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882KB - JICA
/平成17年/1月/1−149/表紙1,4(特色)/XDT1149D
2005.03.24 17.13.18
Page 1
ISSN 1345-238X
開発金融研究所報
開発金融研究所報
Journal
of
JBIC
Institute
第
号
2
3
2005年 月
2005年 3 月 第23号
3
〈巻頭言〉ソフト・パワー、CSR、そして「武士道」
■持続可能な上下水道セクターに向けた民活の役割
■東アジアにおける成長のための為替制度は何か
■中東欧・旧ソ連諸国の金融改革とEBRD
■中央アジア・シルクロード地域経済圏の市場経済移行プロセス
の特色と課題
■インドネシアの銀行再編―課題と取り組み
■変貌を遂げるタイ経済―金融セクターの視点から
■米国の二国間開発援助政策
■注目されるインド―その位置づけ―
/平成17年/1月/1−149/表紙2,3/XDT1149C
2005.03.18 14.18.56
Page 1
CONTENTS
〈Foreword〉
Soft Power,CSR and“Bushido(the Spirit of the Samurai)
”…………2
〈Development〉
The Role of Private Sector Participation(PSP)for Sustainable Water
Supply and Sanitation Sectors −The Case of Latin America−
…………………………………………………………………………………………4
〈International Finance〉
Looking for an Exchange Rate Regime for Growth in East Asia
from a Perspective of an Exchange Rate Regime as Regional
Public Goods …………………………………………………………………………56
Banking Reform and the Role of EBRD in Central/Eastern Europe
and the Former Soviet Union …………………………………………………75
The Features and Subjects of Transition Process to Market
Economy in Central Asian Silk Road Regional Economy………………105
Bank Restructuring in Indonesia: Issues and Challenges ……………118
The Thai Economy in Transition: A Financial Sector Perspective …136
〈Aid Policies of the Major Donors〉
US Bilateral Development Assistance Policy ………………………………139
〈Country Economic Review〉
India: Focus of Attention ………………………………………………………155
JBICI Update ………………………………………………………………………167
開発金融研究所報 第2
3号
2
0
0
5年3月発行
編集・発行
国際協力銀行開発金融研究所
〒100―8144
東京都千代田区大手町1―4―1
本誌は、当研究所における調査研究の一端を内部の執務
電話 03―5218―9720(総務課)
参考に供するとともに部外にも紹介するために刊行する
代表e−mail
もので、掲載論文などの論旨は国際協力銀行の公式見解
ではありません。
印 刷
[email protected]
勝美印刷株式会社
´国際協力銀行開発金融研究所 2005
開発金融研究所
読者の皆様へ
本誌送付先等に変更のある場合は、上記までご連絡をお願いいたします。
開発金融研究所報
Journal
of
JBIC
2005年 3 月 第23号
Institute
CONTENTS
〈巻頭言〉
ソフト・パワー、CSR、そして「武士道」 ………………………………2
副総裁
田波
耕治
〈開発〉
持続可能な上下水道セクターに向けた民活の役割
―中南米のケース― ………………………………………………………………………………………4
開発金融研究所
古川
茂樹
〈国際金融〉
東アジアにおける成長のための為替制度は何か
―地域公共財としての為替制度―
…………………………………………………………………56
開発金融研究所主任研究員
梶山
直己
中東欧・旧ソ連諸国の金融改革とEBRD ……………………………………75
国際金融第2部長
西村
潔
中央アジア・シルクロード地域経済圏の市場経済移行
プロセスの特色と課題
―移行経済支援に関する一つの視点として―
………………………………………………10
5
国際金融第2部次長
インドネシアの銀行再編―課題と取り組み
田中福一郎
……………………………1
18
アンワール・ナスティオン
ウィンボ・サントソ
変貌を遂げるタイ経済―金融セクターの視点から
………………1
36
ピティ・ディスヤタット
国際金融第1部次長
西沢
利郎
〈援助機関動向調査〉
米国の二国間開発援助政策
……………………………………………………………13
9
ワシントン駐在員事務所
〈各国経済シリーズ〉
注目されるインド―その位置づけ―……………………………………………155
国際審査部次長
JBICI便り
臼居
一英
………………………………………………………………………………………………16
7
開発金融研究所総務課
開発金融研究所報
第23号
Journal of JBIC Institute
開発金融研究所報第2
3号について
第2
3号は、調査・研究6点とシリーズの一環として2点を掲載する。
第2
3号は、「持続可能な上下水道セクターに向けた民活の役割―中南米のケー
ス―」に特に注目頂きたい。国連の「ミレニアム開発目標」には「2
0
1
5年まで
に安全な飲料水を継続的に利用できない人々の割合を半減する」ことが含まれ
る。本論文は、このために必要な「持続可能」な上下水道セクターを途上国に
おいて構築するため民活が果たしうる役割と有効な民活導入の方策を経験豊富
な中南米のケース(成功・失敗事例)から抽出し提示するとともに、円借款プ
ロジェクトへの民活導入の可能性を考察する。
「東アジアにおける成長のための為替制度は何か―地域公共財としての為替制
度―」においては、為替制度が地域の公共財であるとの認識に立って、為替レー
トの安定をめざして、東アジア6カ国の為替制度の再検討を行う。更に、アジ
ア共通通貨をにらみながら、経済成長や社会厚生への影響の少ない、バスケッ
トに基づく目標相場圏(BBC制)の採用を検討する。
加えて、旧ソ連・東欧諸国における市場経済移行に関するものとして「中東
欧・旧ソ連諸国の金融改革とEBRD」と「中央アジア・シルクロード地域経済
圏の市場経済移行プロセスの特色と課題―移行経済支援に関する一つの視点と
して―」をお届けする。また、東南アジアにおける金融セクターの状況を紹介
するものとして「インドネシアの銀行再編―課題と取り組み」と「変貌を遂げ
るタイ経済―金融セクターの視点から」を掲載する。
「米国の二国間開発援助政策」は、主要援助国動向調査の一環として、「開発
金融研究所報」第1
9号、第2
1号に掲載した英国、オランダに続くものである。
また、今号より各国の経済動向を紹介するシリーズとして「注目されるインド
―その位置づけ―」を掲載する。
ソフト・パワー、 CSR、
そして「武士道」
副総裁
田波
耕治
「ソフト・パワー」や「CSR」という言葉が、新聞紙上等を賑している。
「ソフト・パワー」という概念の提唱者であるハーバード大学のジョセフ・S・
ナイ教授は、
「ハード・パワーが軍事力に代表される目に見える力、あるいは定量
的なものだとすれば、ソフト・パワーはその国自身が内面から醸し出す魅力、目に
見えない力、そして計測不可能なものである。
」と定義している。そして、
「ソフ
ト・パワーは国の文化、政治的な理想、政策の魅力によって生まれる。
」としてい
る。
「CSR」とは「利益の追求だけでなく、企業活動のさまざまな社会的側面(法律
の遵守、環境保護、人権擁護、労働環境、消費者保護など)においても、バランス
のとれた責任を果たすべきだとする経営理念。
」
(現代用語の基礎知識)であり、一
般的に「企業の社会的責任」と訳されているが、SRI(社会的責任投資)或いはSRI
ファンドと結び付けて論じられることも多い。
2
0世紀末から2
1世紀にかけて、このような概念が主張されるようになったのは、
「情報社会の確立」という横軸と「地球環境問題」という縦軸の上に、
「軍事力、
経済力、収益力などの力だけでは国や企業が持続的な成長を遂げることは出来な
い」ということに、人々が気が付き始めた証左であり、当然のことながら好ましい
風潮である。
ところで、このような概念は、これらに対応する適切な訳語が見当たらないこと
から推察されるように、西欧の思想の見直し乃至反省・発展という観点から取り上
げられ、日本はこれを輸入してきている観があるが、考えてみると日本ほどこうし
た概念に相応しい国はないのではないかと思う。
我々が国家や企業の在り方を考える時、明示的には言わないまでも、考え方の基
本をなしているのは「ソフト・パワー」や「CSR」に近いのではないか。
少なくとも、これからの日本の国家、企業の運営方針の基本となるべきは、まさ
に「ソフト・パワー」や「CSR」の元となる考え方であり、日本にはこうした考え
方のDNAが脈々として流れていると思う。
しかしながら、こうした考え方を整理・統合して世界に提示し、理解を得ること
は、
(たとえ日本語で表現するとしても)容易なことではないことも事実である。
2
開発金融研究所報
「ソフト・パワー」という国家に関連する概念も、
「CSR」という企業に関連する
概念も、その多くは、これらを構成する国民一人ひとりの「人間力」に依存する。
今からおよそ一世紀前、2
0世紀の初めアメリカの地に在って、
「日本人のものの
考え方」を説こうと懸命の努力をしていたひとりの日本人キリスト教徒がいた。言
うまでもなく、新渡戸稲造博士である。英文で書かれた「武士道」の中に集大成さ
れた「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義 ………」は、まさしく「日本の魂」だと
思う。
新渡戸博士は「武士道」に「日本思想の解明」という副題をつけ、本の序文の中
で「日本に関する事を英語で書くのは全く気のひける仕事である。………借りもの
の言語で語る者は、自分の言うことの意味を解らせることができさえすれば、それ
で有難いと思わねばならない。
」と述懐しているが、
「武士道」がドイツ語をはじめ
とする多くの外国語に訳され、
「ルーズヴェルト大統領がみずから本書を読まれ、
かつ友人の間に配られたということを聞くのは、私のこの上もなく光栄に感ずる次
第である。
」とも述べている。
いささか混沌とした現代に生きる我々は、こうした優れた先人の業績を伝承しつ
つ、日本固有の文化を再整理し、対外的にも発信していく責務があると思う。その
ためにも、まず、
「ソフト・パワー」や「CSR」を日本の文化の文脈の中で考えて
みたい。
2005年3月
第23号
3
持続可能な上下水道セクターに向けた民活の役割*1
―中南米のケース―
開発金融研究所
古川 茂樹
要 旨
世界人口60億人のうち1
1億人が安全な飲料水を利用できず、その大多数が開発途上国の人々であ
る。途上国の疾病の8
0%は下水施設の未整備による水質汚染から発生している。そのため途上国に
おける早急な上下水道整備が求められており、国連の「ミレニアム開発目標」
(2000年)では「2015
年までに安全な飲料水を継続的に利用できない人々の割合を半減する」との目標が掲げられている。
この目標の達成には開発途上国における上下水道セクターが「持続可能」
(Sustainable)でなけれ
ばならないが、そのためには長期ビジョンを策定して達成目標レベルを定め、その実現へ向けて具体
的な指標(上下水道普及率など)を改善させていく方策が有効である。
こうした持続可能な上下水道セクターを構築していく際、民間活力(民活)の導入が有効な場合が
ある。その際、政策の実施順序(シークエンス)が極めて重要である。これには、 A「経営改善政策
の実施順序」
(民活の採否にかかわらず)
、 B「民活形態の実施順序」
(各国・各事業者の事業運営環
境に応じた民活形態の採用)の2種のシークエンスがある。 Aの例としては、まず事業者側が料金回
収率の向上や漏水対策などの改善策を実行した後、利用者の負担となる料金引上げ策を検討すべきと
いうものがある。 Bをより具体的に言えば、その国の政治・経済・社会・制度等の状況に応じて、
サービス契約のような軽微な民活から、資産売却のような急進的な民活を、適切に選択していくべき
とするものである。
Abstract
In the world, more than1.
1billion out of 6 billion people are without access to safe drinking water. Most of them live in developing countries.8
0% of their diseases are caused by poor sanitation system. For the purpose of improving this situation, the UN
Millennium Development Goals(2
0
0
0)set the target,“halve by2
015the proportion of people without sustainable access to safe
drinking water and basic sanitation.”In order to attain the goal, water and sanitation sectors must be sustainable; and it would
be effective for governments of developing countries to set a long―term vision and concrete targets for the sectors.
Private sector participation(PSP)can be useful to ensure the sustainability of the sectors. In considering PSP, it is worth emphasizing two types of policy sequences. The first is sequence of improving financial aspects of service providers. For example,
service providers must first implement self―efforts, such as improvement of user charge collection and unaccounted for water,
before raising tariff. The second is related to sequence of introducing PSP in accordance with countries’circumstances. More
concretely, governments should select appropriate PSP options ranging from moderate ones such as service contract to radical
ones including asset sale, depending on their countries’political, economic, social and institutional situations about PSP.
The results of Contingent Valuation Method(CVM)Survey conducted in Iqitos City(Peru)show that affordability―to―pay
(ATP)of the residents for water and sanitation services was almost equivalent to their current average payment; and that their
willingness―to―pay(WTP)was about twice as high as their current payment. It seems difficult to raise the tariff level in view of
payment ability of the users in the City in spite of the high WTP. Before imposing financial burden on the users, the supplier in
the City should improve its tariff collection rate, unaccounted for water rate, recurrent cost rate, etc.
Regarding water and sanitation sectors, radical privatization approach may not be appropriate. Public service suppliers must
first make best efforts in solving their own problems. In parallel, national governments should set up institutions and regulations
and long―term support policy such as subsidy. If these important changes are made, governments should select appropriate PSP
options and steadily realize gains of PSP. Such policy approach is considered to contribute to sustainability of water and sanitation sectors in Latain American countries.
*1 本稿は、平成1
5年度開発政策・事業支援調査(SADEP)
『持続可能な上下水道セクターに向けた民活の役割―中南米のケース
―』報告書
(
(株)
コーエイ総合研究所および日本工営
(株)
への委託調査。調査期間2
0
03年10月∼20
04年3月)を大幅に加筆・
修正して作成した。同調査にあたっては、
(株)
日本総合研究所・井熊均創発戦略センター所長、南山大学・薫祥哲助教授より
助言を頂戴した。
4
開発金融研究所報
料金水準の妥当性につき、ペルーのイキトス市を対象に、CVMの手法によるアンケート調査を
行ったところ、イキトス市の料金水準は概ね利用者の支払可能額(ATP)と同程度であった(現行
の料金水準は妥当)
。また、利用者は水環境向上のためであれば現行料金の2倍程度の料金を支払っ
ても良いという支払意志額(WTP)を有していた(料金引上げに対し肯定的)
。ただし実際には所得
の増加などによりATPが上昇しないと引上げは利用者に支払能力を超えた負担を課す惧れが高い。
他方、イキトス市の料金回収率が5
5%と利用者の半数近くが料金を支払っておらず、また、無収水
率が6
3%と供給水量の3分の2程度からは料金収入が得られていない。イキトス市においても、ま
ずはこれらの問題点(特に料金回収率向上)を改善する供給者サイドの取組が求められ、料金引上げ
はそのあとの段階でなされるべき(民活に伴う引上げであればなおさら)であろう。
一般に、非効率な公営部門が自己改革できない場合、急進的な民活導入で解決を図ろうとする考え
があるが、上下水道セクターにおいては必ずしも妥当でない場合がある。公的事業者自身がまず改善
努力を行い、民活を導入する場合には国家レベルにおいて、民活が円滑に機能し得るための法整備・
規制緩和や設備投資のための補助金交付などの長期的な支援策を講ずる必要がある。そうした環境整
備のもとで、問題点の解決に適合する民活形態を選定し、着実に成果を挙げていくことが、中南米の
上下水道セクターの持続性確保に資する民活導入のあり方といえる。
第1章
序
論
きないでいる」とされる*2。下水に関しては、下
水道が不十分な開発途上国を中心に水質汚染が進
本稿の目的は、開発途上国で「持続可能」
(Sus-
み、国連(1998)の報告では、世界人口の半数
tainable)な上下水道セクターを構築するにあた
の人々にとって下水施設が未整備であることか
り、民間活力(民活)の導入はどのような役割を
ら、途上国では病気の80%が水質汚染により発
果たし得るのか、民活導入経験の多い中南米の
生し、また、淡水魚の20%の種が絶滅の危機に
ケース(成功例・失敗例)から抽出し、有効な民
あるとされる。これらは地球規模での水環境の悪
活導入の方策を提示することである。
化をもたらすとともに、とりわけ開発途上国の
第1章では、まず水環境の地球規模での悪化や
人々に深刻な影響を与えており、国際社会の積極
上下水道サービスの特徴を把握し、次に第2章以
的な支援の下、開発途上国における上下水道の早
降で分析する上下水道セクターの諸問題や、今後
急な整備が求められている。
の課題へ向けての民活導入の役割につき概観す
2.上下水道サービスの特徴
る。
1.水環境の地球規模での悪化
電気、ガス、水道を始め経済・社会運営のため
の基礎サービスの多くは、政府、公社などの公的
水は人間の生存に必要不可欠である。飲料水、
部門が公共事業として提供しているが、なかでも
下水のいずれに問題があっても人間の生存はおび
上下水道サービスは人間の生存に不可欠な Aベー
やかされる。その飲料水は安全かつ継続的に供給
シック・ヒューマン・ニーズ*3の1つであるとと
される必要があるが、2
0
0
3年現在で約6
0億人の
もに、全ての国民に遍く提供すべき Bユニバーサ
世界人口のうち「1
1億人が安全な飲料水を利用で
ル・サービス*4であるという特徴を有する。この
*2
*3
*4
第3回世界水フォーラム閣僚会議“Final Report, Kyoto, Japan,22―2
3March20
0
3”より。
Basic Human Needs:BHN
Universal Service
2005年3月
第23号
5
ことから、上下水道サービスは極めて高い公共性
の実施順序(シークエンス)
が極めて重要である。
を有し、将来に亘り絶えず改善されていくべきこ
上下水道セクターでは2種類の政策実施順序を考
とが求められる。
える。
このため、上下水道事業は、その運営におい
まず第1は、上下水道セクターにおける「経営
て、利用者の負担可能な料金水準に基づき一定の
改善策の実施順序」である(民活を導入するしな
質のサービスを長期的かつ安定的に供給すること
いにかかわらず)
。例えば、上下水道利用者の約
(持続的運営維持管理)
、および、長期目標であ
半数が利用料金を支払っていない中南米の調査対
る普及率10
0%という公平なアクセスの達成に必
象4か国では、負担の公平化(不払者からの徴収)
要な設備投資を必要なタイミングで行うこと(持
なしに料金値上げがなされれば、現在支払ってい
続的投資)が求められる事業である。この「持続
る利用者に不払者の分までさらに負担を付加する
性」の原則は、開発途上国にも求められるもので
ことになり不適切である。政策当局や事業者がま
あり、円借款事業を含む開発事業がその主たる目
ず実施すべき経営改善策の順序は、大きな政治的
的である「長期かつ安定的な開発効果の発現」を
判断や政策変更を必要としない料金回収率の向上
達成する上でもこうした「持続可能」な体制は不
策であり、料金引上げ策はその後に検討すべき政
可欠である。
策課題である。
3.持続可能な開発への「民活」の役割
の、
「事業環境に適合した民活形態の選択順序」
第2に、上下水道事業に民活を導入する場合
である民活が円滑に機能する環境が整っていない
6
開発途上国の上下水道セクターの開発は、以上
中で急進的な民活形態を導入すれば、利用者から
のような地球環境や上下水道サービスの特徴を踏
の反発や抵抗を招き、民活導入が持続性を確保す
まえて実施していく必要があるが、現実をみると
るどころか事業そのものを破綻させるリスクもあ
上下水道普及率や料金回収率の改善テンポは遅
る。各国・各事業者の置かれた事業環境を十分検
く、事業者たる公的機関・公営企業は料金収入の
討しつつ、それに合わせた適切な民活形態を選択
不足から運営維持管理や設備投資への支出が十分
し、その成果を実現しながら次の段階の民活を順
に賄えず、過大な財政負担を惹起している。そう
次導入していくことが、持続可能な開発に民活を
したセクター全体の赤字体質と設備不足から、上
貢献させるために重要である。
下水道への国民のアクセスが停滞し、水循環が悪
しかしながら、上下水道セクター全体としての
化するという状況も生じている。すなわち、多く
「持続性」の確保(個別事業者、個別事業でなく)
の開発途上国においては、上下水道セクターが
について、これら2種類の政策シークエンスの重
「持続可能」な状況にはない。
要性や、ひいては開発事業の事業効果発現の確保
こうした状況を打開し、
「持続可能」な上下水
という観点から民活導入を体系的かつ実証的にま
道セクターを構築するには、政策当局や事業者な
とめて提示した調査・研究は、上下水道セクター
ど公共サイドの改善努力に加え、有力な手段の1
に関してこれまで必ずしも十分にはみられないよ
つとして民間活力(以下、民活)の導入が考えら
うである。そこで本稿では、これらの観点から、
れる。上下水道セクターは、利用者からの料金徴
第2章以降の分析を行い、提言を試みた。第2章
収が可能であることから、電力セクター、通信セ
以降の概要は次の通りである。
クターに次いで民活導入が活発なセクターであ
第2章では、開発途上国の上下水道セクターに
り、フィリピン、インドネシア、アルゼンチン、
対する民活導入の条件、形態、方法、事例などに
チリなどにおいてすでに民活導入が実施されてい
つき検討するため、まず、持続可能な上下水道セ
る。
クター構築のための長期的なビジョン(在るべき
一般に、公的セクターへの民活導入には、様々
姿)を提示し、その長期目標の達成度を測るため
な形態論、導入方法論、具体的事例の評価が存在
の評価指標群(上下水道普及率、料金回収率など
する。そしていずれの民活導入においても、政策
の指標)を選定してその望ましい値・状況を示し
開発金融研究所報
た。そして第3章でメキシコ、ペルー、パナマ、
次にセクター全体、および、セクターを構成する
コスタリカの中南米4か国(以下、重点4か国)
中央政府、事業者、プロジェクトの各レベルで生
につき、前章で選定した評価指標をもとに現状と
じている問題点を把握するため、定量的な評価指
問題点を把握し、各国の上下水道セクターの今後
標群(上下水道普及率、料金回収率など)を選定
の課題を提示した。第4章では、重点4か国別に
し、これらにより問題点を明確化した*7。さら
民活導入の現状とメリット・デメリットを整理し
に、これら評価指標の望ましい値・状況を目標値
た上で、第3章で掲げた各国の課題達成にいかな
として掲げ、上下水道セクターの今後の課題を提
る民活形態が有効であるのかを検討し、提示し
示することを試みた。
た。さらに第5章で、重点4か国のうち2か国の
新規または既往の円借款事業*5をケーススタディ
として開発効果の持続的発現の確保という観点か
1.開 発 途 上 国 に お け る 上 下 水 道 セ ク
ターの現状
ら民活導入の可能性とその条件について検討する
とともに、ペルー国イキトス市において実施した
*6
現在、世界規模で24億人が適切な公衆衛生施設
アンケート調査 に基づき、上下水道セクターに
にアクセスできず、また、11億人の人々が安全な
おける料金設定の基盤となる受益者負担を推計
飲料水を利用できないでいるとされる。このよう
し、妥当な料金水準につき評価した。以上の分析
な状況は開発途上国に多く見られ、国連の「ミレ
から、第6章にて中南米地域における持続可能な
8
ニアム開発目標」*(MDGs)では「環境の持続可
上下水道セクターへ向けて民活が果たし得る役割
能性(sustainability)の確保」
(Goal 7)として
について、提言を試みた。
「2015年までに安全な飲料水を継続的に利用で
きない人々の割合を半減する」
(Target10)との
第2章
開発途上国の持続可能な上
下水道セクター構築の要件
上下水道サービスは人間の生存に不可欠なベー
目標を掲げている。
実際、上下水道普及率を世界規模で比較してみ
ると、上水道普及率では、先進国での普及率が軒
並み90%を超え充実しているのに対し、 アジア、
シック・ヒューマン・ニーズ(BHN)であるこ
アフリカおよび中南米諸国での普及率は50%未
とから、全ての人々に遍く提供され、誰でもアク
満が多く、先進国に比べて明らかに低い。この点
セスできることが望ましい。しかし開発途上国で
から、上水道サービスがBHNとされながらも、
は、資金不足や技術の欠如などにより上下水道
十分に途上国住民へ行き届いていないことが窺え
サービスが十分に提供されていない。そのため開
る。
発途上国の上下水道セクターでは、まずは受益者
そしてこの傾向は、下水道普及率でさらに顕著
に向けて上下水道サービスを広く普及させ、そし
なものとなっている。下水道は生活衛生環境の改
てそのサービスを長期に亘り、安定して継続させ
善および自然環境保全の観点から、近年では多く
ていくことが必要である。
の途上国で重点的な整備に取組むようになってき
第2章では、まず上下水道セクターが持続的に
た。しかし、下水道整備には大規模な投資が必要
サービスを提供するための長期ビジョンを示す。
であり各国の資金が十分でないこと、および、
*5
*6
*7
*8
ペルー地方都市上下水道整備事業(II)
(一部既往)
、パナマ湾浄化事業(新規)
。
仮想市場法(Contingent Valuation Method:CVM)に基づき、ペルー国イキトス市の上下水道サービス利用者1,
0
0
0人に支
払可能額(ATP)および支払意思額(WTP)についてのアンケート調査を行ったもの(第5章参照)
。
定量的な指標(上下水道普及率などの数値で表された指標)で評価できない項目については、定性的な指標(例:
「責任体制
の確立」など数値で表せない指標)を設定して評価した。
国連ミレニアム・サミット(2
0
0
0年9月)にて国連ミレニアム宣言が採択され、「ミレニアム開発目標」
(Millennium Development Goals:MDGs)が提起された。その中では、2
0
1
5年までに国際社会が達成すべき8つの目標(goals)と、その目標を
達成するための具体的な1
8のターゲット(targets)および4
8の指標(indicators)が設定されている。
http://www.developmentgoals.org/About_the_goals.htm
2005年3月
第23号
7
BHNの観点から下水道よりも上水道の整備を優
持続性を確保して成立するための要件として(1)
先させる傾向があることなどから、殆どの開発途
サービスの質の確保、
(2)普及率の向上、
(3)
上国では下水道普及率が50%を下回っており、
支出規模と便益の適正化、を採り上げ、それらの
その急速な改善はみられない状況にある。
具体的な長期目標レベルを設定することで、上下
開発途上国における上下水道セクターでは、低
水道セクターの長期ビジョンを提示する(図表2
い普及率の問題だけでなく、上下水道事業が提供
―1)
。これら3つの長期目標の内容は以下の通り
するサービスの質や、事業を持続的に維持するた
である。
めの資金調達など、さまざまな課題が残されてお
り、セクター全体のパフォーマンスをできる限り
(1)サービスの質の確保
上水道に求められる適切なサービスの質とは、
早急に改善することが求められている。
飲料水として適切な「水質」と、その「水量」の
2.上下水道セクター全体の長期ビジョ
ン
確保である。飲料水の水質については、世界保健
機関(World Health Organization:WHO)によ
る飲料水水質基準*9の確保を長期目標値とした。
MDGsでは、前述の通り「2
01
5年までに安全な
これは、開発途上国では、少なくともWHO基準
飲料水を継続的に利用できない人々の割合を半減
を満たす水質レベルであれば、
「安全な飲料水」
する」との上水道整備の数値目標を掲げるととも
としてその給水を普及させていくべきとの考えに
に、下水道設備の未整備による水質汚染の影響を
基づいている。また、水量の確保については、い
具体的な数値で示して下水道の重要性を訴えてい
つでも必要なだけ水道が使用できる「24時間各戸
る。これは、上水道整備により給水量が増加した
給水」を最終的な目標とした。
としても、下水道が未整備であれば未処理汚水が
下水道に求められるサービスの質とは、雨水・
そのまま河川に放流され、公共水域や地下水が汚
汚水の適切な排除と、公共水域に放流する下水へ
染されるからである。従って、上水道と下水道が
の2次処理の実施である(下水管に収容した汚水
長期的に相俟って整備されていくことが、上下水
は清潔な水へと処理されて公共水域に放流される
道セクターの開発事業を持続可能なものとするた
ことが望ましいため)
。これらは地方部でも実現
めに必要である。
されることが望ましいが、地域の経済的・社会的
これらを踏まえ、上下水道セクターが長期的に
状況に合わせた整備で可とした。
図表2―1 上下水道セクター全体の長期ビジョン
項
目
(1)サービスの質の確保
(2)普及率の向上
分 類
都
市
期
目
部
標
レ
ベ
地
ル
方
上 水 道
WHO水質基準を満たす安全な飲料水の供給。2
4時間各戸給水の実現
下 水 道
雨水・汚水の適切な排除と、汚水の2
次処理の実施
上 水 道
概ね100%の普及率
下 水 道
上水道の普及率に準ずる
上 水 道
(3)支出規模と便益の適正化
長
下 水 道
部
社会的・経済的状況に合わせた整備の
実現
社会的・経済的状況に合わせた整備の
実現
A上下水道セクター全体の支出規模に見合う便益の実現
B補助金や長期借入金・起債収入の金額および使途が合理的であり、かつ、他の
セクターで必要な資金を過度に圧迫しないこと
出所:SADEP調査団
*9
8
WHOの飲料水水質基準:先進国の飲料水レベルには至らないものの、飲料水として安全上支障のない水質基準としてWHO
が定めたもの。
開発金融研究所報
(2)普及率の向上
な場合には、政府財政の許容する範囲で、補助金
全ての住民が衛生的な住環境で生活するために
の投入や長期借入・起債などを積極的に行って支
は、上水道の普及率が1
00%になることが望まし
出規模を維持し、質の確保された上下水道サービ
い。ただし、離島や山間部などでは、上水道施設
スを国民に提供していくことは、合理的な政策オ
による給水が困難であるため、全体の長期目標値
プションの1つといえる。むしろ留意すべきは、
を「概ね1
0
0%」とした。
支出規模(=料金収入+補助金収入+借入金・起
下水道については、持続可能な水循環という観
債収入+その他)に見合う適切な上下水道サービ
点から上水道と相俟って整備されることが望まし
スの便益が国民に提供されているかという点であ
く(少なくとも都市部では下水道は不可欠)
、上
る。
水道普及率に準じた比率 (最高で 「概ね100%」
)
具体的には、所得再分配政策(貧困層、都市・
を下水道普及率の長期目標値とした。なお、地方
地方格差への配慮)
、受益者と負担者の地理的不
部では、下水道以外の安価な下水処理方法(セプ
一致(河川下流の住民も、料金負担なく下水道の
ティックタンクの設置など)が有効である場合も
便益を受け得る)
、投資的支出の世代間の公平な
あるので、社会的・経済的状況に合わせた整備で
負担(耐用年数の長い設備は、その耐用年数に応
可とした。
じて複数の世代が負担することが公平)などを適
正に考慮していれば、上下水道セクターへの積極
(3)支出規模と便益の適正化
的な補助金投入や長期借入金・起債による資金調
上下水道セクター全体の財務状況につき、まず
達も国民から支持を得られるであろう。他方、非
収入面をみると、上下水道事業はサービスの対価
効率な運営や投資により補助金や借入金・起債の
として利用者から上下水道料金を徴収するが、多
金額が上記のような政策的配慮の範囲を超えて増
くの途上国ではこの料金収入が極めて不足してお
大し、その支出規模に見合う便益が国民にもたら
り、経常的(収益的)収支の赤字補填や投資的(資
されず、他のセクターに投入できる資金が制約さ
本的)収支の投資資金不足を補うために、税金の
れるならば、そのあり方として適正とはいえず、
一部が補助金収入として上下水道セクターへ供与
国民からの支持は得られない。したがって、 Aセ
*1
0
。
されている (図表2―2)
クター全体の支出規模に見合う便益の実現、 B補
次に支出面をみると、上下水道セクターの支出
助金や借入金・起債の金額および使途が合理的で
規模は、飲料水が人間の生存に不可欠であること
あり、かつ、他のセクターで必要な資金を過度に
や下水が衛生や環境に多大な影響を与えることに
圧迫しないこと、を上下水道セクター全体の長期
鑑みれば、料金収入が不足しているからといって
ビジョンの目標とした。
縮小させることは適切でない。したがって、必要
図表2―2 上下水道セクターへの資金の流れ
上下水道セクター
への補助金
上下水道
セクター
上下水道
料金
上下水道以外
のセクター
3.上下水道セクター全体および3つの
構成レベルでの問題点と今後の課題
上下水道セクターが直面する問題点や、今後克
上下水道
サービス
服していくべき課題をより明確にするため、上下
水道セクターの構造を、
(1)セクター全体と、
セクターを構成する3つのレベル(
(2)中央政
税金
他のセクター
への財政支出
上下水道
利用者
府、
(3)事業者、
(4)プロジェクト)に分けて
検討することした。ただし、一国一事業者で上下
国 民
水道セクターの運営を行っている国も存在するな
*1
0 本調査では、上下水道事業の財務分析は、いわゆる「公営企業会計方式」に基づいて行う(詳細は第2章Box1参照)
。補助金
は、経常的収支の赤字補填や投資的収支の収入不足を賄うために国や地方自治体から供与される。
2005年3月
第23号
9
図表2―3 上下水道セクター関係図
上下水道セクター
補助金
その他政府機関
(含む、財政当局、
政府系金融機関)
中央政府レベル
ローン
返 済
政策官庁
投資・
ローン
規制官庁
民間セクター
指導・監督
事業者レベル
グラントローン
国際金融機関
国際援助機関
返 済
事業者
配当・
返済
事業者
プロジェクトレベル
プロジェクト
プロジェクト
プロジェクト
プロジェクト
注) :国政レベルによる直轄プロジェクト
注)他の政府機関、国際開発金融機関・援助機関、民間セクターなどは、中央政府、事業者、プロジェクトの全ての構成要素に対して、
直接に融資を行い得る。(本図表では簡略化して表示)
出所:SADEP調査団
ど、国によって上下水道セクターの構造はやや異
行政区域を横断的に管理・監督する公社組織など
なるが、各レベルの基本的な構成主体は次の通り
も事業者レベルとする。
。
である(図表2―3)
(4)プロジェクトレベル
(1)上下水道セクター全体
上下水道事業者が実施する個別事業(プロジェ
中央政府における政策官庁・規制監督官庁、上
クト)を指し、上下水道施設の建設から維持管理
下水道事業者たる地方自治体・公社・公営企業・
までの事業プロセスの全体またはその一部を指
民間参入企業、実施・計画中のプロジェクトの関
す。上下水道セクターの最小構成単位。
連組織など上下水道事業に関係を有する全ての組
織の集合体。
(2)中央政府レベル
4.評価指標の選定
上下水道セクターを持続可能なものとするため
上下水道セクター全体の方針・計画や法制度を
には、セクター全体および3つのセクター構成レ
統轄する政策官庁(保健省など)
、事業者から申
ベル(中央政府、事業者、プロジェクト)におけ
請される料金改定などの各種事項を許認可する規
る問題点を明確にし、それらを改善する必要があ
制監督官庁、補助金の配分に係る財政官庁(財務
る。そうした問題の有無やその程度を評価するに
省など)などで構成される。
は何らかの基準が必要であり、いくつかの評価指
標をセクター全体およびセクター構成レベルごと
(3)事業者レベル
に選定*11し、各評価指標の望ましい値・状況を
上下水道事業の実施主体として、上下水道の施
目標として提示した(なお、次の第3章では、で
設を整備し、サービスを供給する事業者の総体。
きる限り、これら評価指標に照らして重点4か国
地方自治体、その下に設立された公社・公営企
の上下水道セクターの分析を行う)
。
業、事業免許を受けた民間企業、業務委託を受け
た民間参入企業などで構成される。地方自治体の
*1
1 評価指標には定量的な指標(上下水道普及率など)だけでなく、可能な限り定性的な指標(責任体制の確立など)も採り入れ
た。
10
開発金融研究所報
(1)上下水道セクター全体
体的な評価指標を選定し、その望ましい値・状況
一国の上下水道セクターが目指す長期ビジョン
。選定した指標の定義、お
を示した(図表2―4)
は、既述の通り「サービスの質の確保」
、
「普及率
よび望ましい値・状況は、各国で共通している必
の向上」および「支出規模と便益の適正化」の達
要があることから、国連ミレニアム開発目標、世
成であるが、そのためにセクター全体としての具
界銀行、WHOの基準などから採用した。なお、
図表2―4 上下水道セクター全体の評価指標とその望ましい値・状況
No.
評価指標
a
上 水 道 普 及 率
b
上
c
下 水 道 普 及 率
下水道普及率
(%)
=
(下水道管への実際接続人口/総人口)
×1
0
0
都市部では概ね1
0
0%(地方部では、社会的・
経済的状況に合わせた下水道普及で可)
d
下
率
下水処理率
(%)
=
(下水処理場での処理量/下水道整備区域か
らの総汚水発生量)
×1
00
下水の処理率1
0
0%
e
無
率
無収水率
(%)
=
開 発 途 上 国 の 平 均3
0%(世 銀TWUWS*12、
〔
(物理的損失+商業的損失)
9
96)程度
/総配水量〕
×1
0
0 1
f
水
水
道
処
収
水
理
水
指 標 の 定 義 ・ 説 明
質
水因性伝染病発症状況
望 ま し い 値 ・ 状 況
上水道普及率
(%)=
(実際給水人口/総人口)×1
00
概ね10
0%
良質な水質の水の供給
水因性伝染病の発症件数の推移
水因性伝染病に関する医療費の推移
WHOの水質基準を満足する水質
水因性伝染病の発症率が小さい(発症率ゼロ
を目標)こと
水因性伝染病に関する医療費の比率が小さい
(先進国レベルを目標)こと
図表2―5 中央政府レベルにおける持続性の評価指標とその望ましい状況
No.
評価指標
指 標 の 定 義 ・ 説 明
望 ま し い 状
況
a
・中央政府を中心に地方政府や準政府機関なども含
めた行政側の機能と責任体制が明確、かつ、確立
中央政府における政策官庁、監督官庁、財政官庁な
されていること
責任体制の確立 どの機能・役割および指導・監督権限の明確性およ
・事業者が円滑に事業を実施していくための法制度
びその確立度
および規制システムが適切に整備されていること
b
上下水道セクターに関する長期ビジョンに基づく国
適切な投資計画
家投資計画の有無
(国外からの経済援助計画を含む)
助
・国全体の収支バランスを考慮した長期投資計画が
策定され、それに基づいて上下水道セクターへの
投資が適切なタイミングで過不足なく配分されて
いること
・固定資本ストック形成のために必要な投資的(資
・上下水道セクター全体の固定資本ストックへの新
本的)支出への補助金が確保されること
金
規・更新投資のための国庫補助金額
・経常的(収益的)収支に占める補助金の割合が料
・経常的(収益的)収支への国庫補助金額
金収入の割合に比して過大でないこと
c
補
d
(料金体系)
料 金 政 策 ・水道メーターに基づく従量料金制の体系
d―1料金体系 ・節水へのインセンティブが働く料金体系
・低所得者に配慮した料金体系(必要な場合)
・料金が基本料金と逓増料金で構成されていること
・料金種別は、一般家庭用、事業所用など簡素な分
類であること
・低所得者用の料金が別途設けられた体系であるこ
と(必要な場合)
(料金水準)
d―2料金水準 ・料金水準の設定・改定システムの透明度
・政治的、社会的配慮の程度
・料金の設定・改定が透明性のある手続により国民
に明示された形で行われること
・料金を設定・改定する根拠(ATP、WTPなど)
が合理的であること
*1
2 TWUWS:Transportation, Water, and Urban development department’
s Water and Sewerage division
2005年3月
第23号
11
公衆衛生への貢献という点で重要な「水因性伝染
病の発症状況」
も指標として含めた。これにより、
(3)事業者レベル
上下水道セクターが持続可能であるためには、
当該国における上水道水質および下水処理率が適
事業者レベルにおいて、 A「サービス提供」
、 B
切かつ妥当なものとなっているかを総合的に確認
「維持管理」
、 C「財務管理」が健全である必要
できよう。
がある。これらについての次のような考察を踏ま
え、その健全性を測定するための評価指標を選定
(2)中央政府レベル
。
し、その望ましい値・状況を示した
(図表2―6)
中央政府レベルの評価指標として、持続的な上
下水道セクターが実現され、かつ事業者が持続的
A サービス提供
に事業を執行できる体制を国が構築できているか
サービス提供の内容を評価する基準としては、
を、行政の制度や投資・補助金・料金政策などか
まず、サービスが住民にどの程度広く行き亘って
ら評価するため、4指標を選定し、その望ましい
いるかが重要であり、「上水道普及率」および「下
。ただし、中央政府の
状況を示した(図表2―5)
水道普及率」を選定した。
組織体系や経済・社会的状況は各国で異なるこ
次に、提供されるサービスの質の高さを評価す
と、また定量的な指標で評価し国際比較すること
る指標としては、上水道では「給水水質」
、
「給水
は困難であることから、この4評価指標は定性的
時間」
、
「水圧」などの指標でおおよその質の高低
(前述)なものとした。政府補助金のあり方につ
が評価できる。下水道では、下水処理場の処理水
いてはBox1、料金政策のあり方についてはBox
が2次処理レベルで適切に処理されているかをみ
2の通りである。
る
「下水処理率」
を指標として採り上げることで、
Box1 上下水道事業の財務会計
上下水道事業は、サービスの利用料を徴収する公共事業の一つであり、例えば日本では「公営企業会計方式」に基づいて事業
を投資的収支(資本的収支)と経常的収支(収益的収支)に分け、独立採算を目指す運営を行っている。この公営企業会計方式
では、官公庁会計方式と異なり、民間企業と同様に、固定資本ストックの減価分(減価償却費)を事業者の収入で賄うこと目標
としている。
一般に、上下水道のインフラは、上水管網敷設や地下への下水管網埋設、浄水場・汚水処理場の建設など巨額の設備投資を要
する。こうした耐用年数の長い固定資本ストックへの投資的支出は、補助金および長期借入(債券の起債を含む)などによる資
金調達で賄うのが一般的である。税金の投入は、国税であれば国民全体で、地方税であれば当該地域住民で費用を負担すること
を意味し、補助金という形で上下水道事業者へ交付される。
他方、上下水道事業の経常的支出(維持管理費、借入金・債券利息費、減価償却費など)は、基本的には利用者から徴収する
料金収入で賄われることが望ましく、料金収入の確保が不可欠である。しかし、地域によっては十分な徴収が見込めず(漏水、
メーター不備、多数の不払者)
、経常的収支が赤字となる場合も少なくない。この場合には、通常、住民の税金(地方税)から
補填するが、維持管理費の効率化(コスト削減)など事業者自身の収支改善努力が必要である。なお、下水道については、その
効用を得る者(受益者)が下水の排出者(利用者)のみならず広範に及ぶため(地域全体の環境改善に貢献)
、排出者の費用負
担に加え、国税や地方税からの補助金支援による公的負担を行う場合もある。
Box2 上下水道料金設定の3つの重要な考え方
上下水道の利用料金をどのような水準に設定すべきかについては、いくつかの基準がある。まず第1に、利用者の所得水準に
応じ、実際に支払可能な価格を設定する必要がある。その価格の上限は「支払可能額」
(Affordability to Pay:ATP)と呼ばれる
(第5章参照)
。第2に、上下水道サービスに対して最大いくらまで支払う意志があるかを利用者へアンケートで調査した「支
払意志額」(Willingness To Pay:WTP)を、料金設定の参考基準として把握しておくことも重要である(第5章参照)
。ATPや
WTPを上回る料金設定をすれば、利用者の多くが実際に支払えなかったり、反発して支払を拒否する惧れもある。第3に、事
業採算性の観点からの基準が考えられる。事業者は、日々のサービス提供に要する維持管理費を支出しており、サービスの対価
たる料金収入でこの維持管理費を賄うことが適切である。また、借入金・債券利息費(設備資本コストの当該年度分)および減
価償却費(設備資本の当該年度減耗分)についても、可能な限り当該年度の料金収入で賄うことが望ましい。したがって、採算
性を考慮した料金設定では、当該年度の経常的支出である維持管理費および利払費・減価償却費を概ね賄えるレベルを基準とす
ることが必要である。
以上を踏まえ、上下水道料金設定の考え方として、まず AATPを基準に、 BWTPをも考慮に入れながら、 C採算原則のもと
で可能な限り経常的支出全体を賄える水準に近づけるよう、総合的に判断することが必要であろう。
12
開発金融研究所報
下水道サービスの質を測ることができる。
る。
次に必要な維持管理として、事業者の組織にお
B 維持管理
ける適切な職員数(過少でも過多でもなく)が挙
維持管理とは、上下水道事業者がサービスの
げられる。職員数が過少であれば漏水発見やメー
質・量を確保しつつ継続的・安定的に提供するた
ター不感知、料金回収などに対応しきれない場合
めに日々行うべき業務である。まず必要な維持管
があり、逆に過多であれば非効率な業務運営とな
理としては、上水道の給水サービスにおける漏水
りかねない。職員数の評価指標としては「上水道
(物理的損失)を最小限に抑えることである。ま
1,
000接続あたりの職員数」
(世界銀行が使用)
た、メーター不感知水量(商業的損失)が大きい
を検討することで、職員規模の適否をみることが
と漏水と同様に料金収入の減少につながるため、
できる。
これらの維持管理を適正に行うことが必要とな
る。漏水やメーター不感知水量など、収入につな
がらないものは無収水と呼ばれ、この「無収水率」
をみることで維持管理の適正さを測ることができ
C 財務管理
財務管理の適否をみる場合*13、まず料金収入
により経常的支出がどの程度賄われているかが重
図表2―6 事業者レベルにおける持続性の評価指標とその望ましい値・状況
No.
a
サ
A
ー
b
評 価 指
標
ビ
ス
義
望ましい値・状況
上水道普及率
上水道普及率
(%)
=
(実際給水人口/総人口)
概ね1
00%
×1
0
0
b―1
給水水質
良質な水の供給
WHOの水質基準を満足する水質
b―2
給水時間
給水時間の確保
2
4時間連続各戸給水
b―3
水圧
最適な水圧
最低0.
2MPaの確保
c
下水道普及率
都市部では、概ね1
00%
下水道普及率
(%)
=
(下水道管への実際接続
(地方部では、社会的・経済的状況に
人口/総人口)
×1
0
0
あわせた下水道普及で可)
d
下水処理率
下水処理率
(%)
=(下水処理場での処理量/
下水処理率1
0
0%
下水道整備区域からの総汚水発生量)
×1
0
0
e
下水道普及率/上水道普及率
下水道普及率/上水道普及率
(%)
=
(下水道 1
0
0%
普及率/上水道普及率)
×1
00
(上水道普及率と同じ下水道普及率)
提
供
B
定
維
持
管
無収水率
(%)
=[
(物 理 的 損 失+商 業 的 損
失)
/総配水量]
×1
0
0
無収水率
開発途上国の平均3
0%(世銀TWUWS)
f
ただし、物理的損失とは漏水であり、商業的
(Un―accounted―for Water:UFW)
(参考:先進国平均は1
0%程度)
損失とはメータ不感知水量、公園・公衆便
所・消防用水などをいう。
理
上水道職員比率
上水道職員数比率=上水道職員数/
(上水道
5人(世界銀行資料より)
g (Staff per Thousand Water Con接続数/1,
00
0)
nections:SWC)
C
財
h―1 運転費率
(Working Ratio:WR)
運転費率=(運転費/料金収入)×1
00
0%を上回らないこと
ただし、運転費は電気代、補修費、補修材料 10
0%以下を推奨)
費、人件費などであり、減価償却費は含まな (7
い。
h―2 運営管理費率
(Operating Ratio:OR)
運営管理費率=
(運営管理費/料金収入)
×1
0
0
12
0%を上回らないこと
ただし、運営管理費=運転費+借入金・債券
(1
00%以下を推奨)
利息費+減価償却費+その他経費
i―1 料金回収率
(Collection Ratio:CR)
料金回収率=
(上下水道徴収料金/上下水道 90%
徴収可能金額)×1
0
0
(1
00%を推奨)
i―2
図表2―5と同じ
h
務
管
理
i
料金水準
図表2―5と同じ
2005年3月
第23号
13
要である。各事業者において、その経常的支出が
および、負の社会的インパクトを与えることなど
全て料金収入で賄われていれば理想的であるが、
である。そのため、持続的にプロジェクトが実施
既述の通り赤字が発生する場合が多い(赤字部分
され続けるための指標として、以下の3つの評価
は政府の補助金などで賄われることが多い)
。そ
。
指標を選定することとした(図表2―7)
うした体質は、料金収入に占める運転費(維持管
理費)の比率(運転費率)と、料金収入に占める
A プロジェクト計画の妥当性
運営管理費(維持管理費に借入金・債券利息費、
実施される事業(プロジェクト)は、それが提
減価償却費などを加えた経常的支出総額)の比率
供するサービスへの負担を利用者に求めるに値す
(運営管理費率)
でみることができる。すなわち、
る社会経済的な便益を産み出すことが必要であ
運転費率が1
00%の場合は料金収入で維持管理費
る。プロジェクトの必要性および効果を十分に考
を全て賄っており、運営管理費率が10
0%の場合
慮すると共に、適正な事業規模についての検討が
は料金収入で経常的支出の全てを賄っている。
必要である。
上下水道事業者の財務体質を評価する場合、料
金回収が適切に行われているかを把握することが
B プロジェクトの採算性
重要である。利用者の使用量を感知しているにも
設備の新設や拡張、補修や改築のために要する
関わらず料金回収がなされていないことが途上国
費用に対し、見込まれる収入により採算性が確保
では多く(回収額が請求額の半分にも満たない場
されるかが重要である。
合もある)
、
「料金回収率」を財務体質の強化に繋
げるための指標として把握する必要がある。
C 社会的インパクト
プロジェクトが提供するサービスへの需要を適
(4)プロジェクトレベル
切に満たしつつ、利用者たる住民の生活に悪影響
プロジェクトレベルにおける主な問題は、計画
通りにプロジェクトが実施されないこと、財務的
を与えることなく、社会的に貢献するよう機能す
ることを確認する必要がある。
に採算性のないプロジェクトが実施されること、
図表2―7 プロジェクトレベルにおける持続性の評価指標とその望ましい値・状況
No.
C社会的インパ
クト
指 標 の 説 明
望ましい値・状況
・国家計画、優先度、適正規模、実施効率性、
事業効果、波及効果などの点でプロジェクト
の計画を達成している。
a
プロジェクト計画の ・プロジェクトの計画に対する実施
達成度
の程度
b
・プロジェクトの規模が、当該プロジェクトか
ら得られる料金収入に対して適正である。
プロジェクト規模の ・プロジェクトの目的、効果、費用
・料金収入に加え補助金、その他利用可能資金
適否
対便益に対する規模
が投入される場合のプロジェクトにつき、そ
の規模総額に対する便益が適正である。
c
財務的内部収益率
(FIRR)
Aプロジェクト
計画の妥当性
Bプロジェクト
の採算性
評価指標
d
財務的内部収益率(FIRR)
FIRR=12%以上
(収益と費用の現在価値の合計が等
(FIRRが資本の機会費用より大きいこと)
しくなる割引率)
水系伝染病の罹患率 水系伝染病罹患率の統計上の推移
プロジェクトの便益が及ぶ地域における水系伝
染病罹患率の低下。
(乳幼児および成人死亡率の低下、医療費の支
出の減少、疾病による欠勤率の改善なども同時
に達成していること)
*1
3 財務管理の評価は、
「公営企業会計方式」に基づいて行うこととする(Box1の説明を参照)
。日本での同方式は、事業者たる
地方自治体・公営企業などの決算報告、例えば東京都水道局、東京都下水道局、神奈川県企業庁水道局、横浜市下水道局など
のホームページ(財政、決算報告)の説明などが参考となる。
14
開発金融研究所報
第3章
重点4か国における上下水
道セクター分析
本章では、重点4か国(メキシコ、ペルー、パ
1.メキシコ
(1)メキシコの上下水道セクター全体の現状と
構造
ナマ、コスタリカ)につき、できる限り、第2章
で設定した評価指標に沿って、
(1)上下水道セ
メキシコの国土面積は、1,
97
0,
000km2、人口
クター全体、
(2)中央政府レベル、
(3)事業者
1億320万人であり、そのうち70%が都市部に居
レベルの分析を行う(プロジェクトレベルは第5
住し、中央部および北西部に集中している。その
章で取扱う)
。まず当該国の上下水道セクター全
ため中央部と北西部での水需要は高いが、しばし
体の現状と構造を把握し、次にその国の中央政府
ば起こる干ばつにより、十分な水供給が行われて
レベル、事業者レベルが抱える問題点を指摘し、
いない。
メキシコの上下水道セクターは、上水道普及率
それを踏まえてその国の上下水道セクターに関す
8
9%(都市:95%、地方:68%)
、下水道普及率
る今後の課題を抽出する。
76%(都 市:89%、地 方:36%)と 比 較 的 高 い
、多くの国と同
普及率であるが(図表3―2参照)
図表3―1 メキシコにおける上下水道セクター構造図
州政府
(州水道委員会)
メキシコ市連邦区
受益者
・交付金
連邦政府
(保健省、厚生省)
・申 請
・施策方針の策定
・事業計画の策定
・上下水道事業予算案の策
定
・中長期計画の策定
・上水の水質管理法の制定
(以上保健省)
・国レベルの飲料水質基準
決定(厚生省)
・助成金の申請
・(水道料金申請)
・事業の監視
・各戸接続費用の支払い
・(水道料金承認)
・業務委託(民間事業者の場合)
・水道料金設定
・水道基準、事業決
定
コンサル
ティング
企業
・料金改定の承認
・事業に関する規制承認
・水道料金
申請
・報酬
・施設・財務診断調査
・効率、普及率向上計画
・補助金の交付
・事業の監視
・水資源に関する規制承認
・水源開発に関する申請
・設備投資ローン申請
・運営組織近代化制度
への加入申請
・水道料金
承認
・水利権料
・課徴金
(未処理下水放流)
・滞納金免除申請
(同時にアクションプラン
提出)
事業者
(上下水道公社、地方上下水道
事業者、民間事業者、官民共
同運営会社) ・上下水道計画の策定
・施設建設/拡張/改修及び維
持管理
・上下水道サービスの実施
・上下水道サービス
(24時間各戸給水、水圧の
維持など)
・(産業界への下水処理水提供)
・漏水/盗水対策
・料金請求
・上下水道台帳管理
・メータ設置、接続管の保守
管理
・料金徴収
・上下水道料金の支払い
・受益者調査
・設備投資ローンの実施
・運営組織近代化制度と
インフラ基金の運営
・設備投資ローン供与
・財務調査向け特別融資
議 会
議会
公共事業開発銀行
(BANOBRAS)
・料金改定の申請
国家水利委員会
(CNA)
環境資源省
(SEMARNAT)
・水資源の開発/管理
・水利権料の徴収
・州政府・地方自治体へ
の施設整備計画
・下水の水質管理
・水利権料
・運営管理情報
・都市排水、工場廃水による罰金
・環境汚染防止計画策定による罰金免除申請
・水源利用/水源開発などの承認
・上下水道事業認可
・水利権料請求
・複数州にまたがる浄水場施設の運転管理責任
・技術面及び財政面(料金設定等)の支援
注) 内は、中央政府レベルに属する機関
出所:各種資料よりSADEP調査団が作成
2005年3月
第23号
15
様、都市部と地方部での普及格差が見られる。ま
していない事業者も多数存在する。このように事
た、全国平均の下水処理率は2
8%(うちメキシ
業者を監督する側の責任体制がやや分散してい
コ市は1
0%)と低いため、政府は未処理汚水の
る。
放流に法的規制をかけ、今後の処理率向上を目指
している。
メキシコでは水資源に限りがあるが、農業用水
に向けられる部分が無料であるため節約意識が働
メキシコの上下水道セクターの構造と、各組織
かず、無駄遣いが発生しているとされるが、現状
、上
の役割および相互関係をみると(図表3―1)
これを総合的に調整する中央政府レベルでの責任
下水道事業における中心的組織は、環境天然資源
体制が確立していない。
*1
4
*1
5
省 の下で発足したメキシコ国家水利委員会
(CNA)である。CNAは、水の持続的な利用を
B 投資計画
可能とするために、国の資産である水を管理・運
メキシコ経済は今後2
0年間(20
25年まで)継
営することを目的として設立され、主たる業務と
続的に成長し、これによる国民の生活水準向上に
して、 A地方自治体の水需給管理、 B官民の上下
伴って上下水道サービスへの需要も高まると予想
水道事業者に対する許認可、 C2つ以上の州にま
されているが、上下水道セクターへの投資は、過
たがる上下水道事業の実施、 D水質汚濁防止のた
去約10年間減少傾向にあり、下水処理場などの整
めの4つの基準(公共水域への汚水排出基準、公
備は十分に進められておらず、水循環のバランス
共下水道管への汚水排出基準、下水処理水の再利
は悪化している。
用基準、下水汚泥・有機固形物の再利用基準)に
こうした現状を受け、政府は水分野に対し投資
基づく事業者への指導・監督を行っている。この
計画を充実させてきており、今後2∼3年間で約
ように、CNAは主に上下水道事業全般の管理を
30億ドル(これまでは2∼3年間で10億ドル程度)
担っており、上下水道事業の運営自体は地方自治
を投資する予定であり、すでに12都市へ設備投資
体が主に行っている(CNAは上記 Cを除き事業
ローンを公共事業開発銀行*16(BANOBRAS)経
運営を直接行わない)。なお、保健省(Secretaria
由で供与している。
de Salud)は、事業方針や計画の策定、水質管理
の法律制定などを担っている。
C 補助金
メキシコでは、上下水道セクターの事業者に対
(2)メキシコの中央政府レベルの現状と問題点
し、徴収した上下水道料金で賄いきれない支出の
以上のメキシコ上下水道セクター全体の現状と
一部を中央政府からの補助金で支援するシステム
構造を踏まえ、第2章で選定した評価指標に沿っ
をとっている。ただし、こうした補助金に過度に
て中央政府レベルでの現状および問題点を把握す
依存している現状には問題がある。
中央政府からメキシコ市水道機構*17(SACM)
る。
へ補助金が交付されているが、補助金の7割が維
A 責任体制
メキシコでは、中央政府の省や州政府が上下水
持管理などの経常的支出に充てられており、投資
的支出への補助金投入が制約されている。
道事業者に対する監督を行っている。他方、メキ
シコ国家水利委員会(CNA)の事業者に対する
上水道料金は、低所得者用、家庭用、営業用と
1,
0
0
0の事業者がCNAに対して水利権使用料金を
利用者別に分類し、従量料金体制をとっている
支払っておらず、また、事業情報をCNAに提供
が、現行の上水道料金では全ての経常的経費を賄
*1
4
*1
5
*16
*17
16
D 料金政策
監督権限は弱く、同国の事業者約2,
4
00のうち
Secretaria del Medio Ambiente y Recursos Naturles:SEMARNAT、1
9
89年発足
Comision Nacional del Agua:CNA、組織は実施局、建設局、水行政局、計画局、技術局、管理局で構成される。
Banco National de Obras y Servicios Publicos, S.N.C:BANOBRAS
Sistema de Agua de la Ciudad de Mexico:SACM
開発金融研究所報
えず、補助金で補填しており、事業採算性の確保
図表3―2 メキシコ主要事業者の評価項目結果
が不十分である。
下水道料金は、上水道料金の約3
0%を限度に
徴収することとなっているが、下水道の恩恵が利
No
指
合
地 方 部
2
上水道事業の質
メキシコ市周辺の代表的な事業者として、メキシ
た上、第2章で選定した評価指標に沿って上下水
6
8
9
8
概ね1
00
9
0
―
―
概ね1
00
9
0
9
8
概ね100
―
―
概ね100
76
7
2
9
5
―
―
7
2
9
5
3
6
―
―
―
4
下水処理率
(%) 2
8
2
2
1
0
1
00
5
下水道普及率/
上水道普及率
合
計
下水道 範 囲2) 47―9
4
3 普及率
(%)都 市 部 89
コ州水利委員会 (CEAM)とメキシコ市水道
機構 (SACM)をとりあげ、事業の内容をみ
89
N.A.
*1
8
*1
9
望
ま
し い 値
N.A.
Federal:DF)において、上下水道事業を請負う
事業者の数は2,
00
0を超えているが、その中で、
計
上水道 範 囲2) 72―9
7
1 普及率
都
市
部
9
5
(%)
(3)メキシコの事業者レベルの現状と問題点
メキシコ国内3
1州とメキシコ連邦区(Distrito
SACM
サービス提供(上水道、下水道)
用者に理解されにくいこともあって多くの事業者
は下水道料金の徴収が困難な状況にある。
全
国
CEAM
平 均1)
標
地 方 部
。
道事業の現状と問題点を把握する(図表3―2)
0.
8
5
制限給水 2
4h給水
0.
8
0
0.
9
7
概ね100
―
概ね100
1.
00
維持管理
A サービス提供
6
無 収 水 率
40
(UFW:%)
4
0
N.A.
7
上水道職員比率
(SWC:人)
N.A.
N.A.
5.
5
運 転 費 率
(WR:%)
N.A.
N.A.
運営管理費率
(OR:%)
N.A.
N.A.
N.A.
料 金 回 収 率
(CR:%)
N.A.
3
6
5
0
〈メキシコ州水利委員会(CEAM)
〉
上下水道普及率は9
0%(1
60万接続)
、下水道
普及率は72%と共に高い普及を実現しているが、
8
〈メキシコ市水道機構(SACM)
〉
上水道普及率は家庭用、業務用、工業用合わせ
て2
1
0万接続(普及率9
8%)に達しているうえ、
下水道普及率も9
5%と高い水準を達成している。
しかし問題は、需要量の増加を賄う新たな水源に
乏しく、地下水も利用過多により帯水層水位の回
5.
0
財務管理
下水処理率は22%と低く、未処理のまま汚水が
公共水域へ放流されていることが問題である。
3
0
9
1
3
0
7
0
1
00
90
注:1)2
0
0
0年における値:「メキシコにおける水事情」
(CNA報
告書、2
0
0
3年)
、2)CNA管理区の 普 及 率 の 範 囲、N.A.:Not
Available(データ入手不能)
出所:各種資料よりSADEP調査団が作成
復が求められる状況にあり、2
4時間連続給水が実
現できない区域が存在していることや、計画的な
る。
夜間給水停止や、週1日給水停止などが実施され
ることである。
また、SACM管轄のメキシコ連邦区では、人
口が過密であることから、上述のとおり下水道は
B 維持管理
〈メキシコ州水利委員会(CEAM)
〉
現状の無収水率は4
0%で、目標とする望まし
普及しているものの、下水処理率は1
0%と低い
い値(30%)をかなり上回っている。
ことも問題であり、早急な改善が求められてい
〈メキシコ市水道機構(SACM)
〉
*1
8 メキシコ州水利委員会:Comision Estatal de Agua del Estado de Mexico(CEAM)
CEAMは、事業対象地域に人口1,
3
0
0万の利用者を抱えている。CEAMは、メキシコ州の水資源を管理する責任だけでな
く、州の浄水場と配水施設を管理する責任を負っており、上下水道事業を民間会社へ委託する権限も持っている。
*19 メキシコ市水道機構:Sistema de Agua de la Ciudad de Mexico: SACM
SACMは、2
0
0
3年1月、それまで上下水道建設を主としていた水利事業施設建設公社と、事業監督を主としていた連邦水道
委員会が合併して設立された。人口8
5
0万人の地域を事業対象とし、職員数は1
1,
50
0人となっている。
2005年3月
第23号
17
上水道職員比率は5.
5で、目標とする望ましい
値(5.
0)より若干高い値となっている。
急にセクター内の全般的な設備ストックの増
強を図る必要がある。そうしたセクター将来
像を描いた長期投資計画の明確なビジョン
C 財務管理
〈メキシコ州水利委員会(CEAM)
〉
を、セクター自らが提示する必要がある。
4)補助金は経常的支出(維持管理費など)の赤
CEAM管轄の地域では、徴収料金のみで維持
字補填に多く使われており、投資的支出には
管理費を賄なっている地域は20%程度に過ぎず、
十分回っていないため、総合的な対策をセク
その他の約8
0%の地域では補助金を受けつつ、
ター全体で講じ、補助金を可能な限り投資的
維持管理を行っている。
支出に振り向けるようにする必要がある。
CEAMの料金回収率は、事業者の料金請求・
徴収システムの不備により36%と極端に低い。
〈メキシコ市水道機構(SACM)
〉
SACMの運転費率 (=維持管理費/料金収入)
B 中央政府レベルの課題
1)国全体の水管理を統括する立場にあるメキシ
コ国家水利委員会(CNA)の役割と責任を
は1
3
0%と悪く、望ましい値(70%)を大きく上
強化・明確化し、上下水道事業の情報収集・
回っており、健全な財務運営は確立されていな
指導監督を強化する体制を充足させていく必
い。また、CEAMと同様に事業者の料金請求・
徴収システムの不備により料金回収率が50%に
とどまっている。
要がある。
2)メキシコでは水資源に限りがあるため、農業
セクターなどとの効率的な水配分の調整につ
きCNAがより積極的な役割と責任を果たす
(4)メキシコの上下水道セクターの課題
必要がある。
以上を踏まえ、セクター全体、中央政府、事業
3)上下水道セクターにおける設備投資が減少傾
者のレベルにおいて今後解決すべき課題を、以下
向であるため、国家レベルでの長期投資計画
の通り提示する。
を策定し、必要な場合、事業者への設備資金
の配分(国庫補助金の供与)による支援策を
A セクター全体の課題
講ずることも考えられる*20。
1)上水道普及率は全国平均で8
9%、下水道普
4)料 金 政 策 に つ い て は、料 金 引 上 げ の 許 認
及率は同76%であり、下水道普及率を上水
可*21において慎重な検討を行うことが必要
道普及率により近づけることを目指す必要が
である。事業者レベルでの高い無収水率と低
ある。普及率の都市部と地方部との格差が大
い料金回収率に鑑み、料金引上げという増収
きいため、地方部での普及率向上を図る必要
策を安易に認めるのでなく、無収水率や料金
がある。
回収率の改善などの事業者努力による増収策
2)持続的な水循環の前提である下水処理率は著
しく低い(全国平均28%)ため、改善のた
で財務改善を図ることを、事業者に求めるこ
とが必要である。
めの国家投資計画を策定し、それに基づき事
業者に対する指導および下水処理事業の推進
を図る必要がある。
C 事業者レベルの課題
1)上下水道普及率はかなり高い成果(上水道
3)サービスの質・量の拡大のためには設備投資
CEAM90%、
同SACM98%、
下 水 道CEAM
が必要であるが、近年、投資額は減少傾向に
72%、
同SACM95%)を達成している(量的
あり設備の不足や劣化が生じているため、早
普及)
。ただし、上水道では給水制限がある
*2
0 政府が一事業に投資する際の上限は、上水道で事業総額の3
0%、下水道で同40%とされている。
*2
1 メキシコ州では、家庭用水道を1
0ペソ/m3としているが、採算性が確保できないため、近く5
0%の料金引上げを計画している
(調査時点)
。
18
開発金融研究所報
こと、下水道では下水処理率が低い(CEAM
収入増収策により、経常的支出を可能な限り
2
2%、SACM1
0%)こ と な ど か ら、こ れ ら
補助金を投入せずに賄える体質にする必要が
のサービスの質を高める(質的普及)必要が
ある。
ある。
2.ペルー
2)維持管理に関しては、漏水対策としての補
修・改修などの維持管理を徹底する必要があ
(1)ペルーの上下水道セクター全体の現状と構
る。また、職員の適正配置により、漏水対策
造
や料金回収率向上に余剰職員を充てるなどの
700万
ペルーは国土面積1,
285,
000km2、人口2,
人員再配置を行う必要がある。
3)財務管理に関しては、料金回収率(CEAM
人であり、うち70%が人口2,
000人以上の街で構
3
6%、SACM5
0%)を改善するため不払者
成された都市部に、残り30%は地方部に居住し
への通告・督促、罰則の適用などの早急な対
ている。ペルーは23の県と1つの特別州(カヤオ)
応を実施する必要がある。また、下水道の恩
で構成され、県の中には州が、州の中に自治区が
恵と社会的な意義についてのアナウンスを強
存在する。首都リマなど都市部が多い太平洋沿岸
化し、下水道料金の適切な徴収へ向けて利用
部では、降雨量が少なく、都市部への人口集中も
者の理解を高める必要がある。これらの料金
あって、水不足が深刻化している。また下水道
図表3―3 ペルーにおける上下水道セクター構造図
監督総局
保健省
国立資源庁
住宅建設衛生省
(MVCS)
国立水評議会
(将来)
・各EPSのプロジェク
ト関連予算や戦略
・政策等に関する策定
支援
地方自治体
衛生事業セクター
改善援助計画
(PARSSA)
・灌漑用水を管理
・予算/戦略作成時の相談
・予算/戦略の策定支援
経済・財務省
(FONAFE)
・上下水道セクターに
貸与される外国資金
と中央政府を仲介
・地域の水道事業者と
共同で働く
国立衛生事業監督庁
(SUNASS)
経済・財務省
(FONAFE)
・SEDAPAL以外の各 ・上下水道事業等の公
EPSの予算面に関す
営企業活動全般に対
る監督
する規制
・長期借入金・予算/ ・予算及び労働者雇用
雇用申請
の監督予算/雇用申
予算/雇用監督
請/雇用監督
・長期借入金返
国際機関
銀行
・総理府の所轄
・政策立案補助
・事業運営監督
・水道料金算定公式策定
・各EPSとの料金表案の
協議
・SEDAPALの料金表改定
の承認、料金表改定の
承認
融資要請
融資
・水道水の供給
・汚水の収集・処理
・雨水の排除
・継続的な上下水道サービスの実施
(24時間各戸給水、水圧など)
・上下水道料金請求
受益者
・上下水道料金の支払い
・上下水道サービスに対する評価
上下水道公社
(EPS)
リマ上下水道公社
(SEDAPAL)
・施設建設/拡張/改修及
び維持管理
・上下水道サービスの実施
(24時間各戸給水、水圧
の維持など)
・漏水/盗水対策
・上下水道台帳管理
・メータの取り付け、接続
管の保守管理
・料金徴収
・リマ首都圏への給水
・施設建設/拡張/改修及
び維持管理
・上下水道サービスの実施
(24時間各戸給水、水圧
の維持など)
・漏水/盗水対策
・上下水道台帳管理
・メータの取り付け、接続
管の保守管理
・料金徴収
・事業運営状況の連絡
・政策立案時の相談
・料金表案作成補助
・水道料金設定要請
・政策立案補助
・事業運営監督
注) 内は、中央政府レベルに属する機関
出所:各種資料よりSADEP調査団が作成
2005年3月
第23号
19
は、収集システムが整備されている反面、下水処
規定されていないことや、EPSの上位官庁全てが
理場が不足しており、水質汚染が懸念されてい
従うべき統一的セクター方針が明確に設定されて
る。
いないことにあり、ペルー中央政府における役割
ペルーの上下水道セクターでは、全国平均で上
の重複や欠落が懸念される。
水道普及率が83%、下水道普及率が7
5%とメキ
シコを若干下回るものの、比較的高い水準に達し
B 投資計画
。ただし、普及率の地域間格
ている(図表3―4)
ペルーの上下水道セクター全体の投資計画が明
差は大きく、例えば、人口の多いリマやクスコの
確になっていない。ペルーでは総人口2,
70
0万人
*2
2
上下水道公社 (EPS)では概ね上記の水準にあ
のうち、地方部を中心に約600万人が上水道サー
るが、ロレトのような中小規模のEPSでは十分な
ビスを受けられず、約1,
100万人が下水道サービ
普 及 率 に 達 し て い な い(上 水 道6
1%、下 水 道
ス(簡易トイレを含む)を受けられない状況にあ
5
5%)
。また下水処理率は、全国平均で19%と低
る*29が、中央政府主導の上下水道整備はあまり
い。
積極的には行われていない。
ペルーにおける上下水道セクターの構造をみる
上下水道セクターに充てられる投資額は、海外
、上下水道セクターの管理・監督
と(図表3―3)
からの借款を含めても、ここ数年、減少傾向にあ
*2
3
および政策の立案は、
住宅建設衛生省 (MVCS)
る。
(1998年1.
2億 ド ル か ら2002年 に は0.
8億 ド
が管轄しており、傘下に規制監督官庁として国立
ル)
衛生事業監督庁*24(SUNASS、事業者の要請に
基づき上下水道料金の承認・設定を行う)
を擁し、
C 補助金
上下水道事業に対する外国資金や政府資金の融資
ペルーでは、EPSは上下水道事業実施のための
*2
5
設備投資資金を政府や市中銀行からの借入で賄っ
(PARSSA)
を所管する。
上下水道セクターに係
ているが、金利が高く、返済に苦慮しているとさ
る 他 の 組 織 と し て は、経 済・財 務 省、監 督 総
れる。
窓口となる衛生事業セクター改善援助計画
*2
6
*2
7
*2
8
局 、保健省 、国立資源庁 などがある。
こうした状況を受けて、19
91年から2
000年ま
での10年間、都市部を中心として、EPSの財務状
(2)ペルーの中央政府レベルの現状と問題点
A 責任体制
ペルーの上下水道セクターにおいては、住宅建
設 衛 生 省(MVCS)
、国 立 衛 生 事 業 監 督 庁
況改善支援として20億ドルが政府より特例として
補助された。この補助金によって、上水道普及率
は若干改善されたが、なおEPSの十分な財政改善
までには至っていない。
(SUNASS)
、経済・財務省(DNPB)その他複
数の官庁が、上下水道公社(EPS)と呼ばれる上
下水道事業者を監督する。そのため、縦割り行政
上下水道料金には、下水収集までの維持管理費
によって組織間の調整が取れない場合がある。そ
が含まれているが、下水処理費は料金に含まれて
の原因はEPSに対する各行政組織の役割が明確に
いない。
*2
2
*23
*2
4
*2
5
*2
6
*27
*28
*29
20
D 料金政策
Empresas Prestadoras de Servicios:EPS
Ministerio de Vivienda, Construccion y Saneamiento:MVCS、20
0
2年に設立。
Superintendencia Nacional de Servicios de Saneamiento:SUNASS、1
9
9
2年に設立。
Programa de Apoyo a la Reforma del Sector Saneamiento:PARSSA
Contraloria General de la Republica
Miisterio de Salud
Instituto Nacional de Recursos Naturales:INRENA
事業者のサービスの質の低下、低い普及率に加えて、特に下水処理場がないため、汚水がそのまま水源エリアに放流され、多
くの地方都市では水道水の水質悪化や劣悪な衛生環境を余儀なくされている。1
99
0年代にはペルーの地方都市でコレラが発生
した。
開発金融研究所報
図表3―4 ペルーの事業者の持続性検討結果
No
指
標
全国平均 SEDAPAL
EPS
ロレト
望 ま
しい値
上水道普及率
8
3
(%)
8
8
6
1
概ね1
00
2 上水道事業の質 17h給水 20h給水 15h給水 24h給水
下水道普及率
7
5
(%)
8
3
5
5
4 下水処理率(%) 1
9
5
0
0.
9
4
0.
9
0
3
5
下水道普及率/
上水道普及率
0.
9
0
概ね1
00
1
00
1.
0
0
無 収 水 率
4
5
(UFW:%)
上水道職員比率 1.
6∼8.
0
7
(SWC:人)(注2)
9
小規模の事業者として衛生サービス行政委員
会*30(JASS)がある他、地域組織やNGOが上下
水道事業を運営している場合もある*31。現在、
約65%の 人 々 が リ マ 上 下 水 道 公 社*32(SEDAPAL)や各州のEPSから上下水道サービスを受
け、残りの35%が地方部にあるJASSやその他の
組織からサービスを受けている。
業者として、リマ上下水道公社(SEDAPAL)と
4
2
2.
0
6
3
30
5.
0
5.
0
財務管理
8
いて企業化(Corporatization)され、独 立 採 算
その中で、ここではペルーにおける代表的な事
維持管理
6
水道事業を執行している。EPSは、各自治体にお
制をとっている。一部の地方部では、EPSよりも
サービス提供(上下水道)
1
生事業監督庁(SUNASS)の監督のもとで上下
ロレト県上下水道公社(EPSロレト)をとりあげ
。
て検討する(図表3―4)
A サービス提供
運 転 費 率
6
8
(WR:%)
5
9
9
4
70
運営管理費率
N.A.
(OR:%)
79
9
9
1
00
料 金 回 収 率
(CR:%) 7
7
(注1)
8
7
5
5
9
0
〈リマ上下水道公社(SEDAPAL)
〉
SEDAPALが担当する地域の上水道普及率は
88%であり、全国平均(83%)を上回っている
(ただし他国における同規模の都市の普及率平均
注:1)回収率はSUNASSの質問表回答より引用。2)最も低い比
率と高い比率の幅で示した。
出所:各種資料よりSADEP調査団が作成
に比べれば、特に普及率が高いとはいえない)
。
なお、下水道普及率も83%で全国平均(75%)
を上回っている。しかし下水処 理 率 は わ ず か
5%に過ぎず、極めて低い。
SEDAPAL担当地域の一日の平均給水時間は
料金改定は、 EPSの申請、 SUNASSの検討後、
20.
4時間(2002年時点)と全 国 平 均(17時 間)
地方政府や政治家などが同席する会議で最終承認
を上回っているが、24時間給水の実施には至って
される。そのため、中心となり料金改定を検討す
いない。
るSUNASSは、政治的影響を考慮しなければな
〈ロレト県上下水道公社(EPSロレト)
〉
らない。こうしたシステム下では、EPSは料金引
EPSロレト担当地域では、上水道普及率は61%
上げを希望していても政治的な配慮から消極的と
にとどまり、全国平均(83%)を大幅に下回っ
なる結果、最近2年間はSUNASSへの料金改定
ている。また、平均給水時間が15時間であり、全
申請は行われていない。
国平均
(17時間)
に満たない。さらに、地域によっ
ては一日数時間の給水しか行われない地域や、低
(3)ペルーの事業者レベルの現状と問題点
水圧地域があるなど、地域内格差もある。
ペルーには45の地方自治体が経営する大小様々
ロレト県は、水源をアマゾン川に依存している
な上下水道公社(EPS)があり、それらは国立衛
ため豊富な水源に恵まれているが、下水の処理率
*3
0 Juntas Administradoras de Servicios de Saneamiento:JASS
*3
1 199
1年以前、上下水道事業は中央政府機関の企業(SENAPA)が運営していたが、1
9
9
1年、地方分権の動きの中でSENAPA
は解散し、上下水道事業は地方自治体に移管された。現在は、地方自治体の下、EPSがの上下水道事業を運営している。唯一
の例外は、中央政府の下でリマ首都圏を管轄するリマ上下水道公社(SEDAPAL)である。
*32 Servicio de Agua Potable y AlCNAtarillado de Lima:SEDAPAL
2005年3月
第23号
21
がゼロであり、未処理汚水をそのまま同川に放流
している。これは、持続可能な水循環の観点から
見て問題がある。
(4)ペルーの上下水道セクターの課題
以上を踏まえ、セクター全体、中央政府、事業
者のレベルにおいて今後解決すべき課題は、以下
の通りである。
B 維持管理
〈リマ上下水道公社(SEDAPAL)
〉
A セクター全体の課題
SEDAPALでの無収水率は42%となっており、
1)上水道普及率(全国平均83%)
、下水道普及
全国平均(4
5%)よりやや良好とはいえ、目標
率(同75%)と比較的高い数値を示してい
として設定した望ましい値(30%)までにはま
るが、地方部ではやや低く(EPSロレトでは
だ隔たりがある。
、地方部を中心とした普及率
各61%、55%)
SEDAPALでは職員総数は2,
10
0人であり、水
の引上げを図る必要がある。また、水因性疾
道1,
0
0
0接続当たりの職員数は2.
0人と、望まし
病も残存しており、水質改善が必要であるこ
い値(5.
0)をすでに大幅に下回って達成してお
とから、低い下水処理率(全国平均19%)
り、職員数の上では効率的な事業運営に見える
を早急に引上げる必要がある。
が、職員数の不足が無収水(漏水)や料金回収へ
2)首都圏の投資状況は、概ね良好であるが、地
の対応不足を招いているともいわれる。
方部での投資は遅延しており(EPSロレトは
〈ロレト県上下水道公社(EPSロレト)
〉
減価償却費が少ないため、改修・新規投資が
EPSロレトでの無収水率は63%とかなりの高さ
十分に行われていないと推察される)
、地方
に至っている。これは、管渠の破損による漏水が
部への投資増強によりセクター内の地域格差
主な原因とみられている。
を縮小する必要がある。
EPSロレトでのメーター設置率は3
6%とかなり
低い。メーター未設置地域に対しては、平均的な
B 中央政府レベルの課題
消費量を適用して料金徴収を行っているが、実際
1)上下水道セクターに係る多数の関係機関の役
に消費した水量よりも少ない料金しか徴収できて
割分担と責任を明確化する必要がある。
いない。
2)地方部の上下水道普及率向上に対する中央政
府の方針を策定し、その実現のためのEPSに
C 財務管理
〈リマ上下水道公社(SEDAPAL)
〉
SEDAPALの運転費率は59%、運営管理費率は
7
9%と良好であり、 望ましい値
(それぞれ100%、
対する支援・指導を強化する必要がある。
3)上下水道料金に下水処理費が含まれていない
ため、下水処理費を組み込んだ料金体系とす
る必要がある。
1
2
0%)をすでに大幅に下回って達成している。
料金回収率も8
7%と比較的高い数値を達成して
いる。
〈ロレト県上下水道公社(EPSロレト)
〉
22
C 事業者レベルの課題
1)SEDAPALは、上下水道普及率においては一
定の成果を得ているが、担当地域(リマ首都
EPSロレトの高い無収水率(63%)と低い料金
圏)が太平洋に面して降雨量が少なく水量不
回収率(5
5%)は、財務状況を圧迫していると
足で、上下水管網を十分に活かしきれていな
みられ、SEDAPALに比べてEPSロレトの運転費
いため、新規水源の開発を視野に入れた水量
率(9
4%)や運営管理費率(99%)は明らかに
確保に努める必要がある。
悪い。また、運転費と運営管理費との差が少ない
SEDAPALは、人口の集中するリマ首都圏
(+5%)ことから、減価償却費が十分に積ま
の環境保全への責務から、持続的な水循環や
れていない(償却不足)と考えられ、無収水率の
公衆衛生面の改善のため下水処理場の建設を
改善などに必要な設備資金が十分に確保されてい
積極的に進め、低い下水処理率(5%)を
ない可能性がある。
まずは全国平均レベル(19%)へと高めて
開発金融研究所報
いく必要がある。
に推進する必要がある。
2)EPSロレトは、上下水道 普 及 率(各61%、
3.パナマ
5
5%)が 全 国 平 均(同8
3%、7
5%)を 大 幅
に下回っているため、まずは全国平均レベル
(1)パナマの上下水道セクター全体の現状と構
への普及率向上を目指す必要がある。
造
EPSロレトの無収水率は63%と極めて高
く、その原因は主に漏水とされているため、
パナマ は、国 土 面 積 が 約76,
00
0km2、人 口 約
既設の上水道管の補修または更新を早急に実
300万人と小規模な国家であり、国民の3分の2
施する必要がある。
がパナマ州を中心とする首都圏に居住してい
EPSロレトでの低いメーター設置率(3
6%)
る*33。パナマにおける主な水源は、表流水が中
は、利用量に対する本来の料金徴収額の確保
心となっており、事業者である「パナマ上下水道
を困難にしているため、料金回収率を改善す
(IDAAN)はパナマ首都圏への水供給
公社*34」
る第一歩としてメーターの設置・普及を早急
用の水源をパナマ運河庁や民間企業から調達して
図表3―5 パナマにおける上下水道セクター構造図
公共事業規制庁
(ERSP)
国際機関
援助要請
・上下水道事業の指導
・統制
・水道料金設定の監視
融資
保健省
(MINSA)
(上下水道局)
交付金
地方自治体
申請
・助成金
の交付
・上下水道事業の施
策と計画策定
・上下水道事業体へ
の助成金支給
・助成金の申請
・水資源に関する規制承認
・予算申請
・予算申請
・水道計画通知
・助成金の支給
・予算支給
経済・財務省
(MEF)
・上下水道事業の財政
計画策定と国費配分
・助成金の申請
・税金支払い
上下水道公社
(IDAAN)
・水道水の供給
・汚水の収集・処理
・雨水の排除
・継続的な上下水道サービスの実施
(24時間各戸給水、水圧など)
・水道料金請求
受益者
・上下水道料金の支払い
・上下水道サービスに対する評価
・水源開発に関する申請
・予算支給
・人口1,500人以上の地区への給水
・施設建設/拡張/改修及び維持管理
・上下水道サービスの実施(24時間各戸
給水、水圧の維持など)
・漏水/盗水対策
・上下水道台帳管理
・メータの取り付け、接続管の保守管理
・料金徴収
地方協会
(JAAR)
・人口1,500人以下の地区への給水
・施設建設/拡張/改修及び維持管理
・上下水道サービスの実施(24時間各戸
給水、水圧の維持など)
・漏水/盗水対策
・上下水道台帳管理
・メータの取り付け、接続管の保守管理
・料金徴収
・予算申請
・料金設定
・改定の申請
環境庁
(ANAM)
・水資源の開発/
管理
・予算支給
・料金設定・改定の
承認
パナマ運河庁
(ACP)
水道水供給
2浄水場で水道水製
造
水道水購入費
アグアスデパナマ
(BIWATER)
ラグナ・アルタ浄水
場で水道水製造
・水源利用/水源開発などの申請
・水源利用/水源開発などの承認
注) 内は、中央政府レベルに属する機関
出所:各種資料よりSADEP調査団が作成
*3
3 200
0年の国勢調査
*34 Instituto de Acueductos y AlCNAtarillados N.A.cioN.A.les:IDAAN
2005年3月
第23号
23
いる。
ていない。
パナマにおける上水道普及率は7
0%(首都圏:
B 投資計画
8
7%)で、国が小規模であることからその大部
パナマの上下水道セクターに対する投資額は増
分の事業をIDAANが行い(概ね一国家一事業者
加傾向にあり、国庫からIDAANへの投資資金配
の形態)
、残りを地方協会(JAAR)が行ってい
100万 ド
分*38は2001年 度800万 ド ル、2002年 度1,
る。上水道未普及地域への給水は、井戸や給水タ
ルと増加傾向を示し、2003年度には2億500万ド
ンク車により行われている。他方、下水道普及率
ルへと急激に増加している。
は2
7%(首都圏:53%)で、未整備地域では主
にセプティックタンクを活用している。下水処理
C 補助金
については、首都圏においても30%の低い処理
中央政府は、IDAANの慢性的な経常的収支
率となっている。パナマの上水道の水質は、過去
(収益的収支)赤字に対し、補填として補助金を
に大きな水因性伝染病が発生していないことなど
交付してきているが、IDAANのコスト削減は必
から、概ね良好と評価できる。
ずしも進んでおらず、引続き赤字補填のため補助
パナマにおける上下水道セクターの構造をみる
金交付を行わざるを得ない状況にある。
、同セクターを管轄する政策官庁
と(図表3―5)
は保健省*35(MINSA)で上水道事業の施策と計
D 料金政策
画策定に全責任を持ち、事業実施はパナマ上下水
上水道料金は、
「基本料金および逓増料金制」
道公社(IDAAN)が担当している。また経済・
を採用しているが、下水道料金については、下水
財務省は、上下水道事業に係る補助金の供与を
道施設が十分に整備されていないとの理由で料金
行っている。
徴収を行っていない。IDAANは過去20年間、上
上下水道事業に係る規制監督は、公共事業規制
下水道料金の改定を行なっていないが、これは国
*3
6
庁 (ERSP)が担当し、料金の設定・改定など
民負担となる料金値上げが政治的な問題に発展す
を独立して行っている。
ることを懸念した結果といわれている。
パナマの料金徴収における特徴として、パナマ
(2)パナマの中央政府レベルの現状と問題点
A 責任体制
市が実施しているゴミの収集・処分費を上水道料
金に含め、市民に対して「上水道料金」として一
パ ナ マ の 上 下 水 道 セ ク タ ー で は1
9
9
6年 か ら
括請求されている点が挙げられる。そのため、市
1
9
9
7年にかけて上水道サービスの構造改革が実
民の多くは、徴収料金全てが上水道料金であると
施され、中央政府の役割についても、上水道施策
誤認しており、実際以上に高値であると思われて
や計画の策定、および事業実施機能の整理が行わ
いる。
れた(前述の通り)
。このため、パナマでは上水
道事業の各機能が明確となり、少なくとも制度上
は、機能の重複や欠落といった問題はかなり改善
*3
7
されている 。
上下水道施設の建設および維持管理の管轄は、
人口1,
500人以上の都市をパナマ上下水道公社
ただし、政策官庁であるMINSAや規制監督官
(IDAAN)が、1,
50
0人 以 下 の 地 域 を 保 健 省
庁であるERSPによる責任体制の明確化にもかか
(MINSA)が行って い る。ま たMINSA管 轄 の
わらず、依然としてIDAANの赤字体質が続いて
地域では、建設までをMINSAが担当した後、維
おり、行政改革の効果が十分に発現するには至っ
持管理を地方協会*39(JAAR)へ移管している。
*3
5
*36
*3
7
*3
8
*3
9
24
(3)パナマの事業者レベルの現状と問題点
Ministerio de Salud:MINSA
Ente Regulador de Servicios Publicos:ERSP、19
9
6年設立
199
6∼9
7年の時期に、政府はIDAANの民営化を検討したが、実現には至らなかった。
IDAANは中央省庁と同様の扱いを受けており、国家予算から資金が配分されている。
Juntas Adminidtradoras de Acueductos Rurales:JAAR
開発金融研究所報
これらのうちパナマの代表的な事業者として
*4
0
IDAANを分析する(図表3―6) 。
無駄な流失が懸念されている。
IDAANの1,
000接続当りの上水道職員比率は
7人と、望ましい値(5人)をかなり上回ってお
A サービス提供
り、過剰な人員 を 抱 え て い る 可 能 性 が あ る。
IDAAN管轄地域の上水道普及率は8
7%と概ね
IDAANの経営状況が良好でない原因の1つとし
良好であるが、IDAAN管轄以外(パナマ首都圏
て、こうした過剰な人員による非効率な事業執行
以外)の地域においては上水道普及率が低い。上
が指摘されている。
水道へのアクセス時間については、IDAAN管轄
地域において、2
4時間給水が5
5%、昼間限定給
C 財務管理
水が22%、断続的な給水が23%となっており、
近年におけるIDAANの経常的収支(収益的収
半数近くの利用者が24時間給水サービスを受ける
支)は、慢性的な赤字体質となっている。その原
ことができない状況にある。
因は、
(1)IDAANの水道水源の う ち、約20%
IDAAN管轄地域の下水道普及率も5
3%と低い
うえ、下水処理率は30%程度と低い。
を民間水会社(ACPおよびアグアス・デ・パナ
マ)から調達しているが、そのコストが相対的に
(2)無収水率が48%と高いこと、
高いこと*41、
B 維持管理
(3)料金回収率が45%と低いこと、(4)過去2
0
IDAANの無収水率は4
8%と高く、漏水による
年以上にわたり料金改定していないこと、などで
あると考えられる。料金不払者への措置として現
図表3―6 パナマの事業者の持続性検討結果
No
指
標
全国平均
IDAAN
望ましい値
(首都圏)
行法では水道水の供給停止を規定しているが、給
水管への違法接続が横行して効果が期待できない
ため、給水停止措置の実施は稀である。
サービス提供(上水道、下水道)
1 上水道普及 率(%) 7
0
2 上水道事業の質
N.A.
8
7
概ね1
0
0
5
5% が2
4h
2
4h給水
給水
3 下水道普及 率(%) 2
7
5
3
概ね10
0
4 下 水 処 理 率(%)
N.A.
3
0
10
0
0.
4
0
>0.
76
5
下水道普及率/上水
道普及率
1.
0
0
6
7
者のレベルにおいて今後解決すべき課題は、以下
の通りである。
A セクター全体の課題
引上げる必要がある。首都圏が87%と比較
収
水
率
(UFW:%)
N.A.
上水道職員比率
(SWC:人)
N.A.
4
8
3
0
的高いものの、地方部ではかなり低いため、
地方部を中心とした上水道普及率の向上を図
7.
0
5.
0
る必要がある。
2)下水道普及率の全国平均(27%)はかなり
財務管理
運転 費 率(WR:%)
N.A.
1
00以上
70
8 運 営 管 理 費 率
(OR:%)
N.A.
1
00以上
10
0
料 金 回 収 率
(CR:%)
N.A.
9
以上を踏まえ、セクター全体、中央政府、事業
1)上水道普及率の全国平均(70%)をさらに
維持管理
無
(4)パナマの上下水道セクターの課題
4
5
9
0
低い水準であり、首都圏(53%)での更な
る下水道普及率引上げを図るとともに、特に
地方部で下水管敷設を推進し下水道普及率を
早急に高める必要がある。
3)下水処理率はIDAAN管轄地域でも30%と低
出所:各種資料よりSADEP調査団が作成
*4
0 IDAANに関する資料や情報は、IDAAN関係者からの聞き取り調査、IDAAN年次報告書(2
00
2年)などから入手した。
*4
1 水源水1m3当たりの調達コストは、IDAAN(自前で供給)では6centであるのに対し、ACP:1
6 cent、アグアス・デ・パナ
マ:24centとなっている。
2005年3月
第23号
25
いため
(地方部ではさらに低いとみられる)
、
のために要する費用が事業者の調達能力を超
下水処理場の増設などセクターにおける下水
える場合、監督官庁などへの要請も含めその
処理のための設備投資を推進する必要があ
財源調達の方策を積極的に講ずる必要があ
る。
る。
5)下水道網の大幅な拡張による下水道普及率
B 中央政府レベルの課題
(現状IDAAN53%)の引上げ、および、下
1)上下水道セクターに関する中央政府の権限と
水処理場の増設による下水処理率 (同3
0%)
責任分担は整理されたが、目に見える効果は
の向上が必要である。これらの総合的な下水
まだ十分には発現していないため、公共事業
道整備には多額の設備投資資金を要するた
規 制 庁(ERSP)や 保 健 省(MINSA)に よ
め、国家による上下水道セクターへの長期的
るIDAANへの指導・監督を徹底していくと
な投資ビジョン策定への積極的な参画、およ
ともに、国庫からIDAANへ配分される多額
び、設備投資に要する資金の国庫(補助金)
の補助金の使用に関し、政府が厳しい監視を
からの確保に努める必要がある。
行いつつIDAANの財務体質改善を促す必要
がある。
4.コスタリカ
2)現行の料金徴収システムでは、ごみ収集・処
理料金を加算して一括した料金請求・徴収を
(1)コスタリカの上下水道セクター全体の現状
と構造
行っているため、請求書にごみ料金と上水道
コスタリカは、国土面積約5
1,
000km2、人口約
料金を区別して表示する料金徴収システムと
する必要がある。
40
0万人であり、パナマと同様に小規模な国家で
3)料金引上げの許認可については、過去20年間
ある。人口の約60%が都市部に、残りの40%が
料金改定を実施していないことを勘案しつつ
地方部に居住している。コスタリカ最大の首都圏
も、現在の利用者の支払能力や利用者間の支
は、首都サンホセ市とその周辺3都市(アラフエ
払の不平など(不払の利用者が5割を超える)
ラ市、カルタゴ市、エレディア市)で構成されて
という現状を考慮して検討する必要がある。
おり、この首都圏に全人口の約半数が集中してい
る。コスタリカは国土の狭い国でありながら、豊
C 事業者レベルの課題
富な降雨量と高い山脈、多数の河川があるため、
1)IDAAN管轄のパナマ首都圏での上水道普及
水資源に恵まれており、ラテンアメリカの中でも
率(現状8
7%)をさらに高めていくととも
上水道普及率の高い国の一つである。しかし、近
に、首都圏以外の事業者は上水道普及率の早
年のサンホセ首都圏など都市部への人口集中によ
急な引上げを図る必要がある。
り、未処理汚水による水環境の悪化が問題となっ
2)上水道の2
4時間給水(現状5
5%)サービス
ている。
コスタリカにおける上水道普及率は、 A都市部
を受けられる利用者の比率をさらに高める必
要がある。
3)料金回収率(4
5%)を引上げるため、料金
の上下水道事業者であるコスタリカ上下水道公
、 Bエレディア公共サービス会社*43
社*42(AyA)
徴収業務を強化し、検針から料金請求までを
(ESPH)
、 C地方自治体、において概ね10
0%、
確実に行うと共に、違法接続の取締りを強化
地方部でもかなり高い実績(75%―100%)を示
する必要がある。
している。
4)漏水を主因とする高い無収水率への対策とし
他方、下水道普及率は上水道と異なりかなり低
て、必要な補修・改修を行うべきである。そ
く、AyAが管理する区域の普及率は47%で、地
*4
2 Instituto Costarricense de Acueductos y AlCNAtarillados:AyA
*43 E.S. Publicos de Heredia, S.A:ESPH
26
開発金融研究所報
図表3―7 コスタリカにおける上下水道セクター構造図
監督事務所
(Controlaria)
地方自治体の料金設定
の指導・承認
料金設定の
指導・承認
エレディア公共サービス会社
(ESPH)
国立環境技術事務局
(SETENA)
・EIAの審査
・承認窓口
エレディア州の上下水
道事業を担当
料金設定申請
料金設定申請
環境・エネルギー省
地方自治体
排水基準
(MINAE)
遵守指導
・上下水道事業の所
(2004年から) 管
・水源の確保・管理
・国政レベル以外の
上下水道事業者の
排水基準未達
営業免許付与、指
成時の罰金
導
(2004年から) ・国費配分、助成金
交付
・排水基準の遵守勧
告、罰金徴収
(2004年から)
・EIAの審査・承認
・営業免許付与
・上下水道事業の
指導・承認
・交付金支給
・EIA審査・承認
・事業の監督
・助成金の交付
・助成金の申請
・上下水道事業
の承認申請
・EIAの審査・
承認申請
・上下水道事業の承認
申請
・EIAの審査・承認申請
・都市部の上下水道事
業を担当
指導・監督・
承認
公共事業規制庁 事業費申請
(ARESEP)
・事業費設定 事業費
の指導・承
設定の
認
指導・承認
事業費申請
・飲料水の水質
管理
・上下水道工事
の承認
料金設定
申請
上下水道・衛生行政協会
(ASADAs)
地方給水行政協会
(CAARs)
上下水道
工事の申請
・上下水道工事の申請
・上下水道工事の承認
指導・監督
地方の上下水道事業を
担当
事業費設定の
指導・承認
事業者
(内の4機関以外地方自
治体、民間会社(小規模
・水道水の供給
給水))
・汚水の収集・処理
・上下水道計画の策定
・雨水の排除
・施設建設/拡張/改修
・継続的な上下水道サービスの実施
及び維持管理
(24時間各戸給水、水圧など) ・上下水道サービスの実
施(24時間各戸給水、
・節水の協力要請
水圧の維持など)
・漏水/盗水対策
受益者
・上下水道台帳管理
・メータの取り付け、接
・上下水道料金の支払い
続管の保守管理
・上下水道サービスに対
・料金徴収
する評価
上下水道工
事の承認
保健省
(MINSALD)
指導・監督・
承認
コスタリカ上下水道公社
(AyA)
・交付金支給
・上下水道事業の承認
・EIA審査・承認
指導・監督
受益者
注) 内は、中央政府レベルに属する機関 内は、事業実施者も兼ねる機関
出所:各種資料よりSADEP調査団が作成
方自治体の平均普及率は1
1%である。 さらには、
汚濁防止は、保健省(MINSALUD)が「健康一
上下水道・衛生行政協会(ASADAs)および地
般に関する法律」に基づいて管理している。全て
方給水行政委員会(CAARs)が管理する地方の
の上下水道事業は、MINSALUDの承認が必要で
区域には下水道管網がなく、嫌気槽と簡易トイレ
あり、工事に先立つ環境影響評価はMINAEの審
で対応している。
査と承認が必要となる。規制監督官庁としては、
コスタリカの上下水道セクターの構造をみると
公共事業規制庁*45(ARESEP)が、地方自治体
、上下水道セクターは、環境・エネ
(図表3―7)
を除く事業者の料金を指導・承認する機能を有す
*4
4
ルギー省 (MINAE)が管轄し、水源の確保お
る。なお、地方自治体の料金の指導・承認につい
よび管理、上下水道(地方自治体に属する)に係
ては、監督事務所
(Controlaria)
が行っている。
る事業免許発行を行っている。現在、MINAEは
主要な事業 者 は、コ ス タ リ カ 上 下 水 道 公 社
産業界や地方自治体に汚水処理を促し、排水基準
(AyA)であり、一事業者としてだけでなく、
を守らせるため、
「水源に関する新法」を制定中
地方の小規模上下水道事業に対して料金設定指
である。コスタリカにおける飲料水の水質と水源
導・承認などの監督権限を有している。その他に
*4
4 Ministerio del Medio Ambiente y Energia:MINAE
*45 Autoridad Reguladora de los Servicios Publico:ARESEP
2005年3月
第23号
27
は、サンホセ近郊のエレディアなどの都市部を中
C 補助金
心にインフラ(含む上下水道)
提供を行うエレディ
コスタリカにおいて、政府から事業者への補助
ア公共サービス会社(ESPH)があり、ESPHの
金制度が存在するが、特に何らかの問題点は提起
事業経営全般についてはコスタリカ環境・エネル
されていない。
ギー省(MINAE)からの監督は及ばず、独立し
て運営している。
D 料金政策
上水道料金水準は、原価として必要な維持管理
(2)コスタリカの中央政府レベルの現状と問題
点
費と、利用者の支払可能額を考慮して決められて
いる。近年は、料金改定を毎年行っている。
本項では、コスタリカの現状を踏まえ、中央政
下水道料金も徴収しているが、汚水収集費のみ
府レベルの問題を第2章で選定した項目に沿って
で処理費は含まれていない。汚水処理の費用は、
評価する。
国からの補助金で賄われているとされる。
コスタリカでは、各自治体で独自に貧困者支援
A 責任体制
が行われており、上下水道料金もそれに対応して
中央政府レベルにおける上下水道セクターの責
設定されているため、地域ごとに異なるものと
任体制や権限が明確でない。例えば、事業者であ
なっている。AyA管轄地域の料金水準は、区域
るAyAは、地方部の事業者に対して指導・監督
ごとに維持管理を賄うだけの採算が取れるよう料
を行う権限を持つなどの監督官庁としての役割も
金水準が設定されている。このため、過疎地区で
果たしている。そのため、セクター全体を統括し
は一人当たりの負担が増える傾向にある。中央政
て監督責任を有する機関がなく、責任体制が分散
府はこうした不均衡を是正するための措置を講じ
している傾向がみられる。
ている。
料金設定の指導・承認を担う組織が、事業者に
よりARESEP、AyAあるいはControlariaと様々
であるため、上下水道料金に係る行政指導の一貫
性を欠く恐れがある。
(3)コスタリカの事業者レベルの現状と問題点
主要な上下水道事業者はAyAであり、国内の
都市部と一部の地方部を事業対象としている。そ
の他には、サンホセ市に近接する3都市(エレ
B 投資計画
上下水道セクターに関する国家的な中長期の計
画や方針が定められていない。上下水道セクター
ディア市、サンラファエル市、およびサンイシ
ドゥロ市)の上下水道事業を担当するESPHがあ
る*47。
への国家予算は、ここ数年増加傾向にあるが、他
AyA管轄外の都市では、地方自治体が上下水
の公共セクターと比較した場合、その伸びは低
道行政協会(ASADAs)または地方水道行政委
*4
6
員会(CAARs)を組織し上下水道事業を行って
政府からの予算が1
9
9
1年から8年間に亘り総
おり、その総数は38地方自治体で約1,
700となっ
額2,
0
0
0万ドル投入されているが、そのうち91%
ている。また地方自治体によっては、民間会社が
をAyAが受け取っており、かつその大部分が上
小規模上水道事業を運営している地域もある。
い 。
水道に充てられ、下水道への配分は4%程度と
極端に低い。
その中でコスタリカの代表的な事業者として、
コスタリカ上下水道公社(AyA)およびエレディ
ア公共サービス会社(ESPH)の状況を中心に検
*4
6 199
8年から2
0
00年における対GNP比投資額が、保健、教育、社会福祉、エネルギーなどのセクターで5.
0∼7.
0%伸びている
のに対し、上下水道は0.
5∼0.
7%となっている。
*47 ESPHは、1
9
9
8年にサンホセ隣接の3自治体(エレディア市、サンラファエル市、およびサンイシドゥロ市)が所有する民間
会社が再編成された公共事業会社。ESPHは、上下水道事業の他に電力供給事業や街路照明事業、インターネット事業などを
行っている。
28
開発金融研究所報
討する(図表3―8)
。
運営管理費率や料金回収率などの数値が良好で
あることから、事業者としてのパフォーマンスも
A サービス提供
良好であると思われるが、無収水率は45%と比
〈コスタリカ上下水道公社(AyA)
〉
較的高い。
上水道普及率が、98%とかなり高いにも関わ
ESPHにおける上下水道1,
000接続当たりの職
ら ず、下 水 道 普 及 率 は4
7%と 未 だ 整 備 途 上 と
員数が2.
6人であり、望ましい値(5人)からみ
なっている。また、下水処理率は4%と極端に
て少ない職員数で業務を行っているが、それによ
低い。
るサービスの質への不満は利用者から特段挙がっ
〈エレディア公共サービス会社(ESPH)
〉
ていないことから、概ね効率的な業務執行が行わ
ESPHが対象としているサービスの範囲は、サ
れているとみられている。
ンホセ近郊の3都市に限られているが、その上水
C 財務管理
道普及率は1
00%を達成している。
またAyaと同様、既存の下水道施設は劣化がひ
AyAおよびESPH共に、料金回収率が高く、か
どく、また、下水は未処理のまま河川に放流され
つ運転費率および運営管理費率が良好な値を示し
ており、水質汚染が懸念されている。
ている。これは料金回収システムが健全に機能し
さらにESPHは、サンホセ首都圏およびESPH
ていることに加え、不要な支出を抑えて効率的な
の地下の水源に依存しているが、サンホセ首都圏
運営がなされているためであると評価されてい
の下水道から未処理の下水が河川に放流されてお
る。
り、河川からの地下水へ汚染が及んでいる。
他方、ASSDAsのような過疎地での上下水道
事業者は、概して財務状況は芳しくない。
B 維持管理
(4)コスタリカの上下水道セクターの課題
〈コスタリカ上下水道公社(AyA)
〉
無収水率が高く(4
8%)
、その原因として、漏
以上を踏まえ、セクター全体、中央政府、事業
水 の 問 題 が 挙 げ ら れ る。他 方、AyAに お け る
者のレベルにおいて今後解決すべき課題は、以下
1,
0
0
0接続当りの上水道職員比率が6.
3人と、望
の通りである。
ましい値よりも多少大きいが、概ね業務効率は良
A セクター全体の課題
好とみられる。
〈エレディア公共サービス会社(ESPH)
〉
1)上水道普及率は全般的に良好であり、今後
図表3―8 コスタリカの事業者の持続性検討結果
No
指
標
サービス提供(上水道、下水道)
都
市
1
上水道普及率
(%)
地
方
2
上 水 道 事 業 の 質
都
市
3
下水道普及率
(%)
地
方
4
下
水
処
理
率(%)
5
下水道普及率/上水道普及率
維持管理
6
無
収
水
率(UFW:)
7
上 水 道 職 員 比 率(SWC:人)
財務管理
運
転
費
率(WR:%)
8
運 営 管 理 費 率(OR:%)
9
料 金 回 収 率(CR:%)
AyA
ESPH
地方自治体
ASADAs、CAARs
9
8
7
5
良好
47
―
4
0.
4
8
1
00
10
0
渇水時12h給水
3
3
―
4
0.
3
3
98 1)
―
時々断水
11
―
4
0.
1
1
―
N.A.
時々断水
―
N.A.
N.A.
N.A.
4
8
6.
3
45
2.
6
5
0以上
N.A.
5
0以上
N.A.
7
2
89
9
6
66
86
9
7
73―9
3
8
3
50
98
12
5
N.A.
望ましい値
概ね1
0
0
24h給水
概ね10
0
1
0
0
1.
0
0
30
5.
0
7
0
10
0
90
注:1)ESPHを含む。
出所:各種資料よりSADEP調査団が作成
2005年3月
第23号
29
は、特に地方部における上水道普及率の向上
期的・継続的な働きかけと参画を行う必要が
に重点を置く必要がある。
ある。
2)下水道普及率は、従来の上水道優先策の結
果、大きく出遅れているため、今後は全国レ
ベルでの下水道網整備および下水処理率の向
第4章
上を優先課題とする必要がある(コスタリカ
開発途上国上下水道セ ク
ターにおける民活の役割
第4章では、開発途上国における上下水道セク
の観光産業の発展にも貢献)
。
ターへの民活導入の目的、およびその導入形態と
B 中央政府レベルの課題
効果を分析し、持続可能な上下水道セクターの実
1)中央政府による都市部での上水道網普及を優
現に向けて民活がどのような点で貢献できるかを
先する政策により、上水道普及率の向上には
検討する。また中南米6ケ国(アルゼンチン、ブ
大きな成果が認められる。今後は地方部での
ラジル、ボリビア、チリ、コロンビア、メキシ
上水道網の普及、および、全国的な下水道網
コ)
、フィリピンおよびマレーシアの事例から民
の普及と下水処理場の建設に投資の重点を置
活導入に関わる教訓を導き出す。さらに、民活導
く必要がある。
入において考慮すべき要因を抽出する。
2)こうした事業の重点シフトに向けて、中央政
これらを踏まえ、重点4カ国(メキシコ、ペ
府・監督官庁の責任体制の整備を行い、国の
ルー、パナマ、コスタリカ)の上下水道セクター
長期計画・方針の策定、予算配分の再検討を
の民活導入現況を概観し、民活導入における課題
行う必要がある。
をまとめる。
C 事業者レベルの課題
1)AyAおよびESPHの経営は概ね効率的である
1.上下水道セクターが目指すべき経営
体制
が、無収水率はAyA48%、ESPH4
5%、地方
自治体など50%以上と、その他の指標に比
事業者たる公的機関・公社・公営企業(以下、
して不調である。また、上水管網の普及自体
公営企業と略す)の赤字体質が続く背景には、第
は進んでいるものの、その劣化による漏水が
3章で抽出したように、次のような問題点が挙げ
高い無収水率の原因とみられるため、今後
られる。
は、上水管の補修・改修を中心とする適切な
A 中央政府レベル・事業者レベルの上下水道セ
維持管理により、無収水率の低下を図る必要
クターにおける責任体制が明確でない、ある
がある。
いは機能しない組織が存在し、経営責任が曖
*4
8
2)ESPHでは、乾季の深井戸依存度が高く 、
昧となっている。
地下水涵養量以上の取水を行っているため深
B 中央政府レベルの方針・計画が明確でなく、
井戸の寿命は1
0年程度と見積もられており、
上下水道施設への適切な投資が急務であるに
乾季でも持続的に取水可能な水源の開発を推
も関わらず投資が縮小傾向にあり、上下水道
進する必要がある。
サービスの水準が低い状態が続いている。
3)下水道普及率および下水処理率の向上は、中
これらの結果、公営企業は事業全体に活力を欠
央政府のみならず事業者レベルにおいても積
き、高い漏水率、低い料金回収率、過大な経常的
極的に取組むべき課題であるが、大規模な設
支出と過少な資本的支出、といった問題点を改善
備投資を要することもあり、国庫からの資金
できない場合が多い。
調達を含め事業者側から監督官庁などへの長
これらの問題は、公的部門の自発的改善努力に
*4
8 ESPHの水源は、雨季に表流水(8
0%)と地下水(2
0%)に、乾季では表流水(3
0%)と2
5
0―3
00mの深井戸(7
0%)に依存
している。
30
開発金融研究所報
よる場合でも、それが不可能で民活導入による改
でなく、資産の所有権さえも民間企業に委ねるよ
善を図る場合でも、改善すべき内容は同じであ
うになってきている。
り、次のような経営体制が必要と考えられる。
ただし最近では、民活の成功事例として取り扱
われていたブエノスアイレスの事例にも為替リス
A 独立採算を基本とする経営体制の確立
クなどの問題が生じ、民活を導入すれば成功する
公営企業は、民活導入の如何にかかわらず、独
という単純な考え方は必ずしも一般的でなくなっ
立採算を基本とする経営体制への不断の努力が必
てきている。そのため上下水道セクターにおける
要である。水がBHNかつユニバーサル・サービ
民活の評価には賛否両論があり、多くの国は民活
スである点に鑑みれば(第1章参照)
、上下水道
の導入を慎重に見極めている状況にある。した
事業の完全な独立採算制(補助金ゼロの経営)は
がって、上下水道セクターの持続性という観点か
現実的でないが(第2章参照)
、それを理想モデ
ら、どのような場合に民活が効果的なのか、導入
ルとし、それに近づけるべく改善努力を続けてい
のタイミング、形態などにつき検討を行い、適切
くことは、セクター全体の持続性にとって重要で
に民活を取り入れていく必要がある。
ある。
採算性を意識した経営体制では、経営目標を数
3.民活導入への意思決定フロー
字で明示するなど、分かり易く具体的な設定と
し、さらに可能であれば、職員ごとの目標を数値
民活により上下水道事業のパフォーマンスが改
で設定し、達成度を評価する目標管理を導入する
善されるか否かは、まず発生している問題点を正
ことが有効である。
しく認識し、その問題を改善するには公営企業内
における自助努力では不可能なのか、不可能な場
B 利用者指向によるサービス水準の向上
経営改善のための効率性を追求することと併
合にどのような形態の民活を導入すれば問題の解
決につながるのかという判断が重要である。
せ、サービス水準の維持・向上を達成していく必
中央政府レベルでの適切な施策や指導・監督、
要がある。改善努力とサービス水準について利用
公共事業者の自助努力によってかなりの経営改善
者への説明責任を果たし、利用者の理解を得られ
を図れる場合もあり、まずはそれらによる対応可
るような経営姿勢が必要である。
能性を検討する必要がある。しかし、政府や公営
企業の対応に限界があり、他方で民間企業が高い
2.民活導入の目的とその現状
効率性を発揮することが見込まれ、かつ、民間企
業からみて潜在的に事業への投資価値があるので
こうした経営体制の確立が公営企業の自助努力
では不可能と考えられる場合、民活導入が検討課
あれば、民活導入も検討すべき政策オプションと
なる。
題となる。上下水道サービスは、伝統的に公営企
ここでは、民活を導入するか否かの判断(ス
業により提供されてきたが、近年フランス、スペ
テップ1)
、民活を導入する場合の適用可能性と
イン、英国などの先進国において官民共同企業や
形態(ステップ2)の2つのステップに分けて、
民間企業によるサービス提供が幅広く行われるよ
民活導入への意思決定の流れを検討する(図表4
うになり、次いで中南米においても、多くの公営
―1)
。ステップ1は民活を適用せず、公営企業の
企業が利用者への適切な上下水道サービスの提供
経営を内部による改善努力で克服しようというも
に失敗したことから、1
990年代に民活を採り入
のであり、問題を抱えている公営企業にとって、
れる国が増加した。1
9
93年にアルゼンチンの首
第一に取り組むべき解決手法である。しかしなが
都(ブエノスアイレス)で上下水道サービスの民
ら全ての公営企業がこのような対応を実施できる
間企業へのコンセッションが成功して以来、中南
とは限らず、むしろ自ら解決できないために問題
米での上下水道セクターへの民活導入の機運は高
が生じていることが多い。そのため公営企業が抱
まり、多くの公営企業が上下水道施設の運営だけ
える問題をステップ1で解決できない場合、ス
2005年3月
第23号
31
図表4―1 民活形態選定フロー
START
事業者またはプロジェクト
のパフォーマンスが悪い 自助努力による
改善不可能
ステップ 1
No
Public
Yes
ステップ 2
第一段階
民活導入に対する環境
(政治/制度/料金)が
備わっているか?
No
Public
Yes
第二段階
問題解決に対する
民活導入依存度が
強い/弱い
弱い
強い
SC、 MC
LC、
(MO)
BOT、CC
LC、 AS
Public :公共事業
SC
MC
LC
:サービス契約
:マネジメント契約
:リース契約
CC :コンセッション
BOT :BOT契約
AS :資産売却
十分な改善が見
られるか?
No
Yes
END
テップ2(民活導入)の検討を行う。こうした一
な改善努力による刷新を目指すのかは、労使協調
連の民活形態選定フローの詳細は、以下の通りで
の度合いにもかかっている。労使協調が難しい場
ある。
合は経営の自発的刷新は困難な可能性もあるが、
ある程度の労使協調が可能な場合、次の民間経営
(1)ステップ1:公営企業自らの経営改善
ステップ1は、公営企業が公営事業形態を維持
手法の導入が考えられる。
(b)公営企業による民間経営手法の導入の推進
しつつ自助努力により経営を立て直すもので、以
民間経営手法の導入とは、公営企業が、自らの
下のような経営改善努力による経営の刷新が考え
資産を保有しつつ民間企業の効率的なノウハウを
られる。
採り入れることであり、民間企業の参加を伴わな
(a)公営企業経営の自発的刷新
い手法である。民間セクターでの基本原則である
公営企業経営の自発的刷新とは、公営企業が、
競争原理、市場原理に基づく経営手法を公営企業
特に大幅な法律改正などを要さずに、これまでの
が自ら採り入れ、財務の採算性確保を意識した経
非効率な経営を自ら改善していくものである。し
営を目指すものである。そうした経営手法の具体
かし、公共セクターにありがちな傾向として、責
的内容は、以下のステップ2で述べる民活形態に
任の所在不明な経営姿勢に加え、強い労働組合に
おいて行われるものと同じであり、これらを公営
起因する過剰人員や緩やかな職務規律などが挙げ
企業が自ら推進する。
られ、これら労使双方の問題により非効率な経営
を内部から改善できない場合も多い。
32
(2)ステップ2:民活の導入
民活を導入し、いわば外部の力による改善を目
ステップ2は、公営企業が内部から改善を実施
指すのか、あるいはこれを避けて自発的・内部的
できない場合、民間企業の参入により経営体制を
開発金融研究所報
刷新しようとするものである。公営企業の抱える
問題やその取り巻く環境はそれぞれ異なるため、
目を評価する。
A 公営企業の事業執行能力
採用する民活形態も異なってくる。どのような民
公営企業の事業執行能力が低い場合は、民間企
活形態を選定すべきかについては、以下の二段階
業の経営技術上の関与が必要となる。公営企業の
に分けて検討していくことが考えられる。
執行能力を評価し、公営企業の自助努力がどの程
(a)第一段階
度見込めるのか、民間企業の関与によりどの程度
第一段階では、民活事業が円滑に開始されるた
の改善を図ることができるのか、を評価する必要
めの環境(前提条件)が整っているかを確認すべ
がある。例えば、料金徴収能力に関しては、民間
きである。具体的には A政治的コミットメント、
企業に求める徴収結果がどのレベルであるか、ま
B法制度、 C料金体系・水準が適切であることが
た徴収に係る責任を民間企業にどの程度持たせる
必要である。
A 政治的コミットメントの確保
かなど、求める徴収レベルの検討が必要である。
B 民間資金の必要性
民間企業参入にとって重要な前提条件の一つ
資金調達も民間企業に期待するのであれば、民
は、政府の継続的支援であり、これにより国民や
間企業の事業への関与はより大きくなる。一般に
利用者が民活導入に前向きとなるかどうかが決
上下水道セクターは、他のセクターに比べて、施
まってくる。また、近隣諸国や自国の民活失敗例
設の改善・拡張の資金不足に悩まされている。必
などにより、国民が民活企業に非協力的であれば
要な投資額に対して活用可能な公的資金を踏まえ
民活事業の継続が困難となる。政府による国民へ
た上で、民間資金の必要性を検討する必要があ
の理解呼び掛けという民活企業支援と、理解を得
る。
るための民活政策の透明性が不可欠である。
B 法制度の整備
C 資産の所有
民間企業が資産を所有するのであれば、民間企
民活導入が効果的に機能するための法制度の整
業の事業への関与はさらに大きくなる。民間企業
備が必要であり、必要に応じて法令を追加・変更
の経営能力そのものが民活事業の成否に直結する
したり、民活を阻害する規制などを緩和・撤廃す
ため、どのような民間企業を選定すべきか、ま
る必要がある。
た、どの程度の所有シェアが適切なのかが重要な
C 料金体系・料金水準の整備
検討課題となる。
政治的配慮などにより料金体系が歪められてい
る場合には、民活導入前にある程度修正しておく
4.民活の形態と効果
ことが望ましい。特定の産業や利用者が極端に優
遇された料金体系となっていれば、民活を導入し
参加する民間企業の関与度に応じ、さまざまな
ても利用者からの理解が得られない可能性があ
、各民活形態の効果
民活形態があり(図表4―2)
る。また、社会政策的な理由から料金水準が極端
も異なるものとなる。ここでは
(1)
サービス契
に低い場合、民活導入後の民活企業の経営を圧迫
約、
(2)
マネジメント契約、
(3)
リース契約、
し、料金引上げを余儀なくされる可能性もある。
(4)
コンセッション契約、
(5)
BOT契約、
(6)
そうなれば民活企業への反発や非協力を招くこと
資産売却、の6種の民活形態を採り上げる(図表
もあり得るため、可能な限り料金水準の歪みを是
。
4―3も参照)
正しておくことが望ましい。
(b)第二段階
事業の一部に対してのみ民間企業のポテンシャ
ルを活用して業務委託する場合は、民間企業の関
第二段階では、民活導入の環境(第一段階)が
与の度合いも小さいため、
(1)
サービス契約、
整っている場合に、どのような民活形態が最適か
(2)
マネジメント契約、
(3)
リース契約(弱)が
を判定する。その際、
「生じている問題点の解決
適している。他方、事業全体に民間企業のポテン
に民間企業の関与をどの程度必要とするか」を判
シャルを反映させたい場合は、大きな関与が求め
断基準とすべきである。具体的には次の3つの項
られるため、
(3)
リース契約(強)、
(4)
コンセッ
2005年3月
第23号
33
図表4―2 民活形態の特徴
民活形態
サービス契約
マネジメント
契
約
リース契約
コンセッション
契
約
BOT 契 約
資 産 売 却
投資
公共
公共
公共
民間
民間
民間
運転資本金
公共
公共
民間
民間
民間
民間
顧客との契約上の関
係
公共
(民間が代行)
民間
民間
民間
民間
民間セクターの責任
と自律権
低い
低い
低い∼中程度
高い
中程度∼高い
高い
民間資本の需要
低い
低い
低い
高い
高い
高い
民間セクターの財務
リスク
低い
低い
低い∼中程高い
高い
高い
高い
20―3
0
ライセンスは公
共セクターの所
有権の撤回条項
により民間セク
ターの永続的な
ものとなる
項目
契約(ライセンス)
期間[年]
1―2
3―5
5―1
0
所有権
公共
公共
公共
主に公共
民間
民間
料金設定
公共
公共
料金徴収
公共
公共
マネジメント
規制監督者
民間
20―3
0
公共または民間 民間、後に公共
民間
民間
規制監督者
公共
民間
民間資本の出資
民間セクター参入の 事業運転効率の 運転、技術的な 運転、技術的な 呼びかけ、およ
び専門技術の導
主目的
改善
効率の改善
効率の改善
入
民間
民間
規制監督者
公共
民間
民間資本の出資
呼びかけ、およ
び専門技術の導
入
民間資本の出資
呼びかけ、およ
び専門技術の導
入
注:表中の公共は公共セクターを、民間は民間セクターを表す。
出所:Ontario SuperBuild Corp.,“Study8: Water and Wastewater Markets, Investors and Suppliers”Jan.,2
0
0
3より作成。
ション契約、
(5)
BOT契約、
(6)
資産売却がよ
る。これは、従来、中南米諸国で不足している下
り適している。
水処理場を新規に建設する際、民間企業の初期投
これらの中で、実際に中南米の上下水道事業で
資資金だけでなく、経営ノウハウを活用してその
多くみられる民活形態は、
(1)
サービス契約、
後の効率的な維持管理と健全な財務運営を期する
(2)
マネジメント契約、
(3)
リース契約、
(4)
コ
には、所有権を民間企業が保有するBOT方式が
ンセッション契約である。これら
(1)
∼
(4)
の形
適しているためである。また、新規建設をBOT
態は公的資産の民間への所有権売却を伴わないた
方式で実施する場合には、国民資産である既存施
め、政治的・社会的に受け容れられやすく、アル
設の所有権移転問題は発生しないため、国民にも
ゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、メキシコ
受け容れられやすい。
など多くの国で導入されている。
34
既存資産の所有権移転を行う
(6)
資産売却は、
また、民間企業が新規に施設建設を行い、当該
民活形態において民間企業の経営能力の是非が最
民間企業がその所有権を保持する
(5)
BOT契約
も大きく影響するため、その導入には慎重かつ厳
の形態は、下水処理場事業に多く採用されてい
格な判断が要求される。民活事例全体における資
開発金融研究所報
産売却の例は多くないものの、チリで6件、ブラ
は、サービス契約と同様で あ る が(図 表4―4
ジルで3件が実施され、一定の成果を上げてい
(2)
)
、契約期間は3∼5年とサービス契約より
る。チリにおいては、まずコンセッション契約に
若干長く、利用者との契約は民間企業が公営企業
て民活に対する国民の理解を得た後、入札により
を代理して行うのが通常である。公営企業にとっ
透明性を確保した上で資産売却を実施した(チリ
て、サービス契約と同様のメリットに加え、民間
国民は、公営企業により提供されてきた上下水道
企業に業務運営責任を課すことでより強い改善動
サービスがコンセッションとして民間で行われて
機を喚起する。マネジメント契約は、サービス契
も特に大きな問題が生じなかったと判断したた
約に次いで導入し易い民活形態といえる。
め、次の段階である資産売却にも否定的な反応を
示さなかったと考えられる)
。
以上で示した
(1)
∼
(6)
の各民活形態の詳細
。
は、次の通りである(図表4―3)
(3)リース契約
リース契約は、公営企業が上下水道事業施設を
民間企業にリース(賃貸)し、民間企業は利用者
から徴収した料金でリース料(賃借料)と維持管
(1)サービス契約
理費を賄い、残額を利潤として得るという形態で
サービス契約は、上下水道事業を実施する公営
(3)
)
。リース契約の主たる目的
ある(図表4―3
企業の一部業務(例えば、メータ検針など軽微な
は、業務効率化と民間の経営ノウハウの導入であ
サービス)を、比較的短期間(1∼2年)
、民間
る。契約期間はマネジメント契約よりもさらに長
企業に外部委託する契約形態(いわゆる外注方式)
い5∼10年が標準である。公営企業は、施設所有
(1)
)
。サービス契約の主たる
である(図表4―3
権を有し、設備投資を行なうが、運転資金調達、
目的は、業務の効率化である。当該業務に係る最
利用者との契約、業務運営責任などは民間企業が
終的な責任・リスクは基本的には公営企業側にあ
行なうので、民間企業側のリスクは、サービス契
り、民間企業の責任・リスクは限定的である。
約・マネジメント契約に比べれば大きい。
このサービス契約では、公営企業は、簡素な契
リース契約の最大の特徴として、民間企業は
約内容・手続で、契約対象地域における業務効率
リース料と維持管理費を超える料金収入の部分に
化を図ることができる。また、公営企業は、外注
つきその全てを利潤として獲得でき、他方、公営
により組織のスリム化、設備投資など基幹業務へ
企業は契約期間中、民間企業の料金収入と維持管
の資源集中を図ることができる。さらに、契約規
理費の多寡に拘わらず所定のリース料が保証され
模・範囲が小さいため、仮に外注企業が失敗して
る点が挙げられる。逆に、当該事業が赤字経営の
も発生する損失が小さく、契約解除・再入札も容
場合には民間企業がそれを負担することとなる。
易である。
まさにこの点が、民間企業に維持管理費の最小
以上のように、サービス契約は、複雑なノウハ
ウも不要で国民に受け容れられ易いため、公営企
化、信頼性あるサービスの提供、料金徴収の強化
を動機づけることとなる。
業にとって、民活導入の第一段階として活用する
のに適している。ただし、その効果は限定的であ
る。
(4)コンセッション契約
コンセッション*49契約とは、民間企業に事業
の包括的な運営を委託するものであり、委託を受
(2)マネジメント契約
けた民間企業はコンセッショネアと呼ばれる(図
マネジメント契約は、サービス契約に民間企業
(4)
)
。上下水道事業の場合、コンセッ
表4―3
のマネジメント(業務運営)責任が追加された形
ショネアは、上下水道施設を使用する権利を得る
態であり、業務効率化に成功すればそのマネジメ
反面、サービスレベルや投資額などの「コンセッ
ント能力に対する対価を民間企業が受け取れる一
ション目標」を達成する義務を負う。コンセッ
方、失敗した場合にはペナルティを課される契約
ション契約の主たる目的は、民間企業の資金と経
となっている。一般的な資金・サービスの流れ
営ノウハウの大幅な導入である。
2005年3月
第23号
35
図表4―3 主な民活形態
(1)サービス契約 (2)マネジメント契約モデル
資本支出
上下水道事業
(3)リース契約モデル
資本支出
公共事業者
維持管理費
の支出
公共事業者
維持管理費
の支払
リース料金の支払
コントラクター
維持管理費
の支出
上下水道事業
料金収入
リース
コントラクター
料金収入
上下水道サービス
利用者
利用者
上下水道サービス
(4)コンセッションモデル
(5)BOT契約モデル
公共事業者
公共事業者への
資産返却
(契約満了時)
上下水道事業
維持管理費
・資本の支出
公共事業者
公共事業者への
資産移転
(契約満了時)
コンセッション料
の支払
コンセッショネア
上下水道事業
維持管理費
・資本の支出
料金収入
料金
保証額
(下水道)
コントラクター
料金収入
(下水道)
料金収入
利用者
利用者
上下水道サービス
上下水道サービス
(6)資産売却モデル
公共事業者
資産移転
売却資金
民間事業者
上下水道事業
維持管理費
・資本の支出
料金収入
利用者
上下水道サービス
このスキームの最大の特徴は、
「既存」の上下
サービス契約、マネジメント契約、リース契約で
水道施設の運営に加え、
「新規」の設備投資(能
は、既存施設の運営の改善は望めるが、依然とし
力拡張のための新規投資、既存設備の除却による
て新規の設備投資は公営企業サイドの責任であ
更新投資)も、民間企業に委託する点にある。
る。他方、次で述べるBOT契約は、
「新規」の設
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*4
9 上下水道事業におけるコンセッション契約では、契約期間中は如何なる場合であっても事業を中断することは許されず、この
ことは契約書にも明記される事項である。一例として、2
003年10月アルゼンチンにおいて、コンセッショネアたる民間企業ア
グアス・アルゼンチーナがブエノスアイレスにて大規模な断水事故を引き起こし、コンセッション契約に抵触した。そのため
所有者であるアルゼンチン公共事業・衛生サービス監督機関(ETOSS)は同社に対し、維持管理の義務を怠ったとして40万
ドルにも上る罰金を課すことを表明した。
36
開発金融研究所報
備投資とその運営には有効なスキームであるが、
業が失敗した場合のリスクが公共・民間双方に
「既存」施設の運営改善スキームではない。コン
とって大きいことに留意が必要である。民間企業
セッション契約は、既存施設の運営効率化と新規
が長期にわたり、政治・経済・商業上のリスクを
設備投資の双方をカバーすることが可能なスキー
負い、そのリスクは概して巨額である。契約上
ムである。公営企業にとっては、成功すれば全て
は、民間企業は事業によるサービス提供を義務付
の問題を一挙に解決できる可能性があり、民間企
けられ不採算を理由に容易に事業撤退は出来ない
業にとってはハイリスクであるがハイリターンの
と規定するのが通常であるが、民間企業が債務不
可能性を有している。
履行に陥る可能性はあり、契約内容によっては公
共部門が偶発債務を負う可能性もあり得る。
(5)BOT契約
BOT*50契約は、民間企業が自らの資金で上下
(6)資産売却
水道施設を建設し、一定期間運営した後、公営企
資産売却は、公営企業が上水道事業資産の全部
業に施設の所有権を移転するものである(図表4
または一部を、民間企業に売却*51する方式であ
―4
(5)
)
。中南米では下水道のBOT方式が多く
(6)
)
。コンセッションと異なり、
る(図表4―3
みられるが、下水道料金の徴収困難が当初より予
民間企業は資産を所有する上下水道事業者(また
測されるため、BOT企業は契約期間中、一定金
は株主)として、主体的に事業経営を実施する。
額の料金相当分を公営企業から保証されて受取る
ただし、民間企業は資産を取得できる反面、公共
契約も多い。BOT契約の主たる目的は、民間企
サービスである性格上、経営に責任を持った上で
業の資金と経営ノウハウの全面的な導入であり、
効率化増進や普及率に関する一定の達成目標を義
これまでの形態よりもさらに民間企業の役割が大
務付けられるのが通常であり、料金も規制機関の
きい。契約期間は、民間が投資する施設の耐用年
許認可を要する。資産売却の主たる目的は、民間
数が長期であることから、2
0∼3
0年が一般的であ
企業の資金と経営ノウハウの完全導入である。
る。
BOT契約の特徴は、公営企業が当該事業の裁
資産売却は、コンセッション方式と同様に、上
下水道セクターの課題(既存施設の運営効率化、
量権を民間企業に付与し、設備投資に加え、事業
新規設備投資)
に全て対応可能なモデルといえる。
運営を2
0∼3
0年の長期に亘り民間企業に委ねる点
また、資産売却により、政府の債務削減と財政収
にある。公営企業に資金・ノウハウ・人員などが
支改善という短期的効果も期待できる(過去、中
不足している場合、サービス区域を拡大するため
南米諸国で公営企業の資産売却が盛んに行なわれ
の新規投資にBOT方式を活用するケースが一般
た理由の一つでもあった)
。さらに、民間企業に
的である。民間企業にとっては、資金調達・設備
とっては、資産を取得できること自体もメリット
投資を行う上、一定期間の経営責任を負うためリ
であるうえ、自ら事業者(または大口株主)とし
スクは高いが、その分成功すれば大きな利潤獲得
て経営のイニシアティブを握れるというメリット
が可能である。また、既存施設の所有権が民間に
がある。ただし、留意すべきは、民間ベースでの
移転する訳ではないので、国民や既存施設の利用
様々な経営リスクに加え、民活導入計画段階およ
者からの本スキームに対する抵抗感は少なく、
び資産売却後の国民・利用者の反発があり得る点
BOT事業による新たな利用者からも、サービス
である。税金や利用料金で整備されてきた施設が
内容と料金が妥当である限り歓迎される。
民間企業に売却されることへの抵抗感、上下水道
このようにメリットは大きいが、その反面、事
サービスが民間企業によって提供されることへの
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*5
0 BOT:Build(建設)
、Operate(運営)
、transfer(移転)の意。移転までは民間企業が所有(Own)するため、これを明示
してBOOTと呼ぶ場合もある。また、設計(Design)段階から民間企業が行うことも多く、DBOTまたはDBOOTと呼ぶこと
もある。さらに、運営のOと所有のOを区別し、後者の所有は施設のファイナンス(Finance、資金提供)から生ずるためF
をあててBOFTまたはDBOFTと呼ぶ場合もある。本稿ではこれらを全て一括して、BOT契約と呼ぶこととする。
*51 チリでの資産売却の割合は、総資産の3
5∼4
0%である。必ずしも全てを売却する訳ではない。
2005年3月
第23号
37
不安、設定される料金水準への不満、などの国民
における過去の支援プロジェクトの評価を行っ
感情が経営にマイナスに作用する可能性もある。
。分析方法は、プロジェクトの
た*52(図表4―4)
したがって、民活導入プロセスの透明性を確保
実 施 前 と 実 施 後 に つ き、
(1)
民活を伴う場合
し、説明責任を果たしていくことが極めて重要で
(2)
民活を伴わない場合(With(With民活*53)と
ある。
out民活*54)とに分けて、8つの業務指標により
パフォーマンスの評価するものである。
5.民活導入による持続性確保への貢献
事例
世界銀行による評価の結果をまとめると、次の
通りである。
民活には以上のようないくつかの形態あるが、
A 莫大な投資コストを要する上下水道普及率の
民活の導入が上下水道セクターの持続性にどのよ
向上は、資金の投入量に応じて改善される性
うな点で貢献したかを、世界銀行の報告や中南米
質を有する(ある程度の資金を投入しないと
諸国およびアジア諸国において採用された過去の
改善は困難である)ため、民活が特段の効果
民活事例から概観する。
を発揮するという訳ではない。民活プロジェ
クトによる上水道および下水道の普及率の改
(1)世界銀行による民活の貢献度評価
善 幅(そ れ ぞ れ+14%、+10%)が、非 民
世界銀行評価局(OED)は、上下水道セクター
活プロジェクトのそれ (同+16%、+9%)
図表4―4 上下水道プロジェクトの民活と非民活のパフォーマンス比較
(1)民活プロジェクト
パフォーマンス指標
(2)非民活プロジェクト
実 施 前
民活プロジェク
ト 実 施 後
実 施 前
非民活プロジェ
ク ト 実 施 後
A上水道普及率
6
6%
80%(+1
4%)
7
0%
8
6%(+1
6%)
B下水道普及率
3
8%
48%(+1
0%)
3
2%
4
1%(+9%)
C継続的な給水サービス
の達成割合
6
8%
94%(+2
6%)
N.A.
N.A.
D消毒済み上水道の接続
比率
8
2%
97%(+1
5%)
N.A.
N.A.
E無収水率
5
3%
46%(−7%)
4
0%
3
8%(−2%)
F上水道職員比率
8.
2
4.
2(−4.
0)
7.
6
4.
4(−3.
2)
G運転費率
0.
7
7
0.
70(−0.
07)
0.
71
0.
6
6(−0.
0
5)
H下水処理率
7%
1
3%(+6%)
9%
3
1%(+2
2%)
1.Service―for―All
2.サービスの効率化
3.持続的なサービス
注)無収水率=無収水量/総生産水量
(上水道接続世帯数/1,
0
0
0)
上水道職員比率=通常時の上水道職員数/
/運転収入
財務運転費率=運転コスト(減価償却費を除く)
下水処理率=総下水発生量における2次処理レベルまでの処理量割合
出所:世銀“An OED Review of the World Bank’
s assistance to Water Supply and sanitation”Sep.20
0
3より作成。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*5
2 Efficient, Sustainable Service for All?, Operations Evaluation Department of World Bank, Sep.1,20
0
3
*5
3 (1)民活プロジェクト:トルコ、コロンビア、アルゼンチン、インドネシア、フィリピン、ボリビア、トリニダードトバコ
の民活事業。事業を実施している民間企業1
1社からの回答に基づくもの。
*54 (2)非民活プロジェクト:中国などの2
8件の非民活事業(公営事業)
。うち中国の案件が1
8件を占めているが、その影響が出
ぬよう配慮したとのこと。
38
開発金融研究所報
に比べて特段大きな数値を示していないのは
そのためである。
ンのマニラ上下水道事業)
D 民活を導入する際、民間企業は入念な競争入
B 下水道事業への投資は、下水道料金の徴収が
札を経て選定されるべきである。また、民活
必ずしも容易でないこともあり、財務上の採
契約書には、責任の所在、求められる目標、
算が見込みにくく、上水道料金収入の一部と
事業実施に伴う優遇措置とペナルティーなど
多額の補助金および低利資金などを投入して
を明確に記載することが望ましい。可能であ
下水道事業全体を賄うのが一般的である。下
れば長期契約により生ずる問題を回避できる
水処理率の改善幅は、民活(+6%)より
条項として、事業環境の変化に対して契約内
非民活(+2
2%)が大幅に上回っているが、
容を調整できるオプションを明文化しておく
これは、大規模な投資を要する下水処理場プ
ことが望ましい。
(事例名:フィリピンのマ
ロジェクトは採算確保が難しく、民活事業よ
ニラ上下水道事業)
りも非民活事業(公営事業)でプロジェクト
E 民活導入が急務であっても、急進的な民活導
を推進したほうが改善効果が大きいことを示
入は利用者の理解を容易には得られにくいた
している。
め、実行可能性調査(F/S)などを実施し
C 無収水率や上水道1,
0
0
0接続あたりの職員数
た後、サービス契約やマネジメント契約など
などの維持管理については、民活導入による
から段階的に民活を導入し、最終的にリース
プロジェクトが非民活のプロジェクトより成
契約やフル・コンセッション契約などへ展開
果を上げている。
していくことが望ましい。
(事例名:メキシ
コのアグアスカリエンテス)
(2)過去の民活導入から得られた教訓
F 上下水道施設は生命と健康の保持に深く関る
中南米6か国(アルゼンチン、ブラジル、ボリ
うえ、国民の長年の負担により整備されるも
ビア、チリ、コロンビア、メキシコ)とフィリピ
のであるため、できる限り資産は公共部門が
ンおよびマレーシアの個別の民活事例から得られ
保持することが望ましいとの考え方もあり、
た教訓としては、以下のようなものが挙げられ
資産売却は最終的な手段とするべきである。
る。
(事例名:メキシコの下水処理場BOT契約)
A 民活を迅速にかつ継続的に実施するため、事
業を取り巻く政治的なコミットメント(民活
関連法制度の整備、政策・規制監督官庁の指
6.重点4カ国の民活導入状況、課題、
可能性
導強化など)が不可欠である。
(事例名:ボ
リビアのコチャバンバ・コンセッション)
本項では、重点4か国における民活導入に係る
B 上下水道事業は元来、公共事業であるため、
現状をまとめると共に、第3章にて概観した重点
民活導入の際は利害関係者である利用者への
4か国の上下水道セクターの問題点および今後の
説明責任を怠らずに果たすことが不可欠であ
課題を踏まえる形で、持続的な上下水道セクター
る。
(事例名:チリの資産売却)
が実現するために民活がどのような点で貢献でき
C 民活導入直後の急激な料金値上げは、民活に
るかを検討する。
対する市民の反発を招きやすい。値上げが必
要な場合でも、ı¸)まず民活企業による経営
1―メキシコ
改善努力を尽くしたうえで、値上げが実施さ
れること、ı )支払い可能額(ATP)と支
(1)上下水道セクターの民活導入状況
払意志額(WTP)を考慮しつつ急激な引上
メキシコで1980年代から開始された上下水道
げを行わないこと、などが必要である。また
サービスの民営化は、1990年にその規模を拡大
料金の値上げ幅そのものを民活入札の対象に
した。現在、民活事業には、バルク給水における
することも考えられる。
(事例名:フィリピ
浄水場運営、下水処理場運営、地方自治体の上下
2005年3月
第23号
39
水 道 マ ネ ジ メ ン ト、な ど が 含 ま れ て い る*55。
があり、現在多く採用されているBOT方式の民
19
90年代から現在におけるメキシコの民活導入
活を利用した下水処理場の建設をさらに推進して
実績は、中南米ではブラジルに次いで件数が多く
いくことも有効であろう。
(21件)
、投資額では6番目となっている。メキ
上水道事業については、前述の通り普及率は概
シコの民活の多くは下水道事業であり、BOT契
ね良好であるものの、漏水が多く無収水が経営を
約により26の下水処理場が民活にて建設・運営さ
圧迫していることから、漏水対策としての設備投
れている。こうした下水処理場の推進は、
「国家
資を契約に含むコンセッション方式を活用して無
*5
6
水法 」により未処理水の放流禁止が規定され
収水率の改善を図る方策も考えられる。
たことによるものである。
メキシコの上下水道への民活導入の特徴は、運
2―ペルー
営効率の改善を図ることに意欲的な事業者に対
し、財源を供給する施策(PROMAGUA*57)が
(1)上下水道セクターの民活導入状況
存在することであり、これにより事業者は積極的
ペルーでは民間投資を活用するための法制
な民活導入を実施することができる。過去10年間
度*58が 整 っ て お り、通 信 セ ク タ ー や 港 湾 セ ク
に普及したBOT方式に加え、他の民活の形態も
ターにおいて民活が実施されている。しかし、ア
いくつか導入されている。個別の事例でみると、
レキパでのエネルギー事業に対する民活導入反対
メキシコ市では上水道民活事業を、
(1)
管網調
暴動が契機となり、以後、政府および国民は必ず
査・メーター設置(サービス契約)
、
(2)
水使用
しも民活導入に積極的ではないとされる。
量計測・料金徴収(サービス契約)
、
(3)
漏水削
こうした影響もあり、1990年代にリマ首都圏
減(コンセッション契約)の3段階で実施してい
での上下水道サービス運営にコンセッション導入
く予定である。また、地方部のカンクンではフ
が計画されたが、入札準備の段階で問題が生じ、
ル・コンセッション契約で、サルティージョでは
入札の実施には至らなかった。その後も上下水道
官民合同企業によるマネジメント契約で、事業運
セクターでは、まだ一例も民活事業が実施されて
営がなされている。
いない状況にある。
しかし最近になり、SEDAPAL管轄において27
(2)上下水道セクターにおける民活導入の課題
と可能性
年間のBOT契約による浄水場建設*59が政府承認
を得て、実施の準備を迎えている。世界銀行で
メキシコでは、低い料金回収率(CEAM3
6%、
は、上下水道セクター開発戦略としての民活導入
SACM5
0%)が続いていることから、料金徴収
を検討しており、今後は状況が変化してくること
の改善へ向けてサービス契約、マネジメント契約
も考えられる。
などの民活を活用する余地がある。
上下水道普及率が概ね良好であるのに比べ、下
水 処 理 率 が 極 め て 低 い(CEAM2
2%、SACM
1
0%)ため、下水処理場を早急に整備する必要
(2)上下水道セクターにおける民活導入の課題
と可能性
ペルーでは、民活導入に係る法制度が整備され
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*5
5 CNA: La Participación Privada en la Prestación de los Servicios de Agua y Saneamiento―Conceptos Básicos y Experiencias”
, México City, September20
0
3
*5
6 199
2年1
2月に制定。同法に従い、公共用水域への未処理水放流を200
6年1
2月までに対処しなければ、罰金の対象となる。
*57 PROMAGUA(水道運営組織近代化制度:Programa para la Modernización de Organismos Operadores de Agua)は、BANOBRASにおけるインフラ基金(Fondo de Infraestructura:FINFRA)により支援され、人口50,
0
0
0人以上の事業者(メ
キシコの総人口の5
0%)を対象として融資される補助金制度である。PROMAGUAで想定されている民活形態はサービス契
約、マネジメント契約、コンセッション契約、官民合同企業である。
*5
8 Proinversionという組織が窓口となり、民活により公共事業のサービスの質の向上と国家経済の競争力の強化を図るため、誘
致促進、民活契約の立案などを担当している。
*5
9 事業総額6,
0
0
0万米ドル、処理水量1
7
2,
8
0
0m3/日
40
開発金融研究所報
ていることから、上下水道セクターにおいても諸
IDAANが同国の大部分の上下水道事業を管轄・
問題の解決策として民活を活用できる余地があ
運営している。そのため、IDAANが抱える問題
る。しかし、民活活用の前提として、まず中央政
点の克服はそのまま国家レベルでの課題ともい
府レベルとして、 ASUNASS(規制監督官庁)
え、民活導入にあたっては中央政府が一体となっ
の責任体制の確立、 B地方部における設備拡充を
て取組む必要がある。IDAANの財務体質を改善
図る施策、 C下水処理料金を見込んだ料金改定、
するためには、政策官庁である保健省(MINSA)
D民活に対する過去の悪い印象の払拭などに取組
が経営に対する指導監督を強化し、料金許認可官
み、上下水道事業に対して民活を適用し易い状況
庁である公共事業規制庁(ERSP)が適切な料金
を整える必要がある。
体系の構築を推進するなどして、民活が円滑に機
あり得る民活導入の形態としては、地方部での
能する環境を整備する必要がある。そしてその
メーター未設置に起因する低い料金徴収を改善す
際、民活導入への否定的な国民感情を考慮しなが
るため、サービス契約、マネジメント契約による
ら、まずは軽微な民活から始め、その成果を着実
徴収業務の強化や、メーター設置の拡充をも内容
に達成していく必要がある。IDAANが抱える諸
に含めたコンセッション契約などの民活形態を検
問題のうち、民活により改善が見込まれるのは、
討する余地がある。
次の2点であり、これらの課題達成に努める必要
極めて低い下水処理率の改善には多額の新規投
がある。
資を要することから、新規の設備建設を民間資金
まずIDAANでは、維持管理と財務管理に関す
で行い、既存設備の民間への移転を伴わないため
る指標が悪いため(第3章)
、料金回収率の向上
国民の反感を招きにくいBOT方式の民活を推進
にサービス契約やマネジメント契約などの民活を
する方策があり得る。
導入し、比較的短期で成果を得て民活に対する国
民の理解を高める必要がある。ごみ収集・処理料
3―パナマ
金の加算された料金徴収システムの改善には、
サービス契約やマネジメント契約などの軽微な民
(1)上下水道セクターの民活導入状況
活を積極的に活用する余地がある。その成果が得
パナマでは1
995年から通信、エネルギー、交
られた段階で、一定の投資を要する無収水率の低
通などのセクターで民活導入が実施され、上下水
減に向けてリース契約やコンセッション契約など
道セクターでもパナマ上下水道公社(IDAAN)
の民活形態を検討していくべきである。
への民活導入のため法整備(19
9
6年1月の法番
次にIDAANの上下水道普及率や下水処理率
号2)と民活形態選定を含む事業化調査(1996
は、重点4か国の中でも低く、投資の増強が求め
年)をもとに、全国を1つのコンセッションとし
られているが、現時点で事業執行に問題がある
て運営することが計画された。しかしこの計画
IDAANに新規投資を任せることは必ずしも合理
は、1
9
9
9年の大統領選挙の際に候補者全員が公
的でないことから、民間企業の投資資金を活用す
約で反対を掲げ、調査時点では実現していない
るBOT方式等により、新規の設備投資を拡充す
(これは国民が民活導入に対して否定的な印象を
る方策を推進する余地がある。
持っており、そのことが大統領選挙に反映された
とみられている)
。なお、パナマにおける民活事
4―コスタリカ
業としては、アグアス・デ・パナマのような民間
水会社がコンセッション契約によりIDAANへの
水道水の供給を実施している。
(1)上下水道セクターの民活導入状況
コスタリカでは、道路交通の公共サービスにお
いてコンセッション法が1998年に制定されてお
(2)上下水道セクターにおける民活導入の課題
と可能性
パナマは小規模な国であるため、事業者たる
り、上下水道セクターにおいても将来的に制度・
政策の環境が整えば、民活を導入する可能性はあ
る。過去においては、民活導入に対して公務員や
2005年3月
第23号
41
市民の反発が強く、積極的な民活導入は見送られ
価を行うため、既に実施されている個別の円借款
てきた。しかし最近では、上下水道セクターにお
プロジェクト(ペルー、パナマ各1件)をケース
いてコスタリカ上下水道公社(AyA)が民活導
スタディとして取り上げ、採算性のシミュレー
入を検討している他、エレディア公共サービス会
ションを行う。そしてその評価を基に、当該円借
社(ESPH)でも浄水場、下水処理場の運営に民
款プロジェクトへの民活導入の可能性について検
活導入を検討している。また、JBICと世界銀行
討する。一般に、事業者レベルで財務健全性を確
の協調融資による上下水道セクター近代化支援事
保するためには、当該事業者が抱える個々のプロ
業に、いくつかの民活形態を導入することも検討
ジェクトのできる限り多くにおいて採算性が確保
されている。
されていることが望ましい。しかし、途上国で
は、上下水道事業に関わる事業者の多数が、赤字
(2)上下水道セクターにおける民活導入の課題
と可能性
コスタリカもパナマと同様に小規模な国であ
のプロジェクトを多く抱えることから経営困難に
直面しており、その意味で個々のプロジェクトの
採算性確保は経営改善の出発点と言える。
り、上下水道事業者の抱える様々な問題の解決に
プロジェクトの採算性シミュレーションは、3
おいて中央政府の果たす役割は大きい。コスタリ
∼4つのシナリオを比較・検証するものである。
カの上下水道セクターの課題(第3章)のうち、
これらのシミュレーションの結果を受けて、上記
その達成には次のような民活の適用が有効とみら
2つの円借款プロジェクトへの民活導入の可能性
れる。
につき考察を行った。
コスタリカの上水道普及率は概ね良好である一
方、下水道普及率と下水処理率の改善は極めて立
ち遅れているため、中央政府の前向きな投資政策
に加え、BOT方式の積極的な活用により民間資
1.仮想市場法(CVM)による支払意志
額の推計―ペルーイキトス市におけ
るケーススタディ―
金の参入を推進し、新規設備の大幅な拡充を図れ
る可能性がある。
ペルーでの円借款プロジェクト(ロレト県のイ
事業者たるAyAやESPHの抱える問題として漏
キトス市地方都市上下水道整備事業)のシミュ
水の多さが挙げられるが、コンセッション契約に
レーションを行う前に、当該イキトス市におい
より民間企業が設備の補修・改修を適切に実施す
て、現行の料金水準が適切かどうかを検討するた
れば、料金回収率は元々良好であるため利潤を高
め、仮想市場法(Contingent Valuation Method:
めることが可能であり、漏水改善への強いインセ
CVM)を用いたアンケート調査*60により上下水
ンティブを発揮し得ることから、コンセッション
道 サ ー ビ ス に 対 す る 利 用 者 の 支 払 意 志 額*61
方式の民活を前向きに検討する余地があろう。
(Willingness to Pay:WTP)を、また、家計調
査などに基づき支払可能額*62(Affordability to
第5章
円借款プロジェクトのケー
ススタディと民活導入の可
能性
、これら
Pay:ATP)の推計を試み(図表5―1)
WTP、ATPと比較して現行料金水準の適否を判
定した。
第5章では、プロジェクトレベルでの採算性評
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*6
0 詳細な分析は、国際協力銀行開発金融研究所報20
0
4年6月(第1
9号)
「仮想市場法(CVM)による上下水道サービスへの支払
意志額の推計―ペルー共和国イキトス市におけるケース・スタディ」を参照。
*6
1 支払意志額:アンケートを活用し、公共財が提供される場合、あるいは、環境資源が改善される場合などを仮想的に設定し
(市場での評価が困難なため)
、そうした場合の改善に対して最大幾らまでなら支払っても構わないか(支払意志)を直接受
益者より聞き出してその便益を貨幣価値で評価したもの。
*62 支払可能額:対象地域の住民(サービス利用者)の家計所得とその支出内容を分析し、当該サービスに対する支払可能な額を
算出したもの。
42
開発金融研究所報
(1)イキトス市における支払意志額(WTP)
された。
の推定
イキトス市住民(1,
000サンプル)に対して実
(3)支払意志額(WTP)
、支払可能額(ATP)
と料金引上げの可能性
施したアンケート調査を分析した結果、2003年
の上下水道に対する支払意志額の推定総額は、
以上から判明した支払可能額(ATP)および
1
6,
2
4
1.
9千ソル(≒4.
94億円)と算出さ れ た。
支払意志額(WTP)の推定値と、現行の上下水
これは現行の上下水道支払総額の83.
9%に相当
、またWTPに関す
道料金を比較し(図表5―1)
する。上水道・下水道別でみると、上水道の支払
るワイブル・モデル回帰分析で判明した傾向も踏
意志額は現行の上水道支払額の6
5.
1%増、下水
まえ、料金引上げの可能性につき検討したとこ
道の支払意志額は現行の下水道支払額の144.
5%
ろ、以下の結果を得た。
増の水準を示すものとなっており、下水道サービ
スへの支払意志の選好が強いことが判明した。
ATPとして考え得る範囲は、現行支払月額を
はさんで1割程度低い水準から2割程度高い水準
までと考えられ、2割以上の料金引上げの余地は
(2)イキトス市における支払可能額(ATP)の
推定
限られるとみられる。
他方、WTPは、現行支払月額やATPを大きく
上記のような「支払意志額」
(WTP)は、仮想
上回っており(ATPの2倍程度)
、アンケートに
されるサービスの提供に対する最大の支払意志を
参加したイキトス市住民の支払意志は相当程度に
表すが、第2章でも述べたようにWTPのデータ
高いものと見込むことができ、その意味では、料
のみに基づいて料金設定することは適切でない。
金引上げに対して肯定的な意志表明がなされてい
すなわち、上下水道は公共サービスとしての役割
るといえる。
が高いことから、多くの利用者が実際に支払可能
しかしながら、WTPの高さを理由に安易に料
な範囲で料金設定を行う必要があるため、現実に
金引上げに動くことは、所得の 制 約 に 基 づ く
は「支払可能額」
(ATP)が料金設定の基準とし
ATPとますます乖離することとなり、現実には
て利用されることが多い。イキトス市住民の支払
難しい面がある。さ ら に、CVMの 手 法 に よ る
可能額を分析した結果、上下水道料金に対する支
WTPの表明が、利用者側(需要サイド)のみか
払可能額は月額1
8.
7ソル、下水道料金に対する
らのアプローチであり、WTPの受諾率曲線は、
支払可能額は月額6.
9∼9.
2ソルと推定された(図
提示されたいくつかの料金に対する支払意思(受
。これらの推定値は、国家統計情報局
表5―1)
諾率)の対応関係、すなわち価格に対する需要量
(Instituto Nacional de Estadistica e Infor-
の対応関係を示しているだけで、受諾率曲線だけ
matica:INEI)の項目別家計の家計費に占める
では何らかの最適な料金水準を提示できない*63。
構成比とも比較したところ、妥当性があると判定
そこで、これを単純な需要曲線*64とし、これに
図表5―1 現行支払月額・支払可能額・支払意志額の比較
項
目
現行支払月額平均
(ソル/月)
支払可能額(ATP) 支払意志額(WTP)
(ソル/月)
(ソル/月)
水道料金
2
0.
8
1
1
8.
7
0∼2
4.
9
0
3
4.
35
下水道料金
6.
4
8
6.
9
0∼ 9.
20
1
5.
8
4
2
7.
2
9
2
5.
60∼3
4.
1
0
5
0.
19
総
額
出所:SADEP調査団
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*6
3 CVMは、政策決定段階、事業者もしくはプロジェクトの財務的持続性を確保するための有効なツールとなり得るが、CVMの
手法によって推定される支払意志額は、あくまで「仮想的」シナリオに基づいて回答者が表明したものであり、需要サイドの
みの分析であって、これをそのまま現実の料金体系に反映できるとは限らない。料金水準の決定にあたっては、供給サイドの
分析、費用対効果分析などを総合的に検討し、妥当と考えられる水準を判定することが必要である。
2005年3月
第23号
43
図表5―2 イキトス市の上下水道サービスの需給関係
(1)需要曲線シフトのケース
D1
D2
(2)供給曲線シフトのケース
P(料金)
P(料金)
S
D
D、S(需給量)
・Dシフト要因:所得上昇の効果
S1
S2
D、S(需給量)
・Sシフト要因:料金回収率の上昇、無収水率
の改善、人員適正配置による
コスト削減等の効果
サービス提供者(供給サイド)の料金と供給量の
コスト削減が行われれば、供給曲線が右方向へシ
対応関係を表す供給曲線を組み入れて、一般的な
(2)
)
、同じ料金水準でサービ
フトし(図表5―2
。供給曲線
需要・供給曲線を描いた(図表5―2)
ス供給量を増加させることが可能となる。需要曲
は、需要曲線との交点が現在の料金水準と需要量
線との均衡点を重視しながら、料金を引下げつつ
となるように書き入れ、ここでは単純な形状とし
需給量の増大を図ることが可能である(交点の右
た
(左下がりの供給曲線を仮定する場合もある)
。
下へのシフト)
。
以下で、それぞれの曲線のシフト要因を考察し
た。
以上のように、WTPを把握することは、今後
の事業の持続性確保と民活導入への重要な情報を
経済成長に伴う所得増加の需要曲線への効果を
提供する点で極めて有意義であり、料金に対する
みると、所得増加によりWTPは(ATPも)上昇
住民の反応を予測するという政治的な意味におい
し、この需要曲線は右にシフトするため(図表5
ても有効ではあるが、WTPは需要サイドの1つ
―2
(1)
)
、供給曲線が不動でも均衡点は右上にシ
の側面のみを示しているに過ぎないため、これを
フトし、より高い価格と需給量の組合せにより事
過大視して料金引上げに進むことは政策のバラン
業の持続性にはプラスの効果をもたらすこととな
スを欠くこととなる。WTPを根拠に料金引上げ
る。ただし、ペルーの過去5年 (19
9
7∼2
0
02年)
を行うためには、所得の向上によるATPの高ま
の実質成長率は年率1.
6%に過ぎず、しかもこの
りが前提となるが、これが容易でないならば、や
経済成長が主に都市部の産業地域で担われている
はり供給者サイドにおける自助努力により重点を
ことを考慮すると、地方部のイキトス市の所得増
置いて事業の持続性を確保していく方策が、最も
加はさらに緩慢なテンポとならざるを得ず、現実
適切かつ不可欠であろう。こうした点からイキト
には所得(およびATP)の急速な高まりは期待
ス市の課題を整理すると、次の通りとなる。
しにくいため、需要曲線の右シフトは容易でない
状況とみられる。
A イキトス市の現行の料金水準は利用者の支払
可能額(ATP)に概ね一致しており、料金
他方、供給曲線のシフト要因には、無収水率の
を支払っている者にとってはほぼ支払の上限
低下、料金回収率の上昇、人員配置・規模の適正
に達している。しかし他方では、現行の料金
化などが考えられるが、これらにより収入強化・
回収率が55%(EPSロレト)と利用者の半数
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*6
4 受諾率曲線から明らかなように、受諾率(縦軸)は、横軸で示される料金(価格)がゼロの場合は1(全ての利用者が需要)、
料金が高くなればなるほどゼロ(誰も需要しない)に近づくもので、受諾率を需要量の代理変数と見なせば、これを横軸とし、
料金を縦軸として受諾率曲線を縦横変換して描き直せば、通常の需要曲線となる(図表5―2)
。
44
開発金融研究所報
図表5―3 シナリオ別財務シミュレーション(イキトス市上水道事業)
水道料金(ソル/月)
財 務 的 内 部 収 益 率
(FIRR)(%)推計結果
(C)
(B) シナリオ
シナリオ
(A) シナリオ
支払意志額
支払可能額
現行支払額
3
4.
3
5
18.
7
0
2
0.
8
1
11.
9
7.
72
37.
5
7
近くが料金を支払っていない状況にあり、料
ペルー政府は、円借款資金を実施機関であるロ
金回収率を引上げる業務努力をすることが、
レト県上下水道公社(EPSロレト)に転貸する。
事業の持続性の観点および公平な負担の原則
上下水道事業は、国際協力銀行がプロジェクトの
から最優先課題である。
総事業費の75%を融資(円借款)し、ペルー側
B イキトス市の無収水率は6
3%(EPSロレト)
負担分25%は本プロジェクトの監督機関である
と極めて高く、無収水率の大幅な引下げを目
住宅建設衛生省と地方自治体で折半して負担す
指した管理強化を徹底する必要がある。
る。
C これらの事業者サイドの改善努力により財務
体質が向上し、その成果が住民に理解されれ
(1)イキトス市上水道事業
ば、高いWTPが示されていることもあり、
現地アンケート調査にて実施したCVM分析の
その後の料金引上げも検討課題となり得る
結果、イキトス 市 の 上 下 水 道 利 用 者 のATPと
が、所得の向上に伴うATP上昇の範囲内で
WTPが推計された。これらを踏まえ、まず、円
実施されるべきである。
借款実施中の上水道プロジェクトにおける料金水
準 が、
(A)
現 行 と 同 じ 場 合、
(B)
支払可能額
2.ペルー国イキトス市地方都市上下水
道整備事業
(ATP)の幅の低い値と同じ場合、
(C)
支払意
志額(WTP)と同じ場合、の3つのシナリオを
比較して財務予測(プロジェクト期間30年)のシ
本プロジェクトは、ペルー「地方都市上下水道
整備事業(ı )
」
(イキトス、クスコ、シクアニの
。
ミュレーション分析を行った(図表5―3)
この3つのシナリオの採算性シミュレーション
3都市)
のうちのロレト県イキトス市部分である。
にあたっては、1)無収水率を2010年までに現
ペルー北部のイキトス市における上下水道整備プ
行の半分へ改善、2)維持管理費を現行の20%
ロジェクトは、給水人口増加(約22万5千人)へ
削減、3)料金回収率を2010年までに85%へ改
の対応として、 Aアマゾン川水系のナナイ川から
善、という事業者目標を達成したものとしてシ
の取水・導水施設の改修、 B浄水場の新設、 C送
ミュレーションを行った(次のイキトス市下水道
配水システム(管網、タンク、配水地)の整備、
事業のシミュレーションにおけるシナリオ2の事
Dポンプ場の新設・改修およびメーター設置など
業者目標を達成した場合と同じ)
。
の新規事業(更新を含む)
を実施するものである。
その結果、いずれのシナリオでも財務的内部収
現時点ではイキトス市での円借款事業には、下水
益率 (Financial Internal Rate of return:FIRR)
道事業は含まれていないが、下水道整備(特に下
は、ある程度の採算性が確保されたものとなっ
水処理施設の整備)の必要性が高い*65ことから
(A)
から分かるように、現行の料
た*66。シナリオ
将来的な円借款の対象となりうる下水道整備につ
金水準を維持しても、事業者による改善が達成で
いてもシミュレーションを行うこととした。
きれば、中央政府補助金の追加投入がなくとも、
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*65 イキトス市では、既存の下水管を介して下水を未処理のまま放流しており、モロナ・コチャ・ラグーンと呼ばれる水域を通じ
て、上水道の水源であるナナイ川に流入している。このため、汚水の集中するラグーンおよびナナイ川の水質汚染が著しい。
*66 財務的内部収益率1
2%を採算性確保の基準とした(第5章における以下の分析も同じ)
。
2005年3月
第23号
45
図表5―4 シナリオ別財務シミュレーション(イキトス市下水道事業)
項
シナリオ1
(基本ケース)
目
シナリオ
シナリオ2
シナリオ3
シナリオ4
現行水準を維持した状 シナリオ1に加えて、 シナリオ2に加えて、 シナリオ3に加えて、
態で、採算性を評価す 事業者自身が経営努力 中央政府補助金により 料 金 引 上 げ を 実 施 す
事業費の一部負担を行 る。
を行う。
る。
う。
事業者レベル
政府レベル
財務指標
無収水率
現行水準(6
3%)
2
0
10年までに2分の1
程度に改善
同左
同左
維持管理費
EPSロ レ ト 財 務 計 画 2
0
10年までに現行水準
2
0
0
3―2
0
1
1に基づく
の20%を削減
同左
同左
料金回収率
現行水準(55%)
2
0
10年までに8
5%に改
善
同左
同左
補 助 金
現行計画通り
同左
総事業費の4
0%を中央
政府が負担
同左
料金水準
現行水準(水道料同左
金の3
0%)
同左
同左
CVM調 査 に 基 づ き、
現行水準の2
0%引上げ
財務的内部
収 益 率
(FIRR:%)
推計結果
−0.
4
9
7.
5
9
1
4.
0
7
19.
2
4
出所:SADEP調査団
財務的内部収益率が11.
2%となり、ほぼ採算が
その後中央政府レベルでの支援を追加していくこ
取れることが示された。
とで(シナリオ3)
、プロジェクトの採算性がど
また、現行の料金水準(20.
81ソル/月)は、イ
のように変化するかを検討する。そして最後に、
キトス市現地調査で判明した支払可能額の幅の低
料金引き上げによる効果(シナリオ4)をシミュ
い値(18.
7
0ソル/月)よりすでに1割程度上回っ
レートする。つまりシナリオ1からシナリオ4ま
た水準にあるため、CVM調査で高い支払意志額
で、順番に事業改善を行ったときのプロジェクト
(3
4.
3
5ソル/月)が表明されているとはいえ、
の採算性の変化を検証していく。なおシナリオ4
現行料金をさらに引上げるという政策の余地は実
については、料金引き上げの妥当性を客観的に分
際には限られていると考えられる。
析するため、ペルーのイキトス市民を対象に実施
した仮想市場法(CVM)による現地アンケート
(2)イキトス市下水道事業
次に、円借款で下水道プロジェクトを実施する
(WTP)の結果から、料金引き上げ幅は20%に
場合の採算性シミュレーションを行った。本プロ
設定し、その値をもとにシナリオ4の分析を行っ
ジェクトの採算性シミュレーションでは、4つの
ている。
シナリオを、順番に比較・検証していく(次のパ
46
調査で判明した支払可能額(ATP)
、支払意志額
イキトス市の下水道事業のシミュレーションを
ナマ湾浄化事業も同手法とする)
。このシナリオ
みると(図表5―4)、シナリオ1(基本シナリオ)
順(シナリオ1→シナリオ4)は、守るべき経営
で本プロジェクトを実施した場合にはFIRRがマ
改善策のシークエンス(順序)と一致しており、
イナスであり、現行と同じ条件でプロジェクトを
いずれのシナリオの経営改善策もこの順序を入れ
実施する場合には、健全な財務確保は困難であ
替えて実施することは適切でない。まず基本シナ
る。
リオとして現状の条件・環境下でプロジェクトを
シナリオ2で本プロジェクトを実施すると、
続ける場合を検証する(シナリオ1)
。そして事
FIRRが7.
59%へと大きく改善する。すなわち、
業者レベルの一定の改善を達成し(シナリオ2)
、
事業者レベルでの努力により「無収水率の引き下
開発金融研究所報
げ」
、
「維持管理費の縮減」
、
「料金回収の引き上
およびパナマ湾への汚水流入関連未整備地域の下
げ」な ど の 体 質 改 善 が 実 現 で き れ ば、財 務 パ
水管整備、 B分水人孔の新設・更新、 C圧送管お
フォーマンスを大きく向上させることができる。
よびポンプ場の整備、 D下水処理場、汚泥処理施
したがって、事業者自身による経営改善および改
設および放流口の整備、の4つの要素で構成され
革実行への努力が第一義的に求められる。
ている。円借款の融資期間は30年とし、4つのシ
シナリオ3では、さらに政府補助金(総事業費
ナリオ順(前項のイキトス市下水道事業と同様)
の4
0%を 負 担)に よ り、FIRRが1
4.
0
7%へ と シ
に財務予測のシミュレーションを行った(図表5
ナリオ2よりさらに改善(+6.
4
8%)する。た
―5)
。調査時点では、円借款は未供与である。
だし、政府によるこうした「補助金政策」は、政
シナリオ1において、現状で本プロジェクトを
府財政に余裕がなければ実現しにくい側面があ
実施する場合、FIRRはマイナスであり、次に事
り、また、安易に政府財政に頼ることは、事業者
業者レベルで無収水率、維持管理費、料金回収率
レベルで可能な改善への自助努力を阻害する危険
をすべて目標通りかなり高いレベルまで改善でき
性もあり、慎重に行う必要がある。
た場合でもFIRRは依然としてマイナスにとど
シナリオ4では、料金水準の2
0%引上げによ
まっている。その理由として、現状、料金回収率
り、FIRRが19.
24%へとシナリオ3より改善す
が低い一因として、下水道料金*67が事実上殆ど
るが、この料金引上げによる改善幅 (+5.
1
7%)
徴収されていないことが挙げられる。料金徴収の
はシナリオ2(事業者努力、+8.
0
8%)やシナ
適正な執行により料金回収率を段階的に高めてい
リオ3(政府補助金、+6.
48%)ほどではない。
くことが、プロジェクトの採算性改善に向けて必
しかも、2
0%引上げれば料金水準が支払可能額
要 で あ り、監 督 官 庁 で あ る 公 共 事 業 監 督 庁
を上回ってしまう可能性もあり、政治的・社会的
(ERSP)の主導的な役割も求められる。
に許容されないという懸念もある。料金引上げを
事業者レベルにおけるシナリオ2の改善を全て
行うには、経済成長により所得を増加させて支払
実現した上、シナリオ3にて一定の中央政府補助
可能額を高めるなど、別途、長期的な国家レベル
金を投入していけば、FIRRはプラスとなり、補
での施策も必要であろう。
助金の額がプ ロ ジ ェ ク ト 総 額 の40%で あ れ ば
以上のシミュレーションより得られる結果か
FIRRは2.
97%まで改善する。
ら、政策順序(シークエンス)としては、まずは
これらのシナリオ2およびシナリオ3の改善・
事業者たるEPSロレト自身の改善努力に基づくシ
支援策を全て実施した上、下水道料金を法律の上
ナリオ2を中心として、シナリオ3の要素(政府
限水準である上水道料金の50%(現行では上水道
補助金)を可能な範囲で合理的に取り入れていく
料金の30%に設定)へと引上げた場合、FIRRは
ことが、本プロジェクトの持続性確保のために有
15.
81%となり、シナリオ3に加え て+12.
84%
効であると評価される。シナリオ4の要素(料金
の改善効果を有して採算ベース(12%に設定)
引上げ)は、これらを実施後あるいは並行して、
に乗ってくる。また、パナマでは、過去20年間に
支払可能額の範囲内で検討していくというシーク
わたって上水道料金の引上げが行われていないこ
エンスが適切であると判断される。
とからも、料金引上げが有力な政策手段の1つと
して浮上してくる。このため、現行料金の水準が
3.パナマ国パナマ湾浄化事業
低すぎないか再検討を行った。その検討にあた
り、本来、ペルー国の事例と同様にCVM調査手
本プロジェクトは、パナマ・シティ全域を対象
法により「支払意志額」を推定し、その結果を参
とした下水管網および下水処理場の整備を通じ
考とすることが適切であるが、ここでは「支払可
て、パナマ湾の浄化を図ることを目的とするもの
能額」のみで検討してみた。*68その結果、現行の
であり、IDB融資分を含め、 A既存下水管の改修
料金水準は支払可能額に対して妥当な水準にある
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*6
7 法律により下水道料金の上限は、上水道料金の50%と規定されている(現行では上水道料金の3
0%に設定されている)
。
2005年3月
第23号
47
図表5―5 財務分析のシナリオ(パナマ湾浄化事業)
項
目
シナリオ
シナリオ1
(基本ケース)
シナリオ2
シナリオ3
シナリオ4
現行水準を維持した状 シナリオ1に加えて、 シナリオ2に加えて、 シナリオ3に加えて、
態で、採算性を評価す 事業者自身が経営努力 中央政府補助金により 料 金 引 上 げ を 実 施 す
事業費の一部負担を行 る。
を行う。
る。
う。
事業者レベル
政府レベル
財務指標
無収水率
現行どおり(4
8%)
2
0
11年までに3
0%まで
改善する
同左
同左
維持管理費
現行水準
2
0
15年までに現行水準
の20%を削減する*
同左
同左
料金回収率
現行どおり(45%)
2
0
11年までに8
0%まで
改善(政府目標値)
同左
同左
補 助 金
現行計画どおり
同左
総事業費の4
0%を中央
政府が負担
同左
料金水準
現行水準(上水道料金
の3
0%)
同左
同左
現行水準の6
6%引上げ
**
(上水道料金の5
0%)
財務的内部
収 益 率
(FIRR:%)
推計結果
−1
3.
1
6
−1.
12
2.
9
7%
1
5.
8
1%
*
電力費の占める割合が高いため、その他管理費と合わせて2
0%削減すると想定。
中南米の途上国平均レベルの「上水道料金の3
0%」から、現行法の上限5
0%へ引上げると仮定。
出所:SADEP調査団
**
ことが判明した。従って、過去2
0年間引上げがな
があり、また、料金引上げには政治的・社会的側
く、財務改善効果が期待されるとしても、今後の
面からの制約があるからである。まずシナリオ2
料金引上げは必ずしも容易に実施し得る政策では
を確実に実現させ、シナリオ3の補助金を固定資
ないと判断される。
本ストックの形成(投資的支出)へ向けて効果的
以上のシミュレーションの結果より、まず、事
業者レベルでの努力が財務改善の第一歩である
に活用しつつ、料金引上げを慎重に検討していく
方策が適切とみられる。
が、事業者たるIDAANが現在の業務パフォーマ
ンスのままでは、本プロジェクトを採算のとれる
事業としていくことは難しい。したがって、進行
4.プロジェクトレベルにおける民活導
入の可能性
中の「IDAAN最適化計画」に基づき、IDAAN
がシナリオ2にある無収水(主に漏水による)の
以上のケーススタディより、円借款の活用を前
削減、料金回収率の向上、全般的な維持管理の効
提としても、いずれのプロジェクトも採算性を確
率化などの成果を着実に上げていく必要がある。
保するためには、借入国の実施機関(事業者レベ
シナリオ3の中央政府補助金、シナリオ4の料金
ル)
、政府レベルでの相応の努力(実施機関経営
引上げについては、前者は投資的支出に、後者は
改善、中央政府補助金交付など)が求められる。
経常的支出(維持管理費等)に見合うような形で
その上で、プロジェクトレベルにおける持続性確
双方を適度に組合わせていくことが望ましい。こ
保の方策の1つとして、円借款事業においても民
れは、どちらの政策も財務体質へのプラス効果が
活導入が有効な改善手段になる可能性がある。円
認められるが、補助金には国家財政面からの制約
借款事業の場合、借款資金で整備された施設(資
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*6
8 パナマ統計局の実施した全国家計調査データから、家計支出に占める上下水道サービス関連費目と他の家計費目の構成比の比
較を分析して上水道料金の支払可能額を算出した。
48
開発金融研究所報
産)の所有権は借入国政府または実施機関が保有
する必要から若干の制約はあるものの、民活導入
1.上下水道セクターの在るべき姿
の余地はある。例えば、活用可能な民活形態とし
ては、サービス契約、マネジメント契約、リース
上下水道サービスは人間にとって生存に不可欠
契約、コンセッション契約などが挙げられる(他
なベーシック・ヒューマン・ニーズ(BHN)で
方、資産売却の形態は、円借款で形成された資産
あり、国民に広く提供されなければならない。し
の所有権が借入機関から移転するため、円借款プ
たがって上下水道セクターは、一定の質を確保し
ロジェクトでの民活形態として活用するには一定
つつ、広範かつ迅速に普及率を高めることが必要
の条件が必要である)
。
である。このためには個別の事業者はもとより、
上下水道セクターが全体として持続性のある健全
(1)ペルーイキトス市上下水道事業への民活
な財務体質を維持していくことが求められる。
民活の法制度整備は一定の成果を上げている
上下水道事業は、サービスの対価として徴収さ
が、世論は民活導入に必ずしも積極的でないこ
れる料金収入により必要な支出を賄うが、全ての
と、当該事業が地方部に位置していること、また
支出を料金収入で賄える訳ではなく、維持管理お
EPSロレトの財務状況が良好でないことに鑑み、
よび設備投資のかなりの部分を公的資金(補助金)
民活の導入は段階的かつ慎重に検討していく必要
や長期債で賄うのが通常である。特に開発途上国
がある。
では、家計所得の低さや貧困問題などから上下水
現時点で民活導入の可能性を検討するならば、
道利用者の負担能力が十分でないため、税金から
サービス契約、マネジメント契約による料金回収
支出される多額の公的負担(事業者たる公的機
率向上、維持管理費の削減といった民活が考えら
関・企業の慢性的赤字)が発生しているのが止む
れる
(これらの民活導入の効果を高めるためには、
を得ざる現状である。ただし、上下水道セクター
漏水への対策としてEPSロレトが投資を行う必要
で徴収される料金と補助金を合計した最終的な国
がある)
。
民負担額が、上下水道セクターの便益の総体を過
度に越えてしまうと、国民経済的な観点から問題
(2)パナマ湾浄化事業への民活
IDAANの自己改革の遅れや過去の民活導入が
不調であること、現在の政治・世論が民活導入に
となる。なぜならば、それは、本来他のセクター
に回すことの可能な開発原資を減少させてしまう
からである。
肯定的でないことなどを考慮すると、民活を導入
持続可能な上下水道セクターを構築するために
してプラスの効果を挙げるには事前に解決すべき
は、適切な長期投資ビジョンの下で、経営の効率
課題が多い。
化を図り、安定した料金収入を基礎に財務体質を
現在の民活に関する政治・世論を前提とする
と、IDAANの中長期的な組織改革を視野にいれ
健全化し、質を保ったサービスを長期に亘り国民
に提供していくことが必要である。
つつ、本プロジェクト単体では短期的なサービス
契約、次いでマネジメント契約が最も現実的であ
2.民活の果たし得る役割
ろう。
民活は一般的には事業者およびプロジェクトレ
第6章
持続可能な上下水道セ ク
ターへ向けた民活の役割に
ついての提言
第6章では、これまでの検討結果を踏まえて
「持続可能な上下水道セクター」を実現するため
に民活が果たし得る役割について提言を述べる。
ベルにおける解決策の一つである。民活による業
務改善が個別のプロジェクトあるいは事業者にお
いて効率的に実施されるならば、それが他のプロ
ジェクトや事業者にも好影響を与え、ひいてはセ
クター全体の持続性向上に資するものと考えられ
る。
中南米では、多くの公的機関・企業が適切な上
2005年3月
第23号
49
下水道サービス提供に失敗した結果、19
90年代
者への説明責任を怠らないことが不可欠である。
に民活導入が展開された。1
99
3年のブエノスア
第2に、民活導入直後に性急な料金値上げを行う
イレス上下水道サービスへのコンセッション契約
と、世論の支持を失い、逆に反発を招く危険性が
を契機に、以降、中南米の上下水道セクターでの
あるために、極力これを避けるべきである。第3
民活導入の機運は高まった。
に、事業者の選定は入念な競争入札を経て決定さ
ただし、民活はすべての上下水道事業に有効な
オールマイティーな解決策ではない。むしろ上下
れるべきであり、契約書には長期の事業継続に必
要な事項を盛り込んでおく必要がある。
水道の持つさまざまな問題(投資資金の不足、余
剰職員、低い料金水準、低いコスト回収率など)
4.民活の検討手順
は、公営企業の自助努力により解決できることも
少なくない。民活を安易に導入するのではなく、
民活導入およびそれに至るまでのアプローチに
まず公営企業の自助努力により対応可能性を検討
ついて、大きく二つのステップが想定される(第
することが必要である。公営企業の自助努力によ
4章)
。
り問題を克服できず、セクター全体に悪影響を及
ステップ1は、公営企業の経営を、民間企業の
ぼすことが懸念される場合、その解決策として民
参入によらず、内部の自助努力で克服しようとい
活を導入することも検討課題となろう。
うものであり、問題を抱えている公営企業にとっ
て、第一に取り組むべき手順である。中南米の上
3.民活の形態およびその適用性
下水道セクターでは、各国別にみると高い無収水
率、低い料金回収率など、セクターそのものの持
一般的に民活の導入にあたっては、民間セク
続性に疑いを持たせるような事例が少なくない。
ターの関与の度合いにより、最も簡易な Aサービ
こうした観点から、ステップ1では公営企業が自
ス契約から、 Bマネジメント契約、 Cリース契
ら問題点を把握して民間の経営ノウハウを採り入
約、 Dコンセッション契約、 EBOT契約、 F資
れ、労使双方の意識改革も行いつつ、事業運営の
産売却といったさまざまな形態の民活を選択する
改善を目指す。まずは公営企業が在るべき姿へ改
ことができる。
善することをステップ1では想定している。こう
民活の形態の選択にあたっては、事業者がどの
した自己改革は、次のステップ2で民活を導入す
ような問題に対して民活による向上・改善を期待
ることとなった場合においても、民間の負担する
しているかが重要である。また当初から民間の負
リスクを軽減し、事業基盤を固める上で重要なス
担リスクの大きい方式を選択するのではなく、民
テップとなる。
間の投資リスクが低い形態から始めて、相互信頼
ステップ2では、民間の経営ノウハウにより問
を深めながら、よりリスクの高い形態に移行して
題を解決し、持続可能な上下水道事業を形成す
いくことが適切である。例えば、19
9
0年代の成
る。ステップ2を実施するには、第一段階として
功事例といわれたブエノスアイレスの上下水道コ
政治的コミットメント、法制度、料金体系など民
ンセッション契約においてさえも、事業途中にお
活導入のための環境が整っていることが重要であ
ける為替の激変により事業継続が不可能となった
る。これらがある程度整備された後、第二段階と
ことに鑑み、リスクの高い長期にわたる民活形態
して問題点の解決に必要な形態の民活を選定し、
を導入する場合には、慎重かつ十分な検討が必要
段階的に導入していくという手順となる。
である。
上下水道における過去の民活導入事例からの教
5.重点4カ国における民活の可能性
訓のうち、重要な点がいくつか挙げられる。
50
第1に、民活が成功するためには、事業を取り
中南米のメキシコ、ペルー、パナマおよびコス
巻く政治的なコミットメント(制度構築、関係機
タリカの重点4か国に即して、セクター分析や民
関の機能強化など)が必要であるとともに、利用
活の導入状況などを踏まえ、民活がどのような点
開発金融研究所報
で問題解決に貢献できるかを検討した。その結果
を各国別に述べる。
(3)パナマ
パナマでは、民活に対する反対世論が強く、決
定されていた民営化計画も白紙撤回される事態が
(1)メキシコ
メキシコは19
9
0年以降民活導入の実績があり、
また法制度面でも国家水法の制定、インフラ基金
の設立など民活を受け入れるための整備が進みつ
つある。
発生している。このためパナマの上下水道セク
ターで民活の導入可能性は見通しが立たないとい
うのが実状である。
現状の上下水道セクターを見てみると、パナマ
上下水道公社(IDAAN)が慢性的な財政赤字を
メキシコでは下水道整備事業において民活が貢
抱えているにも係らず、IDAAN自身が問題に対
献できる余地があると判断される。下水道セク
応していないという本質的な問題が、パナマの上
ターでは、法改正により2
0
06年までに未処理水
下水道セクターに見受けられる。
の河川放流が禁じられ、処理設備の整備を迫られ
ている。
このような状況を考慮すると、まずIDAAN自
体が上下水道サービスに対する認識を改め、本格
セクターレベルでは、メキシコ国家水利委員会
的な改善努力を行うことが必要である。これに
(CNA)による自主的な改善を進めることが求
は、部分的なサービス契約の導入から、マネジメ
められる。
ント契約まで短期間で効率改善が図れる民活形態
メキシコにおいては、経験とノウハウが備わっ
を導入することが望ましい(中長期的な対応とし
ているため、既存施設の運営効率改善にサービス
ては、IDAANの組織改革を視野に入れつつ改め
契約またはマネジメント契約を導入することや、
て検討)
。
初期投資費用の大きい下水処理施設の整備に経験
のあるBOT契約を導入することが有効である。
なお、パナマでは、重要な施設や新規下水処理
場建設などは積極的にBOT契約などで実施する
余地はあろう。
(2)ペルー
ペルーでは民活に否定的な世論を反映して、民
(4)コスタリカ
活導入には消極的であった。しかし近年、リマ上
コスタリカでは、エレディア公共サービス会社
下水道公社(SEDAPAL)管轄でBOT契約によ
(ESPH)のような企業が効率よく事業を展開し
る浄水場建設の民活案件が承認されるなど、民活
ていることから、方法次第で民活を効率良く実施
導入の機運が高まっている。
することは可能であり、国全体で民活の導入を促
ペルーにおいては、民間投資に係る法的な枠組
みの制定など必要な政治的コミットメントも得ら
れており、持続的な上下水道セクターの実現に向
けて民活を導入することが可能である。
民活の導入では、法制度の整備や低所得者への
配慮を同時に推進することが必要である。また、
公衆衛生の観点から、下水道システム構築に対し
て民活を適用することが有効である。
進するよう上下水道セクターが主導的に牽引する
ことが望ましい。
コスタリカ上下水道公社(AyA)では、今後
の民活導入を検討しているが、その用途として
は、高い無収水率の改善策として導入することが
効果的である。
AyAやESPHにて、民活を導入する場合、料金
回収率は概ね良好であることから、無収水率の軽
地方の事業者(EPS)は、現事業の効率改善策
減に特化することが望ましい。コスタリカの公共
が求められているため、コンセッションが良いと
事業においてESPHなどの民間企業が活動し易い
判断されるが、ある程度の規模が無い限り民間企
点を考慮すれば、軽微なサービス契約などより
業の参入は見込みにくい。そのためスケールメ
も、ある程度の自由度を民間企業へ委ねたコン
リットが期待できない場合は、サービス契約やマ
セッションを適用することが民活形態の特長を活
ネジメント契約による民活導入が効果的であろ
かしたものになると考えられる。
う。
コスタリカでは、全国的に下水道の整備が遅れ
2005年3月
第23号
51
ているため、下水道事業に係る民間企業のノウハ
ウ吸収も想定して、その導入にはBOT契約を活
用することも好ましい。
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∼
Ano 2002”
――, (2001)“Direccion de Servicios Financieros”
ture”
”
――, (2000)“Direccion de Servicios Financieros”
[西文文献]
ACP, Panama,(20
0
2)
“ACP Carpeta”
――,(2
0
0
2)
“ACP Informe Anual2
0
02”
AyA(2
0
0
1)
“Estados Financieros Auditados de
cieros”
CNA,(2003)“La Participacion Privada en la
AyA al31de diciembre del20
0
1”
Prestacion de los Servicios de Agua y
Interamericano
Saneamiento―Conceptos Basicos y Expe-
AyA/Banco
de
Desarrollo
Washington, D.C.,(20
0
3)“Análisis de la
riencias, Mexico city”
concesión de acueducto y alcantarillado en
――,(2003)
“Estadisticas del Agua Mexico”
la ciudad de Monteria”
――,(2002)
“Compendio del Programa Para la
Business Transformation Advisors, Inc(200
2)
Sostenibilidad de loa Servicios de Agua
“Plan de Transformación Institucional
Potable y Saneaminento en Comunidades
0
05―Estrategia de Rentabilización
2
0
0
2―2
Rurales1998―2002”
―”
――, (2
0
0
2)“Plan de Transformación Insti00
5―Análisis de la Situaci
tucional 2
00
2―2
ón Actual―”
――,(2001)Programa Nacional Hidraulico200
1
―2006”
Direccion de Estadistica y Censo, Panama“Direccion de Estadistica y Censo”
――, (2
0
0
2)“Plan de Transformación Insti-
Direccion Financiera,(2003)“Instituto Costar-
00
5―Estructura Organizatucional 2
00
2―2
ricense de Acueductos y Alcantarillados―
tiva y Administrativa Propuesta―”
Proyecciones Finencieras Periodo 2
0
02―
――,“Panama en Cifras”
99
7”
――,(1
99
7)
“IDAAN Memoria1
996―1
99
8”
――,(19
9
8)
“IDAAN Memoria1
9
97―1
2012―”
ENNIV, Instituto Cuanto, (2000) Resultados
preliinares: ENNIV―2000”
99
9”
――,(19
9
9)
“IDAAN Memoria1
9
98―1
EPS Grau S.A/Emfapatumbes S.A. “Plan de
00
0”
――,(20
0
0)
“IDAAN Memoria1
9
99―2
Promocion―Para la Concesion de los Serv-
00
1”
――,(20
0
1)
“IDAAN Memoria2
0
00―2
icios de Agua Potable y Alcantarillado de
00
2”
――,(20
0
2)
“IDAAN Memoria2
0
01―2
las EPS―”
――,(2
0
0
1)
“IDAAN Informe a la Presidencia
54
――, (1999)“Direccion de Servicios Finan-
開発金融研究所報
ERSP, Panama,(2002)
“ERSP Memoria Anual
2
0
0
2”
――,(2
0
0
2)
“ERSP Estructura Organica”
Hazen and Sawyer,(2
0
0
3)
“Addendum to Panama Bay and Panama City Sanitation Project”
IDAAN, Panama“IDAAN Manual de Organizacion y Funciones(Ultimo Borrador)
”
――, (2
0
0
1)“lan de Transformacion Insti00
5, Estructura Organizatucional 2
0
02―2
tiva y Administrativa Propuesta”
――, (20
0
1)“Plan de Transformacion Insti00
5, Estrategia de Rentabitucional 2
00
2―2
lizacion”
――, (2
0
0
1)“Plan de Transformacion Insti00
5, Analisis de la Situacion
tucional2
00
2―2
INEI (2002)“INEI Encuesta Nacional de
Hogares―Ivtrimetre del2001”
MINSA, Panama“MINSA Normas para Aguas
Residuales”
――, “MINSA Comunidades con Necesidades
de Redes(de Alcantarillado)
”
SEDA Loreto,(20
02)
“Financial Plan of SEDA
Loreto,2
003―2011”
――,(2002)
“Balance General y Astados Financieros”
――,(2001)
“Balance General y Astados Financieros”
Total Urbano del Pais, Panama,(1999)
“V Enquesta de Ingresos y Gastos de los
Hogares1
997/98”
Actual”
2005年3月
第23号
55
東アジア*1における成長のための為替制度は何か
―地域公共財としての為替制度―
開発金融研究所主任研究員
梶山 直己
要 旨
東アジア通貨危機の経験を踏まえて、東アジア地域では為替制度を再検討する動きがある。その背
景としては、為替レートの不安定さ(volatility)が大きい場合、貿易や直接投資が阻害され、経済成
長に悪影響を及ぼすという考え方がある。しかし、この点についての実証研究の結論は必ずしも明確
でない。このことは、為替制度のふるまいや為替レートの安定性に関する情報が地域公共財としての
性格をもつと考えると理解できる。これまでの事実上のドル・ペッグに代わる為替制度として、通貨
バスケットに基づく目標相場圏(BBC制)が現在有力視されている。本論考では、通貨バスケット
の構成通貨としてドル、円、ユーロを採用し、その構成割合については、過去の貿易パターンなどか
らみてタイ、インドネシアのグループとマレーシア、シンガポール、フィリピン、韓国のグループで
それぞれ共通の構成割合をもつ通貨バスケットを用いることを薦めている。さらに、為替レートの安
定を図る対象として、標準バスケット方式を採用し、また、上下10%の変動幅をもつバンドとバン
ドの中でさらに上下7.
5%の任意の介入限界を設けることを提唱している。そのうえで、新たな為替
制度が成功するためには、市場の信頼が極めて重要であることを強調している。最後に、介入資金の
手当てとコスト負担のありかた、IMFなどの国際機関との協力関係の構築などを今後の検討課題と
して提起している。
ネットワークを構築している*3。また、自国通貨
1.はじめに
を域内での投資に活用するため東アジア債券市場
東アジアの通貨危機は199
7年7月にタイに始
の育成も進んでいる*4。2003年以降は、さらなる
まり、またたくまに東アジア各国に伝播した。こ
地域金融協力にむけた中長期的課題を検討するた
の通貨危機は、国内の金融危機が資本勘定の危機
め、ASEAN+3財務大臣会合のもとにリサーチ
と対になって発生し、また、域内で強い伝染効果
グループが設置され、2004年3月には、その最
をもっていたことから、それまでの通貨危機と区
初の研究成果が報告されたが、その中で通貨バス
*2
別して第3世代の通貨危機とよばれている 。こ
ケットを基にした新たな為替制度を東アジア地域
のような新しいタイプの通貨危機を経験した東ア
に導入する提言が紹介されている*5。
ジア各国は、通貨危機を未然に防止するため、域
東アジアの通貨危機の原因については、これま
内において二国間の通貨スワップ取極からなる
で様々な議論があるものの、東アジア各国が米ド
*1
*2
*3
*4
56
本論考で東アジアとは、特に断らない限り、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピン、韓国の6カ国を
さす。なお、本論考をまとめるに当たり、諸氏から貴重なコメントを頂いた。厚く感謝する次第である。無論、本論考に誤り
や分析の不十分な点がある場合の責任は全て筆者個人に帰属するものである。
従来の通貨危機は、ファンダメンタルズに基づく通貨危機であり、第1世代の通貨危機とよばれている。19
9
0年代の欧州通貨
危機に代表される通貨危機は、自己実現的なものであり、第2世代の通貨危機とよばれている。
このネットワークは、2
0
0
0年5月にタイのチェンマイで開かれたASEAN+3
(日中韓)
財務大臣会議で合意された取組みであ
り、チェンマイ・イニシアティブ(Chiang Mai Initiative, CMI)とよばれている。CMIは、参加諸国が必要に応じて相互に
短期流動性を供給する二国間通貨スワップ取極からなっている。
この「アジア債券市場育成イニシアティブ」は、20
0
2年1
2月に提案された。現在ASEAN+3財務大臣会議のもとに6つのワー
キンググループが設けられており、その早期の具体化に向けた作業が続けられている。また、アジア・オセアニアの中央銀行
を中心に「アジア債券基金」の検討も進んでおり、同基金から東アジア各国の自国通貨建て債券に投資していくことにより各
国の債券市場を育成したいとしている。
開発金融研究所報
ルに強くリンクした為替制度(ドル・ペッグ制)
を採用していたことが通貨危機を招いた一つの要
2.地域公共財としての為替制度
因ではないかとする意見がしばしば見受けられ
*7
為替レートの不安定さ(volatility)
について
る。このような考え方からすれば、新たな為替制
は、それが貿易や厚生水準などに及ぼす影響につ
度に求めるものは、まず為替投機に強い制度であ
いては早くから数多くの研究がなされてきた*8。
る。その意味では、新たに求められる為替制度は
しかし、一国の中長期的な経済成長にどのような
外的なショックに対する防御的な側面をもってい
影響を及ぼすかという視点からの総合的な研究は
る。しかし、その一方で、経済の様々な発展段階
ほとんどなされてこなかったようである。これま
にある東アジア諸国はおしなべて開放経済体制を
での研究成果を振り返ってみると、ミクロの理論
前提に持続的な経済成長を強く希求しており、成
面からすれば為替レートの不安定さが減少すれば
長促進的な為替制度に対する願望も強い。そこで
経済成長が促進されると概ね主張されるにもかか
は、為替レートの不安定さが経済成長に悪影響を
わらず、マクロの実証面からは確たる裏づけがな
与えることについて幅広いコンセンサスがあるよ
されていないという共通した特徴がある。為替
*6
うである 。
レートの安定が経済成長を促進するチャネルとし
本論考では、そのようなコンセンサスの妥当性
ては、貿易の増加、直接投資の増加、さらに利子
についてこれまでの実証研究の成果を簡単に要約
率の低下の各チャネルがとりあえず考えられる
し、そのうえで地域における為替制度に対する信
が、これを実証的な裏づけに限ってやや詳しく見
頼の存在それ自体が優れて地域公共財と理解さ
ると、今のところ、貿易増加のチャネルがその関
れ、経済成長を支えるインフラとして機能するこ
係を肯定的に解釈する上で最も説得力があるよう
とを示す。さらに、東アジア地域におけるこれか
に考えられる。また、実証的にはまだ不十分であ
らの為替制度としての目標相場圏についてそのあ
るが直接投資増加のチャネルもある程度意義が認
るべき姿を検討し、残された検討課題を整理す
められよう。これらに対し、利子率低下のチャネ
る。
ルは、さらに実証面からの検討を要すると考えら
れる。
このような研究の現状をもたらした背景を考え
ると、一つには開放マクロ経済学におけるミクロ
*5 2
0
04年3月に報告された「東アジア地域の為替レート・アレンジメント」で紹介されている。なお、他の報告テーマは、
「東
アジアの地域金融アーキテクチャーに向けて」であった。同リサーチグループでは、引き続き東アジア地域の金融協力に向け
た基礎的な研究を続けており、2
0
0
4―2
0
0
5年には、地域経済サーベイランスと政策対話、域内貿易・投資と金融統合、チェ
ンマイ・イニシアティブ機能強化のための中期的施策、地域経済成長と金融統合のための民間部門の役割、からなる4つの
テーマを検討する予定となっている。ASEAN+3
(2
00
4)
参照。
*6 ‘The Commission believes that the costs of extreme exchange rate misalignment and volatility are high. When current exchange rates are misaligned, resources are misallocated, when exchange rates are unduly volatile, it creates uncertainty
and productive investments are inhibited’
. The Report of the Bretton Woods Commission, Bretton Woods: Looking to the Future,
July 19
94, p 4.
「委員会は、為替相場の均衡水準からの大幅な乖離と乱高下の悪影響は大きいと考える。為替相場が均衡水準から乖離する
と資源配分がゆがめられる。為替相場が度を越して乱高下すると不確実性が高まって生産的投資が抑制される。
」2
1世紀の国
際通貨システム ブレトンウッズ委員会報告、ブレトンウッズ委員会日本委員会編、金融財政事情研究会、平成7年、p18
*7 本論考で為替レートの不安定さを問題にするときは、主として短期の為替レートの大幅な変動を念頭においている。為替レー
トは、中長期的には購買力平価説に従い、均衡為替レートに収束するとしても、短期の大幅な変動は、為替レートの方向性と
その将来の水準について不確実性を増し、経済主体の通常の意思決定に影響を与えると一応考えられる。
*8 たとえば、為替レートの不安定さが貿易および厚生水準にどのような影響を及ぼすかについての最近の論文ではStraub and
Tchakarov(2
0
0
4)を参照。なお、Bacchetta and van Wincoop(2
000)には同様なテーマに関する過去の研究論文のリスト
がつけられている。
また、為替レートの不安定さが企業の輸出行動に及ぼす影響については、木村・中山(2
00
0)の示唆に富む研究がある。
なお、高木(1
9
9
9)pp19
3―6には、為替レートの不安定さが輸出財の製造業者の利潤にどのような影響をあたえうるかについ
ての説明がある。また、河合(1
9
8
6)第3章では、為替リスクが企業の輸出入計画を縮小させることについて、開放企業に
よる最適な意思決定からのアプローチが示されている
2005年3月
第23号
57
とマクロをつなぐ理論構成が未だ十分でないこと
結果は今のところ限られたものであるが、この問
や、企業レベルでのデータが制約されていること
題を考察する際の基本的な視点をどこにおくかが
が考えられる。たとえば、為替レートの不安定さ
極めて重要であると考えられる。まず、為替レー
が減少することから意思決定の質の向上など企業
トに関する情報、特にその変動が小さいと信頼で
が受ける利得を全て数量化することの困難さがあ
きることは、意思決定のうえで不確実さを減少さ
る。特にその企業の受ける利得を取り出して、そ
せるから経済主体にとって価値のあることであ
れが経済成長にどの程度貢献しているかをマクロ
る。さらに、このような情報は、その消費につい
*9
のレベルで集計することは困難である 。また、
て非競合性(non―rivalness)と非排除性(non―ex-
直接投資についていえば、これを産業別でなく一
clusiveness)をもっている*11。このように、経
国レベルで集計した場合、産業ごとに為替レート
済主体が行っている意思決定にとって意味のある
の変動が直接投資に及ぼす影響が異なる点を考慮
期間にわたり為替レートの変動が抑制される確度
*1
0
しない結果となる 。
が高いという情報は、物価が当分の間安定する確
さらに二つめには、従来の研究テーマにある種
度が高いという情報などと同様に、一種の公共財
のバイアスがあり、このことが為替レートの安定
であると考えられる*12。そうだとすれば、為替
と経済成長の関係について直接焦点をあてること
レートの不安定さが減少することとそのことから
を二義的な問題にしたことも否めないようであ
個々の企業が受ける利得の間に厳格な対応をつけ
る。たとえば、これまで為替政策を論ずる場合、
ることにはそもそも無理があるのではないか。ま
その政策目標は、マンデル=フレミングモデルな
た、仮に何らかの対応をつけることが可能だとし
どを踏まえて内外均衡の達成にあるとするものが
ても、その対応関係の存在は異なる時間選好をも
ほとんどであって、経済成長を促進することを明
つ経済主体にとって一時的である可能性がある。
示的に目標に掲げたものは見当たらない。これら
このように考えてくると、為替レートの不安定さ
の議論は、内外均衡が達成される状況が継続すれ
が減少することと経済成長が促進されることの関
ば、市場メカニズムを通じて資源が最も効率的に
係を見る場合、ミクロのレベルにおいて集計上の
配分され、経済は最適な経路に沿って持続的に成
困難さだけでなく観測された経済主体全体の為替
長するとの暗黙の前提があるようである。このよ
レート安定に対する選好をどのグループと時間軸
うな視点からすれば、内外均衡の達成と経済成長
のもとで推論の基礎とできるかという方法論上の
の促進は実質的に同じ政策目標であることにな
問題があると考えられる。また、ミクロのレベル
る。むろん最近では、不均衡過程を前提とした動
でこのような問題があるとすれば、マクロな統計
的な経済成長理論も詳しく研究されているが、そ
情報に基づく分析で確たる結論が得られないのは
の観点からする為替レートの不安定さと経済成長
無理もないと考えられる*13。
の関係に関する考察は今のところ見受けられない
ようである。
しかし、以上述べたことから、為替レートの不
安定さが減少することと経済成長が促進されるこ
このように、為替レートの安定と経済成長との
ととは無関係であると結論することには論理の飛
関係については、伝統的な経済学からする洞察の
躍があることも確かである。なぜなら、ある因果
*9 たとえば嘉治(1
99
4)pp7
5―6参照。
*10 浦田(2
00
5)も同趣旨である。
*1
1 これらの属性のほかに、為替レートの変動が小さいという情報は、個々人がその消費量を自由に選択できないという非選択性
(non―optionality)
、また、もともと為替レートという不確実な事象に対して供給されるという不確実性(uncertainty)など
公共財としての属性を備えている。なお、為替レートの変動が小さいことについて一定の信頼を多くの経済主体が共有するな
らば、
「消費の外部性」または「ネットワーク外部性」が生ずることも見逃せない。
*12 ある国にとって為替レートの変動が小さいことは、その貿易の相手国にとっても有益でありうるから、為替レートの変動が小
さいという情報についての信頼があることは当該国に属する経済主体にとっての公共財であるに留まらず、地域の経済主体に
とっても公共財であると考えられる。なお、Wyplosz(2
00
4)も、厳密な証明は与えていないが、地域の為替制度が地域公共
財であると言明している。
58
開発金融研究所報
関係の計測や概念上の把握が困難であることはそ
度はどのような条件の下に持続可能であるか、を
の事実が存在しないことを意味しないからであ
検討することであろう。
る。この点に関連して、近年、東アジアの多くの
国*14が金融政策としてインフレターゲット政策
を採用しているが、その場合であってもインフレ
3.代替的な為替制度を考える視点
ターゲットと同時に為替レートの安定を図る為替
事実上のドル・ペッグ制のメリットとしては、
政策をとることが多い、という事実をいかに解釈
(1)
経済成長の促進、
(2)
インフレーションの抑
するかという問題がある*15。トリレンマの命題
制、
(3)
通貨発行益の確保、
(4)
将来における自
からすれば、資本取引が自由な開放経済の下で、
国通貨のハードカレンシー化、の諸点に資すると
小国が独立した金融政策によってインフレをコン
要約される。これに対し、デメリットとしては、
トロールしつつ為替レートも同時に固定しようと
(1)
経済の基礎的条件からのミスアラインメント
することは困難なはずである。理論的には疑問の
が長期化する可能性が高いこと、また、
(2)
通貨
あるこのような政策がとられていることは、とり
投機に対する脆弱性が高いことが挙げられる*17。
もなおさず、東アジア諸国の政府が、為替レート
このような事実上のドル・ペッグ制のもつデメ
の不安定さが過大であれば経済成長の促進にネガ
リットは、今回のアジア通貨危機によって現実の
ティブな影響があると考えていることを物語って
ものとなった。これを機にドル・ペッグ制のもつ
いる。ここでこのようないわば政治経済的な配慮
危険性が改めて認識され、一部に自由な変動相場
からする政策を理論的な立場から誤りであると決
制の採用が検討された。しかし、自由な変動相場
め付けることは公平ではないであろう。なぜな
制は、制度の建前上通貨危機に対する備えとして
ら、Ho and McCauley(20
0
3)も指摘するよう
は十分であるが、経済のミスアラインメントを解
に、先進国にとっても為替レートの安定を必要と
消するためには十分とはいえないことが先進国の
する場合があると考えられるからである。また、
例で明らかであり、最近では、現行の為替制度の
これまでの為替制度の歴史をみると、固定為替制
代替としてなんらかの中間的な為替制度の構築が
度と変動為替制度の利点を組み合わせた為替制度
必要であると考える意見が我が国や韓国の識者を
によって、相対的な価格調整を実現し、政府に健
中心に増えている*18。まさしくFrankel(1999)
全な通貨ルールを守らせ、また、市場の圧力を抑
が指摘するように、すべての国、すべての時期に
えてきたとされる*16。従って、東アジア諸国に
望ましいといえる単一の為替レート制度は存在し
とってのこれからの課題は、事実上のドル・ペッ
ないといってよい。
グ制に傾きがちな為替制度の問題点を改めて整理
このような代替的な為替制度を考える論者の間
し、その上に立って、完全な固定為替制度と完全
では、東アジア諸国のとるべき為替制度として
な自由為替制度という二極をもつスペクトルの中
は、事実上のドル・ペッグ制をとることは適当で
間においてどのような為替制度を構築していくこ
ないものの、ある程度為替レートの変動を減少さ
とが望ましいか、さらに、新たに構築した為替制
せることが経済の発展にとって望ましいとの基本
*1
3 ここで触れた概念上の問題については、別の視点であるが、浦田(20
0
5)は、国際間では国境の存在や地理的距離を理由に
一物一価の関係が必ずしも成立しないことから為替レートの変動が生じ、そのこともあいまって為替レートの変動が直接投資
を促進すると一義的に主張できなくなっているとしている。
*1
4 東アジア諸国のなかでは、19
98年から韓国、2
0
00年からインドネシアとタイ、2
0
02年からフィリピンがインフレターゲット
政策を採用している。
*1
5 Mohanty and Klau(2
0
0
4)は、アジア、ラ米、東欧、南阿の1
3カ国について実証研究を行い、各国中銀が場合によっては、
物価安定よりも為替レートの安定を重視した金融政策をとることがあることを示している。なお、Ball(19
9
8)は、開放経済
下にある小国にとって物価安定と為替レート安定の二つを政策目標とすることが必要であると論じている。
*1
6 Eichengreen(1
9
9
4)参照。なお、Eichengreen本人は、このような中間的な為替制度の有効性について否定的である。
*17 事実上のドル・ペッグ制のメリット・デメリットの詳細については、梶山(2
00
4)参照。
*18 米国では、Williamsonなど一部を除きこのような中間的な為替制度の可能性について懐疑的な意見が多い。
2005年3月
第23号
59
的な合意がある。ここでは、具体的な代替案を考
域政策目標である。
える前に、このような基本的合意に含まれている
第二に、為替レートの不安定さを減少させると
視点について、いくつかの整理をしておきたい。
は具体的に何を意味しているのか、という問題が
まず、代替的な為替制度を構想するうえで最も
ある。ここに為替レートの不安定さを減少させる
大切なことは、何を為替政策の目標関数(特にそ
とは、為替レートをある水準、たとえばある均衡
*1
9
の目的変数)と考えるか、という点である 。
水準に収束させるとき、その収束速度を高めるこ
Turnovsky(19
82)が指摘するように、為替政
と、あるいは、収束期間中の為替レートの変動幅
策も経済政策一般と同様に、国民所得ひいては国
を小さくすることをさす、と解釈する余地があ
民の経済厚生が究極的な目的変数と考えられる
る。しかし、ここでは一般に収束する水準それ自
が、これらを変数とする目的関数を正確に構成す
体を問題にすることなく、平均的な経済主体がそ
ることは前述した為替制度の持つ公共財的性格や
の意思決定をする際に基準としている時間軸にお
変数の計測の問題もあり実際には困難である。
いて為替レートの変動が小さいことをさすものと
従って、貿易収支、交易条件、貿易財と非貿易財
考える*22。無論この場合であっても、安定させ
の相対価格などを目的変数とする間接的なアプ
るべき為替レートは名目か実質かという問題があ
ローチをとることが実際的であろう。本論考にお
る。また、所与の時間軸において安定させる為替
いても、国民所得の安定的成長を為替政策の究極
レートの変動幅を具体的にどのように設定するか
の目的と考えながらも、為替レートの変動が貿易
という問題がある*23。これらの問題は、代替的
増加のチャネルを通じて経済成長に影響を及ぼす
な為替制度を設計するうえで重要であり、政策目
点を重視する立場から、とりあえず貿易収支の安
標との関係で慎重に見極める必要があるが後ほど
*2
0
定的拡大を念頭に検討することとしたい 。
改めて論ずることとしたい。
このような観点から、第一に、どの通貨間の為
替レートを考えるか、という問題がある。この問
題については、大きく分けて二つの視点がある。
その一つは、主要国通貨(円・ドル・ユーロ)に
4.代 替 的 な 為 替 制 度 と し て の
BBC制
対する自国通貨(たとえばタイ・バーツ)の為替
よく知られていることであるが、東アジア諸国
レートである。もう一つは、東アジア諸国の通貨
においては、先進国への輸出が成長のエンジンと
(たとえばタイ・バーツとインドネシア・ルピ
して経済の高度成長に大きく寄与してきた。ま
*2
1
ア)間の為替レートである 。為替レートの安
た、最近では、域内貿易の比重も急速に拡大して
定を図るとすれば、これら二つの視点から考える
いる。この観点からすれば、東アジア諸国の国際
必要がある。
競争力が当該国のコントール外にある円ドル相場
この二つの視点を貫くものは、東アジア諸国が
など主要通貨間の為替レートの変動で不安定にな
近隣窮乏化政策に陥ることなくその対外競争力を
ることを防ぐことが必要である。このことは、各
維持し、東アジアにおいてフェアでダイナミック
国通貨の価値がドルだけでなく円やユーロなど複
な競争環境が作られることを制度面で支援する地
数の主要通貨に対して安定する仕組みが必要とな
*1
9 この発想は、為替政策が金融政策など他の経済政策とは別個に考えることができることを暗黙の前提としている。しかし、こ
の点については、厳密には議論のあるところであろう。
*20 吉野他(2
0
0
2)は、政策目標として、貿易収支の安定、GDPの安定、経常収支の安定、対ドルレートの安定の4つの政策目
標についてそれぞれ通貨バスケットの最適なウェイトを理論的に導いている。
*2
1 事実上のドル・ペッグ制をとる国の通貨は為替レートを考える上ではドルと同一視しうるから、そのような国の通貨と他の東
アジアの国の通貨との為替レートは、ドルに対する為替レートの問題として取り扱うことになる。
*22 変動幅を狭く管理する「自由相場制度」の下で時間軸を短くとると固定為替制度に限りなく近づく。
*23 グロスの変動幅(%で示される)を考えるのか、平均値からの乖離(分散で示される)を考えるのか、などの問題である。な
お、後ほど述べるように本論考では、グロスの変動幅を選択しているが、これは、制度管理の簡便さが実務上重要と考えるた
めである。
60
開発金融研究所報
ることを意味している。また、東アジア各国が互
トに対する為替レートの変動幅をあるバンドにお
いにドルに対する為替切り下げ競争に陥ることを
さめ、そのバンドも中期の変動トレンドから乖離
避けるためには、自国通貨相互の為替レートが安
しないように徐々に変更していくものである*28。
定していることも必要である*24。
この制度は、その要素である通 貨 バ ス ケ ッ ト
このような要請に応えるには、東アジア各国が
(basket)
、
バンド(band)
、
クロール(crawl)の
為替政策について緊密な国際協調を行うことが望
最初の文字をとってBBC制と略称されている*29。
ましい。しかし、一方でこのような国際協調は通
東アジア地域においてBBC制の導入を図る際
常時間がかかるほか、ゲーム論的な状況のもとで
の主な論点としては、次のように考えられる。
最も望ましい協調に到達できない可能性があ
(1) 通貨バスケットを構成する通貨として何を
*2
5
る 。また、各国の国内政治状況によって協調
そのものが失敗に終わる可能性もある。従って、
このような国際協調にむけた取組みとは別に、各
国の政治的思惑からある程度独立した何らかの共
通な為替制度に関する合意をあらかじめ取り付け
ておくことが望ましい。
選ぶか。
(2) 通貨バスケットを構成する通貨の割合は何
を基準とすべきか。
(3) 各国通貨の為替レートを安定させていくメ
カニズムは何か。
以下、これらの論点について順次検討する。
以上のような要請に応えるものとして、現在、
円・ドル・ユーロから構成される通貨バスケット
に対して各国通貨の為替レートの変動を抑制して
いく仕組みが検討されている*26。通貨バスケッ
5.通貨バスケットを構成する通貨
として何を選ぶか。
トに複数の主要貿易相手国の通貨を含めるなら
欧州通貨制度(EMS)の先例にならって円以
ば、ドルだけをアンカーとして為替レートを安定
外の東アジア域内国通貨をバスケット構成通貨に
させるよりも名目のみならず実質実効為替レート
取り入れることについては、未だに域内国通貨の
*2
7
の変動を減少させることができる 。さらに、
相互交換が円滑に行える状況にないこと*30、ま
通貨バスケットに対する為替レートを安定させる
た、域内での資本取引についても相当な規制が残
ために中央銀行は複数の外貨建て準備資金を介入
されていること*31、からみて時期尚早と考えら
資金として保有する必要があるが、これは、中央
れる*32。この観点からすれば、人民元について
銀行の保有する資産のポートフォリオを分散する
は、少なくともその自由な交換性が確保されるま
ことになるから、リスク分散と外貨資金の管理能
での間はバスケット構成通貨とすべきでないこと
力の増強にも資することになる。
になる*33。
通貨バスケットを中心とする仕組みとして、現
この場合、たとえばシンガポール・ドルなど国
在有望視されているメカニズムは、通貨バスケッ
際通貨として既に一定の信認がある域内通貨を取
*2
4 これもよく知られていることであるが、東アジア諸国の為替レートは、各国の経済規模が比較的小さいことなどから、円ドル
レートの変動などの外的ショックの影響を受けやすいという特性がある。
*25 Ogawa and Ito(2
0
0
2)参照。
*26 ASEAN+3における検討の現状については、梶山(2
004)のı¿.志村(20
0
4)参照。なお、ASEAN地域においては近年FTA
の締結に向けた動きが活発であるが、通貨バスケット制はこのような方向とも整合性がある。
*27 バスケットを構成する通貨の為替レートが自国通貨に対して同じ方向に変化したら、その加重平均であるバスケットの自国通
貨に対するレートも同じ方向に変化する。しかし、自国通貨に対する為替レートの動きがしばしば反対となるような構成通貨
を適当に選ぶことによって、バスケットの対自国通貨レートの動きを小さくすることが可能である。極端な場合、その動きを
ゼロにすることができるならば、バスケットの価値を維持するための介入が不要となる。
*2
8 このようなメカニズムを推奨する意見としてBergsten et al.
(1
999)
、Williamson(2
0
0
1)参照。
*29 事実上の為替制度について、IMF(2
0
0
3)のTable II.
13をみると、20
0
3年4月末現在、特定の通貨に対する固定相場を採用
している国は中国、マレーシアなど3
4カ国であるのに対し、通貨バスケットに対する固定相場を採用している国は9カ国(ボ
ツワナ、フィジー、ラトビア、リビア、マルタ、モロッコ、サモア、セーシェル、バヌアツ)となっている。なお、同Table
でははっきりしないが、東アジアでは、シンガポールが通貨バスケットに対し管理された自由相場を採用している国として知
られている。また、そのほかの地域では、チリ、イスラエルなど少数の国に限られるようである。
2005年3月
第23号
61
り入れることが考えられるが、発行残高が比較的
を充てることが望ましいことを示している。
少ない通貨をバスケット構成通貨とする場合、当
従って、通貨バスケットの構成通貨について
該通貨による介入資金に限界があることから、通
は、当面は、域内国と貿易など経済関係の深い域
貨投機に脆弱な要素を当初からバスケットに取り
外国の通貨であるドル、円、ユーロとすることが
*3
4
込むことになり適当でない 。EMSの例をみて
考えられる*36。この通貨バスケットをEMSと比
も分かるように、通貨投機の動きに対しては、関
較した場合、最も大きな弱点は、米・日・EUの
係国政府が無制限に介入により対応する断固たる
各通貨当局が3つの通貨間の為替レートを安定さ
意思を示したときに限って通貨防衛に成功してい
せる努力をどこまで払うかその決意と結束が不明
るから、バスケットを構成する通貨は、発行残高
である点である*37。特に、日本の場合は、米欧
の大きい国際通貨とすることが少なくとも初期の
に比べ伝統的に東アジア地域に歴史的、経済的さ
*3
5
段階では望ましい 。
らに地政学的にみて特殊な関係を有するところか
東アジア諸国の通貨をバスケット構成通貨とし
ら難しい判断を迫られることになろう。その観点
ないもう一つの理由としては、それらの通貨につ
から、最近、ASEAN+3の場で東アジア諸国が
いてはまだ先物市場が十分に発達していないこと
その外貨準備の一定割合を地域の通貨安定のため
も挙げられる。高木(1
98
9)が指摘するように、
にイアマークしておく提案がなされていることは
市場先物レートのない通貨であっても、通貨バス
注目される。
ケットに対して自国通貨をペッグすることによ
り、バスケット構成通貨をその構成割合により先
物取引を行うのと同じ効果をもたせることが可能
となる。このことは、通貨バスケットを利用して
6.通貨バスケットを構成する通貨
の割合は何を基準とすべきか。
事実上の先物取引を行い、為替リスクをコント
通貨バスケットを構成する通貨(ドル、円、
ロールすることを可能にするものである。これを
ユーロ)のウェイトは、東アジア諸国と米国、日
別の角度からいえば、通貨バスケットの構成通貨
本、EUとの間の貿易上の競争力が反映されるよ
としては、深度ある先物市場が成立している通貨
うに設定することが望ましい。このような観点か
*3
0 欧州の主要国は、19
5
8年末に非居住者のもつ経常勘定残高の交換性をみとめ、 ここに各国通貨の交換性が回復した。 従って、
19
79年3月にEMSが発足した当時、参加を表明した欧州各国の通貨の交換はすでに2
0年以上にわたって自由であった。東ア
ジア諸国の通貨については、この地域においてドルが決済通貨としてこれまで広く使われてきたことを反映して、これらの通
貨を直接交換するよりはドルを介して交換するほうが未だに確実かつ効率的である。なお、EMSの事実関係については、本
論考を通じ、田中(19
9
6)によるところが大きい。また、ユーロについては、同書のほか、国際通貨研究所(1
9
9
7)やEUホー
ムページを適宜参照した。
*31 欧州では、単一欧州議定書(1
9
8
7年7月発効)に基づき、資本勘定の規制が原則として1
9
90年7月までに撤廃された。
*3
2 EMSのもとで欧州通貨単位(ECU)が設定されたが、その価値は、すでに定まっているEC9カ国通貨相互間の基準レートを
もとにそれら9通貨の加重平均とされた。なお、近藤(200
3)は、将来アジア共通通貨を構築することが望ましいとする立
場から、東アジア諸国の通貨をバスケットに取り入れるべきであるとしている。
*33 中国においても、1
9
9
6年末にIMF8条国に移行したことに伴い、経常勘定の制限は解除されたが、資本勘定については未だに
制限が課されたままである。なお、近藤(2
0
0
3)は、中国の政治的、経済的な現実や潜在的影響力から見て、当初から人民
元をバスケットに入れるべきであるとしている。
*34 オーストラリア・ドルやニュージーランド・ドルについても同様な問題がある。
*35 EMSのもとでは、EMS参加各国は、通貨相互間の変動幅を基準レートの上下2.
2
5%以内に収めることを義務付けられている
とともに、自国の通貨の価値が対ECUレートで見て許容変動幅の7
5%(変動幅の上下限)に達する前に市場介入、国内金融
政策、基準レートの改定その他の措置をとることを義務付けられていた。
*3
6 前に引用した近藤(2
0
0
3)は、ユーロ経済圏と異なるアジア太平洋経済圏を構想する立場から、ユーロを取り込むことに消
極的である。
*37 原則的には、弱い通貨が投機にさらされた場合、強い通貨当局は、これを無制限に買い支えることで投機に対抗することがで
きる。しかし、19
9
2年9月に英ポンドとイタリア・リラが投機の対象となった際のドイツ連銀の対応にみられるように、国
内のインフレが亢進するなど介入のコストが無視できないほど大きい場合は、そのような支援は現実には期待できないであろ
う。無制限の介入は無制限のコストを抱えることであるから、これを強制するメカニズムがない場合は、介入の継続は困難で
あろう。なお、この点については、Eichengreen(1
9
9
4)第5章と嘉治(200
4)p88参照。
62
開発金融研究所報
ら、通貨バスケットを構成する通貨のウェイトを
国がカバーされている。しかし、80年代後半、こ
算定する際の基準としては、実効為替レートの算
のモデルに代わって複数地域エコノメトリックモ
出フォーミュラから類推して、各国の貿易量の
デル(Multi―region econometric model, MULTI-
*3
8
シェア(貿易ウエイト)とする多数説がある 。
MOD)が開発されるに伴い、現在では、全競争
この場合、貿易ウェイトとは、通貨バスケットの
力ウェイト(Total Competitiveness Weights,
構成通貨を発行する国との間で行われる輸出入の
TCW)が使われている。このウェイトは、先進
合計額が世界全体との輸出入の合計額に占める割
国20カ国をカバーしており、MERMウェイトに
合をさす。しかし、このようにして算出された貿
比べると日・米・加のウェイトが大きくなってい
易ウェイトがその国の貿易上の競争力を十分に反
るという特徴がある。しかし、いずれのウェイト
映したものであるかについてはいくつかの批判が
も基礎となっているモデルに含まれるミクロの理
ある。たとえば、マレーシアの貿易競争力を米国
論に難点があると指摘されており、現在新たなモ
との貿易について考える場合、米国市場における
デル(Global Economy Model, GEM)の開発が
米国内外企業との競争だけではなく、第三国(た
進行中である*41。なお、MERMにもとづくウェ
とえばEU)市場での米国内外企業との輸出競争
イトも全競争力ウェイトのいずれも先進国が中心
(いわゆる第三市場効果(third―market effect))
となっており、東アジア諸国については明らかに
もあわせて考慮しなければならない。このような
されていないうえに、前者については、最近では
反省に基づき、最近では、従来の貿易ウェイトを
公表されなくなっている*42。
修正した二重ウェイト指数(Double―Weighted
*3
9
ここで東アジア地域において通貨バスケットを
Index)が考案されている 。しかし、現在のと
採用している国の例を見ると、その多くが貿易量
ころ東アジア諸国について二重ウェイト指数を公
(輸出額と輸入額の和)をもとに構成通貨の割合
表している機関は見当たらず、また、その算出に
を決めている。ただし、各国の計算方法をみると
当っては、当該国が交易関係にある全ての国との
若干の相違がある。たとえば、これを財団法人国
輸出入額とそれらの国のGDPデータが必要であ
際通貨研究所が実施した「通貨バスケット制実施
るところから、実際にはその使 用 が 困 難 で あ
国の実態調査」
(2001年2月)についてみると、
*4
0
シンガポールでは、その貿易の相手方である12カ
る 。
このような考え方とは別に、各国の貿易上の競
国との貿易取引実績をもとに通貨当局の裁量を加
争力を示す指標としては、IMFが7
0年代に開発
味して通貨バスケットの構成比を計算しているよ
した多角的為替レートモデル(Multilateral Ex-
うである。また、タイの場合は、1984年11月か
change Rate Model, MERM)に基づくウェイト
ら1997年7月までの約13年近くにわたり通貨バ
がある。このウェイトは、一般均衡的な考え方を
スケットを用いていたが、その構成比について
取り入れ、為替レート変動の中期的な影響をみる
は、対外貿易に占める建値通貨別取引高比率をも
ために開発されたものであり、先進国からは17カ
とに計算していたようである*43。
*3
8 たとえば、Kim and Ryou(2
0
0
1)、Ito(2
0
0
2)、Ogawa and Ito(200
2)、Ogawa and Kawasaki(20
0
3)、Ito and Park(2
0
04)
参照。この点については、吉野他(2
0
0
2)
、Yoshino et al(2
00
4)が指摘するように、貿易ウェイトが通貨バスケットの最適
なウェイトになるのは、政策目標が総貿易量の安定である場合であり、そのときもかなり厳しい条件を要することが知られて
いる。その意味で嘉治(2
0
0
4)が指摘するように、ここで貿易ウェイトを用いるのは、かなり便宜的な理由によるといって
よい。
*39 二重ウェイト指数の算出公式については、Lafrance and St―Amant(19
9
9)p23に詳しい説明がある。
*40 BIS、IMFおよびOECDは、二重ウェイトに基づき各国の実質有効為替レートを作成しているが、その計算の基となったウェ
イトの数値は明らかにされていない。なお、EUとカナダ中銀は独自に二重ウェイトを計算し数値を公表している。European
Communities(2
0
0
1)
、Lafrance and St―Amant(1
9
99)参照。
*41 IMF(20
04)参照。
*42 IMFが開発したこれらのモデルについては、Boughton(19
97)、Isard(20
00)参照。また、各ウェイトの評価については、Lafrance et al.
(1
99
8)参照。
*4
3 いずれの国の場合も通貨バスケットの構成比や具体的な計算方法についてこれまで公式に発表したことはない。
2005年3月
第23号
63
以上の事情を考えると、通貨バスケットを構成
する通貨の構成比は、多数説と同様に貿易シェア
*4
4
の貿易シェアの推移を各国ごとにグラフ化したも
のが図表2である。
によることが現実的であろう 。そこで、東ア
図表2をみると、
(1)
日本のシェアは、タイと
ジア6か国の米国、日本、ユーロ圏(2
00
4年2
インドネシアでは米国やユーロ圏に比べ高い水準
月末現在ユーロを公式に自 国 通 貨 と す る12カ
が続いている。マレーシアでは、通貨危機までは
*4
5
国 ) との毎年の貿易量 (輸出額と輸入額の和)
日本のシェアが高かったが、その後は米国のシェ
が全世界との貿易量に占める割合
(貿易シェア)*46
アのほうが高くなっている。
(2)
米国のシェアは、
をドルと主要国通貨の為替レートの水準に関する
シンガポール、フィリピン、韓国では日本やユー
プラザ合意がなされた1
985年から直近までの年
ロ圏に比べ高い水準が続いている。しかし、いず
次データが入手可能な20
03年までの1
9年間につ
れの国においても1
99
0年代末以降低下傾向が顕
いて単純平均すると、図表1のとおりである。
著になっている。
(3)
ユーロ圏のシェアはいずれ
図表1をみると、
(1)
タイ、マレーシア、イン
の国においても1
0―15%と長期にわたって安定
ドネシアでは日本との貿易シェアが米国、ユーロ
している。
(4)
日本と米国のシェアは長期的に低
圏を上まわっている。これに対し、
(2)
シンガ
下傾向にあり、かつ、その格差は縮小している。
ポール、フィリピン、韓国では米国との貿易シェ
その結果、最近では、従来相対的に低位にあった
アが日本、ユーロ圏を上まわっている。また、
ユーロ圏のシェアにいずれも接近してきている。
(3)
全ての国について、その他地域との貿易シェ
図表1と図表2をあわせてみると、貿易シェア
アが4
5―6
0%と高い水準にあることが見て取れ
の平均的な水準と過去の変化のパターンからみ
る。
て、東アジア5カ国は、タイ、インドネシアのグ
1
9
8
5年から2
00
3年にかけての東アジア6か国
ループとマレーシア、シンガポール、フィリピ
ン、韓国のグループに大別されると考えられる。
図表1 東アジア各国の貿易シェア比較
(%)
ここで各国の貿易シェアを通貨バスケットの構
対米国 対日本 対ユーロ圏 対その他地域
成通貨シェアに引きなおすために、その他地域と
イ
1
5.
8
2
1.
6
1
2.
5
5
0.
0
の貿易シェアを国際決済銀行(BIS)がまとめた
マレーシア
シンガポール
インドネシア
フィリピン
韓
国
17.
8
17.
7
13.
8
26.
1
2
3.
1
1
8.
6
1
3.
4
2
7.
2
1
8.
5
1
9.
0
1
0.
1
1
0.
0
1
2.
3
1
0.
7
9.
7
53.
5
5
9.
0
46.
7
4
4.
7
4
8.
3
国
タ
(出所)Direction of Trade(IMF)
外国為替市場等で用いられた通貨のシェアに関す
るデータ*47をもとに米国、日本、ユーロ圏に配
分し、これらを通貨バスケットの構成通貨シェア
とみなして算出したものを図表3に掲げる。
図表3をみると、ドルのシェアがいずれの国に
*4
4 貿易シェアはフローのデータであるが、同様なデータとしてGDPも考慮すべきであるとの考え方がある。また、最近資本取
引が為替レートに及ぼす影響が増大していることから、ストックのデータとして当該国が保有する外貨準備の構成通貨や官民
による対外債権債務の構成通貨なども考慮すべきであるとの考え方がある。これらの考え方は十分検討に値するものである
が、貿易収支に注目する立場からは、GDPはともかくストックのデータについてはとりあえず考慮しないこととしても特段
の問題はないと考えられる。
*4
5 オーストリア、ベルギー、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、オラン
ダ、ポルトガル、スペインの1
2カ国。
*46 Williamson(20
0
0)は、貿易シェアを求める際の分母として各国の全世界との貿易量から他の東アジア域内国との貿易額を控
除したものを用いている。確かに中国、香港、台湾を含む東アジア地域における経済統合が進んでいることは事実であり、域
内貿易を分母に残したまま貿易シェアを求めた場合、経済実態よりも小さな値になると見込まれる。しかし、東アジア各国の
貿易財がどの程度域内の第3国を通じて米国、日本、ユーロ圏に輸出入されているかについては、国際収支のみでは推計する
ことができないので、貿易シェアの算出に当っては、全世界との貿易量を分母に置くこともやむをえないと考えられる。
*47 BIS(2
00
4)のTable3によれば、2
0
0
4年4月における全世界の外国為替およびデリバティブ市場で用いられた通貨の割合を
往復ベース(総計2
0
0%)でみると、日平均で米ドル88.
7%、ユーロ3
7.
2%、円2
0.
3%であった。これをもとに、これら3通
貨のみが外国為替市場等で取引に用いられたと仮定してその相対的なシェアを求めると、ドル6
0.
7%、ユーロ25.
4%、円
1
3.
9%となる。なお、Williamson(1
9
9
6)は、西半球諸国との貿易は全て米国との貿易とみなした上で、その他の地域につ
いては、米国、日本、ユーロ圏のGDP比でシェアを分配している。
64
開発金融研究所報
図表2 東アジア各国の貿易シェア推移
(1) タイ
(%)
30
25
20
15
10
5
0
1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
米国シェア
日本シェア
ユーロ圏シェア
(2) マレーシア
(%)
30
25
20
15
10
5
0
1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
米国シェア
(%)
25
日本シェア
ユーロ圏シェア
(3) シンガポール
20
15
10
5
0
1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
米国シェア
日本シェア
ユーロ圏シェア
おいても最も高くなるが、ドルと他の通貨、特に
するドルと円の平均シェアは、タイとインドネシ
円のシェアと比較すると、図表1と図表2で読み
アのグループでは、 ドル44%と円3
7%になるが、
取れる2つの国グループの違いが反映されている
マレーシア、シンガポール、フィリピン、韓国の
ことがわかる。すなわち、通貨バスケットを構成
グループでは、ドル52%と円2
9%となり、前者
2005年3月
第23号
65
(4) インドネシア
(%)
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
米国シェア
日本シェア
ユーロ圏シェア
(5) フィリピン
(%)
35
30
25
20
15
10
5
0
1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
米国シェア
日本シェア
ユーロ圏シェア
(6) 韓国
(%)
35
30
25
20
15
10
5
0
1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
米国シェア
日本シェア
ユーロ圏シェア
(出所)Direction of Trade(IMF)
のグループに比べ後者のグループではドルのウェ
各国の貿易パターンが異なる以上各国独自の割合
イトがより大きく、円のウェイトはより小さく
によることで差し支えないという考え方がありう
*4
8
なっている 。
通貨バスケットの構成通貨の割合については、
66
開発金融研究所報
る。しかし、通貨バスケットを将来アジア通貨単
位(Asian Currency Unit, ACU)に発展させて
図表3 通貨バスケットの構成通貨シェア
国
(%)
通貨バスケットを用いた為替レートの安定のた
めの制度が成功するうえで市場参加者の制度に対
ドル
円
ユーロ
イ
4
6
3
4
2
0
マレーシア
シンガポール
50
54
3
2
23
1
8
1
8
インドネシア
4
2
3
9
1
9
フィリピン
韓
国
53
5
2
3
0
3
1
17
1
6
6カ国平均
タイ・インドネシア平均
50
4
4
3
2
3
7
1
8
20
か、また、為替当局を束縛して制度の硬直化をも
マレーシア・シンガポール・フィ
リピン・韓国平均
5
2
2
9
1
7
の中心レートとバンド幅を公表することでバンド
タ
する信認は極めて重要であるが、制度の作動メカ
ニズムに対する彼らの理解を容易にするために、
通貨バスケットの構成を予めアナウンスしておく
ことが考えられる。これについては、アナウンス
することがかえって投機を惹起するのではない
たらすのではないか、との批判もあるが、バンド
の両端近傍での市場の自律的反転*50を期待する
(出所)図表1より著者作成
見地から通貨バスケットの構成についても予めア
いく考え方からすれば、制度の創設の時点から、
通貨バスケットの構成はできる限り東アジア地域
*4
9
ナウンスしておくことが望ましいであろう*51。
以上のことから、当面、タイとインドネシアの
に共通のものとすることが望ましい 。また、
通貨バスケットについては、 ドル44%、 円37%、
各国通貨の価値が共通の通貨バスケットで表示さ
ユーロ19%の構成比とし、マレーシア、シンガ
れるならば、為替市場参加者の理解を容易にする
ポール、フィリピン、韓国*52の通貨バスケット
ところから、将来東アジア各国が自国通貨を通貨
に つ い て は、ド ル53%、円30%、ユ ー ロ17%の
バスケットに対して安定させるために共同して為
構成比とすることが考えられる*53。これらの構
替介入を行う際にも為替当局者の共同介入を容易
成比については、今後相当の期間(たとえば5
にし、また、市場の混乱を少なくする効果が期待
*5
4
をおいてその間の貿易シェアの推移をみて
年)
できる。しかし、その一方で、本論考でみたよう
同じ通貨バスケットを用いる国が協議して見直す
に、東アジア諸国については、貿易相手国や貿易
ことが考えられる。なお、今後、各グループでド
で用いられている通貨の種類からみて単一の通貨
ル、円、ユーロのシェアが収斂していくならば、
バスケット構成とすることにも無理がある。従っ
東アジア6カ国に共通する通貨シェアをもった通
て、当分の間はおおまかなグループごとに共通の
貨バスケットとしていくことが望ましい*55。た
通貨バスケットを用いることが現実的であると考
だし、ここで注意したいのは、この通貨バスケッ
えられる。
トを単純に延長したところにアジア通貨単位
*4
8 なお、このようなグルーピングは、東アジア6カ国が最適通貨圏を構成していないとする説を考慮したものである。これに関
連して、Ogawa and Kawasaki(2
0
0
3)は、一般購買力平価モデル(generalized purchasing power parity model, G―PPP
model)を用いて東アジアに共通する通貨バスケットが安定でないことを導いている。ただし、結論とする各国のグルーピン
グは本論考と若干異なる。この点については、Ogawa et al.
(20
0
4)も参照。
*4
9 ここで留意すべきは、本論考で構想される通貨バスケットは、EMSにおける欧州通貨単位(ECU)というよりもむしろその
前身である欧州計算単位(European Unit of Account, EUA)に近いものであるという点である。ただその場合も、EUAの
構成通貨はすべて域内通貨であり、この点で東アジアの通貨バスケットと根本的に異なる。なお、このEUAは、1
97
4年に導
入されたものであるが、ECUはそのバスケット構成をそのまま引き継いでいる。
*5
0 この現象はいわゆるhoney―moon effectとして知られている。この点については、Krugman(198
8)に先駆的な研究がある。
*5
1 Williamson(2
0
0
0)も通貨バスケットの構成をアナウンスすることを推奨している。
*5
2 韓国についても通貨バスケットを採用することが望ましいのは、将来東アジア地域に共通のアジア通貨単位が導入される際
に、同国のそれまでの通貨面での東アジア地域における政策協調の経験が不可欠であると考えられるからである。同様な視点
から、シンガポールがグループ共通の通貨バスケットを採用することも重要である。
*5
3 図表3の平均値をもとに合計が1
0
0%になるようにウェイトを若干調整した。
*5
4 欧州通貨単位(European Currency Unit, ECU)においてもそのバスケット構成は5年ごとに見直されることになっていた。
ただし、実際の見直しは、8
4年にギリシャが、また、8
9年にスペインとポルトガルがEMSに参加した際に行われたのみであ
り、その後1
99
3年のマーストリヒト条約発効に伴いECUのバスケット構成は凍結された。
*55 Williamson(2
0
0
0)は、1
9
9
4年のデータにもとづいて、東アジア9か国の貿易シェアを試算し、共通の通貨バスケットとし
て、ドル4
0%、円3
0%、ユーロ3
0%の構成比とすることを提言している。
2005年3月
第23号
67
(ACU)があるのではないということである。
ここで注意すべきは、通貨バスケットにたいし
通貨バスケットがACUに発展し、これが将来東
安定させる各国の為替レートは、実質為替レート
アジアにおける通貨統合の出発点となるために
ではなく名目為替レートである点である*57。各
は、地域の経済統合が深化し、域内通貨が何らか
国の対外競争力を反映した為替レートの安定を図
の形でACUの構成通貨として取り込まれるまで
る観点からは、実質為替レートを目的変数として
待たねばならないであろう。
これを安定させることが考えられるが、高インフ
レ国では実質為替レートを安定させるためには常
7.各国通貨の為替レートを安定さ
せていくメカニズムは何か。
に名目為替レートを切り下げることを余儀なくさ
れると予想されるから、BBC制の最大のメリッ
トであるバンドの上下両端近傍での市場レートの
自律的反転が実現しなくなる可能性が高い*58。
(1)何を基準として為替レートを安定さ
せるか
したがって、制度上は名目為替レートをもって通
貨バスケットに対する為替レートの安定をはかる
こととし、インフレのもたらす実質為替レートの
以上の考え方によって構成された通貨バスケッ
トをもとに為替レートの変動を抑制していく方法
上昇はバンドの中心レートとその幅の調整で対応
すべきであろう。
としては、基準時の通貨バスケットをもとに実効
為替レートの指数を計算し、それが変動した場合
は、実効為替レート
(これは実際には基準時を100
(2)バンドの中心レートと変動幅をどの
ように決めるか
とする指数として表される)が一定の水準になる
ように任意の通貨を選んで市場介入していく方法
通貨バスケットをもとに各国の為替レートのバ
(
「実効為替レート方式」
)が考えられる。この場
ンド(currency bands)からなる目標相場圏(ex-
合、通貨バスケットの構成通貨のウェイトは基準
change rate target zones)が設定される。この
時から変動していく可能性がある。これに対し、
バンドの中心レートは、経済のファンダメンタル
基準時における通貨バスケット(標準バスケット)
ズから推計される中期的な均衡為替レートであ
をもとにそのドルによる価格を算出し、以後は、
り、最も各国の利害がからむところでもある。し
そのドル価格に対して自国通貨の為替レートが一
たがって、この中心レートの設定と変更は域内諸
定の水準になるように市場介入していく方法(
「標
国の合意の上でなされるべきものである。しか
準バスケット方式」
)が考えられる。この方式の
し、中心レートは、相対的な対外競争力を規定す
場合は、通貨バスケットを構成する通貨の単位数
ることになるから、例えば、原油価格が大幅に上
は基準時のままであり、変動することはない。い
昇し、しかもその価格水準が持続すると見込まれ
ずれの方式も基準時において定められた自国通貨
るなど、何らかの外的なショックが発生して中心
の実効為替レートを安定させる効果は同じであ
レートを変更する必要が生じた場合であっても、
る。しかし、実効為替レート方式の場合は、介入
多国間の協議には時間がかかるうえ、各国の政治
の目標となる指標が指数であることから、通貨バ
的な思惑により協議が不調に終わる可能性もあ
スケットに基づき為替レートの安定を図ろうとす
る。従って、あらかじめ何らかの自動的なメカニ
る地域内諸通貨の価値を直接相互に比較すること
ズムを作ることが最も望まれるところである。し
が困難である。従って、制度の簡明さからして標
かし、EMSの経験をみてもそのプロセスは極め
*5
6
準バスケット方式が望ましいといえる 。
て困難であろうから、東アジアの現状のもとでは
*5
6 実効為替レート方式と標準バスケット方式の具体的な違いについては、補論を参照。
*57 この点はEMSでも同様であった。
*58 石山(200
4)pp1
5
1―2も同趣旨の意見である。
68
開発金融研究所報
そのような自動的メカニズムの構築は当面望み難
いであろう。
これに対し、バンドの幅は、これを広く取って
(3)バンド内でのクロールを保障するた
めに何が必要か
おけばマーケットの動きに対応することが容易で
あり、そのための事前の合意はそれほど困難では
EMSのもとで義務的介入を必要とする場合は、
ないと考えられる。ただし、あまりに広いバンド
通貨当局は無制限に市場に介入する義務を負って
はかえって市場の制度に対する信頼を損なう可能
おり、このことが制度の信認の維持に役立ったと
性があるので、義務的介入が要請される限度幅
いわれている。また、中央銀行間の超短期のファ
を、たとえばEMSのもとでイタリアに適用され
イナンス・メカニズムが創設され、介入のための
*5
9
ていた上下6% よりも少し広い上下10%とし、
無制限な資金が用意された*62。さらに、通貨当
その中に任意的介入などの対応を求めるより狭い
局が介入のために借り入れた資金の決済を円滑に
中心レートからの乖離幅(たとえば上下7.
5%)
行うために、各国中銀がその保有する金とドル準
*6
0
を設けることが考えられる 。ただし、この義
備の20%を預託して欧州通貨協力基金(European
務的介入が要請される限度幅については、東アジ
Monetary Co―operation Fund、基金のフランス
ア各国の協議によって定期的に見直していくこと
語名に従い、FECOMと略称される)が設立され
が大切である。
たこともEMSの成功の原因といってよいであろ
なお、EMSの仕組みは、参加国の通貨の全て
う。このような先例をみると、バンド内でのク
の組み合わせについて為替レートの変動幅を予め
ロールを保障するためには、市場の信認をいかに
決めておくものであり、その表のイメージが格子
確保するかが鍵となる。
状に見えるところからパリティ・グリッド方式と
現在、東アジア地域においては、アジア通貨危
呼ばれる。しかし、本論考が考えている通貨バス
機の経験を踏まえて、ASEAN+3諸国の間で
ケットでは、域 内 通 貨 は 入 っ て い な い の で、
チェンマイ・イニシアティブ(Chiang Mai Initia-
EMSのようなパリティ・グリッド方式は不要で
tive, CMI)の名のもとに二国間のスワップ協定
あり、標準バスケットで計られた各国通貨の中心
のネットワークが存在し、中国を含む参加8カ国
レートとそれからの乖離幅を協議の上決定し、あ
による総額375億ドルの資金(2005年2月末現在)
わせてEMSのように、義務的介入を必要とする
が通貨介入のために動員できることになってい
中心レートからの乖離幅と任意的介入などの対応
る。しかし、このネットワークは、あくまで二国
を必要とする日々の乖離幅を予め合意しておくこ
間の協定に基づくものであってその全ての資金を
*6
1
とで足りると考えられる 。
ある一国の通貨防衛のために直ちに無条件で使え
るわけではない。よく知られているように、大規
模な通貨投機に対しては、通貨当局に通貨防衛の
強い決意と潤沢な介入資金があってはじめて有効
*5
9 イタリア・リラについては、EMS発足当初は上下6.
0%とされたがその後9
0年になって上下2.
2
5%に縮小された。本論考で
EMSのもとでイタリアに適用されていた介入限度幅を参照したのは、東アジアの新たな為替制度に対する市場の反応は、ま
ずかつてのEMSにおける経験が言わばベンチマークになると予想されるからである。
*6
0 EMSにおいては、各国は、その通貨の為替レートが他の特定国通貨に対して予め定められた欧州通貨単位(European Currency Unit, ECU)で表示された特定のレート(bilateral central rate)の上下2.
2
5%に達した場合、介入を義務付けられてい
た。また、EMSにおいては、æ‚EC各国の通貨の日々の為替レートが各通貨との中心相場であるECUセントラル・レート(固
定値)からどの程度乖離しているかを示すECU乖離指標(Divergence Indicator, DI)を定義する。æ„各国通貨の日々のDIが
許容される最大乖離幅(maximum spread)の4分の3(divergence threshold)に達した場合、その国の通貨当局は、市場
介入、国内金融政策の変更、セントラル・レートの変更、その他の経済政策をとることを期待された。
*6
1 なお、加藤(20
0
0)は、元財務官としての実務的な経験などを踏まえつつ目標相場圏の維持が極めて困難であることを指摘
している。
*62 この超短期のファイナンスのほかに、国際収支が一時的に困難に陥っている加盟国を支援するための短期通貨支援ファイナン
スと国際収支が構造的不均衡に直面している加盟国を支援するための中期金融援助の計3つの信用供与制度が創設された。
2005年3月
第23号
69
な対抗が可能であるから、現在のCMIでは不十
れない。この場合、財政政策と金融政策はいずれ
分であり、これをEMSにおけるFECOMと同様
も同じ方向に作動し、その結果、財政規律が失わ
な基金にまで拡張強化することが望ましい。そこ
れる可能性がある。したがって、BBC制の安定
で東アジア6カ国(タイ、マレーシア、シンガ
的な運営のためには通貨当局と財政当局が協調し
ポール、インドネシア、フィリピン、韓国)の外
ていくことが求められる。これは一面では、金融
*6
3
0
04年10月 末 現 在 で 総 額
貨 準 備 を み る と、2
政策の独立性からみて後退とみられるが、トリレ
4,
3
6
4億ドルとなっており、EMSと同様にその
ンマの命題から要請される不可避な事態といわざ
2
0%を新たな基金に預託して介入に備えるなら
るを得ない。
ば、介入資金は約87
3億ドルとCMIの規模を2倍
以上上まわる。さらに第2線の準備として日中の
外 貨 準 備 の 総 計1兆4,
93
9億 ド ル の1
0%を イ ア
7.よりよい為替制度をもとめて
マークすれば第2線準備の総額は約1,
49
4億ドル
東アジアにおける貿易構造は、1980年代まで
となり、これは東アジア6カ国の2
0
04年10月末
は途上国と先進国の明確な役割分担に基づく輸出
現在における外貨準備総額の約3
4%に相当する。
志向型であったが、1990年代以降サービスリン
こうして第1線と第2線の介入資金を合わせれ
クコストなどの引き下げを目的とする国際生産
ば、その総額は約2,
3
6
7億ドルとなり、これは、
ネットワーク型に発展したといわれる*65。この
東アジア6カ国いずれか1カ国の外貨準備の約
ような貿易構造の変化は域内貿易の拡大深化をも
1.
3倍から1
8.
6倍に達する。このような大規模な
たらしており、為替政策についていえば、単に先
介入資金の存在は、国際的な投機資本にとって投
進国との関係だけでなく地域諸国との関係が以前
機に係るリスクを極めて大きくすることになるで
にも増して重要になっている。従って、東アジア
*6
4
あろう 。
地域においては、各国の為替政策の協調が不可欠
次に市場の信認を確保するうえで重要なこと
となっているが、これを従来のように各国のアド
は、通貨当局の政策意図が適時的確に市場参加者
ホックなコンセンサスのプロセスに委ねるのみで
に伝達されることである。このような観点から
は十分ではない事態が容易に想像される。特に投
は、前述したように中心レートとバンド幅の変更
資効率を極限まで追求する国際的なファンドの増
についてそのルールが当局の意向で恣意的に変更
大や金融テクノロジーと情報通信技術の進歩に裏
できるととられないことが重要であり、そのため
打ちされた金融市場のグローバリゼーションが
にもその変更ルールを予めアナウンスしておくこ
日々進展するなかにあって、市場の信認をつなぎ
とが望ましい。また、金融政策一般に対する市場
とめる政策運営をタイムリーに実行していくこと
の信認を確保するために市場との不断の対話が欠
は、経済の安定的な成長のために不可欠となって
かせない。問題は、財政政策との関係についてで
いる。これを別の視点からいえば、政策発動の時
ある。高木(1
99
9)も指摘するように、目標相
機を失したり、誤ったメッセージを発信すること
場圏のもとでは、拡大的な財政政策のもとで金利
の経済的・社会的さらに政治的コストは、その国
が上昇すると、為替レートに増価圧力が生ずるか
だけでなく東アジア地域諸国にとって極めて大き
ら、通貨当局は為替レートをバンドのなかに留め
なものとなっている。
るために金融政策を緩和する必要が生ずるかもし
東アジア地域において新たな為替制度を創設・
*6
3 200
4年1
0月末現在における金を除く各国の外貨準備は、タイ45
0億ドル、マレーシア5
9
2億ドル、シンガポール1,
0
56億ドル、
インドネシア35
7億ドル、フィリピン1
2
7億ドル、韓国1,
7
83億ドルである。なお、中国(香港を含む)
6,
6
65億ドル、日本8,
274
億ドルであった。
*64 第1線の介入資金約8
7
3億ドルに限ってみると、これは東アジア各国の外貨準備の約0.
5倍から6.
9倍であり、シンガポールや
韓国など外貨準備が比較的大きな国にとっては、必ずしも十分な規模とはいえない。
*65 木村(200
4)
。なお、サービスリンクコストとは、生産ブロックを結ぶ輸送費や電気通信費などをさす。国際生産ネットワー
クは、サービスリンクコストだけでなく賃金水準やインフラの整備状況など伝統的な産業立地論で検討される諸条件も踏まえ
ながら構築される広義の国際分業システムの一類型である。
70
開発金融研究所報
発展させていくうえで、制度の維持のためのコス
また、その有効な活用を図る上で必要とされる諸
トを受益国の間でいかに公平に負担していくかは
条件(情報収集や通貨政策協議について参加国を
大きな課題である。言い換えれば、そのコスト負
どの程度拘束するか、サーベイランスのための独
担のスキームの持続性が新たな為替制度の持続可
立した地域機関を設置するか、など)を早急に検
能性を決めることになろう。EMSの例では、強
討する必要がある。
い通貨国と弱い通貨国の双方が各国通貨間の為替
本論考では、東アジア地域における新たな為替
レートの変動幅を定めたパリティ・グリッド方式
制度の構築に当ってのIMFなど国際機関の役割
を維持することを義務付けられていたが、本論考
についてはあえて触れていない。IMFについて
で構想するBBC制のもとでは、為替レートのバ
いえば、度重なる通貨危機の教訓を踏まえサーベ
ンド内でのクロールは、第一義的に当該通貨発行
イランス・システムの構築をはじめ通貨危機防止
国の責任であり、必要となる介入資金のバック
のための様々な施策が講じられており、国際通貨
アップはあくまで補助的なものに過ぎない。その
制度の安定に寄与する役割の重要性は変わってい
意味では、地域の為替制度維持に必要なコストを
ない。東アジア地域における新たな為替制度は、
域内国が完全に共同して分担する仕組みとはなっ
世界経済の安定とその発展に資するものであり、
ていない。今後は、EMSの精神を踏まえて為替
IMFや世銀などの国際機関の目指すところと同
レートの相互安定化のためのメカニズムを維持し
じである。東アジア地域における新たな為替制度
ていくコスト配分のルールを構築していくことが
の構築に当っては国際機関の施策とのシナジー効
課題であろう。特に、介入資金のバックアップメ
果、特に、IMFの4条コンサルテーションと地
カニズムについて言えば、米国は無論のこと、日
域のサーベイランス・メカニズムとの調和、さら
本と中国の役割が明確にされていない点は今後残
に、IMF融 資 の プ ロ セ ス や コ ン デ ィ シ ョ ナ リ
された重要な検討課題である。
ティーとの調和をいかに図るかを検討する必要が
これに関連して、現在、CMIに基づくスワッ
あろう*66。
プ取り決めを外貨準備のイヤマークやプーリング
前述したようにBBC制は共通通貨制度に直接
に発展させてはどうかとする提案がなされてい
発展していくものではない。標準バスケットはア
る。この問題は、EMSの経験に照らすと、将来、
ジア共通通貨単位ではない。その直接のねらい
東アジア地域における為替レート安定のための基
は、あくまでも東アジア諸国の経済運営の責めに
金構想につながるものである。また、中長期的に
帰すことのできない為替レートの過度な変動から
アジア共通通貨への道筋が明らかになった段階で
各国経済を守り、国内の政治的事情から為替レー
は、東アジア地域における中央銀行構想にもつな
トの競争的切り下げなど近隣窮乏政策に陥る事態
がる可能性を秘めている。この問題は、前にも述
を避け、各国に安定した成長を保証しようとする
べたように、各国の金融政策の独立性を地域の経
ところにある。また、その中期的なねらいは、東
済安定のためにどの程度犠牲にするかという高度
アジア諸国の経済発展を促進して経済格差を縮小
に政治的な判断を要請されるものであり、今後の
し、あわせて地域の経済統合をさらに深化させ、
検討が待たれる。
欧州において実現したような域内における自由で
このような根本的な課題とは別に、通貨危機の
再発を防止するための効果的なサーベイランス・
メカニズムの構築は喫緊の課題である。以下に述
平等な経済社会関係を構築するにある。
アジア共通通貨は、この中期的な条件が整った
段階で真剣に議論されることになろう。
べるIMFのサーベイランスとの関係を整理し、
地域独自のメカニズムをどのように構築するか、
補論
*6
6 IMFのContingent Credit Line(CCL)は、もともと通貨危機を予防するための資金供与手段であったが、これを供与するこ
とがかえって通貨危機を惹起する懸念があるところから利用されることなく2
0
0
3年に廃止されている。このようなファシリ
ティーを含めIMFの緊急融資のあり方を見直すことも視野に入ってくるであろう。
2005年3月
第23号
71
してドル50%、ユーロ35%、円15%で構成され
通貨バスケットの評価方法
る。また、基準時でのドル以外の通貨のドル価値
は、1ユ ー ロ=1ド ル、1円=0.
0067ド ル だ か
通貨バスケットを評価する方法として実効為替
ら、次の式が成り立つ。
レート方式と標準バスケット方式がある。以下で
1×x=0.
5
は、それらの違いについて、設例をもとに説明す
る。
1×y=0.
35
0.
0
067×z=0.
15
今、通貨バスケットがドル価値で換算してドル
これを解くと、
x=0.
5、
y=0.
3
5、z=22.
4と
5
0%、 ユーロ3
5%、 円15%で構成されるとする。
なる。すなわち、標準バスケットは、常に0.
5単
名目為替レートは、基準時では1ドルあたり1
位のドル、0.
35単位のユーロ、22.
4単位の円で
ユーロ、1
50円であったが、評価時には1.
25ユー
構成され、基準時のそのドル価値は1ドルであ
ロ、1
2
0円であったとする。通貨バスケットの価
る。
値は、評価時では基準時に比べてどのように変わ
るであろうか。
評価時におけるドル以外の通貨のドル価値は、
1ユーロ=0.
8ドル、1円=0.
0083ドルである。
従って、標準バスケットのドル価値は、
(実効為替レート方式による評価)
5+0.
8×0.
35+0.
0083×22.
4
1×0.
=0.
96592(ドル)
基準時におけるドル、ユーロ、円の価値を100
と指数化する。ここでユーロと円については、そ
となる。
の指数が増大すればドルに対する価値は減価する
これをみると、評価時における標準バスケット
と定義する。そうすると、評価時における指数
のドル価値は、基準時から約3.
4%減価したこと
は、ド ル1
00、ユ ー ロ1
2
5、円80(=1
00×120/
になる。ちなみに、この減価率は、実効為替レー
1
5
0)となる。評価時における通貨バスケットの
ト方式における通貨バスケットの評価方法のうち
価値を示す指数を算定する場合、次の3つの方法
基準時との違いが最も小さな調和加重平均による
がある。
値に等しい。
算術加重平均
(参考)
1
0
0×0.
5+1
2
5×0.
35+8
0×0.
1
5=105.
75
入門国際金融 第2版 高木信二 日本評論社
1999年、pp8
5―86
幾何加重平均
50.35×8
00.15=1
04.
5
6
1
0
00.5×12
[参考文献]
調和加重平均
1
[和文文献]
=103.
36
1
1
1
×0.
5+ ×0.
3
5+ ×0.
1
5
1
0
0
1
25
8
0
石山(2004)通貨金融危機と国際マクロ経済学
従って、評価時における通貨バスケットの価値
浦田
(2005)
為替レート変動と直接投資 浦田秀次
は、基準時に比べて3.
3
6%から5.
7
5%減価した
郎 日本経済研究センター会報 2005.1
石山嘉英 日本評論社
ことになる。
嘉治(1994)欧州経済通貨同盟 嘉治佐保子
(標準バスケット方式による評価)
嘉治(2004)国際通貨体制の経済学 嘉治佐保
財団法人三菱経済研究所
基準時における通貨バスケットの価値を1ドル
とする。さらに、この通貨バスケットを構成する
梶山(2004)東アジアにおける為替制度に関す
通貨の単位数(ドルx単位、ユーロy単位、円z
る一考察 梶山直己 フィナンシャル・レ
単位)を固定する。こうしてできた通貨バスケッ
ビュー 財務省財務総合政策研究所編 平
トを標準バスケットとよぶ。
成16年第3号
標準バスケットは、仮定によりドル価値で換算
72
子 日本経済新聞社
開発金融研究所報
加藤(2000)為替を動かすのは誰か 21世紀の
為替問題と日本 加藤隆俊 東洋経済新報
nomies, Laurence Ball, Research Discus-
社
sion Paper 9
806, Reserve Bank of Austra-
河合(1
9
8
6)国際金融と開放マクロ経済学 河
合正弘 東洋経済新報社
木村(2
0
0
4)企業の役割高まる東アジア経済連
携 木村福成 日本経済研究センター会報
2
0
0
4.1
2
木村・中山(2
00
0)為替レートのボラティリティ
と企業の輸出行動 木村武・中山興 日本
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9
9
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国際通貨研究所(2
0
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近藤 (2
0
0
3) アジア共通通貨戦略―日本 「再生」
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志村(2
0
0
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33号
高木
(1
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9
9)
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8
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制度と政策の経済分析 高木信二 東洋経
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田中
(1
9
9
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吉野他(2
0
0
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2005年3月
第23号
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74
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開発金融研究所報
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8No.2
中東欧・旧ソ連諸国の金融改革とEBRD
国際金融第2部長
西村 潔
要 旨
欧州復興開発銀行(EBRD)は、中東欧・旧ソ連諸国の市場経済への移行支援を活動目的としてい
る。市場メカニズムに基づいた効率的な資源配分を実現する健全な金融セクターの構築の体制移行に
おける重要性を反映して、金融セクター向け活動はEBRDの支援活動の重要な柱となっている。中東
欧・旧ソ連諸国の金融セクター改革の進捗度合いは、国ごとに大きく異なり、特にノンバンク金融部
門は、銀行部門に比べて相対的に発展が遅れているが、EBRDは、幅広い金融ツールを活用して民間
金融部門の多面的な金融仲介機能の育成に努めている。民間経済主体のニーズにダイレクトに応える
支援を実施する観点から、EBRDは、政策・制度面での枠組み作りに対する支援よりも、個別の民間
金融機関に対する支援を重視しているが、金融セクター全体に対する支援効果を確保するために、幅
広い金融機関に対して支援を実施するとともに、支援効果の持続性を重視した活動を行っている。
EBRDは、政府系金融機関向け支援には消極的であり、民間金融による「市場の失敗」に対しては、
民間金融機関の能力向上と適正なインセンティブの供与により対応している。
第1章
の移行支援において重要な役割を果たしている。
はじめに
EBRDの活動は、その活動目的に沿い、民間プ
欧州復興開発銀行(EBRD)は、中東欧・旧ソ
ロジェクト向けが中心であり*2、また、実際の投
連諸国の開放的な市場経済への移行を支援し、民
融資活動では、
(イ)Transition Impact(市場経
間部門と企業家の自発的活動を促進することを活
済への移行促進に効果があること)
、
(ロ)Addi-
*1
動目的とする国際金融機関(IFIs)である 。1991
tionality(他の資金ソースでは代替できない支援
年に設立されて以来、EBRDの中東欧・旧ソ連諸
を実施すること)
、
(ハ)Sound Banking Princi-
国に対する投融資額の累計は20
0
3年末までに227
ples(健全な金融判断に基づいて支援を実施する
億ユーロに達しており、これら諸国の市場経済へ
こと)
の3原則を満たすことが要求されている*3。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
Abstract
The operational mission of the European Bank for Reconstruction and Development(EBRD)is to aid the transition of central
and eastern Europe and former Soviet Union countries to market economies. Given the importance of establishing a sound financial sector with the ability to allocate resources on the basis of market principles, financial sector operations constitute a main pillar of EBRD assistance to these countries. Progress in financial sector reform differs substantially depending on the country and
the development of the non―banking sector generally lags behind that of the banking sector. Thus, EBRD strives to foster a multi
―facet financial intermediary functions of private financial institutions through the utilization of EBRD’
s diversified financial tools.
With the aim of meeting directly the need of private sector participants in the economy, EBRD focuses on providing assistance to
each individual financial institution rather than working on the establishment of adequate policy and regulatory frameworks.
EBRD also places an importance in expanding coverage of private financial institutions to be assisted by EBRD and also in the
sustainability of the impact of its assistance to these institutions.
*1 EBRDの設立協定では、市場経済への移行支援に加えて、中東欧・旧ソ連諸国における複数政党制に基づく民主化の促進も、
その活動目的とされているが、他方、他のIFIsとは異なり、経済発展や貧困削減などが明示的な活動目的とはなっていない点
が特徴となっている。
*2 EBRD設立協定上、政府部門向けは、投融資活動の4割以内であることが求められているが、2
00
3年末のEBRDのポートフォ
リオ(投融資残高プラスコミット済み未実行額)を見ると、政府部門向けは28%に留まっている。
*3 個別の投融資プロジェクトは、プロジェクト承認の段階で、プロジェクトがもたらすと期待されるTransition Impactに関し
て6段階の判定(Excellent、Good、Satisfactory、Marginal、Unsatisfactory、Negative)がなされるが、プロジェクトの実
施には、最低限Satisfactoryの判定が必要である。
2005年3月
第23号
75
図表1 EBRDの累積投融資額および件数
(件数)
1,100
(10億ユーロ)
25
1,000
20
900
15
800
10
700
5
0
投融資額
投融資件数
600
1999
2000
2001
2002
2003
500
出所)EBRD
このため、EBRDは、民間経済主体のニーズにダ
イレクトに応える形での支援の実施を重視してお
図表2 2003年のEBRD新規投融資コミット額
のセクター構成
り、持続的な経済発展の実現には、ダイナミック
その他
18%
な民間部門の育成が重要であることが広く認識さ
金融
33%
れるようになった現在、その活動は、開発支援に
携わる他の機関にとっても示唆を与える点が多
い。
EBRDは、市場経済への移行を支援するに当た
り、市場メカニズムに基づいた効率的な資源配分
製造業
14%
総額 37.2億ユーロ
を行う健全な金融セクターの構築を最優先課題の
一つとしており、金融セクター向け投融資活動
は、EBRDの活動全体の約3割と最大のシェアー
を占め、他のセクター向けを大きく引き離してい
る*4。また、EBRDの金融セクター向け活動は、
エネルギー
16%
市場経済のもとで金融セクターが果たしている幅
広い機能を反映して、単に銀行部門に限らず、ノ
インフラ
19%
出所)EBRD
ンバンク金融サービスを提供している多様な金融
機関の育成も視野にいれた幅広いものとなってい
Institutions Business Group)
に在籍し、 ロシア、
る。さらに、金融セクター向け活動は、市場経済
ウズベキスタン、マケドニア、アルバニア、グル
への移行支援における中心的な役割に加え、地場
ジア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボなどで
の銀行向け出資の売却益を中心に、EBRDにとり
銀行、保険会社、リース会社などに対する出資、
重要な収益源ともなっており、最近のその好調な
融資、保証、技術支援に幅広く取り組むことが出
*5
業績を支えている 。
来た。この経験を通じ、市場経済への移行プロセ
筆 者 は、2
00
1年2月 か ら2
0
04年6月 ま で、
スにおいて、健全で効率的な金融セクターを構築
EBRDにおいて金融セクター向け投融資を担当し
する過程の難しさ、そのために必要とされる課題
ている金融機関ビジネス・グループ(Financial
の多さを、身をもって体験することが出来た。本
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*4 2
0
03年末のEBRDのポートフォリオのうち3
0.
5%は金融セクター向けであり、また、2
0
03年の新規コミット額でも、金融セク
ター向けは3
3%を占め、第2位のインフラセクター(同1
9%)を大きく引き離している。
*5 EBRDの2
0
0
3年の貸倒引当前の営業利益は3
9
9.
2百万ユーロであり、過去最高の好決算を記録したが、この内、約4割に当た
る155.
9百万ユーロは、出資案件からの売却益(Capital gains)であった。売却益の中心は、中欧での銀行民営化の過程で
EBRDが取得した旧国営銀行の株式の売却によりもたらされたものである。因みにEBRDの2
0
0
3年の貸倒引当後の純利益は
378.
2百万ユーロであり、資本純利益率(Return on Equity)は6%であった。
76
開発金融研究所報
稿で、これまでわが国ではあまり知られていない
定されていたことから、殆どの国では、政府計画
EBRDの金融セクター向け活動を紹介することに
の円滑な遂行を図るために、中央銀行が商業銀行
より、体制移行国を含む開発途上国の開発支援に
の機能も兼ねる「単一銀行制度(mono banking
携わる方々の参考となれば幸いである。
system)
」が採用され、工業、農業、外国貿易、
住宅などの各分野に特化した国営の専門銀行が設
第2章
中東欧・旧ソ連諸国におけ
る金融セクター改革の現状
立されていた。借手であった国営企業に対して、
国営銀行は、破産やその他の法的措置で返済を強
制する権利を持たず、結果として、これら銀行の
資産の多くは不良債権化し、銀行のスタッフも、
(1)金融セクター改革の必要性
市場経済において必要とされる金融知識を持ち合
わせていなかった。
計画経済から市場経済への移行に当たっては、
このような初期条件にあった中東欧・旧ソ連諸
市場原理に基づく資源配分を可能とする金融セク
国の金融セクター、特に銀行部門を、市場経済の
ターの構築が必要となる。すなわち、市場経済に
もとで機能し得るものへと転換させるための改革
おいて金融セクターは、望ましい安全性とリター
は、細部については各国において違いがあるもの
ンの観点から余剰資金の運用先を求めている貯蓄
の、基本的には、IMFや世銀が提唱した同一の
者と、投資などに必要な資金を求めている企業な
処方箋のもとで行われた。銀行部門改革に関する
どの他の経済主体との間を仲介する重要な機能を
「ワシントン・コンセンサス」とも言える、その
担っている。金融セクターは、その過程で、貯蓄
処方箋は、基本的には以下の構成要素から成って
者に代わりプロジェクトのリスクとリターンを評
いた*6。
価し、提供した資金の使途をモニターし、その回
(イ)中央銀行からの商業銀行機能の分離(二
収に努める役割を果たしており、これにより、資
層銀行制度(two―tier banking system)
金を利用する企業などには厳格な予算制約(Hard
の導入)
Budget Constraints)が課せられ、提供された資
(ロ)国内における貨幣の交換可能制約の撤廃
金の効率的な活用が実現することになる。また、
(ハ)金利の自由化
銀行などの金融機関は、効率的な決済機能を提供
(ニ)国営専門銀行の商業銀行への転換と民営
することにより、市場経済における経済取引コス
トの削減にも貢献している。
これに対して、中東欧・旧ソ連諸国が採用して
いたソ連型の計画経済にお い て は、金 融 セ ク
化
(ホ)新規銀行設立・参入の奨励
(ヘ)国際基準*7に沿った銀行の監督・規制制
度の整備
ター、特に銀行部門は、政府の作成した計画の執
行機関にすぎず、政府の計画に基づいて各産業分
(2)銀行部門改革の現状
野や国営企業に資金を配分する機能しか担ってい
なかった。このために計画経済下の銀行は、自己
EBRDでは、中東欧・旧ソ連各国の銀行部門改
のリスク判断に基づいた金融仲介の機能・能力を
革の進捗度合いを4段階の指標で評価している
持っておらず、また、企業・個人が銀行に保有し
が*8、最新の評価によれば*9、市場経済への全般
た預金の使用には厳しい制限が課せられ、金利も
的な移行状況を反映して各国の進捗度合いには依
規制されていたため、銀行の信用創造機能に対す
然として大幅な差がある。市場経済への移行が既
る政府の監督・規制制度も必要とされていなかっ
にかなり進展しており、2004年5月には念願の
た。このように、銀行の機能が受動的なものに限
EUへの正式加盟を実現した中欧・バルト諸国の
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*6 例えば、Calvo and Frenkel(1
9
9
1)
、Caprio and Levine(19
9
4)
、Fisher and Gelb(1
9
9
1)
。
*7 基本的に、バーゼル銀行監督委員会の勧告する銀行監督のモデルや銀行の監督・規制に関するEU指令に基づく監督・規制制
度が導入された。
2005年3月
第23号
77
図表3 中東欧・旧ソ連諸国の金融セクター改革の現状
銀 行 数
(うち外銀)
国営銀行の
シェアー(%)
不 良 債 権/
総 融 資
(%)
(注1)
対民間融資/ 金融セクター改革の進捗度合い
GDP (%)
銀
行
ノンバンク
クロアチア
4
1
(1
9)
3.
4
9.
4
4
8.
5
3.
7
2.
7
チェコ
3
5
(2
6)
3.
0
5.
0
17.
9
3.
7
3.
0
エストニア
7
( 4 )
0.
0
0.
5
33.
7
3.
7
3.
3
ハンガリー
38
(2
9)
7.
4
3.
8
42.
3
4.
0
3.
7
ラトビア
23
(1
0)
4.
1
1.
5
38.
8
3.
7
3.
0
リトアニア
13
( 7 )
0.
0
2.
6
1
9.
9
3.
0
3.
0
ポーランド
5
8
(4
6)
25.
7
25.
1
17.
8
3.
3
3.
7
スロバキア
2
1
(1
6)
1.
5
9.
1
25.
0
3.
3
3.
7
2
9.
5
(1
9.
6)
5.
6
7.
1
30.
5
3.
6
3.
3
アルバニア
1
5
( 13 )
51.
9
4.
6
5.
1
2.
3
1.
7
ボスニア・ヘルツェゴビナ
3
7
(1
9)
5.
2
8.
3
14.
6
2.
3
1.
7
ブルガリア
35
(2
5)
0.
4
4.
4
25.
8
3.
3
2.
3
マケドニア
21
( 8 )
1.
8
3
4.
9
14.
9
2.
7
1.
7
ルーマニア
30
(2
1)
4
0.
6
1.
6
9.
5
2.
7
2.
0
中欧・バルト
(平均)
セルビア・モンテネグロ
4
7
(1
6)
3
4.
1
2
3.
8
n.a
2.
3
2.
0
3
0.
8
(1
7)
2
2.
3
1
2.
9
14.
0
2.
6
1.
9
アルメニア
19
( 8 )
0.
0
4.
9
5.
8
2.
3
2.
0
アゼルバイジャン
4
6
( 4 )
55.
3
14.
6
n.a
2.
3
1.
7
ベラルーシ
3
0
( 17 )
6
3.
7
3.
7
1
2.
0
1.
7
2.
0
グルジア
2
4
( 6 )
0.
0
7.
5
8.
6
2.
3
1.
7
モルドバ
1
6
( 9 )
15.
5
6.
4
22.
4
2.
3
2.
0
15
8
(1
9)
9.
8
3
2.
7
24.
6
2.
3
2.
0
4
8.
8
(1
0.
5)
24.
1
11.
6
1
4.
7
2.
2
1.
9
1,
3
2
9
(4
1)
n.a.
10.
4
20.
9
2.
0
2.
7
カザフスタン
3
6
(1
6)
5.
1
2.
1
22.
8
3.
0
2.
3
キルギス
21
( 7 )
7.
2
1
1.
2
n.a.
2.
3
2.
0
1
1
( 1 )
6.
1
7
3.
6
10.
5
1.
7
1.
0
トルクメニスタン
1
3
( 9 )
95.
9
0.
3
2.
2
1.
0
1.
0
ウズベキスタン
28
( 5 )
91.
0
1.
0
26.
0
1.
7
2.
0
2
3
9.
7
(1
3.
2)
41.
1
1
6.
4
16.
5
2.
0
1.
8
8
2.
8
(1
5.
4)
2
1.
1
1
1.
7
2
0.
4
2.
7
2.
3
南東欧(平均)
ウクライナ
東欧・コーカサス
(平均)
ロシア
タジキスタン
(注2)
ロシア・中央アジア(平均)
総
平
均
注1)EBRD作成による進捗度合の指標。1が改革が最も遅れている状況、4は先進市場経済並みに改革が進んでいる状況を示す。
注2)2
0
0
2年末現在。それ以外の国は2
0
0
3年末現在。
出所)EBRD
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*8 指標の各段階が示す、改革の進捗状況は以下の通り。
指標1:中央銀行からの商業銀行機能の分離のみが実施され改革が最も遅れている状態
指標2:国内通貨の交換可能性が実現し、金利設定と信用配分に関する自由化がある程度進展している状態
指標3:
(破綻処理を含む)銀行の監督・規制制度が概ね整備され、中銀からの譲許的リファイナンス制度の廃止により厳格
な予算制約のもとでの銀行経営が必要とされる状態
指標4:先進市場経済で要求される制度・規則がほぼ実現している状態
*9 EBRD(2
0
0
4b)
78
開発金融研究所報
指標は、平均で、先進市場経済国とほぼ同じ3.
5
展の原動力となるべき中小企業向け融資に関して
であるのに対し、移行が一般に遅れ気味な旧ソ連
銀行部門が依然として消極的であることなどの問
諸国の指標は平均で1.
8であった。ただし、例外
題点が挙げられている。
もあり、例えば、既にEU加盟を果たしたリトア
また、20
04年にEUに新 規 加 盟 を 果 た し た 中
ニア(3.
0)よりも、まだ加盟を果たしていない
欧・バルト諸国と従来からのEU15カ国の銀行部
ブルガリア(3.
3)の方が、銀行部門の改革は進
(イ)
門の発展度合いの差を比較した研究*11でも、
展していると評価されており、また、旧ソ連諸国
GDPに対する貯蓄の割合では、ほとんど差がな
でも、既に市場経済がかなり定着しているかに見
いにも関わらず、民間部門の銀行預金のGDPに
えるロシア(2.
0)の方が、ウクライナ、モルド
対する比率を比較すると東欧・バルト諸国はEU
バ、グルジア、アルメニア(全て2.
3)よりも銀
15カ 国 よ り も 著 し く 低 く(2002年 で45%対
行改革では遅れていると評価されている。
129%)
、貯蓄形成における銀行部門の役割は限
このような各国の進捗度合いの差に加えて、
定的であること、
(ロ)民間部門向け国内信用の
EBRDにとり重要な問題は、市場経済への移行を
GDP比で見た金融仲介の水準についても、依然
目指す中東欧・旧ソ連諸国では、金融セクターに
として著しい差があること(同32%対103%)
、
関する規制・制度面での改革が、それなりに進展
(ハ)長期融資の割合は限定的で短期融資が中心
してきたにもかかわらず、依然として銀行部門の
であること(5年超の融資が全体の融資に占める
金融仲介機能が全体として弱体であり、今後の持
割合は2%対36%)などが指摘されている。こ
続的経済成長の足枷となることが懸念されている
のように、銀行部門の改革が先進市場経済国並み
ことである。金融仲介機能の尺度として中東欧・
に進んだかに見える中欧・バルト諸国でも、依然
旧ソ連諸国の銀行部門の国内信用とGDPの比率
として、銀行に対する信用の向上、金融商品の多
を、これらの諸国と経済の発展段階が同水準の他
様化、新しい顧客セグメントの開拓、リスクテー
*1
0
の途上国と比較した研究 によれば、移行開始
ク能力の強化、長期資金調達能力の強化などが課
後3年目の1
99
4年と8年目の1
9
99年のデータで
題として残されていることが指摘されている。ま
比較して見ると、どちらも中東欧・旧ソ連諸国の
た、その背景として、弱小銀行の淘汰が進んでい
国内信用の比率の方が他の途上国よりも低く、ま
ないなど、銀行部門の統合が不完全で、効率的で
たその格差が、上記の5年間に逆に拡大してお
競争力のある銀行が十分には育っていないことも
り、経済発展に伴う金融深化は、その他の途上国
指摘されている。
に比べて市場経済移行国では、相対的に遅れ気味
であることが明らかにされている。
このように、銀行部門を中心とする中東欧・旧
ソ連諸国の金融セクターの改革は、一定の進展が
また、民間部門向け銀行信用のGDP比に注目
見られるものの、依然として多くの課題が残され
した場合には、中東欧・旧ソ連諸国は、他の途上
ており、市場経済への移行支援における金融セク
国よりも、その比率が低いだけでなく、他の途上
ター改革向け活動の重要性は衰えていない。
国では1
9
9
4年から1
99
9年にかけて同比率の上昇
が見られるのに対して、逆に、中東欧・旧ソ連諸
国では、一部の国を除いて、その比率が減少して
いることも指摘されている。その理由として、中
東欧・旧ソ連諸国では、
(イ)依然として国営銀
行の果たしている役割が大きいこと、
(ロ)銀行
の参入・退出に関する規制が未整備で銀行部門に
おける競争が制約されていること、
(ハ)経済発
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
0 Fries and Taci(2
0
0
2)
*11 Mantler(2
0
0
4)
2005年3月
第23号
79
図表4 EBRDの金融セクター向けポートフォリオの構成の推移
(百万ユーロ)
5,000
4,500
4,000
マイクロ・
ファイナンス
ノンバンク
金融機関
エクイティー・
ファンド
銀行融資
銀行出資
3,500
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
出所)EBRD
第3章
EBRDの金融セクター向け
活動
いた支援を行っている点が、EBRDの金融セク
ター向け活動の大きな特徴となっている。
より具体的には、EBRDの金融セクター向け投
融資活動は、
(イ)銀行向け出資、
(ロ)銀行向け
(1)基本戦略と枠組み
融資・保証、(ハ)
マイクロ・ファイナンス、
(ニ)
ノンバンク金融機関向け出資・融資、
(ホ)エク
EBRDの金融セクター向け活動は、健全な金融
イティー・ファンド向け出資の5分野から構成さ
原則(Sound Banking Principles)と企業統治
れている。2003年末のEBRDの金融セクター向け
(Corporate Governance)のもとで、高い効率
ポートフォリオ(投融資残高プラスコミット済み
性を持って運営され、企業や家計などの経済の活
未実行額)の内訳を見ると、銀行向け融資・保証
動主体に高水準の金融サービスを提供することが
が41%の18.
6億ユーロを占め第1位であり、エ
可能な金融セクターを中東欧・旧ソ連諸国におい
クイティー・ファンド向け出資が8.
9億ユーロ
て育成することを目標としている。この観点か
(20%)
、銀行向け出資が8.
7億ユーロ(19%)
ら、EBRDは、次の具体的な課題に取り組んでい
で続いている。ただし、2000年末には4%しか
る。
なかったノンバンク金融機関向け投融資のポート
(イ)金融機関の安定性・効率性の向上
フォリオが、2003年末には全体の13%を占める
(ロ)金融機関間の公正な競争の促進
6.
0億ユーロへと急激に増加しており、今後も、
(ハ)金融機関、金融商品、金融サービスの多
この傾向が続くものと予想されている。
様化
(ニ)政府系金融機関の商業化、リストラおよ
び民営化
(ホ)中小・零細企業向けを中心とした民間部
門向け金融仲介の拡大
(ニ)金融機関における企業統治の向上
80
国別の内訳を見ると、EBRDから投融資を受け
ることができる支援対象国(EBRD Countries of
Operations)27カ国*12全てにおいて、金融セク
ター向けプロジェクトが実施されており、特に民
間プロジェクトの実施が難しい中央アジアやコー
カサス地域の体制移行が比較的遅れている国で
上記の課題に取り組むにあたり、法律・規則・
は、金融セクター向けプロジェクトが、これらの
監督制度の整備や改善などの金融セクターの基礎
国でEBRDが実施する民間プロジェクトの大宗を
的な土台作りは、世界銀行、IMFなどの他の援
占めている。地域別の分布を見ると、中欧・バル
助機関に任せ、自らは個別の金融機関に対する投
ト諸国向けが18.
4億ユーロ(41%)で最大であ
融資活動と、それに付随する技術支援に重点を置
り、ロシア・中央アジア諸国向けが11.
4億ユー
開発金融研究所報
図表5 金融セクター向けポートフォリオの国・グループ別構成
銀行出資
ロシア
リージョナル
ポーランド
ルーマニア
クロアチア
チェコ
カザフスタン
スロバキア
ウクライナ
ハンガリー
スロベニア
ブルガリア
ウズベキスタン
ボスニア・ヘルツェゴビナ
エストニア
ラトビア
セルビア・モンテネグロ
リトアニア
グルジア
マケドニア
ベラルーシ
モルドバ
アゼルバイジャン
アルバニア
キルギス
トルクメニスタン
アルメニア
タジキスタン
銀行融資
エクイティー
フ ァ ン ド
ノンバンク
金融機関
(百万ユーロ)
マ イ ク ロ・
ポートフォリオ
ファイナンス
4
6
31
1
2
01
75
1
05
7
3
7
0
6
5
1
3
4
1
1
4
1
5
7
3
5
1
1
9
1
4
2
2
6
4
3
8
5
2
1
0
0
6
0
6
1
9
3
3
1
5
3
0
1
0
7
5
20
0
19
5
17
3
47
12
5
40
16
2
90
52
37
8
7
4
8
4
3
3
0
2
5
1
4
2
3
6
2
9
1
6
1
4
0
6
7
4
2
4
52
84
14
5
26
14
26
13
18
4
4
0
5
2
0
1
13
0
2
0
0
0
2
0
0
0
0
46
1
79
29
7
66
8
69
0
51
7
2
2
2
0
3
2
4
0
14
0
0
0
0
0
5
0
0
0
0
0
0
11
0
0
9
9
0
1
0
0
0
6
7
4
0
0
1
8
0
8
7
0
2
5
1
2
0
0
0
5
7
2
5
2
8
3
8
3
2
9
9
2
9
6
2
8
0
2
5
4
1
9
9
1
8
1
1
2
6
1
0
7
1
0
2
5
9
5
7
5
5
5
1
4
1
3
6
3
3
3
1
2
1
2
0
1
3
1
1
7
5
2
8
7
0
1,
85
9
88
6
6
07
2
83
4,
5
0
5
出所)EBRD
ロ(2
5%)、南東欧諸国向けが9.
5億ユーロ(21%)
国を、市場経済への体制移行の進捗度合いに基づ
で、これに続いている。個別の国では、ロシア向
いて、
(1)初期・中期移行国17カ国と(2)先
けが7.
4億ユーロ(1
6%)で最大であり、ポーラ
進移行国9カ国に分類しているが*13、2003年末
ンド向けが5.
3億ユーロ(12%)
、ルーマニア向
の金融セクター向けポートフォリオの内訳を見る
けが3.
8億ユーロ(9%)で続いている。
と、先進移行国向けが41%、初期・中期移行国
なお、EBRDでは、ロシア以外の支援対象国26
向けが30%、ロシア向けが16%、複数地域向け
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
2 EBRD設立時には、中東欧諸国のみがEBRDの投融資の対象国であったが、その後、旧ソ連邦や旧ユーゴスラビアの崩壊によ
り生まれた国も支援対象となり、現在では、以下の2
7カ国が支援対象国となっている。
中欧およびバルト諸国:クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、スロバキア
南東欧諸国:アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、マケドニア、ルーマニア、セルビア・モンテネグロ
東欧およびコーカサス諸国:アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、グルジア、モルドバ、ウクライナ
ロシアおよび中央アジア諸国:ロシア、カザフスタン、キリギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン
なお、2
0
0
4年のEBRD総会で、モンゴルを2
8番目の支援対象国とすることが決定され、現在、出資国による批准手続き中で
ある。
*13 初期・中期移行国:アルバニア、アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、マ
ケドニア、グルジア、カザフスタン、キルギス、モルドバ、ルーマニア、セルビア・モンテネグロ、タジキスタン、トルクメ
ニスタン、ウクライナ、ウズベキスタン
先進移行国:クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、スロバキア、スロベニア
2005年3月
第23号
81
が1
3%であり、市場経済の移行が進んでいる国
(ロ)銀行部門の統合支援による競争促進:弱
だけではなく、移行が比較的遅れている国の金融
小銀行の淘汰が遅れ、競争が制限されて
セクター向けの投融資にも、同様に力を入れてい
いる国において、統合の核となり得る優
ることが分かる。また、投融資の内容を見ると、
良な現地銀行に対して他行との合併に必
初期・中期移行国向けでは、現地銀行向け出資、
要とされるシード・マネーなどを提供し、
中小企業支援クレジット・ライン、貿易金融ファ
統合を促進する。
シリティーなどの、EBRDの標準的な金融セク
(ハ)現地銀行の基盤整備と能力向上:出資先
ター向け支援プログラムが中心であるのに対し
銀行の取締役会への積極的な関与や技術
て、先進移行国では、モーゲージ・ファイナン
支援プログラムの供与などを通じ、健全
ス、消費者金融、リース、証券化などの、より多
な金融原則 (Sound Banking Principles)
様化された金融商品を提供しており、また、銀行
の適用、企業統治(Corporate Govern-
以外のノンバンク金融機関向け支援も大きなシェ
ance)および透明性の向上、最新の金融
アーを占めるなど、支援対象国の体制移行や金融
技術・ノウハウの移転、十分な環境配慮
セクターの発展度合いの違いに応じた支援を行っ
の実施などを実現し、出資先銀行の基盤
ていることが分かる。
整備・能力向上に貢献する。
次に、金融セクターの各分野に対するEBRDの
(ニ)外資参入の促進:外銀の参入は、銀行部
投融資活動の具体的な内容につき、より詳しく見
門への新規資本供給の役割に加え、最新
ることとしたい。
の金融技術・ノウハウの移転、効率性の
向上などにより、銀行部門の競争促進と
(2)銀行向け出資
財務安定性の向上などの効果がある*15。
この観点から、中東欧・旧ソ連諸国の金
現地銀行に対する出資は、EBRDの金融セク
融市場への進出を検討している西側の戦
ター向け活動の基軸を成すもので、2
0
0
3年末ま
略的投資家に対して、EBRDが出資先銀
でに、EBRDは、トルクメニスタンとタジキスタ
行の株式の一部を保有することにより、
ンを除く全ての支援対象国2
5カ国の現地銀行85行
投資プロジェクトにおけるポリティカ
*1
4
ル・リスクの軽減に貢献する。また、先
を実施している。その国別分布を見ると、チェコ
進的な株主、経営者を有するものの、戦
(1
5
7百万ユーロ)
、ルーマニア
(1
34百万ユーロ)
、
略的投資家が見つかっていない現地銀行
スロバキア(1
19百万ユーロ)
、スロベニア(64百
を特定し、EBRD出資を通じて、その能
万ユーロ)
、ポーランド(65百万ユーロ)の順で
力の向上と基盤整備を支援することによ
あった。初期には、バルト3国の銀行向け出資も
り、投資先としての魅力を高める。
行われたが、既に、その多くは売却済みである。
(ホ)銀行部門の資本強化:中東欧・旧ソ連諸
EBRDによる現地銀行への出資は、主に、次の
国では、一般に銀行部門の資本不足が金
に対して1
1
9件、総額1,
33
9百万ユーロの出資
ような目的のもとで実施されている。
融仲介機能拡大の制約要因となっている
(イ)国営銀行の民営化支援:国営銀行の円滑
ところ、普通株に加えて、優先株、転換
な民営化を実現するため必要とされるリ
債、劣後融資などのフレキシブルなツー
ストラの実施を株主として支援・監督す
ルを活用して資本増強に貢献する。
ると共に、EBRD自身が出資者となるこ
現地銀行への具体的な出資形態としては、普通
とにより、他の民間投資家のリスクを軽
株式、優先株式、株式に転換可能なシニアまたは
減する呼び水的役割を果たす。
劣後融資などの幅広い形態がとられているが、
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
4 出資先銀行の主要株主などとの間で、一定の出資期間後に、EBRD出資額の特定価格での買い戻しを定めたPortage Equityを
含む。
*15 中欧諸国の銀行部門に対する外資参入の効果については、Méro
´
´and Valentinyi(2
0
0
3)参照。
82
開発金融研究所報
EBRD自身が出資先銀行の経営権を握ることは想
*1
6
の戦略的投資家への売却が成功するよう、
定されておらず、出資比率は5―3
5%程度 に
IFC、BCR経 営 陣、ル ー マ ニ ア 民 営 化 庁
限定されている。また、現地銀行向け出資に当っ
(APPS)とも協力して、BCRのビジネス戦
て は、通 常、
(イ)4―8年 以 内 に 出 資 の 売 却
略の見直し、リスク・コントロール体制の強
*1
7
(ロ)適切
(Exit)が可能と予想されること 、
*1
8
化、企業統治の改善、顧客サービスの改善、
(ハ)出資先の
なリターンが見込まれること 、
金融商品の多様化などからなる包括的な経営
通常の経営には関与しないものの取締役会への
改善策を作成して、その実施を支援してい
EBRD代表の参加により基本的な経営方針などの
る。
決定への参画が可能なこと、
(ニ)適切な業務戦
略、経営・融資方針の改善などの具体的なプログ
ラムの実施、適正な財務基準の維持などに出資先
新規民間銀行の育成の例:ボスニア・ヘル
銀行が合意していることなどが条件となる。
ツェゴビナ・Market Banka
Market Bankaは内戦によりサラエボの街
国営銀行民営化支援の実例:ルーマニア・
が包囲されていた1992年に地元企業家によ
Banca Comerciala Romana
り新設された民間商業銀行である。設立当初
EBRDは、19
9
0年 代 に チ ェ コ、ハ ン ガ
は、食料輸入ファイナンス、海外送金などの
リー、ポーランド、エストニアなどの中欧・
限定的な業務のみを行っていたが、内戦の終
バルト諸国で実施された銀行民営化に積極的
結による経済復興を背景に、優秀な若手経営
に参加し、その民営化を支援したが、これら
陣のもとで順調に業容を拡大していった。
の先進移行国での銀行民営化がほぼ一巡した
Market Bankaの 将 来 性 を 高 く 評 価 し た
*1
9
現在 、出資による国営銀行の民営化支援
EBRDは、1997年に、同行にとり初めての外
は、初期・中期移行国に中心が移ってきてい
国株主として約30%の株式を取得し、さら
る。ルーマニア最大の商業銀行であるBanca
には中小企業支援クレジット・ラインや技術
Comerciala Romana(BCR)
の民営化支援が、
支援を供与して同行の発展を後押ししてき
最 近 の 代 表 例 で あ る。BCRの 民 営 化 は、
た。EBRDの支援のもとでMarket Bankaは
ルーマニアの経済発展とEU加盟プロセスに
発展を続け、2000年には、東欧・旧ソ連な
おいて重要な鍵を握っており、同国政府は、
どで積極的な事業展開を進めているオースト
2
0
02年に外資への売却を試みたが、市場環
リアのRaiffeisen Zentral Banking Group
境が整わず失敗に終わった。このため、政府
(RZB Group)が同行を傘下に収め、Raif-
はBCRを3段階で民営化することに決め、
feisen
Bank
Bosnia
and
Herzegovina
その第1段階として、まず200
3年に国際機
(RBBH)と改称した。EBRDは、自ら の 出
関 で あ るEBRD、IFCに25%ず つ を 各222百
資持分を、RZB Groupに売却し、高水準の
万ユーロで売却し、次に従業員組合に対して
売却益を得たが、その間に、RBBHは、ボス
8%を売却して、政府は少数株主となり、
ニア・ヘルツェゴビナ最大の商業銀行に成長
最終的には、2
00
6年末までにBCRを戦略的
し、中小企業を初めとする同国の民間企業へ
投資家に売却することを決定した。EBRD
の資金供給において重要な役割を果たしてい
は、BCRの主要株主として、有利な条件で
る。EBRDは、2003年にボスニア・ヘルツェ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
6 財務諸表上への関連会社記載の問題を避けるために、通常は20%未満の出資に限定されている。
*1
7 戦略的投資家として西側の金融機関などが株主となっている現地銀行の出資に当たっては、将来のEBRD所有株式の売却に関
して、これらの戦略的投資家との間で予めPut Optionを締結することが通常である。
*18 最低限要求されるリターンにつき明示的な基準は無いが、通常、最低でも1
2%以上のリターンが予想されていることが多い。
*1
9 ハンガリーの国民貯蓄銀行(OTP)やポーランドのPKO BPのように、今後民営化が予定されている国営銀行も一部には残っ
ている。
2005年3月
第23号
83
ゴビナ向けとしては初めてシンジケート・
対するアクセスの拡大を図ることにある。この観
ローンを同行向けにアレンジするなど、引き
点から、これら企業に長期の設備・運転資金を供
続き、その発展を支援している。
給することを目的としたクレジット・ラインの現
地銀行向け供与や、原材料・中間財などの輸入資
金や輸出のための生産資金の確保を目的とした現
資本強化支援のための劣後融資の例:セルビ
地銀行による貿易金融面での支援などを実施して
ア・モンテネグロ・Société Générale Yu-
いる。また最近では、これまで金融に対するアク
goslav Bank
セスが限定的であった経済の他の分野において
急速に成長する中東欧・旧ソ連諸国の民間
も、現地銀行の融資活動を活性化するための活動
銀行にとり、BIS規制などで要求される資本
に力を入れており、具体的には、農業金融、住宅
比率の維持に必要な資本を、増大する資産規
金融、消費者金融などの分野での支援の重要性が
模に応じてどのように調達していくかが、重
高まっている。EBRDは、現地銀行のこのように
要な課題となっている。既存株主の希薄化を
幅広い分野でのニーズに対して様々な融資・保証
防ぎつつ資本の増強を図る目的で、先進国の
ファシリティーにより金融面での支援を行うと同
銀行と同様に、劣後融資の取入れを検討して
時に、多くの場合、新分野における現地銀行の審
いる銀行も多いが、中東欧・旧ソ連諸国で
査・融資実施能力を向上させるための技術支援も
は、資本市場が発達しておらず、劣後融資の
組み合わせて供与している。また、出資の場合と
出し手となり得る機関投資家も存在しないた
同様、EBRDからの融資受け入れに際しては、適
め、一般に市場からの劣後融資の調達は困難
正な財務基準の維持に加えて、適切な業務戦略、
である。このためEBRDは、これら諸国の現
経営・融資方針の改善、審査体制の向上などに関
地銀行向けに積極的に劣後融資を行うことに
する具体的なプログラムの実施を、借入銀行に求
よ り、そ の 資 本 の 増 強 を 支 援 し て い る。
めるケースが多い。
EBRDの現地銀行向け劣後融資は、カント
EBRDは、支援対象の27カ国全てにおいて現地
リー・シーリングの制約から、中東欧・旧ソ
銀行向けに融資・保証ファシリティーを供与して
連諸国の現法子会社からの増資要請に応じら
おり、その規模は、2003年末までに合計295件、
れない西側金融機関にとり重要な資金ソース
総額32.
7億ユーロに達している。また、これま
となっている。最近では仏Societe General
でにEBRDの融資・保証ファシリティーの供与を
のセルビア・モンテネグロ現法であるSocié
受けた現地銀行の数も約150行に達している。
té Générale Yugosalv Bank、ポーランドの
2003年末現在の現地銀行向け融資ポートフォリ
中堅銀行であるBank Inicjatyw Spoleczno―
オ(1,
859百万ユーロ)の国別分布を見ると、大
Ekonomicznych(BISE )、 独 Norddeutsche
きい順から、ロシア(311百万ユーロ)
、ポーラン
Landesbankの リ ト ア ニ ア 現 法 で あ る
ド(200百万ユーロ)
、ルーマニア(195百万ユー
NORD/LB Lietuva向けなどの劣後融資の例
ロ)
、クロアチア(173百万ユーロ)
、ウクライナ
がある。
(162百万ユーロ)
、カザフスタン(125百万ユー
ロ)であった。
EBRDの銀行向け融資業務の中心を構成してい
(3)銀行向け融資・保証
るのが、中小企業に対する中長期の設備・運転資
金の供与を目的とした中小企業支援クレジット・
84
銀行向けの融資・保証は、EBRDの金融セク
ライン(SME Credit Lines)である*20。クレジッ
ター向け投融資活動において最大のシェアーを占
ト・ラインの供与先は、原則として民間の商業銀
める重要な支援分野である、その中心的な目的
行であり、政府系の開発銀行に供与した例は殆ど
は、民間部門の育成、企業間の競争促進、雇用創
ない。民間銀行の発達が遅れているウズベキスタ
出の観点から、民間企業、特に中小企業の金融に
ンや、大手の民間銀行の地方支店網が不十分で、
開発金融研究所報
地方の中小企業向け融資のためには、幅広い支店
銀行向けに、同国向けとしては初めてのシンジ
網を持つ政府系の貯蓄銀行(Sberbank)の関与
ケート・ローンとなったA/Bローンの組成に成
が必要とされるロシアなどで、政府系銀行を借入
功している。また、A/Bローンとは別に、民間
窓口としているケースもあるが、何れも例外的な
投資家の中東欧・旧ソ連諸国向け投資の促進と、
ケースである。また、体制移行がまだ初期の段階
EBRD自身の資金調達の一環として、現地銀行向
にあり、信用力のある民間銀行が存在しない国で
けの既往融資ポートフォリオの民間投資家への売
は、民間銀行向けクレジット・ラインであって
却 に も 取 り 組 ん で い る。例 え ば、後 述 のEU/
も、政府保証を徴求したり、中銀 経 由 のApex
EBRD SME Finance Facilityのもとでバルト諸
Lendingとしたケースもあるが、一般に、このよ
国の現地銀行に供与されたクレジット・ラインの
うなスキームの場合には、融資先の選定に政府の
約半分は、その後、民間の投資家に売却されてい
介入を招いたり、現地の民間銀行の当事者意識が
る。
希薄となり、転貸先のプロジェクトが不良債権化
する例があることから、最近では、民間銀行の審
中小企業支援クレジット・ラインの実例:
査能力などを十分に審査の上、政府保証に依拠す
EU/EBRD SME Finance Facility
ることなく、民間銀行の信用力に基づいてクレ
ジット・ラインを供与することが多い。
EBRDが実施している中小企業支援クレ
ジット・ラインで最も大規模なものは、EU
また、EBRDは、自己資金による融資活動以外
加盟候補国の中小企業育成 を 目 的 と し て
にも、中東欧・旧ソ連諸国への民間資金の還流促
1999年4月 にEUと 共 同 で 設 立 し たEU/
進にも熱心に取り組んでいる。この分野で重要な
EBRD SME Finance Facilityである。対象
役割を果たしているのが、A/Bローン・ストラ
国は、2004年5月にEU加盟を果たしたポー
クチャーによる民間銀行との協調融資である。同
ランド、ハンガリー、チェコ、スロベニア、
ストラクチャーでは、EBRDが、Aローン・ポー
エストニア、ラトビア、リトアニア、スロバ
ションを自己資金により融資し、残りのBロー
キアの8ケ国に200
7年までに加盟が予定さ
ン・ポーションは民間銀行によるシンジケート団
れているルーマニア、ブルガリアの2カ国を
が組成されるが、EBRDが、融資契約上の貸し手
加えた合計10カ国である。EU諸国に比べて
(Lender of Record)となることにより、Bロー
金融セクターが未発達なこれらの国では、金
ンに参加している民間銀行もEBRDの国際金融機
融への限定的なアクセスが、中小企業の発展
*2
1
関としてのPreferred Creditor Status を享受す
とそれによる雇用創造のボトルネックとなっ
ることなり、ポリティカル・リスクの軽減を図る
ていることから、中小企業向け金融の拡大を
ことができる。EBRDは、資本市場が未発達なた
図るために設立されたものであり、金融機関
め国内での中長期資金の調達が困難であり、かつ
経由の融資ファシリティー(クレジット・ラ
国際金融市場に独自にはアクセスできないような
イン)とエクイティー・ファンド経由の出資
国において、地場の民間銀行の海外の民間資金へ
ファシリティーから構成されている。
のアクセスを可能とするためのA/Bローンの組
EU/EBRD SME Finance Facilityは、設立
成に特に力を入れている。 例えば、200
3年には、
当初、総枠150百万ユーロでスタートしたが、
これまで国際金融市場へのアクセスがなかったベ
その後、規模が何回か拡大され、現地銀行経
ラルーシおよびボスニア・ヘルツェゴビナの現地
由の融資だけではなく、地場リース会社経由
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
0 EBRDは、体制移行の支援効果が高いなどの特別な理由が無い限り、EBRDからの直接のファイナンス額が5百万ユーロ以下
の小規模プロジェクトは、原則として取り上げないという方針を持っており、ファイナンス期待額が小さい中小企業向け支援
は、主として現地銀行経由のクレジット・ラインにより実施されている。
*2
1 EBRD設立協定第2
1条により、EBRD加盟国は、EBRD向け債務支払いに関して、外為規制の対象としないことに同意してい
る。実際に、1
9
9
8年のロシア危機で、ロシア政府が民間対外債務のモラトリアムを発動した際にも、EBRDのPreferred
Creditor Statusは尊重され、Bローンも含め、全てのEBRD向け債務の支払いはモラトリアムの対象とはならなかった。
2005年3月
第23号
85
のリースも対象に加えられることとなり、現
また現地銀行が現地企業に輸出前貸金融など
在の総枠は70
0百万ユーロまで拡大している。
の貿易関連融資を行うための外貨を融資して
中小企業という新しいマーケット・セグメン
いる。トリプルA格付を持つEBRDの裏保証
トに、地場の金融機関の目を向かせるため
により、海外の銀行は、リスクの観点から
に、本ファシリティーのもとでは、中小企業
は、通常であれば受入れが困難な現地銀行の
向け融資の審査・実施能力の向上のための技
発行した貿易信用状などの確認(Confirm)・
術支援が供与されるだけではなく、EUから
引受(Acceptance)が可能となり、中東欧・
のグラント資金を活用して、参加した現地銀
旧ソ連諸国の貿易取引の円滑化が図られる効
行に対して、これら銀行に対して実績(金
果がある。TFPは、これらの国が行う幅広
額・質)に応じたパフォーマンス・フィーが
い分野の財・サービスの輸出・輸入を対象と
支払われることとなっており、中小企業向け
しているが、中東欧・旧ソ連諸国とそれ以外
融資の増加に対し直接的なインセンティブが
の地域、特に欧米諸国との間の交易だけでな
与えられている。
く、中東欧・旧ソ連諸国間の交易、例えばロ
EU/EBRD SME Finance Facilityでの参加
シアからカザフスタンへの農業機器の輸出、
銀行当たりのクレジット・ラインの金額は、
ロシアからグルジアへの電力の輸出、ブルガ
通常5百万ユーロから15百万ユーロで、各行
リアからマケドニアへの医療機器の輸出など
は、供与された資金を(イ)従業員1
0
0名未
にも利用されている。
満の中小企業向け融資(ローン金額は3
0,
000
TFPのもとで、EBRDは、信用状を発行す
ユーロから1
0
0,
00
0ユーロまで)と(ロ)従
る数多くの現地銀行のリスクを保証している
業員1
0名以下の零細企業向け融資(ローン金
が、これは、EBRDが、出資・融資業務を通
額は3
0,
0
00ユーロまで)に活用している。
じて、これらの現地銀行と密接な関係を築い
2
0
0
3年末現在で、地場銀行2
6行とリース会
ており、常時その信用力の判断を行うことが
社1
8社向けに合計6
45百万ユーロのクレジッ
可能な体制が確立していることによって可能
ト・ラインが設定されおり、EUからは114百
となったものである。ポーランドやハンガ
万ユーロのグラント資金が提供されている。
リーのように、EUへの正式加盟を果たした
これらの地場の金融機関から中小企業向けに
中欧諸国などでは、TFPを通じたEBRDによ
は、件数では2
5,
00
0件、金額では合計590百
る貿易金融面での支援は必要なくなってきて
万ユーロの融資・リースが供与されている
いるが、2003年末現在で、EBRDの支援対象
が、そ の 平 均 サ イ ズ は1件 当 た り2
5,
500
である中東欧・旧ソ連諸国27ケ国のうち21カ
ユーロであり、これまで金融機関へのアクセ
国の79行の地場銀行が、信用状などの発行銀
スがなかった中小企業に対して、新たな資金
行として本 プ ロ グ ラ ム に 参 加 し て い る。
調達の途を開くと共に、地場の金融機関によ
TFPの利用も、年々増加しており、2003年
る中小企業向け融資の拡大に貢献している。
には件数では939件、金額では467百万ユー
ロの利用を記録している。1999年のプログ
ラム設立から2003年までの利用累計を見る
貿易金融の実例:貿易振興プログラム
EBRDの銀行向け融資・保証活動のもう一
つの大きな柱が、現地銀行が行っている貿易
TFPによりサポートされた貿易取引の半分
金融に対する貿易振興プログラム(Trade
以上が、100,
000ユーロ以下の小額の取引で
Facilitation Programme)
による支援である。
あり、特に中東・旧ソ連諸国における中小企
通常、TFPと呼ばれるこのプログラムのも
業の貿易促進に対して、本プログラムが大き
とでは、EBRDは、現地銀行が発行した貿易
な効果を発揮していることがわかる。
信用状、保証状などに裏保証を発給したり、
86
と、2,
231件あり、1,
667百万ユーロの貿易
が、 TFPによりサポートされている。 また、
開発金融研究所報
と引き換えに倉庫証券を受け取り、穀物を公
農 業 金 融 の 実 例:Warehouse Receipt
認サイロから引き出すことが可能となる。
Programme
WRPが導入される前は、農業生産者は、最
市場経済への移行を目指す中東欧・旧ソ連
も穀物価格が低い収穫期に集荷・加工業者に
諸国の多くは、その過程で、農業部門の生産
穀物を売却 し な け れ ば な ら な か っ た が、
減少に直面してきた。生産低下は、国営農場
WRPの導入により、生産者は翌年の種付資
の民営化、土地所有制度の改革、価格自由化
金の調達の必要性などに応じて機動的に資金
などからなる農業部門での改革の遅れや地方
を借り入れる一方、最も有利な価格で穀物を
インフラの整備の遅れなどを要因としていた
売却することが可能となった。また、銀行に
が、同時に農業金融の不足も重要な障害と
とっても、容易に現金化が可能な担保の存在
なってきた。事業規模の小ささを要因とする
により、農業生産者向け融資のリスクが軽減
農業生産者向け融資の取引コストの高さ、信
され、より低利での融資の実施が可能となっ
頼の出来る情報の欠如、土地所有制度の不備
ている。さらに、WRPのもとで、政府がサ
や未発達な農地転売市場などによる担保不在
イロへの免許制度を導入し定期検査を実施す
が農業生産者に対する銀行の融資を困難とし
ることにより、穀物保管の質が向上し、保管
てきた。このため、農業生産者は、通常、作
中の穀物損失の減少がもたらされている。
付資金を、集荷・加工業者からの高利融資に
EBRDは、WRPの実施に必要となる法制
依存せざるを得ない状態にあった。このよう
度整備のための技術支援を相手国政府に供与
な状況を改善し、銀行部門の農業向け融資を
するとともに、現地銀行向けにWRP用のク
拡大するため、EBRDが1
9
98年より中東欧・
レジット・ラインを供与したり、転貸先のリ
旧ソ連諸国で展開しているのがWarehouse
スク引き受けに応じたりしている。1998年
Receipt Programme (WRP)である。WRP
より、これまでにブルガリア、カザフスタ
とは、サイロに保管された穀物に対して発行
ン、スロバキア、ロシア、ウクライナ、リト
された倉庫証券(Warehouse Receipt)を担
アニア、モルドバなど向けに、2003年末ま
保として銀行が農業生産者に融資を行うもの
でに総額140百万ユーロのクレジット・ライ
で、これにより銀行は、非常にシンプルな仕
ンを供与している*23。
組みのもとで、リスクを軽減しつつ低コスト
の資金を農業生産者に提供することが可能と
(4)マイクロ・ファイナンス
なる。
WRPの仕組みは以下の通りである。 先ず、
農業生産者は収穫した穀物を公認サイロに保
*2
2
市場経済への移行過程において、中小企業と同
管し、引き換えに倉庫証券を受け取る 。
様に、主導的な役割を果たしているのが、中小企
公認サイロは、倉庫証券の所有者に対しての
業よりもさらに規模が小さい零細企業や自営業者
み穀物を引き渡す義務を負い、政府は公認サ
である。これらの所謂マイクロ・ビジネスは、体
イロによる保管義務違反を補償するための補
制移行国に市場経済を定着させ、雇用創出、経済
償基金を設立する共に、サイロ業者の監督を
成長、貧困脱却を実現する上で重要な役割を演じ
行う。銀行は倉庫証券を担保として生産者に
ているが、これらのマイクロ・ビジネスにとり、
融資を行うが、銀行への返済は、生産者から
銀行などの正式な金融セクターへのアクセスが困
穀物を購入する集荷・加工業者が行い、それ
難であることが、その成長の重大な障害となって
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
2 倉庫証券は実際には、Certificate of Title(CT)とCertificate of Pledge(CP)の2種類に分かれる。加工業者は、生産者か
らまずCTを購入して穀物の購入権を獲得し、実際に穀物が必要になった際に、銀行から返済と引き換えにCPを取得する。
*23 上記供与額は、金融セクター向けプロジェクトとして計上されているWRPのみを含み、EBRD支援対象国からの穀物などを
原材料として購入する欧米の食品会社などと協力して実施されているWRPなどは除外された金額である。
2005年3月
第23号
87
いる。このため、EBRDは、金融セクター向け活
EBRDは、現在、アルバニア、ボスニア・ヘル
動の主要な柱の一つとして、零細企業および自営
ツェゴビナ、ブルガリア、グルジア、ルーマニ
業者向けマイクロ・ファイナンスの拡大にも力を
ア、モルドバ、セルビア・モンテネグロ、ウクラ
入れており、Group for Small Businessという専
イナ、コソボおよびロシアの10ケ国・地域でマイ
担チームのもとで、経験・ノウハウの蓄積を図っ
クロ・ファイナンス・バンクに出資し、必要に応
ている。
じてクレジット・ラインや技術支援を供与してい
EBRDは、マイクロ・ビジネスの金融へのアク
る。ここで特筆すべき点は、ロシアを除く他の9
セスを改善するために、2つのアプローチを同時
カ国のマイクロ・ファイナンス・バンクは、全て
平行的に進めている。一つのアプローチは、マイ
マイクロ・ファイナンスの分野では国際的なコン
クロ・ファイナンスに特化したマイクロ・ファイ
サ ル タ ン ト 会 社 で あ るInternationale Projekt
ナンス・バンクを設立するアプローチである(こ
Consult GmbH(IPC)が主導するProCredit Bank
れは、Greenfield Approachと呼ばれる)
。もう一
Network傘下のマイクロ・ファイナンス・バン
つのアプローチは、これまでマイクロ・ビジネス
クである点で、マイクロ・ファイナンスの分野に
向け融資に関心を示してこなかった既存の商業銀
おけるEBRDとIPCの緊密な関係を示している。
行に対して、この新しいマーケット・セグメント
への進出を促すことである(これはDownscaling
Greenfield Approachの実例:ProCredit
Approachと呼ばれる)
。EBRDは、支援対象国の
Bank
金融セクターの現状に応じて、この二つアプロー
IPCは1981年にマイクロ・ファイナンス専
チを使い分けているが、両アプローチのもとでの
門のコンサルタント会社として発足したが、
活動内容は以下の通りである。
1998年には、コンサルタント業務に留まら
Greenfield Approach
ず、国際金融公社(IFC)、独、蘭、ベルギー
Greenfield Approachのもとで、EBRDに期待
の開発金融機関(DEG、KfW、FMO、BIO)
されている主な役割は、マイクロ・ファイナン
などとマイクロ・ファイナンス・バンク向け
ス・バンクへの出資金の拠出、融資活動の原資と
投資会社であるInternational Micro Investi-
なるクレジット・ラインの供与、設立当初に運営
tionen (IMI)を設立し、世界各地でマイク
を担当する外部コンサルタントの費用の技術支援
ロ・ファイナンス・バンクを新規に設立した
グラントによる負担である。マイクロ・ビジネス
り、NGO組織をマイクロ・ファイナンス・
に特化したマイクロ・ファイナンス・バンクで
バンクに転換したりしてきた。IMIが出資す
あっても商業的に成功し得ることは、これまでの
るマイクロ・ファイナンス・バンクでは、経
多くの事例が示しているが、特にその設立初期に
営サービス契約によりIPCに経営が委託され
は、依然として民間の出資を募ったり、商業借入
て お り、こ れ に よ り、IPCは、現 在、中 東
を行うことは一般に困難であり、また既存の商業
欧・旧ソ連、南米、アフリカで、合計18行の
銀行のような幅広い預金のベースを持っていない
マイクロ・ファイナンス・バンクからなる
という問題がある。また、マイクロ・ファイナン
ProCredit Bank Networkを運営している。
ス実施のノウハウ取得のため、コストの高い外部
EBRDは、投融資先の地域的な制約からIMI
コンサルタントによる技術支援が必要となるケー
自身には出資していないが、上記9カ国の中
スも多い。このため、マイクロ・ファンナンス・
東欧・旧ソ連諸国*24でIMIが出資しIPCが運
バンクは、EBRDなどの国際機関やドナーに、設
営するProCredit Bank Network傘下のマイ
立当初の資金と費用負担を依存せざるを得ないの
クロ・ファイナンス・バンクにパートナーと
が実情である。
して出資すると共に*25、クレジット・ライ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
4 モルドバのMicro Enterprise Credit(MEC)は、銀行法で要求される最低資本金の水準が高いことを理由に、銀行法に基づ
く銀行ではなく、会社法に基づくJoint Stock Companyとして設立されている。
88
開発金融研究所報
ンや技術支援グラントの供与を行っている。
IPCは、マイクロ・ファイナンス・バンク
は、ロシアで初めて全国展開に成功している。
Downscaling Approach
の運営に当たり、低所得層をターゲットとし
通常の地場の商業銀行によるマイクロ・ファイ
つつも、金融事業としての長期的な持続性
ナンスの実施を拡大するDownscaling Approach
(Sustainability)を確保するために、商業
の分野では、EBRDは、アルメニア、ベラルー
性・効率性の重視、フル・バンキング・サー
シ、カザフスタン、グルジア、ロシア、ウクライ
ビスの提供、ITシステム整備などを基本方
ナ、ウズベキスタン、キルギスタン、タジキスタ
針としており、マイクロ・ファイナンスにお
ンの5カ国で、マイクロ・ファイナンスのための
ける豊富な経験に基づいて、担保ではなく借
クレジット・ラインを商業銀行に供与すると共
入希望者の実際のキャッシュ・フローやビジ
に、技術支援プログラムも実施している。このよ
ネス環境に基づいた融資判断、モニタリング
うなDownscaling Approachで問題となるのは、
の重視、ローン・オフィサーのトレーニン
プログラムの持続的なインパクトという観点から
グ、インセンティブ・スキームなどからなる
は、単に商業銀行に対し資金を供与したり、マイ
独自の融資・運営手法を確立している。この
クロ・ファイナンスのための融資テクニックを伝
ため、既存のNGO組織をマイクロ・ファイ
授しただけでは、その成功が必ずしも保障されな
ナンス・バンクに転換するよりは、Green-
いことである。すなわち、EBRDのプログラムが
field Projectとして新たにマイクロ・ファイ
終了したと同時に商業銀行は、マイクロ・ファイ
ナンス・バンクを設立することを好む傾向が
ナンスへの関心を失ってしまう恐れがある。
ある。このため、上記の9カ国のマイクロ・
このため、マイクロ・ファイナンスの実施に当
ファイナンス・バンクでも、既存のNGO組
たっては、その特殊性に鑑み、銀行内部に専担の
織からの転換であるアルバニア以外は、全て
チームを組織し、他部門とは異なる融資マニュア
新規にIPCが設立している。
ル、融資申込みから1―2日での迅速な与信判断
を可能とする独自の融資決定の仕組み、行内の他
EBRDがIPC以外と組んでマイクロ・ファイナ
部門とは異なるスタッフの採用基準、パフォーマ
ンス・バンクを行っている唯一の例外は、ロシア
ンス・ベースの給与体系などを導入する必要があ
のKTM Bank(KMB)である。KMBは、EBRD
る。このため、銀行全体のビジネス戦略との整合
が中心となり19
92年にプロジェクト・ファイナ
性を保ち、他部門とのシナジーも確保しながら、
ンスを実施するためのRussia Project Finance
どのように、マイクロ・ファイナンス部門の独立
Bankとして設立されたが、19
9
8年のロシア危機
性を保ちつつ効率的に業務を進めていくかが問題
後に、EBRDがロシアで実施しているマイクロ・
となり、多くの場合には、銀行内部、特に経営陣
ファイナンスのプログラムであるRussian Small
のカルチャーやビジネス戦略の変更が必要とな
Business Fundの中心的な実施機関となるべくマ
る。技術支援プログラムでファイナンスされた外
イクロ・ファイナンス・バンクに改組され、現在
部コンサルタントが去った後も、銀行が独自にマ
では、EBRD以外に、米Soros Economic Devel-
イクロ・ファイナンスを進めていくことを確保す
opment Fund、独DEG、蘭Stichting Triodos―
るためには、マイクロ・ファイナンスへの株主・
Doenが株主となっている。20
0
3年末の融資残高
経営陣の強いコミットと、マイクロ・ファイナン
は5
7億ルーブル(1.
9億米ドル)であり、既にロ
スが高い収益性を持つ業務であることを強く認識
シア最大のマイクロ・ファイナンス実施機関に成
させるだけの成果を上げておくことが重要であ
長している。また、ロシア全国に7支店と14事務
る。
所の支店網を築いており、全額外資の銀行として
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
5 マイクロ・ファインナンス・バンクの出資者構成は、各行により異なるが、IMI、EBRD以外に、IMIの出資者でもあるIFC、
FMO、KFW、DEGなどが、独のコメルツバンクなどと共に出資しているケースが多い。
2005年3月
第23号
89
EBRDプロジェクトの事後評価を行うプロジェ
Downscaling Approachの 実 例:Rus-
クト評価局(Project Evaluation Department)
sian Small Business Fund
が2003年7月にRSBFの評価レポートを発表して
EBRDによるDownscaling Approachの最
いるが*26、同レポートは、ロシア危機にもかか
も代表的な例で、かつ規模も大きいのは、先
わらず、RSBFがローン件数、金額共に大幅な伸
述のロシアのRussia Small Business Fund
びを記録することに成功していること(199
8年
(RSBF)である。RSBFは、EBRDがG7、ス
と2002年に供与された年間のローンの件数、金
イス、EUと1
9
94年より実施している総枠480
額を比較すると各々5倍、3.
4倍を記録している)
百万ドルのリボルビング方式のプログラムで
とローンのクオリティーの高さを評価している。
あ り、EBRDが30
0百 万 ド ル を、G7、ス イ
このため、プログラムの重要な目的であるOut-
ス、EUが180百 万 ド ル を 拠 出 し て い る。
reachに関しては、十分な成果を上げており、満
RSBFには、現在、上記のKMBを含めロシ
足の行く体制移行の支援効果があったものと評価
アの商業銀行8行が参加しているが、全国に
している。その一方で、参加商業銀行が2010年
幅広い支店網を持つロシア最大の銀行である
のプログラム終了後も果たしてマイクロ・ファイ
貯蓄銀行(Sberbank)や極東地域を含む地
ナンスを継続するのかという持続性(Sustainabil-
方の有力銀行を参加行とすることにより、全
ity)については、現段階では、時期尚早として
国規模でマイクロ・ファイナンスを実施して
判断を避けており、プログラムがコンサルタント
いる。
主導で行われており、必ずしも参加銀行にマイク
現行のプログラムは、従業員2
0名までの企
ロ・ファイナンスが制度化(Institutionalise)さ
業を対象に2
0,
0
00米ドルまでのローンを融
れていないこと、また、マイクロ・ファイナンス
資するMicro credit componentと従業員100
の利益性に関するコスト分析が十分でないこと、
名までの生産・サービス部門の企業を対象に
(EBRDからの借入だけでなく)参加銀行の自己
1
5
5,
0
0米ドルまでのローンを供与するSmall
資金によるマイクロ・ファイナンスの不足などを
loan componentに分かれており、ローンの
問題点として指摘している。
最長期間は36ケ月である。1
9
9
4年から2003
プロジェクト評価局のRSBFに関する評価は、
年末までに、RSBFのもとで、合計16
8,
000
Downscaling Approachによるマイクロ・ファイ
件、総額で約1
5億ユーロ相当のローンが実施
ナンス・プログラムが直面する一般的な問題点を
さ れ、こ の う ち2
0
03年 末 の 残 高 は、約
指摘しているとも言える。しかしながら、一方で
4
0,
0
0
0件、合 計1
82百 万 ユ ー ロ 相 当 で あ っ
は、英国開発省(DFID)やConsultative Group
た。ロ ー ン の 平 均 金 額 は、Micro credit
to Assist the Poor(CGAP)のElizabeth Little-
componentで2,
4
00ユーロ、Small loan com-
fieldの最近のペーパー*27に見られるように、マイ
00
0ユーロであり、RSBFには、
ponentで21,
クロ・ファイナンス専門機関(MFI)だけでは、
これまでフォーマルな金融セクターからの借
限られた範囲の低所得層のみしか金融サービスを
入が困難であった、このような小規模の借入
享受できず、商業銀行などのフォーマルな金融セ
需要に全国的な規模で対応し、大きな成功を
クターによる低所得層への金融サービスの提供を
収めていることに加え、ルーブル危機を始め
拡大することが、経済発展や貧困削減には、より
とするロシアのマクロ経済状況の混乱に直面
重要との認 識 が 広 が り 始 め つ つ あ る。ま た、
し た に も か か わ ら ず、延 滞 率 は 恒 常 的 に
MFIによるマイクロ・ファイナンスに対しては、
3%を下回ってきた。
援助資金への依存体質から、将来の発展性、事業
の持続性に疑問も呈示されている*28。EBRDがサ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
6 EBRD(2
0
0
3)
*2
7 DFID(2
0
0
4)
、Littlefield and Rosenberg(2
0
0
4)
*28 例えばOxford Analytica(2
0
0
3)
90
開発金融研究所報
ポートしているIPCのモデルは、MFIを商業ベー
比べてもかなり遅れていることが分かる*30。た
スによるフル・バンクとして運営することにより
だし、市場経済への移行が進み、所得水準の向上
事業のSustainabilityを確保しようとするもので
も見られ、銀行部門も一定の発展を達成した中
あり、実際に、アルバニアやグルジアでは、傘下
欧・バルト諸国では、銀行部門に続いてノンバン
のマイクロ・ファイナンス・バンクは大手商業銀
ク金融部門の発展が既に始まっており、ノンバン
*2
9
行の一角を占めるまでに成長してきている 。
ク金融部門の改革の進捗度も既に3.
5となってい
しかしながら、この結果、他の商業銀行と同様の
る。EBRDのノンバンク金融機関向けの投融資活
監督基準の適用、従来のような低所得者層への
動の最近の急激な増加は、主に、これら中欧・バ
ターゲット絞込みからの乖離、また国際機関やド
ルト諸国におけるノンバンク金融サービスへの需
ナーからのクレジット・ラインや技術支援グラン
要の急速な伸びを反映したものである。
トを享受していることによる他の商業銀行との競
EBRDの2003年末のノンバンク金融部門向け
争面での公正性の確保(Level Playing Field)の
ポートフォリオは、中欧・バルト諸国を中心に、
面での批判などの新たな問題も生じている。この
既に15カ国の55件のプロジェクト向けの607百万
た め、EBRDと し て は、引 き 続 き、Greenfield
ユーロに達しており、金融部門向けポートフォリ
ApproachとDownscaling Approachの 両 ア プ
オの13%を占めるまでに成長している。その内
ローチによるマイクロ・ファンナンス支援を続け
訳 は、リ ー ス 部 門 が43%、保 険 部 門 が28%、
ていくものと思われる。
モーゲージ・ファイナンス部門が12%であり、
特にリースと保険の割合が大きい。
(5)ノンバンク金融セクター向け活動
また、最近では、中欧・バルト諸国だけではな
く、移行段階がまだ比較的遅れているアルバニ
先にも述べた通り、保険、年金基金、アセッ
ア、アゼルバイジャン、アルメニア、カザフスタ
ト・マネジメント、リース、消費者金融、モー
ン、ウズベキスタンなどでもノンバンク金融部門
ゲージ・ファイナンス・カンパニーなどのノンバ
のプロジェクトが見られるようになってきてい
ンク金融機関向けの投融資活動は、EBRDの金融
る、西側の金融機関の戦略的投資家としての関与
セクター向け業務の中でも、最近、特に高い伸び
が望めないこれらの国では、現地資本のみをパー
を示している。
トナーするプロジェクトが実施されており、制度
中東欧・旧ソ連諸国のノンバンク金融部門は、
的枠組み作り、技術移転、デモンストレーション
銀行部門と比較しても発展が遅れており、中東
効果の面で、EBRD支援の重要性がより高まって
欧・旧ソ連諸国が市場経済への移行を開始した際
いる。
には、政府独占による一部の義務的な保険制度を
ノンバンク金融部門の各セグメントにおける
除いて、ノンバンク金融サービスは事実上存在し
EBRDの活動を見ると、以下の通りである。
なかった。国民にとりアクセス可能なノンバンク
保険
金融商品も種類が限られ、異なった種類の金融機
保険は、企業・家計が引き受けたリスクの金融
関間の競争も無く、金融を通じた貯蓄の蓄積と金
的な移転を可能とすることにより、経済の安定・
融仲介を限られたものとしてきた。
効率化の面で重要な役割を果たしている。しかし
EBRDは、ノンバンク金融部門の改革の進捗度
ながら、計画経済のもとでは、保険制度は、一般
合いについても、銀行部門と同様に、4段階の指
に、国家独占体により運営された限定された種類
標で評価しているが、最新の指標によれば中東
の強制保険が中心であり、リスク実態から乖離し
欧・旧ソ連の27カ国のノンバンク金融部門の改革
た保険料率の適用、低水準のサービス、保険金支
の進捗度の平均は2.
0であり、銀行部門の2.
7に
払いの不確実性から、一般に保険は税金の一種と
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
9 コソボのProCedit Bank Kosovoは、コソボ紛争によりコソボが国連管理下に入った際、コソボ唯一の銀行として設立された
経緯から、現在でも、コソボの銀行部門の約6割を占める、コソボで最大の銀行である。
*30 EBRD(2
0
0
4b)
2005年3月
第23号
91
見做されていた。また、生命保険については、国
諸国への進出を手助けすると共に、地場の資産運
家が国民の社会福祉義務を負うと認識されていた
用会社への資本参加により、国際的な基準に沿っ
ことから、特に需要も無く、発達が非常に遅れて
たベスト・プラクティスの普及に努めると共に、
いた。
対象国政府との定期的な政策対話を通じ、これら
このため、市場経済への移行を目指す中東欧・
の国における年金制度や資本市場の枠組みの改善
旧ソ連諸国は、銀行部門と同様、保険制度も基礎
を提言している。さらに、年金基金の長期的な持
から再構築する必要に迫られ、
(イ)国営保険会
続性を確保するために、小規模な年金基金の統合
社の民営化、
(ロ)民間の保険会社参入の奨励、
の促進を支援しており、チェコ最大の民間年金基
(ハ)保険に関するEU指令を基本にした保険の規
金として2
5%のシェアーを有するCredit Suisse
制・監督に関する制度的な枠組みの整備が進めら
Life & Pensions Penzijni Fondが19
95年に設立さ
れてきた。中でも、EUへの加盟を果たした中
れた直後には、その株主となり、その後も、同基
欧・バルト諸国では、西側の保険会社の進出が活
金が他の基金を統合して発展することを追加出資
発であり、資本の増加とノウハウの移転は、保険
により支援している。EBRDは、2
003年末時点
商品・サービスの急速な拡大と質の向上をもたら
で、7カ国の年金基金運用会社およびアセット・
し、年金制度改革のもとでの確定積立制度の導入
マネジメント会社8社に出資しており、ポート
は、生命保険ビジネスの拡大を促す非常に強いイ
フォリオは6
5百万ユーロに達している。
ンセンティブを与えている。
リース
このような背景のもとで、EBRDは、中東欧の
92
リースは、銀行融資に代わる資産ベースでの新
保険市場への進出を積極的に図っているUNIQA、
たなファイナンス手法を提供することにより、既
Winterthur(Credit Suisse Group)などの欧州
に先進国の金融市場では、設備投資に対する確立
系保険会社と、複数の共同事業実施のためのフ
された資金調達手段となっている。特に中小企業
レームワーク・アグリーメントを締結しており、
にとっては、加速度償却などの税制面での優遇、
現地法人への共同出資により、その進出を支援し
担保要件の緩和、定額の支払スケジュールなど、
ている。また、西側の保険会社の進出がまだ進ん
リースの方が、通常の銀行借入よりも、企業の
でいない旧ソ連諸国を中心とする地域でも、アル
ニーズに合った資金調達を実現できる可能性があ
バニアの国営保険会社(INSIG)の例に見られる
る。
ように、国営保険会社に対する先行出資による民
しかしながら、リース・ビジネスの円滑な発展
営化支援や、ロシアのRenaissance Life Insur-
には、税制を含む広範囲での法的枠組みの整備が
anceやカザフスタンのKazkommerts Policyのよ
必要であり、中東欧・旧ソ連諸国でのリース・ビ
うに、国際的スタンダードに基づいた保険ビジネ
ジネスの発展は、銀行融資と比較してもさらに大
スの構築を目指す地場保険会社への支援を通じ、
幅に遅れている。中欧・バルト諸国では、ここ数
これらの国における保険部門の発展に貢献してい
年間に急速なリース・ビジネスの発展が見られる
る。こ の 結 果、2
0
03年 末 の 保 険 部 門 の ポ ー ト
が、依然として参加プレーヤーの数は限定的であ
フォリオの残高は1
70百万ユーロに達し、前年末
り、その資本規模も小さく、資金調達能力は限ら
との比較で倍増近い伸びを記録している。
れている。このため、中東欧・旧ソ連諸国で活動
年金基金およびアセット・マネジメント
するリース会社の殆どは、限定的な製品を扱う専
中東欧・旧ソ連諸国では、確定積立方式の導入
門リース会社か、外資系銀行を中心とする銀行の
を柱とする年金改革が進んでいるが、既に改革が
リース子会社であり、欧米に見られるような本格
初期に導入された国においては、既に相当規模の
的な総合リース会社の発展は、まだ見られない。
年金資金の蓄積が見られ、信頼性の高い基金運用
このような環境のもと、EBRDは中東欧・旧ソ
制度の整備やアセット・マネジメント・ビジネス
連諸国のリース会社に対する主要な資金の提供者
の確立が急務となっている。このためEBRDは、
となっている。特に、EU/EBRD SME Finance
国際的な資産運用会社の、主として中欧・バルト
Facilityのもとで、銀行向けに加えてリース会社
開発金融研究所報
向けのクレジット・ラインも開始されたことか
り長期借入に対する抵抗感が無くなり、数年前よ
ら、過去3年間に、EBRDのリース会社向け活動
り、住宅用および商業用モーゲージ・ファイナン
は大きな伸びを見せた。この結果、2
00
3年末の
スに対する需要が急速な伸びを示すようになって
リース業界向けポートフォリオは、前年より倍増
いる。当初は、外貨建てモーゲージ・ファイナン
し、2
5
9百万ユーロに達しており、ノンバンク金
スが中心であったが、金利の低下と通貨の安定に
融セクター向けでは最大の部門となっている。
より、最近では現地通貨建てモーゲージ・ファイ
ポートフォリオには、オーストリアのBank Aus-
ナンスも急激な増加を見せている。既に、中欧・
triaやRZB、仏のSociété Généraleのように、西
バルト諸国などの先進移行国では、モーゲージ法
側大手金融機関の中東欧諸国・ロシアでのリース
も整備され、モーゲージ債の発行やモーゲージ債
子会社向けの融資から、ロシア、ウズベキスタ
権の証券化が試みられるようになってきている。
ン、カザフスタンなどの旧ソ連諸国での現地資本
EBRDは、その支援に当たっては、モーゲージ
主導のリース会社に対する出融資も含まれてい
債や証券化により、将来的には、モーゲージ・
る。また、EBRDは、資金支援を行うリース会社
ファイナンスで必要とされる長期資金の調達が円
に対して、そのリース技術向上のため、中小企業
滑に行われるように、モーゲージ商品や契約書の
向けリースのためのクレジット・スコアリング手
標準化に努めるほか、モーゲージ債などの引受も
法、リスク管理、マーケティングなどに関する技
行っている。この観点から、20
03年には、モー
術支援を供与しているほか、ウズベキスタンなど
ゲージ債権の証券化が将来円滑に進むよう、モー
のリース法制の整備が遅れている国に対しては、
ゲージ・ファイナンス関連契約書類の標準化の
法整備のための技術支援も行っている。
ベ ー ス と な るMortgage Minimum Standard
さらに、ロシアのように、銀行部門の発展の遅
Manualを国際的なベスト・プラクティスに基づ
れによるファイナンス面の制約が企業の設備投資
き作成し、その利用を奨励している。ここ数年間
の足枷となっている国においては、設備資金調達
に、モーゲージ・ファイナンス向けのポートフォ
方法としてのリースの活用を奨励する目的で、設
リオは、ほぼゼロから71百万ユーロに増加し、対
備・機械のリース方式による販売に関心を持って
象国も中欧・バルト諸国だけではなく、カザフス
いる西側の機器サプライヤーとの協力によるベン
タン、ロシア、ブルガリア、ルーマニアに広がっ
*3
1
ダー・リース・スキームも実施している 。具
ている。
体的な例としては、ロシアにおいて米国キャタピ
消費者金融
ラーや住友商事のリース子会社と協力して実施し
消費者金融も、所得水準の増加、銀行部門の発
ているキャタピラーやコマツの建設機械のリース
展、借入に対する国民の抵抗感の薄れなどを背景
などがある。
に、中東欧・旧ソ連諸国で、最近になり急速に発
モーゲージ・ファイナンス
展してきた金融分野である*32。消費者金融も、
モーゲージ・ファイナンスも、中東欧・旧ソ連
モーゲージ・ファイナンスと同様に、商業銀行と
諸国で、最近、急激に成長している金融分野であ
消費者金融専門会社により、平行的に実施されて
り、EBRDは商業銀行向けにモーゲージ・ファイ
いるが、これらの地域では、取引慣行や法制度の
ナンスのためのクレジット・ラインを供与すると
面で、消費者保護がまだ十分とは言えず、また
共に、融資および出資により、モーゲージ専門の
フォーマルな金融セクターによる取組みも限定的
金融機関の育成にも努めている。体制移行当初
で、消費者にとっての選択肢は非常に限られるの
は、高金利と住宅私有制度の未整備により、これ
が実情である。EBRDは、消費者にとり、信頼の
らの国におけるモーゲージ・ファイナンスへの関
おける貸し手からのファイナンスの選択肢が広が
心は低かったが、経済の安定化と貯蓄の増加によ
るよう、厳しく供与先を選別して消費者金融向け
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
1 ベンダー・リース・スキームの実績は、対象となる設備・機械の産業セクター向けの投融資活動として計上されることから、
金融セクター向けのポートフォリオには含まれていない。
*3
2 Oxford Analytica(2
0
0
4)
2005年3月
第23号
93
のクレジット・ラインを供与している。また、消
(ロ)適切なストラクチャーとインセンティ
費者金融における国際的なベスト・プラクティス
ブ・スキームを持ち、優秀なファンド・
を広める観点から、消費者保護制度が不十分な国
マネージャーにより運営されたファンド
においては、借入人に対する融資条件の明確な開
への支援を通じ、中東欧・旧ソ連諸国向
示、クーリング・オフ、回収手法などについて、
け投資が魅力的なリターンをもたらすこ
国際的なスタンダードに基づいて実施することを
とを機関投資家などの民間投資家に対し
クレジット・ライン供与先に求めている。これま
証明する。
での実績では、仏のCredit Agricoleのポーラン
(ハ)EBRDが出資参加したファンドおよびそ
ドの消費者金融子会社向けクレジット・ラインや
の投資先に、
健全な企業統治、
少数株主保
ロシアで最初に設立された消費者金融専門銀行
護、環境基準などを義務付け、高いスタ
(Russian Standard Bank)向けのクレジット・
ンダードの企業を対象とすることによる
ラインなどがあり、消費者金融向けの2003年末
他企業へのデモンストレーション効果を
のポートフォリオは3
4百万ユーロであった。
通じ、中東欧・旧ソ連諸国に透明性のあ
るエクティー・カルチャーを根付かせ、
(6)エクイティー・ファンド
同地域で持続性のあるプライベート・エ
クイティー・ビジネスの発展を実現する。
中東欧・旧ソ連諸国では、一般に、株式市場の
(ニ)ファンドのもとで育成した企業の株式公
役割は、民営化などで発行された株式の流通市場
開(IPO)を図ることにより現地株式市
としての機能が中心であり、企業の新規資本の調
場の活性化を図る。
達の場としての機能は限定的である。このため、
EBRDのプロジェクト評価局(Project Evalu-
増資を必要とする多くの企業にとり、自己資金か
ation Department)*33が2002年10月に作成したエ
外国の戦略的投資家への売却かの選択しか無く、
クイティー・ファンド活動に関する評価レポート
資本調達面での制約が、民間企業、特に中堅・中
によれば、その時点で、EBRDは55社のファン
小企業の発展の大きな制約要因となっている。か
ド・マネージャーに運営された67のプライベー
かる制約を解消するため、ベンチャー・ファンド
ト・エクイティーファンド*34に15億ユーロ*35に
やバイ・アウト・ファンドなどからのプライベー
上る投資をコミットしていた。これらのファンド
ト・エクイティーに対する期待は大きく、国際機
は合計で52億ユーロの投資資金を運用しており、
関や西側の援助機関も、プライベート・エクイ
合計で639件、金額で24億ドルの投資をコミット
ティー・ファンドの活動支援に力を入れており、
済みで、実際に22億ドルを投資実行済みであっ
特にEBRDは、中東欧・旧ソ連諸国向けに組成さ
た。また、174件の投資先プロジェクトから資金
れたエクイティー・ファンドへの積極的な参加を
を回収(Exit)しており、回収額は合計で10.
5億
通 じ、同 地 域 に 対 す る プ ラ イ ベ ー ト・エ ク イ
ドルであった。 ファンドからの投資の約50%は、
ティーの最大の提供者となっている。
サービス・商業部門向け投資であり、残りは、エ
EBRDのエクイティー・ファンド向け投資活動
の目的は以下の通りである。
ネルギー、製造業部門などが中心であった*36。
EBRDが投資したファンドの性格を見ると、投
(イ)ファンドという投資Vehicleを効果的に活
資額の約半分の751百万ユーロは、既存企業のバ
用することにより、EBRD自身が直接投
イアウトや事業拡張資金を投資対象としたバイア
資するよりも効率的に多数の民間企業、
ウト・ファンド(Buy―out Fund)向けであり、
特に中小企業に対して、不足するリス
これらのファンドからは、体制移行が比較的進ん
ク・キャピタルを提供する。
だ国の中堅企業を中心に、1件当たり平均して6
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
3 EBRD(2
0
0
2)
*3
4 初期には、上場企業向けの投資も対象とするHybrid Fundへの投資も行われた。
*35 EBRDの投資額1
5億ユーロのうち、実行済み額は7.
9億ユーロであった。
94
開発金融研究所報
図表6 EBRDのエクイティー・ファンド向け投資活動
種
類
件
数
(2
0
02年3月末現在)
EBRDコミットメント
ファンドの
平 均 サ イ ズ コミット額合計 ファンド平均
(百万ユーロ)(百万ユーロ) 出資比率
(%)
IRR(%)
ネ ッ ト
グ ロ ス
ベンチャー・ファンド
2
5
37
2
35
29
−1
0
−5
ドナー支援ファンド
1
6
1
36
5
2
2
92
−1
−5
バイアウト・ファンド
2
6
37
75
1
24
1
1
1
3
合 計 ・ 平 均
6
7
75
1,
5
0
8
3
0
―
0
出所)EBRD
百万ユーロの投資が行われていた。また、投資額
条件とされた。RVFの実績は、地域により
の3
3%にあたる522百万ユーロは、より体制移行
差があり、全体的には期待通りの成果を上げ
が遅れた国において、中小企業の育成を目的とし
たとは言えない面もあるが、幾つかのRVF
て設立されたドナー支援ファンド(Donor Sup-
は好調であり、現在、これらのRVFを核と
ported Fund)向けであり、残りの1
7%に当たる
した再編が進められており、EBRDのみでな
1
3
1百万ユーロは、スタートアップ企業などのよ
く民間資金も導入も図られるなど、ロシアで
り小規模な企業に出資するベンチャー・ファンド
のプライベート・エクイティー・ビジネスの
*3
7
(Venture Capital Fund)向けであった 。
定着に重要な役割を果たしている。
また1990年代の半ばには、中東欧、バル
ド ナ ー 支 援 フ ァ ン ド の 実 例:Regional
ト諸国などでドナー諸国の拠出でPost Priva-
Venture
tisation Funds (PPF)も設立された。これ
FundsとPost
Privatisation
Funds
らのケースでは、EBRDが各ファンドの30百
EBRDが、エクイティー・ファンド向け投
万ユーロの資本金の95%を拠出し、ファン
資活動を始めた初期には、民間投資家の募集
ド・マネージャーもマネジメント・フィーの
が困難であったために、EBRD以外には民間
一定割合をファンドに拠出することが求めら
投資家ではなくドナー諸国からの拠出金によ
れた。また、リスクと取引コストの軽減のた
りファンドを組成するドナー支援ファンドが
めに、ファンドの運営資金は、ドナー諸国か
中心であった。代表的な例は、G7諸国とロ
らのグラント資金で賄われた。PPFの場合に
シアがEBRDと共に、ロシアの各地域の民間
も、ファンドにより、実績にばらつきがある
企業育成のために199
4―9
6年に設立した11
が、幾つかのケースでは、民間投資家も参加
のRegional Venture Funds(RVF)である。
した第2世代のファンドの設立に成功してお
RVFは、EBRDが各ファンドに3
0百万ドル
り、さらにPPFの成果を、中小企業支援に生
拠出し、ドナー政府が、ファンドの運営費を
かすために、PPFのファンド・マネージャー
賄うために20百万ドルのグラント資金を拠出
に よ る 中 小 企 業 フ ァ ン ド が、前 述 のEU/
するとのスキームが基本で、運営を任された
EBRD SME Finance Frameworkの枠組み
ファンド・マネージャーは、ファンドと共に
のもとで作られた例もある。
1
0%の共同投資を投資先企業に行うことが
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
6 金融セクター向けとして計上されているEBRDの2
0
03年末のエクティー・ファンド向けのポートフォリオは、88
6百万ユーロ
であったが、その対象国別内訳は、複数の国を対象とする地域ファンドが4
52百万ユーロ(5
1%)
、ロシア向けが2
01百万ユー
ロ(23%)
、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーの中欧4カ国向けが合計で15
4百万ユーロ(1
7%)であった。地
域向けファンドも、中欧・バルト地域向けが中心であり、エクイティー・ファンドの対象は同地域とロシアに事実上集中して
おり、バルカン、コーカサス、中央アジア地域を対象としたファンドは限定的なものに留まっていた。
*3
7 件数別の内訳を見ると、バイアウト・ファンドが26件(39%)
、ドナー支援ファンドが16件(24%)
、ベンチャー・ファンド
が25件(3
7%)であった。
2005年3月
第23号
95
中欧諸国・ロシアなどに対する民間のプライ
る目的で、出資資金ではなくメザニン資金の供給
ベート・エクイティー活動が活発になるに応じ、
を目的としたメザニン・ファンドにも出資してい
最近のEBRDのエクイティー・ファンド向け投資
る。
の主流は、ドナー支援ファンドではなく、実績の
あるファンド・マネージャーのもとで機関投資家
(7)技術支援(Technical Cooperation)
からのリスク・マネーを、これらの比較的体制移
行の進んでいる国のバイアウト資金や事業拡張資
EBRDは、IMF、世界銀行、アジア開発銀行な
金に投資することを目的とした比較的大型の民間
どの他の国際機関とは異なり、政策・制度の創
主導ファンドに移ってきている。
設・改善などのマクロ的な枠組み作りの観点から
これまでのエクイティー・ファンドの投資実績
の技術支援には、あまり関与しておらず、具体的
を見ると、プロジェクト評価局の評価レポートに
なEBRDの投融資プロジェクトの実施に直結する
もある通り、1件当たりの投資規模が大きいバイ
技術支援を重視している。技術支援の原資は、
アウト・ファンドの場合には、当初の期待通り
EBRDが管理する技術支援基金にドナー政府・機
に、ネットベースで15%のリターンを実現して
関が預託したグラント資金である。金融部門につ
いる例がある一方、ドナー支援ファンドやベン
いては、既に見たEU/EBRD SME Finance Fa-
チャー・ファンドでは、全体として負のリターン
cilityのように、EBRDの投融資の受入先である
に終わっており、これがEBRDの最近の投資傾向
金融機関などに対して、審査能力の向上、企業統
の背景にあるものと思われる。ドナー支援ファン
治の改善、 スタッフの訓練、 ITシステムの向上、
ドの場合には、もともと投資リスクが高い環境の
マイクロ・ファイナンス、モーゲージ・ファイナ
もとで設立されたものであることが要因となって
ンス、リースのノウハウ提供などの投融資プロ
いるが、ベンチャー・ファンドについても、回収
ジェクトに直結した技術支援を供与して、受入機
(Exit)
の機会がより限られていることに加えて、
関の能力向上(Capacity building)を図っている。
一件当たりの投資額が小さく、スケール・メリッ
ただし、保険、年金、リースなどのノンバンク金
トが無く、ファンドの運営コストが高くついてし
融の分野では、銀行部門に比べて法律・規則・監
まうことも 要 因 と 指 摘 さ れ て い る。た だ し、
督などの枠組み作りが遅れており、他の国際機
EBRDのエクティー・ファンド活動全体では、ド
関、援助機関などによる支援も限られていること
ナー支援ファンドやベンチャー・ファンドのマイ
から、具体的な投融資プロジェクトを将来実施す
ナスをバイアウト・ファンドのプラスでカバーす
るための環境作りを図るために、受入国政府など
ることにより、トータルでプラスのリターンを達
に対して枠組み作りのための技術支援を供与して
成しており、グロス・ベースでは2
0
02年末時点
いる例もある。
では8%程度のリターンを確保したと推定され
*3
8
ている 。
1994年から2003年までに実施された金融セク
ター向け技術支援プログラムの総額は361百万
また、最近の傾向としては、投資対象セクター
ユーロであり、主要な部分は、先述のEU/EBRD
を特定しない汎用型ファンド以外にも、中欧やロ
SME Finance FacilityやロシアのRegional Ven-
シアなどで好調な不動産投資に的を絞った不動産
ture Fundsなどにより占められている。しかし
ファンドや、この地域のニーズを踏まえたエネル
ながら、ドナー側の予算制約もあり、最近では、
ギー効率化事業ファンドなどの特定のセクターを
このような大型の技術支援プログラムの実施は困
対象とするファンドも多く見られるようになって
難となってきており、2003年の新規の金融セク
きている。また、新しい形でのファイナンス形態
ター向けの技術支援プログラムのコミット額は、
の導入を促進し、この地域の資本市場の育成を図
15百万ユーロに過ぎなかった*39。EBRDでは、後
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
8 ファンドの運営費などを勘案したネットベースのリターンは1%程度に留まった。ただし、8%のグロスのリターンには、
まだ投資の初期段階にあるファンドの評価も含まれており、投資先プロジェクトの価値は、投資初期よりもExitの時期が近づ
くにつれ上昇することから、最終的には当初期待されたレベルのリターンを達成できることが期待されている。
96
開発金融研究所報
述の通り、今後は体制移行が遅れているコーカサ
(FIDP)が中心であった。ロシアの大手民間銀
スや中央アジア向けの活動を強化する方針を持っ
行の殆どは、金融・産業グループが、グループ傘
ており、金融セクター向け技術支援プログラムに
下の企業の資金管理・供給の目的で設立した所謂
ついても、これらの国向けの比重が高まってくる
ポケットバンクであるが、FIDPは、国際的なバ
ものと思われる。
ンキング・スタンダードの遵守により、より幅広
い顧客・預金ベースを持った真の銀行に脱皮する
第4章
ロシアにおける銀行部門改
革とEBRD
次に特定国の金融セクターにおけるEBRDの活
動の例として、ロシアの銀行部門改革とEBRDの
ことをコミットしたロシアの民間銀行に対して、
出融資や技術支援を行い、その転換を支援するこ
とを目的としていた。ルーブル危機の発生まで
に、民間銀行12行がFIDPのもとで、EBRDから
の出融資を受けていた。
活動につき触れてみたい。ロシアは、EBRDにと
1998年8月のルーブルの切り下げと政府国内
り最大の支援対象国であり、EBRD全体の1991―
債のデフォルト、それに続く民間対外債務のモラ
2
0
0
3年の投融資実績の22%はロシア向けであり、
トリアム宣言は、ロシアの銀行に対する内外の信
金 融 セ ク タ ー 向 け 活 動 に 限 っ て も、2
003年 末
頼を失墜させ、債券投資や為替の損失に加え、海
ポートフォリオの17%を占め、他国を大きく引
外金融機関からの融資停止は、海外からの資金取
き離して第1位の座にある。
入れを活発に行っていた多くの大手銀行を破綻さ
1
9
9
8年のロシアのルーブル危機は、ロシアの
せた。この中には、EBRDからの出融資を受けて
銀行部門に深刻な打撃を与え、EBRDから投融資
いたTokobank、Inkombank、SBS Agrobank、
を受けていた複数の銀行が破綻し、EBRDのロシ
Avtobankなどが含まれていた。この結果、19
98
アの銀行部門向け投融資活動も大きな打撃を受け
年の決算では、EBRDは多額の貸倒引当金の積立
た。危機後のロシア経済は、油価の好転などによ
てと赤字決算を余儀なくされ、準備金がマイナス
り予想を上回る急速な回復を見せ、銀行部門も落
となる事態に陥った*40。このためEBRDも、当面
ち着きを取り戻したが、銀行部門の構造改革は依
は、問題債権の回収に専念せざるを得ず、それ以
然として不十分であり、ロシア経済の今後の持続
外の活動も、比較的、危機の影響が少なかった
的な発展にとり不安材料の一つとなっている。本
Russian Small Business Fundの建て直し、KMB
章では、EBRDのロシアの銀行部門における活動
Bankのマイクロ・ファイナンス専門銀行への転
を概観し、銀行部門の構造改革にEBRDがどのよ
換、Regional Venture Fundによる民営化された
うに取り組もうとしているのかを見ることとす
中堅企業への支援などに限定された。
る。
(1)ルーブル危機の影響
(2)ルーブル危機後の銀行部門改革の進
展
1
9
9
8年8月のルーブル危機以前のEBRDのロシ
ロシア政府は、EBRDの協力も得て、ルーブル
アの金融セクター向け活動は、既に触れたRus-
危機により、その脆弱性が顕在化した銀行部門の
sian Small Business FundおよびRegional Ven-
改革に取り組むこととなったが、その改革努力
ture Fund Programmeのもとでの中小・零細企
は、マクロ経済の安定化が進展した2000年以降
業支援を除けば、世界銀行と共同で実施していた
に特に加速化した。銀行部門改革の最大の成果
Financial Institutions Development Project
は、 2
003年12月に成立した預金保険法である*41。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
9 200
3年の金融部門向け投融資プロジェクトの新規コミットメント額1,
2
3
9百万ユーロとの比較では、その1.
2%に過ぎない。
*40 赤字決算は1
9
9
8年のみに留まり、1
9
9
9年以降は黒字決算を続けており、取り崩した準備金も回復し、債権回収の成功などに
より貸倒引当金も大幅に減少している。
*41 保険の対象は、個人預金に限られ、金額も1
0万ルーブル(約3,
4
0
0米ドル)が上限とされている。
2005年3月
第23号
97
図表7 ロシア銀行部門の推移
総資産
資本
個人預金
企業預金
対銀行負債
対外負債
対中銀負債
個人融資
企業融資
対金融機関資産
対政府資産
対外資産
(1
0億米ドル)
19
9
7
1
99
8
19
9
9
20
0
0
20
0
1
20
0
2
20
0
3
1
28.
9
1
8.
8
2
8.
6
n.a.
1
7.
8
1
8.
0
2.
6
n.a.
n.a.
n.a.
3
2.
7
1
2.
5
5
0.
7
3.
7
9.
7
13.
6
9.
5
1
0.
7
3.
9
1.
0
16.
6
4.
9
1
2.
8
1
1.
2
5
8.
8
6.
2
1
1.
0
1
7.
3
6.
4
1
5.
7
n.a.
1.
0
1
7.
7
6.
4
2
1.
2
1
4.
2
8
3.
9
1
0.
1
1
5.
8
2
5.
6
6.
3
1
0.
1
7.
4
1.
6
2
8.
5
7.
2
1
8.
9
1
7.
7
1
04.
8
1
5.
0
2
2.
4
2
9.
9
6.
7
9.
5
n.a.
3.
1
4
0.
8
6.
5
1
6.
2
3
8.
6
1
30.
4
1
8.
3
3
2.
4
3
4.
3
9.
9
1
2.
9
7.
1
4.
5
5
2.
0
9.
2
2
1.
9
1
9.
1
1
88.
3
2
7.
4
5
0.
1
4
6.
6
―
2
2.
9
6.
8
1
0.
0
7
7.
7
―
2
5.
0
2
0.
4
出所)ロシア中銀
預金保険法は、銀行部門に対する国民の信頼を高
破産手続きの合理化、債権者の法的権利の強化、
め所謂「タンス預金」のフォーマルな銀行部門へ
金融インフラの整備などの目標が掲げられてい
*4
2
の還流を促進する と共に、預金が政府保証に
る。
より保護されている政府系銀行*43と民間銀行と
好調なロシア経済と銀行部門改革の進展を背景
の競争上の公平性を確保することを目的としてい
に、危機により大きな打撃を受けたロシアの銀行
る。銀行が預金保険に参加するためには、ロシア
部門も順調な回復を見せている。銀行部門の総資
中央銀行(CBR)による資格審査をパスする必
産 は、1998年 末 の507億 ド ル か ら2003年 末 の
要があり、現在、CBRが審査を行っているが、
1,
883億ドルと、危機前の水準を大きく上回る規
その過程で預金保険に参加できない弱小銀行の統
模まで拡大し、特に企業向け融資残高は、199
8
合・淘汰が進むことが期待されている。
年末の16
6億ドルから200
3年末の777億ドルへと
銀行部門改革において同様に重要な動きは、銀
5倍近い伸びを見せた。また、個人向け銀行取引
行監督制度の強化である。CBRは、20
0
2年より
も急速に拡大しており、個人預金は1998年末の
20
0
4年にかけて、 銀行監督制度・規則を一新し、
97億ドルから2003年末には501億ドルへと、これ
銀行検査の形式検査から実質検査への転換を図る
も5倍の伸びを見せ、また危機以前には殆ど存在
*4
4
と共に、銀行の資本金規則 、財務基準、報告
しなかった消費者金融などの急激な増加を反映し
義務などを一段と強化した。さらに、情報公開に
て、個人向け融資残高も199
8年末の10億ドルか
関する規則も強化され、2
0
04年第3四半期より
ら2003年末には100億ドルへと10倍の伸びを示し
全ての銀行は、国際会計基準(IFRS)に基づい
た。EBRDも、経済と銀行部門の安定化を受け、
た財務諸表の作成が義務付けられ、20
0
6年1月
外資系JV銀行であるInternational Moscow Bank
からは、銀行監督はIFRSに基づいて実施される
(IMB)向け出融資を皮切りに、2000年から銀行
こととなっており、財務情報の透明性が格段と向
部門向け投融資活動を本格的に再開している。
上する予定である。
ロシア政府は2
00
4年7月には、銀行部門の長
(3)ロシアの銀行部門の課題
期的発展のための基本戦略を発表したが、銀行部
門の整理・統合の促進、銀行監督の一層の強化、
しかしながら、ルーブル危機から5年以上経っ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*4
2 ロシアの銀行部門に対する家計部門の預金総額は4
8
0億ドル相当であるのに対し、タンス預金の規模は、40
0∼8
0
0億ドルと推
定されている。例えばTompson(2
0
0
4)
。
*43 貯蓄銀行(Sberbank)を除く政府銀行に対する明示的な政府保証は20
0
3年末に廃止された。Sberbankの預金は20
0
7年1月ま
で政府保証の対象となるが、2
0
0
4年1
0月以降に開設された預金に対する保証は1
0万ルーブルに限定されている。
*44 例えば、最低資本金は2
00
5年1月より5百万ユーロに引き上げられ、既往の銀行は2
0
10年までに、この基準を達成すること
が義務付けられている。
98
開発金融研究所報
た現在でも、ロシアの銀行部門の脆弱な構造は依
その圧倒的な資金力を背景に融資業務な
然として続いており、20
0
4年5―6月には、マ
どにも積極的に進出している。政府系の
ネーロンダリング の 疑 い か ら 中 小 銀 行 のSod-
銀行は、預金保護の問題以外に、政府か
biznesbankのライセンスをCBRが取り消したこ
らの各種サポート、銀行監督上の特別待
とから、同行と資本関係にあっ た 中 堅 銀 行 の
遇などにより、民間銀行に対し競争上有
Guta―Bankが取り付け騒ぎにより経営が立ち行か
利な立場にあり、民間銀行発展の制約要
なくなり、政府系の外国貿易銀行
(Vneshtorgbank)
因となっている。また、上記の外国貿易
により救済買収され、さらには動揺が大手銀行に
銀行によるGuta―Bankの買収に見られる
まで広がるとの事態が発生し、銀行部門に対する
ように、金融部門に対する政府の政策的
国民の信頼の低さと、ロシアの銀行部門の脆弱性
な介入のツールともなっている。
が、再度、浮き彫りにされた。
ロシアの銀行部門が依然として抱える構造問題
とは以下の問題である。
(ハ)限定的な競争と中央・地方の格差:民間
の大手銀行は、依然とした金融・産業グ
ループに強く結びついており、預金・貸
(イ)統合・整理の遅れ:ロシアでは、銀行設
付の両面で関連会社取引が中心であり、
立規制が緩かったこともあり、税務対策
モスクワを中心とした限られた支店網し
やマネーロンダリングなどのために、数
か持っていない。徐々に非関連会社との
多くの銀行が設立されたが、財務基盤の
取引を増加させる動きは見られるものの、
脆弱なこれらの弱小銀行の整理は殆ど進
依然としてグループを超えた大手民間銀
展しておらず、ロシアでは依然として
行間の競争は限定的であり、特に地方で
1,
3
0
0行以上の銀行が営業しており、こ
の活動には消極的である。ロシアの銀行
の内、新しい 最 低 資 本 金 で あ る5百 万
部門に対する外国資本の関心は高まって
ユーロ以上の銀行は約350行のみと言われ
きているものの、外銀は銀行部門資産の
*4
5
ている 。このような弱小銀行の 存 在
1
0%未満を占める存在に過ぎず、その活
と、圧倒的なその数の多さは、銀行部門
動もモスクワのみに集中している。モス
に対する国民の不信を継続させ、銀行部
クワ以外での地域では、数多くの地方銀
門における競争を制限し、CBRによる効
行があるが、その殆どが弱小銀行で、モ
果的な銀行監督の実施を困難にしている。
スクワと比べても政府系銀行の支配的な
(ロ)政府系銀行の独占的な地位:ルーブル危
プレゼンスがさらに強く、地方における
機での大手の民間銀行の破綻の経験を主
金融サービスの普及を限定的なものとし
因とする国民の民間銀行に対する根強い
ている。
不信感は、銀行部門における政府系銀行
(ニ)限定的な金融仲介機能:銀行部門での限
の支配的存在の解消を困難にしている。
られた競争は、ロシアにおける効果的な
連邦・地方政府が所有する政府系銀行23
銀行経由の金融仲介の発達を阻害してお
行 は、2
00
3年 初 め に は、個 人 預 金 の
り、最近の銀行融資の急速な伸びにもか
7
2%、銀行部門の資本、資産、企業向け
かわらず、2003年末 の 企 業 向 け 融 資 の
融資の、各3
4%、3
8%、および3
9%を占
GDPに対する割合は17%に過ぎず、既に
め て い た と 言 わ れ る。特 に 貯 蓄 銀 行
30%台に達している中欧諸国に比べても
(Sberbank)は、政府による預金への保
かなり低い水準に留まっている。また、
証と他行に無い全国的な支店網により、
ロシアでは、民法上、銀行は定期性預金
個人預金で6
5%以上のシェアーを持ち、
であっても、預金者からの要求があれば
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*4
5 ロシアの銀行の2
0
0
3年末の平均資産規模は、4
2億ルーブル(約1
4
0百万米ドル)に過ぎないが、大手銀行の規模も国際的に見
れば決して大きくはなく、最大の貯蓄銀行(Sberbank)も資本規模では、世界では15
5位に過ぎず、最大の民間銀行であるメ
ジプロム銀行(Mezhprombank)も6
2
5位に過ぎない。
2005年3月
第23号
99
何時でも引き出しに応じなければならな
行についても積極的な支援を行っている。
い義務を負っており、銀行にとり長期安
(ハ)大手民間銀行の構造改革支援:特定の金
定資金とはなりえないとの問題がある。
融・産業グループとの結び付きの強い大
このため1年超の長期融資は全体の融資
手民間銀行については、業務内容の多様
の3割弱に過ぎず、長期資金の供給によ
化、透明性と企業統治の向上、株主構成
る仲介機能において銀行部門が果たして
の変更などを通じ、グループから独立し
いる役割は限定的である*46。
た通常の銀行への転換を強くコミットし
ている銀行については、その転換を支援
(4)EBRDの銀行部門向け戦略
している。
(ニ)外銀参入の促進:銀行部門における競争
上記の課題に取り組むために、EBRDは、ロシ
の強化を促進するために、外銀の地方へ
アの銀行部門に対し以下の戦略で取り組んでい
の展開や新商品の導入を支援すると共に、
る。
新たな外銀の現法、合弁、地場銀行との
(イ)政府系銀行の民営化促進:政府系銀行を
通じた政府による銀行部門への介入のリ
協調などの様々な形態でのロシア市場へ
の進出を奨励している。
スクを軽減し、政府系銀行の効率性を改
(ホ)中 小 企 業 金 融 の 拡 充:Russian Small
善すると共に、政府系銀行と民間銀行間
Business Fund Programmeのもとで、引
での公正な競争を確保するため、政府系
き続き、マイクロ・ファイナンスの拡充
銀行の民営化を連邦・地方政府に働きか
のための支援に力を入れており、特に、
けている。先ずその第一歩として、予定
地方への同プログラムの拡大と、EBRD
されている外国貿易銀行
(Vneshtorgbank)
の支援終了後も参加行自身によるマイク
の民営化を成功させるために、EBRDに
ロ・ファイナンス継続を確保するための
よる同行への資本参加を含む民営化準備
技術支援の供与に重点を置いている。
作業への参画を検討中である。また、地
方政府が所有する地方銀行の民営化にも
協力している。
第5章
最近の動き
(ロ)地方銀行の育成:ロシアの地方における
金融仲介の強化を図るために、ロシアの
各地域で高い将来性を有し、改革意欲の
(1)地方自治体レベルでのインフラ案件
への対応―Municipal Finance
強い地方銀行を選んで、技術支援に加え
て資本参 加、中 小・零 細 企 業 支 援 ク レ
次に、EBRDの金融セクター向け活動における
ジット・ライン、貿易金融などの幅広い
最近の動きを見てみたい。最初は、銀行部門によ
支援メニューによりその育成に努めてお
る地方自治体向け融資(Municipal Finance)拡
り、既にロシアの7つの連邦管区全てに
大のための支援である。2004年5月にEUへ正式
おいて合計で1
0行以上の地方銀行への支
加盟を果たした中欧・バルト諸国、および20
07
援を進めている。また、全国的な支店網
年にEUへの加盟が実現する見通しとなったブル
の展開を図るなど、大手銀行の競合者と
ガリア、ルーマニアは、EBRDのこれまでの投融
なり得る可能性を持つモスクワの中堅銀
資活動の半分以上を占めてきたが、EU加盟実現
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*4
6 ロシアでは銀行以外の資本市場を通じた金融仲介も限定的である。ロシア取引システム(RTS)を中心とする株式市場は、
最近の好調な株価を反映して株式時価総額では2,
0
0
0億米ドルと、GDPの5
0%近い水準に達しているが、実際の取引は1
0社程
度の銘柄に集中しており、株式公開(IPO)による新規資金調達の場としては機能していない。社債市場も、2
00
3年には規模
が倍増するなど、急速な拡大を見せているが、それでも規模は4
8億米ドルとGDPの1%に過ぎない。また、それ以外には、
約束手形(vekselya)を通じた資金調達も活発に行われており、市場規模も1
0
0億ドルに達しているが、監督・規制制度は整
備されていない不透明な市場となっている。
100
開発金融研究所報
に見られるように、市場経済への移行が進展する
able Energy Credit Line Frameworkである。こ
中、これらの国に対する今後のEBRDの支援は、
れはブルガリアでのエネルギー効率化プロジェク
量よりも質を重視すべきとの要請が強まってい
トや再生エネルギープロジェクトを対象とした総
る。特に具体的な支援分野として期待されている
額50百万ユーロの現地銀行向けクレジット・ライ
のが、中小企業および金融部門の育成に加えて、
ンである。このクレジット・ラインは、同国の
地方自治体の公共サービスの質の向上のための上
Kozloduy原子力発電所の廃止に伴う影響緩和の
下水道、地域暖房、都市交通、ごみ処理などの地
ために各国からの資金援助により設立された
方インフラ案件の促進である。
Kuzloduy International Decommissioning and
長期資金調達面での制約が、これらの地方イン
Support Fundからの10百万ユーロの技術支援グ
フラ案件を実現する際の障害となっていることか
ラント資金により補完されており、プロジェクト
ら、これを軽減するために、EBRDはEUと協力
の案件形成・準備・実施のためのコンサルタント
して、2
0
0
3年4月よりEU/EBRD Municipal Fi-
費用、例えば、効率的エネルギー利用計画の作
nance Facilityを設立している。本Facilityは、
成、金融機関への借入申請、プロジェクト審査、
EU/EBRD SME Finance Facilityと同様に、EU
完工証明などのための費用や、プロジェクト実施
新規加盟国・加盟候補国を対象に、地場の銀行
主体へのインセンティブや現地銀行のプロジェク
が、中小規模の地方自治体および関連企業向けに
ト管理費用のための財源としてグラント資金が活
長期資金を融資するための資金をクレジット・ラ
用されている。
インにより供与し、同時に、EBRDが、現地銀行
また、EBRDは、世界銀行のThe Global Envi-
からの融資にリスク・シェアーを行うものであ
ronmental Facility (GEF)と共同でのクレジッ
る。EBRDからの現地銀行向けクレジット・ライ
ト・ラインも実施している。その一例が、スロベ
ンは、期間1
0―15年、総額7
5百万ユーロであり、
ニアの現地銀行向けに供与している総額45百万
リスク・シェアーは現地銀行か ら の ロ ー ン の
ユーロのGEF Environmental Credit Facilityで
3
5%まで可能とされている。
ある。本ファシリティーは、スロベニア国内のド
また、本ファシリティーでは、現地銀行の地方
ナウ河流域の河川汚染改善プロジェクト実施のた
自治体向け融資におけるリスク分析能力などの向
め の ク レ ジ ッ ト・ラ イ ン で あ り、本 フ ァ シ リ
上や、中小地方自治体のプロジェクト実施能力の
ティーの実施を支援するために、GEFは、約1
0
向上のため、総額1
5百万ユーロの技術支援グラン
百万ユーロのグラント資金を拠出しており、やは
トもEUから供与されており、その一部は、現地
りプロジェクト実施主体に対するインセンティブ
銀行の中小地方自治体向けの融資を奨励するため
や現地銀行の管理費用のための財源としてグラン
のパフォーマンス・フィーとしても利用可能であ
ト費用は使われるほか、対象となる企業や地方政
り、地方インフラ案件向けファイナンス拡大の触
府に対する技術支援や訓練の費用としても使われ
媒効果を高めている。
ている。
上記の2つのファシリティーは、何れも、高い
(2)環境問題 へ の 対 応−Energy Efficiency and Renewable Energy
Facility
取引コストやリスクのために、マーケットだけで
は実施が困難な環境プロジェクトに対して、技術
支援グラントによる補助金(Subsidy)を活用し
て取引コストやリスクの軽減を図り、モデルケー
同様にEBRDが取り組みを重視している分野と
スの実施を進め、そのデモンストレーション効果
して環境プロジェクトがあり、EBRDの金融セク
とノウハウ・経験の蓄積を通じて、将来的には補
ター向け活動においても、環境問題への取り組み
助金を必要としない、より持続的な金融仲介モデ
に貢献するための新規ファシリティーがいくつか
ルを構築していこうとするものである。他方、特
導入されている。その一例が2
0
0
4年1月に理事
定の現地銀行だけでなく、多くの現地銀行に幅広
会で承認されたEnergy Efficiency and Renew-
く上記ファシリティーを提供し、銀行間で競争さ
2005年3月
第23号
101
せることにより、補助金による市場の歪み(Mar-
待されており、従来型の支援に加えて、新たな支
ket Distortion)を排除するための注意も図られ
援ファシリティーの活用が図られている。
ている。
その一つは、地場の銀行との協調により地場の
優良企業を支援する新規ファシリティーである。
(3)市場経済への移行が遅れている国へ
の対応―ETCイニシアチブ
市場経済への移行が遅れるこれらの国において
も、いくつかの有力な優良企業が育ちつつあり、
今後の民間部門の発展の原動力となることが期待
これまでEBRDの主な支援対象であった中欧・
されているが、既に成長を遂げたこれらの企業
バルト諸国のEU加盟が実現し、またロシア経済
は、従来からの中小・零細企業支援クレジット・
が劇的な回復を見せる中、EBRDの支援対象国の
ラインの対象外であり、しかも資本面での制約か
中で、最も所得水準が低く、また市場経済への移
ら、地場の銀行は、これらの優良企業向けの与信
行も遅れているコーカサスおよび中央アジアの旧
をさらに増やすことが困難で、また対外借入への
ソ連7ケ国(アルメニア、アゼルバイジャン、グ
アクセスも無いことから、これらの企業は事業拡
ルジア、キルギス、モルドバ、タジキスタン、ウ
張の資金調達が困難という問題に直面してきた。
ズベキスタン)に対する活動をEBRDはもっと強
このため、ETCイニシアチブのもとでは、これ
化すべきとの要請がある。
らの優良企業向けの現地銀行からの融資にEBRD
このような要請に応えて、2
0
0
4年のEBRD総会
がリスクをシェアーすることにより、現地銀行の
で 実 施 が 承 認 さ れ た の が、Early Transition
資本制約を回避しつつ、そのノウハウも活用して
Countries Initiatives(ETCイニシアチブ)であ
地場の優良企業向け資金供給を拡大するリスク・
る。これまでのEBRDのこれら7カ国に対する投
シェアリング・ファシリティー(Risk Sharing
融資活動の規模は、資源関連プロジェクトを除け
Facility)が採用されている。
ば年間9
0百万ユ ー ロ 程 度 に 留 ま っ て い た が、
また、これらの国の多くが一次産品輸出国であ
ETCイニシアチブは、中小企業支援やインフラ
ることから、貿易振興プログラムの発展形とし
整備を中心に、これを15
0百万ユーロに増加させ
て、将来の輸出代金を担保に輸出産品の生産に必
ようというもので、本イニシアチブのもとでは、
要な資金を現地銀行との協力のもとで輸出企業に
市場規模も小さく、民間部門の発達が遅れてお
供与するStructured Pre―Export Financing Fa-
り、西側からの投資も非常に限定的という、これ
cilityの実施も検討されている。これもリスク・
らの国の市場環境に対応したフレキシブルな対応
シェアリング・ファシリティーと同様に、既に現
が図られることとなった。また、これら7カ国に
地の銀行部門の与信能力が資本上の制約などで限
おけるプロジェクトの実施を促進するために、プ
界に達しているところ、EBRDが、そのリスクを
ロジェクトの準備・実施に必要な技術支援を行う
直接的にシェアーすることにより、経済成長のエ
ための技術支援ファンドもドナー政府の拠出によ
ンジンと成り得る産業部門に資金を供給していこ
り設立されることとなっている。
うとするものであり、ETCイニシアチブの下で
これらの国においても、他の体制移行国と同
実施されるこれらの新規ファシリティーにより、
様、金融セクターの基盤整備が他の産業セクター
体制移行が遅れているこれらの国に対するEBRD
に比べると比較的進んでいることもあり、EBRD
の支援が拡大することが期待されている。
の投融資活動も金融セクター向けが中心である。
すでにこれら7カ国の38行の地場銀行向けに、資
本参加、中小・零細企業支援クレジット・ライ
終わりに
ン、貿易金融などの支援を行っており、2003年
最後に、EBRDの金融セクター向けの活動の特
末のコミットメント残高は1
9
7百万ユーロに達し
徴を、今後の開発支援の参考とする観点から再度
ている。ETCイニシアチブでは、金融セクター
整理してみることとしたい。
向けの投融資活動が継続して中心となることが期
102
第6章
開発金融研究所報
(イ)EBRDは、民間部門の育成と自発的な活
動の促進という、活動目的に沿い、民間
の強化による金融深化(Financial deepen-
の経済主体のニーズに沿った支援を重視
ing)を目指しているが、この観点から、
しており、金融セクター向けの活動にお
金融機関相互の競争上の公平性(Level
いても、政策・制度面での枠組み作りよ
playing field)の確保による競争の促進
りも、個別の金融機関に対するダイレク
と、健 全 な 金 融 原 則(Sound Banking
トな支援の実施に重点を置いている。個
Principles)と企業統治(Corporate Gov-
別機関向け支援を重視しながらも、金融
ernance)の徹底による民間金融機関に
セクター全体の改革に貢献するため、出
対する信頼の構築が重要と認識している。
資、融資、保証、プライベート・エクイ
EBRDは、政府系金融機関を通じた支援
ティー、リース、貿易金融などの幅広い
には一般的に消極的であるが、政治的な
支援ツールにより金融セクターの果たす
介入のリスクに加えて、政府系金融機関
多面的な仲介機能にフレキシブルに対応
向け支援は、これらの観点から、民間金
すると共に、なるべく多数の金融機関を
融機関の発展には逆に障害となるリスク
幅広く支援することにより、支援効果の
を孕んでいる点を懸念しているためであ
広がり(Outreach)を確保している。例
る。
えば、EBRDからの支援を受けている銀
(ニ)他方、
「市場の失敗」
、すなわち、通常は
行の銀行部門全体におけるシェアーを見
民間金融機関からの資金供給が十分でな
るとチェコで4
2%、スロバキアで45%、
い分野、例えば、中小・零細企業、農業
ハンガリーで3
8%、ポーランドで31%に
部門、環境案件、地方インフラなどに対
達しており、エストニアでは実に97%に
してどのように対応するのかという問題
達している。多数の金融機関を幅広く支
がある。EBRDは、これらの分野には、
援することは、金融機関間の競争上の公
グラント資金を活用して、民間金融機
正さを確保し、EBRDの支援による市場
関・プロジェクト実施主体の実施能力向
の歪み(Distortion)を回避する観点か
上のための技術支援や、パフォーマン
らも重要と認識されている。
ス・フィーによるインセンティブの提供
(ロ)個別機関に対する支援の実施に当たって
などを通じて、リスクや取引コストの軽
は、EBRDからの直接的な支援が終了し
減を図ることにより、これらの分野へ民
た後も、支援が目的とした効果が持続的
間資金を誘導し、持続可能なビジネス・
に発揮されることを確保することが重視
モデルの構築と実績の積み重ねに応じて、
されている。マイクロ・ファイナンスを
補助金を序々に削減する戦略をとってい
巡るGreenfield ApproachとDownscaling
る。また、EBRDは、このような技術支
Approachの議論も、支援効果の持続性
援とインセンティブを幅広い金融機関に
がポイントの一つとなっている。持続性
提供することにより、競争上の公平性を
の確保のため、個別の金融機関に対して
確保する点にも十分配慮している。
支援を実施するに当たっては、資金の提
(以上)
供に加えて、受け入れ機関に対して、適
切な業務戦略の策定や経営・融資方針の
[参考文献]
改善などに関する具体的なプログラムを
[和文文献]
義務付けると共に、必要とされる技術支
塩原俊彦(2004)
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「現代ロシアの経済構造」
、慶
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上(Capacity building)を実現すること
を重視している。
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2005年3月
第23号
103
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410.
開発金融研究所報
中央アジア・シルクロード地域経済圏の
市場経済移行プロセスの特色と課題
―移行経済支援に関する一つの視点として―
国際金融第2部次長
田中 福一郎*1
要 旨*2
ベルリンの壁の崩壊とともに東西冷戦が終結し、ソ連が解体して10年余りが経過したが、中央アジ
ア諸国にとっては文字通り激動の1
0年であったとされている。この間、同諸国は独立国家としての機
構整備、市場化への制度的改革、民営化などの体制転換を進めたが、ほとんどの国において独立直後
は国内総生産(GDP)が半減し、社会的格差も拡大した。このような移行期にある中央アジア経済
の特徴を中東欧モデルとも比較しつつ、旧ソ連邦体制下での中央アジア地域の分業体制と比較優位、
中央アジアの産業構造の変化と産業政策、石油・ガス輸出依存型発展に関わる問題、中央アジア経済
自由化の基盤となる金融制度の問題、中央アジア地域経済市場化の今後の課題を概観し、結びにかえ
て多様化する中央アジア地域と我が国の支援の態様につき論及の上、国別の支援のベスト・ミックス
とともに、地域経済圏の域内協力に対する支援の重要性につき考察する。
目 次
はじめに
1.市場経済移行期にある中央アジア地域経済の特徴 …………………………………………………106
2.旧ソ連邦体制下での中央アジア地域の分業体制と比較優位 ………………………………………107
3.中央アジア地域の産業構造の変化と産業政策………………………………………………………10
7
4.石油・ガス輸出依存型発展に関わる問題……………………………………………………………10
8
5.中央アジア経済自由化の基盤となる金融制度の問題 ………………………………………………111
6.中央アジア地域経済市場化の今後の課題 …………………………… ……………………………11
2
結びにかえて ―多様化する中央アジア地域と我が国支援の態様一考察 ……………………………112
参考文献 ……………………………………………………………………………………………………11
7
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1 現 大阪府庁国際交流監
*2 Abstract
While the Cold War ended with the fall of the Berlin Wall, the Soviet Union dissolved and a little more than ten years
passed, for the countries in Central Asia, it is supposed literally that it was ten tumultuous years. Although these countries
advanced organization conversion as an independent state, such the institutional reform to marketing, privatization, etc., in
almost all countries, the gross domestic product(GDP)was halved immediately after independence, and it expanded the
social gap. This paper clarifies an inside Central Asia economy comparing the feature of the East Europe model in such a
shift term. The problem of the financial system used as the base of the economic organization of the Central Asia area under the old Soviet Union organization, change of a comparative advantage and the industrial structure of Central Asia, and
industrial policy, the problem in connection with petroleum and gas export―oriented development and the Central Asia
economy liberalization and the future subjects of the Central Asia regional economy marketing are studied. As a conclusion, it considers on our government’
s ways of support to the diversifying Central Asia regional economy area.
2005年3月
第23号
105
化の基盤となる金融制度の問題、中央アジア地域
はじめに
経済市場化の今後の課題を概観し、結びにかえて
ベルリンの壁の崩壊とともに東西冷戦が終結
多様化する中央アジア地域と我が国の支援の態様
し、ソ連が解体して10年余りが経過したが、中央
につき論及し、中央アジアと我が国の関係を探る
アジア諸国にとっては文字通り激動の1
0年であっ
視点の一助に供したい。
たとされている。この間、同諸国は独立国家とし
ての機構整備、市場化への制度的改革、民営化な
どの体制転換を進めたが、ほとんどの国において
独立直後は国内総生産(GDP)が半減し、社会
1.移行期にある中央アジア経済の
特徴
的格差も拡大した。比較的生産の落ち込みが少な
中央アジア・コーカサスの市場経済化を同じく
かったのは体制移行において漸進主義を採ったウ
市場移行プロセスにある中欧諸国と比較した場
ズベキスタンが例外とされるが、同じような市場
合、初期条件におけるいくつかの相違を見なけれ
移行国であっても、すでに国家的枠組みができて
ばならないであろう。
いたポーランド・ハンガリーなどの中欧諸国と比
第一に、中欧諸国が歴史上市場経済を経験した
較すると、中央アジア・コーカサスは体制転換の
ことがあるのに対し、中央アジア諸国は「社会主
みならず国家的枠組みの構築、国家機構の整備や
義」以前において市場経済の経験はほとんどな
国民統合のシンボル作り、民族国家のイデオロ
かったことが挙げられている。中欧諸国にとって
ギー構築など過大な課題を同時に遂行しなければ
の市場経済化はかつての市場経済への復帰であ
*3
ならなかったからであるとされている 。
こうした中で日本は1
99
7年当時の橋本総理の
経済同友会における政策スピーチでシルクロード
*4
り、中央アジア諸国にとっては新たな経験として
の市場経済への移行であったとされている。
第二に、市場化への助走期間の有無が指摘さ
外 交 構 想 を 打 ち 出 し た。そ れ ま で も 日 本 は
れ、ポーランド、ハンガリーは60年代から様々な
DACにおいて中央アジア諸国をODAの対象国と
改革の経験を重ねてきたが、中央アジアではその
する上でリーダー的な役割を果たし、またインフ
プロセスが欠如していたことが指摘されている。
ラ整備、市場化に向けての知的支援などの分野に
第三に、中欧諸国は中央アジアのような旧ソ連
おいて貢献を積み上げてきたが、このイニシア
構成共和国とは異なって「民族国家」を最初から
ティブにより一層包括的な視野で戦略的なアプ
構築するという必要性はなかったことも指摘され
ローチに踏み出したとされる。また、2
004年8
る。また、中欧・東欧諸国はソ連とは異なって、
月の川口外相の中央アジア歴訪でさらにこの戦略
国内で一定程度自給自足し得る経済体制といった
を進め、中央アジア・プラス日本の多国間協力構
いわゆるアウタルキー経済を構築することができ
*5
想も打ち出されたところである 。
ず、硬直的になりがちな計画化経済システムより
以下では移行期にある中央アジア経済の特徴を
も、外部経済の変化に柔軟に対応せざるを得ない
中東欧モデルとも比較しつつ、旧ソ連邦体制下で
必要性に迫られることが多かったことがかえって
の中央アジア地域の分業体制と比較優位、中央ア
幸いしたとされている。
ジアの産業構造の変化と産業政策、石油・ガス輸
さらに、中央アジアの経済困難の理由は体制転
出依存型発展に関わる問題、中央アジア経済自由
換に伴うものだけではなかったことも指摘されて
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3 清水学(2
0
0
1)
「中央アジア・コーカサスの直面する課題」
『多様化する中央アジア・コーカサス地域とわが国支援のあり方』
(財務省委嘱調査)財団法人国際金融情報センター2
0
01年3月発行参照。
*4 1
9
97年7月、当時の橋本総理が経済同友会の講演でこのシルクロード地域を我が国の外交フロンティアと位置付け、積極的な
外交展開を提唱した。具体的には、æ‚信頼と相互理解の強化のための政治対話促進、æ„当該地域繁栄のための経済協力や資源
開発協力、æ”核不拡散や民主化による平和のための協力を内容としている。
*5 川口外相の中央アジア訪問では、中央アジア各国との二国間関係の増進、中央アジア地域全体との対話という二本柱の新たな
方向性が示され、民主化、市場経済化、制度改革の必要性に明示的に言及、今後3年間で1,
0
0
0名以上の研修員受け入れなど
が表明された。
106
開発金融研究所報
いる。タジキスタンでは内戦が起き、コーカサス
優位もありソ連政府も当初力点を入れるスローガ
においてもアゼルバイジャン内のアルメニア人多
ンを掲げていたものの、東西冷戦下で国防予算に
数居住地であるナゴルノカラバフの帰属問題を巡
荷重がかかり立ち消えになったとされている*7。
るアゼルバイジャン・アルメニア紛争が起きたこ
とが挙げられる。紛争は結局アルメニアがアゼル
バイジャンの国土の4分の1を占領したままで
「凍結」状態であり、現在、OSCEの仲介により
3.中央アジア地域の産業構造の変
化と産業政策
和平の努力が続けられているものの解決の目処は
こうした中央アジア・コーカサス諸国はこれま
たっていない。グルジアもアブハジア、南オセチ
でソ連邦構成国として、ソ連内の経済、特に工業
ア、アジャリアなどの分離運動によって不安定な
の独自の分業体制のなかに組み込まれてきたた
状態が続いている。またウズベキスタンでは反政
め、ソ連邦の崩壊に伴い、各国の工業部門は、他
府派がイスラム原理主義運動の形をとって近年の
の旧ソ連邦諸国の工業との部品供給などを通じる
度重なるテロ行為の背景を構成し不安定要因と
市場連鎖が切断されたり、流通が国内商業取引か
*6
なっている点が指摘されている 。
ら国際貿易となったため為替リスクにさらされる
ようになったりするなど計画経済全体の崩壊と相
2.旧ソ連邦体制下での中央アジア
の分業体制と比較優位
まって極めて厳しい環境の下に置かれたことが指
摘されている。また、石油・ガスなどの価格がソ
連時代のように国際価格とは切り離された低廉な
ソ連時代の中央アジアにおける分業体制は経済
価格ではなく国際価格に一本化されるようになっ
上の比較優位の観点からみても妥当であったので
たため、低輸送価格を前提に組み立てられていた
あろうか、また十分な発展を遂げてきたのであろ
全ソ連経済地域圏を対象としていた輸送システム
うか。
も崩壊したことが指摘されている。ほとんどの工
ソ連時代の中央アジア時代の特化部門は、農業
場が市場の縮小あるいは喪失、低稼働率、老朽化
部門ではカザフスタン北部の穀物生産とウズベキ
した技術と低生産性、新規投資の縮小あるいは欠
スタン、トルクメニスタンを中心とした南部の綿
如、一層の過剰雇用圧力に悩まされ、縮小・閉鎖
花生産であった。これは経済上の比較優位の観点
の運命に晒されることになったとされている。さ
から見ても合理性はあったとされている。
らに、中央アジアが有した独自の困難点として、
一方、中央アジアの鉱工業部門は、鉱業と素材
工場での中間管理者や技術者の間にはロシア人が
産業が中心で、綿加工業の未発達に象徴されるよ
多く、独立に伴うこれらの人々の国外流出が拡大
うに加工業は脆弱であった。すなわち、ロシア、
し、それが経営・技術のノウハウの流出を招いた
ウクライナ、ベラルーシがソ連全体の機械工業生
ことが指摘される。また貿易の自由化が進められ
産物の供給地であり、中央アジアなどから移入す
たために食品加工・衣料製品の部門でも国産品は
る資源や資材が、これらの連邦内共和国で機械や
対抗できず大幅に国内市場を喪失したとされる。
完成品に姿を変えて、中央アジアやその他の地域
工業(製造業)において注目すべき点は、原材
に移出される構造であったことが指摘される。と
料部門より加工部門、特に加工度が高い部門が急
くに、中央アジア諸国の産業構造が資源採取部門
速に競争力を失っていったこととされる。すなわ
に偏ったこと、中央アジアの農業特産物である綿
ち、加工度が高いだけ、旧ソ連時代の生産技術の
の加工度が不十分であったことなどが指摘されて
老朽性が問題となったことである。さらに軍需産
いる。本来、中央アジアにおける綿加工業は比較
業は需要先を喪失あるいは著しく減少させて、そ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*6 *1注釈清水前掲論文参照。
*7 中村泰三「ソ連時代の共和国経済―計画経済体制下の中央アジア地域開発」岩崎一郎・宇山智彦・小松久男編著『現代中央ア
ジア論』参照。
2005年3月
第23号
107
の凋落の度合いが加速され、その結果、産業構造
ザフスタンは絶対額でも一人当たりでも高い値を
の「低度化」あるいは「逆工業化」というべき現
示していることが注目されている。中央アジアに
象が進行したことが指摘されている。すなわち
限定してみても外国直接投資の4分の3強はカザ
「工業」部門が縮小し、農業とサービス部門が相
フスタンに向けられていることが指摘される。
対的に肥大化する現象とされる。鉱業を含む工業
石油ガス収入依存型としてカザフスタン、アゼ
の比重が縮小し、農業・サービス業の比重が相対
ルバイジャン、トルクメニスタンの現況は次のよ
的に増大すると同時に工業と鉱業との関係におい
うに指摘される。
ても前者が比重を低下させたにもかかわらず、後
まず石油収入は活用の仕方では持続的成長への
者の比重は高まったことが指摘されている。外資
きっかけとされる。すなわち石油収入の活用の仕
の関心も石油ガスなどエネルギー資源の開発に集
方は経済体制の移行に成功するかどうかが試みら
中しており、その中で、現実的な発展戦略として
れる試金石とされる。民主主義が十分定着してい
石油ガスを中心とする原燃料の輸出に投資が集中
ない社会に多額の石油収入がある場合、ともすれ
したことは周知の事実である。これがいわゆる外
ば汚職を拡大したり、無駄な投資が行われたりす
資主導型の資源輸出開発戦略とされ、中央アジア
る場合も多かったのも事実である。中央アジア資
*8
の主要な産業政策となっているといえよう 。
源諸国にとっては、石油収入利子で主な国家財政
を組めるクウェート型になるのか、それとも膨大
4.石油・ガス輸出依存型発展に関
わる問題
な石油収入にもかかわらずテイクオフに失敗した
ナイジェリア型のようになるのか、製造工業化も
進めることができたマレーシア型のようになるの
2
0
0
0年以降の中央アジア経済は概してロシア
か正念場にさしかかってきているとされる。石油
経済危機の否定的な影響からの立ち直りと、カザ
ガス輸出による経済発展戦略をとってきた中東の
フスタン、トルクメニスタンなどが石油あるいは
産油国の過去4半世紀の経験も参考にする必要が
ガス関連の輸出により独立以来最高の経済成長を
指摘される。中東では非産油国も産油国の石油収
遂げたことで特徴づけられたとされる。カザフス
入のスピルオーバーを受益したが、公務員の拡大
タンやトルクメニスタンは1
0%以上の成長がな
による肥大化した賃金負担、補助金、軍事費支出
されてきていると同時に非産油国の苦境が指摘さ
が財政圧迫要因となり、また国営企業改革を遅ら
れている。
せた要因ともなり、石油収入のミスマネージメン
旧ソ連における経済活動の牽引力は石油を中心
トが問題視されている。総雇用労働力に占める公
とするエネルギー関連投資に集中する外国直接投
務員の比重は途上国平均で9%に対し、中東地
資(FDI)に移りつつあることは事実であり、CIS
域では倍の17%となっているところ、中央アジ
構成共和国のなかで、累積FDI(1
9
89―9
8年)を
アの産油国とは状況は異なるが、他山の石にすべ
見るとトップがロシアで89億1
00万ドルであるの
き教訓も指摘されている*9。
に対し、 カザフスタンは2位で5
6億6
1
0
0万ドル、
中央アジア域内経済成長の鍵を握る資源諸国の
第3位はアゼルバイジャンで3
1億2
0
0万ド ル と
石油・天然ガスについては、これまで域内におい
なっている。CISに対するFDI累積額23
6億8700
て競合関係となっていることが基本構図であっ
万ドルをとると、これら3国だけで実に4分の3
た。特にこれまでは各国は個別にロシアとだけパ
を占めていることが指摘される。一人当たりFDI
イプラインで繋げられていた。独立後も同じく競
累積額をとると、トップはアゼルバイジャンで
合する資源輸出国ロシアに扼される地政学的位置
4
0
8ドル、2位はカザフスタンで3
72ドル、3位
に従属してきた関係であったといえよう(以下図
はトルクメニスタンで1
57ドルとされている。カ
表1を参照)
。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*8 *1前掲清水論文参照。
*9 *1前掲清水論文参照。
108
開発金融研究所報
図表1 中央アジア・シルクロード地域の石油ガス・パイプライン網
西シベリアから
西シベリアから
西シベリアから
欧州へ
ロシア
欧州へ
アスタナ
テンギス油田
中国へ
カシャガン鉱区
トビリシ
ノポロシ
イスク
アクタウ
ウズベキ
スタン
黒海
サムスン アルメニア
トルコ
エルズルム
ジェイハン
地中海
カスピ海
ナゴルノ
カラパフ自治州
アゼルバイジャン
ペルシャ湾
サウジアラビア
カザフスタン
アティラウ
グルジア
カーク島
トルクメ
ニスタン
イラン
タジキスタン
アフガニスタン
テヘラン
パクー・ジェイハン(BTC)ルート
CPCパイプライン
イラン・ルート
中国ルート
ブルー・ストリーム
石油パイプライン
(建設中・計画中)
ガス・パイプライン
(建設中・計画中)
油田
ガス田
(出典)http://www.iijnet.or.jp/IHCC/asia10
6-central0
1.html
こうした地政学的な観点からはまず中央アジア
出などに繋げれば地域的により広範な経済効果を
諸国としてロシアとの協力関係をはかることが現
生ずることが指摘されており、これが同地域圏全
実的な構図となっている。主にカザフスタンやト
体としての将来の発展にとり重要な課題と考えら
ルクメニスタンはロシア経由欧州向け石油・天然
れる*12。
ガス輸出の交渉に成功し、外貨収入を現実に獲得
より具体的には、まず東方に向けたトルクメニ
してきている。すなわち、カザフスタンが石油を
スタン―ウズベキスタン―カザフスタン経由中国
上図の BCPC(Caspian Pipeline Consortium)
向け天然ガス輸出パイプライン(図表の D中国
*1
0
パイプラインにより日量で約35万バーレル 、
ルート)が中国の天然ガス公社やカザフスタンの
トルクメニスタンが上図の Eブルーストリーム
カズムナイガスをはじめとする国際コンソーシア
(パイプライン)により天然ガスを年間約200億
ムで検討されているとされる*13。前者3国が協
立方メートル程度*11、ロシア経由欧州への輸出
力し、すでに有しているパイプラインを連結し
に向けている。
て、今後大きな需要が見こまれる中国に繋げると
しかしながら、中央アジア資源諸国は内陸国同
いうプロジェクトである。これは中国内における
士でもあり、協力して既存のパイプラインを連結
西気東輸プロジェクト(中国西部の天然ガスを東
し、同じ競合関係で資源輸出国である北方のロシ
部工業地域へパイプライン輸送を図るプロジェク
アを回避して、西方の欧州向け輸出、あるいは東
ト名)が着実に進行して行く過程で構想の具体化
方の中国向け輸出、もしくは南方のイラン向け輸
も視野に入ってくるものと思われる。なお、カザ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
0 http://www.idcj.or.jp/1DS/1
1ee_jousei0
2
1
1
0
6.htm
*11 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/turkmenistan/data.html
*12 輪島実樹「カスピ海エネルギー輸送路開発と国際関係」―流動化する中央アジア情勢―『ロシア研究』第30号20
00年4月参
照。および拙稿「中央アジア諸国経済の域内協力プロセスの特色」
『外務省調査月報』2
0
04年度№2参照。
*13 具体的には、エクソン社、三菱商事もフィジビリティー調査に参画し計画は了している。本村真澄「カスピ海からの新しい石
油天然ガスフローについて」
『石油/天然ガス・レビュー』2
00
3年7月号参照。
2005年3月
第23号
109
フスタンから中国への石油パイプライン敷設につ
バイジャンのバクーに輸送し、バクーからグルジ
いては中国石油公社とカザフスタン石油公社の間
アのトビリシを経由、トルコ領地中海沖のジェイ
ですでに着工につき合意がなされている。ただし
ハンに至るルートで輸送することで合意した。ま
現在の計画ではカザフスタンからだけの通油量で
た、アクタウ港からバクーへの原油輸送を管理す
もあり、日量2
0万バーレルでしかないとされる。
るための会社を新たに設立し、そこにもカズムナ
また南方に向けたカザフスタン―トルクメニス
イガスが参画するとの計画が併せ発表された。こ
タン経由でのイラン向け石油輸出パイプライン
のルートについては域内協力の進展が最も現実的
(図 表1の Cイ ラ ン・ル ー ト)も2
00
0年6月 に
にみられているといえよう*16。
イラン国営石油会社NIOCにより計画が発表され
*1
4
いずれにしてもこれら諸ルートの域内パイプラ
たが、今後注視を要しよう 。なお、トルクメ
イン敷設については、そのさらなる実現に向けて
ニスタンからイラン北部消費地向けの天然ガス・
域内協力を触媒していく外資の存在が不可欠であ
パイプラインは既に9
7年末に開通しており、年間
ろう。こうした外資の戦略的役割を鑑みるにあた
約8
0億立方メートル程度の輸送 を 稼 動 し て い
り中央アジアのエネルギー資源市場においては、
*1
5
米露の2国間における綱引きの構造と中国のファ
さらに西方に向け、アゼルバイジャン―グルジ
クターに注視する必要がある。すなわち、北方の
る 。
ア経由でのトルコ向けパイプライン(図表1 Aの
ロシアの影響や制約を回避するルート、また米国
バクー・ジェイハン(BTCパイプライン)ルー
によりテロ支援国とされている南方のイランを回
ト)にカザフスタンからも石油を繋ぎ込む構想に
避するルートである中央アジアからNATO加盟
つき、2
0
0
1年、米国が「U.S.―Kazakhstan Energy
国トルコへ抜ける東西ルートを米国として最大に
Partnership」を締結して支持表明した。これに
バックアップするというエネルギー外交戦略の存
ついてその後、カザフスタン政府経済使節団がア
在がまずこの地域情勢を判断する上で大きな要因
ゼルバイジャンを訪問し、両国政府間で具体的に
となろう。これに対し、ロシアも依然として中央
検討が開始された。昨年3月にはカザフスタンの
アジア諸国とは南北のパイプラインを既存インフ
トカーエフ首相が、同国を訪問中の米国務省のマ
ラとして有している利点がある。例えばかつて米
ン上級顧問と首都アスタナ で 会 談 し、上 述 の
国の支援でトルクメニスタンが天然ガスを新規に
BTCパイプラインによるカザフスタン産原油の
カスピ海海底パイプラインでトルコ向け輸出を計
輸送につき具体的な協議がなされた。同月引き続
画していた時も、ロシアが既存の南北パイプライ
きカザフスタンの国有石油開発・輸送会社カズム
ンで有利な利用条件を提示してトルクメニスタン
ナイガス、アゼルバイジャン国有石油会社、およ
を説得し、トルコ向け輸出計画は事実上棚上げと
びBTCパイプライン会社との間で、カザフスタ
なっていることもこの地域ではロシアが依然根強
ン産原油をこのBTCパイプライン経由によって
い影響力を保持している証左であろう*17。
輸出することに関し合意がなされた。具体的には
こうした拮抗した米露のエネルギー外交戦略の
カスピ海沖西部のカザフスタン産原油を2008年
力関係や構造のなかで、具体的には上述のBTC
目処に、同国西部のアクタウ港から対岸のアゼル
パイプラインについては米国のエネルギー外交戦
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
4 この計画によれば、カザフスタンとトルクメニスタンのそれぞれ西部の油田をパイプラインで繋ぎ、それをイランの大石油消
費地中央部まで延長し消費することになる。そして、消費した分はイラン南部産の石油を中央アジア諸国ブランドとして替わ
りにペルシャ湾経由で輸出便宜をイランが図るというスワップ方式である。佐藤世章「新局面を迎えたカスピ海地域の石油開
発動向」
『石油/天然ガス・レビュー』2
0
0
0年11月号参照。なお、イランに対する外国資本による石油資源開発については、
米国が当該外国資本会社に対し制裁を課すというイラン・リビア制裁法を制定していることに留意する必要があろう。詳細は
拙稿「米国の対イラン経済制裁と国際投資」
『外務省調査月報』2
0
03年度№2参照。
*1
5 http://www.rotobo.or.jp/CISCEEinfo/infturk.htm
*16 http://www.eurasianet.org/resource/kazakhstan/hypermail/2
00
30
3/ Kazakhstan Daily Digest, March20
03EurasiaNet.org
*1
7 輪島実樹「トルクメニスタン天然ガス輸出の可能性―アフガニスタン情勢の変化に寄せて―」
『ロシア東欧貿易調査月報』2001
年12月号参照。
110
開発金融研究所報
略が実り、現実に着工に至っている。中央アジア
CIS諸国の中では、中央アジア諸国は、ロシア依
諸関係国の外交的合意形成の積み重ねもさること
存が相対的に低まったコーカサス諸国に比べ、そ
ながら、米国の強い政治的サポートの意思をバッ
の影響は無視できないものがあったことが指摘さ
*1
8
ク・ボーンに 、ブリティッシュ・ペトロリア
れている。しかしながら、1999年後半以降、経
ム社をはじめ我が国の伊藤忠石油開発と国際石油
済・金融は小康状態が続いてきている。この間、
開発の2社も含む8ケ国1
1社の欧米の主要な国際
新たなエネルギー資源の確認、石油価格等の高騰
コンソーシアムによる運営・推進体制がまとまっ
などの影響を受け、国際的な投資関心がカザフス
た。このように上述のBTCパイプライン・ルー
タン、トルクメニスタンとアゼルバイジャンに注
トの東西エネルギー回廊構想という米国エネル
がれたためもあるといえよう。他方でこのような
ギー外交戦略に実際上の経済的利点が十分伴って
関心はエネルギー資源の分野にとどまっており、
*1
9
いた要因があったことは 、今後この地域の動
それを超えるものとはなっていないといえよう。
向を判断する視点として重要であろう。
すなわち依然として根本的には国内的な金融改革
こうした米露の綱引きの構造に加えて、カザフ
の状況は遅々とした動きにとどまっていることが
スタンのエネルギー市場には中国ファクターが影
指摘されている。対民間部門への融資残高は、中
響を与えていることが注視されよう。すなわち、
央アジアにおいてはきわめて低水準なことが指摘
上述した中国向けの石油パイプラインの完成に伴
される。GDPに対する比率(EBRDデータ)によ
い、カザフスタンは米露のエネルギー外交に対
れば、通常、一人当たりGDPが同程度の他の諸
し、一定の交渉カードを有することになるであろ
国では一般に20∼30%、OECD諸国では70∼80%
う。
以上の水準と比較して、最近年においてもカザフ
、キルギ
スタン約9%、ウズベキスタン(n/a)
5.中央アジア経済自由化の基盤と
なる金融制度の問題
スタン約5%、トルクメニスタン約10%、タジ
キスタン約こと10%にとどまっていることも指
摘されている。
中央アジア諸国の金融状況は、1
9
9
0年代前半
このような低調な金融活動は、マネータイゼー
の混乱期をへて、1
9
96年以降安定化の方向に向
ションの遅れ、barter tradeの横行、composite
かい、とくにカザフスタンについては、一般的に
currency体制、インフォーマル・エコノミーの
金融改革が進んでいるとされている。
存在などの要因が大きく働いているとされ、基本
1
9
9
8年のロシア金融危機の煽りを受けて為替
レートは総じて急激に下落し国内経済にインフレ
的には銀行部門が依然として金融「不」仲介機能
の状況にあることによるとされている*20。
を含めさまざまな問題がもたらされたが、同じ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
8 こうした従来のロシア依存から米国寄りへの方針転換の政治的背景として以下を指摘したい。まずアゼルバイジャンのアリエ
フ先代大統領が9
7年2月、北大西洋条約機構(NATO)事務総長が首都バクーを訪問した際、アゼルバイジャンがNATOに
参加する意向を伝え、ヨーロッパの東に位置するアゼルバイジャンが拡大NATOに含まれていくのは当然という考え方を表
明した。また、同大統領は9
7年8月に訪米し、クリントン政権との間で油田開発を中心とする相互投資協定と両国間の経済関
係強化などを内容とする共同声明を発表している。そして、9
8年3月にはアゼルバイジャン、グルジア、トルコ、カザフスタ
ンの関係国がイスタンブールで国際会議を開催し、カスピ海資源の輸出ルートとして上図 Aのバクー・ジェイハン間の東西エ
ネルギー回廊ルートを支持する声明が出された。こうした背景をもとに、欧州復興開発銀行、国際金融公社に加え、我が国の
国際協力銀行によりこのバクー・ジェイハン間石油パイプラインへの融資もなされている。以上から導き出されるものとして
は同石油パイプラインの持つ地域経済的重要性にもまして、地域政治場裏における東西エネルギー回廊創設に関する関係国の
エネルギー外交戦略意思の強靭性であると考えられる。拙稿「ソ連邦解体後のカスピ海イスラム資源地域」
『外務省調査月報』
20
03年度№4参照。
*19 米国ブッシュ大統領は就任後すぐにチェイニー大統領を筆頭とするエネルギータスクフォースを設置、2
0
0
1年5月には1
05の
提言からなるNational Energy Policyを発表したが、そこでも経済性の実証が伴う上述のBTCパイプラインの支援を明示的に
打ち出していた。古幡哲也「米国の新エネルギー政策は遅すぎたのか―複雑な政治的要素―」
『石油/天然ガス・レビュー』
2001
年9月号参照。
2005年3月
第23号
111
6.中央アジア地域経済市場化の今
後の課題
旧ソ連・中央アジアと同じく体制転換、市場化
ルギスが10位となっている。中欧と比較すると著
しく遅れているが、コーカサスの方が中央アジア
より相対的に改革が進捗していることが指摘され
ている*21。
の道を選択した中欧では改革への歩みは2、3年
早くから始まり、すでに移行期は10年有余を越え
ている。それに対して中央アジア・コーカサス諸
国の移行の現段階は移行先進国である中欧のポー
結びにかえて―多様化する中央アジ
ア地域と我が国の支援の一考察
ランド、ハンガリー、チェコ、スロベニア、さら
に旧ソ連ではあってもバルト諸国のなかでエスト
(1)域内経済統合促進のための支援
ニアなどと比較すると明らかに大きな差異が指摘
される。上記の中欧諸国が明らかに体制転換を完
域内経済統合のメリットとして指摘されるの
了し新たな発展に向けて順調な滑り出しを行って
は、石油ガス輸送、運輸、通信、電力インフラ網
いるのに対して、中央アジアのなかでは先進的な
などの整備であり、周辺関連諸国との協調なしに
キルギスやカザフスタンにおいて制度的な移行が
は問題解決が不可能ないし、規模の利益を生ずる
やっと完了に近づいたところとされ、順調な経済
域内協力部分である。こうしたグランド・デザイ
発展を展望しうる段階には未だないといえよう。
ン構築にわが国の技術支援が貢献する余地がある
市場化という制度的改革についていえば、中央
と考えられる。
アジアではキルギス、カザフスタンでは一部を除
具体的な域内経済市場化促進に関する多国間経
き、ほぼ完了に近づきつつあり、内戦で体制転換
済協力の先行事例として、まずEBRDの取組を指
が遅れたタジキスタンも急ピッチで市場化の改革
摘したい。ユーラシアという地政学的な枠組の
に追いつきつつあるとされている。これらの諸国
下、各諸国全てに現地事務所を有しているEBRD
では通貨の交換性はほぼ達成されているといって
は、域内の市場経済移行への潤滑油的役割として
よいであろう。他方ウズベキスタン、トルクメニ
2002年に「中央アジア・リスク・シェアリング
スタンは制度的にあるいは実態的にソ連時代の枠
特別基金」を導入している。この基金は中央アジ
組みを一部あるいは相当程度残存させており、市
ア諸国における企業家とともにEBRDが域内で投
場化の程度は遅れているとされている。初期条件
資を行う直接投資ファシリティ、貿易促進ファシ
は類似していたこれら諸国もそれぞれの国の個性
リティ、企業へのクレジットラインなどに活用さ
を明確に表すようになってきている。EBRDの年
れている*22。これにより、各中央アジア諸国が
次テーマ報告書2
0
00年Reportによれば、過去8
統合的な市場主義のメリットを享有しうる広域経
年間の改革の進捗度を移行国25カ国の順位付け
済圏を構築するにあたって、一定の支援を果たし
で、トルクメニスタンが25位(最下位)
、ウズベ
ていると評価し得よう*23。
キスタンが2
3位、タジキスタンが2
2位、アゼルバ
また中央アジアにおいては市場経済を支える制
イジャンが2
1位であるのに対して、アルメニアが
度の構築が十分ではないところ、経済規制を合理
1
7位、カザフスタンが1
5位、グルジアが1
3位、キ
的で予測可能なものにすることは民間の経済活動
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
0 北村歳治「中央アジア諸国の金融・為替問題」
『ロシア東欧貿易調査月報』20
0
1年7月号参照。
*2
1 Transition Report20
0
0, ―employment, skills and transition. EBRD参照。
*22 本間勝「欧州復興開発銀行(EBRD)と中央アジアの移行支援」Washington DC Development Forum、http://www.developmentforum.org/finance/doc/EBRDCentralAsian.pdf参照。
*2
3 特にここに言及した域内諸国企業へのクレジットラインはEBRDが地場銀行に原資を出し、この銀行が自ら審査をして、地元
企業に貸し出す仕組みであり、域内諸国の地場銀行が、融資の審査、モニタリング、回収などを適切に行うか否かが、プロ
ジェクト成否の鍵となり、こうした銀行部門の技術向上により域内経済の全体的な発展に繋げる効果が見込まれている。
また、貿易促進ファシリティも重要であり、これは、地場企業と外国企業が貿易取引をする際に、信用状を発行する地場銀
行をEBRDが保証する仕組みで、これにより、西側先進諸国も積極的に貿易拡大を促進できる環境が整えられている。
112
開発金融研究所報
を活性化する上で極めて重要である。そのために
地域が基本的に実現されている。
実効的な担保法制や公正な司法制度の確立に努力
これにより、この共同体域内においてはいわゆ
を傾注する必要があろう。この 点 で 我 が 国 も
る関税同盟に近い実績ができつつあると言えよ
EBRDの中央アジア制度構築協力基金を通じて中
う。しかしながら、WTOの定義による関税同盟
央アジア諸国における制度構築を支援している。
は、加盟国域外の第三国向けに対して関税率の統
また、我が国は、体制移行に影響を与える制度的
一を要件とするため、この要件についてはまだ実
要因を分析するEBRDの研究プロジェクトも支援
現されていない本件ユーラシア経済共同体は、厳
することで中央アジアの域内経済向上のための知
密な意味での関税同盟にまでは至っていないこと
的技術協力を行っている。
に留意を要するであろう*26。
次に中央アジア域内協力のためのインフラ整備
さらに、中央アジアに対する地域協力として
の基幹として、欧州連合(EU)による協力の事
は、アジア開発銀行(ADB)がADB協定の下、
例がある。EUは1
9
9
5年にはTransport Corridor
ADBの主要目的の一つとして「中央アジア地域
Europe、Caucasus、Asia(TRACECA)プロジェ
*2
7
を開始している。今後こ
協力支援プログラム」
クトを発足させ、欧州交通ネットワークの東端で
の域内全体を対象とする運輸・通信などの経済支
ある黒海西岸から東岸グルジアのポチ港、カスピ
援プログラムにより、中央アジア諸国間の結びつ
海へ抜けてアゼルバイジャンのバクー港、東岸ト
きが強められ、域内貿易・投資が促進される効果
ルクメニスタンのトルクメンバシ港、ウズベキス
が期待されよう。
タンのサマルカンド、カザフスタンのアルマティ
上述した運輸インフラのこれまでの整備例にみ
を経由して中国に至る歴史的シルクロード復活の
られるように域内インフラ整備協力が中央アジア
ためのネットワーク支援がなされてきている。具
域内発展の基礎的な物的条件として重要であろう
体的には、中央アジア諸国を対象に、運輸セク
と考えられる。
ターの経営研修、通関などの法制度の整備、鉄道
この観点からみると、例えば中央アジアの電力
インフラの維持管理など各国の共通課題に対して
供給システムは、ソ連時代に整備されたものであ
*2
4
技術支援を行ってきている 。
り、電力需給上の境界が現在の国境と一致しない
このTRACECAプロジェクトにより今後さら
ことが指摘されている。したがって、経済効率的
に整備されていく予定の交通ルートは既存も含め
な電力供給システムの構築のためには、各国がば
全長約1万8
00kmであり、黒海西岸からシベリア
らばらに自給政策を推し進めるよりも、地域間協
鉄道ルート経由による中国への到達距離に比べ最
力を通じて既存のシステムをベースに開発を進め
大約1,
3
0
0kmの短縮になるとされ、中央アジアと
ることが有効と考えられている。具体的にはこう
中国の太平洋側工業地域を一層近接させるという
した電力セクターの地域間協力は大別して以下の
*2
5
利点が挙げられている 。
2つの便益をもたらすとされている。
中央アジア周辺域内の経済統合に総じて積極的
一つはエネルギー源の多様化とバランスのよい
なカザフスタン、キルギス、タジキスタンはロシ
電源構成の確保を通じて、電力供給の安定性が高
ア、ベラルーシとともに2
0
01年1
0月ユーラシア
まるとされている。もう一つは、各国の時差の存
経済共同体を創設している。これら諸国の域内で
在および年間需要パターンの相違により、地域間
は輸入関税と輸出関税を相互に適用せず自由貿易
協力・電力スワップによる多国間の合成電力負荷
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
4 「中央アジア援助研究会報告」20
0
1年3月中央アジア・現状分析編参照。国際協力事業団(現独立行政法人国際協力機構)発
行。
*2
5 The Kazakhstan Institute for Strategic Studies under the President of the Republic of Kazakhstan「中央アジアトランジッ
ト輸送の可能性」
『ロシア東欧貿易調査月報』20
0
4年1月号参照。
*26 田畑伸一郎「CISにおける経済統合」
『ロシア研究』第3
4号2
00
2年4月参照。
*27 http://www.adb.org/documents/brochures/silk_road/silk_road.pdf参照。特に貿易、運輸などにおける域内協力の分野に重
点がおかれている。
2005年3月
第23号
113
の方が、域内協力がない場合の各国別の負荷合計
特化させられてきたという意識は、中央アジアに
より節減されるため、結果投資額の節約にもつな
おいて国内の産業構造をより自立的なものにした
がり、地域便益が生ずるという経済効果である。
いという経済ナショナリズムを生み出したとして
したがってこの電力セクターの地域間協力につい
も不思議ではないと指摘される。しかし最大の人
て我が国による技術支援も検討の課題であろ
口を有するウズベキスタンでも国内市場は2,
30
0
*2
8
う 。
万人程度に過ぎないとされ、ましてトルクメニス
タン、タジキスタン、キルギスタンにいたっては
(2)ポスト安定化経済と移行段階経済
それぞれ500万人程度の市場に過ぎないとされる。
そこで中央アジア全体をできるだけ単一市場にし
上述の規模のメリットを考慮した域内経済統合
ていく可能性も追求する必要があることは夙に指
促進のための支援と同時に、未だ市場経済化が完
摘されている。今日自由貿易協定や関税同盟が部
遂されてはいないにしてもほぼ制度的には完了し
分的に存在しているが、事実上関税および非関税
つつあるキルギス、カザフスタンに対する支援政
障壁がその時々の事情で設定され、期待される効
策と、移行段階が完了しないあるいは中途で一つ
果はまだ生まれていないとされている*29。
の独自のシステムをつくりつつあるように見える
トルクメニスタン、ウズベキスタンに対する支援
政策は異なったものとならざるを得ないであろ
(4)市場経済化のための技術支援と人材
育成
う。前者はいわば「ポスト安定化経済」での発展
戦略であり、後者に関しては市場化促進を機軸に
基本的な政策における支援とならんで、いわば
据えつつ過渡期の発展戦略を模索することであ
改革の予備条件を整備する意味での技術支援は長
る。同時に双方とも政府の果たすべき役割を具体
期的な成果を生んでいくものと期待される。これ
的に検討すべきことが指摘される。
は人材育成と不可分に結びついているとされる。
また上記のように、石油ガスを中心とする資源
を有して債務返済能力を有する国々(カザフスタ
A 市場経済化の基盤となる金融システムの改革
ン、トルクメニスタン、ウズベキスタン)と短期
上述のようにトルクメニスタンなどが国内政治
的に外貨稼得力が見込めないキルギスに対して
に対する配慮によって為替レート問題が規制され
は、有償や無償および技術協力の組み合わせなど
ている状況において、どのような形の支援のあり
においてベスト・ミックスを考えつつ異なった援
方が考えられるであろうか。従来の援助の経験で
助政策をとる方向を慎重に検討することが必要と
は、長期間を通じて構築されてきたソ連時代のシ
考えられる。その際、ドナー間の調和を考慮する
ステムを転換して、市場経済に対応する金融シス
ことで効果は一層高められよう。
テムを一朝一夕で構築することはできないことが
指摘されている。この点で、中央アジア経済圏の
(3)輸入代替発展戦略と輸出促進戦略の
相互関係
統合的発展に貢献しうる我が国の役割として金融
技術支援などの知的技術協力が有効であろうと考
えられる。すなわち、金融技術支援による市場経
中央アジア諸国においては輸出促進政策と輸入
代替政策を併用している国が多い。この政策その
済化促進の基礎作りが今後の中央アジア自由市場
の基盤となると考えられるからである。
ものは、韓国の経済発展過程において同様なプロ
総じていえば中央アジア経済圏の金融インフラ
セスが見られた経緯がある。ソ連時代の分業関係
はカザフスタンを除き一般に脆弱とされている。
で原料生産部門、さらには綿花などの特定部門に
金融取引ルールと通貨制度の名目的な枠組は存在
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
8 山本敬一・山辺卓「中央アジアの電力供給システム整備のための地域間協力」
『開発援助研究』1
9
9
8年Vol.5№2参照。
*2
9 *1注釈前掲清水論文参照。
114
開発金融研究所報
しても、インフォーマル経済の存在が大きく、公
C 日本の特色を生かした中小企業育成
的な情報・データの未整備も指摘されており、実
中小企業育成には、国有企業の民営化と分割に
態は米ドルとの混成通貨状態とみる向きもあ
よるものと、下からの自生的な発展があるとされ
*3
0
る 。したがって支援の方向としては、金利、
るが、いずれにしても必要とされている金融、
為替相場、証券、物価などの情報・データが適切
マーケティングのノウハウなどインフラが欠如し
に把握されて経済活動に有効に活用されるような
ているとされている。世銀・アジア開銀などの国
金融技術支援や、さらにはマクロ経済的な金融政
際金融機関がツー・ステップ・ローンなどのモデ
策運営が域内諸国の間ではかられるような知的技
ル的な融資システムを実施しているが、中央アジ
*3
1
術協力 が望まれよう。
ア各国とも人口規模が概して少なく、そのなかで
は観光業など小回りが利く業種の効果も重要とさ
B 具体的なわが国の国際金融支援事例
れ、然るべき目を向けることが必要と指摘されて
国際協力銀行は、本年、カザフスタンの商業銀
いる。この点でODAによる空港改修支援、直行
行であるカズコメルツバンク(Kazkommerts-
便開設ないし観光シーズンのチャーター便の基盤
bank;略称KKB)との間で、3,
0
00万ドルを限度
としての航空協定締結促進など日本の支援の余地
*3
2
とするドル建の輸出クレジットライン 設定の
はあろう。また70年におよぶ旧ソ連邦の共産体制
ための融資契約に調印した。本融資は、カザフス
下でも存続し得てきたバザール商業は伝統があ
タン企業が日本企業から機械設備などを輸入する
り、この機動力の動員なども有効とされ、日本の
ための資金につきKKBを通じて供与するもので
中小企業発展の経験交流もこの意味で有益ではな
ある。なお、本融資は、当行が中央アジアを含む
いかと指摘されている。この点で経済アドバイ
旧ソ連からの独立国(ロシアを除くCIS)向に、
ザーなどの専門家派遣、研修員受け入れなども有
初めて設定する輸出クレジットラインであった。
効なスキームであろう。
カザフスタンは、19
9
1年の旧ソ連からの独立直
後経済的に低迷していたが、豊富な石油・天然ガ
D 日本の技術を生かした水資源協力
スなどの天然資源の開発、市場経済への取組など
最後に、中央アジア地域の持続可能な経済発展
を行うことで、近年は目覚しい経済発展を続けて
のためには同地域が地理的に厳しい乾燥地帯であ
いる(2
00
2年の経済成長率は9.
5%)
。かかる状
ることから域内の水資源協力が基盤となると考え
況下、日本企業も同国に輸出・投資先として注目
られる。とくに中央アジアの経済は灌漑農業に大
しており、日本企業から、カザフスタンの民間銀
きく依存している。そのため、量的な意味でも時
行向け輸出クレジットライン設定の要望が多く寄
期的な意味でも、それぞれソ連邦から解体し独立
せられていたため、本クレジットラインを設定す
した国家間で水の配分をどう行うべきか、水の環
るに至ったものである。カズコメルツバンクは、
境保全をどう協力して行うかという問題が域内経
同国内最大の総資産を有する民間商業銀行であ
済の発展に欠かせない要素として浮上してきた。
り、同国内企業に対し資金を幅広く融資している
現在、地域の共有水資源の使用について合意を進
ことから顧客層も厚い。本融資を通じ、日本企業
める作業がようやく始まったところである。この
の輸出拡大に貢献することが期待される。
問題が最終的にどう決着するかによって、これら
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
0 北村歳治「中央アジアの金融改革と為替問題」
『多様化する中央アジア・コーカサス地域とわが国支援のあり方』
(財務省委嘱
調査)財団法人国際金融情報センター2
0
0
1年3月参照。
*3
1 国際通貨基金(IMF)が中央アジア各国に対し中央アジア域内各国に対し地域経済の全般的な進展を図れるよう例えばウズ
ベキスタンなどに対し為替規制の緩和・撤廃などこれまでも適切な方向で技術支援し、国際通貨基金(IMF)の8条国入り
(IMF協定第8条で規定された義務を受け入れることのできる国。第8条では、æ‚経常取引における支払に対する制限の回
避、æ„差別的通貨措置の回避、æ”他国保有の自国通貨残高の交換性維持が規定される)も認めるなど具体的な支援をおこなっ
てきているが、我が国も関連政府職員の研修機会の提供など様々な技術支援ツールの活用が考えられる。
*3
2 輸出クレジットライン:日本からの設備など輸出を促進するため、相手国の金融機関などを経由して相手国の輸入者に貸付を
行う融資枠であり、輸出金融の一形態。
2005年3月
第23号
115
の国々の長期的繁栄が大きく左右されるだろう。
を供与する制度の運用を200
2年度に開始してい
実際、中央アジア諸国は独立後まもなく1992
る。そして2003年度以降の5年間で上水道、下
年には、ウズベキスタン、タジキスタン、トルク
水道分野における計画策定、運営および維持管理
メニスタンで共同水利用協定を締結した。1995
の能力向上を目的として、約1,
000人の人材育成
年に中央アジア5カ国共同宣言が署名され、同宣
を行うこととしている*34。
言ではアラル海流域の持続可能な開発協議会の設
こうした我が国の水資源協力において、まだ中
立を優先度の高いものとして承認した。さらに
央アジアに対してはこれまで、2000年に国際協
1
9
9
8年、
「天然資源の合理的利用と環境分野での
力事業団の環境情報整備調査によりアラル海の水
協力のための協定」が同諸国の政府により署名さ
質汚濁防止に関する調査研究がなされるなど緒に
れている。しかしながら、これまで具体的な協力
ついたところであるが、今後上述のイニシアティ
体制の確立や顕著な成果には至っていないのが実
ブを実施していく上で、ニーズの高い中央アジア
*3
3
情であったとされる 。
にプライオリティーを置く意義はあろう。
この点で、タジキスタンは中央アジアの水源の
過半を擁するとされるところ、昨年3月我が国が
ホストした第3回世界水フォーラムにラフモノフ
大統領が「アラル海救済国際基金」議長国大統領
として出席し、中央アジア域内で協力して配水過
程における水の損失を防ぐこと、排水による水の
汚染を防ぐことが喫緊の課題とし、この解決のた
め他の中央アジア諸国と共同で行動計画の策定に
取り組むとの具体的意向を表明したことが評価さ
れよう。
この第3回世界水フォーラム閣僚級国際会議で
は、我が国の水分野協力の取組として「日本水協
力イニシアティブ」構想を出しており、今後の取
組が期待されよう。具体的にはイ‰世界の水問題へ
の取組においては、ガバナンスの強化、キャパシ
ティ・ビルディング、資金が重要となる。水を巡
る問題は多面的であることから飲料水と衛生の分
野のみならず、水の生産性向上、水質汚濁防止、
防災対策、水資源管理も含めた包括的な取組を地
域の実情に応じて実施する必要がある。こうした
認識に基づき我が国は従来から水分野への協力を
重視しており、水分野で過去3年間に6,
500億円
以上の政府開発援助を実施してきている。ロ‰ま
た、我が国は
「水資源無償資金協力」
を創設し2003
年度予算政府案において16
0億円を計上した。さ
らに上水道、都市洪水対策などに極めて譲許的な
条件(現行金利は原則として0.
75%)で円借款
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
3 Timur Dadabaev「中央アジアにおける潜在的紛争要因」
『立命館国際関係論集』2
00
1年度第2号参照。および野村政修・石
田紀郎「アラル海の環境問題と中央アジアの安定」
『ロシア研究』第3
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2005年3月
第23号
117
インドネシアの銀行再編―課題と取り組み
*1
アンワール・ナスティオン
ウィンボ・サントソ
*2
はしがき
1
9
9
7−9
8年に起きたアジア通貨危機の記憶もしだいに遠いものになってきている。 通貨危機の後、
1
9
9
9年には、韓国、タイ、フィリピン、マレーシアを含む多くの国で、経済回復が達成され、成長
軌道に戻った。金融セクターの改革、健全化には、なお数年を要したものの、2003年までには、不
良資産の切り離し、財政資金の投入、などの政策を終え、金融セクターの健全化も達成された。しか
し、通貨危機の影響を一番深刻にうけたインドネシアでは、経済回復、金融セクターの健全化が一番
最後まで、達成できなかった。そのインドネシアも20
04年には、IMFプログラムを卒業、ユディヨ
ノ新大統領の誕生をうけて、経済回復を本格化させている。ここ数年の経済成長率も6%前後で推
移している。しかしながら、危機直後には、通貨下落により大きく債務超過におちいった銀行は、政
府からの資本注入(交付国債)により、ようやく営業の継続が出来る状態であった。金融セクターの
改革は、金融監督当局であるインドネシア中央銀行(BI)と、不良債権の買取・処理を行う銀行改
革機構(IBRA)の主導の下ですすめられてきたが、そのIBRAも2004年には、営業を終えた。
では、インドネシアの金融セクターは、健全になったのであろうか。これから、2回にわたり、こ
の問題を考えていきたい。
本論文は、国際協力銀行より委嘱された、インドネシアの金融セクターの健全性に関する論文であ
る。危機発生のあと、インドネシア中央銀行副総裁の職にあり(最近その職を辞した)Nasution氏
と、インドネシア中央銀行のスタッフであるSantoso氏の共同論文である。両氏とも、金融セクター
の危機管理、再建の当事者であることから、このような論文の執筆者としてはうってつけである。
(次回は、個別の銀行の健全性の吟味をおこなう現地調査をふまえた伊藤・原田論文を掲載予定であ
る。
)
東京大学大学院教授 伊藤隆敏
目 次
1 はじめに ……………………………………1
18
2.銀行再編に関する論文レビュー …………119
2.
1 原因分析 ………………………………1
20
2.2 経営不振の場合の解決策 ……………1
21
2.
3 追加的政策 ……………………………122
3.インドネシアの銀行再編計画 ……………122
3.1 資本再編計画 …………………………123
3.
2 法律の改正 ……………………………1
25
4.再編の進捗状況 ……………………………1
26
4.
1 インドネシアの銀行再建庁(IBRA)
…………………………………………126
4.
2 政府保有株の売却 ……………………1
28
4.3 資本再注入国債の流通市場 …………1
28
4.4 持続的な銀行システムの強化 ………12
9
4.5 銀行業界の全般的な状況 ……………1
30
5.課題と取り組み ……………………………1
31
6.結論と推奨 …………………………………1
32
1.はじめに
1997年半ば以降、インドネシアの銀行業界は、
大規模な通貨危機に端を発する広範かつ長期的な
問題を抱えてきた。為替レートの予期せぬ大幅な
変動は、銀行が保有する対外資産と対外負債の管
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1 インドネシア最高検査院院長
*2 インドネシア中央銀行のエコノミスト
118
開発金融研究所報
理を難しくしただけでなく、銀行の債務者による
ネジメントが新しい規制・規則に合わせて経営方
債務の履行にも支障を与えた。
針を変えるからである。
「再編」は、金融業界に
インドネシア政府が流動性の引き締めなどの金
融政策を実施したために、その後経済活動は縮小
対する政府の方針や規則の修正を表すのに最適な
言葉と言える。
した。その結果、銀行は膨れ上がった不良債権を
銀行再編は通貨危機後に金融システムを回復さ
抱えて多額の損失を被ることになった。このよう
せる唯一の解決策である。再編というアプローチ
な損失は、貸出金利と借入金利のスプレッドがマ
は、メ キ シ コ(1991∼1992年)
、ア ル ゼ ン チ ン
イナスになったことや、債務者が債務を返済でき
(1980年、1989年)
、チ リ(1981∼1983年)
、東
なかったことから生じたものである。資産内容の
欧(1988年)など、多くの国で導入されてきた。
悪化と損失の増加によって、銀行は資本不足とな
しかし再編や改革が経済にとって最善の結果をも
り債務超過に陥った。
たらすとは限らない。業界内のすべての関係企業
その間に銀行システムもまた、法定貸出限度
額、内外からの干渉・介入、不十分な会計・開示
からのコミットメントが、再編を成功させる上で
重要な役割を果たす。
慣行、デリバティブ取引や不動産融資に絡む無謀
危機の原因を正確に特定できれば、再編計画の
な営業行為に関連したさまざまな問題に遭遇して
効果は上がる。ミランド・F・ロング(Milland
いた。
F Long)
(1987年)とマニュアル・ハインズ(Man-
問題の複雑さに直面した銀行業界は、国民の信
ual Hinds)
(1988年)の研究では、巨額の財政赤
頼を取り戻して銀行を仲介機関として復活させる
字や国際収支赤字、相対価格の急激な変動、外的
ことを目的とした銀行改革計画のための包括的な
ショック、政策の誤りといったマクロ経済の不均
アプローチを必要とした。そのために政府は多様
衡が、脆弱な金融構造、ポートフォリオ上の多額
な戦略的措置を講じてきたが、特に重点的に取り
の損失、銀行経営・監督の甘さを招きかねないと
組んだのは、銀行セクターの支払能力と収益性の
主張している。このような状況はやがて、借り入
回復・改善、銀行の存続能力の維持、銀行の仲介
れ難、取り付け騒ぎ、資本逃避、通貨や物価の不
機能の再生だった。
安定化を引き起こす要因になる。
本稿では銀行再編の主要目的を達成可能なもの
銀行業界の再編は、実物セクターの再編が完了
にするために、銀行再編の進捗状況を検討し、問
すれば成功する。さもなければ、銀行は赤字経営
題点を特定し、次のステップを提案する。本稿は
の企業に融資することになる。企業セクターの不
次のような構成になっている。セクション2では
均衡がなければ、銀行システムの資本再編は別の
銀行再編に関する論文のレビューを行う。セク
金融危機を招くだけかもしれない。その場合、再
ション3ではインドネシアの銀行再編計画を簡単
編計画によって経済を回復させるのは困難にな
に説明する。セクション4では再編の進捗状況を
る。
概説する。セクション5では課題と取り組みを確
一方、債務者から債権者への損失の移転が行わ
認する。セクション6では結論と推奨を記載す
れれば、企業セクターの再編は達成できる。債権
る。
者と債務者、双方にとっての最善の解決策に至る
までには、交渉が長引く場合が多い。政府による
2.銀行再編に関する論文レビュー
税負担の軽減と保証という形の刺激策があれば、
企業の再編プロセスを加速できる。対外債務につ
政府は常に、銀行業に関する政策や規則を調整
いては、対外債務免除または一方的な支払拒絶と
して金融システムの安定性と有効性を向上させ、
して国内損失を海外部門へ移転するのが再編の特
金融業界の発展に対応している。政策や規則の調
徴となるだろう。この方法は1992年のメキシコ
整は、政府が達成すべき目標によって猶予政策ま
のケースで導入されている。
たは厳重な規則という形をとる。調整によって銀
ジェラルド・カプリオ(Gerald Caprio)
、Izak
行業界の構造は変化する。というのは、銀行のマ
Atiyas、ジェームス・ハンソン(James Hanson)
2005年3月
第23号
119
(1
9
9
4年)は、銀行業界の再編プロセスについ
て生じる。資本の簿価を自己資本比率算出の指標
て、原因分析、損害対策、損失分配、収益性回
として使用するのは、最良のアプローチではない
復、妥当な刺激策の策定、と提案している。これ
(マックス・ホール(Max Hall)1994年、E・
らのステップは実際面では重複する部分があるか
J・ケーン(E.J. Kane)1985年)
。経済的資本は
もしれない。本稿ではこのフレームワークを用い
自己資本比率を測る正しい尺度と考えられてい
て、インドネシアが導入したプロセスを評価す
る。簿価は資産と負債の現在価値を考慮しないた
る。再編プロセスについて詳細に説明するため
め、実際の資本価値を表していない、というのが
に、次のセクションでは再編のステップを概説す
その理由である。資本の簿価は一定に維持された
る。しかしその論考は、原因分析と解決策に的を
資産と負債の価値と見なされるが、特に金融商品
絞ったものとなっている。
などの場合、その価値は時間とともに変化する。
顧客への融資は担保価格を含めて再評価し、貸付
2.
1
原因分析
金の市場価値を確認しなければならない。
もうひとつの例は、市場の流動性が非常に高く
再編計画をまとめる前に第一ステップとして、
いつでも売却できる金融市場商品のポジション
破綻した金融機関を特定し、損失を評価し、支払
(トレーディング勘定)である。非金融商品のポ
不能に陥った要因を解明する。原因分析から得た
ジション(銀行勘定)については、現在価値は将
情報を用いて、最善のアプローチで再編に取り組
来のキャッシュ・フローの正味現在価値を用いて
む。原因分析の過程で、政府は多くの問題に直面
算出できる。現在価値が簿価を上回れば、銀行は
するかもしれない。以下の論考では、金融危機の
これを含み損ではないと認識できる。最終的に銀
原因分析における重要事項と他国の経験から学ぶ
行の損益は増える。この概念を応用すると、多く
べき教訓を概説する。
の銀行が資本の簿価に基づいて支払義務を果たせ
破綻を特定する場合、本来なら自己資本比率を
ることになる。しかし経済的資本を応用すると、
参考にする。自己資本比率を算出するアプローチ
より多くの銀行が破綻銀行と見なされる。銀行と
は、適切な施策を策定する上で重要な役割を果た
政府は資本再編計画を始動させる前に、損失を計
す。銀行が公表する自己資本比率から得られる情
算する際の資産と負債の価値を特定する方法につ
報は、その銀行の本当の資本価値を表していない
いて、見解を一致させなければならない。
ことがある。そのため、銀行が提供する情報を検
従来の銀行において、資本を低下させる最大の
証して実際どおりの財務状況を知る必要がある。
要因は貸し倒れである。銀行や監督機関は、今
監督機関は資本の経済的価値を評価する際にさま
後、貸し倒れを評価する標準的な方法を承認する
ざまな制約を受けることがあり、それが原因で破
ことになる。潜在的な貸し倒れの評価には、通
綻銀行の特定作業において不正確な結果を引き出
常、利息や割賦金の支払不履行といった要素を利
す場合がある。
用する。高度化が進んだ銀行では、為替レートや
破綻銀行は政府の介入や取り付け騒ぎを恐れ
金利が絡む取引から生じる損失が多額になること
て、損失隠しというモラル・ハザードを起こす。
がある。為替レートや金利が関係するポジション
このような状況が不正確な自己資本比率の原因と
の不一致は、為替レートと金利のリターンの予想
なっている。政府も問題のある銀行に対処するこ
変動を応用することにより、市場リスクによる潜
とに消極的かもしれない。というのも、銀行は最
在的損失の評価に使用できる(JPモルガン、199
4
大の税収源にもなれば財政赤字の主要要因にもな
年)
。
るからである。また銀行は政治的関心に支配され
一般的に支払不能は資本の経済性がマイナスに
ることもある。この場合、問題のある銀行を特定
なったときに発生するが、政府が支払不能の決定
して解決するのは、技術的問題というよりむしろ
要因として採用する資本は国によって異なる。関
政治問題になる。
係国は資本の切り捨て基準(cut off limit)につ
技術的問題は自己資本比率の算出方法に関連し
120
開発金融研究所報
いて徹底的に議論する必要がある。
めの3つの手法から構成される。第1の手法は、
2.
2
経営不振の場合の解決策
政府が公共部門と民間部門からの資金を注入し
て、銀行の自己資本比率を改善するというもので
銀行が経営難に陥っている場合、政府は苦境に
ある。このアプローチは長い目でみて存続能力の
ある銀行に介入して「金利」という手段で損失を
ある銀行に適している。第2の手法は、政府が預
顧客へ移転させようとする。一般的に銀行の損失
金保護機関を通して預金者に預金を払い戻し、存
処理には、フロー型とストック型という2つのア
続不可能な銀行を閉鎖させるというものである。
プローチがある。フロー型政策では、銀行の損失
第3の手法は、不良債権を分割して国債や中央銀
を減らす目的で、金利のメカニズムを利用して損
行の負債と入れ換えるというものである。政府は
失を間接的に政府や顧客にシフトする方法をと
異なる機関に異なるアプローチを適用することが
る。政府は金利補助を導入することで、経営不振
可能になる。第3のアプローチは、米国がRTC
の銀行の損失を吸収できる。しかしこの政策は資
(整理信託公社:Resolution Trust Corporation)
金コストが高くなる。赤字経営の銀行の流動性を
を、スペインがSGF(スペイン保証基金:Spanish
支援することは、事実上の景気刺激策になるから
Guarantee Fund)をそれぞれ設立する形で両国
である。またこの政策は、経済が構造調整過程に
に採用された。インドネシア政府はフロー型解決
あるときに必要とされる金融引き締め政策と矛盾
策とストック型解決策を組み合わせて採用してい
したものになる。
る。フロー型解決策は、政府が国民の信頼を回復
銀行の損失は借り手や預金者へもシフトでき
させる目的で1998年に金利を引き上げた際に採
る。一般的な手法は高いスプレッドを認めるとい
用された。金利の引き上げに伴い貸付金利も急上
うもので、経営不振の銀行はこれを利用して金利
昇し、結局、借り主は利息を滞納した。ストック
を管理し、借り主や預金者に損失をシフトでき
型解決策は、政府が資本再注入国債を銀行に交付
る。政府が借り主や預金者を保護する政策をとる
して増資させる場合に適用される。
か否かで選択は変わってくる。貸付金利を高くす
再編のメカニズムのなかには、市場重視型の解
れば銀行は多額のリターンを得られるが、企業セ
決策や政府介入と呼ばれるアプローチもある。市
クターは損失を被る。一方、預金金利を低くすれ
場重視型の解決策には、株主による出資、売却ま
ば預金者が損をする。実物セクターが損失を吸収
たは合併、民営化、預金保障を伴わない清算など
できるほど好調であれば、貸付金利の引き上げは
が含まれる。一方、政府介入には、国有化、預金
妥当である。さもなければ、実物セクターに新た
保険つきの清算、アセット・リカバリー・トラス
な問題を引き起こすことになる。その場合、経営
ト、
「ホスピタルバンク」が含まれる。市場重視
不振の銀行は、銀行システムへの不信による流動
型の解決策は納税者には負担をかけず、預金者が
性リスクから痛手を被るだけでなく、高金利によ
政府の介入なしに自らリスクを吸収できるように
る融資の質の低下からも損害を受ける。1980年
なっている。多くの国の政府は、預金保護スキー
から1
9
8
1年に韓国は低い貸付金利と預金金利を
ムに基づいて小口預金者に対する責任を負ってい
適用したが、それはこの期間に重要な工業化計画
る。大口預金者は銀行のリスクを引き受ける能力
を立てていたからである。このほかフロー型解決
があると考えられているため、破綻銀行のリスク
策には、銀行に証券業や保険業といった銀行業以
を吸収しなければならない。BCCI(バンク・オ
外の業務を許可するというものもある。一般的に
ブ・クレジット・アンド・コマース・インターナ
フロー型解決策は、支払不能の程度が低く市場を
ショナル:Bank of Credit and Commerce Inter-
ベースにしたものである場合にうまく機能する。
national)が1991年に破綻した際に英国が行った
自己資本比率が法定水準を下回っているとはい
処理は、このアプローチの応用例として最適と言
え、まだプラスの状態にあるときが最適の指標と
えよう。政府介入には、インドネシアでも採用さ
なる。
れたように、金融システムの回復プロセスで公的
ストック型解決策は、銀行の資本を処理するた
資金が必要となる。
2005年3月
第23号
121
ドイツ企業の債務を保証するとともに、高水準の
2.
3
追加的政策
資本金と厳しいライセンス基準を課して銀行セク
タ ー へ の 新 規 参 入 を 制 限 し た(Hans―Dieter
銀行再編には、銀行の仲介機能の回復と支払能
Meineck、1991年)
。韓国政府もまた、企業セク
力の向上を確実なものにするために、一定の条件
ターに対する融資のリスクや借り主のデフォル
が必要になる。銀行への資本注入にフレッシュ・
ト・リスクが確実に低くなるように政府保証を適
マネーを使わない方法は、資本の簿価を増やすだ
用した。日本政 府 は 公 共 事 業 費 に8兆6,
000億
けである。政府証券や国債には市場性がないた
円、中 小 企 業・民 間 設 備 投 資 向 け 融 資 に2兆
め、銀行は依然として流動性問題を抱えることに
1,
000億円を投じた(ササキ・スミス・ミネコ、
なる。したがって銀行は、流動性を高めるための
1994年)
。さらに、162の金融機関が79億円を共
フレッシュ・マネー、収益を獲得するための優良
同 出 資 し て 共 同 債 権 買 取 機 構(Cooperative
な借り主、健全な実務を徹底するための適切な監
Credit Purchasing Company)を設立した。銀行
督を必要とする。多くの場合、政府は救済する銀
の担保不動産を帳簿価格または市場価格以下で買
行に債券を交付し、銀行がその債券を流通市場で
い取り、それによって銀行の不良債権償却を軽減
売却してフレッシュ・マネーを獲得するのを期待
するというのが設立目的である。
するだけである。しかし流通市場がこれらの債券
を消化できる保証はどこにもない。銀行が健全性
規則に従って業務を行い、「グッド・ガバナンス」
がしかるべく機能するよう徹底させるために、適
インドネシアにおける銀行業界の再編は、通貨
切な銀行監督が求められる。しかし普通の状況に
危機前から実施されてきた(アンワール・ナス
適用される普通の規則では、銀行の仲介業務を正
ティオン
(Anwar Nasution)
、1998年aを参照)
。
常に戻す刺激策にはならない。スンダラージャン
本稿は主として1998年の通貨危機後の銀行再編
(Sundarajan)
(1
992年)は、銀行システムの回
に焦点をあてている。インドネシアの銀行再編に
復を成功させるための必要条件を、下記のとおり
関するその他の情報については、アンワール・ナ
提案している。
スティオン(Anwar Nasution)
、1998年bから
・最小限のシステムまたは強制を伴う健全性規則
も入手できる。
・主要な貨幣管理の改善および金融市場における
支援変更
1998年1月、政府は再編に先立ち、銀行シス
テムに対する国民の信頼を取り戻すために、包括
・マクロ経済バランスの実現に向けた財政・対外
的な保証スキームを導入した。このことは19
98
政策の歩調に合わせた金利自由化の敏速さと債
年大統領令第26号に明記されている。全銀行の債
権管理
務を適用対象とするこの包括的な保証スキーム
・政策研究、外国為替業務、健全性規則、決済シ
は、暫定措置としての役目を果たすに過ぎず、後
ステム、公的債務管理、会計・銀行報告システ
に預金保険スキームに切り替えられる。政府は当
ムなど、広範囲にわたる中央銀行の業務改善
初からこのスキームが業界にモラル・ハザードを
一般的に、上記の条件は銀行の仲介機能、支払
引き起こす恐れがあることに気付いていた。すべ
能力、
「グッド・ガバナンス」を回復させること
ての債務が金額にかかわらず同スキームの対象に
を目的としている。上記条件を適用するかどうか
なるからである。
は、政府機関の関係者全員のコミットメントに
包括的な保証スキームの段階的廃止と新スキー
よって決まる。適切な規則の適用に対して政治的
ム実施の可能性を探る研究が広く行われてきた。
圧力が強くなれば、銀行の支払能力の改善は達成
その目的は、自らを新スキームに順応させる余地
できない。
を銀行に与えることにある。包括的な保証スキー
多くの国は再建のプロセスを加速するために、
規則の猶予を与えてきた。ドイツ連邦政府は旧東
122
3.インドネシアの銀行再編計画
開発金融研究所報
ムの段階的廃止は、銀行システムに対する国民の
信頼度に応じて徐々に実施される。
現行のスキームは政府予算に多大な負担を課し
CARが最低4%(Aカテゴリーに属する銀行)
てきた。それでも、このスキームが利益をもたら
あれば、存続能 力 の あ る 銀 行 と 見 な さ れ る。
し国民の信頼を維持してきたことを考慮すれば、
CARが4%に満たない銀行は、資本再編計画を
銀行が健全な状態になる前に早期にスキームを廃
通してCARを改善する必要がある。しかし資本
止することは推奨できない。スキームを廃止する
再編計画への参加を認められるのは、CARが−
前に、銀行が持続可能で健全なレベルの資本の実
25%から4%までの銀行(Bカテゴリーに属す
現に向けて前進しており、支払不能状態に向かっ
る銀行)に限られる。CARが−25%に満たない
て後退していない、という明確な証拠を得る必要
銀行(Cカテゴリーに属する銀行)が資本再編計
がある。預金保険機構に関する法律は、2004年
画に参加するためには、CARをBカテゴリーの
8月に議会で承認され、インフラと銀行セクター
水準まで改善する必要がある。Cカテゴリーの銀
の準備体制に応じて段階的に施行される。同法律
行がCARをBカテゴリーの水準まで改善できな
の発効日は、金融システムが安定していることを
かった場合、当該銀行は業務停止になるか政府に
条 件 に、2
0
05年8月 頃 に 政 府 が 発 表 す る。ス
経営を引き継がれることになる。
キームの適用範囲は徐々に縮小される予定であ
世界銀行、IMF(国際通貨基金:International
り、まずは発表前の当初6ケ月間のインターバン
Monetary Fund)
、ADB(ア ジ ア 開 発 銀 行:
ク債権に対する保証を廃止し、続いて預金に対す
Asian Development Bank)の緊密なモニタリン
る保証を6ケ月ごとに5
0億ルピア、1
0億ルピア、
グのもとでデュー・デリジェンス・プロセスを実
1億ルピアまでに減額して行く。インドネシア政
施した結果、政府は36銀行の資本再編を決定し
府は預金保護機関がこの任務を遂行する上で財政
た。内訳は国内民間商業銀行7行、19
98年の政
難に陥るようであれば、同機関を全面的に支援す
府移管銀行4行、1
99
9年の政府移管銀行9行、
ることにしている。
地方開発銀行12行、国営銀行4行となる。
図表1はデュー・デリジェンスの結果を示した
3.
1
資本再編計画
ものである。
政府はBカテゴリーの銀行に限り、資本再編計
銀行セクターの資本構造を強化するために、政
画への参加を認めている。銀行が何の問題もなく
府は1
9
9
9年に資本再編計画に乗り出した。同計
再建を達成できるよう徹底させるためである。C
画の目的は、存続への可能性があり所有構造の再
カテゴリー以下の銀行は、Bカテゴリーの水準ま
編を通して発展し続ける見込みが十分にある銀行
で改善できれば、資本再編計画への参加が認めら
の存続能力を保つことにある。資本再編計画は一
れる。最終的に政府は、1
99
8年3月にCカテゴ
時的な措置に過ぎず、銀行セクターの国有化を意
リ ー の 銀 行3
8行 を 業 務 停 止 に し、199
8年 か ら
図しているわけではない。
1
999年に13行を政府に移管した。政府は破綻さ
同計画はデュー・デリジェンス・プロセスから
せるには大き過ぎる銀行を選び、重要な銀行を意
スタートした。同プロセスはインドネシア中央銀
図的に閉鎖しないようにした。このような銀行は
行が銀行19
8行(外資銀行の10支店を除く)の国
大勢の社員を雇用しているため、経済が混乱する
際監査人と協力して、銀行の資本再編計画参加の
のを避けたのである。これらの銀行を閉鎖すれ
実行可能性と、必要とする資本注入額を決定する
ために実施された。このデュー・デリジェンスは
銀行の資本の市場価値を評価することを目的とし
図表1
デュー・デリジェンスに基づく分類結果
銀行グループ
て い る。銀 行 はCAR(自 己 資 本 比 率:Capital
adequacy ratio)に基づいて、3つのカテゴリー
に分類される。CAR>4%ならAカテゴリー、
CAR>−2
5%か ら<
−4%な らBカ テ ゴ リ ー、
5%ならCカテゴリーに分類される。
CAR<
−−2
国内民間商業銀行
国営銀行
地方開発銀行
合 併 銀 行
合
計
A
B
C
合計
カテゴリー カテゴリー カテゴリー
7
4
―
1
5
3
0
11
9
16
―
8
―
24
38
7
4
2
5
1
1
28
7
2
7
32
194
2005年3月
第23号
123
ば、失業者を増やすことになり、政府の保証コス
資本再編計画を実施することで、銀行システムの
トも増加しかねない(付表1参照)
。
安定性を改善することに決めた。この計画は政府
政府は2
0
0
0年10月31日に資本再編計画の最終
がこれ以上損失を被らないようにし、今後の銀行
段階を完了した。政府が発行した資本再注入国債
システムの安定性を確実なものにすることを目的
は、金額にして総額430兆4,
0
0
0億ルピア(458億
とした。そのため、政府は、GDPの約52%の費
米ドル)に達した。この中には、変動利付債、固
用をかけて、銀行業界の中で存続できる銀行に限
定利付債、ヘッジボンドが含まれ、発行額はそれ
り営業を続けさせ、そうでない銀行は閉鎖した。
ぞれ1
6
7兆2,
0
0
0億ルピア(17
8億米ドル)
、2
26兆
銀行の資本再編を行うために、政府は銀行の所
4,
0
0
0億 ル ピ ア(2
4
1億 米 ド ル)
、3
6兆8,
0
00億 ル
有 者 に 必 要 と す る 追 加 資 本 の20%を フ レ ッ
ピア(3
9億米ドル)になる。国債の発行残高は、
シュ・マネーで投入するよう要請している。また
2
0
0
2年1
0月現在、総額4
2
3兆3,
0
00億ルピア(458
政府は追加資本の80%相当額の国債を発行する
億米ドル)となった。その内訳は、固定利付債が
(図表2を参照)
。資本注入銀行は国債を資産と
6
5億米ドル)
、変動利付
1
5
2兆8,
0
00億ルピア(1
して、政府保有株を負債として維持することにな
債が2
4
4兆1,
00
0億ルピア(26
4億 米 ド ル)
、ヘ ッ
る。このメカニズムによって銀行の簿記上の資本
ジボンドが2
6兆4,
00
0億ルピア(29億米ドル)と
は改善される。しかし資本の経済的価値は簿記上
なっている。額面金額の変動は、銀行の株主割り
の資本と一致するとは限らず、国債の市場価格に
当て発行増資の手取金の差し引き、債券の買い戻
左右される。国債の市場価格が額面を下回れば、
し、ヘッジボンドから固定利付債への転換、米ド
国債の下落が資本の経済的価値を押し下げる。こ
ル/インドネシアルピアの為替レートに応じた
れを反映させるために、インドネシア中央銀行は
ヘッジボンドの評価額の修正によるものである。
各銀行に対して、保有する債券取引のポートフォ
国民の信頼が回復してきたとはいえ、インドネ
リオを市場価格で再評価するよう要請している。
シアの銀行の大半は通貨危機の最中に被った多額
資本注入銀行は信用を供与して仲介機関として
の損失が重荷になっていた。銀行の所有者は損失
の機能を回復させる前に、保有する国債を換金す
をカバーするためのフレッシュ・マネーを投入で
る必要がある。政府とインドネシア中央銀行は、
きないでいた。この状況が続いていたなら、経済
国債向けの流通市場を設立し、 2000年2月以降、
に混乱を引き起こし、コストはさらに増えていた
銀行が債券を売却してフレッシュ・マネーを獲得
だろう。結局政府は存続能力のある銀行に対して
するよう促した。残念ながら債券を購入すること
図表2
政府による資本再編スキーム
銀行所有者からのフレッシュ・マネー
(追加資本の最低20%)
国債(追加資本の最大80%)
デュー・デリジェンス:
・監査
・適合性、適切性
債券
資金
流通市場
124
開発金融研究所報
2001年末までに
CAR8%
銀 行
に関心のある借り主が少ないため、市場の流動性
は依然として非常に低い。たとえ価格を引き下げ
たとしても(9
6%)
、市場の取引高は極めて低い
央銀行へ移転する。
・インドネシアにある民間銀行の外国人持ち株比
率の上限を99.
9%まで引き上げる。
ままである。資本注入銀行は保有する債券を割引
・シャリア(イスラム)銀行の整備を促進する。
価格で売却するのを躊躇する。割引は損失として
・銀行の秘密性の範囲を、資産・負債総額から預
計上され、自己資本比率に反映されるからであ
金情報(預金者名、預金額)のみに絞る。
る。また、企業セクターの再編がまだ終わってい
・より包括的で厳格な刑事制裁基準を導入する。
ないため、今のところ債券の売却代金は企業セク
・遅くとも2004年中に預金保護スキームを確立
ターに吸収されにくい。結局、資本注入銀行に
とっては、債券を売るより保有し続けたほうが都
合が良いのである。
する。
・銀行再編計画を支援する暫定的な特別機関を設
置する。
資本再編計画を実施する前に、政府は銀行に不
上記の修正事項は、インドネシアにおける銀行
良債権に対する1
0
0%の貸倒引当金を積み、これ
システムの安定性を向上させることを目的として
らの債権の簿価をゼロにしてIBRA(インドネシ
いる。
ア銀行再建庁:Indonesian Bank Restructuring
中央銀行法で修正された事項を以下に挙げる。
Agency)へ移管するよう求めている。これらの
・インドネシア中央銀行には、国の通貨を安定さ
債権はリストラされるかIBRAによって投資家に
せるための広範な資格、権限、独立性、明確か
売却される。リストラされた債権は、国債を決め
つ独自の責任性が与えられる。
られた市場価格で決済する目的で、銀行へ再移管
・インドネシア中央銀行がもつ独立性の領域に
される。IBRAは債権の売却代金を国債の買戻し
は、法務、人事、組織、目標、職務、マネジメ
に充当する。したがってIBRAで債権処理を成功
ント、予算、透明性の内容が含まれる。
させることが、銀行再編にとって重要な成功要因
になる。
・インドネシア中央銀行は、構造上、政府の階層
外に置かれ、その職務を果たす上で完全な自主
政府が発行した資本再注入 国 債 の 総 額 は、
2
0
0
0年7月現在、インドネシアのGDPの133.
17
%に上る。これは再編コストの対GDP比として
性を保ち、政府やその他の組織の干渉を受けな
い。
・インドネシア中央銀行は独立性に基づき、職務
は史上最高の数値となる。ホーキンス(Hawkins)
の遂行に関して国民、大統領、議会に対する説
とP・ターナー(Turner)
(1
9
99年)の報告では、
明責任を守るよう求められる。
それまで再編コストが最も高かったのはチリであ
り、1
9
8
1年から1
9
85年にGDPの41%を占めた。
・銀行監督の職務は、遅くとも20
02年末までに
設立される独立した監督機関に与えられる。
中央銀行法は200
4年1月に2度目の修正を行
3.
2
法律の改正
い、政府からの全面的な保証を受けた支払能力の
ある銀行にELA(緊急流動性支援:emergency li-
銀行システムの安定性を向上させるために行わ
quidity assistant)を行う際のインドネシア中央
れた取り組みには、19
92年銀行法第7号を修正
銀行の具体的な役割や、遅くとも2
010年末まで
した新銀行法(199
8年銀行法第1
0号)
、1968年中
とされる金融サービス当局の設置期限の延長につ
央銀行法第13号を修正した新中央銀行法(1999
いて定めている。
*3
年中央銀行 法 第2
3号) の 導 入 も 挙 げ ら れ る。
また、政府は外国為替取引および為替レート・
1
9
9
8年銀行法第1
0号で修正された事項を以下に
システムに関する法律(199
9年法律第24号)も
挙げる。
導入した。同法律では、外国為替取引のモニタリ
・銀行免許の授権を財務大臣からインドネシア中
ングや健全性規則の執行に関する法的根拠が定め
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3 この法律は2
0
0
4年1月以降さらに修正された。
2005年3月
第23号
125
られている。また同法律の中で各銀行は、国内と
することにより、戦略的なステップを踏んだ。
海外の間で生じた金融資産と金融負債の変動を記
IBRAの主な任務は、IBRAに移管された銀行の
載した報告書を、インドネシア中央銀行に提出す
再編、銀行の物的資産と融資の回復、銀行セク
るよう求められている。外国為替取引の完全かつ
ターに支出した公的資金の回収である。
正確でタイムリーな情報は、国の通貨の安定性維
実際のところ、保有する資産の健全性に構造的
持を第一の目的とする通貨政策の迅速なレスポン
な弱さがあったことが原因で、IBRAはすべての
スを支える重要な情報である。したがって各銀行
目標を達成する上でさまざまな問題に直面した。
は、こうした要求に対応できる適切な支援機能を
たとえば、IBRAは元銀行所有者のものだった資
備えた報告システムを整える必要がある。
産の直接所有権をもたない、IBRAに移管された
国内の市場原則や「グッド・ガバナンス」は依
不良債権の証拠資料が不完全かつ不正確である、
然として時期尚早であるため、大幅な自由化が検
資産に対するIBRAの権利を裏付ける法的文書が
討されている。しかしここ数年のFDI(海外直接
不十分なために権利を行使できない、IBRAが保
投資:Foreign Direct Investment)が低水準に
有する資産の簿価に対して市場価格が低い、
留まっていることから、自由化しても海外からの
IBRAとその業務に対して国民が信頼していな
投資を誘致できない場合もある。
い、扱いにくく非効率的な体質が意思決定プロセ
スを妨げる、インドネシアの経済情勢、といった
4.再編の進捗状況
ことが要因になっている。
IBRAのマネジメントは、IBRAの利害関係者
国債を用いた資本再編計画は、銀行の支払能力
全員の支援を伴う複数のイニシアチブを明らかに
の改善を目的としているが、銀行は流動性を高め
してきた。AMC(債権管理機構:Asset Manage-
るためのフレッシュ・マネーや、仲介機能を改善
ment Credit)とAMI(資産回収機構:Asset Man-
して最終的に収益性を高めるための優良な借り主
agement Investment)が保有する資産の再構築・
を求めている。この資本再編計画のシナリオに
処分プロセスをはかどらせ、IBRAの能率性、透
は、二次的な準備として国債を対象とした流通市
明性、法的能力 や 訴 訟 能 力 を 高 め る 一 方 で、
場の確立が含まれる。この市場は、銀行が保有す
IBRAが抱えている問題の一部を解決するためで
る債券を市場に売却してフレッシュ・マネーを得
ある。イニシアチブを実行するにあたり、IBRA
る、というメカニズムをもたらす。政府は優良な
は必要に応じて財務大臣および/またはFSPC
借り主を提供するために、IBRA、JITF(ジャカ
(金融セクター政策委員会:Financial Sector
ル タ・イ ニ シ ア チ ブ・タ ス ク・フ ォ ー ス:Ja-
Policy Committee)の承認を要請した。それで
karta Initiative Task Force)
、CRTF(クレジッ
もIBRAの 回 復 率 は 非 常 に 低 い。結 局IBRAは
ト・リストラクチャリング・タスク・フォース:
2004年2月に解散し、残った任務はPPA(資産
Credit Restructuring Task Force)を通じて企
管理会社:Asset Management Company)とい
業セクターに再編計画を導入する。IBRAは銀行
う新しい作業グループに引き継がれた。
から移管された債権のリストラを担当し、CRTF
IBRAは設立当初(1998年)から銀行セクター
は銀行のポートフォリオ上にある債権のリストラ
の債権を引き受けており、その額は2000年5月
に重点的に取り組む。JITFはIBRAやCRTFの再
17日現在、256兆1,
950億ルピアに上る。これら
編スキームでは対応できない、債権のリストラに
の債権は清算銀行、政府移管銀行、業務停止銀
関するワンストップ・サービスを提供する。
行、資本注入銀行から移管されたものである。債
務者移転スキームに従って銀行セクターから優良
4.
1
インドネシア銀行再建庁(IBRA)
債権が移管される場合もある。しかし一般的に資
本 注 入 銀 行 か ら の 債 権 の 質 は 悪 い。IBRAは
126
IBRAの設立に関する1
9
98年大統領令第27号に
AMC部門を設置して債権のリストラに取り組ん
従って、政府はIBRAという暫定的な機関を設立
でいる。IBRAの債権ポートフォリオを図表3で
開発金融研究所報
図表3 IBRAへの債権移管(単位1
0億ルピア)
300,000
256,196
238,247
250,000
2000年 4 月12日
200,000
2000年 5 月17日
140,308
120,691
債権額 150,000
100,000
50,000
28,116
30,423
32,835
13,224
12,958
0
清算銀行 業務停止銀行 BTO(政府 BTO(政府 国営銀行 資本注入銀行
移管銀行) 移管銀行)
─1
─2
合計
銀行
出所:IBRA月報(2
0
0
0年7月号)
図表4 IBRA監督下の債権リストラ
2
0
03年2月3日
リストラの段階
名目元本
(単位:兆ルピア)
%
2.
9
4
1
4.
1
5
3
9.
7
9
5.
2
2
4.
8
7
0.
0
5
6.
8
8
1
00.
0
初期段階
処理過程
リストラ完了
債権総額
2
0
0
3年3月1
7日
名目元本
(単位:兆ルピア)
%
3
1
1
5
4
5
0.
73
1
3.
96
4
1.
26
1.
4
2
4.
9
7
3.
7
1
0
1
3
4
5
9
1
5
5.
96
1
0
0.
0
6
8
債務者数
債務者数
出所)IBRA最終報告書
示す。
IBRAは最善の債権対策を講じるために下記の
・プラスのキャッシュ・フローを計上していなが
ら債務を返済する意思のない借り主の資産を売
方針を導入する(IBRA、2
000年)
。
却する。
・借り主がプラスのキャッシュ・フローを計上し
IBRAは債権処理から得た手取金をその後の国
ており、債務を返済する意思を示している場合
債の買い戻しに使用し、リストラした債権を銀行
は、債務のリスケ(返済繰り延べ)を行って借
に提供する。IBRAはさらに対象を絞るために、
り主を支援する。この措置の目的は、当該債権
総額83兆9,
39
0億ルピアを占める上位21件の借り
を優良債権に改善することにある。
主を特定した。IBRAによる再編の進捗状況を図
・借り主がマイナスのキャッシュ・フローを計上
していても債務を返済する意思を示している場
合は、期間、金利、原則、またはその3つの組
み合わせを再構築する。
・事業の目途は立たたないが債務を返済する意思
のある借り主の債権を清算する。
表4で示す。債務者の返済総額は、2
003年4月
9日現在、2兆4,
0
0
0億ルピアに達している。
JITFの仲介のもと、12
5案件2
35兆ルピア(2
54
億 米 ド ル)中46案 件95兆4,
0
00億 ル ピ ア(103億
米ドル)が積極的に処理された。200
2年10月現
在、同機関は79案件の処理を完了しており、その
・借り主がマイナスのキャッシュ・フローを計上
名目元本は13
9兆6,
400億ルピア(151億米ドル)
しており、かつ債務を返済する意思を示してい
に達した。最終的にJITFは2003年12月に解散し
ない場合は、当該借り主の破産を宣言するか、
た。
債権を清算する。
前述の主要任務とは別に、IBRAは銀行の政府
2005年3月
第23号
127
所有株の売却プロセスも担当してきた。この売却
適な結果を得るために、同行の株式売却は、株式
計画は主として以下の4つの目標を推進するもの
市場を通す方法と有利な売り出しによるものと2
となっている。
(ı¸)民間セクターへの資産の再
通りの方法で行われた。やがて売却プロセスは完
譲渡
(民営化)を加速して再生を可能にする、
(ı )
了し、Temasek Consortiumが落札者に指名され
APBN(国家予算)に利益移転を行う、
(ı˝)国
た。
内外の投資家を誘致して資本市場を活性化する、
国営銀行に関しては、LoIに定められていると
(ı˛)戦略的な投資家からの「知識と技術の移転」
おり、2002年第1四半期にマンディリ銀行株の
を図る。
30%の第一次発行が始まり、第2四半期に完了
IBRAの役割には以下の事項が含まれる。(1)
した。マンディリ銀行の売却が 完 了 し た の は
包括的な保証スキームに従って顧客の債権を検証
2003年7月および2004年3月だった。その間の
する、
(2)
政府移管銀行の資産を処分する、
(3)
2003年11月には、BRI(バンク・ラクヤット・イ
銀行から移管された債権をリストラ・売却する、
ンドネシア:Bank Rakyat Indonesia)の売却が
(4)資本注入銀行の政府保有株を売却する。し
行われた。さらに、BNI(バンク・ネガラ・イン
かしながら、多数の問題融資は、IBRAがなくな
ドネシア:Bank Negara Indonesia)
、バンク・
る前に資本再編行に売却された。こうした融資の
ペルマータは、それぞれ2004年中、2004年11月
金額は1
2兆8
4億ルピアにのぼり、このほとんどが
に売却されることになっている。
2
0
0
4年第3四半期に不良債権に区分された。
国営銀行の売却方針に対しては、時期、価格、
株式数について多くの批判があった。民営化の日
4.
2
政府保有株の売却
程を公開すれば、政府が財政赤字を補うための資
金を必要としていることを入札者に知られてしま
LoI(趣意書:Letter of Intent)に明確に記載
い、市場価格のメカニズムがゆがめられる恐れが
されているとおり、IBRAは2
0
02年に政府保有の
ある。民営化スケジュールを完了させることは、
銀行株の売却計画を完了させた。BCA(バンク・
資金提供国がインドネシアへの融資を実行するた
セントラル・アジア:Bank Central Asia)株の
めの条件の1つとなっていた。エコノミストは株
5
1%を戦略的パートナーへ売却できたことが、
価が格安になると考えている。国家主義者は、国
このプロセスの大きな第一歩となった。2001年
の経済が国営企業のサポートをまだ必要としてい
1
0月初め、IBRAはBCA株式の51%(株式30%と
るときに50%を超える株式の売却をすれば、政
オプション2
1%で構成)のオファーを開始した。
府が民営化した企業を抑制できなくなると批判し
2
0
0
2年3月、政府はすべてのアセスメントを終
た。
え、PT.ファラロン・キャピタル・インベスト
メント社を政府保有のBCA株の5
1%の落札者と
4.
3
資本再注入国債の流通市場
した。
128
バンク・ニアガの場合、IBRAは同行の株式の
資本再編計画の完了後は、もはや銀行の資本が
5
1%を入札により売却した。バンク・ニアガの
銀行セクターの回復の足を引っ張ることはないと
株式を最適の条件で売却するのが狙いである。イ
考えられる。さらに資本再注入国債は、即座に売
ンドネシア中央銀行がマレーシアのコマース・ア
却するか担保化するかにかかわらず、銀行に追加
セット・ホールディングスの落札者としての適格
的な資金源をもたらすと期待される。
性を検証した後、売却プロセスは最終段階に入っ
資本再注入国債の取引制限が完全に解除され、
た。バンク・ニアガの残りの株式は市場を通じて
流通市場で取引される債券が2004年9月現在で
少しずつ売却されており、最終的に政府保有分は
債券総額の52%にあたる額面金額2
07兆9,
00
0億
2
0
0
4年1
2月現在、約5%になった。
ルピア(約230億米ドル)と大幅に増加している
2
0
0
2年1
1月、議会はバンク・ダナモンの政府
にもかかわらず、債券の売却や担保化が進むには
保有株の9
9.
3
5%を売却する計画を承認した。最
まだ障害がある。このような非流動的な債券の市
開発金融研究所報
場は、限られた数の市場参加者、表面利率の競争
らに必要な条件を定めるものであり、銀行業へ参
力の無さ、相対的に高いカントリー・リスクな
入する場合の方針と考えるべきだろう。銀行業の
ど、さまざまな好ましくない要素の論理的帰結と
健全性の根本方針を改善して市場原理を働かせる
考えられた。債券取引から生じた損失はやがて銀
ために、インドネシア中央銀行は、最低必要資本
行の資本にとって重荷になるだろう。
規則、
「顧客の本人確認」規則、出口政策基準を
インドネシア中央銀行は、異なる表面利率の債
導入した。これらの規則は銀行システムを安全で
券をパッケージにしたステイプルド・ボンドを導
健全なものにするための規制的措置の役割を果た
入することにより、表面利率の競争力を高めよう
す。
と試みてきた。ステイプルド・ボンドの発行の狙
インドネシア中央銀行は銀行監督を強化する計
いは国債取引の促進であり、国債を投資家にとっ
画を承認した。この計画は国際的な基準にかなう
て魅力あるものにして、適正価格による国債の売
監督・検査活動を行えるように、必要な改善を施
買取引を用いた資本再編計画のもとで銀行に流動
すための指針となるものである。インドネシア中
性を提供する。
央銀行は以下の側面に対して重点的に尽力してい
る。銀行監督の能率と透明性、監督者の能力、誠
4.
4
持続的な銀行システムの強化
実さ、説明責任、承認、監督の実施、調査機能な
ど銀行の監督管理の改善、リスクに基づく監督の
銀行再編計画を支援し、再発するかもしれない
実施、連結監督の早期実施、施設内での監督立ち
通貨危機に向けて銀行業界を強化し、複雑化する
(し
会いの実施(On―Site Supervisory Presence)
金融システムの問題に対応するためには、銀行シ
たがってインドネシア中央銀行は、銀行業務を積
ステムを改善する必要がある。この目的のために
極的かつ適時にモニタリングでき、健全性規則の
インドネシア中央銀行は、銀行の規則・監督管
遵守を徹底できる)
、BIS規制にある「実効的な
理、銀行のインフラ整備、
「グッド・コーポレー
銀行監督のコアとなる25の諸原則(Core Princi-
ト・ガバナンス」
について革新的な進歩を遂げた。
ples for Effective Banking Supervision)
」に準拠
銀行の規則・監督管理の改善
した銀行監督の強化。インドネシア中央銀行は実
通貨危機から学んだとはいえ、銀行業務に健全
現可能な目標を幾つか定め、銀行監督の枠組みを
な境界を定めるには法的基盤が不十分な上に法律
根気強く継続的に改善している。
や規則の取り締りの甘さが、問題に直面する要因
銀行インフラの改善
となっているのは明らかである。政府とインドネ
安全で健全な銀行システムを構築した後は、銀
シア中央銀行はこうした事実を認識して、説明責
行インフラを改善して銀行に資する環境を作り出
任性を高めて国際基準と銀行のベスト・プラク
すための戦略的な措置を講じる必要がある。その
ティスに合うように幾つかの法令を制定し、健全
手段は以下のとおりとなる。
(1)特に農村地域
性規則を改善してきた。
において、市場に資金を投入させるための包括的
通貨危機以来、政府は銀行法、中央銀行法、外
な手段を提供できるような地方銀行を発展させ
国為替取引および為替レート・システムに関する
る、
(2)金融取引を行う際に「シャリア法」を
法律、マネー・ローンダリング犯罪に関する法律
遵守するイスラム社会向けの代替手段として、
を公布してきた。このような新しい法律の制定に
シャリア銀行を発展させる、
(3)金融のセイフ
加えて、インドネシア中央銀行はさまざまな健全
ティ・ネットとして機能する預金保護機関を設立
性規則も制定・修正した。その目的は、銀行が
する。これは現行の包括的な保証スキームに代わ
「グッド・コーポレート・ガバナンス」を実行で
る重要な計画となる。預金保険機構法は2004年
きるよう土台を提供して銀行を後押しすることに
8月に議会に承認された、
(4)銀行の監督任務
ある。またインドネシア中央銀行は、銀行の制度
を支援する公認会計事務所の職務を増やし、銀行
上の枠組みに関する規則も成立させた。このよう
が直面している問題についてインドネシア中央銀
な規則は銀行の設立、銀行の組織や所有権の変さ
行が客観的な情報を早期に入手できるようにす
2005年3月
第23号
129
る、
(5)国の銀行システムの開発や銀行員の行
通貨危機後の銀行の数は、清算および業務停止
動の監督において、インドネシア中央銀行のパー
(78行)
、合併(27行)
、新設(3行)によって大
トナーとしての役目を果たす銀行協会(Banker’
s
幅に減少した。この結果、銀行の数は2004年1
0
Association)を復活させる。このような取り組
月現在で136行となった。その内訳は、国営銀行
みは、協会の会員に対するトレーニングや監督の
が5行、国内民間商業銀行(旧合弁銀行を含む)
実施、必要な助言の提供を通じて進められる。
が94行、地方開発銀行が26行、外資銀行が11行と
「グッド・コーポレート・ガバナンス」の促進
なる(図表5)
。
インドネシア中央銀行は「グッド・コーポレー
銀行業界の全般的な状況は改善を示している。
ト・ガバナンス」の実施を促進するために、さま
このことは、強化された資本構成、不良債権の減
ざまな規則を導入している。このような規則は、
少、プラスのNIM(預貸金利ざや:Net Interest
とりわけ以下の計画に関連したものである。
Margin)
、プラスのスプレッド、安定した資金調
(1)情報公開の範囲を拡大して銀行の透明性
達源を見れば明白である。このような順調な発展
を高め、利害関係者が銀行の状況を監視できるよ
は、ペースが遅いとはいえ改革の前進や経済の回
うにする、(2)
銀行を犯罪行為から守るために、
復によってもたらされた成果と説明できる。それ
銀行に「顧客の本人確認原則」を実践するよう求
でもやはり、今後の銀行の業績は、経済・社会・
める、
(4)銀行の株主とマネジメントに対して
政治情勢に大きく影響されるだろう(図表6)
。
適格性の検証を行うことで、銀行の能力と健全性
業績が改善されたにもかかわらず、銀行の仲介
を向上させる、
(5)銀行に現行の規則を遵守さ
機能はまだ完全には回復していない。主として財
せる責任を負う、コンプライアンス・ディレク
政拡大や金融緩和による銀行システムの過剰流動
ターを任命するよう銀行に求める、
(6)銀行検
性は、経済を脆弱にしかねない。銀行システムの
査のための特別チーム(Banking Investigation
流動性拡大は、公金預金のほかに政府発行の利付
Special Unit)を設置して、法の執行の一貫性を
債やSBI(中央銀行証書:Central Bank Certifi-
維持する。同チームの設置は銀行規則の違反を確
cate)からの利益も要因となっている。SBIがい
実に発見して、問題の本質を特定し、迅速かつ強
まだに主要な金融政策手段として利用されている
制的に抑制措置を講じるために提案された。
のなら、総額はさらに増加するだろう。実物セク
ターが過剰流動性を吸収できないために、融資の
4.
5
銀行業界の全般的な状況
需要は銀行システムの資金源(預金残高)に比べ
れば依然として低い(図表7)
。主な原因を以下
安全で健全な銀行システムを構築するための改
に挙げる:
善策の一環として、政府は存続の見込みがないと
・債権のリストラのペースが遅いために、企業の
考えられる経営不振の銀行を閉鎖し、相乗効果を
財務構成が脆弱なこと。
得るべく銀行の合併を承認してきた。
図表5
銀行および営業店舗の数
銀行グループ
130
・銀行がいまだに内部統合の過程にあるために信
開発金融研究所報
1
9
97年1
0月
増減
清算/業務停止
合併
新設
国営銀行
国内民間商業銀行
・民間商業銀行
・旧合弁銀行
地方開発銀行
外資銀行
商業銀行合計
7
1
9
4
―
7
7
4
23
2
―
2
7
1
0
2
3
8
1
―
7
8
―
―
27
―
1
3
営業店舗数合計
7,
7
8
1
2
004年1
0月
5
9
4
74
20
2
6
11
13
6
7,
9
27
用スプレッドが相対的に大きいこと。
れは主として、国債の利息、支払利息の減少、債
過剰流動性を吸収できるだけの経済成長があれ
権の質の向上から生じた追加的な利益に起因す
ば、こうした問題は単独で解決できる。
る。
問題のある融資をAMU―IBRAへ移転して融資
銀行の総資本は引き続き改善しており、すでに
期間を更新した結果、不良債権率は下降する傾向
良好な水準を示している。各銀行グループのレ
を見せている。とはいえ不良債権率がいまだに飛
ビューをさらに進めた結果、各グループがプラス
び抜けた数値(2
0
04年8月現在で7.
1%)を示し
の純資産を維持していることがわかった。この上
ていることを考えると、実物セクターの回復と債
向きの成長は主として、資本再編が漸進的に完了
権のリストラが加速されそうもない状況の中で不
して収益が蓄積したことが要因となっている。
良債権率5%という指示的目標を達成するには、
多大な努力を要すると思われる(図表8)
。
5.課題と取り組み
幸いなことに収益状況も、プラスのスプレッド
が示すとおり改善を見せている。このプラスのス
預金残高が毎年約6%増加し、資本再注入国
プレッドは預金金利の低下を受けて支払利息が減
債から生じる収入が毎年約40兆ルピアを計上して
少したことから生じたものである。しかも銀行の
いるため、銀行システムの過剰流動性は急激に高
平均的なNIMはプラスの数値を示している。こ
まる。銀行の追加的な流動性は、資本再注入国債
図表6
銀行の財務指標
財務指標
2
0
0
0年12月 2
00
1年12月 2
0
02年1
2月 2
0
0
3年1
2月 2
00
4年3月 2
0
0
4年6月 2
0
04年7月 2
0
04年8月
総資産(兆ルピア)
1,
0
3
0.
5 1,
0
9
9.
7
預金残高(兆ルピア)
*
貸付残高(兆ルピア)
収益性資産(兆ルピア)
1,
11
2.
2
1,
1
9
6.
2
1,
1
50.
0
1,
1
85.
7
1,
1
82.
8
1,
2
0
8.
2
6
99.
1
7
97.
4
8
3
5.
8
88
8.
6
87
5.
1
91
2.
8
90
9.
5
9
19.
3
3
2
0.
5
3
5
8.
6
4
10.
2
9
4
7
7.
19
4
8
5.
9
1
5
28.
68
53
0.
1
8
54
7.
5
1,
0
0
7.
2 1,
0
4
8.
0
8 1,
0
23.
6
純受取利息(兆ルピア)
1,
0
72.
4
1,
0
8
0.
3
1,
1
0
2.
8
1,
0
8
7.
7
11
1
0.
8
3.
2
5.
7
5.
4
5.
4
5.
3
2.
9
3.
1
3
3.
2
3
3.
0
38.
2
43.
2
43.
7
46.
4
46.
8
47.
9
総資産利益率(%)
0.
9
1.
5
1.
9
2.
5
2.
7
2.
7
2.
7
2.
8
総不良債権率(%)
1
8.
8
1
2.
1
8.
1
8.
2
7.
8
7.
6
7.
3
7.
1
純不良債権率(%)
5.
8
3.
6
2.
1
3.
0
2.
7
2.
1
2.
2
2.
0
自己資本比率(%)
1
2.
7
2
0.
5
22.
5
19.
4
23.
5
20.
9
20.
6
21.
0
預貸率(%)
4.
0
1
注:仲介を含む
図表7 LDR伸び率
%
100
兆ルピア
1,000
900
90
800
80
700
70
600
60
500
50
400
40
300
30
200
貸付残高
(左軸)
100
0
1996
1997
1998
預金残高
(左軸)
1999
2000
20
LDR
(右軸)
2001
2002
2003
10
2004
0
2005年3月
第23号
131
を市場に売却したことから生じている。融資の需
いて記載した表を添付した。
要は、銀行業界で利用可能な流動性に比べると相
対的に低い。このような状況は、企業セクターの
6.結論と推奨
再編が不調なことや、金融セクターへ供給される
流動性の伸びに比べて経済成長率が低いことに起
再編計画によってインドネシアの銀行セクター
因する。銀行はこうした過剰流動性をSBI(イン
に対する国民の信頼は回復してきた。預金残高の
ドネシア中央銀行証書)に振り向けずに投資する
伸び率はわずか1年で通貨危機前の水準まで漸増
代替的手段をもたない。SBIは2
0
04年6月現在、
し、金利と為替レートも適切な水準を維持してい
1
1
0兆4,
0
0
0億ルピアに達している。この投資に
る。支払能力を規定どおりにする対策(すなわち
より、銀行には毎年約7兆5,
0
00億ルピアの追加
自己資本比率を最低8%にする対策)は、この
的な流動性が生じることになる。
規則に準拠できなかった小規模銀行5行のみを対
金融セクターの規則の強化はまだ進行中であ
象に、2001年12月に実施された。政府は国民の
る。銀行政策は今後数年間も、資本再編計画後の
信頼をゆがめることなく、これらの銀行を統合し
インドネシアの銀行の回復力を高める方法を取り
て資本注入銀行にすることに成功した。
上げたものになるだろう。近い将来にフォロー
わずかながら、不正行為がいまだに主要問題と
アップが必要となる計画は以下のとおりである。
なっている銀行もある。しかし2大銀行の資本基
(1)債権リストラ計画の加速化、
(2)国債向
盤が、このような不正行為から生じた損失を吸収
け流通市場の流動性の向上、
(3)政府保有の銀
してきた。2004年には小規模銀行2行が不正行
行株の売却、
(4)能力開発と規則改善による銀
為で資本水準が著しく低下したために閉鎖され
行監督の強化と「グッド・コーポレート・ガバナ
た。
経済活動を創出することが、銀行セクターの過
ンス」の実施。
このような措置に加えて、インドネシア中央銀
剰流動性を実物セクターへ振り分ける唯一の方法
行は、IMFとの融資契約終了後のモニタリング
である。どのようにすればよいか?失業者を減ら
文書である「白書」に記載したすべてのコミット
して経済の需要を創出するためには政府の刺激策
メントを果たすべく最善の努力も注いでおり、と
が必要となる。またそのような刺激策は、法的枠
りわけ以下の事柄に取り組んでいる。
(1)リス
組みの改善や政府機関と銀行セクターによる
クに基づく監督の実施、
(2)バーゼル委員会の
「グッド・ガバナンス」の向上に裏付けられたも
「実効的な銀行監督のコアとなる25の諸原則」遵
のでなければならない。この問題に対する自然発
守の徹底(連結監督への移行を含む)
、
(3)銀行
生的な経済的解決策は、銀行規則の猶予を与える
の財務データの幅広い公表を徹底させることによ
よりも重要度が高い。
新たな融資枠を設けて不良債権をリストラすれ
る市場原理と透明性の強化。銀行規則の改正につ
図表8
不良債権率の推移
%
60.0
50.0
40.0
30.0
総不良債権率
純不良債権率
20.0
132
開発金融研究所報
2004年 8 月
2004年 6 月
2004年 4 月
2004年 2 月
2003年12月
2003年 6 月
2002年12月
2002年 6 月
2001年12月
2001年 6 月
2000年12月
2000年 6 月
1999年12月
1999年 6 月
1998年12月
1998年 6 月
−
1997年12月
10.0
ば、経済活動の創出を加速させ、失業率を低下さ
(東京)
せるだろう。ライセンスや税金の観点からも、こ
「The measurement and Assessment of Capital
の再建シナリオに政府の刺激策は欠かせない。相
Adequacy for Banks: A critique of the G1
0
対的に高い成長率を伴うマクロ経済の安定は、こ
Agreement」M・J・B・ホ ー ル(M.J.
の環境において最も必要とされる条件である。
B Hall)著(1994年)
、チャールズ・A・ス
トーン(Charles A. Stone)
、A. Zissu編集
[参考文献]
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ロング(Milland F Long)著(1
98
7年)
、
世界銀行(ワシントン市)
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アル・ハインズ(Manual Hinds)著(1988
年)
、ポリシー・リサーチ・ワーキング・
ペーパー№10
4より、世界銀行(ワシント
ン市)
の 「Global Risk Based Capital Regulation」
第一巻より、アーウィン(Irwin)pp.270―86
(ニューヨーク)
「Bank Restructuring in Practice」ホーキンス
(Hawkins)
、P・ターナー(P. Turner)
共著(1
999年)
、バーゼル(8月)
「Risk Metrics: Technical Document」JPモルガ
ン(1
994年)
「Big Bang versus Go Slow: Indonesia and Ma-
「Financial Reform: Theory and Experience」
laysia」A・ナスティオン(A. Nasution)
ジェラルド・カプリオ(Gerald Caprio)
、
著(1
998年a)
、Jose M. Finelli、Rohinton
Izak Atiyas、ジ ェ ー ム ス・ハ ン ソ ン
Medhora編集の「Financial Reform in De-
(James Hanson)共著(1
99
4年)
、ケンブ
veloping Countries」より、マクミラン出
リッジ大学出版局(ニューヨーク)
版(ロンドン)
「The Gathering Crisis in Deposit Insurance」
「The Meltdown of the Indonesian Economy in
E・J・ケーン(E.J. Kane)著(1
9
85年)、
1997―1998: Causes and Responses」A・
MITプレス(マサチューセッツ州ケンブ
ナスティオン(A. Nasution)著(1998年b)、
リッジ)
「Seoul Journal of Economics」誌Vol. 1
1,
「The Restructuring if the East German Banking
991
System」Hans―Dieter Meinecke著(1
年)
、Deutsch Bundesbank(ベルリン)
「The Bank of Japan’
s New Bailout Scheme」サ
サ キ・ス ミ ス・ミ ネ コ(Mineko Sasaki―
Smith)著(1
99
4年)、モルガン・スタンレー
No.34より
「Modern Banking in Theory and Practice」S・ヘ
ファーナン(S. Heffernan)著(1996年)
、
ジョン・ワイリー・アンド・サンズ
(ニュー
ヨーク)
IBRA月報(2000年7月号)
2005年3月
第23号
133
付表1
資本再編行リストおよび各行の資本保有状況正
No.
銀行名
株主
政府
%
1
2
Mandiri )
資本保有状況
海外
国内
%
%
7
0.
0
0
2
3.
3
8
6.
5
2
2
0
0
3年7月おいび2
0
04年3月に資本再編完了
*
99.
1
1
−
0.
89
2
00
5年に資本再編
*
59.
5
0
−
40.
50
−
−
10
0.
0
0
2
0.
5
0
6
1.
8
7
1
7.
63
資本再編完了。Asia Finance(Temasek)が支配株主.
資本再編完了。Faralon & Farindo Investmentが支配株主。
BNI )
3
BRI )
4
BTN*)
5
Danamon*)
*
6
BCA )
6.
9
3
5
1.
9
5
41.
1
5
7
Bukopin
2
1.
7
2
−
78.
2
8
54.
7
2
−
45.
2
8
*
8
Lippo )
9
Mega
−
−
100.
0
0
1
0
NISP
−
15.
0
5
84.
9
5
国内市場での増資計画あり
1
1
Buana
−
29.
7
0
71.
3
0
2
00
4年に資本再編完了(UOB Inv Fin Ltd)PT Sari Dasa Karsa
が支配株主
1
2
BII*)
2
2.
4
9
51.
2
3
26.
28
資本再編完了Sorak Fin.Holding Ltdが最大株主
4
6.
0
0
2
5.
5
0
2
8.
30
Standchart & Astra
2
7.
9
8
5
0.
9
9
21.
03
資本再編完了Commerce Asset−H.Berhad, Malaysiaが支配株主
13
1
4
134
*
公募
*
Permata )
*
Niaga )
開発金融研究所報
付表2
規
銀行規則の改正
則
1 CAR
通貨危機前
1
9
9
3年:最低8%
通貨危機最中
1
9
98年:最低4%
自己資本
/RWA×1
0
0
通貨危機後
2
0
0
1年:最低8%
2
0
03年:最低8%
(市場リスクを含む)
( Tier1資
本)
/RWA
本 + Tier2資
/RWA
(Tier1資本+Tier2資本)
20
0
1年:
((Tier1資 本+Tier2資 本)
−株式投資)/RWA
2
00
3年:自 己 資 本=Tier1資 本+Tier
2資 本+Tier3資 本、以 下 の(市 場 リ
スクを組み入れるための)基準のうち
1つ以上を満たす銀行に限り適用 ı¸‰総
資産額が1
0兆ルピア以上、 ı‰証券のト
レーディング勘定および/またはデリ
バティブ取引が2
0
0億ルピア以上(外
国為替銀行)
、 ı˝‰証券のトレーディン
グ勘定および/またはデリバティブ取
引が2
50億ルピア以上(非外国為替銀
行)
Tier1
資本:
払込資本金、受贈資本、税 払込資本金、受贈資本、税引き後利
引き後利益、引当金
益、引当金
Tier2
資本:
複合/準資本、サブローン、 複合/準資本、サブローン、資産再評 最大1.
2
5%の収益性資産に対する一般
資産再評価による引当金、 価による引当金、RWAの最大1.
25% 引当金、資産再評価による引当金、複
合/準資本、サブローン、売却可能な
RWAの 最 大1.
2
5%の 収 益 の収益性資産に対する一般引当金
性資産に対する一般引当金
株式の増分評価額の最大4
5%
Tier3
資本:
払込資本金、公表準備金(税引き後利
益、損失、ディサジオなど)から営業
権、繰り延べ税を差し引いたもの
市場リスクの計算用のみ
以下の条件を満たす中期のサブローン
ı¸
‰銀行による保証なしで全額支払い済
み ı‰契約期間が2年以上 ı˝‰契約または
BIの承認に基づく支払い ı˛‰確定条項 ıˇ‰
ローン契約および返済の明確なスケ
ジュール ı—‰BI承認済み
2 LLL
199
3年:
19
98年:
1
99
8年規則
自己資本に対 ローン、保証、証券、その ロー ン、証 券、銀 行 間 取 引、資 本 参
する割合
他のプレースメントで構成 加、簿外取引で構成される資金のプ
される資金のプレースメン レースメント
ト
LLLを超過した貸し出しとLLLに違反
した貸し出しの分離
為替レートの変動および/または自己
資本の減少から生じたLLL超過の貸し
出し(計算方式=LLL報告日現在の資
金の引当金/LLL報告日現在の自己資
本)
計算方式=引当金の日付現在の資金の
引当金/資金の引当金の日付現在の自
己資本
2005年3月
第23号
135
変貌を遂げるタイ経済
―金融セクターの視点から*1
*2
ピティ・ディスヤタット
国際金融第1部次長
西沢 利郎
タイ経済は、ここ数年、対外的な脆弱性を解消
ず、実質金利は、貸付・預金金利ともに1999年
しつつ1
9
9
7年の危機で蒙った痛手からほぼ完全
初め頃から大きく低下し、歴史的な低水準となっ
に 脱 し、急 速 に 成 長 し て い る。20
0
3年 の 実 質
ている。
GDP成長率は、6.
7パーセントと、アジア地域で
タイの金融システムの現状に目を向けると、危
は 中 国 や ベ ト ナ ム に 次 い て 高 く、2
0
0
4年 も6
機以来の目覚しい改善にもかかわらず、依然とし
パーセント台を達成すると見込まれている(図表
てかなりの弱さが残されていることがわかる。も
1)
。経済の活性化は、インフレ率の低位安定、
ちろん、タイの金融システムは、大規模な再編を
実質金利の歴史的低水準への下落、セクターごと
へて安定を取り戻している。とりわけ重要なの
の成長パターンのばらつきを特徴としている。そ
は、1997年危機の原因ともいえる商業銀行のバ
して、このようなマクロ経済状況のユニークな組
ランスシート上の満期と通貨のダブルミスマッチ
み合わせは、持続的な経済成長を実現するために
が事実上解消されたことである。商業銀行のバラ
解決すべき問題が何であるかを示唆している。本
ンスシートの改善は、不良債権比率の低下にも反
稿では、こうした最近のタイ経済の動きを金融セ
映されている。とくに、国有商業銀行の不良債権
クターの視点から解明する。そして、変貌を遂げ
比率は大きく低下しており、バランスシートの強
るタイ経済の全体像が、経済成長とそのファイナ
化により銀行セクターは収益性を取り戻すことが
ンスという観点から、銀行セクターの現状にさか
できた。
のぼって説明できることを示したい。
しかしながら、アジア地域の他の諸国と比べる
タイ経済は、1
99
7年の危機以来、急速な変貌
と、タイの商業銀行は依然として低い収益性に甘
を遂げ、そのプロセスは現在も続いている。過去
んじている。これは、不良債権問題が尾を引く一
2年間に経済回復のプロセスは著しく加速した。
方で競争が激化しているため、金利マージンが抑
多くの要因がその原動力となったが、成長力の回
えられているためである。さらに、商業銀行が不
復を主導したのは輸出と民間消費であり、ごく最
良債権の重荷から完全には脱却できないでいるた
近まで投資の貢献は限られていた。さらに、生産
め、信用拡大が阻害されるのみならず、銀行セク
活動のセクターごとのパターンは非対称的で、
ターは景気減速や担保価値の下落に対して脆弱な
1
9
9
7年の危機以来、貿易セクターが非貿易セク
部分を残している。
ターを上回る経済成長を遂げてきた。このような
最近のマクロ経済状況を鳥瞰すると、そのきわ
パターンは、危機前にみられた非貿易セクター主
立った特徴は、銀行セクターの現状にさかのぼる
導の成長パターンからの劇的な変化である。ま
ことができる(図表2)
。銀行セクターが依然と
た、こうした経済回復は、顕著な物価上昇圧力を
して問題を抱えていることから信用拡大が滞って
生じさせることなく実現した。コア・インフレ率
いるため、インフレ率は低位で安定し、実質金利
は1年以上ゼロパーセント近辺にとどまってお
は低下し、非対称的な成長パターンが生じてい
り、2
0
0
3年の平均インフレ率は0.
2パーセントに
る。また、金融政策のトランスミッション・メカ
すぎない。インフレ率の大幅な低下にもかかわら
ニズムは十分に働いていない。銀行信用が必ずし
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1 本稿は、2
0
0
4年3月5日に国際協力銀行において開催したワークショップでピティ・ディスヤタットが発表した論文の内容を
もとに、ピティと西沢が共同で再構成し、西沢が日本語に訳出したもの。なお、統計データは、20
0
4年9月時点で改訂してい
る。
*2 タイ中央銀行金融政策グループ・シニアエコノミスト。1
9
73年生まれ。プリンストン大学経済学Ph.D.。IMFエコノミストを
へて現職。
136
開発金融研究所報
も順調に回復していないため、中央銀行がベース
安定的で全国的な広がりをもった経済成長をフル
マネーを拡大しても通貨供給がそれにあわせて増
に実現するには十分とはいえない。さらに必要な
加せず、インフレ圧力も抑制されている。また、
のは、銀行セクターを補完する、より深みのある
このような状況のもとで銀行セクターに滞留する
資本市場であり、地方における起業家精神の発揮
過剰流動性は、歴史的な低金利を可能にしてい
を助ける金融アクセスの改善である。資本市場の
る。同時に、景気回復のプロセスで貿易セクター
発展は、投資家の権利を保護し、契約履行を保証
が非貿易セクターよりも重要な役割を演じてきた
する健全な法制度の確立なくしては実現しない。
事実をみれば、非貿易セクターへの与信が減少し
このように考えてくると、現在の好景気に慢心す
ていることがわかる。
るのではなく、むしろこの機会をとらえて、徹底
このように、企業活動が銀行借入れに依存する
度合いが低下する一方、過剰流動性が滞留してい
的な改革を実行し、重要な経済法制の整備に注力
すべきだろう。
る現状を背景として、タイにおいて長いあいだ重
最後に、金融サービスへのアクセス改善の重要
要な役割を演じてきた銀行融資の有効性は低下し
性を見過ごしてはならない。タイ経済は、全体と
ている。実際、貸付金利は短期市場金利の変化に
してみると国際金融市場との一体化が進んでい
反応せず、トランスミッション・メカニズムは機
る。しかしながら、その恩恵を受けているのはご
能不全を起こしている。こうした現象は、金融セ
く限られた一握りの地域であり、地方では大いに
クターが果たす役割の重要性をきわ立たせるのみ
改善の余地がある。したがって、タイの金融市場
ならず、タイ経済が潜在成長力をフルに発揮する
がアジア地域や世界と一体化するのみならず、金
には、銀行セクターが抱える構造的な弱点を解消
融の一体化が地方レベルでも必要なことを忘れて
する必要があることを強く示唆している。
はならない。ここで必要なのは、どこに住んでい
銀行以外からの資金調達が増えているとはい
ようが、資産をもっていようがいまいが、優れた
え、タイの民間企業は依然として銀行借入れに大
才覚のある個人が事業を起こし、あるいは事業を
きく依存している。したがって、商業銀行のバラ
拡張することを容易にする、使い勝手の良い金融
ンスシート上の問題を早急に解決することは、国
仲介システムである。その意味では、もっぱら担
内貯蓄と生産活動を結びつける最も重要なリンク
保ベースで顧客をみない融資ではなく、事業を起
を再生するために不可欠であり、当面の最優先課
こす顧客を見定める融資がとりわけ重要となるだ
題といえる。同時に、経済成長を志向する諸政策
ろう。
は、金融システムの体力を強化する構造改革を伴
わなければならない。また、政府が進めている
「信用供与を通じた財政イニシアティブ」は、ク
レジットカルチャーを弱め、金融システムに歪み
を与えることのないよう、注意深く実施される必
要がある。
重 要 な の は、市 場 規 律 と 相 互 監 視(ピ ア レ
ビュー)を重視したリスク評価・管理体制の確立
が求められており、そのための基礎固めが必要で
あることを政策担当者が見失わないことだ。この
基礎固めが実現すれば、経済全体にとって資源配
分の効率が高まるのみならず、19
9
7年危機をも
たらしたような不均衡が再発するリスクを小さく
することができよう。
より長期的な視点でみると、商業銀行のバラン
スシートに残る脆弱性を解消するだけでは、より
2005年3月
第23号
137
図表1
タイ:実質GDP成長率とコアインフレ率(前年同期比)
(%)
9.0
8.0
7.0
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2
2001 2001 2001 2001 2002 2002 2002 2002 2003 2003 2003 2003 2004 2004
実質GDP成長率
コアインフレ率
出所:タイ中央銀行
図表2
マクロ経済状況の鳥瞰
実質金利の低下
インフレ率の低下
過剰流動性
通貨供給の伸び悩み
銀行セクターの弱さ
不良債権問題
銀行融資の低迷
金融政策のトランスミッション・
メカニズムの弱さ
138
開発金融研究所報
非貿易セクターへの与信
伸び悩み
非対称的な
経済成長パターン
米国の二国間開発援助政策*1
ワシントン駐在員事務所
要 旨
2
0
0
1年9月11日に発生した対米同時多発テロ以降、米国の二国間開発援助は、援助予算の大幅な
増額、援助機構・アプローチの改変等、大きく変貌を遂げている。米国は、1970年代後半以降、
NGOの台頭等を背景に、保健、教育、民主化等の分野に対する技術支援を増やしてきた。その過程
で、ローンの供与を通じた経済成長支援からグラントによる人道的支援に特化していった。1990年
代には、冷戦終結、財政赤字の削減を背景に、米国は、援助予算を大幅に削減し、主な援助実施機関
であるUnited States Agency for International Development(USAID)も大幅な組織縮小・改革を
迫られた。しかしながら、2
0
0
2年に発表された国家安全保障戦略で開発援助(Development)が外
交(Diplomacy)
、防衛(Defense)に並ぶ対外政策のツールとして認識されるなど、対テロ戦争の一
環として、再度開発援助にも力が入れられている。特に低所得国におけるガバナンスや貧困の問題が
テロを引き起こす誘因となりうるとして、ガバナンスの改善、経済成長促進を目的としたプログラム
を積極的に行っている。
その一つの例が20
02年3月に発表されたMillennium Challenge Account(MCA)の設立である。
ブッシュ政権は、このMCAの実施を通じ、ODA予算を20
04年度から2006年度までの3年間で100億
ドルから1
50億ドルまで増加させると公約した。MCAの目的は、経済成長を通じた貧困削減とされ、
その達成のために、経済成長と相関関係があるとされる、 Aガバナンス、 B自由市場経済の促進、 C
人的資本投資の促進、をMCA支援対象国の選定基準とすることとした。さらに、同プログラムの実
施過程では、被援助国のオーナーシップ・結果責任が求められる。ブッシュ政権は、このプログラム
を実施するためには、これまでと異なる革新的なアプローチが必要と主張し、2004年1月に新たな
援助機関(Millennium Challenge Corporation:MCC)を設立した。また、そのCEOとして、長年
途上国のインフラ投資に従事してきたインベストメントバンカーであるアップルガース氏を任命し
た。
このように、米国は、対テロ戦争の文脈で、経済成長を通じた貧困削減を開発援助の大きな目標の
一つに掲げ、質・量ともに二国間援助の大幅強化を図っている。特にMCAにみられる、低所得国の
パフォーマンスに基づく援助資金配分、結果重視の取り組みは、新しい援助の国際的な潮流となりつ
つある。しかしながら、その実施にあたっては、援助対象国の選定、援助プログラムの実施、会計監
査・評価含めたアカウンタビリティ等の面で課題も多い。加えて、パフォーマンスに基づく援助配分
自体の妥当性に関しては、必ずしも学術的なコンセンサスは成立していない。MCAに関しては、援
助機構の効率化を新組織の設置に求めた点に特色があるが、USAID等との役割分担含め、今後の動
向が注目されている。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1 本稿は、本行が外部委託して実施した調査報告書を元に本行ワシントン駐在員事務所がまとめたものである。
2005年3月
第23号
139
目 次
はじめに ………………………………………………………………………………………………………14
0
ı¿.援助に対する国民世論と援助を巡る国内政治動向 …………………………………………………14
0
1.援助に対する国民世論 ………………………………………………………………………………14
0
2.援助を巡る国内政治動向 ……………………………………………………………………………14
1
ı .過去の援助政策・機構の変遷 …………………………………………………………………………14
2
1.援助政策・機構の変化 ………………………………………………………………………………14
2
(1)マーシャルプラン ………………………………………………………………………………14
2
(2)USAIDの設立 ……………………………………………………………………………………14
2
(3)MCAの設立 ………………………………………………………………………………………14
3
2.援助プログラムの変遷 ………………………………………………………………………………14
3
(1)戦略的重要国に対する援助………………………………………………………………………14
3
(2)人道援助の拡大とNGOの台頭 …………………………………………………………………14
4
(3)グラント化 ………………………………………………………………………………………14
6
ı`.USAIDの現状 ……………………………………………………………………………………………14
7
1.米国の開発援助戦略とUSAIDの役割 ………………………………………………………………14
7
2.USAIDの機構・プログラム …………………………………………………………………………14
7
3.USAIDおよび既存援助体制に関する評価 …………………………………………………………14
9
ı´.MCAの設立………………………………………………………………………………………………15
0
1.MCA設立の経緯 ……………………………………………………………………………………15
0
51
2.MCAプログラムの内容 ……………………………………………………………………………1
3.MCAプログラムの妥当性 …………………………………………………………………………15
1
4.MCAプログラムの課題 ……………………………………………………………………………1
52
5.他のドナーへの影響 …………………………………………………………………………………1
52
6.今後の見通し …………………………………………………………………………………………15
3
はじめに
本調査では、戦後のマーシャルプランに始まり
ı¿.援助に対する国民世論と援助を
巡る国内政治動向
2
0
0
4年のMillennium Challenge Account(MCA)
設立に亘る、米国の二国間開発援助政策について
1.援助に対する国民世論
分析を試みた。現在の米国の開発援助政策は、
1)援助に対する国民世論と援助を巡る国内政治
米国では、議会や政権による援助政策の決定過
動向、2)過去の援助政策・機構の変遷、を背景
程において、国民世論が極めて重要な要素となっ
と し て 形 成 さ れ て お り、3)United States
ている。米国民は、援助を基本的にはサポートし
Agency for International Development(USAID)
ており、9・11以降、対テロ戦争の文脈で、特に
の現状、4)MCAの設立、もこうした文脈の中
その傾向が強くなっている。例えば、2
002年4
で捉えることができる。
月の調査によると、国民の53%がブッシュ大統
領による援助予算の増加を支持している。援助分
野別では、国民は、保健、教育、貧困削減等の分
140
開発金融研究所報
野に対する支援への支持が強い。
促進する上で一定の役割を果たしたという事実を
ただし、その一方で、国民の8割強が外国より
理解している国民は少ない。例えば、台湾はかつ
も国内の貧困対策を優先すべきであると考えてい
て貧しい国であったが、米国等から多額の援助を
る。また、援助に対する全般的な支持はあるもの
受けて成長した。
の、援助資金が無駄使いされているという見方も
強い。米国民は、援助資金の大半が腐敗政権に流
2.援助を巡る国内政治動向
れ、援助機構も非効率で無駄が多いと考えてい
る。結果として、援助全般への支持がありなが
こうした世論が、議会や政権に対するロビイン
ら、9
0年代に援助予算は大幅に削減された。ま
グ活動を通じ、議会の立法プロセスに反映されて
た、政府を通じた援助は非効率との見方から、国
いる。議会は、国民の多くが政府を通じた援助に
民は、NGOを通じた支援を支持する傾向がある。
否定的な印象を持っているため、特別な理由がな
その一因には、援助に関する米国民の知識不足
い限り、政権が作成した援助関連法案を強くサ
もある。例えば、ある調査によれば、米国民は、
ポートしない。ただし、国民から一定の支持があ
連邦政府予算の中で援助の占める割合は20%で
るNGOを始めとするロビイング団体の意見は尊
あると認識しているが、実際の割合はわずか1%
重する。このため、NGOを始めとするロビイン
である。ただし、それでも、10∼30%の国民が
グ団体の声が議会審議過程で反映されやすい(図
それをさらに削減すべきと考えており、増加すべ
表1参照)
。こうした状況を背景に、NGOは、議
きという国民は2
5%程度に過ぎない。これは、
会・連 邦 政 府 に 対 し、NGOが 活 動 し て い る 地
一部政策シンクタンクの偏った意見やマスコミに
域・分野に対する支援を拡大するよう働きかけて
よる報道が、援助が役に立っていないという見方
いる。一方、憲法上、連邦政府機関の監督を使命
を増長させているためである。結果として、多く
とする議会は、USAIDに対し、毎年の歳出法案
の国民が、多額の援助資金が投入されているにも
等の審議過程で、細かいガイダンスやイヤーマー
関わらず、貧困や飢餓の問題が依然深刻化してい
ク(予算使途の指定)を課し、USAIDが議会の
ると考えている。援助がアジア諸国の経済成長を
意向通り、プログラムを実施するよう管理してい
図表1 主なロビイング団体
分
類
主なロビイング団体
CARE
Catholic Relief Services
米国政府から資金を得て、プログ Church World Service
Nature Conservancy
ラムを実施している国際NGO
Save the Children
World Vision International
アンブレラNGO
InterAction
Coalition for Food Aid
Global Health Council
Microenterprise Coalition
特定分野に強い関心をもつNGO
Bread for the World(食糧・緊急支援)
Family Research Council(家族計画)
Global AIDS Alliance(エイズ)
RESULTS(マイクロファイナンス)
DATA(アフリカの債務削減、エイズ、貿易)
transAfrica forum(アフリカ)
被援助国のロビイング団体
AIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)
援助プログラムの利益を受ける業 運輸業界(航空、海運)
界団体(食糧援助・電力セクター 米国エネルギー協会
米国商工会議所
支援関連)
2005年3月
第23号
141
る。ガイダンスやイヤーマークの多くはNGO等
た予算額は膨大で、当時の米国GDPの6%強に
のロビイング団体の意向を反映したものである。
及んだ。その後、1949年トルーマン大統領(194
5
こうした議会のマイクロマネージメントは、
∼1953)によって発表されたPoint IVプログラ
USAIDが各国の状況に応じ、効率的な資源配分
ム*3において、ベトナム、韓国、インド、パキス
を行うことを困難にしている。
タン等、欧州以外の国に対する援助が開始され
援助関連法案の審議は、上院外交委員会と下院
た。
国際関係委員会が担当しており、毎年の援助予算
を定める対外関係歳出法案の審議は、上院歳出委
員会、下院歳出委員会が担当している。法案の審
(2)USAIDの設立
第二の転換期は、1961年のUSAID設立である。
議過程では、共和党は、援助予算の削減を、民主
当時ソ連がキューバを含む低所得国で影響力を強
党は、援助予算の増加を支持する傾向がある。分
めていたことから、ケネディ政権 (196
1∼196
3)
野別では、共和党は、主に民間セクターの開発
は、共産主義の拡大に対抗するための手段の一つ
(貿易、中小企業、知的所有権等)
、民主党は、
として、援助を戦略的に活用しようとした。しか
環境問題等への取り組みをサポートする。しかし
しながら、前政権のミスマネージメントもあり、
ながら、民主党内でも、援助の政策的なプライオ
複数の政府機関がコーディネーションなしに援助
リティは、国内問題と比較し高くないのが現状。
プログラムを実施しており、その非効率性に対す
USAIDには、議会対応含む対外関係を専門と
*2
る批判が高まっていた。
0名程度のスタッフがいる。し
する局 があり、5
ケネディ大統領は、この問題を大統領選挙キャ
かしながら、USAIDは法律上ロビイング活動を
ンペーンのトピックの一つに取り上げた。同大統
基本的に禁じられており、国民に対する広報活動
領は、低所得国における貧困問題は、全体主義を
は限定的なものとなっている。
招く危険性を高めるとし、米国は、自国の安全保
障、経済的繁栄、政治的自由のためにも、低所得
ı .過去の援助政策・機構の変遷
国の支援を行うべきであると訴えた。また、その
ために、援助機構を一元化し、援助体制の強化を
図 る べ き と 主 張 し た。1961年 に 当 選 し た ケ ネ
1.援助政策・機構の変化
ディ大統領は、対外援助法(Foreign Assistance
Act:FAA)を提案し、同法は同年9月に議会
第2次大戦後、米国の援助政策において、大き
を通過した。その結果、援助プログラムは、 A開
く3つの転換期があった。1つ目は、第二次大戦
発援助、 B保証、 C経済支援基金、 Dその他の4
後に実施さ れ た マ ー シ ャ ル プ ラ ン、2つ 目 は
つに纏められた。また、これらプログラムを実施
1
9
6
1年のUSAIDの設立、3つ目は、2
0
02年に発
するため、USAIDが設立され、International Co-
表されたMCAの設立である。
operation Agency(ICA)*4、米輸銀の内貨融資、
農務省の食糧支援がUSAIDに統合された。
(1)マーシャルプラン
第一の転換期は、1
94
7年のマーシャルプラン
しかしながら、その後、ベトナム戦争(196
4
∼1975)に対する反戦運動を背景に、援助を政
実施である。マーシャルプランは、欧州諸国の戦
治目的に利用することへの批判が高まった。
後復興を目的としたものであり、これが米国の対
1973年 に 下 院 外 交 委 員 会 は、ベ ー シ ッ ク・
外援助の始まりと言われている。援助に費やされ
ヒューマン・ニーズ・アプローチ(Basic Human
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2 Bureau for Legislative and Public Affairs
*3 トルーマン大統領は、共産主義との戦いを目的に、Point IVプログラムと呼ばれる4つの対外政策上の柱を発表した。これら
は、 A国連の強化、 B欧州復興支援の継続、 CNATOの設立、 D低所得国に対する技術支援の供与、の4つ。
*4 ICAは、1
9
5
5年の機構改革を経て設立された援助機関で、当初は主に技術支援を実施していた。しかしながら、途上国の経済
成長促進を目指し、1
9
5
7年にDevelopment Loan Fund(DLF)がICA内に設立され、ローンプログラムが開始された。
142
開発金融研究所報
Needs Approach:BHN)を柱とした新援助方針
アカウンタビリティ向上のため、同制度の導入に
(New Directions)を打ち出し、対外援助法の
積極的に取り組んだ。
修正を行った。その結果、ローン、グラント等資
金形態別に分かれていたUSAID予算が、食糧、
(3)MCAの設立
保健、教育等のセクター別に変更されるように
第3の転換期は、2002年に発表されたMillen-
なった。これを機に議会およびNGOが援助プロ
nium Challenge Account(MCA)の設立である。
グラムに対する発言力を強めていった。
米国政府は、2
002年3月のモントレー国連資金
また、1
9
7
0年前後から、対外経済協力を実施
会議の際に、200
4年度から20
06年度までの3年
す る 機 関 が 多 様 化 し て い っ た。ま ず1
969年 に
間でODA予算を100億ドルから150億ドルまで増
Overseas
額し、その増加分をMCAに配分すると表明した。
Private
Investment
Corporation
(OPIC)が設立され、USAIDが実施していた投
その資金は、経済成長のポテンシャルのある国に
資保証プログラムがOPICに移管された。次に
供与することとし、プログラムの実施のために新
1
9
9
0年に食糧援助の一部が農務省の管轄となっ
たな援助機関
(Millennium Challenge Corporation
た。さらに、19
9
0年代から現在にかけ、国務省
:MCC)を設立することとなった。後述する通
管轄プログラムが増大している。アンデス地域の
り、MCAは、9・11以降の対テロ戦争を背景と
麻薬対策、東欧・旧ソ連諸国支援、エイズ対策等
して提案されたものであり、上記(1)
、
(2)の
がその例である*5。
動きに匹敵する政策的な変換である。
この間、援助担当機関のコーディネーションの
強化を図る動きもあったが、ほとんど失敗に終
2.援助プログラムの変遷
わっている。例えば、カーター政権 (19
77∼81)
は、1
9
7
9年に、USAID、国務省(経済支援基金、
*6
国連)
、 財務省
(国際開発銀行)
、 ピースコープ 、
(1)戦略的重要国に対する援助
マーシャルプラン後の米国 の 援 助 水 準 は、
OPIC、NGOと の 連 携 強 化 を 目 的 に、Inter-
1960∼70年代のベトナム戦争、9
0年代の財政赤
national
Agency
字削減、最近の対テロ戦争等の事情によって変動
(IDCA)を設立した。しかしながら、IDCA長
した。しかしながら、援助額の約半分が戦略的重
官は実質的な権限を持たず、また、スタッフ数も
要国に配分されているという点に関しては変化が
わずか7
5名であった。レーガン政権時
(1
98
1∼89)
ない。この戦略的重要国に対する支援は、主に経
には、スタッフが全く配置されず、この仕組自体
済支援基金から供与されている。この基金は、国
が 形 骸 化 し た。結 局 ク リ ン ト ン 政 権(1993∼
務省が管轄しており、国務省が国別の資金配分を
2
00
1)下の1
99
8年に、IDCAは廃止され、USAID
決定するが、実際の援助プログ ラ ム の 運 営 は
は国務省の管轄下に入ることになった。
USAIDが行っている。戦略的に重要な国は時代
Development
Cooperation
他方、1
99
0年代には、冷戦終了、財政赤字拡
とともに変化している
(図表2参照)
。195
0年∼7
0
大を背景に、援助不要論が高まり、援助予算の削
年代にかけては、韓国、南ベトナム、インドおよ
減が進められた。これを受け、USAIDは不要な
びその周辺国が援助の対象となった。1
975年以
*7
手続を廃するなどして、組織をスリム化した 。
降は、 イスラエルとエジプト、19
90年代に入り、
また、1
99
3年に成立したGovernment Perform-
それに旧ソ連諸国が加わった。また、近年、コロ
ance Results Act(GPRA)*8に基づき、業績管理
ンビア等南米諸国での麻薬対策のための予算も増
制度を導入した。USAIDは、援助目的の明確化、
加している。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*5 USAIDは、これらプログラムの運営をサポート。
*6 米国平和部隊。1
96
1年に当時のケネディ大統領によって創設された、青年がボランティアで海外協力を行うプログラム。
*7 USAIDの直接雇用職員は9
0年代で3
7%削減され(3,
1
6
3名→1,
98
5名)
、また、7
2の現地事務所が閉鎖された。
*8 当時のゴア副大統領が推進したイニシアティブ。
2005年3月
第23号
143
図表2 戦略的重要国に対する援助
期
間
順
位
1
9
5
4―1
9
5
7
1 ベトナム
アイゼンハワー 2 その他インドシナ諸国
3 韓国
4 インド
5 スペイン
1
9
5
8―1
9
7
4
アイゼンハワー
ケネディ
ジョンソン
ニクソン
1 インド
2 ベトナム
3 パキスタン
4 韓国
5 ブラジル
6 インドネシア
7 トルコ
1
9
7
5―2
0
0
1
フォード
カーター
レーガン
ブッシュ
クリントン
1
2
3
4
5
6
7
8
9
1
0
1
1
1
2
1
3
1
4
年平均供与額
(百万ドル)
主な理由
3
9
6
(上記に含む)
3
3
7
1
6
5
1
1
9
戦争
戦争
戦争
中国の牽制
マーシャルプラン
6
6
3
5
3
3
3
8
6
2
6
3
2
3
0
1
9
0
1
5
7
イスラエル
エジプト
旧ソ連諸国
パキスタン
エルサルバドル
コロンビア
フィリピン
インド
トルコ
ペルー
インドネシア
バングラデッシュ
ニカラグア
ボスニア・ヘルツェコビナ
1,
3
7
5
1,
1
1
7
5
0
2
3
8
1
35
2
33
7
30
6
23
0
22
6
18
3
17
8
17
8
16
7
14
7
中国の牽制
戦争
中国の牽制
戦争
同盟
中国の牽制
旧ソ連の牽制
中東和平維持
中東和平維持
旧ソ連諸国支援
中国の牽制
復興支援
麻薬対策
中国の牽制
中国の牽制
中国の牽制
麻薬対策
中国の牽制
貧困問題への対応
復興支援
復興支援
出所)国際協力銀行「米国二国間開発援助政策調査」 2
0
0
4年9月
データソース)Overseas Loans & Grants(Greenbook)2
0
0
1
戦略的重要国に対する援助は、一国あたりの支
成長を目的としたプログラムへの予算が減少する
援額が大きいため、政策・制度の変更を促す手段
傾向がある。特に、農業分野に対する支援額の低
として使用することが可能であった。しかしなが
下は著しい。かつて農業関連プログラムは、予算
ら、実際には、米国は戦略的な必要性から、政
の大半を占めていたが、90年代後半には、ほとん
策・制度変更の有無に関わらず、援助を供与し続
どゼロにまで減少した。また、その過程で、マク
けた。このため、政策・制度の変更を行わなかっ
ロ経済政策への取り組みが弱くなった。
た国において経済成長という面での効果は限定的
こうした予算配分の変化の背景には、前述した
であった。しかしながら、政策・制度の変更を実
NGOの台頭がある。近年、貧困や飢餓等の問題
施した国においては、経済成長促進を目的とし、
が注目を浴びるようになり、米国民は、人道的支
組織・制度作りを中心とした支援が実施されたこ
援に関心を持つようになっている。その結果、人
とから、一定の成果を挙げた(例、台湾、韓国、
道的な観点から、援助を実施しているNGOへの
ベトナム)
。それにもかかわらず、米国において
支持が高まっている。他方で、農業分野を含む経
は、アフリカ等での経験から、援助は一般的に失
済的支援が不十分であることが、貧困や飢餓を助
敗に終わったという見方が強い。
長しているとの見方がされることはほとんどな
い。援助初期の段階では、大学(農学部、農業経
(2)人道援助の拡大とNGOの台頭
144
済学部)とそのロビイング団体が農業援助の予算
USAIDの通常プログラムにおいては、保健、
を確保するのに大きな役割を担った。しかし、
教育、民主化等に対する予算配分が増加し、経済
NGOが台頭し、社会セクターに対する支援が重
開発金融研究所報
図表3 1
9
9
0年代における米国政府による債務削減
低所得国
向け開発
借
款
1
9
8
9
欧州・中東
Bosnia
Egypt
Jordan
Poland
ラテンアメリカ
Argentina
Bolivia
Chile
Colombia
El Salvador
Guyana
Haiti
Honduras
Jamaica
Nicaragua
Uruguay
Peru
低所得国
向
け
食糧援助
借
款
1
9
9
1―9
2
中 南 米
向
け
食糧援助
借
款
19
93
(単位:百万ドル)
湾岸戦争・ パ リ ク ラ ブ
ソ連崩壊時 ナポリターム
の債務削減 適
用
19
9
1
HIPC
19
9
3―
1
99
6―
合 計
割 合
0
―
―
―
―
0
―
―
―
―
0
―
―
―
―
1
0,
1
6
1
―
6,
9
9
8
6
9
8
2,
4
6
5
24
2
4
―
―
―
0
―
―
―
―
1
0,
1
85
24
6,
9
98
6
98
2,
4
65
6
9.
2%
0.
2%
4
7.
6%
4.
7%
1
6.
8%
1,
0
0
9
―
34
0
―
―
―
76
―
33
4
―
26
0
―
―
2
7
3
―
―
―
―
―
40
9
9
1
0
9
―
25
―
―
1,
0
51
4
31
3
1
3
1
46
4
―
―
―
31
1
―
4
17
7
3
―
―
―
―
―
―
―
―
―
3
―
―
2
3
7
―
6
7
―
―
―
1
0
8
9
2
―
60
―
―
14
―
1
2
―
―
―
2
―
―
―
―
―
―
2,
5
88
4
4
49
31
31
4
64
1
28
1
07
5
35
3
11
3
48
4
1
77
1
7.
6%
0.
0%
3.
1%
0.
2%
0.
2%
3.
2%
0.
9%
0.
7%
3.
6%
2.
1%
2.
4%
0.
0%
1.
2%
7
2
0
30
2
61
0
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
0
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
2
7
6
―
―
4
5
7
―
1
1
―
―
4
―
0
―
―
36
9
―
1
10
19
―
―
1
34
23
3
―
―
―
―
―
―
2
2
0
―
―
―
―
―
―
1
2
―
―
―
―
―
―
1
―
1,
64
6
3
0
2
10
7
7
5
4
1
1
23
8
18
0
9
18
8
5
9
3
2
5
10
2
1
5
6
5
1
4
5
15
8
7
26
30
7
1
1.
2%
0.
2%
0.
0%
0.
7%
0.
0%
0.
4%
0.
1%
1.
6%
1.
2%
0.
1%
1.
3%
0.
4%
0.
2%
0.
0%
0.
7%
0.
1%
0.
4%
0.
0%
0.
3%
1.
1%
0.
1%
0.
2%
2.
1%
アフリカ
Benin
Burkina Faso
Cameroon
CAR
Congo (DR)
Congo, Rep.
Cote d’
Ivoire
Ghana
Guinea
Kenya
Madagascar
Malawi
Mali
Mozambique
Niger
Nigeria
Rwanda
Senegal
Tanzania
Togo
Uganda
Zambia
18
84
5
86
6
3
0
5
―
7
65
―
―
80
7
9
17
3
4
16
―
―
―
―
―
―
―
96
―
10
2
53
2
―
5
3
―
―
―
3
5
59
―
16
―
アジア
Bangladesh
2
9
2
29
2
0
―
0
―
0
―
0
―
0
―
2
9
2
29
2
2.
0%
2.
0%
2,
02
1
68
9
1,
0
51
10,
1
65
5
3
7
24
8
14,
7
10
1
00.
0%
総
計
54
出所)Debt Reduction Activity Taken by the USG in FY1
9
9
8and FY1
9
9
9and Detailed
Explanation of USG Debt Reduction Activities in the1
9
9
0s, U.S. Treasury
2005年3月
第23号
145
視されると、大学および関連ロビイング団体の影
響力は低下していった。
(3)グラント化
しかしながら、1990年に連邦信用改革法(Federal Credit Reform Act of 19
90)が制定された
ことに伴い、実際には、ローンプログラムを実施
米国の援助政策上で重要な出来事の1つは、
する予算上のインセンティブは高まっている。こ
USAIDによる支援がローンからグラントに切り
れは同法の施行以前は、ローンもグラントも予算
替わったことである。 19
60年代と1
97
0年代には、
上同額との扱いとされていたが、同法の施行以
USAIDによる支援はローンによる経済インフラ
降、ローン供与に伴う政府の予算負担額は、信用
支援が中心であったが、現在はグラントによる社
リスクに基づき積算されるようになったためであ
会セクター支援が中心となっている。その背景に
る。同法上、USAIDは、プログラムが公共目的
は、上述の通り1
97
0年代から、BHNを重視する
にかない、且つ、借り手の信用力が確認されれ
アプローチに援助がシフト し た こ と、そ の 後
ば、融資や保証等のプログラムを実施することが
NGOがその動きを強力にサポートしたことがあ
可能である。USAIDは1998年にこの法律に基づ
る。こうした変化に対応するため、USAIDはス
き、途上国の民間信用市場の強化を図ることを目
タッフの大幅な入れ替えを行った。また、19
70
的とした保証プログラムを開始した。ただし、大
年代の財政赤字等 の 影 響 を 受 け、USAIDの ス
統領府行政管理予算局および議会がUSAIDに保
タッフ数自体も大幅に削減された。19
6
0年代後
証プログラムを実施する能力はないと当初反対し
半には約2
6,
00
0人いたUSAIDスタッフは、197
0
たことから、保証プログラムの設立には数年を要
年代後半には、8,
00
0人程度にまで削減された。
した。USAIDがローンプログラムを再開する見
この過程で、NGOなどへの外部委託が進行し、
込みは今のところなく、議会が途上国に対する
ローンプログラムを実施するための組織基盤が弱
ローン供与を認めるのも、政治的な理由によるも
まっていった。
のに限られよう
(イラク攻撃前のトルコ支援等)
。
1
9
8
0年代∼1
990年代にかけて途上国の債務問
尚、USAIDのローンプログラムにおける資金
題が深刻化したこともグラント化の大きな要因の
フ ロ ー は、世 銀、JBIC等 の 開 発 銀 行 の 資 金 フ
一つである。1
9
82年のメキシコ危機発生後、国
ローと全く異なるものであった。USAIDの場合
際的に債務問題が脚光を浴びるようになり、
は、毎年議会が承認する予算から貸出を行い、返
1
9
8
5年ベーカープラン、1
988年トロントスキー
済された資金は、そのまま財務省に返還されてい
ム、1
9
8
9年 ブ レ デ ィ 構 想、1
9
91年 ロ ン ド ン ス
た。よって、世銀やJBICのように、リフローを
キームなどの債務救済スキームが提案された。こ
貸出原資に使用することはできなかった(図表4
の間、米国政府は、債務救済スキームを次々と実
参照)
。
98
9年度には、
施した(図表3参照)
。例えば、1
アフリカ、ラテンアメリカ諸国に対する開発ロー
ン約2
0億ドルを削減し、19
9
1年度には、エジプ
トに対する軍事ローン7
0億ドル、ポーランドに対
図 表4 資 金 フ ロ ー の 比 較(USAID・世 界 銀
行・JBIC)
財務省
ドナーの出資金
財務省
USAID
世界銀行
JBIC
援助受入国
援助受入国
援助受入国
する農業クレジット2
0億ドルの削減を行った。そ
の後も9
0年代後半にかけて、パリクラブやHIPC
(重債務貧困国)イニシアティブを通じた債務削
減を実施した。こうしたことを背景に、ローンプ
ログラムの実施が次第に難しくなった。1992年
にUSAIDはローンの供与を完全に停止し、その
後も今に至るまでローンプログラムを実施してい
ない。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*9 日米水イニシアティブに基づき、本行はUSAIDの保証スキームとの連携を実施中。
146
開発金融研究所報
の強化
ı`.USAIDの現状
C 人道的支援の提供
D 戦略的重点国への支援
1.米国の開発援助戦略とUSAIDの役割
E 地球規模問題への対応
「変革を伴う開発(Transformational develop-
9・1
1以降、 USAIDの役割は大きく変わった。
ment)
」は、ガバナンスの改善、人材の育成、経
2
0
0
2年9月に発表された国家安全保障戦略上、
済構造の変革を伴う開発のことであり、MCAと
開発援助は、外交、防衛と並ぶ対外政策の柱に掲
の連携を意識したもの。他方、国家制度・基盤の
げられた。これは、テロリズムおよび大量破壊兵
脆弱な国(Fragile states)への支援、人道支援、
器の拡散防止のためにも、低所得国におけるガバ
地球規模問題への対応は、MCAでカバーされて
ナンス改善および貧困削減が必要との認識に立っ
おらず、引き続きUSAIDの重要な役割とされて
たもの。同戦略を踏まえて2
00
3年に作成された
いる。
国務省とUSAIDとの共同戦略 (2
0
0
4年∼2009年)
ホワイト・ペーパーでは、こうした目標の明確
の中では、 A民主化促進、 B経済成長促進、 C保
化と同時に、この目標に応じ、援助の効果を評価
健、教育、環境等の改善、 D紛争防止、災害支
することが提案されている。例えば、 Dの戦略的
援、が目標とされている。9・1
1以降、USAID
重点国への支援を開発効果という観点のみで評価
が運営するプログラムに対する予算は、アフガニ
するのは適切ではない。また、 Cの国家制度・基
スタンとイラクの復興支援が加わったことも手
盤の脆弱な国(Fragile states)に対する支援は、
伝って増加傾向にある。
そもそも困難が伴うものであり、効果が上がりに
しかしながら、USAIDの政権内における発言
くい。こうした視点を評価の際に織り込むべきと
力がこれに伴い高まっているかは判断が難しい。
いうものである。このことによって、USAIDに
例えば、ブッシュ政権が実施中のMCAおよび
よる援助の開発効果に対する批判的な見方を回避
*1
0
HIV/AIDSイニシアティブ は、USAID以外の
することを狙っている。さらに、同ペーパーで
機関がイニシアティブをとって実施することに
は、議会によるイヤーマークが、国の状況に応じ
なった。USAIDは、設立当初、ピースコープを
て援助資金を効率的に配分することを難しくして
除く全ての援助プログラムの運営を行っていた
いるとし、イヤーマークは、議会が特に関心を有
が、2
0
0
2年には、USAIDが運営するプログラム
する地球規模問題に限るべきと提案されている。
のシェアは、二国間援助の約半分にまで減少して
おり、この割合は、MCAの実施に伴い、さらに
2.USAIDの機構・プログラム
低下する見込である。
こ う し た 状 況 を 背 景 に、USAIDは、今 後 の
現 在 のUSAIDの 機 構 は、基 本 的 に は、地 域
USAIDの役割を再定義しようとする試みを行っ
別・プログラム別に構成されている(図表5参
ている。2
0
0
4年1月にUSAIDは、
「Foreign Aid:
照)
。2001年5月に長官に任命されたナチオス氏
Meeting the Challenge of the Twenty―First
の下に各地域・プログラムの責任者として長官補
Century」
と題するホワイト・ペーパーを発表し、
が 任 命 さ れ て い る。職 員 数 は200
2年 時 点 で、
今後のUSAIDの役割として以下5点を掲げた。
7,
741名うち直接雇用1,
985名(本部1,
354名、現
A 変革を伴う開発(Transformational development)の促進
B 国家制度・基盤の脆弱な国 (Fragile states)
地631名)である。
ナチオス長官は、 2001年5月の長官就任直後、
6つあったプログラム担当局を4つに再編した。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
0 200
3年2月の一般教書演説で発表されたもの。ブッシュ大統領は、200
3年度以降の5年間で、HIV/AIDS対策予算を現状の52
億ドルから1
5
0億ドルまで増額すると約束。このプログラムの実施のために、国務省にSpecial Coordinator for International
HIV/AIDS Assistanceが設置された。対象となるのは、主にアフリカ、カリブ諸国。
2005年3月
第23号
147
図表5 USAID組織図
Office of the
Inspector General
Office of the
Administrator
CFO
Office of Equal
Opportunity Programs
GDA Secretariat
Office of Small
Disadvantaged
Business/ Minority
Office of Security
Bureau for
Management/ CIO
Bureau for Policy &
Program Coordination
Bureau for Legislative
and Public Affairs
Office of the General
Counsel
Bureau
for
Global
Health
Bureau
for Africa
Bureau for
Asia &
the
Near East
Bureau for
Latin America
& the
Caribbean
Bureau
for
Europe
&
Eurasia
Bureau for
Democracy,
Conflict &
Humanitarian
Assistance
AFR
Field
Offices
ANE
Field
Offices
LAC
Field
Offices
E&E
Field
Offices
DCHA
Field
Offices
Bureau for
Economic
Growth,
Agriculture,
and Trade
出所:USAIDホームページ
具体的には、 A保健、 B経済成長・農業、 C環
この中で、ナチオス長官は、農村部の貧困削減を
境、 D教育、 E民主化・ガバナンス、 F人道支
促進するため、 Bの農業分野への支援を強化して
援、の6つのうち、 B∼ Dを纏め、
「経済成長・
いる。
農業・貿易局」とし、 Eと Fを纏め、
「民主化・
USAIDの2004年度予算は約61億ドルであり、
紛争解決・人道支援局」とした。また、民間企業
国務省管轄でUSAIDが運営を行っているプログ
やNGOとの連携強化を目的とした「グローバル・
ラムを加えると約95億ドルである。USAID管轄
デベロップメント・アライアンス(Global Devel-
プログラムで最も予算配分が多いのは、保健分野
*1
1
opment Alliance:GDA)局」を新設した 。再
(HIV/AIDS含む)であり、約23億ドルが配分さ
編後のプログラムは、 A保健、 B経済成長・農
れている(図表6参照)
。米国ODA予算の全体額
業・貿易、 C民主化・紛争解決・人道支援、 D
およびその配分に関しては別添参考資料参照。
*1
2
Global Development Allianceの4つである が、
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
1 GDAは、米国から途上国への資金フローの8
0%が民間セクターによるものとの認識から2
0
0
1年に開始されたプログラム。
200
1年1
0月∼2
0
0
3年9月の2年間だけで、USAIDは、約200の連携プログラムを実施し、総額約55
0百万ドルの資金供与を
行った。これらプログラムに対する民間企業・NGOなどからの資金供与額は、約2,
4
0
0百万ドルであり、その約5倍にあた
る。主な対象分野は、保健、環境、農業、経済成長、教育であり、地域別では、アフリカを対象としたプログラムが多い。
*1
2 各分野における主な支援内容は以下の通り。これらプログラム以外にも、大統領のイニシアティブが2
0∼3
0ある。
A保健:HIV/AIDS含む感染症対策、家族計画
B経済成長・農業・貿易:農業技術の向上・普及、農作物の交易促進、民営化、中小企業育成、エネルギーセクター改革、金
融セクター改革、貿易促進にかかる技術支援、教育、環境保全
C民主化・紛争解決・人道支援:法および選挙制度の整備、市民社会の育成、汚職防止、地方分権、政策立案・実行などにか
かる支援
DGlobal Development Alliance:民間企業、NGOとの共同事業の実施
148
開発金融研究所報
報を米国政府のウエッブ*14で公表している。
図表6 2
00
4年度USAID関連予算
現在のUSAIDスタッフは、ジェネラリスト化
2
0
0
4年度
予算
(百万ドル)
している。この体制は、その時々の援助のトレン
3,
3
93.
5
を委託するには適している。しかしながら、こう
2,
1
32.
5
したNGOを通じた草の根レベルでの開発重視に
東欧・バルカン諸国支援
4
45
より、USAIDのマクロ経済問題への対処能力が
旧ソ連諸国支援
5
87
国際金融機関等と比較し低下しており、現在は、
アンデス地域麻薬対策
2
28
それを補うために、外部専門家を必要に応じ雇用
プ
ロ
グ
ラ
ム
国務省管轄プログラム(USAID運営)
経済支援基金
USAID直轄プログラム
ドに対応しながら、NGO等にプログラムの実施
6,
0
83.
5
保健
1,
8
35
開発支援(経済成長・農業等)
1,
3
85
して対応している*15。
3.USAIDおよび既存援助体制に関する
評価
HIV/AIDS対策
4
9
1
災害支援
33
5.
5
紛争解決
55
USAIDは、前述のGovernment Performance
食糧援助
1,
20
0
Results Act(GPRA)に基づき、毎年議会に対
運営費用
78
2
し、パフォーマンスレポートを提出する義務があ
9,
47
6
る。このパフォーマンスレポートには、前年度の
総
計
出所)国際協力銀行「米国二国間開発援助政策調査」 2
0
0
4年9月
データソース)Consolidated Appropriation Act of2
0
0
4
戦略目標の達成度に関する評価と当該年度の目標
が記載されている。2003年度のパフォーマンス
USAIDにおいては、現地事務所が基本的に国
レポートによると、USAIDは20
02年度に、6分
レベルのオペレーションの権限を持っている(図
野(経済成長、教育、環境、保健、ガバナンス、
表7参照)
。具体的には、現地事務所が5年間の
人道支援)にわたり421のターゲットを掲げてい
*1
3
国別援助計画を作成する 。また、プログラム
た。USAIDは、このうち90%の達成を目標とし
形成、実施、モニタリング、評価に関しても現地
ており、93%の達成に成功している。過去の達
事務所に全て委任されている。ただし、そのほと
成率も同様の水準であり、また、公表されている
んどは、NGOやコンサルタント等への外部委託
USAIDプログラムの事後評価の結果を見ても、
を通じ実施されている。調達は基本的にはタイド
基本的には当初目標を達成したとするものが多
であり、米国政府規定に従い、25,
0
0
0ドル以上
い。
の契約に関しては、入札公示、落札等に関する情
上述の結果は、USAIDのパフォーマンスに対
図表7 USAID現地事務所の役割
国別援助
戦
略
プログラム
形
成
プログラム
実
施
モニタリング
評
価
―
レビュー
USAID
本
部
承
認
適
宜
技術支援
USAID
現地事務所
作
成
実
パートナー
(NGO、コンサル等)
技術支援
施
監
理
実
施
技術支援
実
施
技術支援
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*13 同計画はUSAID本部マネージメントの承認後、ウエッブで公表されている。
*14 www.fedbizopps.gov
*15 1960年代にUSAIDのエコノミストが世界の学会の議論をリードしていた。外部専門家の中には、コロンビア大のジェフ
リー・サックス教授やUCLAのアーノルド・ハーバーガー教授など一流のエコノミストも含まれる。
2005年3月
第23号
149
する国民や議会の否定的な見方とは対照的であ
で、常に制約条件となってきたとの認識。Abt
る。このような結果となっているのは、業績評価
Associatesのメーラー博士*18は、援助が失敗に終
やプログラム評価の実施にあたり、多くの政府機
わったとの一般的な見方は偏っており、台湾、韓
関同様、USAIDが組織防衛的な対応をとってい
国等アジア諸国の経済成長促進の面で援助は成功
るためと考えられる。国民は、貧困削減のために
したと指摘している。
援助を行うこと自体は支持するものの、その達成
他方、ジョージタウン大ランカスター教授*19
がどれだけ難しいかは理解していない。このた
は、アフリカに対する開発援助は失敗に終わった
め、援助プログラムの成果が表れず、また、プロ
と評価している。また、冷戦後の国際情勢を踏ま
グラムの運営が効率的に進まない場合、USAID
えると、援助は主にグローバルな問題への対応
は非難に晒される結果となりやすい。
(紛争、環境、保健等)と人道的支援に絞ったも
議会の依頼に基づき政府機関のプログラム評価
のとすべきであり、外交的観点の強い前者を国務
を行っているGAO (General Accounting Office)
省に任せ、USAIDは後者に特化すべきと主張し
も、長年USAIDのパフォーマンスに関する評価
ている。Center for Global Development (CGD)
を行ってきた。特に冷戦後の19
9
0年代に、官僚
のラデレット研究員*20は、現在の米国の援助プ
化し非効率化したUSAIDの状況に関し、幾度と
ログラムにおいては、達成すべき目標が多数あ
なく議会に報告している。この中では、USAID
り、複数の機関がコーディネーションなしにプロ
の財務会計、システム、人事等にかかるマネージ
グラムを実施しており、また、議会のマイクロマ
メントのまずさが報告されており、これが議会に
ネージメントがプログラム実施上のフレキシビリ
おけるUSAIDの評判低下に繋がっている。ただ
ティを奪っていると分析している。さらに、その
し、GAOは、現地レベルのプログラムに関する
解決のためには、外国援助法を見直し、国際開発
評価も実施しているが、インパクト評価までは深
省を設立するべきと主張している。コロンビア大
く立ち入っていない。基本的には、一次データに
のジェフリー・サックス教授は、米国のODA額
基づかない短期間の調査が中心であり、GAOの
は、対GDP比では低レベルであり、大幅な増額
評価はプログラムの契約および資金管理に焦点が
が必要との立場。また、アフリカの貧困削減・
当てられている。
HIV/AIDS対策が急務と主張している。
米国の学会では、USAIDの援助プログラム全
体を実証的に分析した調査はほとんどないが、著
名な学者・シンクタンクの論調は次の通り。ミネ
ı´.MCAの設立
ソタ大応用経済学部ルータン教授*17は、農業技
術の普及、保健衛生等の分野でUSAIDの支援は
1.MCA設立の経緯
一定の成果を収めたものの、 A冷戦構造下の短期
的政治目的による援助供与、 B目的に対する相対
前述の通り、ブッシュ政権は200
2年3月、メ
的な援助水準の低さが援助の開発効果促進の上
キシコのモンテレーで開催された国連開発資金国
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
6 その外部専門家の中には、コロンビア大のジェフリー・サックス教授やUCLAのアーノルド・ハーバーガー教授など一流のエ
コノミストも含まれる。
*1
7 著名な開発経済学者(主に農業経済)で、米国の開発援助の歴史を分析した著書を執筆(Ruttan, Vernon,19
9
6. United States
Development Assistance Policy: The Domestic Politics of Foreign Economic Aid. Johs Hopkins Press,
)
。現IMFクルーガー
副専務理事(元ミネソタ大教授)と共同研究した実績もある。
*18 コーネル大農業経済学部教授、USAIDのチーフエコノミスト、International Food Research Instituteの Executive Director
などを歴任。
*19 クリントン政権時代のUSAID副長官。Lancaster, Carol, 20
00. Transforming Foreign Aid: United States Assistance in the
21st Century. Institute for International Economics執筆時点の見解。
*20 元ハーバード大国際開発研究所客員研究員。元財務省アジア・アフリカ担当次官補代理。Radelet, Steven, 20
0
4. “U.S. Foreign Assistance After September11th: Testimony for the House Committee on International Relations, February2
6,2
004”
に基づく。
150
開発金融研究所報
際会議の席上、MCAの設立を発表した。また、
MCA対象国の選定基準、選定結果並びに支援プ
ODA予算を2
004年度以降の3年間で現状の100億
ログラムの進捗状況は、MCCのホームページ*21
ドルから15
0億ドルまで増加することを約束した。
上で公開されるなど透明性・アカンタビリティを
これを受け、議会は、2
004年1月にMCA法案を
強く意識した内容となっている。
採択し、MCAの実施機関としてMCCを設立する
MCCは、150∼250名の少数精鋭の機関となる
ことを承認した。議会は、主に安全保障上の理由
見込。MCCは、USAIDと大きく異なり、予算遂
からMCAの設立を支持した。また、新たな援助
行上のフレキシビリティを認められており、予算
アプローチを新たな機関が実施することによっ
には、イヤーマークはほとんどつけられていな
て、援助事業が効率的に運営されることを期待し
い。MCCは、民間企業に近い統治形態となって
た。ブッシュ政権がMCAの実施を提案した理由
おり、MCCの会長は、国務長官が務め、最高経
の一つは、議会(主に共和党議員)が持っている
営責任者(CEO)は、大統領によって指名され
援助への否定的な見方を乗り越えるためであった
る*22。初代CEOには、途上国のインフラ事業に
と考えられる。NGOや研究者らも、援助予算拡
対するプロジェクト・ファイナンスを手掛けてき
大によって、途上国の貧困削減が促進されるとの
たインベストメント・バンカーであるポール・
期待から、MCAの設立をサポートした。しかし
アップルガース氏が任命された。理事会メンバー
な が ら、NGOや 研 究 者 ら は、同 時 に、MCCと
は、国務長官、財務長官、米国通商代表、USAID
USAIDおよび関係政府機関との間でコーディ
長官および議会の推薦を受けた民間専門家4名の
ネーションの問題が生じるとの懸念を表明した。
構成となっている。MCCはグラントのみを供与
同様の懸念を共有した議会はMCA法を採択する
するものの、調達条件はアンタイドである。
際に、MCCとUSAIDの連携を義務付ける条項を
加えた。
2.MCAプログラムの内容
3.MCAプログラムの妥当性
ブッシュ政権は、MCAは、過去50年間の開発
援助のベストプラクティスに基づくものと主張し
MCAの目的は、経済成長を通じた貧困削減に
ている。しかしながら、その点に関しては、実務
ある。この目的を達成するため、MCCは、経済
家の間で大まかなコンセンサスがあるものの、必
成長を達成するポテンシャルの高い国、すなわ
ずしも学術的に実証されているとは言い切れな
ち、公正な統治、自由経済、人的資本投資を促進
い。 例えば、 バーンサイドとダラー
(2003)*23は、
している国を選択し支援を行うこととしている。
政策や制度が確立された国でしか、援助は有効で
MCAの支援対象となった国は、広範なステーク
はないとの研究成果を示したが、イースタリーら
ホールダーとのコンサルテーションを行った上
(2003)*24は、それを裏付ける統計的根拠はない
で、支援対象となるプログラムに関するプロポー
*2
5
と指摘している。他方、ラデレットら(2004)
ザルを準備する。その後、MCCとの交渉を経て、
は、経済援助のみに絞って経済成長との関係を分
MCCとプログラムの内容に関する合意書(Millen-
析した場合、良い政策・制度が存在しなくても、
nium Challenge Compact)を締結する。この文
経済援助と経済成長の間に、統計的に有意な相関
書には、プログラムの目標が明示され、目標の達
関係があることを分析している。また、経済成長
成状況は、徹底してモニタリング・評価される。
と自由経済あるいは教育との関係についても、学
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
1 http://www.mcc.gov
*2
2 ただし、上院の同意が必要。
*2
3 Burnside, Craig and David Dollar. 20
0
0.“Aid, Policies and Growth.”American Economic Review, 90, No. 4(September)
,
84
7―68.
*24 Easterly, William, Ross, Levine, and David Roodman.2
0
0
3“
. New Data, New Doubts: Revisiting Aid, Policies and Growth.”
Center for Global Development, Working Paper26.
2005年3月
第23号
151
会のコンセンサスがとれているとする研究者もい
れば、そうではないと主張する研究者もいる。学
B MCA支援対象国のプログラム実施キャパシ
ティ
会で見解の相違が生まれる理由としては、因果関
第2に、MCAの支援対象国として選定された
係の分析が複雑であること、適切な指標を抽出す
国が、質の高いプロポーザルを作成し、プログラ
るのが難しいこと等が挙げられる。
ムのモニタリング・評価を適切に実施できるかと
但し、経済成長と貧困削減との関係について
いう問題がある。援助プログラムのモニタリン
は、多くの研究がその相関関係を認めている。特
グ・評価には、データ収集と分析の両面で高いス
に、農業セクターの成長が貧困削減という意味で
キルが必要とされる。
最も効果的と多くの研究が指摘している。また、
C MCCのプログラム実施能力
援助の規模が大きい場合に、経済成長に結びつく
第3に、MCCが少数のスタッフでMCAプログ
可能性が高く、良い政策環境のもとでより効果を
ラムを運営できるかも大きな課題である。MCC
発揮するものと考えられる。他方、援助の規模が
は、50億ドルのプログラムを200名前後のスタッ
小さい場合でも、新技術の普及に成功し、生産性
フで運営しようとしているのに対し、USAIDは
の向上が達成できれば、経済成長に著しい効果を
80億ドルの計画を2,
000名のプロパースタッフで
与えることもありうる。
運営している。MCCでは、少なくとも20カ国に
おいて、プログラムを同時並行的に動かすことに
4.MCAプログラムの課題
なる。仮に外部委託を前提としたとしても、対象
国選定、プロポーザルの審査、予算管理、プログ
MCAプログラムの主な課題は以下の通りと考
えられる。
A 戦略的プラオリティの低い国に対する支援
第1の課題は、戦略的に重要でない国に対し、
多額の援助を供与し続けられるかという点であ
ラムの監理、会計監査等全てを委託することは困
難である。また、質の高いコントラクターを探す
必要がある。
D 汚職防止・会計面でのアカウンタビリティ確
保
る。MCCは2
0
04年5月に、200
4年度のMCA支援
最後に、MCAの支援を受けたプログラムにお
対 象 国1
6カ 国 を 発 表 し た が、選 定 さ れ た16カ
いて、汚職を食い止めることが可能かという懸念
*2
6
国 は戦略的に重要な国ばかりではない。この
も大きい。MCCは、対象国を選定するにあたり、
ため、政治的なサポートを長期間維持することも
汚職を最も重要なクライテリアとしており、プロ
課題となろう。また、安全保障上の懸念がMCA
グラムの実施にあたり、会計上のアカウンタビリ
の設立を後押ししたにもかかわらず、MCAプロ
ティを重視している。しかし、実際に汚職を完全
グラムでは、テロの温床となりうるガバナンスの
に防止し、会計面でのアカウンタビリティを確保
悪い国は、直接的なターゲット と な っ て い な
するのは容易ではない。
*2
7
い 。ブッシュ政権は、多額の援助が、途上国
によるガバナンス改善のインセンティブとなるこ
5.他のドナーへの影響
とを望んでいるが、例えば汚職政権が自発的にガ
バナンスを改善する可能性は低い。こうしたこと
MCAプログラムの実施は、他のドナーの動き
を背景に、USAIDは、現在ガバナンスの悪い国
にも影響を与える。MCA対象国政府の意向次第
に対する支援を強化することを計画している。
では、他のドナーのプログラムが中止、縮小ある
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
5 Radelet, Steven, Clemens, Micheal, Rikhil Bhavnani. 2
0
0
4.“Counting chickens when they hatch: The short―term effect of
aid on growth.”Center for Global Development, Working Paper4
4.
*2
6 アルメニア、ベニン、ボリビア、カーボ・ヴェルデ、グルジア、ガーナ、ホンジュラス、レソト、マダガスカル、マリ、モン
ゴル、モザンビーク、ニカラグア、セネガル、スリランカ、バヌアツ
*2
7 ただし、有力候補国だが、ガバナンスが弱い国に対する小規模の支援プログラムはある。
152
開発金融研究所報
いは変更される可能性がある*28。また、同セク
ター・地域での支援を行うことになった場合に
は、 MCCとのコーディネーションが必要となる。
他方、MCCとの協調融資を通じ、既存プログラ
ムの効果を促進するという能動的アプローチを取
ることも可能。MCAプログラムの実施は、援助
政策の潮流にも影響を与えうる。例えば、MCA
が導入したパフォーマンスベース援助および結果
主義は、今後の援助の大きなトレンドとなるであ
ろう。
6.今後の見通し
今後、歴史が繰り返されるのであれば、政治や
財政状況の 影 響 を 受 け、援 助 総 額 は 伸 び ず、
MCAあるいはUSAID予算が削減される事態も生
じ う る。2
0
0
2年 に ブ ッ シ ュ 大 統 領 が 公 約 し た
MCA予算は、20
0
4年度1
7億ドル、20
0
5年度33億
ドル、20
0
6年度5
0億ドルであったが、 実際には、
2
0
0
4年度には、要求1
3億ドルに対し1
0億ドル、
2
0
0
5年度には、要求2
5億ドルに対し1
5億ドルし
か予算配分されなかった。2
006年度要求は30億
ドルとなっているものの、これまでMCCに予算
配分された資金は、MCA支援対象国との交渉に
時間を要しほとんど使用されていない*30。この
ため、財政赤字への懸念を強めている議会が、要
求を大幅に減額査定する可能性が高い。また、将
来的にロビイング団体の圧力を受け、MCAに対
しても、議会によるマイクロマネージメントが始
まる懸念もある。選定国でのプログラムが失敗
し、MCCに対する信頼性が低下した場合、その
傾向はさらに強まる可能性がある。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
8 ただし、MCCは他ドナーとの協調を重視する考え。また、他ドナーが撤退した場合、MCA対象国に対するネット資金フロー
が減るため、望ましくないと考えている。
*29 ブッシュ政権はIDA増資交渉の場で、債務問題に対する懸念から、低所得国に対する支援をグラント化すべきと主張してい
る。
*3
0 2
005年1月時点で、Millennium Challenge Compactは一カ国とも締結されていない。
2005年3月
第23号
153
参考資料:米国の援助実績概要
米国の援助額推移(ネットディスバースメントベース)
暦
年
援助額(ODA)
1
9
60―6
9年 19
7
0―7
9年 1
9
8
0―89年 19
9
0―9
9年
平均
平均
平均
平均
(単位:百万ドル)
200
0年
2
0
01年
2
0
0
2年
2
0
0
3年
3,
46
4
4,
0
1
0
8,
38
1
9,
5
9
7
9,
95
5
11,
42
9
1
3,
29
0
1
6,
25
4
内二国間援助
3,
0
74
2,
9
4
1
6,
2
0
9
7,
053
7,
40
5
8,
28
4
1
0,
5
70
1
4,
59
4
内多国間援助
3
9
0
1,
07
0
2,
1
72
2,
54
4
2,
5
5
0
3,
1
45
2,
7
2
0
1,
66
1
二国間援助割合
8
9%
7
3%
74%
7
3%
7
4%
72%
8
0%
9
0%
ODA 対 GNI 比
0.
5
1%
0.
26%
0.
22%
0.
1
4%
0.
10%
0.
1
1%
0.
1
3%
0.
1
5%
主要援助対象国(2
002―03年平均)
所得グループ別援助内訳(2002―0
3年平均)
(単位:百万ドル)
(単位:百万ドル)
順位
援助額
1
エジプト
8
3
1
2
ロシア(OA)
80
8
3
イラク
7
7
5
4
コンゴ民主共和国
7
4
9
5
イスラエル(OA)
66
6
6
パキスタン
6
5
6
7
ヨルダン
6
2
2
8
コロンビア
5
1
3
9
アフガニスタン
4
2
7
1
0
エチオピア
3
7
4
地域別援助内訳(2
002―03年平均)
(単位:百万ドル)
2,460
3,538
856
1,818
2,494
1,992
822
出所)OECD/DACホームページ
154
開発金融研究所報
サブサハラアフリカ
南・中央アジア
その他アジア・大洋州
中東・北アフリカ
ラテンアメリカ・カリブ諸国
欧州
その他
3,458
3,223
0
262
2,104
4,934
後発開発途上国
低所得国
低中所得国
高中所得国
高所得国
その他
注目されるインド―その位置づけ―
国際審査部次長
臼居 一英
要 旨
眠れる巨象にもたとえられていたインドが、近年注目を集めている。インドへの投資を真剣に考え
る日本企業も多い。注目される理由の第一は、いわゆる「BRICs」のひとつに挙げられたことであろ
う。また、国際収支が非常に好調である点も大きい。総合収支の黒字が続き外貨準備がつみあがり、
2
0
0
3年度末には対外債務を超えた。国際収支に貢献する、ITソフトウエア・サービス業の躍進も、
インドが注目をあびる要因のひとつである。好調な国際収支に加え、対外債務のGDP比も低い。経
済成長も堅調で、天候に左右される農業の不振があってもGDP成長率は4%以上を保っている。し
かし、注目を浴びているとはいえ、ゴールドマン・サックスの「BRICsレポート」の見通しは、為替
レートの大幅なきり上がりを前提としており、楽観的すぎる感が否めない。
そこで、インドの位置づけを同程度の人口をもつ中国との比較で検討してみると、興味深いことに
両者ともほぼ同時期(19
8
0年前後)に経済改革に取り組んでいることがわかる。しかし、その結果
には大きな開きが生じた。19
80年から2
003年までの23年間の平均実質GDP成長率はインドが5.
7%で
あるのに対し、中国は9.
5%と非常に高い。その結果、両国の経済格差は大きく拡大し、一人当たり
GDPで見ると19
8
0年の1.
2倍から、20
0
3年には2.
1倍に拡大している。
同じ時期に自由化を開始したとはいえ、中国とインドでは、その程度が異なっていたことが格差を
まねいた要因のひとつと考えられる。中国が大胆な自由化を進めたのに対し、インドは閉鎖的経済を
ひきずったままでいた。例えば、インドの関税率は、他のアジア諸国に比してかなり高い。国内市場
のみを相手にしてきた結果、貿易依存度は低く、中国の半分程度に過ぎない。また世界に占めるシェ
アで見ても、インドの輸出入は低い。閉鎖的な経済は、直接投資の額にも現れている。中国と比較す
ると、1
9
9
0年代半ばから大きく差を空けられ、近年ではその差は10倍を超えている。アセアンの諸
国との比較でも、例えばマレーシア、タイと絶対額で比べると、1990年代前半はかなり差をつけら
れている。GDP比では、フィリピンより小さい。
また、中国との格差をもたらした別の要因として、中国の投資率がインドを圧倒していることが挙
げられる。小規模企業を保護するための大中企業の参入規制が、工業部門の生産性の向上の阻害要因
となっていることも要因のひとつといえよう。中国との違いは、産業構造にも現れている。中国は、
ここ2
0年で農業の比率が低下する一方工業の比率が上昇し、工業が経済を牽引していったことが窺え
る。インドは、農業の比率がいまだ高い上に、サービス業がGDPの半分を超えている。
現状でもGDPの6∼7%成長は達成可能と言われているが、それも天候に左右される農業のでき
如何である。インドが安定した成長を目指す上では、いくつかの課題がある。第一に工業部門の成長
による経済牽引を図ることが重要である。ITソフトウエア・サービス産業は、国際収支の面から大
きな貢献をしており、今後とも成長が見込まれるが、インド全体からみればそのシェアは小さく、雇
用の面からも所得の面からも牽引車となることは期待できない。
インフラの整備は、インドが持続的な成長を達成するために最も重要な課題のうちの一つである。
なかでも電力と交通のインフラ整備の推進が不可欠である。インフラの整備を行う上で、財政手当て
が不可欠であるが、中央および地方政府はGDP比計9%を超える大きな赤字を抱えている。対外債
務は問題ないものの、公的国内債務は大きい。中央政府は、2003年に財政責任・予算管理法を制定
し、赤字削減に努めることとしているが、インフラ投資を持続しつつ財政の均衡を図るという難問の
解決を迫られている。財政赤字の動向には、引き続き注目していく必要があろう。
2005年3月
第23号
155
目 次
成長の違いから中国とインドに大きな格差が生じ
ていることを明らかにしたい。さらになぜそのよ
うな結果となったか、その要因について考察す
はじめに
る。最後に、格差をもたらした要因を念頭に、イ
第1章 注目されるインド ……………………156
ンド経済が持続的成長を達成する上での課題につ
(1)BRICsレポート ………………………15
6
いて述べたい。
(2)良好な国際収支、つみあがる外貨準備
…………………………………………15
6
(3)ITセクターの躍進 ……………………157
第1章
注目されるインド
(4)小さい対外債務 ………………………157
インドは巨大な国である。人口は約11億人、中
(5)堅調な経済成長 ………………………158
国の約1
3億人に次ぐ規模で、世界の人口の1
6.
3%
(6)BRICsレポートの見通し;2
032年に日本
を占める。国土の広さは、世界7位であり、石
を越える? ……………………………158
炭、鉄鉱石などの天然資源も多く産する。一方
第2章 成長の軌跡:中国との比較 …………159
で、インドは長く停滞を続けていた。このような
(1)同時期の経済自由化 …………………15
9
インドが、今なぜ注目をあびるようになったか、
(2)成長の格差 ……………………………159
以下見て行きたい。
(3)拡大する格差 …………………………159
第3章 成長格差の要因 ………………………160
(1)BRICsレポート
(1)改革の限界 ……………………………160
(2)閉鎖的経済 ……………………………161
注目される理由の一点目は、いわゆる「BRICs」
(3)低い投資率 ……………………………163
のひとつに挙げられたことであろう。
「BRICs」
(4)生産性向上への障害:小規模企業優遇政
とは、ブラジル(B)、ロシア(R)、インド(I)、
策 ………………………………………163
中国(C)の頭文字をとったもので、200
3年10月
(5)小さい工業部門のGDP比 ……………163
に米国投資銀行のゴールド マ ン・サ ッ ク ス が
第4章 将来への課題 …………………………164
「Dreaming With BRICs: The Path to 20
50」と
(1)工業部門の成長による経済牽引 ……164
いうレポート(以下「BRICsレポート」
)を発表
(2)インフラの整備 ………………………164
したことに由来している。
(3)財政赤字と国内債務 …………………165
同レポートでは、ブラジル、ロシア、インド、
中国の4カ国のGDPの合計が、2050年までにG6
(日、米、英、独、仏、伊)のGDPの 合 計 を 上
はじめに
巨大な人口を抱えたインドは、長く停滞を続
回るとしており、以来、BRICs4カ国は以前にも
まして注目を浴びるようになった。インドについ
ては、2032年にGDPが日本を超え、2050年には、
け、眠れる巨象にもたとえられていた。そのイン
中国、アメリカに次ぐ世界第3位の経済となると
ドが、堅調な経済もあり近年注目を集めている。
推計している。
インドへの投資を真剣に考える日本企業も多い。
本稿*1では、なぜインドが注目を集めているか、
まずその理由を探る。そして、同程度の人口を持
(2)良好な国際収支、つみあがる外貨
準備
ち、同じような時期(1
9
8
0年代)に自由化をは
じめた中国とインドの経済成長の軌跡を比較し、
注目される理由の二点目として国際収支が非常
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1 本稿執筆にあたっては、データ収集、一部分析で、国際審査部中谷恵一副調査役の多大な協力を得た。
*2 インドの財政年度は、4月1日から翌年3月3
1日。
156
開発金融研究所報
に好調である点があげられる。1
99
8年度*2からの
とは、コンピューターソフトの開発のほか、コン
国際収支を見ると(図表1)
、総合収支の黒字が
ピュータープログラムの保守、開発、データ入
続き外貨準備がつみあがり、20
03年度末には対
力、ヘルプデスクといったバッ ク オ フ ィ ス 業
外債務(1,
12
6億ドル)を超える、1,
13
0億ドル
務*3、さらにコールセンターなどを含めたものを
となっていることがわかる。中でも目を引くの
言う。インドでなぜITソフトウエア・サービス
は、赤字が続いていた経常収支が2
00
1年度に黒
業が躍進しているかについては、様々な説明がな
字化し、現在に至っている点である。
されているが、要約すれば、英語および理数系の
図表2で経常収支の内訳を見ると、貿易収支の
能力の高い大卒学生が多いこと、その割りに低賃
赤字が10
0数十億ドルで、民間送金(在外インド
金であること
(アメリカの10∼50%といわれる)
、
人からの送金)がそれとほぼ同じ程度の額で推移
アメリカやイギリス在住のITビジネスにたずさ
していることがわかる。そしてIT関連サービス
わるインド人の役割が大きいこと、政府の優遇策
輸出が増大するにつれて経常収支が改善し、
(税制優遇措置、インフラの優先供給なと)など
2
0
01年度から黒字化したという様子が見て取れ
があげられよう。
る。
(4)小さい対外債務
(3)ITセクターの躍進
好調な国際収支に加え、対外債務*4のGDP比が
このようにIT関連サービス輸出が伸びている
低く、かつ減少傾向にある点も近年のインドの特
ことに現れて い る よ う に、ITソ フ ト ウ エ ア・
徴である。1995年にGDP比26.
6%であった対外
サービス業の躍進は、インドが注目をあびる要因
債 務 は、2002年 で20.
5%と 中 国(13.
3%)と な
のひとつである。ITソフトウエア・サービス業
らんで低い水準となっている(図表3)
。
図表1 国際収支と対外債務
図表2 経常収支の推移
(10億ドル)
120
100
96.9
98.3
101.1
98.8
104.9
33.2
38.7
10.0
42.9
5.0
12.3
10.3
2.6
4.0
12.8
12.1
7.6
6.3
14.8
9.6
12.2
0.0
20
−5.0
0
−20
18.9
15.0
54.7
60
(10億ドル)
25.0
20.0
76.1
80
40
113.0
112.6
−10.0
1998
1999
経常収支
外貨準備
2000
2001
資本収支
対外債務
2002
2003
総合収支
注)本文中の図において特に断りの無い限り、年は、インド財政年
度(4月∼翌年3月)
出所)Reserve Bank of India, Annual Report2
0
0
3―2
0
0
4およびEconomic Survey,
2
0
0
3―2
0
0
4,
Ministry of Finance
−15.0 −13.2
−14.4
−17.8
−20.0
1998
1999
2000
経常収支
民間送金
−12.7
貿易収支
−12.9
−16.7
2001
2002
2003
IT関連サービス輸出
出所)Reserve Bank of India, Annual Report2
0
0
3―2
0
0
4およびEconomic Survey,
2
0
0
3―2
0
0
4,
Ministry of Finance
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3 インドへのバックオフィス業務のアウトソースは、1
995年にアメックスが先駆けとなり、1
9
9
8年にはGEがこれに続き、今で
は約1,
4
0
0の企業が同業務を移管している。委託される事業は、コールセンターやカスタマーサービスをはじめ、単なるデー
タの入力から会計事務、クレジットカードや保険会社のデータ管理事務まで多岐に亘っているとのこと(バンガロール、Dell
社聴取による)
。
*4 インドの2
0
0
3年度末現在の対外債務の内訳は、国際機関が2
96億ドル(対外債務残高の2
6%)
、二国間1
7
5億ドル(同1
6%)
、
貿易信用4
6億ドル(同4%)
、対外商業借入2
2
3億ドル(同2
0%)
、在外インド人(NRI:Non Resident Indian)の預金312億
ドル(同28%)
、ルピー債務2
7億ドル(同2%)
、短期債務4
7億ドル(同4%)となっている。NRI預金がもっとも多く、また
それ以外では、国際機関や二国間借入が大きい点が特徴的である。
2005年3月
第23号
157
図表3 対外債務比較(GDP比、%、2
0
02年)
図表4 セクター別GDP寄与度
90.0
(%)
10.0
80.0
76.1
70.0
8.0
6.5
60.0
50.4
50.0
42.6
46.7
30.0
13.3
インド
5.8
4.8
4.4
4.0
2.0
20.5
0.0
10.0
0.0
6.1
6.0
4.0
40.0
20.0
8.2
7.8
中国 ブラジル ロシア
タイ フィリピン
注)暦年
出所)World Bank, World Development Indicators,20
0
4
−2.0
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
農業
工業
サービス
全体
出所)Economic Survey,20
0
3―2
0
0
4, Ministry of Finance
(5)堅調な経済成長
は2032年 に 日 本 を 抜 く。そ の 時 の 一 人 当 た り
GDPは4,
110ドルとなるとしているが、今 の マ
図表4の折れ線が実質GDP成長率であるが、こ
レーシア以上の所得である。この推計の前提と
こ数年4%以上の成長を保っていることが見て
なっているインドの実質GDP成長率の予測値は、
取れる。農業の成長への寄与度は、雨量の少ない
2004年 が5.
9%、2005∼2032年 が5.
5∼6.
2%と、
1
9
9
7、1
9
9
9、20
00、20
02年 度 は ゼ ロ な い し、マ
過去の成長率からすると直感的にはおかしくな
イナスであった。それらの年には実質GDP成長
い。一方、日本の実質GDP成長率は、同時期に
率も低下していることがわかる。特に2
002年度
0.
3∼1.
5%となっている。やや悲観的に過ぎる
は、例年にない旱魃に見舞われ、農業の成長率は
観はあるが、見当違いとまでは言えまい。この推
マイナス5.
2%(寄与度マイナス1.
1%)となっ
計に問題があるとすれば、GDPをドルベースに
た。しかし、農業が不振でも工業およびサービス
直して比較する時に使用している為替レートであ
業の成長が堅調であるため、全体のGDP成長率
ろう。2003年をベースに計算してみると、イン
は4%以上を保っている。
ド の ケ ー ス で は、為 替 レ ー ト が2032年 ま で に
(中国は
2.
19倍に切り上がる*5と前提している。
(6)BRICsレポートの見通し;2
0
3
2年
に日本を越える?
2.
63倍)その間円は1.
29倍になるとしている。
同レポートによれば、
「Currencies tend to rise as higher productiv-
以上述べたように、インドが注目を浴びるにい
ity leads economies to converge on Purchasing
たった要因にはいろいろあるが、目覚しい成長を
Power Parity(PPP)exchange rates. There is a
約 束 す る よ う な ゴ ー ル ド マ ン・サ ッ ク ス の
clear tendency for countries with higher income
「BRICsレポート」の見通しは、果たしてその通
per capita to have exchange rates closer to PPP.
り実現されるのであろうか。第一章の最後に、ひ
The BRICs economies all have exchange rates
とつだけ指摘しておきたい。
that are a long way below PPP rates. … As
「BRICsレポート」によるインド、中国、日本
they develop and productivity rises, there will
のそれぞれの経済成長の推計を抜き出したものが
be a tendency for their currencies to rise to-
図表5である。これによれば、インドの実質GDP
wards PPP.」
(Wilson2
003, p6)
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*5 切り上げ幅については、2
0
03年のドルベースの実質GDPを、同レポートの前提となっている2
0
0
4年以降の各年の予想成長率
により伸ばしたものと、当該年のレポート推計値と比較して算出した。
158
開発金融研究所報
図表5 GDP比較
図表6 GDP比較(為替一定)
(兆ドル)
50
45
40
35
30
25
20
15
10
4.4
5
0.5 1.4
0
2003
(兆ドル)
12.0
11.4
10.8
44.5
10.0
8.0
27.8
6.0 5.9
6.0
6.6
7.3
6.6
6.8
4.4
16.3
4.0
5.9
5.2 4.9
5.9
6.7
1.5
1.4
0.5
2016
インド
2.5
2.0
2032
中国
2050
日本
注)暦年
出所)Wilson and Purushothaman2
0
0
3
0.0
2003
2031
インド
2048
中国
2050
日本
注)暦年
出所)Wilson and Purushothaman2
0
0
3および筆者推計
確かに、例えば日本を見ても、1
9
7
0年代初め
魃による経済困難に対し、1980年政権に返り咲
に変動相場制に移行して以来、3倍程度切り上
いたインディラガンジーにより取組みが始まっ
がっている。しかし、PPPが果たして成立するの
た。一方中国は、19
78年の共産党第11期3中全
かどうかというそもそもの疑問は置くとしても、
会にて
「対外開放、対内改革」
路線が確立された。
2倍もの為替の上昇にインド経済が対応していけ
1980年以降東南沿岸部に複数の経済特区や経済
るかどうかは疑問である。同レポートはいささか
技術開発区が設立され、華南経済圏、長江流域経
楽観的に過ぎるように思える。そこで、試みに為
済圏、環渤海湾経済圏が形成されていった。その
替レート一定として計算しなおしたものが、図表
結果はどうであったか。
6である。インドが日本に追いつくのが2
048年と
1
6年遅れる計算となる。中国は20
3
1年である。
(2)成長の格差
さらに、為替一定の上に、日本の成長率が1%
以上である(1%未満の成長率をすべて1%に
1980年 か ら2003年 ま で の23年 間 の 平 均 実 質
直して計算)として推計してみる。その場合、
GDP成長率はインドが5.
7%であるのに対し、中
2
0
5
0年 の 日 本 のGDPは7.
5兆 ド ル で、イ ン ド の
国は9.
5%と非常に高い。図表7に見るように、
7.
3兆ドルを依然として上回る。
1980年の初めは、それぞれ8%弱とほぼ同程度
BRICsレポートは、楽観的すぎるのではないか
の成長であった。その後、中国は19
82年を底に
と思われる。それでは、インドの位置づけをどう
急激に成長率を伸ばし、1984年には15%を超え
考えたらよいのか。まず、インド経済が、どのよ
る成長を遂げた。1989∼90年に成長は急降下し
うに成長してきたか、同程度の人口をもつ中国と
たが、1992年には14%を超え、そ の 後 も2000年
の比較で見て行きたい。
前後の数年を除き、8%以上の成長を保ってい
る。 一方インドは1988年に10%を超えたものの、
第2章
成長の軌跡:中国との比較
1990年の経済危機に直面し、 急速に落ち込んだ。
その後回復し堅調な成長を遂げたものの、4∼
6%程度の成長にとどまっている。
(1)同時期の経済自由化
(3)拡大する格差
両国の経済政策の歴史を見ると、興味深いこと
にほぼ同時期に経済改革に取り組んでいることが
その結果、両国の経済格差は大きく拡大してい
わかる。インドについては、第二次石油危機や旱
る。図 表8を 見 る と、1980年 に は1.
8倍 程 度 の
2005年3月
第23号
159
図表7 経済成長率の推移比較
図表9 一人当たりGDP比較
(%)
16
(ドル)
1,200
14
1,100
1,000
12
800
10
8
600
6
530
400
4
290
2
0
240
200
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002
インド
中国
注)中国は暦年
出所)Economic Survey,20
0
3―2
0
0
4, Ministry of Finance、中国統計
年鑑(2
0
0
4年)
0
1980
2003
中国
インド
注)暦年
出所)World Bank, World Development Report,19
9
3,2
0
0
5
図表8 GDPの推移比較
第3章
(10億ドル)
1,600
成長格差の要因
1,409.9
1,400
(1)改革の限界
1,200
1,000
同じ時期に自由化を開始したとはいえ、中国と
800
599.0
600
400
200
0
インドでは、その程度が異なっていた。中国が大
胆に自由化をすすめて行ったことに比べ、自由化
252.2
に踏み切ったとはいえ、インドは閉鎖的経済をひ
142.0
きずったままでいたことが格差をまねいた大きな
1980
2003
中国
インド
注)暦年
出所)World Bank, World Development Report,19
9
3,2
0
0
5
要因ではなかろうか。
インドの経済政策の歴史を見ると、まず独立
後、国内市場を対象とした、輸入代替戦略*6を推
進していった。1951年には、産業 (開発・規制)
法により民間企業を規制し計画経済を実施するこ
GDP規模の差であったものが、20
0
3年には2.
35
ととした。民間企業を誘導し、担当できる分野を
倍にまで開く結果となっている。図表9の一人当
指定し、民間企業の操業には、ライセンスの取得
たりGDPで見るとその差はさらに顕著である。
が必要とされた。しかし、経済は低迷、1979年
1
9
8
0年には1.
2倍とほぼ同程度であったものが、
の経済危機を機に1980年に自由化に着手した。
2
0
0
3年には2.
1倍に拡大している。
とはいえ、規制が前提で、自由化を許可するもの
それではその経済格差をもたらしたもの、すな
のみリストアップする、いわば「ポジティブリス
わち経済成長の差をもたらした要因は何であろう
トアプローチ」
(Panagariya 2004, p. 22)が採用
か。
され、統制主義的経済システムは温存された。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*6 1
9
56∼60年度の第二次開発計画から本格的に開発戦略を実施。マハラノビスモデル(全経済を投資財生産部門と消費財生産部
門との2部門にわけ、前者への投資配分を大きくすることにより経済成長を加速)を理論的基礎とした、大規模な公共投資に
依存した輸入代替的な重工業化推進戦略を採用した。
160
開発金融研究所報
その「自由化政策」は、1
991年の経済危機を
A 高い関税率
機に見直されこととなった。19
8
8年からの景気
自由化、対外開放を何回か実施し、例えば、
上昇により輸入が急増し、石油価格の上昇もあっ
1991年に最高関税率を300%から一挙に65%に引
て貿易収支の赤字が拡大したところへ湾岸戦争が
き下げている。その結果、1990年の関税率(単
勃発、在外インド人労働者などの送金が大きく減
純平均)が76.
6%であったのに対し、2001年に
少し、外貨準備は一時輸入の2週間分にまで逼迫
は 同31.
0%に 低 下 し て い る。
(図 表10)
。し か
した。この危機に対処すべくナラシマ・ラオ政権
し、それでも、フィリピンの4.
8%や、他のアジ
は、IMFに融資を要請、IMFプログラムの下経
ア諸国が20%以下であるのに比べればかなり高
済安定化政策を実施し、一層の自由化を推進する
くなっている*7。
こととした。この時はじめて、1
9
8
0年の改革と
異なり原則自由化、規制するもののみリストアッ
プする「ネガティブリストアプローチ」
(ibid., p.
B 低い貿易依存度
国内市場のみを相手にしてきた結果、輸出およ
び輸入のGDP比を足したもの、すなわち貿易依
2
2)に方針を転換したのである。
存度は相対的に低い。1992年に18.
9%であった
ものが2002年には31.
8%に上昇したものの、中
(2)閉鎖的経済
国の56.
0%の半分程度に過ぎない(図表11)
。
1
9
8
0年 代 の 自 由 化 は 限 定 的 で、そ の 進 展 は
世界に占めるシェアで見ても、インドの輸出入
1
9
9
0年代を待たなければならなかった。その自
は低い。輸出をみると中国が世界4位で5.
8%で
由化の成果はあがったが、しかし、限定的であっ
あるのに対し、わずか0.
7%。インドネシアに次
たと言わざるを得ない。以下その限界を様々な指
ぐ31位である。輸入も中国3位5.
3%に対し、イ
標をもとに見ていきたい。
ンド0.
9%、24位といった地位に甘んじている
(図表12)
。
図表1
0 単純平均関税率比較
(%)
90
80
図表11 貿易依存度{(輸出+輸入)/GDP}
(%)
140
76.6
70
122.7
120
60
100
50
41.6
38.7
40
31.0
27.7
30
20
15.1 14.4
0
14.7
中国
マレーシア
40
4.8
タイ
56.0
60
20
インド
68.5
56.7
18.7
7.5
10
78.9
80
31.0
インドネシア フィリピン
注)各国の左の棒グラフについて、インド1
9
9
0年(暦年)
、中国1
9
9
2
年、マ レ ー シ ア、タ イ、イ ン ド ネ シ ア1
9
8
9年、フ ィ リ ピ ン、
1
9
8
8年のデータをそれぞれ使用。右の棒グラフについては、全
て2
0
0
1年のデータ。
出所)World Bank, World Development Indicators,20
0
4
0
31.8
32.5
18.9
インド
中国
1992
韓国
タイ
2002
注)暦年
出所)IMF International Financial Statistics Yearbook,2
0
0
4
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*7 ただしインドは、20
0
4年に最高税率を2
0%に引き下げている。
2005年3月
第23号
161
図表1
2 世界貿易におけるシェア(2
0
03年)
図表14 直接投資額(ネット)比較
(%)
7.0
(億ドル)
80.0
70.0
5.8
6.0
5.3
60.0
5.0
50.0
4.0
40.0
3.0
1.0
0.0
30.0
1.8
2.0
1.0
0.7 0.9
インド
中国
1.0
ロシア
輸出シェア
20.0
0.7
ブラジル
10.0
0.0
輸入シェア
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
インド
タイ
マレーシア
出所)World Trade Organization, International Trade Statistics2
0
0
4
フィリピン
注)暦年
出所)World Bank, World Development Indicators,2
0
0
4
図表1
3 直接投資の推移比較
(億ドル)
600
図表15 直接投資(ネット)のGDP比推移
500
(%)
14
400
12
10
300
8
200
6
100
0
4
2
1990
1992
1994
1996
1998
インド
中国
2000
2002
注)中国は暦年。
出所)中国統計年鑑(2
0
0
4年)
、Economic Survey,20
0
3―2
0
0
4, Ministry of Finance
0
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
インド
中国
タイ
フィリピン
マレーシア
注)暦年
出所)World Bank, World Development Indicators,2
0
0
4
C 少ない直接投資
閉鎖的な経済は、直接投資*8の額にも現れてい
りマレーシア、タイと絶対額で比べると、1
990
る。図表1
3で中国と比較すると、1
99
0年代初は
年代前半はかなり差をつけられていたことがわか
あまり差がないものの、19
90年代半ばから大き
る。しかし、近年は、アセアン諸国への投資がむ
く差をつけられている。20
03年では、中国の535
しろ低下している中、インドへの直接投資がそれ
億ドルに対し4
7億ドルと1
0分の一以下であり、圧
らの国々を上回るという現象が見られる。インド
倒的な差である。
が注目される所以であろうか。ただし、経済規模
中国は、特別直接投資が多いので、アセアンの
国と比較してみるとどうであろうか。図表14によ
の観点から見るとやはり低い(図表1
5)
。GDP比
では、フィリピンより低くなっている。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*8 インド向けの国別直接投資は、1位がモーリシャスの8
4億ドル、2位がアメリカの4
1億ドルで、その後に日本、イギリス、韓
国が続く。セクター別では、電気製品、交通、通信、燃料などが多い。日本からのFDIは1
8億ドル程度で、全体の5∼6%程
度である。
(Ministry of Commerce, 1
9
9
1年1月∼2
0
04年6月までのフローの累計)
。ちなみに1位のモーリシャスの人口122
万人の68%がインド系である。
162
開発金融研究所報
図表1
6 投資率(総固定資本形成対GDP比)の
推移比較
が挙げられる。インドの投資率は、GDP比20∼
25%程度で推移している一方、中国は、1992年
以降30%を超える投資率を持続している。中で
(%)
45
もここ数年は40%を超えている(図表16)
。
その他のアジアのケースを見ると(図表17)
、
40
タイ、マレーシアの1990年代の高成長時代の投
35
資率は、やはり30%を上回り、40%を超えるこ
30
とがしばしばであった。逆にフィリピンのように
25
成長の低迷している国の投資率は、インド並みに
20∼25%前後にとどまって推移していることが
20
15
わかる。
1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001
インド
中国
注)中国は暦年
出所)中国統計年鑑(2
0
0
4年)
、Economic Survey,20
0
3―2
0
0
4, Ministry of Finance
(4)生産性向上への障害:小規模企業
優遇政策
大企業の参入規制が工業部門の生産性の向上の
阻害要因*9となっていることも中国との格差の要
図表1
7 投資率比較
因 の ひ と つ と い え よ う。イ ン ド は、小 規 模 企
(%)
45
業*10を保護するため、1967年留保政策を採用し
た。留保品目に該当するものについては、大中企
40
業が販売することは可能であるが、生産はできな
35
いこととした。留保品目は、当初の47から19
84
年には873に拡大し、その後削減されているもの
30
の、現在でも675品目が指定されている。
25
(5)小さい工業部門のGDP比
20
15
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002
インド
タイ
フィリピン
マレーシア
インドネシア
注)暦年
出所)World Bank, World Development Indicators,20
0
4
中国との違いは、産業構造にも現れている。中
国の産業構造の推移を見ると、ここ2
0年で農業の
比率が低下し工業の比率が上昇、そのGDPに対
する比率は50%を超え、工業が経済を牽引して
いったことが窺える。サービスの割合も伸びた
(図表18)
。一方のインドは、農業の比率が低下
したものの、工業の比率はあまり変わっていな
(3)低い投資率
い。26%と、中国の半分弱にとどまっている。
他方、サービス業の比重が5割を越すという構造
中国との格差をもたらしたもうひとつの要因と
して、中国の投資率がインドを圧倒していること
になっている。
一般的に、国民所得の増大とともにGDPに占
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*9 「留保政策は、国際競争力強化という課題に対して大きな足かせになっている…。
(中略)また2
0
0
1年に留保品目から解除され
たとはいうものの、ガーメント、玩具、靴、皮革製品など労働集約的産業においてインドでは長い間中・大企業が参入できな
かったため、東アジア諸国との輸出競争において不利であった。
」
(絵所2
00
2a,p16
5)
*1
0 19
6
6年当時資産規模7
5万ルピー以下の企業。その後頻繁に上限が変更されている。
2005年3月
第23号
163
図表1
8 産業構造の推移比較
また国内を含めた総売り上げは同年度には、1
5
5
億ドル、GDPに占めるシェアは2.
6%にとどまっ
(%)
60.0
53.0
52.0
GDP比
50.0
ることはあるかも知れないが、インド全体からみ
40.0
れば、雇用の面からも所得の面からも牽引車とな
32.0
30.0
26.0
23.0
20.0
ることは期待できない。中長期の持続的成長を達
成するためには、中国との対比で見る限り、工業
15.0
部門の成長が不可欠と思われる。
10.0
0.0
ている(図表19)
。今後これが2∼3倍に拡大す
農業
工業 サービス
農業
中国
工業 サービス
インド
1980
1990
2003
出所)World Bank, World Development Report,20
0
5
そのためには、 A資本財輸入を進めて国内製造
設備の近代化・競争力強化に努めること、 B関税
率の引下げによって原材料・中間財価格を低下さ
せ、競争力を強化すること、 C直接投資を推進し
て設備の近代化と高度な技術の導入に努めるこ
める農業の割合が低下し、次いで工業の比率が上
と、などにより、製造業を外国企業との国際競争
昇、さらにサービス業の比率が高まる傾向がみら
に晒して生産性を向上させることが必要ではない
れ、いくつかの実証研究がなされている。図表1
8
か。多額の外貨準備が積み上がっており、市場開
に見る結果は、インドが中国を越えて先進的であ
放の結果として起こりうる貿易赤字の拡大は当面
るということであろうか。しかし、GDPで比較
十分吸収可能である。インドは2000年以降、経
する限り実態は逆である。インド経済をサービス
済特区の設立などを通じて積極的な直接投資の誘
業が牽引したという解釈もありえようが、中国と
致を行っているが、外資の出資比率、労働市場規
の格差を見ると、むしろ、工業が伸びなかった分
制、退出規制などにつき依然制限が多く、一層の
全体が伸びず、サービスの比率が比較的高くなっ
自由化が必要であろう。また、後述のインフラ整
た、という解釈の方が妥当に思える。逆にいうと
備の強化も不可欠であろう。
工業が伸びていれば、経済全体がもっと伸びてい
て、中国のような構造になっていた、と考えられ
(2)インフラの整備
るのではないだろうか。
インフラの整備は、インドが持続的な成長を達
第4章
将来への課題
成するために最も重要な課題のうちの一つであ
る。第10次5ヵ 年 計 画(2002―06年 度)で は、
現状でもGDPの6∼7%成長は達成可能と言
われているが、それも最初に見たように、天候に
左右される農業のでき次第である。インドが安定
した成長を目指す上での課題につき以下考察した
い。
図表19 ITサービス産業(雇用、GDP)
(%)
2.7
2.6
2.5
2.4
2.3
(1)工業部門の成長による経済牽引
2.1
1.9
第一に工業部門の成長による経済牽引を図るこ
とが重要であろう。上述のように、ITソフトウ
エア・サービス産業は、国際収支の面からは大き
な貢献をしており、今後とも成長の見込まれる産
業である。しかし、同産業の雇用は2
0
0
3年度で
8
1万人と1
0億の人口に比してあまりにも小さい。
164
開発金融研究所報
66
2.1
52
1.7
1.5
(万人)
85
80
75
70
65
60
55
50
45
40
81
2001
2002
2003
ITサービス業雇用者数(右軸)
ITサービス業のGDP比(左軸)
出所)National Association of Software and Services Companies,
India
目標に掲げた年率8%の経済成長を達成するた
図表20 一般政府財政赤字と公的債務
(GDP比、%)
めには、工業部門の年率1
0%の成長が必要で、
そのためには特に電力と交通のインフラ整備の推
10
85.0
進が不可欠としている。
81.6
81.3
80.0
77.0
A 電力セクター
インドは20
03年度末時点で11
2,
0
58MWの発電
*1
1
99
2∼20
0
3年度の発電能力の
能力を有する 。1
75.0
70.0
72.4
9
68.8
平均成長率は、4.
1%であったが、そのスピード
は同時期の実質GDP平均成長率6.
4%に比べて低
く、 現在、 全国平均で約7%の供給電力量不足、
約1
1%のピーク電力不足に陥っている。第10次
計画では、計画期間中に新規で41,
1
1
0MWの電
力供給能力の拡大を目指しているが、2002、3
年度の2年間で同計画の約20%程度(8,
648MW)
65.0
60.0
1999
2000
2001
2002
2003
8
公的債務(左軸)
一般政府赤字(右軸)
出所)Reserve Bank of India, Annual Report2
0
0
3―2
0
0
4, Economic
Survey,2
0
0
3―2
0
0
4, Ministry of Finance
しか実現できていない。また、地方の電化率は
3
0%程度にとどまっている。また、電力供給体
*1
2
あろう。幹線道路は概ね開通しているが、道路輸
制上の問題 に加え、設備投資不足や経営能力
送量の約4割を占める国道についてさえ、往復4
の不足に起因するシステミック・ロスは全国平均
車線以上の道路は総延長の1割程度である。舗装
で34%に及ぶ。
率やメンテナンスが不十分なうえ、過剰積載する
このような状況を受けて、前政権は2
003年6
トラックの過度な運行が舗装の劣化を早め、交通
月に電力法を施行した。同法の骨子は、
(火力)
渋滞を引き起こしている。道路輸送需要は今後も
発電の自由化、新設発電所の送電線へのアクセス
増加を続けるものと見込まれるが、速やかな道路
許可、州間を含む電力売買の自由化、電力料金の
整備が必要である。
適正化、SEBの改組などである。今後はコスト見
合いの電力料金体系に則って、民間企業による電
(3)財政赤字と国内債務
力セクターの運営参加が期待されている。しか
し、中央政府と州政府の間で、遂行期限付で各種
上述のように不足するインフラの整備を行う上
の目標を定めた合意書については達成の目処が立
で、財政手当てが必要である一方、国および地方
たず、期限を延期する州が出てきているなど、電
政府は大きな赤字を抱えている。ここ数年、州政
力セクターの健全化には一層の努力が必要であ
府を含めた一般政府の財政赤字はGDP比9%を
る。
超えている。公的対外債務は問題ないものの国内
債務が大きく、公的債務は、2003年度末でGDP
B 運輸セクター
比81.
6%(内公的対外債務は同6.
2%)となって
道路、港湾、鉄道いずれも不十分といわれてい
いる
(図表20)
。中央政府は、2003年、財政責任・
る。なかでも、旅客輸送の8
5%、貨物輸送の7
0%
予算管理法(FRBM法)を制定し、毎年中期の
を担っている道路セクターの充実が大きな課題で
財政目標を作成し、四半期ごとにレビューを実施
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
1 内訳は、火力発電:6
9.
6%、水力・風力発電:28.
0%、原子力発電:2.
4%。なお、火力発電燃料はほとんど国内産の石炭で
ある。政府は、水力発電のキャパシティーを拡大して、火力:水力の比率を6:4程度にしたいとしている。
*1
2 これまで電力セクターは太宗が州営の州電力局(SEB)によって運営されており、州政府の政治的意向を受けて、SEBは発電
コストを度外視した料金設定を行ってきた。また、いくつかの州に存在するIPPは、所在州以外の州に電力を売却することが
禁止されてきた。このような各種制度を受けて、当セクターでは州を越えた需給調整や適切な価格調整が困難な構造となって
いる。
2005年3月
第23号
165
しながら財政再建に取り組み、20
0
8年度末まで
島田卓(2
00
1)
「図解インドのしくみ」中経出版
に経常財政収支均衡を目指すこととした。州政府
は、中央政府か ら の 税 収 移 転 割 合 の 引 上 や、
[英文文献]
VATの導入、対中央政府債務のリストラなどに
Cerra, Valerie and Saxena, Sweta Chaman
より赤字削減を図ることとなっている。
赤字削減が求められる一方で、インフラ投資は
持続していく必要があり、政府はこの難問の解決
(2
002)
.“What Caused the 1
99
1 Currency
9,
Crisis in India?”IMF Staff Papers Vol4
No.3
を迫られている。今後財政赤字が一層拡大し、ハ
Gordon, Jim and Gupta, Poonam(2
003)
.“Under-
イパーインフレを招くといった懸念は大きいもの
standing India’
s Services Revolution”IMF
とは考えられない。しかし、赤字が計画通りに削
Ministry of Finance, India (2004)“Economic
減されない場合は、国内債務が増大し、借り換え
Survey2003―2004”
が難しくなったり、金利の高騰を招く事態も考え
Panagariya, Arvind(2004)
.“India in the 198
0s
られよう。財政赤字の動向には、引き続き注目し
and 1990s: A Triumph of Reforms” IMF
ていく必要がある。
Working Paper. WP/04/43
Planning Commission, Government of India
[参考文献]
(2002)“Tenth Five Year Plan (2002―
[和文文献]
2007)
”
絵所秀紀編(2
0
02a)
『現代南アジア』東京大学出
版会
絵所秀紀(20
02b)
「開発経済学とインド」日本
評論社
絵所秀紀・山崎幸治(2
0
04)
「アマルティア・セ
ンの世界」晃洋書房
伊藤正二・絵所秀紀(1
9
95)
「立ち上がるインド
経済」日本経済新聞社
榊原英資(2
0
01)
「インドIT革命の驚異」文芸春
秋社
小島眞(1
9
9
5)
「インド経済がアジアを変える」
PHP研究所
友田富也(1
9
97)
「インドは、いま。
」ダイヤモン
ド社
島田卓(2
0
02)
「超巨大市場インド」ダイヤモン
ド社
166
開発金融研究所報
Reserve Bank of India(2004)
“Annual Report
2003―04”
Rodrik, Dani and Subramanian, Arvind(2004)
.
“From“Hindu Growth” to Productivity
Surge: The Mystery of the Indian Growth
4/
Transition” IMF Working Paper. WP/0
77
Rodrik, Dani and Subramanian, Arvind(2004)
“Why India Can Grow at7Percent a Year
or More: Projections and Reflections”
IMF Working Paper WP/04/118
Wilson, Dominic and Purushothaman, Roopa
(2003)
.“Dreaming With BRICs: The Path
to 2050” Goldman Sachs Global Econom-
ics Paper No:99
JBICI便り
開発金融研究所総務課
1.刊行物のご案内(敬称省略)
「地域経済アプローチを踏まえた政策の一貫性分析:東アジアの経験と他ドナーの政策」研究会報告書
の発刊
開発金融研究所では、2
00
3年1
1月から2
0
04年7月まで全9回にわたり、援助資金不足の状況下で援助
効果を高めるために不可欠であるとされ、近年援助関係者に注目されている「開発のための政策一貫性」
をテーマとした研究会を開催しました。このたび同研究会の成果をとりまとめた報告書を発刊します。
本報告書では、過去、日本の経済活動が貿易、投資、援助の各政策の観点から東アジアの経済発展に
おいて果たした役割を、学識経験者、政策担当者、民間関係者らの視点から考察し、東アジアにおいて
は、事前に明確に意図されていなかったものの、結果的に「政策一貫性」が保たれていたことが示され
ています。また、併せてOECD及び日本を含むOECD加盟各国における「政策一貫性」の位置づけや具
体的な取組みを紹介し、国際社会においてMDGsの達成を念頭においた「開発のための政策一貫性」実
現の必要性への認識が益々高まっている現状を報告しています。
2.セミナー・ワークショップ開催報告
æ‚「インドの森林政策策定過程における参加型ネットワークの貢献に関する研究」ワークショップ
2
0
0
4年1
2月から1月にかけインド各地において、Winrock
International
Indiaにより上記ワーク
ショップが開催されました。開発金融研究所は、GDN(Global Development Network)「調査・研究
と政策の連携強化」プロジェクトを通じて上記タイトルの調査実施を支援しています。本調査では、森
林政策策定過程において、住民参加型ネットワークが果たした役割を研究することを目的としていま
す。
各ワークショップには、既存の参加型ネットワークの参加者、政策担当者、その他関係者約15名が参
加し、調査結果に関するセミナーを受けるとともに、結果に対するフィードバックを行いました。これ
までの調査から、インドにおける参加型森林管理政策の変遷の総括、代表的な森林管理ネットワークの
起源・構造・機能の分析が実施され、多様な形態の住民参加型ネットワークが、それぞれの規模・構成
に応じて研究や利益団体代表・住民教育活動を通じて森林政策策定に貢献していることが判明しまし
た。
æ„GDN第6回年次会合(於ダカール)
2
0
0
5年1月2
4日(月)から2
6日(水)、セネガルのダカールにおいて、GDN(Global Development Network)の第6回年次会合が開催されました。本会合では、アブドゥライ・ワッド・セネガル大統領、
ハーバード大学リチャード・クーパー教授、エルネスト・セディージョ・前メキシコ大統領等をはじめ
とする、世界各国の研究者、援助関係者、政策担当者など約600名が参加して、「先進国と開発途上国の
相互影響(Developed and Developing Worlds:Mutual Impact)
」をテーマとした活発な議論が行なわ
れました。
国際協力銀行はGDN-Japan(GDN日本ネットワーク)を代表し、初日に、GDNの東アジア地域ネッ
トワークであるEADN(East Asian Development Network)と分科会「東アジアにおける相互依存と
2005年3月
第23号
167
地域経済協力(Mutual Dependence and Regional Economic Cooperation in East Asia)
」を共催しまし
た。同セッションでは、開発金融研究所橘田正造所長とEADNのチャロンポ・スサンカーン・タイ開発
研究所所長を共同議長に、わが国(本研究所古賀隆太郎次長)
、中国及びインドネシア(代読)から発
表者を迎え、それぞれ現在の東アジアにおけるインフラストラクチャー、地域経済協力、移民という
テーマに関し域内における状況が論じられました。その上で、早稲田大学浦田秀次郎教授他よりコメン
トをいただく形で議論が展開されました。
また、三日目には、GDN-Japanのメンバーであるアジア経済研究所の主催により分科会が開催され
ました(テーマは、
”Rural Development in Asia:Synergy between Rural Community and Local Administrations”)
。同分科会では、本研究所橘田所長を議長とし、わが国より2名(日本大学水野正巳教
授及びアジア経済研究所原島梓地域研究センター研究員)
、韓国・フィリピンよりそれぞれ1名の発表
者を迎え、地方コミュニティや生活改善に関する発表が行われました。これを受けて、アジア経済研究
所開発研究センター佐藤寛主任研究員から全体を包括するコメントがなされました。
最終日には第5回国際開発賞のプレゼンテーション及び表彰式が行われ、開発の現場での新たな実践
の試みを行ったプロジェクトに授与されるプロジェクト部門の審査委員会には、本行から橘田所長が委
員として参加しました。一方、同リサーチ部門の審査委員会では、早稲田大学浦田教授が委員を務めら
れました。
なお、本会合に先立ち1月2
1日(金)から1月23日(日)に同地において、国際研究プロジェト”Bridging Research and Policy”のワークショップが開催され、GDN-Japanからは、本研究所古賀次長に加え、
文教大学林薫教授が参加されました。
GDN-Japanウェブサイト
(http://www.gdn-japan.jbic.go.jp/japanese/index.html)
(GDN第6回年次会合の様子については、
及びGDNウェブサイト(http://www.gdnet.org/)に掲載予定です)。
æ”「海外投資セミナー」開催報告
開発金融研究所では、
「わが国製造業企業の海外事業展開調査」協力企業へのフィードバックと海外
事業活動に関する各種情報提供及び投資受入国政府等への投資環境改善に向けた提言を目的に、各地に
て「海外投資セミナー」の開催や講演協力を行っています。最近の実績は以下の通りです。
A国内セミナー
「JOI海外直接投資セミナー2
005 ∼日本の海外直接投資の現況および今後の展望∼」
2
00
5年1月1
3日(木)
、国際協力銀行本店にて、財団法人海外投融資情報財団(JOI)の共催により、
JOI会員企業及び諸外国の在日大使館等向けに、
「JOI海外直接投資セミナー」を開催しました。JOI星
野三喜夫常務理事兼調査部長より「日本の海外直接投資動向」について講演した後、本研究所丸上貴司
主任研究員より「わが国製造業企業の海外事業展開調査の結果報告」について講演しました。
B海外日系企業向けセミナー
マレーシア、シンガポール、台湾、ブラジル、ロシアの各地において、2
005年1月から3月にかけ
て、現地日本人商工会議所会員企業又は日系金融機関等を対象としてセミナーを開催しました。各種調
査結果をもとに、日本企業の海外展開の動向と課題を主なテーマとして、本研究所丸上主任研究員等よ
り講演しました。
C外国政府等向け説明会
シンガポール、台湾、中国、ブラジル、ロシアの各地において、2005年1月から3月にかけて、現地
の政府関係者・研究者等を対象にセミナーを開催しました。各種調査結果をもとに、投資環境の評価・
168
開発金融研究所報
課題等について丸上主任研究員等より説明しました。
æ»国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行共催
東京シンポジウム「東アジアのインフラ整備に向け
た新たな枠組み」
(第4回JBICシンポジウム)<速報>
国際協力銀行、アジア開発銀行(ADB)
、世界銀行は、2
0
05年3月16日(水)に上記シンポジウムを
経団連会館で開催しました。
本行、ADB、世界銀行は、2
0
0
3年9月より、東アジアのインフラ整備ニーズに対応するための枠組
みを検討するため、日本政府の支援を得て「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」に関する
調査を行ってきました。今回のシンポジウムでは、今般完成した同調査の最終報告書の内容が発表さ
れ、同調査の結果を受け、本行、ADB、世界銀行の今後の取り組みの方向性について意見交換が行わ
れました。
本行総裁の他に、財務省国際局井戸局長、世界銀行カッスーム副総裁、ADBヴァン・デル・リンデ
ン副総裁による開会ご挨拶に引き続き行われた第1セッションでは、今般完成した同調査の最終報告書
の内容が発表されるとともに、
「新時代のインフラ整備のあり方」をテーマに、途上国政府、NGO、学
界からパネリストをお招きしディスカッションを行いました。また、午後に行われた第2セッションで
は、インドネシア政府代表より「インドネシアのインフラ整備の課題」について発表いただいた後、「調
査結果をどう活かすか」をテーマに、本行、世界銀行、ADBの代表によるパネルディスカッションを
行いました。
3.お知らせ
「メール配信サービス」へのご登録のご案内(http://www.jbic.go.jp/japanese/mail/mail.php)
国際協力銀行では、本行ホームページよりメールアドレスをご登録いただいた方に無料で本行の新着
情報をお届けするメール配信サービスを行っています。お届けする新着情報は、7つのカテゴリ(
「国
際協力銀行からのお知らせ」、
「プレスリリース(和文)」、「プレスリリース(英文)」、「トピックス」、「国
、
「調査研究情報」
、「NGO-JBIC協議会」)の中からいくつでもお選びいただけ
際金融等業務/融資条件」
ます。
『開発金融研究所報』などの本研究所刊行物に関するお知らせは上記のうち「調査研究情報」か
らご案内しています。本サービスにご登録いただくと、発刊と同時にご登録のメールアドレスに刊行物
のタイトルと目次等の概要をご案内します。また、本研究所の刊行物に限らず、「意見BOX」https://
www.jbic.go.jp/japanese/opinion/index.phpでは本行のその他の資料の送付ご希望も承っていますの
で、ご活用下さい。
上記に関するお問い合わせは、以下本研究所総務課までお願いします。
【開発金融研究所総務課】
E-mail:[email protected]
2
1
8―9
72
0
Tel. 03―5
2
1
8―9
84
6
Fax.03―5
Website:http://www.jbic.go.jp
2005年3月
第23号
169
開発金融研究所報索引
号
掲載月
〈巻頭言〉
「開発金融研究所報」発刊によせて ………………………………………………………創刊号 20001
.
グローバリゼーション雑感…………………………………………………………………第2号 20004
.
貧困削減の包括的枠組み……………………………………………………………………第3号 20007
.
「情報機(IT)革命」に思う ………………………………………………………………第4号 2
0001
.0
特集「2
1世紀の開発途上国の社会資本を創る」によせて………………………………増刊号 20001
.1
21世紀の開発援助を求めて…………………………………………………………………第5号 20011
.
新たな時代の開発……………………………………………………………………………第6号 20014
.
―市場主義を超えて―
市場万能主義の罠……………………………………………………………………………第7号 20017
.
どういう国(社会)を創るのか……………………………………………………………第8号 20011
.1
―経済構造改革を進めるために―
世界は変るのか………………………………………………………………………………第9号 20021
.
蓄えた知識と経験を生かす開発援助………………………………………………………第10号 20023
.
「モンテレーからヨハナスブルグへ」 ……………………………………………………第11号 20024
.
国際金融の渦…………………………………………………………………………………第12号 20029
.
地図を見ながらアジアを考える……………………………………………………………第13号 20021
.2
競争相手として不足はない!………………………………………………………………第14号 20031
.
人間の安全保障………………………………………………………………………………第15号 20033
.
アジア・アフリカに於ける日本のODA …………………………………………………第16号 20036
.
開発と知的財産権……………………………………………………………………………第17号 20039
.
付加価値の創出とそのコンセプト化、そして対外発信…………………………………第18号 20042
.
国の入り口で…………………………………………………………………………………第19号 20046
.
「任国を愛せ」と国益 ………………………………………………………………………第20号 20048
.
!
"から!戦略商品"の時代へ…………………………………第21号
石油:再び 単なる商品
20041
.1
香港の想い出−人民元と香港ドル−………………………………………………………第22号 20052
.
ソフト・パワー、CSR、そして「武士道」………………………………………………第2
3号 20053
.
〈開発〉
途上国実施機関の組織能力分析……………………………………………………………創刊号 20001
.
―バングラデシュ、タイ、インドネシアの事例研究―
中国2
0
10年のエネルギーバランスシミュレーション……………………………………創刊号 20001
.
インドネシアコメ流通の現状と課題………………………………………………………創刊号 20001
.
開発金融研究所のベトナム都市問題への取組み…………………………………………第2号 20004
.
―都市開発・住宅セクターと都市公共交通に関する2つの調査―
ベトナム都市開発・住宅セクターの現状と課題……………………………………第2号 20004
.
ベトナム都市公共交通の改善方策……………………………………………………第2号 20004
.
南部アフリカ地域経済圏の交通インフラ整備……………………………………………第2号 20004
.
タイ土国「東部臨海開発計画
170
開発金融研究所報
総合インパクト評価」…………………………………第2号 20004
.
―円借款事業事後評価―
[報告]主要援助国―機関の動向について ………………………………………………第3号 20007
.
―援助実施体制の合理化、分権化の動き―
[報告]Educatin Finance:教育分野における格差の是正と地方分権化 ……………第3号 20007
.
―フィリピン中等教育プロジェクトにおけるADBとJBICの取組み―
上下水道セクターの民営化動向……………………………………………………………第3号 20007
.
―開発途上国と先進国の経験―
農村企業振興のための金融支援……………………………………………………………第3号 20007
.
―タイ農業・農業協同組合銀行(BAAC)を事例に―
特集:開発のパフォーマンス向上をめざして……………………………………………第4号 20001
.0
―開発途上国の公共支出管理と援助機関の対応(開発政策・事業支援調査)―
―プログラム援助調査―
開発途上国と公共支出管理……………………………………………………………第4号 20001
.0
公共支出管理と開発援助………………………………………………………………第4号 20001
.0
[報告]プログラム援助調査 …………………………………………………………第4号 20001
.0
―国際収支支援からセクター・一般財政支援へ移行する援助手法―
社会資本の経済効果…………………………………………………………………………増刊号 20001
.1
―日本の戦後の経験―
動学的貧困問題とインフラストラクチャーの役割………………………………………増刊号 20001
.1
交通社会資本の特質と費用負担について…………………………………………………増刊号 20001
.1
都市環境改善と貧困緩和の接点におけるODAの役割と課題について ………………増刊号 2
0001
.1
日本のインフラ整備の経験と開発協力……………………………………………………増刊号 20001
.1
IT革命とeODA………………………………………………………………………………増刊号 20001
.1
東アジアの持続的発展への課題……………………………………………………………第5号 20011
.
―タイ・マレーシアの中小企業支援策―
特集:Global Development Network ……………………………………………………第6号 20014
.
014
.
開発における知識ネットワークの可能性と課題……………………………………第6号 20
―Global Development Networkについて―
Global Development Network第2回年次総会(東京会合)報告 ………………第6号 2
0014
.
JBICセッション「インフラ開発、経済成長、貧困削減」開催報告 ……………第6号 2
0014
.
経済発展における社会資本の役割……………………………………………………第6号 20014
.
交通インフラの成長及び公平性に与える影響………………………………………第6号 20014
.
―トランスログ費用関数とCGEモデルの韓国経済への適用―
ベトナムの工業品輸出拡大戦略……………………………………………………………第7号 20017
.
中国の中小企業の現況について……………………………………………………………第7号 20017
.
[報告]地方自治体の都市間協力と円借款との連携可能性と課題 ……………………第8号 20011
.1
―フィリピンにおける環境保全対策を事例として―
東南アジア住宅セクターの課題……………………………………………………………第8号 20011
.1
―インドネシア・タイ・フィリピン・マレーシア―
ベトナム工業品輸出振興の課題……………………………………………………………第8号 20011
.1
フィリピン:効率的な商品作物流通のあり方……………………………………………第9号 20021
.
―課題と対策―
序論:域内協力の意義とJBICの役割 ……………………………………………………第1
0号 20023
.
2005年3月
第23号
171
広域物流インフラ整備におけるメルコスールの経験……………………………………第10号 20023
.
中・東欧の広域インフラ整備をめぐる地域協力…………………………………………第10号 20023
.
―国際運輸インフラ・ネットワーク構想の発展とEUによる支援―
東アジアの域内経済協力……………………………………………………………………第10号 20023
.
JBIC-ADB-IDBセミナー「アジアとラテンアメリカの域内協力」の概要報告 ………第10号 20023
.
「経済開発のための保健への投資」に関する8つの疑問に答える ……………………第11号 20024
.
紛争予防の視点から見た自然資源管理……………………………………………………第12号 20029
.
メコン地域開発をめぐる地域協力の現状と展望…………………………………………第12号 20029
.
インドネシア域内協力(電力セクター)…………………………………………………第12号 20029
.
会議報告
第3回JBICシンポジウム ……………………………………………………第1
2号 20029
.
∼2
1世紀の開発援助戦略:地球規模問題、地域問題∼
2
1世紀の国際協力
―地球共生社会の創成をめざして―………………………………第12号 20029
.
IT化のマクロ経済的インパクト …………………………………………………………第1
3号 20021
.2
高等教育支援のあり方―大学間・産学連携―……………………………………………第13号 20021
.2
農産物流通におけるIT活用の可能性 ……………………………………………………第1
3号 20021
.2
ケニア・ナクル地域の開発と自然環境の共生に関する一考察…………………………第13号 20021
.2
―環境事業、ひとつの取り組み―
インフラストラクチャー整備が貧困削減に与える効果の定量的評価…………………第14号 20031
.
―スリランカにおける潅漑事業のケース―
6号 20036
.
格差に関する一考察…………………………………………………………………………第1
―援助を考える一つの視点として―
農村女性の起業活動における行政の役割…………………………………………………第16号 20036
.
「紛争と開発:JBICの役割」ワークショップの概要報告 ………………………………第1
6号 20036
.
援助協調(International Aid Coordination)の理論と実際 ……………………………第1
7号 20039
.
―「援助協調モデル」とベトナム―
アジアのPro-Poor Growthとアフリカ開発への含意 ……………………………………第1
7号 20039
.
―貧困層への雇用創出―
仮想市場法(CVM)による上下水道サービスへの支払意志額の推計
―ペルー共和国イキトス市におけるケース・スタディ― …………………………第19号 20046
.
国際協力銀行・世界銀行・アジア開発銀行共同調査
「東アジアのインフラ整備:その前進に向けて」東京セミナー概要報告 ……………第19号 20046
.
東アジアにおける都市化とインフラ整備 …………………………………………………第20号 20048
.
アフガニスタン復興の現状と支援のあり方 ………………………………………………第20号 20048
.
―アフガン・イメージの見直し―
対外政策としての開発援助 …………………………………………………………………第20号 20048
.
借款か贈与か:どのように援助するか? …………………………………………………第20号 20048
.
経済成長と所得格差 …………………………………………………………………………第21号 20041
.1
持続可能な上下水道セクターに向けた民活の役割 ………………………………………第23号 20053
.
―中南米のケース―
〈国際金融〉
アジア危機の発生とその調整過程…………………………………………………………創刊号 20001
.
東アジアの経済危機に対する銀行貸出のインパクト……………………………………第2号 20004
.
172
開発金融研究所報
―均衡契約理論から導かれるインプリケーション―
アジア危機、金融再建とインセンティブメカニズム……………………………………第3号 20007
.
東アジアの経済成長:その要因と今後の行方……………………………………………第5号 20011
.
∼応用一般均衡モデルによるシミュレーション分析∼
ASEAN諸国における地場銀行業の比較計量分析 ………………………………………第8号 2
0011
.1
―銀行再編への政策的インプリケーション―
9
7年アジア危機の流動性危機的側面………………………………………………………第9号 20021
.
―過剰投資の下での過度な債務不履行リスク―
通貨危機の予測………………………………………………………………………………第11号 20024
.
通貨危機のタイプの検出……………………………………………………………………第11号 20024
.
―ラージ・サンプル型分析の課題と新しい試み―
アジア諸国のインフレーション・ターゲティングと為替政策…………………………第11号 20024
.
Bipolar Viewの破綻 …………………………………………………………………………第1
3号 20021
.2
―中南米の為替制度動向が意味するもの―
中国の金融・資本市場改革の成果と今後の課題…………………………………………第15号 20033
.
エージェンシー・コスト・アプローチによるフィリピン企業の資金調達構造の分析 …第16号 20036
.
00
0年期における製造業企業負債比率の推計―
―1
9
9
3―2
市場の効率性と介入の役割…………………………………………………………………第16号 200
36
.
―ドル・円外為市場での介入効果の実証分析―
アジア4カ国のインフレ・ターゲティングによる金融政策の評価……………………第16号 200
36
.
Globalizationの諸課題と国際社会の対応のあり方 ………………………………………第1
7号 200
39
.
―最近の国際機関コンファレンスから―
金融グローバリゼーションが途上国の成長と不安定性に及ぼす影響…………………第18号 200
42
.
―IMFスタッフによる実証結果のサーベイ―
外国銀行の進出とタイ銀行業への影響:アンケート調査結果と経営指標の検討……第19号 200
46
.
インドネシアの競争法の問題点……………………………………………………………第19号 200
46
.
IMFと資本収支危機:インドネシア、韓国、ブラジル…………………………………第2
1号 200
41
.1
―IMF独立政策評価室による評価レポートの概要
資本取引自由化のsequencing………………………………………………………………第2
1号 200
41
.1
―日本の経験と中国への示唆―
中国元問題の検証……………………………………………………………………………第22号 200
52
.
―歪んだ資金流出入構造と脆弱な金融システムの課題―
東アジアにおける成長のための為替制度は何か…………………………………………第23号 20
053
.
―地域公共財としての為替制度―
中東欧・旧ソ連諸国の金融改革とEBRD …………………………………………………第2
3号 2
00
53
.
中央アジア・シルクロード地域経済圏の市場経済移行プロセスの特色と課題………第23号 20
053
.
―移行経済支援に関する一つの視点として―
インドネシアの銀行再編―課題と取り組み………………………………………………第23号 2
0053
.
変貌を遂げるタイ経済―金融セクターの視点から………………………………………第23号 200
53
.
〈金融〉
001
.0
日本の金融システムは効率的であったか?………………………………………………第4号 20
2005年3月
第23号
173
〈海外直接投資〉
わが国製造業企業の海外直接投資に係るアンケート調査結果報告(1999年度版)…創刊号 20001
.
―わが国製造業企業の今後の海外事業展開とアジア経済危機以降の事業見直し―
アジア法制改革と企業情報開示……………………………………………………………第2号 20004
.
わが国家電産業の今後のASEAN事業の方向性 …………………………………………第2号 2
0004
.
1
9
9
9年度わが国の対外直接投資届出数字の解説(速報)………………………………第3号 20007
.
タイの事業担保法草案とその解説…………………………………………………………第4号 20001
.0
国内外の経営改革を急ぎつつ、海外事業拡大の姿勢をみせるわが国製造業企業……第5号 20011
.
―2
0
00年度海外直接投資アンケート調査結果報告(第12回)―
ブルガリア、ルーマニア、ハンガリーの動産担保法と日本企業のビジネス…………第5号 20011
.
日本企業の工場部門改革の参考になるのか………………………………………………第5号 20011
.
―EMS(Electronics Manufacturing Service)ビジネスモデル―
[寄稿]我が国製造業の競争パフォーマンス ……………………………………………第6号 20014
.
―繰り合わせアーキテクチャとバランス型リーン方式―
欧州にみるクロスボーダー敵対的TOB(Take―Over Bid)と
リスク・マネジメントへの示唆(上)……………………………………………………第6号 20014
.
―マンネスマン社(ドイツ)
、ロンドン証券取引所(LSE)の事例を中心として―
国際再編成の中でのわが国自動車部品メーカーの成長戦略……………………………第6号 20014
.
―日産系部品メーカーの対応―
クロスボーダー敵対的TOB(Take-Over Bid)と
リスク・マネジメントへの示唆(下)……………………………………………………第7号 20017
.
―ESOP(Employee Stock Ownership Plan)によるリスク・マネジメントの視点から―
20
00年度わが国の対外直接投資動向(速報)……………………………………………第7号 20017
.
海外直接投資を通じたアジアへの技術移転が経済開発に及ぼすインパクト…………第8号 20011
.1
―日本企業と欧州企業へのアンケート調査にもとづく―
アジア地域の本邦製造業企業におけるB2B利用の展望 …………………………………第8号 20011
.1
2
0
01年度海外直接投資アンケート調査結果報告(第13回)……………………………第9号 20
021
.
中国への研究開発(R&D)投資とそのマネジメント …………………………………第9号 2
0021
.
―インタンジブルの蓄積と保護の視点から―
中国市場を指向した共生型製造モデル……………………………………………………第11号 200
24
.
―日中企業間連携の模索とマネジメント上の留意点―
我が国製造業の競争力強化への示唆………………………………………………………第11号 20024
.
―電機2社のケーススタディーより―
国際ライセンス・ビジネスの中国への展開は可能か……………………………………第12号 20029
.
―市場を指向したノウハウのライセンスアウトを中心として―
〈解説〉2
00
1年度わが国の対外直接投資動向(届出数字) ……………………………第12号 20029
.
直接投資が投資受入国の開発に及ぼす効果………………………………………………第13号 20021
.2
わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告……………………………………第14号 20031
.
―2
0
0
2年度海外直接投資アンケート調査結果(第14回)―
〈講演抄録〉日本企業の中国における市場戦略のポイントを考える …………………第14号 20031
.
日本と中国の貿易・産業構造から見た今後の展望………………………………………第14号 20031
.
国際貿易理論の新たな潮流と東アジア……………………………………………………第14号 20031
.
日本企業の国際競争力と海外進出…………………………………………………………第15号 20033
.
174
開発金融研究所報
―『空洞化』の実態と対応策―
日系自動車サプライヤーの完成車メーカーとの部品取引から見た今後の展望………第15号 20033
.
欧米系自動車部品メーカーのタイ進出状況とわが国自動車部品メーカーの対応……第16号 20036
.
2
0
0
2年度わが国の対外直接投資動向(届出数字)………………………………………第17号 20039
.
わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告……………………………………第18号 20042
.
―2
0
0
3年度 海外直接投資アンケート調査結果(第15回)―
マレーシアにおける日系/欧米系電機・電子メーカーの投資環境評価の調査
・分析…………………………………………………………………………………………第18号 20042
.
―「欧米系企業のアジア進出状況とわが国企業の対応(フェーズı`)」調査―
投資フォーラム「ASEAN新メンバー国向け投資の拡大」
(JBIC・UNCTAD・ICC共催)の概要報告 ……………………………………………第18号 20042
.
〈解説〉2
0
03年度わが国の対外直接投資動向(届出数字) ……………………………第20号 20048
.
わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告……………………………………第22号 20052
.
―2
0
0
4年度
海外直接投資アンケート調査結果(第16回)―
日本企業が直面する中国の競争環境………………………………………………………第22号 20052
.
中国家電産業の発展と日本企業……………………………………………………………第22号 20052
.
―日中家電企業の国際分業の展開―
〈海外直接投資・開発〉
タイの行政手続法と行政行為………………………………………………………………第7号 20017
.
〈セミナー概要報告〉
「アジアにおける灌漑農業に関する貧困削減戦略」ワークショップ概要報告………第21号 20041
.1
国際協力銀行・インドネシア大学経済研究所共催
1号 20041
.1
「インドネシアの貿易・投資政策に関する公開セミナー」概要報告 …………………第2
「香港からみた中国経済―「軟着陸」の可能性と外資動向―」
稲垣清氏(東洋証券アジア、エコノミスト)講演会概要報告…………………………第21号 20041
.1
「開発援助と地域公共財に関する東京フォーラム」の概要報告………………………第22号 20052
.
第1
5回
国際開発学会全国大会口頭報告セッション
「Global Development Network」概要報告 ……………………………………………第22号 20052
.
〈援助機関動向調査〉
英国援助政策の動向―1
9
9
7年の援助改革を中心に―……………………………………第19号 20046
.
オランダ政府の開発援助政策………………………………………………………………第21号 20041
.1
米国の二国間開発援助政策…………………………………………………………………第23号 20053
.
〈研究ノート〉
国際協力銀行のアジア支援策下の融資にかかる経済効果についての試算……………第4号 20001
.0
―アジア支援策を振り返る―
〈研究奨励〉
JBIC大学院生論文コンテスト∼国際協力研究と実務の架け橋を目指して∼
審査結果(入賞論文の要約及び審査講評)………………………………………………第19号 20046
.
2005年3月
第23号
175
JBIC大学院生論文コンテスト―国際協力研究と実務の架け橋を目指して―
最優秀論文及び経済協力プロジェクト現場視察報告……………………………………第20号 20048
.
〈法・制度〉
ロシアにおけるコーポレート・ガバナンス………………………………………………第9号 20021
.
アジアでの営業秘密を巡る企業戦略………………………………………………………第9号 20021
.
SDRM…………………………………………………………………………………………第1
5号 20033
.
―IMFによる国家倒産制度提案とその評価―
〈国際機関の視点〉
市場経済移行1
0年の教訓:IMFスタッフ・ペーパー……………………………………第12号 20029
.
援助の制度選択………………………………………………………………………………第13号 20021
.2
ı¿.IDA13次増資と無償化論
ı .USAIDにおける融資対無償援助―考え方と対応―
世界銀行の民活開発戦略とビジネスパートナーシップ…………………………………第15号 20033
.
IDAにおける国別政策・制度評価(CPIA)とPerformance-Based Allocation制度…第1
7号 20039
.
〈国際シンポジウム〉
第6回日本・ラ米諸国経済交流シンポジウム「日本と中南米諸国―グローバルパートナーシップ」
の概要報告……………………………………………………………………………………第20号 20048
.
〈理論モデル〉
開発プロジェクトにおける銀行のモニタリング機能……………………………………第22号 20052
.
〈各国経済シリーズ〉
注目されるインド―その位置づけ―………………………………………………………第23号 20053
.
176
開発金融研究所報
/平成17年/1月/1−149/表紙2,3/XDT1149C
2005.03.18 14.18.56
Page 1
CONTENTS
〈Foreword〉
Soft Power,CSR and“Bushido(the Spirit of the Samurai)
”…………2
〈Development〉
The Role of Private Sector Participation(PSP)for Sustainable Water
Supply and Sanitation Sectors −The Case of Latin America−
…………………………………………………………………………………………4
〈International Finance〉
Looking for an Exchange Rate Regime for Growth in East Asia
from a Perspective of an Exchange Rate Regime as Regional
Public Goods …………………………………………………………………………56
Banking Reform and the Role of EBRD in Central/Eastern Europe
and the Former Soviet Union …………………………………………………75
The Features and Subjects of Transition Process to Market
Economy in Central Asian Silk Road Regional Economy………………105
Bank Restructuring in Indonesia: Issues and Challenges ……………118
The Thai Economy in Transition: A Financial Sector Perspective …136
〈Aid Policies of the Major Donors〉
US Bilateral Development Assistance Policy ………………………………139
〈Country Economic Review〉
India: Focus of Attention ………………………………………………………155
JBICI Update ………………………………………………………………………167
開発金融研究所報 第2
3号
2
0
0
5年3月発行
編集・発行
国際協力銀行開発金融研究所
〒100―8144
東京都千代田区大手町1―4―1
本誌は、当研究所における調査研究の一端を内部の執務
電話 03―5218―9720(総務課)
参考に供するとともに部外にも紹介するために刊行する
代表e−mail
もので、掲載論文などの論旨は国際協力銀行の公式見解
ではありません。
印 刷
[email protected]
勝美印刷株式会社
´国際協力銀行開発金融研究所 2005
開発金融研究所
読者の皆様へ
本誌送付先等に変更のある場合は、上記までご連絡をお願いいたします。
/平成17年/1月/1−149/表紙1,4(特色)/XDT1149D
2005.03.24 17.13.18
Page 1
ISSN 1345-238X
開発金融研究所報
開発金融研究所報
Journal
of
JBIC
Institute
第
号
2
3
2005年 月
2005年 3 月 第23号
3
〈巻頭言〉ソフト・パワー、CSR、そして「武士道」
■持続可能な上下水道セクターに向けた民活の役割
■東アジアにおける成長のための為替制度は何か
■中東欧・旧ソ連諸国の金融改革とEBRD
■中央アジア・シルクロード地域経済圏の市場経済移行プロセス
の特色と課題
■インドネシアの銀行再編―課題と取り組み
■変貌を遂げるタイ経済―金融セクターの視点から
■米国の二国間開発援助政策
■注目されるインド―その位置づけ―
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