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特集 再生可能エネルギー、農へ 再生可能エネルギー、農へ

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特集 再生可能エネルギー、農へ 再生可能エネルギー、農へ
1
2013
特集
再生可能エネルギー、農へ
撮影:近藤 政弘
1
山形県東置賜郡川西町
2002年2月1日撮影
2013
厳寒の朝
■山形県川西町は米どころとして知られる。積雪量が少ない強風の日
特 集
再生可能エネルギー、
農へ
は、
田の上の雪がまるでさざ波を立てたように変化する。
日の出直後の
厳寒の朝の光景■
3 農山漁村での再生可能エネの課題は何か
シリーズ・その他
野津 喬
再生可能エネルギーは農山村にどうかかわるのか。固定価格買取制度の導
入により高まる期待の一方、推進・定着には地域活性化の視点が重要となる
観天望気
グローバル化のゆくえ 中西 弘樹
農と食の邂逅
有限会社宮城商店 宮城 恵美子
青山 浩子
7 エネルギー供給するデンマーク農業に学ぶ
ケンジ・ステファン・スズキ
デンマーク農業は農地や家畜のふん尿、麦わらなどの資源を活用し、エ
ネルギー供給に大きな貢献をしている。日本の農業が学ぶべき点は何か
フォーラム・エッセイ
農業シック。 あゆか
主張・多論百出
11 畜産バイオマス発電の課題と展望 山浦 健
宮崎県・南国興産は80年代から畜産バイオマスの研究を重ね、発電燃料
として実用化。その培ったノウハウと展望を、現場スタッフがリポートする
新春特別座談会
魚食復興有志の会
「Re-FISH」
上田 勝彦
百姓先生が描き出す地域農業
農学校をプラットフォームに
太田 博章
朝食で体内時計リセット 大池 秀明
─未来の可能性は一次産業にあり
先取の気性に富む経営者たちがグローバル化、人材、金融などの経営課
題を切り口に語り合う。日本の一次産業はブレイクスルーできるのか
経営紹介
25 津波で豚舎、豚1500頭失う
地域との連携大切に再建へ/青森県
有限会社岩徹養豚 3.11の津波ですべての経営基盤を失った岩徹養豚。再建について逡巡
する岩崎社長の背中を押したのは、家族、そして地域の支えの声だった
「岩手県農業経営アドバイザー連絡会」を開催
盛岡支店
子ども絵画展2012の農林水産事業本部長賞を決定
情報戦略部
タイ農業・農業協同組合銀行の
頭取一行が日本公庫来訪
情報戦略部 第6回アグリフードEXPO大阪2013 *本誌掲載文のうち、意見にわたる部分は、筆者個人の見解です。
38
27
29
32
東 理夫著
『アメリカは歌う。―歌に秘められた、アメリカの謎 』 33
青木 宏高
交叉点 韓国国際シンポジウムに出席
情報戦略部
ご案内
24
書 評
インフォメーション
「農商工連携・六次産業化フォーラム」
を開催
徳島支店
「宮城県復興支援商談会」
を開催
仙台支店
経営紹介
21
まちづくり むらづくり
耳よりな話 130
15 「資源と知恵」のアタマを耕す
2
34
34
34
34
35
35
配合飼料価格の高騰の影響を受けた畜産業を営む方へ
36
みんなの広場・編集後記
37
グローバル化のゆくえ
経 済を筆 頭にあらゆるものがグロ ーバル化している。量 販 店は
価 格の安い輸 入 品で占められ、日 本のメ ーカ ーのものでさえ、多
くは発 展 途 上 国で生 産されたものである。海に囲 まれた日 本で
あ りながら、ス ーパ ーの鮮 魚 売 り 場 も世 界 各 地の魚 介 類が並ん
なかにし ひろき
漂着物学会会長。理学博士。専門は植物生態学。著書に
『海流の贈り物-漂着物の生態学』
( 平凡社)、
『漂着物
学入門』
( 平凡社)
、
『 海から来た植物』
( 八坂書房)
、
『日本
人は植物をどう利用してきたか』
(岩波書店)
など多数。
でいる。企 業によっては英 語を社 内 語にしたところも出てきてし
中西 弘樹
ま った。企 業ばかりでなく 大 学もグロ ーバル化を強いられている。
私のいる大 学 も 英 語の必 修 単 位 を 多 くし、すべての学 生にTOE
ICを受けさせ、学部ごとに目標値を設けさせている。
しかし、実 際に卒 業して英 語が必 要な者は一割にも 満たない
であろう 。問 題はこの影 響が大 学 内の教 育にとどまらないことで
ある。高 校の英 語 教 育 も 強 化せざるを 得なくなり、国 文 学や古
典に興味のある生徒や学生を締め出すことになってしまう 。
私の専門は植物生態学であるが、グローバル化は外来種の増加
と重なって見えてしまう 。栽培が簡単で早く成長し、値段が安い
ということで、緑 化などに外 来 種が使 用されている。光 合 成 をし、
空気を浄化してくれるという機能の点では変わりはない。しかし、
競 争に強い外 来 種の野 生 化が在 来 種 を 絶 滅に追いやった例はよ
く知られている。
古 く 外 国 との交 流が始 ま った時から、外 国の生 物が日 本に侵
入し、かつては帰 化 生 物 といわれてきたように少しずつ日 本の自
然に溶け込んでいった。文化も同じで、奈良時代から外国の文化
を 少しずつ取 り 入れ、日 本 独 自の文 化 を 築いてきた。しかし、今
や航 空 機やパソコンの普 及によって、グロ ーバル化は比 較にならな
いほど加速している。
2 AFCフォーラム 2013・1
グロ ーバル化は、物 事 を 一つの物 差しで測ることであ り、国 際
的な競 争 を 強いることになる。これが加 速 するとそれぞれの国、
さらにその国の中の地 域 性は無 視され、文 化は消 失 する。生 物の
存 続にはさまざまな段 階の多 様 性が必 要なように、人 類 も 文 化
や産業などの多様性が必要である。
目 先の利 益ではなく、グロ ーバル化の行 きつく 先がどうなるの
か考えてみなければならない。
長崎大学教授
特集 再生可能エネルギー、農へ
農山漁村での再生可能エネの課題は何か
農 山 漁 村において、太 陽 光や 風 力 、
バイオマスな どの再 生 可 能エネル
ギーの導入のみならず、
それを持続的に拡大していくことが大きな課
題となっている。農林漁業との両 立、地 域 主 体の取り 組み、地 元への利
益還元をどのように確保していくかがカギだ。
のづ たかし
1975年岐阜県生まれ。1998年農林水産省入省。生産局
農業生産支援課鳥獣被害対策室、生産局6次産業法案検
討室、大臣官房環境バイオマス政策課などを経て、現職。
太 陽 光や水 力 、風 力 、バイオマス、地 熱などの
間 、一 定の価 格で買い取ることを 義 務づける再
によって発電された電力を電力会社に一定の期
たな所 得 を 生み出し、地 域 活 性 化にもつながる
さらに、このような取 り 組みは農 山 漁 村に新
安 定 供 給に貢 献 するとともに、分 散 型エネルギ
ーシステムの構築にも寄与するものです 。
一方、農山漁村において再生可能エネルギ ーの
生 可 能エネルギ ー 電 気の固 定 価 格 買 取 制 度が
そこで、ここでは、このような背 景 を 踏 ま えつ
導入を推進する場合、土地などの利用調整をど
再 生 可 能エネルギ ー は、地 球 温 暖 化の原 因とな
特 徴 を 有 しており 、また、エネルギ ー 供 給 源の
つ、農 山 漁 村における再 生 可 能エネルギ ー の意
ことが期待されます 。
多 様 化、環 境 関 連 産 業の創 出などの観 点からも
か、農 林 漁 業 など地 域の産 業・暮らしとの調 和
う行うか、地域主体の取り組みをどう推進する
わが国の国 土において広い面 積 を 占める農 山
をどう 確 保 するかなど、考 慮 すべき 課 題も複 数
義と課題についてご説明します 。
しかし、これらの再 生 可 能エネルギ ー がわが
漁 村には、水やバイオマスといった資 源が豊 富に
固定価格買取制度への期待
国の総発電電力量に占める割合は、大規模 水 力
電には広い土 地 を 必 要 とするものも 多いことか
存在しています 。
このよう な 状 況の中 、二〇 一一 年 三 月に発 生
ら、農 山 漁 村は再 生 可 能エネルギ ーの供 給 拠 点
存 在 していま す 。また、再 生 可 能エネルギ ー 発
した東 京 電 力 福 島 第 一原 子 力 発 電 所の事 故 を
の再 生 可 能エネルギ ー 源が存 在しているにもか
農 山 漁 村には豊 富な土地、水、バイオマスなど
これらの資 源を積 極 的に活 用した再 生 可 能エ
かわらず、これまでその活 用は十 分には進んでい
として有望です 。
国の重 要 課 題 となり、中でも 再 生 可 能エネルギ
ーの導入拡大が喫緊の課題となっています 。
ネルギ ー の導 入は、地 域におけるエネルギ ー の
契機として分散型エネルギ ーシステムへの転換が
発電を除くと約一%に過ぎません。
重要な資源です 。
開始されています 。
また、一二年七月からは、再生可能エネルギ ー
Takashi Nozu
野津 喬
る二酸 化 炭 素の排 出 削 減に資 するという 優れた
再生可能エネルギ ー の一 大拠点
農林水産省食料産業局再生可能エネルギーグループ
課長補佐
2013・1 AFCフォーラム 3
特集 再生可能エネルギー、農へ
この制 度の活 用により 、これまで経 済 的 な 面
されています(図2)。
るために通 常 必 要となる費 用、事 業 者の適 正な
で導 入が進んでこなかった再 生 可 能エネルギ ー
置の形 態 、規 模ごとに、供 給 を 効 率 的に実 施 す
その原因の一つが、再生可能エネルギ ーの利用
利 潤 などを 考 慮 した 買 取 価 格 などが決 定 され
発電の取り組みの大幅な進展が期待されます 。
ませんでした。
コストの高さです 。再生可能エネルギ ー は化石エ
たことで、この状況は大きく改善されました。
木質バイオマスの証明
ネルギ ー などと比 較して、総じて発 電などにか
農林漁業に関係が深い再生可能エネルギ ー 電
気の買 取 価 格は、たとえば中 小 水 力 発 電のうち
なお、木 質バイオマスについては、既に相 当 部
かわるコストが高 く、その導 入については経 済 的
な面での高いハー ドルが存在していました(図1)。
二〇 〇 ㌔ワ ット未 満の小 水 力 発 電が三五・七円
35
42.00 円
風力(20kW 以上)
23.10 円
小水力(200kW 未満)
35.70 円
バイオマス(未利用間伐材など)
33.60 円
このため林 野 庁では、バイオマスの燃 料 利 用が
制度に対する信頼を損なう恐れもあります 。
行われなければ、買 取 価 格が適 正に適 用されず、
されており、これらについて適 切な識 別・証 明が
オマス」
「 建 築 資 材 廃 棄 物 」の三つの区 分が設 定
伐 材など由 来の木 質バイオマス」
「 一般 木 質バイ
りま す 。また、木 質バイオマスの買 取 価 格は「 間
また、再 生 可 能エネルギ ー 電 気の従 来の売 電
太陽光(10kW 以上)
買取期間
20 年
分が製 材 、合 板 、木 質ボ ー ド、製 紙 用などに利
固定価格買取制度の買取価格・期間(例)
/ ㌔ワット時、バイオマス発電のうちメタン発酵
平均 9.4 円
価格(取引価格)は一〇円 / ㌔ワット時前後と
平均 9.0 円
バイオマス
用 さ れていることか ら 、固 定 価 格 買 取 制 度 を
平均 10.0 円
水力
ガス化 発 電が四〇・九五円 / ㌔ワ ット時 、未 利
40 円(※余剰のみ)
風力
なっており、必ずしも高いコストに見合った収入
太陽光(非住宅用)
契 機 として野 放 図にバイオマス発 電が拡 大 すれ
従来制度下での売電価格の状況
用 木 材 燃 焼 発 電が三三・六円 / ㌔ワ ット時(い
図2 再生可能エネルギ ー 電気の買取価格・買取期間の例
が得られる状況とはなっていませんでした。
5
ば、これらの既 存 用 途 分 野の原 料 調 達における
40.95 円
バイオマス(メタンガス発酵)
既 存 産 業などへ影 響を及ぼさないよう 適 切な配
慮 を 図るなどの観 点から、
「 発 電 利 用に供 する
木質バイオマスの証明のガイドライン」
(二○ 一二
年六月一八日)を策定し、公表しています 。
このガイドラインでは、固定価格買取制度にお
いて木 質バイオマスを 発 電の燃 料 として利 用 す
る場 合、伐 採 届 書から連なる証 明 書の連 鎖と分
別管理などによって由来を証明する際に留意す
べき事項などを明らかにしています 。
なお、木 質バイオマス発 電において、ガイドラ
インに準 拠した分 別 管 理が適 正に行われている
ことが確 認されない場 合は、木 質バイオマスの三
4 AFCフォーラム 2013・1
9.2∼11.6
ず れも 税 込 )とされてお り 、再 生 可 能エネルギ
9.9∼17.3
20
風力
風力
小水力 バイオマス
メガ
(陸上) (洋上) ソーラー
(木質専焼)
地熱
原子力 石炭火力 LNG火力 石油火力 一般水力
0
17.4∼32.2
しかしながら、新たな固 定 価 格 買 取 制 度によ
30
価 格 上 昇や供 給 不 安などにつながるおそれがあ
40
ー 発 電 事 業 者の要 望に沿 った買 取 価 格が設 定
図1 再生可能エネルギ ー などの発電コスト
って、再 生 可 能エネルギ ー 発 電 設 備の区 分 、設
45
19.1∼22.0
9.4∼23.1
22.1∼23.7
25
10.5
10
10.7∼11.1
9.5∼9.7
8.9∼
15
30.1∼45.8
(円/kWh)
50
出典:エネルギ ー・環境会議「コスト等検証委員会報告書」
(2011年12月)
※ 価格は1kWh当たりの金額(税込み)
農山漁村での再生可能エネの課題は何か
間 伐 材などの木 質バイオマスは収 集・運 搬コス
適用されることになります 。
物」の買取価格( 一三・六五円 / ㌔ワ ット時)が
つの区 分のう ち 最 も 単 価が低い「 建 築 資 材 廃 棄
増 大しており、二〇 〇 ~ 三〇 〇 円 / 平 方メ ー
ラ ー 事業を検討している企業による土地需要が
ー トル程度となっていましたが、近年、メガソ ー
要する土地の賃借料は従来、一五〇円 / 平方メ
対して行 ったヒアリングによれば、太陽光発電に
です( 注2)。このため、地 方 自 治 体などからは
「 太 陽 光 発 電 所 はパネルを 置 く だ けで 雇 用 を
るのに対 して、人 件 費は三 〇 〇 万 円 / 年 程 度
ラ ーでは、建 設 費が四・二 ~ 六・六億円程 度であ
一方、たとえば一二〇〇㌔ワット級のメガソ ー
が期待されています 。
トが高いため、年 間 約二〇 〇 〇 万 立 方メ ー トル
トルの案 件が急 速に増 えている状 況にあ りま す
( 注1)。これ を 一 〇 ㌃ 当 た りに換 算 す ると二 生まない」との声が上がっているなどの報道もあ
が林地内に放置されています 。
固定価格買取制度を契機として木質バイオマ
用していくことは、林 業の活性 化や雇用の創 出、
畑で約八八〇〇円などとなっています(図4)。
は、一〇 ㌃ 当たり田で約一万 一〇 〇 〇 円、普 通
一 方 、農 地の賃 借 料( 一一 年 度( 全 国 平 均 ))
となるにとどまらず、農 林 漁 業 をはじめとする
再生可能エネルギ ー 発電に必要な土地の提供者
果 的につな げていく ためには、農 山 漁 村 が 単に
再 生 可 能エネルギ ー 発 電 を 地 域 活 性 化に効
ります(注3)。
エネルギ ーの安 定 供 給などの面から重 要な取り
それぞれの場 合において土 地にかかる税 負 担
地 域の産 業や暮らしとどのように有 機 的に連 携
〇 ~ 三〇万円の賃借料となります 。
組みです 。このため、農 水 省は制 度の適 切 な 運
が異なるため一概に比 較はでき ませんが、再 生
していくか、また、外部の事業者による取り組み
ス発 電 を 推 進 し、未 利 用 間 伐 材 などを 有 効 活
用などにより、その推進を図っていく考えです 。
可 能エネルギ ー 発 電への期 待を背 景とした地 代
のみならず、農 林 漁 業 者などの地 域の関 係 者が
日本の国土面 積 約三七七九万 ㌶のうち、森 林
土地の利用調整が課題
水 準の高 ま り を 踏 ま えれば、今 後、発 電 目 的の
再生可能エネルギ ー 発電事業にどのように関与
していくかという点が重要です 。
農山漁村における再生可能エネルギ ー 発電の
方メ ー トルの未 利 用 間 伐 材 をはじめ、豊 富なバ
農 山 漁 村には先 程 触れた年 間 約二〇 〇 〇 万 立
など、食 料 生 産や国 土 保 全の機 能 を 損なわず、
しての復 元 利 用が不 可 能 な 耕 作 放 棄 地の活 用
ギ ーの導 入 拡 大に当たっては、たとえば農 地と
このため、農 山 漁 村にお ける再 生 可 能エネル
北海道浜中町では、酪農地帯の一〇〇戸余り
【 太陽光発電 】
事例が存在しています 。
いる先 駆 的 な 取 り 組みとしては、以 下のよう な
可能エネルギ ー 発電と地域活性化を結びつけて
取 り 組みはまだ緒に就いたばかりですが、再 生
イオマス資源が存在しています(図3)。
わが国の国土が有 するポテンシ ャルを 最 大 限 発
の農 家で太 陽 光 発 電 設 備を設 置し、発 電によっ
割を果たしている、国内の限りある資源です 。
国土の保 全などの多 面 的 機 能の発 揮といった役
農 地は農 業 生 産の基 盤として、食 料の供 給や
農地の転用期待が高まる懸念もあります 。
は約二五〇八万 ㌶、農 地は約四七一万 ㌶を占め
ており、森 林と農 地 を 合わせると国土面 積の約
八割に達します 。
また、全 国に張 り 巡らされた農 業 用 水 路は、
すでに述べたように再 生 可 能エネルギ ー 発 電
揮できるような土地 利 用を図 っていくことが重
て得られた電 力 を 活 用して生 産した牛 乳 を「エ
総 延 長 約四〇 万 ㌔メ ー トルに及びます 。さらに、
には広い土 地 を 必 要とするものも 多 く、農 山 漁
要な課題であると考えています 。
コ牛 乳 」としてアピ ールすることにより、
エネル
ギ ーの地産地消と牛乳のブランドイメ ージ向上
【 風力発電 】
を両立させています 。
再生可能エネルギ ー発電により新たな所得を生
高 知 県 檮 原 町では、町 が 風 力 発 電 所 を 設 置
ゆすはら
み出 し、その収 益 を 地 域 活 性 化につなげること
農 村 部では固 定 価 格 買 取 制 度 を 背 景 として、
再エネ発電による地域活性化
村は再生可能エネルギ ーの供給拠点として有望
です 。しかし農 山 漁 村において無 計 画に発 電 施
設が整備される場合、農林漁業に必要な農林地
などが失われ、食 料 供 給などの役 割に支 障 を 来
すことも懸念されます 。
一 般 社 団 法 人 太 陽 光 発 電 協 会が会 員 企 業に
2013・1 AFCフォーラム 5
特集 再生可能エネルギー、農へ
ることにより、地域の森林の適正管理につなげて
行 った森 林 所 有 者に町 独 自の交 付 金 を 交 付 す
し、風 力 発 電の売 電 益の一部 を 使 って、間 伐 を
管理費の軽減に役立てています 。
地 改 良 施 設に供 給 することにより、施 設の維 持
小 水 力 発 電 施 設 を 設 置 し、発 電 した 電 気 を 土
ような取り組みを面 的に拡 大し、地 域の農 林 漁
だ点的なものにとどま っていますが、今後はこの
これらの取 り 組みは全 国 的に見れば、まだま
岩手県の釜石市、遠野市、大槌町では、風力発
とな って木 質バイオマス発 電 施 設 を 運 営 し、発
福島県会津若松市では、地元の林業者が主体
【バイオマス発電 】
またその際 、地 域 密 着 型の再 生 可 能エネルギ
ギ ーの導入を推進していくことが重要だと考え
業の健 全な発 展と調 和の取れた再 生 可 能エネル
います 。
電 設 備の設 置の際、建 設 作 業のための作 業 道が
電 燃 料 として地 域の未 利 用 間 伐 材 などを 用い
道路 : 135 万 ha(3.6%)
宅地 : 188 万 ha(4.9%)
食料生産と競合しない形で、最大
限再生可能エネルギーの供給に
利用 : 太陽光発電、陸上風力発電
※未利用間伐材…約 2,000 万 m3/ 年
※利用可能な耕作放棄地など…
〈現在〉
● 土地需要の増大により、20∼30 万円の案件が急速に増え、中には 50 万円を超える
水準を提示する企業も現れている。
● 地代水準を踏まえれば、農地の転用期待が一気に高まることも懸念。
に着 目 するのみでは不 十 分であ り、農 林 漁 業の
を 持 続 的に拡 大 していく ためには、その導 入 量
農 山 漁 村において再 生 可 能エネルギ ーの導 入
農林漁業と再エネの両立
ています 。
整 備されて利 便 性が向 上したため、地 元 農 家が
ー 発 電 を 推 進 する観 点から、発 電 を 行 う 主 体
注)賃借料は、10a 当たりの1 年間の金額
た木 質チ ップの優 先 的な利 用に取 り 組んでいま
約 15 万円
その作業道を利用して耕作放棄地を復旧し、大
出展 : 第 3 回調達価格等算定委員会(社)太陽光発電協会提出資料(※同協会の会員企業などヒアリングに
基づく数値(150 円 /m2 )
)
として農 林 漁 業 者 などが 参 画 した 地 域 主 導の
大規模太陽光発電(2,000kW 級)の賃借料
す 。これにより 立 木の間 伐 および運 搬 、木 質チ
〈従来〉
根、カブ、ゴボウなどの作付けが増加しています。
図4 再生可能エネルギ ー 発電の地代収入の推移
取り組みも進めていく考えです 。
約 17 万 ha
ップへの加 工などのための雇 用 を 創 出 し、地 域
※農地面積と採草放
牧地面積の合計
【 小水力発電 】
日本の国土:3,779 万 ha
林業の活性化に寄与しています 。
経済効率性や国土保全の観点を踏ま
地理的条件に応
じて、水 力 発 電
や小水力発電を
実施。
え、木質バイオマスや地熱の活用を促
進 : バイオマス発電、地熱発電
健 全 な 発 展や農 山 漁 村の活 性 化 と調 和のとれ
た取 り 組みを 推 進し、農 林 漁 業 者、再 生 可 能エ
ネルギ ー 発電事業者、市町村などの地域の関係
者がウ ィン・ウ ィンの関係を構築していくことが
不可欠です 。
農 水 省 としては、固 定 価 格 買 取 制 度や 予 算
措 置 などにより 、わが 国の農 山 漁 村にお ける、
地域のための再生可能エネルギ ー 導入を積極的
に推進していく方針です 。 (注1)第三 回 調 達 価 格 等 算 定 委 員 会 一 般 社
団法人太陽光発電協会説明資料
(注2)国 家 戦 略 室「コスト 等 検 証 委 員 会 報 告
書」
(二○一一年一二月)
(注3)東洋 経 済 オンラ イン( 二 ○ 一二 年 七 月
二五日)
6 AFCフォーラム 2013・1
(普通畑) 約 8,800 円
参考 : 農地の賃借料(2011 年度(全国平均)
)
(田)
約 1 万 1,000 円
(樹園地) 約 1 万 4,000 円
(牧草地) 約 2,900 円
その他
345 万 ha 洋上
(9.1%)
農地
471 万 ha※
(12.5%)
森林
2,508 万 ha
(66.4%)
河川水路 :
133 万 ha(3.5%)
栃木県那須塩原市では、農業用水路に複数の
図3 土地利用の観点から見た再生可能エネルギ ー のあり方
特集 再生可能エネルギー、農へ
エネルギー供給するデンマーク農業に学ぶ
デンマーク農 業は国 内 外に食 料 を 供 給 する役 割のほか、農 地や家 畜のふ
ん尿、麦わらなどの資源を活用し、
エネルギー供給に大きな貢献をしてい
る。日本の農 業は、再 生 可 能エネルギーの推 進に当たり、
デンマークの先 進
モデル例から何を学び、生かしていけるだろうか。
六六四億クロ ー ネ(約 一兆円)となっており、デ
国 内 消 費エネ ルギ ー を 資 源 別 に 見 る と 、
デンマ ー クの国 土 面 積は約 四三 〇 万 ㌶で、こ
デンマ ー ク農 業で興 味 深いのは食 料 を 供 給 す
ンマ ー クでは農 業の経 済への寄 与 度 が 大 きいと
一六 万 戸から毎 年 減 り 続 け 、二〇 一一 年には約
る以外に、農 地へ風 力 発 電 機 を 設 置して電 力 を
・三PJ でした。再 生 可 能エネルギ ーの占める
の う ち 農 地 面 積 は 国 土 の 約 六 二% に 当 た る
石 油 約二 四
・ 万 ㌧ に 相 当 )の う ち 、原 油 が 四 七〇・四PJ、天然ガスが二六四・六PJ、再 生 可 四万 一〇 〇 〇 戸になりました。その結 果、農 家
供 給 した り 、畜 産 農 家 がバイオガスプラント を
を豚やその他の家畜の餌に充て、それによって国
約八七〇 万 ㌧の穀 類を生 産し、その穀 類の大 半
を 発 電 所の燃 料 として供 給 することで『 麦わら
し電 力と熱 を 発 生させていま す 。農 家は麦わら
その一部 をバイオマス発 電 所の燃 料 として供 給
していたため、原 油 価 格が一挙に三倍 も 値 上が
ネルギ ー 消 費 量の九割 以 上 を 輸 入 原 油に依 存
イルショック(一九八一年)があります 。当時、
エ
第 一次オイルシ ョック( 一九七三年 )と第二次オ
能エネルギ ー( 風 力 発 電、バイオガス、バイオマス など)が一三四・八PJ、そして可 燃 廃 棄 物 一七 一戸 当たりの農 地 面 積は約六五㌶に増 えていま
このデンマークの再生可能エネルギ ー政策導入
割合は全体の一五・二%となっています 。
力と熱の供給へつなげていることです 。
内消費量の約六倍に当たる豚肉を生産していま
の売 却 収 入 』につな げ 、麦 わらの燃 えか す を 引
り し、
エネルギ ー 資 源 を 国 外に依 存 することの
の 背 景 に は 、中 東 の 紛 争 が 原 因 で 発 生 し た
す 。また、バタ ー など多 くの乳 製 品 を 生 産して
き取ることで、肥料の削減につなげています 。
この他、毎 年 約五〇 〇 万 ㌧の麦わらを 収 穫し、
国内外の市場に供給しています 。
人口一人 当たりに換 算して約 一・六㌧に当たる
農 地 面 積の約五六%に当たる一五〇 万 ㌶で、
設 置して家 畜のふん尿から燃 料を採り出して電
言えます 。
農 産 物の輸 出 額(二〇 一 〇 年 )を 見ると、輸
Kenji Stefan Suzuki
出総額五四四一億クロ ー ネの一二・二%に当たる
デンマーク国籍
(岩手県生まれ)
。中部ユトランド商科大学卒
業後、
デンマークの風力発電やバイオガスプラントの対日輸
出に関与。デンマークを視察訪問する日本人のための、再生
可能エネルギー研修センター
「風のがっこう」
を設立、研修活
動の傍ら著書の出版や講演活動を実施。
す。
二六六万 ㌶です 。農 家 戸 数は一九七〇 年 代の約
再生エネ先進国・デンマ ー ク
ケンジ・ステファン・スズキ
二〇 一一年は合 計八八七・二PJ(ペタ・ジュール の略 。ジ ュー ルは 熱 量 を 表 す 単 位 。1P J は 「風のがっこう」代表
2013・1 AFCフォーラム 7
特集 再生可能エネルギー、農へ
は、その稼 働 時における安 全 性の問 題や、原 子
年のほぼゼロの状 態から、八九年には約二二〇 〇
らの措 置により、風 力 発 電 機の設 置 台 数は七九
怖さを思い知らされました。
炉から出た廃 棄 物の処 理 問 題などについて国 民
九〇 年 代に入ると、政 府 議 会の風 力 発 電 機の
二度にわたるオイルシ ョックの教 訓を生かし、
結 果 的に八五年三月、原 子 力 発 電に依 存しな
増 設 計 画の指 示 を 受 け 、地 方 行 政は風 力 発 電
基となり発電設備量は二四万㌔ワットに増大し
い公 共エネルギ ー 政 策 を 推 進 する法 案 が 議 会
の設置に伴って抵触する、農地法、自然保護法、
間で約 一 〇 年 間にわたり 賛 否の議 論 を 続 け ま
で可 決され、原 子 力 発 電 所 導 入の代 替 策として、
航 空 法、土地 分 割 法など七つの法 律を整 備しま
日 本 を 含 む 多 くの工 業 国は中 東の石 油に依 存
一九七六年五月にエネルギ ー 政 策として『エネル
同年一一月に政府と電力会社との間で一〇万㌔
した。
ました。
ギ ー 計 画1976年 』を 発 表し、北 海 油田の開
ワ ットの風 力 発 電 建 設 協 定を結びました。さら
それを 基に市 町 村は領 域 内の国 土 利 用に関
した。
発や建 物の省エネ 化、発 電 燃 料の石 油から石 炭
に八六年六月には、天然ガス、麦わら、木くず、バ
する詳 細 な 計 画 案 を 立て( たとえば、どこの場
しないエネルギ ー 供 給 体 制として原 子 力 発 電の
へのシフト、さらに九〇 万 ㌔ワ ット( 発 電 設 備 量
イオガス、廃 棄 物 を 燃 料とした分 散 型コ ー ジェ
所にどれだけの風 力 発 電 機 を 建てるかといった
導入を進めました。
を表す単位)の原子力発電所の導入などを目標
ネ( 熱 電 併 給 )発 電 所の建 設 支 援 策を決 議しま
デンマ ー ク議 会 も 第 一 次 オイルシ ョック後 、
に掲げました。
計 画 案 )、議 会の承 認 を 得て市 民に公 開 し、環
農 地 にお け る 風 力 発 電 機の設 置 に 関 して、
境大臣の承認を得た後、実行に移しました。
設 置やバイオガスプラントの導 入 策が決 まり、こ
九六年一二月一三日付『 風力発電機の系統連系
この政 策 が 基 とな って、農 地への風 力 発 電 機
した。
分散型コ ー ジェネ発電も
の他 麦わら、木 く ず、リサイクルできない可 燃 廃
に関 する省 令 』において「 農 業 経 営 者は自 宅の
きる」と規定されました。
農 地に一 基の風 力 発 電 機 を 設 置 することがで
棄物の燃料化も図られました。
風力発電活用に向け法整備
第二次オイルシ ョック前の一九七九年のデンマ
発 電 機の割 合は八三%でした 。それが三年 後の
発 電 機 が 建 ち 、地 域の個 人や 共 同 所 有による
農 家 が 所 有 す る 風 力 発 電 機 導 入の推 移 に
ーク議会は風力発電の設備投資額に対し、三〇
二〇 〇 〇 年 末 、台 数は六二二六 基( 約二三 〇 万
では、デンマークが再生可能エネルギ ー 源とし
%を 助 成 する政 策 を 打 ち 出 し、風 力 発 電 導 入
㌔ワット)に増えました。そのうち、個人所有は
ついて 、九 七 年の数 値 を 見 る と 、デンマ ー ク 全
の促 進 を 図 り ま し た 。発 電 設 備への助 成 策 は
約二九〇 〇 基( 約 一三九万 ㌔ワ ット )、共 同 所
て特に力を入れた分 野である風 力 発 電とバイオ
一 〇 年 後の 八八 年の一 〇%の助 成 が 最 後 とな
有が二三九六 基( 約五七 万 ㌔ワ ット )となり ま
体で四六八二基( 約 一 〇 〇 万 ㌔ワ ット )の風 力
り、その後は風 力 発 電 事 業 者の配 電 事 業 者に対
した 。この間 、風 力 発 電 機の大 型 化 が 進んだこ
ガスプラントの実際を紹介しましょう 。
する卸 価 格 を 小 売 価 格の八五%とし、さらに二
とがわかります 。
筆 者の知 人にも 風 力 発 電 機 を 設 置 した 人が
酸 化 炭 素 税・電 力 税 を 財 源 とする定 額 助 成 を
卸 価 格に上 乗せする制 度を導 入しました。これ
8 AFCフォーラム 2013・1
しかしその後、原 子 力 発 電 所の導 入に関して
養豚農場に設置されたバイオガスプラント
エネルギー供給するデンマーク農業に学ぶ
年 一七〇 万 ~ 一八〇 万 ㌔ワ ット時( 発 電 量 を
電 機 を 設 置 し ま した 。彼 が 設 置 した 風 車は毎
所 有 する農 地の中に一〇 〇 〇 ㌔ワ ットの風 力 発
在の換 算レ ー トで約 九〇 〇 〇 万 円 )を投 資し、
いま す 。彼は九八年 、約 六 〇 〇 万クロ ー ネ( 現
に多くのプラントが閉鎖しました。
が少ないためにう ま く 稼 働せず、採 算が取れず
家畜のふん尿だけでは燃料のメタンガスの発酵量
ラントを 導 入 する農 家が増 えましたが、当 初は、
した 。その後、八〇 年 代に入 り、デンマ ー クでプ
一万ボルトに昇圧し配電会社に売却しています 。
㌔ワ ット時を発 電しています 。発 電した電 気は
〇万立方メ ー トルを生産し、電力約一二〇〇万
での約 九 年 一 〇 カ 月の間 にバイ オガス約 六 七
国 庫 補 助は約二七%)で起 動した年から今日ま
この養 豚 農 場 は 肥 育 豚 を 年に約二万二〇 〇
〇 頭のほか、子 豚 を 約三〇 〇 〇 頭 生 産していま
しかし、逆 境にめげ ず 、採 算 確 保に懸 命に取
り 組 む 農 家が連 携 し、効 率よくメタンガスを 採
す 。豚 舎の暖 房 と給 湯は、バイオガスエンジンの
表 す 単 位 )を 発 電し、毎 年六〇 万クロ ー ネ( 約
り出 すノウハウを蓄 積し始めました。また、NP
熱を利用しています 。また設備投資額は売電収
九〇〇万円)の売電収入を得ています 。
二○ 一二年 一一 月 現 在のデンマ ー クの風 力 発
O法人の再生可能エネルギ ー 市民センタ ー を立
一二年四月 、家 畜 農 家 とミンク毛 皮 生 産 農 家
電機台数は約四九六〇基(出力約四〇〇万㌔ワ
さらにデンマ ー ク政 府 議 会は八七 年「 共 同バ
一五 〇 戸が出 資 した、世 界 最 大の共 同バイオガ
入で返 済し、豚 舎や住 宅の暖 房と給 湯 費の削 減
イオガスプラント導 入 行 動 計 画 」を発 表し、バイ
スプラントがデンマ ー クに完 成しました。このプ
ち 上 げた人たちが先 導し、農 場 用バイオガスプ
オガスプラントを 国 家 事 業 として推し進めるた
ラントは、年 間 約 四五 万 ㌧の家 畜ふん尿の供 給
ット)です 。二○○○年と比べて、台数が減少し
進んだためです 。今日、国 内 電 力 消 費の約三〇
めの支 援 を 始めました 。支 援の一 環 として、国
を受けて、一三年から五〇 〇 〇世帯の熱 量 消 費
につなげています 。
%に当たる約一〇五億㌔ワット時を風力発電で
は、バイオガスプラントに携わる人たちのノウハウ
量に当たる五八二〇 万 ㌔ワ ット時( 約二○ 九T
ラントの設置から稼働を支援しました。
発電しています 。
を 広めるための活 動として、担 当 者 会 議 を 毎 年
J・テラジ ュールの略 。PJの一○ ○ ○ 分の一)
ていますが、これはより大型な発電機への転換が
デンマ ー クでは年 間 約三五〇 〇 万 ㌧の家 畜ふ
定 期 的に開 催し、情 報 交 換の場 も 持つようにし
の熱 供 給 と 一 万二五 〇 〇 世 帯の電 力 消 費 量に
家畜ふん尿をエネルギ ー 化
ん尿が産 出されます 。そのうちの約 一六〇 万 ㌧
ました。
当 たる五 〇 〇 〇 万 ㌔ワ ット 時の電 力 を 発 電 す
と、主に食 品 業 界から出る年 間 約四〇 万 ㌧の有
機 廃 棄 物が、バイオガスプラントの原 料として利
二○ 一一年におけるデンマ ー クのバイオガスに
真)をご覧ください。この養豚農場に設置したバ
農 場 用バイオガスプラントの例( 前ペ ー ジ写
~ 〇 九年における平 均 収 穫 量は約五〇五万 ㌧、
組みも 進めていま す 。燃 料 となる麦わらの〇六
さらに、デンマ ークでは、バイオマス発電の取り
よるエネルギ ー 生産量は、四・
一PJとなっていま
イオガスプラントは、農 場から出る豚のふん尿 年
菜 種 茎は約五二万 ㌧となりました。それらの用
る予定です 。
す 。デンマ ー クでは、今日二〇カ所の共 同バイオ
約二万五〇 〇 〇 ㌧に有 機 廃 棄 物 年 約五〇 〇 〇
途は表1の通りです 。
養豚農場熱源はバイオガス
ガスプラントと約六〇カ所の農 場 用バイオガスプ
㌧ を 加 え、発 酵 させてバイオガスを 採 り 出 して
用されています 。
ラントが稼働しています 。
このバイオガスエンジンの出 力は七五〇 ㌔ワ ッ
棄物、汚泥などを燃料としたバイオマスコージェ
デンマ ークには麦わら、ウ ッドチ ップ、可 燃 廃
ガスを 採 り 出 し 、電 力 と 熱 供 給 を す る 事 業に
ト、発 電 機は六一二㌔ワ ットで二〇 〇三年 一月
ネレ ーションが数多くあります 。二万八〇〇〇
㌔ワ ットの発 電 設 備 を 持つバイオマス発 電 所 を
います 。
取 り 組んだのは農 場 主のエスパセンという 人でし
一日に起 動しました。設 備 投 資 総 額は七〇 〇 万
デンマ ー クで最 初に家 畜のふん尿 からバイオ
た。彼は、オイルシ ョックの後の一九七四年 末か
クロ ー ネ( 現 在の換 算レ ー トで約 一億 円、う ち
例 に 挙 げ る と 、この発 電 所では 毎 年 可 燃 廃 棄
ら七五年にかけ、バイオガスプラントをつく り ま
2013・1 AFCフォーラム 9
特集 再生可能エネルギー、農へ
物 一六万八〇 〇 〇 ㌧ 、麦わら三万 ㌧ 、ウ ッドチ
ます 。
日本の農家が食料とエネルギ ー を供給するた
物 を 利 用し、国 家のエネルギ ー 供 給に多 大な貢
傍ら、農 地の自 然 資 源と農 業から生まれる副 産
デンマ ークの農 家は国 内 外に食 料を供 給 する
三五〇 万 立 法メ ー トルを燃 料としています 。そ
めには、農 地 転 用の制 限( 農 地 法 第 四 条 )を 緩
献をしています 。表2はデンマークの農地と農業
日本も参入へ
れによって約 一・五億 ㌔ワ ット時 を 発 電 すると
和し、風 車の基 礎 面 積 程 度の土地は農 業以外の
を基 盤とした発 電 事 業によるエネルギ ー 供 給の
ップ三 万 ㌧ 、汚 泥二八〇 〇 ㌧ 、そ して天 然ガス
と もに、地 域の約 一 万 七五 〇 〇 世 帯 分の暖 房
利用を認めること、電気事業法の『 許可の基準 』
5089
1666
1271
764
1388
566
128
13
25
400
5695
1900
1211
790
1794
574
118
7
23
426
単位:千トン
出典:Danmarks Statistik
出典:Energistatistik からの抜粋
力 供 給 率の目 標 を 消 費 量の五〇%としており、
向 けたエネルギ ー 政 策では、風 力 発 電による電
月に、デンマ ー ク議 会が発 表 した二〇二〇 年に
%を超 えている国です( 図 参 照 )。二〇 一二年三
盟国二七国中で唯一エネルギ ー 自給率が一〇〇
デンマ ー クは一九九七年 以 降 、欧 州 連 合の加
への設置が増えています 。
と給 湯 用の熱 源 として一六 〇 〇TJ を 生 産 し
出典:Danmarks Energistatistik 2011
推移です 。
50
( 第五条 )を 緩 和 し、農 家の自 家 発 電 と売 電 を
100
ていま す 。この中で麦わら三 万 ㌧から採れる熱
150
風力発電に関して八割方は農地に設置されて
エネルギー全体
認めること、農 家の自 家 発 電に伴 う 系 統 連 系の
図 デンマ ー クのエネルギ ー および石油自給率の推移
量( 温 水 )は約四三〇TJ( 約 一・二億 ㌔ワ ット
(%)
250
いますが、近年は洋上ウインドファームや海岸線
4606
1362
1059
585
1600
530
50
3
11
466
再生可能エネルギ ーの供給拡大を目指していま
す。
その結 果 、陸 内にお け る 風 力 発 電 機の大 型
化 が 始 ま り 、農 地 に 大 き な 風 力 発 電 機 が 建
設 さ れ 始 めていま す 。ま た 、風 力 発 電 機の設
置 場 所 として必 要 な 農 地(二五メ ー トル×二五
メ ー トル)を 三 〇 年 間 借 用 した 場 合の借 料 は
三〇 〇 万 ~ 四〇 〇 万クロ ー ネ( 約四五〇 〇 万
~ 六〇〇〇万円)と言われています 。
そういうことから、デンマ ークの農地は食料と
エネルギ ーの供給地として、農家の経営にとって、
そして国 家にとっても 大 事な土地であるのです 。
日本で再 生 可 能エネルギ ー を普 及させるために
は、ま ず 各 種の法 律の整 備が必 要だと思いま す 。
10 AFCフォーラム 2013・1
単位:TJ
(1TJは約27万8,000kWh)
補 強 および強 化 を 図ること、などがあると思い
4828
1336
986
629
1878
391
43
2
9
338
(年)
‘11
‘05
‘00
‘95
1990
0
石油
200
2009
2010
2011 1990 〜2011
伸び率
風力発電
38 2197 4238 15268 23810 24194 28114 35187
1500%
麦わら(バイオマス) 4840 12481 13050 12220 18485 17360 23587 19756
58%
バイオガス
184
752 1758 2912 3830 4171 4278 4106
446%
2009
2005
2000
1995
1990
1980
2008
麦わら 合計
燃料化
飼料
敷物など
未収穫(土壌用)
菜種茎 合計
燃料化
飼料
敷物など
未収穫(土壌用)
2007
用途
2006
2006 〜 2009年
平均量
5054
1566
1132
692
1665
515
85
6
17
407
比率
(%)
100
31
22
14
33
100
17
1
3
79
時)となっています 。
表1 デンマ ー クの麦わらと菜種茎の収穫量と用途の推移
表2 デンマ ー クの特に農業部門を主とした再生可能エネルギ ー 生産量推移
特集 再生可能エネルギー、農へ
畜産バイオマス発電の課題と展望
やまうら けん
1967年長崎県生まれ。89年南国興産株式会社に入社、
2007年より環境対策室に配属され、会社の業を行う上で
必要な許認可の手続き、ISO運営に係る業務などを行って
いる。
魚 市 場、ス ーパ ー 、鮮 魚 店、水 産 加工場から排
を 製 造していま す 。また、畜 産 由 来だけでなく
度まで乾燥させます 。圧力容器は大型鍋のよう
加 熱し、水 分が六五%程 度のものを 水 分三%程
ますと、原料をクッカ ー と呼ばれる圧力容器で
かくはん
にな っていて、鍋の内 側に蒸 気 を 送 り 込んで加
なっています 。
飼 養 頭 数が二五 万 一 〇 〇 〇 頭で全 国 第三位 と
万五〇 〇 〇 頭はいずれも 全 国 第二位、肉 用 牛の
ネ ット販 売のほか、グル ー プ会 社が経 営 するレ
養 鰻 事 業、生 産された豚 肉やウナギのインタ ー
現 在は食 用 油 脂やペットフ ー ドの製 造 、養 豚・
れる有 機 性 資 源をリサイクルする事 業をはじめ、
一 方 、エキスペラプレスで搾 り 出 された 固 体は粉
離 機で不 純 物を除 去して、油 脂を生 産します 。
圧 搾 機で搾 油し、デカンタ ー と呼ばれる遠 心 分
乾 燥させたのちにエキスぺラプレスと呼ばれる
熱しながら、原 料を攪 拌 することで水 分を蒸 発
そのため、食 肉 処 理 施 設や食 鳥 処 理 場から豚
ストランへ調 理 用 として出 荷 するなど幅 広 く 事
たとえば、動 物たんぱく 質(チキンミ ール)お
大 型の設 備 を 動 か す ために多 量の重 油 を 使
の計七ラインあり、常時稼働しています 。
一ライン、魚 一ライン、その他 食 用 油 脂 一ライン
このような設備が、鶏二ライン、牛二ライン、豚
ます 。
させる仕組みになっています 。
やブロイラ ーの骨、脂肪、内臓および皮などの畜
砕 し、ふるいにかけて動 物 たんぱく 質 を 生 産 し
これら畜 産 副 産 物 などの有 機 性 資 源 原 料 を
大 量に加工するには、大 型の設 備が必 要となり
処 理 施 設や食 鳥 処 理 場から排 出される畜 産 副
よび油 脂(チキンオイル)の製 造について説 明 し
ます 。
産 物を原 料として飼 料、肥 料、動 物 性 油 脂など
あ り、一九七三年の創 業 以 来 、主に県 内の食 肉
南 国 興 産 株 式 会 社は宮 崎 県 南 部の都 城 市に
排出されます 。
業を展開しています 。
このよ う な 農 畜 産 業や 流 通 産 業 から 排 出 さ
ています 。
出される魚腸骨を加工して魚粉・魚油も製造し
養鶏経営の重要課題である鶏ふんをバイオマス燃料として利用し、
畜
産廃棄物の資源化で成功している法人が注目されている。燃料効率の
よい鶏ふんのボイラー利用をはじめ、発 電まで手 掛 ける。固 定 価 格 買
取制度の創設を受け、
畜産現場でバイオマス発電は拡がるのか。
重油ボイラ ー の代替が最初
宮 崎 県は全 国でも 有 数の畜 産 業 が 盛んな 地
Ken Yamaura
山浦 健
産 副 産 物のほか、家 畜 飼 育 時のふん尿 も 多 量に
羽 数 は 一 億 一四 〇 〇 万 羽 、豚の飼 養 頭 数 八八 域であ り 、国の統 計によると、ブロイラ ー 出 荷
南国興産株式会社 環境対策室課長
2013・1 AFCフォーラム 11
特集 再生可能エネルギー、農へ
ネルギ ー を 得ていました 。また、多 量の電 気 も
用 して、重 油ボイラ ー で蒸 気 を 発 生 させ、熱エ
界があるため、取 引 先である養 鶏 関 係 者から多
ていることや、堆 肥にして肥 料 利 用 するには限
(一号機)を設置しました。
〇二年に日本国内初となる鶏ふん発電ボイラ ー
電力
950kW
蒸気量
13.5t/hr
蒸気タービン発電設備
電力
550kW
(飼料・肥料など)
製造工場
蒸気発生量
41t/hr
鶏ふん
10 万 5000t/ 年
電力
130kW
蒸気量
6.8t/hr
出力 1,500kW
蒸気ドレン 14.4t/hr
このボイラ ー は、蒸 気( 熱エネルギ ー )だ け
を 得るためのもので、鶏ふんを 年 間 約 一 万五 〇
〇〇㌧燃焼していました。
当 時は、まだ重 油 も 安 価であ り、費 用 対 効 果
り、鶏ふんを 年 間 約 一〇 万五〇 〇 〇 ㌧( 一日 約
三二〇㌧)燃焼しています 。ちなみに鶏ふん一〇 万五〇 〇 〇 ㌧は、鶏 一羽 当たりが排 泄 するふん
量 を二㌔グラムと換 算 すると、約五二五〇 万 羽
分となります 。
であり、このうち約
半 分は鶏、牛、豚、魚などの副 産 物を加工してい
蒸気発生量は四一㌧ /
が、このころから 鶏ふんを 堆 肥 以 外で多 量に処
る工場の熱 源 として、残 り 半 分は発 電などに利
適正化及び利用の促進に関する法律」が施行さ
ン発電機と鶏ふん発電ボイラ ーの押し込み通風
発 電は、出 力 一五〇 〇 ㌔ワ ットの蒸 気タ ー ビ
用しています 。
れ、五年の猶 予 期 間を経て、二〇 〇四年 一一月 一
に出力四六〇㌔ワットの誘引通風蒸気タ ー ビン
鶏ふんに含 まれる窒 素による地 下 水・河 川の汚
鶏ふんの野積みによる悪臭やハエなどの害虫発生、
大とともに農 地の許 容 量 を 大 幅に超 過し、特に
できる電 力は約 一〇八〇 ㌔ワ ットとなります 。
に三三〇 ㌔ワ ットを 使 用 するので、工場に供 給
五五〇㌔ワ ット、誘引通風蒸気タ ー ビン発電機
このう ち 、鶏 ふん 発 電 ボ イラ ー の施 設で 約
発電機を設置しています(概念図参照)。
染など環 境への影 響が懸 念され始めたことがあ
電 力は大 半が工場での自 社 利 用 とな っており、
日曜日に工場が止まる時 間だけが余 剰となるの
で、その時間だけ売電しています 。
先である養 鶏 関 係 者からの要 請 を 受 けて、より
このような背 景があ って、宮 崎 県および取 引
型の鶏ふんボイラ ー を稼働させていたとはいえ、
止 し、設 備の改 善 を 行いました 。八六 年から小
頃は数 回にわたり機 械の調 整のために運 転を停
鶏ふん発 電ボイラ ーの稼 働が始 まり、最 初の
多 量に鶏ふんを処 理できる大 型ボイラ ー 建 設へ
また、最 初の頃は機 械だけでなく 燃 料となる
と改善を行いました。
ない不具合が見つかるたびにボイラ ーメ ー カ ー
その数 倍の大 きさの規 模であるため、予 想でき
急務となったのです 。
方 法で多 量かつ適 正に処 理 を 行 うことがさらに
しかし、これにより 鶏ふんを 農 地 還 元 以 外の
ったものと考えられます 。
この法 律が施 行された背 景には、畜 産 業の拡
日に運用が始まりました。
九九 年 一一 月 一日に「 家 畜 排せつ物の管 理の
理することが必要となっていたのです 。
としては重 油ボイラ ーの方が有 利だったのです
鶏ふん発電ボイラ ー は、流動床式燃焼炉であ
量に鶏ふんを 処 理 するよう 依 頼 を 受 けていたこ
蒸気量 27.3t/hr
ボイラーの
周辺機器類
蒸気量
0.2t/hr
ボイラー設備
鶏ふん
13t/hr
蒸気量 20.5t/hr
出力 460kW
駆動分 330kW
余剰分 130kW
とが設置するきっかけでした。
電力会社より購入する必要があったのです 。
鶏ふん発熱量の高さに注目
一九八六年に南 国 興 産は、重 油ボイラ ーの代
替 として蒸 気 発 生 量 一〇 ㌧ / 時の鶏ふんボイ
ラ ー を設置しました。
誘導発電設備
時
の取り組みが始まりました。
鶏ふん発電ボイラ ー を設置
一 九 九 九 年の計 画 か ら 約 三 年 を 経 て 、二 ○
12 AFCフォーラム 2013・1
もともと、鶏ふんは発 熱 量が高 く 燃 料に適し
鶏ふん発電ボイラ ー(1号機)概念図
畜産バイオマス発電の課題と展望
鶏ふんに含まれる異物が問題になりました。
たとえば、鶏舎から鶏ふんを搬出する際に、誤
って舎 内 外の石や 金 属 な どの大 き な 異 物 を 拾
トの低 減が可 能 となり ま す 。また、工場から発
多 く 燃 料として利 用しづらかった牛ふんなどに
その他、畜ふんの投入口の扉が二重シャッタ ー
ついても 燃 料 として利 用できるようにな ったこ
環 境 面では、鶏ふんの野 積みをな く すことで
になっており、外に畜ふん臭や粉じんが漏れない
生 する臭 気 を 燃 焼 脱 臭 する脱 臭 設 備 としても
悪 臭 公 害や 害 虫の発 生 防 止 、地 下 水の汚 染 を
ような仕組みになっています 。
とです 。
発 電ボイラ ー に燃 料( 鶏ふん)を供 給 するコンベ
防止することができます 。また、この鶏ふん発電
また、ボイラ ー 本 体では燃 焼 炉に灰の付 着が
利用しています 。
アが破 損し、緊 急 停 止せざるを 得ない状 況にな
ボイラ ー は、グリ ーンエネルギ ー 認証センターに
少なく、メンテナンスがしやすい構 造に改 善され
いそれらが混 入 することがあ り ました 。すると、
ったことがたびたびありました。
より認 定された地 球 環 境にやさしい発 電 設 備で
ています 。
鶏ふんへの異 物 混 入 を 防 ぐ ためには、排 出 す
す。
を 停 止 しなければならない旨の説 明や、施 設の
対して、異物が混入すると発電ボイラ ーの稼 働
分であるリン酸、カリウムが多 く 含まれています 。
ん燃 焼 灰 )が発 生 しま す 。この灰には肥 料の成
鶏ふんを 燃 焼 させると、約 一 〇%の灰( 鶏ふ
㌧)燃焼可能です 。
り 、畜ふんを 年 間 約 一 〇 万 ㌧( 一日 約 三 〇 〇
二号 機 も 一 号 機 同 様に流 動 床 式 燃 焼 炉であ
る 養 鶏 農 家の理 解 が 不 可 欠です 。養 鶏 農 家に
見 学 を 実 施 するなど地 道な活 動 を 行い、鶏ふん
であ り 、発 電 設 備
そのままでは、細かい粒 子で肥 料として扱いづら
として一五〇〇㌔ワ ットの蒸気タ ー ビン発電機
蒸 気 発 生 量は三五 ㌧ /
発電ボイラ ーの仕組みを理解していただきまし
いので、二 ~ 四㍉メ ー トルの粒 状に加工して、主
機を設置し、一号機同 様に約半分は鶏、牛、豚、
た。このような苦 労 も あ って、現 在は、ほとんど
この鶏ふん燃 焼 灰 造 粒 品は、水 稲、イモ類、ダ
魚などの副 産 物 を 加工している工場の熱 源とし
と二八〇㌔ワットの誘引通風蒸気タ ー ビン発電
イコン、
ニンジン、キ ュウリ、果 物 類などさまざま
生 産にも 、利 用 されていま す 。燃 焼 した 後に残
ンの栽 培や、全 国 的にも有 名になったマンゴ ーの
ます 。この設 置によって、工場の熱エネルギ ー は
いませんが、現 在、ほぼ計 画どおりに稼 働してい
二号 機 を 設 置して、まだ半 年 程しか経 過して
います 。
たとえば、鶏を出 荷した後に鶏 舎に溜ま った
る灰も全て無駄なく還元し、農作物を育てる肥
特に、日 本 一の生 産 量 を 誇る宮 崎 県のピ ーマ
て、残 り 半 分は発 電および周 辺 機 器に利 用して
に県内の農家に供給しています 。
環境面でもプラス効果が大
養 鶏 農 家にと って、鶏ふんの処 理の心 配がな
くなることで、本 業である養 鶏 業に集 中でき ま
鶏ふんを処分するのに数日かかったものが、鶏ふ
化石 燃 料 をほとんど使わない体 制 となり、化石
ことから、宮 崎 県および養 鶏 関 係 者の要 望 を 受
一号 機から二号 機に進 化した点は、ま ず 最 大
二○ 一二年七月より再 生 可 能エネルギ ーの固
持管理費が大きいことです 。
課 題 は、施 設 投 資 金 額 とメンテナンスな どの維
バイオマス発 電 施 設の取り組みの中で、一番の
施設の維持管理費に課題
ています 。
燃料の価格高騰に左右されない経営体 質になっ
料として循環されているのです 。
一方 、牛ふんについても 鶏ふん同 様 、飼 育 頭 数
そ う すると、次の鶏 を 鶏 舎に入れるまでの日
けて、牛ふんと鶏ふんの混 焼の畜ふん発 電ボイラ
が増加していることや、鶏ふんがまだ余剰である
数 を 短 縮 することができ、飼 育の回 転が良 くな
ー(二号機)を二〇〇九年より計画し、一二年に
の信 頼 関 係 を 構 築・深 化 することや、鶏ふん発
の特 徴 として、乾 燥 機 を 併 設 しており、水 分が
設置しました。
電ボイラ ー の電 気・蒸 気の利 用により 製 造コス
南 国 興 産にとっては、鶏の副 産 物の仕 入 先 と
って生産性が向上します 。
とができるようになります 。
ることで、日 数 をかけ ずに計 画 的に排 出 するこ
ん発電ボイラ ーで燃料として利用するようにな
す。
な作物の生産に利用されています 。
同様の問題は生じていません。
時
2013・1 AFCフォーラム 13
特集 再生可能エネルギー、農へ
もともと、鶏ふん( 畜ふん)は廃 棄 物の扱いだ
す く するための廃 棄 物の規 制 緩 和について、今 一
このバイオマス発 電の取 り 組 みを さらに進めや
これは、行 政に対してのお願いになりま すが、
りも事業として成り立ちやすくなってきたとは
ったことから、たとえば収 集 運 搬 する際に産 業
度よく検討していただきたいと思います 。
しやすくすることです 。
思いますが、やはり減 価 償 却 費と維 持 管 理 費が
廃棄物収集運搬業の許可が必要といった規制が
定 価 格 買 取 制 度が始 ま ったことから、今 までよ
電 気のコスト節 減 費と比 較して事 業 採 算に合 う
かかるようになっています 。
用 することが必 要と考 えま すし、施 設の取 得に
電 気だけではなく、熱エネルギ ー をうまく 利
先にこのような規 制があるために各 種 必 要な許
て利 用 することを目 的として取り組むのですが、
決して不 法 投 棄 するわけではなく、資 源とし
と考えます 。
搬 業 者 を 規 制から外 すよう な 制 度ができれば
きるものについては、その発 電 施 設や搬 入 する運
たとえば、バイオマス発電として燃料に利用で
かどうかが問題です 。
は、補 助 事 業の助 成がなければ、なかなか取 り
固定価格買取制度で新展開
可の取 得を行 うと、手 続 きの期 間が極 端に長 く
南国興産株式会社の全景
組みづらいと思います 。
なります 。
こうした取り組みは、東日本 大 震 災以降の電
力 事 情 を 受 けてのことではなく、以 前から地 域
の畜 産 を 支 えるべく 畜 産 業 から 発 生 す る 副 産
物や家 畜のふんを資 源として有 効 利 用 すること
を追求してきた結果だと思います 。
処 理に困 っていた畜ふんの問 題 解 決 方 法を模
索 する中で、行 き 着いた方 法が燃 料 としての利
用でした。
今 後は、南 国 興 産がこれまでに培 ってきた技
術、ノウハウを 生かして、鶏ふん( 畜ふん)が燃 料
としてまだ利 用されていない地 域に、同 様のバイ
オマス発 電による再 生 可 能エネルギ ー を 普 及さ
せていきたいと考えています 。
また、今 までのような大 規 模な施 設だけでは
なく、固 定 価 格 買 取 制 度の創 設 を 受 けて、各 地
域で身 近にあるバイオマスを利 用して、小 規 模の
新たなバイオマス発 電への取 り 組みについても 検
討していく必要があります 。 〔 参考 〕
●『 畜産物流通統計 』『 畜産統計 』(農林水産省)
14 AFCフォーラム 2013・1
その他の課 題 として、バイオマスの取 り 扱いを
畜ふん発電ボイラ ー(2号機)の外観
新春特別座談会
「資源と知恵」のアタマを耕す
─ 未来の可能性は一次産業にあり
第 一次 産 業 が 鋭い経 営 感 覚で第二次 産 業および第 三 次 産 業 と 一体 的に結 び付いた 事 業 展 開 を 行
い、 収 益 拡 大につなげる「 六 次 産 業 化 」に話 題 が 集まっている。 しかし起 爆 剤 となって日 本の第
一次産業の再生に弾みをつける状況にまでは至っていない。
今 回の新 春 特 別 座 談 会では、シリー ズ「 変 革は人にあり」にご登 場いただいたこの分 野のトップ
ランナーの方々に、ますますグローバル化する経営環境下での将来展望を大いに語ってもらった。
■出席者(敬称略・五〇音順)
玉木 修
新潟県
株式会社新潟玉木農園 代表取締役
林 雅文
佐賀県
株式会社伊万里木材市場 代表取締役
針生 信夫
宮城県
株式会社舞台ファーム 代表取締役
平田 克明
広島県
有限会社平田観光農園 代表取締役
山崎 康史
日本公庫農林水産事業本部 取締役、
企画・統括部門長
業で独 自の経 営 をしたい」と思 うよ
者が「サラリ ーマンになるよりも、農
の果 樹 園 経 営 を 導 入 し ま し た 。若
私は田舎を元気にするという理念
のも と、利 益 確 保のため、周 年 観 光
っていかないのです 。
ないために、結 局、農 業の担い手が育
上 げ を 伸ばし、年 商 一億や二億では
出 口 を き ち んと 確 保 し た 上で 売 り
見 えなか っ た 。だからこそ 、消 費 者
業はなく、生 産 者から消 費 者の顔は
昔は、農 業の生 産・加工・流 通・販
売の一 体 的 な 経 営 、いわゆる六 次 産
経営をやってきました。
震 災 直 後は炊 き 出 しから 物 資 輸 送
企 業は地 域と一体であるべきと考 え、
みが必 要と考 えました。最 終 的には、 り ま し た 。六 次 産 業 化 を 進 める 農
ニ ー ズに応 え、直 接 、販 売 する仕 組
まで積 極 的に支 援しました。しかし、
針生 幸い津波が一㌔メ ー トル先の
高 速 道 路の壁で遮られて、命は助か
ょう?
取 り 組 みに 大 き な 支 障 が 出 たでし
司会、コーディネーター
牧野 義司(経済ジャーナリスト)
平 田 日 本の農 業の課 題 は 農 業 者
がもうかっていない上に、経営理念が
うなビジネスモデルをつく っていかな
なく何十億というスケ ー ルを追求し
私たちには津 波 被 害だけでなく、放
も う かる農業経営が大事
平 田 そんな 折に三・一一の大 震 災
に遭 遇されたんですね 。さまざまな
ほとんど 定 着 していないことだ と 思
ければならないと思います 。
ています 。
司会 まず、日本農業の現状を踏ま
えて、六次 産 業 化の戦 略 をお聞かせ
っています 。
針 生 今、五〇 歳で、家 族 型 農 業 経
営を経て、二〇 年 前から企 業 型 農 業
ください。
一つには国の農 政にも 問 題があ り
ま す 。も うかる農 業のための政 策が
2013・1 AFCフォーラム 15
新春特別座談会
写真左から、牧野、針生、平田、林、玉木、山崎
(敬称略)
㌶の水 田 を 耕 作 していま した 。二〇
人 事 業 主 だ っ た 父 が 、お よ そ 一 五
玉 木 私の農 園は、二〇 一一 年五 月
に 農 業 生 産 法 人 にな り ま し た 。個
っていく必要性を感じています 。
にビジネスに取 り 組 む 仕 組みをつく
がら、柔 軟な発 想を武 器に変 幻 自 在
はなく、さまざまな組 織と連 携しな
工・販売というワンパタ ー ンな事業で
三・一一 以 降 、私 た ち が 目 指 して
き たビジネスモデルが 全て変 わ っ て
た。
射 能 という 問 題 も 降 り かか り ま し
の作 付けを行 う 計 画です 。日本から
輸 出 するコメは富 裕 層 向 け 、海 外で
年はさらに規 模を増やして一九〇 ㌶
二〇 一二年 産については 台 湾の五
産 地で六五 ㌶の作 付 け を 行い、一三
の生産です 。
玉 木 ええ。それともう 一つ力を入
れている事 業は、海 外でのコシヒカリ
たのですね。
針 生 国 内のコメをめぐる情 勢 を 考
えると、海 外 展 開が必 要と判 断され
契約し、輸出事業を拡大しています 。
ひねり を 入れたアイデアや工夫など
物 流が農 業 をコントロ ー ルしてきた
針 生 これまでは非 常に薄 利 多 売の
中で大 量 生 産・大 量 消 費し、商 流 と
司 会 今、六次 産 業 化の課 題は何で
しょうか。
にも取り組んでいます 。
その一環 として、大 手の木 材 会 社
とコンビナ ー トを形成し、一緒にコン
ずつ実 績 を 積み上 げました。現 在は、 要開拓の協力要請を行います 。
も 足 を 運び、営 業 を 繰 り 返し、少し
により 付 加 価 値 を 編 み 出 す 大 胆 な
わけですから、一次産業には、もっと
特許活用で農業に付加価値
ビナ ー トを運営していくという事業
し、安 定 供 給を約 束 するとともに需
〇二 ~ 〇三年に米 価 下 落 と減 反が
現地生産したコメは中間所得層向け
仕掛けが必要だと思います 。
台 湾への輸 出が可 能だという 新 聞 記
付 加 価 値 を 付 けることです 。たとえ
台湾の日系デパ ー トやすし屋などと
あ り 、打 開 策はないかと、精 米 販 売
と戦略的に取り組んでいます 。
私が特に力 を 入れているのは三 ・
一一以降、誰も持 っていない特 許など
しま っ た。これまでの生 産・流 通・加
などいろいろ考 えたのです 。ある日、
川中から六次化を仕掛け
林 林 業は今 、産 業の体 をなしてい
ないといわれており 、川 上 、川 中 、川
ば、国 立 大 学 と連 携 しながら、野 菜
事 を 目 にし ま し た 。そ れ か ら 一 年
一 〇 ㌔グラムほど 持 っ て、単 身で 台
下 が 一 体 的 な 取 り 組 み を 行い産 業
の成 分 数 値の見 える化など、さまざ
のです 。日 本のコメは高いので量 を 多
店頭に置くことすらもできなかっ た
で安易に契約はできない」と言われ、
場にその原 木 を 供 給しま す 。そして
えるように働 きかけ、川 中の製 材工
しては安定的に原木を出荷してもら
私の経 営は、川 中の木 材 市 場に当
た り ま す が、川 上 側 、特に山 側に対
ました。
ることで、非 常に面 白いことが あ り
識の高 齢 化が課 題です 。これに関 す
玉 木 地 域の農 業 者のほ とんど が
六五 歳 以 上で、それによる年 齢 と意
野菜やコメの分野ではかつてなかった
湾に乗 り 込みました 。〇四年のこと
として機能する枠組みを構築するこ
ま な 角 度 から 農 産 物の付 加 価 値 を
かけて情 報 を 収 集 し、自 分のコメを
です 。
とが大事ではないかと思っています 。
く 買 え ないということが、非 常にリ
製材工場は需要者のニー ズを把握し
弊 社のコメの検 査 場で、た と え ば
捉え直す研究に取り組んでいます 。
スクに感 じると 言 われま した 。それ
ながら、さまざまな木 材 製 品を提 案
しかし、営 業 先からは「おいしいの
は 分 かるけ ど、売 れた 実 績 がないの
でも 成 約 を 得るまでは、台 湾へ何 度
16 AFCフォーラム 2013・1
検査したコメが二等になった場合、結
果 を 伝 えると年 配のベテラン農 業 者
は「 俺のコメが二等のわけがない」と
生 産 技 術は新 潟でこそ生 きるのであ
って、気 候の違いに柔 軟 な 対 応 がで
き ず 、台 湾では通 用しませんでした 。
には、今、皆さんがおっし ゃったよう
林 もう少し具体的にいうと?
平田 グロ ー バルな時代に日本農業
が海 外 農 業と対 等に生 きていくため
ってしま っ たのです 。木 材 供 給のシ
スギの値 段 とほとんど変わらなくな
かと思います 。
する役 割の人や組 織が必 要ではない
要は市場の状況を顧みず 一方的に山
のです 。実はヒノキが大 暴 落をして、
な高い目 標 を 持 ち、世 界 的な視 野で
農業経営を行 っていくように変革し
玉 木 失 敗 するのは当たり前のこと
であ って、成 功 する確 率 というのは
ということです 。
功に導くキ ー マンの導入が不可欠だ
的 ま たは 心 理 的 に う ま く 事 業 を 成
事 業 推 進に当たっては技 術 的、経 営
れ 互いの情 報 を 共 有 していく 。受 発
思います 。川上、川中、川下がそれぞ
解 決 する方 法 として、情 報があると
ろに終 始 しているわ けです 。そ れ を
考 慮せず 、ただ 切るだ け という とこ
山 側の取 り 組 みが ま だ ま だ 需 要 を
あると思っています 。
改善の役割を担 っていただく必要が
ているのです 。行 政にも、そ ういっ た
めに硬 直 的に旧 態 依 然のやり方をし
ランスが大きく崩れてしまったのです。 かかわら ず 、そ れが 伝 わらないがた
ていく 必 要があ り ま す 。そ うなると、 側から原 木 を 切 り 出 すため、需 給バ
数%だと思います 。ですが、リスクを
信がスム ー ズにいく 、共 有 化が図れ
司 会 六次 産 業 化の過 程では、人 材
アウトソ ー シング体制構築
背負ってでも、まずはチャレンジしな
市 場ニ ー ズが刻 々 と動いているにも
ステムが基 本 的にプロダクトアウトで、
たとえば、山側においては情報イン
フラがほとんど整 備されていません。
るという中で、
ニー ズにマッチした取
ければ成功はあり得ない。
1979年新潟県生まれ。中学卒業後、富山県の農業生産法人サカ
タニ農産で単身、稲作の見習い修業。1年後に新潟に戻り重機械
会社に勤め、長兄が農業後継を断念したことから20歳のときに実
家の農業を継ぐ。株式会社新潟玉木農園の耕作面積は国内19㌶、
台湾65㌶。
コメの生産販売、卸売、輸出、海外での生産を手掛ける。
資本金はグループ企業全体で6600万円。
点 が 欠 けていたことが、日 本 農 業の
株式会社新潟玉木農園 代表取締役
発展を阻害していると思うのです 。
Profile
り 組みや供 給の仕 方が整 っていくの
林 われわれの業 界にと って、今 年
ではないかと思 っています 。そのため
(二〇 一二年 )、大 変なことが起 きた
には、それを正しくコー デ ィ ネ ー ト
る農 業のために何 を するかという 視
な環 境はあると思いま すが、も うか
ま す 。農 地が狭いとか、
いろいろ不 利
す ぎ ま すし、視 野が狭 す ぎると思い
平 田 今 、六次 産 業 化への政 策が進
められていま す が 、皆 、規 模 が 小 さ
六次産業化目標小さすぎる
高品質なコメをつくるなら、その土地
怒 りだしま す 。ところが、二〇 代 ~
三 〇 代 前 半の若 手 農 業 者 は「 何 が の気 候に合 う 技 術 を 習 得 し な け れ
ばならないのです 。
悪 か っ たでし ょ う か 。冬の技 術 指
導 会にまた 参 加 させてく ださい」と、
同じ二等でも 反 応が異なりま す 。こ
うした経営者としての意識の高齢化
が、新しいビジネスモデルを 生みにく
くしている原因の一つではないかと思
います 。
今、
コメの農業界が足踏みをしてい
る一 番の理 由は、担い手の高 齢 化 と
それに伴 う 意 識の高 齢 化だと思いま
す 。若い人たちが、全く新しいビジネ
スモデルで成 功しなければ、この厳し
い農 業 情 勢 を 改 善でき ないのではな
いかと感じています 。
針 生 その考 えが海 外 展 開につなが
ったのですか。
玉 木 私は輸 出だけでなく、海 外で
の現 地 生 産 をスム ー ズに行 うため、
台 湾の台 北 に 玉 木 農 園 をつく り ま
した。今 後は、中 国とカリフ ォルニア
でも 現 地 生 産 を 行 う 計 画 が あ り ま
す 。そ ういう 話 を すると、決 ま って
年 配の方から「 素 晴らしい生 産 技 術
をなぜ海 外に売るのか」と言われま
す 。しかし、台 湾で技 術 指 導 をして
みて気づいたのです が、新 潟のコメの
玉木 修 たまき おさむ
2013・1 AFCフォーラム 17
針 生 「 人 材こそ宝だ」というのは、
どの農 業 法 人でも 必 ず 最 前 列にく
の確保も課題ですね。
平 田 今 後は自 分で企 画し、自 分で
新しい新 商 品 を 開 発し、自 分で販 売
っていきたいと考えています 。
答 えを 出し合 うようなモデルをつく
応はなくな ってしまいま す 。お客さ
新 していかな け れば、お 客 さ まの反
ー ジはリアルタイムに自 分たちで更
平 田 それは、今のビジネスにおいて
は不 可 欠です 。た と えば、ホ ー ムペ
把握しておられますね。
司 会 平田さんは、ネ ッ トを活 用し
インタ ー ネ ッ ト を 利 用 して瞬 時に
それぞれの担 当 者へデ ー タを送 って、 て週 末に来てくれるお客さんの数 を
技 術 的な指 導 者が北 海 道にいても、
まの多くは、ホ ームペー ジで「今はど
ベンチ ャ ー ビジネスを考えています 。
それと、まだ 構 想の途 上 なのです
が、
いろいろなITや製 造 業も含めた、
す。
やったら育成できるかも経営課題で
非 常に少なく、そ ういう 人 材 をどう
どんどん進んでいて、業 界に新しい血
林 業でも労 働 力が減 少し、高 齢 化は
いますが、他とのコラボレ ー ションで、
人 材や組 織をいかに活 性 化 するかと
二つ目 は 、川 上 から 川 下 までの一
貫 し た 業 務 を 見 ら れる 人 材 が 実 は
して林業をされてきたケ ースもあり、
ます 。
る重要テ ーマだと思います 。
するといったイノベー ションを起こせ
ういうものが収穫できる」
「何を売っ
新しい発想や経営感覚、
いろいろな課
液が必要だと考えています 。
いうことも 重 要です 。今 後は集 団 指
るような人材でないと、グロ ー バル化
ている」などをチェックして来園され
題 を 持 っ た中で、
ベンチ ャ ー 事 業と
全てIT化 を 進め、作 業 効 率 を 上
げるという 大 きな課 題に取 り 組んで
導 体 制でいろいろなモデルをつく って
の中で日 本の農 業は生 き 残れないと
ます 。インタ ー ネ ッ トが営業の最重
要ツールになっています 。
ンチ ャ ー ビジネスが育つことにも 期
ネット利用が不可欠
いくところが必要だと思っています 。
思います 。
今、長 野のグル ー プ会 社「 株 式 会
社 果 実 企 画 」では販 売 部 門や、加工
玉 木 玉 木 農 園の最 大のテ ー マは、
今まで農業界で考えられなかっ たよ
しながら作業ができるような連携体
制 を 構 築 していま す 。た と えば、問
場・レストランな どの経 営 を 担 当 者
報や考え方をつくっていこうとしてい
軟な発 想で次 世 代の農 業の新しい情
の七 〇%が 非 農 家です が、彼 らの柔
は変 革は起こせません。弊 社は社 員
人 材 も 必 要 なのですが、それだけで
す 。も ちろん、稲 作のノウハウを 知る
ていくのではないか と 期 待 していま
のよ う な 人 材 が 、日 本 農 業 を 変 え
院 卒の人 を 新しく 雇 用しました。こ
環 型 社 会の一翼 を 担い、自 分で無 農
用や太 陽 光 発 電、風 力 発 電をして循
でき ま す 。住 居では薪スト ー ブの利
同 居で子 育てをしながら働 くことが
大 型 農 家です と一〇 〇 ~ 二〇 〇
人 雇 用でき 、若い方 々 が二、
三世 代
ないかなと私は思うのです 。
を 創 出できるのは、やはり 農 業では
な問 題にな ってき ま す 。今 後、雇 用
平 田 日 本の製 造 業は皆 、海 外へシ
フトしていって、日本での雇用が深刻
農業が雇用の創出できる
彼らと連 携 すると同 時に、新 たなベ
題が発 生 した 場 合 、トマトの技 術 的
1956年佐賀県生まれ。明治大学経営学部卒業後、親戚経営の木
須木材に入社。77年大東建託に転職も、98年に実家経営の伊万
里木材市場に入社。常務を経て2001年に現職。伊万里木材市場
は資本金1000万円。03年伊万里市内の工業団地に移転、素材
や製品売りの新市場を立ち上げる。04年西九州木材事業協同組
合を設立。年商70億円。
待しています 。
株式会社伊万里木材市場 代表取締役
う な 新 しいビジネスモデルを 創 出 す
Profile
責 任 制にして全て担 当 者に任せてい
林 雅文 はやし まさふみ
な指 導 者が広 島にいても、パプリカの
ることです 。
ます 。
薬野菜をつくって食べるといった、環
今、力 を 入れている海 外 事 業 を 担
う 優 秀な人 材を確 保 するため、大 学
林 私からは二点 あ り ま す 。一つは
18 AFCフォーラム 2013・1
いろいろとアウトソ ー シングを
今、
して、距 離や時 間 を 越 えて情 報 共 有
新春特別座談会
る大型の六次産業化は必須です 。
境を創造するために若者が就農でき
ところも あ り 、これまでとは全 く 違
土地 利 用 型では農 業を続けられない
けでなく放射能という問題もあ って、
状 態です 。やはり雇 用を創 造 するよ
分で起 業 することもなかなか難しい
できないのです 。だからと言 って、自
を建設することです 。
査 して工 程 管 理 がで き る 植 物 工 場
が出ないくらいに空 気 も 水 も 全て検
そこで、私 たちがいち 早 く 取 り 組
んだのは、製 品から全 く 放 射 能 数 値
うビジネスモデルが必要なのです 。
今の農 業 というのは、本 当に小 さ
な経 営 主 体が星のごとく 集ま ってい
う な 農 業 生 産 を 主 体 とした 大 型の
る社 会 なので、人 を 雇 用 することが
企業を地方につくる必要もあると思
ただ、そう すると大 きなお金を動
かさなければならず、や っ ぱり 担 保
す が、日 本 公 庫はじめ、金 融 機 関の
山崎 やはり事業展開とファ イナン
スは一体 として捉 える必 要 が あ り ま
ず 金 融 機 関には、事 業の趣 旨や内 容、 きないかと常 々 思っています 。
れられない。そこで、日本 公 庫に限ら
農 地や 市 街 化 調 整 区 域 は 担 保 に 入
います 。
対応についてどうお考えですか。
て弾力的な債権保全をお願いできた
1940年広島県生まれ。鳥取大学農学部卒業、長野県農業試験場、
広島県果樹試験場勤務を経て、85年に有限会社平田観光農園設
立。息子の真一社長にバトンタッチし会長に。平田観光農園はイチ
ゴ、
ブドウ、
リンゴをはじめ1年中、果物狩りができる観光農園。全体
面積30㌶のうち15㌶で果樹栽培。資本金は500万円。
て大 き な 事 業 を 成 功 させていく 、ビ
政策金融機関は、今後は人材に夢
を か けるというのが 一 番で、国 とし
で す 。しかし 、いく ら 緻 密に事 業 計
ストとランニングコストがかかるわけ
に進 出 する場 合、当 然、イニシ ャ ルコ
玉木 今は台湾で現地生産を行って
いま す が、た と え ば 中 国 とアメリカ
でしょう 。
先取の事業展開が必要になってくる
た。今 後、林 業においてもこのような
いるのか 」と 本 当に感 心いたし ま し
今 、いろいろお 話 を 聞 き な が ら 、
「 すごいな、農 業は。そこまで進んで
かということを思っています 。
の可 能 性に融 資 していただ け ないの
私たちは郷の駅 を 建 設して、地 域 全
れを 地 域 全 体で取 り 組むべく、ま ず
システムが、今はできていません。そ
にまとめて大 きな市 場に持 っていく
平 田 本日 、出 席 している皆 さんが
取り組もうとされているように、一つ
の展望や構想を聞かせてください。
司 会 話は尽 き ませんが、最 後に新
年 号らし く 、今 後のみなさんの事 業
ると思います 。
り 投 資いただいていま すが、こんなと
つては 自 己 資 金 を 蓄 積 し 借 入 を し
針 生 私 た ち はやは り 人 材 、絶 対
ないように事 業 を 進めてき ましたが、 負 けない商 品、フ ァ イナンス・お金と、
ています 。
ドで事 業 を 行 うのがベストだと思 っ
あります 。当然のことながら、
ファン
ジネスモデルづくりのバッ クア ッ プが
画 を 詰めてもリスクが大 きいと判 断
針 生 六 次 産 業 化にお ける衛 生 管
理や食品加工工程管理については、も
き、日本公庫にベンチャー 性の高い事
今は違いま す 。時 代の流れについてい
そしてそれをどう 時 間 内で組み立て
体で生 産・加 工・販 売 までを 一 体 的
っ と力 を 入れていかなければならな
業に対しても特 別な融 資をお願いで
ません。今はベンチャー キ ャ ピタルよ
いと思いま す 。私たちは津 波 被 害だ
ベンチ ャ ー 事業に融資を
必 要 な、とても 大 切 な 時 期にきてい
されると、資 金 調 達は円 滑には行 き
ばならないのです 。
て事 業を早 く 立ち上げていかなけれ
くためには、き ちんと資 金 調 達 をし
有限会社平田観光農園 代表取締役
に実行しようとしています 。
その可 能 性 をし っ かり 見ていただい
が必要という話になってくる。でも、
平 田 今 、われわれは道の駅や郷の
駅の建 設、また五〇 億 円 程 度かけて
らと思っています 。
Profile
平田 現在は農業でも事業展開のス
ピ ー ドが非 常に速いと感じます 。か
山崎 林さんはいかがですか。
林 私 もまさに今、玉 木さんがお っ
しゃったように、事業なり、人物なり
昔つくられた施設を再生する計画が
平田 克明 ひらた かつあき
2013・1 AFCフォーラム 19
るかという時間、この四つのキ ーワ ー
ド を 高い次 元で組み立てていき たい
司 会 アジアで日本の六次 産 業 化を
定着させるのも一つの夢ですね。
産 を 担 うべく、積 極 的に海 外 現 地 生
メとなるよ う 、弊 社 が 世 界のコメ生
し、東 南アジアでの国 産 材の需 要 は
らえるような状 況になると思いま す
中国で認められて、どんどん使っても
一代 交 配、F1というプロテクト信 号
を 産 業 化 していく ためには、輸 出の
産事業へ乗り出していきたいです 。
アジアとASEAN( 東 南アジア諸
国連合)の優秀な学生を毎年一人ず
を掛けた種を世界に送り出し、定 期
林 今 、外 材に対 抗 するため、生 産
体 制 を 含めた 流 通 体 制づく り が 必
ための取 り 組み、輸 出へのサプライチ
と思っています 。
つ舞 台フ ァ ー ムへ正 社 員 として採 用
的に日本に資金が流れ込むような仕
要 だと思 っていまして、川 上から川
ェーンが必要になってきます 。
需 要 者がたくさんおられるわけで
すから、それをオ ー ダ ー 通りに選別
構築していきたいと思っています 。
プライチェー ンという ものを 明 確に
ありますね。
司 会 皆さんがさらに磨 きをかけて
先進モデル例に育てていくと、一次産
現状は輸出をするための取り組み
は 多 く は 行 われていま せんが 、これ
非常に高まっていくと思います 。
しております 。アジアとASEANと
掛け作りを、国や企業が戦略性を持
下までという 一つのテ ー マの中で、サ
針 生 そのからみでは種 、品 種です 。
種 苗 会 社などと連 携し、一年ごとに
いうのは、日 本にと って大 き な 商 圏
って取り組むことが必要です 。
玉 木 長 期 的に見れば、世界 的な人
口増 加が、食 料 供 給に大 きな不 確 実
して供 給していく 。いわば、川 下 側か
司 会 林さん、外 材との大 きな試 練
ですね。
であると。そ ういう 人 たち を日 本の
われのファンとしてその国に帰ってい
性、リスクが生 ずると考 えています 。
ら 見 た 生 産 体 制・流 通 体 制 作 り を
舞 台フ ァ ー ムにお招 きして、一年な
ただいて、そ ちらで六 次 化 を 展 開 し
そこで、一〇 年 後には輸 出 量 一万 ㌧
構築していくと。
1962年宮城県生まれ。15代続く実家の農業を引き継ぎ、2003年
に有限会社舞台ファームを設立、翌年株式会社化して現在に至る。
舞台ファームは資本金5000万円。野菜を主軸にコメの生産・販売
から流通まで手がけ、農業の六次産業化を実践。マルシェ・ジャポン・
センダイなどで飲食店も。年商9億6000万円、
グループ企業全体で
は12億円。 積、双方向でやり合って、そしてわれ
株式会社舞台ファーム 代表取締役
サプライチェー ン化がカギ
ながら双 方 向の支 店 をつく っていき
を 目 指しま す 。また 近い将 来 、世 界
Profile
り二年なり、一緒にそのノウハウを集
たいというのが、私たちの人材的なグ
の人たちの食べるコメが玉 木 農 園のコ
針生 信夫 はりう のぶお
九州ですので、韓国・中国というある
のサプライチェー ン、特にわれわれは
出力が低下してきています 。
す 。たとえば、輸 入が増 えてきて輸
ん流 出 し、農 地が荒 廃 してきていま
ていま す 。農 村 人口が都 市にどんど
平 田 現 在の中 国やベトナムは、日
本の戦後や高度経済成長の状況に似
食料不足に日本が供給対応
業はすごい成 長 産 業になる可 能 性が
ローバル戦略です 。
意 味、地の利 を 生かした輸 出に対 す
るサプライチェー ン、そして最後には、 そういっ たときに世界の食 料を日
本 が 供 給 す る、ないしは、日 本 が 輸
ていくというのが、われわれの仕 事だ
確に供 給できるような体 制をつく っ
プライチェーン。そういったものを明
くるであろうバイオマスに対してのサ
いく というのも、今 後のビジネスモデ
本が世界中で必要な食料をつく って
くるのではないでし ょ う か 。ま た日
に逆 輸 入 するといっ た時 代がやって
入している物 を 海 外でつく って日 本
恐らく 今 後はものすごい需 要が出て
と思います 。
司 会 どうも、長 時 間 ありがとうご
ざいました。 ルになると思います 。
恐 ら く 、国 産のスギやヒノキ も
司 会 中 国などへの日 本の国 産 材 輸
出も今後のテ ーマですか。
林
20 AFCフォーラム 2013・1
たとえば、大手住宅メー カ ー 向け
の木 材のサプライチェー ン合 板 向 け
新春特別座談会
さん
自然に逆らわず、
伝統種も、食べる知恵も
受け継いでいく。
本来の姿を守ることが、
あるべき「食」と思う。
宮城 恵美子
長野県千曲市
有限会社宮城商店 専務取締役
日 本の伝 統 食 品のひ とつで あ る 漬 物 。保 存 食 と
し ての役 割 が あ り 、発 酵 文 化 に 培 わ れ た 健 康 食
品 と し て も 注 目 さ れ ている 。地 場 産の伝 統 野 菜
にこだわり、原料に特別な思いを持ってつくる食
品開発は、
アナザーワンよりオンリーワンへ。
2013・1 AFCフォーラム 21
p.21
戸隠連峰を背景に伝統野菜の辛味大根である
「戸隠大根」
の作り手、野池良一さん
(右)
とと
もに
p.22 右上、右下/漬物のブランド名であり、店名で
もある
「木の花屋」
は、
木花開耶姫
(このはなさくやひめ)の優しい
心を伝える姨捨山の民話からと
った。
左/野沢菜の畑にて
出た。充実した毎日を送っていたが、故郷の
「この畑が宝なんです」。今にも雪が降り
であ る 俊 木 さん( 五二)と 一 九八八 年に結
た。五年 弱の勤 務 を 経た後、地 元の同 級 生
千曲市に暮らす両親のことも気がかりだっ
そうな一一月 中 旬 。周 辺 農 家の力を借りな
婚 。一九〇 九年に創 業し、漬 物 を 相 手 先ブ
伝統野菜へのいつくしみ
がら自 社で生 産している野 沢 菜の畑に入 り、
ランドで製 造(OEM)し、土 産 屋などに納
当 時、観 光ブ ームで会 社は大 忙し 。他の
宮 城 恵 美 子 さん(五二)は何 度 も 宝 という
霜が降 り、葉に甘みが増 す 一二月に収 穫
社 員 同 様 、長 靴 を 履いて製 造にあた った 。
める宮城商店の嫁となった。
する野 沢 菜は、やがて「 木の花 屋 」ブランド
「とにかく 注 文が多 く、真 夜 中 も工場は動
言葉を口にした。
の野 沢 菜の漬 物となって消 費 者の食 卓に届
いていました」。
かかるものがあ った 。外 国 産の原 料 を 使い 夢 中で働 きながらも、常に心の中にひっ
経験から誕生した漬物料理
く 。野 沢 菜 以 外にも 長 野 県に伝 わる 伝 統
野 菜にこだわった漬 物の製 造・販 売 を 行な
っている。
時 折、東 京に来て試 食 販 売 も 行なうが、
お客さんから「おいしい」といわれる一瞬が
病 害 虫に弱 く、生 産 性が低いなどとかく
ら常に伝統野菜に対する慈しみが伝わる。
のかも しれません」。恵 美 子 さんの言 葉 か
当 時 、原 産 地 表 示について今ほど 厳 しい規
が常に頭から離れることがなか った 。ただ
品に求められる情報公開の難しさと大切さ
宮 城 商 店での仕 事に打 ち 込みながら、食
〝 長 野 特 産 〟と誤 解されやすい表 示 も 珍し
弱 点が指 摘される伝 統 野 菜にぞ っこんの恵
制はなく 、業 界の大 半が慣 習に従 っていた 。
何よりもうれしいという 。
「伝統野菜が持つ
美 子さんだが、大 学 時 代はその対 極 ともい
俊 木さんと「 自 分たちが食べたいと思 う も
くない時代だったが、恵美子さんの胸にはス
える遺 伝 子工学 を 専 攻したという 。
「 学び
のを作りたいね」と将来について話し合 った。
味わい、その野菜を育む山が持っている力み
ながら、どこかしっくりこない。その代わり
「せめて野 沢 菜 だけは」と地 元 農 家の畑で
トンと落ちなかったのだ。
ではないですが発 酵 学はおもしろく 、発 酵
つく ってもらい、OEMとは別に一二月の霜
たいなものが食べてく ださる人の心に響 く
酒であるワインに惹かれていきました」。
もつキ ッコ ーマンに入 社 し、新 規 事 業 開 発
た。結 婚四年 目からは義 父の介 護も加わっ
仕事だけでなく祖父母の介護も抱えてい
にあたった野沢菜を細 々 と販売した。
に携わる一方、趣 味を生かして「ワインクラ
たが、家族全員でケアにあたった。俊木さん
大 学 卒 業 後ワインメ ー カ ー を 子 会 社に
ブ」という 社 内の勉 強 会の事 務 局 を 買 って
22 AFCフォーラム 2013・1
嫁いで九年 。介 護が一段 落した恵 美 子さ
く勉強になりました」。
感 謝 する昔の人の心の持ち方などものすご
いで悩 む 暇 も ないほどでしたが、何 事にも
切 り 盛 り するため、漬 物 を 野 菜や肉 とパパ
漬 物 料 理に目 覚めた。実は、仕 事と家 事 を
た 味にな り ま す ね 」
。その言 葉 から、
くれた 。
「 漬 物 を 利 用 すれば簡 単でこなれ
具 材にしてパスタを 料 理 し、雑 誌に載せて
恵 美 子 さんが 提 供 した 葉 唐 辛 子の漬 物 を
沸 く 中 、長 野 を 訪れたワインのソムリエは、
その三 年 後 、長 野オリンピ ックブ ー ムに
農 家が管 理や収 穫を手 伝 ってくれる。その
一 九九六 年から自 社 生 産 しているが、周 辺
らの野 菜の調 達 も 増やしてきた。野 沢 菜は
の半 分 近 くが自 社ブランドになり 、地 場か
現 在 もOEMは継 続 しているが、製 造 量
供するレストランも併設している。
を 使 ったオリジナル料 理 をランチとして提
オ ー プン。こちらは販 売 だけでな く 、漬 物
には、ビアガ ー デンがあ った 場 所に本 店 を
月弱の準備で、
「木の花屋」を開店 。翌 々 年
んは「リセットするつもり」でヨ ーロッパ研
ッと合わせる料 理を自 然と生み出していた
他信州伝統野菜の戸隠大根、村山早生ゴボ
はず 。どんどん行こうと思いました」。
修に参 加 。ハンガリ ーで訪れたキ ャベツ畑、
のだ。漬 物 を 煮 物の調 味 料として使 ったり、
ウ、食 用ホウズキなど俊 木 さんが先 頭に立
の支 援 も あ り、
「 時 間 的にはいっぱいいっぱ
そのキ ャベツで作 った 漬 物「ザワ ー クラウ
肉を炒めるソ ースに使ったり、サラダのトッ
って 産 地 を 訪 れ、地 元 農 家 と 関 係 を 築 き
―
ト 」を 見て、一 筋の光 が 恵 美 子 さんの心に
ピングや混 ぜご飯にするなどいく らでも 応
ながら、少しずつ調達量を増やしている。
さん。農 家の高 齢 化で継 続 が 難 しいなら、
「 も っと農 業に踏み込みたい」と恵 美 子
とがくし
用でき る 。
「 漬 物 自 体 が 完 成 品 なので、味
付 けにかかる時 間が短い。私 自 身これで助
けられました」。
二〇 〇 〇 年 、工場 前の敷 地 を 利 用し、夏
たい」という 思いがあるから。
「 伝 統 野 菜が
「 踏 み 込 みたい」という 奥には「 種 を 守 り
。改
健 康 を 維 持 する発 酵 文 化が根 付いている。
「 厳しい冬 を 乗 り 越 える保 存 食があ り、
販 売 店 を 出した。ビアガ ーデンは雨が降る
つけ、念願だった自社ブランドの漬物の常設
長 野 市にある善 光 寺 門 前で空 き 店 舗 をみ
を 受 け 継いでいく 。そこに人 間が手 を 差し
自 然に逆らわずに種 を、そして食べる知 恵
だからこそ 伝 統 野 菜 が「 宝 」に見 える 。
2013・1 AFCフォーラム 23
宮城商店「木の花屋」URL…http://www.konohanaya.co.jp
野 沢 菜のよ うに農 家 と 加 工 業 者の垣 根 を
期間の週末のみビアガーデンを開いた。ビー
消 えずに残 っているのは適 地 適 作だ ったか
取り払い、補うこともできる。そうしてでも
ルとともに漬 物を使 ったピザなどを提 供し、
らだと思 う 。病 害 虫に弱いから強 く するの
自然に逆らわず種を守っていく
好評を博した。
ヨ ーロッパも 長 野 も 一緒なんだ」
とあわてて片付けるという仮設だった。
「い
伸べることで農 と食は次 世 代へと受 け 継が
ではな く 、本 来 あるべき 姿 を 守ることが正
めて漬物のよさが見えてきた。
「ザワ ークラ
つか常 設 店 を 持 って、国 産や地 場の原 料 を
れる。恵 美 子さんの宝 探しはこれからも ず
翌 年、恵 美 子さんたちはさらに前 進 する。
ウトがワインとともに食べられるように、漬
使 った漬 物を食べてもらいたい」という 思い
差し込んだ。
物 もワインと合わせた っていい」。ワインを
がず っとあ った。空 き 店 舗のことを相 談 す
っと続くだろう 。 (青山 浩子 / 文 河野 千年 / 撮影)
しい食ではないかなと思うんです」。
学んだ過去を一時的に封印していた恵美子
ると俊 木さんの方が「やろう 」の一言 。二カ
―
さんだが、
「むしろ今までの経 験が生かせる
伝統野菜「村山早生ごぼう」の作り手である黒岩
一雄さん
(右)
たちと。
『 村山早生ごぼう味噌漬』は
2012年農林水産大臣賞を受賞した。
面倒臭い。疲れちゃう。ミミズ捕まえさ行こう!
小 学 生の私が“せいかつか”でおイモづくりをして思 ったことで
す。
爪が汚れちゃう。作業着ダサい。うち戻ってんべ!
中高生の私が家の手伝いではせ掛けをしたときの感想です。
昔は農業という環境が近くにありすぎたためか、農業が本当に
嫌いでした。本格的に農業に目を向けたのは成人し上京してから
のことです 。コンクリ ー トジ ャングル東京…と言われるとおり、上
京した場 所には田んぼがなく、上 京 後二週 間でこの私がまさかの
“ 農 業シック”に。そこからベランダで米づくりに挑 戦 するも大 失
農業シック。
敗 。そんな中、
マネ ージ ャー さんに相談し岩手県雫石町で自分ブ
ランド あ
「ゆか米」づくりができることとなりました。
田んぼの枠となる部分を土を使 って固める作業、苗の芽を出す
作 業など、全ての工程に取 り 組んだのは当 然、人 生 初 。半 分は昔
ながらの手 作 業で、残り半 分は機 械で作 業をしました。そうして
“ 結いの精 神 ”
思 ったのは個 人の力ではとても 無 理だということ。
という言葉通り、家族の垣根を越えたたくさんの方の協力があ っ
て初めて、農 業は成 り立つのだと知 りました。あゆか米 を 収 穫し
販売イベントを開催したときは、言葉にできないほど嬉しかった。
米
「 という 字は八十八と書 くから、苦 労が八十八あるんだよ 」
と、米づくりの先生の中川のおじちゃんが教えてくれましたが、そ
の言 葉は長 く 農 業に寄り添 ってきたからこそ言 えるのではないで
し ょ うか。米づく り を 通し、
つくる喜びはも ちろん、食の安 心 安
全を自分の目で確かめ、
つくり手の苦労を知り、何より人とのつな
24 AFCフォーラム 2013・1
がりは温かいと心の底から感じられた経 験は、大 きな価 値があり、
農業でしか得ることのできない財産ではないかと思います。
農への想いを、そのとき 感じた気 持 ちごと自 分の言 葉で伝 えた
いと、POP広告クリエイター 検定も取得しました。
ゼロから生きて行く手段と豊かな心を作り上げることのできる
農 業の可 能 性に今 後も期 待し、できる限りの発 信をしていきたい
と思います。
あゆか
1987年2月3日生まれ。岩手県出身。血液型AB型。2010年よ
り岩手県の希望郷いわて文化大使。2010年日本農業技術検
定3級取得。農業タレントとして、
テレビや雑誌で活躍中。岩手県
の魅力の情報発信にも努めている。
芸農人
豚が戻ってきた!
「 一 年 七カ月ぶりにや っと 豚 が
豚 舎に戻 ってき ました 。その姿 を
見ると、本 当にかわいくて。これで、
また養豚を続けられます」
こう 話 すのは、東日 本 大 震 災の
津 波 被 害に遭い、二〇 一二年 一 〇
月一〇日に再スタ ー トを切 った有
限 会 社 岩 徹 養 豚 社 長の岩 崎 徹 男
さんと妻の幸子さんだ。
一一年三月 一一日、岩 徹 養 豚は六
棟 あ った 豚 舎のう ち五棟が、あ っ
という 間に津 波に飲み込 まれ、全
壊してしまった。
岩 崎 社 長は当 時の状 況について
「 私 た ちは 農 場にいま した 。近 く
の海へ様 子 を 見に来ていた 人 た ち
が〝 大 きい波 が 来 る ぞ! 〟と 叫 ん
でいるのを 聞いて、あわてて軽トラ
ックにエンジンをかけたのです 。ま
だ 豚 舎の中にいた 幸 子 を 呼び、急
いでトラックに乗って逃げました。
一 〇メ ー トル先 まで迫 っていた 津
波 から 奇 跡 的に助 か ったのです 」
と 語 る 。あの時 、海 から 叫ぶ声 が
聞こえなか ったら、幸 子 さんが 豚
舎から出てくるのが少しでも 遅か
ったら、津 波に飲 ま れていたか も
しれない。
自 分 た ちの命は助 か ったが、飼
経営紹介
津波で豚舎、豚1500頭失う
地域との連携大切に再建へ
青森県おいらせ町
有限会社岩徹養豚
設立●1982年12月
資本金●400万円
代表取締役●岩崎 徹男
事業内容●養豚(一貫)
代表取締役の岩崎徹男さん
養 し ていた 豚 二 一 五 〇 頭 の う ち
一五〇 〇 頭 を 失 った悲しみに今 も
胸を締め付けられる、という 。
今でも震災忘れられず
二人の話 による と 、津 波 が 引い
た 直 後 の 農 場 の 跡 には 溺 死 し た
一五〇〇頭の豚や、命は助かったも
のの、生 き た ま ま 柵に挟 ま って苦
しそ うに鳴いている豚がいた 。
「苦
しが っている豚に何 も 対 応でき ず 、
安 楽 死 させてやることもでき なか
った 。あの光 景は今でも 忘 れられ
ません」。
二人は息 をつく 間 も な く 、無 情
にも、現 実 と向 き 合わなければな
らなかった。震災直後の四日間は、
生きている豚と、死んでしまった豚
の仕分けだった。
幸 運なこともあ った。何 百メ ー
トルも 離れたところから、豚がいる
という連絡が入って、回収に行った。
ま た、震 災 直 後に視 察に来 たおい
らせ町の町 長 が、あ と 数日 後に石
巻へ運ぶことになっていた重機を手
配してくれたのだ。
「 町 長 は 元 養 豚 家 なので、一 刻
も 早 く 生 きている豚 を き ちんと飼
養できる場 所へ移 動させる必 要が
あ ることを 理 解 してく れていたの
です 。ありがたかったです 」と、当
2013・1 AFCフォーラム 25
経営紹介
も 前に進 も うと、岩 崎 社 長は再 建
数 え 切 れない不 安の中 、そ れで
決断した二人の息子たちだった。
なのでいずれ実 家に戻ろう と考 え
械 設 計の仕 事 を していたが、長 男
農 業 を 始める前、岩 崎 社 長は機
た岩徹養豚の原動力となっている。
とを 考 えると、これ以 上 増 頭 する
た 自 分 た ちには、ふん尿 処 理のこ
いく 農 家 もいたが、住 宅に隣 接 し
高か った時 期にどんどん増 頭して
時を振り返る。
五〇 頭は出 荷し、二〇 〇 頭は引 き
への決意を固めた。
かし、残 り 一〇 〇 頭はどうしても
い中での再 建 計 画の作 成や、業 者
再 建 を 決めてからは先が見 えな
家に戻ったが、初めは農業をするつ
ち ょ う どよい区 切 り だと 思い、実
生き残 った豚六五〇頭のうち三 受 けてく れるところが あ った 。し
引 き 受 け 手 が 見つから ず 、さ ま ざ
の選 定 、行 政 手 続 きのための資 料
もりはなかったという 。
家に提 供しようと研 究 を 重ねた。
それより も 、よい堆 肥 を 周 辺 農
よい堆肥で品質向上
ことはできませんでした」
まな手 立てを 考 えたが、殺 処 分 と
作成などに追われる日 々だった。
ていた。一九七七年、三〇 歳のとき、
いう選択肢しかなかった、という 。
「 祖 父が田を二・四㌶ 残してくれ
液 肥が提 供できるまでには六年 も
ていたのが 、農 業 を 始 める き っか
かかった。安 定した品 質 を 維 持 す
国 庫 補 助 を 利 用して、内 陸にあ
る方 向で、県 と町が協 力 してくれ
で、本 を 買 ってきて勉 強 しました 。
しかし、そういった地 域とのつな
三四 年 間 使い続 けた 豚 舎は、岩
聞 き 、養 豚 も 始めたのです 。当 時
養 豚 家 が 多 く 儲 かる という 話 も
てるよ 」という 声 が 大 き な 励 みに
年 七カ月の間、
「 また、堆 肥 を 待 っ
えて き た 。経 営 再 開 までのこの一
る土地を造 成し、新 豚 舎を建 設 す
二○ 一二年 九月に完 成した新し
ることにな り 、被 災 前 と同 規 模の
そこに、これからは 耕 畜 連 携の時
が り が 岩 徹 養 豚の経 営 再 開 を 支
息子たちが背中押す
い豚 舎へ豚 を 入 れる 際 、二人 は 手
母豚二〇〇頭での経営再開を目指
代 だ!と 書いてあ り 、周 辺 地 域は
憶 とやるせない気 持 ちがよみがえ
崎 社 長の設 計によるもので、幸 子
は、母 豚五 〇 頭 からのスタ ー トで
なったという 。
けでした 。全 く 知 識 がなか ったの
塩にかけて愛 情 を 注いできた豚 を
すこととなった。
り、
「 も う、豚 を あんな目には遭わ
さんでも 楽に作 業で き るよ うに、
した」。その後、稲作は収支が合わ
るまでが大変だったという 。
処 分せざるを 得なかったときの記
せない」と強く決心した。
と随所に心配りがされていた。
軍 基 地の方がボランテ ィアでた く
きなかった防疫体制や飼養管理に
新しい豚 舎は旧 豚 舎では実 現で
「 周 りの住 民の方や 、三 沢の米
さん来て く ださ って、励 ま しの言
もっとこだわったものを建設したい、
会に参加して、毎月東京へ行って話
「 飼 養 成 績の向 上やコスト 削 減
岩 崎 社 長は、全 国 と県の養 豚 協
いくという 。
試しながら規 模 拡 大などを決めて
者 た ち がさ ま ざ ま な 飼 養 方 法 を
これからの経 営については、後 継
葉 をかけてくれました 。この感 謝
という 要 望がある一 方で、投 資 金
し を 聞いた り 、全 国の豚 舎 を 見て
で経 営 を 軌 道に乗せていくことに
ず 、八〇 年から養 豚 専 業 経 営へ移
の気 持 ちは言 葉では言い尽 くせま
額が大 きいだけに慎 重な意 見もあ
研さんを 積み、試 行 錯 誤 を 繰 り 返
行した。
せん」と岩崎社長は語る。
り、家族で何度も議論を重ねた。
注 力 しながら、これまで支 えてく
しかし、震 災 直 後 から、す ぐ 再
した、という 。
建したいという 思いがある一方で、
岩徹養豚も後継者の挑戦も始ま
れた 地 域 とのつながり を 大 切にし
「 今 はみんな 同 じ 方 向 を 向いて
経営のプラスに働いていたという 。
ったばかり 。ま ずは初 出 荷の日 ま
旧 豚 舎 が あ った 場 所のす ぐ 近
ていく 息 子 たちのことを 考 えると、
いるし、とにか く 前へ進みたい」と
「ふん尿 処 理について、今は制 度
とにかく前へ進みたい
なかなか一歩 を 踏み出 すことがで
経 営 基 盤 を 失いゼロからのスタ ー
が 厳 しいが、養 豚 を 始 めてしばら
で、緊張の日 々が続く 。 (青森支店 福井 佳織)
多 額の借 金 をして、それを 返 済 し
きなかった。
トとな っても、岩 崎 社 長は前 向 き
くはまだ 甘い時 代でした 。相 場が
ていきたい」と岩崎社長は話す 。
そんな苦 悩 する二人の背 中 を 押
だ 。これが 長 年 、家 族で 営んで き
くに住 宅が立 ち 並んでいたことも 、
し たのは「 も う 一 回やろう! 」と
26 AFCフォーラム 2013・1
魚食復興有志の会「Re
‐FISH」
離れ」約三○ 年 史を振り返り、ここであらた
ろうか。
つまでも先が見 えないように思 うのだが、
いかがであ
●うえだ かつひこ●
一九六四年 島 根 県 出 雲 市 生まれ。二○ 一一
年より水 産 庁 情 報技 術 企画 官 。
長 崎 大 学 水 産 学 部 在 学 中より、漁 船で働
きながら日 本の漁 村を行 脚する。瀬 戸 内
海 漁 業 調 整 、南 氷 洋 調 査 捕 鯨 、太 平 洋マ
グロ漁 場 開 発 、日 本 海 資 源 回 復 プロジェ
クト等に従 事 。日 本の「 魚 食 力 」を再 興す
べくトークと 料 理でサカナの魅 力 を 伝 え
る魚の伝 道 師 。魚 食 復 興 有 志の会「Re‐
FISH
(リ・フィッシュ)」代 表 。メディアを
活 用しての魚 食 普及にも精 通 。
めて日 本の魚 食 回 帰の大 切さについて共 有し
(四八歳)
上田 勝彦
「
魚
戦 後 、国 民の間に徐 々に浸 透したハイカラ志 向や
食の欧 米 化によって、日 本 人の日 常 的 食 生 活は次 第
島であ り、国 土 面 積は極めて小さく、海 岸 線の長さ
食 料 確 保の観 点で眺めれば、言わずと知れた弧 状 列
ておきたい。
にコメから離れ、これに伴い魚から畜 肉へと比 重が移
は世 界 第六位の、海 洋 生 産 性が非 常に高い地 形であ
見 渡せば世 界 各 国 、いかにして自 国 民のメシを 確
保 するかに腐 心しているわけである。日 本の地 理 を
った、というのが一般 的な見 解である。たしかに消 費
の持ち得る恵みの全てであって、従って当 然のことな
る。
これに対して水 産 業 界では、廉 価を競 う 量 販 店の
増 加、街の魚 屋の減 少、食 肉の輸 入の増 加など、
いず
がら、食は第 一に水 産 物、第二にコメと野 菜、第三に
に関 する統 計 を 見れば、魚の割 合が減って肉が増 え
れも「 魚 離れ」の原 因となり得る事 象を挙げて問 題
適宜の畜肉、という形が〝地の理〟にかなっているので
ている。
視してきた。しかしそれらは「消費者が離れた」とい
ある。
そこから得られる豊 富な水 産 物に加 えて、急 峻な
山 と、その山からしみ出 す 豊かな水 。これらが我 々
う 見 方であって、業 界が取 り 組んでき た 中 身への反
る魚介類が約五○○種 。その魅力は、地域、季節、サ
省については、あまり聞こえてこない。
「魚
それ以 前に、そもそも「 魚 食 」の何が大 切で、
離れ」で困ることは何なのか、そのあたりを共有せず
イズや調 理によって数 万 通 りにも 変 化 するのだから、
事 実、私たちの祖 先は長 きにわたり、海 産 物と水
の恩 恵を受けて生 きてきた。日本の沿 岸で産 出され
に各々が漠然と不安を抱えて立ち向かっていても、
い
2013・1 AFCフォーラム 27
主張・多論百出
いるのが現状だ。
産物が中心となり、家庭は魚から加速度的に離れて
いない。日 常の食 卓では安 価で簡 便に調 理できる畜
わが国のサカナワールドのほんの一部しか生かされて
も輸 入だったり、
いくつかの魚種に偏っていて、結果、
ま り「 非日 常 」の食 となりつつある。使われている魚
依 然 変わらないのであるが、実はほとんどが外 食、
つ
対して今の魚食事情はどうであろうか。回転寿司
や魚 料 理の店は増 えていて、日 本 人のサカナ 好 きは
一生や二生では味わいつくせない。
自立した「国」とは到底言えまい。
食料大国によりかかって生きるということであって、
食 えれば、安 ければ、食 料 生 産は国 際 分 業でもい
いじゃないか、と言 う 人 もいる。しかしそれは、他の
る。
今の食のかたち をみれば、わが国の混 沌ぶりが見 え
『 何を守るか 』はその結果として生まれてくるのだ。
その実 現のために私 た ち が日 常 生 活でで き るこ
とは、結 局は『 何を選んで食 うか 』ということであり、
を「国力」という。
ということだ。具体的にいえば、主たるものは山、土、
ようにしておくために必 要な生 産 基 盤を守っていく
ねばならないことがある。自 分の庭でメシを 食 える
いずれにせよ、私たちがこの国で暮らしてゆこうと
するときの大 前 提 として、どうしても 押さえておか
国の食料供給の主流となりつつあることだろう。
んだかのように錯 覚し、無 理 を 押し通 すことがわが
脱した状 態なのだが、問 題は、国 民がそれを選
う 一度、魚から始 まる食の再 生 を、全 国の有 志と共
り戻 す 。島に生 きた末 裔の、現 代と未 来を賭けても
と野 菜はついてくる。その脇で肉 も 本 来の輝 き を 取
の高さだった。魚を引 き 上げてやれば、おのずとコメ
ここ数 年 来、魚の魅 力 を 伝 えながらあらためて見
えてきたのは、やはりニッポンの食における魚のレベル
らためて自他に問いただす時だ。
れから何 を どのように食べて命 をつな ぐべきかを あ
いま一度、私たちが何を食べてきたかをひもとき、
統 計で見 える現 実の表 層 をはぎ とり、掘 り 下 げ、こ
れはわが国の食 料 環 境から見れば明らかに逸
水、海、そして人であ り、これらがそろって健 全であ
に訴え続けたい。 こ
る限り、国は安 寧でいられるということになる。それ
ニッポンの食には魚と水は欠かせない
何を食べ命をつなぐか問いただす時だ
28 AFCフォーラム 2013・1
連載 地域再生への助走
食 卓に「 まじめな」農 畜 産 物 を「 熱い思い」も 一
百姓先生が描き出す地域農業
農学校をプラットフォームに
宮 城 県 角田市
太田 博章
あぶくま農学校事務局 学 校の理 念は、
「 自 立 と共 生 」
「いのち を 守る
緒に届けたいと考えるのが必然でしょう 。
そこで、
「 あぶく ま 農 学 校ブランド」を立ち 上
農 業 」。自 立 した 農 業 経 営 体 を 目 指 し、いのち
と環 境にやさしい農 業の実 践 を 通 じて、健 康で
学 び舎 で 体 験 で き る 醍 醐 味
「 今 回の土の塾では生 産 者の方 々の人 生 観や
そして、事 業の骨 格は次のように決 ま り まし
ところで、
「 麦わら帽 子 」を 見て、何か気が付
げました。ブランドマ ークはもちろん「麦わら帽
これは、後に述べる「 土の塾 」に参 加した塾 生
た 。Ⅰこの田 園 風 景 を 食べてけろ─ 食 農 学 習の
豊かな地 域 社 会 を 創 造 すること、これがあぶく
のレポ ー トの一部です 。
「あぶくま農学校」では
里づく り ─ 、Ⅱ農 業でメシ食 う もん集 まれ─ 自
き ましたか? 帽 子 を 形 作 っているのが、人 を
含めた多 くの生 き 物たちです 。
「いのちを守る」
世 界 観、角田市の熱い『 農 』に触れることができ
「 百 姓 先 生 」の本 意 と熱 意 、そして誠 意に直に
立 農 業 塾の開 設 ─、Ⅲオラほうさ来らい ー ん─
とは、われわれ人 間だけでなく 、生 態 系 を 構 成
子 」。ブランド認 証 制 度にもとづき、その使 用が
触れることができるのが醍醐味です 。
「ウ ェブマガジンあぶく ま 農 学 校 」の発 刊 ─ 。い
している生 き 物たちの「いのち」の大 切さを伝 え
ま 農 学 校の基 本 的な考 え方であ り、希 望です 。
角田市は宮城県南部、阿武隈川の下流に位置
わゆる 一 般 的 な 農 業 公 社 が 作 業 受 託 な どのハ
ることなんですね。
て、これからの農を考えていくよい機会となりま
し、水 田 農 業 を 中 心 とした 県 内 有 数の農 業 地
ー ド事 業 をメインに展 開したのに対し、角田市
あぶく ま 農 学 校の基 本 骨 格の一つである「 自
認められま す 。
「 麦 わら 帽 子 」は信 頼の証であ
帯です 。ウメ、ブロッコリ ー などの園 芸や、肉 牛
農 業 振 興 公 社は当 初からあぶく ま 農 学 校 を 中
立 農 業 塾 」の三 本 柱は「 風の塾 」
「 土の塾 」
「農
シンボルマークは「麦わら帽子」になりました。
を中心とした畜産も盛んに取り組まれています 。
心 としたソフト事 業 、
つま り 人 材 育 成 と情 報 発
業経営実践塾」です 。
した」
この角田の土 地で、プロの農 業 者が「 百 姓 先 生 」
信 、交 流 、体 験 をメインに事 業 展 開 してき まし
「風の塾」は、これからの角田農業を担う熱意
百姓先生の情熱を感 じる
り、
つくり手の思いが詰まったものなのです 。
となり、農 地 を 学び舎として、学び、体 験してい
た。これがユニークなところです 。
接 点があぶく ま 農 学 校であるならば、消 費 者の
そして、
「 食 と農 」
「 消 費 者 と生 産 者 」を 結ぶ
く 場 …… それが「 あぶく ま 農 学 校 」です 。角田
市農業振興公社が事務局となり、現場での運営
を担っています 。
2013・1 AFCフォーラム 29
まちづくり むらづくり
農 業 を 始めたい人、農 業に関 心のある人たちを
勉 強と交 流 を 深める場 。
「 土の塾 」は、これから
と意 欲 を もつ農 業 者が、自 主 的に企 画・運 営し、
営について考えている証左ともいえます 。
だ」と答えた、といいます 。常に自立した農 業 経
問に、ある百 姓 先 生は「 儲 けるようにするもの
たとえば、
「なぜ農 業は儲からない?」という 質
も学びながら実践しているのです 。
そして、 風
「の塾 「」農 業 経 営 実 践 塾 」では農
業 経 営 者の〝 自 立 〟を 育んでいま す 。百 姓 先 生
この中で好 評なのが、
「 土の塾 」。毎 年八月 中
養成するための農業経営の実践の場です 。
産から販 売 まで責 任 を 持つプロの農 業 経 営 者 を
業 体 験 する場 。また「 農 業 経 営 実 践 塾 」は、生
活 を 体 験できるのはもちろんですが、飾らない、
生は、実 際に農 家に寝 泊 り することで農 家の生
生は親 身にな って塾 生 をお世 話していま す 。塾
の「 熱 意 」の賜 物である、そう 思います 。百 姓 先
息 長 く 続いているのは、一言でいえば、農 業 者
を請け負う公社をイメ ー ジしていたようですが、
中での農業公社設立の話 。当初は作業 受託など
分の経 営の将 来に不 安 を 感 じていました 。その
中 心 とした 農 政への不 満や農 協 合 併の話で、自
地 元の農 業 者 た ちは、行 政 と 農 業 関 係 団 体 を
ここで、あ ぶ く ま 農 学 校 を 主 催 す る 角 田 市
対 象に、百 姓 先 生 宅にホ ームステイしながら農
下 旬に開 塾し、今 年 度で一二回の開 催となりま
本 当の農 家の生 活 を 知ることができ 、ま た、冒
農 業 振 興 公 社に触れたいと思いま す 。設 立以前、
した。これまでの入 塾 者 数は延べ一二一人 。ここ
農 業 者から疑 問の声が上がりました。
誰の
頭の塾生レポ ー トが如実に物語るように農業者
宮城県角田市でプロの農業
者たちが、
農地を学び舎に、
生き
ることの基本である
「食」
とそれを
支える
「農」
について、
みずから学
び伝える場として2000年創設。
─
数 年は各 回、六人 前 後が参 加していま す 。参 加
ための農政なのか?
あぶくま農学校
1970年宮城県石巻市生ま
れ。大学院退学後、農協中央
会、農協、専門学校講師などを
経て、2012年角田市農業振興
公社に入職。
あぶくま農学校事務局、地域
農 業 振 興と農 業 経 営 体 育 成
のための企画立案などを担当。
日々、百姓先生たちに鍛えられて
いる。
参加型農政へ踏み出す
の隠れた情熱を感じ取るのでしょう 。
秋の収穫作業を自主的に手伝いに来てくれた
費用は諸経費込みで一万五○○○円。三泊四日
のフ ァームステイで、とことん角田の農 業を体 験
元 塾 生 もいま す 。今 年 もいました 。農 業 体 験の
太田 博章 おおた ひろあき
この疑 問に当 時の佐 藤 市 長が応 えました。農
上:あぶくま農学校のシンボルマーク
「麦わら帽子」
下:百姓先生からモロヘイヤの摘み方を教わる土の塾の塾生
しま す 。
「 百 姓 講 義 」と称 する懇 親 会では農 業
地域農業に対するシンクタン
ク機能、農業に関わる土地と担
い手の課題、新たな流通対策の
提案などを事業の軸にしている。
農業関係機関・団体と連携をし
ながら、農業者の主体的な活動
を積極的に支援している。
インパクトの強さを改めて知った次第です 。
30 AFCフォーラム 2013・1
社団法人
角田市農業振興公社
者の農業に対する熱意を感じることができます 。
profile
まちづくり むらづくり
業 者 も 公 社の意 思 決 定に加わることにしたので
す 。参 加 型 農 政が始ま ったわけです 。ワ ー クシ
空間を生み出す学びの場をつくろう」
このように、角田の農 業 者の思いを実 現してい
農 業の後 継 者 を 確 保・育 成 することはもちろん、
農 業 振 興 公 社 設 立 時の熱 意 と意 志 を 継 承 する
「プラ ットフ ォー ム」なる単 語 をよく 目にし
そんな感じがしています 。魅 力 あるプログラムを
「後継者」の育成が必要です 。
消 費 者 と生 産 者のために必 要 な 食 農 教 育 を 実
ま す 。目 的 達 成のために集 まり、連 携や情 報 収
提 供 することと併せて、
「 世 代 交 代 」がスム ース
くための舞台が「あぶくま農学校」なのです 。
践 することなどが提 案 され、それが「 あぶく ま
集・発 信などを する拠 点 を 意 味しま すが、あぶ
にできるような環境づくりも必要でしょう 。
ョップ形 式で話し合い、販 売に力を入れること、
農学校」の三本柱となって収れんしていきます 。
くま農学校は、まさに「農業者のプラットフォー
若い世 代は公 社 との関わりが薄 くな っている、
そしてついに、二〇 〇 〇 年三月に、社 団 法 人 角
モデルをつくる」
「( 友 好 都 市の東 京 都 )目 黒 区
大プロジェクト「自立した農業経営体のビジネス
を 示し、
「 角田農 業 戦 略プラン実 践 編 」では、三
「 角田市 農 業 戦 略プラン」でグランドデザイン
して農業者が連携して公社を運営しています 。
農 業 者 代 表 も 含 まれ、行 政、農 業 関 係 団 体、そ
ていかないといけない。常に情 報 収 集とネ ットワ
情 報はそれぞれ 違い、そこにう ま くコミ ットし
たのかもしれません。しかし、農 業 者が必 要 な
ろです 。情 報 を 上 意 下 達 することで満 足してい
たのではないか、ということです 。根 本 的なとこ
一つは、情 報 を 収 集し発 信 する機 能が弱か っ
あくまでも私見ですが、課題もあります 。
す 。とにかく「あぶくま農学校ブランド」を知 っ
ん。対 象 を 広 げる、というより、地 元 を 見つめ直
たのか。アクセスが不十分だったのかもしれませ
す 。その顧 客にきちんとメッセ ー ジを伝 えてき
ブランデ ィングで 価 値 を 決 めるのは 顧 客 で
ていない。時 勢に合わせて見 直したり、戦 略 的に
農学校ブランドが思ったように〝広がり〟を見せ
そしてなによりも、ブランデ ィング。あぶく ま
とのより 豊かな 交 流 をつく り あ げる」
「利用権
ークづくりが必 要になるわけです 。情 報ソ ース
てもらう 。スタ ー トラインに戻ってしまいますが
ム」となるべく進んできました。
重視の水田農業モデルをつくる」を立ち上げ、農
は色 々 なところに転が っていま す 。幅 広い視 野
… 。いつか有名レストランのメニュー に「あぶくま
田 市 農 業 振 興 公 社 は 生 ま れ ま した 。理 事には
業者自身が実践し、公社がサポ ー トしています 。
が必要です 。試験研究機関との連携も必要でし
農 学 校の農 産 物を使 用 」とのポ ップを目にする
進めることが必要なのでしょう 。
こう して〝 意 思 決 定から実 行 〟の流れに農 業
ょう 。その窓口に農業振興公社がなるわけです 。
者も関与するシステムができ上がりました。
創設が宣言されました。以下はその要約です 。
公 社の設 立 後 間 もなく「 あぶく ま 農 学 校 」の
おける即 時 性・即 効 性 、そしてリアリテ ィの追
要になるでし ょう 。ヴ ァー チ ャルな情 報 空 間に
業 振 興 公 社 も 自 主 的に情 報 発 信 することが必
夫 もしなければなりません。情 報 戦 略 不 足 。農
を踏み出しています 。 設 立 当 初の理 念を大 切にしながら、新たな一歩
化する「農業者のプラ ットフ ォーム」となるべく、
「 あぶく ま 農 学 校 」は、農 業 者の思いを 現 実
ことを目標に据えて頑張ります 。
「わたしたちの農 業 をみずからデザインしよ
求です 。農 業 者が書 き 込みやす く すること。そ
〔 参考文献 〕
また、情 報 発 信については、ひと工夫 もふた工
うと、角田市 農 業 振 興 公 社は生まれた。角田農
れと既 存のメデ ィアの利 用 。行 政 等と連 携して
[1]角田 市 農 業 振 興 公 社 編『 あぶく ま 農 学 校
農業者の思い実現の舞台を
業が、新たな進 化 型の農 業を展 開しようとする
角田をPRしていくことが大切です 。
[2]小松光一『 自給と産直で地域をつくる』農
文協、二○○四年
の百 姓 先 生 たち 角田 市 農 業 振 興 公 社の
挑戦 』本の森、二○○八年
ときに、人 材の必 要 性、情 報 ネ ットワ ー クの必
要 性 を 痛 感してきた 。そして世 代 をつなぎ 、未
どの地 域 も同じような課 題 を 持 っているとは
農学校のブランド力高める
られている。① 食と農 を 結ぶ学び② 都 市と農 村
思いますが、
「 後 継 者 」の問 題があります 。地 域
来 を 拓 くための「 学 校 」こそが、今、角田に求め
を 結ぶ学び③ 世 代 を 結ぶ学び④ 開 かれた 農 業
2013・1 AFCフォーラム 31
連載 第130回
朝食で体内時計リセット
(独)
農業・食品産業技術総合研究機構 食品総合研究所
食品機能研究領域 主任研究員
内 時 計 という 言 葉 をよく 聞 き ま すが、
す 。体内時計が現地の時刻に合わせる能力を
れていることが原 因です 。数日 すると治 り ま
その手がかりというのは、主に「 光 」と「 食
時刻合わせを行っているのです 。
持っているからで、何らかの情報を手がかりに、
いったい体 内のどこにあるのかご存じで
しょうか。
実は、全 身にあるのです 。も う 少 し 正 確に
言 う と、身 体 中のほとんど 全ての細 胞の中に
ハエからヒトに至るまで、体 内 時 計の仕 組み
体の時 計は光には反 応せず、食 事に反 応して
応して一日の開 始 時 刻 を 定めま す 。一方、身
事 」です 。脳にある体 内 時 計は、朝の光に反
は、ほぼ共通しています 。一つ一つの細 胞 内で、
時刻合わせを行います 。朝食をとった時刻を、
あるのです 。
時 計 遺 伝 子が働 き 、約二四時 間 周 期のリズム
朝だと認 識し、体 内 時 計 をリセットしま す 。
か な くて も 、時 差 ボケのよ
計が混 乱し、海 外 旅 行に行
いた り している と 、体 内 時
夜 食 をと ったり、朝 食 を 抜
ですから、夜更かしをして、
をつく り 出 していま す 。これが 体 内 時 計の正
がいじつ
Cir­c a­d i­a n
体で、専 門 的には 概 日リズ
ムま たは英 語で
(サ ーカデ ィアンリ
rhythm
ズム)と呼びます 。
そもそも体内時計は何を
うな不 調が起こりやす くな
るのです 。
朝 食の情 報 としては、糖
類( 炭 水 化 物 )とアミノ酸
( タンパク 質 )の 両 方 が 必
によって調節されることが分かってきました。
のです。最近では、
エネルギ ー 代謝が体内時計
ん。そう、これらは体内時計が支配する現象な
以前から、朝食の摂取が一日のパフ ォーマン
ど、タンパク質を一緒に取ることが重要です 。
トするには不 十 分であり、納豆や目 玉 焼 きな
などの炭水化物ばかりでは体内時計をリセッ
おおいけ ひであき
1 9 7 7 年 千 葉 県 生まれ。東 京 大 学 大 学 院 農 学
生 命 科 学 研 究 科 博 士 課 程 修 了 。2 0 0 7 年より
食 品 総 合 研 究 所 研 究 員 。1 0 ~ 1 2 年まで日本
学 術 振 興 会 海 外 特 別 研 究員( 米 国ウィスコンシ
ン大 学 客員研 究員)。専 門は、体 内 時 計 、加 齢
性 難 聴 、味 覚 。
しているのでし ょうか。ヒト
の場 合、睡 眠・覚 醒のリズム
を支配している、といえます。
血 圧や体 温にも二四時 間の
リズムがあるという話を聞い
たとえば、夜 食は太 りやすいという 話 を 聞
スを 向 上 させることは知られていました 。朝
要です 。つま り 、ご飯やパン
いたことがあると思いま すが、夜は、食べたも
食には、体 内 時 計 をリセ ットし、身 体 を 起こ
たことがあるかもしれませ
のはエネルギ ー として燃 焼 しにく く 、脂 肪 と
量は多 くなくて構わないので、毎日 規 則 正し
す という 重 要な役 割があ ったのです 。朝 食の
体 内 時 計と聞 くと、海 外 旅 行の時 差ボケを
く、栄 養バランスよく 摂 取 することで、体 内 時
して蓄積しやすいのです 。
思い出 す 人 もいるでし ょ う 。時 差ボケは、体
計をきちんとリセットしましょう 。 32 AFCフォーラム 2013・1
朝食には、炭水化物のみでなく、タンパク質を
一緒に取ることで体内時計が効率的にリセット
されます
内 時 計 が 示 す 時 刻 と、実 際の生 活 時 刻 が ず
Profile
体
大池 秀明
書評
埋めてほしいとか、アパ ー ト9号 室であ なただ
けを待つとか、最法廷に引き出された朝の9時、
判決は9年とか。
この本を書いた東理夫さんはアメリカ音楽、と
りわけカントリ ーミュージックに造詣が深く、テ
ネシ ー 州 名 誉 市 民でも ある。アメリカの歌 との
始 ま りは一九五三年 一 月 一日、家でかか ってい
た進 駐アメリカ軍 放 送( 現AFN・米 軍 放 送 網 )
で一日中流れていたハンク・ウィリアムスの歌声だ
った。
『ジャンバラヤ』
『ユア・チ ーティン・ハート 』
など知る人 ぞ 知る名 曲で、カントリ ー・ウエスタ
ン・ミュー ジック界の大スタ ー だったが、わずか
フ ォー クソング『 聖 者の行 進 』
『 漕 げよマイケ
所がある。銃 を 振 り 回して人 を 殺し、恋 人や母
している。淋しい汽 笛が聞こえてくる」という 箇
ユア・マン」のセリフが窮 地を救 う 。
「 駄 目な人 間
不倫騒動の際、ヒラリ ー 夫人の「スタンド・バイ・
最 後にも う 一話 。ビル・クリントン元 大 統 領の
893円
1 日本農業への正しい絶望法
神門 善久/著
新潮社
2 農業・食料問題入門
田代 洋一/著
大月書店
2,730円
3 TPP不参加 戸別所得補償の継続 そこに日本農業・日本社会の展望がかかる 服部 信司/著
農林統計協会
1,890円
4 本気で稼ぐ!これからの農業ビジネス
藤野 直人/著
同文館出版
1,470円
5 儲かる農業「ど素人集団」の農業革命
嶋崎 秀樹/著
竹書房
6 食品企業飛躍の鍵 -グローバル化への挑戦-
新井 ゆたか/編著
ぎょうせい
3,600円
7 世界の農業環境政策 先進諸国の実態と分析枠組みの提案
荘林 幹太郎、木下 幸雄、
竹田 麻里/著
農林統計協会
2,940円
8 日本林業を立て直す 速水林業の挑戦
速水 亨/著
日本経済新聞出版社 1,785円
9 田中八策 日本の農業は世界で絶対に勝てる!
岡本 重明/著
光文社
1,050円
岸 修司/著
築地書館
2,520円
書評
『アメリカは歌う。
─歌に秘められた、
アメリカの謎』
東 理夫著
歌のむこうに、
もう一つのアメリカ
青木 宏高
アメリカの音 楽に親しんでくると、いくつかの
ル』は日 本で も 大ヒ ッ ト し たが 、そこにも「 聖
二九歳でその短い生涯を終えた。
不 思 議に出 会い、その一つが〝9〟という 数 字で
者とは誰なのか」
「この舟はどこを 目 指している
(NPO法人「良い食材を伝える会」理事)
あるそうだ。アメリカ音楽に秘められた、
〝9〟の
『 おたまじ ゃ くしは蛙の子 』と歌 う あの童 謡が、
のか」と、
〝9〟同 様に歌の謎 解 きを試みている。
『 淋しい汽笛 』。不世出のシンガ ー・ソングライ
実はアメリカ南 北 戦 争の北 軍の行 進 曲の旋 律で
不思議を謎解くところから本書は展開する。
ターのハンク・ウィリアムスのこの歌の歌詞に、
「ぼ
あったとか。
親の心 を 傷つけてジ ョー ジア州の監 獄へ連 れら
かもしれないが、しかしその男を守り、どんなと
ナンバー・ナイン
れるところである。
「 列 車 」の一般 的 英 訳は「ト
きにも そばに寄 り 添 って理 解 する」というカン
777円
出版社
10 ドイツ林業と日本の森林
くは第9号 列 車で、キ ャロライナから南 を 目 指
レイン」か「ロコモーティヴ」になる。列車番号の
トリ ーソングの女王のタミ ー・ウ ィ ネットの歌だ
つのアメリカ」が見えてくるのである。 謎解きの先には歌でしか伝えられない「もう一
ったと解き明かし、思わず膝を打つ。
「ナンバ ー・ナイン」の用 法は不 思 議で、その用
語に何の理由があるのか。
アメリカの歌には他にもこうした例は多 数 見
られるという 。9号 列 車の音が聞こえる場 所に
定価
著者
タイトル
(作品社・2,310 円 税込)
読まれてます 三省堂書店農水省売店(平成24年11月1日~平成24年11月30日・価格は税込み)
2013・1 AFCフォーラム 33
インフォメーション
「 農 商 工 連 携・六 次 産 業 化フ ォー
の共催で、一〇月一二日、徳島市にて
日 本 公 庫 徳 島 支 店は徳 島 県 と
「農商工連携・六次産業化フ
ォ ー ラム」を開催
押しするため、一○月一九日、仙台
は、東日 本 大 震 災 からの復 興 を 後
日 本 公 庫 仙 台 支 店 と一関 支 店
「宮城県復興支援商談会」を
開催
「 農 業 経 営アドバイザ ー 連 絡 会 」
業 は 、一 〇 月 二四 日 、盛 岡 市 にて
日本公庫盛岡支店農林水産事
岩
「手県農業経営
アドバイザ ー 連絡会 を
」 開催
ット主 催「ふるさとの田んぼと水 」
水 土 里 ネ ット、都 道 府 県 水 土 里 ネ
一二月 一五日に開 催 された 全 国
子ども絵画展二〇一二の
農林水産事業本部長賞を決定
農林水産事業本部長賞を関本悠
子 ども 絵 画 展二〇 一二(日 本 公 庫
株 式 会 社サラダフ ァーム取 締 役
太 郎 さん( 福 島 県 、喜 多 方 市 立 堂
を 開 催 し、県 内 三五 名の農 業 経 営
社 長の田 村 昌 則 氏よりアドバイザ
島 小 学 校三年 生 )が受 賞されまし
市にて「 宮 城 県 復 興 支 援 商 談 会 」
小 売 業や宅 配 事 業などを 行 って
ー に期 待 することを、東 北 農 政 局
た。
ラム」を 開 催 し 、農 業 者や 食 品 関
基 調 講 演では、NHK解 説 主 幹
いるバイヤ ー 三 社 に 対 して、参 加
盛 岡 地 域センタ ー 統 括 管 理 官の阿
後 援 )において、日本 政 策 金 融 公 庫
の合 瀬 宏 毅 氏 より「 農 商 工 連 携・
事 業 者 が 商 品のPRを 行いま した 。
部 天 氏 よ り「 人・農 地プラン」への
ダイコン、カボチ ャ 、トマト 、ニンジ
アドバイザ ー が参加されました。
六 次 産 業 化への期 待 」と 題 してご
また、日 本 貿 易 振 興 機 構 仙 台 貿 易
取 り 組み状 況 をご講 演いただき ま
ンなど大 き く 元 気に育 った野 菜 を、
を 開 催し、農 業 者や食 品 企 業など
講 演いただ き ま した 。地 域にあ る
情 報センタ ー による輸 出 相 談 会 も
した。盛 岡 支 店は、農 業 者への各 種
一 生 懸 命に収 穫 している様 子 を 表
連 業 者など一二〇 人が参 加されま
資 源 を 活 用 し 、気 候や 風 土 、栽 培
併せて開催しました。参加者からは
サポ ー トをより 充 実させていくた
現 していま す 。関 本 さんの絵 画 は
二六事業者が参加されました。
方 法にスト ー リ ー 性を持たせてブ
「 商 品 を 知 ってもらう き っかけ と
め、引 き 続 きアドバイザ ー 間の連
今号の裏表紙に掲載されています 。
した。
ランド 化 す ることが六 次 産 業 化の
なった」
「バイヤ ーの考 えを知るこ
携強化に取り組んで参ります 。
受 賞 作 品「ぼくの野さい畑 」では、
成 功の鍵 とのお 話 しに、参 加 者 は
とがで き た 」な どの感 想 が 寄 せら
(情報戦略部)
受賞した関本悠太郎さん(写真左下)
とご家族
(盛岡支店)
農産物の輸出課題や農業経営アドバイザーに求めら
れるアドバイスについての講演もありました
(仙台支店)
34 AFCフォーラム 2013・1
熱心に耳を傾けていました。
れました。 商品説明を行う事業者(右)
とバイヤー
(徳島支店)
「徳島ビジネスチャレンジメッセ2012」
との同時開
催で、マッチング商談会も行なわれました
●交叉点●
しました。
ハンサリム協 同 組 合では 消 費 者
タイ農業・農業協同組合銀行の
を 決 めてお り 、価 格 変 動のリスク
金 融 機 関である農 業・農 業 協 同 組
一 〇 月 一 〇 日 、タイの農 業 政 策
頭取一行が日本公庫来訪
がなく 、農 家 所 得が安 定 する仕 組
合銀行からラック・ワジ ャナナワッ
と 生 産 者 が 協 議 して 農 産 物 価 格
した。特に今 回、各 国が強 調してい
みを 構 築していま す 。ハナロ市 場は
韓国国際シンポジウムに出席
九 月二四から二六日の三日 間に
たのは、第三者 機 関による認 証シス
本 公 庫 総 裁 安 居 祥 策が表 敬 挨 拶
わ た り 、韓 国ソウル市で 開 催 さ れ
接 消 費 者に販 売している流 通 組 織
に応じました。
ト 頭 取ほか 幹 部の来 訪 を 受 け 、日
日 本 公 庫からは、東日 本 大 震 災
で、直 売による流 通コストの削 減に
一行は一一日までの二日 間にわた
会 員 農 家 か ら 集 めた 農 産 物 を 直
ー ケテ ィングおよび金 融に関 する
以 降 、被 災 地 農 業の復 興のため植
より、市 価から一五 ~ 二〇%安い価
テム構 築の重 要 性でした。
国 際シンポジウムに日 本 公 庫 農 林
物工場への関 心が高ま っていること
り、公 庫 業 務についてレクチ ャー を
た有 機サプライチェーンにおけるマ
水 産 事 業 情 報 戦 略 部の綿 貫 大 祐・
格での販 売を可 能にしています 。
受 け たほか、お 取 引 先である都 内
(情報戦略部)
まに改めてお礼申し上げます 。
本 視 察にご協 力 くださ った皆さ
イナリ ー を視察しました。
「ハナロ」とは韓 国 語で「ひとつに
を 紹 介 した ところ、各 国の参 加 者
から多 くの意 見・質 問が寄せられ、
清 水 良 高が参 加しました。
このシンポジウムは 、主 にアジア
韓 国における生 産 者 と消 費 者の
のカ ット 野 菜 工 場や山 梨 県 内のワ
ま た、参 加 者 らは、シンポジウム
つなが りや 活 気 を 肌で 感 じること
なろう 」を意 味 するとのことです 。
研 究 者らが、自 国における有 機 農
開 催 前の二三日にソウル市 内のハン
ができた有 意 義な行 程でした。
大 きな注 目を集めました。
業の実 態 を 流 通 や 金 融 面 か ら 調
サ リム協 同 組 合 の 有 機 農 産 物 加
各 国の政 府や調 査 機 関に所 属 する
査・分 析 し 発 表 を 行 う もので、興
ハナロ市場の様子
(情報戦略部)
タイの農業・農業協同組合銀行 ラック頭取(左)
工・流 通 施 設やハナロ市 場 を 視 察
ハンサリム協同組合視察の様子
味 深いプレゼンが 多 く 寄 せられ ま
シンポジウムで質疑に答える綿貫・清水(左から二人)
2013・1 AFCフォーラム 35
平成25年1月1日現在
配合飼料価格の高騰の影響を受けた畜産業を営む方へ
セーフティネット資金の特例制度が
措置されました
平成24年度経済対策(11月30日閣議決定)の一環として、配合飼料価格の高騰又は高止
まりの影響を受けた畜産業を営む方を対象に、日本公庫の農林漁業セーフティネット資金の
特 例 制 度として、
「 実 質 無 担 保・無 保 証 人 融 資 制 度 」および「 貸 付 限 度 額 の 特 例 」が 新たに措
置されました。
これを受けて、本支店に相談窓口を開設し、借入相談を受け付けておりますので、お気軽
に公庫本支店又は公庫資金取扱金融機関までご連絡ください。
日本政策金融公庫は、配合飼料価格の高騰や高止まりの影響を受けた皆さまの経営の安
定を支援してまいります。
[制度の概要]
対象となる方
資金の使いみち
特例制度の内容
配合飼料価格の高騰又は高止まりの影響を受けた畜産業を営む方
(農林漁業セーフティネット資金の要件は別途確認いたします)
経営の維持安定に必要な長期運転資金
(1)実質無担保・無保証人制度
融資対象物件担保や同 一 経 営 の 範 囲 内 の 保 証 人 の 徴 求で債 権 保 全できな
い部分を無担保・無保証人で対応するもの
(2)貸付限度額の特例
既往の残高と通算して600万円
ただし、簿記記帳を行っている者に限り、農業経営の規模等から貸付限度額
の引上げが必要であると認められる場 合には、年 間 経 営 費 の6/12に相 当
する額、又は、粗収益の6/12に相当する額のいずれか低い額(3/12から
6/12に引上げ)
融資条件
金利 : 0.35∼0.55%
対象期間
平成25年1月1日から平成26年3月31日までに貸付決定した案件
融資期間 : 10年以内(うち据置期間3年以内)
注: 本特例の融資枠には限りがございます。
審査の結果により、ご希望に添えない場合がございます。
36 AFCフォーラム 2013・1
た。農業後継者が減少の一 途をた
者 側も最 終 消 費 者 側の視 点を持
この状 況 を 打 破 するのが生 産
ギー全 体に占める 再 生 可 能エネル
ろしくお願いいたします。 (
竹本)
デンマークでは、国 内 消 費エネル
したでしょうか。本 年もご愛 読をよ
画・編 集にあたりましたが、
いかがで
いのでは。こんな 疑 問 を 踏まえ 、企
係 性への 理 解 があ まり 進 んでいな
るほど 、実 は 再 生エネ と 現 場 の 関
にあります。でも 、巷 間で話 題に上
上 げました 。再 生エネ 資 源は農 村
可 能 性 という 視 点でテーマを 取り
新 年 号 らしく 、農 山 村の新たな
経 営 者四人にご出 席いただきまし
進 的なビジネスモデルを築いている
(城間)
ょう。 座 談 会には、農 業 界の中でも 先
豊かな大 地が広がっていることでし
ています 。生 き 物の下には、角 田の
鳥 などさまざまな 生き 物が描かれ
りには、稲など植 物から、蜂 、亀 、蛙 、
帽 子 」。なるほど 、鍬 を 持つ人の周
で形つくられているという「 麦わら
で 、生 態 系 を 構 成 している 生 き 物
あぶ く ま 農 学 校 の ブランドマーク
地 域への 助 走で ご紹 介している
発想を変えて、流通網の再構築を
どり、第 一 次産業としての農業の
つことです 。そのヒントが本 特 集
ギーの割 合がすでに一 割 強だそう
た。皆さんの経 営に共 通している点
♠ 休 耕 地が荒れ放 題とな って問
あり方が問われています。休 耕 地
に集 約 されています 。特に、大 手
です 。産 油 国であり 、
エネルギー源
は、成 功には、失 敗 を 恐 れず 、ま ず
しないと希望が持てません。
の荒 廃は周 辺にも 大 きな 影 響 を
スーパー 側からの挑戦事例の紹介
確 保には困らないはず。それでも風
チャレンジが必 要 ということ 。人 材
題だというニュースを 耳にしまし
与えます。
は示唆に富んでいました。
力 やバイオマスな どの 資 源 活 用に
確保などの課題は多いものの、農業
みんなの広場へのご意見募集
本 誌への感 想や農 林 漁 業の発 展
に向けたご意 見などを同 封の読 者
販売することができればまさに〝一
んなの広 場 」に掲 載します。二〇 〇
せて頂くことがあります。
字程度ですが、誌面の都合上編集さ
アンケートにてお寄せください。
「み
(長
しょうか。
崎県 末永 郁雄)
♠ 一二月 号 特 集( 岐 路に立つ、食
石 三 鳥 〟だ と 思いま す 。いかがで
生 産 品 を 地 域の人たちに廉 価で
学 生の学 習にも 役 立つばかりか、
土 地は活 気を取り戻し、生 徒・
活用したらどうかと思います。
し出し、生徒たちの実習地として
域の農 業 高 校や農 業 大 学 校に貸
そこで、このような休 耕 地を地
腰 を 据 えて 取り 組 む 姿 勢には 、震
には、まだ発 掘されていない可 能 性
(鹿児島県 吉見 満雄)
災 後の原 発 停 止 などでエネルギー
があること を 示 唆していると 感じ
(林田)
確 保に悩む日 本 も 学ぶべき 点が多
の流 通 網 )は、待 望のテ ーマでし
[郵送およびFAX先]
ました。 ■定価 500 円(税込)
ご意見、ご提案をお待ちしております。
巻末の児童画は全国土地改良事業団体
連合会主催の「ふるさとの田んぼと水」子ども
絵画展の入賞作品です。
(田口)
■販売
㈶農林統計協会
〒 153-0064 東京都目黒区下目黒 3-9-13
目黒・炭やビル
Tel. 03(3492)2987
Fax. 03(3492)2942
E-mail [email protected]
ホームページ http://www.aafs.or.jp
いと痛感しました。 ■印刷 アインズ株式会社
た。店頭に並ぶ最終商品の売上高
■発行
㈱日本政策金融公庫 農林水産事業本部
Tel. 03(3270)2268
Fax. 03(3270)2350
E-mail [email protected]
ホームページ http://www.jfc.go.jp/
〒一〇〇 〇–〇〇四
東京都千代田区大手町一 九– 三–
農林水産事業本部
日本政策金融公庫
AFCフォーラム編集部
FAX 〇三 三–二七〇 二–三五〇
■編集協力
青木 宏高 牧野 義司
のうち、一 次産業の側から供給す
る原 材 料の占める割 合は、
一 割以
下でしかありません。
過疎地に生きる多くの高齢な、
田口 靖之
飯田 晋平
■編集
吉原 孝
竹本 太郎
城間 綾子 林田 せりか
生 産 者の経 営 努 力 も 限 界で す 。
第六回「アグリフー ドEXPO大阪二〇 一三」の
出展申し込みの受付を終了させていただきました。
多数のお申し込みをいただき、ありがとうございました。
(総合支援部)
編集後記
38 AFCフォーラム 2013・1
次代に継ぐ
2013
1
再生可能エネルギー、
農へ
特集
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■販売 / 財団法人 農林統計協会 〒153-0064 東京都目黒区下目黒3-9-13 Tel.03
(3492)
2987 ■定価500円 本体価格 476 円
■発行 /(株)
日本政策金融公庫 農林水産事業本部 〒100-0004 東京都千代田区大手町1-9-4 Tel.03
(3270)
2268
■AFCフォーラム 平成25年1月1日発行
(毎月1回1日発行)
第60巻10号
(749号)
『ぼくの野さい畑』関本 悠太郎 福島県喜多方市立堂島小学校
(「ふるさとの田んぼと水」子ども絵画展2012 日本政策金融公庫 農林水産事業本部長賞 受賞作品)
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