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ゾンビ企業 - ISFJ日本政策学生会議
ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 ISFJ2010 2010 政策フォーラム発表論文 「ゾンビ企業」の再生と淘汰を 促す新税の導入1 慶應義塾大学 土居丈朗研究会 財政分科会 岡田拓之 後藤亜由美 永江兆徳 東芳彦 廣瀬絢子 2010 2010年12月 10年12月 1 本稿は、2010年12月11日、12日に開催される、ISFJ日本政策学生会議「政策フォーラム2010」の ために作成したものである。本稿の作成にあたっては、土居丈朗教授(慶應義塾大学)をはじめ、多くの方々から有 益且つ熱心なコメントを頂戴した。ここに記して感謝の意を表したい。しかしながら、本稿にあり得る誤り、主張の 一切の責任はいうまでもなく筆者たち個人に帰するものである。 1 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 ISFJ2010 2010 政策フォーラム発表論文 「ゾンビ企業」の再生と淘汰を 促す新税の導入 2010 2010年12月 10年12月 2 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 要約 本稿では、「失われた10年」と呼ばれたバブル崩壊後の経済停滞期に深刻な問題となったい わゆる「ゾンビ企業」が、世界金融危機などを背景に近年再びその数を増加させているという現 状分析に基づき、税制改革という観点からこの問題の解決策を模索する。Caballero, Hoshi, Kashyap(2006)によると、「ゾンビ企業」とは「債務超過で回復の見込みがないのにもかかわら ず、銀行の支援によって生きながらえている企業」と定義されており、経済・産業の生産性に対 し悪影響を与えるとされている。先行研究である Caballero, Hoshi, and Kashyap(2006)や、星 (2006)、中村・福田(2008)などでは「ゾンビ企業」が産業に及ぼす影響や、2000 年代前半に「ゾ ンビ企業」比率が改善した要因を検証するのにとどまっているのに対し、本稿では「ゾンビ企業」 問題を解決する政策的手段を模索している。 第1章では、バブル崩壊後の経済停滞期において深刻な問題となった「ゾンビ企業」が、近年 サブプライムローン問題を発端とする世界金融危機などを背景に再びその数を増加させている という仮説を立て、分析により実際に 2009 年度の「ゾンビ企業」比率は 12.75%(対象企業 2298 社中 293 社が該当)と高水準であったことを示した。本稿の「ゾンビ企業」の識別方法は、 「収 益性基準」と「金融支援基準」の 2 つの基準を用いている中村・福田(2008)の方法を用いて「ゾ ンビ企業」と識別を行っており、「ゾンビ企業」そのものの生産性の低さや雇用や市場の新陳新 陳代謝に及ぼす外部不経済の大きさから、解決策を模索する必要があると考える。 第2章では、小泉改造内閣で策定された「金融再生プログラム」による銀行に対する規制がゾ ンビ企業にどのような影響を与えたのかを考察した。金融再生プログラムにより不良債権問題の 解決、ガバナンス強化による銀行の体質改善、銀行の貸出の質的・量的な規制がなされた。その 結果として、銀行側には追い貸し行動は抑制され、借入総量が減少した企業の経営改善努力の必 要性は増した。しかしながら、貸出の抑制が間接的には「ゾンビ企業」に影響を与えたが、依然 として「ゾンビ企業」比率は高水準であるという現状を踏まえ、「ゾンビ企業」に対して直接的 に働きかける政策が必要である。 以上を踏まえ、第3章では、「ゾンビ企業」に直接的に効果を与えることができる制度として 「ゾンビ企業」税の導入を検討する。具体的な導入方法に関しては、当期末決算の財務状況で「ゾ ンビ企業」と判定された企業が、来期末決算においても「ゾンビ企業」としてあり続けた場合に、 その決算の財務指標に基づいて税を課すという仕組みをとる。また課税標準については、 「ゾン ビ企業」識別で用いた「中村・福田方式」における「収益性基準」をもとに設定し、企業の経営 努力の成果を反映できるようにする。「ゾンビ企業」税が「ゾンビ企業」に対して持つ効果とし ては、税負担回避のインセンティブによる健全化の促進、及び追加的な税負担による市場退出の 促進による新陳代謝効果の向上の 2 点が挙げられる。 以上より、第4章では、第3章までの議論を踏まえ政策提言を行う。 ―政策提言― -「ゾンビ企業」税の導入 「ゾンビ企業」の再生、もしくは淘汰を促すことを目的とする新税の導入。 3 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 目次 はじめに 第1章 「ゾンビ企業」の実態 第1節(1.1) 「ゾンビ企業」の認識 第1項 日本経済の景気低迷と「ゾンビ仮説」 第2項 「ゾンビ企業」とは 第3項 「ゾンビ企業」の発生と健全化 第4項 「ゾンビ企業」の現状 第2節(1.2) 「ゾンビ企業」による影響 第1項 「ゾンビ企業」の負の外部性 第2項 金融機関の支援とそれに伴う外部不経済 第3項 「ゾンビ企業」のTFP(全要素生産性)への影響 第3節(1.3)問題提起 第2章 金融改革による「ゾンビ企業」への影響 第1節(1.1)金融再生プログラムによる規制 第1項 不良債権処理問題 第2項 金融再生プログラムの立案 第2節(1.2)金融改革の考察と「ゾンビ企業」への影響 第3章 「ゾンビ企業」税の導入とその影響 第1節(1.1) 「ゾンビ企業」税の導入 第1項 「ゾンビ企業」税導入の目的と方向性 第2項 「ゾンビ企業」税の根拠 第3項 「ゾンビ企業」税の具体的な導入方法 第2節(1.2)分析方法 第1項 企業行動のマイクロシミュレーション(第1段階) 第2項 税率の設定・課税額・企業負担の分析(第2段階) 第3項 SAF2002 による倒産企業判別(第3段階) 第4項 TFP(全要素生産性)への影響(第4段階) 第3項(1.3)分析結果 第1項 費用削減のシミュレーション 第2項 課税額・企業負担の分析 第3項 SAF2002 による倒産企業判別 第4項 TFP(全要素生産性)への効果 第4節(1.4)税収の使途 第4章 政策提言 第 1 節(1.1)政策提言 第 2 節(1.2)新税がもたらす効果 第3節(1.3)政策提言における課題 4 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 第4節(1.4)政策実現に向けて 先行論文・参考文献・データ出典 5 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 はじめに 「ゾンビ」は、しばしば恐怖映画で「生きながらえる死体」や「邪悪なもの」の象徴とされて いるが、元来はアフリカ南部の「ンゾンビ」という全知全能の神であった。貧しい人々を世話し 正しく慈悲深いとされていた「ンゾンビ」は、いつしか奴隷達によって中米・西インド諸島に伝 わる過程で「ゾンビ」へ変化し、 「不思議な力を持つもの」から「妖怪」へと人々の認識は変わ ってしまった。 経済学においても「ゾンビ」という概念が存在する。Caballero, Hoshi, Kashyap(2006)によ ると、 「ゾンビ企業」とは「債務超過で回復の見込みがないのにもかかわらず、追い貸しや金利 減免などの銀行の支援によって生きながらえている、非生産的な企業」と定義されている。「ゾ ンビ企業」の存在は市場の混雑を招き、優良企業の健全な事業活動を妨げ、悪影響を及ぼすこと が分かっている。また、市場における企業の参入・退出も阻害するため市場における新陳代謝が 鈍ることになり、結果的に産業全体の生産性も落ちることとなる。 90年代、バブル崩壊後の景気低迷の際に問題視されていた「ゾンビ企業」は、2000 年代に 入り改善に向かい、事態は収束したかに思われた。しかしながら、サブプライムローン問題を発 端とする世界金融危機を発端に「ゾンビ企業」比率が近年再び増加したのではないかとの仮説の もと検証を行い、結果として「ゾンビ企業」比率が未だに高水準であることが明らかになった。 まさに不死者の如く、 「ゾンビ企業」は蘇ったのである。 本稿ではこのような状況を踏まえ、小泉政権下に取り行われた金融再生プログラムが「ゾンビ 企業」やいわゆる「追い貸し」に与えた効果を検証しつつ、「ゾンビ企業」比率の削減に有効な 政策のあり方を模索する。 6 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 第1章「ゾンビ企業」の実態 第 1 節「ゾンビ企業」の認識 第1項 日本経済の景気低迷と「ゾンビ仮説」 (1)1990 年代の日本経済の景気低迷 バブル崩壊後の 1990 年代末から 2000 年代初頭、いわゆる「失われた10年」において日 本は深刻な金融危機に直面し、史上最長の不景気を経験することとなった。図 1 は、日本の 経済成長率の推移を示している。 ここで経済成長を表す指標としては GDP 成長率を用いてい る。その経済成長率の水準から日本経済は 3 つの期間に大別することができ、図中の左から 順に高度成長期、安定成長期、低成長期と位置付けられる。特にバブル崩壊後から近年まで の経済成長は年平均約 1%程度と低水準で推移している。 (図 1)日本の経済成長率の変遷 )日本の経済成長率の変遷 データ出典:内閣府 SNA サイト1 1 年度ベース。93SNA 連鎖方式推計(80 年度以前は 63SNA ベース『平成 12 年版国民経済計算年報』)。2010 年 4-6 月期2次速報値<2010 年 9 月 10 日公表>。平均は各年度数値の単純平均。(資料)内閣府 SNA サイト 7 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 (2)「ゾンビ仮説」 (2)「ゾンビ仮説」 以上のような「失われた10年」の長期低迷の背景として、銀行セクターの不良債権問題 が挙げられるが、最近の研究ではそれに付随しいわゆる「ゾンビ企業」を存続させたことが 経済の回復を大きく遅らせたという事実が明らかになった。つまり、不 良 債 権 問 題 の 表 面化を恐れる銀行が再建の見込みの低い企業に対し不合理な追加的融資をした り、低利で融資を続けたりすることで延命を図り、生産性の低い企業が残存す る こ と に よ っ て 生産性の高い企業が参入できず、こ れ が 日 本 経 済 を 低 迷 さ せ て い る と い う 議 論 で あ る 。こ の「 ゾ ン ビ 仮 説 」は マ サ チ ュ - セ ッ ツ 工 科 大 学 の R.Caballero らによって提唱された。 この「 ゾ ン ビ 仮 説 」の 真 偽 を検証している先行研究では、 「追い貸し」や「ゾンビ企業」 の定義や発生原因の捉え方に違いが見られるものの、 大筋としては仮説を支持する結果を得 たものが多い。中でもCaballero, Hoshi, and Kashyap(2006)は、上場企業データから「ゾ ンビ企業」を個別に特定して、負の外部性の存在をより直接的な形で明らかにした。 第 2 項 か ら 第 4項 に か け て 、「 ゾ ン ビ 企 業 」 と は 何 か 、 定 義 や 現 状 に つ い て 述 べ 、 第 2 節ではそれら「ゾンビ企業」が外部にもたらす影響について考察する。 第2項 「ゾンビ企業」とは (1)「ゾンビ企業」とは (1)「ゾンビ企業」とは 第1節で述べたように、「失われた10年」において問題視されるようになった非生産的 な企業は「ゾンビ企業」と呼ばれている。そもそも「ゾンビ」とは『広辞苑』で「呪術によ って生き返った死体」と定義されるため、文字通りに解釈をすれば「ゾンビ企業」は再生の 見込みがない死んだ企業である。つまり「ゾンビ企業」とは経営再建の見込みが無いのにも 関わらず、銀行からの融資の継続・拡大行動(追い貸し)や金利減免によって延命されている 非効率的な企業のことである。また、星(2006)によれば「ゾンビ企業」は(1)収益性が低い、 (2)負債比率とメインバンク依存度がともに高い、(3)大都市圏以外に多い、(4)非製造業に 多い、という4つの特徴を持つことも明らかとなった。 このような「ゾンビ企業」の存在は、将来高い生産性が見込める新規企業の参入の妨げに なり、産業の新陳代謝を低下させる。そればかりでなく、生きながらえるために採算を度外 視した価格をつけることにより同じ産業内の他の優良企業のシェアを奪ってしまう。 産業の 生産性の向上のためには、如何に「ゾンビ企業」の退出、縮小を促し、優良企業の健全な運 営、および新規参入企業の創出を図るかが焦点の1つであると考えられる。 このように、 金融機関が経営再建の見込みが乏しい企業に対し追い貸しを行うことで非効 率な企業を延命させ、 それらの企業の存在が産業全体の生産性を低下させている。 そのため、 日本経済全体の生産性の底上げを図るためには「ゾンビ企業」を健全な経営状況の企業に再 生、もしくは淘汰することが不可欠である。 (2)「ゾンビ企業」の基準 (2)「ゾンビ企業」の基準 それでは「ゾンビ企業」と健全な企業との境目はどこにあるのだろうか。「ゾンビ企業」 の財務的な識別方法について言及している先行研究としてはCaballero, Hoshi, and Kashyap(2006) と中村・福田(2008)の2つが挙げられる。 Caballero, Hoshi, and Kashyap(2006)では長短プライムレートなどを用いて、期初の有 利子負債残高からその企業の「最低限支払うはずの利息(最低支払利息1)の理論値」を求 1 「最低支払利息( R * i , t )」の算出方法 ただし、 :t 年度の企業 i の期初(前期末)短期借入金残高 8 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 め、実際の支払利息がそれを下回った場合、金融支援(金利減免)を受けている「ゾンビ企 業」と判定している。これを「星方式」と呼ぶことにする。 しかし、「星方式」のように金利減免を受けているか否かのみで「ゾンビ企業」を特定し ようとすると、健全な企業と識別されるべき企業を「ゾンビ企業」であると判定してしまっ ている可能性が高いことが中村・福田(2008)の検証で判明した。そのため中村・福田(2008) では新たな「ゾンビ企業」の識別方法として、「星方式」に収益性の尺度を加えた二段構え の方式を採用している。具体的には、(1)営業損益+受取利息配当金、(2)利払前税引前損益、 のいずれかが「最低支払利息」を下回る、という「収益性基準」1を追加した。この「収益 性基準」に加え、 「星方式」を満たすか、もしくは前期末と今期末の借入金残高の関係から 「新規貸出」を受けたと推測できる場合、その企業は「ゾンビ企業」に該当することとした。 新規貸出を基準に盛り込んだ理由は、 金融支援の基準に金利減免だけでなく追い貸しの観点 も追加するためである。これらの改善によって「ゾンビ企業」識別の精度は飛躍的に高まっ た。2 第3項 「ゾンビ企業」の発生と健全化 (1)1990 (1)1990 年代のゾンビ企業の発生要因 ゾ ン ビ 問 題 は 1990 年 代 初 頭 の 土 地 価 格 バ ブ ル 崩 壊 に 起 因 し 、不 動 産 業 や 建 設 業、商業やサービス業といった非製造業に集中していると考えられている。 Caballero, Hoshi, and Kashyap (2004)の 推 計 に よ る と 、「 ゾ ン ビ 企 業 」 が 産 業 に 占 め る 割 合 は 製 造 業 に お い て は 約 10% に 過 ぎ な い の に 対 し 、 不 動 産 業 や サ ー ビ ス 業 に お い て は 約 30% 、 そ し て 建 設 業 や 商 業 ( 9 大 商 社 を 除 く ) に お い て は 約 20% で あ る 。ま た 星(2000)は、1990 年代に収益率の高かった製造業向けの貸出が減 少する一方で、低収益の不動産業向けの貸出が増加を続けていた事実を示し、追い貸しがか なりの規模で行われていた可能性を指摘している。 「ゾンビ企業」の根源的な発生原因に関して、先行研究ではそもそも「ゾンビ企業」とは 何かに関しての定義が必ずしも統一されておらず、かつ、その発生原因の分析も異なる。し かし、金融機関が行う「追い貸し」や「金利減免」が非生産的な企業、即ち「ゾンビ企業」 を生きながらえさせているとの主張は通説となっている。追い貸しとは、本来であれば融資 が受けられないほど財務状況が悪化した企業に対して、 銀行などが追加的な貸出を行うこと である。また金利減免とは、銀行などが、経営難に陥った企業などの債務者に対する貸付金 の金利を、契約時よりも軽減・免除することである。才田・関根(2001)では貸し渋りや追い 貸しに代表される金融仲介機能の低下が、資金再配分の低下を通じて 1990 年代の日本経済 の低迷に寄与したことが示されている。 銀行と企業のこのような継続的な融資取引関係は、 戦後日本の金融仲介の核を担ってきた システムであるといえる。このシステムの特徴の 1 つは、借手企業が一時的な(回復可能な) 経営危機に陥った際に、 銀行は金利減免や追加融資など当初の契約内容の変更に柔軟に応じ ることにより、無駄な企業清算を回避できる点にある。しかし、このような継続的取引関係 :t 年度の企業 i の期初(前期末)長期借入金残高 :t 年度の企業 i の期初(前期末)社債残高 :t 年度の平均短期プライムレート :t 年度の平均長期プライムレート :t 年度に発行された転換社債の最低クーポン率 コマーシャル・ペーパーの金利はゼロと仮定 1 この「収益性基準」が意味するところはその企業の収益が「最低支払利息」さえカバーで きない状態にあるということである。 2上記のような判定方法を以降、 「中村・福田方式」と呼ぶことにする。 9 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 に基づく柔軟性には、いわゆるソフト・バジェット(予算制約の弛緩)問題のように、負の 側面もあることが指摘されている。すなわち、借手企業は銀行による救済を見越して経営努 力を怠り、 銀行は再建の見込みが乏しいことを知りながら追加的支援に応じて清算を先送り するさまざまな誘因を持つ可能性がある。 以上の通り、追い貸し・金利減免が行われると、低生産・非効率な企業の延命をはかるこ とにより、経済全体の効率性を低下させるという弊害を持つことに加えて、企業が前向きな 努力を行わなくなるというモラル・ハザードの問題もある。 (2)「ゾンビ企業」が温存される理由 で は 生 産 性 の 低 い 企 業 が 市 場 に 居 座 り 続 け て し ま う 理 由 は 何 か 。 Ahearne and Shinada(2005) に よ る と、 経 営 者 が 企 業 j の 事業 を 継 続 す る か 否 か の決 定 は Atkeson andKehoe(1995)の以下のモデルで表わされる。 1 ただし、 ここで「ゾンビ企業」を企業1、健全企業を企業 2 と仮定すると、銀行は企業 1 に優遇的な 金利 で貸し出し、企業 2 には相対的に高い金利である で貸 し出すことになるため、「ゾンビ企業」は正常な企業よりも将来利潤の割引が小さくなる。そ のため経営者は正常な企業が事業の停止を選択せざるを得ないような状況では、 銀行からの 支援を受け「ゾンビ企業」を経営することを選択する。 また「ゾンビ企業」は仮に生産性の低下 を招くようなショックを受けたとしても、 将来の生産性が上昇するようなポジティブなショ ックが起きることを期待して、更に借入を増やして事業を継続する傾向が強くなる。このよ うにして生産性の低い企業が市場に居座り続けるのである。 (3)2001 (3)2001 年度以降の「ゾンビ企業」の健全化 上記の(1)と(2)では、1990年代の「ゾンビ企業」の発生原因や存続理由について述べた。 しかし、失われた10年で「ゾンビ企業」と呼ばれた企業の大半は、2001年度以降に健全企 業に復活したとされる。ここでは、 「ゾンビ企業」の健全化の実証とその復活要因について 検証する。 中村・福田(2008)では、まず「星方式」の手法を修正することによって各年における「ゾ ンビ企業」をより高い精度で識別する一方、 「ゾンビ企業」がどのような要因で「非ゾンビ 企業」へと移り変わったのかを、パネル・データをプールした多項ロジット・モデルで推計 している。2 図2は「ゾンビ企業」比率の推移の分析結果であり、1997年度から2005年度にかけては不 良債権比率や要注意債権比率の推移と照らし合わせている。図の「ゾンビ企業」比率のグラ フより、バブル崩壊後の1990年代初頭から2000年代初頭までは、 「ゾンビ企業」比率が大き く増加しており、2001年は不良債権比率や要注意比率がピークを迎え「ゾンビ企業」比率は 25%にも達した。その後は「ゾンビ企業」比率が大きく減少している。当時の不良債権問題 は、1997-1998 年の金融危機時に引き起こされた信用収縮を通じて、実体経済に多大なダメ ージを与えた。また、不良債権問題の解決を先送りしたため追い貸しにより非効率な企業が また、 は労働投入量、 は資本、 は各企業固有の全要素生産性、 は経営者の機 会費用、 は確率分布 に基づくショック、 は利子率、 は当期に事業を営む上で 得られる利潤、 は事業を営むか停止するかで得られる利潤を示す。 2分析対象は上場企業、推計期間は 1995 年から 2004 年までの 10 年間である。 1 10 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 温存され、 経済に悪影響を及ぼしたというプロセスについては第2節の第1項で述べることと する。 このように、バブル崩壊以後高水準を維持し続けていた「ゾンビ企業」比率は2001年度以 降、大きく減少しており、日本経済は「失われた10年」から回復する過程において、 (図2 「ゾンビ企業」比率の推移(%) (図2) 出典:中村・福田(2008) 多くの「ゾンビ企業」は健全企業に復活したと考えられる。 次に、健全化要因に関して同論文では、 「ゾンビ企業」が健全企業に復活する際には、① 外生的な景気回復、②リストラ、③ガバナンス(株主による規律付けと役員のインセンティ ブ) 、の3要因がいずれも寄与したと分析している。第1に、マクロ経済環境の改善では売上 高の伸びが復活を促進する効果が観察されるとともに、 2002年度以降に輸出の追い風が大き く寄与したことが示唆された。第2に、リストラに関しては賃下げよりも人員削減が有効で あるが、人員削減も減らせば減らすほどよいといった単純な関係ではない。固定資産の削減 も、優良資産の切り売りでは復活できず、不良資産の整理が有効であった。第3にガバナン スに関しては、健全企業も含めた一般的な収益性の決定要因と異なり、大株主としての金融 機関の存在が重要であった。 他の健全化要因として、金融機関による支援では債務免除益の効果が非線形で、大規模な 債権放棄は復活を促進する一方で、 小規模な債権放棄は逆に復活を遅らせる傾向があること がわかった。 以上の結果から、 「ゾンビ企業」の復活には問題の先送りになるような後向きの改革では なく、企業の経営努力や経済政策など、収益性を高めることを見据えた改革が必要であった ことが示唆されている。 第4項 「ゾンビ企業」の現状 第 3 項では、先行論文の分析結果により「ゾンビ企業」比率は改善し、2005 年には「ゾ ンビ企業」の観察数はピーク時の半数以下にまで減少しているという事実を確認した。し かし、2007 年のサブプライムローン問題、2008 年のリーマンショックで外生的な景気状況 は大きく悪化したため、近年は「ゾンビ企業」は増加していることが予測される。そこで 11 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 本項では最近 5 年のデータを用いて「ゾンビ企業」の識別を改めて行い、 「ゾンビ企業」比 率が 2005 年以降どのように推移しているかを分析する。 図 3 は、製造業、建設業、卸売・小売業(総合商社除く) 、不動産業、サービス業の5業 種のいずれかに属する一部・二部上場企業の財務データをもとに「中村・福田方式」を用い て識別した 2005 年度から 2009 年度までの「ゾンビ企業」比率の推移(%)である。図 3 (図 3) 「ゾンビ企業」比率の推移(%) (2005 (2005 年度~2009 年度~2009 年度) データ出典:日経 NEEDS に示されているように、直近 5 年間の「ゾンビ企業」比率は 2006 年を除き、2005 年度より も高い比率となっていることが伺える。 図 4 は、中村・福田(2008)による 1975 年度から 2005 年度までの「ゾンビ企業」比率1の 分析結果と、我々が図4を作成する際に算出した 2005 年度から 2009 年度までの「ゾンビ企 業」比率の分析結果を接続したものである。1975 年度から 2009 年度までの約 35 年間の「ゾ ンビ企業」比率は、年度ごとの増減は激しいものの、1989 年の 3.6%を最低値として 2001 年度までは劇的に増加した。2002 年度以降は 2006 年まで大きな変化はなかったが、金融危 機に瀕した 2007 年度から 2008 年度にかけて急上昇し、景気悪化が底を打った 2009 年度に はおよそ 13%まで半減したものの、「ゾンビ企業」は依然として全体の 1 割超を占めている ことになる。 (図 4) 「ゾンビ企業」比率の推移(%) (1975 (1975 年~2009 年~2009 年) データ出典:日経 NEEDS、中村・福田(2008) 1 中村・福田(2008)ではデータ出典は企業データバンクに基づいているのに対し、本稿では日経NEEDSを使用し ている。また、先行論文では東証一部・二部上場企業のみを分析対象としているが、本稿では十分なサンプル数を確 保するため東京・大阪・名古屋・地方の一部・二部上場企業を分析対象とした。念のため 2005 年度の「ゾンビ企業」 比率を照らし合わせたところ、先行研究では 8.87%、本稿の分析では 8.81%と極めて近似した値であった。 12 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 本稿で行った近年の「ゾンビ企業」比率を分析結果に基づき、 「ゾンビ企業」と判定され た企業数と、そのうち金利減免、新規貸出があった企業数、 「ゾンビ企業」のうち新規貸出 を受けている割合を示したものが表1である。この表より、 「ゾンビ企業」と判定された企 業のうち約 8 割から 9 割の企業が金融機関からの新規貸出(追い貸し)を受けていることが わかる。一方、金利減免を受けている企業は約 3 割前後となっている。 (表1)各年度の「ゾンビ企業」数・金利減免・新規貸出の比較 年度 ゾンビ企業数 うち金利減免 うち新規貸出 金利減免比率 追い貸し比率 2005 223社 75社 178社 33.6% 79.8% 2006 215社 68社 178社 31.6% 82.8% 2007 271社 78社 233社 28.8% 86.0% 2008 639社 156社 573社 24.4% 89.7% 2009 293社 90社 233社 30.7% 79.5% データ出典:日経 NEEDS 以上のように、先行研究では「ゾンビ企業」数は 2000 年初めにピークを迎え、2001 年度 以降「ゾンビ企業」比率が大きく減少したことが述べられていたが、本項で改めて行った分 析によると、サブプライムローン問題を発端とする近年の金融危機により「ゾンビ企業」比 率は増加傾向であることが判明した。2003~2006 年の安定期と比較しても高水準となって いることから、近年「ゾンビ企業」は看過しがたい問題として再浮上してきていると言える。 第 2 節 「ゾンビ企業」への影響 「ゾンビ企業」の存在が 1990 年代において問題視されてきた所以は、「ゾンビ企業」が経 済・産業への悪影響を持つとされているためである。「ゾンビ企業」の先行研究を行った Ahearne and Shinada(2005)、Caballero, Hoshi, and Kashyap(2008)、中村・福田(2006) 、 星(2006)等の研究によって「ゾンビ企業」による外部不経済の存在が認められており、「ゾン ビ企業」の存在、また「ゾンビ企業」の延命のために行われる金融支援が、「ゾンビ企業」自身 に留まらず経済成長に負の影響を及ぼしている事が指摘されている。 第 1 項 「ゾンビ企業」の負の外部性 Caballero, Hoshi, and Kashyap(2008)によると、銀行が生産性の低い「ゾンビ企業」に対 して追い貸しや金利減免などを行いそれらの企業の延命を助けることで、 「ゾンビ企業」が存 在する経済活動の競争に歪みを生む。「ゾンビ企業」の存在により生じる競争の歪みは、製品 の市場価格の下落、 生産性の低い企業で働く生産性の低い労働力を削減せずにいることで生 じる賃金の上昇、市場の混雑を生じさせる。本来であればその生産性の低さゆえに市場での シェアを失い、雇用を減少させるはずの「ゾンビ企業」も、銀行の支援やそれを支える政府の 働きによってその本来の動きは妨げられる。 このような製品価格の下落、 労働賃金の上昇は、 より生産性の高い企業が参入した際の収益を下落させるため、 新規企業の参入や新たな投資 13 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 を妨げることになる。また Ahearne and Shinada(2005)では、より激しい競争にさらされて いる市場(例えば貿易財セクター)においては「ゾンビ企業」比率がそうでない市場に比べて 低いことが指摘されている。Caballero, Hoshi, and Kashyap(2008)にて述べられているゾ ンビ企業の弊害に関しては以下の 2 つに大きく分けられる。 (1) 市場の新陳代謝機能の減退 「ゾンビ企業」が経営を存続し市場に留まることの大きな弊害の 1 つとして、企業の参入・ 退出効果の減退、すなわち新陳代謝効果の鈍化が挙げられる。「ゾンビ企業」とは、金融機関 からの支援により延命させられているという定義から、 そもそも生産性が健全企業に比べ低 い状態にある。そのため「ゾンビ企業」の設備や労働などの投入物の稼働率は低く、なおかつ これらの企業が市場において一定のシェアを保有しているため、 生産性の高い企業がシェア を広げる機会が妨げられてしまう。その結果、市場全体・経済全体の生産性の低下を招く1 こととなるのだ。 では実際、90 年代「ゾンビ企業」の存在が問題になった際には市場の新陳代謝は正常に機 能していたのかだろうか。新規参入企業、市場に留まる企業、業務を停止し市場から退出し ていく企業の間での生産性の違いを見ることで新陳代謝機能の働きについて検討する。 Nishimura, Nakamura, and Kiyota(2003)では日本における 1994 年から 1998 年までの新 規参入企業、存続企業2、退出企業別生産性の観察を、TFP3を用いて行っている。それによ ると、1996 年から 1998 年にかけて TFP の高く効率の良い企業が退出し、TFP が低く効率の 低い企業が市場に留まるといような、1996 年以降の新陳代謝機能の不全が観察された。 それを踏まえ、Nishimura, Nakamura, and Kiyota(2003)は事業の切り変え4も考慮したう えで製造業、卸売・小売業、建設業ごとに TFP の観察を行った。図 5 は 1994 年から 1997 年の新規参入企業・存続企業・異産業への切り替え企業、退出企業の TFP の違いを表現して いる。entry、surviving、switching、exit はそれぞれ新規参入、存続、異産業への切り替 え、退出であり、その下の数値はその年度にそれぞれの行動を行う企業の TFP5を表わして いる。影が付いている箇所は、TFP の指標が存続企業よりも 5%以上高い事を示しており、製 造産業においては生産性の高い企業が異産業への事業切り替え、スイッチを行っていて、一 方で生産性のより低い企業が市場から退出している6ことが見て取れる。製造業においては 低生産性企業が退出し、 高生産性企業が参入するという新陳代謝が効果的に行われている事 がわかる一方で、90 年代「ゾンビ企業」が高水準の推移した卸売・小売業においては、新陳 代謝効果の不全が見て取れる。「ゾンビ企業」比率の高まった 1996 年以降、特にその傾向が 顕著に表れている。 1 「ゾンビ企業」のこのような影響はシュンペーター派の「創造的破壊」という考え方と深く結び付いている。 同産業で従来の経営を継続して行う企業のことを指す。 3 全要素生産性。生産性を表わす指標として用いられる。 4 新陳代謝効果を考慮する際、新規参入・存続・退出のみの観察だけでは十分ではなく、ある産業から違う産業への業務 の切り替え、スイッチを考慮する必要がある。なぜなら、企業 A がその主要製品を X から Y に変更したとすると、そ れが意味することは企業 A の X 産業からの退出、Y への新規参入であるが、企業 A の Y 産業への新規参入と、全くの 新参企業のそれとでは生産性が当然異なっている。そのため、新規参入・存続・退出のほかに、ある産業からの切り 替え、スイッチも区別して考慮する必要がある。 5 事実上経営・事業を行っていない名目的な企業を除外して数値を出している。すなわち企業活動を行っているアクテ ィブな企業のみ、分析している。 6 TFP が高めの企業が既存の産業から異産業に事業を切り替えることは、別の産業に生産性の高い新規企業が参入する ことを意味している。 2 14 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 (図 5)産業別、企業の参入・退出・事業切り替え時の TFP 平均値 1994 製造業 switching surviving 1994以前(α) 1.173 1.100 surviving 1994(β) 1995 1996 switching surviving 1.295 1.169 1997 switching surviving 1.207 1.214 switching surviving 1.364 1.262 1.001 1.085 1.202 exit exit exit exit switching switching switching switching 1.391 1.052 surviving 1.177 1.105 surviving 1.222 1.161 1.166 surviving 1.201 1.205 0.948 1.100 1.092 1.097 exit exit exit exit switching surviving 1995(γ) 1.218 1.085 switching surviving 1.714 1.144 switching surviving 1.220 1.163 1.030 1.118 1.130 exit exit exit switching surviving 1996(ζ) 1.289 1.175 switching surviving 1.270 1.239 1.065 1.129 exit exit switching surviving 1997(φ) 1.126 1.142 1.103 exit 卸売・小売業 1.152 1994以前(α) 1994(β) 1.119 1.220 1.140 1.146 1.160 1.124 1.166 1.161 1.035 1.277 1.320 1.189 1.264 1.200 1.160 1995(γ) 1.272 1.120 1.176 1.196 1.168 1.102 1.127 1.154 1.067 1.077 1.097 1.158 1.167 1.111 1.153 1.142 1.241 0.937 1996(ζ) 1.242 1.142 1.126 1.351 1.147 1.242 1997(φ) 1.158 1.286 建設業 1.416 1994以前(α) 1994(β) 1.467 1.008 1.494 1.619 1.113 1.746 1.340 1.033 1.586 1.491 1.064 1.591 1.515 1.566 1.443 1995(γ) 1.569 1.537 0.556 1.347 1.677 1.343 1.014 1.175 1.000 1.059 0.954 1.335 1.696 1.322 1.740 1.369 1.099 1.129 1996(ζ) 1.523 0.382 1.638 1.176 1.449 0.629 1997(φ) 1.380 0.991 出典:Nishimura, Nakamu ra, and Kiyota(2003) 15 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 下の式は新陳代謝効果の TFP への影響を表わしている。 υ Xt +υ Et +1 t+1 − ln TFP t = ln TFP 2 E − ln TFPtX ln TFPt+1 υ It +υ O t +1 + 2 I ln TFPt+1 − ln TFPtO υ it +υ it +1 + ∑i∈C 2 i ln TFPt+1 − ln TFPti ln TFP Et +1 +ln TFP Xt υEt+1 − υXt ln TFP It +1 +ln TFP O t υIt+1 − υOt + 2 + 2 ln TFP it +1 +ln TFP it + ∑i∈C 2 υit+1 − υit 左辺は t 期の TFP と t+1 期の TFP の比を、 右辺は新陳代謝効果を分解したものを表わしてお り、t 期から t+1 期にかけての TFP は成長を意味する。第 1 項は新規参入の TFP が退出企業 の TFP よりも高い場合にプラスの値とる。第 2 項は異産業に切り替えることによる影響、第 3 項は存続企業の TFP 成長率への寄与を、第 4 項・第 5 項・第 6 項は参入退出・事業の切り 替えと存続企業のマーケット・シェアの変化を通じた、“資源再配分効果”示している。 Nishimura, Nakamura, and Kiyota(2003)は 上記の式を用いて分解要素が TFP に与えた影 響を分析しており、日本の場合、既存の企業の生産性が産業レベルの TFP の水準に大きな影 響を与えていると指摘している。それは生産性の低い「ゾンビ企業」が市場に留まり続ける ことが、TFP の成長を阻害することを示唆している。 (2)雇用創出の鈍化、雇用破壊の進行 (2)雇用創出の鈍化、雇用破壊の進行 新陳代謝効果の他に Caballero, Hoshi, and Kashyap(2008)、星(2006)で指摘されている のが、「ゾンビ企業」の雇用への影響である。「ゾンビ企業」が産業内に存在すると、産業内の 雇用創出効果が阻害され、雇用破壊の現象が進む。ここで、雇用創出1とはその年における 従業員数の増加を期初の従業員数で割ったものであり、 雇用破壊については従業員の減少を 期初の従業員数で割ったものとして定義される。 星(2006)では回帰分析を行い、 「ゾンビ企業」が雇用の創出と破壊に及ぼす影響について考 察されている。その結果2、「ゾンビ企業」は収益性が同程度の非「ゾンビ企業」に比べると、 雇用を増加させる割合が高いということ、 「ゾンビ企業」の存在が産業内のすべての企業の雇 用創出を阻害することが分かった。 産業レベルでの「ゾンビ企業」の蔓延の影響を調べるために、産業レベルでのゾンビ指標3 を足したところ、産業レベルの「ゾンビ企業」の係数は有意に負であり、「ゾンビ企業」の存在 が産業内のすべての企業の雇用創出を阻害することがわかった。 従業員数を増やさなかった企業については、雇用創出はゼロであったと考える。 1 2 雇用創出に関して、雇用の創出を被説明変数とし、ゾンビ・ダミーと産業ダミーを用いたシンプルなモデルでは、ゾン ビ・ダミーの係数の推定値は正となり、「ゾンビ企業」の方が雇用を増加させる傾向にあることが示唆されたが、統計 的に有意とは言えなかった。一方、更に当期利益率や赤字ダミー、営業利益率など収益性の変数を加えた場合、ゾン ビ・ダミーの係数の推定値は有意に正となった。、 3 その産業に属するゾンビ企業の総資産の合計を産業全体の総資産合計で割ったもの。ゾンビ・ダミーの総資産によっ てウェイトつけされた加重平均となっている。産業レベルでの「ゾンビ企業」の存在がゾンビ企業と非ゾンビ企業でど れほど違った影響を与えるのかを分析。 16 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 図 6 は、「ゾンビ企業」と雇用創出の関係を産業・業種別に表わしたものである。横軸縦軸 それぞれ 81-93 年の期間から 96-02 年の期間への「ゾンビ企業」の伸び率と従業員数の増加の 変化率を表わしている。図からわかることは「ゾンビ企業」が多くなる程、雇用の創出が妨げ られるということである。 また「ゾンビ企業」比率が高いことで知られる非製造業において雇 用の増加がマイナスとなっていることが分かる。 また図 7 は「ゾンビ企業」の増加率と雇用の減少率の関係を表わしたものである。 星(2006) では「ゾンビ企業」の雇用創出への影響と同様に、 「ゾンビ企業」の存在が雇用の破壊、従業員 (図 6)「ゾンビ企業」数の変化の雇用創出への影響 出典:Caballero, Hoshi, and Kashyap(2008) (図7)「ゾンビ企業」数の変化の雇用破壊による影響 出典:Caballero, Hoshi, and Kashyap(2008) 17 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 の減少に与える影響を回帰分析1している。分析結果2から産業レベルでの「ゾンビ企業」の 割合が高いと、その産業の個別企業の雇用破壊が進行することが分かった。また「ゾンビ・ ダミー×産業のゾンビ指数」項の推定値が有意に負であることから、 産業レベルでの「ゾンビ 企業」の割合が雇用破壊に与える影響は、 「ゾンビ企業」自体においては小さいことが分かる。 つまり、この分析で星(2006)が指摘していることは、産業での「ゾンビ企業」の蔓延は「ゾン ビ企業」そのものの雇用破壊よりも、 健全企業のそれを大きく増加させるということである。 以上の雇用創出と雇用破壊の二つの分析から、 産業レベルでの「ゾンビ企業」の割合が高い と、その産業内の企業の雇用創出は小さくなり、雇用破壊は進行する、いえる。更に重要な ことは、 産業レベルでの「ゾンビ企業」の蔓延の悪影響をより大きく受けるのは「ゾンビ企業」 そのものではなく、健全企業であることである。生産性は低いが一定量のシェアを持ち、退 出の起こりにくい「ゾンビ企業」が、健全企業の雇用創出の機会を奪い、健全企業は雇用削減 を行うことで調整を余儀なくされているのである。 こうした現象は、「ゾンビ企業」による マクロ経済全体への負の外部性(外部不経済)とも呼べるものである。 第2項 金融機関の支援とそれに伴う外部不経済 本項では「ゾンビ企業」が経済や産業の効率性、他の健全企業に与える負の影響を考慮す る上で、 「ゾンビ企業」の存在そのものに加え、銀行など金融機関が行う金融支援の経済へ の悪影響ついてもここで触れる。 「ゾンビ企業」と呼ばれる企業の支援策には代表的なものとして、 「追い貸し」と「金利 減免」がある。まず金利減免とは「銀行などの債権者が経営難の企業など返済債務者に対し、 貸付金の金利を契約した時より免除すること」をいう。一方追い貸しとは、「本来退出すべ き企業に対して、銀行が追加的な貸し出しを行い延命させること」(三平(2006))、「現在価値 がマイナスになるようなプロジェクトが清算されずに追加的な融資によって継続される現 象」(杉原・笛田(2002))、「融資返済により減少した現預金を埋めるために、事業が赤字であ る企業に対して行われる融資」などと説明3される。金利減免は通常ならば市場から退出す ることを選択する企業が市場に停滞するのを助長4することになり、前述の新陳代謝効果を 減退させることへと繋がる。 本項では「ゾンビ企業」と識別された企業のうち約 8 割が新規の 貸し出しを銀行から受けていたことから、 「ゾンビ企業」の問題とより関連性の高い追い貸 しについて経済への影響を述べる。 ≪追い貸しの悪 追い貸しの悪影響5≫ 追い貸しの影響に関しては多くの先行研究がある。星(2006)では、銀行の貸出資金が生産 性の低い企業に固定されてしまうことで、 新規参入企業や中小企業に資金が流れなくなるこ と、また追い貸しを行うことで生じる費用について指摘している。また三平(2006)では、追 い貸しが低生産性企業を延命させる直接効果に加え、 追い貸しが企業へ与える影響について の分析を行った。 そこから外部性も含めた追い貸しの影響を見積もったところ、TFP を最 大で 30%減少させた可能性があるという結果が導かれた。 1 被説明変数は雇用破壊率であり、従業員数の減少分を前期の従業員数で割ったものとして計算。ゾンビ・ダミーは利 子支払額が必要最低利子額を下回るとき1をとる。 2 変数にゾンビ指標を加え、産業レベルでの「ゾンビ企業」の存在が雇用破壊に与える影響を分析。 3 追い貸しの定義に関しては様々あり、厳密な定義は存在しない。 4 「ゾンビ企業」は金利減免によって健全企業に比べて低い金利で貸付けを受けることができるため、将来利潤の現在へ のディスカウントが小さくなり、経営者は正常な事業運営を継続できない状況においては「ゾンビ企業」の経営を選択 することになるのである。 5 追い貸しに関しては悪影響のみならず、一定の合理性が認められており、経済成長への好影響も 塚崎(2006)で指摘 されているが、ここでは追い貸しを含む「ゾンビ企業」の影響を考慮するために追い貸しの負の影響を中心に述べる。 18 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 (1)追い貸し発生の要因 (1)追い貸し発生の要因 ではそもそもなぜ追い貸しが生じるのか。三平(2006)によると、第 1 に、「貸出先企業は 将来再生し債権を回収できるだろう」という期待感を持つことで、銀行は現在時点における 処理を先送りにする。銀行は景気循環によるショックの平準化1を行う際、将来における収 益を楽観視しすぎてしまい、結果的に追い貸しを許すことになるというものである。 第 2 に、 ある企業に過大な不良債権をかかえた銀行は、 新規の貸出先に融資を行うよりも、 期待回収額の大きい、既存の融資先に追い貸しをするインセンティブを持つ2。それは新規 の貸出先の事業が成功したとしても回収できるのは元本と利子分だけであるのに対して、 既 存の貸出先に追い貸しし事業が成功したのならば、 追い貸しの元本と利子分に加えて不良債 権化していた債権の一部まで回収できる可能性があるのである。 また第 3 に、銀行が BIS 規制3よる自己資本比率の毀損を回避するために不良債権を隠す 必要があり、その手段として追い貸しが行われるという説である。破綻懸念のある貸出先の 高い引当金利率は自己資産の毀損をまねき、銀行の業務停止などの規制を招きかねない。そ のため銀行は追い貸しを行うことで貸出先の格付けを保ち、 自己資本比率を保とうとするの である。 以上のような追い貸し発生の背景を押さえたうえで、 以下では追い貸しが経済に与える直 接的な効果と外部不経済について指摘する。 (2)追い貸しの直接的な影響 (2)追い貸しの直接的な影響 追い貸しの直接的な影響とは、 銀行から追い貸しを受けている企業が追い貸しにより受け る生産性、収益性などへの影響のことである。三平(2005)は健全企業と追い貸し対象企業を 分類4し、追い貸し企業が経済全体の生産性をどの程度低下させたのか5を推計している。 図 8 は健全企業と追い貸し対象企業の TFP 水準とその格差を示している。この図では 91~ 97 年度において、 追い貸し対象企業と健全企業の TFP の間には約 19%の格差が見受けられ、 追い貸しを受けている企業の生産性が健全企業よりも低水準にあることが確認できる。 一方、付加価値生産成長率に関しては三平(2005)にて、追い貸し対象企業の付加価値生産 成長率が健全企業のそれより高いことが指摘されている。 三平(2005)で考察されるように追 い貸し対象企業の付加価値成長率が高かったことは、 経済成長の低迷を緩和した効果があっ たと考えられるが、これに関しては、追い貸しを受けることで雇用削減や設備投資の抑制な どの経営努力が先送りされた可能性がある。 また追い貸し対象企業の付加価値成長率の方が 高かったということは生産性の低い非効率な企業がこの時期に拡大していったことを示し ており、 追い貸しは経済成長を促したというよりもより大きな問題を後に残すことになった といえる。 (2)追い貸しの外部効果 (2)追い貸しの外部効果 三平(2006)では追い貸し直接的効果に加え、追い貸しが外部効果を通じて健全企業の生産 性にまで影響を与えていたことが指摘された。 追い貸しが健全企業へ負の外部性を及ぼす経 路として、第 1 に追い貸しが健全な貸し出しをクラウド・アウトすることによる資金配分の 1 企業は景気循環の影響を受けるのだが、銀行は不況期に企業を支援し好況期に利益を回収することで異時点間のショ ックを平準化する。 新規の貸出先の事業が成功したとしても回収できるのは元本と利子分だけであるのに対して、既存の貸出先に追い貸し し事業が成功したのならば、追い貸しの元本と利子分に加えて不良債権化していた債権の一部まで回収できる可能性 があるのである。 3国際業務を行う銀行の自己資本比率に関する国際統一基準のこと。 4 非製造業のうち借入比率が 40%を超える企業が追い貸しになると考え、借入比率が 40%以下の企業を健全企業、40% を超える企業を追い貸し対象企業とした。 5 健全企業と追い貸し対象企業の生産性を比較したうえで、求めた生産性の格差に全企業に占める追い貸し対処企業の 割合を乗じることで推計。 2 19 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 非効率性1がある。また第 2 の経路として、追い貸し対象企業が支援を受けている優位性か ら健全企業に比べ競争力をもち、結果として健全な競争を阻害してしまうことである。第 3 に情報の不完全性によって追い貸し企業と健全企業の区別がつかない場合、健全企業含め、 経済全体の広範な取引が抑制される場合がある。 これは倒産可能性の高い追い貸し対象企業 と健全企業と区別がつかないために、取引き先の突然の倒産リスクが高まるためである。こ れらの経路で実際に追い貸しの外部性は生じ、追い貸し対象企業のみならず、健全企業の生 産性、収益性、付加価値成長率、売上、設備投資、雇用に影響を与えている。 (図 8)追い貸し先企業と健全企業の生産性比較 (備考)***は 1%水準、**は 5%水準、*は 10%水準で格差が有意であることを示す 出典: 三平(2005) 三平(2006)ではこれら追い貸しに伴う外部不経済の影響を検証している。 例えば生産性に 関しては同一産業内からの外部効果、取引先からの外部効果ともに有意な影響2 が認めら れ、また収益性に関しては、追い貸しの直接効果と自産業からの外部効果が有意に収益性を 押し下げていた(三平(2006))。加えて設備投資・雇用に関しては取引先に追い貸し企業が多 いほど、設備投資、雇用とも抑制される傾向が確認されている。3このように三平(2006) に 1 Caballero, Hoshi, and Kashyap(2004)にて 90 年代に低生産性の不動産業の貸し出しが増加する一方で、高い収益性 を持つ製造業の貸し出しが減少するという非効率が報告されている。 2 同一産業内における追い貸し企業の割合が生産性に与える影響の係数は前期サンプル期間においては,産業内の追い 貸し企業比率が 1%ポイント増加すると、生産性が約 1.8%低下する結果を得ている。また追い貸し企業の存在が生 産性に与える外部効果に関しては、サンプル前期では取引先の追い貸し企業が 1%ポイント増加するごとに生産性が 2.2%程度低下し、後期には係数が更に大きくなっている。 3しかしながら付加価値生産成長率、売上高については追い貸し企業の存在が有意に正の影響を与えており、追い貸しが 経済の成長に貢献する可能性も示唆されている。 20 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 おいては追い貸しの外部効果は直接的影響のみに留まらず、 健全企業への外部効果があるこ とが実証された。 以上前項と本項で述べたとおり、「ゾンビ企業」そのものの非効率性、外部効果、「ゾンビ企 業」を支える金融支援の経済への悪影響を扱った。次項では「ゾンビ企業」数の推移で TFP が どう変化するのか、 「ゾンビ企業」の TFP への影響を回帰分析により検証する。 第3項 「ゾンビ企業」数とTFP(全要素生産性)の関係 「ゾンビ企業」数とTFP(全要素生産性)の関係 図 9 は Caballero, Hoshi, and Kashyap(2008)で指摘されている「ゾンビ企業」数の伸び 率と TFP 上昇率の負の相関を表わしている。 (図 9)「ゾンビ企業」と TFP 成長率 出典:Caballero, Hoshi, and Kashyap(2008) 本項では「ゾンビ企業」比率に対する TFP 上昇率の弾力性を推計するため、被説明変数を TFP 上昇率、説明変数を「ゾンビ企業」比率とし、時系列データによる回帰分析を行った。 推計式は以下のように設定する。 At = β 1 + β 2 ⋅ Zombie t + β 3 ⋅ Social t + β 4 ⋅ trend + ε t ( At :TFP 上昇率、 Zombie t : 「ゾンビ企業」比率、 Social t :社会資本ストック、 trend : トレンド変数) 上記推定式の説明変数について概説する。TFP 上昇率( At )は内閣府経済産業研究所の JIP データベース 2009 より引用した。 「ゾンビ企業」比率( Zombie t )については、2005 年まで は中村・福田(2008)において求まっている比率を、2006 年データは本稿にて算出した比率 を使っている。社会資本ストック( Social t )は内閣府政策統括官『日本の社会資本 2007』 から 2003 年までの数値を、 それ以降は内閣府の平成 20 年度国民経済計算を用いて計算した。 これらの説明変数のほかに景気循環の影響を取り除くためにトレンド変数( trend )を用い た。 (分析結果) 1975 年から 2006 年までのデータを使った回帰分析の結果は以下のようになった。 At = 0.029085 − 0.290304 ⋅ Zombie t + 4.16 −10 ⋅ Social t − 0.008022 ⋅ trend 21 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 回帰統計 重決定 R2 補正 R2 標準誤差 Durbin-Watson 比 観測数 切片 Zombie Social trend 0.588898 0.544851 0.011123 1.416871 32 係数 0.029085 -0.290304 4.16E-10 -0.008022 標準誤差 0.006517 0.047843 1.40E-10 0.002679 t 4.462671 -6.06784 2.978073 -2.99472 P-値 0.0001 0 0.0059 0.0057 修正済み決定係数は 0.545 となり、すべての係数の t 値も1%有意水準にある。 「ゾンビ 企業」比率の係数に注目すると-0.290304 でマイナスに有意となっており、この結果からも 「ゾンビ企業」の存在が TFP 上昇率の悪化に寄与していることがうかがえる。 第 3 節 問題提起 その生産性の低さゆえに市場から退出すべきでありながら未だ生きながらえている企業 は、市場の新陳代謝の減退や雇用創出の鈍化・雇用破壊の進行、金融支援に伴う外部不経済 を通して、日本経済に悪影響を及ぼす。それらの企業は「ゾンビ企業」と呼ばれ、バブル崩 壊後の経済停滞期においては深刻な問題となっていたが、近年その存在は忘れ去られてい る。しかし、本稿の現状分析によると、サブプライムローン問題を発端とする世界金融危機 などを背景に、再びその数を増加させている。本稿では、現在もなお存続している「ゾンビ 企業」が及ぼす外部不経済を深刻な問題と捉え、税制改革という観点からこの問題の解決策 を模索する。 22 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 第2章 金融改革による「ゾンビ企業」 への影響 第 1 節 金融再生プログラムによる規制 第 1 項 不良債権処理問題 (1) 不良債権処理問題 不良債権問題は、1997~1998 年の金融危機時に引き起こされた全般的な信用収縮を通じ て、実体経済に多大な悪影響を及ぼした。しかし、仮に金融危機とまではいかずとも、不良 債権問題の解決を先送りしたため、追い貸しにより非効率な企業( 「ゾンビ企業」 )が温存さ れ、経済に悪影響を及ぼした。 不良債権とは「返済される見込みの乏しい債権」であるが、1経済の先行きが楽観的であ るときには、返済見込みについても楽観的になりがちである。日本においてはバブル景気に 高騰した不動産を担保に甘い融資が行われ、 本来不良債権とすべき物件を正常債権と区分し たり、 所定の返済に必要な資金を追い貸しして不良債権ではなく正常債権とみなすを行うな ど、不良債権総額を低く見せて経営状態を取り繕う行為も横行していた。こうして回収不能 になった不良債権によって日本の銀行各行は深刻な経営危機に陥ったが、バブル崩壊後も 90 年代半ばまでは、日本経済の復元力に関する華やかな実績の記憶が幸いして、結果的に 不良債権が過小評価されていた。 このように銀行の体力が奪われたことはバブル崩壊後の日 本経済を再建する上で大きな足枷となり、 中小企業に対する貸し渋りや貸し剥がし等も目立 つようになった。 しかし、不良債権額が大きいことは確かであるが、不良債権を厳格に査定しておらず、そ れがどこまで大きくて深刻であるかが不透明であったことが日本特有の問題であった。 日本 の不良債権問題は、 「バブルの負の遺産の処理」だけでなく、 「産業構造や企業経営の転換・ 調整圧力を背景に新規に発生する不良債権への対処」 という性格も加わりつつあるという意 味で、 金融と産業双方にわたる日本経済の構造調整と密接不可分の問題として捉える必要が ある。 不良債権問題の克服のためには、不良債権の経済価値の適切な把握、それに基づく早期処 理の促進、企業・金融機関双方の収益力の改善などを軸とした、総合的な対応が不可欠であ った。併せて、金融危機を未然に防ぐとともに、金融機関が不良債権問題の解決に着実に取 り組めるような環境や仕組みを整備することが必要であると考えられた。 そこで抜本手な問 題解決を図るべきという認識の下で、 金融分野緊急対応戦略プロジェクトチームが徹底的に 1 バブル崩壊後、不良債権問題が議論されるに際しては、これを「回収不能見込み若しくは回収困難になった債権」と 定義し、具体的には、「経営破綻先債権および6カ月以上延滞債権」を指していた。「金利減免債権」は銀行が融資 先企業の債権を図り回収する明確な方針を有しているケースとして、不良債権には含められていなかった。 23 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 現状分析をしたうえで練り上げたプログラムが金融再生プログラムいわゆる竹中プランで ある。 (2) 不良債権処理の推移と現状 不良債権問題は、バブル崩壊後の日本経済の重石となっていた。その処理を巡っては、 1990 年代半ばから様々な施策や取り組みが行われ、平成 4 年度から 14 年度までに約 88 兆 円の不良債権処理がなされたが、なお解決したとは言えなかった。しかし、平成14年に金 融システム安定化と不良債権問題の解決を主眼とした金融再生プログラムが打ち出されて 以降、不良債権処理は加速し平成 18 年頃にはようやく終息した。 図 10 は、平成 11 年 3 月から平成 22 年 3 月主要行の不良債権比率を示している。バブル 崩壊後、景気悪化に伴い不良債権は増加を続け、年平均 4 兆円以上の直接償却1等をしたの にも関わらず不良債権は積み上がり、ピークの平成 14 年 3 月には不良債権比率 8.4%(不 良債権額は 43.2 兆円)に達した。その後は、平成 14 年 10 月に金融再生プログラムが策定 されたことにより、不良債権比率は劇的に減少し、平成 18 年 9 月以降は 1.5%前後を推移 している状態である。不良債権問題は、金融プログラムが対象とする 3 年間に不良債権半減 の目標を優に達成し、25.3 兆減少したことにより解決したと思われる。 (図 10)主要行の不良債権比率(%) 10)主要行の不良債権比率(%) データ出典:平成 22 年度 3 月期における金融再生法開示債権等の推移(金融庁) (3)不良債権と「ゾンビ企業」との関連性 (3)不良債権と「ゾンビ企業」との関連性 不良債権は「ゾンビ企業」にどのような影響を及ぼしているのか。 「ゾンビ企業」等に対 して過去に過大な貸出をしてしまった銀行は、不良債権の表面化を恐れて、リスク愛好者と して行動する。そのためリスクの高い追加融資に易々と応じて追い貸しを繰り返したり、見 た目の自己資本を底上げして BIS 規制をクリアするために、不良債権の償却による自己資 本の目減りを回避するインセンティブが働く。 このように、不良債権問題の裏側には「ゾンビ企業」のような問題企業が多く存在すると いう問題もある。本来であれば、競争原理によって「ゾンビ企業」が退場すべきところを不 良債権処理しないために退場していかないという経済実態がある。その結果、過剰供給とな っているマーケットがなかなか是正されず、供給者が多い中でデフレが強まる。したがって 供給者が多いという根本問題が解決しないと、なかなかデフレ環境からは脱却できない。つ 1 不良債権を帳簿から切り離してオフバランス化する方法。私的整理(銀行の債権放棄)、法的整理(会社更正法など の適用)、債権の売却 の3つの方法がある。 24 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 まり不良債権問題に象徴されている、 「ゾンビ企業」による過剰供給の問題を解決しない限 り、景気回復の足かせは外れないのである。 第 2 項 金融再生プログラムの立案 (1)金融再生プログラムの経緯と目的 (1)金融再生プログラムの経緯と目的 政府が不良債権処理問題を政策の重要課題として取り上げたのは、 金融再生プログラムが 初めてではない。平成 13 年 4 月に公表された「緊急経済対策」の中ですでに不良債権問題 は企業の過剰債務問題と合わせて取り組むべき具体的課題として挙げられていた。また、平 成 13 年 6 月に公表した「骨太の方針」や平成 14 年 2 月の「早急に取り組むべきデフレ対応 策」においても、不良債権処理は現下の最重要課題に位置付けられていた。その後、小泉構 造内閣が不良債権処理を加速する方針を打ち出したことに伴い、 平成 14 年 10 月に総合デフ レ対策の柱として金融再生プログラムが策定され、平成 16 年度末まで約 2 年半の金融行政 の指針となった。 このプログラムの目指すところは、主要行の不良債権問題を通じた経済再生であり、日本 の金融システムと金融行政に対する信頼を回復し、 世界から評価される金融市場を作ること を目的とする。また、金融庁は「平成 16 年度には、主要行の不良債権比率を現状の半分程 度に低下させる」ことを公約した。具体的には、主要 13 行1の貸出金等の総与信に占める 不良債権(金融再生法開示債権2)の割合を 8.4%から 4%台前半に引き下げるというもの であった。 金融機関の反応としては、不良債権処理の加速を求められた銀行は、自己資本比率の算定 基準の厳格化により自己資本不足に陥り公的資金の受け入れを迫られることを恐れ、大手 7 行が全面的に反対する共同声明3を出すなど当初反感を強めていた。しかし、資産査定の厳 格化や特別検査の再実施で不良債権に対する引当額は増大することが見込まれ各行は自己 資本の充実が必要となり、主要行は平成 15 年 3 月期にかけて増資を行い、自己資本の増強 を行った。また主要行は、平成 16 年度までに不良債権比率を半減させるという目標達成の ために、増資の他に不良債権再生子会社などを設立し、不良債権を移すことで不良債権処理 を加速した。 (2) (2)金融再生プログラムの概要 金融再生プログラムでは、 銀行の不良債権処理の加速に向けて貸出債権の査定方法の強化 を打ち出し、 自己資本が不足する銀行には必要に応じて預金保険法に基づき公的資金を注入 することが明記された。その内容は、金融システム、企業再生、金融行政の三部で構成され、 それぞれ新たな枠組みとして約 40 項目の政策課題が掲げられた。 第 1 に、 金融庁は金融再生プログラムの目的の 1 つである金融行政への信頼を構築するた めに、金融システムへの規制にフォーカスし、大きく 3 つの策を実施した。まず、 「安心で きる金融システムの構築」と題して、国民の利益を最優先させるための安定的な決済機能が 確保され、不良債権問題処理の状況を監視するためのモニタリング体制が整備された。ここ で強調されているのは金融庁が保護する対象は銀行経営者ではなく預金者、 投資家及び借り 手の企業や個人などの国民である点である。次に、従来の銀行業務では大企業への積極的融 資が行われる一方で中小企業への貸し剥がしが行われ、問題視されてきたことから、中小企 業の資金ニーズに応えられる貸し手拡充、中小企業再生を支援する金融上の仕組みの整備、 1 2 3 ここでいう主要行とは、都銀7行(第一勧業、富士、三井住友、東京三菱、UFJ、大和、あさひ)、長期信用銀行1 行(日本興業)、信託銀5行(みずほアセット信託、三菱信託、UFJ 信託、三井トラスト、住友信託)を言う。 不良債権には3つの定義がある(銀行法に基づくリスク管理債権、金融再生法ベースの開示債権、銀行の自己査定に 基づく不良債権)が、本稿では金融再生法に基づく開示債権のことをいう。 「竹中案に反対声明」『日本経済新聞』2002.10.26 25 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 出典:金融庁ホームページの金融再生プログラム(図解) 銀行への業務改善命令、モニタリング体制の整備が行われた。さらに重要なのは金融システ ムの改革において重要な点は不良債権処理に注力された点である。 政府と日銀が一体となっ た支援体制の構築、 「特別支援」を受ける金融機関への適切な対処が行われ、早急な不良債 権処理に力が注がれた。以上の様に、従来の銀行中心の金融システムから国民中心の金融シ ステムの構築の必要性と不良債権問題への迅速な対応が唱えられ、 金融機関への規制の枠組 みが作られた。 第 2 に、金融と産業の関係に注目して行われたのが企業再生のための新しい枠組みである。産 業の活動を円滑にするという金融本来の目的を考えると、金融と産業の関わりは密接であり、問 題企業の経営不振と不良債権の増加とは裏腹の関係にある。このことが金融機能の働きを滞らせ て結果として産業界全体の活動を鈍らせている。企業の経営努力を促すための制度、RCC1の積 極的活用、企業再生を促す支援環境の整備、新たな第三者機関の設置など、企業再生のためには RCC を通して積極的に企業を売ること、が強調された。 第 3 に、金融再生プログラムで行われた金融行政に対する規制は、「資産査定の厳格化」 、「自 己資本の充実」 、 「ガバナンスの強化」の三本柱であり、竹中三原則と呼ばれ金融再生プログラム の主軸となるものである。まず「資産査定の厳格化」では、金融機関の資産査定を市場評価と整 合性を持つものにするための措置がとられた。従来、銀行の自主的判断や裁量に任されていた不 良債権処理を行政主体で行うための手段として、引当金やデット・エクイティ・スワップ2の時 1 2 整理回収機構。破綻金通機関の受け皿になることと不良債権処理の加速を促すことを目的に 1994 年 4 月に設立。くいい住宅金通専門会社や破綻金融機関から債権を譲受け、さらには、金融機関のからの債 権を買い取って、それを回収することを主な業務としている。 債権を債務者に出資することによって、債務者の発行する株式を取得する方法のこと。貸出債権の株式 振替により発行分だけ資本が増強される、債務超過の状況を回避するための手段として使われた。 26 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 価評価など資産査定に関する基準の見直し、銀行の自己査定不備に対する行政処分の強化などが 行われた。また、そもそも破綻懸念先以下の引当金1について無税対象とならないことが、銀行 が自己資本の算定を甘く行い、さらに引当金回避のための追い貸しを増やす根本の原因であると して、「自己資本の充実」の項では引当金に関する新たな無税償却制度の導入を提言している。加 えて、自己資本算定に際しての外部監査の必要性が強調された。最後に、 「ガバナンスの強化」 は資産査定や償却の正確性を確保するために外部法人が重大な責任を持って厳正に監査を行う こと、経営改善計画の収益目標に対して十分な実績が出せなかった金通機関に対して厳正なる対 処を行うことを求め、従来の裁量主義からの脱却を行った。 第 2 節 金融改革の考察と「ゾンビ企業」への 影響 第 1 節では、不良債権問題解決のための金融改革(主に金融再生プログラム)の立案経緯・概 要等や、不良債権と「ゾンビ企業」の関係性について述べた。本節では、実際に金融改革によっ て「ゾンビ企業」がどのような影響を受けたのかについて議論する。 前述のように、不良債権の表面化を恐れた銀行は「ゾンビ企業」に繰り返し追い貸しを行い「ゾ ンビ企業」は経済全体に外部不経済をもたらすため、それらを内部化するためには、不良債権問 題を解決する必要があった。 不良債権問題が 90 年代からの経済低迷期において解決しなかった要因は、不良債権処理を行 政ではなく銀行の判断や裁量に任せていたことが大きい。その意味で、金融再生プログラムによ り、貸出資産の査定にあたって何らかの客観的基準や強制的に引当率を引き上げる仕組みが導入 され、甘い査定を行っている銀行に対してプレッシャーを与えたことは、不良債権処理を進める 上で重要であり大きな役割を果たした。実際、金融再生プログラムの実施当時は、 「平成 16 年度 には、主要行の不良債権比率を現状の半分程度に低下」という目標は殆ど非現実的と評されてい たが、2002 年 3 月期をピークとして不良債権比率は劇的に低下し、この目標は完全に達成され たとされる。 また、ガバナンス強化等により銀行の根本的な体質改善がなされたことは、企業に対する貸出 行動にも大きな影響を与えた。また、資産査定の厳格化等により、企業への新規貸出数や新規貸 出額が減少し、中小企業のモニタリングや産業再生機構の設立等によって不当な貸出の規制と正 当な貸出の促進も行われた。これは、貸し手と借り手の関係を一度中立的な関係に直すためにも、 非効率な貸し手・借り手の関係を整理する意味で有効であったと考えられる。 このような銀行貸出の質的・量的規制によって、銀行側の追い貸しに対するインセンティブは 低下し、債務超過に陥った「ゾンビ企業」側には銀行の貸出(追い貸し)を当てにできないため、 破綻を回避するために経営改善のインセンティブが働く。 以上のように金融改革によって、銀行の体質改善は整い、「ゾンビ企業」が蔓延る根本原因で ある追い貸しに対するインセンティブは、銀行と企業、双方において減少したものと考えられる。 しかしながら、第 1 章の第 4 項で示した通り、 「ゾンビ企業」比率は依然として 12.75%(2009 年)と高水準にある。したがって、負の外部性を持ち存続している「ゾンビ企業」数を減らすた めには、 「ゾンビ企業」に直接的に、かつ、経営者やビジネスモデル等の内側への働きかけが求 められる。 1 将来の特定の支出や損失に備えるために、貸借対照表の負債の部、または資産の部の評価勘定に繰り入れられる金額 27 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 第3章「ゾンビ企業」税導入とその効果 第 1 節「ゾンビ企業」税の導入 「ゾンビ企業」は市場に対して負の外部性を持ち、この外部不経済を解消するためには、 「ゾンビ企業」の健全化、または市場退出を促す制度の構築が課題となる。 先の章で述べたように、すでに金融制度面では改革が進み、追い貸しが抑制されたことで 間接的に「ゾンビ企業」数の減少がもたらされたが、本稿では対象企業に税を課し直接的に 効果を与えることが可能な制度として「ゾンビ企業」税の導入を考える。 第 1 項 「ゾンビ企業」税の具体的な導入方法とその効果 (1)課税対象企業及び課税方法 「ゾンビ企業」税の課税対象企業は、資本金 1 億円の大企業に対して「中村・福田方式」 における基準を適用することで特定する。課税対象を大企業の「ゾンビ企業」のみにしたの は、大企業と中小企業の性格の違いを考慮したためである。例えば、中小企業は大企業に比 べ一般的には財務基盤が弱く、加えてそれらの大半が赤字欠損法人である。そのような企業 に税負担を強いれば、 不必要な倒産を招き経済にとって悪影響を与える可能性がある。 また、 市場で大きなシェアを有しているのは大企業であり、 市場シェアを歪め新陳代謝を阻害して いるのも大企業の「ゾンビ企業」であると言い換えることができる。このような現状を念頭 にして、対象を大企業に絞り込むこととする。 具体的な課税方法に関しては、当期末決算の財務状況で「ゾンビ企業」と判定された企業 が、来期末決算においても「ゾンビ企業」に留まっていれば、その時点の決算における財務 指標に基づいて課税されるものとする。つまり、当期に「ゾンビ企業」と識別された企業に 対し来期一年度分の猶予を与え、その期間内に該当企業が経営努力等で収益を改善させ「ゾ ンビ企業」から健全化することに成功すれば租税を回避することができる仕組みをとる。 (2)課税標準 課税標準は「中村・福田方式」の「収益性基準」をもとに、企業が最低限支払うべき利息 の理論値である「最低支払利息」と企業の収益状況を表す「営業損益+受取利息配当金」ま たは「利払前税引前当期損益」との差額のどちらか大きい方に設定する。 課税標準(「収益性基準」における「ゾンビ企業」の必要条件) ①「最低支払利息」-「営業損益+受取利息配当金」> 0 ②「最低支払利息」-「利払前税引前当期損益」> 0 課税標準に「収益性基準」を用いるのは、 「ゾンビ企業」に収益改善のインセンティブを 与えるという新税の目的に則すためであり、上で示した式からも、実際に企業の経営努力の 成果が税額に反映される仕組みとなっていることが分かる。したがって、経営努力を怠った 28 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 企業はその分税の負担を重く受けることになり、 収益の悪化を加速させ最終的に市場から退 出せざるを得なくなると予想される。 (3)「ゾンビ企業」税の導入により想定される効果 以上のように「ゾンビ企業」税は、租税回避のための「ゾンビ企業」からの健全化を促す 効果、及び市場退出の促進による新陳代謝効果の向上という二つの点から、 「ゾンビ企業」 の負の外部性を解消するのに効果的であると言える。 第 2 項 「ゾンビ企業」税の課税 「ゾンビ企業」税の課税根拠 課税根拠 「ゾンビ企業」の健全化を促すための手段としては「ゾンビ企業」に支援している金融機関 に働きかける制度などの「ゾンビ企業」を取り巻く外部環境へのアプローチと、 企業のインセ ンティブに働きかける内的アプローチが考えられる。 まず中村・福田(2008)、Caballero, Hoshi, and Kashyap(2008) が指摘したように景気な どの企業を取り巻く環境の変化は「ゾンビ企業」に影響を与える。 しかしながらマクロ的経済 状況は景気循環などによっても左右されるため、 意図的に操作するには限界があり困難であ る。2008 年から 2009 年までの推移を見ると、2008 年度の金融危機のショックにより「ゾン ビ企業」の割合が増加し、その後 1 年でショックからある程度回復したことが分かる。しか しながら「ゾンビ企業」比率は依然として 12.8%と高水準を記録しており、「ゾンビ企業」数を 減らし、外部不経済を取り除くためには政策・制度面からのアプローチが必要であると言え る。以下では、政策・制度面のアプローチとして、追い貸しへの規制、金融改革への考察と、 税制によるアプローチの可能性を示す。 (1)追い貸し規制の可能性 (1)追い貸し規制の可能性 第 1 章で扱ったように追い貸しに関しては、三平(2005)、三平(2006)で経済への直接的な 悪影響、負の外部効果が認められている。そもそも「ゾンビ企業」とは追い貸しなどの金融 支援により延命されている企業であるならば、 「ゾンビ企業」の存在による経済の非効率の 問題を取り除くためには追い貸しを規制すればよいのではないかと考えるのは至極当然の ことである。 しかしながら、追い貸しを完全1に規制してしまうことには問題がある。塚崎(2006)は追 い貸しにもプラスの価値を生んでいる側面2 があることを指摘している。また三平(2005) で、1991 年~1997 年にかけての追い貸し対象企業の付加価値生産成長率が健全企業のそれ よりも有意に高かった3ことが分かっている。 我々の行った分析結果を見ると、 「ゾンビ企業」と識別された企業の約 8 割企業が追い貸し を受けている現状がある。 しかしながら不良債権処理の進行に伴って追い貸しの総量自体は 減っているはずであり、また追い貸しのプラス面も認められていることから、追い貸しを規 制することによるマイナス面のほうが、 規制を行わない場合のマイナスよりも大きい可能性 もないとは言い切れない。 1 追い貸しの厳密な定義が存在しないことから、何を基準に追い貸しとして規制するか、という実務的な問題もしょう じるかもしれない。 2 Berglöf&Roland(1997)によれば、企業を清算した場合と追い貸しを行った場合で銀行の回収額に差が生じる場合があ る(追い貸しを行った場合の方が回収額は大きい)。この差が生じる理由を塚崎(2006)では追い貸しの場合にはプラスの 価値を生むプロジェクトが実施されるため、また追い貸しを行わない場合には借り手企業に清算コストが生じるため、 と説明している。つまり追い貸しとして融資されることでプラスの価値が生み出される事がありうるということであり、 その側面では追い貸しは合理的行動であり、経済発展にも寄与している。 3 98 年以降の追い貸し対象企業のそれが低下したことから 91 年~97 年の成長率は追い貸しがリストラ等の経営努力を 先送りさせただけだという主張もあるが、この時期に追い貸しが経済の成長に貢献したことは事実である。 29 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 (2)金融再生プログラムの問題への寄与 (2)金融再生プログラムの問題への寄与 2002 年から行われた一連の不良債権処理と「ゾンビ企業」への影響を見てみると、資産査 定の厳格化や外部監査によって不良債権処理は着実に進み、 「ゾンビ企業」比率も急激に減 少している。しかしながら 2004 年~2007 年を見ると、不良債権比率は 5.2%から 1.5%へと 着実に減少しているのに対し、「ゾンビ企業」比率は 7.5%から 11.1%へと増加しており、必ず しも連動していない。不良債権処理による銀行体質の改善は、過度な貸出の抑制、追い貸し の総量の減少に寄与したにおも関わらず、追い貸しは依然として続いており、不良債権処理 は「ゾンビ企業」問題解決の一要因とはなったものの、「ゾンビ企業」を減少させるような根 本的な解決策が他に必要である。 金融再生プログラムの「ゾンビ企業」への働きかけを分類するとすれば、 「ゾンビ企業」を取 り巻く環境、支援する金融機関へのアプローチであり、「ゾンビ企業」問題への寄与は大きい ものの、「ゾンビ企業」問題の根本的な解決のためには企業の内側への働き掛け、すなわち企 業の経営者自身が経営改善のインセンティブを持たせるような制度の構築が必要である。 (3)経営改善のインセンティブを呼び起こす税 (3)経営改善のインセンティブを呼び起こす税 そもそも経営者が銀行から追い貸しを受けられるであろうと予想する場合、リストラな どの経営努力を行わなくても将来的に救済されるだろうという見込みを持っているため、 経 営努力を怠りがちである。その意味で、将来の追い貸しを受けられる見込みを払拭しない限 りは、追い貸しに依存する体質を改善し、企業の経営努力を促進することは難しいかもしれ ない。 しかしながら、将来時点で経営難に陥った際に追い貸しを受けられるとしても、経営努力 が行われない限り課税が行われるとしたら企業はどう行動するであろうか。 おそらく課税標 準を削る努力を行うインセンティブを持つはずである。それは税金が導入されてもなお、追 い貸しに頼り続ければ、将来にわたり税金を払い続け借り入れを続けるわけであるから、借 入金は拡大し続け、将来どこかの時点で倒産することは自明であるため、企業は遅かれ早か れ、経営改善努力を行うことになる。 課税によって「ゾンビ企業」へ働きかけることの利点は、 企業に経営改善のための猶予が与 えられることである。追い貸しなどの金融支援規制を行った場合、企業への資金の流入が突 然止まることになるため財務状態が悪化した企業は倒産が余儀なくされるのに対して、 課税 という手段をとるのであれば、 税の導入が宣言されてから実際に課税されるまでの時間的猶 予に加え、課税という緩やかな規制が企業に経営改善の余地を生むことになる。また企業が 破綻した時の銀行の清算コストや、倒産して新規参入が起きるまでの雇用問題を考慮すれ ば、企業の再生と淘汰の両可能性のある課税という手段がより望ましい。 また経済のマクロ環境が常に変化する可能性がある以上、 「ゾンビ企業」に転落しないため には「ゾンビ企業」が自ら経営改善を行うインセンティブを持ち続けることが重要である。 以上のように、企業の内側のインセンティブに働きかける様な税制を構築する。 第 2 節 分析方法 実際に「ゾンビ企業」税が導入された際の効果に関しては、以下の四段階のシミュレーシ ョンにより分析を行う。 30 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 【第1段階:企業行動のマイクロシミュレーション】 「ゾンビ企業」の収益改善行動を予測し、健全化する企業数をシミュレーションする。 【第2段階:課税額・企業負担の分析】 「ゾンビ企業」に留まった企業の課税額、及び税収の算出を行う。 【第3段階:SAF2002 による倒産分析】 倒産予知モデル SAF2002 を用い、倒産する「ゾンビ企業」数を計測する。 【第4段階:TFP 上昇率の分析】 「ゾンビ企業」比率の減少値と第 1 章で得られた推計式によって TFP 上昇率の改善値を求 める。 なおシミュレーション分析は、仮に 2009 年度に「ゾンビ企業」税が導入されていたと仮 定した際の 2010 年度の各「ゾンビ企業」の行動を仮想的に予測するものであるが、ここで は景気変動等外部の要因の影響を排除するために、 企業の一部の財務データ以外のパラメー タは 2009 年度の時点から変化しないものとする。 分析対象については、2009 年度時点で五業種(製造業、建設業、小売・卸売業(総合商社 を除く)、不動産業、サービス業)の一部・二部上場企業全 2298 社の中から「ゾンビ企業」 と判定された企業 293 社とする 以下より、それぞれの段階の分析方法を説明する。 第 1 項 企業行動のマイクロシミ 企業行動のマイクロシミュレーション 分析の第一段階では、新税導入を受けて「ゾンビ企業」がどのような行動をとり、最終的に 何社の企業が収益を改善させ「ゾンビ企業」から脱却することができるか予測する。 「ゾンビ企業」と判定された企業は、 税負担を回避するために収益の改善を図ると考えられ るが、短期的には主にリストラ等の費用削減によってそれを実現すると予想される。したが って、本稿では「ゾンビ企業」毎に、売上高を固定とした場合に費用の変化のみでどれ程利 益を向上させるかマイクロシミュレーションによって予測する。なお、企業に発生する費用 は一般的に売上高に比例する変動費と売上高には直接影響しない固定費1 に分類すること ができるが、売上高を固定した本シミュレーションモデルでは、企業は固定費の削減のみが 可能となる。 (図 11) 固定費削減による利益向上 1 本稿では、人件費、労務費、福利厚生費、役員報酬・賞与、減価償却費、広告・宣伝費、貸借料、租税公課、支払特 許料を合計したものを固定費とする。なお、日経 NEEDS の財務データを用いて算出した。 31 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 各「ゾンビ企業」の固定費削減額は、1989 年度から 2009 年度の固定費削減率1の推移か ら推計する。具体的には、まず製造業 1711 社、建設業 222 社、小売・卸売業(総合商社を除 く)588 社、不動産業 120 社、サービス業 484 社、それぞれ企業毎に過去 20 年間における固 定費削減率の平均値、最大値、最小値を求め、それらの企業毎の数値を業種内で平均して固 定費削減率の(1)「平均値の業種平均」 、(2)「最大値の業種平均」 、(3)「最小値の業種平 均」という3通りの削減率を各業種に応じて算出する。次に、各「ゾンビ企業」の固定費総 額に、その企業が属する業種の3通りの固定費削減率を乗じ、それぞれの際の費用削減額を 求める。そして最終的に、その費用削減額を「収益性基準」の「営業損益+受取利息配当金」 または「利払前税引前当期損益」に上乗せし、それが「最低支払利息」を上回れば「ゾンビ 企業」から健全化したものとし、何社の企業が健全企業へ復活するか検討する。2 実際の分析では代表的なケースとして、全「ゾンビ企業」が一律に(1)「平均値の業種平 均」 、(2)「最大値の業種平均」 、(3)「最小値の業種平均」の削減水準で収益を向上した場 合の3通りのシミュレーション結果のみを示す。 なお、 「ゾンビ企業」の健全化に対する効果として固定費削減による収益改善の影響のみを 検証するために、固定費、「営業損益+受取利息配当金」、「利払前税引前当期損益」以外の財 務データに関しては 2009 年度決算の段階から変化しないものとし、それらを引き続き 2010 年度の財務指標として用いる。 第 2 項 課税額・企業負担の分析 分析の第二段階では、 まず課税ベースの大きさを加味した上で税率を複数パターン設定す る。そして、収益改善の程度が小さく「ゾンビ企業」から脱却することに失敗した企業にど れだけの税額が発生するか、第一段階の3通りのシミュレーション結果に対応させ予測し、 それぞれの税率における合計税収を求める。 また企業レベルでみれば、 「ゾンビ企業」に留まった企業の中でも収益改善額の方が納税 額よりも大きく、税を負担しても収益状況を維持できる企業が存在する。そこで、課税によ り実質的に負担が増える企業とそうでない企業がどの程度ずつ存在するかをそれぞれの税 率に応じて観測を行う。 第 3 項 SAF2002 による倒産企業判別 費用削減を推し進めたのにもかかわらず健全化できなかった「ゾンビ企業」のうち、財務 状況が著しく悪い企業は「ゾンビ企業」税の課税により倒産3することになると考えられる。 企業が倒産するか否かを判断する手段としては SAF2002 モデルを使用する。SAF2002 は白田 (2003)において提唱されている倒産予知モデルで、証券、金融、保険、建設以外の業種に 属する、1993 年から 2001 年に倒産した企業 1,436 社の倒産直前年の財務データと、その期 間に現存していた企業 10 万社から系統抽出した 3,435 社の財務データをもとに構築された。 これらのデータを使い、 判別モデルに組み込む候補として対象となった 42 の財務比率から、 決定木モデルを用いて適切な組み合わせを選び出して作り出されたのが、 以下のように4つ の財務比率により構成された多変量判別関数である。 (t-1 年度の固定費総額-t 年度の固定費総額)/t-1 年度の固定費総額ここでは、費用の削減額に注目をするので、この 値が負になるものは、固定費が前年度から増加したものとみなし、推計データから除外する。 2「中村・福田方式」の基準によれば、「ゾンビ企業」からの健全化は他にも、金利減免や追い貸しの停止によって達成 されるが、本シミュレーションではそれらを考慮しないものとする。 3本稿における「倒産」は、帝国データバンクの定義に基づく。それによれば、「倒産」は、①会社更正 法の適用申請、②商法に基づく会社整理の適用申請、③民事再生法の適用申請、④破産申請、⑤特別清算開始申請、 ⑥銀行取引停止処分、⑦内整理、に該当するものと定義される。 1 32 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 SAF 値= 0.01036X1 + 0.02682X2 − 0.06610X3 − 0.02368X4 + 0.70773 上記の式の X1 から X4 に経営改善行動、及び課税後の「ゾンビ企業」各社の以下の財務比 率を代入し、計算結果 SAF 値を求める。 X1:総資本留保利益率1 X2:総資本税引前当期利益率2 X3:売上高棚卸資産回転期間 3 X4:売上高金利負担率4 求まった SAF 値が判別点以下ならば、 その企業は近い将来倒産する可能性が高いということ になる。業種、規模別の判別点は下記のとおりである。 (表 2) 判別点一覧 製造業 卸・小売業 その他 H L M S H L M S H L M S 0.70 0.70 0.70 0.70 0.70 0.70 0.70 0.70 0.71 0.71 0.71 0.71 注:Huge=総資本規模 100 億円~ Large=50 億~100 億円 Middle=10 億~50 億円 Small=~10 億円 (白田(2003)より作成) なお、本稿におけるシミュレーションにおいてはSAF2002により倒産の可能性大と予知さ れた「ゾンビ企業」は必ず倒産するものとして考える。その根拠を以下で述べる。 追い貸しを行っている金融機関は、取引先企業、特に長期安定的な取引先に対し将来的な 業績の回復を期待しているうちは、 「損切り」を断行することが合理的な場合でもそれを選 択せず融資を継続することを好む。 しかし業績悪化が決定的となり企業の信用が著しく損な われると、取引金融機関は追加担保の差出しや貸出金利の引上げなど貸出条件を厳しくし、 貸出を制限する。したがって公的に貸出先の企業が「ゾンビ企業」と認定され「ゾンビ企業」 税を課せられることになれば、 その企業の倒産確率の上昇に伴う信用リスクの上昇により金 融機関は自発的に「追い貸し」を控えるようになる。よって、収益改善による健全化が達成 できず「ゾンビ企業」に留まった企業は課税による負担増だけではなく、 「ゾンビ企業」を 「ゾンビ企業」たらしめている「追い貸し」を受けられなくなることとなり、結果として更 に倒産の見込みが強まる。このためSAF値が同じ企業でも、 「ゾンビ企業」の方が健全企業と 比較して倒産する可能性は非常に高くなっていると推測される。このような根拠のもと、本 稿ではSAF値が判別点以下の「ゾンビ企業」は例外なく倒産するものとする5。 1(期首・期末平均留保利益/期首・期末平均総資本)×100 2(税引前当期利益/期首・期末平均負債・純資産合計)×100 3(支払利息+社債利息+手形売却損/売上高)×100 4期首・期末平均棚卸資産×12/売上 5 ただし、SAF 値が判別点以下となった企業が全て倒産すると考えるのは本来危険である。白田(2003)での倒産予 知の実践における倒産企業の誤判別率(倒産企業であるにもかかわらず継続企業と判別されてしまった企業の比率) は、業種・事業規模によって 12.23~25.96%、継続企業の誤判別率(継続企業であるにもかかわらず倒産企業と判別 されてしまった企業の比率)は 20.52~35.83%となっている。したがって倒産の可能性大と判定されても必ずしも倒 産するわけではなく、2、3 割の企業は倒産せずに存続すると予測される。 33 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 第 4 項 TFP(全要素生産性)への効果 TFP(全要素生産性)への効果 最後に分析の第 4 段階として、 マイクロシミュレーションの結果と第1章で求めた推計式 を用い、 「ゾンビ企業」税導入に起因する「ゾンビ企業」の減少によってどの程度 TFP 上昇 率の改善が見られるかを計測する。 At = 0.029085 − 0.290304 ⋅ Zombie t + 4.16 −10 ⋅ Social t − 0.008022 ⋅ trend 第 1 章にて得られた上記の推計式によれば、 「ゾンビ企業」比率が 1 ポイント減少すると TFP 上昇率は 0.29 ポイント改善することになる。この推計式とシミュレーション後の「ゾ ンビ企業」比率をもとに、新税導入後の TFP 上昇率を求める。 第 3 節 分析結果 第 1 項 企業行動のマイクロシミュレーション 過去 20 年間における企業毎の固定費削減率の平均値、最大値、最小値をそれぞれ該当す る業種内で平均した結果、以下の数値を得た。 (図 12) 12) 固定費削減率の業種平均(%) 固定費削減率の業種平均(%) 以上の結果をもとにして製造業 180 社、建設業 10 社、小売・卸売業(総合商社を除く)42 社、不動産業 14 社、サービス業 47 社、計 293 社の「ゾンビ企業」がその属する業種の3通 りの固定費削減水準で費用を削減し利益を拡大した際の健全化企業数、 「ゾンビ企業」残留 数、健全化率を推計した。 なお、以下で示すのは、代表的なケースとして全ての「ゾンビ企業」が同一的に(1)「最 大値の業種平均」 、(2)「平均値の業種平均」 、(3)「最小値の業種平均」の水準で費用削減 を行った場合の予測結果である。 (1)固定費削減率:「最大値の業種平均」で費用削減を行った場合 固定費削減率:「最大値の業種平均」で費用削減を行った場合 政策導入後の「ゾンビ企業」数:109 社(導入前 293 社) 健全化企業数:184 社(62.79%) 34 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 (2)固定費削減率: 「平均値の業種平均」で費用削減を行った場合 制度導入後の「ゾンビ企業数」:181 社(導入前 293 社) 健全化企業数:112 社(38.22%) (3)固定費削減率: 「最小値の業種平均」で費用削減を行った場合 制度導入後の「ゾンビ企業数」:253 社(導入前 293 社) 健全化企業数:40 社(13.65%) (表 3) 3 パターンの費用削減水準に応じた「ゾンビ企業」数の変化 第2項 課税額・企業負担の分析 前項で固定費削減による収益改善も空しく「ゾンビ企業」の基準を上回れなかった企業に は、実際に「ゾンビ企業」税が課せられることになる。分析の第 1 段階の結果を踏まえて、 第2段階ではその税額を計測する。 (表 4) 固定費削減率別課税ベース(百万円) 課税ベース 固定費削減率 平均 最大 最小 1043935.31 880013.42 708436.30 上記の表は企業の固定費の削減率に応じた課税ベースの大きさをまとめたものである。 見 ての通り、課税ベースは最も小さい場合で 7084 億円、最大でおよそ 1 兆 400 億円となった。 これらの課税ベースの大きさを考慮し、 「ゾンビ企業」税の税率は 1%、5%、10%の3パタ 35 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 ーンに設定することとした。以上を踏まえた結果、固定費削減率、及び税率ごとの「ゾンビ 企業」税収額は下記のようになった。 (表 5 )「ゾンビ企業」税による税収(百万円) )「ゾンビ企業」税による税収(百万円) 固定費削減率 最小 平均 最大 税率1% 9231.40 6705.20 4335.20 税率5% 46157.20 33526.20 21676.30 税率10% 92314.50 67052.50 43352.70 また下の表では、税額が固定費削減による収益改善額を上回り、課税によってネットで負 担が増加することになる企業数を記している。 固定費削減率が高くなるほど、また税率が 低くなるほど、課税により収益改善額と差し引きで負担増となる企業数は減少する。反対に 削減率が低く、税率が高くなるにつれ、負担が増える企業は増加する事実が見て取れる。 (表 6) 課税により負担増となる「ゾンビ企業」数 税率1% 税率5% 税率10% 固定費削減率 最小 平均 最大 8 2 1 57 10 5 99 18 10 第3項 SAF2002 による倒産企業判別 続いて分析の第3段階として、収益改善と「ゾンビ企業」税の支払い後の企業財務データ をもとに SAF2002 モデルを用いた倒産判別を行った。前節での説明のとおり、4 種の財務比 率を代入することで求まった SAF 値が倒産判別点以下ならば、 その企業は倒産するものとし て処理する。結果は以下のようになった。 (表 7) 倒産企業数 倒産企業数 税率1% 税率5% 税率10% 最小 159 161 161 固定費削減率 平均 110 110 111 最大 76 76 76 ここでは固定費削減率の規模によって倒産数は大きく変動しているのに対し、 設定した税 率による税負担額の変化はほぼ反映されていないことが分かる。これは 2010 年度分の「ゾ ンビ企業」税課税という短期的なインパクトが、本稿にて用いた SAF2002 モデルでは留保利 益の減額による総資本留保利益率の低下という形でしか反映されないことに起因すると考 えられる。留保利益以外への影響や、複数年に渡り継続して課税されるであろう点を加味す れば、実際は税額による倒産への影響は更に大きいものであることが予想される。 36 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 第 4 項 TFP(全 TFP(全要素生産性)への効果 (全要素生産性)への効果 下記の表、図は、第 3 項までのマイクロシミュレーションの結果、どれだけの「ゾンビ企 業」が健全企業に再生、淘汰され破産、もしくは「ゾンビ企業」に残留したかをまとめたも のになっている。また、その結果をもとに算出された「ゾンビ企業」税導入後の新しい「ゾ ンビ企業」比率が以下の表、及び図である。 (表 8) マイクロシミュレーション結果 税率1% 40 94 159 健全化 残留 倒産 最小 税率5% 40 92 161 固定費削減率 平均 最大 税率10% 税率1% 税率5% 税率10% 税率1% 税率5% 税率10% 40 112 112 112 184 184 184 92 71 71 70 33 33 33 161 110 110 111 76 76 76 (図 12) 12) マイクロシミュレーション結果 100% 90% 80% 70% 60% 倒産 50% 残留 40% 健全化 30% 20% 10% 0% 37 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 (図 13) 「ゾンビ企業」税導入後の「ゾンビ企業」比率(%) 30.00% 「 ゾ ンビ企業」 比率 (%) 25.00% min average max 20.00% 15.00% 10.00% 5.00% 0.00% 2005 2006 2007 2008 2009 2010 年度 以上により、経営改善を目指す企業の固定費削減率の度合いによって「ゾンビ企業」比率 が 4.09%~1.44%まで低下するという結果が得られた。これを踏まえ、 「ゾンビ企業」税導入 が TFP 上昇率へ与える影響の大きさを計測する。以下は「ゾンビ企業」税の税率を 5%に設 定したときの「ゾンビ企業」比率の減少度合いと、それに対応した TFP 上昇率の回復度をま とめたものである。 (表 9) 「ゾンビ企業」比率の減少値と 「ゾンビ企業」比率の減少値と TFP 上昇率( 上昇率(ポイント) ポイント) 比率減少値 TFPの改善値 固定費削減率 最小 平均 最大 8.75 9.66 11.31 2.539464243 2.804788 3.2848977 このことから、企業が固定費をどの程度の水準で削減できるかにもよるものの、TFP 上昇 率はおよそ 2.5~3.3 ポイント向上することが期待できる。 38 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 第 4 節 税収の使途 本稿で提言している「ゾンビ企業」税は、その導入により淘汰された「ゾンビ企業」の穴を埋 められるだけの新規企業が参入し、産業の新陳代謝が滞りなく行われることを前提としている。 しかし,企業の生産性と企業の参入・退出の関係を分析している西村・中島・清田(2003)におい て、新規企業は参入直後の生存率が極めて低い1ことが分かっている。また宮川・川上(2006)で は、新規参入企業の生産性は開業後8 年までは上昇しその後も新規参入時の生産性を上回る水準 が維持されることが実証されており、このため企業の参入が進むほど経済全体の生産性が高まる と予想されているのだが、同時にそもそも企業が市場に新規参入するのは資金調達面の理由から 難しいということも述べられている。 既存企業が倒産した企業の雇用やシェアを短時間で吸収しきれるほど急速に事業規模を拡大 するのは容易ではない。したがって新たな企業の参入がスムーズに行われなければ企業の退出が 過剰になり産業の生産性は低下し、失業率は跳ね上がることが懸念される。このため、新規参入 は本稿において提言している税制にとって重要なファクターとなっている。 こういった事情を踏まえ、「ゾンビ企業」税の税収は新規参入企業に対する補助金に充てると いう使い道を提案する。補助金を給付すれば企業の参入のインセンティブが強められるうえに、 事業が軌道に乗り生産性があがるまでの資金調達が困難な時期を乗り切る助けにもなる。それに より、「ゾンビ企業」税導入による生産性上昇の効果を補強、強化することが可能だと考えられ る。 1 20%以上の企業が参入後 1 年以内に撤退し、30%以上の企業が 2 年以内に撤退している。 39 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 第4章 政策提言 第 1節 政策提言 政策提言: 「ゾンビ企業」を課税対象とする「ゾンビ企業」税の導入 課税対象を国内全企業のうち「金融支援基準」と「収益性基準」での判定によって 「ゾンビ企 業」と判定された企業と定める。課税ベースを「営業損益+受取利息配当金」と「利払前税 引前当期損益」のいずれかと「最低支払利息」との差額の、どちらか大きい方に設定する。 税率は 5~10%とし、 「ゾンビ企業」税を導入する。これにより「ゾンビ企業」の経営改善 のインセンティブを喚起し、また経営改善見込みのない企業に関しては淘汰、新規企業の参 入を促す。 第 2節 新税がもたらす効果 本稿では、「ゾンビ企業」が市場に与える負の外部性を問題意識の基本としている。ではここ で提言する「ゾンビ企業」税がそれらの企業にどのような効果を有するか健全化と倒産という 2 つの観点から考察する。 (1)「ゾンビ企業」に対する健全化促進効果 下のシミュレーション結果は、新税の導入を受け企業が収益を改善させた後の健全化企業数、 「ゾンビ企業」残留数及び健全化率を示したものである。 (表 10) 新税導入後の「ゾンビ企業」の変化 以上の結果より、本稿で仮定したマイクロシミュレーションにおいては、一部・二部上場企業 (5 業種)計 293 社の「ゾンビ企業」のうち、最大で 60.13%が健全化を果たし、最小でも 13.07% の企業が健全化に成功することが分かる。 「ゾンビ企業」に対し 1 年度猶予を与え健全化を促す という「ゾンビ企業」税の主目的としている効果が有意にはたらいていると言える。 (2)「ゾンビ企業」の市場退出を促す効果 40 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 「ゾンビ企業」税導入後、財政状況や資金繰りの悪化によって倒産すると考えられる「ゾンビ 企業」数をまとめたのが以下の表である。 (表 11) 倒産企業数 倒産企業数 税率 1% 税率 5% 税率 10% min 159 161 161 固定費削減 average 110 110 111 max 76 76 76 この結果より、市場の新陳代謝を妨げる要因となっていた「ゾンビ企業」のうちおよそ 26%~55%の企業が倒産し、それに伴い新規参入が活発化することによって産業レベルで の生産性向上が期待できる。 (1) 、(2)を通して健全化、倒産により「ゾンビ企業」数が減少することによって、経 済全体の TFP 上昇率が改善することが期待できる。2009 年度制度導入を仮想したシミュレ ーションにおいては、 「ゾンビ企業」税の導入により TFP 上昇率が 2.5 ポイント~3.3 ポイ ントの数値で上昇するという結果が得られた。 第 3節 政策提言における課題 (1)「ゾンビ企業」識別機関の設置 「ゾンビ企業」税を導入するためには、まずその課税対象となる「ゾンビ企業」を特定するこ とが必要となる。そこで、各大企業の財務状況を正確に把握し、厳格なプロセスを踏んで「ゾン ビ企業」を識別する公的機関を設立することがこの制度を導入する際の前提となる。なお、公的 機関の設立に際して、特定企業との癒着を防ぐためにも中立性と透明性を保つ枠組みが求められ る。 (2)粉飾決算を防止する制度の構築 「ゾンビ企業」税の導入に伴い、 「ゾンビ企業」と識別されうる企業は、粉飾決算によって財 務状況を偽り、 「ゾンビ企業」と判定されるのを避ける可能性がある。そのような可能性を考慮 して、粉飾決算等を取り締まる制度の強化もしくは新たに構築することが求められる。 第 4節 おわりに 本稿では、90 年代に我が国において問題視されてきた「ゾンビ企業」がもたらす負の外部性 や、2000 年代の金融改革が「ゾンビ企業」に与えた効果等を考察してきた。さらに分析を通じ て「ゾンビ企業」が未だに存続していることを指摘したうえで、再浮上してきた「ゾンビ企業」 問題を解消するため、「ゾンビ企業」税という新たな税の導入を政策として提言した。この新税 の導入は「ゾンビ企業」の再生のみならず淘汰も促す、ある意味「ショック療法」的な政策であ 41 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 る。多くの企業が倒産することになり、一時的な失業率の上昇やそれに伴う景気の低迷など、痛 みを伴う改革になることは間違いないだろう。しかし、その生みの苦しみの果てには現在よりも 前向きで、活力に満ちた日本経済があるはずである。また、本稿をきっかけとして忘れ去られた 「ゾンビ企業」が再び議論の的となり、抜本的な対策が取られる事で、二度とこの「ゾンビ企業」 問題が蘇らないことを切に願う。 42 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 ISFJ政策フォーラム2010発表論文 11th – 12th Dec. 2010 先行論文・参考文献・データ出典 《先行論文》 Alan G. 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