Comments
Description
Transcript
中学校英語教科書におけるto不定詞の扱い †
宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第1号 2015年8月1日 中学校英語教科書におけるto不定詞の扱い † ―その不備と今後の改善について― 谷 光生 * 宇都宮大学教育学部 * 概要 文部科学省による『中学校学習指導要領解説 外国語編』および これにもとづく文部科学省検定済の 「英語」教科書では,to不定詞の取り扱いに関し,言語事実を適切に反映したとは言えない指示ないし指導 が認められ,より効果的な英語の学習をはばむものとなっている。これを鑑み,本稿はto不定詞の基本的な 性質を略述のうえ,英語の実態に即した より良いto不定詞の指導法について私見を述べる。 キーワード:中学校,学習指導要領,教科書,英語,英文法,to不定詞 1.はじめに 名称は,教育現場でも長らくなじみのものと思われ 現行の中学校学習指導要領は平成24年度(2012年 るが,Huddleston and Pullum (2002) から用例のみ 度)からの実施となっている。この学習指導要領に 借りて,これらの三用法を確認すると,次のように おける第2章 各教科 第9節 外国語では,従来どおり なる。 「言語材料」 (すなわち,取り上げるべき音声の特徴 や文法事項などの総体)の一つとして,to不定詞が 指定されている。しかしながら,それ以上の細かな (1)a. 「名詞としての用法」 His aim was (Huddleston and Pullum 2002:1176) 指示はなく,この点は当該の学習指導要領をより具 b.「形容詞としての用法」 体的に敷衍した『中学校学習指導要領解説 外国語 編』(以下, 『解説』と略記)において,様々な具体 I've found a box (Huddleston and Pullum 2002:1176) 例を持って,補完がなされている。本稿が議論の対 c. 「副詞としての用法」 象とするto不定詞に関しては, 『解説』では その用 法が「名詞としての用法」 「形容詞としての用法」 「副 She left at six (Huddleston and Pullum 2002:1176) 詞としての用法」の三つに細分化され,さらに こ れらの三用法を「指導する」との指示が出されてい る(pp. 54-55)。(なお, 『解説』は平成20年(2008 これらの具体例を見ただけでも明らかなとおり,to 年)7月以降,文部科学省のウェブサイトにおいて, 不定詞は情報の伝達という点で事実上 不可欠の要 PDFファイルの形で公開されている。また これと 素であり,学習者には その習熟が期待される。し は別に冊子としてもまとめられ,いくつかの出版社 かしながら,『解説』はもとより,文部科学省検定 から販売されているようである。) 済の「英語」教科書(以下,検定済教科書ないし教 このようなto不定詞の三用法と それに付随する 科書と略記),英和辞書,学習用英文法書などにお いて,to不定詞の扱いが不適切であるため,その文 TANI Mitsuo*: -infinitives: Towards a More Effective Pedagogy for Japanese Junior-High School Textbooks of English. Keywords: Japanese junior-high school, the government curriculum guidelines, textbooks, English, English grammar, -infinitives * Faculty of Education, Utsunomiya University. (連絡先:[email protected]) 法的側面に関する理解が,学習者においても教員に おいても十分とは言えないように見受けられる。文 法的側面の軽視は実用面での支障にもつながり得る ため,to不定詞に関しても より多くの注意が払わ れるべきだが,以下,本稿ではto不定詞の「名詞と しての用法」に議論をしぼり,『解説』や教科書に − 123 − 見られる問題点を指摘する。その後,問題のto不定 なお, 詞に関するより妥当な捉え方を論じ,最後に より で問題とするto不定詞に対して特に名称は与えられ では ここ 良い指導のための私案を提示する。 ていないが, では 問題のto不定詞を「名詞の働き」という見出しのも とに分類している(p. 52) 。また 2. 『解説』および教科書におけるto不定詞 は文法用語を極力 使わない編集方針 既述のとおり,中学校学習指導要領の第2章 各教 科 第9節 外国語では,to不定詞を学習することと指 を取っているようで,問題のto不定詞に対しては, 定され,さらに『解説』では その三用法を指導す 例えば「 『∼すること』という意味を表すとき」の るとされている。その三用法のうち,上記 (1a) の ような見出しで整理している(p. 74) 。 ようなto不定詞に対する名称は,これも既述のとお 以上のとおり,五種類の教科書のうち,四種類の り, 「名詞としての用法」であるが,『解説』では, 教科書で名詞という用語が用いられ,さらに三種類 この名称のもと,次の二つの英文が具体例として挙 の教科書において『解説』とほぼ同様の名称が用い げられている。 られている。 次に,主動詞wantに関する(B)について。五種 類の教科書はいずれも その全体的な構成は大同小 (2) 「名詞としての用法」 (『解説』p. 54より) a.I want to drink water. 異で,十個前後のレッスンを中心に据え,それらを b.To learn a new language is difficult. 補う形で文法事項のまとめのページや様々な活動 を指示するページなどが盛り込まれている。また各 このように, 『解説』では(A) 「名詞としての用 レッスンの中身に関しても,各教科書は ほぼ共通 法」という名称を導入するとともに,(B)その最 しており,学習すべき文法事項を含んだ基本的な英 たる例として,want を主動詞とする(2a)のよう 文(以下,キー・センテンス)の提示と,それに対 な英文を第一に提示しているが,これら二つの特 する日本語での解説やコメント,キー・センテンス 徴(A),(B)は現在 中学校で使用されている検 (の類例)を複数 含んだ英文(以下,本文)からな 定済教科書にほぼそのままの形で受け継がれてい る。なお,本文は説明文や論説文の形式を取ること る。この点をいくつかの教科書をとおして,確認 が多いが,対話ないし会話の形式が用いられること してみよう。取り上げる教科書は次の五種類(計 もあり,学習者の興味を引くような事物や人物がト 六冊)で, および ピックとして取り上げられている。下の(4)から (東京書籍株式会 (8)は五種類の教科書から関連の部分を抜粋したも (開隆堂出版株式 のだが,レッスンの中でto不定詞の「名詞としての 会社) , (株式会社三 用法」が どのように取り扱われているか,その要 省堂) , (光村図書 点を示している。各 a はキー・センテンスで,各 (学 b はそれに対する解説ないしコメント,各 c は本文 社) , 出版株式会社) , 中で用いられたキー・センテンスの類例である。 校図書株式会社)である。 まず,名称に関する(A)について。次の(3) のように,三種類の教科書において,『解説』で見 (4) (p. 23より) られる「名詞としての用法」という名称と ほぼ同 a.I want to use English in my future job. じものが使用されている。 b.「to + 動詞の原形」は「…すること」とい う意味にもなる。ここではwant to useで 「使 (3)a. いたい」 という意味になる。//「したいこと」 (p. 78) や「食べたいもの」について,[例]にならっ 名詞的用法 b. て対話をしましょう。 (p.62) c.I want to be a computer programmer in 名詞用法 c. (p. 60) the United States. // I'm not sure, but I want to work in Japan. 名詞的な用法 − 124 − (5) (pp. 54-55より) a.I want to be a doctor. // Do you want to に半ば強いていることになる。すなわち, (A )こ こでのto不定詞は名詞句ないし名詞という形式上の 性質を持ち, (B )このようなto不定詞の典型的な help sick people? b.「∼すること」と言うときは,<to+動詞の 例は動詞wantに後続するものである,という理解 原形>の形を使います。// 例にならい,今 である。 週末にしたいことについて友だちと対話し これら(A ),(B )のような理解は,次節で述 ましょう。 べるとおり,問題を含むものであるが,このような c.Do you like to play with children? //I want to be a nursery school teacher in the future. 誤解とでも言うべき理解は文法事項のまとめのペー ジで一層 強化される。次の(9),(10),(11)は, // I would like to take care of children. および から,ここでの 議論に関係する部分を抜き出したものであるが,一 (6) 見しただけで, (A )( , B )の理解を補強するもの(な (p. 54より) a.Amy wants to read the book. いし誤解を助長するもの)となっていることが分か b.名詞用法「∼すること」 る( (9),(10),(11)における太字や下線はいず c.I want to go to a farm. // I want to work れも引用元のものである) 。 in a department store. (9) (7) (p. 47より) (p. 62より) 「∼すること」 (名詞用法) a.I want to play the sanshin. Amy wants to read the book. b. 「∼したい(したかった) 」という言い方 (エイミーはその本が読みたい。 ) このreadは,「読むこと」というように名詞 c.I loved them, so I wanted to play the のはたらきをしています。wantを使った文 sanshin myself. では「読むこと」+「ほしい」→「読みたい」 (8) のような言い方になります。 (p.66より) a.I like to use computers. b.「to + 動詞の原形」で「∼すること」とい (10) (p. 62より) 次の文を比べてみよう。 う意味を表す。 c.So I want to go to a pastry shop for career Amy wants the book. experience. // I need to think about it. // (エイミーはその本がほしい。 ) What do you like to do? // Well, I like to Amy wants to read the book. use computers. I like to design things, too. (エイミーはその本が読みたい。 ) the bookもto read the bookも動詞の目的語 になっているね。 以上の抜粋から明らかなとおり,to不定詞の「名詞 としての用法」を例示するために,五種類の教科書 はいずれも動詞wantを引き合いに出している(want 以外の動詞と言えば でのlikeとwould like, でのlikeとneedだけである)。さら に,動詞wantは 以外のすべての教 (11) (p. 60より) 名詞的な用法 「∼すること」と名詞の働きをします。 I want to play the sanshin. 科書において,本文はもとより,キー・センテンス I like to play soccer. の中でも取り上げられている。 To study English is very interesting. このように,検定済教科書は『解説』の持つ特徴 My dream is to be a musician. (A)と(B)をほぼそのままに引き継いでいるが, このような作りを持つ教科書は,to不定詞の「名詞 次節以降, (A )と(B )における問題点を いく としての用法」に関して,次のような理解を学習者 つかの言語事実に照らして,順に検討する。 − 125 − 3. 「名詞としての用法」に関する問題 ⇒ [NP What] do you want [X to do __ ]? 本節では(A )の問題点を取り上げ,(B )に関 しては次節で述べる。 問題のto不定詞が名詞句であれば,なぜ(14)の応 『解説』で言う「名詞としての用法」のto不定詞が, 答に差が見られたり,疑問文形成において(15), 名詞句ないし名詞(以下,単に名詞句)ではないこ (16)のように異なったプロセスを必要としたりす とは,次の三つの事実から窺える。第一に, 「他動 るのか,説明に窮する。このような事実は問題のto 詞+副詞句+名詞句」という連鎖は一般に容認され 不定詞が名詞句ではないことを反映したものである ないが, 「他動詞+副詞句+to不定詞」という連鎖 と考えられる。 には問題がない。次の(12)と(13)を比較された 第三に,問題のto不定詞が名詞句であるとするな い(なお,NPは名詞句(noun phrase)を表し,X らば,次の(17a)と(17b)の関係をうまく捉える は何らかの構成素をなしていることを示す)。 ことができず, (17b)におけるto不定詞がどのよう な種類のto不定詞であるのか不明となる。 (12)a.I like [NP that book] . (17)a.We want to win. b.We want [NP that information] b.We want John to win. c.We want [X to win] (13)a.*I like 実際, 『解説』では(17b)におけるようなto不定詞 [NP that book]. b.*We want c.We want [NP that information]. を,次の(18)に示されるように特定の語に「特徴 的なものとして別途示す」ことにより,例外として [X to win]. 処理している(p. 53) 。 (13a),(13b)は許されず,その一方で(13c)は 許されるという事実は,問題のto不定詞が名詞句で (18)ここに示した文構造は,[…中略…],there, it, tell, wantなどの語に特徴的なものとして別途 はないということを示していると言えよう。 示すこととした。 第二に,次の(14)のような対話においては,疑 問詞whatに対して, 名詞句で応答する必要がある(# […中略…] (c)主語+tell, wantなど+目的語+to不定詞 印は文法的な文であるはあるが,語用論上おかしい […中略…] ということを表す) 。 Mary wants you to eat this chocolate. (14) : What do you want? : OKI want [NP that information]. // OKI want ここで注意すべきは,(17b)におけるようなto不 定詞を例外であるとすることは,それが「名詞とし [NP that book]. // #I want [X to win]. ての用法」にも その他の用法にも分類されないと また,問題のto不定詞を適切な応答の一部として導 認めていることになり,また このようなto不定詞 き出すような疑問文を形成するためには,周知のと が「名詞としての用法」ではないのなら,これと明 おり,やや複雑なプロセスを経て,「深い要素」を らかに関係のある(17a)のto不定詞を「名詞とし 疑問詞化する必要がある。次の(15)と(16)を比 ての用法」であるとすることにも疑義が生じる,と 較されたい。 いう点である。 (17a)と(17b)の共通性を捉え,統一した説明 (15)You want [NP that information ] . を可能とするためには, (17a)のto不定詞は名詞句 ⇒ You want [NP what ] . ではなく,別の構造であると考えるしかない。 ⇒ [NP What] do you want __? 以上のとおり,問題のto不定詞は名詞句ではない, もしくは そのように捉えるべきではないという事 (16)You want [X to win]. ⇒ You want [X to do [NP what]]. 実を見たが,では それはどのような構造を持つも のであろうか―。これに関し,文法理論研究におい − 126 − ては,それは非定形(non-finite)の節(clause)で (23)に示されるとおり,「他動詞+副詞句+非定形 あるとの一致した見解が得られている。すなわち, 節」という連鎖においては,to不定詞の主語を示す 問題のto不定詞は おおよそ次のような構造を持つ 働きをする前置詞forが必要となる。 (Clは節を表す)。 第二番目の「深い要素」を疑問詞化するという点 も,次の(24)のように,節内ではごく普通に見ら れる。 (19)a.We want [Cl Ø to win]. b.We want [Cl John to win]. (24) What do you believe [Cl that he is telling us __ ]? (19a)におけるØ印が意味するところは,当該の節 内における主語は表面上 存在しないものの,意味 このことは,次のように表面上 主語を持つ非定型 的には存在するというもので,この例の場合では 節の場合も同様である。 winの意味上の主語はto不定詞節の外にあるweであ る。 (25)What do you want [Cl him to do __ ]? なお,to不定詞が節の構造を持つということは, 動詞wantに導かれるto不定詞だけに該当するわけ また第三番目に検討した,『解説』では例外扱い ではない。検定済教科書の中でto不定詞の「名詞と されたto不定詞に関しては,上の(19)に示される しての用法」を導くとされた (woud) like, needなど とおり,to不定詞一般が節である(より詳しく言え の動詞も, (19)と同様,次のような構造を持つ。 ば,節内における動詞句である)と言え,すべての to不定詞を同様に扱うことが可能である。 (20)a.We'd like [Cl Ø to win]. ついでながら,本稿では考察の対象外とした「形 容詞としての用法」や「副詞としての用法」におけ b.We'd like [Cl John to win]. るto不定詞も節の構造を持つ点に注意されたい。こ のことは次のような定形節との対比を見れば明らか (21)a.We need [Cl Ø to win]. であろう。 b.We need [Cl John to win]. このように問題のto不定詞が節の構造を持つとす (26)a.the book [Cl that we should read] ると,上で見た三つの事実は節一般が持つ性質その b.the book [Cl for us to read] ものであるとして,特別な説明を必要としなくなる。 c.the book [Cl Ø to read] すなわち,第一番目に挙げた「他動詞+副詞句+to 不定詞」という連鎖が可能であるという点について (27)a.We went hungry in order [Cl that our baby は,次の(22)のように「他動詞+副詞句+節」が would have food]. 可能であるという性質を反映した下位事例にしか過 b.We went hungry in order [Cl for our baby ぎない。 to have food]. c.We went hungry in order [Cl Ø to save (22)I {believe/doubt} [ Cl that he is food for our baby]. telling the truth]. 4. 「動詞want+to不定詞」に関する問題 なお,節は定形(finite)のものと非定形のものに 次に(B )について。中学校学習指導要領の第2 下位分類されるが,「他動詞+副詞句+定形節」の 章 各教科 第9節 外国語における「言語活動」の取 例が(22)であり, 「他動詞+副詞句+非定形節」 り扱いにおいては, 「気持ちを伝える」「考えや意図 の例が(13c)および次の(23)である。 を伝える」といった「言語の働き」を取り上げるこ とが指示されているが,この指示が教科書なり現場 (23)We want [Cl for John to win]. なりで実際に遂行されるためには,『解説』で「動 詞want+to不定詞」という頻出表現に触れざるを得 − 127 − ないという事情があったかと推察される。しかし, う。次の(30a)と(30b)を比較されたい。 ここでのto不定詞を「名詞としての用法」の典型の ように扱うことには,文法理論研究における知見と (30)a.*To win is wanted(by us). 大きく異なるため,注意を払う必要がある。この点 (Cf. We want to win.) を確認すると次のようになる。 b.What is wanted is not the will to believe, 理論研究においては, 「動詞want+to不定詞」と but the will to find out, which is the exact い う 表 現 全 体 が 連 鎖 動 詞(catenative verb) を opposite.( (1922)から な し て い る と 捉 え る の が 一 般 的 で あ る( 例 え ば の引用) Huddleston and Pullum (2002:Ch. 14) を参照) 。連鎖 動詞とは,ある一群の動詞がto不定詞を(再帰的に) 従え,全体が連結されたような構造を指す。連鎖動 さらには,例えば定形節も非定形節も従え得る動 詞の一部としてto不定詞を従え得る動詞は,例えば 詞hopeとは異なり,wantは非定形節しか従えない Huddleston and Pullum (2002:1239-1240) が,この事実も「動詞want+to不定詞」が連鎖動詞 や Swan (20053:258) にリストとしても示されているが,下に として強く確立していることを窺わせる。次の(31) 理解しやすい具体例を挙げよう。 と(32)を比較されたい。 (31)a.We want(him)to win. (28)a.She stopped talking about that and b.*We want [Cl that {we/he}(will)win]. her other problems. (Swan 20053:275 [斜体字は谷による]) b.I'm what happened. (32)a.I hope(for him)to win. ( 8th edition, s.v. b.I hope that {I/he} will win. [斜体字は谷による]) このように,「動詞want+to不定詞」におけるto (28a),(28b)の斜体字部分が連鎖動詞であるが,go 不定詞は独立性が低く,連鎖動詞の一部であると捉 on to … は「(先の行為と変わって)…する」とい えるのが妥当と考えられる。『解説』や教科書にお うほどの意味を表す(なお,学習用英文法書の範囲 いて, 「名詞としての用法」のto不定詞の典型例を では, go on to … におけるto不定詞は「副詞とし 示すのなら,先に見た(1a)や(2a)のように,そ ての用法」に分類するしかないと考えられるが,意 れが主語や補語の位置に現れたものを挙げるべきで 味解釈から明らかなように,このような分析は誤り あろう。 である) 。また be dying to … は この形式(すな なお, 「動詞want+to不定詞」を連鎖動詞として わち進行形)でしか用いられず,「とても…したい」 おけば,(9)に示されるような強引な説明をする必 という意味を表す。 要がなくなる点にも注意されたい。すなわち,(9) 「動詞want+to不定詞」も連鎖動詞の一例である では問題のto不定詞を「名詞としての用法」とした ことは, 例えば次のwanna縮約( ために,それに「読むこと」という日本語を与えざ -contraction) にも窺えるとおりである。 るを得ず,さらに動詞wantとの関係で, 「読むこと +ほしい」という日本語として成立もせず,また意 味解釈もほとんど不可能な表現を用いているが, 「動 (29)a.We wanna win. 詞want+to不定詞」を連鎖動詞として捉え,対応す b.What do you wanna do? る日本語は「したい」であるとすれば,このような また「動詞want+to不定詞」におけるto不定詞は 無理筋の説明や煩瑣な手続きは必要なくなる。また, それを主語にした受動文を作ることができず,動詞 そもそも(9)のような説明においても,最終的に wantの目的語である名詞句が受動文の主語になれ は「したい」という日本語を連鎖動詞の場合と同様 る事実と対照をなすが,このことは問題のto不定詞 に指定しなければならず,(9)のような説明は中学 が連鎖動詞の一部であることを示していると言えよ 校学習指導要領の「2(4)言語材料の取扱い」のイ − 128 − である「文法については,コミュニケーションを支 るが,その一つには,既述のように,主語を明示 えるものであることを踏まえ,言語活動と効果的に する必要がある場合は, (34b)に見られるように, 関連付けて指導すること」という指示とも矛盾する その主語は前置詞forに導かれるというものがある。 ものである。 また,その他の性質として,これも既に触れたよう 5.今後のto不定詞の取り扱いについて ない場合においても,意味上の主語は存在するとい 本節では,to不定詞の「名詞としての用法」に関 うものがある。 して,今後どのようにその指導を改善すべきか,若 なお, (34b),(35b),(36b)のような非定形節は, に, (36b)のように非定形節の主語が表面上 現れ 干の私見を述べる。 (18)にも示されるとおり,『解説』で既に指導の必 まずは,今後の中学校学習指導要領ならびに『解 要性が説かれているのだから,どのみち現場で触れ 説』において,節には定形節と非定形節の二種類が ざるを得ないわけで,ここでの私案は今後これら非 あるという点を明記し,言語材料の一部として正式 定型節に対して より明確な位置づけを与え,その に取り入れるべきと考えられる(to不定詞との関連 基本的性質にも触れるべきであるという ささやか で,学習英文法にも非定型節という概念を取り入れ なものである。従って,定形節の場合と同様,現場 るべきだとする小論に,例えば林(2005)がある)。 での対応も十分可能と考えられる。 その際,現場での対応という点が問題となるが,こ 非定形節の導入に際しては,関連の用語にも留意 れに関しては次のような指導の方法が考えられる。 する必要がある。『解説』での「名詞としての用法」 定形節は どのみち必要な概念であり,その一端 という名称は,これまで見たように不必要な誤解を は学習用英文法書や英和辞書はもとより,現場でも 生み,望ましくないものなので,これに対しては「名 例えば次のような名詞節の構造を導入する際,何ら 詞節としてのto不定詞」(あるいは「to不定詞の名詞 かの形で触れざるを得ない。 節としての用法」 )という名称に変更する必要があ る。また同様に,前節で見た(26b),(26c)のよ うな構造に対しては「形容詞節としてのto不定詞」 , (33)a.He says [Cl that he is an American]. b.It is unbelievable [Cl that he is an American]. (27b),(27c)のような構造に対しては「副詞節と してのto不定詞」と呼べば良いだろう。 このような名詞節を例にとり,定形節という概念を 既述のことではあるが,以上のように定形節と非 (すぐ下で述べるように)非定形節と対比のうえ, 定形節という概念を導入すれば,従来 例外として処 新たに導入すればよいが,定形節に関する現場での 理されてきた(35b)と(36b)におけるようなto不 新たな対応はこれだけなので,実行はそれほど困難 定詞も名詞節としてのto不定詞として問題なく分析 ではないだろう。 が可能である( (34b)におけるto不定詞ももちろん 非定形節を定形節との対比のうえ導入するという 名詞節としてのto不定詞の一例)。さらには, 次の (37) 点に関しては,例えば次のような定形節と非定形節 のような頻出表現におけるto不定詞も,従来は分類 のペアを提示すればよいと考えられる。 不可能で例外的扱いを受けてきたが, (38)のよう な定形節との対比をとおせば,いずれも名詞節とし (34)a.It was good [Cl that they went out there]. てのto不定詞であることが理解されるであろう。 b.It was good [Cl for them to go out there]. (37)a.He seems [Cl Ø to be ill]. b.I'm pleased [Cl Ø to be here today]. (35)a.I believe [Cl that he is an American]. b.I believe [Cl him to be an American]. c.He will be happy [Cl for them to help you]. (36)a.He told me [Cl that I should come here]. (38)a.It seems [Cl that he is ill]. b.He told me [Cl Ø to come here]. b.I'm pleased [Cl that I can be here today]. c.He will be happy [Cl that they will help you]. その際,非定形節の基本的な性質に触れる必要があ − 129 − 最後に,これも一部 既述のことではあるが,「動 詞want+to不定詞」という表現をどのように導入す べきかについて触れると,これはto不定詞の名詞節 の用法などとは別に,日常的に頻出する重要な連鎖 動詞の一例として, 「(would)like+to不定詞」や「need +to不定詞」などともに,不必要で無理な分析をせ ず, 「…したい」「…が必要だ」などの日本語を対応 させて導入するのが良いだろう。 参考文献 Huddleston, Rodney and Geoffrey Pullum (2002) , University of Cambridge Press, Cambrige. Swan, Michael (2005 3) , Oxford University Press, Oxford. 林龍次郎(2005)「学習英文法と不定詞節」,『英語 青年』,第151巻, 第3号, pp. 140-141. (2015年 3月30日 受理) − 130 −