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特集 再生可能エネルギー 普及に向けた動向 www.hitachi-hri.com vol . 4-1 2009 年7月 発行 表紙題字は当社創業社長(元株式会社日立製作所取締役会長) 駒井健一郎氏 直筆による 4-1 vol. 2009年7月発行 2 巻頭言 4 対論 ~ Reciprocal ~ 特 集 10 16 20 24 再生可能エネルギー普及に 向けた動向 寄稿 地域別に描いた再生可能エネルギー大幅導入社会の理想像 池 上 貴 志・芦 名 秀 一・藤 野 純 一 寄稿 Government incentives for solar power development Teruhiko Tsumura 日立総研レポート 次世代太陽電池の材料技術 ~有機薄膜太陽電池を中心として~ 吉 居 孝 雄・永 易 久 志 日立総研レポート 電力の安定供給に貢献する技術「スマートグリッド」 前 川 祥 生・下 村 誠 28 研究紹介 30 先端文献ウォッチ 巻頭言 着眼大局 着手小局 (株)日立総合計画研究所 取締役社長 塚田 實 4 月に日立総研社長に就任してから約 3 ヶ月が経った。 その間世界経済は、09 年 1 ~ 3 月の「急落局面」を乗り越え、金融経済と実 体経済の修復に向け、具体的な動きを見せ始めた。 4 月の G20 金融サミットでは、各国協調による金融・財政政策が打ち出され、 その規模は G20 各国全体で 5 兆ドルに達する見通しである。一方 6 月には、か つての世界最大の自動車メーカー GM が破産法 11 条の適用を申請し、再建のた めのプロセスに入っている。 これらの動きのキーワードは、何と言っても「グリーン革命」であろう。各 国は景気対策として、低炭素社会の構築に向けた「グリーン ・ ニューディール」 を掲げ、GM、クライスラーは、環境対応技術開発で遅れをとり、経営破たんに 追い込まれた。 大恐慌時のニューディール政策によって、 「高速道路網」や「電力網」の整 備が進み、その後のモータリゼーションの中で急拡大を遂げた GM が、新たな ニューディールを前に再出発を目指しているのは、何かのめぐり合わせかもし れない。 経済危機から回復した後の世界経済においては、環境問題や資源・エネルギー 問題、人口問題など地球課題への対応が、経済発展の牽引者になると想定される。 新しい時代の到来に備え各国は、再生可能エネルギーの利用促進を主要な政策 の一つとして巨額の投資を行い、再生可能エネルギーの普及を支える新しい技 術を、イノベーションの中心テーマとしている。 ただし、その実現に向けた方向は各国が抱える課題によって異なる。例えば、 電力系統の不安定さが現下の課題である米国は、次世代電力網「スマートグリッ ド」への投資に重点を置いている。電力網の新設・補強やスマートグリッドを 含む IT ネットワークインフラへの投資として、182 億ドルが見込まれている。 一方、エネルギー資源の輸入依存の強い日本は、エネルギー安全保障策として、 また国際競争力の回復に向けた産業強化策として、再生可能エネルギーの推進 に 5,300 億円強(エネルギーインフラ関連の景気対策のうち、90%弱)を割り当 てている。 再生可能エネルギーの導入が進んだ社会は、どのような姿となるのだろうか。 地域社会のレベルで再生可能エネルギー導入の理想像を展望すると、国の政 策の違いに加え、気象条件や都市化の進展など、地域の特性を念頭におくこと が重要となる。グローバル社会を視野に入れると、求められるエネルギーの供 給形態や需要構造の違いはさらに大きくなるだろう。 再生可能エネルギーの普及には、技術的なイノベーションが必要条件であろ う。しかし、それをグローバルに展開するためには、適用の際の「現地化」が 不可欠となる。 私は長年、海外で業務に携わってきたが、その経験の中で痛感したことは、マー ケットとは、文化そのものであり、その地域の習慣を肌で感じ、現地の感覚で 判断しなければうまくいかないということである。そのためには、 「日立の心」 の理解と「日立の経営理念」に対する確固たる信頼を共有した「日本人のグロー バル化」と「現地の人々の登用」が必須である。 「着眼大局 着手小局」。世界経済の転換期の只中にあって、シンクタンクの役 割の重要さを痛感している。 対 論 Reciprocal ''The world's local bank''を実現する 長期的視野に立ったサステイナビリティ戦略 「最も倫理的な企業」HSBCに学ぶ スチュアート・ミルン 氏 香港上海銀行在日代表兼CEO かつてない金融危機が叫ばれる中、堅実な経営を続ける世界の金融最大手HSBCグループ。それを支える のが地域的にも事業的にも分散されたビジネス・モデル、そしてグローバル化、ブランド、環境対応を含む サステイナビリティ戦略である。HSBCグループの中核である香港上海銀行は140年を越える歴史を持ち 日本においても最も古くから営業を続けている銀行である。いま企業に求められるサステイナビリティ戦略に ついて、同行の在日代表兼CEOのスチュアート・ミルン氏に話を伺った。 ニューヨーク、パリ、バミューダの証券取引所に 「日本で最も古い銀行」HSBCの歴史 塚田 上場しています。1865年に香港上海銀行として HSBCは世界最大級の銀行の一つですが、まず、 香港で設立され、今年で144年目を迎えてい HSBCについて簡単にご説明いただけますか。 ます。創立翌年の1866年、 まだ江戸時代の慶応 ミルン HSBCグループは、銀行と金融のサービスを提 2年に横浜に日本で初めての支店を開設しま 供する国際的な金融グループで、 ロンドン、香港、 した。HSBCは、日本で現在も活動している 銀行の中で最も古い銀行です。 現在の総資産は 約2兆5,000億米ドルで、また、非常に強固な Tier1自己資本比率*を誇る、世界有数の銀行 です。現在の金融危機に際して、競合他行の ほとんどは政府に金融支援を仰がなければ なりませんでしたが、 HSBCは公的資金の注入を 受ける必要のなかった世界の大手銀行の一つ です。HSBCグループは現在、86の国と地域の 9,500の拠点で営業を行っています。 * 塚田 BIS (Bank for International Settlement=国際決済銀行) が、 1983年6月に定めた銀行の自己資本比率に対する規制の中で 使われる概念。自己資本の中の基本的項目であり、資本金・法定 準備金・利益剰余金などから構成される。 HSBCが横浜支店を開設した1866年は、明治 時代より前のことで、日本の王政復古の2年前 スチュアート・ミルン Stuart Milne 英ダラム大学を卒業後、1981年に香港上海銀行に入行。アジア太平洋 地域の統括金融法人部長、統括国際法人営業本部長兼マネージング・ ダイレクターなどを経て、2007年から現職。趣味は旅行、スキーなど。ス コットランドに起源を持つバグパイプの演奏が得意。英国出身 です。それ以来、HSBCは日本社会との長い 関係を持ち、事業開始当時から成功を収めて こられたのですね。HSBCグループの日本にお ける歴史と事業展開についてお聞かせいただ けますか。 4 ミルン HSBCは1865年に香港で設立されましたが、 グループとHSBCの関係は、わが社にとって、 その目的は、 アジアと世界のほかの国々との貿易 世界中の主要な多国籍企業のお客さまとの に融資することでした。設立後すぐにアジア地区 関係の模範的な例になっています。お互いの と米国の太平洋岸の主要な貿易の中心地に ビジネスにとってメリットがあるということはもち 支店を開設したのは、そのためです。横浜に設 ろんですが、相互の信頼に基づいて構築された 立したのは日本とほかの国々との貿易金融を 関係だと思っています。両社は長期間にわたっ 行うためでした。世界中の日本の輸出企業と て提携してきました。この関係を引き続き発展さ 提携するこの事業は現在もHSBCにとって主要 せていくことを期待しています。 な業務であり基幹事業です。日本における現状 の戦略は、 「貿易・投資のサポート」 と 「資産運用 ビジネス」に関するものです。 「貿易・投資のサ ポート」は、日立製作所のような主要な日本企業 “ The world's local bank ”HSBCの ブランド戦略 塚田 と提携し、その企業の世界各地における活動 local bank」についてお聞きしたいと思います。 を全面的に支援するものです。これは、HSBC 私は、この経営理念に非常に興味があり、日立 が世界中にネットワークを持っていること、特に グループにとっても非常に興味深いビジョンだ 日本の銀行が強い基盤を持たない新興国市場 と思います。この点についてご説明いただけま に強いからです。また、世界的な多国籍企業の すか。 日本における活動をサポートし、ビジネス展開 ミルン 私がHSBCに入社した28年前、HSBCグルー プのブランドは現在とは異なるものでした。その を支援しています。資産運用ビジネス面としては、 塚田 ここで、HSBCの経営理念である 「The world's 1,000万円以上の金融資産を保有するお客さま 当時は現在使用している 「HSBC+ヘキサゴン を対象とした 「HSBCプレミア」、そして富裕層向 (六角形) 」のロゴではなく、異なるロゴを香港 けの「HSBCプライベートバンク」 があります。また、 上海銀行がアジアで使っていただけでした。 主に新興国ファンドを運用しているHSBC投信 HSBCグループ傘下の各企業は統一されていな という資産運用会社もあります。 い名称とロゴを使っていました。12年ほど前に、 私は、2000年から2003年までロンドンに駐在し、 取締役会がHSBCブランドを世界的な新しい 日立ヨーロッパの社長を務めておりましたが、 ブランドへと作り上げていくことを決定しました。 その時、鉄道事業でHSBCと協力させていただ HSBCの名称とロゴを採用し、それを世界中の * きました。その後、2005年にはCTRL プロ すべての支店が使用するという新しいブランド展 ジェクトとして大きな受注に結びつきました。 開を行いました。グローバル多国籍企業として、 ** 現在はIEP プロジェクトのファイナンシャル・ 世界中のお客さまにとってのHSBCブランドの意 アドバイザーとしてもご支援いただいております。 味とサービスの一貫性を確立するためにHSBC また、HSBCは日立製作所 情報・通信グループ グループは、このブランドへの投資と展開に多く のストレージ装置のお客さまでもあり、さらに の時間を割いてきました。主要な企業と金融 世界市場における日立グループの金融活動も 機関のブランド・ランキングでは、HSBCはいつ ご支援いただいております。日立グループに も突出しており、全業種をカバーするインターブ 対する長きにわたるサポートについて、この場を ランド社のランキングでHSBCは27位にランク お借りしてお礼を申し上げたいと思います。 され、金融機関としては世界で最も価値のある Channel Tunnel Rail Linkの略。英仏海峡トンネルの英国側 出口とロンドンのセント ・パンクラス駅 (St. Pancras) を結ぶ全長 109kmの鉄道路線。 ** Intercity Express Programmeの略。 英国内の運行開始から30年以上が経過した幹線高速鉄道 車両を全面的に置き換えるプロジェクト。 ブランドになっています。英国の金融誌「The * Banker」の世界の大手銀行500行のランキング で、HSBCは2年連続で首位を獲得しています。 塚田 それは、素晴らしい。 ミルン これは12年間のブランディング活動のなかで ミルン 私たちも非常にありがたく思っておりまして、日立 HSBCブランドが認知され、このブランドが一貫 5 対論 Reciprocal 塚田 して高い品質の商品やサービスを提供してい うことです。日本とインド、またはインドと中国の ると、お客さまに認識いただくところまでHSBC お客さまの違いを理解しているのも、HSBCが のブランドを構築できたということだと自負して アジア各国で長い歴史を持つ銀行だからです。 おります。 過去140年間、多くの国で、その国の経済と とても興 味 深いブランドマネジメントですね 。 ともに成長してきましたので、それぞれの国の 日立グループにとってもブランドは非常に重要 文化や商習慣を深く理解しています。 で、 ブランディング活動を拡大しているところです。 塚田 日立のブランドが付いていれば、品質は高くな にかかわり、 「グローバルに考えて、ローカルに ければなりません。 活動せよ」 といつも言ってきました。日立は製造 ミルン 日立ブランドは、品質と革新のメッセージを伝え 塚田 私は、日立グループで長年グローバル・ビジネス 業、HSBCは金融業と異なる分野にいますが、 ており、非常に優れたブランドだと思います。 日立がグローバル企業になるために何を考え ブランドは私たちにとっても非常に重要なもので なければならないか、アドバイスがあればお願 あると認識しており、実際、インターブランド社に いします。 よる最新の調査でもHSBCブランドには250億 ミルン HSBCの経験から申し上げると、ブランディング 米ドルの価値があると評価されています。これ を徹底し、それにより何を目指しているかを明確 は大きな資産ですし、慎重に管理しなければ に示すことだと思います。HSBCは世界中に なりません。グローバルに展開されるブランドは 展開していて、86の国と地域に支店を設けて 企業にとって大きな資産となり、事業を行うのに おり、また経営の多様性を考えると、HSBCは 大きな力になりますが、一つの場所でブランドが 最もグローバルな銀行であると言えるかと思い 傷ついた場合、即座に世界中で影響が現れる ます。ブランディングのサポートのために、テクノ というリスクも伴っています。従って、ブランドを ロジーを利用して業務を統合し、従業員を結び 管理するために特別な注意を払わなければな つける基盤を作って世界的な一貫性を実現 りません。一貫性のある積極的な方法でブラン しています。また、人的な面からも、取締役会、 ディングすることが重要です。 経営委員会で多様性を持たせており、日本 よく理解できます。ブランドのイメージを保つた でも20以上の国籍の人たちが勤務しています。 めに、特別な注意を払い、すべての従業員が 世界中から従業員を採用し転勤させることに ブランドの価値を高めるために全力を注ぐ必要 よって、従業員は、どの国で勤務しても一貫性 がありますね。 を保ち、どの国のHSBCであっても同じような イメージを保つことが可能なのです。 ミルン 実際の名称やロゴはブランディングの目に見える 部分ですが、それをサポートするものをブランド 価値と呼んでいます。HSBCは5つのブランド HSBCから見た金融危機とは 価値、Responsive (敏感) 、Perceptive (洞察) 、 F a i r( 公 正 )、R e s p e c t f u ( l 尊 敬 )そして 塚田 ところで先ほど、HSBCは金融危機で大きな損 Progressive(進歩) を志向しています。HSBC 害を受けなかった非常に数少ない銀行の一つ のグループ広告、ブランド広告は、このブランド だとおっしゃいましたが、サブプライムローンが 価値を伝えるように企画されています。 問題になった時にHSBCは迅速なアクションを 塚田 「The world's local bank」についてですが、 とり、健全な経営を行っていることを示されたと この「local(ローカル) 」は、貴社の理念ではどう 私は理解していますが、キーポイントは何だった いう意味を持つのでしょうか。 のでしょうか。 ミルン この理念で言っていることは、HSBCは世界的 ミルン すべての銀行が、他のすべての企業と同様に な銀行であると同時に、営業を行っているそれ 金融危機の影響を受けました。私たちの業績 ぞれの地域における長期的な活動の中で、 もお客さまの状況を反映しますので、他の企業 その地域の特性やお客さまを理解しているとい と同様に苦しんできましたが、重要なのは、 6 塚田 HSBCが強固な資本と流動性を保持してきた 機を最初に乗り越えて成長率を改善し始める ということです。私たちは銀行経営者として、 だろうと考えています。中国は現在、約6%の成長 リスクをいかに管理するかについて常に保守的 率を達成していますが、これは中国としては非常 な立場をとっています。また、HSBCは次の四半 に低いものです。世界経済の中で最初に回復 期の利益のみを見ているのではなく1年後、3年 する経済圏はインドと中国だと考えられます。 後、そして5年後の長期的ビジョンで将来を考え そのため、HSBCは戦略的な観点から、これら ています。最も重要なことは慎重な姿勢であり、 の経済圏に対する存在感を高めようとしてい 次に重要なことは長期的な視点に立った考え ます。インドと中国で 規 模を拡 大 することは 方をすることです。これが、HSBCを競合他行 HSBCにとっての主要な戦略的目標です。これは から差別化してきた2つのポイントだと思います。 短期的な戦略ではなく、 新興成長市場の世界の 経済が好転するのに、ある程度時間がかかる GDPに占める割合が増え先進国市場のそれ ことは仕方ありません。HSBCの見通しでは、 多分 よりもやがて大きくなるだろうという、長期的見通 来年の終わりまで景気は好転しないだろうと しに基づいています。インドと中国では、今年の 見ています。経済が回復するのは2010年か 終わりか来年に再び成長が始まり2011年には 2011年になるでしょう。 本格的に改善に転じると見ています。日本に その点についてもお聞きしたいのですが、現在の 関しても同様の状況で、今年の第3四半期には 経済状況がL字型からU字型に転じるのは 成 長に 転じると予 想していますが 、G D P は いつごろとお考えでしょうか。 2009年には6.5%程度落ち込み、非常に厳しい 状況になると考えています。 ミルン どこの経済を見るかによって変わりますが、私が 注目する指標は米国の失業率です。これが世界 塚田 その数値は私ども日立総研が予測した数字 (暦年でマイナス6.8%) とほぼ同じですね。 の需要を動かす大きな要因です。今年後半と 来年いっぱい、 米国での雇用市場は軟調なまま だろうと考えています。U字型に転じる時期は HSBCのコーポレート・サステイナビリティ 2010年の終わりか2011年の初めになるだろうと 考えています。HSBCの経営陣は、現在起こって 塚田 ところでHSBCの東京オフィスを訪問した際、 いる事象について、できる限り現実的に対応し、 あらゆる場所に環境問題のポスターが張って かつ誠実に情報を開示することを心がけてい あり驚きました。私たちは日立グループ製品で ます。例えば2006年という非常に早い段階で、 2025年度までに年間1億トンのCO2 排出抑制に 米国の消費者金融市場で債務不履行が増加 貢献する、と表明しています。また、2015年まで しているという問題点があることを明らかにしま にエミッションニュートラルの目標を実現したいと した。多くの銀行が今年の第1四半期に好業 考えています。HSBCは既にカーボンニュートラル 績を計上しましたが、これが経済の好転を示し を達成されたと聞いておりますが、環境戦略に ているものではないと、私たちは考えています。 株主の皆さまに対しては、今年後半と来年は 依然として厳しい状況にあるという見通しを 明確に示してきました。 塚田 ミルンさんは、米国、ヨーロッパ大陸あるいは アジアなど多くの国で勤務され、世界経済を 熟知していらっしゃいますが、アジア諸国、新興 諸国、米国やヨーロッパなどをどのように見て おられるのでしょうか。特に日本経済についての 見通しを伺いたいのですが。 ミルン 新興経済圏、特にインドと中国は、この経済危 7 対論 Reciprocal ついてご説明いただけますか。 負荷については、例えば、発電所の建設などに ミルン HSBCの環境へのアプローチは、グループの 融資する場合、エネルギー、水、森林などに関係 会長であるスティーブン・グリーンが主導しており、 するプロジェクトに関してHSBCはセクター別 会長自身によるグローバルなリーダーシップが ポリシーを整備しており、融資する場合は一定 環 境戦略を非常に重要なものにしています。 の基準を満たさなければなりません。ロンドン HSBCは2005年にカーボンニュートラルを最初 本部が厳密に管理しており、このようなプロジェ に達成した銀行です。HSBCは環境負荷低減 クトに融資する場合は、本部から承認を得なけ を促進するために多くのことを実施してきました。 ればなりません。HSBCはまた、赤道原則*も これには、直接的環境負荷と間接的環境負荷 採択しています。これは世界の多くの金融機関 の2つの側面があります。直接的環境負荷は、 が同意した一連の自主的なガイドラインですが、 HSBC自身のCO 2 排出に関するもので、所有 プロジェクト・ファイナンスの際の社会・環境基準 するビルや利用する交通手段といったものです。 を設定しています。また兵器の製造、販売にかか 世界中の支店が、CO2 の排出量を計測し、何に わる企業とは取引しません。これは、道徳的、 よってCO2を排出しているかを理解し、そこから 倫理的な理由からですが、 環境面の理由もあり 削減目標を設定し、あらゆるソースのCO 2 排出 ます。さらにHSBCグループは2007年にHSBC を追跡して、本社に毎月報告します。HSBCは、 クライメート・パートナーシップを立ち上げました。 可能な限り、化石燃料を燃やしたエネルギーで これは、HSBCと4つの機関、すなわちクライ はなく、風力または太陽光資源から作り出され メート・グループ、アースウォッチ、スミソニアン研 たグリーンエネルギーを購入しています。また、 究所、WWFとの間のパートナーシップであり、 毎年、確実にカーボンニュートラルを達成するた HSBCはこれらの機関に対し5年間に1億米 めにカーボンオフセットを購入するようにしてい ドルを寄付し、世界の5つの都市と4つの主要 ます。これが直接的環境負荷です。間接的環境 河川での環境改善のプロジェクトを推進してい ます。 * 塚田 大型のプロジェクトファイナンス案件において民間金融機関が 採択する環境・社会影響ガイドライン。開発コストで1,000万ドルを 超える規模のダムや発電所建設、資源開発などのプロジェクト ファイナンスを行う際、環境面での負荷評価を行い、融資実施後 は環境対策状況をモニタリングすることなどを定めている。 東京は含まれていないのですか。 ミルン 東京は高度に発展した都市ですから含まれて いません。HSBCが大規模な活動を展開して いる新興市場と地域にフォーカスしています。 5つの都市とは香港、ロンドン、ムンバイ、上海、 そしてニューヨークで、これらの都市はHSBC グループの業務の主要なセンターとなっています。 また、4つの河川とはテムズ川、ガンジス川、 アマゾン川、揚子江で、これは、コーポレート・ サステイナビリティ戦略の一環です。 塚田 いま、ミルンさんからも伺いましたが、HSBCの パンフレットには企業の社会的責任に関して 「コーポレート・サステイナビリティ」を掲げておら れます。HSBCにとってコーポレート・サステイナ ビリティとはどのようなものでしょうか。 8 ミルン 私たちにとってコーポレート・サステイナビリティ ミルン 最初は日本に3年間駐在しました。2007年半 とは、事業を継続可能な方法で経営するという ばに再来日しましたので日本駐在は合計で5年 意味です。従って、先にお話した環境問題や 半になります。 気 候 変 動 の 影 響はすべて、H S B C のコーポ 塚田 レート・サステイナビリティの範囲に入ります。しか ミルン 日本の文化は非常にユニークで、世界中どこに し、コーポレート・サステイナビリティは、環境だけ もありません。中国の文化もユニークですが、 に関するものではなく、多様性の分野にもかか それは中国だけでなく、台湾、マレーシア、シン わるものです。多くの従業員を抱えるHSBCは、 ガポールなど で 実 際 に見ることが できます。 従業員の中での多様性、例えば人種や性別の しかし日本文化は日本でしか見ることができま 多様性が重要だと考えています。多様な従業 せんし、目を見張るものです。長く豊かな歴史、 員を抱えることで異なる発想が生まれますし、 興味深い言葉、これらすべてが日本をとても 現地の文化や業務遂行方法に敬意を払うこと ユニークにしていると思います。 にもなり、HSBCのビジネスに資することとなる 塚田 塚田 なるほど。日立グループも日本文化の特徴や からです。 強みを基盤としたグローバル展開を発展させた スイスのある組織が最も倫理的な企業として いものです。HSBCは、 お話しいただいたように、 HSBCを選んだと聞きましたが、その話をお聞 事業の規模そして事業の質の点からも非常に かせいただけますか。 素晴らしい企業で、これまで成功を収めてこら ミルン 2009年1月に、ジュネーブに拠点を置く調査コン 塚田 興味を持たれている文化は何かありますか。 れ、今後も成功を続けられることでしょう。日立 サルティング会社のコヴァレンスが、HSBCが とHSBCは世界市場で良きパートナーとして、 最も倫理的な企業に選ばれたと発表しました。 お互いにWin-Winの関係を続けていきたいと この調査は18業種、500社以上の多国籍企業 願っております。本日はお忙しい中、ありがとう を対象にしたものです。 ございました。 その選考基準はどのようなものなのでしょうか。 ミルン この調査では、製品・商品の環境への影響や、 社会貢献活動、廃棄物処理、消費者への情報 開示、環境配慮型製品・商品、国際的知名度、 製品・商品の環境リスク、労働規範、腐敗防止 対 論 後 記 施策などのさまざまな基準が用いられており、 ミルンさんは、見るからに 多国籍企業が倫理的にどう評価されているか 立派な英国紳士であり、事 を示すバロメーターと言えます。この調査に用い 業の方向性と経営への自 たデータは2002年から2008年11月までのもの 信は確固たるものであると でマスメディア、市民社会、企業などを情報源と 感じました。''Conservative しています。 and Steady''というHSBC の経営方針は、急激な拡大 期にはいろいろな意見が グローバルで働く喜び 塚田 ミルンさんは、 スコットランド出身で、米国、パリ、 香港などで勤務されていますね。私も米国、 ありましたが、現在の経済 危機の中にあっては、成功モデルとなっています。また、 東京の事務所を訪問したときには、環境経営へのひた むきな姿勢が会社の隅々にまで浸透していると感じまし 英国そして中国本土で勤務したことがありま た。間もなく100周年を迎える日立もHSBCから多くの すが、取引先と仕事をすることは楽しかったで ものを学べると思いますし、今後パートナーとしての連携 すし、現地の文化も楽しみました。ミルンさんは、 を一層強化していけば、両社にとってより大きなメリットが 現在日本に2年以上住んでおられ、以前にも一 期待できると思いました。 度日本に駐在されたのですね。 9 特 集 再生可能エネルギー普及に向けた動向 地域別に描いた再生可能エネルギー大幅導入社会の理想像 (独)国立環境研究所 地球環境研究センター 温暖化対策評価研究室 池上 貴志・芦名 秀一・藤野 純一 CONTENTS 1. 再生可能エネルギーは低炭素社会実現への柱 2. 地域別の再生可能エネルギー導入社会の理想像 3. 我々の描いた理想像を実現するためには 4. 今後のより良い議論に向けて (いけがみ たかし)2007 年 3 月東京大学大学院工学系研究科 都市工学専攻博士課程修了。博士(工学) 。博士論文は「東京都 区部における下水熱利用地域冷暖房システムの戦略的導入による 二酸化炭素排出削減効果および経済性の解析」である。2007 年 4 月より NIES ポスドクフェローとして現在の研究室に在籍。 「低 炭素社会の実現に向けた脱温暖化 2050 研究プロジェクト」シナ リオチームの一員として研究に携わり、また、世界各国の再生可 能エネルギー導入ポテンシャルの推計や、将来のエネルギー供給 シナリオに関する研究を行っている。 1.再生可能エネルギーは低炭素社会実現への柱 地球温暖化による深刻な影響を防ぐためには、世界全 体の温室効果ガス排出量を 2050 年には現状から半減す る必要があると各種研究により指摘されている。昨年 7 月の G8 洞爺湖サミットで「2050 年世界で半減」という 目標が先進国間で共有されたこともあり、世界的に低炭 素社会の構築へと大きく舵を切り始めていると言える。 再生可能エネルギーは、低炭素社会実現にあたって 図 1 CO270%削減社会におけるエネルギー構成例 1) の重要な柱の一つである。筆者らの所属する脱温暖化 2050 研究プロジェクトによる「温室効果ガス 70%削減 1) エネルギーシステムの大きな変革が必要である。エネ 可能性検討」 では、 2050 年の日本の姿として、 活発で、 ルギー供給システムにおいては耐用年数の長い設備が 回転の速い、技術志向社会のシナリオ A と、ゆった 多く、早期の対策なしでは化石燃料中心のシステムに りで、スローな、自然志向社会のシナリオ B の 2 つの 流れていく恐れがあることから、再生可能エネルギー シナリオを置いて、70%削減の可能性の検討を行った。 を活かしたシステム実現に向けては現段階からの着 いずれの社会でも CO2 削減目標 70%を達成するため 実な対策が必要不可欠と言える。そのためにはまず、 には、エネルギー需要について 2000 年比 40 ~ 45%と 2050 年におけるエネルギーシステムの具体像、ビジョ いう大幅な削減が必要であるのみならず、太陽、風力、 ンを描き、それを共有することが最も重要である。そ バイオマスといった再生可能エネルギーの大幅導入や してその将来ビジョンからバックキャスティングし、 分散型エネルギーシステムの普及によってエネルギー いつまでにどのような対策を戦略的に打っていくべき 供給を低炭素化することが必要不可欠であることが示 かを明らかにして、現在からの導入戦略を組み立てて 唆された(図 1) 。特に、再生可能エネルギーについて いくことが望ましい。 は、現状では一次エネルギー消費量の数%程度の利用 脱温暖化 2050 研究プロジェクトの一環として、各 量であるものを、炭素隔離貯留(CCS)が受け入れら 種の再生可能エネルギーの研究に携わる 20 代 30 代 れると想定した社会(シナリオ A)の場合でも 10%以 の比較的若手の研究者を中心とした 20 名の委員に集 上に高める必要があり、CCS は用いずに輸入したバイ まって頂き、「低炭素社会に向けた分散型エネルギー オマス利用を想定した社会(シナリオ B)では 40%近 シナリオ開発研究会」を行った。この研究会では、上 くにまで高める必要があるとしている。 述のプロセスに基づきⅠ再生可能エネルギーおよび分 このような再生可能エネルギーの大幅な導入には、 10 散型エネルギーが大幅導入された社会の具体像を描 き、Ⅱその実現に向けた戦略を検討して提言としてま 2) ギーのみでは需要を賄いきれない。一方で、郊外農村 とめた 。本稿では、 日本における再生可能エネルギー 地域などでは、エネルギー需要密度が低くかつ土地資 を中心としたエネルギーシステムとはいかなる姿であ 源が豊富であることから、太陽光発電や風力発電など るか、またそこに至るためにはどのような対策、政策、 の大規模設置や地域内の植物性バイオマス資源の活用 制度が必要とされるかについて我々の研究会での検討 により、自立的なエネルギー供給の追求も可能である。 結果を述べる。 また、都市部では熱供給などについて地域エネルギー 2.地域別の再生可能エネルギー導入社会の理想像 ネットワークの形で効率的に供給するシステムの構築 が容易であるのに対し、郊外農村地域などでは需要が 点在しているため非常に困難である。このように、気 再生可能エネルギー導入社会の姿を検討するにあたっ 象条件や都市の集約度によるエネルギー需要密度の違 ては、地域特性の違いを念頭に置いた議論が不可欠であ い、土地利用の制約などにより地域ごとに最適なエネ る。日射量や風速、気温などの気象条件は地域によって異 ルギーシステムが異なる。 なり、条件の違いはすなわち再生可能エネルギーの供給可 能量やエネルギー需要量の大きな差異となって現れる。 研究会では、全国を大まかに⑴都市集中型居住地域、 ⑵地方集中型居住地域、⑶地方離散型居住地域の 3 つ 都心部などの都市化が進んだ地域では、狭い範囲に に分類し、将来像および実現戦略を検討することとし 多数の産業、住宅が密集しており、エネルギー需要密 た。ここではこの地域分類に従って描いた、理想的な 度が高いものの、面積に見合った量しか供給量が確保 再生可能エネルギー導入社会の将来像の検討結果を紹 できない太陽光、太陽熱や風力などの再生可能エネル 介する(図 2)。 図 2 再生可能エネルギーの大幅利用を目指した都市部・地方の姿 11 ⑴ 建築物に関する将来像 陽光発電システムには、エネルギー貯蔵装置として蓄 ~ほぼすべての建物に太陽光・熱利用と省エネ設備~ 電池もしくは電気分解型水素生成装置と燃料電池が併 地域によって集合住宅やオフィスビルなど高層の建 設されており、荒天時等の太陽エネルギーを十分に確 築物が林立している地域や、戸建住宅が中心の地域な 保できない期間における需給の不一致を解消してい ど様々であるが、ここではまず地域の区別をせずに建 る。一部の建物には小型の風力発電機が導入され、太 築物に対して導入されている技術や再生可能エネル 陽光発電システムと共に運用されている。 ギーの将来像について述べる(図 2 の中央部) 。 建築物においては、再生可能エネルギーの導入だけ ではなくエネルギー需要を低減する技術を導入する 地域によっては、地熱を暖房や給湯に利用している 地域や地中熱ヒートポンプなどを利用した暖房・給湯 を行っている地域も存在する。 ことが重要である。建築物は耐用年数が長く、また 経済性の観点からむやみに建て替えることができない ※研究会では以上のような将来像を描いたが、太陽エ ため、都市の再開発、老朽化が進んだ建物の更新の際 ネルギーの利用方法に関して意見が分かれた部分も に、新しい技術を積極的に導入していくことが重要で ある。太陽光発電と太陽熱温水器どちらが良いか、 ある。2050 年にはオフィスビル、商業施設、公共施設、 屋根はどのように利用するのが最適か、という議論 集合住宅、戸建住宅のいずれにおいても、高断熱化、 である。大幅に効率が向上し低コスト化された太陽 高気密化、自然光の採用、高効率照明の利用した低炭 光発電が実現し、高効率ヒートポンプ給湯器が普及 素建築物への建て替えが進んでおり、冷房・暖房・給 しているのであれば、太陽光発電の方が高効率に給 湯・照明の各需要量は大幅に低減されているであろう。 湯需要を賄え、他の需要にも対応可能であることか 再生可能エネルギーについては、まずこれらの建物 ら、最終的に目指すべき将来像としては太陽光発電 のほぼ全ての屋根や屋上に、太陽光発電システムや太 であろうが、途中の段階では経済性の観点から、太 陽熱温水器が設置されている。また、駐車場や鉄道駅 陽熱温水器の導入を推し進めるべきであり、低炭素 舎および駅ホーム、ガソリンスタンドの屋根部など 社会への移行の段階で非常に重要な技術であろう。 様々な場所に太陽光発電システムや太陽熱温水器が導 入されている。 ⑵ 都市集中型居住地域の将来像 意匠性に優れた太陽電池も開発されており、屋上に ~エネルギーの面的利用と郊外地域への責任ある投資~ 加えて壁面やデザイン性が重視される建築物などへの 都市集中型居住地域は、極めて狭い範囲に多数の住 導入が拡大している。また可視光透過型の太陽電池が 宅やオフィスビル、商業施設が集積し、高層ビル、マ 開発されており、窓ガラスの代替品として導入が進ん ンションが林立している新宿、大手町、六本木のよう でいる。同様に、太陽熱温水器も意匠性に優れたもの な地域を想定した(図 2 左上)。 が開発され、集合住宅のベランダ部には落下防止柵を 兼ねた太陽熱温水器が導入されている。 戸建住宅においては、脱 LP ガス、脱石油が進んで 高層ビルが立ち並ぶ地域では、それぞれの建物の需 要低減対策だけではなく、風の道等に配慮した都市計 画やビルの設計が行われ、屋上緑化、壁面緑化も積極 おり、暖房・給湯機器だけではなく、調理機器も電化 的に活用され、エネルギー需要の低減に寄与している。 が進んでおり、家庭で消費されるエネルギーに占める この地域はエネルギー需要密度が高いため、域内の 電力のシェアは増加しているが、省エネ高効率機器が 再生可能エネルギーのみでは供給力が不足しており、 広く普及していることに加え、各家庭の太陽光発電シ 郊外からエネルギー供給を受けざるを得ない。域外で ステムや低炭素化された系統電力の利用により、家庭 導入される再生可能エネルギーによる大規模な発電に 部門からの CO2 排出量は大幅に低下している。 対して、都市域の企業や地方自治体が責任を持って投 出力が不安定な再生可能エネルギーが多く導入され ているため、系統電力への影響が少なくなるよう高度 資を行い、都市域で利用する低炭素系統電力の確保を 行っている。 な IT を駆使したデマンドサイドマネジメント技術や 街区・地域レベルで電力・熱を融通するインフラが パワーエレクトロニクスが普及している。さらに、太 整備されており、都市廃棄物やバイオガスを燃料とす 12 再生可能エネルギー普及に向けた動向 特 集 る大規模な熱電併給システム(CHP)や、下水や河 安定的にエネルギーが供給される天然ガスもしくは郊 川水等の温度差エネルギーや清掃工場からの廃熱など 外地域から搬送してきたバイオマスを利用した CHP 未利用エネルギーを有効に活用した地域冷暖房システ 等が導入されており、電力・熱の両方が供給されてい ム(DHC)が導入され、効果的な建物用途の混合や る。小規模工場の場合には、自らエネルギー供給設備 装置を用いた負荷平準化によって効率的なエネルギー を持つのではなく、近隣の大規模工場からの排熱の多 供給が可能となっている。一部の地域では、工場から 段的利用(カスケード利用)や電力の融通により、エ の副生水素や風力発電などの低炭素エネルギー由来の ネルギー需要が賄われている。 水素が供給されるインフラが整備されており、燃料電 交通については、基本的には路線バス網が十分に整 池自動車や集合住宅における小型燃料電池 CHP に利 備されており、地域内交通は公共交通機関が主となっ 用されている。 ている。域内で生産された水素を用いる燃料電池バス 交通については、基本的には地下鉄や路線バス網が も導入され、低炭素エネルギーを利用するシステムが 十分に整備されており、地域内交通は公共交通機関が 整っている。一部の地域では、家庭の太陽光発電設備 主となっている。自動車については、前述の燃料電池 からの電力を利用した水素生成設備があることから、 自動車のほか、再生可能エネルギーによって発電され 家庭用としても水素自動車、燃料電池自動車が多く普 た低炭素系統電力を利用した電気自動車、プラグイン 及しているが、その他、低炭素電力を利用した電気自 ハイブリッド自動車、海外から輸入したバイオマス液 動車、プラグインハイブリッド自動車も多く普及して 体燃料を利用する自動車などが、地域や用途に合わせ いる。地域相互間の交通は、鉄道が主となっている。 て利用されている。 ⑷ 地方離散型居住地域の将来像 ⑶ 地方集中型居住地域の将来像 ~地場産業でのエネルギー地産地消と都市への供給~ ~近傍のバイオマス利用と電力・熱の地域連携システム~ 地方離散型居住地域では、農林水産業が盛んに行わ 地方集中型居住地域は、鉄道駅を中心として開発が れており、住宅は戸建住宅が中心で、エネルギー需要 進んだ地域で、鉄道駅や交通の要所に近い中心部には 密度が比較的低い郊外地域を想定している(図 2 右) 。 商業サービスが集中し、住宅は中層マンションなどの この地域では、土地資源が豊富であるという特性を 集合住宅が建てられ、郊外には主として中小企業によ 活かし、食料生産・マテリアル生産・エネルギー生産 る製造業が工業団地を形成し、戸建て住宅が建て並ぶ が行われている。 県庁所在地規模の地方都市を想定している (図 2 左下) 。 食料自給率向上も重要な課題であるため、農地はエ この地域も都市集中型居住地域と同様に、中心部な ネルギー作物生産ではなく、食料生産のために最大限 どエネルギー需要密度の高いエリアでは、郊外からエ 利用されている。温室栽培や酪農など農業で用いられ ネルギー供給を受ける必要があるため、責任を持って る熱エネルギーは、太陽熱に加え、地中熱、バイオガ 再生可能エネルギー開発に投資を行い、低炭素電力確 ス、あるいは、チップ、ペレットを燃料とするボイラ 保を行っている。 で全て賄われている。 一部のエリアでは、限られた範囲で地域マイクログ 森林バイオマスについては森林管理と一体となった リッドシステムが構成され、電力や熱の融通が行われ 資源利用が行われており、間伐材などの木材はマテリ ている。例えば、集中的に水素を生成する装置を設置 アルとして最大限活用された上で、残渣や利用できな して水素を製造し、水素供給インフラを利用して各世 い分についてはチップ、ペレット等に加工して熱源と 帯に送られており、数世帯に 1 台の割合でこの水素を して、あるいは、発電用として利用され、合理的なカ 利用した燃料電池 CHP が設置されている。さらに、 スケード利用システムが確立されている。 製造された余剰の水素は水素ステーションで利用し、 農林水産業の残渣のすべてと都市廃棄物の一部は、 水素自動車や燃料電池自動車の燃料として供給されて メタン発酵によるバイオガス、アルコール発酵による いる。 エタノールのいずれかに変換されて地域内の農林水産 工業地域については、 製品の生産力安定の観点から、 業で農業機械などの燃料として利用され、廃棄物エネ 13 ルギーの地産地消が行われている。 家全員で等しく負担できる仕組みづくりを行い、電力 さらに、産業廃棄物処分場跡地や遊休地などを活用 系統インフラ整備のための経済的支援を電力会社に対 して大規模に太陽光発電が実施されており、風況の良 して行う。特にエネルギー生産地域では、再生可能エ いエリアや洋上では大規模な風力発電も行われている。 ネルギーによる大規模な発電が導入される時期や系統 砂防ダムや農業用水の高低差を利用した中小水力発電 設備の更新時期を利用しつつ、長期的な視野から系統 も至る所で利用されており、これらの再生可能エネル の送配電容量の拡張に対して投資を行っていく。 また、 ギーで生産された電力は、系統電力の低炭素化に大き 電力会社間での電力融通ができるよう電力会社間連系 く寄与しており、都市域に売電されている。またこの も強化しておく。 地域には、再生可能エネルギーだけではなく原子力発 (都市計画)都市域では地域エネルギー供給を行うの 電所や大規模水力発電所などの大型の発電所も建設さ に適したエネルギー需要の集約化や、負荷平準化のた れており、エネルギー生産地域として発展している。 めの多用途建物の混在化、熱供給インフラの整備など、 交通については、主に、地域の再生可能エネルギー による余剰電力を用いた電気自動車やプラグインハイ 最適なエネルギーシステムの導入検討を後押しする中 長期的な都市計画の策定を行う。 ブリッド自動車が普及している。 3.我々が描いた理想像を実現するためには ⑵ ビジネスモデル確立期(~ 2030 年) この時期には、開発が進められた要素技術を適切な 規模で導入され、個々の要素と全体のシステムが調和 再生可能エネルギーを大幅に導入するためには、 数々の障壁を乗り越えるための政策や対策が必要不可 したエネルギー供給システムの実現に向けた都市の構 築・再構築が具体的に進む。 欠であるが、既に述べたようにエネルギー供給システ (経済支援)Feed-in Tariff など、再生可能エネルギー ムは更新に長い時間を要するため、政策や対策を打つ を優遇する制度の運用を進め、戦略的かつ計画的に再 タイミングを逃さないよう早期に戦略を立てておく必 生可能エネルギーの系統連系を進める。また、企業が 要がある。研究会では、描いた将来像の実現を阻害す 遊休地などを利用した再生可能エネルギーによる発電 る障壁をまず明らかにし、障壁を取り除くために必要 産業に参入するのを支援する。 な政策や対策について、その導入のタイミングと共に (エネルギー事業)個々の事業主体でシステムとして 検討を行った。⑴現在~ 2020 年、⑵ 2020 ~ 2030 年、 の効果を生み出すのは難しい。システム全体としての ⑶ 2030 ~ 2050 年の 3 つの期間に分け、実現戦略の検 保守・運用に責任を持つ新しいエネルギーサービス供 討結果を紹介する。 給会社の設立を支援する。エネルギーサービス供給会 社と建設会社が連携した建築物の生産体制を確立し、 ⑴ 技術開発期・中長期都市計画策定期(~ 2020 年) 低炭素建築物の導入を推進する。 (技術開発)太陽光や太陽熱、バイオマス、小水力、 (面的利用)都市部ではエネルギー面的利用のための 地熱など再生可能エネルギー利用技術の高効率化・低 導管と道路の一体的な整備、建物間融通を含む小規模 コスト化や、負荷追従性の高い廃棄物・バイオマス な面的利用に対する道路占用の許可など、都市計画と CHP に関する技術開発、また電力需要と分散型電源 エネルギー計画の一体的な取扱いや制度設計を行う。 が市場を通して系統と調和しながら自律的に制御され (農業)都市周辺の土地・森林におけるバイオマス資 エネルギーが安定的に供給されるための要素技術の開 源の生産管理の集中化や、農業の株式会社化による遊 発を積極的に推進する。先導的な実証実験への経済的 休農地の開発など新しい形態のアグリビジネスの展開 補助を拡大することで技術開発を促進する。 を推進する。土地の所有者はエネルギー供給会社や農 (経済支援)環境税のような CO2 排出原単位の大きい 電力に対するペナルティー制度や Feed-in Tariff のよ うなグリーン電力優遇策の導入を行う。 (インフラ整備)電力品質の維持に必要な費用を需要 14 業会社に土地を提供し、地代として生産物の一部を受 け取るシステムを確立する。 (森林管理)森林バイオマスについては戦略的に森林 管理を進めていく地域と管理が困難な地域を分離し、 再生可能エネルギー普及に向けた動向 特 集 管理しない地域には間伐不要な広葉樹を植え、管理で 得られる大規模な太陽熱発電の導入も急速に進んでい きる地域には針葉樹を植えていく。民間の会社が森林 る。それぞれの地域特性を十分に把握し、それを活か 管理に参入しやすい仕組みを整えるとともに、林業が した計画を立てることが最も重要である。需要地から ビジネスとして成立するよう、国産木材の付加価値を 遠く離れたアフリカの広大な土地資源を利用し、太陽 高め、マテリアル利用を拡大させるとともに、国産木 光発電や太陽熱発電による電力を大規模な直流送電で 材資源の売り先を確保しておく。地域のエネルギー利 ヨーロッパまで送るという計画もあるというが、これ 用を高めるため、廃材や利用困難な木材などを積極的 こそまさに将来ビジョンである。将来ビジョンを共有 に利用することに対するインセンティブを与える。 し、技術開発や経済支援など数々の障壁を乗り越えて こそ実現する課題である。 ⑶ 普及拡大期(~ 2050 年) この時期には既にかなりの技術開発が進み、基本的 再生可能エネルギーの導入に関して日本は固有の障 壁も多い。土地資源に乏しいことは仕方がないとして、 に経済的支援なしで再生可能エネルギーの普及が進 技術的には高効率化や低コスト化はもちろん、出力の む。 不安定性からくる系統連系の問題も解決する必要があ (建築物)段階的に土地利用規制、および建築規制を 強化し、高気密・高断熱・高効率機器や、再生可能エ ネルギーの導入、都市においては電力・熱融通設備の 導入を新規建物に対して義務づける。 り、また社会的には漁業権や水利権などの既得権益と の兼ね合いや経済的支援策も課題である。 太陽光発電、風力発電などそれぞれの技術について の将来ビジョンは描かれているが、これらは供給側の (系統インフラ)太陽電池の低コスト化や都市域から 視点で描かれているものが多く、地域別に描かれた需 の支援により、遊休地などに大規模に太陽光発電が拡 要側の視点からの具体的な将来ビジョンは少ないよう 大していくため、エネルギー生産地域では継続的に系 に思う。本稿に描かれた再生可能エネルギーが大幅に 統インフラの拡充を行っていく必要がある。 導入された地域別の理想像やその実現のための戦略提 4.今後のより良い議論に向けて 言が、日本が今とるべきエネルギー戦略について考え る契機となれば幸いである。将来ビジョンに関する活 発な議論が行われ、そのビジョンを企業や国民も含め これまで述べてきた再生可能エネルギーが大幅に導 て全員で共有し、低炭素エネルギー供給システムの実 入された理想的な将来像や実現戦略は、あくまでも一 現に向けて一丸となって取り組んでいくことを期待し 例であり、議論の出発点であると思っている。本稿で たい。 述べた 3 つの地域区分は、都市の集約度、人口密度な どによって分けられているが、気候によって区分する 謝辞:本検討は、環境省地球環境研究推進費 S-3 の支 ことも非常に重要である。例えば、北海道では暖房需 援のもと実施されたものである。脱温暖化 2050 研究 要が主で、暖房機器の電化や住宅の高断熱化が重要な プロジェクト・エネルギー供給 WG「低炭素社会に向 対策になるであろうし、瀬戸内海沿岸や沖縄など日射 けた分散型エネルギーシナリオ開発研究会」委員各位 量の多い地域では、太陽光発電の導入が経済的に成り に対し、あらためてここに感謝の意を表す。 立ちやすくなるであろう。 また、本稿では日本国内を想定して将来像を叙述し 参考文献 たが、外に目を向けるとさらに多様化した将来像が描 ⑴ 「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム , 2050 けるだろう。日本とは比べ物にならない程の豊富な土 日本低炭素社会シナリオ:温室効果ガス 70%削減 地資源が海外には存在し、砂漠や草原などの日射量の 可能性検討 , 2007 年 2 月 . http://2050.nies.go.jp 多い広大な土地を利用して、大規模な太陽光発電の導 ⑵ 池上貴志ら編 , 我が国における再生可能/分散型 入が既に進んでいる。また近年では、中東や南ヨー エネルギー導入戦略への提言 , CGER-REPORT, ロッパ、アメリカ、オーストラリアなどの乾燥した地 I082-2008,(独)国立環境研究所 , 2008 年 6 月 .http:// 域で、太陽光発電より経済性に優れ、安定した出力を www-cger.nies.go.jp/publication/I082/i082.html 15 特 集 再生可能エネルギー普及に向けた動向 Government incentives for solar power development Teruhiko Tsumura* Managing Director London Research International Ltd [email protected] www.LondonResearchInternational.com *Teruhiko Tsumura is the founder of London Research International (LRI), a global energy research consultancy. By profession, he is an energy economist, who has advised a number of governments and private-sector companies on their investment projects in the gas and power sectors. Under his direct management, LRI is currently launching an Internet portal called Renewable Energy Database (www.REdatabase.com), which is designed to promote the deployment of renewable electricity in both developed and developing countries. The European Union (EU) made a commitment in 2008 calling for 20 percent of final energy consumption to be derived from renewable energy sources by 2020, as compared to the actual level of 9.6 percent in 2006. The main pillar to achieve this commitment is to produce and use more renewable power, such as solar power, wind power and mini-hydro power. However, most of the renewable technologies are still not cost competitive compared to conventional generation technologies such as coal-fired and nuclear generation. To solve this problem, governments are obliged to offer financial incentives for renewable power development projects. Most EU governments also provide financial assistance for research and development for renewable power technologies, which along with the additional demand created by project-based incentives and thus a larger scale of economies for equipment production, is improving the cost competitiveness of renewable power. This article begins with an overview of government incentives to facilitate renewable power development, then analyses those incentives in selected countries, and lastly discusses the sustainability of the incentives, with a focus on solar PV power. 1. Overview of government incentives Renewable power development projects are still dependent on government incentives, although some of them can be financially feasible without them, e.g., onshore wind power in areas of good wind resources, or biomass power where low-cost fuel is available. There are two types of government incentives, operating incentives and investment support. The latter includes direct subsidies for equipment purchasing, tax incentives and other investment-related support, whereas the former refers to incentives given to a unit of electricity produced using renewable power sources. Operating incentives are considered to be more efficient as they are given to results of an investment and as they create an incentive for better operation. Almost all EU governments also give investment support, but mostly to households and small businesses only. There are three types of operating incentives, including: •Feed-in tariff (FIT): Under an FIT incentive system, the grid operator is legally obligated to purchase all the output from the renewable power generator at a government-set price regardless of whether the output is needed to meet system demand. The FIT system guarantees developers predictable long-term cash-inflows. 16 •Premiums: Under a premium system, the renewable power generator sells his output on the wholesale market as all other generators do. There is no obligatory purchase of renewable electricity, although in some countries, renewable electricity is given priority for purchase. In addition to the income from the sale of electricity, the generator receives for each unit of electricity sold either a set amount (a fixed premium) or a variable amount calculated as the difference between the market price of electricity at the time of sale and a government-set target price. •Tradable green certificates (TGC): Under a TGC system, the renewable power generator sells his output on the wholesale market as all other generators do. However, he receives a TGC for each MWh of electricity sold, in addition to the income from the sale of electricity. (In some countries, he may receive multiple TGCs per MWh of electricity sold for some technologies.) He then can sell those TGCs for an additional income to power suppliers or distributors who have a government-set quota, whereby they are obliged to present a set number of TGCs to the regulator every year. The government incentives are designed to alleviate the difference in the generation cost between the renewable and conventional generation technologies. Table 1 compares the generation cost of selected generation technologies. Table 1 Comparison of the levelised electricity generation cost of selected technologies (EUR/MWh) Technology 1 2 3 4 5 6 7 8 Open cycle gas turbine Combined cycle gas turbine Oil: Diesel engine Pulverised fuel Coal Integrated gasification combined cycle Light-water nuclear Biomass generation Onshore Wind Offshore Large Hydro Small Solar PV Natural gas 2005 cost 45–70 Projected cost for 2030 55–85 65–45 40–55 70–80 30–40 40–50 80–95 45–60 55–70 40–45 25–85 35–175 50–170 25–95 45–90 140–430 40–45 25–75 28–170 50–150 25–90 40–80 55–260 Source of the data: IEA, 2005. Costs do not include grid-related investment costs or charges. Costs were converted from USD to EUR by the European Commission. It is observed that solar PV was not able to compete with any conventional generation technology in 2005 and that will remain so even in 2030 unless it is built in an area of high solar irradiation. Disregarding any grid-related costs or charges or investment risk premiums, none of which are included in levelised generation cost, it is deemed that most solar PV projects would have been financially feasible with a FIT of 430 EUR/MWh in 2005. Today, with an assumption that the solar PV technology has improved since then, i.e., a better power conversion factor and lower equipment production cost, the FIT could be lower. (Again, grid related costs and charges and risk premium, which are project specific, are not included.) Figure 1 exhibits the changes in the cumulative total of the installed capacity of solar PV system in the EU from 2005 to 2008. This figure indicates clearly the importance of government incentives to the deployment of solar power. Germany, despite the fact that the levels of solar irradiation are much lower there than those in southern European countries, has been the clear leader of solar PV power development because of their generous FIT. Similarly, the installed capacity in Spain shot up in 2008 because of their high FIT for that year. It is likely that we will soon see a sharp increase in the total solar PV capacity in Italy, where a generous FIT for the technology was introduced recently. of the system of each country are different, there are a few common features. For example, small-scaled installations and installations integrated in the building, known as building-integrated PV (BIPV), are given higher incentives than large ground-based solar PV power plants. The following are brief descriptions of the FIT systems in Germany, France, Italy and Spain. Germany The FIT rates are guaranteed for 20 years in Germany, which means that an installation qualified for a FIT in the country will continue to receive a payment based on the same FIT rate for 20 years. Table 2 shows the latest FIT for solar PV. (The tariff rate applied to a new power plant is determined by the commencement year of its operation and it becomes lower every year by the degression rate.) The degression rates were raised from the 5 - 6.5 per cent degression from 2004 to 2008 to 8 - 9 percent, except where the tariff rate for BIPV of 1 MW or larger was reduced by 25 percent from 2008 to 2009. Larger degression rates may reflect an assumption that the total project cost of solar power development (or the cost of ownership of solar PV system) would decrease faster than in the previous four years. Table 2 FIT for solar PV systems installed in Germany between 2008 and 2011 (EUR/MWh) Category 2008 2009 2010 Tariff Degression Tariff Degression Tariff Degression rate rate rate rate rate rate Up to 0.03 MW 467.5 8% 430.1 8% 395.7 9% BIPV including 0.03-0.1 MW 444.8 roof-top 0.1-1 MW 439.9 system > 1 MW 439.9 Other including ground-based system 354.9 2011 Tariff rate 360.1 8% 409.1 8% 376.4 9% 342.5 10% 395.8 10% 356.2 9% 324.2 25% 330 10% 297 9% 270.3 10% 319.4 10% 287.5 9% 261.6 Source of the data: Bundesministerium für Umwelt, Naturschutz und Reaktorsicherheit, 2009. Source of the data: EurObserv’ER, Photovoltaic Barometer, 2009. Figure 1 Cumulative total of the installed capacity of solar PV in the EU (2005 – 2008, MW) Consumer grid parity, which is commonly defined as a situation where the levelised generation cost achieved by solar PV systems is equal to the retail electricity price paid by consumers, is generally projected to be realized by 2020 in most EU countries. Until grid parity is achieved, government incentives will remain as a driver for deployment of solar PV power. Domestic consumers paid on average 186.8 EUR/MWh in the EU in 2008. France The French FIT had two categories, BIPV and “other” until 2008, when an additional category for roof-top systems on commercial buildings was introduced (see Table 3). The French BIPV tariff rate is exceptionally high, and the introduction of the commercial buildings category separated from “other”, and thus an effective increase in the tariff rate for commercial buildings indicates the French government’s strong commitment to the deployment of building-attached or -integrated, non-ground-based solar PV systems. The FIT is guaranteed for 20 years. Table 3 FIT for solar PV systems in France installed in 2009 (EUR/MWh) 2. FIT systems of selected countries for solar PV power Category Tariff rate BIPV (physically attached, aesthetical conformity 572 to the existing environment required) 450 Commercial buildings (roof-top system) Most of the EU countries have chosen a FIT incentive system particularly for solar power. Although the details Source of the data: Ministere de l’economie de’industrie et de l’emploit. Other (including ground-based system) 328 17 Italy The current FIT was introduced in 2007 with an annual degression rate of 2 percent. It is valid until the country’ s cumulative total of the solar PV capacity reaches 1,200 MW, although it may be revised in 2010. The FIT in Italy is guaranteed for 20 years. The FIT rate for ground-based systems of 20 kW or over is more generous than that of other EU countries (see Table 4). Table 4 FIT for Solar PV systems in Italy installed before December 2009 Capacity Ground Building-attached Building-integrated (kW) based (BAPV) (BIPV) 1–3 392 431 480 3–20 372 412 451 >20 353 392 431 Source of the data: Gestore dei Servizi Elettrici. Spain The Spanish FIT for solar PV power was revised drastically in September 2008 after a significant surge of the installed capacity in 2007 and 2008 (see Table 5). Many landowners built small capacities of solar PV, taking advantage of the high tariff rates for small capacities available under the previous tariff, and a small number of developers provided grid connections to those installations and operated them as if they were large solar parks. In 2008, the high tariff rates were substantially reduced. Under the new tariff, while a new category of BIPV was set up, similar rates are offered to all categories. This in turn means that not-particularly attractive rates are offered to BIPV development. Table 5 FIT for solar PV systems in Spain installed before 28 September 2008 and thereafter Category Duration FIT rate (EUR/MWh) A. Prior to 28 September 2008 Revision All ≤100 kW 100 kW to 10 MW 25 years 25 years 440.381 10–50 MW 25 years 229.764 417.5 B. After 28 September 2008 Revision BIPV ≤20 kW >20 kW 25 years 25 years 340 Other, including ground-based >50 MW 25 years 320 320 Source of the data: Comision Nacional de Energia. For budgetary purposes, governments often set a maximum capacity total for a year for the application of FIT by developers. In Spain, this capacity cap was reduced substantially for solar PV to a total of 500 MW for 2009, as compared with 2,670 MW of the actual capacity addition in 2008 (see Table 6). The Spanish new capacity caps indicate their intention to emphasize BIPV development. 18 Table 6 Capacity cap for solar PV power in Spain (2009-2011) Category BIPV Other, including ground-based Total Capacity Capacity Capacity cap in 2009 cap in 2010 cap in 2011 (MW) (MW) (MW) ≤20 kW 27 30 33 >20 kW 240 265 292 233 207 162 >50 MW 500 502 487 Source of the data: Comision Nacional de Energia. As noted earlier, it is the general trend in EU countries to provide more incentives to BIPV and other small installations at the expense of large ground-based solar PV plants. 3. Sustainability of incentives While the European solar PV sector grew significantly in percentage terms, incentives given to the sector have became a concern, particularly in Germany and Spain, the two European leaders of solar power. Today, in many EU countries, the sustainability of those incentives is an issue among those government officials who are involved in the deployment of renewable power, although canceling incentives is not an available option. The German government estimates that EUR8.5 billion was paid out in total to renewable electricity generators under the FIT in 2008, up from EUR7.6 billion in 2007. An estimated 23 percent of that payment went for solar PV generation in 2008 although solar PV accounted only for 4 percent of renewable electricity generation. As the FIT incentives are funded not by the government’s budget but by an additional charge placed on consumers’ electricity bills, they cost a German household an estimated EUR3.10 a month in 2008. Consumers are paying also for grid enhancement to accommodate power from renewable power plants, which are often located in remote areas. In Spain, as noted earlier, a drastic reduction in the capacity cap was implemented after a rush for FIT applications by solar PV power developers in 2008. In 2006, the Dutch government, because of rising costs, effectively cancelled their renewable electricity incentives, although a new government subsequently re-introduced them in the following year. Governments are concerned about the fact that an increasing number of households have difficulty in paying electricity bills, not only because of an additional charge to support incentives, but also because of the recent high energy prices. Government expenditures for income support are increasing because of the current recession and high prices of commodities, including energy. Governments are monitoring changes in the level of the public acceptance of paying more to reduce the level of greenhouse gas emissions. A survey was conduced in the EU countries in May 2008, asking whether respondents are willing to pay more for renewable electricity. A relatively 再生可能エネルギー普及に向けた動向 high percentage of respondents replied in positive: 42 percent in France and Germany, 41 percent in Italy and 40 percent in Spain. Although the survey results may not reflect fully the current economic conditions, it is safe to assume that there continues to be strong support for renewable electricity, and it is this public support that allows governments to keep incentives for renewable electricity. Whether the incentives spent are benefiting the domestic population is another concern for the government. Large ground-based PV power plants are often built by a few large multinational companies. Although those projects generate jobs for the local population, including operation and maintenance work for local sub-contractors, the efficiency of job creation for those projects is not as high as that for BIPV and other small-scaled projects, which tend to be implemented by local system integrators. Most governments now believe that job creation for the local population is more important than creating an additional demand by incentives. Job creation obviously helps government justify a high cost of incentives. The current levels of incentives are very likely to continue to fall. The degression rates the German government has set for the two years are 8 – 10 percent, while the degression rate of Italy is 2 percent. For privatesector companies involved in the sector, the issue is how quickly they can reduce the costs of their products and services, so that they require lower amounts of incentives. Figure 2 illustrates the dynamics of the sector toward its goals. The sector can take two actions to reduce current 特 集 generation costs of renewable power: to improve the power conversion factor to increase the production efficiency and thus output, and to reduce the total project cost or the cost of ownership. The latter has been pushed by a strong demand backed partially by incentives. This push could decline as the incentives decrease substantially. Then, as the figure shows, the supply chain improvement, which can be achieved by vertical supply chain integration and improved production processes, will increase its importance for companies in pursuing a cost reduction. 4. Conclusion When the FIT was revised in Spain in 2008, ending generous incentives for ground-based solar PV systems, some of the international companies decided to shift their focus to other markets, including Italy and the USA. Those companies have already acquired local companies in those new markets, increasing their presence there. This regional expansion and horizontal integration is one way of coping with decline in the level of incentives in certain countries. Another measure that can be taken is to improve the supply chain, which includes M&A of companies who are in other parts of the supply chain, i.e., vertical integration. This M&A is also already happening. The growth of the renewable power sector is still driven by incentives. However, once the grid parity is achieved, the sector will grow more rapidly without incentives. Even earlier, if the price of a greenhouse gas emissions credit increases dramatically, the sector will not require any incentives from the government. Source of the data: “The European Solar Power Sector Analysis: Vertical Integration and Progress Toward Grid Parity”, London Research International, to be published in July 2009. Figure 2 Diagrammatic representation of the solar PV industry 19 日立総研レポート 次世代太陽電池の材料技術 ~有機薄膜太陽電池を中心として~ 研究第三部 研究員 吉居 孝雄・永易 久志 1 再生可能エネルギーを担う太陽光発電 灯や時計、電卓など小型機器の電源用途や人工衛星な 地球環境の急速な悪化に伴い、世界規模で環境・エ 化により住宅などの一般分野での補助電源として、利 ネルギー問題に対する危機意識が高まっている。と 用が急速に進展している。また、電力会社などでも遊 りわけ、現在利用されているエネルギーの大部分が、 休地を利用した大規模な太陽電池施設(メガソーラー) CO2 を排出し地球温暖化を深刻化させる石油、天然ガ による発電を始めている。 ど使用条件の厳しい分野で利用されてきたが、高性能 スなどの化石燃料に依存している問題が大きい。また、 2008 年における世界の太陽電池年間導入量は約 56 環境破壊問題の議論と平行してエネルギー資源の有限 億 W であり、10 年前に比べて約 45 倍に増大している。 性の議論も活発化している。化石燃料は埋蔵量が有限 総エネルギー導入量に占める割合は依然 0.13%と低い な枯渇性エネルギーであり、現時点での可採年数は石 ものの、今後大幅な伸びが期待されている。 油が約 42 年、 天然ガスが約 60 年と指摘されている(英 国 BP 社発表統計(2009 年) ) 。一方で、脱化石燃料 の方策として考えられる原子力エネルギーは、事故の 可能性や放射性廃棄物の処理など安全性について十分 なコンセンサスが確立されていない。 これらの問題の解決策として、再生可能エネルギー (太陽光、風力、地熱など)の利用拡大に注目が集まっ ている。再生可能エネルギーは CO2 の排出が極めて少 ないことに加え、資源枯渇の心配がない。中でも、太 陽光は無尽蔵であり、究極のクリーンな再生可能エネ 資料:EIA(エネルギー情報局)など各種資料より日立総研作成 ルギーといえる。地球上に降り注ぐ太陽光のエネルギー 図2 太陽電池導入量 (左) と総エネルギー導入量に対する比率 (右) は1秒間に 42 兆 kcal であり、1時間分の太陽光エネ ルギーは全世界の年間消費エネルギーに相当する。こ 2 本格普及に向け求められる低コスト化 の膨大なエネルギーを有効に活用する方法の一つが太 陽光発電であり、近年急速に普及している。 太陽電池のニーズは年々高まりを見せているもの の、本格的な普及のために克服しなければならない課 題は多い。最大の課題は、太陽電池による発電コスト である。1995 年時点の発電コストは 100 円 /kWh 程 度であったが、技術進展により現在では 30 ~ 40 円 /kWh まで低下している。しかし、まだ家庭用電力 (23 円 /kWh)と比べ割高であり、業務用電力(14 円 /kWh)と比べると倍以上の開きがある。このように 電力量あたりの発電コストで比べると、既存の発電シ 資料:日経エコロジーより日立総研作成 図 1 自然エネルギーの賦存量 ステムに対する価格競争力に乏しく、補助金などの支 援策が不可欠である。太陽電池普及に向け、さらなる 低コスト化技術開発のブレークスルーが必要とされて 太陽光発電では光エネルギーを直接電力に変換する 太陽電池が主流となっている。太陽電池は従来、街路 20 いる。 NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)では、 再生可能エネルギー普及に向けた動向 特 集 2050 年までの太陽光発電の低コスト化に向けた技術開 スの開発が重要となる。シリコン系太陽電池は、基板 発ロードマップ「PV2030 +」を 2009 年 6 月に発表し の上に電極とシリコン半導体を積層させたものを受光 ている(図 3)。また、NEDO の「革新的太陽光発電技 カバーやバックシートなどで挟んだ構造となってい 術研究開発」など、材料や構造設計に関する研究開発 る。製造工程に真空プロセスが必要なことなどが高コ が産官学で活発に進められている。 スト要因となっており、印刷技術の活用などによる製 発電コストの改善については、 グリッド・パリティー 造工程の簡素化が必要である。 (発電コストが系統電源と同等になること)を達成す また設置に関して、結晶シリコン系太陽電池は基板 る必要があるとの考えに基づき、2010 年に家庭用電 に大型ガラスを用いることから重く、太陽電池を保持 力 並 み の 23 円 /kWh、2020 年 に 業 務 用 電 力 並 み の するための構造体の基礎工事などが必要となる。太陽 14 円 /kWh、さらに 2030 年には汎用電源並みの 7 円 電池の設置コストを低減し利用を拡大するためには、 /kWh、そして 2050 年には 7 円 /kWh 未満に到達す 軽量化などによる設置条件の緩和が必要である。 ることを目標としている。このような発電コストの目 標を達成するためには、材料・製造・設置にかかるコ 3 実用化が期待される有機薄膜太陽電池 ストを低減させる技術開発が不可欠である。 材料に関して、現在主流となっている結晶シリコン 現在主流となっているシリコン系太陽電池をはじめ、 系太陽電池に純度の高いシリコンを使用していること CIGS 太陽電池、CdTe 太陽電池などは無機物の半導体 が高コスト要因となっている。薄膜化が可能なアモル を用いることから無機系太陽電池と総称される。一方、 ファスシリコンを採用することでシリコンの使用量を 導電性を有する有機材料を半導体として用いる太陽電 大幅に削減するなど、材料コスト低減に向けた開発が 池を有機薄膜太陽電池といい、材料コストや製造コス 進められている。 近年ではシリコンの代替材料として、 ト、設置コストが低いことに加え、応用範囲が広いこ 銅・インジウム・ガリウム・セレンの化合物を用いる とから次世代の太陽電池として注目されている。 CIGS 系太陽電池やカドミウム化合物を用いる CdTe (1)有機薄膜太陽電池の構成材料と発電原理 太陽電池なども実用化されている。 製造に関しては、高生産性を可能とする量産プロセ 有機薄膜太陽電池は、半導体材料としてシリコンの 注 :HEMS:各機器をネットワーク化し自動制御することにより、住宅における消費エネルギーをマネジメントする システム。家電機器の最適運転による省エネ促進や消費エネルギーの可視化による節電喚起など BEMS:室内環境やエネルギー使用状況に応じて、設備や機器の運転を適切に管理することにより、ビルにおける 消費エネルギーをマネジメントするシステム 資料:NEDO資料より日立総研作成 図 3 太陽電池のコストターゲットと技術ロードマップ 21 日立総研レポート 代わりに導電性ポリマーと特殊な結晶構造を持つ炭素 リーなどへ搭載することや、屋内での発電にも好適で 分子(フラーレン誘導体)を用いている。これらの有 あることから家電製品へ張り付けることなどが考えら 機半導体材料は、高純度シリコンやレアメタルなどの れる。また、機能素子を集積、個片化して、無線タグ ように資源供給リスクの影響を受けず、安定的な調達 や LSI、センサーなどの電源として安価で軽量な有機 が可能である。 薄膜太陽電池が搭載される可能性もある。曲面や凹凸 発電原理は基本的にシリコン系太陽電池と同様であ のある構造表面や壁面にも適用可能であり、従来は設 る。光を吸収することで半導体内部に電荷(電子、正 置が困難であった内装や窓ガラスなど太陽電池の設置 孔)が生成され、それらが電極に到達することで電力 範囲が広がると考えられる。 として取り出し利用することができる(図 4) 。 有機薄膜太陽電池の製造工程は他方式の太陽電池と 比べて簡便である。導電性ポリマーとフラーレン誘導 体の 2 種類の有機半導体を混ぜた溶液を基板に塗布し て薄膜にし、その上に電極を形成するといった簡単な 工程で太陽電池を作ることができる。また、低温かつ 非真空プロセスで製造可能なため大規模な製造施設を 必要とせず、ロール・ツー・ロール法 * やインクジェッ ト法など印刷技術を応用した製造法を用いることも可 能である。そのため、有機半導体のインク化技術や描 画技術など、印刷技術を用いた製造に関する研究開発 が盛んに行われている。 資料:日立総研作成 図 5 有機薄膜太陽電池を用いたアプリケーション例 4 実用化の鍵を握る材料技術 有機薄膜太陽電池の課題は変換効率(2009 年現在 約 6.5%)および耐久性の向上(2009 年現在 1 年以内) である。有機薄膜太陽電池には有機材料が使用されて いるため、材料選択の多様性や構造設計の自由度の高 資料:日立総研作成 図 4 太陽電池の発電原理と構成材料比較 (2)有機薄膜太陽電池による新規用途の創出 さを強みとして、課題解決に向けた研究開発が活発に 行われている。 (1)変換効率の向上に向けた研究開発 有機薄膜太陽電池は基板にフィルムなどの素材を利 有機薄膜太陽電池の高効率化を図るためには光を吸 用可能なことから、薄く軽量でフレキシブルな構造に 収する過程、電荷を分離する過程、電荷を輸送・収集 することができ、 デザイン性に優れる。 透明プラスチッ する過程などすべての過程において高効率化が要求さ ク基板の上に塗布する有機材料の組み合わせを変える れ、総合的なアプローチが必要とされる。 ことで、 さまざまな色の太陽電池を作ることもできる。 まず、光を吸収する過程での高効率化技術である。 また、吸収できる波長の調整により屋内や日陰での発 これには、入射する光をより多く電池内部に導き、吸 電が可能であり、光の入射角度の制約も少ない。 収させることが重要である。太陽電池表面で光を反射 このように有機薄膜太陽電池はシリコン系太陽電池 させてはならず、また、電池内部に侵入した光を外に にはない数々の利点があることから、従来はあまり考 逃がしてもならない。そのために重要となるのが光を えてこられなかった新規用途への展開も有望視されて 制御する技術である。具体的には、半導体素子の表面 いる。例えば、カラフルな太陽電池を衣服やアクセサ を覆う基板や電極に透過性の高い材料を使用すること * ロール状に巻いたフィルムへ有機半導体や電極を塗布し、で き上がった太陽電池を別のロールに巻き取る方法 22 や、パネル裏面のバックシート、裏面電極などに、ナ ノ構造制御技術で光を電池内部に反射、誘導する表面 再生可能エネルギー普及に向けた動向 特 集 処理(凹凸形状)を施すことなどが検討されている。 性の高い有機材料を使っている有機薄膜太陽電池の宿 このように、光を電池内部で散乱させることで光の吸 命ともいわれる現象である。この問題に対しては、封 収効率を上げる光閉じ込め技術が変換効率の向上に有 止材の性能向上による対策が考えられている。無機系 効である。 太陽電池で要求される封止材よりもさらに高いガスバ また、一般に有機半導体は広い波長領域を持つ光の リアー性や熱膨張率への対応が必要となる。数多くの 吸収が困難である。そのため、吸収可能な波長領域が メーカーが研究開発を行っており、有機薄膜太陽電池 異なる太陽電池を重ねた多層構造を採用して波長領域 の重要部材になると考えられる。 を拡大することや、有機半導体が不得意とする長波長 の光を吸収可能な半導体ポリマーの合成などの新規材 料開発が進められている。これにより、電池内部に閉 じ込めた光を効率的に有機半導体が吸収することが可 能となる。 次に、電荷を発生させる過程の効率化である。光を 吸収した有機半導体は、電荷の元になる励起子と呼ば れる物質を生み出す。しかし、 現在の有機半導体では、 これを電子(-)と正孔(+)に分離させる力が弱く、 2 つの異なる有機半導体の界面まで励起子を移動させ る必要がある。代表的な対策方法としてバルク・ヘテ ロ構造が挙げられる(図 6) 。これは、p 型半導体と n 型半導体を混ぜ合わせることで半導体界面をいたると ころに作成する構造設計技術であり、半導体のどこで 励起子が発生しようとも界面に到達させることができ る。半導体の自己組織化による形成法では再現性に問 資料:日立総研作成 図 6 有機薄膜太陽電池で必要となる主な材料、構造技術 5 技術開発が主導する太陽電池の利用拡大 題があるため、実用化に向けては有機材料の混合比や 溶媒の種類、溶液の濃度などの最適化やナノ構造制御 技術などが求められている。 最後に電荷を効率的に輸送・収集する技術である。 次世代の太陽電池として期待される有機薄膜太陽電 池の実用化には、材料、設計、製造技術といった総合 的なモノづくりの技術開発が求められる。産官学連携 ここでは、電荷が電極まで輸送する過程で電荷が再結 の技術開発によって実用化が進展することで応用範囲 合することや、電極自体の抵抗により電荷が消失する が広がり、より高度な太陽光エネルギーの利用が可能 ことが問題点として指摘されている。電荷の再結合の となるであろう。導電性ポリマー材料、表面処理技術、 問題では、ロッド状の電子輸送層を電池内部に導入す 構造設計、印刷技術などは日本発のものが多く、今後、 ることなどが挙げられる。ここではナノ構造制御技術 日本主導による次世代太陽電池の製品展開が期待でき を用いた電子輸送層の最適配置が求められ、ナノイン る。 プリント技術やモルフォロジー制御などを用いた高精 度な構造制御技術の確立が今後の課題となる。 電荷の消失問題に対しては、 アニール(焼きなまし) により電極と半導体を密着させることで接触面積を増 大させ、電極の抵抗を低減する技術が有力である。 参考文献 (1) 「太陽電池 2008/2009 急拡大する市場と新技術」、 日経 BP 社、2008 年 6 月 (2) 「太陽光発電ロードマップ (PV2030 + )」概要版、 NEDO、2009 年 6 月 (2)耐久性の向上に向けた研究開発 耐久性を低下させている主原因は、大気中の酸素と (3) 「機能材料 6 特集 有機薄膜太陽電池の新展開」、 シーエムシー出版、2008 年 6 月 水分が電池内部に浸入し、電池内部で有機半導体が 化学変化することである。これは水や酸素との親和 23 日立総研レポート 電力の安定供給に貢献する技術「スマートグリッド」 研究第二部 副主任研究員 前川 祥生・研究員 下村 誠 1 はじめに 2 スマートグリッドとは 2007 年 6 月、 ドイツで開催された主要国首脳会議(ハ スマートグリッドは、文字通り解釈すると、 「利口 イリゲンダムサミット)において、安倍首相(当時) な(Smart) 電 力 系 統(Grid)」 と い う こ と に な る。 が「2050 年までに、世界全体の温室効果ガスの排出 現時点では、明確な定義はされていないものの、徐々 量を半減させること」を目標とするよう提案した。こ にその内容が固まりつつある。図 1 に、一般的なスマー の目標はいまだ国際社会で共有されるに至ってはいな トグリッドの概念図を示す。 いが、 「半減」を実現するための政策面・技術面での スマートグリッドに期待されている効果は、 第一に、 検討は進められている。例えば、国際エネルギー機関 風力・太陽光発電などの再生可能エネルギーの導入を (IEA)が検討した「半減シナリオ(BLUE Map)」に 促進し、CO2 排出量の少ない電源の比率を上昇させる よれば、太陽光・風力発電などの再生可能エネルギー 「低炭素化」である。第二は、再生可能エネルギーや (水力含む)が発電量全体に占める割合を、現状の 分散電源が電力系統に接続された場合にも、大停電な 18%程度(2005 年)から 2050 年までに 46%程度に大 どの問題を起こさないで電力供給を安定的に継続する (1) 幅に増加させる必要がある 。一方、再生可能エネル 「供給信頼性の確保」である。第三は、電力系統側か ギーのうち、太陽光や風力などは気象条件に左右され ら直接的に、不要な電気機器の電源を ON/OFF した やすく、曇りや雨や風がないときには、発電量が大幅 り、家庭などの電力需要家に電力利用状況に関する情 に減少するため、これらの電源を電力系統に接続した 報をリアルタイムで提供したりすることにより間接的 場合には、電力系統を不安定にする可能性がある。そ に促進される「省エネルギー・高効率化」である。第 こで、 再生可能エネルギーを大量に導入した場合にも、 三の効果には、消費者の電力使用量と供給者である電 電力系統の安定性を維持する技術として、米国を中心 力会社の発電量を監視し、両者の間でリアルタイムに にスマートグリッドへの注目が高まっている。 双方向通信を行うことにより、電力会社が電力需要量 本稿では、現時点においてスマートグリッドに期待 に見合った電力を効率的に供給することも視野に入っ されている効果とそれを実現する技術を概説するとと ている。これを実現するためには、情報通信技術の高 もに、グローバルな政策動向および具体的な実証プロ 度利用が不可欠となる。現在の電力系統は、火力・原 ジェクトについて報告する。 子力などの大規模発電所で発電した電力を消費者へ一 資料:日立総研作成 24 図 1 スマートグリッド概念図 再生可能エネルギー普及に向けた動向 方的に送電しているが、スマートグリッドが実現され ることにより、消費者の需要に変化が生じ、それに伴 特 集 化が重要な技術課題となっている。 第二に、「電力供給の信頼性」を確保するためには、 い発電量にも影響を与えることになるので、現在の電 現状の電力系統では、その系統内において災害などで 力系統は大幅に変革される可能性がある。 停電が生じた場合、欧米で発生したように、大規模な 3 電力系統の課題とスマートグリッド技術 停電につながる可能性を少なくする必要がある。その ため、トラブルが発生した際に、系統全体に影響を与 えず、電力供給を継続できる「電力系統瞬間停止時運 図 2 に、前項で挙げたスマートグリッドの導入効果 転継続制御」技術が必要となる。これは、系統のある を実現するための課題とそれらを解決するスマートグ 地点でトラブルが発生して、広域で電圧低下などが生 リッド技術を示す。現在、これらの技術の機能強化と じたときに、再生可能エネルギーなどの運転を継続さ 適用拡大のための研究開発と実証実験が行われてい せ、系統全体の安定性を確保させる技術である。 る。 第三に、「省エネルギー・高効率化」を実現するた まず、 「低炭素化」に必要な再生可能エネルギーは、 めには、発電設備の稼働率を上げる必要がある。発電 その発電電力の周波数や電圧などが気候条件によって 設備は、電力需要のピークに応じた設計容量となって 左右される。このため、①周波数や電圧などの変動に いるが、電力需要ピーク時と平常時との発電電力の差 影響されずに電力系統を安定させる技術と、②電力需 が大きいほど、設備稼働率の低下が著しくなる。その 要よりも発電量が大幅に上回った場合に、余剰電力を ため、負荷を多様化し、1 日をとおして、発電電力量 電力系統へ逆流(逆潮流)させない技術、が必要とな を平準化することにより、設備稼働率を増加させるこ る。まず、①の周波数および電圧変動への対応技術と とが重要になる。この課題に対応する技術としては、 しては、 「マイクログリッド」 、 「最適・自律型系統技術」 まず、消費者が使用している電力量を計測し、そのデー がある。これらの技術は、ある系統内の複数の分散電 タを供給者へ定期的に自動転送する「高機能電力計 (ス 源と複数の電力消費機器をバランスさせて運用し、電 マートメーター、Advanced Metering Infrastructure 力系統を安定させる制御システムである。また再生可 (AMI))」がある。この電力計が計測した電力使用の 能エネルギーによる電力の不足分を補うために、需要 状況に関するデータを送受信する「双方向通信制御」 の少ないときの電力を利用して、下池の貯留水を上池 技術は、入手したデータに基づいて、電力需要予測シ にくみ上げておき、電力需要の多いときに、くみ上げ ステムが電力需要量を予測し、電力の需給バランスを た水で発電させる「揚水発電」もある。②の技術とし 整合することを可能とする。さらに、一例として、双 ては、 「最適・自律型系統技術」のほかに、再生可能 方向通信制御の受け手として、電力需要がピークに達 エネルギーの余剰電力を貯蔵する「蓄電池」も必要と する時間に電力需要が一定水準を超えると、自動的 なってくる。これらの技術については、特に低コスト にオフィスや家庭の電気機器を ON/OFF して、電力 資料:各種資料より日立総研作成 図 2 スマートグリッドの導入効果・課題および技術 25 日立総研レポート ピークを抑制することを可能とする「スマート家電」 べての車が午後 5 時に充電を開始した場合、160 基も やこれらを制御する「Energy Management System の新規発電所が必要となると言う。しかし、スマー (HEMS) 」なども必要である。また、電力利用状況に トグリッドを導入し、電気系自動車の充電時間帯を 関する情報が消費者へリアルタイムに提供されること オフピーク時にシフトさせ、電力負荷平準化を実施 により、省エネ意識が向上し、電力消費を抑制する行 することにより、8 基程度の発電所新設で対応できる 動を取ることも期待されている。 と報告している。 4 スマートグリッド普及に向けた各国・各地域の取り組み 以上のような事情を背景として、米国では、スマー トグリッドへの関心が急速に高まりつつあり、2014 年までにスマートグリッド関連技術の市場が 170 億ド 米国オバマ新大統領就任以降、環境を雇用と成長の 源泉ととらえる「グリーン・ニューディール」の潮流 ルになるとの予測も出ている。 4.2. 欧州 が強まる中で、米国を中心に、スマートグリッド技術 欧州委員会は、EU 全体の電力供給品質を向上させ の研究開発・実証に対して、政府資金を投入する計画 ることを目的に、2005 年、テクノロジープラットホー が進展している。 ム「SmartGrids」を設立し、2020 年に向けてスマー 4.1. 米国 トグリッドの技術開発と導入を目指している。 2003 年夏、北米で起きた大停電以降、米国では、 さらに、2006 年には、最終エネルギーの消費量を 電力の安定供給の観点からスマートグリッドが注目さ 2001 ~ 2005 年の平均消費量との比較で 9%削減する れてきた。 ことを求めた欧州指令(2006/32/EC)を制定した。 今年に入ってオバマ新政権のもと、大統領選挙キャ ンペーン中から公約していたスマートグリッドに関 この中で、エネルギー消費量の削減施策の一つとして、 加盟国にスマートメーターの導入を要請している。 する政策の導入が進んでいる。2 月に成立した「米国 また 2006 年 11 月に欧州で発生した大停電では、ド 景気対策法」では、今後数年間で、総額 110 億ドルの イツ、フランス、イタリアなど 11 カ国もの国々で、 予算を計上し、4 月時点で発表した内容では、スマー 最長 2 時間程度、電力供給が停止した。欧州の多くの トグリッド技術開発への補助金は 33 億 7,500 万ドル、 送電会社が加盟している事業者団体 UCTE(送電調 電力貯蔵・モニタリング・実証試験に 6 億 1,500 万ド 整連合会)は、この大停電の原因を分析し、今後の停 ルの予算を配分する予定となっており、具体的には、 電防止施策の一つとして電力系統の状態をリアルタイ 電線の新設(約 4,800km) 、スマートメーターの普及 ムに把握できるシステムを構築すべきだと指摘してお (4,000 万台)などが計画されている。 り、これはスマートグリッドに通じる内容と言える。 米国がスマートグリッドの取り組みを強化する背景 以上のような背景の下、電力系統の安定化への関心 には、脆弱(ぜいじゃく)な電力系統を強化するとい がさらに高まる中、イタリア、スウェーデン、オラン う目的以外に、エネルギー安全保障と環境保全の観 ダが電力計の完全デジタル化を決定し、欧州各国で電 点もある。米国は、化石燃料による発電比率が 72% 力計の近代化が加速されており、スマートグリッドへ (2) (2006 年) と高いため、再生可能エネルギーの発電 (2) 量を 2006 年の 10% から 2025 年までに 25%まで引 の取り組みが拡大しつつある。 4.3. 日本 き上げることを目標としている。この際、電力系統へ スマートグリッドは、欧米発の用語であるが、日本 の影響を軽減させるために、スマートグリッドが必要 でも実質的な対応は以前から進められている。 例えば、 になるという事情もある。 電力会社の検針業務の効率化、顧客サービスの観点か また、将来、プラグインハイブリッド車や電気自 ら、一部で高機能電力計の導入が検討されている。ま 動車が普及し、これらの車の充電が特定時間に集中 た、昨年 7 月に設立された資源エネルギー庁「低炭素 した場合、電力系統にとっての大きな負荷変動要因 電力供給システムに関する研究会」などにおいて、再 となることが懸念されている。例えば、米国オーク 生可能エネルギーの大量導入に対応した系統安定化な リッジ国立研究所の試算によると、2020 年までに、 どの技術開発テーマの検討が進んでいる。例えば、日 仮に米国内の新車の 25%が電気系自動車となり、す 本の電力供給信頼度は、停電時間の短さなどでみても 26 再生可能エネルギー普及に向けた動向 特 集 主要国の中でも群を抜いており*、電力系統に対する 制御するなどして、電力系統を安定させる技術の開発 技術は最先端であると言われている。 この研究会では、 に取り組んでいる。主な構成メンバーは、デンマーク 日本の優れた電力系統安定化技術を核に、関連技術の のエネルギー会社の DONG Energy や Oestkraft およ 機能拡大・強化を図る方向で、日本版スマートグリッ び IBM、Siemens などである。 ドの検討が進められている。 また本年に入ってから、日本政府も、スマートグリッ デンマークでは、地球温暖化対策の一環として、風 力などの再生可能エネルギー導入を拡大するとともに、 ドに関して、相次いで見解を示している。2 月には環 今後数年間で、国内自動車の 1 割を電気系自動車とす 境省が、再生可能エネルギーの大幅導入に向けた施策 ることを目指している。再生可能エネルギーおよび電 としてまとめた提言の中で、スマートグリッドの普及 気系自動車の普及に伴い、安定かつ高品質な電力供給 を提案した。4 月には日本政府が発表した日本版グリー ができる高度な電力系統への需要が高まってくる。 ン・ニューディール 「緑の経済と社会の変革」 の中で、 「EDISON」は、デンマークにある人口 4 万人程度 エネルギー構造のグリーン化施策の一つとして、スマー のボーンホルム島にて、風力発電と電気系自動車を同 トグリッド技術実証の必要性について言及している。 調させる技術の開発を進める。この開発資金の一部は、 今後、日本においても、スマートグリッド関連技術 の開発が進むと見込まれる。 5 スマートグリッド関連プロジェクト デンマーク政府から援助を受けている。 6 おわりに 電力品質向上への要求および再生可能エネルギーの 現在、欧米を中心に、スマートグリッドの早期実現 導入促進に応えるために、スマートグリッドは、今後、 に向けた実証プロジェクトが進められている。その中 欧米はもちろんのこと、それ以外の地域でも導入の検 から、都市などを対象に広範な地域で行われている大 討が進むと予想される。2008 年 6 月に、The Climate 規模実証試験の一例を紹介する。 Group などがまとめた報告書によると、スマートグ 5.1. SmartGridCity プロジェクト リッドが世界的に導入されることによって、2020 年 米 国 の 大 手 電 力 会 社 で あ る Xcel Energy 社 は、 までに 20.3 億トンの CO2 排出削減効果があると試算 2008 年 3 月から、コロラド州ボルダーを米国初のス されている(3)。これは全世界の CO2 総排出量(2020 年 マートグリッド都市にすべく、スマートグリッドの大 予想値)の 4%に相当し、地球温暖化対策として、大 規模実証試験プロジェクト「SmartGridCity」を実施 きな貢献が期待される。環境がビジネスの追い風とな している。これは、政府助成金を活用した予算総額 1 りつつある今、関連する企業にとって、大きなビジネ 億ドル規模のプロジェクトであり、数年後の実用化を スチャンスをもたらすと考えられる。今後は、電力系 目指している。本プロジェクトでは、各家庭にスマー 統技術に関して、世界的にもトップクラスの日本企業 トメーターを設置し、都市全体に張り巡らせたネット が、グローバルに活躍することによって、世界のエネ ワークを使って、電力需要の少ない時間帯にプラグイ ルギー・環境問題の解決に貢献することが期待される。 ンハイブリッド車の充電を行う制御技術や、再生可能 エネルギーの発電量が少ない場合に、プラグインハイ 参考文献 ブリッド自動車に充電されている電気を、系統へ放電 ⑴International Energy Agency, "Energy Technology するなどの技術を検証していく予定である。 5.2. EDISON プロジェクト デンマークを拠点として活動する研究開発コンソー Perspectives"(2008) ⑵International Energy Agency, "World Energy Outlook"(2008) シアム「EDISON」は、電気系自動車普及に向け、電 ⑶The Climate Group and GeSI, "SMART 2020: 気系自動車の充電が増加した場合でも、充電時間帯を Enabling the low carbon economy in the * 電気事業連合会まとめによると、主要国の年間事故停電時間 は、日本 19 分(2006 年度)、米国 97 分(2006 年)、英国 88 分(2006 年)、フランス 51 分(2004 年) information age"(2008) 27 研究紹介 循環型高度人財(アルゴノーツ)の活用とグローバル経営 研究第二部 副主任研究員 松本 健 先進諸国を中心とした知識経済化の進展に伴い、付 加価値を生み出す源泉が有形固定資産から人的資本へ とシフトしている。また、 経済のグローバル化により、 2. 高度人財の移動の特徴と動機 アジアから欧米への人の移動は、20 ~ 30 年前に顕 モノ・カネに加え、ヒトの移動が急速に活発になって 著にみられた「頭脳流出」を想起させる。これは、発 きている。こうした中、豊富な人的資本を有する高度 展途上国の知的能力の高い人々が、より良い労働条 人財およびその予備軍である留学生を求めて、国・企 件を求めて先進国へと移住する現象である。現在も 業のレベルを問わず、世界は人財獲得競争の様相を呈 この傾向は続いているが、ここ十数年の新しい潮流 している。日本企業にとっても、日本人の国際化とと は、これら流出頭脳が故郷に回帰を始めていることで もに喫緊の課題となっているのが、外国人高度人財の ある。こうした発展途上国からの流出から回帰に至る 活用である。 事実を、定量的に裏付ける統計は少ないが、中国国家 日立総研では、こうした問題意識の下、外国人高度 統計局によると、中国から海外への留学生は 1980 年 人財をいかに獲得し、グローバルな経営のなかで活用 の 2,124 人から 2005 年の 118,515 人へと約 56 倍とな していくかを導き出すべく研究活動を行っている。本 る一方、留学後に帰国した中国人の数は、162 人から 研究プロジェクトにおける調査研究の対象は主に、 (1) 34,987 人への約 216 倍に膨れ上がっている。 グローバルに流動する高度人財の実態、 (2)高度人財 カ リ フ ォ ル ニ ア 大 学 バ ー ク リ ー 校 の ア ナ リ ー・ の移動の特徴と動機、 (3)循環型高度人財のグローバ サ ク セ ニ ア ン 学 部 長 は、 こ れ ら 回 帰 す る 高度人財 ル経営への活用、である。 を ギ リ シ ャ 神 話 に 登 場 す る 冒 険 家「 ア ル ゴナウタ イ(Argonautai)」 に な ぞ ら え て、「 ア ル ゴ ノ ー ツ 1. グローバルに流動する高度人財の実態 OECD によると、世界における外国人高度人財の ストックは、 1990 年の約 1,200 万人から 2000 年の 2,000 (Argonauts)」と命名した。本研究においても、先進 国出身の高度人財と区別する目的も含め、研究の対象 とする人財を「アルゴノーツ」と呼んでいる。 アルゴノーツの特徴は 4 点にまとめられる。第 1 に、 万人へと約 1.7 倍に増加している。地域別には、北米 先進国に留学した経験があること、第 2 に、卒業後も が約 65%、欧州が約 24%と大きなシェアを占めてお 現地にとどまって、事業の立ち上げや研究活動など職 り、この 2 地域のみでほぼ 9 割にまで達している。次 業経験を始めているということ、第 3 に、先進国で就 に、2000 年前後における国別の外国人高度熟練労働 職するに当たって、民族的職業団体や故郷の校友会の 者の流入数をみると、米国の約 37 万人が際立ってい 協力を受けることが多いこと、第 4 に、故郷への回帰 るほか、欧米への流入の特徴として、アジアの出身者 の際、先進国で構築したノウハウや社会的・職業的ネッ が多いことなどが挙げられる(表 1) 。 トワークを持ち込み、新しい事業の立ち上げや研究活 表 1 欧米諸国における外国人熟練労働者の流入(短期滞在ベース) 国(統計年) 外国人高度熟練労働者 の流入数(千人) 外国人労働者全体に うちアジア出身者比率(%) おける比率 (%) 米 国 (1999年) 370.7 36.9 46.3 英 国 (2000年) 39.1 29.8 60.6 ドイツ (2001年) 8.6 21.8 - フランス(1999年) 5.3 14.4 48.3 資料:OECD Policy Brief ”International Mobility of the Highly Skilled”(2002 年 7 月)より日立総研作成 28 動に引き続き活用していること、である。 アルゴノーツが国境を越えて移動する動機は、経済 の場合はさらに、同じ民族で成功を収めた高度人財、 特にスター・サイエンティストのような存在に引かれ、 的利益の追求やキャリアの向上、祖国への愛国心など 共に働くことを希望する傾向が強い。「磁石」となる といわれている。本研究では、先進国・発展途上国で 高度人財を活用する企業が、高度人財の集積地となる のフィールド・サーベイの実施を通して、さらに動機 可能性もありうる。 の解明を深めていく。また、各国が外国人高度人財の 第 3 は、「人財のリエゾン」としての資質である。 受け入れを促進する政策を打ち出しており、これら政 アルゴノーツは、発展途上国の出身でありながら、先 策による影響も整理する必要がある。 進国での留学と職業経験を通して、ハイレベルな専門 知識と最先端のビジネス・スキルを身に付けている。 3. 循環型高度人財のグローバル経営への活用 先進国の企業が発展途上国で事業を運営するに当たっ 企業にとってのアルゴノーツの魅力は、高度な知識 ルゴノーツは、先進国企業と現地人財の橋渡し的な役 やビジネス・スキルばかりではない。その流動性と経 験に由来するものとして、以下 3 つの資質を併せ持つ と考えられる。 ては、現地人のマネジメントが課題となっている。ア 割を担うことも期待される。 企業としては、アルゴノーツが国境を越えて移動す る動機と、その資質を的確にとらえた上で、企業活動 第 1 は、 「ネットワーク・ハブ」としての資質であ の中で最適な役割・ポジションで活用することが求め る。留学の当初から民族的職業団体や故郷の校友会に られる。日立総研では今後、企業活動における具体的 参加することで、アルゴノーツは同じ民族の高度人財 な活用方法につき研究を深めていく。 との間で深い人脈を構築している。企業にとって、グ ローバルに広がるアルゴノーツの人脈の活用が期待さ れる。 なお、本研究は、米国のタフツ大学フレッチャー法 律外交大学院との共同研究の形で推進している。米国 第 2 として、 「人財の磁石」としての資質が挙げら でのフィールド・サーベイや外国人高度人財受け入れ れる。一般に、研究職などに就く高度人財は、ほかの に関する各国政策調査を中心に、同学校との緊密な連 高度人財との知識交流を重視している。アルゴノーツ 携を図っていく。 29 先端文献ウォッチ India's Role in East Asia: Lessons from Cultural and Historical Linkage (RIS Discussion Paper #147) by Ellen L. Frost 研究第一部 主任研究員 高橋 孝 1. インドと東アジアの関係は米国からどう見えるか 日本を含む東アジア諸国では近年「東アジア経済統 3. アジアの Re-centering 論 まず、冒頭において著者は、2005 年の東アジアサ 合」に関する議論が盛んである。特に、国内市場の縮 ミット(EAS)設立とそれへのインドの参加に触れ、 小傾向を背景に成長モメンタムをアジアに求める日本 これをインドのルック・イースト政策の成果ととらえ では、その機運が大いに高まっている。 ると同時に、周辺諸国にはルック・ウェストの態度 日本政府が提唱する東アジア経済統合の枠組みは をとらせる、つまり、今後もっとインドに注目せよと ASEAN+6(ASEAN 10 カ国に日本、中国、韓国、イ いうシグナルを送ることに大いに成功したと説く。そ ンド、オーストラリア、ニュージーランドの 6 カ国を してそれは、インドに多大な経済機会をもたらすだけ 加えた枠組み) であり、 人口・経済ボリュームからみて、 でなく、世界のアジア観、特に欧米人のアジア観に再 インドを経済統合の枠組みに含めていることが最大の 考を促すものであったとする。具体的には、20 世紀 特徴といえる。これに対して中国などは、ASEAN と 後半以降の中国と日本を中心としたアジア観から、イ 日本、中国、韓国による ASEAN+3 の枠組みでの経 ンドが中国と日本を含む東アジアと密接に結びついた 済連携強化を提唱している。 形、すなわちアジアの中心軸が少し西方向に移動した 日本の主張の背後には「アジアのブロック化」を懸 イメージとしての広域なアジア観への変更である。こ 念する欧米への配慮があるとされ、中国の主張には自 れを著者はアジアの Re-centering と呼び、本文献全 国影響力の保持の思惑があると言われている。ともす 体に流れる主張としている。 れば東アジアの潜在的な成長市場をめぐって日中でイ ニシアチブを争っているように報道されることが多い 4. インドと東アジアの新しい関係は歴史の「復活」 中で、直接その渦中にない域外の国 / 地域、特に米国 本文献においてさらに特徴的な視点は、紀元前にま からは、インドと「東アジア」の関係はどう見えてい でアジアの文化と歴史をさかのぼることを通じて、イ るのだろうか。本文献はそのような視点に関心をもつ ンドと東アジアの密接な関係を例証しようとしている 者にとって大変興味深いものである。 ことである。つまり本文献は、インドと東アジアの関 係は「構築」すべきものではなく「復活」させるべき 2. 著者は米国のアジア研究専門家 ものであると主張している。 本文献の著者である Ellen L. Frost 女史は米国ピー その代表的な例は、インドに起源をもつ仏教とサン ターソン国際経済研究所の客員フェローであり、元米 スクリッド語の普及である。特に仏教は、諸派さまざ 政府通商代表部顧問である。東アジア経済統合の動 まに分かれつつ、数世紀を経てアジア全域に広まった きにも関心をもつ、米国におけるアジア研究の専門家 のは周知の事実である。その中で本文献が強調してい である。そして本文献は、インドの政府系独立シン るのは、これらが極めて平和裏に普及したこと、つま クタンク RIS(Research and Information System for り侵略や政治的支配の意図を伴わず、自然にアジア全 Developing Countries)のディスカッションぺーパー 域に浸透したことで、著者はこれをインド文化の特徴 として 2009 年 1 月に発行されている。すなわち本文 ととらえ、高く評価している。一方、アジアのもう一 献は、アジア域外の専門家が、域外者としての視点を つの巨大潮流である中国文化との対比では、いわゆる 保ちつつ、インドと「東アジア」の今後の関係のあり 「中華思想」や儒教道徳による倫理強制性などにより、 方について、インド国民に対して問いかけるという構 インド文化のほうがはるかに広く、各地域文化との親 図になっている。このような視点は、我々日本人があ 和性を保って浸透してきたと整理する。 まり意識しない貴重なものであろう。 30 仏教史やアジア史に詳しい人は、著者の歴史認識の 一部にやや疑問を感じるかもしれない。例えば、欧米 6. 東アジア経済統合に向けてアジアの文献も注視 人にも広く知られる日本の禅は、本文献ではインド文 本文献の掲載先であるインドのシンクタンク RIS 化の延長という脈絡で登場する。確かに達磨禅師はイ は、2008 年 6 月に東アジア版 OECD を目指してジャカ ンドの人であり、広義ではインド伝来かもしれない ルタに創設された国際シンクタンク ERIA(東アジア が、日本人の一般的な認識では、禅は中国伝来という ASEAN 経済研究センタ)の Member Research Institute イメージだろう。しかしここでは、著者の解釈が文化 の一つである。この Member Research Institute は今 史的に見てどうかということより、米国のアジア専門 後各国の東アジア政策立案に関与することも多いと思 家によってそのような整理がなされ、そのような見方 われ、経済統合の議論が進むにつれ、これら機関が発 がほかならぬインドに向けて発信されているという事 行する文献を注視する必要性も高まってこよう。本文 実の中に、外交的な意義深さなどを感じ取るべきかも 献の紹介はそのような見通しを先取りする意図を含 しれない。 む。 著者のこのような整理は、最終的に、インドは過 度の愛国心や主導権への希求に固執することなく、文 化のマイルドな普及という歴史的遺産を想起して、ア ジアの統合機運の中でしかるべき存在感を発揮すべき であるという結論に集約されてゆく。このように、著 参考までに、Member Research Institute の一覧を 示しておきたい。 (参考)ERIA における各国 Member Research Institute 国 Member Research Institute するのは、今インドに起きている変化が、欧米社会が オーストラリア Australia-Japan Research Center, Crawford School of Economics and Government, Australia National University(ANU) 16 世紀の東インド会社以来培ってきたインド観・ア ブルネイ Brunei Darussalam Institute of Policy and Strategic Studies(BDIPSS) カンボジア Cambodian Institute for Cooperation and Peace(CICP) 中国 中国社会科学院 (CASS) アジア太平洋研究所 インド Research and Information System for Developing Countries(RIS) 者が長大な歴史観の中で今後のインドをとらえようと ジア観を大きく変えるものであると感じているからだ ろう。 5. 中国を強く意識したインド論 本文献において日本は、インドの EAS 参加を熱心 に後押しした国として、シンガポール、インドネシア とともに東アジア諸国の中で最も親インド的な国とし て扱われている。ただし、これら 3 カ国は、中国の成 長と拡大に強い警戒感を持つ国であるとも述べられて いる。つまり、本文献では、インドと東アジア諸国と の関係は、あくまでも中国の急成長との関連で論じら れており、ある国とインドとの関係をそれ単独でとら えている個所はない。 これ以外にも、本文献で中国を意識した記載は数 インドネシア Center for Strategic and International Studies(CSIS) 日本 JETROアジア経済研究所(IDE-JETRO) 韓国 韓国対外経済政策研究院(KIEP) ラオス National Economic Research Institute (NERI) マレーシア Malaysian Institute of Economic Research (MIER) ミャンマー Yangon Institute of Economics(YIE), Ministry of Education 多い。特に結論部分では、インドは現状で対 ASEAN ニュージーランド New Zealand Institute of Economic Research(NZIER) 貿易や直接投資受入などの点で中国に及ばないもの フィリピン の、情報公開や法整備の水準および金融システムなど は中国より健全かつ大いに洗練されていると説き、さ らに、中国こそインドに学ぶべきであるといった見方 まで紹介している(これは著者の主張ではなく引用紹 介) 。このように、インドと中国を対比させて論じて いることが本文献のもう一つの重要な特徴になってい る。 Philippine Institute for Development Studies(PIDS) シンガポール Singapore Institute of International Affairs (SIIA) タイ ベトナム Thailand Development Research Institute (TDRI) Central Institute for Economic Management(CIEM) , Ministry of Planning and Investment (資料)ERIA 資料(2008.2)より日立総研作成 31 発 行 人 塚田 實 編集・発行 株式会社日立総合計画研究所 印 刷 日立インターメディックス株式会社 定 価 1,000 円(税、送料別) お問合せ先 株式会社日立総合計画研究所 東京都千代田区外神田四丁目 14 番 1 号 秋葉原 UDX 〒 101-8010 電 話:03-4564-6700(代表) e-mail:[email protected] 担 当:主任研究員 坂本 尚史 vol.4-1 2009年7月発行 http://www.hitachi-hri.com All Rights Reserved. Copyright© (株) 日立総合計画研究所 2009(禁無断転載複写) 落丁本・乱丁本はお取り替えいたします。 表紙題字は当社創業社長(元株式会社日立製作所取締役会長) 駒井健一郎氏 直筆による 特集 再生可能エネルギー 普及に向けた動向 www.hitachi-hri.com vol . 4-1 2009 年7月 発行