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詳細PDF版 - 物質・材料研究機構
同時発表: 筑波研究学園都市記者会(レク) 文部科学記者会(資料配付) 科学記者会(資料配付) 水を含まないシャボン膜「乾燥泡膜」を世界で初めて発見 −究極の薄さを持つ自己支持性膜作製への道を拓く− 平成17年 7月12日 独立行政法人物質・材料研究機構 概要 1.独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:岸 輝雄)物質研究所(所長:室町 英治) 高分子性酸化物グループの一ノ瀬 泉アソシエートディレクターは、同グループの黄 建国 (Huang Jianguo)研究員、ならびにジン・ジャン(Jin Jian)特別研究員らとともに、水 を全く含まない泡膜1)が存在することを世界で初めて発見した。 2.シャボン玉やセッケンの泡は、界面活性分子2)で表面が覆われた薄い水の膜でできている。 水の膜の厚みが光の波長の4分の1程度になると、光の反射強度が弱まって黒く見えるた め、黒膜(Black Film)3)と呼ばれる。このような薄膜の存在は、1672 年、ロバート・フ ックによって確認されている。一方、シャボン玉の干渉光とその膜厚との関係は、1704 年、 アイザック・ニュートンによって体系化されている。以来約 300 年、界面活性分子の泡膜に 関する多くの研究が行われてきた。しかしながら、その全ては、構造安定化のための水を必 要とし、乾燥すると消滅するような膜であった。 3.今回、数マイクロメートルの微細なフレームの中で様々なシャボン膜を作製し、乾燥後、 その形態を観察する研究が系統的に行われた。その結果、特定の界面活性分子を用いた場合、 厚みが分子2個分に相当する極めて薄い膜(乾燥泡膜)として安定に存在できることが発見 された。このような乾燥泡膜には、150℃以上の熱安定性を示すものもあり、超高真空下で も安定に存在できる。 4.本技術は、シャボン膜を利用しているため、マイクロメートル領域の様々な細孔中にナノ 薄膜を作製できる。また、気相法の薄膜形成技術と組み合わせることで、有機・無機、金属 あるいは酸化物を含んだ様々な自己支持性膜の作製技術となることが実証されている。この ようなナノ薄膜は、次世代のグリーンプロセス4)を支える分離プロセスに寄与し、マイクロ 化学プロセス5)あるいは MEMS6)に不可欠な機能要素としても重要な役割を果たすことが期 待され、具体的には水素や酸素などを選択的に透過するナノ分離膜の開発、あるいはセンサ ーの開発などに寄与できると考えられる。 5.この成果は、平成 17 年 7 月に Angewandte Chemie International Edition に掲載される 予定である。 1 研究の背景 【自己支持性のナノ薄膜の必要性】 自己支持性のナノ薄膜の製造は、 エネルギーからバイオまで広範囲の分野に関連する基盤技術 となっている。例えば、海水から真水を得るための逆浸透膜では、数 10 ナノメートルの高分子 膜の性能が、分離機能の鍵を握っている。水素や酸素などのガスの選択透過膜は、燃料電池など のエネルギー関連技術、医療あるいは食品関連技術との密接な関わりをもつ。薄膜の厚みが数ナ ノメートル以下になると、 膜を介したガスやイオンなどの物質移動速度が著しく向上することが 予測されており、このような薄膜は、環境やエネルギー問題を克服するためのナノ分離技術に不 可欠な材料と言われており、その製造技術の開発が待ち望まれていた。 【従来の技術】 自己支持性のナノ薄膜の製造は、一般には、多孔性の基板に高分子の膜を貼り付けることで作 製される。しかしながら、このような方法では、数 10 ナノメートル以下の自己支持性の薄膜を 作製することができない。1991 年にドイツで発明された交互吸着法は、高分子電解質のナノ薄 膜を Layer-by-Layer7)に積層する技術であり、様々な自己支持性のナノ薄膜の作製に応用され てきた。しかし、この技術でも、10 ナノメートル以下のナノ薄膜を厚み精度よく作製すること は、非常に困難であった。 一方、マイクロ化学プロセスに関連する分離技術、あるいは MEMS などの研究では、数 10 マイ クロメートルの領域での自己支持性の膜が不可欠であり、 ナノチューブ材料のガスの吸着制御に は、チューブ末端に蓋をする技術が要求されていた。しかしながら、ナノから数 10 マイクロメ ートルの幅広い領域で、一般的に利用できる薄膜製造技術は、見出せないでいた。 成果の内容 本研究は、いわゆるシャボン膜が、穴の大きさに関わらず、均一な厚みの薄膜を形成すること に着目し、このような現象をナノからマイクロメートル領域で自己支持性の薄膜を作製する技術 として展開することを試みた。通常のシャボン膜は、薄い水の層によって安定化されており、こ れが乾燥することで消滅する。事実、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)などのアニオン性界面 活性剤、あるいはオリゴエチレングリコール基をもつノニオン性界面活性剤では、親水部が水和 されていることが、泡膜の安定化の決定的な要因であった。 今回の研究成果は、アンモニウム基を親水部にもつ界面活性剤や双生イオン型界面活性剤では、 少なくとも数マイクロメートルの領域では、乾燥しても壊れないシャボン膜(乾燥泡膜)が得ら れることが世界で始めて発見されたことである。この発見は、 「シャボン膜は水無しには存在で きない」という従来の常識を打ち破るものであり、このような薄膜が実在することが示されたこ と自体、極めて画期的な発見となった。さらに、本発見で得られる自己支持性のナノ薄膜は、膜 厚が数ナノメートルであり、従来の技術的な限界を大きく上回っている。 2 波及効果と今後の展開 乾燥泡膜の発見は、サイズや形状に左右されることなく、自己支持性のナノ薄膜を1段階のプ ロセスで作製することを可能にし、幅広い応用研究につながることが期待される。特に、高真空 下で 150℃以上の温度で安定なナノ薄膜は、CVD 法や8)スパッタリング法9)と組み合わせること で、金属や酸化物からなる究極の厚みのナノ薄膜作製を可能にする。その結果、水素や酸素など を選択的に透過するナノ分離膜の開発、あるいはセンサーの開発などに大きく貢献するであろう。 また、シャボン膜の形成は、リソグラフィーで作製したパターン、あるいはマイクロ流路内での 薄膜形成にも応用できるであろう。さらに、このナノ薄膜中には、タンパク質などのバイオ高分 子、触媒なナノ粒子などを組織化することができ、マイクロ化学システムや MEMS など幅広い応 用につながるものと考えられる。 問い合わせ先: 〒305-0047 茨城県つくば市千現1−2−1 独立行政法人物質・材料研究機構 広報室 TEL:029-859-2026 研究内容に関すること: 独立行政法人物質・材料研究機構 物質研究所 高分子性酸化物グループ アソシエートディレクター 一ノ瀬 泉(いちのせ いずみ) TEL: 029-851-3354(内線 8326) FAX::029-852-7449 E-mail:[email protected] 3 用語解説 1)泡膜: 石鹸水や台所用の合成洗剤から得られるシャボン玉(バブル)は、表面が界面活性分子 で覆われた薄い水の膜からできている。このような膜が穴の開いたフレームの中に形成さ れたものを泡膜(Foam Film)という。 2)界面活性分子: 一つの分子の中に水になじみやすい部分(親水性基)と水になじみにくい部分(疎水性 基)をもつ分子であり、洗剤などの主成分である。バブルを形成したり、油を水の中に溶 かし込んだりする性質がある。 3)黒膜: 泡膜の厚みが光の波長の4分の1程度になると、光の反射量が少なくなり、泡膜は黒く 見える。このような膜は、黒膜(Black Film)と呼ばれる。 4)グリーンプロセス: 薬品やガスなどの化学物質を削減し、総合的な環境負荷低減に寄与するプロセス。膜分 離はその重要な要素技術となる。 5)マイクロ化学プロセス技術: 超微細加工技術などによって作られた幅数百マイクロメートル以下のマイクロ空間を利 用して化学反応などが行われることを基本とする化学システム。化学反応の効率化、高速 化、省エネルギー化などの利点がある。 6)MEMS: マイクロ・エレクトロ・メカニカル・システム(微小電子機械システム)の略。一般に は、半導体微細加工技術を用いて、機械、電子、光、化学などの様々な機能を集積したシ ステムの総称。しばしば、マイクロマシンとも呼ばれる。 7)Layer-by-Layer 法: 分子厚みのナノ薄膜を一層ずつ積み重ねて機能性薄膜を製造する方法。90 年代の半ばか ら、従来の LB 法に代わる新しい方法として、活発に研究されるようになった。 8)CVD 法: Chemical Vapor Deposition の略で、化学蒸着法といわれる薄膜製造手法。IC 等の製造 工程で、基板上にシリコンなどの薄膜を作る手法として用いられる。 4 9)スパッタリング法: 加速されたイオンをターゲット(固体)に照射すると、ターゲット表面の原子・分子が 外部に放出される。このスパッタ蒸気をウエハーやガラスなどの基板上に付着させて薄膜 を形成する方法。 10)Newton Black Film: 黒膜の間の水の層が更に薄くなり、表面を覆う界面活性分子の2つの層の間の静電反発 により安定化しているものを Common Black Film という。一方、主に界面活性分子の2つ の層の間の立体反発により安定化しているものを Newton Black Film という。Newton Black Film の水の層の厚みは、数ナノメートルに過ぎない。このような膜は、シールドされた容 器の中でのみ作製でき、大気に曝すと直ぐに消滅する。飽和水蒸気圧に保った容器中での Newton Black Film の寿命は、1日程度である。 5 乾燥泡膜の発見 乾燥泡膜 (DFFs) は、高真空下で安定な 自己支持性の二分子膜である。 シャボン玉(球状の泡膜)が乾燥する過程で、黒い穴のよう な黒膜が形成される。 乾燥泡膜のSEM像 黒膜が、6ナノメートル程度に薄膜化したものは、Newton Black Filmsと言われる。 今回の研究では、Newton Black Filmsから水を完全に取 り除いても、膜としての形態を維持する乾燥泡膜 (Dried Foam Films) が世界で始めて発見された。 100 nm A B C D シャボン玉の上部の黒い部分が黒膜である。 Angew Chem, 2005 in press