1 0 年国勢調査の確定結 果発表式典でこう強調した。また、全国工業会の年次総会では、2 0 1 0 年の GDP 成長率が 5.5 %となっ たことを踏まえて「今日のメキシコは力強く持続的に成長できる強固な基盤を備えている」と訴えた。 同時に大統領は「今は挑戦の時だ」と同国の未来に向けて残された課題に果敢に取り組む決意を明らか にした。 べっ けん 本稿では主にメキシコ経済の現状を瞥見しながら、メキシコが達成した成果と直面する課題の提示 を試みる。そして読者とともに現代メキシコが目指す未来を考えたい。 1. 対米輸出が景気回復を牽引 (1)2 0 1 0 年 GDP は 5.5 %成長 景にメキシコの全輸出の 8 0 %を占める対米輸出が急減 メキシコ経済の2010年実質GDP成長率はプラス5.5% して経済活動が縮減し、2 0 0 8 年第 4 四半期には GDP 成 と、政府(財務省「2 0 1 0 年経済政策一般基準」2 0 0 9 年 9 長率が前年同期比マイナスに落ち込んだ。しかし、歳 月)の当初見通しであるプラス 3 %を大幅に上回り、さ 入不足という脆 弱 な歳入構造を反映して、また単年度 らには 2 0 1 0 年 9 月の改訂見通し(同「2 0 1 1 年経済政策 の財政収支均衡義務を規定する「連邦予算財政責任法」 一般基準」)のプラス 4.5 %をも大きく上回った(図 1)。 ぜい じゃく 、 、 、 (2 0 0 3 年 6 月制定)のしばりもあって、政府は大型減税 同国経済は近年、大きな波乱もなく安定した成長軌 などの即効性ある景気刺激策を臨機応変に実施できず、 跡を残してきたが、2 0 0 9 年には第二次大戦後最悪のマ 国内消費も低迷を続けた。さらに 2 0 0 9 年 4 月以降の新 イナス 6.1 %を記録した。すなわち、2 0 0 8 年夏に表面 型インフルエンザの感染拡大を受けて商業部門を中心 化した国際金融危機以降、米国経済の急速な縮小を背 に経済活動が事実上「停止」し、加えて海外観光客の来 訪も減少して、景気は一層悪化の道をたどった。 2 0 0 9 年 の メ キ シ コ 経 済 は い わ ば、1 9 9 4 年 発 効 の 8 (% / 1993年価格) 6 4 4.0 NAFTA(北米自由貿易協定)による米国経済との依存 5.5 5.2 3.5 0 -2 米国経済とともに浮沈を繰り返してマイナス成長を記 3.3 1.5 2 2004 2005 2006 2007 関係の拡大深化の影響をまともに受けて、今回もまた 2008 録することになった。しかし、メキシコ経済は 2 0 0 9 年 2009 2010年 第 2 四半期の前年同期比マイナス 9.6 %を底に反転に向 かい、第 3 四半期にはマイナス 5.5 %、第 4 四半期には -4 マイナス 2.0 %と順次回復傾向を強めた(図 2)。 -6 -6.1 -8 出所:統計地理情報院(INEGI)「2011 年 2 月 21 日付資料」 図1 実質 GDP 成長率:年率 31 石油・天然ガスレビュー 米国の金融緩和策による緩やかな景気回復の好影響 もあり、同国経済は 2 0 1 0 年第 1 四半期には 6 四半期ぶ りに前年同期比プラス 4.5 %の成長軌道に戻り、その後 も 7.7 %、5.3 %、4.6 %と 4 期連続のプラス成長実績を残 して推移し、2 0 1 0 年通年では 5.5 %のプラス成長となっ アナリシス 8 (%) 6 4 3.7 3.0 3.0 3.5 2 2.6 2.9 4.6 9,000,000 8,000,000 1.7 -2.0 7,000,000 2010-Ⅳ 2010-Ⅲ 2010-Ⅱ 2010-Ⅰ 2009-Ⅳ 2009-Ⅲ 2009-Ⅱ 2009-Ⅰ 2008-Ⅳ 2008-Ⅲ 2008-Ⅱ 2008-Ⅰ 2007-Ⅳ 2007-Ⅲ 2007-Ⅱ -2 5.3 4.5 -1.6 2007-Ⅰ 0 (百万ペソ / 1993 年価格) 7.7 6,000,000 -4 -6 5,000,000 -5.5 ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣ 2003 -7.2 -8 2004 -9.6 -10 2005 2006 2007 2008 Serie Desestacionalizada 出所:INEGI「2011 年 2 月 21 日付資料」 2009 2010 年 Tendencia 出所:INEGI「2011 年 2 月 21 日付資料」より転載 図2 実質 GDP 成長率:四半期別・前年同期比 図4 実質 GDP 生産額 15 (%) 5 0 2010-Ⅳ 2010-Ⅲ 2010-Ⅱ 2010-Ⅰ 2009-Ⅳ 2009-Ⅲ 2009-Ⅱ 2009-Ⅰ 2008-Ⅳ 2008-Ⅲ -5 2008-Ⅱ 出所:INEGI「2010 年 12 月 21 日付資料」 10 2008-Ⅰ 2010-Ⅳ 2010-Ⅲ 2010-Ⅱ 2010-Ⅰ 2009-Ⅳ 2009-Ⅲ 2009-Ⅱ 2009-Ⅰ 2008-Ⅳ 2008-Ⅲ 2008-Ⅱ 2008-Ⅰ 10 前期比 前年同期比 8 6 2.79 2.09 4 1.21 2.38 0.08 0.80 1.26 2 0.13 -0.06 -0.34 -1.39 0 -2 -4 -6 -8 -6.97 -10 -12 (%) -10 -15 GDP全体 農牧林水産業 鉱工業 サービス業 出所:INEGI「2010 年 12 月 21 日付資料」 図3 実質 GDP 成長率:前期比・前年同期比 図5 実質 GDP:産業部門別・前年同期比 た。他方、実質 GDP を前期比(季節調整済み)で見ても、 率は 2 0 0 9 年のマイナス成長(マイナス 6.5 %)を反映し 米国経済の立ち直りを反映しながら、総じて増勢傾向 たものと言える。 にある(図 3)。 2 0 1 0 年の産業部門成長率を 2 0 0 9 年比で見ると、第 (2)2 0 1 0 年第 4 四半期の動向 1 次産業(農牧林水産業)がプラス 5.7 %、第 2 次産業(鉱 直近の 2 0 1 0 年第 4 四半期、メキシコの実質 GDP 成長 工業)がプラス 6.1 %、第 3 次産業(サービス産業)がプ 率は前年同期比プラス 4.6 %と 4 期連続の前年同期比プ ラス 5.0 %となった。また、国際金融危機以前の 2 0 0 8 ラス成長となり、季調済み前期比で見てもプラス 1.2 6 % 年通年と比べると、農牧林水産業がプラス 3.6 %となっ と成長が持続した。この前年同期比成長率は、政府見通 たものの、鉱工業がマイナス 1.8 %、サービス業がマイ しのプラス 3.8 %、メキシコ銀行(以下 Banxico と略記) ナス 0.5 %となって全体でマイナス 0.9 %の水準にとど 見通しのプラス 4.3 %、市場予想のプラス 4.3 %をいずれ まり、2 0 0 9 年のマイナス 6.1 %という大幅な落ち込み も上回る実績となった。 を回復することはできなかった。他方、2 0 1 0 年の各四 産業部門別の前年同期比成長率は農牧林水産業が 半期実績(付加価値生産額)を 2 0 0 8 年同期と比較する 9.9 %、鉱工業が 4.7 %、サービス産業が 4.2 %といずれ と、第 1 四半期はマイナス 3.0 %、第 2 四半期はマイナ もプラス成長となった。季調済み前期比でも農牧林水産 ス 2.6 %、第 3 四半期はマイナス 0.5 %、第 4 四半期はプ 業が 1.1 3 % , 鉱工業が 1.2 9 %、サービス産業が 1.2 2 %と ラス 2.5 %となり、メキシコの経済活動はここへ来て 3 部門ともにプラス成長となった。特に鉱工業は 2 0 0 9 2 0 0 8 年危機以前の水準にようやく戻りつつあると言え 年第 2 四半期以降 7 期連続で、またサービス産業は 2 0 0 9 る(図 4)。つまり、2 0 1 0 年のメキシコ経済の高い成長 年第 3 四半期から 6 期連続して前期比プラス成長が続い 2011.5 Vol.45 No.3 32 メキシコ経済の現状と展望 ~「普通の国」メキシコを理解するために~ ている (図 5、図 6) 。 プラス 1 0.4 %、同 1 4.2 %、同 9.6 %の各期成長率から 農牧林水産業は 2 0 0 9 年第 4 四半期から前期比プラス は減速感があるものの、GDP を 1.0 2 ポイント押し上げ 成長が続いているが、今期はトウモロコシ、マンゴー、 る実績を残した。季調済み前期比で見ても、2 0 0 9 年 サトウキビ、トマト、フリホール豆、タマネギ、アボカ 第 1 四半期のマイナス 1 0.2 7 %を最後に、その後は 7 期 ドなど主要農産物が豊作となり、通年でも 2 0 0 9 年のマ 連続のプラス成長を遂げており、2 0 1 0 年通年ではプ イナス 2.0 %から一転して 2 0 1 0 年は 5.7 %のプラス成長 ラス 9.9 %の成長となった。なお、2 0 0 9 年通年はマイ となった。 ナス 9.8 %だった。また、製造業分類 2 1 業種のうち第 サービス産業は GDP の 6 5 %を占め、2 0 1 0 年通年で 4 四半期には 1 7 業種で前年同期比プラスとなった。ま は 5.0 %のプラス成長となり、その寄与度は 3.2 1 ポイン た、2 0 1 0 年通年では、特に輸出が好調で生産が急速 トと高い。業種別では商業(通年プラス 1 3.3 %) 、運輸・ に拡大した機械 ・ 機器と輸送用機械の両業種がそれぞ 倉庫(同 6.4 %) 、通信・マスメディア(同 5.6 %) 、レスト れ 4 2.8 %、4 0.4 %と非常に高い前年同期比プラス成長 ラン・ホテル (同 3.8 %) 、教育 (同 3.0 %) 、金融・保険(同 を記録し、メキシコ経済の回復を支えた。こうした傾 2.8 %) など、主要業種が軒並み堅調に推移した。 向は鉱工業生産指数の伸び率でも、製造業が牽 引して 鉱工業は GDP の 3 0 %を占め、2 0 1 0 年通年では 6.1 % いることを確認できる(図 7)。 けん のプラス成長で、寄与度は 1.8 1 ポイントとなった。な かでも GDP の 1 7 %を占める製造業は 2 0 1 0 年第 4 四半 期に前年同期比プラス 6.0 %となり、第 1 四半期以降の (3)自動車輸出の回復が経済活動を牽引 2 0 1 0 年の経済活動拡大をもたらしたのは米国向け輸 出の急回復であり、なかでも自動車産業を中心とする輸 出製造業の寄与が大きい。メキシコの自動車産業は製造 6 業付加価値総額の 1 8 %、製造業輸出額の 2 5 %、さらに (%) は輸出総額の21%を占め、その額は石油輸出額を上回る。 4 2 また、直接雇用 1 7 万人を含む総数 3 1 万人余を直接間接 0 2010-Ⅳ 2010-Ⅲ 2010-Ⅱ 2010-Ⅰ 2009-Ⅳ 2009-Ⅲ 2009-Ⅱ 2009-Ⅰ 2008-Ⅳ 2008-Ⅲ 2008-Ⅱ -4 2008-Ⅰ -2 -6 台数は史上最高の 2 2 6 万 7 7 6 台となり、輸出台数も過去 -10 GDP全体 農牧林水産業 鉱工業 サービス業 万 7,6 9 1 台)から急反転して 4 5.2 %増の 1 4 1 万 9,9 8 4 台と なり、ブラジルなど南米市場向け輸出が 1 9 万 7,1 8 9 台 実質 GDP:産業部門別・前期比 図6 (季調済み) と倍増した。さらに欧州市場向けにも 3 4.9 %増の 1 7 万 (%) 全体 15.4 製造業 10 2,500 6.0 5 4.9 0 -5 (千台/大型バス・ トラックを除く) 2,261 1,889 2,000 1,500 1,000 -10 1,428 972 1,494 500 -16.8 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 2008 出所:INEGI「2011 年 2 月 11 日発表資料」 鉱工業生産指数の伸び率 33 石油・天然ガスレビュー 1,818 1,774 1,541 1,507 1,326 1,074 919 978 2010年 0 1,170 978 1,094 1,606 1,537 2,103 1,860 1,613 1,661 1,508 1,223 1,186 1,097 1,132 1,140 1,100 1,026 755 666 生産台数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12月 2009 図7 (前年同月比) 643 1,979 2,022 1,434 1,404 854 -15 -20 最高の 1 8 5 万 9,5 1 7 台に達した(図 8、図 9) 。主要輸出 先である北米市場(米国 ・ カナダ)向けが前年の急減(9 7 出所:INEGI「2010 年 12 月 21 日付資料」 15 局) 。 自動車(大型バス ・ トラックを除く)の 2 0 1 0 年の生産 -8 20 に雇用する重要産業である(経済省ハイテク・重工業総 輸出台数 820 内販台数 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010年 出所:メキシコ自動車工業会(AMIA) 図8 自動車:年別生産・輸出・内販台数 アナリシス 250 (千台/大型バス・ トラックを除く) 表 221 206 200 190 165 170 167 179 137 138 108 100 144 173 150 149 100 108 102 59 1月 185 176 177 171 150 172 87 91 80 85 2月 3月 4月 5月 6月 124 月別生産台数 2010 輸出用生産台数 2010年 7月 8月 インフレ率 (%) 正規雇用増 (万人) 144 121 87 月別生産台数 2009 輸出用生産台数 2009 GDP 成長率 (%) 154 111 87 0 164 146 109 82 50 197 135 103 2011 年のマクロ経済見通し 208 180 173 159 150 206 9月 10月 11月 12月 出所:メキシコ自動車工業会(AMIA) 図9 自動車:月別生産・輸出台数 政府(財務省)① 4.0 ~ 5.0 (目標:3.0 ± 1)(10 年:73) メキシコ銀行 ② 3.8 ~ 4.8 3.0 ~ 4.0 60 ~ 70 民間アンケート ③ 4.25 4.07 62.8 Banamex(Citi)④ 4.80 3.80 71 (注)正規雇用増は社会保険庁(IMSS)の新規加入=正式雇用契約労働者数 出所:①コルデロ蔵相の 2011 年 3 月 21 日付講演資料。② 2 月 9 日付公 表の物価四季報。③ 4 月 1 日付メキシコ銀行公表の民間 32 調査機 関アンケート平均値。④ Citi グループ Banamex 銀行の 4 月 5 日 付マクロ経済見通し。 7 1 3 台を輸出した。メキシコ自動車産業は近年、伝統的 済見通し改訂版」で、メキシコ経済の成長見通しを 2 0 1 0 な北米市場向けのみならず南米の新興市場向けの小型車 年 1 0 月 時 点 の 3.9 % か ら 4.2 % に 引 き 上 げ た。 な お、 の生産拠点としても成長しつつある。 2 0 1 2 年経済についてフェラリ経済相は 3.9 %(2 0 1 1 年 自 動 車 生 産 台 数 は 2 0 0 8 年 に 2 1 0 万 台 を 超 え た 後、 2月23日付日本経済新聞)、Banxicoアンケートは4.07%、 2 0 0 9 年には米系 2 社の経営破綻と国際金融危機の影響 シティ(Citi)グループの Banamex は 3.8 %、IMF は 4.8 % を受けて 1 5 0 万台に落ち込んだ。しかし、2 0 1 0 年には をそれぞれ見込んでいる。 2 0 0 9 年比 5 0 %増、2 0 0 8 年比 7.5 %増の 2 2 6 万台となり、 メキシコ経済予測の上方修正の最大要因は、今年に 輸出向け生産比率も過去最高の 8 3 %に高まった。2 0 1 0 入って、同国経済が依存する米国経済が当初見込まれて 年の国内販売台数は 8 2 万 4 0 6 台と前年比 8.7 %増加した いた鈍化ではなく、上昇に転ずるとの見方が大勢を占め が、これは 2 0 0 8 年の販売実績である 1 0 2 万 5,5 2 0 台を るようになったことがある。米国経済は 2 0 0 8 年にゼロ 2 0 %下回った。国内販売低迷の要因としては、雇用環 成長、2 0 0 9 年にはマイナス 2.6 %と急速に悪化したが、 境の大幅改善が見られず失業率も高止まりしたままで家 2 0 1 0 年 2 月の総額 7,8 7 2 億ドルの減税措置(再生 ・ 再投 計が購買余力に欠けることと、金融危機により自動車 資法)の奏功もあり、2 0 1 0 年は 2.9 %成長と力強さに欠 ローンの貸出審査が厳しくなったことが指摘できよう。 けるものの緩やかな回復過程をたどった。その後の政策 メキシコ自動車工業会(AMIA)の 3 月 1 0 日付発表資 効果の剥落もあり、米国連邦準備制度理事会(FRB)は 料 で は、2 0 1 1 年 1 ~ 2 月 の 生 産 台 数 は 前 年 同 期 比 2010年11月上旬に2011年の成長見通しを6月時点の3.5 1 8.2 %増の 3 9 万 2,8 3 7 台、輸出台数は同 2 0.0 %増の 3 2 ~ 4.2 %から 3.0 ~ 3.6 %に下方修正した。 万 8 3 4 台、国内販売台数は同 9.9 %増の 1 3 万 5,7 5 6 台と しかし、2 0 1 0 年 1 1 月の総額 6,0 0 0 億ドルの長期国債 なり、好調な輸出と内販が生産を牽引している。 の買い入れ決定(量的緩和措置)、さらには 1 2 月の総額 はくらく 8,5 8 0 億ドルの減税法の成立を踏まえて、2 0 1 1 年 4 月の (4)2 0 1 1 年経済は 4 %台の成長見通し ブルーチップ経済予測では 2 0 1 1 年の成長を 2.6 %から 2 0 1 1 年の実質 GDP 成長率の見通しは、米国経済の景 2.9 %に上方修正し、2 0 1 2 年は 3.2 %とする見方が在米 気判断の上方修正やメキシコの各種経済指標の好転を背 企業エコノミストの平均予測となった。また、IMF も 景にして、総じて上方修正されている。 2 0 1 1 年成長見通しを前回予想の 2.3 %から 3.0 %に引き メキシコ政府(財務省)は従来見通しの 4 %を 4 ~ 5 % 上げたが、2 0 1 2 年については 0.3 ポイント減の 2.7 %に と上方修正し、Banxico はこれまでの 3.2 ~ 4.8 %を引き 下方修正した。 上げて 3.8 ~ 4.8 %と見込んでいる。また、Banxico が民 カルデロン大統領の極めて意欲的な政策目標(「国家開 間の内外 3 2 調査機関を対象に行う月例アンケートの平 発計画 2 0 0 7 ~ 2 0 1 2」 )を実現するためには、同国経済 均値も、2 0 1 1 年 1 月の 3.9 3 %、2 月の 4.1 0 %から 3 月調 の潜在成長率とされる毎年 7 %の成長が必要とかねてよ 査では 4.2 5 %へと順次引き上げられている (表)。 り指摘されてきた。しかし、同大統領の任期 6 年間の年 一方、IMF(国際通貨基金)は 1 月 2 5 日公表の「世界経 平均成長率は 2.3 ~ 2.4 %にとどまり、フォックス前政 2011.5 Vol.45 No.3 34 メキシコ経済の現状と展望 ~「普通の国」メキシコを理解するために~ 権と同水準、セディージョ前々政権の 3.5 %よりも低く 世界経済の脆弱性(1 1 %) 、第 5 位に国際政治の不安定 なると見られている。その理由として民間の経済調査研 (7%)が、今後 6 カ月を視野に入れたときの上位 5 項目 究センター(CIDE)は、メキシコ経済の巡航軌道への復 として挙げられている。とりわけ構造改革に関しては、 帰は米国経済の回復によるものであり、カルデロン政権 メキシコ経済の国内成長源泉を強化することで生産性を の適切なマクロ経済政策が奏功したものではないとす 上昇させ、国際競争力を強化するという政府目標の達成 る。また、公認会計士協会は租税制度の現状はこれまで には不可欠と認識されてきた。しかし、カルデロン政権 の政権時代と同じであり、カルデロン政権の税財政政策 が少数与党政権であること、また憲法上の議論を呼ぶ改 には本質的な変革がないとの認識を表明している。両者 革課題でもあることから、今日まで実現していない。主 ともに、さらなる成長には一層の改革が不可欠との理解 な改革課題としては、税制改革による財政基盤の強化、 だ。 労働法の改正による労働市場の柔軟化、競争法・電気通 カルデロン大統領は 2 0 1 1 年 3 月、工業会議所連合会 信法の改正による市場の自由化、エネルギー部門の改革 (CONCAMIN)の年次総会の席上、メキシコは多くの国 による石油市場の開放などがあるが、2 0 1 2 年 1 2 月の政 家課題に挑戦中であるが、いまだに経済の変革、法制の 権交代を目前にするカルデロン政権には難問山積と言え 改革、公的規制の緩和、警察組織の再編、司法の強化、 る。 犯罪の撲滅などが未完であり、引き続き取り組む決意を メキシコ経済の今後については、対米自動車輸出を主 明らかにした。メキシコ経済の成長阻害要因として 体とする輸出の増大傾向の持続性、さらには国内民間消 Banxico 月例アンケート 3 月調査版では、第 1 位に公共 費および設備投資の増勢傾向の定着性に注視する必要が の安全問題(2 1 %) 、第 2 位に構造改革の欠如(2 0 %) 、 ある。 第 3 位に国際金融の不安定(1 6 %) 、第 4 位に海外市場と 2. 対外経済部門の強化 (1) 国際収支の安定と外貨準備の増加 なり、経常収支の赤字幅も急速に縮減して 6 2 億 9,0 0 0 メキシコの国際収支は近年、経常収支の赤字を資本収 万ドルとなった。 支の黒字で補い、総合収支は黒字となる構造だ。経常収 2 0 1 0 年には石油価格も上昇し自動車の対米輸出も大 支の赤字は、テレビや自動車に代表される輸出加工型産 きく回復して輸出総額は前年比 3 0 %増の 2,9 8 3 億 6,0 0 0 業(マキラドーラ:現 IMMEX)が発展したことで、製品 万ドルとなり、同時に中間財や国内市場向け消費財の輸 輸出の増大に伴って生産に必要な原材料・中間財・資本 入も増えて輸入総額は同 2 4 %増の 3,0 1 4 億 8,0 0 0 万ドル、 財の輸入も同時並行的に拡大するという産業構造、いわ ば「軒貸し業」 に宿命的な産業貿易構造が主な理由だ。一 41,682 減少して輸入総額は同 2 4 %減の 2,3 4 3 億 6,0 0 0 万ドルと 35 石油・天然ガスレビュー 256,679 298,361 0 -50,000 2007 輸出 2008 輸入 貿易収支 2009 石油輸出 2010年 非石油輸出 出所:INEGI「2011 年 3 月 25 日付資料」 さらには米国からの家族送金額も同15%減の212億5,000 万ドルと急減したが、反面では中間財の輸入額も大きく 301,482 30,881 の輸出額も同 1 7 %減の 1,9 8 8 億 3,0 0 0 万ドルに減少し、 198,825 時に米国経済の縮小に伴い、自動車を中心とする製造業 50,000 229,705 年比 3 9 %減の 3 0 8 億 8,0 0 0 万ドルと大きく減少した。同 100,000 50,635 油価格が低下し国内産油量も減少して、石油輸出額が前 150,000 42,890 2 0 0 9 年には国際金融危機の深刻化を背景に、国際石 200,000 234,385 せている。 240,707 250,000 291,343 国からの家族送金 (郷里送金) が移転収支の赤字を減少さ 308,603 300,000 229,194 てもたらされ、さらには海外出稼ぎ者による主として米 (百万ドル) 272,084 350,000 283,267 方、資本収支の黒字は外国直接投資の安定的流入によっ 貿易:輸出入・石油輸出・ 図10 非石油輸出 アナリシス 貿易収支の赤字は同 3 2 %減の 3 1 億 2,0 0 0 万ドルと小幅 2 0 1 0 年の基準価格は1バレルあたり 5 7 ドルと決められ にとどまった(図 1 0) 。また、資本収支は 2 0 0 9 年に外 ている。また、政府は国際金融危機に備えて IMF と 国直接投資が同 4 1 %減の 1 5 2 億ドルまで落ち込んで黒 2 0 0 9 年 4 月に合意した最大 4 7 0 億ドルの弾力的信用枠 字幅が 1 8 8 億 5,0 0 0 万ドルまで縮小していたが、2 0 1 0 (FCL)を 2 0 1 0 年 3 月に更新するとともに、2 0 1 1 年 1 月 年には外国直接投資が同 1 6.6 %増の 1 7 7 億 3,0 0 0 万ドル には新たに 7 2 0 億ドルの FCL の設定を合意した。 に回復した。加えてメキシコ国債を購入する証券投資が 同 6.6 倍の 2 3 1 億 3,0 0 0 万ドルと一気に急増したことも (2)外国直接投資は製造業中心 あり、同 1.9 倍の 3 6 0 億 2,0 0 0 万ドルと大きく増加した。 メキシコへの外国直接投資額は、2 0 1 0 年に前年比 家族送金額も 2 1 2 億 7,0 0 0 万ドルと微増し、経常収支 1 6.6 %増の 1 7 7 億 2,5 9 0 万ドルとなった。2 0 0 7 年には の赤字額は 5 6 億 9,0 0 0 万ドルと 2 0 0 9 年よりもさらに縮 2 9 7 億 1,4 2 0 万 ド ル と 高 水 準 だ っ た が、2 0 0 8 年 に は 小した。なお、経常収支赤字額の対 GDP 比は 2 0 0 7 年に 2 5 8 億 6,4 5 0 万 ド ル と 平 準 化 し た。2 0 0 9 年 は 国 際 金 0.9%、 2008年には1.5%と拡大したが、 2009年には0.7%、 融危機の影響を受けて 1 5 2 億 5 7 0 万ドルまで急減した (図 1 2)。ただし、2 0 1 0 年第 2 四半期に、オランダのハ 2 0 1 0 年には 0.5 %と再び 2 0 0 6 年の水準に戻った。 国際収支の安定化に従い、外貨準備高も順調に増加を イネケン社による 5 1 億 7,0 0 0 万ドルを投じるメキシコ 続け、2 0 1 0 年末のネット外貨準備高(Banxico 勘定)は 企業 FEMSA のビール部門買収案件があり、これを除く 1,1 3 5 億 9,7 0 0 万ドルとなり、2 0 0 9 年末比 2 2 7 億 5,9 0 0 と同 1 7.4 %減の 1 2 5 億 5,5 9 0 万ドルとなる。なお、オラ 万ドル増加した。2 0 1 0 年 2 月末には 1,2 0 0 億ドル台に乗 ンダには租税回避目的で中間持ち株会社などが設立され り、直近の 4 月 1 日時点では 1,2 2 5 億 9,3 0 0 万ドルの高水 ることも多く、2 0 0 6 年のメキシコ日産による 1 4 億 4,6 1 0 準を維持している (図 1 1) 。 万ドルの日本からオランダへの投資国の変更もその事 例だ。 140,000 (百万ドル/月末値) 100,000 15,000 Jan Feb Mar Apr May Jun Jul Aug Sep Oct Nov Dec Jan Feb Mar Apr May Jun Jul Aug Sep Oct Nov Dec Jan Feb Mar Apr May Jun Jul Aug Sep Oct Nov Dec Jan Feb Mar Apr 10,000 2008 2009 2010 2011年 (注)2011 年 4 月は 1 日現在 出所:メキシコ銀行(Banxico)「週報 2011 年 4 月 5 日」 図11 外貨準備高 5,000 0 2005 2006 2007 2008 17,725.9 0 20,000 15,205.7 20,000 25,000 25,864.5 40,000 30,000 20,419.5 60,000 (百万ドル/国際収支ベース) 24,037.0 122,708 80,000 35,000 29,714.2 122,593 120,000 2009 2010年 出所:メ キシコ銀行(Banxico)、経済省外国投資局 2011 年 2 月 22 日付 資料 図12 外国直接投資受入額(年額) 外貨準備高が増加している背景には、メキシコの国際 市場での信用度を高めるために外貨準備高を積み増す目 投資種別では新規投資が 1 1 4 億 6,6 4 0 万ドルで全体の 的で、2 0 1 0 年 3 月から毎月 3 億ドルの枠内で、民間金融 6 4.7 %、利益再投資が 2 6 億 7,1 8 0 万ドルで 1 5.7 %、親 機関が Banxico にドルを売るオプション入札を実施して 子間勘定が 3 5 億 8,7 7 0 万ドルで 2 0.2 %だった(図 1 3)。 いることがある。政府はこの制度の運用により、外貨準 投資源泉国別ではオランダが 8 6 億 5,8 8 0 万ドルでシェ 備高を 2 0 1 1 年末までに 1,2 6 0 億ドル水準に増加させる ア 4 8.8 % を 占 め、 続 い て 米 国 が 4 8 億 9,1 6 0 万 ド ル で 意向である。また、政府が 2 0 0 9 年から採用している原 2 7.6 %、スペインが 1 3 億 5 3 0 万ドルで 7.4 %、カナダが 油プット ・ オプション契約により外貨収入を確保してい 7 億 5,5 9 0 万ドルで 4.3 %、英国が 4 億 7,1 3 0 万ドルで 2.7 % ることも、 外貨準備高の増加要因と言える。 この原油プッ となった。産業部門別では製造業が 1 0 5 億 8,5 4 0 万ドル ト ・ オプションとは、仮に原油価格が一定の基準価格を でシェア 5 9.7 %、商業が 2 5 億 1,3 8 0 万ドルで 1 4.2 %、 下回った場合でも一定の約定価格で売却できる契約で、 金融サービス業が24億5,160万ドルで13.8%、その他サー 2011.5 Vol.45 No.3 36 メキシコ経済の現状と展望 ~「普通の国」メキシコを理解するために~ ビス業が 1 3 億 4,6 7 0 万ドルで 7.6 %を占めた。このうち なみに全米のヒスパニック系米国人は 2 0 1 0 年の推計で 製造業では、メキシコ工場を南北米州市場での小型車生 は約 5,0 5 0 万人と見込まれ、米国民の 6 人に 1 人の割合 産拠点として位置づける完成車メーカーの投資と関連部 となる。 品メーカーの投資が相次いでおり、また次世代産業とし 送金額の増加は移民数の増加が最大の要因であるが、 て期待される航空機・同部品分野での生産投資も堅調に 銀行などの電子送金システムの発展による送金コストの 推移している。商業部門では米国ウォルマート社の積極 低減も要因とされる。また、電子送金の普及で当局が送 投資が主体だ。 金額を把握できるようになったことが、この間の見かけ なお、メキシコの外国直接投資の受け入れ統計には、 の送金額増加をもたらしたとの指摘もある。 経済省外国投資局が所管する届け出ベースと Banxico が 海外からの送金額の受け取りが多い地域は、ミチョア 発表する国際収支ベースがあるが、両者に大きな相違は カン州、グアナファト州、メキシコ州、ハリスコ州、メ なく、本稿では前者の 2 0 1 1 年 2 月 2 2 日発表数字に基づ キシコ市などだ。また、各州の経済規模(GDP)と人口な いて記述している。 どを勘案すると、ミチョアカン州、オアハカ州、ゲレロ州、 サカテカス州など、経済規模の小さな州で家族送金に大 きく依存している。換言すれば、これらの農業主体で相 (百万ドル/国際収支ベース) 対的に貧しい州の農民の多くが過去も現在も、米国に移 民あるいは季節労働に出かけていると言える。こうした 背景には、メキシコ国内に今なお残る絶対貧困あるいは 大きな所得格差の問題があり、巨額の家族送金はメキシ コ社会の安定化を底辺から支える役割を果たしている。 2010-Ⅳ 2010-Ⅲ FDI再投資 2010-Ⅱ 2010-Ⅰ 2009-Ⅳ 2009-Ⅲ FDI新規 2009-Ⅱ FDI総額 2009-Ⅰ 2008-Ⅳ 2008-Ⅲ 2008-Ⅱ 2008-Ⅰ 8,000 7,000 6,000 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000 0 親子間勘定 (百万ドル) 2007 2008 21,271.2 2006 21,244.7 25,138.6 15,000 図13 外国直接投資受入額 ( 四半期別 ) 26,049.6 20,000 25,555.8 25,000 21,688.3 出所:メキシコ銀行(Banxico)、経済省外国投資局 2011 年 2 月 22 日付 資料 30,000 2009 2010年 10,000 5,000 0 (3) 家族送金が支える社会の安定 2005 出所:メキシコ銀行(Banxico) メキシコへの全世界からの2010年送金額は212億7,100 万ドルで、同年の対メキシコ直接投資額 1 7 7 億ドルを大 図14 家族送金額 きく上回った。送金主体は米国在住のメキシコ系移民者 や出稼ぎ労働者で、1 回あたり 3 1 5 ドルを故国の家族に 送金している勘定だ。送金額は2000年には65億ドルだっ 35 たが、2 0 0 3 年には前年比 5 4 %増の 1 5 0 億ドル台に乗っ 30 た。2 0 0 4 年に 1 8 3 億ドル、2 0 0 5 年に 2 1 7 億ドルと拡大 25 その中心は 2 0 代の若者で多くが非熟練・未熟練の低賃 金労働者として就労している(図 1 5) 。彼らは主に外食 産業やホテルのサービス業、縫製加工業、建設業、運送 業など景気の影響を受けやすい業種に従事している。ち 37 石油・天然ガスレビュー 15 14.1 11.0 11.8 4.4 09 07 20 05 20 00 90 20 19 80 2.2 19 19 0.5 70 5.4 0.8 60 3.7 0.6 50 2.6 19 40 1.9 19 1.7 30 1.2 19 0 0.7 20 0 19 5 11.9 8.1 20 10 9.1 10 コ人、 あるいはメキシコ系米国人が在住しているとされ、 20 19 米国には合法・非合法合わせて約 3,0 0 0 万人のメキシ 30.3 23.2 00 1 5 %減の 2 1 2 億ドルに低下した (図 1 4) 。 32.5 メキシコ生 28.1 19 しかし、2 0 0 9 年には米国経済の低迷を反映して前年比 メキシコ系 19 し、2 0 0 7 年には史上最高額の 2 6 0 億ドルを記録した。 (百万人) 年 出所:人口審議会(CONAPO)"Situación Demográfica de México 1910 ~ 2010" 図15 在米メキシコ人の推移 アナリシス カルデロン政権は国際金融危機を克服した自信を背景 (ペソ) に、内外市場の 「信認」 の確保を万全にする努力を続けて 16 15 いる。メキシコ通貨ペソは、米国経済の回復期待を背景 14 とする同国と米国の株価の復調や両国の金利差裁定で根 13 強く買われる一方、欧州の財政懸念の再燃や中東アフリ 12 カの政情不安の高まり、石油価格の上昇懸念、先般の福 11 10 島原発事故の深刻化などを要因とする世界的なリスク回 避の動きに翻弄されて値動きは狭い範囲で荒いながら も、数年ぶりの 1 1 ペソ台の高値圏で取引されている。 2007/1 2008/1 2009/1 2010/1 9 2011/1 出所:Yahoo! México Finanzas 直近の 4 月 8 日の対ドル相場は 1 1.7 4 ペソと強含んで引 けている (図 1 6) 。 図16 ペソの対ドル・レート 3. 社会発展基盤の構築:雇用創出と物価安定 メキシコの労働市場には、人口学的には毎年 2 0 0 万人 経済活動(可能)人口は 4,6 8 4 万人、就業者は 4,3 9 2 万人、 の若年労働者が参入することになるが、上級学校進学者 失業率は 6.3 %となる(図 1 8) 。 および就学・就労意思のない若者 (ni-ni 族と呼ばれる)を 2 0 1 0 年の全国失業率(平均値)は 5.3 7 %と前年比若干 除けば、 実数は 1 0 0 万人強が若年労働者として登場する。 低下したが、3 %台だった 2 0 0 8 年までの実績と比べる 換言すれば、政府は毎年新たに 1 0 0 万ポストの雇用を確 と高止まりしている。国立統計地理情報院(INEGI)が 3 保あるいは創出する圧力にさらされており、カルデロン 月 2 4 日に公表した 2 0 1 1 年 2 月末の失業率は 5.3 8 %と依 大統領は自らを 「雇用の大統領」 と称して登場した経緯が 然として高い(図 1 9)。また、社会保険庁(IMSS)に登 ある(図 1 7) 。政府の定義では、メキシコには定年退職 録された 2 月の正規雇用者数(すなわち労働契約書に基 制がないために、 14歳以上の男女を労働人口として数え、 づき雇用主も社会保険料を負担。都市部)は総数 1,4 7 3 このうち働く意思のある経済活動人口を母数として就業 万 2,0 0 1 人で、1月末比 1 0 万 4,4 0 0 人増、2 0 1 0 年 1 2 月 率(失業率)を算出している。例えば 2 0 0 9 年 9 月を例に 末比 1 2 万 3 7 2 人増となり、2 0 0 9 年末と比べると 8 5 万 実数を見ると、労働(可能)人口は 7,8 9 9 万人、このうち 人余の増加である。 120,000 男 女 (千人 / 2009 年) 100,000 80,000 60,000 5,448 26,700 非経済活動人口 就業希望者数 就業不能者数 700 32,148 600 失業者数 出所:INEGI データ 500 2,925 400 就業者数 300 43,917 200 経済活動人口 100 46,842 0 労働人口(14歳以上) 20,000 78,990 40,000 総人口 0 (万人 / 2009 年) 107,660 不詳 75歳以上 70∼74歳 65∼69歳 60∼64歳 55∼59歳 50∼54歳 45∼49歳 40∼44歳 35∼39歳 30∼34歳 25∼29歳 20∼24歳 14∼ 19歳 12∼13歳 10∼11歳 5∼9歳 1∼4歳 1歳以下 出所:INEGI 2009 年 9 月データ 図17 人口構成 図18 労働人口・経済活動人口 2011.5 Vol.45 No.3 38 メキシコ経済の現状と展望 ~「普通の国」メキシコを理解するために~ 7 (%) 7 6 5.38 5.43 4.94 5.28 5.70 5.44 5.70 5.05 5.70 5.13 4.81 3 5.42 3.97 4 5.43 5 6 5.87 5.47 5.37 (%) 5 4.46 4.27 3.78 0 0 3.69 3.64 3.68 3.70 4.02 4.32 4.40 3.57 3.04 1 1 3.92 3.57 2 2 4.97 4 3 3.72 3.60 6.53 4.83 2008年 2009年 2010年 2011年 Mar Feb Jan-2011 Dec Nov Oct Sep Aug Jul Jun May Apr Mar Feb Jan-2010 2010年 2009 2008 2007 2006 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 出所:メキシコ銀行(Banxico)、2011 年 4 月 7 日発表 出所:INEGI 2011 年 3 月 24 日資料 図20 消費者物価:総合(前年同月比) 図19 全国完全失業率 12 (%) 10 カルデロン大統領は 2 0 1 0 年には 7 3 万人余の正規雇用 を創出し、2 0 0 8 年から 2 年続きの登録者数の減少に終 止符を打ったとしているが、就職できなかった新規参入 ない。また偶然とはいえ、新規参入者数と正規就業者数 の差は毎年の米国への不法入国者数とほぼ一致する。若 者と女性に見られる高い失業率の解消を含めて、社会的 6 4 2 0 3月 2月 1月 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 者は非正規部門に流れるか無職の若者となるしか方法が 8 2008 2009 インフレ率 コアインフレ率 2010 2011年 非コアインフレ率 出所メキシコ銀行(Banxico)、2011 年 4 月 7 日発表 公正の視点からも、統合された産業政策に基づく十分な 雇用機会の創出は早急な解決が求められる課題である。 消費者物価に関して Banxico はインフレターゲット政 消費者物価:総合・コア・非コア 図21 (前年同月比) 策を採用しており、その目標圏は 3 ±1%である。総合 消費者物価は国際金融危機が表面化した 2 0 0 8 年下期か それぞれ 3.2 1 %と 2.4 6 %と目標圏に収まった(図 2 0、 ら急速に上昇し、2 0 0 8 年 1 2 月には前年同月比 6.5 3 %に 図 2 1) 。物価と金利の安定が実質賃金の低下を補う形 達した。その後は落ち着きを取り戻し、直近の 2 0 1 1 年 で、購買力の維持と社会生活の安定をもたらしている。 3 月には 3.0 4 %まで下がった。また、季節性の農産物や 長く低迷していた販売指数はここへ来て堅調に推移して 政策で変動する公共料金を除外したコア消費者物価は おり、小売りも卸売りも 2 0 0 8 年危機前の水準に戻りつ 2 0 0 9 年 4 月の同 5.6 4 %を、非コア消費者物価は同年 5 つある。 月の 8.1 2 %を境に反落に転じ、直近の 2 0 1 1 年 3 月には 4. 日墨経済関係の重層化 日本とメキシコは 2 0 0 5 年 4 月に経済連携協定(日墨 である。 EPA) を発効させた。 日本からの 2 0 1 0 年の対メキシコ直接投資額はシェア 日墨 EPA は伝統的な物品貿易の自由化(FTA:自由 0.9 %で、前年比 2 4.5 %減の 1 億 6,8 3 0 万ドルが経済省外 貿易協定) を規定するのみならず、新たに 「ビジネス環境 資局に登録され(図 2 2)、主として食肉加工業、電子機 の整備」と「2 国間協力」の章を設け、2 1 世紀における両 器製造業、自動車産業での投資額が届けられている。 国経済関係の拡大深化に向けた法的根拠を提供するもの また、1 9 9 9 年~ 2 0 1 0 年の直接投資累計額は 2 2 億 6,0 8 0 39 石油・天然ガスレビュー アナリシス 500 (百万ドル/届け出ベース) 394.5 166.5 223.0 141.7 1,000 900 800 700 600 500 400 300 200 100 0 168.3 0 -500 -1,000 -1,424.2 -1,500 2005 2006 2007 2008 2009 2010年 (注)1999 ~ 2010 年の累計額は 22 億 6,080 ドル。2006 年にメキシ コ日産が 14 億 4,610 万ドルをオランダに変更登録。 出所:経済省外資局 (百万ドル/企業公表ベース) 890.5 739.1 562.5 448.6 80.4 2006 250 電力・水 商業 250 150 墨の対日輸入 0 2007 2008 50 83.0 41.2 50 151.2 105.1 138.1 100 2009 26 100 168.3 219.8 150 2010 年 (1-11月) (億ドル) 200 200 -50 建設 305.1 300 394.5 350 工業 2009 図24 日本企業の対墨投資 (百万ドル/届け出ベース) 総額 2008 出所:メキシコ経済省駐日代表部 図22 日本企業の対墨投資(年額) 400 2007 2010 2010年 (1∼9月) 0 131 2005 28 日の対墨輸入 32 38 35 28 153 164 2006 2007 163 2008 114 2009 150 2010年 (注)原産地主義で計上する輸入統計を合算したものが総額 出所:メキシコ経済省および日本財務省の通関統計 出所:メキシコ銀行(Banxico)メキシコ経済省外資局 図23 日本企業の対墨投資(業種別) 図25 日墨の貿易総額 万ドルが記録されているが、7 5 %以上が製造業部門に 次いでいるほか、また在米工場の移転も続いていること 集中しており、金融サービス部門への投資が過半を占 から、メキシコで事業展開する日系企業は近々 4 0 0 社 める米欧企業の投資行動とは異なる傾向を見せている に迫ると推測される。他方、メキシコ経済省駐日代表部 (図 2 3)。 が集計している日本企業の対墨直接投資発表ベース額を なお、外国直接投資の受入国別統計では通常、例えば 見 る と、2 0 0 9 年 は 8,9 4 0 万 ド ル ま で 落 ち 込 ん だ が、 在米日系企業の対墨投資は米国の投資として計上され、 2 0 1 0 年 1 1 月までで 8 億 9,0 5 0 万ドルに達しており、日 さらに 2 0 0 6 年にメキシコ日産が投資母国をオランダに 本企業がメキシコを輸出生産拠点として再評価している 1 4 億ドル余を移転登記したことなどを考慮すると、日 ことを示している(図 2 4) 。 本企業関連の対墨直接投資総額は実際には上記数字の 2 メキシコと日本の貿易をより実態に即して理解するた 倍を優に超えていると見込まれる。 めに本稿では、日墨貿易の物流面で米国経由が半分近く メキシコに進出している日本企業の数は、ジェトロ・ を占めることから、仕向け地主義で計上される輸出統計 メキシコの 2 0 1 0 年 4 月の推計では総数 3 5 5 社で、うち ではなく原産地主義で計上される輸入統計を用いる。す 生産拠点を有する企業が 2 7 4 社あり、業種別では電気・ なわち、日墨双方の輸入額を合算して貿易総額とする。 電子(テレビ)が 7 0 社、自動車・同部品が 8 3 社、一般機 日本の 2 0 1 0 年輸入総額 6,9 2 8 億 4,4 6 1 万ドルのうち、 械が 3 2 社、その他が 8 9 社となっている。現在も薄型テ メキシコは 3 2 番目の輸入相手国で、その輸入額は 3 4 億 レビや自動車部品分野を中心に日本企業の新規投資が相 8,8 0 6 万ドル。同様にメキシコの輸入総額 3,0 1 4 億 8,1 8 0 2011.5 Vol.45 No.3 40 メキシコ経済の現状と展望 ~「普通の国」メキシコを理解するために~ 万ドルのうち、日本は米国、中国に次ぐ 3 番目の輸入相 日墨貿易は見かけの数字上は、日本の一方的な輸出超 手国で、その輸入額は 1 5 0 億 1,4 7 0 万ドル。したがって 過である。しかし、メキシコの対日輸入額の 6 0 %強は、 2 0 1 0 年の貿易総額は 1 8 5 億ドルとなる。同様に日墨 在墨日系企業がメキシコで生産する製品に組み込まれて EPA が 発 効 し た 2 0 0 5 年 に は 1 5 0 億 ド ル、2 0 0 6 年 は 再輸出されている。また、在墨日系企業は 1 5 万人以上 1 8 1 億ドル、2 0 0 7 年は 1 9 6 億ドル、2 0 0 8 年は 2 0 1 億ド の雇用を創出しており、さらには企業内教育の充実によ ルと増加してきたが、2 0 0 9 年は国際危機の影響で 1 4 2 る技術移転などの貢献を勘案すると、日墨間の貿易は実 億ドルに減少していた (図 2 5) 。 質的に均衡状態に近いと言える。 おわりに メキシコは 2 0 1 2 年 7 月に大統領選挙と上下両院議員 支持を獲得して PAN や中道左派の野党 PRD(民主革命 選挙を迎えることから、各党内では統一候補者を選出 党)を引き離しており、選挙での政権返り咲きを狙う位 する予備選挙に向けた駆け引きが活発になっており、 置につけている。2 0 1 1 年には 6 州の知事選が予定され 実質的に今年下期からは「政治の季節」に突入する。 ているが、メキシコ最大の有権者数を擁するメキシコ カルデロン大統領は 2 0 0 6 年 1 2 月の就任以来、メキ 州知事選挙の結果が来年の大統領選挙の帰 趨 を占う試 シコの優れた潜在能力を国際競争力として示顕させる 金石として注目される。同州の投票日は 7 月 3 日だ。 べく、目標管理型の国家運営手法を広く導入しながら 「哀れなメキシコ。天国にあまりにも近く、米国にあ 「普通の国」づくりの努力を重ねてきた。そうした大統 まりにも遠い」と、あるメキシコの大統領が嘆いたとい 領への国民の支持は依然として高いが、中道右派の与 う。隣国の巨人との愛憎半ばする歴史を踏まえれば、 党PAN(国民行動党)は上下両院とも過半数の議席を 今日、両国が抱える北への越境者の問題や麻薬と武器 持たず、特に任期 3 年の下院では 2 0 0 9 年 7 月の中間選 をめぐる確執などにも言及すべきだが、筆者の能力を 挙で敗北して第 2 党に転落しており、山積する政策課題 超えるテーマである。 を実現するためにはこれまで以上の政治手腕の発揮が メキシコではいま、東日本大震災の被災者と連帯す 必要となる。 るさまざまな支援活動が市民の手で繰り広げられてい 一方、下院第1党に大躍進した野党PRI(制度的革 る。極めて荒い素描ではあるが、本稿が草の根の相互 命党)は 2 0 0 0 年選挙で下野するまで 7 1 年にわたり政権 理解に少しでも役立つことを願うものである。 き すう の座にあった中道政党で、各種世論調査では有権者の 執筆者紹介 河嶋 正之(かわしま まさゆき) 1971 年 3 月、大阪外国語大学イスパニア語学科卒業。 同年 4 月、日本貿易振興会(JETRO)(現 ・ 独立行政法人 日本貿易振興機構)入会。ジェトロ・メキシコ事 務所に 2 度勤務(1997 年 4 月~ 2000 年 6 月と 2003 年 10 月~ 2008 年 4 月)し、日墨 EPA とはその端緒か ら発効後までの長いお付き合い。静岡県経済産業部マーケティング顧問を経て現在、ジェトロ機械・環境産 業部インフラ・プラントビジネス支援課アドバイザー(非常勤)。 「晴読雨読」が定年退職後の夢でしたが、無趣味が趣味の大食漢には「運動を!」との教育的指導厳しく、 いまだかなわぬ夢を追いかけ中。今年の NHK 大河ドラマのヒロインたちと同じ故郷(滋賀県長浜市)とい うこともあり、現在の居住地(千葉県我孫子市)ともども郷土史に関心拡大中。 41 石油・天然ガスレビュー