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家畜ふん尿メタン発酵のシミュレーションに関する研究の紹介

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家畜ふん尿メタン発酵のシミュレーションに関する研究の紹介
解 説
家畜ふん尿メタン発酵のシミュレーションに関する研究の紹介
中村
1.はじめに
和正*
原料の量の変更や質の変化に引き続く期間、発酵槽
家畜ふん尿を嫌気性発酵させるとメタンガスを含む
保温系のトラブルによる発酵温度の変化に引き続く
バイオガスが発生する。バイオガスの発生量やメタン
期間などがある。定常状態が崩れ、メタン発酵を構
ガス濃度は家畜の種類によって異なり、また同じ種類
成する個々の反応が経時的に変化するような過渡的
の家畜であっても飼料条件などによって差がある。さ
期間に対しては、非定常モデルが適用される。非定
らに、全く同じふん尿であっても、発酵槽へ投入する
常のシミュレーションを活用すると、発酵をスムー
際の有機物(VS)濃度や槽内での滞留時間、発酵温
ズに立ち上げるための原料の投入手順の検討、発酵
度が異なると、発生するガスの量・質が変化する。家
槽管理条件の急変が発酵を停止させるか否かの予
畜ふん尿の嫌気性発酵をモデル化する試みは1
970年代
測、順調な発酵が不安定になり停止にいたるまでの
から盛んになり、発酵現象の微生物学的研究の進捗と
メカニズムの再現、および維持管理でモニタリング
ともにモデルの精度が向上してきた。
すべき指標の抽出などが可能である。
本解説では、家畜ふん尿のメタン発酵の非定常モデ
ル化研究の推進者の1人である D. T. Hill と彼の共同
3.Hill の研究が始まった頃(1
970年代後半)までの
研究者の論文を中心に、非定常シミュレーションに重
研究レベルと研究ニーズ
点を置いて研究の流れを追い、モデルに何ができるの
かを解説する。
1980年に ASAE(American Society of Agricultural
Engineers)が、第4回家畜ふん尿に関する国際シン
ポジウムを開催した。この会議において、te Boekhorst
2.モデル化の目的
ら(1981)は嫌気性発酵シミュレーションモデルの研
一般に現象のモデル化の目的は、シミュレーション
究現状の総括を行った。彼らの発表内容を参考にする
である。家畜ふん尿のメタン発酵のモデルは、大きく
と、当時の研究の到達レベルおよびさらなる研究ニー
分けて次のような2種類のシミュレーションを目的と
ズは次のようにまとめられる。
する。
1)1980年当時、コンピュータシミュレーションによ
1)メタン発生量のシミュレーション
家畜の種類、原料の VS 濃度、発酵温度、滞留日
現が待たれていた。しかし、メタン発酵に関する基
数の4条件を入力データとしてメタン発生量を予測
礎的知見が解明されていなかったために正確な数理
する。この場合には、発酵が定常と見なせる状態で
モデルが存在せず、発酵の一般的傾向を予測する程
のメタン発生量の予測が必要とされるから、発酵の
度のモデルしかなかった。
経時的変化を考慮しない定常モデルが使われる。計
2)微生物が関わる反応の既存モデルのほとんどが、
画・設計段階では、各種条件の組み合わせに対応す
単純な基質を均質な菌群が消費して増殖する場合に
るバイオガス発生量の予測が可能であり、発酵に必
しか適用できないものであり、家畜ふん尿の嫌気性
要なエネルギーを差し引いた正味のエネルギー発生
発酵のように複合的な基質を多様な菌群が消費する
量を最大とするプラント設計や現地へのプラントの
ような現象に適用できるものがなかった。
フィージビリティーの検討をシミュレーションが支
援する。
2)過渡的現象のシミュレーション
4
6
り発酵状況を精度よく予測できる非定常モデルの出
3)個々の細菌の増殖を表現する挙動式は、Monod
の式やこれを改良した Chen and Hashimoto
(197
9)
の式、Andrews(1968)の式、Hill and Barth(197
7)
発酵槽を維持管理するとき、たびたび過渡的現象
の式などがあった。前2者では、イオン化していな
に遭遇する。たとえば発酵槽の立ち上げ期間や投入
い揮発性酸やアンモニアによる細菌増殖の阻害を考
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慮する係数を含んでいない。しかし、Andrews の
消費して増殖する場合の細菌の挙動式が必要である
式では揮発性酸による阻害を考慮できるようにな
と認識されていた。
り、さらに Hill and Barth ではアンモニアによる阻
害も考慮できるようになった。これらの式は以下の
とおりであり、また Monod の関数は図−1のよう
なグラフになる。
Monod の関数の式
!#"$)
!"
&!)
Hill and Barth の式
!"
!#"$
&! *(# '$"
!! !
!
&% &%
)
!
ここで、!:細菌の単位増殖率(1/day)
!#"$:細菌の最大増殖率(1/day)
S:基質濃度(g/!)
&!:half−velocity 定数(g/!)
図−2
Hill による初期のモデルで想定していたメタ
ン発酵の全体像
(Hill and Barth,
1
9
7
7をもとに作成)
*(#:揮発性有機酸の濃度(g/!)
'$":アンモニア濃度(g/!)
&%
:VOA の増殖阻害係数(g/!)
&%
!:アンモニアの増殖阻害係数(g/!)
4.Hill による定常シミュレーション
本解説では非定常シミュレーションの解説に重点を
置くが、Hill が行ったメタン発酵の定常シミュレーシ
ョンについても、ここで簡単に紹介しておく。
Hill(19
82、1
982a)は、肉 牛・乳 牛・豚・鶏 の4
種の家畜ふん尿を対象として、Chen and Hashimoto
の式に与える条件(発酵温度、投入原料の VS 濃度、
滞留時間)を種々に変えて、メタン発生量を比較した。
彼は、メタン発生量を評価指標とする場合、発酵槽管
理の諸条件最適化の目標として、①発酵槽の単位有効
容積当たりのメタン発生量を最大とする、②1日当た
図−1
Monod の関数のグラフ
(Hill and Nordstedt(1
9
8
0)を改変)
half−velocity 定数はメタン発酵の非定常モ
デルに頻繁に登場する。
りのメタン発生量を最大とする(この場合発酵槽は大
きくなる)の2通りが考えられ、両者で設計した発酵
槽では1日当たりのメタン発生量は大きく異なること
を示した。また、発酵温度を高温域にすると滞留時間
を短縮することができるが、この場合には難分解性の
4)19
7
0年代後半時点までの生物的反応過程の研究に
有機物は分解されないため、中温域で時間をかけて発
より、家畜ふん尿のメタン発酵は図−2のように酸
酵させた場合よりも合計のメタン発生量は小さくなる
生成菌とメタン生成菌の2種の細菌による反応から
ことがあると述べている。
構成されると認識されていた。また一方では、これ
Hill は、これらの論文を発表したのち、しばらくの
らの細菌の作用の中間にも反応があることを暗示す
間は定常シミュレーションに関して発表していないよ
る実験結果が徐々に報告され始めていた。しかし、
うであるが、非定常シミュレーションの研究論文を多
この中間段階の反応に密接に関連する H2の分圧測
数発表したのちに再びメタン発生量予測式を提案して
定が不可能であったため、モデル化では発酵を2段
いる(Hill,
1991)。彼は、「家畜ふん尿のメタン発酵
階に区分するしかなかった。
における研究は、基本的諸元調査に始まって、発酵の
5)研究の進むべき方向(ニーズ)として、嫌気性発
機器に関する研究に移り、その後はコンピュータによ
酵過程の内部を探るような微生物学的研究を推進
る計算を要するような数学的予測モデルの開発にい
し、家畜ふん尿のような複雑な基質を多様な菌群が
たった。現在(論文執筆時)はコンピュータではなく
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7
電卓で素早く正確に計算できる簡単なメタン発生量予
ュレーション事例の紹介などを行った。
測式の必要性が高まっている。
」として、次のような
1980年代はじめ頃までは高精度の非定常シミュレー
定常状態の中温発酵におけるメタン発生量予測式を提
ションを行うのに多数のパラメータが必要であり、入
案した。
力条件の簡便化が望まれていた。そこで Hill(1983)
は、投入ふん尿の VS から細菌が利用できる揮発性物
##!
!
$
&$(
!
!
$"&)&(&
'!$%
"
!
!
#
""'
"
#
!
%
$)
$
質への変換過程を、家畜種類別のふん尿の「生物分解
性定数」と「酸定数」を用いて計算できるようにした。
ここで、#:発酵槽の単位有効容積あたりの日メタン
発生量(!CH4/!−Day)
揮発性物質に変換されたのちの発酵過程は全ての家畜
種類で本質的な差がないはずだという考え方に基づ
A:VS の分解率の最大値
き、全ての家畜種に共通のパラメータで細菌の増殖・
$:有 機 物 の 負 荷 量(VS 投 入 量
(g)
/!−
増殖阻害・死滅をモデル化した。この研究では、他の
Day)
B:ストレス指標(メタン発生量指標 I が0.
5
になる $の値)
なお、A と B の定数は表−1の通りである。
文献にある24ケースの実験データを用いて、新たなモ
デルに必要なパラメータの最適値を決定した。また細
菌の死滅速度を単位増殖速度の最大値の0.
1倍の定数
とおいて、発酵槽からの細菌の流亡に起因する発酵停
止を生じないための必要滞留日数が示された。
表−1
メタン発生量予測式の A,B 定数
ここで、生物分解性定数や酸定数について説明を加
えておく(図−3)。投入原料中の有機物に占める生
物分解性有機物の割合が生物分解性定数 B0である。B0
は、発酵槽内での滞留時間を無限大と想定したときの
生物分解性有機物(BVS)を原料中の有機物で除して
求める。BVS のうちで、細菌の基質である揮発性脂
肪酸(VFA)になるものの割合が酸定数 AF である。
5.Hill による初期の非定常モデル
家畜ふん尿以外の廃棄物を用いた非定常シミュレー
これらの定数の推奨値は何度か改訂されているので、
Hill(1985)に示されている値を表−2に示す。
ションは Andrews and Graef(1
97
1)が先駆的に行っ
ているが、発酵槽中での家畜ふん尿の嫌気性発酵の非
投入原料中の有機物(VS)
定常モデル化は、Hill and Barth(1
97
7)に始まる。
生物分解性定数 B0
彼らは、発酵槽内の反応状態は厳密には定常状態では
ないから、それまでに開発されていた定常モデルはあ
生物分解性有機物(BVS)
まり有用ではなく、発酵停止にいたる不安定な反応過
酸定数 AF
程を再現するような非定常モデルこそが必要であると
述べている。この当時は、先述のとおり、家畜ふん尿
揮発性脂肪酸(VFA)
のメタン発酵に関わる細菌が2種類である(図−2)
と考えたモデル化がなされていた。本解説では、2種
図−3
生分解性定数と酸定数
類の細菌を考慮していた時期のモデルを初期のモデル
と呼ぶことにする。初期のモデルに関しては、Hill and
Nordstedt(1
9
80)
、Hill(1
98
3)、Hill ら(1
9
83)の 論
表−2
ふん尿種類ごとの B0と AF
文が発表された。
まず Hill and Nordstedt(1
98
0)は、プラグフロー
型および完全混合型のそれぞれの発酵槽における内部
の濃度の理論的説明、微生物が関わる反応の古典的数
式表現である Monod 関数の解説、ラグーンおよび嫌
気性発酵槽での反応のモデル化、さらに発酵槽モデル
での立ち上げ時の段階的負荷の重要性を確認するシミ
4
8
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ここまでの研究でモデルの検証に使われていたデー
であるという成果は細菌の消長の再現精度を大いに高
タは、連続投入の発酵槽において定常と見なせるよう
めた。また、連続投入発酵槽に対してもこの成果を反
な発酵状態で記録されたものであった。連続投入の場
映することで過渡現象の再現性が向上した。
合には消化液も連続して流出するから、これと同時に
細菌も槽外に流亡する。それゆえ過去の実験データを
用いる場合には発酵槽内の細菌量の減少を流亡による
6.微生物学分野の研究進展と非定常モデル研究の展開
(1) 発酵に関連する菌群の追加
ものと死滅によるものに区分できず、やむを得ず上述
1970年代後半から80年頃にかけて微生物学分野の研
のように細菌の死滅速度を単位増殖速度の最大値の
究が進み、有機物のメタン発酵には図−4に示すよう
0.
1倍の定数として計算していた。このようなやり方
な4種類の細菌群が関わっていることが明らかになっ
でも、連続投入の発酵槽を対象とする限りは、非定常
た。Hill(1982b)は、個々の細菌群の増殖・死滅を
シミュレーションによるガス発生量は十分な再現性を
表す式の形は改変せずに、モデルの骨組みだけを図−
持っていた。ところが、半回分方式の発酵でのガス発
4に則って再構築し、他の文献から収集した16ケース
生量や酸濃度をこのモデルでシミュレーションしたと
の実験例を用いて、改良後のモデルが高い精度でメタ
ころ、実測値と計算値が1桁も異なった。ここでいう
ン発生量を予測できることを確認した。なお、このモ
半回分方式とは、発酵槽の2
0∼3
0%だけに種菌を入れ
デルへの入力条件は、①家畜の種類、②投入原料の VS
た状態から毎日ふん尿を投入し、槽内が満たされたの
濃度、③発酵温度、④滞留時間である。さらに、この
ちに消化液を取り出し、再び種菌だけの状態に戻すと
モデルを用いて、定常状態にある発酵から滞留時間を
いう一連の作業の繰り返しによる発酵である。
徐々に短縮して発酵停止にいたるまでの現象の非定常
これに対して Hill ら(1
9
8
3)は、細菌の死滅速度
を揮発性脂肪酸(VFA)濃度の関数として表現し、半
シミュレーションを行い、中温発酵および高温発酵で
の必要最短滞留時間や許容最大負荷強度を示した。
回分方式の発酵へも適用できるモデルを得た。半回分
ところで、図−4によると低級脂肪酸分解菌はプロ
方式では消化液が取り出されない期間中は槽外への細
ピオン酸と酪酸を基質として消費する。シミュレーシ
菌の流亡はなく、発酵槽内の細菌数の減少は死滅だけ
ョンを行うにあたって、これら2つの基質がある場合
によるものであるから、死滅速度が定数ではなく関数
にこの細菌がどのような割合で消費するのか(以下で
図−4
修正されたメタン発酵の全体像(Hill、1
9
8
2b をもとに作成)
図中の百分率は反応による生成物の由来の割合を示す。
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4
9
はデュアル基質問題と記す)を想定する必要がある。
増大やガス発生量の低下よりも7日間先行してイソ酪
ヒトで例えれば、カレーライスとかけそばが目の前に
酸やイソ吉草酸の濃度が上昇するからこれらのモニタ
あるとき、どういうペースで食べわけるだろうかとい
リングが嫌気性発酵の発酵停止の予測・防止の有効な
うことである。Hill(1
98
2b)は、この時点でデュア
ツールとなりうること、が明らかにされた。
ル基質問題に関する微生物学的知見がなかったため、
このような成果を受け Hill and Cobb(1983)では、
やむを得ず低級脂肪酸分解菌の増殖のために消費され
非定常モデルがさらに改良された。すなわち、従前の
た基質量の合計をその時点で残っている2つの基質量
モデルにおいて濃度を計算していた VFA のうち最も
の比に従って分配するという計算をしていた。
分子の大きかったものは酪酸(C3H7COOH)であっ
たが、新たなモデルでは吉草酸(C4H9COOH)も扱
(2) 発酵停止予測のための揮発性脂肪酸(VFA)濃
度の再現
うように改良された。このとき低級脂肪酸分解菌は3
種の基質(プロピオン酸、酪酸、吉草酸)を消費する
メタン発酵が不安定であったり停止したりすること
ことになるから、この改良はトリプル基質問題の計算
は、図−4に示されている反応のうちのいくつかが進
式の組み込みを意味する。また、発酵停止の予兆の予
まなくなっていることを意味する。いずれかの反応の
測能力を向上させるために、酪酸と吉草酸のそれぞれ
速度が低下すると、その反応に関わる基質と生成物の
でイソ体とノルマル体を区分して計算できるような改
発酵槽内における量が変化する。たとえば、酢酸濃度
良もなされた。改良後のモデルは、発酵停止にいたる
の上昇はメタン生成菌の活動の低下を暗示する。1
970
VFA 濃度の変化をよく再現するとともに、メタン発
年代から、発酵が停止する場合に酢酸やプロピオン酸
生量や VS の変化の再現性も向上させた。このモデル
などの VFA の濃度が変化するといった現象の観察が
によるシミュレーションで、発酵状況の解釈や停止に
報告されるようになった。Hill ら(1
9
87)は、既往の
いたる発酵過程の理解が進んだ。
文献データを収集・整理するとともに実験を行い、酢
酸濃度>8
0
0mg/!あるいはプロピオン酸濃度と酢酸
濃度の比(P/A 比)>1.
4であれば発酵が停止しつつ
あると判断できることを指摘した。
(3) 発酵が定常状態になるまでのシミュレーション
実プラントにおいて発酵槽内を厳密に定常状態に維
持管理する必要はない。しかし、研究・設計・技術開
現象の観察によるこれらの成果をきっかけとして、
発の面からは、ある時に取得したデータが定常状態に
非定常シミュレーションの研究は各 VFA 濃度の変化
おけるものであるか否かが重要である。ガス発生量な
の再現性向上へとむかった。この方向に研究を進める
どから一見定常状態のようにみえる場合でも、発酵を
ためには、デュアル基質問題の解決が必要であった。
構成する個々の反応は必ずしも定常状態であるとは限
Hill and Bolte(1
98
7)は、Yoon ら(1
97
7)の提案し
らない。このような過渡状態のデータを定常状態の
たデュアル基質挙動式をモデルに取り込んで VFA 濃
データとして取り扱うと、分析結果に誤差が持ち込ま
度の予測精度を向上させ、順調な発酵が停止にいたる
れる。
までをシミュレーションし、自分たち自身で見いだし
Cobb and Hill(1990)は、窒素比 NR(投入原料と
た上述の発酵崩壊時の VFA 濃度変化の持つ意味を確
消 化 液 の 全 ケ ル ダ ー ル 態 窒 素 濃 度 の 比、TKNIN/
認した。また、
デュアル基質挙動式の組み込みにより、
TKNOUT)が発酵槽内の定常性の指標となるとの仮説
メタン発生量の再現性も改善されたと述べている。さ
をたてた。Hill and Cobb(19
96)は非定常モデルを
らに、このモデルの係数調整の結果から、低級脂肪酸
改良し、NR を求めるのに必要な全ケルダール窒素、
分解菌が他の3種の菌に比べて VFA やアンモニアに
アンモニア態窒素、有機態窒素を計算できるように
よる増殖阻害を受けやすいことを明らかにし、実現象
し、改良後のモデルを検証したあと数値実験を行っ
で観察された発酵崩壊時の P/A 比の上昇が低級脂肪
た。シミュレーションは、20日間にわたる段階的負荷
酸分解菌の増殖阻害に起因するプロピオン酸濃度の上
量増大による立ち上げ後、投入原料の VS 濃度を9
0g/
昇を意味するとも述べている。
!、滞留日数10日間、発酵温度35℃の条件を55日間続
その後、Hill と彼の共同研究者である Cobb の実験
けるという想定で、合計75日間の現象に対して行われ
的研究によって、①嫌気性発酵においては炭素原子を
た。その結果、①メタン発生量、②単位 VS 分解量あ
2∼5個持っている VFA の相互変換が重要な役割を
たりのメタン発生量、③ VS 減少量、を指標とすると
持っていること、②停止にいたる発酵では P/A 比の
30日目(立ち上げ完了の10日後)までに発酵が定常状
5
0
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態になったようにみえるものの、槽内の細菌量の増大
WPCF,49
(10),21292
- 143.
や有機態窒素の減少は7
0日目頃まで継続し、3
0日目で
Hill, D. T. and R. A. Nordstedt. 1980. Modeling tech-
は定常状態に至っていないことが示された。細菌量や
niques and computer simulation of agricultural
有機態窒素の変化がおさまって定常状態に至ったか否
waste treatment process. Agricultural Wastes, 2, 135
かは、NR によって判定できると結論づけている。
1
- 56.
Hill, D. T. 1982. Design of digestion system for maxi-
7.非定常シミュレーションに必要な入力データ
Hill と彼の共同研究者が開発した非定常モデルを
mum methane production. Transactions of the
ASAE,25
(1),2262
- 36.
使ってシミュレーションを行う場合、最低限必要な条
Hill, D. T.1982a. Optimum operation design criteria for
件はふん尿の種類(家畜の種類と飼養形態で示す)
、
anaerobic digestion of animal manure. Transactions
滞留時間、発酵温度、投入原料の VS 濃度である。
of the ASAE,25
(4),10291
- 032.
ふん尿中の複合的な有機物が生物分解可能な溶解性
Hill, D. T. 1982b. A comprehensive dynamic model for
有機物に分解されるまでの過程はふん尿の生物分解性
animal waste methanogenesis. Transactions of the
定数 B0と揮発性脂肪酸濃度を求めるための酸定数 AF
ASAE,25
(5)
,13741
- 380.
が必要であるが、過去の文献データから集約した推奨
Hill, D. T.1983. Simplified Monod kinetics of methane
値が表−2のように示されている。一般的なメタン発
fermentation of animal wastes. Agricultural Wastes,
酵の理解や発酵停止に至った実例の原因概定などのた
5, 1-16.
めのシミュレーションであれば、この推奨値が利用可
Hill, D. T., E. W. Tollner, and R. D. Holmberg. 198
3.
能であろう。実プラントに対して、発酵立ち上げ計画
The kinetics of inhibition in methane fermentation
を立案する場合や、原料投入方法や発酵温度などの維
of swine manure. Agricultural Wastes,5,1051
- 23.
持管理方法の変更が発酵停止を招かないことを確認し
Hill, D. T. 1985. Practical and theoretical aspects of
たい場合には、実際に投入される原料の生物分解性定
engineering modeling of anaerobic digestion for
数と酸定数を室内試験等で確認するべきであろう。
livestock waste utilization systems. Transactions of
the ASAE,28
(2),5996
- 05.
参
考
文
献
Hill, D. T., S. A. Cobb and J. P. Bolte. 1987. Using
Andrews, J. F.1
9
68. A mathematical model for the con-
volatile fatty acid relationships to predict anaerobic
tinuous cultivation of micro-organisms utilizing in-
digester failure. Transactions of the ASAE, 3
0
(2),
hibitory substrates. Biotechnology and Bioengineer-
4965
- 01.
ing,1
0,7
0
7
Hill, D. T. and J. P. Bolte. 1987. Modeling fatty acid
Andrews, J. F. and S. P. Graef. 1
9
7
1. Dynamic modeling and simulation of the anaerobic digestion proc-
relationships in animal waste anaerobic digesters.
Transactions of the ASAE,30
(2)
,5025
- 08.
ess. In : Anaerobic biological treatment process. Ad-
Hill, D. T. 1991. Steady-state methophilic design equa-
vances in chemistry series. Washington, DC, Ameri-
tions for methane production from livestock wastes.
can Chemical Society.
Transactions of the ASAE,34
(5),21572
- 163.
Cobb S. A. and D. T. Hill. 1
9
90. Using nitrogen ratio
Hill, D. T. and S. A. Cobb. 1993. Modeling predictive
as an indicator of biomass retention and steady-state
indicators in animal waste methanogenesis. Transac-
in anaerobic fermentation. Transactions of the ASAE
tions of the ASAE,36
(3),8798
- 85.
33
(1):2
2
32
-2
7,23
1.
Hill, D. T. and S. A. Cobb. 1996. Simulation of process
Hashimoto, A. G., Y. R. Chen, and V. H. Varel. 1981.
Theoretical aspects of methane production : state-of-
steady-state in livestock waste methanogenesis.
Transactions of the ASAE,39
(2)
,5655
- 73.
the-art. In : Livestock waste : A renewable resource,
te Boekhorst, R. H., J. R. Ogilvie and J. Pos. 19
81. An
R. J. Smith, ed. ASAE Publication No.28
- 1.pp. 869
- 1.
overview of current simulation models of an anaero-
ASAE, St. Joseph, MI4
90
8
5
bic digester. In : Livestock waste : A renewable re-
Hill, D. T. and C. L. Barth.1
9
7
7. A fundamental model
for simulation of animal waste digestion. Journal
北海道開発土木研究所月報
!5
9
3 2
0
0
2年1
0月
source, R. J. Smith, ed. ASAE Publication No.28
- 1.
pp.1051
- 08. ASAE, St. Joseph, MI49085
5
1
Yoon, Y., G. Klinzing, and H. W. Blanch. 19
77. Competition for mixed substrates by microbial popula-
中村
tions. Biotechnology and Bioengineering, 1
9, 1
19
31210.
和正*
北海道開発土木研究所
農業開発部
農業土木研究室
主任研究員
博士(農学)
5
2
北海道開発土木研究所月報 !5
93 2002年10月
Fly UP