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業績指標としての包括利益の妥当性 - Nomura Research Institute
12-NRI/p74-83 02.11.16 13:40 ページ 74 N R I N E W S 業績指標としての包括利益の妥当性 大谷貞教 現在、IASB(国際会計基準審議会)では、従来の損益計 差額分のギャップが生じる。 算書とは異なる「包括利益」を業績指標とする新たな業績 そこで、このギャップを「その 報告の表示様式を検討している。しかし、すでに包括利益 他の包括利益」とし、「純利益+ 概念を導入している米国では、伝統的な損益計算書ベース その他の包括利益=包括利益」の 関係を作ることによって、損益計 の売上高・利益を業績とする考え方が強く、包括利益につ 算書と貸借対照表の整合性を図ろ いては金額的に影響度が高い個別要素が注目されているに うとするのが、包括利益の考え方 すぎない。実務上、業績報告は、単なる表示様式ではなく、 である(図1)。 業績とは何かという根本的な考え方に影響を与える問題で しかし、すでに会計制度に包括 あり、この点で今後のIASBの対応が注目される。 利益の概念を導入している米・英 では、包括利益を業績とみる実務 家(企業の財務担当者およびアナ IASBの業績報告プロジェクト 一般に、企業の業績(経営成 し、資産・負債中心観に基づいて リストなど)の意見は意外に少な いる。 い。IASBでは、本プロジェクト 績)を表示する財務諸表とは、損 そもそも、増減資などがない場 を「表示様式の問題」としている 益計算書である。マスコミやアナ 合、収益・費用中心観に基づく損 が、実務家の意見からは、「業績 リストなどが取り上げる決算情報 益計算書上の純利益の変動と、持 とは何か」という根本的な考え方 も、大半は損益計算書の売上高・ ち分変動とは一致するはずであ にかかわることがうかがわれる。 利益である。しかし、最近になっ る。しかし、一部の有価証券の時 今後、IASBでもフィールドビ て、損益計算書と異なる業績報告 価評価のように、損益計算書を通 ジットを行い、実務上の問題点を 書を作成しようとする動きが、 さずに、直接、貸借対照表上で資 調査する予定だが、その時点で同 IASBで進んでいる。 産・負債の再評価を行うと、評価 様の意見が出された場合の IASB IASBは会計基準の国際的な収 斂を目指しているが、2001年8月 図1 包括利益の導入 に、今後の検討テーマとして、9 つのプロジェクトを公表した。そ の1つである業績報告プロジェク 収益・費用中心観に 基づく損益計算書 資産・負債中心観に 基づく貸借対照表 トでは、「包括利益」を業績指標 とする新しい業績報告書の表示様 純利益 ギャップ 持ち分=純資産の変動 式を検討している。 ここで「包括利益」とは、貸借 対照表上の持ち分の変動差額を指 74 包括利益 その他の包括利益 出所)「包括利益をめぐる論点」企業財務制度研究会、1998年 知的資産創造/2002年 12月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 12-NRI/p74-83 02.11.16 13:40 ページ 75 の対応が注目される。 形式を採用している会社はなく、 ュアルレポートのCEO(最高経 日本では、包括利益の概念が導 二計算書形式が1社(製薬大手の 営責任者)レター、ハイライト情 入されていないことに加え、金融 メルク)、持ち分変動計算書形式 報、要約財務データなど、企業が 市場の低迷やデフレの影響から、 が29社であった。 自社の「業績」について説明して 年金会計、減損会計といった個別 「その他の包括利益」の構成要素 いると考えられるパートに掲載さ 資産・負債などの会計基準に関心 に注目すると、外貨換算調整勘定、 れる財務データ項目を見ると、損 が集まりがちである。しかし、実 最小年金負債、有価証券の未実現 益計算書の伝統的な項目を取り上 際に包括利益が導入された場合、 損益を計上する企業が多く、金額 げる企業が多い。 実務に与える影響は大きいと考え も大きい。 られる。 米国企業のCEOレターを見る また、会計方針・注記を見ると、 と、売上高、税引き利益、EPS NRI 野村総合研究所では、経済 包括利益自体を取り上げている企 (1株当たり利益)、コスト・投資 産業省の受託調査として、包括利 業は少ないが、構成要素について 削減額、配当・自社株買いなどを 益および企業業績に関する米・英 は、金融商品、為替、年金などを 主要企業のアニュアルレポート 個別に取り上げている企業は多 (年次報告書)の開示状況の調査 表1 包括利益の導入 米国ダウ工業株 30 社のCEOレタ ーで取り上げられた項目(2001 年度) い。 とインタビュー調査を行った。こ 財務諸表以外では、MD&A(経 こでは、資本市場への影響度が大 営陣による財務状況および業績に きい米国における包括利益の開示 関する検討・分析)で包括利益に 状況と、業績に対する現状の考え 言及する企業はほとんどないもの 方を紹介したい。 の、為替や金融商品のリスクとい 社数 う形で記述している企業は多い。 米国企業の包括利益の 開示状況 米国では、包括利益について つまり、米国企業は、「その他 の包括利益の構成要素」につい て、重要性の高いものを個別に取 は、①一計算書形式(最も包括利 り上げて開示・説明しているが、 益を業績として重視)、②二計算 純利益とその他の包括利益の合計 書形式(一計算書に次いで重視)、 値である包括利益そのものは、業 ③持ち分変動計算書形式(包括利 績指標として重視されていないと 益を最も軽視)――の3つの報告 いえる。 形式の選択性になっている。 ダウ工業株30社の2001年度のア ニュアルレポートでは、一計算書 米国企業が掲げる業績指標 包括利益にとらわれずに、アニ 損益計算書、資金使途関連項目 売上高 営業利益 純利益 EPS 14 1 15 13 コスト・投資削減額 研究開発費 資本支出、設備投資 買収金額 配当、自社株買い 13 5 7 5 10 キャッシュフロー関連項目 営業キャッシュフロー フリーキャッシュフロー 7 5 収益性など 営業利益率 ROI、ROA ROE 3 1 4 その他 長期負債、総負債 株価、投資パフォーマンス 従業員数など 2 7 7 注)CEO:最高経営責任者、EPS:1株当たり 利益、ROA:総資産利益率、ROE:自己 資本利益率、ROI:投資利益率 出所)各社アニュアルレポートを基に作成 業績指標としての包括利益の妥当性 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 75 12-NRI/p74-83 02.11.16 13:40 ページ 76 あげる企業が多い(前ページの 担当者などへのヒアリングでは、 の時価評価についての対象範囲、 表1)。ハイライト情報、要約財 業績指標として重視している項目 計測手法、本表もしくは注記で開 務データでは、CEOレターに比 として、営業利益、税引き利益、 示すべき情報内容などのあり方に べて、取り上げられる項目は多い EPSがあげられた。この点は、ア もかかわるものであり、近年の時 が、基本的には損益計算書の項目 ニュアルレポートの開示状況とも 価会計の導入・拡大の流れに対し に、貸借対照表の項目、キャッシ 整合性がとれている。 て、実務的には多くの問題点があ ュフロー項目、1株当たり情報が 加わっている。 また、いわゆる特別損益に該当 する項目を除いた本業による利益 ることを示している。 ここでは、包括利益に対して、 また、MD&Aでは、主として を業績とする見方が強い。つまり 現状での包括利益の取り上げられ 事業概況、キャッシュフローにつ 業績とは、企業の本業から得られ 方、業績に対する考え方を中心に いて、それぞれ損益計算書、キャ る利益の中長期のトレンドという 紹介した。このほか、ヒアリング ッシュフロー表と関連づけて業績 のがコンセンサスになっていると では、テクニカルな問題として、 レビューがされており、ほとんど いえる。 資産評価の計測にかかわる手法、 の企業は貸借対照表や持ち分変動 一方、包括利益は認知されてい 計算書に関連した記述をしていな るものの、業績指標としては重視 ス型の報告書様式の使いやすさ、 い。 されていない。もちろん、年金運 一般投資家の理解度などの点があ このように、米国では、業績を 用に問題がある企業や為替リスク げられた。 説明するデータとしては、損益計 を抱えている企業に対して、アナ 以上のように、包括利益を業績 算書上の売上高・利益を基本とし リストは、短期業績のかく乱要因 指標とするためには、なお多くの て、これにキャッシュフローなど としてウォッチしている。 議論と実務家の観点からの検討が のデータが追加されている。また また、資産の評価損益などにつ 包括利益自体は業績としては取り いては、「業績」というよりも、 上げられておらず、個々の構成要 「企業の現在価値」(バリュエーシ 素のうち、金額的に重要度が高い ョン)の構成要素であるとする意 と考えられているものが取り上げ 見も多く、現在価値の算出をする られて説明されている。 ことが会計の役割なのか、それと も個々の投資家・アナリストに任 アナリスト、企業財務担当者 などへのヒアリング せるべきなのか、といった意見も 米国のアナリスト、企業の財務 このような意見は、資産・負債 76 IASBが提示しているマトリック 必要である。 「NRI Consulting NEWS」2002年 11月号より転載 大谷貞教(おおたにさだのり) 経営コンサルティング一部上級コンサ ルタント 出された。 知的資産創造/2002年 12月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2002 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.