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ERMの先進実践例を 確定給付年金プランに見る

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ERMの先進実践例を 確定給付年金プランに見る
特集
リスクとチャンスをマネジメントするERM経営
ERMの先進実践例を
確定給付年金プランに見る
欧米の先進事例の特徴と事業会社への示唆
堀江貞之
CONTENTS
Ⅰ 資産価値向上に最も重要な運営目的と基本方針の明確化
Ⅱ 優れた組織設計の重要性
Ⅲ リスクベースの運営プロセス
Ⅳ 事業会社の応用に向けて
要約
1 確定給付年金プラン運営の世界では、ERM(エンタープライズ・リスクマネ
ジメント)的な管理手法によって年金資産のリターン向上を図ることの重要性
への理解が進んでいる。
2 資産運用成果の面で、優れた運営を行っている確定給付年金プランは、関係者
間での円滑な利害調整と年金資産のリターン向上を図るため、年金プランの設
計を厳格に行い、掛金・給付・資産運用の役割を定めた基本方針を明示してい
る。この基本方針を実際の運営に活用し、高い運用成果を上げるため、意思決
定に関する明確なガバナンス(統治)構造を構築している。また投資をリスク
という視点から捉える、リスクバジェッティング(リスクを配分することでリ
ターンの最大化を図る運営手法の一つ)と呼ばれる枠組みを採用することで、
年金資産の単位リスク当たりのリターンを最大化しようとしている。さらに、
投資リスク以外の幅広いリスクを包括的に捉え、リスクを軸に運営プロセス全
体を改善する、という文化がプラン全体に根づいている。
3 こ の 運 営 の 枠 組 み は、COSO ERM( ト レ ッ ド ウ ェ イ 委 員 会 組 織 委 員 会
〈COSO〉が策定したERMの枠組み)と親和性が高い。COSO ERMを実際の
運営内容に当てはめて業務を再整理することで、運営上、何が欠けていて何を
補強すべきかが明確になる。確定給付年金プランの事例は、資産価値の向上を
図る運営の仕組みが、ERMの枠組みで整理できることを示しており、事業会
社への応用を考えるうえでヒントを与えるものである。
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知的資産創造/2007年 11 月号
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
CopyrightⒸ2007 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
Ⅰ 資産価値向上に最も重要な
運営目的と基本方針の明確化
追い込まれる例が増えているが、それには年
金運営にかかわる規制ルールが厳格化され、
運営の自由度が狭められていることが大きな
1 COSO ERMと親和性の高い
確定給付年金プランの運営内容
契機となっている。
大きな変革の只中にあるDB年金プランだ
確定給付(Defined Benefit、以下、DB)
が、カナダやオランダでは、優れた運営方法
年金プランとは、「加入員などへの年金給付
により、リスクを回避もしくは分散しつつ高
を目的として、法的に独立して資金を貯蓄す
い運用益を獲得し、年金資産を着実に増加さ
るもので、あらかじめ給付に対する利回りが
せている年金プランが登場している。優れた
確定しているプラン」と定義されている。た
運営を行っているDB年金プランの運営方法
とえば民間企業の従業員向け年金プラン、政
には、以下の3つの共通点がある。
府の公務員向け年金プラン、公的年金を補
①「明確な目的設定」:さまざまな利害関
完・代替する形態の私的年金(日本の厚生年
係者が納得する目的の設定と、目的を達
金基金等)などが含まれる。
成するための明確な基本方針の策定
DB年金プランのほか、拠出額が一定で給
②「優れた組織設計」
:意思決定者の権限・
付(受取)額が運用結果に従い変動する、確
責任・役割を明確にした組織構造の構築
定拠出(Defined Contribution、以下、DC)
③「リスクベースの運営プロセス」:リス
年金プランがあり、近年は先進国を中心に伸
クをすべての運営活動の評価軸に据えた
びが著しい。しかし、多くの国でDB年金プ
プロセスの執行
ランが依然として年金プランの太宗を占める
姿に変わりはない。
──この3つの特徴は、COSO ERM(The
Committee of Sponsoring Organizations of
DB年金プランの枠組みで、実際に年金資
the Treadway Commission〈トレッドウェ
産の運用を担当しているのが、「DB年金ファ
イ委員会組織委員会〉の制定したEnterprise
ンド」である。先進国だけでも1600兆円以上
Risk Management〈エンタープライズ・リ
の資金がDB年金ファンドによって運用され
スクマネジメント〉)と親和性が高い。
ていると推定され、その運用の巧拙は人々の
老後の生活の質に大きな影響を与える。
COSO ERMは、以下のような広義の定義
がなされている。すなわち「事業体の組織内
年金プランの運営は、近年大きな変革を遂
すべての者によって遂行されるもので、事業
げつつある。その背景として、株式を含む資
目的達成に合理的な保証を与えるため、影響
本市場の構造変化、リスク管理技術を含む投
を及ぼす事象を識別し、事業体のリスク選好
資技術の発展、年金財政監督ルールの厳格化
に応じてリスク管理が実行できるように設計
等の規制環境の変化、高齢化の進展等による
された、一つのプロセス」である。ERMは、
受給資格者の増加など、さまざまな環境変化
事業の戦略目的を達成するために、事業機会
に見舞われたことが挙げられる。
をリスクという目で包括的に捉え、企業価値
英国や米国でDB企業年金プランが閉鎖に
向上を図っていくプロセスとされている。
ERMの先進実践例を確定給付年金プランに見る
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COSO ERMは、内部環境、目的設定、事
すことが約束されている。
象の識別、リスクの評価、リスクへの対応、
一方、日本でも導入企業が増えているDC
統制活動、情報と伝達、モニタリングという
年金プランは、掛金額は一定であるが、給付
8つの要素から構成されている。これらの構
額が従業員の選択する資産運用の結果により
成要素からなる運営プロセスは、事業会社の
変動する仕組みである。年金スポンサーから
経営プロセスから導き出されたものである
見て、DC年金プランは一定の費用を払い、
が、営利・非営利を問わず、多くの組織に適
資産運用などのリスクをすべて加入者(現役
用可能な汎用性を備えている。
従業員)・受給者(退職し年金を受け取って
本稿で取り上げるDB年金プランの3つの
特徴、「明確な目的設定」「優れた組織設計」
いる人)に移転できる仕組みともいえる。
単純化すると、年金をもらう側にすれば一
「リスクベースの運営プロセス」も、この8つ
定の掛金のもとで給付額は多い方がよく、制
の要素のいずれかに対応して捉えることが可
度を運営する企業や政府からすれば、年金ス
能である。本稿では、なぜ3つの特徴が、優
ポンサーとして拠出する掛金額が少ない方
れたDB年金プランに共通する条件となって
が、運営コストが安くすむ。資産運用利回り
いるのかを説明し、さらにCOSO ERMの視
が一定ならば、両者の利害は対立することに
点に立つことで、資産価値向上につながるヒ
なる。
ントが見つかることを、事例を交えて述べる。
また両者にとって、資産運用で高い利回り
を獲得できる方がよいが、高い利回りを得る
2 確定給付年金プランの特徴
には利回りが下落するリスクを伴う。
DB年金プランの大きな特徴として、利害
資産運用で失敗すれば、掛金を上げるか、
関係者が多く、関係者間の利害対立や利益相
給付額を下げるか、という対応を取らねばな
反が生じやすい点を挙げることができる。
らない。資産運用が失敗した際に、どちらの
対応をするかで両者の意見が対立しやすい。
(1)利害対立をはらむ構造
さらに年金スポンサーは、本体の業績が悪化
年金プランは、年金スポンサーと呼ばれる
しコスト削減の施策をとった場合、施策の一
事業会社や政府によって設立され、従業員や
環として掛金を減らすため、給付で約束した
公務員のための福利厚生制度の一部としての
利回りを下げる可能性もある。
機能を持つ、退職後の老後生活資金を支える
つまりDB年金プランでは、給付を掛金と
ための年金資金を提供する仕組みである。こ
資産運用益で賄うという特徴から、給付・掛
のうち、DB年金プランは、老後に支払われ
金・資産運用の間にトレードオフの関係があ
る年金給付を、年金スポンサーが中心となっ
り、年金スポンサーと加入者・受給者の間に
て積み立てる掛金と、その掛金を株式などで
利害対立を生みやすい構造になっている。
運用した成果で賄う構造になっている。給付
額は、掛金に対してインフレ率などを勘案し
て、あらかじめ決められた利率によって増や
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(2)利害対立と利益相反をはらむ多重構造
DB年金プランでは、年金スポンサーと加
知的資産創造/2007年 11 月号
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入者・受給者の間の利害対立だけでなく、そ
ば、年金ファンドから資産の一部の運用を委
のほかにもさまざまな利益相反問題を抱えた
託された運用マネジャーが、自社の利益向上
複雑な構造を持っている(図1)。
のために運用資産額を増加させ、結果として
たとえば、年金を受け取る人々の間にも、
利害対立が起こる可能性がある。事業会社が
執行コストなどがかさみ、年金ファンド運用
益を損なう問題が代表例である。
年金スポンサーとなっている企業年金プラン
で、年金スポンサーが支払い保証の手立てな
3 確定給付年金プランの運営目的と
く倒産したケースを考える。この場合、積み
基本方針
立てられた年金資金は保全され、その資金を
優れた運営を行っているDB年金プランの
元に適切な資産運用を行えば、退職後の人々
最初の特徴は、「明確な目的設定」である。
にとって、年金給付はある程度確保される。
これは、「さまざまな利害関係者が納得する
しかし退職前の従業員にとって、今後働く
目的の設定」と、「その目的を達成するため
給与に対応する年金支払いは行われず、若い
の基本方針の策定」から構成される。
人ほど倒産による年金受給へのダメージが大
利害調整が複雑になるため、プランの運営
きい。つまり加入者にとって、将来も事業会
目的を詳細なレベルまで書き込み、その目的
社の経営がうまく行われることが、年金給付
を実行するための基本方針を明示すること
を確実に受け取るうえで、より重要になる。
で、初めて関係者が納得し、資産価値向上に
したがって加入者の視点は、事業会社の長
つながる活動を行う必要条件が整う。
期的な事業リスクに置かれるのに対し、退職
した受給者はすでに積み立てられた年金資産
の運用をどうするかという、より短期の視点
を重視しがちになる。
(1)3つのレベルの目的と基本方針
目的が適切に設定され、利害関係者が納得
するものでなければ、運営の途中で利害対立
さまざまな業務を第三者に委託することに
が生じ、事態の収拾が困難になる。またその
伴う「エージェンシー問題」もある。たとえ
目的を果たすための基本方針が明確になって
図1 確定給付年金の利害関係者間に生じる対立構造
受給者
掛金と給付のバランス
年金スポンサー
資産運用のリスクと
リターンのバランス
年金ファンド
顧客利益と運用収入
のバランス
運用マネジャー
ファンドのリターン
と手数料のバランス
証券会社
年金スポンサーは掛金負担を少なくしたい
が、加入者・受給者は給付を多くしたい
掛金負担減少には、資産運用での高いリ
ターンが必要だが、運用失敗により掛金負
担が増加するリスクがある
受給者・加入者
短期と長期の視
点のバランス
加入者
年金積立金の運用に重きを
置くか、年金スポンサーの
信用リスクに重きを置くか
運用マネジャーの資産残高を増やす行為
は、年金ファンドのリターン低下を伴うリ
スクがある
証券会社の手数料収入増加は、年金ファン
ドのリターンを低下させる
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いなければ、場当たり的な対応に終始し、長
を位置づけている点で大きな差はない。
期の視点に立った一貫した運営ができない。
このミッションを果たすための戦略目的
COSO ERMのなかでは、目的を「ミッシ
も、企業年金と公務員年金であまり違いはな
ョン」「戦略目的」「関連目的」と3つのレベ
く、「年金受給者の受給権の確保を長期的に
ルに分解し、具体的な目的を設定することを
担保する」というのが、国際的に広く認めら
求めている。DB年金プランでは、この3つ
れたものとなっている。
の目的にさらに関連目的を達成するため、基
本方針を設定することが重要になる(図2)。
(3)戦略目的の多義性
通常のDB年金プランでは、ミッション、
この戦略目的は、年金に関係する利害関係
戦略目的までは明確になっているが、関連目
者が一致して同意しているものの、戦略目的
的が設定されていない場合が多い。そのた
自体に多くの多義性が存在する。
め、基本方針の位置づけや内容があいまいに
たとえば、「受給権」という言葉一つをと
なり、関係者間の利害調整がうまく機能しな
っても、何をもって受給権と定義するかは、
いケースが発生する。
利害関係者の立場により、また国によっても
関連目的が設定されることで、初めて具体
内容は異なる。年金受給者にとっては、年金
的な運営目標や意思決定者の権限・責任、リ
積立金が多いことが受給権確保において最も
スク管理方針などが基本方針のなかで的確に
重要だが、加入者にとっては、年金スポンサ
規定される。COSO ERMの枠組みを援用す
ーの経営状態が長期に安定していることが、
ることで、DB年金プラン運営で何が不足し
受給権の確保には重要だと考えるだろう。
ているかを明確化できる例といえる。
(4)多義性の解消に関連目的の設定が必要
(2)ミッションと戦略目的の例
多義性を持つ戦略目的を達成するために
企業年金プランの場合のミッションは、
「企業価値を高めるため、優秀な人材の確保
は、「関連目的」を設定し、多義性を解消す
る必要がある。
につながる福利厚生制度の一部としての年金
優れたDB年金プランは、関連目的を、「利
制度を、長期安定的に維持すること」といっ
害関係者間のリスク負担を調整し、掛金・給
てよい。公務員年金の場合も、国民や地域住
付・資産運用の役割を明確化すること」と考
民に良い公共サービスを提供するための優秀
えている。たとえば、受給権をどのような条
な人材確保を目的の一つとして、年金プラン
件で付与するか、年金プラン全体のなかで
図2 確定給付年金プランで設定される3つのレベルの目的と基本方針
ミッション
戦略目的
関連目的
基本方針
企業価値を高めるため、優
秀な人材確保につながる福
利厚生制度の一部としての
年金制度を、長期安定的に
維持すること
年金受給者の受給権の確保
を長期的に担保すること
利害関係者間のリスク負担
を調整し、掛金・給付・資
産運用の役割を明確化する
こと
①拠出・給付の基本方針
②運用の基本方針
注)上記は企業年金プランの場合
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DB年金プランをDCプラン等とどのように組
「資産運用の基本方針」が決定される。
み合わせ、利害関係者間のリスク負担を調整
拠出・給付の基本方針では、関連目的に従
するか、受給権を確保するために必要な掛
いどのような基準で水準を変更・調整するの
金・給付の水準はどのレベルに設定すればよ
かが明記されている。運用の基本方針は、目
いか、資産運用にどのような役割を持たせる
標リターンの水準、リスク管理方針、投資信
かなど、「受給権の確保を長期的に担保す
念、禁止事項などが明記される。
る」という戦略目的を達成するために、具体
的な目的設定がされている。
この関連目的が、利害関係者に十分に理解
され納得されることが、DB年金プランが成
功するかどうかの鍵になる。
年金プランでは、拠出・給付の基本方針
を、「年金財政方針」とも呼び、「資産運用の
基本方針」と区別している。
優れた年金運営を行っているDB年金プラ
ンでは、受給権の保護のうえで年金財政方針
たとえば、関連目的で拠出・給付と資産運
により重要な役割を与えている。資産運用で
用の役割が明確化されていない場合、以下の
は、たまたま予想以上に高いリターンが得ら
ような場当たり的な対応で事態を悪化させる
れることがあり、運用に過度な期待や役割を
ケースがよく生じる。
与えがちである。しかし、資産運用には厳密
資産運用の成績が想定より良かった場合、
なリスク管理方針を設定し、なおかつ想定外
給付に必要な額を上回る年金積立金が蓄積さ
の悪い運用成績となった場合には、掛金・給
れる。その際、年金スポンサー側は拠出額を
付の変更で受給権を担保し、資産運用に過度
減らして年金運営にかかわる負担を減らそう
な役割を持たせないことが、優れた年金運営
とする。また公務員年金の場合、労働組合が
を行うポイントになっている。
圧力をかけて、給付額を増加させようとする
かもしれない。その後、運用成績が想定より
Ⅱ 優れた組織設計の重要性
も悪化した場合、給付に必要な積立額が維持
されず、結局また掛金を上げたり給付を下げ
優れた運営を行っているDB年金プランの
たりといった場当たり的な対応が発生する。
第二の特徴は、「組織設計が優れている」こ
このような悪循環が生まれるのは、関連目
とである。優れた組織設計とは、意思決定者
的で、拠出・給付と資産運用の役割が明確に
の権限・責任・役割を明確にしたガバナンス
されず、どのような状況のときに、拠出・掛
構造の構築がなされていることを指す。
金と資産運用が何の目的を持ち、どこまでの
特に年金資産の運用面で、監督と執行の権
役割を果たすのかが、決められていないため
限を分けたうえで、意思決定者の専門性を高
だと考えられる。
め、利害調整と運用リターンを高める両方の
努力をしている。組織設計上のこのような工
(5)拠出・給付と資産運用の基本方針
関連目的を達成するための、より具体的な
夫を年金の世界では、「ファンドガバナンス
の構築」と呼んでいる。
指針として、「拠出・給付の基本方針」と
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1 組織設計の4つの共通ポイント
野 村 総 合 研 究 所(NRI) で は、2004年 以
産運用を行う年金ファンド、運用子会社)」
の4つである。
降、世界のDB年金プランの運営内容につい
これら4つの機関は、コーポレートガバナ
て調査を行った。そのなかで、資産価値を高
ンスにおける機関と対応させると理解しやす
めているDB年金プランには、共通する構造
い。つまり年金スポンサーを「株主」
、統治機
や特徴が存在することが明らかになった。
関を「取締役会」、各種専門委員会を「各種
図3はその共通構造を示しており、以下で述
委員会」、執行機関を「執行役」に置き換え
べる4つのポイントがある。
れば、コーポレートガバナンスで議論されて
いる権限の委譲構造とほぼ内容が同じである。
(1) 利害調整と資産価値向上のための
委譲スキームの構築
構築された権限などの委譲構造は、形を整
えるだけでは不十分で、資産価値が向上する
優れた組織設計の第一のポイントは、「利
実効性を持たねばならない。実効性を担保す
害関係者間の調整を行うため、各種機関を設
る一つの方法が、各機関の権限・責任・役割
置し、それらの各種機関に対して明確な権
の内容を詳細に文書規定化することである。
限・責任・役割を付与することで、年金プラ
たとえば、カナダの先進的な公的年金プラ
ン全体の資産価値を高める委譲構造を構築し
ンCPPIB(Canada Pension Plan Investment
ていること」である。
Board:カナダ年金投資理事会)は、200ペ
優れたDB年金プランでは、4種類の機関
ージ近いガバナンスマニュアルに、各機関が
が存在する。「年金スポンサー」「統治機関
果たすべき役割や権限から、役職員の倫理規
(理事会など)」「各種専門委員会(投資、監
査、ガバナンス、報酬など)」「執行機関(資
定に至るまで、詳細に規定している。
各国のDB年金プランで、どのような権限
図3 優れた運営を行っている世界の確定給付年金プランの共通構造
コーポレートガバ
ナンスにおける関
係機関との対比
利害関係者、関係機関
構成メンバー
行動原則
権限、役割、責任
年金スポンサー
①政府、企業
②従業員、退職者
①受益権者に対する確実
な年金給付の提供
②受益権の拡大
①年金制度設計
②掛金・給付政策
③統治機関、委員会メン
バーの選任
統治機関(理事会など)
①政府、企業の選任した
メンバー
②従業員、退職者の選任
したメンバー
③両方が選任する
①利害関係者すべての利
益を考えて行動
②選任元の年金スポン
サーの利益を代表しな
い
①運用の基本方針(リス
ク政策決定)
②各種役割の委譲
③運営機関経営陣の選任
各種委員会
各 種 専 門委 員 会(投 資、
監査、ガバナンス、報酬
など)
統治機関が選任したメン
バー
①利害関係者すべての利
益を考えて行動
①ALMなどの分析(リス
ク政策決定サポート:
投資委員会のケース)
②各委員会の役割遂行
執行役
執行機関(年金ファンド、
運用子会社など)
統治機関、各種専門委員
会が選任したメンバーや
機関
決められたリスク政策
(運 用の 基 本 方 針)の も
とでリターンを最大化す
ること
株主
取締役会
①委員会のサポート
②マネジャー構造決定
③運営機関の管理
注)ALM:資産負債管理
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がどの機関に委譲されているのかを比較した
(2)各機関の行動原理・原則の明確化
のが、表1である。主として6つの権限があ
第二のポイントは、行動原則の明確化であ
り、そのうちの3つは人事権である。
る。特に4つの機関のなかで、資産運用の基
優れた運営を行っている年金プランは、年
本方針も決定する統治機関は、多くの利害関
金スポンサーが設計および給付・掛金率の決
係者の利害調整を行う最も重要な意思決定機
定と統治機関の人事権を握っている。統治機
関であり、このメンバーの行動原則が運営上
関は、委員会および年金ファンド経営陣の人
の鍵になる。
事権と、運用基本方針の決定権を持つ。
優れた運営を行っている年金プランでは、
米国の企業年金プランは、外形的にはそれ
年金スポンサーと加入者・受給者の双方から
と同じ権限構造だが、統治機関のメンバーが
選任された代表者に対して、「選任元の団体
実質的にすべて年金スポンサー側の人間で占
の利益を代表せず、加入者・受給者と年金ス
められ、年金スポンサー企業が①から⑤のす
ポンサーを含めた複数の利害関係者の利益全
べての権限を持つ形になっていることが多い。
体を考慮して行動を行うこと」を行動原則指
このため、年金スポンサーの立場が強調され、
針 と し て 要 請 し て い る。DB年 金 プ ラ ン で
受給権侵害が生じるリスクを拭いきれない。
は、利害関係者の利害対立が避けられないた
日本の厚生年金基金では、外形的には労使
め、選任元の団体の利害のみを代表させず、
双方から半分ずつが選任されたメンバーから
バランスの取れた意思決定を行動原則として
なる代議員会や理事会が、重要な決定権限を
いる。
持っているように見える。
しかし適切な意思決定を行うに足る専門性
をメンバーが持たず、実質的には実務を司る
(3) 役割を果たすに足る専門性および
独立性の確保
年金ファンドの重要性が高まるケースが多
第三は、委譲された権限や役割を果たすに
い。米国企業プランと日本の厚生年金基金の
足る専門性と独立性の確保である。権限の委
どちらも、利害関係者の調整という観点から
譲構造が形のうえで、また文書規定上、明確
見れば、十分な権限の委譲構造になっている
にされたとしても、実際に委託された権限や
とは言い難い。
役割を各機関が果たす能力がなければ、絵に
表1 各国の確定給付年金プランにおける権限の委譲構造
権限
①
設計および給付・掛金率の決定
②
統治機関メンバーの選任
③
各種専門委員会(投資、監査、ガバナ
ンス、報酬)メンバーの選任
④
運用基本方針の決定
⑤
年金ファンド経営メンバーの選任
⑥
基本方針に基づく運用
優れた年金運営を実施して
いる年金 注1
一般的な米国企業年金 注2
年金スポンサー
年金スポンサー(母体企業)
統治機関
(年金スポンサーからの独
立性が高い)
統治機関
(実質は年金スポンサーと
一体化)
運用子会社、年金ファンド
運用子会社、年金ファンド
日本の厚生年金基金 注3
代議員会
年金スポンサー、従業員
代議員会
理事会
代議員会
運用子会社、年金ファンド
注1)本稿の事例で取り上げたCPPIB(カナダ年金投資理事会)やPGGM(オランダ第二の職域年金)など
2)日本の規約型確定給付企業年金も同様
3)基金型確定給付企業年金も同様
ERMの先進実践例を確定給付年金プランに見る
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描いた餅に終わるからである。
わらない。高いリターンを獲得するには、運
優れた運営を行っている年金プランの各機
用会社と同等かそれ以上の優れた人材を採用
関メンバーは、特定の利害関係者の代表では
することが必要条件である。さらに成果に見
なく、各機関の役割を果たすに足る専門性を
合ったインセンティブ報酬制度を導入するこ
備えた人を、外部から招聘するのが通常であ
とで、担当者のやる気を引き出し、高いリタ
る。
ーンを獲得できる確率を高めようとしている。
さらに選任されたメンバーが、その専門性
カナダやオランダでは、公務員の年金プラ
を発揮するには、選任された元の機関から意
ンであっても、年金ファンドの運用担当者に
思決定に関して干渉を受けてはならない。そ
は、外部の運用マネジャーと同等の給与とイ
のため、統治機関を含む各機関のメンバー
ンセンティブ報酬を支払うことを、統治機関
は、意思決定に関する独立性を担保されるこ
から委託を受けた報酬委員会が決めている。
とが、文書規定上定められている。
報酬委員会は、政府を含む年金スポンサーや
受給者からの圧力を受けず、独立性を保って
(4) 執行機関へのインセンティブ報酬制度
の導入
決定する権限を与えられている。このため、
第四のポイントは、資産運用を行う執行機
に適う人材には、それに見合った高い報酬が
関(年金ファンド)へのインセンティブ報酬
公務員年金プランであっても、関係者の利益
支払われている。
制度の導入である。権限委譲が明確化された
ただし、インセンティブ報酬制度の導入に
DB年金プランでは、前ページの表1で見る
当たっては、年金ファンドが過度なリスクを
ように、年金ファンドが、統治機関や投資委
取っていないかどうかをチェックできる、詳
員会で定められた資産運用方針に従って運用
細なリスク管理の仕組みが導入されているこ
を行う。年金ファンドの役割は、決められた
とが前提条件になる。
リスク政策のもとで最大のリターンを獲得す
2 優れた組織設計と運用成績との
ることである。
この役割は、専門の資産運用会社と何ら変
関係
明確なファンドガバナンス構造を持つ優れ
た組織設計の年金プランほど、資産運用の成
図4 優れた年金ファンドの組織設計と運用成績の関係
0.5
績が良いという実証研究が発表されている。
0.4
図4は、1995年から2004年にかけてキー
0.3
ス・P・アムバクシア氏が行った年金ファン
ドのCEO(最高経営責任者)に対する組織
0.2
設計の良し悪しに関する質問の結果と、年金
0.1
ファンドが獲得した超過リターン(決められ
0
た資産配分比率どおりに運用した場合と比較
−0.1
−0.2
した相対リターン)の関係である。
1995年
96
97
98
99
2000
01
02
03
04
出所)Keith. P. Ambachtsheer,“Pension Revolution,”2007, John Wiley & Sons
34
知的資産創造/2007年 11 月号
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質問は、ガバナンス、運営計画、管理に関
Ⅲ リスクベースの運営プロセス
する45問からなる。各質問に対して、年金プ
ランは同意するか、反対するかを1~6のス
優れた運営を行うDB年金プランの第三の
ケール(1:完全に反対、6:完全に同意の
特徴は、「リスクベースの運営プロセス」を
6段階で回答)を聞いており、その回答結果
徹底している点である。リスクベースの運営
を集計して分析を行っている。
プロセスとは、リスクを評価軸にしてプロセ
1997年に欧米の127名のDB年金ファンドの
スを執行することである。言葉では簡単であ
CEOに質問を行い、各年金ファンドの質問
るが、実効性の高いプロセスとするには、リ
以前のリターン(1995~97年)、質問以後の
スクを大事にする文化が組織に根づいている
リターン(1998~2004年)と質問結果の関係
ことが不可欠である。リスクを大事にする文
を確認している。
化とは、リスク概念を運営プロセスの中心に
縦軸の値は、回答結果から得られた各年金
据え、運営上のさまざまな意思決定や関係者
ファンドの設計の良し悪しの値と、各ファン
との会話にまでリスク概念を浸透させている
ドの超過リターンとの相関係数を示している。
ことを指している。ここではリスクベースの
2001年以外はこの値がプラスになってお
運営プロセスを3つの事例で示してみたい。
り、自分の年金プランの組織設計が良いと答
えた年金ファンドほど、超過リターンがプラ
スになる傾向が強いことを示している。
1 リスクバジェッティングの活用
最初は、資産運用でリスクバジェッティン
この実証研究結果は、欧米ではよく知られ
グを活用している例である。リスクバジェッ
ており、組織設計の良し悪しが、運用成績に
ティングとは、図5のように、中央にあるリ
関係するという理解は徐々に広まりつつある。
スク政策の決定、資産運用の実行、パフォー
図5 リスクバジェッティングの枠組み
年金資産運用プロセス
[PLAN]
リスクモニタリング
リスク政策の決定
運用計画:リスクの定義およびリスクの取り方の決定
(例:政策資産配分の決定、新資産クラス・戦略の採用、LDI
〈負債指向投資〉などの新たなフレームワークの採用)
①運用監視機能
(リスク測定)
(例:継続的なモニタ
リング)
[DO]
②重大リスク発見機能
リスクコン
(要因分解)
トロール
(例:想定外の変動性
の発見と原因の
追及により対応 リスク量を適
策を検討する) 切な値に変更
する行動
運用実施:リスクと見合いのリターンを獲得する
(例:資産配分比率変更によるリスク量の調整、リバランス、
アクティブ運用会社の比率変更によるアクティブリス
ク量調整、オーバーレイ運用によるリスク調整)
撹乱要因
市場環境
[SEE]
パフォーマンス評価:リターンおよび運用プロセスの確認
(例:パフォーマンスとリスクの分解と両者の対応づけ)
リスク
見合い関係
リターン
受託者責任論議の高まり、求められる効率的運用
ERMの先進実践例を確定給付年金プランに見る
35
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マンス評価という一連の年金資産運用を、リ
を図る枠組みとして考案されたものである。
スクという指標をベースに、リスクモニタリ
ングおよびリスクコントロールという2つの
2 関係者の利害調整のための
機能に再構成し資産運用を行うことである。
これまでの運用管理手法は、資産クラスや
第二の事例は、「リスク最小化ポートフォ
資産配分比率を固定したものと考え、株式の
リオ」を定義し、資産運用のリスク許容度を
リスクプレミアムに過度に頼ったものであっ
決定している例である。
た。リスクバジェッティングは、負債と資産
資本市場は常に変化し、運用結果にときと
の差である、サープラスリスクや、年金スポ
して大きな変動が生じるため、資産運用でど
ンサー(母体企業)から見てバランスシート
こまでリスクを許容するのか、という点が目
への影響を及ぼすリスクなど、さまざまなリ
標リターンを決定する以上に重要になる。運
スクを評価軸にして具体的な運用方法を考え
用結果が悪い場合、掛金・給付の額を調整す
る。たとえば、オルタナティブ投資と呼ばれ
る必要が生じ、ひいては受給者の年金受取額
る新たな投資戦略も、リスク特性に合わせて
や年金スポンサーの拠出額に直接大きな影響
株式や債券と同じように、柔軟に投資対象の
を与えるからである。
なかに取り込むことが可能となる。
優れた資産運用を行っているDB年金プラ
多くの環境変化に対して迅速かつ適切に対
ンは、一つの工夫として「最小リスクポート
応できるという意味で、従来の運営方法に比
フォリオ」を規定し、資産運用のリスク許容
べ格段に高い順応性を持った運営手法である。
度決定に関する利害調整の手段としている。
年金資産を負債構造と似たものにしてサー
これは、「定められた給付を確実に実現す
プラスの変動を小さくする、負債指向投資
る、年金負債と似た変動パターンを持つポー
(Liability Driven Investment:LDI)は、リ
トフォリオ」である。負債と資産の差である
スクバジェッティングの代表例といえる。
サープラスの変動を少なくするポートフォリ
LDIはDB年金プランの資産運用手法として、
オでは、給付を賄うには不足が生じること、
特に欧州で大きな流れをつくりつつある。
またその不足額がどの程度大きいかを利害関
年金負債の時価評価や生命保険会社並みに
厳格化された支払い余力規制の採用(年金給
36
最小リスクポートフォリオ
係者に認識させることが、最小リスクポート
フォリオの役割である。
付に必要な年金資産を十分に積み立てていな
不足額を認識して初めて、株式のように、
ければ、当局が財政改善命令を発動し、適切
期待リターンは高いが下落リスクも大きい資
な処置を命令)といった変化により、ALM
産へ投資を行う意味が理解される。そしてリ
(資産負債管理)を厳密に行う必要性が生じ
スク資産への投資額の決定は、資産運用でど
た。その環境変化に対応して、それまでの年
こまで最悪のリターンを認めるか、というリ
金資産を主とする管理から転じ、負債と資産
スク許容度を決定することにほかならない。
の差であるサープラスをリスク管理指標と考
受給権に直結するサープラスを向上させる
え、リスク量の調整およびサープラスの向上
ためには、高いリスク意識が不可欠になるこ
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とを、最小リスクポートフォリオは教えてい
例である。
る。リスク文化が根づいた組織で初めて適用
年金資産やサープラスが変動するという運
可能となる手法である。
用リスクだけでなく、受託者責任を全うして
いるか、刻々と変化していく規制を満たして
3 包括的なリスク管理の事例
いるか、といったさまざまな観点からリスク
第三は、さまざまな環境変化に対応して、
を包括的に管理するフレームワークが必要と
包括的にリスクを捉え、運営方法を改善する
される状況にDB年金プランは置かれている。
表2 カナダ年金投資理事会(CPPIB)の考えるリスクの種類と管理方法
リスクの種類
リスクの内容と管理方法
戦略リスク
ビジネス戦略を効率的に設計、執行、モニタリングできなければ、年金プラン運営の目的を達成できないおそれが
ある。このリスクを管理するには、年金プランは効率的なガバナンス構造、組織構造、リーダーシップを持つ必要
がある。またリスク管理のためには、戦略的なビジネス計画プロセスが不可欠である
ビジネス環境リスク
ビジネス環境の変化を連続的に予測、理解、モニタリング、あるいは対応できないリスクを指す。目的達成に対す
るCPPIBの能力に影響を及ぼす可能性のある、社会・文化・経済・政治的な変化に常に対応しなければならない
受託者リスク
受託者責任が継続的に果たされない、もしくは適切に執行されない可能性を常に考慮に入れて行動する必要がある。
このリスクを効果的に管理するためには、組織の各レベルにおいて、①役割(roles)
、②責任(responsibilities)、
③権限(authorities)を明確に定義していくことが不可欠となる。さらに役員および従業員向けの行動規範、およ
び利害対立緩和政策を通じて、価値基準と行動の及ぼす期待水準が理解され、全組織にその基準が統一されるよう
になる
投資リスク
受給権者に対して長期に約束した4%という利回りを、年金資産の運用成果が下回るリスク。このリスクを管理す
ることで、年金資産額の積み立て比率の管理が可能。投資信念・リスク制限値・長期期待リターンという3つの要
素によって投資リスク量を管理するフレームワークを構築している
法的および規制リスク
規制に関する将来ありうる、もしくは実際に発生した変更を指す。法律、規制、基準、倫理規定に社内のコンプラ
イアンス体制では対応できないリスクも含む
オペレーショナルリスク
内部の運営プロセスが不適切であることで発生する、直接および間接的に被る損失を指す。内部統制環境整備によ
る管理が重要
名声リスク
内部もしくは外部要因によって、基金の名声、イメージ、信頼に傷が付くリスクを指す。上記のリスクを正確に管
理できないことに起因するリスクなどが含まれる
出所)カナダ年金投資理事会(CPPIB)の年次報告書より作成
表3 オランダPGGMの考えるリスクの種類と管理方法
リスクの種類
金融リスク
その他のリスク
リスクの内容と管理方法
ALM(資産負債管理)リスク
長期的に年金負債に見合う資産を積み立てられないリスク。このリスクは、①運用
の基本方針の設定、②負債ヘッジング方針、③拠出方針、④インデックス化方針、
⑤年金設計方針──の5つの方法で管理する。規制によって定められた支払い余力
基準を満たすかどうかも併せて確認する
統合バランスシート管理リスク
直近3カ月~1年間の間に、給付を賄うために必要な資産を積み立てられないリスク。
積立比率が100%を下回る確率が、2.5%以上にならないようリスクを制御する
実施リスク
資産運用のアクティブ運用によって、政策ポートフォリオのリターンよりも、ファ
ンドのリターンが下回るリスク
財務レポートリスク
内部統制機能がうまく作動しないことによって生じる、財務レポート上の欠陥。現
在は特に財務レポートにかかわる内部統制機能に絞って、手順を明確化している
戦略リスク
今後4~10年間に生じうる、年金プランにとって注意すべきリスク。3つのシナリオ
分析に基づき、リスクの範囲を予測する
オペレーショナルリスク
内部プロセス、人、システムの不備や外部の事象などから損失が発生しうるリスク
コンプライアンスリスク
人とプロセスの統合が崩れ、サービスに支障が生じるリスク。具体的には、内部お
よび外部の規制に対応できないリスクを指す。常に規制環境の確認を行い、その変
化に応じて、コンプライアンスマニュアルを更新する
出所)オランダPGGMの年次報告書より作成
ERMの先進実践例を確定給付年金プランに見る
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たとえば、年金スポンサーを含む利害関係
法を見ると、第二の特徴として挙げた、ファ
者の一部は、「受託者」と呼ばれ、忠実義務
ンドガバナンス構造の明確化(権限・責任・
と善管注意義務を中心とする、加入者・受給
役割の明確化)が重要であると述べられてい
者の利益のみを考えて行動すべき「受託者責
る。戦略リスクの管理では、ファンドガバナ
任」を負っている。年金運営上、この受託者
ンスを含む組織設計の重要性が指摘されてい
責任を全うしていることの確認は、利益相反
る。また、オペレーショナルリスクの項では、
の生じやすいDB年金プランで特に重要と考
内部統制の整備の重要性が記されている。
えられている。
PGGMの金融リスクを見ると、リスクを重
前ページの表2と3は、前述のカナダの
要度の順にランキングしており、評価期間も
CPPIBとオランダのPGGM(医療・社会保障
それぞれ異なる。重要度が高い順にALMリ
関連の労働者を対象とする、資産規模でオラ
スク、統合バランスシートリスク、実施リス
ンダ第二の職域年金プラン)が考える、リス
クとなっており、長期の評価期間にわたるリ
クの種類とその管理方法の例である。
スクほど重要度が高い。
たとえば、CPPIBの受託者リスクの管理方
金融リスクのなかで、長期的に年金負債に
図6 COSO ERMの観点から見た確定給付年金プランの仕組み
内部環境
目的と基本方針の設定
関連目的
基本方針
利害関係者間のリスク
負担を調整し、掛金・
給付・資産運用の役割
を明確化すること
①拠出・給付の基本
方針
②運用の基本方針
事象の識別
規制環境の変化
●
投資技術の変化
●
モニタリング
①リターン・リスク・
モニタリング・シス
テムの導入
(年金ファンドのモ
ニタリング)
②各種委員会による独
立監視
● 監査
● 人事
● 報酬
● ガバナンス
③内部監査部門による
モニタリング
●
●
資本市場の環境変化
投資家の変化
リスクの評価
①投資リスク、受託者リスク、規制リスクなど
②ALMリスク、バランスシート管理リスクなど
多様な評価が考えられる
リスクへの対応
①利害調整のための分析手法の確立
②専門性と独立性の担保
③リスクバジェッティング・プロセスの構築
情報と伝達
①情報開示方針の
策定
②方針に基づく適
切な部署・委員
会への情報開示
統制活動
①権限・責任・役割の文書規定化
②守るべき倫理の文書規定化
③インセンティブスキームの付与
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リスクベースの運営プロセス
戦略目的
年金受給者の受給権
の確保を長期的に担
保すること
ミッション
企業価値を高めるため、優秀な
人材確保につながる福利厚生制
度の一部として、年金制度を長
期安定的に維持すること
権 限 ・ 責 任 ・ 役 割 の ガバ ナ ン ス 構 造 の 明 確 化
①権限・責任・役割の委譲構造スキームの構築
②利害関係者の行動原理の明確化(行動規範の設定)
③統治機関、各種委員会、年金ファンドに対する明確な権限・責任・役割の付与
見合う資産を積み立てられないリスクが最も
か、「モニタリング」および「情報伝達」は
重要と考えられている。このリスクをALM
どのような体制で誰が行うかを決定するこ
リスクといい、第Ⅰ章3節のDB年金プラン
と、と考えることも可能である。
の第一の特徴で挙げた、「明確な目標設定」
によって管理することが明記されている。
たとえば、優れた運営を行っているDB年
金プランでは、監査・人事・報酬・ガバナン
2番目に重要と見なされているのは、給付
スの各委員会は、それぞれの委員会の目的に
を賄うために必要な資産を積み立てられない
応じ、モニタリングすべき管理事項を決めて
リスクである。統合バランスシートリスクと
いる。この活動をCOSO ERMの枠組みで捉
呼ばれており、オランダの支払い余力規制に
えると、「統制活動」の一部として、権限・
対応した基準によって管理することが示され
責任・役割を文書規定化し、「モニタリン
ている。
グ」に関する具体的な役割まで詳細に記述し
これらの例は、運営内容全体をリスクとい
た例と考えることができる。
う視点から包括的に捉え、不断に運営プロセ
実際、CPPIBやPGGMといった年金プラン
スを改善する活動にほかならない。リスク概
は、年次報告書のなかでプラン運営の枠組み
念が浸透した組織でなければ、このようなリ
としてCOSO ERMを利用していると明記し
スクベースの運営プロセスは実効性を持って
ており、ERMの枠組みをプラン運営に利用
機能しないと考えられる。
する事例は増加傾向にある。
Ⅳ 事業会社の応用に向けて
事業会社の間では、ERMが企業価値向上
につながるとの意識はまだあまり持たれてい
ないと考えられる。ここで紹介したDB年金
図6は、これまで述べてきた優れた運営を
プランの事例は、資産価値の向上を図る運営
行 っ て い るDB年 金 プ ラ ン の 運 営 内 容 を、
の仕組みが、ERMの枠組みで整理できるこ
COSO ERMの観点でまとめたものである。
とを示している。先端的なDB年金プランで
COSO ERMの利点の一つは、現行の運営
始まったERMの発想を取り入れた運営の枠
方法を、ERMという視点でまとめ直し、資
組みにより、運営改善の事例が積み重ねられ
産価値向上に向けて何が足りないか、どう再
ることで、将来は事業会社への応用も視野に
整理すればいいかを確認できることである。
入ってくると考えられる。
通常のDB年金プランでは、COSO ERMの
なかの「関連目的」が明確には設定されてお
らず、関係者間の利害調整が不十分で、掛
金・給付・資産運用の役割が明確になってい
ないことが確認できたのは、その一例である。
またファンドガバナンス構造整備の活動の
一部は、COSO ERMで定義された、「統制活
動」のなかで、誰が何に対して責任を持つの
参考文献
1 Keith. P. Ambachtsheer,“Pension Revolution,”
2007, John Wiley & Sons
著 者
堀江貞之(ほりえさだゆき)
金融ITイノベーション研究部上席研究員
専門は資産運用関連の先端動向調査・研究
ERMの先進実践例を確定給付年金プランに見る
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