Comments
Description
Transcript
「新しい僧帽弁位ステントレス生体弁Normo」の開発 - J
●人工臓器 ─ 最近の進歩 「新しい僧帽弁位ステントレス生体弁 Normo」の開発 * 1 榊原記念病院心臓血管外科,* 2 早稲田大学先端科学健康医療融合研究機構 加瀬川 均* 1, 2,岩崎 清隆* 2,梅津 光生* 2 Hitoshi KASEGAWA, Kiyotaka IWASAKI, Mitsuo UMEZU 点である。機能低下を避けるために,人工弁置換の際に, 緒 言 1. 自己腱索を温存,あるいは人工腱索を用いて弁輪と左心室 日本胸部外科学会の報告では,弁膜症手術数は 1997 年 の連続性を保持しようとする術式が行われているが 3),正 から 2007 年の間に約 2 倍に増加しており 1),弁膜症外科治 常の左心室とは構造がかなり異なり,機能維持のエビデン 療の重要性は今後ますます増してゆくものと思われる。 スは不十分である。 同報告によると,生体弁使用は 10 年の間に約 8 倍,弁形 また移植する人工弁のサイズは弁輪のサイズによって規 成術は約 3 倍と増加を示している。一方,抗凝固療法を必 定される。現在わが国で使用可能な僧帽弁用生体弁はステ 要としないという大きな長所をもつ異種生体弁には,経年 ントつき異種生体弁であるが,機械弁よりも占有する体積 的劣化変性という欠点があり,特に若年者に用いる場合に の大きいステントつき生体弁は,僧帽弁の弁輪径が小さい は 10 年以内での取り換え(再手術)の可能性を十分に説明 女性や小児には挿入が困難であるという大きな問題があ することが必須事項とされている。異種生体弁の欠点は, る。大動脈弁と違って弁輪を拡大することが不可能なため, 経年的な劣化変性,石灰化の進行である。 いくら生体弁を希望しても,挿入困難として機械弁の移植 僧帽弁位生体弁は,大動脈弁位と比べると変性がやや速 を余儀なくされている。小児の僧帽弁に小口径の大動脈弁 く進行することや,僧帽弁形成術が急速に普及したことに 用機械弁が移植され,困難なワルファリンコントロールが よって,大動脈弁のように顕著な使用率の増加傾向は認め 続けられ,さらに成長に伴い再手術によって大きいサイズ られず,高齢者や妊娠希望の若年女性で弁形成不可能な症 に変更されるという治療の現状は一刻も早く解決されるべ 例が主な適応となっている。 き問題である。 しかるに,若年成人で弁形成が困難という理由で,僧帽 弁人工弁置換の適応となる患者の中には,10 年前後で再手 術による取り換えが不可避であることを受け入れた上で, 生体弁を希望する患者が少なくない現状がある。 新しい僧帽弁位ステントレス僧帽弁の開発 このような現状を改善するべく,筆者はヒトの僧帽弁構 造と類似した,ステントレス僧帽弁のデザインを発案し, 早稲田大学先端生命医科学センターの梅津光生教授の研究 現在の僧帽弁置換術の問題点 2. 3. 室において,約 10 年間にわたり共同研究,開発を行ってき 僧帽弁は左心室の壁の一部分とも考えられる構造であ た。さまざまな材質,デザインについて,循環シミュレー り, 左心室の収縮拡張運動に深くかかわっている。したがっ タを用いて実験を繰り返し,この弁が良好な機能を有する て,人工弁置換に際してそれを切除することは左心室機能 ことを工学的手法によって検証した。 の低下をもたらす 2) 。ここが大動脈弁置換と大きく異なる 正常の僧帽弁とは大きく異なる従来の僧帽弁位人工弁と 違って, 「正常に近い」ものを目指した,このステントのな ■著者連絡先 榊原記念病院心臓血管外科 (〒 183-0003 東京都府中市朝日町 3-16-1) E-mail. [email protected] 176 い生体弁には“Normo”という名前がつけられた。 1) Normo 弁のデザインコンセプト Normo 弁は,円形の硬い構造物であるステントを有する 人工臓器 41 巻 3 号 2012 年 (a) (b) (c) 図 1 Normo 弁作製の手順 (a)テンプレートを心膜の上に置き,その外周に沿って正確に心 膜を切離する。 (b)フレキシブルリングに弁前尖心膜をポリプロピレン糸連続縫 合にて縫着する。 (c)弁作製後は弁の形態,接合状態を観察する。 従来の僧帽弁位人工弁と違って,楕円あるいは腎臓のよう いは回復の可能性をもたらす。 な形態の僧帽弁輪に柔軟に適合することができる。さらに, 2) Normo 弁の作製 僧帽弁輪および左心室の生理的な収縮拡張運動と協調でき 僧帽弁輪形成用フレキシブルリング(Medtronic Duran るように,Normo 弁の大きな弁葉(前尖)は正常僧帽弁前 Flexible Ring) ,弁葉に用いる心膜,リングの各サイズに相 尖側弁輪の曲線を保有している。また,逆流の生じやすい 当する大きさに作製されたデザインテンプレートを準備す 交連部からの漏れを回避するために,交連部はひとつの弁 る。図 1a のようにテンプレートを心膜の上に置き,その外 葉が折りたたまれる構造になっている。ここが従来のステ 周に沿って正確に心膜を切離する。次に切離された心膜を, ントつき生体弁との大きな違いであり,唯一臨床使用され リングに縫着する。まず前尖側リング中央部に弁葉前尖中 ている僧帽弁位ステントレス生体弁“Quatro”4) とも異な 央部を一針縫着する。そして,心膜前尖弁葉がリングにバ るところである。この交連部構造は正常の僧帽弁構造と類 ランスよく縫着されるためのガイドとして,テンプレート 似したものである。また,弁の閉鎖特性が植込み手技の影 上にある約 10 mm 間隔のマークにあわせて,ピオクタニン 響を受けにくいように,接合面を十分に大きくしている。 で心膜側にもマーキングする。これにあわせるように,フ 弁葉をそのまま弁輪に固定することも可能であるが,これ レキシブルリングに弁前尖心膜をポリプロピレン糸連続縫 をフレキシブルリングに縫合固定することによって,弁作 合にて縫着する。同様に後尖用テンプレートを用いて切離 製の精度,再現性が高まり,生体弁としての工学的評価が された後尖弁葉をリング後尖側中央に縫着する。この手技 可能になり,また臨床において弁輪への縫着が確実容易に は心臓外科医にとってはきわめて基本的な手技であり,再 なる。そして,この弁葉の素材がそのまま長い脚部(腱索 現性は高いものである(図 1b)。前尖の脚と後尖の脚には, に相当)に連続して乳頭筋に固定される構造は,僧帽弁位 理想的接合ポイントがある。これは,心エコー検査の解析 ステントレス生体の最大の利点である, 「弁輪−弁葉−左 からテンプレート上に線として示してある。同部を 7 − 0 室壁の生理的連続性」を生み出し,左室機能の温存,ある プロリン糸などで仮固定しておく。弁作製後は弁の形態, 人工臓器 41 巻 3 号 2012 年 177 図 2 拍動型循環シミュレータ 図 3 人工乳頭筋を脚部に固定した Normo 弁 接合状態を観察し(図 1c),必要があれば修正する。 0.13 l/min(P < 0.01)と Normo 弁のほうが有意に多く,僧 3) 僧帽弁評価に優れた拍動型循環シミュレータ 帽弁逆流(mitral regurgitation,MR)はそれぞれ 3.78 ± 2000 年に僧帽弁形成術を工学的に正確に評価すること 0.35 ml/beat,5.07 ± 1.15 ml/beat とわずかに Normo 弁が を主な目的として,早稲田大学先端生命医科学センターで 多い(P < 0.05)という結果であった。また弁の挙動はきわ 開発された,空気圧駆動装置を内蔵した拍動型循環シミュ めて良好であった 5) 。 レータ(図 2)を用い,Normo 弁の水力学的特性,および弁 の挙動が評価された。 5. Normo 弁の臨床 シミュレータの左心房と左心室の間にあるラテックス製 その構造上の特徴によって MR が発生しにくく,外科医 の僧帽弁輪に Normo 弁はリング部分で縫着される。そし にとっても植込みが容易である,という利点をもつ Normo て,図 3 のようにシミュレータに装着するためのシリコン 弁は,手術中に自己心膜を採取し,人工心肺開始前に心臓 製乳頭筋が脚部に縫着されている。 の外の良好な視野のもとで作製される。完成した時点で弁 このシミュレータは,生体内の血流動態を模倣したもの 形成が終了したような安心感をもたらす。図 4 のように, で,圧流量波形の解析から僧帽弁の機能を正確に評価でき, まず 4 − 0 プロリン糸連続縫合で前尖側のリング部分を弁 前負荷,後負荷,心拍数,左室収縮率といった環境を,正確 輪に縫着する。前後 2 対の脚部をマットレス(4 − 0 プロリ に高い再現性をもって実現できるという点において,動物 ン)縫合で乳頭筋に縫着し,残りのリング部(後尖側)を連 実験より優れていると考えられる。さらに,エコーを組み 続縫合して終了である。弁形成希望の患者で弁形成困難が 合わせることによって,臨床との整合性が得られるだけで 予想される場合は,術後逆流消失の予測性が高いため,良 なく,弁の挙動を肉眼的に観察できるという大きな利点を い適応と思われる。 もつ。 さらに小さなサイズのリングを選択することで,狭小僧 帽弁輪にも対応できる。また,フレキシブルリングは切断 シミュレータを用いた Normo 弁の評価 4. してバンド状にすることもできるため,特に弁輪が小さく ウシ心膜(未処理)で作製した 27 mm Normo 弁を,ほぼ 成長を考慮に入れるべき新生児や小児にも対応できる。最 同じ弁口面積を有する 27 mm 機械弁(St. Jude Medical 社) 大の利点は,正常の解剖(弁輪−弁−乳頭筋)を保持するの と比較した。 で,左心室の生理的な収縮拡張運動を維持できることであ 実験の条件は拍動数 70 /min, 平均大動脈流量 5.0 l/min, る。この利点は低左室機能の患者にとって大きな意義をも 平均大動脈圧 90 mmHg となるように末梢抵抗,駆動圧を つ。また,すでにステントつき生体弁あるいは機械弁が僧 調節した。圧流量波形より僧帽弁を通過する血流量,僧帽 帽弁位に移植されている患者の再手術に使用されれば,左 弁逆流量を計測した。 室機能を回復させることも期待される。 その結果,機械弁と Normo 弁は良く似た波形を示し,平 耐久性についての実績がないことが欠点であるが,現時 均僧帽弁通過血流量はそれぞれ 3.55 ± 0.13 l/min,4.70 ± 点ではインフォームドコンセントにおいて,このことを十 178 人工臓器 41 巻 3 号 2012 年 (a) (b) (c) 図 4 臨床における Normo 弁縫着手順 (a)前尖側弁輪を連続縫合,(b)脚部をマットレス縫合で乳頭筋に固定,(c)後尖側弁輪の固定 分理解した上で,この弁による手術を希望する患者のみが 対象となる。これまでに施行した 5 例はいずれも 2010 年 8 月に設立された「ステントレス僧帽弁の将来展開を検討す る会(代表世話人:澤 芳樹,岡田行功)」のメンバーによ る適応委員会で手術適応について承認を得ている。今後も 2012 年 7 月の第 1 回ステントレス僧帽弁臨床研究会で示さ れたレジストリー制度に沿って,データを共有しながら臨 床が進められることが望ましいと考えている。 文 献 1) Annual Repor t of Japanese Association for Thoracic Surgery, 2005 2) David TE, Uden DE, Strauss HD: The importance of the mitral apparatus in left ventricular function after correction of mitral regurgitation. Circulation 68: 1176-82, 1983 3) Hetzer R, Bougioukas G, Franz M, et al: Mitral valve replacement with preser vation of papillar y muscles and chordae tendineae - revival of a seemingly forgotten concept. I. Preliminary clinical report. Thorac Cardiovasc Surg 31: 291-6, 1983 4) Frater R WM, Liao K, Seifter E: Stentless chor dally supported mitral bioprosthetic valve. New horizons and the future of hear t valve bioprostheses, 1st edition, ed by Gabbay S, Frater RWM, Silent Par tners, Austin, 1994, 103-19 5) Kasegawa H, Iwasaki K, Kusunose S, et al: Assessment of a novel stentless mitral valve using a pulsatile mitral valve simulator. J Heart Valve Dis 21: 71-5, 2012 人工臓器 41 巻 3 号 2012 年 179