...

マイクロ流れの速度場計測

by user

on
Category: Documents
20

views

Report

Comments

Transcript

マイクロ流れの速度場計測
ながれ 20(2001) 83
83
91.
〔特集〕小さなスケールの熱・流れ現象
マイクロ流れの速度場計測
Flow Field Measurement of Micro Flows
∗
横国大・工
西
野
耕
一†
Koichi NISHINO
1
えば,高分子溶液における壁面近傍の高分子吸着
はじめに
層の影響 4),界面動電現象をもたらす壁面上の電
「マイクロ流れ」とは,その代表寸法が表面張
気二重層の影響 5))がマイクロ流れでは顕在化す
力の影響が現れる数ミリ以下の流れを指し,ミリ
る,などを理由とする.そのため,マイクロ流れ
オーダからサブミクロンオーダまでの寸法が主
の速度場を直接測定することの重要性が再認識さ
たる対象である
1)
.このような小さな流れは,マ
れつつあり,調査研究が進められている 6).
イクロマシン周囲や内部の流れ,マイクロデバイ
本稿では,マイクロ流れの速度場計測について
ス(例えば,マイクロチャネル・マイクロヒート
最近の研究・開発動向ならびに関連技術について
パイプ・マイクロリアクタ・マイクロ化学分析シ
述べる.
ステム・インクジェットノズルなど)の内部の流
れ,多孔質体・積層体内部の流れ,微小界面近傍
の流れ(例えば,液膜・液滴・気泡・結晶の周囲
2 計測要求と種類
マイクロ流れの速度場計測への要求をまとめる
あるいは内部の流れ)
,生物や生命工学(例えば,
と以下のようになる.
微生物・昆虫・毛細血管・DNA 解析のための毛
管電気泳動)における流れ,などに見られる.特
1)空間分解能が高いこと:一般に測定対象の代
表寸法の 1/100∼1/10 が分解できる空間分解能が
に,近年の半導体製造技術をベースにした微細加
必要である.具体的には,センシング体積の寸法
工技術の長足の進歩は,µm オーダの流体機械や
を数 10 nm∼数 10 µm に抑えなければならない.
流体センサの製作を可能にし,それらを用いた流
市販品では,熱線・熱膜流速計(HWA/HFA)の
体制御への検討が進んでいる 2, 3).
極小プローブの長さが数 100 µm,レーザドップ
このようなマイクロ流れは,低レイノルズ数の
ラ流速計(LDV)の短焦点距離レンズ使用の場合
層流条件であっても,流れ場を解析的・数値的に
で測定体積が直径数 10 µm× 長さ数 100 µm であ
作動
求めることが困難なことが多い.それは,1)
り,どちらも空間分解能は充分でない.
流体が高分子や添加剤を含んだ非ニュートン流
2)非挿入・非侵襲であること:センサ挿入によっ
体であったり,粒子・結晶・気泡・液滴・生物細
て速度場が乱されることのないよう,非挿入型
微細加
胞などを含む混相流であることが多く,2)
であることが求められる.また,高出力のレーザ
工技術の種類によっては流路に加工屑や凝固物
ビームを絞って照射する場合,それによる流体加
が残り,平滑流路とは様相を全く異にすることが
熱あるいは壁面加熱の影響を考慮する必要があ
物理化学的あるいは電気化学的効果(例
あり,3)
る.
3)簡単な測定原理に基づく直接測定であること:
∗
〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台 79-5
速度以外の物理量を測定し,それから間接的に速
†
E-mail: [email protected]
度を求める方法では,その測定原理が必ずしもマ
84
マイクロ流れの速度場計測
イクロ流れに適用できるとはかぎらない.従っ
メラを用いると,画素分解能は金属/生物顕微鏡
て,できるだけ簡単な測定原理に基づく直接測定
で 0.1 µm,実体顕微鏡で 0.3 µm となり,上述の
が望ましい.
空間分解能の要求範囲に収まる.
4)非ニュートン流体や混相流に適用できること:
像平面上でのトレーサ粒子像の大きさ de は,
上述したように,マイクロ流れでは非ニュートン
トレーサ粒子の投影サイズと撮影光学系の回折限
流体や混相流であることが多く,そのような流れ
界とによって定まり,次式で与えられる 7).
場への適用性が望まれる.
以上の要求を全て満たす測定手法は現時点では
見当たらない.これまでに提案・開発されている
手法は次のように分類される.
1)マイクロ PIV(microPIV)
:標準的な流体計測
手法として普及しつつある PIV(particle image
velocimetry)をマイクロ流れの速度場計測に適用
したもの.
de =
M 2 d2p + da2
(1)
ここで,M は撮影光学系の横倍率,d p は粒子径,
da は回折によるエアリディスク直径である.レ
ンズ収差のない理想的な撮影光学系では da は次
式で与えられる.
da = 2.44λ(1 + M)F
(2)
2)分子マーカを利用するもの:蛍光染料,燐光
染料,フォトクロミック(光互変性)染料などの
ここで,λ は照明光(= 散乱光)の波長,F は撮影光
分子マーカを利用して,可視化と画像処理によっ
学系の F 値である.平行レーザビームをレンズで
て速度場測定を行うもの.
絞る場合は M = 0 としてよいので,da = 2.44 λF
3)その他の方法:NMR(nuclear magnetic resonance)やマイクロセンサを利用するもの.
となる.これは,LDV における最小スポット径
マイクロ流れの測定に多く使われている方法は
短焦点レンズを用いた場合でも F = 20 ∼30 と
と 2)
である.本稿では,1)
と 2)
の方法に
上の 1)
なるため,da = 25∼38 µm である(ここで,λ =
については短く紹介
ついて比較的詳しく述べ,3)
514.5 nm:Ar イオンレーザの緑色ビームを仮定).
するに留める.
光学的には,入射ビーム径を広げることによって
3
測定手法の実際と応用例
を与える式である 8).LDV では,F 値の小さな
F 値を下げ,最小スポット径を縮小させることが
可能であるが,それは同時にフリンジ本数の減少
3.1 マイクロ PIV
PIV とは,流れ場に投入した微小トレーサ粒子
を招くため実用的でない.
の動きを解析することによって速度分布を測定す
イズ 6.7 µm の CCD 素子(素子幅 8.7 mm,セル
る手法である.標準的方法では,ダブルパルスの
数 1,300)で撮影する場合について,式(1)を用
シート光で流れ場を照明し,シート光面内の速度
いてトレーサの粒子径・粒子像径・分解能の関
実体顕微鏡を用いて,視野幅 300 µm をセルサ
2 成分を測定する.トレーサ粒子の動きが局所の
係を求めた結果を表 1 に示す.ここで,F = 1.8
流体速度と同一であると仮定できれば,撮影され
(あるいは,開口数 NA = n/2F = 0.278.ただ
たトレーサ粒子の動きから流体速度とその二次元
し,媒質の屈折率 n = 1),λ = 532 nm(Nd:
分布を知ることができる.
YAG レーザの第 2 高調波)を仮定し,横倍率は
M = 8.7 mm/300 µm = 29 である.この例から
わかるように,粒子径 1 µm 以下では,回折限界
PIV の視野範囲を顕微鏡を用いて微小化したも
のがマイクロ PIV である.視野幅は,金属/生物
顕微鏡では 100 µm 程度,実体顕微鏡では 300 µm
程度にまで縮小できる.PIV システムで標準的に
用いられる 1, 000 × 1, 000 画素オーダの CCD カ
に起因するエアリディスク直径が粒子像径を実質
的に決めており,粒子像径は実際の粒子の大きさ
には依存しない.
85
西野耕一
表1
トレーサの粒子径・粒子像径・分解能の関係
粒子径:d p[µm]
(粒径パラメータ:α)
Md p[µm]
da[µm]
粒子像径:de[µm]
粒子像径/セルサイズ
分解能:de /M[µm]
表2
0.1
0.2
0.5
1.0
2.0
5.0
(0.6) (1.2) (3.0) (5.9) (11.8) (29.5)
2.9
5.8
14.5
29.0
58.0
145
70.1
←
←
←
←
←
70.2
70.3
71.6
75.9
91.0
161.1
10.5
10.5
10.7
11.3
13.6
24.0
2.4
2.4
2.5
2.6
3.1
5.6
ブラウン運動による水中での粒子の拡散速度
d p[µm]
0.1
0.2
0.5
1.0
2.0
5.0
∆t = 16.7 ms
vD[µm/s]for ∆t = 16.7 ms
vD[µm/s]for ∆t = 10 µs
0.38
23
920
0.27
16
650
0.17
10
410
0.12
7.2
290
0.083
5.1
210
0.053
3.2
130
x2[µm]for
粒子からの散乱光強度は,粒子径が照明光の波
時間間隔である 16.7 ms を仮定し,20˚C の水中で
長より小さい範囲では d6p に比例し,それより粒
の平均移動距離とそれを時間間隔で除した拡散速
子径が大きくなると
d2p
に比例する
8, 9)
.表 1 に
度 vD を評価すると表 2 のようになる.例えば,粒
は,粒子径と照明光の波長との比である粒径パラ
子径 1.0 µm の粒子の拡散速度は 7.2 µm/s と小さ
メータ α = πd p /λ を含めた.粒子と作動流体の
い.しかし,式
(3)
よりわかるように,vD ∝ 1/∆t1/2
屈折率比にも依存するが,散乱光強度は α < 1 で
であり,測定される拡散速度は時間間隔の減少と
は
d6p
に比例し,α > 10 では
d2p
に比例すると考
えてよい.このことは,表 1 の粒子径 2.0 µm 以
下(α ≤ 11.8)の粒子では粒子径の減少とともに
ともに増加することに注意する必要がある.表 2
には,∆t = 10 µs に対する拡散速度を含めた.
式(2)は,シート光厚みの評価にも適用でき,
散乱光強度が急速に低下することを意味してお
その最小厚みは LDV における最小スポット径と
り,明るく鮮明な粒子像を撮影する上での障壁と
同程度(数 10 µm)となる.この厚みは,通常の
なる.また,そのような小粒径範囲では粒子径の
速度場計測では充分に薄いと取り扱って差し支
わずかな分散が散乱光強度の大きなバラツキをも
えないが,マイクロ流れ(特に,代表寸法が数
たらすため,粒子径分散の小さなトレーサ粒子を
100 µm 以下)では「充分に薄い」とすることは
選定する必要がある.
できない.従って,何等かの方法で視野奥行き方
粒子が小さくなると,ブラウン運動の影響が表
向の位置決めを行う必要が生じる.位置決めの方
面化するとの問題にも注意を払う必要がある.ブ
被写界深度を限定すること,2)
三次
法として,1)
ラウン運動による粒子の平均移動距離
元測定を行うことが提案されている.
式で与えられる
x2
=
x2 は次
10)
Meinhart ら 11)は,顕微鏡を用いたマイクロ
PIV における粒子の被写界深度 ∆z を与える次式
.
2kT
∆t
3πµd p
(3)
ここで,k はボルツマン定数,T は流体温度,∆t は
拡散時間,µ は流体の粘性係数である.∆t は PIV
を提案した.
∆z =
3 nλ 2.16 d p
nλ
ne
+d p (4)
+
+
tan θ
NA2 NA · M NA2
ではダブルパルス照明の時間間隔に対応する.今,
ここで,e は撮像素子の分解能(=CCD 素子では
時間間隔として通常の CCD カメラのフィールド
セル間隔),θ は粒子が対物レンズに張る円錐の
86
マイクロ流れの速度場計測
表 3 トレーサ粒子の被写界深度
0.1
0.2
0.5
粒子径:d p[µm]
Case 1:
n = 1.0, λ = 532 nm
NA = 0.275
Case 2:
n = 1.5, λ = 532 nm
NA = 1.4
図1
3nλ/NA2[µm]
2.16nd p /NA[µm]
∆z[µm]
3nλ/NA2[µm]
2.16nd p /NA[µm]
∆z[µm]
←
1.6
22.9
←
0.46
1.8
21.1
0.79
22.0
1.2
0.23
1.5
←
3.9
25.5
←
1.2
2.9
1.0
←
7.9
30.0
←
2.3
4.5
2.0
←
15.7
38.8
←
4.6
7.8
5.0
←
39.3
65.4
←
11.6
17.8
被写界深度限定型マイクロ PIV システム 14)
頂角の 1/2 である.右辺第 1 式第 1 項は回折に
よる被写界深度 12)を表し,第 2 項は幾何光学的
図2
「被写界深度限定型マイクロ PIV」による
マイクロチャネル層流の測定結果 14)
な被写界深度を表す.一般に,幾何光学的な被
写界深度は 2(1 + M)neF/M 2 で与えられるが 13),
この表の結果より,1)
実体顕微鏡を用いた Case 1
F = n/2NA と M 1 の関係を用いることによ
の右辺第 2 式は,理
り上式の表現となる.式
(4)
では回折による被写界深度の影響が大きいこと,
2)一方,油浸式対物レンズを用いた Case 2 では
想物点からの位置ずれによって粒子像の輝度が
回折の影響は相対的に小さく,微小粒子(例えば,
1/10 に低下するまでの範囲を被写界深度と定義
した場合のもので,第 3 項は粒子径そのものが被
d p ≤ 0.2 µm)を使用すれば被写界深度を充分に
浅く(例えば,∆z ≤ 1.8 µm)できること,など
写界深度に含まれることを表す.
が読み取れる.
の右辺第 2 式を用いて,被写界深度を評価
式
(4)
そのような,
「被写界深度限定型マイクロ PIV シ
した結果を表 3 に示す.Case 1 は表 1 と同じ撮影
ステム」を図 1 に,それによるマイクロチャネル層
系に対するもので,M = 29,n = 1.0,λ = 532 nm,
流の測定結果 14)を図 2 に示す.落射型蛍光顕微
NA = 0.275,e = 6.7 µm に対する結果である.
一方,Case 2 は油浸式対物レンズを使用した金属
鏡(epi-fluorescent microscope)を用い,M = 60,
/生物顕微鏡による撮影系に対するもので,視野
幅 100 µm,M = 8.7 mm/100 µm = 87,n = 1.5,
NA = 1.4 に対する結果である(その他のパラメー
タは Case 1 と同じ)
.Case 2 は光学顕微鏡で達成
できる最大倍率,最大開口数に近い条件である.
なお,NA n tan θ の近似関係式を用いた.
NA = 1.4 の油浸式対物レンズ(ただし,水に対す
る実効開口数は 1.23)で撮影を行う.照明は波長
532 nm,出力 1 mJ の Nd:YAG パルスレーザで行
い,1, 300 × 1, 030 × 12bit の冷却型 CCD カメラ
で撮影する.トレーサ粒子は比重 1.055,粒子径
100∼300 nm のポリスチレン蛍光粒子で,最適励
起波長 540 nm,ピーク蛍光波長 570 nm である.
87
西野耕一
図 4 暗視野法による強磁性微粒子のブラウン運
動の可視化と PTV 測定 16)
図3
マイクロ PIV によるインクジェットプリンタ
のヘッド内部の速度場測定結果 15)
流れ場は 30 µm × 300 µm × 25 mm のガラス製矩
200 nm 程度の水ベース強磁性微粒子のブラウン
運動を可視化し,粒子個々の動きを追跡する PTV
(particle tracking velocimetry)によって定量化し
た結果である 16).撮影は生物顕微鏡と油浸式暗
形チャネルで,作動流体は水である.
蛍光粒子が照明光に対して透明であれば,蛍光
強度は蛍光染料の分子数に比例するので,d3p
められている.図 4 は,暗視野法を用いて粒径
視野コンデンサレンズを用いて行われ,1/30 s 間
に
隔で撮影されたデジタル画像より粒子挙動の解析
比例することになる.この粒子径依存性は,上述
が行われている.図中の幾つかの白塊がそれぞれ
した散乱光強度の粒子径依存性(∝
強磁性微粒子で,そこから放射状にランダムに伸
d6p )より緩
やかで,粒子径が小さい範囲では有利である.ま
びている矢印が測定された速度ベクトルを表す.
た,蛍光のみを通過させる光学フィルタを用いる
視野奥行き方向の位置決めを行う別原理の方法
ことにより,照明光からの反射や迷光を除去でき
は三次元測定である.2 台以上の CCD カメラを
るとの利点もある.図 2 の結果は,チャネル側壁
用いたステレオ撮影(あるいは多眼撮影)によっ
近傍の測定領域(100 µm × 100 µm)の一部を拡
て対象物の視野奥行き方向位置を知ることがで
大したもので,FFT ベース相互相関 PIV によっ
き,トレーサ粒子個々の動きを追跡する PTV と
て 13.6 µm × 0.9 µm∼13.6 µm × 4.4 µm の空間分
組み合わされる 17).視野奥行き方向位置の測定
解能で速度分布が得られている.測定結果は層流
精度は,2 台の CCD カメラを用いた場合,それら
解と良好に一致することが報告されている.
の光軸間角度を 2θ とすると,|σz /σ x | = 1/ tan θ
マイクロ PIV の実際的な適用例として,イン
で与えられる 18).ここで,σ x は画素分解能で定
クジェットプリンタのヘッド内部の流速測定結
まる面内方向位置の測定精度,σz は視野奥行き
果 15)を図 3 に示す.幅約 50 µm のノズルに流入
方向位置の測定精度である.例えば,光軸間角度
する非定常流を測定したもので,インクが噴出す
が 60 deg のとき |σz /σ x | = 1.7 であり,この比は
る直前の流速分布である.トレーサ粒子として直
光軸間角度の減少とともに急増する.
径 700 nm のポリスチレン蛍光粒子を使用し,視
図 5 は,2 台のテレビカメラを用いた「ステレオ
野サイズは 200 µm × 175 µm,被写界深度は 8∼
撮影型マイクロ PIV システム」である 19).光軸
10 µm である.表 3 の Case 2 と比較して被写界
間角度は 60 deg で,視野幅は約 3 mm である.通
深度が大きいのは,撮影箇所までの作動距離を大
常の CCD カメラ(768×494×8bit)を使用し,画素
きくする必要から開口数を 0.6 としているためで
分解能は 3.9 µm である.作動流体は水,チャネル
ある.
幅は 2 mm,チャネル中心流速は 4.7 m/s,それら
被写界深度を限定する他の顕微鏡撮影方法と
に基づくレイノルズ数は Rec = 9, 760 である.ト
して,暗視野法や共焦点法などがあり,検討が進
レーサ粒子の三次元位置測定の不確かさ(95 %包
88
マイクロ流れの速度場計測
3.2 分子マーカ利用の方法
マイクロ流れは,界面動電現象(electrokinetic
phenomenon)が 関 与 す る 電 気 浸 透(electroosmosis)や電気泳動(electrophoresis)において
も見られる.特に,ゲノム科学では,DNA 解析
に使われる毛管電気泳動流の特性の実験的把握が
望まれている 22).そのような系では,流れ場に
強い電界を印可するため,帯電したトレーサ粒子
に作用する電気泳動力によって,トレーサ粒子と
ステレオ撮影型マイクロ PIV システム 19)
図5
周囲流体との間に大きなスリップ速度が発生し
得る 5).その他にも,局所速度勾配が粒子に与え
る流体力,温度勾配による熱泳動力,上述したブ
ラウン運動など,トレーサ粒子挙動の解釈を複雑
化する複数の要因が存在する.そのため,蛍光染
料,燐光染料,フォトクロミック(光互変性)染
料などの分子マーカを利用した速度場測定手法が
検討されている.
分子マーカで速度分布を可視化・測定するため
には,細いレーザビームあるいは薄いレーザシー
トで分子マーカを含む流体を照射し,それによっ
て発色した流体塊の移動を追跡する.この場合の
空間分解能は,レーザビームあるいはシートの最
小(最薄)部の厚みと,前述した被写界深度とに
マイクロチャネル乱流の乱れ度の 3 成分 19)
図6
よって規定される.毛管電気泳動流への適用で
は,曲率を有する毛管流路(直径 100 µm 程度)
括度)は,流れ方向 2.1 µm,壁垂直方向 3.7 µm,
への光学的アクセスを確保する必要上,理想的な
スパン方向 1.9 µm,それぞれの方向の速度測定
油浸式顕微鏡で実現されるような大きな開口数
の不確かさは 220 mm/s,350 mm/s,200 mm/s と
による顕微鏡撮影は難しく,従って被写界深度は
評価されている.これらの速度測定の不確かさ
20 µm 程度となることが報告されている 5, 23).
の 1/2 は(不確かさが正規分布に従う場合の標準
トレーサ粒子と対比して,分子マーカの使用で
偏差に相当する)
,摩擦速度(= 260mm/s)のそ
問題となるのが分子拡散によるマーカの「ぼやけ」
れぞれ 42 %,67 %,38 %となる.壁垂直方向の
である.今,拡散係数 = 10−5 cm2 /s,拡散距離 =
不確かさが大きいのは,その方向が視野奥行き方
向に一致しているからである.図 6 は測定され
50 µm(= 毛管流路半径)を仮定すると,拡散時
間は 2.5 s となる.従って,毛管流路半径に比べ
た速度変動 3 成分の rms 値の分布である.文献
てマーカのぼやけを小さく抑えるためには,拡散
データ
20, 21)
と比較して,1)
流れ方向成分
(u )
と
時間を 250 ms 程度(= 10 %)以下とすることが
はレイノルズ数の違いを考慮
スパン方向成分
(w )
望まれる.一方,1 mm/s 以下の極低速流である
すると妥当に一致すること,2)
一方,壁垂直方向
毛管流を測定するためには,観察時間をできるだ
は上述の不確かさの影響で一致が劣るこ
成分
(v )
け長く設定して,マーカの移動距離を大きくする
と,が示されている.
ことが望まれる.
89
西野耕一
3.3 その他の方法
1)NMR を 用 い る 方 法:NMR あ る い は MRI
(magnetic resonance imaging)は水素原子核ス
ピンをマーカとする方法で,温度場・速度場の
測定に向けた開発が進められている 25).可視光
に対して不透明な物体の内部を測定できる利点
を有する.理想的条件では,10 µm 程度の空間分
解能で,流速を数 µm/s の精度で測定できるとさ
れる 26).そのような NMR を電気浸透流に適用
した報告が既になされており 26, 27),内径 800 µm
の塩化ビニル製円管の水流を測定し放物型速度分
図7
かご化蛍光染料を用いた毛管内流の速度分布の
布が精度良く把えられている 27).
可視化(分子マーキング後の 99 ms の画像)
2)X 線を用いる方法:X 線に対して異なる吸収
(上)静圧駆動流の速度分布,
(下)電気浸透流
の速度分布 23)
約 1 µm)を作動流体として,内径 640 µm の円管
そのような観察時間に対する要求を満たすも
のとして,
「かご化蛍光染料(caged fluorescent
dye)」を利用する方法が提案されている
特性を有する油滴−水エマルジョン(油滴径は
23, 24)
.
流れを測定した報告がなされている 28).通常の
PIV と同様のダブルパルス照明を X 線で照射し,
透過光画像を解析する方法である.NMR と同様
この蛍光染料は,通常は蛍光を阻害する化合物に
に不透明物体の内部を測定できるとの利点を有す
取り囲まれているため非蛍光性であるが,紫外線
る.
照射などによって化合物が光分解されると蛍光性
3)マイクロセンサを用いた方法:半導体製造技
を取り戻し(換言すると,分子マーキングされ)
,
術を利用して製作したマイクロ熱線流速センサ
適当な励起光の照射によって強い蛍光を発する
が報告されている 29).ポリシリコン製のワイヤ
ようになる.この特性を利用することによって,
は,全長が 10∼160 µm,矩形断面が 1 × 0.5 µm
長い毛管流路の途中の測定個所で流体に分子マー
である.センサそのものは µm サイズであるが,
キングを施し,流体とともに移動するマーカを
サポートやハーネスの微細化が難しいとの課題が
蛍光として観察することが可能になる.図 7 は,
ある.
この方法を用いて,内径 100 µm の融解石英製毛
管内の速度場を可視化した結果 23)である.図中
4 まとめ
の「99」は,撮影がマーキング後の 99 ms に行わ
マイクロ流れの速度場計測について最近の研
れたことを意味する.図 7(上)の静圧駆動され
究・開発動向ならびに関連技術についてまとめ
る場合,放物型速度分布の Hagen-Poiseuille 流が
た.はじめに述べたように,マイクロ流れでは,
形成されていることがわかる.実際,この画像か
これまで通常サイズの流れで無視されていた要
ら速度分布を求めたところ放物型分布とよく一
因が顕在化する可能性がある.そのため,たとえ
致することが示されている.一方,図 7(下)は
連続体として取り扱える条件であっても,通常サ
200 V/cm の電界印可によって生じた電気浸透流
イズの流れで得られた知見をマイクロ領域にそ
を可視化したもので,管路断面にわたって一様な
のまま外挿できない場合がある.その例として,
速度分布が形成されていることがわかる.
マイクロ流れにおける圧力損失が N-S 方程式に
よる解析結果と有意に異なるとの報告がなされて
いる 30, 31).本稿で説明した速度場計測の各手法
90
マイクロ流れの速度場計測
は,そのようなマイクロ流れの特性をつきとめる
上で重要な役割を演じるものと考えられる.
ブック(朝倉書店, 1994)98-99.
13)三宅和夫 : 幾何光学(共立出版, 1979)74-76.
14) C. D. Meinhart, S. T. Wereley & J. G. Santiago :
引
用
文
PIV measurements of a microchannel flow, Exper-
献
1)芹澤昭示, 他 6 名 : 特集「マイクロチャンネル内の
流動と熱伝達」, 日本機械学会誌 102-964(1999)
183-189.
iments in Fluids 27(1999)414-419.
15) C. D. Meinhart & H. Zhang : The flow structure
inside a microfabricated inkjet printhead, J. Mi-
2) C.-M. Ho & Y.-C. Tai : Review: MEMS and its
applications for flow control, Trans. ASME, J.
Fluids Eng. 118(1996)437-447.
3) C.-M. Ho & Y.-C. Tai : Micro-electro-mechanicalsystems(MEMS)and fluid flows, Annual Review
of Fluid Mechanics 30(1998)579-612.
4) H. Muller-Mohnssen, H. P. Lobl & W. Schauerte :
Direct determination of apparent slip for a ducted
flow of polyacrylamide solutions, J. Rheology 31
(1987)323-336.
croelectromechanical Systems 9-1(2000)67-75.
16)木倉宏成・橘俊英・松崎充男・有冨正憲・小林勇
二・中谷功 : 磁性流体中の強磁性微粒子の熱挙
動, 磁性流体連合講演会講演論文集, 筑波(2000)
49-50.
17) K. Nishino, N. Kasagi & M. Hirata : Threedimensional particle tracking velocimetry based
on automated digital image processing,
Trans.
ASME, J. Fluids Eng. 111(1989)384-391.
18)可視化情報学会 PIV ハンドブック編集委員会 編 :
5) J. A. Taylor & E. S. Yeung : Imaging of hydro-
PIV ハンドブック(森北出版, 2001)発行予定.
dynamic and electrokinetic flow profiles in capil-
19)鳥居薫・西野耕一 : マイクロ流れの 3 次元計測技
laries, Analytical Chemistry 65-20(1993)2928-
術の開発, マイクロマシン技術に関する研究助成
2932.
第 4 回研究成果報告書,(財)マイクロマシンセン
6)(財)マイクロマシンセンター : マイクロチャンネ
ター(1998)75-82.
ルの応用技術に関する調査研究(調査研究部会委
20) J. Kim, P. Moin & R. Moser : Turbulence statistics
, 平成 12 年度「マイクロマシン
員長 : 井上剛良)
in fully developed channel flow at low Reynolds
技術への他分野萌芽技術の適用に関する研究」報
number, J. Fluid Mech. 177(1987)133-166.
告書 本編(2001)発行予定.
21)西野耕一・笠木伸英 : 三次元画像処理流速計によ
7) R. J. Adrian : Particle-imaging techniques for experimental fluid mechanics,
Annual Review of
Fluid Mechanics 23(1991)261-304.
8)日本機械学会, 技術資料「流体計測法」,(1985)
142-158.
機械学会論文集 56-525(1990)1338-1347.
22)例えば,
J. A. Taylor & E. S. Yeung : Axial-
beam laser- excited fluorescence detection in capillary electrophoresis, Analytical Chemistry 64-15
9)粉体工学会編 : 粒子径計測技術(日刊工業新聞社,
1994)123-143.
(1992)1741-1744.
23) P. H. Paul, M. G. Garguilo & D. J. Rakestraw :
10)流れの可視化学会編 : 新版「流れの可視化ハンド
ブック」(朝倉書店, 1986)158-164.
11) C. D. Meinhart, S. T. Wereley & M. H. B. Gray :
Volume illumination for two-dimensional particle
image velocimetry,
る二次元チャネル乱流の乱流統計量の測定, 日本
Measurement Science and
Technology 11(2000)809-814.
12)田幸敏治・辻内順平・南茂夫 編 : 光測定ハンド
Imaging of pressure- and electrokinetically driven
flows through open capillaries, Analytical Chemistry 70-13(1998)2459-2467.
24) W. R. Lempert, K. Magee, P. Ronney, K. R.
Gee & R. P. Haugland :
Flow tagging ve-
locimetry in incompressible flow using photoactivated nonintrusive tracking of molecular mo-
91
西野耕一
tion(PHANTOMM), Experiments in Fluids 18
(1995)249-257.
25)小川邦康・當房誠・入口紀男・平井秀一郎・岡崎
健 : 磁気共鳴イメージングによる温度・流れ場の
同時計測法の開発, 日本機械学会論文集 65-636
(1999)2791-2798.
26) B. Manz, P. Stilbs, B. Jonsson, O. Soderman & P.
T. Callaghan : NMR imaging of the time evolution
of electroosmotic flow in a capillary, J. Physical
Chemistry 99-29(1995)11297-11301.
27) D. Wu, A. Chen & C. S. Johnson : Flow imaging
Wildes & J. Dunsmuit : An investigation of microstructure and microdynamics of fluid flows in
MEMS, Proc. ASME Aerospace Division AD-52
(1996)789-795.
29) F. Jiang, Y.-C. Tai, C.-M. Ho & W. J. Li : A micromachined polysilicon hot-wire anemometry, Proc.
Solid-State Sensor and Actuator Workshop, Hilton
Head, South Carolina(1994)264-267.
30) J. Pfahler, J. Harley & H. Bau : Liquid transport
in micron and submicron channels, Sensors and
Actuators A21-A23(1990)431-434.
by means of 1D pulsed-field-gradient NMR with
31) T. Hasegawa, M. Suganuma & H. Watanabe :
application to electroosmotic flow, J. Magnetic
Anomaly of excess pressure drops of the flow
Resonance, Series A 115(1995)123-126.
through very small orifices, Physics of Fluids 9-1
28) A.-M. Lanzillotto, T.-S. Leu, M. Amabile, R.
(1997)1-3.
Fly UP