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会見詳録 - 日本記者クラブ

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会見詳録 - 日本記者クラブ
日本記者クラブ 研究会
「総選挙後の日本」⑦
世界の構造転換と日本の進路を考える
寺島 実郎
日本総合研究所会長
2009年9月11日
世界は今、構造的転換を迎えているとみる。その変化を、急速
な米国の求心力の低下と「全員参加型世界秩序」へ向けてのゆる
やかな動きと特徴づける。そのなかで日本はこれまでの過度な米
国への期待と依存から脱し、成熟した日米関係の再設計に取り組
むべきだと持論を展開した。鳩山外交にどのように影響している
かを読み取るたのしみもある。
C 社団法人 日本記者クラブ
○
アフガン、イラクで 5,161 人の犠牲者
お手元に「世界の構造転換と日本の進路を考
える基本資料」という資料集のようなものを配
っていただいています。これはレジメではあり
8月19日現在、米軍兵士のイラクでの戦死
ません。後で必要とするところをさっと見なが
者が4,323人になっている。資 料 は 8 月
ら、話を踏み固めるために利用していただきた
2 3日の数字ですから、こうなっている。私、
い。
今朝、昨日9月10日までに米軍兵士が何人亡
外を動き回っていまして、先週も欧州を動い
くなったのかを確認してみたのです。4,33
ていました。ウィーンで行われた中東現地協力
9人です。アフガニスタンで亡くなった米軍兵
会議に出た後、ハンガリーのブタペストに行き
士の死者も、ここのところへきてすごい勢いで
ました。ジョージ・ソロス氏との縁で、彼がふ
ふえています。昨日現在822人です。
るさとブタペストに寄附した、中央大学(セン
したがいまして、9・11後のアフガン、イ
トラル・ヨーロッパ・ユニバーシティー)に関
ラクでの米軍の死者は、昨日までだと 5,161
心があったためです。
人ということです。
ブタペストで日本の選挙結果を速報でみる
わかりやすくいうと、ブッシュ大統領が、
「こ
という体験をしてきました。いまやネットワー
クの時代なんだなとあらためて確認しながら、
れは犯罪ではなくて戦争だ」と叫んで、戦争と
いうカードで問題が解決できると信じて、逆上
その後ロンドンで何人かと話し合いをして帰
ってきました。
するアメリカと化してアフガン、イラクと突っ
込んでいったわけですけれども、その結果
5,161 人の若者を死なせたということです。
そこで、外から日本をみるという視点と、手
元に配っていただいている統計の数字とを結
多国籍軍の兵士という形で亡くなった人の
数は、昨日時点では6,028人です。もちろ
びつけながら、時代認識といいますか、要する
に我々がいま生きている時代をどう構造とし
ん、イラクの人の死者はそれどころではない。
て認識するのかということを、私なりの視点で
どんなに少ない推計でも10万人、多い推計で
は18万人が死んだ。途方もない血塗られた8
お話ししたい。その中で、日本はどういう立ち
位置と政策論を転換していくべきなのか。それ
年間という時間と、我々が並走したということ
についても私なりの考え方をお話ししたい。
が確認できます。
メディアの皆さんですから、当然きょうとい
う日について複雑な思いを持っておられると
Stiglitz という経済学者が『3兆ドルの戦争』
という本で書いています。アメリカはこの戦争
思います。9・11です。2つの9・11とい
っていいと思います。1つは、2001年9月
が終わるまでに3兆ドルの戦費負担を余儀な
くされるだろう、と。すでに1兆ドルを上回る
戦費をアフガン、イラクに注入した。
11日の同時多発テロ、あれから8年たちまし
た。もう一つは、2005年9月11日、例の
小泉郵政選挙というのが行われて、ちょうど4
正規軍の戦いにおいては、米軍はものすごく
強い。バグダッド陥落まで10日間ぐ
年たったということです。で、世界、日本は一
ら い の 勢 いで行った。だけど、非対称戦争で
体何がどう変わっているのかということを、組
み立て直すにはふさわしいタイミングなのか
すから、ベトナムのゲリラ戦のように、テロと
の戦いで驚くべき消耗戦を余儀なくされた。つ
なというふうに思います。
いに5,161人の若者を失った。
どう変わったのかというのを確認するため、
重要だと思う数字をいくつかパッパッとつな
ぎ合わせるように確認しておきたい。
老人が戦争を起こして、若者が死ぬ。ブッシ
ュ大統領は、やめる直前にイラクに行って、メ
ディアの人に靴を投げつけられた。あのとき意
外に敏捷だということを示したとかいわれて
いますが、かれは「イラク戦争は間違った情報
1
に基づく戦争だった」などといってやめていき
欧米において、チャイナというコンセプトは、
ました。けれども、そんな戦争で死ぬことにな
必ずしも本土の中華人民共和国とイコールで
った、いま申しあげてきた数の人たちを、一体
はありません。
「この間、中国人がやってきて、
どうしてくれるんだという暗い思いが交錯し
こういうビジネスを提案してきたけど、あなた、
ます。
どう思いますか」なんていう話によくつき合わ
されます。聞き返すと、それは本土の中国から
来た人を意味せずに、シンガポール華僑とか、
対米貿易比重は 13.7%に
香港華僑とか、台湾企業が中国本土の企業を巻
き込んで、こういうビジネスモデルをつくろう
次に、話はポンと飛びます。重要な数字を確
という提案であるということが圧倒的に多い
認したいために、ポンポン飛んでいきます。み
のです。
ていただきたい数字は、日本の貿易構造の変化
です。
大中華圏の比重は 30.1%に
いま、我々は一体どういう経済基盤によって
飯を食っているのかということをしっかり確
いま世界において「中国の台頭」という言葉
が使われますけれども、それは本土の中華人民
認しておく必要がある。09年上半期からの日
本の貿易総額に占める各国の比重ですけれど
共和国のGDPがふえていますよ、などという
も、ことしに入って、日本の貿易構造に一段と
大きな変化が進行しています。つまり、わかり
単純な話ではない。グレーターチャイナの有機
的連携が深まっているから、より中国という存
やすくいうと、一体、日本はどこと貿易をする
在が大きくみえる。こういうパラダイムの中に
ことによって飯を食っている国なのかという
ことを確認する数字です。
我々がいるんだということに気がつかなけれ
ばいけない。もちろん、シンガポールも台湾も
米国は 13.7%です。これは、ここにおられ
る諸先輩なら、本当なのかといいたくなるぐら
反共国家ですし、台湾海峡に壁があるなどとい
うことは常識です。
い大きな変化です。日本の貿易に占める対米貿
易の比重がわずか 13.7%まで落ちた。中国は
しかし、いま本土の中国に台湾人が100万
人以上移って住んでいます。台湾企業が本土に
生産立地して、中国の貿易統計においてエレク
20.4%。戦後の日本において、中国との貿易
率が初めて2割を超した。これは何を意味して
いるか。世界同時不況の中で、中国依存で景気
トロニクス関係の輸出の多分6割から7割以
上は、本土に進出した台湾企業工場から世界に
向けて輸出されているという構図になってき
を回復する日本、という姿が一段と濃くなって
いるということを示しています。
ています。それがグレーターチャイナなのです。
大中華圏だと 30.1%です。これはにわかに
切り口は非常に重要です。英語ではグレーター
そして大中華圏との貿易が、日本の貿易の
30.1%、3割を超えた。アジアとの貿易は 48.
8%で5割に迫っているのです。
チャイナです。中国と香港と、華僑国家といわ
れて人口の75%が中華系の人が占めるシン
最新の1-7月までの数字が出てきていま
す。対米貿易の比重は 13.6、また0.1 落ち
ガポールと、台湾の合計です。政治体制、イデ
た。中国との貿易は 20.5、また0.1 上がっ
オロギー体制の壁はあるけれども、連結の中国
といっていいと思います。ここが産業的には一
た。1 カ月間でです。大中華圏30.3%、ア
ジアとの貿易、49.1 ということです。
段と連携を深めている。一つの有機的連携体で
つい3~4年前まで、日本という国はどうい
う経済基盤によって成り立っている国だった
はピンとこない数字かもしれません。経済の現
場にいる人間にとっては、この大中華圏という
あるというとらえ方がグレーターチャイナな
のです。
か。それは高校生だって知っていますよ、とい
2
うくらいの常識だった。日本は通商国家で貿易
たりしているんです。
で飯を食っている国で、貿易の相手先のナンバ
ーワンは、輸出も輸入もアメリカなんだよ、と
米国の求心力の急速な低下
いうのが当たり前の話だった。この3~4年で
あっという間に変わりましたね。アメリカは、
日本の貿易のわずか 13.7%、1-7月でいう
いま、構造変化の本質を、多分我々はこう考
と 13.6%が対米貿易だという国になってしま
えなければいけないだろうというふうに思い
った。
ます。昨年のいまごろリーマンショックが来た
わけですけれども、その1年前ぐらいからサブ
これは深く国際関係に洞察しておられる方
プライム問題というのは、じわりと露呈してき
なら、そのパラドックスがわかると思うんです
ていたわけです。この構造変化の背景にあるも
けれども、上海協力機構との貿易が 26.0%で
のは、一言でいうと、世界秩序の中核を支えて
す。上海協力機構というのは、中国とロシアを
いた米国の求心力の急速な低下です。それが、
中軸とする中央アジアを巻き込んだ連携機構
いま我々が直面している世界秩序動揺の本質
です。そこにインド、イラン、パキスタンまで
として横たわっている要因なんだろうとしか
が準加盟国待遇ということで参加している。激
いいようがない。
しく物をいう人は反米同盟だという言い方を
冷戦の終焉から約20年たっているわけで
する。けれども、反米同盟というのはいい過ぎ
でして、米国の一極支配型の構造を拒否すると
すけれども、戦後の日本の政治状況は、世界の
潮流変化を鏡のように映し出して進んできた
いうことを共通アジェンダとしているネット
といってもいいだろうと思うんです。
ワークです。その上海協力機構との貿易が対米
貿易の倍になっているのです。
例えば、冷戦が終わるまでの期間、ご存じの
ように“55体制”などという言葉があった。
社会党対自民党の二大政党などという時代が
1990年、冷戦が終わった。ベルリンの壁
が崩れたのは1989年、あれから20年たっ
存在していた。いうまでもないことですけれど
た。1990年、日本の貿易の 27.4%が対米
貿易だった。それがこの間に要するに半減した
も、東西冷戦の代理戦争みたいなものが日本に
おいて繰り広げられていたともいえるわけで
ということです。
す。大まじめに社会主義対資本主義などという
1990年、対中貿易は3.5%だった。そ
れがいま 20.5%。これが日本の置かれている
構造が戦後半世紀ぐらい続いていたといって
いいだろう。
状況の変化を、大きく物語る数字の一つです。
私自身は昭和22年生まれの、いわゆる団塊
の世代です。70年安保というやつで大学の生
そして、もう一つの大きな、4年前の選挙
とは反転するような、民主党308議席という
活を、まさに全共闘運動なんかと向き合いなが
数字が我々の目の前に突きつけられている。
ら過ごした世代です。さらにその10年前に60年
安保があって、60年、70年のある種の政治
そこで、こういった数字をポンポンと頭に置
きながら、この構造変化の本質とは一体何なの
の季節を通過してきた戦後世代の人間にとっ
だろうかと考えるわけです。私、ここのところ、
この種の議論に巻き込まれているのです。例え
てみれば、1990年くらいまで、社会主義と
いうコンセプトが結構重かったのです。「丸山
ばドイツのベルリンで行われたOBサミット、
真男とマルクスの結婚」などという言い方があ
先進国首脳会議にかつて出たOBの人たち、ド
イツのシュミット元首相が中心なんですけれ
りました。丸山真男的な市民主義的影響を潜在
させるか、はたまた聞きかじり、読みかじりと
ども、それらの人たちを取り巻く高度専門家会
はいえ、何らかの形で社会主義的な物の見方や
議などに出ました。専門家がいま世界をどうみ
ているのかという議論にいろいろ巻き込まれ
考え方に、多くの若者が影響を受けた時代とい
うのが現実にあったのです。
3
松下幸之助さんのような経営者が、それこそ
そういう流れの中から、1990年代、日本
松下政経塾だの、はたまたPHPなどというメ
の進路が大きく問われる局面が来て、政治の状
ディアをつくった。そのモチベーションも、や
況も55体制が崩れて、液状化というのが始ま
はり経営者として、ひょっとしたら資本主義社
った。本当は、冷戦後の世界に日本はどういう
会というものの矛盾が深まって、この体制が壊
ふうに向き合うのかを、真剣に構築しなければ
れて、その先に社会主義などというものが待ち
いけない時期だったんです。けれども、宮沢政
構えているのかもしれない、というある種のプ
権が崩れてから、短命政権が交代するという流
レッシャーといいますか、問題意識からだった
れの中で、構造的に日本の国のあり方を問い返
のだろう。やはり資本主義体制に真剣に向き合
すだとか、日本の対外関係を再構築するなどと
って改革、改善していかなければまずい、とい
いう余裕もないままに21世紀を迎えた。
う思いがそういうものに向けたといってもい
そういう90年代、アメリカが発信してきた
いのだろう。
一群のメッセージ、94年あたりから日本に対
して年次改革要望書などというものが出始め
た。2001年に、まさに競争政策とか、そう
米国流資本主義の世界化
いうものに対するイニシアチブを期待するよ
うな要望書というものが出てきた。それが日本
ところが、1990年前後、先ほどから繰り
返しているようにベルリンの壁が崩れ、翌年東
の政治状況に対して大きなインパクトを与え
始めた。
西ドイツの統合、さらに91年にソ連邦の崩壊
という事態を迎えた。「どじょっこふなっこ」
そういう流れの中で、日本の選択もなされて
きたわけです。冷戦が終わった直後に、我々自
という歌がありますけれども、頭の上の天井に
身も、米国の一極支配だとか、はたまた唯一の
超大国となったアメリカとか、ドルの一極支配
張っていた氷がある日突然融けて流れていっ
たように、社会主義が消えたといいますか、資
などという世界観で世界をとらえる傾向があ
本主義は社会主義に勝ったんだという薄っぺ
った。国際政治学者の中には「新しい帝国とし
てのアメリカ」みたいな帝国論さえ出始めるよ
らな歴史観みたいなものがわっと広がり始め
た。
うな状況があった。
つい数日前に、佐藤優さんと対談してますま
す思いましたけれども、社会主義は自壊したん
イラクとサブプライムがキーワード
だとしかいいようがない。つまり、その体制が
抱え込んでいる不条理、非効率によって自壊し
ていったんだとしかいいようがない。「資本主
義は勝った」、しかも西側のチャンピオンとし
ところが、21世紀に入っての8年間で音を
立てるように進行し始めたのが、イラクとサブ
て冷戦の勝利者となった米国を中核とする世
界秩序が、これから我々が生きていく時代なん
プライムという2つのキーワードで示される、
アメリカの憔悴といいますか、急速な疲弊です。
だろうという認識が、さっと広がり始めた。米
イラク戦争については先ほど申しあげたと
国流の資本主義の世界化を“グローバル化”と
いう言葉で置きかえて、かつて東側といわれた
国々が市場経済に参入してきた。国境を超えて、
ヒト、モノ、カネ、技術、情報がより自由に行
き交う時代に向けて世界は変わっていくんだ、
おりです。サブプライム問題、これはアメリカ
流の金融資本主義が行き着いた問題だともい
える。頭でっかちな資本主義といいますか、米
国政府が公的資金を8兆ドル突っ込んでも、金
融セクターを安定化させざるを得ないという
という時代観がバッと広がった。一時の大前研
ところまで追い込まれた。AIG保険会社、そ
一氏がぶち上げていた「大競争の時代が来た」
なんていうコンセプトでかじがとられ始めた。
れからシティグループへの資本注入だとか、金
融セクターをこれ以上泥沼に置かないために
4
は、どうしても政府が公的資金を突っ込んでも
米国が金融セクター安定のために突っ込まな
支えざるを得ないという構造がみえてきた。金
ければいけなくなった金と、イラク戦争が終わ
融セクターどころではない、というのをこの春
るまでにかかるだろうといわれている軍事費、
から我々は目撃してきている。アメリカのもの
イラク、アフガンでの戦費3兆ドルというやつ
づくり産業の虎の子ともいわれた自動車、GM
を足して、ざっくりいえば11兆ドルです。日
のチャプターイレブン適用申請というのはつ
本のGDPの2年分に相当するような額が、米
いこの間の出来事です。6割政府が出資し、17.
国の財政にのしかかっていくんだな、というこ
5%は労働組合が出資するなどという形態で、
とがイメージできます。
GMを生き延びさせざるを得ないという状況
さらに現下の状況では仕方がないともいえ
に追い込まれています。
るし、日本自身もそのシナリオをとっているわ
この話のむなしさと深刻さというのは、経営
けですけれども、各国挙げての景気対策です。
の現場にいる人間ほど深い。アメリカこそ新自
オバマ政権成立とともに出てきた景気対策法
由主義なるものの総本山だったのです。要する
案、7,870 億ドル、約 8,000 億ドルです。これ
に、競争主義、市場主義、改革、開放、規制緩
も強いていえば、アメリカの国家財政にやがて
和、民営化といって、熱病のようなものに大き
大きくのしかかっていく数字なんだというふ
く突き動かされていたのが、考えてみればつい
うにいえます。
4年前の小泉さんの9・11だったともいえる
わけです。
いまさらいうまでもない米国の「双子の赤
字」。その財政赤字は09年度、1兆 7,500 億
ドル。来年は1兆 2,000 億ドルと、予算の段階
ところが、この前、西海岸に行って、スタン
フォードの東アジア研究所の人たちと話し合
から、もう財政赤字が予想されるなどという状
ってきましたけれども、いまアメリカに出回っ
ている経済雑誌の表紙をみていると、ブラック
況に追い込まれています。
ジョークかと思うほど「ソーシャリズム」とい
いかなる立場からアメリカを分析している学
者でも、行き着く結論が、産業の実力以上の過
アメリカという国は本当に不思議な国です。
う言葉がよみがえってきています。アメリカは
社会主義の国になったのか、というぐらい不思
剰消費社会と、産業の実力以上の軍事力を保っ
議な空気が漂っています。つまり、国家管理経
ているという状況がみえてきます。どうしてそ
んなことが可能なのか。経済論的にいうと「経
済の国に変わってしまったんですか、といわれ
ても仕方がないような構造の中に追い込まれ
常収支の赤字を補って余りある資本収支の黒
ています。
字」という言い方ができるのですが、要するに
ニューヨーク金融市場を窓口にして、世界の金
2月のダボス会議に、ロシアのプーチン首相
と、中国の胡錦濤国家主席がやってきた。
「我々
がアメリカに還流するというメカニズムを持
のように、国が経済を制御しているシステムの
ほうが優越しているんですよね」などという話
っている。そのことによって、実力以上の軍事
力と実力以上の消費社会を保ってきたんだと
を、“じっと手をみる”という感じで聞かされ
いうことがわかります。
る側のほうにアメリカが回ってしまったむな
しさ。さらに、そこにくつわを並べてきた日本
に与えられているインパクトも大変大きなも
問題は、世界のお金が必ずしもアメリカに回
らなくなってきているということです。そこか
ら、いま、このドル安などという構造に陥って
のがあるわけです。
いるということは、私がいまさら説明する必要
もないわけです。世界の金が回り込んでくると
いうシステムの一環として、例えば米国債の引
公的資金8兆ドルと戦費3兆ドル
き受けということがあります。これだけの財政
赤字を支えるためにアメリカがやらざるを得
8兆ドルという、結局、サブプライム問題で
5
なくなっているのは、巨額の赤字国債の発行で
「ノンポール」というキーワードでも言われる。
す。ことしも1兆 7,000 とも1兆 8,000 億ドル
私の言い方でいうと、全員参加型秩序みたいな
ともつかない赤字国債を発行せざるを得ない。
ものに向かって世界は変わってきています。
日本とアメリカの違いは、アメリカには貯蓄
そこからなのです。いま国際会議のはやりの
がない。何だかんだいいながら日本は 1,400
言葉がG2論なのです。G20というけれど、
兆円の個人金融資産だとかというようなもの
20カ国が参加するように多極化しているよ
があります。ですから、国債をある程度国内で
うにみえるけれども、実態は一段とG2化しつ
さばけます。だけど、アメリカは海外に買って
つある。G2化というのは、アメリカと中国が
もらわざるを得ない。
大きな流れを仕切り始めているという言い方
です。若干ジャーナリスティックな表現で、誇
その一番の買い手が中国です。一時のように
8,000億ドルを超すという状況ではなくて、 張も加わっているというふうに思いますけれ
ども、G2化論というのがはやりなのです。
少し下がっています。いま多分 7,600~7,700
億ドルの米国債を保有していると思います。第
ただし、あながちはやりだけともいえないの
二位が日本で、6,700億ドルぐらいの米国
は、アメリカがいかに中国に配慮しているのか
債を持っています。中国はしたたかです。7月
というレポートがいろんな形で出てきていま
末の米中戦略対話のような機会を通じても、大
す。G20の会議などに出ている人たちのレポ
きくアメリカを揺さぶり始めています。要する
ートをみていると、いかにアメリカが中国に配
に、米国債をこれ以上持ってもいいけれども、
巨額の赤字国債を出され続ければ、米ドルの下
慮しているか。いまいった国債を持ってもらわ
なければいけないとか、IMF体制を維持する
落につながって、持っている国債の価値が目減
ためには、中国のよりエンゲージメントといい
りしていってしまう。だから、そもそも元建て
で持たせろとか、要するにパンダ債のような仕
ますか、参画を引き寄せなければいけないとい
うことで、アメリカがいかに中国に配慮してい
組みで持たせろとか揺さぶるわけです。IMF
るのかという報告がやたらに出てきます。
にも、500億ドルの増資には応じるけれども、
ことしの4月から今日までの経緯の中で、国
まさにドル一極基軸通貨的な体制に対して嫌
際情勢をじっとみてきて、米中関係の微妙な変
味ともいえるようなメッセージを投げかけ始
化に、皆さんも気づかれていると思います。例
めている。通貨バスケットのような方式に、世
界の金融の管理を向かわせるべきだ、と発言し
えば、4月の北朝鮮問題ですけれども、北朝鮮
てきています。
なって、日本人も若干熱くなった。迎撃態勢も
辞さずなどという空気になり、もしミサイルを
がミサイルを打ち上げるというようなことに
一発でも撃ったら、米中ではなく、日米で連携
一極化から多極化への流れ
して国連制裁決議だといって力んでいたんで
すね。ところが、結果はどうなったか。米中で
先ほどからの話で、世界は米国の一極支配な
どという時代じゃなくて、多極化しているとい
連携して、国連議長声明へという流れになって
いったというのを思い出さざるを得ない。
うことを言おうとしているのが了解していた
次に、北朝鮮は核実験をやったのです。いよ
いよだ、国連憲章7章をも持ち出して、武力制
だけたと思います。
G8という先進国8カ国で束ねられる時代
裁も選択肢とする制裁決議だといって力んで
でもなく、G20という、中国、インドなども
参加した20カ国が新しい経済秩序に参画し
いたんですね。ところが、結果どうなったか。
アメリカがいかに中国に配慮しているのかと
てもみ合うような時代。それを世に「多極化」
いうのをみせつけられる形での制裁決議の内
という。それは「無極化」、もう極などという
構造で世界を認識してはいけないんだという、
容になっていった。
6
いかにアメリカが中国に配慮しているかと
るのです。「北朝鮮問題なんか、大した問題じ
いうことなんですけれども、ざっくりいって、
ゃない」といったのです。びっくりして、この
北朝鮮問題というのは米中協議なのです。当面、 人、相当ぼけたか、欧州からは距離があるから、
中国は北朝鮮という国の存続を望んでいると
無責任なことをいっているのか、知識に欠けて
いうことなのです。ベトナム戦争が最終段階に
いるのかなどとまず思ったんですけど、そうじ
入っているときでも、毛沢東は南北ベトナムの
ゃないのです。
統合を望まなかったのです。どうしてかという
じっくり話を聞いたら、本当に深く考えてい
と、分断統治なのです。ベトナム人はクレーバ
るのです。北朝鮮問題なんか大した問題じゃな
ーだから、統合させたら中国にアゲインストし
い。あれは冷戦孤児で、アジアにあいている虫
てくるということで、統合させることを望まな
食いみたいなものだ。かつて冷戦の時代の北朝
かった。
鮮が南に動いたら、それは後ろにソ連だとか中
現実にその後、ベトナムと中国の間で戦争に
国が連携していて、体制転換を余儀なくされる
なりました。朝鮮半島政策についても、中国は
ような恐怖だった。だけど、いまや北朝鮮の脅
当面、分断統治をとっているのです。国際政治
威なんていったって、ほとんど孤立したならず
学の常識では、北朝鮮は中国のプロテクトレー
者的脅威なんだ。どんな小さな国でも、チェ・
トです。周辺国であり、保護領といってもいい
ゲバラだとか、一時のカストロみたいに、世界
ぐらいの存在です。なぜなら、エネルギーと食
料を中国が支援しているから存続している体
の青年の心を突き上げるようなメッセージを
持つなら、ひょっとしたらアミーバーのように
制なのです。このピンを抜けば、一気に体制は
その影響が増殖していくかもしれないがと話
変わるのです。だけど、中国は6カ国協議など
で、自分にとっては制御のできない難しい存在
し、脅威でも何でもないんだ、というわけです。
なんだという表面的なストーリーを組み立て
そんなことよりももっと怖いのは、と彼がい
ったのは、イスラムだ、と。イスラムの脅威こ
ながら、当面は北朝鮮の存続を維持していこう
と判断している。だから、今日我々が目撃して
そ、21世紀のテーマなんだ、と。なぜならば、
この10年間、アメリカが血祭りにあげてきた
ところは、コソボにしろ、アフガンにしろ、イ
いるようなゲームになるのです。
ラクにしろ、直近のソマリアにしろ、すべてイ
スラムだ。欧州圏に、それこそ1,000万近
くのイスラム人口を抱え込んで、その憎しみの
イスラムの脅威
目線というのが日々増幅していっている。この
最初に話したドイツのベルリンでの会議で、
92歳になったシュミット元首相と3日間、一
ことのほうがよっぽど恐怖であり、脅威なんだ。
我々がいま真剣に向き合わなければいけない
緒に飯を食いながら参加するという機会があ
のは、イスラムの脅威なのだ、という話をした
った。彼に教えられることがものすごく大きか
った。私は年長者の話を聞くなんて、あまり好
のです。
それを聞いて、なるほどな、と。賛成だとい
きじゃないのですけれども、自分よりも30歳
う意味ではないですよ。だけど、一つの物の見
方なんだなというふうに、大いにサジェスチョ
も年上の人が、ナチの青年将校だった時代の思
い出話だとか、ジスカールデスタン元大統領と
ンされるところがあったのです。
EUの原型を立ち上げたときの話だとか、はた
すごく謙虚な気持ちになったというか、勉強に
いままでの話から私の見方をいえば、多分、
米国が今世紀に入って、ブッシュの8年間で失
ったものというのは、先ほど話した若い兵士の
なりました。
死でも、あるいは金の話しでもなく、多分
また先進国の首脳といろいろ会ってきたとき
の印象だとかということを語ってくれた。もの
legitimacy だと思います。正当性です。
そのとき、シュミットがいった言葉が耳に残
7
カーターという見方が一方で俄然浮上してき
つまり、世界を指導すべき立場の国が持って
いなければならない理念とか価値。多少自分が
ている感じがあります。
割を食っても世界を束ねていくための中心概
一方で、第二の FDR 政権になるという見方
念。正当性を失っているようです。途上国の人
があります。1930年代の大恐慌からのアメ
でさえアメリカに対する侮りとも蔑みともつ
リカの再生を成し遂げて、日本自身が第二次大
かないような目線を持つようになってしまっ
戦、太平洋戦争でこの男と向き合ったんですけ
た。このパラダイムが怖い。いまアメリカはオ
れども、FDR、フランクリン・ルーズベルト
バマ大統領という、イラク戦争に反対した人を
のような役割を、例えばグリーンニューディー
リーダーに引っ張り出してきて、パラダイムの
ルなどというものを通じて成し遂げる可能性
転換を図っています。
が全くないともいえない。二つの見方が交錯し
ている状況というふうにとらえていいでしょ
う。
傷ついた正当性とオバマの登場
チーム・オブ・ライバルズの問題点
そのオバマ政権をどうみるか。今般、ウィー
ンでの中東会議に出るに当たって、ワシントン
の情報――私はワシントン及び東海岸で10
オバマ政権の外交に対して「チーム・オブ・
年ぐらい仕事をした時代があるので、いろんな
ライバルズ」という表現がよくなされます。ど
ネットワークもあるんですが、それを取ってみ
ういう意味かというと、オバマという人物の成
た。オバマ政権をどうみるかなんですけれども、 り立ちにもかかわることなんですけれども、非
ざっくりいって、第二のカーター政権になって
常に鶴翼が広くて、多くの人たちを寛大に抱え
しまうのかな、はたまた第二のFDR政権にな
るのか、という瀬戸際のようなところにいま立
込んでいくというマネジメントをやっていま
っている。
氏さえも国務長官に起用している。要するにラ
イバルによるチームという意味で、チーム・オ
す。自分の政敵であったヒラリー・クリントン
第二のカーター政権というのはどういうこ
とか。1975年にサイゴンが陥落して、翌年
ブ・ライバルズという。そのように外交陣容を
アメリカはカーターという男を大統領に選び
出します。世にいうベトナム・シンドロームを
表現する人がいます。まさに適切だろうと思い
ます。
引きずっている中、ジョージアのピーナッツ畑
そういう中で、これはメディアの方ですから
多くを語りませんけれども、必ずしも対外政策
からおよそ政治家というよりも牧師のような
空気を漂わせた男が登場する。“癒しのカータ
ー”などといわれていましたけれども、要する
がかみ合っていない面もある。何よりもアメリ
カの世界戦略を構想してリードしていくよう
にあのときのアメリカにとっては癒しのカー
ターが必要だった……。
な、例えばキッシンジャー的な大きな構想力、
世界観を持った人が中軸にいないと指摘する
人がいます。チーム・オブ・ライバルズの足の
ただし、その後のイラン革命への対応だの、
さまざまな問題において、カーター政権を高く
引っ張り合いといいますか、もみ合いの中で、
評価するなどという人はいまめったにいない
んです。弱腰外交みたいな形で迷走して、政策
戦略自体が迷走しているということをいい始
めている人もいます。
論的に評価のあまり高くないカーターの二の
特に大統領府のNSC(National Security
Council)に、首席補佐官をやっているラーム・
舞みたいなところになっていくのか。つまり
「核なき世界」だとか、いろいろ格好いいこと
エマニュエル氏というユダヤ人の人がいるん
をぶち上げてはいるけれども、しょせん収れん
ですけれども、このエマニュエルとヒラリー・
クリントンが正面から相対峙していてかみ合
し切れないのではないのかという見方。第二の
8
わないといわれる。
が「核なき世界」なんて、もし格好いいことを
クリントン政権の時代にエマニュエルとい
いって、それを実現しようとするならば、イス
う人は、政策顧問をやっていたのです。この人
ラエルの核の問題を片づけなさいよ、と。もし
が中東和平、パレスチナ問題等で話をまとめて
中東非核化条約のようなものができるなら、イ
いく方向ではなくて、何か壊す方向に向けて動
ランは批准してもいい、というようなことまで
くというので、夫人のヒラリーがものすごく不
いっているのです。
信感を持った。98年にFBIの調査までさせ
ところが、アメリカにとって大変悩ましいの
て追い落とした男がエマニュエルなのです。そ
は、いわゆるダブルスタンダードというやつな
のエマニュエルが、こともあろうに首席補佐官
のです。二重基準です。私が知っているんだか
として、オバマのそばによみがえってきていま
ら、秘密でも何でもないといっていいんですけ
す。
れども、1969年という年に、秘密了解とい
したがって、ヒラリーが浮かされているんだ
うのがありました。当時のニクソン統領とメイ
という見方が出てきている。NSC中心の対外
ヤーというイスラエルの首相――女性の首相
地域戦略というのが組まれていて、ジョージ・
がいたのを覚えていると思いますけれども、
ミッチェル氏のような特別代表みたいなのが
「メイヤー・ニクソン秘密了解」というのがあ
中東問題を取り扱っていたりして、戦線がかみ
りました。これは何か。イスラエルは核を開発
合っていない。そうした意味において、中東の
したけれども、保有宣言はしない。アメリカは
イスラエルを核拡散防止条約に引き込まない。
みならず、各世界地域への戦略が必ずしもうま
くいっていないというような報告が、ここのと
そういう刺し違えの秘密了解をしている。それ
でイスラエルの核を封印するのです。しかし、
その後のイスラエルやインドに対しての核政
ころへきて多く出てきています。
策が一貫していないということは、だれがみて
核政策のダブルスタンダード
もおわかりになると思います。イランはそこに
球を投げているんですね。
オバマは「核なき世界」ということをいって
います。ここ数日、メディア等の報道をつなぎ
核廃絶とイスラエル・シフト
合わせてもそこのところがみえてきますけれ
ども、イランがまた新しい動きをし始めていま
す。この話が北朝鮮の問題にもつながるから、
ワシントンを分析しているさまざまな情報
をみると、クリントン政権もそういわれていた
んですけれども、オバマ政権はものすごくユダ
ちょっと申しあげておきますけれども、イラン
は本音は別ですけど建前上は、一度も自分は核
装備をするなどということはいっていないの
ヤ、イスラエルにシフトした政権だという評価
です。「中東の非核化」なんていうことさえい
をする人が多い。表層観察だとですね。
っているのです。中東の非核化というキーワー
ドをぶつけてきている。ハメネイ師などは「イ
例えば、国務長官のヒラリー・クリントンは
ニューヨークをバックに上院議員をやってき
スラムの教理にとって核なんていうのは許さ
たなどということもある。全米に約600万人
れない兵器だ」みたいなことまでいって、中東
の非核化という言葉をぶつけてきているので
いるといわれているユダヤ人のうち240万
人がニューヨーク1州に集中しています。その
す。ところが、これは非常に悩ましい言葉なの
ことによって、どうしてもイスラエルにフェイ
です。
バーを与えるような政策でなければ受け入れ
られないということもあって、イスラエル支持
というのは、中東の非核化ということは、わ
というのを絶えずいい続けるような空気がし
かりやすくいうと、イスラエルの核のことに球
を投げてきているんですね。つまり、アメリカ
みついています。ですから、民主党そのものが
9
イスラエルにフェーバーを与える政策をとる
してほしい。あれは書いたものではなくて、イ
傾向がある。ワシントンにはさまざまなロービ
ンタビュー記事なのですけれども、かなり踏み
ングがうごめいていますけれども、最強といわ
込んだ形で述べています。
れているイスラエルロビーの影響を受けて、民
それからもう一つの参考は雑誌『世界』です。
主党はイスラエルシフトしているという評価
私が連載している中で、ビル・ゲイツの「創造
があるんです。オバマが悩ましいのは、ここを
的資本主義」というのを紹介した論稿(『世界』
突き破らないと「核なき世界」などという話に
10 月号<岩波書店>)があります。外交と経
踏み込んでいけないというジレンマを抱えて
済について、基本的にいま日本が直面している
います。
状況に対する私の問題意識がそこに凝縮して
ここへきて、オバマも相当深く考えています
いるといっていいと思いますので、興味のある
から、イスラエルにとっては必ずしも愉快じゃ
方はそれで深めていただきたいと思います。
ない動きに出始めています。微妙にですが、つ
まり、NPTの普遍化などということをいい始
米国への過剰な期待と依存
めた。これはどういうことかというと、北朝鮮
やイランを核拡散防止の流れの中に引き込ん
それを踏まえて、手短に日本のいま置かれて
いる状況ということを申しあげます。先ほど申
でいくためには、NPTを普遍化していくとい
うことを示さないと、ダブルスタンダードじゃ
ないかという話に直面しますから。そういう空
気を察して、イスラエルがいら立ってきていま
しあげたように、米国という国の求心力が急速
に衰え、世界全般でいうと、本当の意味でのグ
す。
ローバル化へ向かっている。多極化です。一極
しかも、いまちょっと世界にとって不幸なこ
とに、イスラエルにはこの春の選挙によって、
ネタニヤフという保守派の政権ができていま
支配をグローバル化といいかえるのではなく
て、本当の意味で多くの国が国際政治のアクタ
ーになっていく状況というのがグローバル化
であるならば、いよいよ本当の意味でのグロー
バル化という時代に直面しているんだろう。そ
す。イランも、アフマディネジャードという保
守強硬派政権が継続するということになって
れが実態的に一段と米中関係を軸にした、いわ
しまった。イスラエルが非常にいら立っていま
ゆるG2化という要素さえ潜在させながら、多
極化状況が進んでいるんだろうということを
す。4,400 ㎞の航続距離がある戦闘機だの爆撃
機のデモンストレーションだの何だのといっ
前提にしながら、日本の選択をしっかり考えな
ている。イランの核施設に到達するのには
1,500 ㎞なんですけれども、往復できますよ、
といわんばかりです。単独行動さえ辞さずとい
ければいけない。そういう局面にきているのだ
ろうというふうに思います。
これは多分皆さんもそう思っておられると
思います。私、ここのところユーラシア大陸を
うようなことで揺さぶる。そういう文脈からみ
て中東が怪しくなってきている。
動けば動くほど、自分自身の物の見方や考え方
にも、いわゆる多角的な視点というものが必要
いずれにしても、先ほど、第二のカーター政
権になるのか、第二のFDR政権になるのかと
いう話をしましたけれども、まさに厳しい試金
なんだなということを痛感します。我々自身、
戦後60年という特殊なアメリカとの関係と
いう時間を生きてきていますから、米国を通じ
石に、この政権が直面してきているんだな、と
いうことに気がつきます。
てしか世界をみないという傾向を身につけて
そういう流れの中で、最後に日本について申
しあげたい。時間の制約もあるので、日本の国
しまっています。いい意味でも悪い意味でもで
す。
際関係、外交の基本的な考え方についての私の
その米国に対する過剰なまでの期待と、過剰
なまでの依存とがある。1990年代初頭に冷
考え方は、
『文藝春秋』10 月号の記事を参考に
10
戦が終わって、例えばドイツは必死になって対
年に共産中国が成立した。中国は2つに割れた。
米関係の再設計に出て、93年の米軍基地の見
アメリカには我々がチャイナロビーと呼んで、
直し、地位協定の改定などというものに踏み込
戦前、戦中、戦後、蒋介石を支援して日本と戦
んでいった。しかし、日本は一切の構造転換を
うという一群の人たちがいた。その頭目が、メ
図らないままに21世紀を迎えた。そして先ほ
ディアの帝王ともいわれたヘンリー・ルース―
ど申しあげた8年前の9・11に直面した。世
―いまのルース大使とは何の親戚関係もなく
界が9・11によって若干脳しんとう状態に入
スペルが違う――タイム・ワーナーの創始者で
ったと思います。そういう流れの中で、日本は
す。『タイム』『ライフ』『フォーチュン』とい
どうしたか。書生の議論をしているんじゃない
う雑誌をつくった男です。彼は中国で生まれ1
んだ、大人の議論なんだ、ということから、
“仕
4歳まで育った。長老派プロテスタント協会の
方がないじゃないかシンドローム”と私は呼ん
宣教師の子どもとして中国で生まれた。長老派
だのですけれども、それに陥った。要するに「日
プロテスタント協会の宣教師の子どもとして
本はアメリカについていくしかないんだ。それ
日本で生まれたのがライシャワーだった。歴史
が大人の判断なんだよ」といわんばかりの選択
に「れば、たら」はないけれども、ライシャワ
がなされて積みあげられてきた。
ーが中国で生まれて、ヘンリー・ルースが日本
過剰なまでの米国に対する期待感と依存と
で生まれていたら、20世紀の日米中の関係は
でこれからも生きていければ、日本の安全と安
心が成り立つというならば、それはそれでもっ
変わっただろうなというぐらい、この男はアメ
て一つの選択肢かもしれません。けれども、世
どう与えたかというと、真珠湾に向かう5年
界は大きく変わってきています。特に私が強調
しておきたいのは、米中関係が変わってきてい
間に、自分が育てたメディアを駆使して、反
日・親中国キャンペーンを繰り広げて、アメリ
ます。
カの世論を一気に変えていった。
日米関係は米中関係なのだ
私の著作の中に、ペリー浦賀来航から今日ま
で の 日 米 関 係 を 分 析 し た 本 (『 ふ た つ の
Fortune』ダイヤモンド社 1993 年)もあるん
ですけれども、松本重治さんという有名な外交
評論家はこんなことを言っています。松本さん
はメディアの世界で育った方です。六本木に国
際文化会館を残して亡くなられた彼が、我々に
いい残していっている言葉の中で一番重要だ
と思うのは次の言葉です。それは「日米関係は
リカの対アジア政策に影響を与えた。
ところが、戦争が終わって、ヘンリー・ルー
スが支援した蒋介石がいよいよ中国を治めて
いくのかと思ったら、わずか4年で毛沢東に追
い落とされて台湾に逃げ込んだ。チャイナロビ
ーの人たちが台湾ロビーと化して、そこからア
メリカの対アジア政策が迷走します。1972
年まで、ニクソン訪中などというあたりまで、
アメリカは中国本土の政権を承認できなかっ
た。その間、ヘンリー・ルースはダレスらと連
携しながら、日本を西側陣営の一翼を担う形で
取り込んで、戦後復興させようとします。それ
が敗戦後わずか6年でサンフランシスコ講和
条約だとか、日米安保などというものが結ばれ
米中関係だ」という謎解きみたいな言葉なんで
た背景になっている。そういうことが検証され
す。日米関係は二国間関係で完結しないんだよ、
てきています。
中国という要素が絡みついているんだよ、とい
いかに中国という要素が絡みついているの
うことをくどいほど彼はいい続けていた。事実、
かということです。もし戦後のアジアで、蒋介
そうなんですね。日本とアメリカとの関係の間
石が中国本土の政権を掌握し続けていたなら
には、常に中国というファクターが、ペリー浦
ば、日本の戦後復興は後ろに30年ずれただろ
賀来航以来絡みついています。
うといわれています。どうしてかというと、戦
一つの重い事実だけ申しあげると、1949
勝国の中国と戦勝国のアメリカが手を携えて、
11
アメリカの投資も支援もまず中国に向かって、
けて、段階的接近法であろうが、ドイツがやっ
日本に回ってくる余地なんか、30年後ろにず
ていったように、冷戦後あるいは21世紀をに
れただろうということなのです。
らんで、安全保障の世界において東アジアに軍
事的空白をつくらない形で、粘り強く基地の段
ところが、戦後わずか4年で中国が2つに割
れた。日本にとっては僥倖にも近いタイミング、 階的縮小、地位協定の改定ということを実現し
ていかないといけない。そうでなければ近隣の
中国にとっては不幸なタイミングで割れて、ア
メリカの覚えめでたさを一身に浴びて、日本は
アジアの国々も、ロシアも、欧州の外交分野の
復興、成長というプロセスの中に入っていった。
有識者も、日本を成熟した大人の国として尊敬
するということはあり得ないでしょうね。
日本の外交は中国という要素がブラインド
になっていることが多いんですね。どういう意
自分は大人だと思い込んでいる子どもみた
味かというと、米中関係なんです。つまり、い
いなパラダイムから脱却していかなきゃいけ
まもし日本が日米で連携して、中国の脅威を囲
ない。やけに気負ったナショナリズムでもなく、
い込もうというゲームを21世紀に展開して
かつての反米・反安保などという話ではなく、
いこうと思っているならば、この思惑は完全に
世界状況の中で、対米関係をしっかりした成熟
ずれていますね。米中同盟ができるなんていう
したものにしていくという覚悟を持って向き
単純な話ではないんです。アメリカにとって、
合わなければいけない局面がきているのでは
日本も同盟国として大事だけれども、中国も一
ないかと思います。
段と重要という時代に入ってきていて、ゲーム
はすべて相対化しつつあるといえます。したが
その一つのこだわりが、基地です。要するに、
中国やロシアのしかるべきレベルの、世界情勢
って、日米中という要素が相対化されていく中
を考えている人と議論すると、日本はすばらし
で、その一角をきりっとした形で占めていくス
タンスというのが、日本にとって大きく問われ
い国だと持ち上げます。戦後復興、苦しい中か
ら立ち直ったすばらしい国だ、すばらしい技術
てくるだろうと思います。
と産業基盤を持った国だといって持ち上げま
す。だけど、その目の奥の奥に、私の変なコン
プレックスでも何でもなく、日本は何だかんだ
米軍基地縮小と地位協定改定
いうけど、アメリカの周辺国だという目線がみ
えてきます。
そういう文脈の中で、対米関係の再設計を考
えるべきです。これはアメリカとの関係を悪化
成熟した日米関係の再設計
させようとかいうような話ではない。ここで日
本人が本気で考えなければいけないことは―
―これは民主党の政策とは一切関係ありませ
ん。民主党がどこまでそれを展開できるかなと
アメリカとの関係をどうすべきなのか。ざっ
くりいうと、実は日米同盟、戦後60年以上続
いうぐらいの気持ちでいっているにすぎない
わけですけれども――常識に返るということ
けてきていますけれども、しっかり調べると、
軍事片肺同盟なんです。経済について、日米同
なのです。
盟を担保するスキームというのはないのです。
常識に返るということは、変なナショナリズ
ムでいっているわけではない。かつて革新勢力
だから、韓国とアメリカが結んでいるようなF
TA一つないんですね。経済の関係においては
なる人たちがいっていた、反米・反安保・反基
地などという話ではない。そうでなく世界の常
より踏み込んで、FTAとかEPAといえるよ
うな関係をしっかり構築して行くべきでしょ
う。安全保障の関係においては適切な間合いと
識に返って、戦後64年たって、独立国に外国
いいますか、要するに段階的な基地の縮小、地
の軍隊が駐留していることは不自然なことな
んだ、という常識。どんなにこの先、時間をか
位協定の改定、しかもアジアに空白を起こさな
12
いため、日米の軍事協力関係を有効にするため
を議論している人の中から、ふつふつとわき出
のスキームを、やわらかく再設計する。それが
てこなければいけない局面になっているので
実は私が『文藝春秋』(2009 年 10 月号)に一
はないか思っています。
部踏み込んで書いている構想です。
以上、約1時間10分ほど話してしまいまし
要するに、アメリカが前方展開兵力を引き上
たので、私の話は一応ここで締めくくることに
げても、アジアに緊急事態が起こったときに展
します。(拍手)
開できるような形で日本がサポートする。この
あたりのことを、より具体的な形で描き切って、
質疑応答
日米の関係を本当に相互に信頼し、敬愛できる
ような関係に持っていけるかどうか。これが多
分戦後という時代を生きてきた人間が、この先
司会・橋本五郎企画委員(読売新聞特別編集
登場してくる日本人に残しておかなければい
委員) 大きな観点から論じていただきました。
けない世代的責任でもあるのではないだろう
私、最初に1問だけ質問しまして、そのあと会
か。
場の皆さんからの質問を受けたいと思います。
まあ、これは鳩山さんに聞く話でしょうけれど
最後のポイントです。麻生さんまでが「市場
も、一体いまのような大きな認識――認識は違
原理主義からの決別」という表現をもって選挙
っていても――そういう大きな観点から日本
戦を戦いました。けれども、新自由主義、市場
の置かれている立場を考えて一体どうすべき
なのだろうか。アメリカから自立しなければい
原理主義から決別して一体どこへ行くんだと
いうことです。経済界を含めて、日本において
けないという感じは非常に強く出ているんで
新しい資本主義のあり方が問われているんだ
すけれども、では、どういう感じでやろうとし
ているのか。現実的に。
ということについて、強い責任感を持って事態
の変化をとらえている人が、意外に少ないこと
に驚きます。
それが『世界』(2009 年 10 月号)に書いた
ビル・ゲイツのことなんです。IT革命のフロ
寺島 いまは政局の大きな移行期で、だれか
が責任を持ってシナリオを束ねられるような
ントランナーとして走り、アメリカの資本主義
に対して大きな責任感を持っているビル・ゲイ
状況でもないと思います。ですから、私自身が
それについてお答えできるような立場でも全
くないんですけれども、ただ、きょうお話しし
ツだとか、ジョージ・ソロスなんかと向き合い
たことはは一つの軸のところで絶対必要にな
議論し、彼らの考えていることをしっかり読み
込むと、要するに時代に対する大きな責任感を
ってくる話だと思っています。そういう意味で、
民主党がそれをどこまでできるかを、これから
感じます。資本主義をどうしていこうとしてい
るのかということですね。マネーゲームによっ
て痛手を受けた世界経済をどう立て直すのか
よくウオッチしていかなければいけないと思
という視点です。
マニフェスト的な政策論だけに引き込まれ
ると、政策の議論がどんどんポピュリズムに走
います。
日本についていえば技術と産業の創生、エン
ジニアリングの視点が再生にとってものすご
く重要だと思っています。エネルギー、食糧、
資源の外部依存が高い日本経済の弱点を、技術
ってしまいがちです。票につながるとか、受け
がいいとかというところの話になっていっち
ゃうと思うんです。けれども、イギリス労働党
が政権をとったときに、アンソニー・ギデンズ
をベースにどうやって補完していくのか。自動
車以降の新しいプロダクトサイクルをどうや
ってつくって、日本人が飯を食っていく産業基
の『第三の道』という本が出て、政策思想の機
軸のところを支えるようなことをやった。政策
盤をつくるのか。そういった視点が日本の経済
科学をやっているような人たちが懸命に支え
ているんです。そういうたぐいの役割だとか活
13
動が非常に重要だと思っています。日本はアカ
に感じたんですが、しかし、案外、これは初め
デミズムとかシンクタンクの機能が弱いから、
て提示された哲学ではないか、ということを私
政策の議論が希薄になる。人ごとじゃなくて、
は感じるんです。それで寺島さんご自身のお考
実は自分が一番責任を感じているところなん
えと、あるいはそのことを海外で紹介されたと
です。アカデミズムとかシンクタンクとかとい
きの反応があれば教えていただきたい。
うのがしっかり力を発揮できるかどうかも、実
はいま問われているのだと思います。ワシント
寺島 「友愛」なんていうのは、私自身も口
ンの場合、多様なシンクタンクがあって、政権
にするのも恥ずかしいぐらいのコンセプトだ
がかわれば回転ドアのようにそれに入ってい
と思っていなくもないんです。が、ただ、変な
くという形の機能もある。けれども、日本の場
ことにまさに世界がパラダイム転換を起こし
合にはどういう選択肢があるのかということ
て、オバマがいっていることも、別な意味でい
をきちっと突きつけていくような機能も十分
えば「友愛」なんですね。対話と協調だとか。
持っていない。
つまり「友愛」というのはホスピタリティーと
私、いまアジア太平洋研究所構想というのを
もいえるし、要するに相手の立場を理解して自
大阪で実現するための推進協議会の議長をや
分の立場を主張しようというときの、最初の切
っています。アジア太平洋の時代の情報の集積
り口としては非常に意味のあるコンセプトに
点を日本につくり、政策の選択肢がどういうと
ころにあるのかということをしっかりつくっ
発展させられる可能性もある……。
世界全体が21世紀に入って学んだことと
いうのは、わかりやすくいえば、ネオコン型の
ていくということを、産官学、メディアも含め
て力を合わせてやっていかないと、日本の政策
論というのはいつもうつろになって、腰の弱い
力の論理で、自分の理想とすることを実現して
みせるというつもりで突っ込んだら、結局は、
ものに終わってしまうんですね。私が一番責任
を感じているのは、むしろそこのところです。
司会 よくわかりました。会場からの質問を
うか。であるならば、やっぱりいろんな立場、
宗教、民族の相違を大きく取り込みながら、対
話と協調でやっていかざるを得ないよね、とい
どうぞ。
質問
ものすごい疲弊感であったということでしょ
うところにアメリカも返っていった。そういう
中で、日本こそ出番だといえないわけでもない
のです。さっき中東のところで十分には語れま
鳩山さんから人事についての話はあ
せんでしたけれども、実は日本の中東における
立ち位置というのは、私たちが思っている以上
るんですか。
に重いものなんですね。
寺島 全くありません。
例えばパレスチナ問題に、どちらかに加担し
なければならない必然性のない先進国なんて
いうのは日本ぐらいです。欧州もイスラエルに
質問 戦後の自民党政権には、ある意味では
哲学がないというか、理念がなかったというふ
EUの準加盟国待遇を与えて、いまだに600
うに感じるんです。経団連も、まだ新日鉄の会
長さんあたりがやっておられたころは多少あ
万人のユダヤ人を虐殺したドイツなんていう
話を引きずりながら、イスラエルと、パレスチ
ったように思ったんですけれども、トヨタ、そ
ナ問題と向き合っている。日本にはそれがない。
れから最近のところまで来ると、どうも哲学が
…。
しかも、中東のいかなる国に武器輸出したこ
ともなければ、軍事介入したこともない唯一の
今度の鳩山さんは「友愛」というのを発表し
た。いささか高校生の弁論大会のテーマのよう
先進国です。惜しむらくはイラクに自衛隊を送
ったことは……と思うんですけれども、あれも
14
外からの目線からみると、ものすごく奇異にみ
ていかなければ、核なき世界には向かえないと
えるんですね。国際法上は正規の軍隊である自
いうことはわかっているわけですね。これから
衛隊を送ってはいるんですけれども、治安活動
も続々と途上国が原子力発電を目指す流れの
はしてはいけないという枠組みの中で送って
中で、核兵器の誘惑に向かわせないためにも、
います。ですから、外国の軍隊に守ってもらう
安定的に核燃料を供給できるような仕組みな
正規の軍隊というのを送って、どう説明しても
んていうことを構想し、実現していかなければ
首をかしげられるような状況なのです。幸いに
いけない。そういう方向に向けて、日本の役割
して、だれ一人傷つかず、だれ一人傷つけず帰
というものはものすごく重いのです。
ってきた。そんなこともあって、中東の人たち
ですから、まさにオバマと連携しながらやっ
からみれば、非常に奇異な印象を与えているけ
ていくことというのは、中東外交や、環境など
れども、いま現在、日本の立ち位置に負の意味
の分野ですごく多く存在している。そういうこ
で決定的な何かを与えているようなことでも
とを認識しなければいけない。
ない。
そういう中で、おっしゃった「友愛」という
そういう中で、日本は安定的な中東産油国の
コンセプトが、うつろな高校生のたわ言で終わ
需要先である。そしていままでに2万人を超え
るのか、より実態のある友愛リベラリズムみた
る中東の技術者を日本で研修させている。そん
いなものとして認知されるような政策論にま
ないろんなことが認知されて、実は中東におけ
る日本の役割、期待というのは思いもかけない
で昇華していくかは、まさにこれから問われて
いくのだろうと思います。
ほど重いのです。
8月5日にイランのアフマディネジャード
質問 国家戦略局をつくるという話があり
大統領の就任式があったんですけれども、当然、
ます。各省の設置法を廃止してーーー官僚は設
上海協力機構の国はいち早く政権を承認し祝
置法に基づいていろいろと仕事をしておりま
意を伝えていますが、欧米先進国及び日本の中
すねーーーこれを廃止して、政治主導でやると
では、日本だけが大統領に祝意を送っているの
いう装置につくりかえなければいけない、とい
です。欧米からすれば、日本は何をやっている
う議論ですが、どういうふうになるのか。
んだ、というふうに思っているはずです。
もう一つ。アメリカのほうから、日本の金融
このように日本の中東外交というのは意外
機関に対して、自己資本、普通株を中心とした
なほど個性的なのです。アメリカは79年のホ
本源的な自己資本を4%以上にする、と。日本
メイニ革命以来、イランと断交を続けていて、
の大手の優良大銀行は、普通株を中心としたも
のろわれた国のように思っています。けれども、
のが4%ぐらいあると思うんですが、1社だけ、
日本は継続的にイランとの関係を保ち、ある種
ちょっと非常に低い大きな金融機関がありま
の信頼関係を持っている。ですから、実はイラ
すね。アメリカの銀行は大体10%ぐらいある
ンという国の核制御の問題も含めて、日本の役
わけですよ。その自己資本規制というものがあ
割はすごく重いのです。
って、かつてバブルの後始末で、日本は大変呻
しかも、IAEA、ウィーンにある国際原子
吟しましたね。この流れは、アメリカは大変な
力機関のトップは天野さんという日本の大使
武器を使ってきているという感じがするんで
になっている。要するに、これから日本が、
「核
すが、どのようにお考えでしょうか。
なき世界」とオバマがいっていることに連携し
ながら、日本がさらに踏み込んでいくのに大変
いいフォーメーションになっているのです。
寺島 国家戦略局に関しては、まだ骨格が全
くみえないという状況です。コンセプトとして
世界も、IAEAの核制御だとか、原子力の
平和利用だとかの機能というものをより強め
は、誘惑を禁じ得ないような方法論だともいえ
るんですね。つまり、省益あって国益なし的な
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日本とかいわれてきて、官僚制というものを制
して、ルールづくりの真っ-ただ中に日本人が
御するために、ガバナンスをきかせて、国家戦
出ていかないと、つくられたルールの中でもが
略局のようなもので内外政一体の戦略論を組
き苦しんでずり落ちていく戦いにならざるを
み立てられるならば、本当に有効性の高い方法
得ない。
論だったということに、歴史的に総括される時
ディベート社会を戦い抜いてきている、国際
代が来るかもしれない。けれども、要するに、
機関等で働いているたくましい人たちと議論
私自身も大きな問題意識を感じるのは、企業経
すると、気をつけないと本当に押し負けてしま
営でもそうですけれども、各ラインがばらばら
います。特に「あなたの議論の前提としている
になっているから、社長室に戦略局をつくろう
基本認識自体が、トータリーに間違っているん
といって、戦略局をつくって束ねてみても、そ
だ」などという話から組み立てられてくると、
この持っている構想力と、そこの持っているガ
大概の人はギョッとする。おれは間違っている
バナンスによって全く違いますよね。
のかなと思って、腰が引けちゃうんですけど、
だから、本当にそこが世界を見渡した大きな
そこのところ、つまりルールをつくるところに
構想力と戦略、企画力を持っていれば、有効に
日本の最大の経営資源を投入してでも踏み込
機能するかもしれませんけれども、さて、どう
んでいかなきゃいけない。そういうときにきて
なるか。多分、いまはだれもわからない状況だ
いるんじゃないかと思っています。
ろうと思います。
後半のほうについていえば、まさにおっしゃ
るとおりに、バブルのピークにBIS規制の議
質問 仮になんですが、入閣の要請があれば
どうされるか。また、もし応じるならば、どん
論があって、自己資本比率何%という話に金縛
なポストをご希望になるか。もし日本郵政の西
川社長の後任、というような声があったらどう
りになっていったプロセスがあるわけです。あ
のころ、私、ワシントンにいて、世銀総会にや
か。
ってくる日本の銀行のトップの人に「BIS規
制、大丈夫ですか」という話をしたら、
「いや、
株価さえ高ければ、平気ですよ」ぐらいのこと
寺島 先ほど申しあげたように、自分の役割
と、自分の責任を持って立ち向かうべき分野に
をいっていた。が、あっという間に追い込まれ
関しては、結構本気で思い込んでいる部分があ
ります。が、その種の政局的な世界に踏み込む
ていきましたよね。
それは一体何かというと、例えばバーゼルに
ということはあり得ません。
おける日本の戦略対応にしてもそうなんです
けれども、自らがルールをつくる側に踏み込ん
でいかないと、つくられたルールの中でもがく
しかないのです。これはもう必ずしもこの分野
だけではなくて、スポーツの世界まで含めて、
日本が常に置かれがちな傾向なんですね。
司会 先ほど、新しい資本主義のあり方は一
体何がキーワードになるのかという話しがあ
った。かつて経済学者の大塚久雄は「企業資本
主義を倫理で維持することはできない。しかし、
企業資本主義から倫理がなくなったら、あとは
明治期の日本人というのは、国際社会に対し
て向き合っていったときに、海外体験をした日
本人、もしくはお雇い外国人さえ含めて、総力
崩壊するだけである」という言葉を残している
んですけれども。新しい資本主義の軸になるも
のは一体何なのでしょう。先ほどからいわれて
を挙げて国際社会のルールづくりに対して踏
いる思想的な軸みたいなものですね、それはい
かがお考えですか。
み込んでいった。そういう時代というのを思い
出して、日本国として、例えばWTOに対して
もそうですし、それからいまいったスイスのバ
寺島 ビル・ゲイツの『創造的資本主義』を
ーゼルの対応も含めて、官民の人材を集中投入
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お読みになった方もおられると思うんですけ
脈の中で、『文藝春秋』の中でも、たしか日米
れども、実は新しい話でも何でもないなという
中の正三角形ということを書いておられた。自
ことに気がつくと思います。つまり、渋沢資本
主自立の外交と正三角形との間に、やや距離が
主義を米国流にいいかえているのかもしれな
あるなというふうに感じています。1つは、普
いといってもいいぐらいなんです。
遍的な価値観、民主主義とか、人権とかいうも
というのは、彼は市場によって解決できない
のですね、そこでちょっと開きがある。あと、
問題があるということに我々は気づくべきだ、
ソフトパワーということで、アメリカとかです
ということを前提にしている。要するに格差、
と学問や音楽や、いろんなもので日本と共通す
貧困という問題に新しい資本主義はどう立ち
るものがある。あるいは共感を呼ぶものがある。
向かうのか、というのがキーワードです。
しかし、中国は何となくちょっと違うという中
で、その辺のギャップについてはどういうふう
そこで分配の問題なんですけれども、経営者
に考えているのか。それでも正三角形でいいの
というのは、自分たちが収益を上げたもので税
か。
金を納めて、その税金を政治が配分して、貧困
だとか格差だとかという問題に立ち向かって
2問目。もしアメリカ大使にという声がかか
いるんだから、おれたちはそういうことについ
ったときも、あり得ないということでしょうか。
ては一次的な責任はないよ、というところに線
引きをしがちなんです。けれども、いや、そう
寺島 正三角形論で、本音のところで申しあ
げておくと、日本の21世紀の国際社会におけ
じゃない、やっぱり世界における貧困と格差の
問題、国内における貧困と格差の問題に経営者
る役割の一つが、中国を国際社会の建設的な構
そのものがもっと当事者意識を持って向き合
成員にしていくということです。そう腹をくく
らなきゃいけない。
わなければいけない、というところが彼の創造
的資本主義の一つのキーワードです。分配を政
府に任せているんじゃなくて、彼なりの構想で、
例えば収益の何%かでファンドをつくって、そ
のファンドで自分たちが重要だという問題に
人権の面だとか、知財権だとか、やれ環境問
題だとかで、中国のスタンスの中に、我々がジ
リジリするような部分があることは間違いな
い。だけど、段階的にこの国を世界の秩序に引
立ち向かっていく。そういうような構想を、ビ
き込んでいくということが、日本の役割であり、
ル・ゲイツは語っているんです。
国益なんだという腹のくくり方が大事ですね。
だけど、この話は、先ほど申しあげたように、
渋沢資本主義的な世界とほとんど一緒です。日
本の資本主義というものが草創期からどうい
例えばWTOに中国が入るのを懸命に日本
は支援したんですけれども、これは正解だった。
国際商ルールにのっとった貿易というものに
うプロセスで今日まで来て、一時、日米財界人
向き合う国として中国が変わっていった。それ
会議で日本的経営の優越性なんていうことを
ぶちあげていた人たちが、そこから一気にアメ
リカ流コーポレートガバナンス論に傾斜した。
そして、株主資本主義の徹底というところに行
ってしまったわけですけれども、もう一回踏み
は日本の国益になっている。今後、知財権につ
いても環境についても、中国をやはり国際社会
の責任ある当事者にしていくということに、多
少いら立ちながらでも腹をくくる必要がある。
アメリカが潜在させているDNAはモンロ
ー主義です。つまり不都合なことが起こるとい
こたえて、アメリカの経営者自身がまさにそう
いうところに視座を置き始めていているとき
だからこそ、日本の経営者はその問題意識にこ
きなり内向きになるという傾向があります。要
するにアメリカがアジアに積極的に関与して
いくことを、日本はしっかりつなぎとめていか
たえなきゃだめですね。
なければいけない。アメリカをアジアから孤立
質問 自主的な外交、自立的な外交という文
させてはならないということです。
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しかも、核なき世界の方向へ、アメリカ自身
が国際社会のルールをリードしていくように、
日本は連携しながら持ち上げていかなければ
いけない。ある意味では矛盾をはらんでいたり、
そんな簡単なものじゃないだろうという話に
なるんですけれども、ある種の覚悟を持って日
本の立ち位置を踏み固めていかなければいけ
ないんじゃないだろうか。
あとの話というのは、私にとっては全く青天
の霹靂みたいなものですけれども、そういうこ
とに関しても、いわゆる自分の役割というもの
が何であるのかということについての自覚と
いうのは、だれよりも強く持っているつもりで
す。適切な役割を粛々と果たしていくことに徹
したいと思っています。
司会 はい、ありがとうございました。時間
が過ぎました。ゲストブックにこんな言葉を書
いていただきました。ご本人から紹介していた
だきます。
寺島 「実事求是」と書いたんです。要する
に、事実を粛々とみきわめていくという意味で
す。
司会 そうすると、事実として何か要請があ
ったりすると、粛々と……。
寺島 また、何をいい出すの……。(笑)
司会 ということで、本日は非常に深いお話
をありがとうございました。
(文責・編集部)
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