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2010年代の国際環境と日本の安全保障―パワー・シフト下における日本

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2010年代の国際環境と日本の安全保障―パワー・シフト下における日本
防衛戦略研究会議概要
防衛研究所ニュース
2012年8・9月号(通算168号)
防衛研究所では、1999 (平成 11) 年から政治、経済、社会、文化等、さまざまな要因に
配慮しつつ将来の世界の戦略環境を分析し、日本の防衛戦略構想を検討するため、
広く各界の安全保障問題に関する有識者からなる防衛戦略研究会議を開催しています。
平成 24 年 7 月 4 日(水)、グランドヒル市ヶ谷において、防衛戦略研究会議平成 24 年度第 1 回会議が
開催された。当日の会議では、「2010 年代の国際環境と日本の安全保障-パワー・シフト下における日本」
という共通テーマのもとに、山本吉宣委員及び中西寛委員による報告に引き続き、自由討議を行った。そ
の概要は以下の通りである。
1.第一報告
「2010 年代の国際政治環境と日本の安全保障-パワー・シフトの中の日本の安全保障」(山本吉宣委員)
国際政治の基本的な構造は 10 年程度のサイクルで変化している。1990 年以降をこの視点で見ると、冷戦
後の最初の 10 年のパートⅠが歴史、国家、安全保障等の「終焉の時代」、パートⅡが 9.11 のアルカイダ
に代表される国際テロの時代、パートⅢが、リーマン・ショック以降のアメリカの後退と中国の台頭により、
大国間の競争とイデオロギー対立が復活した時代であり、これを言い換えれば、パートⅠの「終焉の終焉」
とも言える時代である。日本が当面する安全保障問題はこのような国際システムの変化・構造に由来するこ
とになる。
パワー・トランジションは、①欧米から東アジアへの経済の中心の移行、②米国から中国への移行、の2
つの使われ方をしている。しかし前者については、産業革命以前を見れば、中国やインドのウエイトが大
きなものであり、産業革命によって欧米に大きく差をつけられたものであり、いまや中国(そしてインド)
が産業革命前のウエイトを占めようとしているという意味で、原状回帰(status quo ante)の現象を示し
ているということであろう。しかし、本発表では、米中間のパワー・トランジションに焦点を当てる。その
理由は、今後 5~10 年において米国の軍事費削減が続くのに対して、中国は軍事増強していること、その
結果対テロ戦争は継続する一方で、リアリズムの復活と大国間の競争が生起するであろうことからである。
総じていえば、中国だけではなく、先進国と新興国の間で多次元にわたる大調整の時代、あるいは協力と
競争関係が同時に起こる「協争の時代」が来る。
まず安全保障の次元では、単極から米中2極への傾向が強まる。とくにアジア太平洋地域において、こ
れまでは米国単極の状況であったが、今後は中国の GDP が米国と同程度になるように成長し、米国の競合
者として二極化してくるであろう。ハード面で中国の軍事力は整備されてくるが、中国の意図というソフ
ト面が今後の問題となる。中国の実質的な拡大の圧力と平和台頭論とが、今後数年は行きつ戻りつしよう。
米国においてはブッシュ政権中期以降から現在に至る過程をみると、対中政策がヘッジングからバランシ
ングへと変化した。いわゆるリバランシングである。一方中国では、封じ込められ症候群が見られ、安全
保障のジレンマ状況になっている。艦船の衝突防止などの信頼醸成、あるいは非伝統的安全保障における
協調が見られるものの、全体的には協調・協力よりも競争の面が強いように思われる。
経済の次元については冷戦期の米ソ間とは異なり、米中においては相互依存が深化して相互利益が重要
となって、安全保障上は緊張・競争があるが経済的には協調・協力するという、安全保障と経済のねじれ現
象が生じている。また、中国側は他国の自国への経済的依存度の高まりを政治力に転化しようとしている。
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2012年8・9月号(通算168号)
経済重視と安全保障重視との間で適切なバランスをとることが重要である。
規範、価値の次元についていえば、米国をはじめとする民主主義国と新興国との間には、政治経済体制
上の違いがあり、特に米中間ではこれが緊張の要因となっている。これが今のところそれほど顕在化して
いないのは、中国が絶対に妥協しない問題は外交交渉の場に持ち出さないという米オバマ政権の方針によ
るものである(ただ、最近のクリントン国務長官のモンゴルやアフリカにおける発言は、この傾向を転換
しているようである)。人権対国家主権、民主主義対権威主義、環境対開発、自由市場対国家資本主義と
いった対立軸に、2010 年代には大きな変化はないと思われるが、分野によっては徐々に変化していくこと
が予想され、日本のアイデンティティが問われている。
総じて言えば、今日の世界は様々な面で先進国と新興国との間には緊張・競争があるが、経済的には密接
に結び付き、協力し合わなければ立ち行かず、将来を見据えて新しい秩序を作って行かなければならない。
安全保障も経済も、新興国を国際的なルールに沿うようにしていく努力が肝要である。日本は米国と協調
して世界を安定化させていかなければならない。
現在の米国にとってのリアル・ナショナル・セキュリティは財政赤字であり、この点は日本も同様である。
財政赤字を減らさないと防衛費も増額できず、様々な面で問題が生じてくる。
2.第二報告
「2010 年代世界と日本外交の展望-歴史的視角から」(中西寛委員)
20 世紀の歴史的捉え方は2つある。一つは、1914 年の第 1 次世界大戦で始まり 1991 年のソ連崩壊・共
産主義イデオロギーの破綻までとする「短い 20 世紀」である。もう一つは、1898 年の米西戦争から 2008
年までの「長い 20 世紀」であり、ヨーロッパ帝国主義からアメリカの世紀への移行、そしてナショナリズ
ムと産業主義の非西欧世界への浸透を主眼とする。今日、2 つの 20 世紀の終わり、すなわちパックス・アメ
リカーナの台頭と後退の兆しが見られる。20 世紀を通じて世界の中心であった大西洋世界から今、太平洋
やインド洋、アフリカへと世界の中心が変わりつつあるように思われる。
現代世界の特徴としては、第一に、米国、EU、中国、インド等、古典的な意味における領域的主権国
民国家ではない「文明的大国」が世界に複数存在し、その文明観が時として相容れないということである。
第二に、西洋世界におけるポスト工業文明への移行と、非西洋世界における工業文明の普及拡大とが同時
に進行していることが挙げられる。中国、インドでは、最も効果的な兵器そしてエネルギーとして核兵器、
原発の開発が追求されているが、先進世界においては、福島を見るまでもなく、原発の障害、核抑止の説
得力の低下が見られる。
以上の背景を踏まえると、アジア太平洋は、3つの要素のクロス・セクションとして再構成できる。第
1に、世界政治における米国対中国、第2に、ポスト工業的な太平洋世界対工業化中心のアジア世界、第
3に、近代的非歴史的文明圏(米国)対古代的歴史的文明圏(中国)である。20 世紀は、米欧の大西洋世
界が世界を動かし、そこにアジアやその他の世界のメカニズムが連動する構図であったが、今後 10~20 年
程度は、アジア太平洋世界の構造に他の地域が連動していくということになり、これらのせめぎ合いが主
旋律となるのではないか。
そうした世界において日本はどのような位置を占めるのか。日本は、世界に自国の文明を拡げていくと
いうよりも、他国の優れた文明を巧みに取り入れて自らの国民国家を形成してきた点において「凹型文明」
というべき性質を有している。第1に、高坂正堯が 60 年代に展開した「海洋国家論」が、米中関係の構造
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が似ている今日有効ではないか。
日本は過去 10 年、グローバルなテロとの戦いの中での日米関係を設定し努力を継続して来たが、日本の
「英国化」には限界がある。我が国はまた、中国、北朝鮮、韓国と歴史問題を克服して密接な関係を持と
うと努力をしてきたが、こうした「隣交」にも限界がある。こうした経験から日本は今後、日米同盟の再
編とアジア太平洋安全保障アーキテキテクチャーの強化及び海洋・宇宙に関する包括的な戦略を形成し、結
果として東南アジア・太平洋諸国との協力を拡大させていくのが望ましい。中国、韓国、北朝鮮との間では、
実務的・限定的なエンゲージメントを続けていくことを追求する一方で、インド、ロシア、モンゴル等大陸
国との戦略的連携を進めていく図式となっていくのではないか。
第 2 に、工業化と脱工業化のせめぎ合いの中において、日本は「逆説的中心」と位置付けることもでき
る。例えば、オウム真理教は、ポストモダンとしての東洋思想、最先端技術の結合として誕生したのであ
り、ポストモダン性とアジア性の共存を示している。また日本は世界最大の債権国にして最大の国内債務
国でもある。
日本は、社会の急速なポストモダン化に国家が追い付いていない状態であり、2010 年代の日本にとって
の中核的脅威は、地域紛争や大規模災害などの外的ショックを契機とした財政金融構造のメルトダウンで
はないかと考えられる。
3.主な議論
<パワー・シフトの見方について>
○時代区分については、1905 年日露戦争から 1997 年の香港返還までの「東洋の反撃」の時代と、1997 年
以降の「アジア太平洋の時代」という分け方もでき、後者における日中のせめぎ合いという見方もできる
のではないか。
○米国から中国へのパワー・シフトは、決定論的な議論ではないか。米中の物理的パワーの比較を行った
論文(International Security 誌)によれば、米中の差は変わっていないし、ルール・メイキング・パワ
ーとしては、米国の方が圧倒的に大きい。今後、中国がどのような軍事的パワーをつけるのかを細かく見
る必要がある。
○今の世界を、山本委員の「冷戦後」と見るにせよ、中西委員の「20 世紀の終わり」と見るにせよ、議論
の本質は冷戦期と変わっていないのではないか。すなわち、「制度的パワー」である米国と「地政学的パ
ワー」であるソ連との対立が、冷戦後ソ連から中国に入れ替わっただけであり、安全保障システムに変化
はない。
○パワー・シフトの問題のほかに、非国家主体へのパワーの拡散をどう考えるのか、また、これまでパワ
ー・トランジッションの要因となっていた産業化に匹敵する新たな要素は何か、ということも検討する必
要がある。
<ポストモダン世界の見方について>
○2 つの発表は、産業化の延長で議論をしてよいのか、という問題提起であった。日本は、産業化、近代化
を追求してきたが、現在近代化のトップ・ランナーの地位は中国に奪われてしまった。ポストモダンの日
本はアジアで地理的に孤立しているように見える。
○公文俊平は、現代をポストモダンではなくラストモダン(近代末期)と捉えている。ここでは、社会は
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産業化から情報化へと変化しつつある。情報化社会の中で、我々は、エコノミックアニマルからソーシャ
ルアニマルへと変わってきていると考えられる。
<中国をどう見るか>
○中国は我々とは異なる規範・価値を有している。リーマン・ショックが、欧米の資本主義・民主主義国家
に様々な綻びを生起させた後、仮に中国の政治体制や経済政策が欧米のそれよりも高く評価されるように
なれば、中国が、規範、価値の大国となる可能性すらある。
○現在のところソーシャル・メディアを否定している人治主義の中国が将来真にソーシャル化した時には
大きなパワーを持つのではないか。
○中国は「ソーシャル・メディア」の神髄である人と人との「ネットワーク」を認容していない。今後のI
TU(国際電気通信連合)規約改正を見据えて中国はインターネットを管理する国の責任を主張し、国家
によるコントロールを求めているが、日本や英国等は反対の立場をとっている。
○モダンとポストモダンが混在する現代世界においては、我々はモダンにも備えなくてはならない。中国
は特に新しい事を行っている訳ではないが、モダンの社会の中では十分に大きな脅威となっている。モダ
ンの象徴である核、経済力をも無視はできない。
○中国は、その存在自体が世界に対する挑戦ともなる可能性があり、そうした状況下で日本は集団的自衛
権の問題に取り組む必要がある。政治的には動きが取りにくい状況であるが、国民の安全保障意識を向上
させていくのも政治家の使命である。
出席委員:渡邉昭夫(平和・安全保障研究所役員会副会長:議長)、秋山昌廣(東京財団理事長:主査)、
中西寛(京都大学大学院教授)、山本吉宣(PHP 研究顧問)、浅野亮(同志社大学大学院教授)、
梅本哲也(静岡県立大学教授)、小此木政夫(九州大学特任教授)、加藤洋一(朝日新聞編集
委員)、坂元一哉(大阪大学大学院教授)、島田敏男(NHK 解説委員)、添谷芳秀(慶応義塾
大学教授)、田所昌幸(慶應義塾大学教授)、土屋大洋(慶応義塾大学大学院教授)、土山實
男(青山学院大学副学長)、袴田茂樹(新潟県立大学教授)、細谷雄一(慶應義塾大学准教授)、
宮本雄二(外務省顧問)
防衛省側出席者:(防研)高見澤將林(所長)、金子譲(統括研究官)、坂口賀朗(政策研究部長)、吉
崎知典(理論研究部長)、片原栄一(地域研究部長)、庄司潤一郎(戦史研究センター
長)、竜嵜哲(企画部長)ほか
(内局)伊藤盛夫(審議官)、島田和久(防衛政策課長)ほか
※敬称略
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