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住宅性能表示制度が住宅価格に与える効果について

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住宅性能表示制度が住宅価格に与える効果について
住宅性能表示制度が住宅価格に与える効果について
政 策 研 究 大 学 院 大 学
まちづくりプログラム
MJU09054
梅田利孝
<要旨>
住宅性能表示制度は、住宅の主な品質性能に関して統一的な基準による共通のルールを
設けて第三者機関による評価を行う制度であり、住宅市場における情報の非対称の問題を
改善することが期待されている。
本論文では、住宅性能表示制度が住宅価格に与える効果を 1999 年4月~2009 年7月まで
に販売された東京 23 区内の新築分譲マンションデータをもとに、ヘドニックアプローチを
用いて分析を行った。特に、構造計算書偽装問題に伴い、情報の非対称性の問題が顕在化
した前後、耐震基準の監督を強化した建築基準法改正前後における住宅性能表示制度の効
果の変化について、中小企業、大手企業の違いに注目しつつ分析を行った。
分析の結果、構造計算書偽装問題以降、住宅性能表示制度は住宅価格を上昇させる機能
を有することが判明した。こうした住宅価格の上昇機能は、建築基準法改正により一部代
替されたものの、依然として効果を有していることも分かった。また、住宅性能表示制度
は中小企業を中心として住宅価格の上昇機能がみられ、大手企業においても高品質な品質
性能の比較手段として機能を有することも判明した。
これらを踏まえ、建築基準法の見直しと、住宅性能表示制度の利用促進に向けた評価項
目の簡素化や情報発信等について提案した。
0
<目次>
第1章 はじめに
1
第2章 情報の非対称性について
2
2-1.逆選択問題
2
2-2.シグナリング
3
2-3.スクリーニング
3
2-4.ブランド名の確立
4
第3章 住宅性能表示制度の概要について
4
3-1.住宅性能表示制度とは
4
3-2.住宅性能表示制度の利用実績
6
第4章 住宅性能表示制度が住宅価格にもたらす影響に関する理論分析
7
4-1.住宅性能表示制度と情報の非対称
7
4-2.ブランド名が情報の非対称に与える影響
8
4-3.構造計算書偽装問題と建築基準法の改正
9
第5章 住宅性能表示制度が住宅価格にもたらす影響に関する実証分析
10
5-1.住宅性能表示制度が住宅価格に与える効果
10
5-2.大手企業における住宅性能表示制度の効果
14
5-3.各性能項目が住宅価格に与える効果
17
第6章 まとめ
19
1
第1章
はじめに
住宅市場における買い手(消費者)と売り手(販売業者・施行業者)との間には住宅の
品質性能に関して「情報の非対称性」が存在するといわれている。中川(2007)によれば、
「住宅の売り手と買い手の間で、住宅の売り手はその品質を熟知しているが、住宅の買い
手が手に入れることのできる情報は、住宅の規模、利便性、外観などに限られ、住宅の耐
震性能、耐久性能などについては、正確な情報を得ることができない。」とされ、消費者が
住宅を購入するプロセスにおいて、住宅の品質性能に関する情報の非対称問題が発生して
いることが明らかとなっている。
こうした状況において、売り手側は、自社の販売する住宅が品質性能の高い住宅である
ことを様々な手段を通じて消費者に伝えようとしている。例えば、売り手は住宅情報誌に
おいて「震度○の地震でも安心」であるとか「自社独自の工法を使用した省エネ設計」と
いったような広告を掲載することで、消費者に住宅の品質性能が一定に高いであろうとい
うことを理解させようとしている。しかしながら、買い手側は、住宅の品質性能に関する
詳しい知識があるわけでもないため、似たような記事が掲載されている場合の比較検討は
容易でない。つまり、住宅の正確な品質性能は結局のところ事業者でなければわからない
といえる。
そこで、住宅の主な品質性能に関して統一的な基準による共通のルールを設けて第三者
機関による評価を行うことにより、買い手側が客観的に住宅の品質性能を比較評価できる
ことを目的として、2000 年 10 月より「住宅性能表示制度」が施行された。
岩田(2006)によれば、住宅性能表示制度は情報の非対称問題に対してスクリーニング
機能を有し、情報の非対称の改善に効果を与えることを論じたうえで、信用力の高い性能
情報の流通を行うために、八田(1997)が提案する建築物登録制度の導入を提案している。
また井出(2004)は住宅性能表示制度が住宅市場に与える影響について考察している。
このようにこれまでも住宅性能表示制度の機能に関する理論的な背景については研究が
進められてきたものの、住宅性能表示制度がもたらす効果については、具体的な実証分析
の蓄積はほとんど進んでいない1。
住宅性能表示制度の創設からおよそ 10 年が経過し、実績件数も一定に積みあがってきた
現状において、住宅性能表示制度が情報の非対称性に与える効果について実証分析を行い、
評価をすることは、今後の住宅政策にとって有益であると考える。
本稿は、住宅性能表示制度が情報の非対称性に与える効果を時系列に分析し、評価する
ことで、今後の住宅性能表示制度の在り方について考察を測ることを目的とするものであ
†
本稿は、筆者の個人的な見解を示すものであり、筆者の所属機関の見解を示すものではな
いことをあらかじめお断りしておきます。なお、本稿にある誤りはすべて筆者の責任です。
1 藤澤・中西・中井(2004)は住宅性能表示が新築分譲マンションに与える影響について
実証分析を行い、性能評価書を取得したマンションの価格が高いことを明らかにしている。
1
る。分析には 1999 年4月~2009 年7月までに販売された東京 23 区内の新築分譲マンショ
ンデータをもとに、ヘドニックアプローチを用いた。
特に、今回時系列分析を行うに際して、2005 年 11 月に発覚した構造計算書偽装問題2は、
住宅の品質に関する情報の非対称性問題を論じるに際して大きな影響を有するものと考え
る。当該問題により、新築マンションにおいても住宅の品質に関する情報の非対称性が存
在していることが強く認識され、改めて的確な情報提供や情報の信頼性の確保が求められ
たといえる事件である3。
また、当該問題を契機として、2007 年6月に建築基準法の改正が施行された。当時の改
正により、建築物の構造上の安全性を確保するために、確認検査の厳格化(構造計算適合
性判定制度の導入、中間検査の充実等)や指定確認検査機関に対する監督の強化を導入し
た4。当該改正は、建築物の耐震性に関して情報の非対称性の問題を緩和することが期待さ
れることから、その結果、耐震性能に関して住宅性能表示制度の機能を代替してしまうこ
とも考えられる。そこで、分析に際しては、これらの影響についても考慮にいれた分析を
行うこととする。
さらに、長岡・平尾(1998)は、情報の非対称に対応する戦略として、企業のブランド
名を確立することを挙げている。これを踏まえ、中小企業、大手企業の違いによって住宅
性能表示制度がもたらす効果についても注目した分析を行う。
第2章
情報の非対称性について
2-1.逆選択問題
井出(2004)によれば、
「住宅は、物件ごとに質が異なり、購入決定時点で購入者が物件
の質を完全に把握できないという性質をもつ」ことから、住宅市場においては売り手と買
い手の間で、品質性能に関して情報の非対称性が発生しているといえる。住宅の購入に際
して買い手が住宅の情報を十分に把握できない場合、良質な住宅を購入しようとしたにも
かかわらず、結果として質の悪い住宅を捕ませられてしまうといった問題が生じる可能性
がある。これは「逆選択問題」と呼ばれる現象である。
住宅の品質性能に関する情報とは、建物の構造や材質といったものが考えられる。例え
ば、使用する鋼材の厚さや防錆仕様、断熱性能や遮音性能がどの程度かなどといった情報
2005 年 11 月 17 日、国土交通省は「姉歯建築設計事務所による構造計算書の偽造とその
対応について」を公表した。
3構造計算書偽装問題がもたらす情報の非対称問題については福井(2006)や山崎=瀬下
(2006)を参照
4 中高層の建築物については、構造設計の際に、再計算を行い第三者の専門家による検討を
行う義務が課された。また、構造設計、設備設計の専門資格を創設し、中高層建築物の設
計への関与を義務付けた。詳しくは広畑(2006)参照
2
2
が挙げられる。本来、買い手側においてもこれらの情報について正確に把握できていれば、
良質な住宅は質の悪い住宅に比べて価格が高くなることが予想される。
ところが、買い手側がこれらの情報を正確に把握することは極めて困難である。どちら
が品質の良い物件であるのか、品質の悪い物件であるのか判断できない状況において、買
い手は悪徳業者にだまされることを恐れ、住宅に対して高い価格を提示しなくなる。その
ため、時間の経過とともに住宅市場では悪質な物件ばかりが取引されるようになってしま
う。これが逆選択問題の帰結である。
2-2.シグナリング
このような逆選択問題に対応するため、良質な住宅を供給する売り手は、悪徳業者と区
別させるような情報をシグナルとして買い手側に送ることで、一定に高い価格での販売を
可能としている(シグナリングという)
。
例えば、大手販売業者は住宅情報誌や TVCM 等多額の宣伝広告費をかけて営業活動を行
っている。仮に質の低い住宅の売り手が高品質と偽って多額の費用をかけて広告を行った
場合、虚偽が発覚したときには当該業者の売り上げが減尐し多額の損失を抱えることにな
るため、悪徳業者はあえてそのような戦略を採らない。したがって、良質な住宅を販売す
る売り手側からすると多額の費用をかけても、品質の高い住宅であることを買い手側に推
測させ、高価格での取引を行えることが期待できることから、売り手にとっては得策なの
である。戸建てメーカーの多くが住宅展示場にモデルハウスを建てていることも同様の理
由として整理できる。
2-3.スクリーニング
情報のない買い手側が、情報を有している売り手側に情報を明らかにさせためにとる行
動としてスクリーニングと呼ばれる戦略が挙げられる。
岩田(2006)によれば、住宅性能表示制度にはスクリーニング機能が期待されている。
住宅性能評価書を取得するためには、第三者機関である指定住宅性能評価機関が行う検査
を受けなければ、評価書を取得できない仕組みとなっている。現場検査が厳しくなること
から、住宅性能表示が定める品質基準を満たしていない売り手は当該制度の利用を避ける
ことになるであろう。このようにして、買い手側は住宅購入前に、第三者機関が提供する
住宅性能表示制度の利用を売り手側に促せば、質の高い住宅かそうでないのかを見分ける
ことができ安心して良質な住宅を高い価格で購入することができるのである。
以上のように住宅性能表示制度は品質の評価に関するスクリーニング機能を果たすこと
が期待されるのである。
3
2-4.ブランド名の確立
長岡・平尾(1998)によれば、逆選択の問題に対応する売り手側の戦略として、企業の
ブランド名を確立することを挙げている。買い手側が特定の製品の品質を知ることができ
なくても、売り手である企業の評判(ブランド名)によって高品質であることを推定し高
い価格を支払うというものである。
ブランド名を確立させるために売り手側は、長期にわたって市場にコミットしていくこ
とが必要になる。そのためには多くの時間と費用が必要とされることから、品質の低い住
宅を販売する戦略を採る企業がそのような長期的な関係を構築していくことを行うメリッ
トはないことになる。
第3章
住宅性能表示制度の概要について
3-1.住宅性能表示制度とは
住宅性能表示制度は、住宅の品質確保の促進、住宅購入者等の利益の保護、住宅に係る
紛争の迅速かつ適正な解決を図り、国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与す
ることを目的として 2000 年4月に施行された「住宅品質確保の促進等に関する法律」にお
いて新たに創設された制度である。
特に住宅性能表示制度は、以下の点を主な目的としている。
①住宅の性能(構造体力、省エネルギー性、遮音性等)に関する表示の適正化をはかるた
めの共通ルール(表示の方法、評価の方法の基準)を設けて、消費者による住宅の性能
の相互比較を可能にする
②住宅の性能に関する評価を客観的におこなう第三者機関を整備し、評価結果の信頼性を
確保する
③住宅性能評価書に表示された住宅の性能は、契約内容とされることを原則とすることに
より、表示された性能を実現する
性能の評価項目と基準については、「日本住宅性能表示基準」(表1)及び「評価方法基
準」を定めて、客観的な指標を用いたルールを設けている。日本住宅性能表示基準では、
まず構造安全性や防火性能などの 10 分野を定めている。これらは①構造の安定②火災時の
安全③劣化の軽減④維持管理への配慮⑤温熱環境⑥空気環境⑦光・視環境⑧音環境⑨高齢
者等への配慮⑩防犯対策(2006 年4月より追加)の 10 分野である。
また表示の方法としては、①等級による表示(「等級○」と表示)②数値による表示(「○
○%」と表示)③措置・対策による表示がある。
住宅の品質性能に関する評価は、新築住宅の評価に関しては、設計段階でまず行う「設
計住宅性能評価」とその設計内容がそのまま実現されていることを4回の現場検査を行っ
て判断する「建設住宅性能評価」の 2 種類存在する。住宅性能表示制度の利用は任意制度
4
であり、制度の利用の有無はあくまで買い手と売り手の選択による。
従来、住宅の品質基準に関しては、建築基準法において最低の基準を定めることで一定
に担保してきた。しかしながら、建築基準法の水準を上回るような品質性能に関しては、
民間企業各社が独自で基準を定めるにとどまり、消費者が客観的に品質を比較することが
できるようなものは存在していなかった。こうした背景から、住宅性能表示制度は 10 項目
にわたる住宅の性能について客観的な基準を設けるとともに、等級を定めることで消費者
からはわかりにくい住宅の品質に関する基準を容易に識別し、比較できるよう定めた。(詳
細は図1・2参照)
また、建設住宅性能評価書が交付された住宅については、指定住宅紛争処理機関(各地
の弁護士会)に紛争処理を申請することができる。指定紛争処理機関は、裁判によらずに
住宅の紛争を円滑・迅速に処理するための機関である。建設住宅性能評価書が交付された
住宅の紛争であれば、評価書の内容だけでなく、請負契約・売買契約に関する当事者間の
すべての紛争の処理を行うことができる。
【図1:各性能項目のイメージ(出典:住宅情報提供協議会 HP)
】
【図2:住宅性能表示制度による性能評価の流れ(出典:住宅情報提供協議会 HP)】
5
【表1
日本住宅性能表示基準の概要】
項目
構造の安定に関すること
火災時の安全に関すること
劣化の軽減に関すること
表示事項
耐震等級(構造躯体の倒壊等防止)
耐震等級(構造躯体の損傷防止)
耐風等級(構造躯体の倒壊等防止及び損傷防止)
耐積雪等級(構造躯体の倒壊等防止及び損傷防止)
地盤又は杭の許容支持力等及びその設定方法
基礎の構造方法及び形式等
感知警報装置設置等級(自住戸火災時)
感知警報装置設置等級(他住戸等火災時)
避難安全対策(他住戸等火災時・共用廊下)
脱出対策(火災時)
耐火等級(延焼のおそれのある部分(開口部))
耐火等級(延焼のおそれのある部分(開口部以外))
耐火等級(界壁及び界床)
劣化対策等級(構造躯体等)
維持管理・更新への配慮に関すること 維持管理対策等級(専用配管)
維持管理対策等級(共用配管)
更新対策(共用排水管)
更新対策(住居専用部)
温熱環境に関すること
省エネルギー対策等級
空気環境に関すること
ホルムアルデヒド対策(内装)
全般換気対策
局所換気設備
単純開口率
方位別開口比
重量床衝撃音対策
軽量床衝撃音対策
透過損失等級(界壁)
透過損失等級(外壁開口部)
高齢者等配慮対策等級(専用部分)
高齢者等配慮対策等級(共用部分)
光・視環境に関すること
音環境に関すること
高齢者等への配慮に関すること
防犯に関すること
開口部の侵入防止対策
3-2.住宅性能表示制度の利用実績
住宅性能表示制度は制度開始以降着実に実績を増やしており、ここ2~3年は住宅建設
着工に占める割合が2割程度となっていることから、国民に一定に支持されている制度と
考えることができる。また、構造計算書偽装問題が発覚した 2005 年から 2006 年にかけて
利用割合が増加した。ただし、最近時は実績が頭打ちになってきている(図3)。
6
新築着工件数に占める性能表示利用割合
25%
20%
15%
21.00%
2005年度構造計算書偽装問題発覚 19.88%
19.26%
18.31%
2007年度建築基準法改正(施行)
15.63%
13.68%
11.69%
10%
8.17%
5.26%
5%
0.93%
0%
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
年度
2009は2009.4.1~2009.11.30まで
【図3
第4章
住宅性能表示制度の利用割合】
住宅性能表示制度が住宅価格にもたらす影響に関する理論分析
法と経済学の立場では、資源配分の効率性の観点から、政府による市場介入が正当化さ
れるのはいわゆる「市場の失敗」がある場合に限られる5。住宅性能表示制度が正当化され
るためには、住宅市場において「情報の非対称」という市場の失敗が観察される必要があ
る。本節では住宅性能表示制度が情報の非対称にもたらす影響について理論分析を行う。
4-1.住宅性能表示制度と情報の非対称
まず、住宅市場の売り手と買い手双方が、供給されている住宅が高品質であるというこ
とを正確に把握しているとする。この場合は、需要曲線と供給曲線が交差する点において
住宅価格が形成されることになり、市場は均衡しており効率的な状態を示す(図4)。
次に、買い手側が住宅の品質に関する情報を十分把握していない場合、買い手側は付け
値を下げることから需要曲線は左にシフトし均衡価格は減尐する(図5)。すると非効率な
市場状況が発生することから、政府が市場介入を行うことが正当化できる。
情報が完全に対称な場合
情報が非対称な場合
価格
価格
住宅の品質につい
て売り手・買い手共
に把握しており、情
報の非対称性が存
在しない状態
【図4】
消費者は住宅の性
能について確認で
きず、付け値を下
げる
戸数
【図5】
5
戸数
福井(2007)6頁。ここでいう「市場の失敗」は、①公共財②外部性③取引費用④情報
の非対称⑤独占・寡占・独占的競争の5つである。
7
このように情報の非対称が顕在化した状況において、住宅性能表示制度はどのような効
果が期待されるのであろうか。住宅性能表示制度を利用することで買い手側は品質に関す
る情報を容易に取得することが可能となることから需要曲線を右にシフトさせて住宅価格
の付け値を従前の水準に戻すことが期待できる(図6)
。
住宅性能表示制度
価格
情報の非対称性
が改善され付け値
が上がる
戸数
【図6】
4-2.ブランド名が情報の非対称に与える影響
企業のブランド名が情報の非対称の改善に効果を有することを前述したが、こうした事
象はどのように表現できるのであろうか。まず、知名度の高いブランド力を有する大手企
業の場合を想定する。買い手側は住宅の品質を直ちに知ることができない場合においても、
企業の良い評判をもとに供給されている住宅を高品質であると推定し、高い価格を支払う。
一方で、中小企業の場合は、大手企業ほどのブランド名がないことから、仮に大手企業
と同等の品質であったとしても、買い手側がそれを判断することは難しい。万が一悪徳業
者であることを恐れ、需要曲線を大幅に左にシフトさせ付け値を大きく下げる行動をとる
(図7)。このような状況に対し、住宅性能表示制度を利用することによって、買い手は住
宅価格を大きく上昇させることが期待される(図8)。
中小企業の場合
住宅性能表示制度の利用
価格
価格
中小企業の場合は、
情報の非対称性が
大きく、付け値が
大幅に下がる
住宅性能表示制度
の利用により、付
け値が大きく上昇
する
戸数
戸数
【図7】
【図8】
8
4-3.構造計算書偽装問題と建築基準法の改正
4-3-1.構造計算書偽装問題の影響
2005 年に発覚した構造計算書偽装問題は新築分譲マンションに関して、情報の非対称が
存在することを強く認識させた。ここでは、当該事件を契機として、情報の非対称性に対
する行動がどのように変化するかに着目する。
前述したように、買い手側は住宅の品質に関して十分な情報を持ちえていないことから、
住宅の購入に際しては逆選択の問題が懸念される。したがって、構造計算書偽装問題の発
覚により、買い手側は需要曲線をこれまでより大きく左にシフトさせ、住宅価格の付け値
を下げる行動をとる(図9)
。一方で、住宅の品質を見分けるために、買い手側は住宅性能
表示制度の取得の有無によって住宅の品質を担保しようとする行動が一層働くことも予測
される。つまり、住宅性能表示制度が有するスクリーニング機能に対する期待が高まるこ
とが考えられる(図 10)
。
構造計算書偽装問題
住宅性能表示制度の利用
価格
構造計算書偽装問
題は情報の非対称
の問題を強く意識
させ、付け値を大き
く下げる
【図9】
住宅性能表示制度
のスクリーニング効
果が高まり付け値
は大幅に上昇する
戸数
【図 10】
戸数
4-3-2.建築基準法の改正の影響
構造計算書偽装問題に対処するために、建築基準法が改正された(2007 年6月施行)
。建
築物の構造上の安全性を確保するために、確認検査の厳格化(構造計算適合性判定制度の
導入、中間検査の充実等)や指定確認検査機関に対する監督の強化を導入した。このこと
により、耐震性に関する情報の非対称が改善されることが期待された。
一方で住宅性能表示制度においても、耐震性能は、評価項目の一つとして掲げられてい
る。つまり、耐震性能に関しては、建築基準法の改正と住宅性能表示制度が情報の非対称
の解消に向けて同様の役割を果たし、機能が代替されてしまう可能性がある。(図 11)
図3のとおりこれまで順調に増加していた住宅性能表示制度の利用割合は、建築基準法
の改正以降減尐傾向にある。これは、建築基準法の改正が情報の非対称への改善効果をも
たらした結果、住宅性能表示制度が情報の非対称性の解消に与える影響が代替されてしま
ったということが考えられるのではないだろうか。
9
建築基準法改正の影響
価格
建築基準法の改正
により、住宅性能表
示制度利用による
付け値の上昇幅は
以前より小さくなる
可能性
【図 11】
第5章
戸数
住宅性能表示制度が住宅価格にもたらす影響に関する実証分析
これまで論じてきたように、住宅性能表示制度は住宅の品質性能に関する情報の非対称
の改善に効果をもたらし、住宅価格を上昇させることが期待できる。本節では第4章の理
論分析を踏まえ、住宅性能表示制度が住宅価格に与える影響について多角的な検証を図る
ことを目的とし、以下の3つの実証分析を行う。
5-1.住宅性能表示制度が住宅価格に与える効果
5-1-1.ブランド名及び建築基準法の影響を踏まえた効果
これまで論じてきたとおり、住宅性能表示制度は、特に中小事業者が供給する住宅の品
質性能を担保するために利用されることが考えられる。
また、構造計算書偽装問題を契機として改正された建築基準法(以下では「改正基準法」
という)施行後は、住宅性能表示制度への需要が減尐していることがみられることから、
改正基準法の施行が情報の非対称の改善効果をもたらした結果、住宅性能表示制度が住宅
価格の上昇をもたらす機能が代替されてしまったということも考えられる。
これらを踏まえ次の仮説の下で、住宅性能表示制度の効果を検証する。
仮説1:住宅性能表示制度は、主として中小企業の住宅価格の上昇をもたらす。しかし、
改正基準法の施行以降、住宅価格の上昇機能が代替されたのではないか。
5-1-2.分析方法
(1)計測の目的
住宅性能表示制度の有無が住宅価格に与える影響について計測を行う。
なお、説明変数に年度別の項目を設定することで、住宅性能表示制度の効果が時系列にど
のように変化してきたか検証を行うこととする。
10
(2)データ内容
計測データは東京 23 区内にて 1999 年4月から 2009 年7月までに販売された新築分譲
マンションを対象とした。新築分譲マンションにおける、住宅性能表示制度の取得の有無
や販売期毎の基本情報に関しては、株式会社リクルート発行の住宅情報誌6や株式会社不動
産経済研究所が集計し発行している首都圏マンション新築物件データ7を用いて分析を行っ
た。
(3)推計モデル式
住宅価格を被説明変数として、住宅性能表示制度の有無や、その他住宅価格に影響を与
えると考えられる項目を説明変数として推計モデルを設定した。
<推計モデル式>
ln(住宅価格)
=
α0 +α1(性能表示ダミー×年度ダミー)+α2(大手業者ダミー)
+α3(大手業者×年度ダミー)
+α(大手業者ダミー×性能表示ダミー×年度ダミー)
4
+α5(コントロール変数)+ε
α0~α5:パラメータ
ε:誤差項
<被説明変数>
被説明変数は、新築分譲マンションの売買に対して、住宅性能表示が与える影響を分析
するため住宅販売価格とした(住宅販売価格には株式会社不動産経済研究所の収録データ
を利用)。
<説明変数>
① 性能表示ダミー×年度ダミー
住宅性能表示の有無が年度ごとに与える効果について検証するために、年度ダミーとの
交差項ダミーを設定する。
② 大手業者ダミー
新築マンションポータルサイト「メジャーセブン」88社による販売ないし、
「スーパーゼ
株式会社リクルート「Suumo 新築マンション」「住宅情報 STYLE」「住宅情報」
株式会社不動産経済研究所「首都圏マンション市場動向」
8 メジャーセブン:新築マンション販売情報とマンション選び関連情報を提供する新築マン
ションポータルサイト。2000 年4月に開設。)を運営する大手不動産会社8社(住友不動産
株式会社、株式会社大京、東急不動産株式会社、東京建物株式会社、藤和不動産株式会社、
野村不動産株会社、三井不動産レジデンシャル株式会社、三菱地所株式会社の不動産大手
8社による共同運営。
)
6
7
11
ネコン9」5社による施工が行われた建物を大手業者による販売物件と定義する。
③ 大手業者ダミー×年度ダミー
ブランド名の年度効果を計測するために、年度ダミーとの交差項を分析に加える。
④ 大手業者ダミー×性能表示ダミー×年度ダミー
大手業者のなかで、住宅性能表示制度を利用している物件が、年度ごとに住宅価格に与
える影響を分析するために、大手業者ダミーと性能表示ダミー及び販売年度ダミーとの交
差項を分析に加える。
⑤ コントロール変数
・専有面積(㎡)
分譲マンション一戸あたり専有面積
・地価指数
国土交通省「都道府県地価調査」における東京圏における地価の変動率
・容積率
分譲マンションの容積率
・都心5区ダミー
国土交通省「不動産市場データベース10」において定義された都心5区(千代田区・中
央区・港区・新宿区・渋谷区)を1とし、その他の区を0とするダミー
・バス便
最寄駅から建物までのバス便使用の場合の時間(未利用の場合は0)
・徒歩
最寄駅から建物までの徒歩時間(バス便併用の場合はバスの乗車時間は除く)
・東京駅からの鉄道乗車時間
東京駅から最寄駅までの乗車時間
・総戸数
対象分譲マンションの総戸数(複数棟ある場合は合計値)
・間取り
対象分譲マンションの間取り
・総敷地面積
対象分譲マンションの総敷地面積
・年度ダミー
対象分譲マンションの販売期の属する年(複数期に分散する場合は各期ごとに集計)。
なお、時系列による傾向をつかむため大きく4期に分類した。
ⅰ住宅性能表示制度実施前(1999 年)
9鹿島建設株式会社、清水建設株式会社、大成建設株式会社、株式会社大林組、株式会社竹
中工務店の5社
10 http://tochi.mlit.go.jp/tocchi/fudousan_db/menu.html
12
参照
ⅱ住宅性能表示制度実施初期(2000~2004 年)
ⅲ構造計算書偽装問題発覚~建築基準法改正前(2005~2006 年)
ⅳ建築基準法改正後(2007~2009 年)
5-1-3.分析結果と考察
(1)分析結果
ln (住宅価格)
Coef
ln(専有面積)
1.34488
地価指数
-0.00004
ln(容積率)
-0.11371
都心5区
0.10192
駅からのバス時間
-0.01033
駅からの徒歩時間
-0.00536
東京駅までの乗車時間
-0.00123
ln(マンション総戸数)
-0.01927
間取り
-0.07086
ln(総敷地面積)
0.00331
大手ダミー
0.05011
年度ダミー(2000~2004年)
-0.03198
年度ダミー(2005~2006年)
-0.00229
年度ダミー(2007~2009年)
0.04860
性能表示ダミー×年度ダミー(2000~2004年)
0.00230
性能表示ダミー×年度ダミー(2005~2006年)
0.02207
性能表示ダミー×年度ダミー(2007~2009年)
0.01525
大手ダミー×年度ダミー(2000~2004年)
0.01200
大手ダミー×年度ダミー(2005~2006年)
0.02069
大手ダミー×年度ダミー(2007~2009年)
0.02870
大手ダミー×性能表示ダミー×年度ダミー(2000~2004年)
-0.00436
大手ダミー×性能表示ダミー×年度ダミー(2005~2006年)
-0.01907
大手ダミー×性能表示ダミー×年度ダミー(2007~2009年)
-0.00964
cons
1.77110
※ ***,**,*はそれぞれ1%、5%、10%の水準で有意であることを示す
Number of obs = 4892
F( 23, 4868) = 500.34
Prob > F
= 0.0000
R-squared
= 0.7027
Adj R-squared = 0.7013
***
***
***
***
***
***
***
***
***
***
***
***
**
**
***
***
Std.Err
0.01829
0.00018
0.00739
0.00382
0.00071
0.00030
0.00018
0.00155
0.00251
0.00295
0.00561
0.00904
0.01303
0.01196
0.00878
0.00790
0.00691
0.00845
0.01043
0.01035
0.01140
0.01193
0.00974
0.05716
(2) 考察1:住宅性能表示制度の年度効果について
住宅性能表示制度が導入された当初 2000 年~2004 年の間は、「性能表示ダミー×年
度ダミー」について統計的に有意な値が得られなかった。これは制度が開始されてから、
まだ間もないことから十分な効果を得るに至っていなかったと考えられる。
構造計算書偽装問題が発覚した 2005 年~2006 年には「性能表示ダミー×年度ダミー」
の符号が正であることが1%水準で統計的に有意な値として示された。これは、仮説及
び理論分析で述べたとおり、構造計算書偽装問題を契機として住宅の品質性能に対する
関心が高まり、住宅性能表示制度が情報の非対称の改善に効果的であると認識されるよ
うになったものと考えられる。
13
建築基準法施行後の 2007 年以降に販売された住宅に対しても、
「性能表示ダミー×年
度ダミー」の符号が正であることが5%水準で統計的に有意な値として示された。した
がって、引き続き住宅性能表示制度の効果が確認できる結果となった。ただし、住宅価
格に与える値をみると約 1.5%と 2005~2006 年の約 2.2%と比較して減尐傾向がみられ
る。一方で、2007 年度以降の「年度ダミー」が1%水準で統計的に有意な値として上
昇している。これらのことから、仮説で示したように建築基準法の施行が住宅価格の上
昇をもたらし、住宅性能表示の効果が一部代替されていると考えられる。
(3) 考察2:住宅性能表示制度とブランド名の関係について
「大手ダミー」をみると大手企業の場合には符号が正であることが1%水準で統計的に
有意な値として示された。また大手企業ダミーと年度ダミーの交差項をみると、構造計
算書偽装問題発覚以降さらに住宅価格にプラスの影響を与えていることが見てとれる。
しかしながら、「大手ダミー×性能表示ダミー×年度ダミー」の交差項に関しては統
計的に有意な値が見られなかった。
これらのことから、大手企業は、住宅性能表示制度の有無に限らずブランド名によっ
て情報の非対称の改善機能を果たしていると考えられる。これは、大手企業は長期的な
取引関係を大切にし、これまでの信頼もあることから、欠陥が発覚した場合のコスト(評
判の低下等)を考えると欠陥住宅を建設する可能性は低く、品質も一定に高いことが期
待できるからであると考えられる。また、万が一欠陥が発覚した場合には、販売業者や
施行業者に責任を追及することになるが、大手であれば豊富な資金等を背景に迅速な解
決が期待できる等の理由により裏付けられた企業の「ブランド力」が住宅価格に有意に
機能していることによるものと考える。
一方で、中小企業の場合は、資金繰りが潤沢でない会社が多く、比較的短期的な視
野において物件の売買を行うといったことが考えられる。つまり住宅の品質性能に対
する信頼は大手企業に比べて劣る。しかしながら、すべての消費者が大手企業の住宅
を購入する訳ではなく、住宅の立地場所や設備、機能等の要望に応じて中小企業から
購入を計画することも生じる。その際に悪質な住宅をつかむことのないようにスクリ
ーニング機能として住宅性能表示制度が利用されていると考える。
5-2.大手企業における住宅性能表示制度の効果
5-2-1.大手企業における住宅性能表示制度の役割
上述のとおり、大手企業についてはブランド名が情報の非対称の改善に効果的であるこ
とがわかった。では、住宅性能表示制度は大手事業者にとって全く効果のない制度といえ
るのであろうか。
上記分析で用いたデータは住宅性能表示取得の有無のみに基づいて分析を行った結果で
あり、評価項目や等級に基づいた分析についてはデータ制約上の点から実施できていなか
14
った。実際のところ買い手は購入検討の際には対象住宅の各項目について情報を取得する
ことが可能であるため、当該制度が目的としている物件の比較機能が働くことが期待され
る。つまり、各性能項目における評価の違いが大手企業の住宅を購入に際して、効果をも
たらすと考えられるのではないであろうか。なぜなら大手企業ということで一定の信頼は
得られるものの、それは物件の各性能の品質基準までを明確にするものではないため、ブ
ランド力だけでは判断できない品質の違いについても買い手は比較検討すると考えられる
からである。
ここで、以下の仮説を下に、大手企業に対して住宅性能表示制度が与える効果について
分析を行うこととする。
仮説2
大手企業においても性能等級の高い物件は住宅価格が上昇するのではないか。
5-2-2.分析方法
(1)計測の目的
住宅性能表示制度を利用している大手企業の新築分譲マンションにおいて、等級の違い
が住宅価格に与える影響について分析することを目的とする。なお、上記5-1における
分析方法と同様に説明変数に年度別の項目を設定することで、時経列により住宅性能表示
制度の効果がどのように変化したか観察する。
(2)データ項目
計測データとして大手企業の新築分譲マンションに関する性能評価書を用いて分析を実
施した。なお、ここではデータ数の制約から、等級間の違いを検証できる①耐火性能②省
エネ性能の2つの性能に着目した分析を実施する。
<推計式>
ln(住宅価格)
=
α0 +α1(各性能項目ダミー)+α2(各性能項目ダミー×年度ダミー)
+α3(コントロール変数)+ε
α0~α3:パラメータ ε:誤差項
<被説明変数>
被説明変数は5-1と同様に、新築分譲マンションの売買に対して住宅性能表示が与え
る影響を分析するため住宅販売価格とした。
<説明変数>
① 各性能項目ダミー
15
各性能項目(耐火性能・省エネ性能)について最高水準を1とし、それより低い場合を
0とするダミー値
② 各性能項目ダミー×年度ダミー
住宅性能表示制度における各性能項目が情報の非対称に与える影響を時系列に分析する
ために各性能項目ダミーと販売年度ダミーの交差項を用いた分析を行う。なお、時系列分
析は住宅性能表示制度実施初期(2000~2004 年)と建築基準法改正後(2007~2009 年)
との比較を行う。
③ コントロール変数
コントロール変数については5-1と同様の説明変数を使用した。
5-2-3.分析結果と考察
(1)分析結果
ln (住宅価格)
Coef
ln(専有面積)
1.58826
***
地価指数
0.00025
ln(容積率)
-0.14826
**
都心5区
-0.00095
駅からの徒歩時間
-0.01228
***
東京駅までの乗車時間
-0.00416
***
ln(マンション総戸数)
-0.04246
***
間取り
-0.05002
***
ln(総敷地面積)
-0.00700
年度ダミー(2007~2009年度)
0.06419
耐火性能ダミー
-0.03893
省エネ性能ダミー
-0.03345
耐火性能ダミー×年度ダミー(2007~2009年度) 0.11018
**
省エネ性能ダミー×年度ダミー(2007~2009年度) 0.12739
**
cons
1.49199
**
※ ***,**,*はそれぞれ1%、5%、10%の水準で有意であることを示す
Number of obs = 78
F( 14, 63) = 16.27
Prob > F
= 0.0000
R-squared
= 0.7834
Adj R-squared = 0.7352
Std.Err
0.18099
0.00222
0.06616
0.04667
0.00388
0.00086
0.01368
0.01827
0.01565
0.01565
0.04790
0.04127
0.05371
0.05165
0.61805
(2)考察
住宅性能表示制度実施初期と比較して 2007 年度以降は、耐火性能ダミー、省エネ性能ダ
ミーいずれも統計的に5%水準で有意な結果となっており、各性能等級の高い住宅性能表
示制度の場合に住宅価格が上昇しているのがわかる。
つまり、各性能等級が低い場合、住宅性能表示制度が情報の非対称に与える影響は、大
手企業というブランド力によって代替されてしまう。一方で、各性能等級が高い場合、住
宅性能表示制度は住宅価格に有意にプラスの影響を与えていることになる。
これはどのように考えればよいのであろうか。大手企業の供給する住宅がすべて同質の
16
性能を有するわけではない。より品質の高い住宅もあれば、相対的には品質の高くない住
宅も存在する。これらの住宅の品質性能を買い手側がブランド名だけで判断することは困
難である。したがって、そのようなより高品質な住宅を見分けるための比較機能として住
宅性能表示制度が効果を有すると考えられる。一方、5-1で述べたとおり、単に住宅性
能表示を取得したという事実をもって住宅価格の付け値が上昇することはみられなかった。
例えば各性能評価のなかで、1等級は建築基準法と同程度な性能を表している。買い手側
は、大手企業であれば住宅性能表示制度で確認しなくとも建築基準法程度の品質性能は適
切に有していると推測した上で、住宅の付け値を設定しているものと考える。したがって、
仮説で提示したように、大手企業の場合には、住宅性能表示制度がより高品質な住宅の性
能に対する比較機能を有していると考えられる。
5-3.各性能項目が住宅価格に与える効果
5-3-1.住宅性能表示の性能項目の影響
分析5-1のとおり、改正基準法の施行に伴い、住宅性能表示制度が情報の非対称に与
える効果は低下したことがわかった。ここでは買い手が当該制度に対して耐震性能以外に
どのような効果を期待しているのか分析を行うこととする。
仮説3
耐震性能以外の性能項目によっても住宅価格は上昇する。
5-3-2.分析方法
(1)計測の目的
住宅性能表示制度の各項目の等級の違いが住宅価格に与える影響について計測を行う。
なお、これまでの分析方法と同様に説明変数に年度別の項目を設定することで、時経列
により住宅性能表示制度の効果がどのように変化したか計測することとする。
(2)データ項目
大手企業・中小企業における個別の新築分譲マンションに関する性能評価書を用いて分
析を実施した。なお、ここではデータ数の制約から、5-2同様に①耐火性能
性能の2つの性能に着目した分析を実施する。
<推計式>
ln(住宅価格)
=
α0 +α1(大手企業ダミー)+α2(各性能項目ダミー)
+α3(各性能項目ダミー×年度ダミー)+α4(コントロール変数)+ε
α0~α4:パラメータ ε:誤差項
17
②省エネ
<被説明変数>
これまでの分析と同様に住宅価格とする。
<説明変数>
① 大手企業ダミー
分析5-1同様に「メジャーセブン」ないし「スーパーゼネコン」について1、それ以
外の企業について0をとるダミー
② 各性能項目ダミー
5-2と同様である
③ 各性能項目ダミー×販売年度ダミー
5-2と同様である
④ コントロール変数
5-2と同様である
5-3-3.分析結果と考察
(1)分析結果
ln (住宅価格)
Coef
ln(専有面積)
1.62839
***
地価指数
0.00028
ln(容積率)
-0.14853
***
都心5区
-0.02033
駅からの徒歩時間
-0.00820
***
東京駅までの乗車時間
-0.00449
***
ln(マンション総戸数)
-0.04718
***
間取り
-0.07054
***
ln(総敷地面積)
0.00769
大手ダミー
0.08304
***
年度ダミー(2007~2009年度)
0.10554
*
耐火性能ダミー
-0.01621
省エネ性能ダミー
0.00764
耐火性能ダミー×年度ダミー(2007~2009年度)
0.08734
*
省エネ性能ダミー×年度ダミー(2007~2009年度) 0.08344
*
cons
1.29190
**
※ ***,**,*はそれぞれ1%、5%、10%の水準で有意であることを示す
Number of obs = 94
F( 15, 78) = 25.72
Prob > F
= 0.0000
R-squared
= 0.8318
Adj R-squared = 0.7995
Std.Err
0.15878
0.00195
0.05222
0.04369
0.00288
0.00079
0.01298
0.01581
0.01388
0.02246
0.05556
0.04476
0.03535
0.05130
0.04721
0.53470
(2)考察
住宅性能表示制度の中で今回掲げた項目はいずれも 2007 年度以降は耐火性能、省エネ性
能ダミーいずれも統計的に 10%水準で有意な結果となっており、住宅価格に対して符号が
正の値に働いている。つまり、住宅性能表示制度は中小企業・大手企業かかわらず、耐震
18
性能以外の項目についても効果を有することが分かる。住宅性能表示の性能項目である耐
震性能は構造計算書偽装問題後の建築基準法の改正によって一部代替されたことが分析さ
れたものの、他の性能についても、情報の非対称の改善に効果を有していると考えられる。
第6章
まとめ
ここまで述べてきたとおり、住宅性能表示制度が情報の非対称の改善にもたらす効果を
検証するために、構造計算書偽装問題やその後の建設基準法改正、また中小企業・大手企
業の違いによる影響も踏まえて、住宅価格に注目した分析を行った。
また、住宅性能表示制度が耐震性能以外についても住宅価格を上昇させる効果を有する
かについて個別の性能評価書を用いた分析も行った。本節では、これらの分析のまとめと、
それを踏まえた提案を行う。
(1)住宅性能表示の効果
①住宅性能表示制度はスクリーニング機能を果たしている
構造計算書偽装問題発覚以降、買い手側は情報の非対称性の問題を改めて強く認識
することとなった。そのため、住宅性能表示制度はスクリーニング機能としての役割
が強く期待されてきていると考えられる。
一方で建築基準法が改正されて安全性について新たな情報が付加されたことにより、
住宅性能表示制度は一部機能が代替された。しかしながら、依然として住宅性能表示
制度は一定に効果を有していることも分かった。
②大手企業という「ブランド名」は住宅価格を上昇させる
大手企業の場合、大手企業であるという「ブランド名」に評判のメカニズムが働き
住宅の非対称の改善に効果を有することがわかった。一方で、大手企業が供給する新
築分譲マンションについて住宅性能表示制度の性能評価が低い場合は、当該制度の効
果は観測できなかった。しかしながら、高品質な住宅に対する比較機能として、住宅
性能表示制度は効果を有していることが分析された。
③住宅性能表示制度は耐震性能以外の分野についても効果を有している
今回はデータの制約上すべての項目を分析することはできなかったものの、耐火性
能・省エネ性能いずれも制度導入時と比較し、住宅価格の上昇に効果を有しているこ
とが観測された。
(2)建築基準法の情報の非対称への対応
本稿の実証分析により、住宅性能表示制度は、住宅価格を上昇させ情報の非対称の改善
に機能することが判明した。一方で、上述のとおり構造計算書偽装問題を背景として 2007
年に改正された建築基準法は、安全性について新たな情報が付加されたことにより、情報
の非対称の改善に効果をもたらし、住宅価格の上昇に寄与した。このように耐震性能に関
19
しては、住宅性能表示制度と建築基準法が一部重複したものとなっていることが判明した。
このような状況についてどのように考えればよいのであろうか。
建築基準法は第1条においてその目的を「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び
用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共
の福祉の増進に資することを目的とする」と定めており、建築基準法の意義はまさに、「最
低の基準」を定めることにある。住宅性能表示制度が住宅市場において活用され、有効に
機能していることが判明した状況において、建築基準法の射程とする水準が「最低の基準」
として適正かどうかについては今後検討を行う必要があるのではないかと考える。また、
今回に限らず今後仮に建築基準法の強化が検討されるような場面が生じる際にも、今回の
ように他の制度の効果を実証的に検証したうえで、その妥当性を検討することは有益であ
ると考える。
(3)住宅性能表示の今後の在り方
これまで住宅性能表示制度は榎本(2004)がのべるように費用対効果がわかりにくいと
いった理由から、十分な普及にいたっていないという状況にある。本稿の分析により、住
宅価格の上昇に一定の効果があることが判明した。今後も同様の研究が蓄積されていくこ
とで、経済的メリットがあることを売り手側も認識し、積極的に活用していくことが期待
される。
今後の制度利用促進としては、経営資源が限られる中小企業やブランド力を有する大手
企業に対して、設計の変更や申請手続きのコスト等を回避するため評価項目を絞り簡素化
を図る等の見直しも必要ではないかと考える。例えば消費者から要望の高い基準に特化し
た項目のみを評価するような簡略した制度を設けてもよいのではないか。そうすることで
コストを抑えたうえで制度の利用促進を図ることが期待できる。
また、今回の分析を実施する中でも強く実感したところであるが、住宅情報誌やホーム
ページ等において、住宅性能表示制度の取得の有無は判別できるものの、各性能評価につ
いてまでは掲載されていないケースがほとんどであり、買い手側が容易に性能評価情報に
アクセスできない状況にある。売り手側は、今後制度利用の有無はもちろん各性能項目に
ついても買い手側にわかりやすい情報発信が求められるのではないかと考える。
謝辞
本論文の執筆にあたっては、北野助教授(主査)、福井教授(副査)、島田教授(副査)
その他まちづくりプログラムの関係教員からお忙しい中大変貴重なご意見をいただきまし
たこと心から感謝いたします。加えて日頃から様々な相談に応じていただいたまちづくり
のメンバーにもお礼申し上げます。
最後に政策研究大学院大学で一年間研究の機会を与えていただいた派遣元に感謝申し上
げるとともに、研究生活を支えてくれた妻に改めて深く感謝の意を表します。
20
【参考文献】
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『住宅品確法と住宅生産・供給システムへの影響』(都市住宅学 44 号)
・大森文彦(2004)
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・中川雅之(2008)
『公共経済学と都市政策』日本評論社
・永谷敬三(2002)
『入門情報の経済学』東洋経済新報社
・野上雅浩(2008)
『住宅瑕疵担保履行法における供託と保険の選択に係る経済分析』
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『住宅・マンションの性能表示がわかる本』清文社
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・八田達夫(2008)
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・広畑義久(2006)
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(経済セミナー2006.7 日本評論社)
・福井秀夫(2007)
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『マンキュー経済学ミクロ編』東洋経済新報社
21
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