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フランスにおける都市計画と自然災害防止制度

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フランスにおける都市計画と自然災害防止制度
フランスにおける都市計画と自然災害防止制度
−PERとPPRを中心に−
北 村 和 生
はじめに
1 自然災害の防止に関する法をどのような類型で分類するかについては、様々なものを想定
することができるだろう。たとえば、時系列によって、発災前の災害の予防、発災時の救助や
避難に関する法、そして、災害後の被災者救済や被災地の復興に関する法の3つのレベルに分
けることができるが、このような考え方が、自然災害に関する法制度を考える上で、比較的一
般的な見解であると考えてよいであろう1)。時系列のいずれのレベルもその重要性において変わ
るところはないが、少なくとも行政が法的な義務として自然災害に取り組む場合においては、
災害の発生をできる限り抑制し、あるいは、災害の性質上抑制することができないのであれば
その被害が最小限のものとなるようにすること、すなわち、自然災害の予防が行政の主要な任
務であるといえるのではないであろうか。発災後は、行政が対応できることは(災害の種類に
応じて様々であろうが)、限られているからである。
このような関心から、本稿は、フランスにおける防災行政制度、中でも都市計画法の手法と
リンクした法制度を紹介することとする。このような制度を紹介するのは、この制度がフラン
スにおいて独自の発展を遂げており、フランスの防災行政に関する法制度や行政判例を理解す
る上で不可欠と考えられるからである。また、それだけではなく、より実践的な意義も考える
ことができる。というのも、我が国では、フランスのような制度が、一部の個別立法で部分的
には見られるものの、少なくともフランスにおいてみられるような包括的な制度としては、必
ずしも整備されていない。しかし、我が国においても、近時、これまでのような堤防やダムの
建設といった手法による自然災害防止対策だけではなく、都市計画等による土地利用規制の手
法による自然災害防止策の重要性が指摘されている。したがって、今後このような土地利用規
制による自然災害防止制度は我が国にもおいても一層その重要性を増していくと考えられ、以
下で紹介するようなフランスの法制度が、我が国の防災行政に関する法制度、特に法律や条例
による制度設計を考える上で、貴重な示唆を与えるものでなかろうかと考えられるのである。
もちろん、我が国との比較を考える上では、フランスにおける自然災害の特質を無視しては
ならないであろう。フランスで自然災害の危険地域を事前に都市計画の図面で示すことによっ
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政策科学7−3,Mar.2000
て災害を防止しようとする発想が現れたのは、後に述べるように、まずは水害に関してであっ
た。そして、具体的に本稿が扱うPERやPPRといった制度の直接の手本となったのは雪崩
を対象としていたPZEA(Plan des zones exposées aux avalanches)であったとされている2)。
PZEAが対象とする雪崩が特に典型的であるが、これらのフランスで想定されていた自然災
害は、災害が発生する場所を事前にある程度特定することができるという特色を持っている3)。
フランスで都市計画手法による防災対策において主として想定されているのは、このような比
較的その発生場所を予測しやすい災害であった点は、我が国との比較を考える上で考慮してお
くべきであろう。
2 具体的なPPRなどの制度を紹介する前に、フランスにおいて自然災害に対処する行政の
義務はいかにして法律上規定されているかを簡単に見ておこう。
既に別稿でも紹介したが4)、フランスでは自然災害防止に関する様々な権限が行政に授権され
ている。仮に、それらの権限の発動が義務づけられているのに関わらず、行政がその権限を発
動しない場合には、行政の損害賠償責任が生じる。この自然災害防止に関して、行政に課せら
れる義務は、行政裁判所の最高裁に当たるコンセイユデタをはじめとする行政判例によって、
次第に行政にとって厳格な義務となってきており、フランスの行政機関は自然災害予防につい
て高度の防止義務を課せられていると言うことができる5)。
行政が有する自然災害防止に関わる権限には様々なものがある。これらの権限は、大きく二
つに分けることができる。すなわち、第1に、我が国の市町村に当たる基礎自治体の長である
メール(maire)が主として持つ一般警察権限6)、第2に主として知事7)(préfet)が持つ個別の法
令によって規定された各種の特別警察権限である。
3 本稿が扱うのは、後者の特別警察権限に属するもののうち、都市計画法の手法によって、
自然災害発生の危険がある地域での都市化や建築、あるいは、商業その他の活動を規制するこ
とで、被害の発生を未然に防止することをその目的としている制度である。しかし、これらの
都市計画法の手法による行政の自然災害防止制度は単一のものではなく、その規制の形態によ
って、以下の3つに分類することができるとされる8)。
まず、第1が、通常の都市計画文書(les documents d’
urbanisme)に関するものである。これら
は、特に自然災害を対象として作られた制度ではなく、一般的な都市計画文書のことである。
フランスの都市計画には、土地占用計画(Plan d’
occupation du sol、以下では、「POS」と呼
ぶ)、POSの上位の計画に当たる指導シェーマ(Schéma directeur、以下では、
「SD」と呼ぶ)
といった都市計画に関する一般的な制度が見られるが、これらの都市計画文書の作成において
も都市計画法典(Code de l’
urbanisme)の諸規定によって、行政は自然災害の危険を考慮すること
が義務づけられている。
たとえば、「市民の安全の組織、火災からの森林の保護、および大規模災害の予防に関する
1987年7月22日法(La loi du 22 juillet 1987 relative à l’
organisation de la securité civile, à la
protection de la forêt contre l’
incendie et à la prévention des risques majeurs)」(以下では「87年
法」と呼ぶ)による改正により、都市計画法典の最初の条文であるL.110条に次のような規定が
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フランスにおける都市計画と自然災害防止制度(北村)
加わった。すなわち、公共団体が土地利用の決定などをするに当たっての目的として、「公の安
全と衛生(la securité et la salubrité publiques)」を確保する旨の規定である。この改正により、
この規定には自然災害の考慮が含まれるようになったと解されている9)。
次に、都市計画文書一般について定めた都市計画法典L.121-10条によると、都市計画文書は、
「予測しうる自然災害と科学災害(les risques naturels prévisibles et les risques tecnologiques)を予
防することを」「可能にする条件を決定する」としている。次に、同法典L.122-1条は、SDが、
「予測しうる自然災害と科学災害の存在を考慮する」旨を規定し、同法典L.123-1条は、POSが
ゾーニングを行うに際して、「予測しうる自然災害と科学災害の存在(l’
existence de risques
naturels prévisibles et les risques tecnologiques)」を考慮することとしており、また、同法典
R.123-18条は、POSにおけるNDゾーン(建築が禁止される地域)の決定において、自然災害
の存在が決定の理由となるとしており、POSの地図文書は、
「水害、浸食、地盤沈下、地滑り、
雪崩(inondations, érosion, affaisements, éboulements, avalanches)といった自然災害あるいは科学
災害の存在が、すべての性質の建築や施設が」「特別な条件に服さなくてはならないことを正当
化するようなすべての地域」を表示しなくてはならないとしてる。
以上のような一般的な都市計画文書とは別に、建築許可(permis de construire)等の個別の許認
可を対象とした制度も存在する。これが二つ目のカテゴリーである。例としてはRNU
(Règlement national d’
urbanisme)と呼ばれる制度をあげることができる。POSがコミューン
の権限であるのとは異なり、これらRNUは全国的な規制で国の権限である10)。条文としては、
都市計画法典R.111-1条からR.111-27条に当たるが、自然災害を対象とするものとしては、同法
典R.111-3条をあげることができる。これは、建築許可を行政庁が交付するに際して、自然災害
の危険を理由として建築許可に条件を付したり(たとえば、水害を想定した建築物とすること
など)、あるいは自然災害の危険を理由として、建築許可申請に対して拒否処分を行うことを認
めた規定である。RNUの多くはPOSを持たないコミューンを対象とするが、自然災害を対
象とするR.111-3条などは、POSを持つコミューンに対しても適用されることとされていた。
ただし、現在のR.111-3条は後述する95年法やそれを受けた95年デクレにより改正を受けている。
4 以上で紹介したようにフランスの都市計画法は、一般的な都市計画文書の作成において、
あるいは建築許可の交付に際して、自然災害の危険を考慮する旨の規定を置いている。しかし、
フランスの都市計画法が自然災害についての規定を置いているのはこれにとどまらない。フラ
ンスでは、第3の類型として、自然災害のみを特に念頭に置いた計画法の制度が作り上げられ
ている。
本稿が紹介するのは、一般的な都市計画文書ではなく、上で述べた第3の類型に該当する制
度である。まず、1982年7月13日法(以下では「82年法」と呼ぶ)によって制定されたPER
(Plan d’
exposition aux risques naturels)について紹介し、次章でPERの問題点などを指摘し、
さらにその改正された制度であるPPRを紹介する。PPRの規定を持つ1995年2月2日法に
よって改革されたのはPERだけではないが、1995年2月2日法全般の紹介は本稿の対象とはし
ないので、たとえば、自然災害危険地域の土地収用制度などについては本稿では触れない11)。
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政策科学7−3,Mar.2000
!.PER
フランスにおいては、自然災害の危険性が高い地域を図面によって示し、住民に危険性を知
らせたり、あるいは都市計画法や建築規制に関する法制度とリンクさせ、危険地域の都市化
(urbanisation)など開発を抑制することによって災害の危険を軽減しようという試みは決して新
しいものではない。たとえば、水害についての図面としては、1935年のデクレ・ロワで定めら
れたPSS(Plan de surfaces submersibles)が見られるし、時代を遡ると、19世紀のロワール川で
の大水害の後、ロワール川の全渓谷において増水危険地域についての図面が作られている12)。ま
た、雪崩については、PZEA以前に、サヴォワ県では1898年から雪崩の危険のある地域の観
察が行われ、後にはその図面が作られているとされる13)。
PSSやPZEAの他にも、既に触れた都市計画法典R.111-3条に基づく危険地域の指定(た
だし、後に触れるように旧規定である)や、森林火災の危険地域に関するPZSIF(Plan de
zones sensibles aux incendies de forêt)といった、多様な危険地域を示す図面が作成されてきた。
けれども、これらの文書は、水害や雪崩などの特定の災害を示す図面や、建築許可との関係で
のみ自然災害の危険を示すものなど、その対象において多様で、またその効果においても規制
的な効果を持つものや必ずしもそれほど強い効果を持たないものなど様々であった。これらが
それぞれの災害に応じて別個に成立し、発展を遂げたもので統一的な政策の下に作成されたも
のではなかったからであろう。
一定の政策の下で自然災害をほぼ全般的に対象とする計画としては、やはり、82年法によっ
て作り上げられたPERが最初と考えてよいであろう。以下では、PERの成立経過、その内
容、策定手続を説明することとする。なお、本稿では以下の記述中ではPERやPPRやR.1113条による地域指定等を包括的に示す語として、
「防災計画文書」の語を用いることとする。
1.
PERの成立
82年法の法案は、当初は、自然災害による被害の補償法として提案されたものであり、PE
Rに該当する制度は存在しておらず、PERは立法の過程で付け加わえられた。以下では、主
としてPERの立法過程を分析したザルマの論文にしたがって、82年法の立法過程を簡単に見
ておこう14)。
82年法はもともと国民議会議員ジャン=ユーグ・コロナ(Jean-Hugues Colonna)によって提案
された。コロナは、地滑りによって子供たちが死亡したという事件を契機として、自然災害の
被害者への救済制度が不十分であることを認識した。そこから、既に存在していた農業被害補
償の制度を参考にして、国家による公的な補償基金を設置し、それによって自然災害被害者へ
の補償を行うという法案を国民議会に提出したのである15)。
しかし、当初の法案は、議会において二つの批判を受けることとなった。批判の第1は、被
害者への補償は国家財政にとって過大な負担となるのではないかという点、第2は補償制度だ
けでは、危険予防への配慮が不十分ではないかという点であった。これらの批判から、公的な
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フランスにおける都市計画と自然災害防止制度(北村)
基金によってではなく、後述するように保険制度によって被害者を救済する現在のシステムが
構想され、さらに、それと連動して災害防止のためにPERが登場することとなった。したが
って、PERの目的は、第1に保険の支払い額を制限し財政的な不均衡を防止することであり、
第2は、自然災害を予防することであったと考えることができるであろう。
第1の目的のために、保険金支払いを制限できる地域、すなわち、自然災害の危険が高い地
域を定める必要がある。PERはこれを定めるために構想されたのであるが、このような地域
を定めるためには必ずしもPERのような新しい制度を創設する必要はなく、既に述べたよう
な都市計画法典上の一般的な制度、たとえばPOSによって危険地域をND地域として明示し、
そこでは保険契約締結を拒否できるとすることも可能であった16)。しかし、当時のPOSは国土
の3割程度しかカバーしていない等様々な問題点が指摘され、元老院において新たな制度であ
るPERを創設することが提案された。元老院案は一定の修正を受けたものの、PERは、後
に触れるように、その私法的効果というかたちで保険金支払いを制限するという役割を担うこ
とになった。
2.
PERの策定手続
1980年代初頭の地方分権改革以来、フランスにおいては、POS作成などの都市計画法上の
諸権限は多くはコミューンに委ねられた。しかし、PERは、「国家的な文書(documents
étatiques)」であるとされている17)。すなわち、PERの作成権限を持つのは国である。POS
などと類似しかつ後に触れる公法上の効果によってPOSに影響を与える文書を作成する権限
が、コミューンではなく、国のものとされたことはPERの特徴の一つである。そこからは、
PERを、「都市計画権限を潜在的に再集権化するための道具」であるとする指摘も生まれる18)。
いずれにせよ、PERは国の責任の下で作成されるのであり、原則として地方公共団体はイニ
シャティブをとることはない。
したがって、PERは知事のアレテによって決定される。アレテの案作成には、その区域が
計画に含まれているコミューンの意見を求めなければならないものとされている。この案には、
調査されている区域、考慮されている危険の性質、当該案を審理する任にある国の役務の指定
といった3つの要素が含まれなくてはならない19)。
技術的な調査を経て後に、計画案全体は意見を得るため、関係するコミューンに提出される。
技術的な調査としては、地形などの科学的な調査だけではなく、過去の自然災害の記録などの
歴史的な調査も行われる。次にコミューンの意見を考慮して場合によっては一定の変更が加え
られる。そして、公にされたPERの案は聴聞調査(enquête publique)20)に付されることになる。
その後、コミューンの議会がこれに対して議決を行う。
聴聞調査の結果や地方議会の議決を受けた後、PERは知事のアレテによって認可される。
しかし、聴聞調査主宰者や地方議会の反対を受けたときは、計画案はコンセイユデタの議を経
たデクレによって認可される。認可を受けたPERは官報や新聞などを通じて公表される。
以上のようなPERの策定手続は、都市計画権限が地方分権化がされていない時期の都市計
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画文書の策定手続と類似しているとされる。
3.
PERの内容
次に、PERの内容を説明することにする21)。PERは、それまでにフランスで存在していた
多様な制度から示唆を受けて作られており、他の制度、特に都市計画法上の諸制度と類似性を
有する。
まず、PERは三つに分かれた文書から成り立っている。これは、POSなどの他の都市計
画やZPPAU(zone de protection du patrimoine architectural, urbaine et paysage)22)などと類似
した構造であるとされる23)。三つの文書とは、まず、報告書(le rapport de présentation)、次に
図面(des documents graphiques)、そして、三つ目に規制(réglement)である24)。規制とは、当該
地域での土地利用や建築に対する条件などを示している。報告書については、後のPPRに関
しても述べるが、規制が示している様々な措置を明らかにし、PERの一貫性を示すものであ
る。最もPERで特徴的なのが最後の図面である。図面上には三つのカテゴリーの土地が表示
される。これは、PERに先駆けて存在していた、PZEAに示唆を得たものであるとされる。
すなわち、土地を3色に塗り分けて図面上に示すものである。まず、第1に、非常に危険性が
高くすべての建築が禁止される赤地域(zone rouge)である。この地域では建築を行うことはでき
ない。ただし、既存の建築を守るための整備工事のみは許可されうる。第2が、一定の工事を
行うことを条件として建築が認められる、すなわち、危険が抑制できる(maîtrisable)程度のもの
であると考えられている青地域(zone bleue)である。この地域は危険性の程度が赤地域よりも低
い。したがって、土地利用の形態、被る危険、コスト、推奨される災害予防措置の性質に応じ
た防護工事を行うことを留保した上で建築することができる。第3が、予期すべき危険がない
白地域(zone branche)である。ここでの危険性は無視することができるものと考えられ、したが
って、特に条件を付されることなく、建築を行うことができる。
4.
PERの効果
PERの効果は、PZEAやあるいは都市計画法典R.111-3条に基づく危険地域の指定と異な
り、建築以外の様々な活動などをも対象としており、当該土地で行われるすべての活動を対象
とする。すなわち、PERにおいては、法効果の及ぶ対象が他の防災計画文書より大きいとい
う点がまず指摘できるであろう。
具体的なPERの効果は二つに分けることができるとされる。すなわち、以下で述べる公法
上の効果と私法上の効果である25)。
(1)私法上の効果
82年法の立法過程を紹介した際にも触れたが、法案段階での82年法は、保険の手法による被
害者救済のための立法であった。この自然災害被害補償制度は、82年法によって制定されてか
ら何度か改正を受けており、現在の制度は、細部においては制定当時とは異なる点がないわけ
ではないが26)、基本的な点については後に触れる95年法による改正後も大きな違いはない。また、
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フランスにおける都市計画と自然災害防止制度(北村)
PERとの関係を考える上では特に問題はないと考えられるのでここでは最近の文献にしたが
って、補償制度の概略を見ておこう27)。
まず、自然災害の危険がある地域に住む住民は、保険会社と自然災害の被害をカバーする保
険契約を締結することができる。この保険は家屋など財産的な損害のみを対象としており、人
的な損害は対象とはならない。また、この保険に加入するかどうかはそれぞれの住民の任意で
ある。一方で保険会社は、82年法によって、このような保険を引き受ける義務を有する。した
がって、後述のケースを除いて原則として保険加入を拒否することはできない。保険会社の保
険は、CCRと略される再保険公庫(la Caisse Centrale de Reassurance)が保障している。CCR
はかつては公施設法人の一種であったが、現在では国がその株式の100%を保有する株式会社と
なっている。CCRに対しては国が保証を行っており、最終的には自然災害被害補償制度の背
後には国がおり、この制度を支えているということができるであろう。
自然災害によって被害が発生した場合(たとえば、家屋が破壊されたときなど)、被害者は保
険会社に申請して、保険金の支払いを受けることになる。しかし、自然災害によって被害が発
生したかどうかを決定するのは保険会社ではなく国である。自然災害であると当該地域の知事
が判断したときは、知事は内務省にその旨を通知する。内務省では、内務省の代表が委員会を
主宰し、それ以外に財務省や環境省、CCRの代表を交えた省庁横断的な委員会(commission
interministérielle)で判断を行う。委員会での審議を経て、最終的に82年法でいう「自然災害
(catastrophes naturelles)」に該当するという結論に至った場合は、複数大臣のアレテ(arrêtê
interministériel)によって自然災害が認定される。この認定は官報によって公布され、これを受
けて、被害者に保険金が支払われることとなるのである。
このような保険制度を利用した自然被害補償制度に対するPERが与える効果、すなわち、
私法上の効果は、次のようなものである。PERの規制によって、たとえば、一定の地域では
建築が禁止されていたり、あるいは建築に際しての一定の条件が所有者らに課せられることと
なる。つまり、所有者にはPERに伴って自然災害から建築物を守るための工事などの義務が
課せられることになる(ただし、工事の義務が課せられるのは、工事費用が一定の範囲内にあ
るときに限られる)。自然災害被害補償制度とPERの関連が問題となるのは、PERが課して
いるこのような義務に所有者が違反した場合、たとえば、赤地域に建築を強行したような場合
である。このような場合、保険会社は上述したような自然災害被害者に関する保険を引き受け
る義務を免除される。したがって、自然災害の被害者はPERに違反して建築を強行した場合
は、自然災害被害者救済の法システムから排除されることになる。また、青地域などであって
も課せられた建築条件等を遵守せずにPERに反する建築を行った場合も同様の扱いを受ける
こととなっている。
このような私法上の効果が、82年法に基づくPERの特徴である。82年法は、PERによる
規制を遵守しない者には、自然災害被害補償制度による救済システムから排除される不利益と
いう私法上の不利益を課すことによって、PERが私人に課している義務の履行を間接的に確
保しようとしていると考えることができる。
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また、上述のようなPERの私法上の効果、すなわち、補償の支払いを限定しようとする側
面は、PERが元老院で提案されたときに主張された財政的な考慮を反映しているとも考える
ことができるであろう。
(2)公法上の効果
公法上の効果とは、PERは当該地域のコミューンの制定するPOSによっても言及されなく
てはならず、当該地域での土地に対する規制を示しているPOSの公益地役権(servitude d’
utilité
publique)のリストに含まれなくてはならないということである28)。コミューンのPOSは、P
ERが課す規制を尊重しなければならず、もし、POSがPERに反すると、POSは違法と
なる。これは、まだ完成していない作成中のPOSにおいても既に承認を受けたかまたは公示
されたPOSについても同じである。POSが作成中であるときには、知事はPERの存在を
コミューンの関係機関に通知しなくてはならない。また、既に承認を受けたかまたは公示され
たPOSは、事後的にPERの公益地役権を付属文書(annexe)に記載しなくてはならない。そ
れが行われないと当該POSは違法となる29)。
コミューンがPOSにPERの地役権の内容を含めていないとき、知事は次のような対応を
とることによって、コミューンを監督することができる。まず、当該コミューンに対してPO
Sの記載を改めるよう催告し、次に、コミューンが催告に従わないときには、知事は3ヶ月を
経過すれば職権で公益地役権をPOSに含めることができる。このような強力な権限が知事に
与えられているのは、1年以内に付属文書に記載されなければ、公益地役権はもはやその対抗
力を喪失してしまうからである。また、知事は、行政裁判所に対してPOSが違法であるとし
て訴える(déférer)ことができるし30)、コミューンがSDでカバーされていないときに限ってだが、
違法なPOSの適用を停止することができる31)。
なお、PERとは異なるが、類似する制度である都市計画法典R.111-3条に基づく危険地域指
定もPOSに対する一定の拘束力を持つ。コンセイユデタ判決によると、コミューンは、少な
くともR.111-3条の危険地域の指定と同じ程度の規制をPOSに定めなくてはならないとされて
いる。したがって、PERではなくR.111-3による危険地域指定においても、POSが知事の策
定する防災計画文書によって拘束されることが判例上認められている32)。
@.PPR
以上のように自然災害被害補償制度とともにPERは登場し、当初は自然災害多発地域のコ
ミューンからかなりの期待を寄せられることとなった。このうち、自然災害被害補償制度は被
害者救済の制度としてはかなりの成功をあげうまく機能したと考えてよいであろう33)。しかし、
PERについては、当初想定されていたような効果を上げていないという評価が一般的であり、
論者によっては失敗であるとしている。特にPERの持つ自然災害の予防という役割が機能し
ていないと評価されている34)。PERの機能不全を最もよく示すのは、補償がかなり多く行われ
てきたにもかかわらず、82年法成立後の約10年間に作成されたPERの数が当初の予定数にま
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フランスにおける都市計画と自然災害防止制度(北村)
ったく到達することができなかったことであろう。すなわち、1993年末時点での認可を受けた
PERの数は307、聴聞調査の段階に至っているものが114、調査中のものが327であった。82年
法制定後、10年以上経っても、法制定当時目標とされていた2000という数字にはほど遠かった
ことがわかる35)。
また、1990年代にフランスはニームの水害など多くの大規模な自然災害に襲われ、政府は、
自然災害防止に関する制度の根本的な改革を考えるようになった。政府は、1994年1月24日、
自然災害防止政策に「新たなる飛躍(nouvel élan)」を与えるため複数省庁間の委員会を設け、自
然災害防止政策の基本方針を定めた36)。さらに、政府は、1995年2月2日法(通常、「バルニエ
法(Loi Barnier)」呼ばれるが、本稿では95年法と呼ぶ)を制定し、PERだけではなく、自然災
害に関係する他の制度を含めて大規模な法改正を行うことになった37)。この立法により、従来の
PERは、PPR(Plan de prévention des risques naturels prévisibles)として改革されることにな
ったのである38)。さらに、PPRの作成手続などの詳細は、1995年10月5日のデクレ(Décret no
95-1089 du 5 octobre 1995)によって規定されている。以下では、95年デクレと呼ぶこととする39)。
このようなPERからPPRへの移行は、単にPERの問題点を解消するためのものではな
いとする指摘も見られる。すなわち、PPRへの改革は、もっと基本的な政策の重心の変化、
すなわち、被害者救済を中心とした制度から防災や安全の配慮などを中心とした制度への移行
を示すとする指摘である。たとえば、PPRは、保険に関する82年法にその規定を置いていた
PERと異なり、95年法によって87年法第4章、すなわち、40-1条以下に組み入れられている。
この変化は、主として保険という経済的な論理に基づいていたPERから安全や整備の配慮に
関するより広い領域への移行を示すとの指摘がある40)。
以下ではPPRに関する条文を引用するときは95年法によって改正された87年法の条文名に
よって引用する。したがって、たとえば、87年法40-1条という名称で引用するのは95年法によっ
て改正された87年法の条文であることをお断りしておく。
1.
PERの問題点
PPRの紹介に入る前に、PERが抱えていた問題点は、どのようなものであったのかを確
認しておこう。この問題については論者によりいろいろな指摘が行われているが、ここでは最
も簡潔なル・コルネックの整理を基にして、PERが「失敗」に至ったとされる理由を以下に
あげてみよう41)。
まず、第1に、PERはその作成に時間がかかったという点である。PERの平均作成期間
は5年8ヶ月であり、これでは、自然災害の危険を迅速に住民に知らせそして予防に資するとい
うPERの本来の目的に合致しないと考えられた。
第2に、手続の煩雑さである。手続については既に触れたがかなり複雑な手続がとられてお
り、このためPERの作成に時間がかかることとなった。また、手続が地方分権等に対応して
いないことも問題との指摘もある。
第3に、不十分な財政措置である。PERの作成から、1993年までの10年間にPERの作成
−217−
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に投入された費用は1億6千5百万フランとされているが、これでは充分ではなかったとされる42)。
第4に、類似する機能を持つ他の防災計画文書の存在である。既に述べたように、POSな
ど都市計画法典等による様々な文書が存在していた。中でも都市計画法典R.111-3条に基づく危
険地域の指定のように、PERよりもより単純な手続でかつ安価に作られるものもあったため、
わざわざPERを作成する必要性は感じられなかったとされる。
第5に、知事が、地方の政治的な問題に巻き込まれるため、身動きがとれなくなり、PER
作成のイニシャティブをとれなかったという点である。というのも、PERによって赤地域な
ど危険地域として指定された土地では、当該地域の開発等が凍結されるために、地域の経済に
マイナスの影響を与える恐れがある。それだけではなく、規制に対する財政的な補償も行われ
なかった43)。そのため、地方議員らがPERの作成に消極的な対応をとるという傾向が見られた44)。
もし、国の代表である知事が、このような地方政治家の反対を押し切ってPERの作成を進め
るとすると、これらの地元の経済的利益を守ろうとする地方の政治家との深刻な対立を引き起
こさざるを得ない。知事は、これを恐れて、PER作成のイニシャティブをとれなくなった45)。
実際にPER作成を行ったコミューンのPER作成過程についての実証的な研究によると、当
初は自然災害による被害補償制度やPERへの期待感から、PERに好意的であったコミュー
ンも、後には開発が抑制されることを恐れて、PERの作成に消極的となる傾向が見られるこ
とが指摘されている46)。
2.
防災計画文書の統一
95年法による、防災計画文書に対する改正はまず制度の単純化ということとして説明するこ
とができるであろう。すなわち、防災計画文書をPPRに一元化しようとしたことである。既
に触れたように、95年法以前から防災計画文書に様々なものがあった。95年法は、これら様々
な文書のうちから、PER、都市計画法典R.111-3条に基づく危険地域の指定、PSS、PZS
IFをPPRに統合した(詳細は、95年デクレ13条)。これらの文書はそれぞれ歴史的に別個に
作り上げられてきた制度であり、効果においても多様であった。たとえば、PSSは、PER
と同じく公益地役権でありPOSの付属文書に含まれる。しかし、RNUの一種であるR.111-3
条による危険地域の指定はコミューンがPOSを定めているかどうかに関係なく適用されるも
のであり、公益地役権ではないとされていた。また、PERは既存の土地利用だけではなく将
来的な土地利用をもある程度ではあるが、規制する効果があったが、R.111-3条による地域指定
は既存の建築物には適用されなかった。これらの様々な防災計画文書は、作成するのに必要と
なる費用(たとえば、PERは最も費用がかかったとされる)や問題となっている危険のレベ
ルなどに応じて、実際には制度毎の棲み分けが行われていたが、95年法はこれらを公益地役権
の性格を持つPPRに統一し、単純化した。
また、87年法40-6条により、既存のPERやR.111-3条による危険地域の指定もPPRに統一
されることとなった。既に認可を受けたPERやR.111-3条による危険地域の指定が存在する場
合は、PPRに関するデクレの公布日(後に95年デクレが公布された日がこれに当たる)から
−218−
フランスにおける都市計画と自然災害防止制度(北村)
はPPRとなるものとされた。したがって、かつては公益地役権ではなかったため、POS付
属文書に組み入れる必要がなかったR.111-3条による危険地域の指定は、これによってPOSの
付属文書に含められなくてはならなくなる47)。また、これらの87年法40-6条によりPPRとされ
た防災計画文書が改正されるときは新たに定められたPPRの手続によらなくてはならない。
手続中の文書は、PPRの案であるとされ、したがって、当該防災計画文書が完成するとPP
Rとして認可されることとなる48)。
3.
PPR作成手続
PPRの作成手続は95年法および95年デクレによると次のようになる。まず、PPRの案は
95年デクレ7条によりPPRが適用されることになる地域のコミューンの議会の意見を求めて諮
問される。PPR案の諮問はコミューンの議会だけではなく、森林火災予防の規定を含んでい
るときには、県議会や地域圏議会にも諮問されるし、一定の場合には農業関係の団体にも諮問
される。ただし、2ヶ月以内に結果が出ないときはこれらの諮問によって求められた意見はす
べてPPRに肯定的なものであると見なされる。さらに、PPR案は聴聞調査を受けることに
なる。PPRは、これらの諮問を踏まえて、知事のアレテによって認可される(87年法40-3条)。
認可されたPPRは、コミューンの役所で公示され、さらに地方の新聞等によって公にされる
(95年デクレ7条)。各コミューンは、PPRの内容をPOSの付属文書に組み入れなくてはな
らない(87年法40-4条)。
以上のPPRの策定手続のPERとの違いは、作成手続が知事という地方のレベルにとどま
り、事務が地方に分散されたことである(déconcentration)49)。第1章で見たように、PERでは、
もし諮問で得られた意見や聴聞主催者の答申がPPRに対して反対であるときはコンセイユデ
タの議を経たデクレが必要とされていたのであり、すなわち、PERでは中央に権限が戻るこ
とになっていたのである50)。このように、作成手続が地方の機関に分散化しまた認可を行うこと
ができる機関が単一の者となったという意味で手続を単純化したのが95年法によって改正され
たPPRの作成手続の第1の特色である。
第2の特色は、87年法40-2条によるPPRの即時適用(application immédiate)の制度である。
この制度は緊急の必要があるときには、知事のアレテによって、上で述べたような通常の手続
を経ずにPPRの内容に効果を持たせるというものである。同条の規定は次のようなものであ
る。「PPRが40-1条1号および2号に示された規定を含んでおり、緊急性がそれを正当化する
ときは、県における国の代表は、利害関係のあるメールに諮問した後、公にされた決定によっ
て、あらゆる公法人または私法人に対してそれらを即時に対抗できる(opposable)ものとするこ
とができる。これらの規定は、それらが認可された計画において繰り返されなかったときまた
は計画が3年以内に認可されなかったときは対抗できなくなる」。また、95年デクレ6条による
と、利害関係のあるメールは1ヶ月以内にその意見(observations)を示さなくてはならず、この
期間が経過するかあるいはメールが意見を表明した場合には、知事はPPRの規定を対抗でき
るものとすることができる。たとえ、3年という期間が区切られているにせよ(この期間を延
−219−
政策科学7−3,Mar.2000
長することはできないとされている)51)、PPRの手続を進めるための効果的な道具であると言
うことがいえるであろう。かつてのPERの弱点であった手続が遅延するという問題を解消す
るための改革であり、防災計画文書の作成を恐れるメールや地方議員らの抵抗を排除する強力
な権限を国の機関である知事に与えることになる52)。このようにPERと比して国の権限を強化
しているのがPPRによる改革の特徴の一つと考えられている53)。また、このような改革は知事
に権限を単純化した点とも相まって、知事の積極的な対応を可能にしうる効果があると考えら
れるであろう。
4.
PPRの対象・内容
87年法40-1条は、PPRの作成と適用が国の権限であることを規定し、さらに、その対象とな
る自然災害を、「洪水、地滑り、雪崩、森林火災、地震、火山の噴火、暴風雨、または台風(les
inondations, les mouvements de terrain, les avalanches, les incendies de forêt, les séismes, les
éruptions volcaniques, les tempêtes ou les cyclons)」として法律上に明示している。さらに、同
条は、PPRが規定する点を4つあげている54)。これを要約すると次のようになる。1被る危険
の性質や強度を考慮して、危険にさらされている地域を定めることである。これには建築等を
一切禁止することもあれば、条件を付して許可されることもありうる。2直接危険にはさらさ
れていないが、建築等が危険を増加させたりあるいは新たな危険を引き起こすような他の地域
を定めることである。ここでは、はじめの地域と同様に全建築が禁止されることもあれば、建
築等に条件が付されることもある。3上記二つの地域で公共団体がとらなければならない措置
や私人に課せられる措置が規定される。4上記二つの地域(12の2地域のこと)で所有者等
によってとられなくてはならない建築物等の整備、利用、開発に関する措置を規定することで
ある。34に定められた措置は、危険の性質や強度に応じて、原則として5年以内にとられなく
てはならないし、緊急時にはこの期間は短縮されうる。この措置が行われないときは、知事は
催告を行いそれでも履行がないときは、所有権者等の費用でその実行を命じうる。
また、87年法40-1条は既存の建築物等への規定も定めている。すなわち、87年法40-1条による
と、PPRの認可以前に都市計画法典の規定に合致して建築された建築物等に対して、4によ
って所有権者等に課せられる予防工事の義務である。ただし、95年デクレ5条によって、その工
事費用は売却価格の10パーセントに満たないものでなくてはならないとの制限が付されている55)。
5.
PPRの効果
95年法によってPPRの効果として付け加わった重要なものが、PPRの規制に違反した者
に対する刑事罰の導入である。87年法40-5条は、このような違反を行った者に対して都市計画法
典L.480-4条が規定する罰金(amende)が課されうることを規定している。
PERは、既に見たように保険制度による被害者補償制度の恩恵を受けることができないと
いうサンクションはあったものの、一部を除いて、このようにPERの規制への違反者を直接
罰する規定はなかった56)。確かに、PER違反も他の個別の許認可との関係で都市計画法典によ
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フランスにおける都市計画と自然災害防止制度(北村)
って間接的に罰則を受けることはありえた。しかし、PPRの規制違反を直接に処罰する制度
ができたことによって、個別の許認可が介在しなくても直接に違反者を罰することができるよ
うになった。これもPPRをより実効性があるものとする改革であるといえるであろう。
次に、PPRの効果としては、既に述べたが、PERと同じくPOSの付属文書に記載され
なければならないという効果がある(87年法40-4条)。従来のPERはもちろん、これまでは公
益地役権ではなかった都市計画法典R.111-3条等もPOSの付属文書に記載されなくてはならな
くなったのは既に見たとおりである。まず、POSがないコミューンでPPRが作成されたと
きは、POSが新たに作成されるときに、PPRの地役権がPOSの付属文書に含まれなけれ
ばならない。次に、POSの既に存在するコミューンにおいてPPRが作成されたときは、P
OSはPPRの規定を取り込まなくてはならない。もしコミューンがこの義務を怠るときは、
知事は、メールに対して催告しなくてはならなず、3ヶ月以内にメールが義務を履行しないと
きは、知事は、職権でPOSをPPRに一致させることができる。このようなPPRにPOS
を一致させるための知事の介入は、95年法による都市計画法典L.126-1条の改正により、義務的
なものとなったとされている57)。
むすびにかえて
以上に見たように自然災害防止のシステムを改正したフランスであるが、果たして改革の実
はあがっているのであろうか。まだ法制度の改革後数年しか経ていないため、必ずしも改革の
効果ははっきりしないのだが、1997年7月1日現在の数字によると、「厳格な意味でのPPR」
(防災計画文書の統一でPPRと扱われるようになった95年法以前から存在する他の防災計画文
書文書を含めない数字)が、命じられているもの797、聴聞調査中のもの44、認可されたもの
301とされ、PPR全体の数は1142に増加していることから、この数字は95年法による、この制
度の「明白な改善を示すものである」とする指摘も見られる58)。また、1999年末の報道によると、
フランスでは、95年法による改正後、西暦2000年までの目標であった全国で2000のPPRの認
可を既に終えており、今後さらに2005年までに5000のPPRの作成を目指しているとされてい
る59)。しかし、現在のPPR作成のテンポは新たな目標を達成するには充分ではないとの指摘も
ある。フランスで自然災害の危険にさらされているコミューンの数は約10000あるとされており、
認可を受けたPPRの数はせいぜいその2割ほどに過ぎないからである60)。また、当然のことで
あるが、PERやPPRの実効性という問題もある。実際、PERで安全地帯(白地域)とさ
れていた地域において大規模な雪崩が発生し、死者を含む多数の被害者を発生させた事件も見
られないわけではない61)。いずれにせよ、今後この制度がどのように改革を受けるのかという点、
また、本稿では充分には触れることができなかったが、POSなどの一般的な都市計画文書と
PPRの関係をどのように捉えるのかという点などについては、別途考察を行う必要があり、
今後の検討課題である。
また、これも本稿では触れることができなかった論点であるが、フランスにおいては、以上
−221−
政策科学7−3,Mar.2000
で紹介したような防災計画文書に対する裁判所による統制がかなり発達していることを最後に
指摘しておきたい。フランスにおいては、防災計画文書は、行政賠償責任(la responsabilité
administrative)訴訟においてもあるいは越権訴訟においても争われており、それぞれの分野で判
例の蓄積が見られる。行政賠償責任に関する判例については既に別稿で紹介したが62)、防災計画
文書の不備により、災害危険地域に建築物を建てたところ、自然災害による被害が発生し、行
政の防災計画文書作成における不作為あるいは遅滞が公役務過失(la faute du serveice public)に
該当するとして、行政に対して損害賠償責任を追及するというものが典型的な例である。判例
としては、95年法や95年デクレによる改正以前の都市計画法典R.111-3条に基づく知事による危
険地域の指定の有無や遅滞が問題になることが多く見られた。これらの判例は、別稿でも指摘
したように、行政の免責事由となる不可抗力をほとんど認めないなど、行政の災害防止義務を
次第に厳格に判断する方向に進んでいる。PPRなどについてはまだそれほど判例の蓄積はな
いようであるが、今後、PPRの制定が進めば、PPRの作成の遅滞や不作為が裁判所によっ
てどのように統制されるのかが重要な問題となりうると考えられる。これも今後考察の必要な
分野であると言うことができるであろう。
1)北村和生「フランスにおける行政の自然災害防止義務と損害賠償責任」立命館法学262号(1999年)1
頁以下。法制度の分類について、たとえば、安本典夫「災害復興と法」公法研究61号(1999年)175頁。
2)J. Devedjian, Avalanches : qui PER gagne ? , Diagonal, 1986, avril, p. 17.
3)特に雪崩について、P. Marty, Les avalanches, Droit et Ville, 1985, no.20, p.107.
また、フランスの自然災害について、以下の文献参照。Rapport d’
évaluation, p. 465 et s. ; B. Ledoux,
Les catastrophes naturelles en France, 1995.
4)北村・前掲5頁以下。
5)北村・前掲30頁。他、最近の文献として以下のものがあげられる。N. Calderaro, Le juge administratif et
la prévention des risuques naturels, B. J. D. U., 1999, p. 86 ; E. Le Cornec, Les autorités de l’
urbanisme
face aux risques naturels, A. J. D. I., 1999, p. 198.
6)地方行政一般法典L.2212-2及び同法典L.2212-4に該当するメールの権限を指す。
7)我が国の知事とは異なり国の機関である。
8)N. Calderaro, Le juge administratif et la prévention des risques naturels, L. P. A., 24 mai 1996, no.63, p. 7.
9)P. Planchet, La maîtrise de l’
urbanisation des zones exposées à des risques naturels, L. P. A., 7 octobre
1994, no. 120, p. 20
10)J. Morand-Deviller, Droit de l’
urbanisme, 4e éd., 1998, p. 20.
11)Urbanisme, p. 1104.
12)Rapport d’
évaluation, p. 199.
13)Rapport d’
évaluation, p. 198.
14)G. Zalma, La naissance parlementaire du plan d’
exposition aux risques naturels prévisibles généalogie d’
un
systeme, CREDECO, pp. 3-18.
15)G. Zalma, op. cit. , p. 4
16)G. Zalma, op. cit. , p. 8.
17)F. Bouyssou, Les plans d’
exposition aux risques naturels, Droit et Ville, 1985, p. 241.
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フランスにおける都市計画と自然災害防止制度(北村)
18)R. Romi, Réflexions sur la nature des plams d’
exposition aux risques, L. P. A., 18 juillet 1990, no. 86, p.19.
19)F. Bouyssou,op. cit., p. 241.
20)聴聞調査について、Urbanisme, p. 348 et s.
21)PERについて、後掲の他、以下の文献参照。G. Plouchart, Les plans d’
exposition aux risques naturels,
E. F., 1984, no. 24, p. 21 et s.; J. Devedjian, Risques naturels:jouer la bonne carte, Diagonal, 1986, avril, p.
12 et s.; P. Tronchon, Risques majeurs, environnemen et collectivités locales, 1991, pp. 49-58; C. Le
Marchand, Le plan d’
exposition aux risques naturels prévisibles, J. C. P., éd., N., 1993, 2612; G.
Deneufbourg, L’
Etat et les politiques de prévention des risques naturels, Les Cahiers du CNFPT, 1993, no.
39, p. 67 et s.
22)歴史的建造物などの周辺環境を守るための地域指定制度のこと。PERと同じく3種類の文書からなり、
公益地役権の性格を持つ。Voir P. Châteaureynaud, Dictionnaire de l’
urbanisme, 1999, p. 717.
23)F. Bouyssou, op. cit., p.243.
24)P. Tronchon, op. cit., p. 57 et s.
25)この分類は以下の文献に基づいている。F. Bouyssou, op. cit., p.244.
26)たとえば、当初はフランスの本土以外はこの制度の恩恵を受けていなかったが、後の法改正によって、
本土以外も自然災害被害補償制度の対象として加えられている。
27)以下の記述については主として次の資料によっている。E. Le Cornec, Indeminisation des catastrophes
naturelles et des calamités agricoles, J. C. E., Fascicule 950-14, 1996, no. 26-99.
28)F. Bouyssou, op. cit. , p. 244.
29)POSに関する一般的な邦語文献としては、原田純孝他・現代の都市法(1993年)205-210頁。
30)参照、村上順「フランス地方分権改革における国・地方係争処理方式(上)」自治総研247号(1999年)
9頁以下、同(下)自治総研248号(1999年)29頁以下。
31)P. Planchet, op. cit., p. 19 ; F. Bouyssou, op. cit., p. 245.
32)C. E., 9 avril 1993, Mentzler, A. J. P. I., 1994, p. 126, note F. de Rocca; R. F. D. A., 1993, p. 632; R. J. E.,
1993, p. 459.
33)Rapport d’
évaluation, p. 175.
34)Rapport d’
évaluation, p. 176.
35)Du PER au PPR:un sursaut de volonté ?, Droit de l’
environnment, no. 25, 1994, p. 63.
36)J. Viret, La refonte des plans de prévention des risques naturels, Droit de l’
environnement, no. 34, 1996, p.
132.
37)95年法の邦訳として、外国の立法34巻1号2号合併号(1995年)36-41頁。
38)PPRについて、後掲の他、以下の文献参照。J. Cartron, Les plans de prévention des risques naturels
prévisibles: quelles ameliorations du dispositif juridique de prévention ?, R. J. E., 1995, p. 247; P. P. Danna,
Risques naturels et gestion de l’
espace, R. J. E., 1995, p. 419 et s.; R. Hostiou, Les risques naturels majeurs
prévisibles prévention et indemnisation, analyse des dispositions de la loi du 2 février 1995, Droit et Ville,
1996, p. 73 et s.; F. Le Cornec, Les plans de prévention des risques naturels prévisibles, L’
assurance
française, no. 716, décembre, 1995, p. 8; M.- C. Acero-Dubail, La prévention des risques naturels:les
nouveaux PPR, Journal des communes, no. 8, 1996, p. 350; CEPR, La prévention des risques, 1999, p. 240
et s.
39)条文については、たとえば、以下参照。Guide, pp. 60-69; Code de l’
environnement, Dalloz, 1998, p. 1705
et s.
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政策科学7−3,Mar.2000
40)Guide, p. 11.
41)F. Le Cornec, op. cit., pp. 8-9.
42)財政的な改善については、J. Viret, op. cit., p. 132.
43)Urbanisme, p. 1102.
44)R. Hostiou, op. cit., p. 79.
45)この傾向は法改正後の現在でも見られるようである。Le Monde, 16 novembre 1999, p. 19.
46)Par exemple, E. Valette, Le P. E. R. de Carros, CREDECO, pp. 143-159.
47)Guide, p. 49.
48)Guide, p. 50.
49)J. Morand-Deviller, Renforcement de la protection de l’
environnement, A. J. D. A., 1995, p. 445.
50)J. Cartron, op. cit., p. 252; Urbanisme, p. 1103.
51)Guide, p. 13.
52)J. Cartron, op. cit., p. 258.
53)J. Cartron, op. cit., p. 261 et s.
54)Urbanisme, p. 1102.
55)Guide, p. 12.
56)J. Cartron, op. cit., p. 258.
57)Urbanisme, p. 1104; Guide, p. 45.
58)Urbanisme, p. 1104.
59)Le Monde, 16 novembre 1999, p. 19.; Le Monde, 17 novembre 1999, p. 9.
60)Le Monde, 17 novembre 1999, p. 9.
61)Le Monde, 12 février 1999, p. 13.
62)北村・前掲23頁以下参照。
(略称について)
本稿における雑誌等の略称は、通常使われている略称に従っているが、以下の略称はそれぞれに示した文
献に対応し、引用時にはCREDECOを除いてop. cit.等は使用していない。その他の略称については、北村・
前掲39頁参照。
CREDECO, La prévention des risques naturels, 1991=CREDECO
Comité interministériel de l’
évaluation des politiques publiques, La prévention des risques naturels, 1997
=Rapport d’
évaluation
Ministère de l’
amenagement du territoire et de l’
environnement et Ministère de l’
équipement des transports
et du logement, Plans de prévention des risques naturels prévisibles guide général=Guide
Y. Jégouzo et autres, Dalloz Action, Urbanisme, 1998=Urbanisme
(本論文は平成10年度11年度文部省科学研究補助金奨励研究(A)に基づくものである)
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