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11.2 ロシア極東地域のツキノワグマの生物学と
第11. 2章:ロシア 11.2 ロシア極東地域のツキノワグマの生物学と保護の現状 Vladimir V. Aramilev ていた( )。ただ 例であるが、樹(樹 生物学的特徴 洞ではない)での冬眠も記録されている。クマは冬眠に巨 ロシア極東南部に生息するツキノワグマ( 木を利用する。 例の樹洞の冬眠のうち、シナノキが最 )は、ウスリーツキノワグマという亜種 も多く( %)、次いでハコヤナギ( %)、チョウセンゴ とされる。ロシア極東はツキノワグマの分布域の北東縁に %)、ニレ、トネリコ(ヤチダモ)と ヨウ( %)、ナラ( あたる。この種は黒い体色、胸部の鮮明な三日月模様、丸 キイロカンバ(合計 %)だった。沿海地方の 地方にお く大きな耳殻で特徴づけられる。成熟したオスは体高 いて ヶ 所 の 既 知 の 冬 眠 穴 の 利 用 さ れ た の は わ ず か に達し、脂肪蓄積が終了した秋季には体重が に達す ヶ所( %)であった( )。ツキノワ る。メスはオスよりも小型である。 グマの密度が 頭 以上であるシホテ・アリン山脈 ツキノワグマは、主に山岳広葉樹林とチョウセンゴヨウ の東斜面では、土穴あるいは洞穴で %が、また樹洞で ( )・広 葉 樹 混 交 林 に 生 息 し( %が越冬する。から ヶ所の好まれる冬眠穴のうち一 )、これらはアムール・ウスリースキー地域では河川沿 つだけが、それぞれの年に実際に利用される( いの谷間や山岳斜面の標高 ∼ の場所に生育する。 )。 ツキノワグマの最適な生息地は、谷間にある満州植生タイ 伐採業者にとって樹洞がある木を伐採するのは無駄であ )の広葉樹林であり、マンシュウ プ( る。それで不良木は伐採すると定めた伐採規則があるにも グルミ( )、アムールキハダ( かかわらず、樹洞のある木は一般に伐採されず残されてい )、モンゴリナラ( )、アムー る。日本海沿いで実施した我々の研究では、ツキノワグマ ルシナノキ( )を代表種とし、ブドウ( は、伐採されたモンゴリナラの根張りの下や洞を冬眠穴と ) 、シナノキ、ヘーゼルナッツ( )、チェリー して利用した。利用可能な冬眠穴は不足なく十分に存在 モドキ( )、オオハナウド( )、 し、ツキノワグマはその年ごとに都合の良い場所で冬眠で ニュウ( )、フキ( )などの きると考えられる。 下層植生をともなう。結実するナラ林は、その中にチョウ センゴヨウやすでに述べた種、灌木やブドウなどの蔓茎類 現 状 があってもなくても、ツキノワグマにとっては二番目に重 要な採餌場である。ツキノワグマは疎林、湿地性の広葉樹 ツキノワグマは、満州植生帯の北限で、オホーツク植生 )の針 )やマツ( 林、山岳のエゾマツ( 帯に置き換わるビキン( )およびサマルガ( ) 葉樹林、カンバ( )、ハンノキ( )林で 川上流を除く沿海地方全域に現在分布している。また、ツ は滅多にみられず、森林のない場所を完全に忌避する。ま キノワグマは、プリハンカイスキー( )低地 た、ツキノワグマは一般に落葉針葉樹の純林を避けるが、 帯、ウスリー川流域、そして沿海地方南部の工業地域周辺 第一、第二の食物が不作でベリーが豊富なときは例外的に のほとんどの地域には生息していない。ハバロフスク地方 みられる。結実するナラやチョウセンゴヨウの林が存在す で は、ツ キ ノ ワ グ マ は 沿 海 地 方 と の 境 界 か ら ボ ッ チ る場合には、針葉樹林にも低密度で生息することができ ( )川まで北に連なる日本海沿いの針広混交林に生 る。 息する。さらにアムール川右岸地域をコムソモリスクナア 年間にわたる冬眠穴の分析から、 %の事例(= ムーレ市まで下った針広混交林地域にみられる。ボルシェ )では樹洞を、 %が根返り木の根あるいは幹の下の地 ケクチリスキィ( )保護区には、ツキノ 上巣を、また %が洞穴を、 %が地中を掘った穴を利用し ワグマの孤立個体群がみられる。アムール川左岸では、ク 85 アジアのクマたち−その現状と未来− ル( )川とウルミ( )川流域の広葉樹林と針広混 狩猟調査局は、毎年生息数を推定している(表 、 交林に生息する。ユダヤ自治州西部の地域でも、広葉樹林 ) 。しかし、ロシアのツキノワグマに関するこれら あるいは針広混交林地帯に生息しており、この生息環境は の推定値は、おそらく過小である。クマの全分布域につい アムール州南東部でツキノワグマがみられる環境でもある。 て計算すれば、ツキノワグマの生息数は、この推定値より 近年では、ツキノワグマは村落や強度に開発された地域 もはるかに高くなる。 や、 年代から 年代には滅多にみられなかった地 ある調査ステーションで算定した あたりのツキノ 域でもみられるようになっている。ロシアにおける分布域 ワグマの生息密度の推定値は、チョウセンゴヨウ広葉樹混 を図 に示した。 交林で 頭、日本海沿岸で 頭、マルガリトフカ川上流 ( )によれば、 ∼ 年の、ボル 域で 頭であった。日本海沿岸とマルガリトフカ川上流 シャヤウスルスカ( )、ビキン、ミロガド 域における春の調査では、歳の仔連れの痕跡は確認でき フカ( )、マルガリトフカ( )、ア なかった。総個体数の ∼ %を 歳連れのメスが占め ヴァクモフカ( )川の流域における平均生息密 るとすれば、マルガリトフカ川上流域における春の調査時 度は ∼ であった。シホテ・アリン山脈における のクマの生息密度は ∼ 頭 、日本海側の沿岸 年のツキノワグマの生息数は、 頭から 頭と で ∼ 頭 と推定される。 推定され、うち 頭から 頭が沿海地方にいるとさ 図 は、沿海地方における公式の ∼ 年の れる。ハバロフスク地方の生息数は、 頭から 頭 ツキノワグマの推定生息数と捕獲数である。沿海地方にお を超えないと思われる。沿海地方と大プリアムール地域の ける公式な捕獲率は、総生息数の ∼ %である。ア 生息数は 頭から 頭とされている( ムールトラの調査で得られた資料に基づき推定された密猟 ) 。 によるツキノワグマの年間捕獲数は、沿海地方で ∼ 頭 地 域 に よ っ て、生 息 密 度 は 頭 から 頭、ハバロフスク地方で ∼ 頭であった。このよ までさまざまである。沿海地方の全分布域における うに、密猟によってツキノワグマ総生息数の %前後が捕 平均生息数は、 %の標準誤差を仮定して 頭から 獲されている。ツキノワグマの個体数の増加率が ∼ 頭である( )。さらに、ロシア連邦 %あたりである( )ことを考慮すると、 %の捕獲率は問題ではない。事実、事情はより複雑であ り、現在の他の動物による捕食率と人間による捕獲率は、 個体群の増加率と均衡していると考えられる。 ࠝࡎ࠷ࠢᶏ 人間とクマの関係 地域住民は、ツキノワグマのことを「クロクマ」あるい は「白胸グマ」と呼ぶ。「クロクマ」の名称は黒色のヒグマ ࡂࡃࡠࡈࠬࠢ ᣇ 表11. 2. 1:1 99 8∼199 9年のロシア極東地域におけるツキノワグマ の推定生息数と捕獲数 番号 地域名 1999年の 推定生息数 1998∼1 9 99年の 狩猟期の捕獲数 1 アムール州 20 − 2 沿海地方 2, 500 1 5 3 ハバロフスク州 2, 900 − 4 ユダヤ自治州 200 − 5, 620 1 5 ᴪᶏᣇ ᣣᧄᶏ ਛ࿖ 合 計 注:1998年と1 999年には、ツキノワグマは沿海地方のみで狩猟された. 図11. 2. 1:ロシア極東地域におけるツキノワグマの分布 86 第11. 2章:ロシア マによる人身被害がある。 現在の保護管理システム ロシア極東地域()南部では、ツキノワグマは狩猟 獣(つまり狩猟は合法)とされている。 年から 年の期間に、ロシア連邦レッドデータブックに記載された が、生息数が回復した 年に除外された。狩猟局と狩猟 管区管理官( )が、ツキノワグマの保護を公式に担当してい る。太平洋地理学研究所、土壌生物学研究所()、 ラゾフスキおよびウスリースキ自然保護区、狩猟毛皮養殖 研 究 所 極 東 支 部( )の 専 門 家 と、持 続 的 天 然 資 源 研 究 所 ()が共同でツキノワグマの生態研究を行っている。 小さな狩猟管区では、ツキノワグマの保護は成功してい 図11. 2. 2:沿海地方におけるツキノワグマの公式生息数と捕獲数 (沿海地方狩猟管理局のデータによる) る。狩猟管区の管理官にとって、ツキノワグマを保護する 動機は、トロフィーハンターに狩猟の成功を保証すること である。 ( )にも用いられる。 世紀半ば以降ヨーロッパ ロシア極東南部の合計 におよぶ ヶ所の保護 文化を持つ人々が住みつくようになって以来、ハバロフス 区では、ツキノワグマは保護されている。また、ヶ所に ク地方や沿海地方の先住民を含む人々にとって、ツキノワ ある の国立保護区にも生息している。これらす グマが生活形態や文化において特別な位置を占めることは べての保護区には、ツキノワグマにとって好適でない地域 なくなっている。狩猟をしない多くの人々にとって、ヒグ も含まれているが、それらの地域を特定するための調査が マとツキノワグマを区別することすらできなくなっている。 必要である。ロシアにおけるツキノワグマの分布域は、お チョウセンゴヨウの実の豊作のときには、ツキノワグマ %を占めてい よそ であり、保護区はその は標高 の高さまでみられる。人為的な要因も生息 る。 地の好適性に顕著な影響がある。これらの地域における伐 ロシア極東地域には、ツキノワグマに焦点を当てた一般 採以外の林産物の採取、観光やレクリエーションによる利 人への教育プログラムはない。一般向けの教育プログラム 用が、ツキノワグマによるこれらの地域の利用を低下さ はアムールトラとアムールヒョウ( )の保全に関 せ、さらに人為的な利用の圧力が高まれば、そこから離れ するものが優先的に行われてきた。 た場所をクマがうろつくことになる。同時に、人為的な収 奪の水準が中庸ならば(例えば伐採以外の林産物の採取に 提 言 限るとか)、大きな居住地に隣接した地域でも生息可能で ある。 ツキノワグマの分布域、さまざまな生息地タイプごとの ツキノワグマはハチミツを求めてしばしば養蜂場にやっ 密度、全分布域または特定の地域の生息数について、最新 てくる。クマによる養蜂被害は顕著である。頭のクマが のデータはない。さらに真の捕獲数に関する信頼できる ヶ所もの養蜂場を荒らす。ヶ所の畑にやってくるクマ データもない。狩猟組織からの情報によって、沿海地方、 の数は 頭か 頭のため、一般にオーツ麦とトウモロコシ ハバロフスク地方、ユダヤ自治州西部、そしてアムール地 畑に対する被害はたいしたことはない。人間を襲って食べ 方南東部のツキノワグマの分布を予測することができる。 るためではなく、人間から身を守るためにクマが人間を攻 現在ある生息数の推定値はおそらく不正確である。公式な 撃することがある。ただし、クマが人間に追われている条 狩猟データは発行された狩猟免許数に基づいている。密猟 件下では人間が襲われることが多い。毎年 ∼ 件のク による捕獲数は特定の調査で推定されたにすぎない。それ 87 アジアのクマたち−その現状と未来− によれば、モデル地域で実施された調査による生息密度 引用文献 ∼ 頭 を、狩猟地域に当てはめている。保護区で (間野 勉訳) はツキノワグマの個体数は高い状態にある。 ロシア極東南部のツキノワグマ保護のために、多くの施 策が実施されるべきである。まず、異なる生息環境タイプ ごとの現時点での分布域と密度を推定するための調査が必 要である。この調査に続き、総生息数とそれぞれの生息環 境タイプごとの個体群構成に関する調査が必要である。ロ シア極東南部における保護活動のために狩猟地域と保護地 域双方における個体群の現状に関するモニタリングが必要 である。 狩猟免許の価格が下がり、捕獲したクマのトロフィーと しての価値がきちんと評価されるシステムができてクマの 狩猟が盛んになったときに、本格的な保全努力が開始され ると思われる。冬眠穴における狩猟は禁止されるべきであ るが、寄せ餌による狩猟は認められるべきである。ロシア 極東では、ツキノワグマの冬眠木として必要な不良木を残 すため、森林伐採の規則の変更が必要である。クマの越冬 のための保護林地域をつくるために、冬眠穴が集中する地 域を特定することも必要である。 88