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法人契約における保険事故招致免責

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法人契約における保険事故招致免責
生命保険論集第 189 号
法人契約における保険事故招致免責
松田 真治
(関西大学大学院法学研究科博士後期課程)
一.はじめに
二.フランス法
1. 問題の所在
2. 行為資格者たる被保険者
3. フランス判例理論
4. 小括
三.我が国の裁判例の状況
1. 総説
2. 最高裁の判断枠組み
3. 平成14年最判以降の法人契約事案
4.
平成14年最判の判断枠組みは自然人契約事案にも適用できる
か
5. 小括
四.おわりに
―127―
法人契約における保険事故招致免責
一.はじめに
本稿は、法人を保険契約者・被保険者(保険金受取人)とする保険
契約(以下、本稿では、これを「法人契約」と呼ぶ。
)について、故意
免責がどのように適用されるかという問題を取り扱う。
法人契約における保険事故招致の問題に関しては、生命保険契約に
ついて最高裁平成14年10月3日判決によって、判断枠組みが示され、
その後の下級審裁判例でもその判断枠組みが用いられている。
しかし、
近時、
「本件は、本件保険契約の保険契約者及び死亡保険金受取人がい
ずれも自然人である事案であって、観念的存在にすぎず、現実に事故
招致をなし得るものではない法人が保険契約者兼保険金受取人であっ
た上記最高裁判決の事案とは異なる」と、法人契約と否との相違を強
調する名古屋高裁平成24年3月23日判決が出された。
そこで、本稿では、法人契約か否かという点が上記最高裁判決の判
断枠組みの射程にどのような影響を及ぼすのかを検討する。そのため
には、まず、法人契約における保険事故招致がどのような問題である
のかを明らかにする必要があろう。この問題に関しては、まず、法人
の代表者の行為を当該法人の行為と捉えるか否かという点で、見解が
分かれている。
この点、大森忠夫は、法人たる被保険者の機関による事故招致の問
題に関して次のように述べていた。すなわち、
「法人の機関の事故招致
はすなわち法人の行為であるとして保険者の免責をみとめる者が多い。
しかしながらこの点は理論上疑問である。法人の機関の行為がすなわ
ち法人の行為となることの理論構成を如何に解するかは別にしても、
それは法人の代表機関がその代表権限内において法人の名においてな
したものでなければならない。しかるに、機関が法人の名において保
険事故招致行為をなす権限を有するというようなことは考えられない
からである」
。
「また、法人は法人の理事その他の代理人がその職務を
―128―
生命保険論集第 189 号
行うにつき他人に加えた損害を賠償する責に任ずる、とする民法第44
条の規定をどのように理解するにしても、それは結局不法行為責任に
関するものにほかならない。すでに述べたように、当面の問題は不法
行為などの一般責任理論によって解決すべき問題でないのであるから、
この問題を民法44条などの法理によって説明するのは正当でない」1)。
これに対して、ドイツでは、代表者責任論とは別に、法人自身の保
険事故招致が認められているとされる。竹濵修によれば、
「それは、日
本の民法44条に相当するドイツ民法31条の考え方を用いて、代表機関
による保険事故招致を法人自身のそれと認めるものである。確かに、
保険事故招致は事実行為であり、取引行為ではないから、職務上の代
理権や代表権の範囲の問題ではなく、また理事の職務遂行上の不法行
為に関する法人の帰責の問題でもない。しかし、法人自身の保険事故
招致という観念を承認する立場からは、法人に属する誰かの行為をも
って法人の行為と認めなければならない。……この考え方は、理事の
不法行為について法人が責任を負うことに類するものである。その意
味で、民法44条の考え方を類推することが適当である」という2)。
1)大森忠夫「被保険者の保険事故招致」同『保険契約の法的構造』
(有斐閣、
1952年)260頁。
2)竹濵修「会社役員の保険事故招致―損害保険契約の場合―」損保研究65巻
3=4号(2004年)346-347、360頁。また、竹濵は、
「保険契約上、誰の行為
をもって法人の行為と考えるべきか、換言すれば、法人契約の場合に、保険
契約当事者はどの範囲の人の保険事故招致を免責と考えて、その損害保険契
約を締結するのかという角度から考えるべき問題となる。そうだとすれば、
法人の代表機関の地位にある者の行為が法人の行為であり、その者の保険事
故招致は、法人自身の保険事故招致であるとして保険者免責を認めるのが妥
当である」ともしている。竹濵修「損害保険における保険事故招致免責」中
西正明先生喜寿記念論文集『保険法改正の論点』
(法律文化社、2009年)184
頁。
また、山下友信も、
「代表者の故意の事故招致は法人自身の故意の事故招致
とみなされるべきである。……抽象的な存在である法人の活動の統括者とし
ての代表者の故意をもって法人の行為として法的に評価することは可能であ
―129―
法人契約における保険事故招致免責
本稿では、まず、このような法人自身の保険事故招致という観念を
承認する立場の検証を行う。本来、竹濵の研究以降のドイツ法の状況
をも検討すべきではあるが、本稿では、法人自身の保険事故招致とい
う観念を承認する立場をフランス法という視点から検討することとす
る
(二)
。
そして、
最高裁平成14年10月3日判決以降の裁判例を紹介し、
同判決の射程を検討する(三)
。最後に、
(二)の検討で得たフランス
法からの示唆をもとに、行為資格者を認定する段階と行為資格者が保
険事故を招致したことを認定する段階とに区別して規範を再構成する
ことで法人契約事案とそれ以外の事案に共通する規範を提示し、今後
の課題を述べる(四)
。
二.フランス法
1. 問題の所在
フランス保険法典L.113-1条第2段落によれば、
「被保険者」の害意
的フォート(faute intentionnelle ou dolosive)によって生じた損
害について、保険者は責任を負わない。そこで、被保険者が法人であ
る場合に、法人の代表者が保険事故を招致したとき、保険者は免責を
主張することができるかが問題となる。
2. 行為資格者たる被保険者
L.113-1条によれば、
保険者免責の要件たる害意的フォートを犯しう
るし適切であると考えられる。
」としている。山下友信『保険法』
(有斐閣、
2005年)378頁。
なお、ドイツの学説に関しては、すでに田中耕太郎によって簡潔に紹介さ
れていたが、田中はドイツ学説に依拠していない(田中耕太郎「判批」法協
52巻5号(1934年)190頁以下)
。また、大森もドイツ学説に依拠していない
(大森・前掲注(1)260頁)
。
―130―
生命保険論集第 189 号
る行為者は、
「被保険者」のみであるとされている3)。
Groutelによれば、被保険者の資格は、保険証券の文言から生じると
される4)。そして、保険に関する利害関係は必要条件であるとしても、
それは、十分条件ではないという5)。
このように、フランス法における保険事故招致免責の対象となる行
為者とは、①保険に関する利害関係を有し、かつ、②保険契約上、被
保険者とされている者と解されている6)。
したがって、保険に関する利害関係を有する第三者が害意的フォー
トを犯したというだけでは、保険者免責とならない。
3. フランス判例理論
(1) 破毀院第1民事部2004年4月6日判決
損害保険契約に関する事例ではあるが、破毀院第1民事部2004年4
「保険契約が法人の名において締結されているときに
月6日判決7)は、
は、上記条文〔保険法典L.113-1条第2段落〕における害意的フォート
は、当該法人の法律上または事実上の代表者(dirigeant)について評
価される。
」と判示している。
(2) 学説
以下では、この問題に関する学説を紹介する。まず紹介するLuc
3)被保険者故殺の場合を定める保険法典L.132-14条は、
「保険金受取人」の行
為を問題としている。本稿では、保険者免責をもたらす保険事故招致をなし
うる者を「行為資格者」と呼ぶ。
4 ) GROUTEL(H.),LEDUC(F.),PIERRE(P.) et ASSELAIN(M.),Traité du contrat
d’assurance terrestre, Litec,2008,n°569,p.297.
5)Ibid.
6)MAYAUX(L.),RGDA 2005,p.917.山野嘉朗『保険契約と消費者保護の法理』
(成
文堂、2007年)229頁。
7)Cass.1re civ.,6 avril 2004,RGDA 2004,p.372,note KULLMANN(J.).本判決は、
すでに山野・前掲注(6)224頁による紹介がなされている。
―131―
法人契約における保険事故招致免責
Mayauxの見解は、上記破毀院判決が出される前のものであるが、その
主張する内容は、①自然人と法人との区別をもって結論を左右すべき
でないということ(Mayauxは「差別« discrimination »」の語を用い
る。
)
、②会社機関による事実上の任命がある場合にのみ、事実上の代
表者を法律上の代表者と同一視することを認めること、である(ⅰ)。
次に紹介するのは、Jérôme Kullmannによる上記破毀院判決の評釈であ
る。その主たる内容は、①上記破毀院判決が被保険者の害意的フォー
トの認定を事実上の代表者へ拡大することを明白に認めた初めての破
毀院判決であること、②法律上の代表者が事実上の代表者を利用して
保険事故を招致する可能性から、事実上の代表者を保険者免責の射程
に含めることを正当化すること、である(ⅱ)。最後に紹介するのは、
Hubert Groutelの見解である。その主たる内容は、①上記破毀院判決
の判断が、害意的フォートの行為者が当該法人自身であるという考え
から導かれること、②保険に関する利害関係という基準は、自然人に
対して被保険者資格を与えるのに十分ではないが、法人の場合には、
保険に関する利害関係という基準を用いて行為資格者を認定しなけれ
ばならないということ、である(ⅲ)。
(ⅰ)Luc Mayaux
被保険者が法人である場合においては、保険事故を発生させる意思
は、
「当該法人の法律上または事実上の代表者において評価される。こ
の結論は、例えば、意図もなく、放火行為を達成する物理的手段も有
しないといった、法人の擬人性を正しく認識していないことにはなら
ない。しかし、法人格に関しては、しばしば、第三者たる保険者に対
して損害を与えることになる差別を防止すべきとの要請によって、こ
の結論は説明される8)。被保険者が法人であるという理由で害意的フ
8)また、Mayauxは、
「法人の代表者による仲介によって保険契約は締結されう
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生命保険論集第 189 号
ォートによる免責を保険者が主張しえないとしてはならないし、法人
という構造物が、自然人にとって、免責の迂回手段の一つであるとし
てはならない。無差別の要請は、ほかの分野でも現れている。たとえ
ば、法人が保険契約者の資格を有している場面である。保険者が保険
契約者に対抗しようとしている契約条項についての保険契約者の認識、
あるいはリスクの告知時の悪意は、法人の代表者について評価されな
ければならないとしても、それは、自然人との関係で、すべての『積
極的差別(discrimination positive)9)』を避けるためである。たと
え法人が認識することができない、ましてや意識することもできない
としても、我々はそのことを知らないふりをしているのである。とい
うのも、このフィクションは、その付保可能性の条件の一つだからで
ある。法人が付保可能であるとするためには、法人が自然人と同一視
される必要がある」10)。
「本条〔保険法典L.113-1条〕に関しては、事実上の代表者が法律上
の代表者と同一視されるべきか否かをまだ考えなければならない。契
約締結については、表見理論を用いなければ、その答えは明らかに否
定的なものとなる。会社機関のみが法人の名において契約を締結する
権限を有しているのである。しかし、責任に関わる問題については、
はっきりと断定できない。刑法の分野では、一部の学説が、当該同一
視に反対する。というのも、事実上の代表者の不正行為に直面した法
るのであれば……、代表者のフォートの結果についても法人が責任を負わな
ければならない。このことを否定する結論は、差別となろう。というのも、
法人に対して、自然人よりもよい境遇を与えることとなるからである。刑法
は、そのことを十分に理解しており、意図的放火を含めて、法人の刑事責任
を認めているのである(刑法典322-6条、322-17条)
。
」と述べる。MAYAUX(L.),
RGAT 1994,p.1121.
9)フランス法における積極的差別については、山元一『現代フランス憲法理
論』
(信山社、2014年)543頁以下が詳しい。
10 ) MAYAUX(L.),Traité de droit des assurances,t.3,Le contrat
d’assurance,sous la direction de BIGOT(J.),LGDJ,2002,n°1120,p.825.
―133―
法人契約における保険事故招致免責
人 は 、『 強 制 の 状 態 に 置 か れ (s’est trouvée placée en état de
contrainte)』
、
『加害者よりもむしろ被害者とみなされる(fait plutôt
。
「代表者が、
figure de victime que de coupable)』11)からである」
会社機関によって、法律上ではなく事実上任命されたものである場合
には、そうはいかない。そのときには、法人の責任が認められること
になる。この区別は、保険法典L.113-1条の適用について有効なものと
なりうるだろう」12)。
(ⅱ)Jérôme Kullmann
「周知のとおり、
保険法典L.113-1条が自然人の被保険者と法人の被保
険者との間にまったく区別を設けていないとしても、法人の害意的フ
ォートは、自然人たる長(chef)においてしか評価できない…。そし
て、判例は、そのとき、代表者の行動を検討している。こうでなけれ
ば、被保険者が法人であるという口実だけで害意的フォートが制裁を
受けないことになる。しかし、だからといって、その検討が、代表者
によって犯された行為に制限されるわけではない。使用人の行為は、
その者を雇用している法人の行為を表象しない。2004年4月6日判決
のように、法律上の代表者の息子でも同様である。たとえ、当該会社
の社員が、
〔法律上の代表者とその息子の〕2人だけであったとしても
である。本判決は、害意的フォートの認定を事実上の代表者へ拡大す
ることが認められたことを示している。
したがって、
事実審裁判官は、
事実上の代表者という資格を有することが先立って確認されなければ、
11)この表現は、事実上の代表者と法律上の代表者を同一視することができる
かという問題において、これを否定する見解が用いるものである。川本哲郎
「フランスにおける法人の刑事責任」京園18=19号(1996年)43頁。
12)MAYAUX(L.),op.cit.(8),p.1122.このMayauxの見解は、Kullmannによれば、
「刑法学説を参照するが、代表者が会社機関によって、法律上ではなく事実
上任命されたものである場合における制裁の正当性を考察するものである」
と評価されている。KULLMANN(J.),op.cit.(7),p.375.
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生命保険論集第 189 号
法律上の代表者の息子の非難すべき行動を認定することができないだ
ろう。私の知る限り、被保険者である会社から補償に対する権利を奪
う、害意的フォートが事実上の代表者の責任であることを破毀院が明
言したのは、今回が初めてである。この拡張は、同様の事例において、
法人が犯人よりもむしろ被害者であると考える学者からの批判を引き
付けることとなろう。そのことは、間違いではない。しかし、保険法
典L.113-1条の制裁を免れるために、
おそらく怪しげな会話をすること
で事実上の代表者に卑しい仕事をゆだねることは、法律上の代表者に
とって、非常に簡単である。私見としては、結論はこのようにして正
当化される」13)。
(ⅲ)Hubert Groutel
「被保険者が法人の場合、故意行為が被保険者のものであるとみな
される自然人が誰なのかを明らかにすることが適当である。先に述べ
たのと同様の性格付けを使用するためには、2段階で性格づけられる
者が問題となるだろう。破毀院は、重要な判決を出した。それは、
『保
険契約が法人の名において締結されている場合、
保険法典L.113-1条第
2段落における意味での害意的フォートは、法律上のあるいは事実上
の代表者において評価される。
』というものである。
この結論は、害意的フォートの行為者が当該法人自身であるという
考えから導かれる14)。この観点からは、事実上の代表者は、法律上の
代表者と同視できるにもかかわらず、身体的な投影となり得る者の数
13)KULLMANN(J.),op.cit.(7),p.375.この見解は、法律上の代表者による関与を
事実上の代表者への行為資格者拡張の正当化根拠としていると評価できるだ
ろう。
14)野田良之によれば、フランスにおいては、法人は機関の行為に基づき自ら
行為するものと認められており、したがって、機関の故意は法人の故意であ
ると解されていた。野田良之「フランスの責任保険法(二)
」法協56巻2号(1938
年)97頁参照。
―135―
法人契約における保険事故招致免責
は限定される。議論の余地なく、法人の刑事責任15)との類似点が観ら
れる。しかし、法人を体現する者のリストは、刑法の分野では、ヨリ
広範である。というのも、機関(organes)と代表者(répresentants)
を含むからである16)。法人を体現しうる自然人のリストは、責任保険
に合わされなければならない。というのも、与えた損害について賠償
金を支払った後に、行為についての制裁を受けなければならないから
である。保険金の支払を受けることのできない法人は自己の故意行為
について、民事上の結果を引き受けるのであるから、故意行為は法人
に緊密に結びつけられるのが妥当である。そこから、法人を体現する
自然人が代表者に限定される必要が出るのである」17)。
また、Groutelは、破毀院の立場の不都合性について、以下のように
述べる。
「法人の故意行為が代表者について評価されるというルールは、
物保険には、うまく適合しない。たとえば、有限会社(SARL)の多数
15)フランスにおける法人処罰肯定の契機としては、重大な鉄道事故や医療過
誤事件などが発生したことから法人自体を処罰する必要性が認められたこと
や、英米やオランダ、カナダ、ECなどにおいて法人処罰が認められているこ
とが挙げられており、また、法人を処罰するということは、
「自然人と同様の
領域において行動する法人は、自然人と同様の法的制裁を受けるべきである」
という考え方に基づくものであるとする指摘も見られる。川本・前掲注(11)41
頁。
16)新刑法典121-2条によれば、
「国を除き、法人は、……法人のために、その
機関(organes)又は代表者(représentants)によって行われた犯罪について刑
事責任を負う」
。本条は2004年5月9日付法(la loi Perben II)によって改
正され、すべての犯罪が法人に対しても認められることになった。ジャン=
ポール セレ(著)岡上雅美(訳)
「フランスにおける法人の刑事責任の展開」
企業と法創造第4巻1号(2007年)39頁。
この代表者に関しては、その範囲につき争いがあるが、判例上は、代表機
関から権限が委譲された責任者にまで行為主体を拡張することが認められて
いることにつき、樋口亮介「法人処罰と刑法理論(六・完)
」法協125巻12号
(2008年)52頁参照。
17 ) GROUTEL(H.),LEDUC(F.),PIERRE(P.) et ASSELAIN(M.),op.cit.(4),nos570 et
s.,p.298.
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生命保険論集第 189 号
派社員が代表者(gérant)の資格を有しておらず、かつ、有限会社が
保険の目的物への意図的な放火によって有罪となる場合18)に、保険事
故招致行為者が会社の代表者でないからという理由で保障が消えない
のはおかしいであろう。反対に、社員でない代表者が保険事故を招致
した本人であるのに、会社が保障を奪われるというのは、不合理であ
ろう。財産面については、この代表者は会社との関係では第三者であ
る。それでもしかし、会社が保険者による保険金の支払を受けた場合
には、保険事故招致者に対して保険者による保険代位請求がなされる
こととなろう。したがって、保険に関する利害関係という基準は、自
然人に対して被保険者資格を与えるのに十分ではないのに、法人の場
合には、保険者が対抗可能な故意行為を犯しうる自然人を認定すると
きには、保険に関する利害関係という基準が介入しなければなら
ないだろう」19)。
4. 小括
フランスでは、すでに見てきたように、法人が被保険者となってい
る場合には、被保険者による故意の保険事故招致は、当該法人の法律
上あるいは事実上の代表者について評価するという破毀院第1民事部
2004年4月6日判決がある。
この破毀院判決が前提としているものは、法人自身による保険事故
招致という観念の存在である。しかしながら、現実には、法人自身は
行為をなしえないため、破毀院は、代表者の行為を法人の行為と捉え
ようとする。法人自身による保険事故招致を観念する根拠として、
18)新刑法典322-6条(放火罪等)
、322-17条(前記121-2条の条件を満たす限り
において、法人への322-6条の適用可能性を示す。
)は、法人が意図的放火に
ついて訴追されうることを認めている。このことについては、注(16)も参照。
19 ) GROUTEL(H.),LEDUC(F.),PIERRE(P.) et ASSELAIN(M.),op.cit.(4),nos570 et
s.,p.298.
―137―
法人契約における保険事故招致免責
Mayauxは、自然人と法人との無差別の要請を指摘している。
また、先に見たように、Groutelは、この破毀院のアプローチがフラ
ンス刑法における法人の刑事責任(法人処罰理論)と類似するもので
あると評価している。もっとも、法人の刑事責任の場合とは異なる点
として、主に2点挙げられる。第1に、代表者以外の機関による保険
事故招致は、保険者免責とはならない。第2に、法人処罰における「法
人のために」という要件20)が、破毀院のアプローチでは、課されてい
ないことである。たしかに、代表者の行為を法人の行為と評価する点
は共通するが、その他の点では、大きく異なっており、法人処罰理論
を保険者免責の分野に持ち込むことはされていない21)。
ところが、法人の代表者の行為を法人の行為と同一視する点につい
ては、先に見たように、Groutelによって、次の疑問が示されている。
多数派社員が保険事故を招致した場合に、その者が会社の代表者では
ないからという理由で保険者免責とならないのはおかしい点。
反対に、
社員でない代表者が保険事故を招致した場合に、会社が保険金を受領
できないのはおかしいという点である。このように、保険金の帰属先
を考慮すると、破毀院のアプローチだけでは、必ずしも妥当な結論を
得ることができないことが示されているという状況にある。
20)新刑法典121-2条の文言上は、法人図利目的が積極的動機として要求されて
いるように思えるが、解釈上、自己図利目的しか存在しない場合に法人処罰
が否定されると理解されている。樋口・前掲注(16)52頁。
なお、フランス法における被保険者による保険事故招致について、行為の
動機が損害を発生させることで足りるのか、それとも、保険者を害する意図
まで要するのかについては、見解がわかれていることにつき、拙稿「フラン
ス保険法における保険事故招致に関する故意の拡張論」生保論集186号(2014
年)212頁を参照されたい。もっともこの議論は、行為資格者を認定した後で
当該行為者の故意を検討する段階のものであって、ある者の行為を法人の行
為と同視する段階(行為資格者認定段階)の議論ではない。
21)たとえば、Groutelは、類似点を指摘するにとどまり、法人処罰理論を保険
者免責の分野で展開しようとはしていない。
―138―
生命保険論集第 189 号
三.我が国の裁判例の状況
1. 総説
以下では、まず、最高裁平成14年10月3日第一小法廷判決の示した
判断枠組みについて概観した後(2)
、その判断枠組みが後の下級審裁
判例において具体的にどのように用いられているかを検討し(3)
、法
人契約事案において示された判断枠組みが法人契約事案以外の事案に
ついても適用できるかという問題について、裁判例を用いて検討する
(4)
。
2. 最高裁の判断枠組み
(1)最高裁平成14年10月3日第一小法廷判決民集56巻8号1706
頁22)…故意免責否定
【事案】
X有限会社とY生命保険相互会社は、
Xの代表取締役Aを被保険者、
Xを保険金受取人、災害死亡保険金を1億2000万円とする集団扱定期
保険契約(以下、
「本件保険契約」という。
)を締結していたが、本件
保険契約には、被保険者が、保険契約者又は保険金受取人の故意によ
り死亡した場合には、Yは死亡保険金を支払わない旨の免責条項(以
22)本判決の評釈として、以下のものがある。石田清彦「判批」法教272号(2003
年)114頁、石原全「判批」重判平成14年(2003年)103頁、竹濵修「判批」
保険レポ179号(2003年)13頁、同「判批」判評537号(判時1831号)(2003
年)38頁、出口正義「判批」NBL770号(2003年)105頁、山下典孝「判批」判
タ1115号(2003年)77頁、今井和男「判批」保険レポ186号(2004年)1頁、
後藤元「判批」法協121巻2号(2004年)164頁、藤田勝利「判批」リマーク
ス28号(2004年)114頁、丸地明子「判批」判タ1154号(2004年)150頁、榊
素寛「判批」商事1802号(2007年)45頁、藤田友敬「判批」保険法判例百選
(2010年)170頁。
―139―
法人契約における保険事故招致免責
下、
「本件免責条項」という。
)があった。
Aの女性関係に悩んでいた妻Bは、自宅でAの頭部を殴打して死亡
させ、その直後に自殺した。
Xは、Aが創業し、本件事故当時、土木建設業を営む有限会社であ
ったが、その後株式会社に組織変更された。本件事故当時のXの取締
役は、A、B、長男CおよびAの弟Dの4名であった。また、本件事
故当時、Aは代表取締役であり、いわばワンマン経営者として業務の
ほとんどを支配しており、B、C、Dは経営に関与していなかった。
以上のような事実関係の下、Xが本件保険契約に基づき災害死亡保
険金を請求したのに対して、Yが本件免責条項に該当するとしてその
支払を拒絶した。
【判旨】(上告棄却)
「本件免責条項は、商法680条1項2号本文及び3号の規定と同旨の
ものであるところ、いずれもその趣旨は、生命保険契約において、保
険契約者又は保険金受取人が殺人という犯罪行為によって故意に保険
事故を招致したときにも保険金を入手できるとすることは、公益に反
し、信義誠実の原則にも反するものであるから、保険金の支払を制限
すべきであるというところにある」
。
「本件免責条項は、保険契約者又は保険金受取人そのものが故意に
より保険事故を招致した場合のみならず、公益や信義誠実の原則とい
う本件免責条項の趣旨に照らして、第三者の故意による保険事故の招
致をもって保険契約者又は保険金受取人の行為と同一のものと評価す
ることができる場合をも含むと解すべきである。したがって、保険契
約者又は保険金受取人が会社である場合において、取締役の故意によ
り被保険者が死亡したときには、会社の規模や構成、保険事故の発生
時における当該取締役の会社における地位や影響力、当該取締役と会
社との経済的利害の共通性ないし当該取締役が保険金を管理又は処分
―140―
生命保険論集第 189 号
する権限の有無、行為の動機等の諸事情を総合して、当該取締役が会
社を実質的に支配し若しくは事故後直ちに会社を実質的に支配し得る
立場にあり、又は当該取締役が保険金の受領による利益を直接享受し
得る立場にあるなど、本件免責条項の趣旨に照らして、当該取締役の
故意による保険事故の招致をもって会社の行為と同一のものと評価す
ることができる場合には、
本件免責条項に該当するというべきである」
。
「これを本件についてみるに、Xが、年間売上高が3億3000万円前
後、従業員数が関連会社を含め20名から30名程度の有限会社であるこ
と、AがXの業務のほとんどを支配しており、Bは、代表権のない取
締役であり、主として従業員の給与計算や社会保険関係の事務を担当
していたものの、その役割はAがXを運営していく上で必要な業務の
補助的性質のものであり、Bが経営者としての立場でX会社の業務に
関与してはいなかったこと、BがAの女性関係に悩んでおり、Aを死
亡させた直後に自殺していることなど上記事実関係の下においては、
BがXを実質的に支配し又は事故直後直ちにXを実質的に支配し得る
立場にあったということはできず、また、Bが保険金の受領による利
益を直接享受し得る立場にあったということもできず、公益や信義誠
実の原則という本件免責条項の趣旨に照らして、Bが個人的動機によ
って故意にAを死亡させた行為をもってXの行為と同一のものと評価
することができる場合には当たらないというべきである。なお、Bが
資金調達面の事務に関与するため、金庫の鍵を所持し、取引銀行と交
渉するなどの役割を果たしていたことや、役員報酬の年額がAに次ぐ
ものであったことなどの事実を考慮しても、Bの行為をもってXの行
為と同一のものと評価することができる場合に当たるということはで
きない。そうすると、本件免責条項に該当しないとして、Xの保険金
請求を認容すべきものとした原審の認定判断は、正当として是認する
ことができる」
。
―141―
法人契約における保険事故招致免責
(2)判断枠組み
最高裁平成14年10月3日第一小法廷判決(以下、
「平成14年最判」と
いう。
)の示した判断枠組みは、
「免責条項の趣旨に照らして、第三者
の故意による保険事故の招致をもって保険契約者又は保険金受取人の
行為と同一のものと評価することができる場合をも含むと解すべきで
あ」り、
「免責条項の趣旨に照らして、取締役の故意による保険事故の
招致をもって会社の行為と同一のものと評価することができる場合」
には、免責条項に該当するというものである23)。
ここでいう「免責条項の趣旨」は改正前商法680条1項2号本文及
び3号の規定と同旨のものであるとされ、その内容は、
「生命保険契約
において、保険契約者又は保険金受取人が殺人という犯罪行為によっ
て故意に保険事故を招致したときにも保険金を入手できるとすること
は、公益に反し、信義誠実の原則にも反するものであるから、保険金
の支払を制限すべきであるというところにある」とされている24)。
23)平成14年最判は、具体的な考慮要素及び実質的支配・利益享受という例示
は「保険契約者又は保険金受取人が会社である場合において」のものとして
いるので、この部分を直接に法人契約以外の場合に適用することはできない
が、趣旨に照らして同一と評価できる場合という一般的方針と、その趣旨の
理解とは適用可能であると考えられている。後藤・前掲注(22)175頁、竹濵・
前掲注(22)41頁。
24)保険者免責の趣旨とされる「公益」と「信義誠実の原則」について、榊・
前掲注(22)48頁は以下のように指摘する。すなわち、
「保険金受取人としての
属性について、公益とは反社会性を前提にするものであり、殺人の誘発より
はむしろ殺人という犯罪行為を犯した者がそれを機縁として利得を得ること
を防止する必要性(受益の防止が主目的で保険者免責は反射的な効果)を内
容とする。これに対し、地位の得喪が保険契約者の意思表示に委ねられ、契
約締結への関与が担保されていない保険金受取人は、個別の事案ではともか
く、制度的に保険者に対しては信義則を負わない」
。
「保険契約者としての属
性について、公益とは反社会性を前提にするものであり、殺人という犯罪行
為を犯した者が保険金受取人に保険金を与えるという契約目的を達成するこ
とを防止する必要性(対価関係を正面から考慮する立場であり、経済的な利
得に関する限り保険金受取人の反公益性と同内容かつ同水準)を内容とする。
―142―
生命保険論集第 189 号
そして、取締役が、会社を実質的に支配し若しくは事故後直ちに会
社を実質的に支配し得る立場にある場合(実質的支配類型)
、保険金の
受領による利益を直接享受し得る立場にある(利益享受類型)などの
場合には25)、当該取締役の故意による保険事故の招致をもって会社の
行為と同一のものと評価される26)。
これらの類型に該当するか否かを判断する際の考慮要素として、a.
会社の規模や構成、b.保険事故の発生時における当該取締役の会社に
おける地位や影響力、c.当該取締役と会社との経済的利害の共通性、
d.当該取締役が保険金を管理又は処分する権限の有無、e.行為の動
機27)、が挙げられている28)。
これに対し、信義則に関しては契約の一方当事者として相手方に対して負う
債務を内容とする」
、と。
免責条項の趣旨をヨリ具体化しなければ、判断枠組みを評価できないとい
う問題意識から、故意免責の趣旨をヨリ具体的に検討したものとして、榊素
寛「故殺・自殺・保険事故招致免責の法的根拠」江頭憲治郎先生還暦記念『企
業法の理論(下)
』
(商事法務、2007年)330頁以下を参照。
25)取締役の保険事故招致を会社の行為と同一視しうる類型として、実質的支
配類型と利益享受類型が挙げられているが、これらの類型の関係をどう捉え
るかが問題となる。この点の学説状況に関しては、藤田(友)
・前掲注(22)171
頁を参照。
26)この方針が示されたことによって、第三者による保険事故招致の問題は、
保険法上の免責規定の趣旨の解釈により解決されるべきであって、代理・代
表理論や理事・被用者の不法行為についての旧民法44条・715条等の保険法外
の一般法的法理を直接持ち込むことによって解決すべきではないと指摘され
ている。後藤・前掲注(22)178頁注3。
27)法人の機関による被保険者故殺の場合については、当該法人に保険金を取
得させる目的の存在が必要であるとする見解がある(潘阿憲「保険金支払義
務と免責事由」倉澤康一郎(編)
『新版 生命保険の法律問題』金判1135号(2002
年)111頁)
。これに対し、保険者による被保険者故殺免責の立証が困難であ
るという状況において、さらに故殺者の主観的意図を免責の要件とすること
は、免責条項が事実上機能しない事態を招くという批判(山下(典)
・前掲注
(22)84頁)や、最高裁昭和42年1月31日第三小法廷判決民集21巻1号77頁が
保険金取得目的を不要としていることから、そのこととの整合性を理由とし
―143―
法人契約における保険事故招致免責
本件では、Xが小規模の会社であること(a)
、Aのワンマン経営が
なされ、保険事故発生時のBが経営に関与していなかったこと(b)
、
BはA殺害後、自殺しており、Xを実質的に支配し得る立場になく、
また、保険金の受領による利益の直接享受もできない立場にあったこ
と(c・d)
、が認定され、Bの行為をXの行為と同一視できないとされ
た。
3. 平成14年最判以降の法人契約事案
以下では、平成14年最判以降、同判決において示された判断枠組み
がどのように用いられているかを検討する。
(1) 裁判例
①
福井地裁平成15年5月30日判決(生命保険判例集第15巻373頁)…
故意免責肯定
【事案】
株式会社Xは、保険会社Yとの間において、昭和54年、被保険者を
A、死亡保険金受取人をXとする生命保険契約(以下、
「本件保険契約」
とする。
)を締結した。本件保険契約には、
「被保険者が保険契約者又
は死亡保険金受取人の故意により死亡したときには、死亡保険金を支
て、行為の動機を考慮要素とすることに批判的な見解がある(榊・前掲注
(22)50頁)
。もっとも、後者の見解は、行為の動機が利得をうかがわせる要素
として用いることは理解できるとしている(榊・前掲注(22)50頁)
。
28)髙部眞規子は、利益享受類型を、会社に対する実質的支配という事実を経
済的な観点からとらえたものであるとしたうえで、考慮要素aを両類型の前提
事実、bを実質的支配類型の客観的要素、cを利益享受類型の客観的要素とし、
eを主観的要素とする。考慮要素は、総合的に判断する事情の一つとして位置
づけられ、法人に保険金を取得させようという意図がある場合には、法人と
同視し得ると判断する方向に傾くと解している。髙部眞規子「判解」
『最高裁
判所判例解説民事篇平成14年度(下)
』
(法曹会、2005年)790頁。
―144―
生命保険論集第 189 号
払わない」旨の免責条項(以下、
「本件免責条項」という。
)が定めら
れていた。
Aの妻であり、Xの取締役であったBは、平成13年10月1日、Aを
道連れに自殺しようと考え、自己が運転する乗用車の助手席にAを同
乗させた状態で、乗用車を磯に転落させ、Aに頭蓋骨骨折等の傷害を
負わせ、Aを外傷性ショックにより死亡させた。なお、Bは、平成14
年に、同意殺人罪の有罪判決を受けた。
Bは、平成13年10月16日、Xの代表取締役に就任し、同年11月、X
の破産を申し立て、同月30日、Xは、破産宣告を受けた。
本事案は、破産管財人が、XとYとの間の生命保険契約に基づき、
Xの代表者である被保険者Aの死亡による保険金の支払を求めたもの
である。
【判旨】
本判決は、最判14年を引用し、以下のような当てはめを行い、Aの
死亡が本件免責条項に該当するとした。
「Xは、年間売上高が約7400万円から約1億2000万円の比較的小規模
な会社であり、取締役や監査役が親族で占められていること、本件事
故当時、Aは、代表取締役であったものの、昭和56年に脳梗塞を発症
した後は、Xの経営にはほとんど関与せず、Bが資金繰りや経理を掌
握し、実質的にはBがXを経営していたと評価できること、BがAを
殺害し、自殺を図るに至った動機は、Xの資金繰りに窮したことにあ
るが、それは、Bが取引先に対して融通手形を振出し、資金繰りが悪
化した後もAやほかの取締役に相談することなく、融通手形や高金利
の借入れを行ったことが原因であることが認められる。
これらの諸事情を総合すれば、Bは、保険事故発生当時、Xを実質
的に支配している立場にあったということができるから、公益や信義
誠実の原則という本件免責条項の趣旨に照らして、BがAを故意に死
―145―
法人契約における保険事故招致免責
亡させた行為をもってXの行為と同一のものと評価することができる
場合に当たるというべきである」
。
また、本事案では、Bが、Aと共に自殺を図り、偶然生き残ったに
すぎず、Bには保険金を取得する意思や客観的状況がなかったから、
Xが保険金を取得することは公益や信義誠実の原則には反しないと主
張されており、この点については、次のように述べられている。
「しかしながら、会社を実質的に支配している取締役が保険事故を
招致したときに、当該取締役の行為を会社の行為と同一のものと評価
できると解するのは、本件免責条項の趣旨に照らせば、当該取締役が
代表権を有しているか否かという法的な側面だけを考慮するのではな
く、経済的な側面からも法人の行為と同視し得るか否かを判断するの
が相当だからである。
すなわち、会社を実質的に支配している取締役は、保険金の受領に
よる利益を直接享受することになるから、このような取締役が故意に
保険事故を招致したときに当該取締役の支配下にある会社が保険金を
入手できるとすることは、当該取締役の保険金取得の意図の有無にか
かわらず、保険契約関係者間の信義誠実の原則に反するものといえる
からである。
また、保険金受取人が、被保険者を殺害し、その直後に自殺を遂げ、
殺害当時保険金取得の意図を有しなかったときでも、公益、信義誠実
の原則及び保険の特性である保険事故の偶然性の要求から、商法680
条1項2号の適用があり、保険者は保険金の支払の責を免れると解す
るのが相当であるところ(最高裁昭和41年(オ)第933号同42年1月31
日第三小法廷判決・民集21巻1号77頁参照)
、前示のとおり本件免責条
項は、
商法680条1項2号本文及び3号の規定と同旨のものであるから、
この理は、保険金受取人が法人の場合の本件免責条項の適用の可否に
ついてもあてはまるといえる。そうすると、このことからしても、保
険金受取人である会社を実質的に支配している者が故意に保険事故を
―146―
生命保険論集第 189 号
招致した場合は、保険金取得の意図の有無にかかわらず、法人の行為
と同視すると解するのが相当である」
。
②
大 阪 高 裁 平 成 16 年 1 月 29 日 判 決 ( 生 命 保 険 判 例 集 第 16 巻 57
頁)29)…故意免責否定
【事案】
本件は、株式会社Xを保険契約者兼保険金受取人、X社の代表取締
役Aを被保険者とする生命保険契約が締結されている場合に、代表権
を有しない取締役であるB(Aの実弟)が被保険者であるAを故意に
死亡させたことが、保険契約者兼保険金受取人の故殺という免責事由
に該当するか否かが争われた事案である。
【判旨】
本判決は、平成14年最判を引用し、そこで掲げられていた考慮要素
に即して事実認定を行ったうえで、以下のように述べ、保険者免責を
否定した。
「Xは、資本金、売上高、従業員数、営業拠点その他において相当
程度の経営規模を有する株式会社であるが、創業者Dの一族が大半の
株式を保有し、長年にわたり創業者Dが代表取締役として会社の実権
を掌握してきたものであり、その絶大な影響力の下、Xの実権は長男
であるAに承継されつつあった。二男であるBは、Xでは名目的な取
締役の地位にあるにとどまり、関連会社の代表取締役として自主独立
を図る方向にあったことからも、Xにおける影響力はほとんど有して
いなかったものということができる。
29)被告である生命保険相互会社が後に上告受理の申立てを行ったが、不受理
決定がなされている(最決平成17年6月17日生命保険判例集第17巻464頁)
。
―147―
法人契約における保険事故招致免責
確かに、Aの死後間もなく、Bは、専務取締役に昇格した上、経理
をも掌握するという方針が打ち出されたものの、
代表権は与えられず、
他の1名も専務取締役に昇格している。さらに、Aの死亡直後、Dは、
かねての長子相続の考え通り、Aの葬儀においてAの長男FをXの後
継者として育成していく方針を公言したことがあったのであり……、
平成9年4月中旬以降同年6月までの間においては、自ら代表取締役
に復帰してXの実権を掌握しており、Aに代わる後継者をBにすると
の最終的な意思決定をするには至っていなかったものと認めるのが相
当である。
BとXとの経済的利害関係は、Bが創業者の一族であり、現にXの
発行済株式総数の7パーセントの株式を所有しているという点では共
通しているものの、Bは、Xでは名目的な取締役に過ぎず、J社のオ
ーナー社長としてXから分離独立を図っていくという方向性が具体化
していたという面からは共通性がないということができ、
総体として、
共通の経済的利害関係は、さほど強いものではなかったというべきで
ある。
BがAを殺害した動機は、Xが同族会社であることから個人的な動
機であるか会社に起因したものであるかの峻別は困難であるものの、
主としてXという法人内部の運営に関する衝突・軋轢に基づくもので
あるとみることができる」
。
「Xにおいては、なんといっても創業者Dの存在(実質的な地位や
影響力)が大きいことが特徴であって、Xの規模や構成、Bの地位や
影響力等から明らかなように、本件保険事故の発生当時、BがXを実
質的に支配し得る立場にあったと認められないことはもとより、事故
後直ちにXを実質的に支配し得る立場にあったとも認めることはでき
ない。また、Xの規模や構成、Bの地位、経済的利害関係や担当職務
の実質的内容等からみて、Bが本件保険金の受領による利益を直接享
受し得る立場にあったということもできない。
―148―
生命保険論集第 189 号
その他、行為の動機等からみて、Bには本件保険金をXに取得させ
ようという意図があったともいうことができない」
。
「以上によれば、本件免責条項の趣旨に照らして、Bの故意による
保険事故の招致をもってXの行為と同一のものと評価することはでき
ない」
。
(2) 検討
裁判例①は、当該会社が比較的小規模で、取締役・監査役が親族で
占められていること(a)
、保険事故発生当時、故殺者が、経理を掌握
し、実質的に会社経営を行っていたこと(b・d)を認定し、故殺者の
行為が会社の行為と同一視できるとして、免責を認めている。
本判決は、
「会社を実質的に支配している取締役は、保険金の受領に
よる利益を直接享受することになる」としており、実質的支配を利益
享受しうる地位にあることの判断要素と捉えている。本判決は故殺者
を保険金受取人と同一視しているようであるが、
「保険契約関係者間の
信義誠実の原則に反するものといえるから」という理由づけは、保険
金受取人が保険者に対して信義則を負わないと解する立場からの批判
を受けることとなろう。
また、本判決は、保険金取得目的を不要とした最判昭和42年1月31
日を考慮して、
「保険金取得の意図の有無にかかわらず、法人の行為と
同視する」としている。しかし、法人契約の場合において、取締役の
行為を会社の行為と同視すべきか否かの判断と、取締役の行為が会社
の行為と同視し得るとされた場合にさらに動機を問題とするか否かは
別次元の問題である30)。したがって、行為資格者を認定する段階で行
為の動機を考慮要素としても、上述の最高裁判決との整合性は保たれ
30)矢作健太郎「生命保険における保険者の免責事由」塩崎勤(編)
『現代裁判
法大系(24)』
(新日本法規出版、1998年)160頁。藤田(友)
・前掲注(22)171
頁参照。
―149―
法人契約における保険事故招致免責
るというべきである。
本件事案では、故殺者が、保険事故当時、実質的に会社を支配して
いたが、保険金受取人たる会社は保険事故発生直後に破産宣告を受け
ており、故殺者が直接保険金受領による利益を得る地位にあったと評
価できるかは疑問が残る。
裁判例②では、当該会社が相当程度の経営規模を有する株式会社で
あり、創業者の一族が大半の株式を保有していること(a)
、会社の実
権は創業者にあり、故殺者は名目的取締役の地位にとどまり、関連会
社の代表取締役として独立する方向にあったこと(b)
、故殺者は、当
該会社の創業者一族であり、
発行済株式総数の7%を保有していたが、
関連会社のオーナー社長として独立する方向にあり、当該株式を手放
す可能性があったこと(c)
、故殺者は、被保険者殺害後、経理を掌握
することになったが、創業者が代表取締役に復帰し、経理に関して独
自に判断することができなかったこと(d)
、殺害の動機は、主として
Xという法人内部の運営に関する衝突・軋轢に基づくものであるとみ
ることができること(e)
、が認定されている。
本判決は、「実質的支配類型」と「利益享受類型」とを区別し、そ
のどちらにも該当しないとして、保険者免責を否定する。これらの類
型は並立するものと捉えられていたと評価できる。
さらに、
本判決は、
両類型を否定した後、
「その他、行為の動機等からみて、Bには本件保
険金をXに取得させようという意図があったともいうことができな
い」としており、
「行為の動機」に上記類型とは別の意味を持たせてい
るとも評価できよう31)。
31)後藤元は、平成14年最判が、
「行為の動機」を問題にしたのは、第三者が保
険金受取人に保険金受領の利益を与えようとして被保険者の殺害を行う場合
に対応するためと考えるべきとしている。後藤・前掲注(22)171頁、183頁注
26-28参照。
―150―
生命保険論集第 189 号
4. 平成14年最判の判断枠組みは自然人契約事案にも適用できるか
平成14年最判の判断枠組みは、自然人が保険契約者または保険金受
取人の場合にも適用できるのか。というのも、以下に見るように、自
然人契約事案において平成14年最判に言及する裁判例が現れたからで
ある。
(1) 裁判例
岐阜地裁平成23年3月23日(判時2110号131頁)32)…故意免責肯定
③
【事案】
A、Aの姉B、Bの夫CおよびCの友人Dら総勢9名は、平成18年
6月25日から3泊4日のサイパン旅行に出発した。Aは、出発当日、
空港内の保険カウンターにて、Yとの間で、被保険者をA、死亡保険
金受取人をAの法定相続人、傷害死亡保険金額を1億円とする海外旅
行傷害保険契約(以下、
「本件保険契約」という。
)を締結した。本件
保険契約の保険料は、Dによって、全員分支払われた。本件保険契約
に適用される海外旅行傷害保険普通保険約款・傷害死亡保険金支払特
約条項には、保険金を支払わない場合として、
「保険契約者または被保
険者の故意」
、
「傷害保険金を受け取るべき者の故意」が定められてい
る。
同月27日、Aがサイパン島内のビーチにおいて溺死したため、Aの
法定相続人である両親Xらは、Yに対して、本件保険契約に基づき、
傷害死亡保険金の支払いを請求した。
32)岐孝宏「判批」法セミ682号(2011年)131頁、深澤泰弘「判批」損保研
究73巻4号(2012年)249頁、堀井智明「判批」法学研究85巻1号(2012年)
141頁、小川聖史「判批」共済と保険54巻6号(2012年)32頁、遠山聡「判批」
ジュリ1464号(2014年)116頁。
―151―
法人契約における保険事故招致免責
【判旨】
「上記認定の事実によれば、次の事情が認められ、C及びD両名が、
Bを通じて本件保険金をXらから支出させることを企図して、これに
より利益を得る目的でAに本件保険契約を締結させ、Aの殺人を目論
み、Aは、両名の故意により、何らかの方法で溺れさせられ、本件保
険事故が発生したものと推認できる」
。
「ところで、本件免責条項は、保険契約者又は保険金受取人そのも
のが故意により保険事故を招致した場合のみならず、公益や信義誠実
の原則という本件免責条項の趣旨に照らして、第三者の故意による保
険事故の招致をもって保険契約者又は保険金受取人の行為と同一のも
のと評価することができる場合をも含むと解すべきである(最高裁平
成14年10月3日第1小法廷判決参照)
。したがって、第三者の故意によ
り被保険者が死亡したときには、当該第三者と保険契約者又は保険金
受取人との経済的利害の共通性ないし当該第三者が保険金を管理又は
処分する権限の有無、行為の動機等の諸事情を総合して、当該第三者
が保険金の受領による利益を直接享受し得る立場にあるなど、本件免
責条項の趣旨に照らして、当該第三者の故意による保険事故の招致を
もって保険契約者又は保険金受取人の行為と同一のものと評価するこ
とができる場合には、本件免責条項に該当するというべきである。
これを本件についてみるに、Dが本件保険の保険料のすべてを支払
っていること、C及びD両名が、Xらの子であるBを通じて本件保険
金をXらから支出させることを企図して、これにより利益を得る目的
でAに本件保険契約を締結させ、Aの殺人を目論んだこと、Cは、本
件保険契約前から、Bを通じて、X1から事業資金等の援助を受けて
いたことからすると、CおよびDは、本件保険事故が発生した保険金
の受領による利益を直接享受し得る立場にあったということができ、
公益や信義誠実の原則という本件免責条項の趣旨に照らして、C及び
Dが個人的動機によって故意にAを死亡させた行為をもってXらの行
―152―
生命保険論集第 189 号
為と同一のものと評価することができる場合に当たるということがで
きる。
そうすると、Yは、本件免責条項により本件保険金の支払を免責さ
れるというべきである」
。
④
名古屋高裁平成24年3月23日判決(裁判例③の控訴審)
(平成23
年(ネ)第561号:LEX/DB25480819)33)…故意免責否定
【判旨】
「本件免責条項は、保険契約者又は保険金受取人そのものが故意によ
り保険事故を招致した場合のみならず、公益や信義誠実の原則という
本件免責条項の趣旨に照らして、第三者の故意による保険事故の招致
をもって保険契約者又は保険金受取人の行為と同一のものと評価する
ことができる場合をも含むと解すべきである(最高裁平成14年10月3
日第一小法廷判決・民集56巻8号1706頁参照)
。
しかしながら、本件は、本件保険契約の保険契約者及び死亡保険金
受取人がいずれも自然人である事案であって、観念的存在にすぎず、
現実に事故招致をなし得るものではない法人が保険契約者兼保険金受
取人であった上記最高裁判決の事案とは異なることに留意しなければ
ならない。
すなわち、保険契約者又は保険金受取人が意思能力・行為能力に瑕
疵や制限のない自然人である場合は、第三者の故意による保険事故の
招致をもって保険契約者又は保険金受取人の行為と同一のものと評価
するためには、当該保険契約者又は保険金受取人が、当該第三者と共
33)林賢一「判批」法律のひろば66巻10号(2013年)64頁。また、遠山聡「第
三者の保険事故招致と故意免責規定の適用に関する一考察」熊法127号(2013
年)148頁以下。なお、林・前掲64、67頁によれば、本件は、後に上告棄却と
なり確定している。
―153―
法人契約における保険事故招致免責
謀し、あるいは、当該第三者を教唆ないし幇助したことにより、当該
第三者が当該保険事故を招致したなど、当該保険契約者又は保険金受
取人が、遅くとも当該保険事故の時点までに、当該保険事故を招致す
ることにつき、当該第三者と意を通じていた事実が存在することが必
要というべきである。
そして、当該第三者が誰であるか、どのような方法ないし態様で当
該保険事故を招致したのか、当該第三者と当該保険契約者又は保険金
受取人が、いつ、どのようにして意を通じていたのかなど、具体的な
事実関係の詳細が立証される必要があるとまではいえないとしても、
少なくとも、当該保険契約者又は保険金受取人の意思に基づいて、当
該保険事故が招致されたものと推認することが合理的であると認めら
れる程度の立証がされる必要があるというべきである」
。
「Yは、本件保険事故が保険契約者かつ実質保険金受取人であるC及
びDの故意によって招致されたものであるから、本件免責条項に該当
する旨主張する。
しかし、……本件保険契約における保険契約者は、形式的にも、実
質的にも、Aであって、C及びDではないし、同契約における死亡保
険金受取人がAの法定相続人、すなわち、Xであることも、一義的に
明確である。
本件免責条項を含む本件特約条項や本件約款の条項を検討しても、
Yの主張に係る『実質保険金受取人』について定めた規定は見当たら
ず、Yの上記主張は、本件免責条項該当性に関する主張としては、当
を得たものとはいい難いが、念のため、この点も併せて検討する」
。
「仮に、D及びCが本件保険事故を招致したものであったとしても、
……認定事実中には、本件保険事故までの間に、本件保険事故を招致
することにつき、AがD及びCと意思を通じていたことを示唆するも
のはなく、Xらについては、かえってD及びCと意思を通じていたも
のではないことをうかがわせる事実も存在する。以上のほか、本件全
―154―
生命保険論集第 189 号
証拠を総合しても、本件保険事故が本件保険契約の保険契約者である
Aの意思に基づいて招致されたものと認めることは困難であり、
また、
本件保険事故が死亡保険金受取人であるXらの意思に基づいて招致さ
れたものと認めるのには足りないというほかない(Yも、本件保険事
故がA又はXらの意思に基づいて招致されたものであるとの主張はし
ていない。
)
。
さらに、上記……認定事実に加え、本件全証拠によっても、本件保
険事故の時点までに、Xらが死亡保険金を受領することになった場合
は、これをC及びDが取得することができることが確実となっていた
と認めるには足りない(すなわち、死亡保険金請求権を譲渡する合意
があったとか、その他CやDが受領権限や取得する権利を得ていたと
の事実を認めるに足りる証拠がないのは勿論、Xらが死亡保険金を受
領することになったとしても、これをC及びDが取得することができ
るか否かは、専らXらの任意の意思に係るものであったことを左右す
るような事実関係を認めるに足りる証拠はない。なお、Yは、Cが、
本件保険事故より前から十六銀行口座を事実上管理・支配していた旨
主張するが、Xらが死亡保険金を受け取ることになった場合に、同保
険金が同口座に入金されることが確実となっていたと認めるに足りる
証拠はないから、仮に、同口座がCの管理・支配下にあったとしても、
上記認定判断が左右されるものではない。
)から、C及びDがYの主張
に係る『実質保険金受取人』であるということもできない(仮に、本
件保険事故後、XらがDおよびCに協力する態度をとったことがあっ
たとしても、そのことによって、Xらが死亡保険金受取人でなくなる
ものではなく、したがって、事後的に、C及びDがYの主張に係る『実
質保険金受取人』となったとみることもできない)
」
。
(2) 検討
裁判例③は、法人契約に関する事例ではないが、平成14年最判を参
―155―
法人契約における保険事故招致免責
照したうえで、
「第三者と保険契約者又は保険金受取人との経済的利害
の共通性」
、
「第三者が保険金を管理又は処分する権限の有無」
、
「行為
の動機」等の諸事情を総合して、
「第三者が保険金の受領による利益を
直接享受し得る立場」
(利益享受類型)にあるなどの場合には、当該第
三者の行為をもって「保険契約者又は保険金受取人」の行為と同一の
ものと評価し得るとする34)。
そして、あてはめの段階では、(ⅰ)Dが本件保険の保険料のすべて
を支払っていること、(ⅱ)C及びD両名が、Xらの子であるBを通じ
て本件保険金をXらから支出させることを企図して、これにより利益
を得る目的でAに本件保険契約を締結させたこと、
(ⅲ)Cは、本件保
険契約前から、Bを通じて、X1から事業資金等の援助を受けていた
ことからすると、CおよびDは、本件保険事故が発生した保険金の受
領による利益を直接享受し得る立場にあったということができるとし
ている。
本判決については、保険料の支払いは実質的保険契約者の判断要素
ではないか、もう一人の保険金受取人X2やもう一人の第三者である
Dについても、当然に同様の判断が下されるかという疑問35)があり、
本判決の理由づけにはやや問題がある。
また、本事案において、実質的保険契約者として保険者免責を認め
る余地については、殺害行為者の計画に保険契約者が無関係であり、
かつ契約自体も瑕疵のない意思表示によって成立している以上、Cら
の不当目的から直ちに保険者免責を導くことは困難であるとし、Cら
が実質的保険契約者であるとの主張を認めなかった本判決を正当と評
34)深澤泰弘は、平成14年最判の判断枠組みのうち、
「実質的支配類型」は法人
契約の場合にのみ用いられるものであって、保険金受取人が法人でない場合
は、
「利益享受類型」のみを考慮すべきであるとし、利益享受を問題とした本
判決を妥当と評価している。深澤・前掲注(32)258頁。
35)深澤・前掲注(32)260-261頁。
―156―
生命保険論集第 189 号
価されている36)。
原審である裁判例③とは異なり、裁判例④では、本件事案と平成14
年最判の事案とは異なるものであることが明言されている37)。そして、
本判決は、保険契約者又は保険金受取人が自然人である場合に、第三
者の故意による保険事故の招致をもって保険契約者又は保険金受取人
の行為と同一のものと評価するためには、
「当該保険契約者又は保険金
受取人が、遅くとも当該保険事故の時点までに、当該保険事故を招致
することにつき、当該第三者と意を通じていた事実が存在することが
必要」であるとしている。しかし、保険契約者又は保険金受取人が第
三者と「意を通じていた」場合には、第三者による保険事故招致の問
題ではなく、当該保険契約者又は保険金受取人による故意の保険事故
招致の問題となるというべきである38)。
しかし、本判決は、
「本件保険事故の時点までに、Xらが死亡保険金
を受領することになった場合は、これをC及びDが取得することがで
きることが確実となっていたと認めるには足りない」としており、保
険金受領による利益を直接享受し得るとはいえないと解しているので
あるから、法人契約との違いを強調して前述の要件を示さなくとも、
保険者免責を否定できたのではないだろうか。
その他注目すべき点として、本判決は、「本件免責条項を含む本件
特約条項や本件約款の条項を検討しても、Yの主張に係る『実質保険
金受取人』について定めた規定は見当たらず、Yの上記主張は、本件
免責条項該当性に関する主張としては、当を得たものとはいい難い」
36)遠山・前掲注(32)119頁。
37)この点について、遠山は、
「確かに、法人契約に関する判断基準を直ちに自
然人の事案に適用すべきではなく、控訴審判決の指摘はもとより正当である
が、本判決〔筆者注:原審判決〕の示す基準は、法人契約とは異なる判断基
準を想定したものとの評価も可能であろう。
」と指摘している。遠山・前掲注
(32)119頁。
38)遠山・前掲注(32)119頁。
―157―
法人契約における保険事故招致免責
としている。この点で、本判決は、平成14年最判とは異なる考えを示
したものと評価することができる。また、損害保険契約における免責
条項の文言を重視する立場を示した最高裁平成16年6月10日第一小法
廷判決民集58巻5号1178頁(以下、
「平成16年最判」という。
)に影響
を受けた解釈と見ることもできよう。今後は、免責条項の規定のあり
方を検討する必要がある39)。
5. 小括
裁判例①②では、実質的支配類型と利益享受類型の関係の捉え方は
一致しておらず、また、
「行為の動機」の取り扱いも一致していない40)。
しかし、平成14年最判も含め、すべて、故殺者の行為を「法人の行為」
と同視できるか否かを問題としている点は、
共通している。
すなわち、
法人自身による保険事故招致を観念していると評価できよう。
裁判例④は、
平成14年最判とは事案が異なることを明言しているが、
その相違点は重要ではないのではないだろうか。裁判例③④の結論の
違いは、保険金受領による利益を直接享受し得るか否かの判断におけ
る事実認定の違いであろう。そうすると、法人契約か否かという点を
強調することはあまり適切であるとはいえないのではないか。裁判例
④が法人契約を強く意識したのは、平成14年最判が故殺者の行為を法
人の行為と同視すると捉えたことに起因するのかもしれない。
また、裁判例④は、約款上、実質的保険金受取人についての規定を
欠いていることを理由に、保険者がこれを主張することに疑問を呈し
ているが、このことは、約款上の免責条項の規定方法、行為主体の実
39)規定方法の一例として、林・前掲注(33)76頁注31参照。
40)もっとも、裁判例①②は平成14年最判が出された直後の判決であり、学説
による批評を反映したものではないかもしれない。したがって、今後の課題
としては、法人契約に関する事案のうち、本稿で扱ったもの以降の裁判例を
検討することが必要となろう。
―158―
生命保険論集第 189 号
質化の必要性の有無、文言重視の解釈論の妥当性などの問題が裁判例
においても意識されているものと評価できよう。
四.おわりに
本稿では、害意的フォートをなしうる者を先立って認定するという
フランス法での議論から示唆を得て、保険者免責の検討過程を、行為
資格者を認定する段階と、その行為資格者が故意をもって保険事故を
招致したか否かの検討段階とに明確に区別すべきと考える。
この解釈方法を推し進めれば、平成14年最判のいう「免責条項の趣
旨に照らして、第三者の故意による保険事故の招致をもって保険契約
者又は保険金受取人の行為と同一のものと評価することができる場合
をも含む」という判示部分が説くところは、免責条項の趣旨に照らし
て、保険契約者又は保険金受取人と同視できる者が保険事故を招致し
た場合をも含む、という意味であると解することができよう41)。
このように解すれば、第三者による保険事故招致問題の検討の中心
は、問題となる第三者が保険契約者又は保険金受取人と同視できる者
か否かということとなる。ここで、同視が検討される客体は、保険法
上の免責規定あるいは約款上の免責条項における保険契約者又は保険
金受取人であり、保険契約において具体的に保険契約者又は保険金受
取人として指定された者ではないと解する。平成14年最判を含め、本
稿で扱った法人契約事案に関する判決は、すべて、故殺者の行為を法
人の行為と結び付けようとしているが、本稿の立場からは、法人契約
41)山下・前掲注(2)379頁が、
「保険金取得の経済的利益を被保険者自身と同様
に実質的に得るような立場にある者については、その故意は被保険者の故意
と評価してよい」としていることからもわかるように、保険金受領の利益の
帰属先を問題とする場合には、行為資格者の認定の問題であると理解するこ
とが適切である。
―159―
法人契約における保険事故招致免責
事案においても、故殺者を保険契約者または保険金受取人と認定でき
るかが問題となる。したがって、名古屋高裁平成24年3月23日判決の
いう「観念的存在にすぎず、現実に事故招致をなし得るものではない」
という法人の特殊性は、同視が検討される客体が法人の行為ではない
以上、強調する必要がないこととなろう。また、以上の解釈によれば、
法人自身の保険事故招致という観念を介する必要もないこととなろう。
なぜならば、同視される客体の検討は行為主体について行われるので
あって、行為自体について行われるわけではないからである。
法人自身の保険事故招致を観念したうえで、代表者の行為を法人の
行為と解する立場では、代表者による保険事故招致は、本人による保
険事故招致の問題であって、第三者による保険事故招致の問題ではな
いと解している42)。フランス法の検討から、代表者の行為を法人の行
為と解釈するアプローチのみでは保険金の帰属先を問題としたときに
不都合が生じるため、保険金の帰属先を考慮した経済的被保険者の理
論等の必要性が再確認されたといえよう。しかしながら、代表者の行
為を法人の行為として法的に評価する根拠づけには、
なお疑問がある。
むしろ、本稿のように、法人自身の保険事故招致という観念を不要と
したうえで、代表者による保険事故招致も第三者による保険事故招致
と位置づけ、保険者免責の趣旨から代表者が行為資格者であることを
認定すべきと考える。
以上、本稿では、行為資格者の拡張解釈が当然のものとして議論を
展開してきたが、行為資格者を拡張する解釈を行うべきか否かについ
42)竹濵は、
「代表者の行為は、法人自身の行為であり、保険契約者・被保険者
自身の行為となる。これは第三者の保険事故招致ではない。
」としたうえで、
「第三者(いわゆる平取締役等の会社関係者)の保険事故招致による保険者
免責を導くには、経済的被保険者の理論が利用できることになる。
」とする。
竹濵修「損害保険契約における経済的被保険者」森本滋先生還暦記念『企業
法の課題と展望』
(商事法務、2009年)482頁。
―160―
生命保険論集第 189 号
ても改めて考える必要がある。
平成16年最判は、損害保険契約における保険者免責の対象となる行
為者について、その免責条項において、
「
『その理事、取締役または法
人の業務を執行するその他の機関』と定め、理事、取締役の地位にあ
る者については、業務執行権限の有無や保険の目的物を現実に管理し
ていたか否かなどの点にかかわりなく免責の対象となる保険事故の招
致をした者に含まれることを明らかにしている」
。
「本件免責条項が、
上記のとおり、保険契約者または被保険者が法人である場合における
免責の対象となる保険事故の招致をした者の範囲を明確かつ画一的に
定めていること等にかんがみると、本件免責条項にいう『取締役』の
意義については、文字どおり、取締役の地位にある者をいうと解すべ
きである。
」と、文言重視の解釈論を展開した。榊素寛は、このような
平成16年最判の文言重視の解釈論と平成14年最判のような免責法理の
趣旨から行為主体の実質化を図る解釈論を対比すると、そもそも法人
契約において法人に関係する自然人の人的範囲を定義していない場合
にはその主体の実質化を図る必要があるのか否かという点は検討され
る必要がある問題であり、約款解釈の名の下に保険者が免責される場
合を拡張する必要があるのか否かは自明であるとはいえないと指摘し
ている43)。
保険事故招致に関する議論は、損害保険分野を中心に展開され、い
わゆる代表者責任論や経済的被保険者の理論が生命保険分野にも用い
られうるかといった議論がなされている。そこで、生命保険分野で示
された平成14年最判の判断枠組みが、損害保険分野で展開された学説
の影響を受けたものであるのかという点が検討される必要があろう44)。
43)榊・前掲注(24)315頁以下。
44)この点、竹濵は、平成14年最判は実質的に保険の利益を受ける者を捉えよ
うとする経済的被保険者の理論と同種の考え方を採用しており、これは生損
保に妥当する考え方を判示したものであるとする。竹濵・前掲注(42)473頁。
―161―
法人契約における保険事故招致免責
仮に生損保共通した解釈論なのであると解すれば、平成16年最判の事
案でも同じ解釈論が展開されてしかるべきであるところ、そのような
解釈論を採らず、文言重視の解釈論を展開した平成16年最判は、従来
の学説とは独立した最高裁判決ということとなるのか、それとも、最
高裁が文言重視の解釈論への転換をなしたのかという点が問題となろ
う。本稿で採り上げた名古屋高裁平成24年3月23日判決が免責条項に
実質的保険金受取人が挙げられていないことをもって行為主体を実質
化することに疑問を示したことは、平成16年最判を意識したものなの
であろうか。法定免責規定の趣旨と約款免責条項の規定の趣旨との異
同を明確化したうえで、平成14年最判と平成16年最判との関係を明ら
かにすることで、約款免責条項のあり方を再検討することが今後の課
題となろう。
〔本稿は、公益財団法人生命保険文化センターの平成25年度研究助成
による研究成果である。同センターに対して、ここに記して御礼を申
し上げたい。
〕
―162―
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