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Title 産痛という痛みへのアプローチ(3)
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産痛という痛みへのアプローチ(3)非薬理学的産痛コント
ロールともう一つの選択( fulltext )
滝沢, 美津子; 高橋, 道子
東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 58: 161-168
2007-02-00
URL
http://hdl.handle.net/2309/65468
Publisher
東京学芸大学紀要出版委員会
Rights
東京学芸大学紀要 総合教育科学系 58 pp.161 ~ 168,2007
“産痛”という痛みへのアプローチ(3)
── 非薬理学的産痛コントロールと“もう一つの選択”──
滝沢 美津子*・高橋 道子**
臨床心理学**
(2006 年 9 月 29 日受理)
1.
“分娩”という現象の解剖生理
的性質を持ち,この両者の働きは切り離して考えること
はできない。 1. 1 分娩の3 要素の多角的位相
この分娩という現象が結実する時間的プロセスの出
分娩は,子宮腔内から母体外へ胎児及び付属物を運
発時点で準備されている母子の要素には以下がある;
び出すための機械的,力学的現象である(坂元ほか,
(1)10 か月間の妊娠現象をクリアーした母体という大
2004)
。また機械的な抵抗に打ち勝つため多大なエネル
ギーの消耗を伴う熱学的現象でもある。しかし,これら
器
(2)10 か月間母体内で発育し,いつでも母体外生活
の現象が調和的,協調的に進行するためには,時間と
に適応できる胎児という盛物
いうもう一つ別の次元の要素も関係している。というの
(3)10 か月間母体の子宮腔で母体,胎児,胎盤間で
も,分娩の3 要素は,娩出力・胎児・産道から成ってい
絶えず還流し,胎児とその命綱である臍帯を浮
るが,胎児と産道が形態的要素であるのに対し娩出力
遊し保護することで胎児の発育に適した生活環
は,陣痛と腹圧(いきみ)が合体したエネルギー的要素
境を調整してきた羊水という還流液
であるからだ。つまり分娩は,全ての自然現象と同様,
(4)母体内で胎児が発育するための重要臓器で,胎
空間的・時間的・エネルギー的現象である。臨床的に
児の呼吸,循環,内分泌,免疫的機能を果たす
は,10 分間隔で規則的な子宮筋の収縮と弛緩を繰り返
胎盤という安全基地
す陣痛が起こり,この時点を分娩の開始時間とする。一
(5)母体内で胎児と胎盤を連結し,胎児が発育して
方,子宮の入口,つまり胎児の出口となる子宮頸管は
いくための血液,酸素を運搬する臍帯というコン
徐々に軟化し胎児が母胎外に出るための準備として開
ベアー
大していく。さらに胎児はというと,母親の産痛(陣痛)
(6)胎児を母体外へ生み出すための規則的な陣痛に
に促されるかたちで徐々に産道を下降してくるのである
が,母親の狭い産道をいかに最小限の抵抗で通過する
必要な子宮筋の収縮力
(7)胎児を母体外へ効率よく生み出すための母体の
かを考えているかの様に,自分自身で自分自身を回旋さ
せながら出てくる。胎児の身体が母体外に完全に出終
腹圧からのいきみ
(8)胎児が母体外へ出てくるために十分に備えられ
わった時点を,胎児娩出(いわゆる出生時間)時間とし,
た成熟した産道(骨産道・軟産道)という通り道
その後に引き続いて出てくる胎盤と臍帯の排出をもって
以上,分娩という現象の解剖生理から,分娩が成就
分娩終了とする。この一連の時間的プロセスで生じる輻
するための3 要素の一つとして産痛が存在し,産痛は分
輳的現象が分娩で,その集約と集大成が新しい生命の
娩という現象が成就する時間的プロセスに不可欠な要
誕生として結果する。胎児と産道が機械的,物理的性
素であることがわかる。さらに産痛の機能的要素として
質であるのに対し,産痛(陣痛)は機能的,エネルギー
の介入の仕方は,分娩(胎児の出生)の重要な役割遂
* 山梨県立大学看護学部(400-0062 山梨県甲府市池田 1-6-1)
** 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4-1-1)
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東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007)
行の特性として期待されている。
含めたペインコントロールが医療介入の一部として導
このように,新しい生命を産み出す分娩という現象を
入され始めた。爾来,わが国を含めて先進工業諸国で
生理学的に外観する時,あらためて女性の身体の構造
は,医師の提案で実施された産痛コントロールの方法が
とメカニズムが,いかに合理的に創られていることかと
効果的で確実であるということから,出産を体験する女
驚く。個々の女性と胎児の身体内部での共存(子宮と
性達の一部に受け入れられ支持されるようになった。し
いう女性生殖器を生命維持の拠点とする)は,こういっ
かし,医師の手による「麻酔」という手法で行われる産
た生理学的,生得的合理性と時空間が合致することで
痛コントロールは,確かに効果が期待でき,確実な方法
見事に成し遂げられている。
であるかもしれないが,母児の両者にとって全く安全で
あるという保証はない(Simkin & Einkin,1989)
。この
1. 2 陣痛(産痛)の特徴
医師による薬物を用いた産痛コントロールの採用に関し
娩出力は機能的要素であり,産婦自身の持っている
ては,誰の提案で誰が支持し,誰が自己決定権を有し,
子宮収縮と腹圧(いきみ)という母体の生物的機能に
誰の自己決定が尊重されるのか,という気になる側面が
限定するのであり,補助的に腹壁を押したり器具による
ある。また産痛コントロールは誰が実践するのか,さら
力は含めない。前述したが娩出力は陣痛(産痛)と腹
に誰のために実践するのか,利益・不利益を蒙るのは
圧からなり,以下に示す 3 つの特徴を有するが,この特
誰か,といった問題も孕んでいる。
徴は,産痛コントロールに極めて有意義な示唆を孕む。
というのも,例えば出産は母親となる女性だけに全
ちなみに子宮収縮による疼痛と難産道の圧迫による疼
てが集約され,完結されるものではないという観点も無
痛を含めて“ 産痛 ”という。
視できないからである。女性の身体で妊娠現象が生ず
(1)反復性:子宮筋の持続的な収縮ではなく,収縮と
るためには,パートナーである男性の性的介入,sexual
休止を交互に繰り返す。つまり陣痛発作と陣痛間
intercourse が必要であり,この意味において男性は妊
歇の反復であり,発作と休止期の時間的関係及び
娠成立過程で大きな役割を果たす。受精に成功した後,
発作の強弱は分娩進行のステージによって異なる。
新しい生命の萌芽が始まり,胎児は10 ヵ月間母親の胎
(2)不 随意性 :陣痛発作は不随意に起こるため,産
内で成長し,時を得て母体外へ生れ出てくる。この妊
婦自身の意思で中止させたり起こしたりするこ
娠のプロセスを通過した暁に出産がある。したがって,
とはできない子宮収 縮現象である。主として
この推移を踏まえた自己の意思決定権の成立の仕方が
Frankenhauser 子宮頚神経節の支配を受け,薬物
あるのである。
や機械的刺激によって誘発されたり増強される。
また,医師による薬を用いた産痛コントロール,平た
また,膀胱や直腸の充満,乳房の刺激などは子
く言えば陣痛促進という医療介入は,産科学的に何ら
宮収縮に影響する。
かの問題があって行なう母子の生命の安全保証である。
(3)疼痛性 :陣痛は生理学的には子宮筋の収縮である
例えば,分娩予定日超過,前期破水で 48 時間以上が経
が,陣痛発作には疼痛を伴う。疼痛の程度や部
過しても出産に至らないという時間的リスク,微弱陣痛
位は陣痛のステージで異なり疼痛の性質も一様
などである。陣痛促進剤(薬物)と陣痛促進(医療的
ではない。
介入)はその両者において人工的であることから,個人
陣痛(産痛)は,子宮収縮による子宮壁内の神経の
差はあるが前述したように副反応が伴う。
圧迫や伸展,子宮及びその付近の腹膜の牽引による。
出産は,分娩の三要素でも述べたように出産する側の
さらに,分娩の進行や胎児の下降に伴い難産道の圧迫
母親と出産される子どもとの共同作業である。陣痛は本
や伸展,挫滅による疼痛が加わる。
来母親側の要素であるが,子ども(胎児)がどのように
産道を通過するかに影響を与えることから母子の両者
2.問題提起
へ副反応が及ぶ可能性がある。母子にとって出産のタ
イミング,子どもが生まれ出るタイミングは重要であり,
2. 1 医師による薬を用いた産痛コントロールの選択
1回の誘発・促進で出産に至るという保証は無いことか
Niven & Gijsbers(1996)は,
「出産」という生理学的
ら,陣痛促進剤の使用量と促進時間の長さは一つの問
プロセスに「病気」というレッテルを貼ってしまうと,
題提起となる。つまり,人工的に引き出された“ 陣痛 ”
医師による過度の医療介入を招きやすいと述べている。
の痛み,二次的に派生する子ども(胎児)へのストレス
1960 年代より出産の臨床現場における産痛コントロー
は,母親の過強陣痛という強烈な痛みの感覚と胎児仮
ルが医師の手によって行われる,いわゆる無痛分娩を
死という子どもへの過度のストレスを生じさせる可能性
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滝沢・高橋:“産痛”という痛みへのアプローチ(3)
がある。もちろん,計画通りのタイミングで出産に至る
然的に行なわれる。ことに,出産や育児に関しては家族
ことも多い。前項の分娩の3 要素でも述べたが,分娩と
や身内の助けが必要となるため,家族が協力するには日
いう現象で時間的要素は母子の生命の危機に対して決
程調整は大切である。端的に,いつ出産になるのかとい
定的な関係を持っているからである。
う問題は,産婦本人もさることながら,夫やその他の家
2. 2 医師以外による薬を用いない産痛コントロールと
い」
「実母に上の子どもの世話を頼みたい」
「出産後は
  もう一つの選択“alternative”
,
“another option”
実家の世話になりたい」
「里帰り出産をしたい」といっ
一方,薬を使わない産痛コントロールの方法が多々考
たことは現実的に出てくるため,医師の医療介入による
案され,口コミのレベルで女性達の間にじわじわと浸透
出産,つまり陣痛促進剤を使用した予定分娩を積極的
していった。この方法は主に助産師を介して出産の現場
に選択する女性もいる。俗にいう自然分娩にこだわる
で実践していくことで,拡大していった。薬を用いない
女性がいる一方で,予定分娩(計画分娩)という選択
産婦自身が行う産痛コントロールは,過去の歴史はさて
肢の提示を歓迎する女性もいる。この選択は出産の社
おいて,わが国では1980 年代後半から自然出産志向の
会的適用の側面からは確かに合理的である。核家族化,
高まりから盛んに行われるようになった。イギリスの出
女性の就労(妊産婦自身も仕事を持っている,実母や
族にとっても重要である。例えば「夫立会い出産がした
産教育家,ジャネット・バラスカスが提唱したアクティ
義母もパートタイム就労者である)が定着して来ている
ブバースの導入が導火線になった。
現代社会において,出産や育児の社会的性質を考慮す
医師による医療介入的産痛コントロールも研究を重
ると,医師による薬を用いた産痛コントロール “ 陣痛誘
ね,改良されて母子にとって受容されやすい方法へと開
発・促進 ”は,その意味においては時宜に叶った適正な
発されていった。しかし,女性達は医師の手による産痛
手段といえる。また出産や育児のライフイベントが,家
コントロールの方法を以前より選択しなくなった。そこ
族の絆を強めたり輪(和)をつくることの媒体となって
にはいくつかの理由がある(滝沢・高橋,2005)
。例え
有意義に機能していくならば,そこにもこの出産方法を
ば,産痛コントロールの結果,微弱陣痛で分娩時間が
選択する間接的なメリットがあるといえよう。
延長したために,それを解決するために使用した陣痛促
進剤が,今度は過強陣痛を招来する。つまり医原的に
2. 4 産科医師不足と“お産難民”と
分娩所用時間が延長したところにもってきて,また別の
  もう一つの選択 “alternative”
方法で分娩を刺激することによる副反応のダブルパンチ
産婦人科医師の減少や産科閉鎖による様々な弊害は,
を受け取ることがある。子どもが生まれた時すぐ泣かな
今や社会的な問題となって日本国中を駆け回っている。
かった,母体外生活への適応が悪いなど,周産期の臨
なぜ,このような現象が起きているのか。連日連夜の夜
床で医療的介入に付随して起こる問題は軽視できない。
勤を含めた24 時間体制下での過酷な労働,医療訴訟問
医療者側と女性とその家族の間にある相互信頼関係に
題,出産数の減少など,妊娠・出産の医学的,社会学
微妙な,しかし根深い葛藤が存在することもまた事実で
的特徴に依拠する複数の原因が複雑に絡み合っている
ある。薬物の副反応は,感じ方や捉え方が個々で異なっ
といえよう。産婦人科医師になり手が無い,婦人科は診
ているという前提条件の下,女性達の薬物を用いない,
療しても産科(妊娠・出産)からは手を引くといった医
もう一つの選択 “alternative”,“another option” の意識は
療施設が首都圏,地方を問わず全国レベルで拡大して
高まって行った。
おり,深刻な問題となっている。
“ お産難民 ”と言う言葉は今や市民権を得ている。こ
2. 3 医師による薬を用いた産痛コントロール
の意味は,前述した理由から,出産を扱う医療施設が
“陣痛誘発・促進”を歓迎する女性
減少したために,出産場所を探すのに苦労している女
出産は妊産婦だけで遂行できる体験というより,その
性(妊産婦)のことである。大袈裟ではなく,妊娠した
家族を巻き込んだライフイベントである。私達は家族と
ものの,妊婦健診や出産をする所がないと路頭に迷う女
いう仲間と一緒に物事を決めたり行動することで,家族
性達が増えておりSOSを出している。例えば,施設に
の輪や家庭生活の円滑な暮らしを作っている。家族は
よっては,1 ヵ月に扱う出産数を制限しているため,そ
同一の生活共同体にある生活者であるため,お互いが
の数を越えた場合,希望者には抽選をする。しかし抽
時間や空間を調整,共有しながら生活している。家族
選に漏れた人はまさに“ お産難民 ”となってしまう。ま
それぞれでイベントの予定などを日常生活のスケジュー
た何箇所かの産科医療施設を回ってやっと出産の予約
ルの中に組み入れているのでお互いに日時の調整が必
が取れたはいいが,妊産婦が一施設に集中するため,
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東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007)
その結果生じる弊害もある。妊産婦健康診査での待ち
り女性と子どもである。
時間が長い,忙しそうにしている医師や助産師に相談し
助産師は医師以外の人による,薬を用いない産痛コン
たいことがあっても,なかなか声がかけられない,出産
トロールを包含する助産介助という,もう一つの選択 は常勤の産科医師がいる昼間に行なうため,陣痛誘発・
“alternative”,“another option”を提示することができる。
促進などの医療介入が意図的に選択される,医師や助
助産介助・行為は特別な技能と専門的な知識が必要で
産師の人手不足を補う手段として人工的医療介入で,
医師の指示下でも看護師にはできない行為であり,助産
強行出産を行なう,現在のような出産の社会的問題が山
師の専門業務である。同職種の立場から言わせてもら
積する環境下では,とても妊娠・出産はできないという
えば,手前味噌ではあるが,豊富なキャリアと実績を持
母親予備軍の女性達,といったぐあいに二次的・三次
つ助産師の質の高い助産介助・行為は,じつに母子の
的に多面的な問題が発生している。こういった現実がさ
安全と安楽を約束するものである。しかし,医師か助産
らに「少子高齢化」に拍車をかけているとしたら,この
師かの最終的な選択,意思決定は妊娠・出産の主体者,
悪循環の環(図1)をどこかで断ち切る必要がある。
妊産婦である女性の手に委ねられている。
この現状を緩和させる方法の一つに,助産師の働き
増加する“ お産難民 ”と“ 減少する産科医師 ”というコ
がある。保健師助産師看護師法(保助看法昭和 23 年)
ントラストを緩和する手だてとして筆者は敢えて,もう
では,助産行為は医師または助産師のみが行う,とされ
一つの選択 “alternative”,“another option”を女性達に
ている。しかし,看護師に比べて助産師の絶対数は少
推奨したい。
なく,厚生労働省の平成16 年現在の統計によれば,就
業看護師が約 38 万 5 千人であるのに対し,就業助産師
3.臨床における“産痛コントロール”という助産ケアの実践
は2 万 5 千人である。この総数が周産期の臨床現場で助
産師と看護師の数の比率でひずみを生じており,その一
前稿で,医師以外の人による,薬を用いない産痛コン
端が過日,平成17 年 8 月24日,助産行為の違法で摘発
トロールの臨床的実践方法のいくつかについて紹介した
されたH 病院で発覚した。助産行為は医師と助産師に
(滝沢・高橋,2006)
。次に示す表 1からは,医師以外の
しか許されていないのであるが,H 病院では看護師や准
人による産痛コントロールの方法が多々あることがわか
看護師も行なっていたというのである。こういったこと
る。ちなみに医師以外の人とは,助産師,バースエデュ
の結果で不利益を蒙るのは,間違いなく妊産褥婦,つま
ケーター,アロマテラピスト,看護師などである。もち
助産師の手・もう一つの選択“alternative”,“another option”
産科医師減少
産科診療施設閉鎖
24時間体制
苛酷な労働条件
出産場所減少
出産環境不備
お産難民増加
分娩数減少医療訴訟
妊娠・出産をコントロール
する母親予備軍増加
子どもを生まない・少子化
図1 出産環境の不備と少子化の悪循環
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滝沢・高橋:“産痛”という痛みへのアプローチ(3)
表1 薬を用いない産通コントロールの方法
Ⅰ痛みの心理的方法
1 リラクセーション
Ⅱ痛みの感覚の調節
1人力による介入
2 催眠療法
①マッサージ ②治療的手かざし ③タッティング
3 イメージェリー
2人力に準ずる介入
4 ソフロロジー
①指圧療法 ②針治療
5 バイオフィードバック
3人力によらない介入
6 精神予防的調節
①経皮的電気神経刺激 ②音楽 ③水治療 ④同種療法
⑤体位・姿勢・歩行
⑥リーブ(Relaxation Imagination Exercise Breathing)
⑦アロマテラピー
ろん “ 産痛コントロール ”という助産ケアを受ける産婦
こなす産婦はそう多くはない。出産準備教育で学習して
自身,夫や家族などもその一人である。
いても,実際に出産の場面で適応させることは困難であ
るようだ。身体のどこかで覚えている産婦では,思い出
3. 1 リラクセーションの産痛コントロールへの適用
してリラックスのポーズをとろうとするが,リラックス
リラクセーションは,女性のインプットを最大限に認
というよりも,全身に力が入っており,筋肉の緊張は解
めるペインコントロール方法である。イギリスでは,非
けていない場合の方が多い。産婦は,陣痛の始まりを知
薬物的産痛コントロールの中で最も多く使用される方法
覚すると,全体的に構えてしまうようで,陣痛に立ち向
であり,35%の妊産婦が使用しているとの報告がある
かわなくては,という心構えが冷静さを欠き,
「やる気」
(Chamberlain, et al., 1993)
。ちなみに,鎮静剤のペチジ
だけが先行している。その結果,力が入ってしまいリ
ンは,約 37%の使用率であった。
ラックスできないのである。こういった産婦の姿を見て
わが国の出産臨床の現場では,産痛コントロールで最
いて思うことは,人は,力を抜くことよりも,力を入れ
も一般的に使用されている方法は,リラクセーションと
ることの方が簡単にできてしまうということである。ま
呼吸方法との併用である。この方法は過去,アメリカで
た,女性の傍に付き添って女性と話しをしたり,産痛時
ブレイクし多くの女性に支持され,一世を風靡した。最
への対応をよく見ていると,リラックス一つとってみて
も古典的でありながらも,世界的にフィーバーし,次世
も,出産前クラスで学習しただけの人よりも,自宅や通
代に新たな理論を生み出すための根源的アイディアを内
勤途中,職場の昼休みなどを利用して練習を重ねた人
包している。
の方が陣痛への対応はスムースである。とは言っても,
出産の期間中,リラックスを使用することの基盤にあ
産婦が完全に自己コントロールできるのではなく,助産
る理論は,自律神経系生理学(autonomic nervous system
師の声かけによるリードや夫と一緒に行うことで,陣痛
ANS)にある。ANSは,個人の内的環境の恒常性を維
の極期を乗り越えることができている。
持する周辺神経の一部で,これらの作用は滅多に意識
女性が学ぶ産痛コントロールのリラックステクニック
レベルに達することは無く,ほとんど自発的なコント
には,焦点を定めたリラックスや,瞑想的なリラックス
ロールはできない(Shewood,1995)
。産痛の様なストレ
がある。これらのリラックスは,産婦個人で実施すると
スフルな状況下での交感神経的要素は,器官が必要と
同時に分娩に立ち会う夫,分娩介助に当たる助産師な
する血液供給と機能を増大させることによって,さらに
どと一緒に行うことが望ましい。なぜかというと,産婦
は他の重要な構造の働きを増す。一方,副交感神経は
は慣れ親しんだ助産師や親密な関係にある夫と一緒に
身体の回復作用を増す。妊娠期間中に女性は,交感神
やることで,産痛を分かち合うことができるという思い
経の働きを最小限にして,副交感神経の要素の活動を
を持ち,孤独を感じないですむ。また,
「さあーっ,い
増やすような行為を意図的に実践することで,過度の緊
きましょう」
「いいかい,ゆっくり吐くんだよ」
「なかな
張から自分自身を解放する方法を体得できる(滝沢・高
かいいですねー。緊張が解けてますよ」
「おまえ,今の
橋,2006)
。
やり方,さっきより,かなりリラックスしてたよ」など
産痛コントロールのケアの実際を経験する者として経
という声かけは,産婦の気持ちを和らげて,リラックス
験的に言わせてもらうと,このリラックスの方法を使い
効果を高める(Schrock,1988)
。
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東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007)
助産師は女性にとって,親密性の点では夫には及ば
な研究もある。全身麻酔が切れた整形外科手術の患者
ないが,英語の助産師(midwife)の本来の意味,つま
に,リラクセーションを教えることの利点を示した研
り midは古い英語で with,すなわち「・・・と一緒」を
究(Parson,1994)では,リラックスグループはコント
意味し,wifeも古い英語では woman であることから“ 女
ロールグループと較べてdistress score がより低く,
pain
性と共にいる” 人である。妊産婦の側にいて女性の味方
scoreもより低かった。さらに不眠の悩みも少なかったと
である専門職の役割と使命は,そのケアの中身と質と量
報告されている。これは術後の激痛でリラクセーション
のバランスにおいて真価が問われている。
が役立ったことを示唆する。
筆者は,一般的に,病的条件下でのリラクセーション
3. 2 産痛に対する,リラクセーションの有効性の評価
の評価を産痛コントロールに関連づけることには疑問を
産痛コントロールにおけるリラックスの効果を調査す
持つ。しかし,陣痛極期にある痛みは,他のいかなる病
る方法は,妊娠期間中に与えられた教育的なインプット
的疼痛をもはるかに超えていることから,疼痛一般のコ
の多様性ゆえに,厳密に調べることは難しい。つまり,
ントロールと共通する部分を含み持っていることも確か
女性達は一様に出産準備教育で,リラクセーションの指
である(Niven, et al., 1996)
。
導を受けたと言っても,具体的にどのようなプログラム
疼痛は,
「痛み」を持つ本人が,痛みの軽減を自己申
で,どれくらいの時間をかけたのか,知識の提供だけな
告した場合,痛みの持つ本質的な意味合いを考慮する
のか,実践はしたのか否か,またインストラクターの指
ことには意義がある。つまり痛みは,基本的には個人的,
導の仕方ほどのようであったのか,インストラクターの
私的,共有されない,そして共有され得ない体験なので
キャリアはどれくらいなのかなど,多岐にわたっており,
ある。McCaffery(1979)は,
「痛みを体験している人が
調査の変数として統一できないからである。さらに,女
痛みだと言うものは何であれ,痛みだ。その個人が『痛
性自身がどれほど体得できているのかを確認するのも難
い』と言う場合は必ず痛みは存在する」と言っている。
しい。個人的にどれくらい訓練したのか,そのやり方は
以前,周産期の臨床現場にいた時,間もなく出産に
適切であったのか等をどのように確認したらよいのかの
なる初産婦(Sさん)に付き添ったことがある。彼女に
問題もある。さらに,リラクセーションだけが単独で指
とっては,産痛が予想を絶するほどの痛みで,リラク
導されることはなく,リラクセーションに役立つ可能性
セーションや呼吸法を用いながら,産痛の波にのる努力
のあるトピックスなどいくつかの方法も合わせてプログ
をし一回一回の産痛をどうにか乗り越えていった。特に
ラムされているからである。つまり産痛コントロールの
リラクセーションを一緒に行った。彼女は初期の緩やか
効果の性質が異なる方法を同時に取り入れて実践して
な陣痛から極期の強圧陣痛に移行した時,下腹部をさ
いるため,多数の評価項目を揃えたとしても同一平面で
すりながら,
「私の,このおなかのなかで,ET(宇宙人)
のチェックリストの作成は困難である。したがって,各
が暴れまわっているみたいです。踏んだり蹴ったり,本
項目毎に採点し,得点化しても,果たして真の評価と言
当に痛いのです。おなかが今にも破裂するのではない
えるのか否かの疑問が残る。
かと心配です。でも,きっと,これは私にしか分からな
ところで,産痛コントロールとリラセーションに限ら
いと思います」と言った。思わず産婦の腰をさする筆者
ず,成人領域でのリラクセーションの効果に関する研究
の手に力が入った。確かに,筆者が Sさんの痛みを交替
はある。例えば,Philips(1988)では,頭痛持ちの実験
して体験することはできないが,この時のSさんの ET
的リラックスグループ(n =24)と,コントロールグルー
発言は,突拍子もない発言と笑って片付けるわけにはい
プ(n =22)で比較した。20 分以上のリラックスの誘導
かなかった。産婦が体験する産痛のリアリティが,筆者
が,有意に痛み感覚の要素を縮小することが見出され
の身体の深い部分の神経に大きく触れた。確かに産婦
た。今,この文脈で特に重要なのは,Philipsによって,
本人が「痛い」という場合は痛いのだということの体験
痛みの感情的な構成要素も等しく低くされたことがわ
であった。
かったということある。したがって,不安を一層悪化さ
一口に「呼吸法」といっても分娩進行のプロセスで
せる影響要因は,リラクセーションによって縮小される
何種類かの方法が使い分けられており,時期に合った
ことが示された。これは,皮肉にもDick-Read が提唱し
呼吸法を選択して適応していく。例えば,子宮口が全
た不安 ― 緊張 ― 痛みのサイクルと副交感神経関係の,
開するまでの分娩第1 期では「ヒッヒッフゥーー」呼吸,
ほとんど伝説的に伝えられてきた,根拠に欠けるとされ
「ヒッフゥー」呼吸を,第 2 期では「フゥーウンッ」呼
ている仮説をサポートすることになった。
吸,赤ん坊の頭が出たら「ハッハッ」の嘆息呼吸といっ
さらに,成人急性期の患者への適応に関する小規模
た具合である。もっと他にもあるかもしれない。いずれ
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滝沢・高橋:“産痛”という痛みへのアプローチ(3)
にしても,これらの多様な呼吸法を妊産婦に教えること
よりも誰よりも助産師自身が産痛の特徴と産痛コント
への疑問がある。というのは,呼吸法を○○呼吸△△
ロールの実際について熟知し,適切にデモンストレー
呼吸と命名してそれぞれの特徴とやり方を説明し練習し
ションができ,説明責任も果たせるような技量を持って
ても,産婦の側ではどれもこれも同じ呼吸法のように思
いることが求められる。助産師と女性達の新たな展望と
える。
チャレンジが “ お産難民 ”の減少と,ひいては少子化へ
助産ケアの専門家である助産師やバースエデュケー
の歯止めに影響力を与えることを期待するものである。
ターは,専門職スキルの一部として,多種多様な呼吸方
法を体得しているため難無く教示できる。しかし妊産婦
引用文献
にとっては,複数のしかも微妙に異なる呼吸方法を分娩
ステージに合わせて適切に選択すること,それを産痛コ
荒木勤.(2003). 改定第 21 版 . 最新産科学(正常編).
ントロールの道具として使いこなすことは難しい。従っ
て,妊産婦が混乱を来たす事なく使えるような呼吸方法
文光堂.
Chamberlain, G., Wraight, A., Steer, P.(1993). Pain and its
の教授方法を工夫することが必要である。
relief in childbirth. Edinburgh: Churchill Livingstone.
リラクセーションを用いた産痛コントロールは,出産
松本清一・巷野悟郎.(1992). 新・母子保健用語集 . 同
前クラスの早期から,妊産婦本人とパートナーを含めて
開始することが望ましい。知識の注入に止まらずリラク
文書院 .
McCaffery, M.(1979). Nursing management of the patient
セーションのテクニックを練習する機会と場を設け,イ
ンストラクター,参加者が一緒になって実践することが,
with pain. Philadelphia:Lippincott.
Niven, C., & Gijsbers, K.(1996). Coping with labour
出産本番での産痛コントロールを有効なものとする。妊
pain. Journal of Pain and Symptom Managemen,11,
婦個人としては,出産の主体者が自ら家庭や職場で可
116-25.
能で無理のない範囲で実践し,一般的なリラクセーショ
Parsons, G.(1994). The benefits of relaxation in the control
of pai. Nursing Times,90,11-12.
ンというよりも自分のリラクセーションを体得して出産
に臨むことだ。
Philips, H.C.(1988). Changing chronic pain experience.
Pain,32,165-72
これまでに何回も言ってきているが,最後にもう一言,
助産師は,妊産婦が,医師以外の人による,薬を用い
坂元正一他 .(2004).〈改定版〉プリンシプル産科婦人
ない産痛コントロールを包含する助産介助という,もう
一つの選択 “alternative”,“another option”を選定して
科学 . メディカルビュー .
Schrock, P.(1988). The basis of relaxation. Childbirth
くれるよう,自分の行う助産ケアの説明責任を果たすこ
とができるスキルを体得していなければならないと考え
Education. Philadelphia : W.B.Saunders.
Sherwood, L.(1995). Fundamentals of physiology: A
る。
human perspective. Minneapolis: West Publishing.
Shimkin, P.,& Enkin, M.(1989). Antenatal classes:
4.おわりに
Effective care in pregnancy and Childbirth. Oxford :
Oxford University Press. pp.319-334.
出産を経験した女性ならば,出産を結実させるま
Sindhu,F.(1996). Are non-pharmacological nursing
でのプロセスで,特に,子もが生まれ出た瞬間と産痛
interventions for the management of Pain effective?
は,“ 一言では語れない”と異口同音に言う。これは,
Journal of Advanced Nursing,24,1152-1159.
Sherwood(1995)
,Sindhu(1996)の次の指摘を納得さ
滝沢美津子・高橋道子 .(2005). “ 産痛 ”という痛みへ
せるものである;『薬物を使用しない産痛コントロール
のアプローチ(1)-出産の軌跡としての産通コン
の方法で,呼吸法の使用は専門家や女性達の間で支持
トロール-. 東京学芸大学紀要 総合教育科学系,
されているにも関わらず,多くの研究結果で疑問を提起
56,127-135
している。それは,無作為に抽出したサンプルであって
滝沢美津子・高橋道子 .(2006). “ 産通という痛みへの
も,そうでなくても,被験者バイアスを導きいれる可能
アプローチ(2)-出産環境と産通コントロール,
性がある。
』
感覚から経験への軌跡 . 東京学芸大学紀要 総合
助産師は医師以外の人による,薬を用いない産痛コ
教育科学系,57,127-135.
ントロールを包含する助産介助という,もう一つの選択
“alternative”,“another option”を提示するからには,何
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Bulletin of Tokyo Gakugei University, Educational Sciences, Vol. 58 (2007)
An approach to “Labor Pain” (3)
── Labor pain control as the Non-pharmacological Methods and
“alternative” “another option ” ──
Mitsuko TAKIZAWA*・Michiko TAKAHASHI**
Department of Psychology**
Abstract
“Labor pain” is one of the three major elements which fulfill childbirth; labor pain, the fetus, and the birth canal. Delivery,
or childbirth, is a phenomenon of a new life coming out to this world after spending about ten months in the mother’s womb.
Although this phenomenon occurs commonly in daily life, from medical and obstetric point of view, it shows how rationally “the
mechanism and function of human body” is made up in the multiple phases
The way of controlling labor pain is classified roughly into two types; medical intervention using medication by physicians
and non-medical intervention by people other than physicians. The latter way of intervention is taken by midwives, birtheducators, women in childbirth, family members and so on. It leads to active engagement toward delivery by the women
themselves.
Meanwhile, the increasing numbers of closed maternity care facilities and the decreasing numbers of obstetricians create
“childbirth refugees” who wanders about in search of the place for childbirth, which accelerates the declining birthrate. This
situation draws attention as a major social problem. It is closely related to ”labor pain control” and offers new challenging
alternatives to women in childbirth, their family and medical practitioners such as midwives who support them.
Key words: Labor pain, Labor pain control, childbirth, alternative
* Yamanashi Prefectural University, Faculty of Nursing (1-6-1 Ikeda Kofu-shi, Yamanashi, 400-0062, Japan)
** Tokyo Gakugei University (4-1-1 Nukui-kita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8501, Japan)
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