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バランス感覚に富むサウジアラビアの外交
バランス感覚に富むサウジアラビアの外交 !三井物産戦略研究所 研究フェロー "日本エネルギー経済研究所 榊 客員研究員 原 櫻 サウジアラビアのアブダッラー国王が,この 認識している。しかし,これまでの米国のやり 1 0月2 9日から1 1月1 1日にかけて英国,スイス, 方を見る限り,当面期待することは難しく,米 イタリア,バチカン,ドイツ,トルコ,そして 国との関係は維持しつつも,他の同盟国を得る エジプトを歴訪した。国王は,2 0 0 5年8月の即 ことが必要と考えていると思われる。もちろん, 位以来,近隣諸国を除いては,2 0 0 6年1月から これは,必ずしも反米を意味するものではない。 2月にかけてアジア4ヵ国を,また本年6月に 重心を米国のみではなく,欧州等にもかける姿 は今回訪れた諸国以外の欧州3ヵ国を,それぞ 勢を示すものである。 れ訪問している。一方,スルタン皇太子はこの サウジアラビアでは,オピニオン・リーダー 1 1月2 1日からロシアを訪問した。皇太子は, の多くが米国留学経験者であることから米国に 2 0 0 6年4月に日本などアジア3ヵ国を,同年7 親近感を抱く層も厚い。一方,現在の中東の混 月にフランスを訪れている。 乱原因の多くが米国によって作られたとも広く このように国王,皇太子は即位以来,積極的 認識されており,米国一辺倒ではもたないとの に外遊しているが,米国訪問は行っていない。 意識も底流にある。 これまで訪米がないのは,同国内にある米国の かつて友好関係,同盟関係にあったイランの 中東政策に対する懸念,不満,あるいは不安感 シャー,イラクのサダム・フセインを米国が切 を表しているものとの解釈が説得力を帯びる。 り捨てたことは,中東では忘れられていない。 サウジは米国と強い同盟関係,協力関係にあ 国民の多くの出自が遊牧民であるサウジアラビ る。9・1 1の影響はほぼ克服されているものの, アでは,安全保障を米国に依存するとしても, 米国の中東,湾岸に対する政策には懸念を抱い 最後は自分で守るという感覚が強い。そのため ている。根本にあるのはイラク戦争であり,米 にはバランスが大切,国民感情,近隣諸国への 国はイラクで明らかに失敗したとサウジアラビ 配慮も必要と考えられている。 アは受け止めている。混乱を招き,結果として イランを利することになり,地域でのイランの 影響力を増大させることになった。混乱を作っ 1.アブダッラー国王の欧州歴訪 たのは誰だという問題である。 米国訪問がこれまでないことは,国民感情を サウジアラビアのアブダッラー国王が,この 反映している。サウジアラビアは,米国のみが 1 0月2 9日から1 1月1 1日にかけて英国,スイス, 中東地域の諸問題を解決する力を持っていると イタリア,バチカン,ドイツ,トルコ,そして 5 2 中東協力センターニュース 2 0 0 7・1 2/2 0 0 8・1 エジプトを歴訪した。このうちスイス訪問は非 のスイス・ジュネーブで3日間を過ごした後, 公式なものである。国王は,2 0 0 5年8月の即位 イタリアに1 1月5日到着した。1 1月6日には外 以来,近隣諸国を除いては,2 0 0 6年1月から2 交関係のないバチカンでベネディクト1 6世ロー 月にかけてアジア4ヵ国を,また本年6月には マ法王(教皇)と会見した。サウジアラビア国 今回訪れた諸国以外の欧州3ヵ国を,それぞれ 王がローマ法王と会見するのはこれが歴史上初 訪問している。 めてのことである。これは二聖モスクの守護者 という称号を持ち,イスラームの指導者をもっ ! 英国訪問 て任ずるサウジアラビア国王が他の宗教を尊重 英国へのサウジ国王の訪問は,1 9 8 7年のファ するという姿勢を示した画期的なものである。 ハド国王以来2 0年ぶりとなるものであった。 なお,アブダッラー国王は皇太子時代の1 9 9 9年 ただ,国王自身は,国王となる前の1 9 7 3年, に,当時の法王ヨハネ・パウロ2世と会見した 1 9 8 4年,1 9 8 8年,1 9 9 8年に訪英したことがある。 ことがあるが,国王として会見することとは当 訪英直前には,国王が BBC のインタビュー 然ながら意味が全く異なる。今回の会見は,今 で,英国がサウジの提供した情報を軽視した結 後のサウジにおける宗教面の改革の方向を示し 果2 0 0 5年7月のロンドンでのテロを防げなかっ ているものと評価できる。サウジアラビアのメ たと言明し,英国外務省と治安当局がこれを否 ディアも「歴史的」という表現で,この国王と 定する一幕があった。また,同国では,サウジ 法王との会見を報じている。 における人権問題,武器取引をめぐる汚職疑惑 法王と国王の会談では,中東紛争に関して, についての活動家のデモや,一部の野党議員の クリスチャン,ムスリム,ユダヤ教徒の間の協 公式行事欠席などの動きも見られた。しかし国 力の必要性,平和共存に向けての宗教間の対話 王到着時に空港にはチャールズ皇太子が出迎 の重要性で意見の一致を見た。 え,宿舎をバッキンガム宮殿とするなど,英国 法王は,2 0 0 6年9月にイスラームと暴力を結 政府あげての手厚い歓迎ぶりを示した。 びつける発言をしたことがあり,バチカンとイ 国王はブラウン首相と1 0月3 1日に会談し,両 スラーム世界との間で緊張が高まったが,昨年 国は経済面,中東地域安定,テロとの闘いのた 1 1月の法王のトルコ訪問と,今回の会見でそれ めの重要なパートナーであるとの認識で一致し によるしこりは解消したと見てよいと思われ た。 る。 国王は,イタリアのプロディ首相とも会談し, 国王は,別途,チャールズ皇太子,ブレア前 首相,キャメロン保守党党首とも個別に会見し 治安,教育訓練などの分野における両国間の協 ている。 力関係について協議するほか,中東和平,イラ サウジアラビアと英国とは,イラン,イラク, ン核開発問題などについて話し合った。なお, テロとの戦いなどをめぐり同じ路線をとってい プロディ首相は本年4月にサウジを訪問してお るだけではなく,2 0 0 6年の英国からの輸出が4 4 り,今回の国王の訪問は答礼の意味もある。 億ポンド(9 1億ドル)に上るなど経済的な結び # つきも強い。 ドイツ訪問 ドイツには1 1月7日に入り,メルケル首相の " 出迎えを受けた。翌8日の同首相との会談では, イタリア,バチカン訪問 中東和平プロセス,イラン核開発問題などにつ アブダッラー国王は,続いて非公式な訪問先 5 3 中東協力センターニュース 2 0 0 7・1 2/2 0 0 8・1 ! いて話し合われた。 活発化したサウジ・ロシア関係 メルケル首相は本年2月にサウジアラビアを 世界最大の産油国同士である両国のこれまで 訪問している。その際を含めアブダッラー国王 の要人往来についてみると,サウジアラビアか は,女性であるメルケル首相との会談をいずれ らは2 0 0 3年9月にアブダッラー皇太子(当時) も無難にこなしている。なお,アブダッラー国 がロシアを訪問している。ロシアからは2 0 0 7年 王のドイツ訪問は皇太子時代から6年ぶりのも 2月にプーチン大統領が,ソ連,ロシア時代を のであった。 通じて初の国家元首としてサウジアラビアを訪 問している。 # トルコ,エジプト訪問 ロシアとサウジなど湾岸諸国との関係は,チ ドイツの後,アブダッラー国王は1 1月9日, ェチェン,アフガニスタン,冷戦時代,共産主 トルコを訪問した。この訪問は2 0 0 6年8月に続 義時代の関係断絶を超えて,今では友好的なも く2回目のものである。第1回目の訪問がサウ のと見なされる状況になっている。 ジ国王としては4 0年ぶりだったことを考え合わ ロシアは,近年米国がイラクで足を取られて せると,短期間での再訪は,サウジアラビアの いる間に,イスラエルとシリアの仲介を行って トルコ重視の姿勢を示すものと言いうる。この いると伝えられているように,中東に対する積 背景には,両国の政治的,経済的関係の拡大の 極的な外交を進めている。これは急増した石油 ほか,イラク情勢の混迷があるものと思われる。 収入を背景に存在感を増し,プーチン大統領の 空港には,ギュル大統領が出迎えた。国王は, リードのもと,あたかもソ連時代のように,こ 大統領のほかエルドアン首相とも会談した。 の地域でも米国に対抗しようとしているかのよ その後,アブダッラー国王は,1 1月1 0日にエ うである。こういったロシアの台頭は,サウジ ジプトに立ち寄り,ムバーラク大統領と地域問 にとっては,ロシア・カードを外交的に使うこ 題について話し合った後, 1 1月1 1日に帰国した。 とを可能にしている。 2.スルタン皇太子のロシア訪問 " ロシア製武器の購入へ スルタン皇太子は,この1 1月2 1日からロシア スルタン皇太子訪ロの際の共同コミュニケで を訪問した。皇太子は,2 0 0 6年4月に日本など は触れられていないが,サウジアラビアは2 2億 アジア3ヵ国を,同年7月にフランスを訪れて ドル規模のロシア製の軍用ヘリコプター1 5 0機 いる。 を購入する方向である。さらにサウジは,ロシ 今回の訪問中に行われたプーチン大統領との ア製の T9 0戦車1 5 0輌の購入を検討中であると 会談では,中東和平問題,イラン核開発問題, 表明している。 イラク情勢,石油政策,さらに軍事面での協力 これらの武器購入は,ロシアが将来,湾岸の すなわちロシア製の武器の購入問題などが話し 安全保障問題に関与することをサウジなど湾岸 合われたと報じられている。 諸国が,認める,あるいは求める可能性がある スルタン皇太子は,プーチン大統領に対し, ことを示すシグナルでもあろう。 ロシアの積極的な外交姿勢を讃える発言をして 3.現在まで行われない米国訪問 いる。ロシアは,パレスチナのファタハとハマ スの仲介などのサウジアラビアの外交イニシア 上に見たように,現国王,現皇太子は即位以 ティブに対し,積極的に支持を表明している。 来,積極的に外遊しているが,米国訪問は行っ 5 4 中東協力センターニュース 2 0 0 7・1 2/2 0 0 8・1 ていない。即位は2 0 0 5年8月であるから,これ が必要である。もちろん,これは,必ずしも反 まで訪米がないのは奇異に思われ,同国内に浮 米を意味するものではない。重心を米国のみで 上している米国の中東政策に対する懸念,不満, はなく,欧州等にもかける姿勢を示すものであ あるいは不安感を表しているものとの解釈が説 る。もちろんサウジの意識の中には,米国では 得力を帯びる。これに関連して思い出されるの 明年末に政権が交代することも入っているもの は,本年3月のアブダッラー国王のイラクにつ と思われる。 いての「不法な占領」発言と,米国が,本年4 サウジアラビアはこれまで継続して,安全保 月にアブダッラー国王を招待したのにかかわら 障を米国に依存している。米軍はサウジ軍を訓 ず,サウジアラビア側が断ったことである。 練し,サウジの軍事体系構築に協力している。 両国は必ずしも価値観を共にするわけではない ! 同盟関係にあっても米国の中東政策には が,冷戦時代の共産主義のような共通の敵やテ 不信感 ロに対処するという共通の利益で結ばれてい サウジは米国と強い同盟関係,協力関係にあ る。サウジにとっては,安全保障と地域の懸案 る。9・1 1の影響,後遺症はほぼ克服されてい の解決には米国の力は不可欠であり,米国にと る。それにもかかわらず,米国の中東,湾岸に っても石油供給の確保と中東での問題への対処 対する政策には懸念を抱き,警告すら発してい にはサウジの力が必要である。 る。 " 根本にあるのはイラク戦争である。米国はイ 最大の懸念はイラン ラクで明らかに失敗したというのが,サウジア サウジにとっての,当面の最大の懸念はイラ ラビアなど湾岸諸国の受け止め方である。混乱 ンである。イランに対応するためには,米国が を招き,結果としてイランを利することになり, 必要であることに変化はない。 地域でのイランの影響力を増大させることにな これを考えれば,サウジアラビアがブッシュ った。米国の側にもサウジのイラク対応に対す 大統領の呼びかけた本年1 1月2 7日のアナポリス る不満はある。しかしサウジ側からすれば,混 での中東和平協議へ参加したことが理解でき 乱を作ったのは誰だという問題である。 る。米国は,イスラエル,パレスチナの当事国 イラク問題はサウジに重くのしかかってい のほか,中東和平カルテット・メンバー国,ア る。この点でサウジは同盟国である米国に対す ラブ連盟担当委員国,G8諸国,国連常任理事 る信頼を失っている。国王の今回の欧州歴訪は, 国,国際機関などを招請したが,シリアと並ん ワシントンを訪れていないことを考えあわせる でサウジアラビアが出席するかどうかが直前ま と,サウジが米国離れ,すなわち独自路線をと で注目を集めていた。米国はサウジの参加を切 りつつあることを,印象づけている。国王,皇 望し,1 1月2 0日にはブッシュ大統領がアブダッ 太子の米国訪問がこれまでないことは,国民感 ラー国王に電話で要請するほどであった。ま 情を反映しているのである。サウジアラビアは, た, 1 1月2 1日にはトニー・ブレア前英国首相(中 米国のみが中東地域の諸問題を解決する力を持 東和平特使)がリヤドを訪問し,直接国王に出 っていると認識している。しかし,これまでの 席を要請した。 米国のやり方を見る限り,当面期待することは これに対し,サウジは当初慎重な姿勢を示し 難しい。サウジからすれば,米国との関係は維 ていたが,最終的にサウード外相が参加した。 持しつつも,他の有力国のサポートを得ること サウジアラビアの参加は,米国なしでは,中 5 5 中東協力センターニュース 2 0 0 7・1 2/2 0 0 8・1 東和平だけではなく,地域における諸問題の解 米路線をとるイランとベネズエラが石油取引の 決は不可能との判断に加え,イランに対する懸 通貨を米ドルからユーロにすることを提案した 念が背景にある。 が,サウジは米国に配慮して反対している。一 なお,サウジアラビアと米国は,最新鋭戦闘 方,1 2月5日のドーハでの GCC サミットにイ 機を含む2 0 0億ドル規模の武器の取引で合意し ラン大統領を招くことに反対せず,国王が大統 ている。これは両国の防衛協力を一層強めるも 領と手をつないで歩く姿を報道陣に見せてい のであると同時に,イランに対峙する意味もあ る。 る。 ちなみに,サウジアラビアは,英国からも最 サウジアラビアでは,政府,民間を問わずオ 新鋭戦闘機タイフーン7 2機(4 4億ポンド=8 9億 ピニオン・リーダーの多くが米国留学経験者で ドル)を購入することで合意している。 あることもあり,米国に親近感を抱く層も厚い。 しかし一方で,現在の中東の混乱の原因の多く ! 重みを増したサウジ外交とバランス感覚 を作ったのは米国であるとも広く認識されてお サウジの外交は,近年重みを増している。イ り,米国一辺倒ではもたないとの意識も底流に スラームの2聖地を擁するだけではなく,石油 ある。 収入増加による経済規模拡大,世界最大の規模 米国が,かつて友好関係,同盟関係にあった を誇る石油生産量,輸出量,埋蔵量,生産余力 イランのシャー,イラクのサダム・フセインを が背景にある。 切り捨てたことは中東では忘れられていない。 サウジは湾岸,アラブ地域あるいはイスラー 多くの国民の出自が遊牧民であるサウジアラビ ム圏の中で重要な役割を担うことと,米国との アでは,唯一のスーパー・パワーの米国に安全 友好関係の維持,さらにアナポリス和平会議に 保障を依存するとしても,最後は自分で守ると 参加するなど,限定的なレベルとしてもイスラ いう感覚が強い。そのためにはバランスが大切, エルと関わることとの間のバランスをとってき 国民感情,近隣諸国への配慮が必要と考えられ ている。 ているのである。 この1 1月1 7,1 8日の OPEC サミットでは,反 5 6 中東協力センターニュース 2 0 0 7・1 2/2 0 0 8・1