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骨盤傾斜の変化が動作の遅速に及ぼす影響

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骨盤傾斜の変化が動作の遅速に及ぼす影響
スポーツ科学研究, 10, 198-208, 2013 年
骨盤傾斜の変化が動作の遅速に及ぼす影響
The effect of the postural differences for the movement speed
柳下幸太郎
1),
広瀬統一
2)
1)
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科
2)
早稲田大学大学院スポーツ科学学術院
キーワード: 構え,骨盤,サッカー,地面反力,動作開始時間
Key words: posture, pelvis, soccer, ground reaction force, motion time
要 約
本研究では骨盤傾斜がニュートラルの状態(n.p)と意図的な前傾位(a.t)、後傾位(p.t)の姿勢の差を検
証 し、構 え姿 勢 時 における骨 盤 傾 斜 の違 いが反 応 動 作 の遅 速 にどのような影 響 を及 ぼすか検 討 するこ
とを目的とした。男子大学サッカー選手 6 名は構えの姿勢をとり、任意のタイミングでダッシュを行った。
構えの姿勢は n.p と a.t、p.t の 3 試技を実施した。結果は、動作反応時間において n.p と a.t が、p.t よ
りも速くなった(p<0.05)。また、n.p と a.t のタイムに差はみられなかった。地面反力は、水平成分である X
成分において a.t および n.p が p.t よりも有意に大きい値を示した(p<0.05)。構えの自然姿勢と骨盤を
前 傾 させた状 態 の姿 勢 を比 較 し、動 作 開 始 時 間 、地 面 反 力 の値 に差 は見 られなかったのに対 し、後 傾
位に関しては他の 2 つの姿勢と比べて低い値を示した。つまり、意図的にとった姿勢においても前傾位
ではパフォーマンスが低下せず、反対に後傾位の場合ではパフォーマンスが低下する傾向がみられた。
Abstract
The purpose of this study was to investigate movement speed caused by the three pelvic tilt angle
differences (neutral position (n.p), anterior pelvic tilt (a.t), and posterior pelvic tilt (p.t)) at the starting
position.
Six highly trained collage soccer players choosed. Each player stood on the force plate and sprinted
to the goal (2.5m) on anytime they started. The starting posture was changed into the three pelvic
positions (neutral, anterior tilt, and posterior tilt).
At the result, in the motion time, n.p and a.t were faster than p.t (p<0.05), however no significant
difference between n.p and a.t was shown. On the X component which is horizontal component in the
ground reaction force (GRF), a.t and n.p were significantly larger than p.t. The results in this study
showed that the result of this study indicated that the pelvic angle differences between neutral and
anterior angle showed no significant difference in movement speed because of movement reaction time
and GRF. However the result in posterior pelvic tilt showed lower value than the other two pelvic
angles. Therefore, it was considered that making anterior tilt did not impair the performance, while
making posterior tilt impaired.
198
スポーツ科学研究, 10, 198-208, 2013 年
スポーツ科 学 研 究 , 10, 198-208, 2013 年 , 受 付 日 :2012 年 11 月 19 日 , 受 理 日 :2013 年 9 月 25 日
連 絡 先 :柳 下 幸 太 郎 早 稲 田 大 学 スポーツ科 学 研 究 科 〒359-1192 埼 玉 県 所 沢 市 三 ヶ島 2-579-15
E-mail:y: [email protected]
な素 早 い動 きを可 能 にする構 え姿 勢 に影 響 する
Ⅰ.緒言
サッカーのような対 人 競 技 では相 手 よりも速 く
要因として古屋(2008) 4) や、湯野(2006) 20) は各下
動 く、または相 手 の動 きに対 して素 早 く反 応 する
肢 の関 節 角 度 の変 化 に着 目 しているが、その他
能 力 が重 要 である。このように素 早 く動 く能 力 は
の要素の一つに骨盤の傾斜角度がある。
アジリティと呼 ばれている。アジリティとは刺 激 に
骨 盤 は 、 立 位 時 の 上 前 腸 骨 棘 (Anterior
反 応 し 、素 早 く効 率 的 に動 作 を開 始 し、 適 切 な
superior iliac spines:以 下 ASIS)と 上 後 腸 骨 棘
18)
。サッカー競 技 中
(Posterior superior iliac spines:以下 PSIS)を結ん
の動 作 を分 析 した研 究 では、Bloomfield(2007)は
だ線 分 と水 平 線 とのなす角 を骨 盤 傾 斜 角 度 と定
サッカーの 1 試合の中で止まった状態から動作を
義され 13)17) 、その角度は通常 8~11 度とされてい
切 り替 えて方 向 転 換 もしくはスピードを挙 げた回
る
数は合計 1 人当たり 54 回にも上ると報告しており
立 位 時 と同 様 に前 傾 位 を保 っていると考 える。実
8)
、止 まった姿 勢 から素 早 く動 き出 す場 面 がサッ
際に、骨盤の角度変化と動作のパフォーマンスの
カーの試 合 中 に多 く起 きていることがわかる。実
関 係 を検 討 した研 究 において、骨 盤 の前 傾 がジ
際に 1 対 1 のディフェンスの場面では、相手がど
ャンプ能 力 の向 上 につながると報 告 している
の方 向に動 き出しても対 応できなければいけない。
さらに Sleivert(2004)がジャンプスクワット時のパワ
この局 面 で相 手 より速 く動 くことができれば試 合
ーと 5m スプリントのタイムには相関があり、ジャン
の勝 敗 を決 定 づける一 つの要 因 になるといえる。
プ能力とスプリントの加速には関係がある
そのためには Young ら(2002)が指摘するように、
いることから、骨 盤 の前 傾 は股 関 節 伸 展 筋 力 の
動 き出 す際 に適 切 な準 備 姿 勢 をとっている必 要
向上をもたらし、蹴り出しの強さに影響を与えてい
方 向 に移 動 する能 力 である
がある
19)
。
2)3)6)
(Fig1)。パワーポジション時の骨盤傾斜は
5)
10)
。
として
る こ と が 予 想 さ れ る 。 同 様 の 報 告 は
上 述 した適 切 な準 備 姿 勢 、すなわち素 早 い動
Novacheck(1998)
16)
によってされているが、このよ
作 を行 うための動 きやすい構 えの姿 勢 をスポーツ
うな 骨 盤 前 傾 位 が蹴 り だし の強 さ や早 い 加 速 を
現 場 では一 般 的 にパワーポジションと呼 んでいる。
生 み出 す要 因 として、骨 盤 の前 傾 が股 関 節 伸 展
Howorth (1946)は脚を肩幅 より開き、頚 部、体幹
筋 群 の受 動 的 な筋 張 力 を高 めることが挙 げられ
を前 傾 させ、股 関 節 、膝 関 節 、足 関 節 を軽 度 屈
ている
曲した姿勢を Basic dynamic posture と定義し、ど
節伸展動作のパフォーマンスにポジティブに作用
の方 向 にも力 強 く運 動 することができるとしている
することが推察される。言い換えると、骨盤の傾斜
7)
。同 様 の姿 勢 を National Academy of Sports
を前 傾 位 、中 間 位 (ニュートラルポジション)、後 傾
Medicine(NASM)ではアスレティックポジションと呼
位の 3 つの姿勢をとらせた際には、後傾位に近づ
んでおり
14)
1)15)
。これらの研究から骨盤 の前傾が股関
、機 能 的 に安 定 したポジションで、素
くほど反 応 動 作 は遅 くなり、さらに蹴 り出 す力 も小
早 く前 後 左 右 に移 動 できる姿 勢 と定 義 している。
さくなるのではないかという仮 説 を立 てることがで
素 早 い動きのためにはこのような姿勢を瞬 時 に整
きる。
えることが重要であると考えられている
4)
。このよう
そこで本 研 究 では、骨 盤 がニュートラルの状 態
199
スポーツ科学研究, 10, 198-208, 2013 年
と意図的な前傾位、そして後傾位の 3 つの姿勢
勢 づくりに関 する基 礎 情 報 を得 ることを目 的 とし
における動 作 の遅 速 を検 証 し、構 え姿 勢 時 にお
た。
ける骨 盤 傾 斜 の違 いが反 応 動 作 時 の適 切 な姿
Fig 1 angle of pelvic (sagittal)
Ⅱ.方法
験者は右利きの者を選出した。
A.被験者
対 象 者 にはあらかじめ実 験 内 容 及 び実 験 によ
被 験 者 は現 在 、股 関 節 周 囲 の筋 及 び骨 に整
り起こりうる危険性について十分に説明したうえで、
形外科的疾患を有していない健常な男子大学サ
参加の同意を得た。また、本研究はヘルシンキ宣
ッカー選手 6 名とした。被験者の競技レベルは大
言 の趣 旨 に則 り、早 稲 田 大 学 「人 を対 象 とする研
学関東 1 部リーグに所属する熟練したレベルであ
究 に関 する倫 理 審 査 委 員 会 」の承 認 を得 て実 施
る。被験者特性を Table1 に示す。今回の実験で
した。
解 析 を行 う蹴 りだし脚 を左 脚 に統 一 するため、被
Table1 Characteristics of study subject
B.測定内容
position 以下 n.p)と骨盤を意図的に最大前傾さ
被 験 者 はフォースプレート(Kistler 社 製 )上 に
せた肢位(anterior tilt 以下 a.t)、最大後傾させ
左脚を乗せた状態で構えの姿勢をとった。その後、
た肢位(posterior tilt 以下 p.t)の 3 つの姿勢を順
任意のタイミングでスタートをし、前方 2.5m 先のゴ
番 にとらせて、各 試 技 2 回 ずつ実 施した。また、
ールまで全 力 で走 るよう指 示 した。(Fig2)。スター
事前に予備実験を実施し、構え姿勢時の膝関節
トをする際 には右 脚 から踏 み出 し、左 脚 で最 後 に
角 度 を分 析 した。これは 骨 盤 の傾 斜 角 度 による
強 く踏 み込 むように指 示 した。この際 構 えの姿 勢
違 いを正 確に分 析 する上 で、下 肢関 節 角 度 の影
は パ ワ ー ポ ジ シ ョ ン で の 自 然 肢 位 (neutral
響 を最 小 限 に抑 えるために実 施 した。52 名 の被
200
スポーツ科学研究, 10, 198-208, 2013 年
験者の膝関 節角度を分 析したところ、平均して膝
を基 に今 回 の実 験 においては、膝 関 節 角 度 をあ
屈 曲 45°±6.5°という結 果 になった。この結 果
らかじめ膝屈曲 45°程度に規定して実施した。
High Speed Camera
Fig 2 Person stands on the force plate and goes to goal for 2.5m.
It takes a movie from start position to goal by three High Speed Camera.
C.動作分析
(C7)・上 前 腸 骨 棘 (ASIS)・上 後 腸 骨棘 (PSIS)に貼
構えの姿勢からのスタート動作を 3 台のハイス
付 したマーカーをもとにデジタイズを行 い、骨 盤
ピードカメラ(EX-F1,CASIO 社製)を用いて撮影を
傾 斜 角 度 、股 関 節 角 度 を算 出 した。骨 盤 傾 斜 角
した。カメラの位置は Fig2 のとおりである。カメラの
度は ASIS と PSIS を結んだ線と ASIS の水平軸と
フ
は
がなす角 度 とし、前傾方 向を正の方 向として定義
300frame/sec(1frame=0.0033sec)で撮 影 した。得
した(Fig4)。また、C7 と大 転 子 を結 んだ線 と大 転
ら れ た 画 像 か ら 動 作 解 析 ソ フ ト (Frame-Dias,
子と膝関節 外側裂隙を結んだ線 がなす角を股 関
DKH 社製)を用いて 2 次元動作解析を行った。
節 角 度 とし伸 展 方 向 を正 の方 向 として定 義 した
外 果 ・左 膝 関 節 外 側 裂 隙 ・大 転 子 ・第 7 頸 椎
(Fig5)。
レ
ー
ム
ス
ピ
ー
ド
Fig 4 angle of pelvic
Fig 5 angle of hip
○地面反力
み脚 の地 面 反 力 を計 測 した。フォースプレートの
フォースプレート( Kistler 社製)を用い、踏み込
データを取り込む際の A/D 変換器のサンプリング
201
スポーツ科学研究, 10, 198-208, 2013 年
周波数は 1kHz とした。動作の進行方向に対して
反力の水平成分が基線の 2SD を超えたタイミン
前方向の水平成分を X 軸の正とし、鉛直方向の
グとした(Fig6)。この理 由 は身 体 の動 き始 めの指
上方向を Z 軸の正とした。地面反力は動作時の
標として、推進力の指標ともなる地面反力水平成
Peak Power の大きさを分析対象とした。
分が大きくなり始めた時 点が移動 の開始 地点 とし
て適切であると考えたためである。
時間の算出には Frame-Dias 上の映像を用い、
○動作開始時間
体 幹 移 動 開 始 地 点 を静 止 時 の地 面 反 力 の平
1Frame=0.0033 秒 とし、フレーム数 から時 間 に
均 値 を超 えたタイミングとし,体 幹 移 動 開 始 時 か
換 算 した。フォースプレートとハイスピードカメラは
ら右 脚 離 地 時 までの時 間 を動 作 開 始 時 間 として
LED 型シンクロナイザ(DKH 社製)を用い同期し
計 測 した。離 地 のタイミングは得 られた映 像 から
た。
判断した。平均値を超える定義として今回は地面
Fig 6 motion time
D.統計処理
Ⅲ.結果
測 定 結 果 は 、平 均 値 ±標 準 偏 差 (SD)で表 示
Ⅲ-ⅰ 骨盤・股関節角度
し 、 統 計 的 検 定 量 の 算 出 に は IBM SPSS
各試技ごとの骨盤傾斜角度を Fig7 に示した。
statistics(ver 20.0 for Windows)を用いた。各測
n.p は平均 61.9±4.8 度、a.t は 66.4±5.2 度、
定値の 3 つの条件間の比較には繰り返しのある
p.t は 52.8±5.3 度であった。3 試技の比較をした
一元配置分散分析を用い、有意差を認めた場合
ところ、p.t が他の 2 群と比べて有意に角度が小さ
は Bonferroni test を用いて多重比較を行った。
いことが分かった(p<0.05)。一方、n.p と a.t の数
また、全 被 験 者 の地 面 反 力 の水 平 成 分 の値 と動
値 を比 較 すると前 傾 位 の方 が数 値 は大 きいもの
作 開 始 時 間 の値 の相 関 関 係 を Pearson の相 関
の有意な差は見られなかった。
係数を用いて求めた。統計学的有意水準は危険
各試技ごとの股関節角度を Fig8 に示した。n.p
率 5%とした。
は平均 132.6±8.9 度、a.t は 134.46±8.0 度、p.t
は 137.91±10.66 度という結果だった。股関節角
202
スポーツ科学研究, 10, 198-208, 2013 年
度 について比 較 したところ試 技 間 に有 意 な差 は
見られなかった。
Fig8 angle of hip joint
Comparison of hip joint angle between group
n.p(neutral power position), a.t(anterior tilt) and
p.t(posterior tilt).
Data are expressed as means± S.D.
Fig 7 angle of pelvic
Comparison of angle of pelvic between group
n.p(neutral position), a.t(anterior tilt) and
p.t(posterior tilt)
Data are expressed as means± S.D.
Ⅲ-ⅱ 動作開始時間
p.t は 0.39±0.12 秒という結果だった。n.p と a.t
各試技ごとの動作開始時間を Fig9 に示した。
の動作開始時間が、p.t よりも有意に速くなった。
n.p は平均 0.28±0.04 秒、a.t は 0.28±0.03 秒、
また、n.p と a.t のタイムに差は見られなかった。
Fig 9 motion time
Comparison of motion time between group n.p(neutral position), a.t(anterior tilt) and
p.t(posterior tilt).
Data are expressed as means± S.D.
Ⅲ-ⅲ 地面反力
各試技ごとの地面反力の鉛直成分を Fig11 に
各試技ごとの地面反力の水平成分を Fig10 に
示 し た 。 n.p は 平 均 1050.2±80.3N 、 a.t は
示 し た 。 n.p は 平 均 636±80.9N 、 a.t は
1054.6±113N、p.t は 1017.16±87.9N という結
619.2±37.8N、p.t は 543.8±61.6N という結果だ
果だった。
った。a.t および n.p が p.t よりも有意に大きい値を
どの値にも有意な差は見られなかったが、a.t およ
示した。
び n.p が p.t よりも大きい値を示した。
203
スポーツ科学研究, 10, 198-208, 2013 年
Fig 11 ground reaction force(vertical direction)
Fig 10 ground reaction force(horizontal direction)
Comparison of ground reaction force(horizontal
direction) between group p.p(neutral position),
a.t(anterior tilt) and p.t(posterior tilt).
Data are expressed as means± S.D
地 面 反 力 の水 平 成 分 と動 作 開 始 時 間 との間
(r=0.66) (Fig13)
に は 有 意 な 負 の 相 関 が み ら れ た 。 (r=-0.71)
また骨盤 傾 斜角 度 と動 作開 始 時間 との間 に有
(Fig12)。さらに地 面 反 力 の水 平 成 分 と骨 盤 傾 斜
意な負の相関がみられた。(r=0.62) (Fig14)
地 面 反 力 水 平 成 分 (N)
角 度 との相 関 で有 意 な正 の相 関 がみられた。
動作開始時間
Fig 12 relationship between ground reaction force (horizontal direction) and motion time
Correlation of ground reaction force (horizontal direction) and motion time between group
n.p(neutral position), a.t(anterior tilt) and p.t(posterior tilt).
Data are expressed as means± S.D.
204
地 面 反 力 水 平 成 分 (N)
スポーツ科学研究, 10, 198-208, 2013 年
骨盤傾斜角度
骨盤傾斜角度
Fig 13 relationship between ground reaction force (horizontal direction) and angle of pelvic
Correlation of ground reaction force (horizontal direction) and angle of pelvic between group
p.p(neutral position), a.t(anterior tilt) and p.t(posterior tilt).
Data are expressed as means± S.D.
動作開始時間
Fig 14 relationship between motion time and angle of pelvic
Correlation of motion time and angle of pelvic between group n.p(neutral position),
a.t(anterior tilt) and p.t(posterior tilt)
Data are expressed as means± S.D.
IV. 考察
傾 位 (a.t)の動 作 開 始 時 間 が、意 図 的 に後 傾 した
本 研 究 では構 え動 作 時 の骨 盤 前 傾 角 度 の違
後傾位(p.t)よりも速い結果であった。一方、n.p と
いが動 作 開 始 時 間 の遅 速 に及 ぼす影 響 につい
a.t のタイムには差が見られなかった。この動作開
て検 討 した。本 実 験 の仮 説 は骨 盤 の傾 斜 角 の違
始 時 間 の相 違 は地 面 反 力 にも反 映 されており、3
いが動作開始時間に影響し、特に骨盤後傾位は
群 間 で地 面 反 力 のデータを比 較 すると、水 平 成
動作開始時間を遅延させるというものである。
分である X 成分において a.t および n.p が p.t よ
動 作 開 始 時 間 について比 較 したところ、自 然
りも有意に大きい値を示した。水平方向の地面反
な構 えの姿 勢 (n.p)と骨 盤 を意 図 的 に前 傾 した前
力の大きさとスタートから 1 歩目の推進力と初速
205
スポーツ科学研究, 10, 198-208, 2013 年
には相関がある
12)
。さらに Hunter (2005)はスプリ
いは、骨 盤 傾 斜 の影 響 によるものが大 きいことが
ントの加 速 には蹴 りだし脚 の地 面 への強 い踏 み
考えられる。
込 みが重 要 であり、推 進 力 は高 い加 速 力 を得 る
一 方 、本 研 究 の限 界 として,動 作 開 始 時 間 に
ために必要だとしている 9) 。 つまり、今回 p.t の値
影 響 を及 ぼす項 目 として地 面 反 力 の分 析 を行 っ
が水 平 方 向 の地 面 反 力 が有 意 に低 かったことは
たが、その他 にも筋 張 力 、重 心 位 置 、姿 勢 等 が
p.t が蹴りだしの際に他の 2 つの姿勢と比べて蹴
影 響 を及 ぼす項 目 として考 えられる。今 後 は、映
りだしの際 の十 分 な力 発 揮 を行 うことができずに
像 による分 析 もより詳 細 に行 い、骨 盤 の傾 斜 によ
推 進 力 を適 切 に得 られていないことを示 唆 するも
る影響をさらに分析していく必要がある。また本研
のと考えられる。
究 での試 技 は前 方 向 のみであり、その結 果 として
実 際 に、全 被 験 者 の水 平 成 分 の値 と動 作 開
骨 盤 の後 傾 が前 方 向 への運 動 の時 間 の遅 延 に
始時間の値の相関関係を Pearson の相関係数を
つながるものと考 察した。横及 び後 方 への移動に
用いて求めたところ、r=-0.708 の有意な負の相関
おける時 間 に影 響 するかどうかに言 及 している研
関 係 が認 められた。つまり水 平 成 分 が大 きくなれ
究 はいまだ散 見 されていない。よって今 後 はさら
ばなるほど、動 作 開 始 時 間 は短 くなるという可 能
にサッカーの競 技 場 面 に即 した動 作 における影
性 が示 唆 された。さらに骨 盤 傾 斜 角 度 と動 作 開
響についても分析していく必要があると考える。
始 時 間 にも相 関 がみられたことから、骨 盤 傾 斜 の
本実験では骨盤傾斜の違いが反応動作の遅速
違 いによる地 面 反 力 の水 平 成 分 の大 きさの差 が
に及 ぼす影 響 について検 討 を行 った。その結 果
先 の結 果 で示 した動 作開 始 時 間 の差 にも影 響を
パワーポジションと呼 ばれる構 えの自 然 姿 勢 と骨
及ぼしているといえる。
盤 を前 傾 させた状 態 の姿 勢 を比 較 し、両 条 件 間
一方、a.t と n.p においても推進力に大きな差
で動作 開 始 時間 、地 面 反力 の値 に差は見 られな
は見 ら れな いこと か ら意 図 的 な骨 盤 前 傾 と自 然
かった。一方、後傾位に関しては他の 2 つの姿勢
肢 位 の構 えにはパフォーマンスにあまり差 がない
と比 べて動 作 開 始 時 間 と地 面 反 力 成 分 で低 い
ことが示 された。この結 果 を 説 明 する要 因 として
値を示した。今回の 3 つの姿勢のうち前傾位と後
骨 盤 傾 斜 角 度 が相 似 していることが考 えられる。
傾 位 はどちらも自 然 に構 えた姿 勢 から意 図 的 に
本研究において n.p と a.t の骨盤傾斜角度の数
骨盤 傾斜 を変えて試 技 を行い、動 作開 始時 間 の
値をみると a.t の方が数値は大きいものの有意な
遅速 に与 える影響 を検 討したが、意 図的 にとった
差 は見 られなかった。今 回 の結 果 は、パワーポジ
姿 勢 においても前 傾 位 ではパフォーマンスが低
ションのニュートラルな姿 勢 における骨 盤 傾 斜 は
下 しないことが示 唆 され、反 対 に意 図 的 にとった
意 図 的 な前傾 位 に近 い姿 勢 をとっていることを示
姿 勢 でも後 傾 位 の場 合 ではパフォーマンスが低
すものと考 えられ,このような骨 盤 傾 斜 角 度 の近
下 する傾 向 がみられた。よって構 え姿 勢 において
似性により動作開始時間に差が生じなかったもの
骨 盤 の後 傾 が反 応 動 作 の遅 速 のパフォーマンス
と考える。また、股関節角度について比較したとこ
を低 下 させると考 えられた。本 実 験 の結 果 を現 場
ろ各 姿 勢 の試 技 間 に有 意 な差 は見 られなかった。
に応 用 する際 には、構 えの姿 勢 をとる場 合 に骨
今回の実験では膝の関節角度も規定した状態で
盤 は後 傾 位 よりも前 傾 位 あるいは中 間 位 をとる方
実 施 していることから、下 肢 の関 節 角 度 の違 いが
が前 方 向 への移 動 には効 果 的 であるこという現
動 作 開 始 時 間 に及 ぼす影 響 というのは少 ないも
場 における指 導 の指 針 につなげることができる。
のと考 えることができる。つまり試 技 間の結果 の違
さらにサッカー以外にも構えの姿勢をとるスポーツ
206
スポーツ科学研究, 10, 198-208, 2013 年
は数 多 く存 在 し、それらのスポーツにおいても本
9)
Joseph P. Hunter (2005) Relationships
実験の結果を応用できると考える。本実験では被
Between Ground Reaction Force Impulse
験 者 数 が6名 と少 ないため今 後 被 験 者 数 を増 や
and
した詳細な分析が必要であると考える。
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Kinematics
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