Comments
Description
Transcript
大量排菌が持続し,気管内潰瘍が唯一の病巣であった
日呼吸会誌 ●症 42(10),2004. 919 例 大量排菌が持続し,気管内潰瘍が唯一の病巣であった Mycobacterium abscessus 感染症の 1 例 笠井 昭吾1) 徳田 均1) 吉川 充浩1) 西山 祥行2) 要旨:症例は,肺結核の既往がある 79 歳男性.喀痰検査にて抗酸菌大量排菌が持続するも,肺野に病変を 認めず.気管支鏡検査にて気管下部から右主気管支に潰瘍性病変を認め,同部位の洗浄液より Mycobacterium abscessus が培養同定された.Clarithromycin に Amikacin,Cefoxitin を加えた 3 剤で 1 カ月治療し, 気管内病変は著明に改善した.その後 Clarithromycin 投与を 10 カ月間行い治療を終了した.以後の再燃は 認めていない.M. abscessus による肺感染症の報告は比較的少なく,また,非結核性抗酸菌症において, 気管・気管支病変は稀であり報告した. キーワード:非結核性抗酸菌症,マイコバクテリウムアブセサス,気管支病変,クラリスロマイシン, アミカシン Non-tuberculous mycobacteria,Mycobacterium abscessus,Bronchial ulcer, Clarithromycin,Amikacin はじめに 非結核性抗酸菌症は,肺結核後遺症,気管支拡張症や 狭心症(3 枝病変)にて他院通院. 77 歳:肛門周囲膿瘍・直腸瘻にて当院肛門科通院(切 開排膿および抗生剤内服にて改善傾向) . COPD 等の基礎疾患を有する患者に発症する場合が多 家族歴:特記事項なし. いが(二次型) ,また,しばしば明らかな基礎疾患を有 現病歴:1999 年 4 月より咳嗽・喀痰があり,市販薬 せず,肺に様々な病変を形成する(一次型) .本症は, を内服するも改善無く 6 月近医受診,喀痰検査にて抗酸 PCR 法や DDH 法などの診断法の進歩もあってか,最近 菌塗抹陽性(ガフキー 10 号相当)と判明したため結核 増勢が著しく,様々な病像が報告されている.その中で 専門病院に入院となった.その後,大量排菌が続いてい 中枢気道病変としての気管・気管支病変は,結核症にお いてはしばしば認められるが,非結核性抗酸菌症ではそ の報告は少ない.今回我々は,気管・気管支病変が唯一 の病変であり,Clarithromycin(以下 CAM) に Amikacin (以 下 AMK) ,Cefoxitin(以 下 CFX)を 加 え た 3 剤 で の抗菌剤治療にて順調に改善を認めた Mycobacterium abscessus による気管・気管支内潰瘍の 1 例を経験したの で報告する. 症 例 症例:79 歳,男性. 主訴:咳嗽,喀痰. 既往歴:18 歳:肺結核(詳細は不明) . 59 歳:急性心筋梗塞.以後,陳旧性心筋梗塞および 〒169―0073 東京都新宿区百人町 3―22―1 1) 社会保険中央総合病院内科 2) 同 呼吸器外科 (受付日平成 16 年 6 月 17 日) Fig. 1 Chest radiograph showing evidence of inactive tuberculosis, pleural thickening, and calcification. 920 日呼吸会誌 るにもかかわらず,結核菌 PCR は陰性であることから 42(10),2004. 現症:身長 162 cm,体重 57 kg,体温 36.0℃,血圧 110! 結核症は否定され,菌種は未同定だが何らかの非結核性 56 mmHg,脈拍 68! min・整,眼瞼結膜に貧血や黄疸を 抗酸菌症と考えられ,加療目的で 6 月 22 日当科初診と 認めず.表在リンパ節触知せず.腹部触診にて異常認め なった. ず.胸部聴診上異常は認めず.肛門右側に発赤腫脹を伴 う隆起性病変あり,直腸と瘻孔を形成し排膿あり. 初診時胸部単純写真:陳旧性肺結核による左胸膜肥厚 像や石灰化を認めるが,肺野に異常なし(Fig. 1) . 初診時胸部 CT:左上葉 S3 末梢に軽度の気管支拡張 と,右 S2 にごく僅かの粒状影を認めるが,その他,中 葉舌区等に気管支拡張は無く,大量排菌をきたしうる病 変は認めず(Fig. 2) . 入院時検査所見:WBC 8,900! µl と正常,CRP 1.2 mg! dl,血沈 41 mm! 1 hr と炎症反応の軽度上昇を認める以 外,生化学および血清は異常なし(Table 1) . 経過:画像所見からは大量排菌を来しうる肺野病変は 認められず,しかし喀痰検査では依然として抗酸菌塗抹 陽性が持続していた.排菌源の確定目的で気管支鏡検査 を施行したところ,気管下部∼右主気管支前壁に黄白色 の一部出血を伴う潰瘍性病変を認め(Fig. 3) ,その他可 視気管支内腔に異常は認めなかった.気管支洗浄液の抗 酸菌検査にて塗抹陽性,2 週培養で多数の抗酸菌を認め, DDH 法にて Mycobacterium abscessus(以下 M. abscessus) と同定され, この病変を唯一の病巣とするM. abscessus症 と診断された(尚,本患者は心疾患にて抗凝固剤を内服 中であったため,病変部の生検は施行していない. ) .感 受性試験では全ての抗結核剤に完全耐性を示し,ディス Fig. 2 CT scan showing left upper lobe with slight brochiectasis and opacity. ク 法 で は CAM, AMK, CFX, Panipenem (以下 PAPM) , Erythromycin(以下 EM)に感受性を示した.CAM 400 Table 1 Laboratory data on admission Hematology WBC 8,900/μl Neu 46% Lym 39% Mono 6% Eos 6% Baso 0% RBC 419 × 104/μl Hb 10.0g/dl Ht 32.6% Plt 18.9 × 104/μl Serological exam CRP 1.2 mg/dl ESR 41 mm/1h Blood chemistry TP Alb GOT GPT LDH (normal ALP γ-GTP T.bil BUN Cre Na K Cl Coagulation test PT APTT Fbg FDP 7.9 3.8 14 8 264 ∼ 450 304 40 0.4 25 1.4 132 4.8 96 g/dl g/dl IU/l IU/l IU/l IU) IU/l IU/l mg/dl mg/dl mg/dl mEq/l mEq/l mEq/l 65% 42.5 sec 384 mg/dl 4 μg/ml 〈ABG〉room air pH 7.380 PaCO2 36.6 torr PaO2 88.4 torr SaO2 97.0% Pulmonary function test VC 1.55 L %VC 50.7% FEV1.0 1.31 L FEV1.0% 90.3% Sputum(acid-fast bacilli) smear(+) , Gaffky 10+ culture(+) PCR TB(−) , MAC(−) Perianal abscess(acid-fast bacilli) smear(−) , culture(−) M. abscessus 肺感染症の 1 例 mg! 日に AMK 200 mg! 日と CFX 2 g! 日を加えた 3 剤 921 考 による治療を開始し,4 週間後には自覚症状は著明に改 察 善,喀痰検査上も抗酸菌塗抹・培養とも陰性化し,以後 非結核性抗酸菌は塵埃,土壌,水などで増殖する環境 CAM 400 mg! 日と AMK 200 mg を週 3 回による治療を 寄生菌で,現在 70 菌種以上が報告されているが,ヒト 継続した(Fig. 4) .薬剤の投与量は,高齢であることと, あるいは哺乳類に病原性を有しているのは 15 種程度で 軽度の腎機能障害(Ccr 32 ml! min)も認めたことから ある1).本邦における肺非結核性抗酸菌症の年間発生率 若干控えめな投与量で治療を行った.治療開始後 3 カ月 は人口 10 万対 1.5∼2.5 で増加傾向にある2).最も頻度の の気管支鏡検査では,気管下部∼右主気管支に認めた白 高い M. avium あるいは M. intracellulare(以下 MAC) , 苔と潰瘍性病変は完全に消失していた(Fig. 5) .その後 M. kansasii を除いて,残り 10% の多くは M. abscessus を CAM のみ継続とし,治療開始から 10 カ月経過したが 含 め たRunyon 再増悪は認めていない. る3)∼5).M. abscessus は,主に外傷や手術後の皮膚化膿性 IV群(迅 速 発 育 型) が占めるとされ 病変や,カテーテル感染の起炎菌として同定されること が多く,肺感染症は比較的少ない.Griffith らの米国で の非結核性抗酸菌 IV 群による肺感染症 154 例の分析6) では,発症平均年齢が 54 歳,女性が 65% を占め,白人, 非喫煙者に多い.基礎疾患として,肺抗酸菌症(陳旧性 結核症, MAC 症, M. kansasii) が先行する症例が 18%, アカラジア等の慢性嘔吐を伴う上部消化管疾患が 6%, cystic fibrosis が 6%,MAC 症併発が 8%,他,気管支 拡張症やサルコイドーシスの後遺病変など約 60% に何 らかの基礎疾患を有している.画像所見として,両側上 葉に浸潤影を認めることが多く,16% に空洞形成を認 め,77% が両側に進展,14% が呼吸不全で死亡したと 報告している.我々の症例は,79 歳男性で非喫煙者, 合併症として肛門周囲膿瘍と虚血性心疾患を有してい た.肛門周囲膿瘍と M. abscessus 症との関連も疑い,肛 Fig. 3 Bronchoscopic examination showing a yellowish white ulcerating legion with an area of bleeding located in the lower end of the trachea. 門病変について抗酸菌検査を 4 回施行したが,結果は陰 性であった.肺に関しては陳旧性肺結核による胸膜肥厚 を有していた.しかし,肺内に明らかな病巣を認めず, Fig. 4 Clinical course. 922 日呼吸会誌 42(10),2004. 治療において考慮すべき薬剤であるとする報告もあ る14).しかしいまだ治療法は確立しておらず,薬剤感受 性検査の結果を参考にして多剤併用療法を行っているの が現状である. 本症例においては,CAM に加え,CFX および AMK による 3 剤併用療法を開始,4 週間後には喀痰の抗酸菌 塗抹・培養検査は陰性化し,気管・気管支病変は改善傾 向を示した.その後,CAM および AMK の 2 剤を 2 カ 月継続,気管・気管支潰瘍の完全消失が確認された後は CAM のみ継続として計 10 カ月の治療を行った.その 後の再発は認めていない. 結 Fig. 5 Bronchoscopic examination after three months of multiple drug therapy showed marked improvement in the resolution of the ulcer. 語 大量排菌が持続し,気管内潰瘍が唯一の病巣であった M. abscessus 感染症の 1 例を経験した.本症において気 管・気管支病変の報告は極めて稀であり,その機序を考 察した.また CAM を主薬とする多剤併用療法が奏功し, 気管・気管支内潰瘍が唯一の病巣であった.検索した限 著明な改善を認めたので報告した. りでは過去にこのような例の報告はない.尚,結核症に 本論文の主旨は,第 137 回結核病学会関東支部・第 139 回 おいて気管前・気管分岐下リンパ節病変の腔内穿破によ 日本呼吸器学会関東地方会合同学会(2000 年 5 月,東京都) る気管・気管支病変を認めることがあるが,本症例では で発表した. 気管前・気管分岐下リンパ節腫大はなく,リンパ節病変 文 の穿破は否定的である. 抗酸菌感染症,特に結核症では,気管・気管支病変を 献 1)日本結核病学会非定型抗酸菌症対策委員会:非定型 しばしば認めるが,一方,一般細菌感染症では殆ど認め 抗 酸 菌 症 の 治 療 に 対 す る 見 解―1998 年.結 核 ず,その成因に興味が持たれる.咽頭上皮や II 型肺胞 1998 ; 73 : 599―605. 上皮細胞株を用いた in vitro の研究によると,結核菌・ MAC は,一般細菌に比し気道上皮への侵入・増殖能が 高いとする報告や7),また,上皮細胞内に細胞毒性を示 さずに侵入し,従って感染細胞内での殺菌エフェクター 産生誘導が起こらないとする報告8),上皮細胞株へ内在 化し増殖するとの報告がある9).同様の反応が,生体の 気管・気管支上皮でも起こっていると考えれば,結核症 のみならず非結核性抗酸菌症においても,中枢気道病変 を認めることが理解できる. 2)坂谷光則:非定型抗酸菌の疫学.日胸疾会誌 1994 ; 32 : 211―215. 3)Runyon EH : Anonymous mycobacteria in pulmonary disease. Med Cli North Am 1959 ; 43 : 273―290. 4)坂谷光則:非定型抗酸菌症の疫学と臨床.結核 1999 ; 74 : 377―384. 5)坂谷光則: 「最近の非定型(非結核性)抗酸菌症」非 定型(非結核性)抗酸菌症の臨床.日本胸部臨床 2000 ; 59 : 557―564. 6)Griffith D, Girard WM, Wallace RJ Jr : Clinical fea- 治療に関してであるが,非定型抗酸菌 IV 群に対して tures of desease caused by rapidry growing myco- は,CAM がもっとも有効とされ,M. abscessus に対する bacteria. An analysis of 154 patients. Am Rev Respir in vitro の MIC 測 定 で は,Imipenem! Cilastatin(以 下 Dis 1993 ; 147 : 1271―1278. IPM! CS)と AMK で最も低濃度であったとの報告があ 7)Bermudez LE, Young LS : Factors affecting inva- .American Thoracic Society(ATS)の 1997 年 sion of HT-29 and HEp-2 epithelial cells by organ- の報告では,本症に対する有効な薬剤として,CAM, isms of the Mycobacterium avium complex. Infect Im- る 10) 11) AMK,CFX,Clofazimine,IPM! CS を挙げている12). 本邦では,CAM に IPM! CS と AMK を加え 4 週間の併 用 療 法 後 に,CAM と Minocycline(MINO)の 2 剤 経 口投与を 10 カ月行い改善が得られたという報告13)や, M. abscessus に対する in vitro の MIC 測定にて ,Flomoxef (FMOX),IPM! CS,PAPM,Meropenem(MEPM)が mun 1994 ; 62 : 2021―2026. 8)富岡治明,佐藤勝昌,赤木竜也,他:非定型抗酸菌 症の現状と将来,感染における生体防御機構.結核 1998 ; 73 : 71―76. 9)佐藤勝昌,小笠原圭子,富岡治明,他:肺胞上皮細 胞およびマクロファージ内での結核菌と Mycobac- M. abscessus 肺感染症の 1 例 923 12)American Thoracic Society and medical section of terium avium complex の増殖能について.結核 the American lung association. : Official statement, 1999 ; 74 : 661―666. 10)Brown BA, Wallace RJ Jr, Onyi GO, et al : Activities Diagnosis and treatment of disease caused by non- of four macrolides, including clarithromycin, against tuberculous mycobacteria. Am Rev Respir Dis Mycobacterium fortuitum, Mycobacterium chelo- 1997 ; 156 : S 1―S 25. 13)田川暁大,池原邦彦,石ヶ坪良明,他:Mycobacterium nae, and Mycobacterium chelonae-like organisms. abscessus 肺 感 染 症 の 1 例.日 呼 吸 会 誌 2003 ; 41 : Antimicrob Agents Chemother 1992 ; 36 : 180―184. 546―550. 11)Wallace RJ Jr : The clinical presentation, diagnosis, and therapy of cutaneous and pulmonary infections 14)伊 藤 邦 彦,橋 本 健 一,尾 形 英 雄:Cephem 薬 及 び due to the rapidly growing Mycobacteria, M. fortui- Carbapenem薬の臨床分離株M. abscessusに対する tum and M. cheronae. Clin Chest Med 1989 ; 10 : 感受性.結核 2003 ; 78 : 587―590. 419―429. Abstract A case of bronchial ulcer due to infection by Mycobacterium abscessus Shogo Kasai1), Hitoshi Tokuda1), Mitsuhiro Yoshikawa1)and Hiroyuki Nishiyama2) 1) Department of Internal Medicine, Social Insurance Central General Hospital Department of Respiratory Surgery, Social Insurance Central General Hospital 2) We present a rare case of tracheobronchitis caused by Mycobacterium abscessus. The patient was a 79-year-old man with a previous history of tuberculosis. For smear examinations, he repeatedly expectorated many acid-fast bacilli. Bronchoscopic examination revealed the presence of ulceration on the lower end of the trachea and extending to the right main bronchus. Mycobacterial cultures were used to grow Mycobacterium abscessus. Following an antimicrobial regimen of clarithromycin, amikacin, and cefoxitin, the patient exhibited marked improvement. After initial multidrug therapy, the patient was placed on clarithromycin for 10 months. No relapse has occurred to date.