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みずほリポート - みずほ総合研究所

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みずほリポート - みずほ総合研究所
みずほリポート
2012年5月10日
民主党政権3年目における
雇用政策の進捗状況と課題
◆本稿では、3年目の後半に突入した民主党政権の雇用政策に焦点
をあて、政権発足時に掲げた政策の分野別に進捗状況を整理する
と同時に、残されている課題を考察した。
◆ 2011年度までの期間では、働くことを支える社会保障・社会サ
ービスを中心に政策の進展が見られた。2012年度以降は、非正
社員の待遇改善策や若者の就労支援策の具体化が見込まれる。
◆ 一方、仕事と生活の両立支援に関しては、税・社会保障一体改
革で2015年度以降の保育充実策が盛り込まれたものの、働き方
の見直しに関わる施策が明確に強化される様子は伺えない。
◆ また、これまで対応が進められてきた政策についても、失業時
のセーフティネットが依然不足する問題、実現可能性が低い最
低賃金の引き上げ目標など、その中身には課題が少なくない。
◆ 今後は、次回総選挙に向けた政策議論の活発化が予想される。
政府・与党はこれまでの施策で期待される効果と課題、今後の
対応について、情報提供を拡大すべきである。
政策調査部
主任研究員
03-3591- 13 2 8
大嶋寧子
y a s uk o . o s h i m a@m i z u h o - ri . c o . j p
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではあり
ません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、
確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあ
ります。
目
I.
次
はじめに ········································································ 1
II. 2009 年衆議院議員総選挙における民主党の雇用政策 ·································· 1
III. 2011 年度末までの政策動向と 2012 年度以降の展望 ··································· 3
1. 2011 年度末までの雇用政策の展開 ·············································································· 3
(1) 「働くこと」を支える社会保障・社会サービス·························································· 3
(2) 非正社員の雇用保護・待遇改善··············································································· 5
(3) 若者の就労支援 ···································································································· 6
(4) 仕事と家庭の両立支援 ··························································································· 6
2. 2012 年度以降に進展が見込まれる政策 ······································································· 7
(1) 「働くこと」を支える社会保障・社会サービス ··························································· 7
(2) 非正社員の雇用保護・待遇改善··············································································· 8
(3) 若者の就労支援 ···································································································10
(4) 仕事と家庭の両立支援 ··························································································11
(5) 2009 年民主党雇用政策になかった政策 ····································································12
IV. 2009 年民主党雇用政策の進捗状況の評価と残された課題······························ 12
1. 2009 年民主党雇用政策の大枠は対応が進みつつあるが、積み残し課題も··························12
2. 対応済みの個別政策にも課題が存在···········································································15
(1) 「働くこと」を支える社会保障・社会サービス ··························································15
(2) 非正社員の雇用保護・待遇改善··············································································17
(3) 若者の就労支援 ···································································································19
(4) 仕事と家庭の両立支援 ··························································································20
3. 2009 年民主党雇用政策に盛り込まれていないが重要な政策を巡る課題·····························20
(1) 高年齢者雇用対策を巡る課題·················································································20
(2) 正社員の働き方の多様化を巡る課題········································································21
V.
終わりに ······································································· 22
I. はじめに
2009年8月30日の衆議院議員総選挙の政権公約(マニフェスト)で、民主党は「雇用・経済」分野の
政策改革を柱の一つとして掲げた。実際、民主党政権の発足直後より、国は雇用政策の見直しに着手
しており、すでに法改正などの対応済みのものもある。さらに、これまでの有識者や労使の検討を踏
まえ、2012年度以降も労働市場の改革に関わる法改正や重要な戦略の策定が見込まれている。
現在、民主党政権は発足後3年目の半ばという時期にあり、今後は次の衆議院議員総選挙を睨んで、
これまで民主党政権が行ってきた政策の評価や今後の課題に関する議論が活発化するとみられる。折
しも、2012年4月11日には第一野党である自民党が、次回衆議院議員総選挙の政権公約(マニフェス
ト)原案を公表するなど、その端緒とも言える動きも見え始めている。
雇用の不安定化や貧困率の上昇などに歯止めがかからないなか、次回の総選挙では、国民の生活を
どう立て直すのかがこれまで以上に大きな課題となるだろう。その際、国民が感情論に陥らずに、冷
静な議論に基づいて政策選択を行うためには、民主党政権発足後、どのような政策が実施され、何が
課題として積み残されているのか、あるいは政策議論の深化を踏まえて何が新たな方向性として打ち
出されつつあるのかについて、中立的な立場からの評価が必要である。
そのような政策選択のための判断材料の一つとなることを期待し、本稿は雇用分野に焦点をあて、
民主党政権3年目の政策の進捗と残された課題の検討を試みている。まず、民主党が2009年の衆議院
議員総選挙時点で掲げた政策を振り返り、そのうち雇用関連分野の政策を整理する。次に、そのうち
2011年度までに実現した政策、2012年度以降に見込まれる政策を概観する。その上で、2009年時点で
民主党が掲げた雇用関連政策のうち、何が実現され、何が課題として残されているのかを検討する。
なお、本稿は2012年5月1日時点の政策動向を踏まえており、本稿で「現在」という場合、この時点を
指している。
II. 2009 年衆議院議員総選挙における民主党の雇用政策
まず、2009年8月30日に行なわれた衆議院議員総選挙で、民主党が掲げた政策(雇用分野)を振り
返ろう。ただし、民主党が2009年衆議院議員総選挙のために公表したマニフェスト(以下、2009年マ
ニフェストと呼ぶ)は、同党の政策の主要部分を示すものであり、民主党の雇用政策の全体像を把握
しにくいという問題がある。そこで、上記選挙直前(2009年7月17日)にまとめられ、2009年マニフ
ェストの補足資料に近い位置付けがなされていた2009年民主党政策集(
「民主党政策集 INDEX2009」
)
を参考にし、上記選挙時点の民主党の雇用政策を整理したものが図表1である。以下では、2009年マ
ニフェスト及び2009年民主党政策集に盛り込まれた雇用政策を、2009年民主党雇用政策と呼ぶ。
1
図表1 民主党 2009 年雇用政策(下線はマニフェスト本体に挙げられている制度)
①「働くこと」を支える社会保障・社会サービスの強化
職業能力開発支援など
積極的雇用政策の推進
失業時の
セーフティネット拡充
-職業能力開発制度の抜本拡充、地域労使参画による評価制度の確立
-社会人の利用拡大に向けた奨学金制度の整備
-一定期間勤務者に休業を認めるキャリアブレイク制度の普及支援
-雇用保険を受給できない人に訓練期間中の手当を支給する制度の導入
-失業後 1 年は在職中と同程度の負担で医療保険に加入できる制度の導入
-雇用保険の加入要件緩和(31 日以上の雇用期間がある労働者)
②非正社員の雇用保護・待遇改善
非正社員の
待遇改善
労働者派遣法の
抜本的見直し
最低賃金引き上げ
-有期労働契約の締結事由や雇止め規制の整備
-非正社員に対する待遇の差別的取り扱い禁止
-かけもち労働者への労災適用や労働時間管理、社会保険の適用
-実質的に雇用関係にある請負自営業者に対する労働契約法準用
-2 カ月以下の雇用契約について労働者派遣を禁止
-派遣労働者と派遣先労働者の均衡待遇原則を確立
-違法派遣の場合に派遣先に直接雇用を通告できる制度を創設
-専門業務を除く製造業務への派遣を禁止
-26 専門業務以外の派遣労働を常用雇用に限定
-マージン率の公開、「専ら派遣」の規制強化
-最低賃金を全国平均 1,000 円(時給)に引き上げ
③若者の就労支援
若者の雇用就労支援
内定取り消し規制
-ハローワーク・自治体等の連携による支援(「住まいと仕事の確保法」)
-「若年者等職業カウンセラー」によるハローワークでの就労支援
-「個別就労支援計画」作成による職業指導、民間企業での職業訓練
-必要に応じた就労支援手当(1 日 1,000 円、月 3,000 円相当)
-教育機関や企業、公的部門が連携した若者の就業意識の形成
-労働契約法の改正により、採用内定取り消し規制条項を新設
④仕事と家庭生活の両立支援、ワークライフバランス等
仕事と家庭の両立支援
ワークライフバランス
の実現
募集・採用の年齢差別禁止
-長時間労働の解消、年次有給休暇の完全消化など働き方の変革
-子どもの看護休暇の普及、父親の育児休業取得の促進
-勤務時間短縮制度の普及、有期労働者の育児・介護休業の取得の保障
-テレワークの情報保護、管理、評価のルール作り
-待機児童の解消
-労働時間管理徹底
-月 60 時間超の時間外労働の割増賃金率について 50%への引き上げ実施
-休息時間制度の導入
-改正雇用対策法(募集・採用に関わる年齢制限禁止)の実効性向上
(資料)民主党「Manifesto」及び同「民主党政策集 INDEX2009」より、みずほ総合研究所作成
2
2009 年民主党雇用政策に盛り込まれた具体策を整理すると、①「働くこと」を支える社会保障・社
会サービスの強化、②非正社員の雇用保護・待遇改善、③若者の就労支援、④仕事と家庭の両立支援の
4 分野に大別可能である。このうち 2009 年マニフェスト本体にも盛り込まれた、①「働くこと」を支
える社会保障・社会サービスの強化、②非正社員の雇用保護・待遇改善は、民主党の雇用政策の中でも
重要性が高く、国民にその実施を強くアピールすべき分野と位置づけられていたと考えられる。
III. 2011 年度末までの政策動向と 2012 年度以降の展望
1. 2011 年度末までの雇用政策の展開
それでは民主党政権発足後、雇用分野でどのような改革が実現されてきたのだろうか。これを見る
ために、民主党政権発足後の期間別(当初 1 年目、2 年目、3 年目前半)・分野別に、主要な動きを整
理したものが図表 2 である。ここでは、2009 年 9 月以降に成立した法律やその施行、新たな制度の導
入又は既存の制度の大幅な改革、就労支援等の施策に対する予算・人員面の大幅な拡充、新たな戦略・
方針の決定を取り上げている。その一方、図表 2 では、民主党政権発足以前に成立した法の施行に関
わるもの1、民主党政権発足以前から行われている政策が継続されているものは割愛したほか、政府の
研究会及び審議会における検討は除外している。また、マニフェストに挙げられた政策と区別するた
め、経済情勢の悪化に対応するための雇用対策や東日本大震災に対応した雇用対策は盛り込んでいな
い。
(1) 「働くこと」を支える社会保障・社会サービス
2011 年度末までの期間について見ると、雇用政策の分野で最も明確な進捗があったのは①「働くこ
と」を支える社会保障・社会サービスの強化に関わる政策と言える。例えば、細切れの雇用契約を結
ぶ非正社員が雇用保険に加入しにくい問題を克服するため、2010 年 4 月 1 日より雇用保険の加入要件
が緩和された2。また、2009 年 7 月から時限措置として実施されてきた緊急人材育成支援事業3を引き
継ぐ形で、2011 年 10 月には恒久的な求職者支援制度が創設された。同制度は、雇用保険を受給出来
ない求職者に、ハローワークを中心とする就労支援と民間職業訓練機関による職業訓練を提供すると
同時に、一定の要件を満たす受講者に訓練中の給付を行うものである。
1
例えば、2008 年 12 月 12 日に公布された改正労働基準法の施行により、2010 年 4 月 1 日より月 60 時間を超える時間外労働について
2
具体的には、「週 20 時間以上就労、6 カ月以上の雇用見込み」から「週 20 時間以上就労、31 日以上の雇用見込み」へと緩和された。
3
緊急人材育成支援事業は 2009 年 7 月より導入された時限的制度で、雇用保険を受給出来ない求職者に職業訓練(基金訓練)とその期
割増賃金率が引き上げられたことは、図表 2 には盛り込んでいない。
間中の給付(一定の要件を満たすことが必要)を行うもの。2011 年 10 月の求職者支援制度の導入に伴い、基金訓練は同年 9 月開講
分をもって終了した(基金訓練受講中の給付は訓練期間中は継続)。
3
図表 2 民主党政権発足後の雇用政策(働くことを支える社会サービスの強化を含む)の動向
①「働くこと」を支える社会保障・サービスの強化
–
–
–
雇用保険加入要件の緩和(2010 年 4 月 1 日~)
実践的な職業能力評価制度としての「キャリア段位制度」導入に向けた具体的検
討開始(2010 年 8 月~)
職業相談から住居、生活支援相談を一箇所で行うワンストップ・サービス・デイ実
施(2009 年 11 月 30 日、同年 12 月下旬)
②非正社員の雇用保護・待遇改善
–
–
〔1 年目〕
2009 年 9 月
~2010 年 8 月
–
雇用戦略対話で地域別最低賃金の全国平均について、2020 年までに 1000 円を
目指す目標を決定(2010 年 6 月)
専門業務派遣適正化プランの策定・実施、都道府県労働局による集中的な指導・
監督の実施(2010 年 2 月)
労働者派遣法改正案を国会提出(2010 年通常国会)
③若者の就労支援
–
–
–
ハローワークの新卒者支援体制強化(新卒応援ハローワーク設置(2010 年 9
月)、ジョブサポーター倍増(2010 年 8 月))
3 年以内の既卒者を新卒枠で採用した企業及びトライアル雇用した企業に対する
奨励金制度導入(2010 年 9 月~)
中小企業と新卒者のマッチング強化策(新卒者応援プロジェクト、ドリーム・マッチ
プロジェクト、2010 年 5 月~)
④仕事と家庭の両立支援
–
–
仕事と生活の調和推進官民トップ会議「仕事と生活の調和のための行動指針」で
短時間正社員制度導入企業割合の引き上げ目標を決定(2010 年 6 月)
厚生労働省イクメンプロジェクト(2010 年 6 月~)
①「働くこと」を支える社会保障・サービスの強化
–
〔2 年目〕
2010 年 9 月
~2011 年 8 月
自立困難者に個別継続的支援を行なうパーソナル・サポート・サービスのモデル
事業を実施(2010 年 10 月~2011 年 3 月)
③若者の就労支援
–
–
雇用対策法に基づく「青少年雇用機会確保指針」改正(卒業後 3 年は新卒枠で応
募できることとする内容)(2010 年 11 月)
「新卒者雇用・特命チーム」開催(2011 年 1 月)と「卒業前最後の集中支援」実施
④仕事と家庭の両立支援
-有期労働者の育休取得推進マニュアル策定(2011 年 4 月)
①「働くこと」を支える社会保障・サービスの強化
–
–
〔3 年目前半〕
2011 年 9 月
~2012 年 3 月
「求職者支援制度」の導入(2011 年 10 月~)
改正雇用保険法(2011 年 5 月 13 日成立)によるセーフティネット強化
②非正社員の雇用保護・待遇改善
–
–
労働者派遣法成立(2011 年 3 月)
「望ましい働き方のビジョン」策定(2011 年 3 月)
③若者の就労支援
–
「卒業前最後の集中支援 2012」(2012 年 1 月~3 月)
④仕事と家庭の両立支援
–
子ども・子育てビジョン最終案の決定
(資料)厚生労働省「厚生労働白書」2010~2011 年版、労働政策研究・研修機構「メールマガジン労働情報」等より、みずほ総合研究
所作成
4
(2) 非正社員の雇用保護・待遇改善
次に、②非正社員の雇用保護・待遇改善に関わる政策を見ると、必ずしもスムーズに実現されてき
たとは言えない。確かに、マニフェストの目玉政策であった「最低賃金の引き上げ(地域別最低賃金
を全国平均で 1000 円/時間まで引き上げ)
」については、2010 年 6 月の第 4 回雇用戦略対話4で、2020
年度までに地域別最低賃金の全国平均を 1000 円/時間に引き上げる目標が合意されている5。しかし、
労働者派遣制度の見直しに関しては、
2010 年 10 月より労働政策審議会での検討が開始されたものの、
同審議会の建議も踏まえた改正労働者派遣法の成立は、2012 年 3 月 28 日にまでずれこんだ。改正労
働者派遣法(主要ポイントは図表 3 の通り)は、同年 4 月 6 日公布されており、公布後半年以内に施
行予定である6。
図表 3 改正労働者派遣法の主要ポイント
改正労働者派遣法案(当初案)
事業規制
の強化
●
●
●
●
●
改正労働者派遣法(2012 年4 月6 日公布)
登録型派遣を禁止(専門26 業務を除く)
製造業務派遣を禁止(常用雇用型派遣を除く)
● 日雇派遣(日々又は 30 日以内)の原則禁止
日雇派遣(日々又は 2 カ月以内)の原則禁止
グループ企業内派遣の 8 割以下規制
● グループ企業内派遣の 8 割以下規制
派遣先企業が、離職した派遣労働者について、 ● 派遣先企業が、離職した派遣労働者について、
離職後一年以内に派遣労働者として再び受け入
離職後一年以内に派遣労働者として再び受け入
れることを禁止
れることを禁止
無期雇用
への転換・
待遇改善
● 派遣元事業主に、一定の有期雇用の派遣労働者
の、無期雇用への転換推進措置を努力義務化
● 派遣元事業主に、派遣労働者の賃金決定で、同
種の業務に従事する派遣先労働者との均衡等に
配慮することを義務化
● 派遣労働者に派遣料金額を明示
● マージン率(注)の情報公開義務化
● 派遣先事業主が派遣契約を解除する場合、派遣
元が休業手当を支払うための費用負担等に関す
る措置を講じること等を義務化
● 派遣元事業主に、一定の有期雇用の派遣労働者
の、無期雇用への転換推進措置を努力義務化
● 派遣元事業主に、派遣労働者の賃金決定で、同
種の業務に従事する派遣先労働者との均衡等に
配慮することを義務化
● 派遣労働者に派遣料金額を明示
● マージン率(注)の情報公開義務化
● 派遣先事業主が派遣契約を解除する場合、派遣
元が休業手当を支払うための費用負担等に関す
る措置を講じること等を義務化
違法派遣
への対処
● 違法であることを知りながら派遣労働者を受け
入れた場合、派遣先が派遣労働者に労働契約を
申し込んだとみなす制度の導入
● 違法であることを知りながら派遣労働者を受け
入れた場合、派遣先が派遣労働者に労働契約を
申し込んだとみなす制度の導入
(この規定は法の施行から 3 年経過後)
法律名称
の変更
● 法律名変更(「派遣労働者保護」を明記)
● 法律名変更(「派遣労働者保護」を明記)
(注)二重下線は、成立した改正労働者派遣法で削除又は修正された部分を指す。マージン率=(労働者派遣料金平均額-派遣労働者の賃
金平均額)/労働者派遣料金平均額として厚生労働省令で定めるところにより計算した割合を指す。
(資料)厚生労働省「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律等の一部を改正する法律案要綱」
2010 年 2 月 17 日その他、第 180 国会(常会)議案情報をもとに、みずほ総合研究所作成
4
雇用戦略対話は、内閣総理大臣の主導の下、雇用戦略に関する重要事項について労使、有識者が意見交換し、合意形成を図ることを
目的として設置された(2009 年 11 月 25 日)。2012 年 3 月 19 日までに 7 回開催されている。
5
2010 年 7 月 11 日の参議院議員総選挙に向けた民主党マニフェストは、この目標合意を「(民主党政権下で)実現したこと」の一つ
として挙げている。
6
労働者派遣制度の見直しに関しては、民主党政権発足直後の 2009 年 10 月には、厚生労働大臣から労働政策審議会に諮問が行われ、
2010 年 4 月には同審議会の答申を踏まえた改正労働者派遣法が同年通常国会に提出された。しかし、野党の反対から継続審議とな
り、2011 年秋の与野党協議に基づく修正を経て、2012 年通常国会で成立した。
5
前掲図表 3 に整理したとおり、今後施行される改正労働者派遣法によって、派遣元企業は派遣労働
者の賃金決定に際し、同種の仕事に就く派遣先労働者との均衡に配慮することやマージン率を公表す
ることが義務づけられる。また、違法であることを知りながら派遣労働者を受け入れた場合、派遣先
企業が直接雇用を申し込んだとみなす制度(法律の施行から 3 年経過後に導入)も創設される。その
半面、2009 年民主党雇用政策に盛り込まれていた「2 カ月以内の派遣の原則禁止」は「30 日以内の派
遣の原則禁止」と修正されたほか、「物の製造業務への派遣の原則禁止」及び「登録型派遣(派遣先
での就労の期間のみ派遣元事業主と派遣労働者が雇用契約を結んで働く派遣の一形態)の原則禁止」
についても、与野党協議を経て削除された。
なお、具体的な法改正には結びつかなくても、2011 年度末までの期間に、非正社員の雇用保護や待
遇改善に関する論点整理や政策の検討が進められてきたものもある。例えば、非正社員の 7 割を占め
る有期労働者の雇用保護や待遇改善に関しては、有識者研究会による検討(2009 年 2 月より開始、2010
年 9 月に報告書取り纏め)に続き、2010 年 10 月からは労働政策審議会(労働条件分科会)で有期労
働法制の見直しに関する検討が開始され、2011 年 12 月 26 日に厚生労働大臣に対する建議が提出され
た7。また、2011 年 6 月には非正社員が直面する問題に横断的に取り組むための方向性を議論する懇
談会がスタートし、2012 年 3 月 28 日に「望ましい働き方のビジョン」が取り纏められた。同ビジョ
ンは今後の非正社員対策の指針と位置づけられている。
(3) 若者の就労支援
さらに、③若者の就労支援に関しては、リーマンショック後の就職内定率の低迷を受けて、新卒者
の就職支援の強化が図られてきた。例えば、2010 年 9 月には全都道府県のハローワークに新卒者の支
援を専門に行なう「新卒応援ハローワーク」が設置されたほか、大卒・高卒の若者の就職を支援する
「ジョブサポーター」が 928 人から 1,753 人へ大幅に増員された。また、経済産業省による中小企業
と新卒者のマッチング強化策(ドリーム・マッチプロジェクト、2010 年 5 月~)が実施されたほか、
「青少年雇用機会確保指針」が改訂され、卒業後 3 年は新卒枠で応募できることとする指針が設けら
れた(2010 年 11 月)。
(4)仕事と家庭の両立支援
最後に、④の仕事と家庭の両立支援に関しては、改正育児・介護休業法(2009 年 7 月 1 日公布)の
主要部分が 2010 年 6 月 30 日より施行8され、企業の義務と労働者の権利が強化されたばかりだったこ
ともあり、大きな制度変更は行われなかった。そのため、仕事と生活の調和推進官民トップ会議によ
る短時間正社員制度の導入企業の引き上げ目標の決定、厚生労働省による「イクメン(育児に積極的
な男性)プロジェクト」の実施、有期労働者の育児休業取得マニュアルの取り纏めなど、労働者の意
識啓発や企業の自主的取り組みを促す施策が中心となった。
7
後述するように、この建議に基づく改正労働契約法案が 2012 年 3 月 23 日に国会提出されている
8
一部の規定については、常時 100 人以下の労働者を雇用する中小企業の場合、2012 年 7 月 1 日より施行される。
6
2. 2012 年度以降に進展が見込まれる政策
次に、2012 年度以降に進展が見込まれる政策について見ていこう。2012 年度に見込まれる政策を
2009 年民主党雇用政策の 4 つの分野に沿って整理すると、まず①「働くこと」を支える社会保障・社
会サービスの強化に関して、
国は、
生活困窮者の自立支援強化のための中期プランを策定予定である。
また、②非正社員の雇用保護・待遇改善に関しては、有期労働者の雇用保護・待遇改善策、パート労働
者対策の強化が見込まれている。さらに、③若者の就労支援に関しては、2012 年央に若者の雇用情勢
の悪化に対応するために、省庁横断的な若者雇用戦略が策定される予定である。その一方、④仕事と
家庭の両立支援に関しては、これまでの政策の見直しや抜本的な拡充に関わる動きは確認できない。
このほか、2009 年民主党雇用政策には盛り込まれなかったものの、重要な政策として、高年齢者雇用
対策の強化も見込まれる。
(1) 「働くこと」を支える社会保障・社会サービス
a.「生活支援戦略(仮称)」の策定
社会で得られるべき様々な機会から排除される人が増えていること、生活保護を受給する現役世代
が増えていることを踏まえ、国は、生活保護への流入を防ぐと同時に、生活保護からの脱却を支援す
る中期戦略(「生活支援戦略(仮称)」、2013~2019 年度)を策定する方針である(図表 4)。具体
的なスケジュールとしては、2012 年 4~6 月に社会保障審議会の特別部会(生活困窮者の生活支援の
在り方に関する特別部会)で生活困窮者の抱える問題や生活保護制度の課題を検討した上で、同年 7
月から秋にかけて具体的な制度設計を検討する。これを踏まえて、国が 2012 年秋に生活支援戦略を策
定した上で、2013 年通常国会に関連法案を提出する。
図表 4 「生活支援戦略(仮称)」の全体像
【生活困窮者対策の構築】
○セーフティネットの更なる機能強化で、生活保護への流入を防ぐ
「
【第一のセーフティネット】
生
活
支
援
戦
略
●社会保険制度
●雇用保険制度
(
【第二のセーフティネット】
仮
称
●求職者支援制度
)」
の
策
定
・
推
進
【第三のセーフティネット】
●生活保護制度
【生活保護制度の見直し】
○生活保護からの脱却に向けた支援の強化や適正な受給の推進
○同時に、当面取り組むべき施策を実施
(資料)平成 24 年第 3 回国家戦略会議・資料 3(小宮山厚生労働大臣提出資料)7 ページ
7
「生活支援戦略(仮称)」は、a.生活困窮者対策(生活困窮者の生活基盤再建に関わる総合的な支
援体系の整備)と、b.生活保護制度の見直し(生活保護からの脱却を促進する制度の導入や不正受給
対策)の二つの柱で構成される9(前傾図表 4)。a.の生活困窮者対策では、生活困窮者や社会的な孤
立者の早期把握、NPO・社会福祉法人との連携による柔軟な支援体制の整備、NPO・社会的企業におけ
る多様な就労機会の提供、就労阻害要因(債務問題や家計の不安定化、安定的住まいの喪失など)の
克服に向けた支援体制の整備、子どもの貧困対策としての教育支援の強化などを体系化した中期計画
が策定される予定である。このほか、パーソナル・サポート・サービス(生活困難者の個別の状況に応
じ、制度横断的な支援を行なうサービス)や、公的部門と連携して自立支援を担う民間部門の育成、
公的部門と民間部門の連携に関わる法整備を行うことも視野に入れられている。
これに対し、b.生活保護制度の見直しに関して重視されているのは、受給者の就労に向けたインセ
ンティブの強化である。すでに 2011 年 12 月には国と地方自治体の協議を踏まえた中間報告(「生活
保護制度に関する国と地方の協議に係る中間とりまとめ」が公表されており10、国はこれを踏まえた
当面の対策として、医療扶助や制度運用の適正化(資産調査の強化や不正告発の目安の提示等)、就
労・自立支援の強化に取り組む方針である。さらに国は、生活保護制度そのものの見直し(生活保護基
準の見直しや指導の強化、生活保護から脱却するインセンティブの強化、ハローワークと福祉事務所
の連携による就労支援の強化)を地方と協議の上、検討するとしている。
(2) 非正社員の雇用保護・待遇改善
a.有期労働者の雇用保護強化・待遇改善策
Ⅲ.1.(2)で触れたとおり、2011 年度までの期間には、有期労働者の雇用保護・待遇改善に向け
た有識者の議論、労働政策審議会における検討が進められてきた。2012 年 3 月 23 日には、労働政策
審議会の建議を踏まえた改正労働契約法案が閣議決定され、即日国会に提出されている。
改正労働契約法案のポイントは 3 点ある(図表 5)。第一が、有期労働契約から無期労働契約への
転換制度の導入だ。具体的には、同じ使用者との間で結ばれた二つ以上の有期労働契約について、そ
の通算期間が 5 年超となる場合に、
労働者の申し出に基づいて無期労働契約に転換される制度である。
これにより有期労働契約を反復更新しながら、長期間同じ使用者の下で働く労働者の雇用保護を促進
することが目指されている11。
第二のポイントは、「雇止め法理」を労働契約法に明記するものだ。判例では、有期労働契約であ
っても無期労働契約と実質的に異ならない場合や、無期労働契約と実質的に異ならないとまでは言え
9
以下、「生活支援戦略(仮称)」に関わる説明は、2012 年 4 月 9 日の国家戦略会議で小宮山厚生労働大臣が提出した資料による。
10
中間整理では、1.自立・就労支援の充実(ハローワークによる就労支援機能の強化や福祉事務所等における支援のあり方、福祉事務
所とハローワークの連携強化など)、2.医療扶助や住宅扶助の適正化(不適切な受診行動が見られる受給者への適正受診指導や、い
わゆる「貧困ビジネス」に対する法規制のあり方など)、3.生活保護の適正支給(収入・資産調査の改善や不正受給に対する取り組
みの強化など)などの課題が挙げられた。
11
有期労働契約から無期労働契約に転換された後の労働条件は、期間の定めを除いて従前の条件が原則とされている。また、6 カ月以
上の空白期間を置いて有期労働契約を結ぶ場合、最初の契約とその後の契約は通算されない。なお、現行ルールでも、有期労働契約
を結ぶ場合は一回の契約期間の上限を 3 年(高齢者などの例外では 5 年)とすること(労働基準法第 14 条)、労働者の使用目的に
対し必要以上に短い契約期間を定めて、契約を反復更新することがないよう配慮すること(労働契約第 17 条 2 項)などが定められ
ている。
8
なくても、労働者が契約期間満了後も雇用関係が継続されると期待することが合理的と認められる場
合に、無期労働契約の解雇ルールを類推適用し、有期労働契約が更新されたとみなすこの法理が確立
されてきた。この「雇止め法理」を法律に明記することで、企業や労働者がこのルールをより認知し
やすくする狙いがある。
第三のポイントは、有期労働契約であることを理由とする不合理な労働条件の格差を禁止するもの
だ。これは、責任や能力、配置変更の範囲などで合理的・客観的に説明しうる待遇面での格差を認め
た上で、それでも説明できない不合理な格差を禁止することで、有期労働者の待遇の透明性と納得性
を高めることを目指すものと言える。
図表 5 労働契約法改正案要綱のポイント
ポイント1:有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換
○ 同じ使用者との間で結んだ 2 つ以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間(「通算契約期間」)
が 5 年を超える場合、労働者が無期労働契約の申し込みをした時は、使用者はこれを承諾したもの
とみなす
○ 同じ使用者との間で結んだ有期労働契約の満了後、6 カ月以上の空白期間がある場合(契約満了日
の翌日から次の契約の契約期間が始まる前日までに 6 カ月以上)は、最初に満了した有期労働契約
の期間は通算されない
ポイント2:雇止め法理の明文化
○ 以下に該当する有期労働者が、契約期間満了前または満了後遅滞なく有期労働契約の更新申し込
みをした場合で、使用者がこの申し込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念
上相当であると認められないときは、使用者はそれまでの有期労働契約と同じ労働条件で契約更新
を承諾したとみなす
・ その有期労働契約が過去に反復更新されており、契約満了時の雇止めが、期間の定めのない
労働契約者の解雇と社会通念上、同視できる場合
・ 有期労働契約の満了時に労働者が契約更新を期待することについて、合理的な理由があると
認められる場合
ポイント3:不合理な労働条件の禁止
○ 有期労働契約の労働条件が、同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結する労働者の労働
条件が異なる場合、その相違は業務内容や責任、配置変更の範囲その他の事情を考慮しても不合
理なものであってはならない
(資料)厚生労働省「労働契約法の一部を改正する法律案要綱」より、みずほ総合研究所作成
9
なお、上記措置には、経過措置が盛り込まれる見通しだ。第一及び第三のポイントについては法律
公布日から起算して 1 年を超えない範囲の政令で定める日から施行されるほか、第一のポイントで計
算される 5 年超の通算契約期間には、法律施行日より前に初日を迎えた契約は含まれないこととされ
ている。したがって、仮に改正労働契約法が 2012 年通常国会で成立し、同法が公布されたとすると、
最大の場合で公布日から起算して 365 日目にあたる 2013 年のいずれかの時点で法律が施行され、そ
れ以降に結ばれた有期労働契約が通算して 5 年を超える 2018 年の一定日以降に、第一のポイントに
該当する事例が発生することになる。
b.パートタイム労働者対策
パート労働者対策に関しては、社会保障・税一体改革大綱に対策実施が盛り込まれたこともあり、
2011 年 9 月 27 日より労働政策審議会雇用均等分科会で12、パートタイム労働者の均等・均衡待遇の推
進や、雇用管理(賃金や教育訓練、福利厚生施設の利用等)の改善策が議論されている。
なかでも、最大のポイントとなっているのが、パートタイム労働法第 8 条 1 項13の見直しである。
この第 8 条 1 項は、正社員と同一視すべき 3 つの要件14を満たすパートタイム労働者について、差別
的待遇を禁止するものである。このルールは長期雇用を前提とした処遇制度との親和性が高い半面、
条件の複雑さや厳しさから、該当者はパートタイム労働者の 1.3%と極めて少ない(厚生労働省「平
成 23 年パートタイム労働者総合実態調査」
)
。このため、この規定をどのように改正し、待遇格差問題
に実効的に対応するかが重要な検討課題となってきた(水町(2011)
)
。
ただし、パート労働者対策のあり方について、労使の見解は分かれている。例えば、前述のパート
タイム労働法第 8 条 1 項の見直しに関しては、正社員と同一視すべきパートタイム労働者の要件を緩
和すること、あるいは、改正労働契約法案と同様に、パートタイム労働者であることを理由とする不
合理な差別を禁止することなどが論点に上がっている。しかし、労働政策審議会雇用均等分科会での
議論では、労働者側が全てのパートタイム労働者を対象に合理的理由のない差別的待遇を禁止するこ
とを求めているのに対し、使用者側は第 8 条の枠組みはこれまでの労働慣行を踏まえて設定されたも
のであり、これを見直すことには反対との立場を示している。パートタイム労働法改正に向けた議論
の最終的な方向は、改正労働契約法案の国会における審議にも左右されるため、本稿執筆時点で明確
に見通すことが難しい。
(3) 若者の就労支援
a.
「若者雇用戦略」の策定
12
2008 年 4 月 1 日施行の改正パートタイム労働法の附則では、同法施行 3 年後の見直しに向けた検討を規定している。
13
パートタイム労働法では、パートタイム労働者と通常の労働者(正社員)との均衡のとれた処遇を確保する目的から、就業の実態に
応じたルールが定められた。具体的には、通常の労働者と同一視すべきパートタイム労働者について差別的取り扱いが禁止されたほ
か(第 8 条 1 項)、全てのパートタイム労働者について、通常の労働者との均衡を考慮し、職務内容や成果、意欲等を考慮して賃金
(基本給・賞与、役割付与)を決定するよう努力する義務が設けられた(第 9 条 1 項)。
14
第 8 条 1 項で言う、通常の労働者と同一視すべきパートタイム労働者とは、①職務の内容(業務の内容及び責任の程度)が通常の労
働者と同一であること、②人材活用の仕組み、運用等が通常の労働者と同一であること、③事業主と無期労働契約(反復更新により、
無期労働契約と同視できる有期労働契約を含む)を締結していることの3つの要件を満たすパートタイム労働者を指す。
10
国は 2012 年の年央を目処に、省庁横断的な「若者雇用戦略」を策定する方針である15。この若者雇
用戦略は、各省庁の垣根を超えた一体的な戦略と位置づけられており、2012 年 4 月 26 日までに、労
使や有識者、学校関係者が参加して具体策を検討するワーキンググループ(雇用戦略対話ワーキング
グループ)が 3 回開催されている。
同ワーキンググループにおける検討の軸は、①機会均等の確保・キャリア教育の充実(機会均等を
実現する支援、高校・大学でのキャリア教育充実、グローバル人材育成等)
、②雇用のミスマッチの解
消(中小企業と学生のマッチング強化、関係機関の連携強化、早期離職防止策等)
、③若者のキャリア
アップ支援(アウトリーチも含めた自立支援の強化、正規雇用化支援、非正規雇用でも安心して生活
できる環境整備、能力開発、起業支援等)の 3 つとされている。
なかでも、柱となると見込まれるのが、学校から職業への移行を支援策の強化である。民主党政権
発足以後、ハローワークを通じた新卒者支援の拡充や、新卒者と採用意欲のある中小企業のマッチン
グ機会の充実が図られてきた(前掲図表 2)
。しかし、大卒者や高卒者の就職内定率の低迷が続いてい
ること、学生と中小企業のマッチング策による就職率が必ずしも高くないことなどから16、就職活動
開始時点での支援の強化や、中小企業と学生のマッチングの機会の拡充だけでは克服しにくい問題が
存在することが認識されるようになってきた。
実際、上記ワーキンググループの第 1 回会合でも、多くの識者から高校と企業の推薦・採用に関わ
る長期的な信頼関係が崩壊していること、大学進学率の上昇もあり学生の学力や能力に大きな格差が
見られるようになっていること、インターネット中心の就職活動と大学による就職支援機能の低下が
学生が就職活動を行う上での壁となっていること、学校におけるキャリア教育が不足していることな
ど、教育と職業の関わりを巡る課題が指摘されており、2012 年 4 月 26 日に開催された第 3 回会合で
もこれが議論の中心テーマとなった。
(4) 仕事と家庭の両立支援
a.新たな子育て支援システムの導入
仕事と家庭の両立支援に関して、国は、2012 年 3 月に新たな子育て支援システム(
「子ども・子育
て新システム」
)の政府案を取り纏めている。これを実現するための関連法案が 2012 年 3 月 30 日に提
出されており、現在、通常国会で審議中である。新システムの柱は、幼稚園と保育園を一体化した「総
合こども園」の創設にあり、これに加えて民間企業や NPO の参入も促しつつ、待機児童問題の解消を
図るとされている。そのための財源については、社会保障・税一体改革で、消費税率の 5%引き上げ
で見込まれる税収増のうち 7,000 億円を新システム導入に充当する方針が示されている。そのため、
総合こども園への移行も、消費税率の引き上げが完了する 2015 年度以降とされている。
15
国家戦略会議が 2011 年 12 月 24 日に公表した「日本再生の基本戦略」では、分厚い中間層の復活に向けた重点施策の一環として、
2012 年 6 月までに「若者雇用戦略(仮称)」を策定することが盛り込まれた。
16
中小企業庁が実施した新卒者応援プロジェクト(カウンセリングと長期のインターンによる中小企業と学生のマッチング策)では、
2010 年 4~12 月に成立した新卒者就職応援プロジェクトの実習生 4,988 人のうち、就職した者は 1,831 人であった。
11
b.家庭生活と両立しやすい働き方の実現
一方、家庭生活と両立しやすい働き方の実現に向けた政策について、2012 年度は主にこれまでの政
策が継続される模様だ。厚生労働省 2012 年度予算では、両立支援に取り組む事業主への助成金制度の
継続、育児休業を理由とする解雇等に対応するための指導員の配置(新設)
、女性のポジティブアクシ
ョン推進策、短時間正社員制度の促進に向けた企業支援制度の継続などの措置を講じるとしている。
(5) 2009 年民主党雇用政策になかった政策
2009 年民主党雇用政策には盛り込まれていないが、2012 年度以降に見込まれる重要な政策として、
高年齢者の雇用促進策の強化がある。具体的には、改正高年齢者雇用安定法案が 2012 年 3 月 9 日に同
年通常国会に提出されており、本稿の執筆時点で審議中である(本改正法案の詳細と企業の人件費へ
の影響の詳細については、大嶋(2012a)参照)
。
改正法案の目玉は、希望者全員に対する 65 歳までの雇用確保の義務化である。すでに現行法では、
企業には「原則」希望者全員に対し 65 歳までの雇用確保措置を導入することが義務づけられている。
ただし、65 歳までの雇用確保措置として認められている 3 つの方法(①定年制度の撤廃、②定年の 65
歳以上への引き上げ、③継続雇用制度17の導入)のうち、多くの企業が導入している継続雇用制度に
ついて、労使協定に基づいて対象者基準を設けることが認められている。改正法案が成立した場合、
この対象者基準を認める制度が撤廃されることになる。
この見直しは、厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢が 60 歳から 65 歳へと段階的に引き上げ
られることを受けて18、収入の空白期間の発生を避けるために行われるものである。具体的には、厚
生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢引き上げスケジュールに沿って、上記の対象者基準撤廃の範
囲も順次拡大される。また、継続雇用制度の対象者基準の撤廃に伴い、継続雇用を行ったと認められ
る雇用先の範囲も拡大される見通しである19。
IV. 2009 年民主党雇用政策の進捗状況の評価と残された課題
1. 2009 年民主党雇用政策の大枠は対応が進みつつあるが、積み残し課題も
これまで民主党政権発足後の雇用政策の進捗を見てきた。政権発足後 3 年目の半ばにあたる現在、
何が実施され、何が課題として残されているのだろうか。これを考えるため、2009 年民主党雇用政策
に基づいて、2011 年度末までに具体化された政策、2012 年度以降の進捗が見込まれる政策を一覧表に
17
「継続雇用制度」には、定年年齢に達した労働者を退職させずに引き続き雇用する「勤務延長制度」と、定年年齢に達した労働者を
一旦退職させ、再び雇用する「再雇用制度」の二つの方法がある。厚生労働省「平成 23 年『高年齢者の雇用状況』集計結果」によ
れば、従業員 31 人以上の企業のうち、高年齢者の雇用確保措置を実施済みの割合は 95.7%に上る。このうち継続雇用制度を導入し
ている企業は 82.6%を占めた。継続雇用制度を導入する企業の大多数は、従業員を一旦定年退職させるために、60 歳以降について
新たな労働条件で雇用契約を結ぶことが出来る再雇用制度を採用している。
18
厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢の引き上げは、2013 年度から 2025 年度にかけて段階的に実施される。なお、女性は男
19
これまでも制度の運用上、親会社と連結対象の子会社の間で一定の要件を満たしつつ再雇用される場合は、継続雇用制度を導入した
性より 5 年遅れのスケジュールで実施される。
と認められてきた。改正高年齢者雇用安定法案の成立・施行後は、上記に加え、同じ親会社を持つ子会社同士や、同一の親会社を持
つ子会社間での継続雇用や、議決権 20%以上等の要件を満たす関連会社での継続雇用についても同様に認められる見通しである。
12
整理したものが図表 6 である(網掛けの部分は、マニフェスト本体で示された政策を示している)
。
図表 6 2009 年民主党雇用政策からみた政策の進捗状況(1)
項目
2011年度末までに法改正、
制度導入などの対応
2012年度中に法改正、
制度導入等の対応見込み
①「働くこと」を支える社会保障・社会サービスの強化
職業能力開発支援など
積極的雇用政策の推進
○(2011年10月1日求職者支援制
度創設)
○(「キャリア段位制度」導入に向
職業能力開発支援など 地域労使参画による評価制度の確立 けた具体的検討開始)
積極的雇用政策の推進
社会人向け奨学金制度の整備
キャリアブレイク制度の普及支援
雇用保険を受給できない人に訓練期 ○(2011年10月1日求職者支援制
間中の手当を支給する制度導入
度創設)
「生活支援戦略(仮称)」を
2012年秋を目処に策定
雇用セーフティネット拡充 失業後1年は在職中と同程度の負担で
医療保険に加入できる制度
雇用保険の加入要件緩和
○(2010年4月1日より要件緩和)
②非正規雇用者の雇用保護・待遇改善
非正規雇用者の
待遇改善
有期労働契約の締結事由や雇止めの
規制
△(通算5年超の有期労働者の無期転
換制度を盛り込んだ改正労働契約法
案が2012年通常国会で審議中)
非正社員への差別的待遇禁止
△(有期労働契約に基づく不合理な差
別禁止を盛り込んだ労働契約法改正
案が2012年通常国会で審議中)
かけもち労働者への労災適用や労働
時間管理、社会保険の適用
パート労働者対策
(審議会で検討中)
実質的に雇用関係にある請負自営業
者に対する労働契約法準用
△(2012年3月28日 30日以内の
2カ月以下の雇用契約について労働者
派遣の原則禁止を盛り込んだ改
派遣を禁止
正労働者派遣法成立)
△(賃金等の均衡に関する派遣元
派遣労働者と派遣先労働者の均衡待
事業主の配慮義務を含む改正労
遇原則を確立
働者派遣法成立)
労働者派遣法
見直し
○(違法派遣受け入れ時のみなし
違法派遣の場合に派遣先に直接雇用
雇用制度を盛り込んだ改正労働
を通告できる制度創設
者派遣法成立)
専門業務を除く製造業務への派遣禁
止
26専門業務以外の派遣労働を常用雇
用に限定
マージン率の公表
最低賃金引き上げ
○(マージン率公表義務を盛り込
んだ改正労働者派遣法成立)
最低賃金を全国平均1,000円(時給)に △(2010年6月 雇用戦略対話で
引き上げ
目標のみ設定)
(注)網掛けの部分は、マニフェスト本体で示された政策。○は 2009 年民主党雇用政策に沿った具体策が示されているもの、△は同政
策の一部を具体化したと評価されるもの。
(資料)各種資料をもとに、みずほ総合研究所作成
13
図表 6 2009 年民主党雇用政策からみた政策の進捗状況(2)
項目
2011年度末までに法改正、
制度導入などの対応
2012年度中に法改正、
制度導入等の対応見込み
③若者の就労支援
ハローワーク・自治体・企業の連携に ○(ハローワークでの就労支援強
よる支援
化等)
「若年者等職業カウンセラー」によるハ ○(ハローワークのジョブサポー
ローワークでの就労支援
ター増員等)
若者の雇用
就労支援
「個別就労支援計画」作成による職業
指導、民間企業での職業訓練
「若者雇用戦略」を
2012年6月を
目処に策定
必要に応じた就労支援手当(1日1,000
円、月3,000円相当)
教育機関や企業、公的部門が連携し
た若者の就業意識の形成
内定取り消し規制
のための法整備
労働契約法の改正により、採用内定取
り消し規制条項を新設
④仕事と家庭生活の両立支援、ワークライフバランス等
長時間労働の解消、年次有給休暇の
完全消化など働き方の変革
子どもの看護休暇の普及、父親の産 △(厚生労働省イクメンプロジェク
後休暇・育児休業取得促進
ト)
勤務時間短縮制度の普及
仕事と家庭の
両立支援
ワークライフバランス
実現
有期労働者の育児・介護休業の取得 △(有期労働者の育休取得推進マ
の保障
ニュアル策定)
テレワークの情報保護、管理、評価の
ルール作り
労働時間管理徹底
△(民主党政権発足以前に成立し
月60時間超の割増賃金率50%への引
た改正労働基準法で実施が決定
き上げ実施
済み)
休息時間制度の導入
△(2012年3月30日「子ども・子育て新
システム」関連法案を2012年通常国会
に提出)
待機児童の解消
募集・採用時の
年齢差別禁止
改正雇用対策法(募集・採用に関わる
年齢制限禁止)の実効性向上
(注)網掛けの部分は、マニフェスト本体で示された政策。○は 2009 年民主党雇用政策に沿った具体策が示されているもの、△は同政
策の一部を具体化したと評価されるもの。
(資料)各種資料をもとに、みずほ総合研究所作成
14
この図表 6 を見ると、雇用保険の加入要件の緩和、雇用保険を受給出来ない人に職業訓練やその期
間の給付を行う制度の導入、非正社員に対する差別的待遇の禁止、労働者派遣法の見直しなど、2009
年民主党雇用政策の中でも、2009 年マニフェストで挙げられた政策の大部分については、具体的な対
応が進みつつあると言えそうだ。
その一方で、2009 年民主党雇用政策の中には、理由が不明確なまま積み残されているものがある。
例えば、
「社会人の利用拡大に向けた奨学金制度の整備」
、
「失業後 1 年は在職中と同程度の負担で医療
保険に加入できる制度」
「
(若者向け)必要に応じた就労支援手当(1 日 1,000 円、月 3,000 円相当)
」
、
「労働契約法の改正により、採用内定取り消し規制条項の新設」などがこれに該当する。厳しい財政
事情や政策の優先順位付けの変更、さらには経済情勢の変化を踏まえ、政権発足後に政策の取捨選択
をすることはあってしかるべきである。しかし、総選挙で国民に示した政策の何がどのような理由で
実施されなかったのかについて、政権与党は次の総選挙までにその説明を行うことが必要であろう。
2. 対応済みの個別政策にも課題が存在
また、既に対応済み、あるいは 2012 年度以降に進捗が見込まれる個別政策についても、その内容を
詳しく見ると課題がある。以下では、2009 年民主党雇用政策の 4 つの分野および 2009 年民主党雇用
政策外の重要分野について、個別政策を巡る論点を整理する。なお、分野ごとに残された課題のポイ
ントを図表 7 にまとめている。
(1) 「働くこと」を支える社会保障・社会サービス
Ⅲ.1.
(1)及びⅢ.2.
(1)で見たように、「働くこと」を支える社会保障・社会サービスに関して
これまで実施された具体策、あるいは今後の取り纏めが予定される政策として、求職者支援制度の導
入(2011 年 10 月)や「生活支援戦略(仮称)
」の策定(2012 年秋目処に取りまとめ予定)が挙げら
れる。
a.求職者支援制度を巡る課題
しかし前者の求職者支援制度については、本制度を導入してもなお、失業時のセーフティネットの
穴を埋められていないという問題がある。例えば、2010 年の失業者は年平均 324 万人であったのに
対し、雇用保険の受給者は 70 万人弱に止まった。こうした状況に対応するため、2011 年 10 月に導
入された求職者支援制度の規模は小さく(職業訓練受講者は年換算で 25 万人、給付受給者は同 20 万
人)
、雇用保険を受給していない失業者の一部をカバーするに止まる。また、求職者支援制度について
は就労支援体制の弱さや、職業訓練中心の支援であるために、求職者の個別の状況に合わせた柔軟な
支援を行ないにくい等の課題もある。こうした状況に対し、失業時の生活と再就職を支えるセーフテ
ィネットの質的・量的な評価を行うと同時に、今後のセーフティネット整備方針を示すことが課題と
いえよう。
b.
「生活支援戦略(仮称)
」を巡る課題
後者の「生活支援戦略(仮称)
」について、国が生活困窮者を早期に把握した上で、NPO や社会的
企業と連携しつつ、就労阻害要因の克服や多様な就労機会への誘導を通じた自立にコミットする方向
15
性を打ち出したことは画期的と言える。問題は、
「生活支援戦略(仮称)
」の原案で示されている具体
策の実現が容易ではないという点である。
図表 7 対応済みの個別政策と残された課題
2009年民主党雇用政策① 「働くこと」を支える社会保障・社会サービス
施策
課題
● 制度導入後もセーフティネットでカバーされない失業者が多数存在
求職者支援制度創設
(2011年10月~)
● 失業時のセーフティネットの質的・量的評価の実施
● 今後のセーフティネットの整備方針の明確化
● 生活困難者に柔軟な支援を行なう民間部門(NPOや社会的企業等)の育成
「生活支援戦略(仮称)」
(2012年秋策定予定)
● 民間部門育成に関わる財源確保、公的部門と民間部門の連携のあり方の模索
● 生活保護受給者の就労困難度に十分配慮した自立支援の実現
2009年民主党雇用政策②非正社員の雇用保護・待遇改善
施策
最低賃金引き上げ
目標の設定
労働者派遣制度見直し
課題
● 実現への道筋が不明瞭な最低賃金引き上げ目標
● 働く貧困層の所得底上げ策の見直し(実現可能性の低い引き上げ目標の見直し)
● 派遣労働者の雇用保護・待遇改善策の実効性の不明瞭さ(努力義務、配慮義務
規定などの存在)
● 成立した改正労働者派遣法の効果(雇用保護、待遇改善)に関わるデータ収集と
効果検証、これに基づく政策課題の評価
● 通算5年直前での有期労働者の雇止めが増加する懸念
有期労働者の
雇用保護・待遇改善策
● 労使と連携した雇止め防止策の策定
● 有期雇用から無期雇用への転換を進める企業のインセンティブ拡大策
2009年民主党雇用政策③若者の就労支援
施策
「若者雇用戦略」の策定
(2012年6月目処)
課題
● 従来政策の詳細な検討、現場の声を拾い上げた綿密な対策を議論しにくい、
短い検討スケジュール
● 当面の対応強化とより綿密な議論に基づく戦略検討の並行的な実施
2009年民主党雇用政策④仕事と家庭の両立支援
施策
子ども・子育て
新システム
(2012年通常国会で
関連法案審議中)
課題
● 待機児童問題の解消に向けた効果が不明瞭な制度設計
● 3歳未満時の受け入れ拡大により確実につながる制度の導入
● これまでの施策の延長が中心
家庭生活と両立しやすい
働き方の実現
● 数値目標の設定、定期的な目標の検証と実現できていない場合の要因・
課題の公表、労働者の目線に立った支援制度の導入等
2009年民主党雇用政策外の重要政策
施策
課題
● 企業内(企業グループ内含む)での高年齢者の活用を中心とする施策の限界
高年齢者雇用対策
● 人材紹介や労働者派遣を利用し、労働市場全体で高年齢者の経験や
知識を活用する仕組みの創設
● 正社員という働き方の見直しに関する国の姿勢が不明瞭
正社員の働き方の見直し
● 正社員の多様化に向けた姿勢の明確化、情報収集・提供の強化、
ガイドライン策定などへの取り組み
(資料)みずほ総合研究所作成
16
その理由の一つに、日本では、生活困難者の個別の状況に応じて柔軟な支援を行なう民間部門(NPO
や社会的企業)の育成が遅れており、今後の育成に向けた財政面での対応も不明瞭ということが挙げ
られる。生活困難者の個別の状況に応じて柔軟な支援を行なう民間部門で安定的に人材が確保され、
支援のノウハウが蓄積されるためには、支援を委託する側の公的部門が財源を確保し、民間部門に安
定的に資金を供給することが必要である。しかし、そうした財源の確保については、関連する政府資
料には言及が見られない。例えば、国が実現を急ぐ社会保障・税一体改革では、社会保障の機能強化が
必要な分野とそのための財源見通しが示されているが、
「生活支援戦略(仮称)
」については「策定す
る」という方針が示されるに止まり、その財源は考慮されていない。
また、民間部門と公的部門の連携も、言葉が示すほどに簡単ではない。社会保障給付受給者の自立
支援を強化している英国やオランダでは、
個別・柔軟な支援を得意とする民間や第三セクター等への就
労支援の委託が強化されてきたが、
その際、
不安定雇用に求職者を押し込んで就職率を上げる問題や、
就職困難者への支援が後回しにされる問題の克服が課題となった。そこで、長期雇用が優先されるイ
ンセンティブを委託契約に盛り込んだり、就職困難者が放置されないための工夫が行われている(大
嶋(2010)
)
。諸外国の経験から学びつつ、効率的な役割分担のあり方を示すことが重要であろう。
さらに、
「生活支援戦略(仮称)
」の一環として予定される生活保護制度の見直しについても、慎重
な制度設計が課題となろう。現在、生活保護を受給している現役世代のなかには、様々な就労阻害要
因を抱える人が含まれていると見られ、一律に自立を強制する支援は必ずしも有効に機能しない可能
性がある。生活保護制度の見直しは、多様な就労阻害要因に配慮したきめ細かな支援を伴うものとす
ることが必要である。
(2) 非正社員の雇用保護・待遇改善
Ⅲ.1.
(2)及びⅢ.2.
(2)で見たように、非正社員の雇用保護・待遇改善分野の具体的な進捗と
しては、最低賃金の引き上げ目標に関する政労使合意(2011 年 6 月・第 4 回雇用戦略対話)のほか、
労働者派遣制度の見直し(2012 年 3 月 28 日に改正労働者派遣法が成立)
、有期労働者の雇用保護・待
遇改善策(改正労働契約法案が 2012 年通常国会で審議中)などがある。
a.最低賃金の引き上げを巡る課題
このうち最低賃金の引き上げに関しては、その目的に立ち返った見直しが必要だ。前述のように、
2010 年 6 月の雇用戦略対話で、地域別最低賃金の全国加重平均を 1,000 円へと引き上げる目標が合意
された。しかし、これは 2020 年度まで年平均名目 3%、実質 2%の経済成長が前提とされているだけ
でなく、これを実際に行おうとすると極めて急速な最低賃金の引き上げが必要となる。単純に 2010
年度から2020年度の期間で、
地域別最低賃金の全国平均を1,000円まで引き上げる場合を想定すると、
年平均 27 円の引き上げが必要となる。しかし、最低賃金の年平均 27 円の引き上げは、バブル経済ピ
ークの 1990 年の最低賃金引き上げ幅が 24 円であったことと比較しても、急速なペースである。東日
本大震災やその後の円高により、最低賃金の引き上げが企業経営に及ぼす影響が懸念されるなか、上
記目標の実現可能性は低下している。
そもそも、2009 年民主党雇用政策で最低賃金の大幅引き上げは、
「まじめに働いた人が生計を立て
17
られる」ための政策と位置づけられている20。そうであるならば、実現が危ぶまれる目標を見直し、
本来の目的に立ち返った対策を示すことが課題となろう。具体的には、最低賃金の緩やかな引き上げ
と併せ、これを給付付き税額控除(低所得者に対して税額控除を行う一方、控除しきれない場合は差
額を給付する制度)などと連携することで、低収入の勤労者の可処分所得を底上げすることなどが考
えられる21。前述のように、国は生活保護受給者への自立支援の強化を行う方針だが、自立支援の強
化によって生活保護からワーキングプアに移行する人が増えることを防止するためにも、低所得者の
所得底上げを実効性の高い形で行うことが必要である。
b.労働者派遣制度の見直しを巡る課題
労働者派遣制度の見直しに関して、2012 年 3 月 28 日に成立した改正労働者派遣法では、民主党マ
ニフェストに挙げられた対策の一部
(製造業務への派遣の原則禁止や専門 26 業種を除く登録型派遣の
禁止)が削除された。しかし、製造業務への派遣禁止規定や専門 26 業種を除く登録型派遣の禁止につ
いては、その実効性への疑問が提示されており22、改正労働者派遣法がマニフェストに厳密に沿って
いないことを必ずしも否定的に捉える必要はない。
むしろ派遣労働者を巡る問題の本質は、その雇用保護の弱さや合理的な説明が難しい待遇格差、教
育訓練機会の不足にあり、改正法に盛り込まれた施策でこれらの問題が克服されるかが重要である。
今回の改正法では、派遣元事業主に均衡処遇に配慮する義務や、一人あたり料金を明示する義務が設
けられるほか、一定の有期雇用の派遣労働者について無期雇用転換を推進することが努力義務とされ
ている。また、派遣先企業の義務として、派遣契約を中途解除する場合に新たな就業先の確保や派遣
元が負担する休業手当の負担に係る措置を講じることとされるほか、違法派遣を受入れた場合に派遣
先企業が派遣労働者に直接雇用を申し込んだとみなす制度が導入される。
しかし、これらの措置のなかには、配慮義務や努力義務が多く、その実効性が不明瞭な部分も多い
また、30 日以内の派遣が原則禁止される結果、労働者が直接雇用の短期有期労働者に移行した場合、
労働者の不安定な雇用が改善されないまま、人材派遣ビジネスの持つマッチングの機能が低下すると
いう状態が生じかねない。法律の施行前後にかけて、派遣労働者の待遇に関する客観的データや派遣
労働者の意見を収集し、法改正が派遣労働者の効果の検証を行うこと、これを踏まえた政策評価を行
うことが必要であろう。
c.有期労働者の雇用保護・待遇改善策を巡る課題
現在国会で審議中の改正労働契約法案では、①同じ使用者と結んだ有期労働契約の通算期間が 5 年
20
民主党「民主党政策集 INDEX2009」、31 ページ参照。
21
なお、2012 年 2 月 17 日に閣議決定された「社会保障・税一体改革大綱」には、「給付付き税額控除を導入する」という方針が盛り
込まれている 。しかし、ここでの「給付付き税額控除」は、消費税引き上げに伴う逆進性対策という文脈で取り上げられており、
増税による可処分所得の減少分を補填する内容に止まる懸念がある。
22
製造業務への派遣禁止規定や専門 26 業種を除く登録型派遣の禁止については、特定業務への派遣規制を無くして派遣労働者の保護
に重点を置こうとする国際的な派遣労働者保護策の流れに反すること、そもそも専門業務の中に専門的とはいえない業務が含まれて
いるなど専門業種という区分自体に問題があることなどが指摘される(濱口(2009))。また、有期労働契約への規制がないなかで
特定業務への派遣を禁止しても、その業務を担う労働者を他の不安定な雇用形態に置き換える動きが進む可能性が高く、必ずしも労
働者の保護につながらないという指摘もある(鶴(2011))。
18
超となる場合に無期労働契約に転換される制度の導入、②「雇止め法理」の明文化、③有期労働契約
であることを理由とする不合理な待遇格差の禁止が盛り込まれた。
このうち、③の有期労働契約を理由とする不合理な待遇格差の禁止は、企業が個々の状況を踏まえ
ながら有期労働者の待遇改善を進める上で、重要な意味を持つと考えられる。こうした方策は、
「合理
的な理由」とは何かという判断の中に、個別具体的な状況や人事制度の多様化などの実態を柔軟に考
慮できるという長所がある(水町(2011)
)
。また、雇用形態の違いによる待遇格差を合理的に説明す
ることが企業に求められる場合、企業が不合理な処遇格差を是正したり、処遇格差の妥当性や公正性
の検証を行ったりする効果もあると指摘されている(労働政策研究・研修機構(2011)
)
。
なお、2009 年民主党雇用政策では、非正社員の待遇改善を「同一労働同一賃金」原則の徹底によっ
て行うとの方針が示されていた。しかし、長期雇用を前提に、年齢や人的資本、配置転換の可能性、
役割等を考慮して賃金が決定されている正社員と、仕事に基づいて賃金が決定されている非正社員の
間でこの原則を適用する場合、人事労務管理の現場で大きな混乱が生じかねない。その半面、こうし
た混乱を避けるために長期の経過措置を設ければ、非正社員の待遇改善が事実上先延ばしにされるこ
とにもなりかねない。その点で、2009 年民主党雇用政策で掲げられた同一労働同一賃金原則とは一致
しないものの、改正労働契約法案に盛り込まれた不合理な待遇格差の禁止は、非正社員の待遇改善に
向けたより現実的な手段と言えるだろう。
その一方で、
①の有期労働契約の通算期間が 5 年超となる場合の無期契約への転換制度については、
通算契約期間が 5 年に達する直前での有期労働者の雇止めが誘発される懸念がある。労働政策審議会
が厚生労働大臣に対して行った建議では、
「利用可能期間到達前の雇止め防止策の在り方について労使
を含め十分に検討することが望まれる」とされているが、全てのケースを予め想定した上で防止する
ことは難しいであろう。これに対しては、企業が有期労働契約から無期労働契約への転換に前向きに
取り組むようなインセンティブを高める方策が必要である。例えば、無期雇用契約への転換の可能性
とその条件が明記された有期労働契約を結ぶ場合に、
当該有期労働契約労働者に関わる社会保険料
(企
業負担分)を軽減する等の方策が考えられる。
(3) 若者の就労支援
Ⅲ.2.
(3)で見たように、国は 2012 年 6 月を目処に「若者雇用戦略」を策定する方針であり、同
年 3 月よりワーキンググループでの議論を開始している。しかし、この戦略の策定に必要な作業を考
慮すれば、3 カ月という検討期間はあまりに短い。若者の就職難の背景に、学校から職業への移行が
難しくなっていることが指摘されるが、学校現場で生じている問題や先進的な取り組みを行う学校の
経験を吸い上げ、学校の多様性に配慮した対策を打ち出すこと、省庁横断的な調整を踏まえた具体策
を示すためには、一定の時間が必要である。
また、若者の就労支援については、これまでも多くのメニューが用意されてきたが、その検証も必
要である。例えば、近年、大企業志向の強い学生と、採用意欲の強い中小企業のマッチング機会の拡
充が必要という認識が高まり、実際にそうした機会の充実が図られてきた。しかし、既に述べたよう
に国のマッチング策を通じた就職率が必ずしも高くないなか、どのような場合に成功しやすく、どの
19
ようなケースで就職に結びついていないのかなど、これまでの対策の検証も必要となっている。スケ
ジュールに合わせて戦略策定を急ぐより、当面やるべき対策と一定の時間をかけて検討すべき対策を
分けた上で、真に実効性の高い支援策を選択的に打ち出すことが求められる。
(4) 仕事と家庭の両立支援
Ⅲ.2.
(4)で見たように、国は、新たな子育て支援システム(
「子ども・子育て新システム」
)の最
終案を取り纏め、現在は国会で関連法案の審議が行われている。しかし、このシステムの導入だけで
は、大都市圏を中心とする待機児童問題は解消しないという指摘が多い。待機児童が集中する 3 歳未
満の児童の受け入れ枠が十分拡大しない懸念があるためである。
子ども・子育て新システムでは、認定こども園、現在の認可保育園、幼稚園の一部が移行し、教育・
保育・家庭での養育支援を一体的に担う「総合こども園」の 2015 年度以降の創設が見込まれている。
しかし、幼稚園の一部は総合こども園への移行を義務づけられないほか、総合こども園に移行した幼
稚園では、自園での調理室の整備が必要となるなど負担の重い 3 歳未満の児童の受け入れは義務付け
られない。国は民間企業や NPO の参入も促しつつ待機児童の解消を図るとしているが、これによる受
け入れ枠の拡大も未知数である。
3 歳未満を受け入れる場合の基準の一部緩和や、幼稚園から総合こども園への移行がより有利にな
る仕組みの導入など、幼稚園から総合こども園への移行を促進する施策と、総合こども園に 3 歳未満
の受け入れを義務化する等の施策を同時に講じ、新たな制度が 3 歳未満の待機児童解消により確実に
つながるようにすることが必要である。
最後に、家庭生活と両立しやすい働き方の実現については、これまでの多様な政策が継続されてい
るものの、国が対策を本格的に強化する動きは見られない。男性の育児休業取得率は 2011 年に 2.63%
と前年の 1.38%から上昇したものの、依然として低水準を脱していない(厚生労働省「雇用均等基本
調査(速報)
」2011 年)
。今後は団塊世代の高齢化により、親の介護と仕事の両立を迫られる男性労働
者も増加することが予想される(大嶋(2012b)
)
。そうした状況も踏まえれば、今後は家庭生活と仕事
を両立する働き方を標準とし、これに適応した働き方を整備していくことが急務と言える。例えば、
仕事と生活の両立実現を目指す基本法を制定した上で、両立に関わる数値目標を設定すること、定期
的に目標達成に向けた進捗状況の検証を行うこと、目標達成が困難な場合に具体策を講じることを国
の義務とするなど、
国がより本格的にこの問題に取り組む枠組みを設けることも検討すべきであろう。
3. 2009 年民主党雇用政策に盛り込まれていないが重要な政策を巡る課題
2009 年民主党雇用対策に盛り込まれていないものの重要な政策として、高年齢者雇用の促進や正社
員の働き方の見直しがある。
(1) 高年齢者雇用対策を巡る課題
Ⅲ.2.
(5)で見たように、65 歳までの希望者全員の雇用確保措置の導入を義務付けた改正高年齢
者雇用安定法案が、2012 年通常国会で審議されている。急速な高齢化やこれに伴う社会保障費の拡大
に対し、高齢期の人材に出来るだけ長く労働市場で意欲や能力を発揮し続けてもらうという観点から
20
は、個々の企業内、あるいは企業グループ内で雇用確保を図るだけでなく、労働市場全体で高年齢者
の技能や経験を生かす仕組みを整備することが求められる。具体的には、法律で企業に義務づけられ
ている 65 歳までの雇用確保措置の一環として、一定の条件の下で、人材紹介や労働者派遣制度を利用
した場合も認めるなどの要件の緩和が必要であろう。
また、高齢期の人材の生産性に見合った処遇制度の構築、意欲や能力を発揮しやすい働き方や職場
環境の整備に取り組む企業を、より強力にサポートする必要がある。具体的には、高齢期の人材の職
務や成果に応じた賃金制度の設計に取り組む企業や、高齢期人材が意欲を発揮しやすい役割付与、加
齢に伴う心身の機能の変化を補う職場環境の整備に取り組む企業に対し、コンサルタントの派遣や設
備投資に対する支援を拡充するなどの方策も併せて提示することが必要であろう。
(2) 正社員の働き方の多様化を巡る課題
正社員という働き方をどのように見直していくかは、国の雇用政策の根幹にも関わる部分である。
そうした方向性についても、今後はより明確なスタンスが示されることが必要である。
2009 年民主党雇用政策を振り返ると、正社員という働き方の見直しへの言及は見られず、長期雇用
と職場密着型の働き方がセットになった従来型の正社員を前提に、これに非正社員の待遇を近づける
という方向性が明確であった。しかし、企業の従業員に対するニーズの変化、労働者が求める働き方
の多様化によって、
従来型の正社員を働き方の標準とみなし続けることが現実的でなくなりつつある。
こうしたなか、政策議論においても、正規雇用という働き方の多様化が視野に入れられるようにな
っている。実際、2012 年 3 月 28 日に公表された厚生労働省「望ましい働き方ビジョン」23では、職種
限定型正社員や勤務地限定型正社員など非従来型の正社員を含む「広義の正社員」を念頭に、非正社
員から正社員への転換を進める方向性が打ち出されている。
また、
前述の様に改正労働契約法案では、
通算 5 年を超えて勤務する有期労働者について無期労働契約に転換する内容が盛り込まれたが、その
際の労働条件は期間の定めを除いて従前のものを基本とするとされている。これは結果的に従来とは
異なる正社員の在り方を念頭に置いていると考えられる。
その一方、国が推進する社会保障・税一体改革では、現役世代向けの対策として非正社員として働
く人の待遇改善に力点が置かれる一方、正社員という働き方の多様化に関わる政策への言及は見当た
らない。職種限定型正社員や勤務地限定型正社員といった非従来型の正社員が普及していく上では、
契約時に注意すべき事項や人事労務管理上の課題、納得性・公正性の高い雇用契約終了のあり方(契約
時に解雇事由をどのように明確化するか、公正な処遇をどのように確保するか、解雇対象者の人選を
いかに行うか等)について、企業が広く情報と経験を蓄積することが必要である。多様な正社員の実
践に関わる情報収集やガイドラインの策定など、国が果たすべき役割を示すことも課題となるであろ
う。
23
「望ましい働き方ビジョン」は、非正社員が直面する問題に横断的に取り組むための「総合的ビジョン」を策定する目的から、2011
年 6 月より検討が重ねられてきた。最終的に取りまとめられたビジョンは、今後、厚生労働省が非正社員問題に取り組む上での指針
として位置づけられている。
21
V.
終わりに
本稿では、2009 年民主党雇用政策の進捗状況と残された課題について検討した。2011 年度までに具
体的対応が行われた施策、2012 年度以降に進捗が見込まれる政策を概観すると、同党が 2009 年マニ
フェストで掲げた雇用政策の主要部分については、一定の対応が進められてきたと見て良さそうだ。
その一方で、2009 年民主党雇用政策の中には、現時点で何ら進捗が見られない施策も存在する。政
府・与党はこれらの政策がいかなる理由で積み残されているのかを明確にすることが必要となろう。
また、これまで対応が進められてきた政策にも、その内容を詳細に見ると課題が存在している。こ
れまで数多くの若者雇用対策が講じられてきたにも関わらず、若者の雇用を巡る状況が大きく改善し
ていないことに見られるように、対応策のメニューが充実することと、政策の実効性は別の問題であ
る。これまで対応が行われている政策によっていつまでにどのような効果が期待されるのか、残され
た課題には何があり、これに対しどのように対応しようとしているのか、政府・与党が政策評価につ
ながる分かりやすい情報を十分提供していくことが必要であろう。
[参考文献]
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大嶋寧子(2012a)
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業・国に求められる対応」みずほ総合研究所『みずほリポート』2012 年 3 月 21 日
大嶋寧子(2012b)
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みずほ総合研究所『みずほ政策インサイト』2012 年 1 月 24 日
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規雇用改革
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水町勇一郎(2011)「「同一労働同一賃金」は幻想か?- 正規・非正規労働者間の格差是正のための
法原則のあり方」鶴光太郎・樋口美雄・水町勇一郎編著『非正規雇用改革
日本の働き方を
いかに変えるか』日本評論社、pp.271-297
労働政策研究・研修機構(2011)「雇用形態による均等処遇についての研究会報告書(2011 年 7 月)」
22
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