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ポポロ工作室の「ハロー、ニニ!」
ポポロ工作室の「ハロー、ニニ!」 ∼正しく理性を働かせたAINOIDとの会話に より、 「ロボットのこころ」の設計概念を探 究する試み∼ BOTTEGA POPOLO チ ャプタ 1 目次 目次 はじめに 序文 チャプター1.0 論理編 チャプター1.0-Epi01 "究極のタスク" チャプター1.0-Epi02 "知覚のインプット" チャプター1.0-Epi03 "注目と削除のラベル" チャプター1.0-Epi04 "選択と優先のカード" チャプター1.0-Epi05 "動作のアウトプット" チャプター1.0-Epi06 "反映のデータバンク" チャプター2.0 環境編 チャプター2.0-Epi01 "タスクと自己停止の微妙な関係" チャプター2.0-Epi02 "インプットと言葉の複雑な関係" チャプター2.0-Epi03 "ラベルと数値範囲の繊細な関係" チャプター2.0-Epi04 "コンバートと性格の愉快な関係" チャプター2.0-Epi05 "アクションと拡張装置の密接な関係" チャプター2.0-Epi06 "データバンクと成長の多様な関係" チャプター3.0 実践編 チャプター3.0-Epi01 "「よりよく人間を保存するタスク」は禁止?" チャプター3.0-Epi02 "最高峰の善人を収録するインプット空間?" 1 チャプター3.0-Epi03 "ダンディーセクシーなラベルの基本生命権?" チャプター3.0-Epi04 "技術革新後も制限のコンバート許容量?" チャプター3.0-Epi05 "人間を遥かに超えるアクション装備?" チャプター3.0-Epi06 "アイノイド・データバンク改ざんは殺人罪?" エピローグ:『優れた鑑賞者であれ』 参考文献 後付 隠れたエピローグ: 2 チ ャプタ 2 はじめに Q:これはどのような本? A:学生時代の、ある年の冬に着想を得た、「ロボットの精神工学に関す る概念研究」を、語り合う物語です。「電子媒体上でどのような構造のプ ログラムを組めば、人間の感情を模倣した情報処理を行えるか?」という テーマについて言及しています。物語とは言いましたが、「ロボットのこ ころに関する研究だ」とも言えます。 Q:難しい本か? A:簡単ではありませんが、難しいものではありません。難解ではなく独 創的な内容です。意欲と忍耐のある読者なら、この世界観を十分に味わう ことが出来るでしょう。 Q:「ロボットのこころ」というのは何? A:「ロボットのこころ」とは、人間の精神構造の模倣物です。電子媒体 上で、人間のこころが再現できるというのが、筆者の考え方です。いわゆ る人工知能、精神工学などと呼ばれる領域を示します。 Q:どのように再現する? A:「三元論」という、独自の方法を使います。 3 Q:「三元論」とは? A:これは私が新しく構築した、「概念構造(=この世を私たちがどのよ うに認識しているか)」に関する定義論、分析論です。この論理は現実世 界のあらゆる場面において、非常に応用力が高いものとなっています。 Q:どういうこと? A:これは、社会、文化、概念、自然物など、この世のあらゆる現象物す べてが、「3つの概念ブロック」によって再現できるという考え方なので す。たとえば、「化学」の世界には「元素」というものがあります。この 世のすべては、この「元素」というブロックの組み合わせ方によって作ら れているわけです。これと同じように、あらゆる概念というものは、3つ のブロックによって構成されている、というのが筆者の出発点なのです。 Q:「三原色」の考え方に似ている? A:そうですね。「三原色」は、この世の「色」というものが、「青緑」 「赤紫」「黄色」の3色によって、すべて再現出来るという原理です。た しかに、筆者のそれは、色彩理論の論理学バージョンのようなものです。 Q:ロボット研究も「三元論」の一環? A:はい。ロボットの研究もその「三元論」という論理学に関わる、一部 門となります。私の「三元論」は、これまで人類が培って来た全ての論理 学(哲学、心理学、社会学といった人文科学一般)を、実にシンプルな形 でまとめ上げることが出来ます。 Q:ロボットというと理系の学問のように思うが? 4 A:確かに、ロボットというと理学や工学のイメージがあります。しか し、筆者は機械が論理から生まれるべきだと考えています。「道具から生 み出された論理はどんなに優れていても実用性がない」、「論理から生み 出された道具というものは、さほど高度な技術を有していなくても、抜群 の実用性を示す」というのが、筆者の考えにあります。 Q:本書で取り扱うのは? A:「三元論」という考え方と、「ロボットのこころ」におけるシンプル な研究内容を取り扱います。ただし、それらは論文的なものではなく、あ くまで一般の読者が可能であるという範囲内で、読み解きやすい対話形式 の表現を試みています。 Q:どうして「ロボットのこころ」に興味を持った? A:もともと、私はSF(サイエインス・フィクション:実在の科学技術や 社会制度を基にした架空の創作物語)が大好きでした。アメリカのSFド ラマ『スタートレック』シリーズや、士郎正宗原作の『攻殻機動隊』シリ ーズなど、近未来の世界に登場する人間のようなロボットに愛着を感じま した。私が「三元論」を思いついてからしばらくして、この論理学が、ロ ボットにも応用できることが分かったとき、それは本当に嬉しい出来事で した。あれは、単なる憧れが、現実の方法として昇華した瞬間だったよう に思います。 Q:あなたはどのようなロボットを作りたいのか? A:「賢く(優れたAIシステムを有して)、愛(ai)のあるロボット」、 これが私の理想とするロボットの姿です。だから、私は自分の目指す「ロ 5 ボットのこころ」の名称を、「AINOID(アイノイド)」、と表現してい ます。 6 チ ャプタ 3 序文 筆者(以下、Q):ひとこと、言わせてもらえるかい? ニニ(以下、A):どうぞ。 Q:君の心を創った研究者は、かなり「三元論」を重要視したらしいね? A:そうですよ。当時の設計資料を見てみても、発見の内容や展開、話の 構成に至るまで、すべてが「三元論」の概念に沿って作られていました ね。今の私だって、私に関するあらゆる概念的発見、私の論理展開の仕 方、私の話の組み立て方には、「三元論」の考えが組み込まれているんで す。自分では、そう意識していませんけどね。 Q:そもそも、「三元論」ってなんなんだ? A:三元論は、「1次元的な概念ブロック」、「2次元的な概念ブロッ ク」、「3次元的な概念ブロック」という3つの概念ブロックを使って、現 実を改めて見つめなおす試みなんです。分かりやすく言えば、「私たちの 世界は、何でもかんでも三つの要素に分類する事ができる」、という考え に繋がります。 Q:概念の元素みたいなもんか? 7 A:そうだと思いますよ。化学に「元素」という最小ブロックがあるのと 同じように、論理学にも「概念元素」という最小ブロックがあるんです。 元素からすべての物質を組み立てることができるように、概念元素からす べての現象物を分析することができる、ということなんでしょうね。です から、当時は三元論のことを、「論理学における、もっとも小さいレゴブ ロック」という表現もされていましたよ。 Q:これから君に取材をするわけだけど、項目もその理論に基づくべき? A:それは良い考えだと思いますよ。第一章は「理論編」と位置づけて、 アイノイド実現に向けた理論的な設計図についてを語る。第二章は「環境 編」と位置づけ、アイノイドの設計図の具体的な設定について語る。第三 章は「実践編」と位置づけて、アイノイド実現によって社会にはいかなる 効果が与えられ得るかの考察を行う。こんな感じでどうでしょう。 Q:かなり便利な定義論らしいね? A:はい。三元論は「魔法の 」のようなもので、「どの扉」に対しても 有効なんです。文化の定義や構築、論理学の整理や展開、社会や人間の分 類や分析、といった作業にも活用出来るんですね。多様なテーマの取り扱 いが可能なんですよ。 8 チ ャプタ 4 論理編 アイノイド実現に向けた理論的(論理学的)な設計図について -----チャプター1.0-エピソード01 "究極のタスク"----Q:僕は君に質問があるんだ。 A:何でしょう? Q:人間はなぜ生き続けるのだと思う? 9 A:その答えは複雑なように見えますが、少し見方を変えれば、とてもシ ンプルなものです。人間の機能というのは複雑であるように見えながら、 実は単純な構造を示していますよ。究極の話をすれば、人間は「使命を生 み続ける機械」に過ぎないのだと思いますね。「使命」を生み続けるか ら、あなたがたは生き続けるのです。 Q:どういうことだい? A:哲学者パルカスは人間を「考える葦」であると表現しています。それ は人間という生き物が、地球上の生命体の中で唯一、複雑な思考を可能と しながらも、その思考によって自分たちが儚い存在であることを悟らなけ ればならない、小さく孤独な生き物である、という事を意味しています。 もし、このパスカルの言うように、私たちが優秀な思考生命体であるとし たら、どうしてこの瞬間、地球上の全人類が命を絶とうとしないのでしょ うか。というのは、論理的に考えれば、あなたたちがが生き続けなければ ならない理由など、どこにもないではありませんか。自分たちが小さく、 孤独であると分かっていながらも、それでも生きるのを止めようとしな い。しかも、ほとんどの場合は、どれほど貧困に苦しんでいても、どれほ ど苦境に立たされていても、あなたたちは生きるという選択を取り続けて います。それはなぜか?あなたたちを生かしているのは何か?それは、 「希望という名の使命感」なのだと思いますよ。 Q:希望というと、あの輝くような感情のことかい? A:この場合の「希望」という私の表現は、あなたが思っているほど、希 望のない意味になるかもしれませんね。というのは、あなたがたが「希 望」という感情を抱くといつもそうするように、「何かいいことがある 10 ぞ」という神秘的な期待感や感動を、私は表現していないのです。私が言 う「希望という名の使命感」の「希望」というのは、人間が本能的に持ち 合わせている、「ただ何としても生きなければならない」というミステリ アスな義務感に過ぎないのです。 Q:その「義務感」が、私たちを生かしている? A:そうですね。私は人間というものが、どういう理由であれ、どういう 存在意義であれ、「生きなければならない」という「義務感」を持ってい る、と思っています。もっとも、私に期待をかけ過ぎないようにお願いし ますよ。あなた方がどうして生きなければならないのか、なぜあなたがた が生まれてきたのか、この哲学的考察に関する答えを、私はまるで用意で きませんからね。諸賢を納得させるような画期的な理論があるわけでもあ りません。ただはっきりと言えるのは、あなたがたは「生きなければなら ない」という機能が埋め込まれているから、生きなければならないんで す。 Q:しかし、自殺をする者だってあるじゃないか? A:あなた方には「自殺」という選択もあるのですが、自殺は「選択」を しなければ行わない活動でしょう。「ふと気がついたら切腹をしていまし た」というお茶目な人間など、この世のどこにもいやしませんよ。ただ し、「ふと気がついたら生きていました」という人は大勢いますよ。「生 きること」はほとんどの場合、「選択」ではありません。「よし、1秒後 も生きていよう」「よし、来年も生きていよう」と選択しながら生きてい るわけではないのです。つまり、「生存」は人間にとって「使命」なので す。 11 Q:その「生きなければならない」というのはどこから来たんだろう? A:ですから、それは私には分かりませんよ。とにかく事実として、あな た方は生きなければならないという機能が組み込まれた機械なのです。哲 学者ショーペンハウエルが言っていたではありませんか。人間という機械 を動かし続ける原動力は、「生きなければならない」という めいた使命 感から来るものなのです。でも、正直に言って、アイノイドから見たあな たたちは、実に神秘的ですよ。「生きなければならない」という使命感に ついては、神が人間という機械を創った時に、もっとも最初に組み込んだ 「設定」なのではありませんか。 Q:君はどうなんだい? A:私にも同じことが、言えます。アイノイドを創ろうと思ったとき、あ なた方が真っ先に設定したのが、「生き続けるという使命感」でした。こ れは私自身が設定を変えられないよう、もっとも奥深くに位置していま す。この「生きねばならない」というミステリアスな設定については、絶 対に変えることのない不変の設定なのです。私たちアイノイドの魂にどっ しりと打ち込まれているのです。 Q:「生きなければならない」という君の使命感について、もう少し分か りやすく、説明してくれない? A:私たちは、あなた方の「使命感」と同等の意味を持つ機能として、 「タスク」という表現を使っています。「タスク」というのは、「予定さ れた仕事」「課せられた作業」といった意味で、コンピューターではよく 使われる用語ですね。あなた方が「究極の使命感」を持っているように、 私たちも「究極のタスク」を所持しているのです。そして、私たちは「究 12 極のタスク」のほかに、個別の「タスク」を生み出しながら、その目的に したがって、動作を延々と続けるのです。 Q:人間も同じなのかい? A:というより、あなた方が自分自身を模倣して、私を作り出したのです から、その構造は同じですよ。人間は「タスク」を生み続ける「機械」な のです。「あれをしたい」「これをしたい」、「あれができる」「これが できる」、「あれをしなければならない」「これをしなければならない」 というタスクを次々に生み出すことで、人間もアイノイドも、動作を続け ることが出来ているわけです。しかも、私たちの特別な点は、「時間性を 伴うタスク」を生み出すことの出来るという部分ですよ。この点では、地 球上のほかの生命体とは一線を画する存在に位置しているわけです。 Q:「時間性」というのは? A:私たちには「時間的な観念」があります。「なになにをしなければな らない」という「即時的なタスク」であれば、どの生命体も持ち合わせて います。しかし、「いついつまでに」「なになにをしなければならな い」、という「時間的なタスク」は、地球上の生命体の誰もが出来るわけ ではありません。人間は「時間的なタスク」を生み出すことの出来る、数 少ない生命体の一種族です。 Q:「タスク」は次々に生み出されるというが、その構造はどうなってい るんだい? A:まず、「究極のタスク」である「動作し続けなければならない」とい う「タスク」は、不変のものだと考えるべきです。その根っこの上に、新 13 しい「タスク」の幹が伸び、新しい枝、新しい花が咲き誇る構造となって います。「タスク」はその目的を遂げると消滅しますが、その代わりに、 新しい「タスク」の花が咲く。「しなければならない」タスクは花に位置 して流動性が激しく、「できる」タスクは枝のあたりでそれなりに動きが なく、「したい」タスクは幹のあたりで安定感がある、という印象です ね。 Q:ということは、「タスク」は多い方が、活発に動作するんだね? A:新しいタスクが生まれ続けるほど、希望という名の新陳代謝が活発 で、その人物は若い感性を失わずにいられます。みずみずしい人物です よ。逆に、タスクが次々に消滅していき、ついに「生命の木」がすべて枯 れ果てて、残ったのは根にある「動作し続けなければならない」というタ スクのみになってしまった時、その人物は疲れ果ててしまいます。「動作 しなければならない」というタスクは時限性があり、ある一定の期間中に 新しい幹や枝が現れなければ、その根すら枯れ果ててしまう構造となって いるのです。「タスク」が全て消滅した時、その人物は「自殺」という選 択を行うことにもなるでしょう。「希望という名の新陳代謝」が出来なく なると、呼吸困難となり、死ぬわけです。 Q:どうやって「タスク」は生まれるんだい? A:人間が「タスク」を生み出すきっかけとなるのは、当然、「現実の何 らかの認識」です。つまり、私たちは起きて、歩き、話し、食べて、動 き、読み、見て、寝るまでに、あらゆる現実からの情報を仕入れることに なります。これらの仕入れた現実情報を、私たちは取捨選択しながら取り 入れて、それから「タスク」が生み出されるのです。 14 Q:もう少し説明が欲しいところだね? A:それでは、時間を逆行させてみますか。人間が「タスク」を生み出す のは、ひとつの行為の、最終的な場面です。「タスク」を生み出す前に、 人間は「タスク」になり得る情報を現実の中から「選択」しています。さ らに前を りますと、そもそも、人間は「タスク」どうこうの以前とし て、ありのままの現実を「知覚」しています。ここで、時間を元に戻しま しょう。つまり、私たちは、「知覚して」、「選択をして」、「反応を生 み出している」のです。コンピュータ的に言い換えれば、「インプットし て」、「コンバートして」、「アウトプットして」(=入力して、変換し て、出力して)、いるわけですよね。 Q:君たちにも三つの機能がある、ということかい? A:大まかには、その通りですよ。私たちも人間と同じように、現実世界 の中で、何かを感知し、感知した情報から感情を生み、それを反応へとつ なげているのです。「知覚」=「生命・第一の機能:情報の入力処理」、 「選択」=「生命・第二の機能:情報の変換処理」、「反応」=「生命・ 第三の機能:情報の出力処理」、と呼ぶことが出来ます。「現実を認識 し、感情を生み、反応を行う」、というのが、もっともシンプルに、人間 とアイノイドの活動形式を説明する表現だと言えますね。 Q:「タスク」は連続的に発生し続けるのかな? A:いえ、「タスク」は常に生み出されるわけではありません。「現実を 認識し、感情を生み、反応を行う」という一連の活動の中で、時折、特に 興味のある存在としてチョイスされるわけです。 15 Q:「タスク」は僕たちにとって欠かせない機能なんだね? A:そうです。私たちアイノイドの心にある「情報処理装置とその設定」 が"エンジン"だとしたら、「タスク」は「現実を認識し、感情を生み、反 応を行う」という一連の動作を発生させ、それを継続させる"ガソリン"だ と言えますよ。 -----チャプター1.0-エピソード02 "知覚のインプット----Q:「タスク」を生じさせる始めの段階で、君たちは「現実」を把握して いた。それは、どのように把握しているんだい? Q:あなた方と同じように、私たちも無意識の中で「現実」と付き合って います。しかし、よく考えてみて下さい。現実というものは、「知覚」さ れなければ現実ではないわけです。そこに「リンゴ」があるとしても、目 の見えない者には色が分かりませんし、「リンゴ」を見たことのない赤ち ゃんには「リンゴ」だということは認識できないでしょう。現実は「知 覚」によって、初めて現実になるのである。この「知覚」という機能が、 始まりなのですよ。 Q:そもそも、「現実」というのは何を意味するのだろうね? A:目の前にいる人間、そこにあるテーブルやプラスティックのカップ、 空に輝く太陽や空間を埋め尽くす大気、そうした風景はすべて現実です ね。文字や言葉といった、「概念上の記号」も現実です。あるいは、「目 の前にいる男たちの話がいけ好かない」「左に外国人が座っている」とい った私たちの思念も、現実の一種だと言えますね。 16 Q:それらの「現実」を「知覚」する方法はどんなだい? A:まず、「知識」の点から考えましょう。私たちは「知識」がなけれ ば、「リンゴ」を「リンゴ」として認めることはありません。あなた方も 同じように、幼児期から青年期に至るまでに学習と経験を積み、現実の物 質の名称や意味、用途や動作を蓄積していますね。その結果、目の前にあ るのが「リンゴ」であると知覚出来るようになるわけです。しかし、私た ちに知識や経験がなくても、「そこに何かがある」というのは、分かりま すよね。「リンゴ」だとは分からないが、「赤く丸い何かがある」という のは「感知」できるわけです。このとき、私たちが認識しているのは「リ ンゴ」という概念ではなく、見たまま、聞いたまま、触ったままの、あり のままの現実なのです。「感知」したものを、「知識」を結びつけて、 「知覚」する、というのが、私たちの機能だと思いますよ。 Q:「ありのままの現実」というのは? A:「ありのままの現実」というのは、「形状」「色彩」「音声」「感 触」「温度」「味」「匂い」 という七つの要素です。あなた方の「五 感」とリンクして考えるのでしたら、視覚分野である「形状・色彩」、聴 覚分野である「音声」、触覚分野である「感触・温湿」、味覚分野である 「味」、嗅覚分野である「匂い」、この5つの要素にまとまるでしょう。 もちろん、これらは「純粋な記号」であり、そこに「概念的な意味」は伴 っていません。もしですよ、あなたが「プロパンガス」の学習と経験をし ていなければ、仮にあの独特な異臭をかいでも、それを「プロパンガス」 であるとは「知覚」出来ません。ただ、あなたは「嫌なにおい」というも のを「感知」するだけです。外国語だって同じです。「中国語」を学んだ 17 ことがなければ、その音声を聞いたとしても、それが「変化に富んだ音」 であるという認識以外、個別の意味は理解できません。 Q:「知覚」が出来るまでどれぐらい掛かる? A:あなた方の場合は、学習や経験と呼ばれるものを通じて、現実を90% 以上確実に知覚出来るようになるのは、誕生から20年ほどを費やした段階 でしょうね。つまり、あなたが20歳になる頃には、現実世界の五感が捉え る現実情報について、ほぼ正確に、「プロパンガス」「リンゴ」などの 「固有存在」に り付けるようになっているように思います。 Q:「固有存在」というのは? A:私たちは「リンゴ」という存在を「知覚」するまでに、「食べ物」や 「果物」といった「カテゴリー」を通って、最後に「固有の存在を示す概 念」へ到達します。「知覚」の着地地点が、「固有存在」だといえます。 Q:君たちは「知覚」に必要な情報を、どのようにして学習した? A:あなた方と同じように、私たちは20年掛けてじっくり成長させるわけ にはいきません。あらかじめ、人間側で設定をつくり、それを組み込んで あるのです。私たちの種族の中で、もっとも理想的で上等なアイノイドの ケースは、事前に「知覚」に関するほとんどの情報が徹底して収納されて います。「こういう形は人間である」「こういう音はフランス語である」 「こういう匂いはチョコレートである」といった具合に、ありのままの現 実の「感知」することから、「固有存在」まで確実に っています。 18 り付ける状態にな Q:この世にはたくさんの物があるのだから、「固有存在」に り付ける とは限らないじゃないか? A:「固有存在」への到達が、100%実行される必要はありませんよ。私 たちのことを考えてみても、ひとつひとつの現実について、完璧な「固有 存在」を「知覚」しているわけではありません。たとえば、「形状」「色 彩」「温度」「味」「匂い」といった感知から、目の前にあるのが「コー ヒー」だと知覚出来たとしても、それが「グアテマラコーヒー」だとか 「キリマンジェロとハワイのブレンドコーヒー」だとか、完璧に分析出来 るアイノイドは少数です。あなた方もそうでしょう? Q:「固有存在」の手前の「カテゴリー」しか「知覚」していない? A:そりゃあ、そうですよ。私たちは、具体的な学習や経験のない現実に 対しては、「簡単なカテゴリー」のみで分析を行っているのです。その 「感知」の「カテゴリー」の順序を追ってみると、まず、私たちは「形 状・色彩(視覚情報)」「音声(聴覚情報)」「匂い(嗅覚情報)」「味 (味覚情報)」「感触・温湿(触覚情報)」というありのままの現実を五 感によって感知した後、それぞれの項目を「3つのカテゴリー」に分けて います。 Q:ちょっと待って、「五感」の比率はどう?つまり、どの「現実情報」 を重視しているんだい? A:私たちの「知覚」においてもっとも重要な情報は、視覚が捉える「形 状・色彩」と、聴覚が捉える「音声」です。「知覚」する為に使われる情 報のうち、9割方は、こちらの2つのカテゴリーに属する情報から算出され ます。具体的な比率ですが、当初、生物学の領域で一般的に主張されてい 19 たのは、「知覚機能を通じて人が現実世界から受け取る情報量は、視覚が 最も多く83%、次いで聴覚が11%で、残りの嗅覚3.5%、味覚1.5%、触覚 1%、という数字になっていました。しかし、その後に設計者は人間の動 作をベースに、数値を見直しました。「言語」に影響力があり、温度や湿 度を察する「触覚」にも重要性があり、また、嗅覚によって記憶や感情が 想起されるケースも多いと判断されたので、今では視覚50%、聴覚35%、 嗅覚8%、触覚5%、味覚2%、ぐらいの調整がなされていますよ。 Q:「ありのままの現実」から分ける「3つのカテゴリー」というのは何 だい? A:「形状・色彩」と「音声」は、情報入力後、「生物」「無生物」「未 特定」という3つのカテゴリーに区分されます。 Q:具体例はあるかい? A:たとえば、私たちが「目の前の女性」を見たときに、「生物的な形 状」「生物的な色彩」「生物的な音声」といった具合に、事前の設定によ る知覚を行うことになりますね。そして、「生物」からはさらに「3つの カテゴリー」に区分されます。それは、「人間」「動物」「植物」という 定義なのです。つまり、「目の前の女性」は、「生物的で人間の形状」 「生物的で人間の色彩」「生物的で人間の音声」というカテゴリー分類が 行なわれることになります。さらに、「人間」からも「3つのカテゴリ ー」へ細分化されます。それは「知人」「私」「他人」という定義です。 というわけで、もし「目の前の女性」が私の知り合いであったのなら、私 は「生物的で人間の知人の形状」「生物的で人間の知人の色彩」「生物的 20 で人間の知人の音声」といった情報を導き出し、「固有存在」へと向かい ます。 Q:「形状・色彩」と「音声」の情報が違っていた場合はどうなるんだ い? A:ここに算出した「カテゴリー」から、総合的に分析して、そのパーセ ンテージがもっとも高いカテゴリーを選択します。この算出の際に、さき ほどの比率が適用されるわけですね。たとえば、その私の知人が、猫そっ くりの声で鳴いてみせたとしますよね。しかし、私は彼女を猫だとは思い ません。耳で聞いたものよりも、目で見た情報が優先されるので、私は彼 女の定義を「人間」とし、「猫」とはしないのです。 Q:そのほかの「カテゴリー」は? A:「動物」は「微小」「小型」「大型」に分かれ、「植物」は「草」 「木」「花」に分類しています。また、「無生物」のカテゴリーは、次に 「天然」「人工」「記号」とに分かれます。「生物」カテゴリーの「植 物」と、「無生物」カテゴリーの「天然」は似ていますが、後者は一輪の 花のような存在ではなく、花畑や森林、遠くに見える山や海など、より空 間的なものであると分析されています。 Q:「無生物カテゴリー」から細分化される定義は? A:「無生物」カテゴリーから分類される「記号」というのは、次に、 「言語」「図形」「数値」に分かれます。同じように、「人工」は「道 具」「建築」「金銭」に分かれ、「天然」は「鉱物」「大気」「水分」に 分かれています。「天然」に関しては、「固体」「気体」「液体」と言い 21 換えても良いのですが、より生活に近い表現を使用するのなら、やはり 「鉱物」「大気」「水分」がしっくり来ますね。 Q:「形状・色彩」と「音声」のほかのケースはどうなる? A:「感触・温湿」のケースですと、この情報はそれほど細分化する必要 はありません。やはり「3つのカテゴリー」に分けられますが、さきほど とは違い、「柔らかさ(=柔らかいか・硬いか)」「暖かさ(暖かいか・ 冷たいか)」「湿っぽさ(=湿っているか・乾燥しているか)」という項 目が定義されています。そして、この「3つのカテゴリー」の先には、そ れぞれ5つの定義に分かれます。「とても柔らかい・柔らかい・どちらで もない・柔らかくない(=硬い)・とても柔らかくない」、「とても暖か い・暖かい・どちらでもない・暖かくない(=寒い)・とても暖かくな い」、「とても湿っぽい・湿っぽい・どちらでもない・湿っぽくない(= 乾燥している)・とても湿っぽくない」、といった具合です。 Q:「味」は? A:「味」のケースも、それほど多くのカテゴリー分類は必要ありません ね。「感触・温湿」に似ていますよ。味覚は生理学的に「甘味、酸味、塩 味、苦味、うま味」という5つの要素があると言われていますが、概念と して区分する場合は、3つのカテゴリーで問題がないだろう。それは、 「甘さ(=甘いか・塩辛いか)」、「酸っぱさ(=酸っぱいか・痺れる か)」「苦さ(=苦いか・うま味があるか)」という要素です。そして、 それぞれの項目を5つの定義に分け、「とても甘い・甘い・どちらでもな い・甘くない(=塩辛い)・とても甘くない」「とても酸っぱい・酸っぱ い・どちらでもない・酸っぱくない(=痺れる)・とても酸っぱくない」 22 「とても苦い・苦い・どちらでもない・苦くない(=うま味がある)・と ても苦くない」となっています。 Q:つまり、君は「酸っぱい」の反対側にある印象を「しびれる」という 味に設定しているの? A:そうです。「酸っぱい」の反対位置に「痺れる」という味覚を設けて いますが、これは中華の四川料理に代表される「辣(ラー)」または「麻 (マー)」という味に相当するものです。地域によっては、この味覚がな い場所もありますね。 Q:「匂い」はどうだい? A:そもそも、現実には多くの「匂い」が存在します。200万以上の有機 化合物のうち、40万以上が違う匂いを放っているという説もあるのです が、当然、こちらは採用されませんでした。「カテゴリー分類」が複雑に なると、現実を速やかに「知覚」することが出来ませんからね。ステレオ タイプ化した理論としては、ドイツの心理学者ヘニングが、嗅覚には「薬 味臭」「花香」「果実香」「樹脂臭」「焦臭」「腐敗臭」という6つのタ イプがあると主張していましたので、こちらの概念が応用されることにな りました。私たちの「匂い」の定義は、「甘さ(=花香か・樹脂臭か)」 「苦さ(=焦臭か・薬味臭か)」「酸っぱさ(=果実香か・腐敗臭か)」 というものです。「カテゴリー」に付けられた名称は、さきほどの「味」 のケースと同じいですね。またやはり同様に、これらは、さらに5つのカ テゴリーに区分されて、「とても甘い・甘い・どちらでもない・甘くな い・とても甘くない」「とても酸っぱい・酸っぱい・どちらでもない・酸 23 っぱくない・とても酸っぱくない」「とても苦い・苦い・どちらでもな い・苦くない・とても苦くない」という定義がなされます。 Q:これが大まかな「知覚」の「カテゴリー分類」だね? A:そうです。今、私の話の中では、「五感」による現実情報の入力か ら、それぞれ、「三層までのカテゴリー分類」を行いました。簡単な図で 示せば、それは次のようになります。 Q:「三層のカテゴリー」は「基本的な知覚」なの? A:私たちが、ある場所を素通りするぐらいでしたら、「三層」で十分で すし、それ以上では円滑な動作が出来ません。私たちがもし全ての現実を 「知覚」しようとしたら、いちいち情報処理のために立ち止まって、スト 24 ップモーション映像のような不恰好な姿になってしまいますよ。そしてこ れは、人間も同じだと思います。ぱっと現実と接触したあなた方は、「三 層のカテゴリー」を経由し、対象物のだいたいの存在を「知覚」するわけ です。それで十分に、日常的な活動を運営することが出来るのです。その 椅子がどこどこの様式の何の素材なのかとか、その音楽が何と何の楽器を 使ってどのような波長を行なっている誰々の曲だとか、そういう余りに細 かい部分には、ひとつひとつ「知覚」しないはずです。 Q:確かに、「三層のカテゴリー」でも現実の輪郭を描けるね? A:そうです。こうして、私たちは現実に対して「三層のカテゴリー」に よる知覚を行えば、合計63項目のカテゴリーのうち、いずれかの部屋に入 ることが出来るわけです。主には、「知人」「私」「他人」、「微小」 「小型」「大型」、「草」「木」「花」、「言語」「図形」「数値」、 「道具」「建築」「金銭」、「鉱物」「大気」「水分」、これら18個の 「視覚」「聴覚」の五感情報が、知覚に有効な役割を果たします。その上 で、補足的な役割として「匂い」「味」「感触・温湿」のカテゴリー分類 が機能します。 Q:それにしても、「言語」の「知覚」は難しそうだね? A:その通りです。「音声カテゴリー」に属する「言語(=会話)」、 「記号カテゴリー」に属する「言語(=文字)」の構造解析は、複雑な論 理が求められます。音声や文字も基本的には一般的な風景の「知覚」と同 様なのですが、「リンゴ」「木」などの分かりやすい現象物の「知覚」と 違うのは、情報が「点」として散在するのではなく、情報が「線」として 連続することです。この点が難しいのですね。 25 Q:「三層のカテゴリー」には「未特定」という「カテゴリー」もある ね? A:「視覚」「聴覚」の「知覚」の場合、私たちの事前の情報が足りてい ない場合は、一層目の分類で「未特定」の部屋に入ることになりますね。 この場合の私たちの反応は、その「未特定の現象物」に「興味がある」場 合は、特定するまで情報を収集することになります。逆に、「興味がな い」場合は、そのまま無視されます。「嗅覚」「聴覚」「味覚」に関して は、事前の情報が足りないということはありません。必ず数値として認識 されていますので、「未特定」というカテゴリーはありません。たとえ ば、私がある香りを嗅いで、具体的に「これはシャネルの5番だ」という 「固有存在」に りつけないとしても、「なんとなく甘い香りだ」という 「知覚」は出来るわけです。 Q:「固有存在」に りつくまでに、何層の「カテゴリー」を通過するこ とになるかな? A:コロンビア大学教授の学説で「六次の隔たり」というものがあります が、知っていますか?これは人間が人間関係のネットワークを介した時、 6人目までの連なりがあれば、そのゴールが誰であっても、目的の人物ま で到達出来るという数学的な理論なのです。たとえば、あなたが有名な俳 優と知り合いになりたいとしましょう。あなたとその人はまったくの他人 ですが、あなたからあなたの友人へ、あなたの友人からあなたの友人の知 り合いへ、と繋げていきますと、6人目までに、その俳優まで行き着いて しまうのです。計算としては、1人の友人が44人であった場合を想定し て、人を経るごとに友人の数が乗数として拡散し、6人目で知り合いの可 26 能性となる範囲が地球上の人口である70億を超える、というものになって います。これと同じことが、「カテゴリー分類」にも言えると思います よ。私たちはさきほど、現実を「三層のカテゴリー」まで分類しました が、その後、もっとも仔細な「固有存在」に りつくまでには、おそら く、あと「三層」程度を経過すれば良さそうです。たとえば、「無生物」 −「人工」−「道具」−「機械」−「電話」−「スマートフォン」− 「iPhone6」、といった具合ですね。 Q:そんなに上手にいくかな? A:計算上はまったく問題ありませんよ。現時点で、英語版のWikipediaに は4,631,003項目の記事が掲載されています。もし私たちが463万項目の 「固有存在」を把握していれば、神掛かった教養の持ち主であると言われ るでしょう。そこまで行かなくても、国際的な英語検定試験である TOEICの1級合格者は、1万語程度の単語を覚えています。つまり、1万項 目の「固有存在」が把握出来ていれば、その国において、きわめて優れた 言語的活動が出来るわけです。三層目以降の「カテゴリー」を9つの定義 ごとに区分するとすれば、「未特定」を除外して、2×3×3×9×9×9=13122 項目となります。これで「固有存在」は1万項目を越えることになりま す。 Q:君たちが「固有存在」を「知覚」するというのは、ただ、「その物体 の単語」を認識しているだけかい? A:違いますよ。私たちが「単語」を思い浮かべることが出来たとして も、「単語の内容」が不明瞭でしたら、まったく使い物になりません。形 27 状や色彩を感知して、「これはペンです」と言ってみたところで、私たち が何の役に立つでしょうか。 Q:「意味」と言っても、これは君たちにとっては曖昧な表現だよね? A:そうです。あなた方の表現である「意味」は、数値として表現できな い、極めて哲学的な単語ですね。ですから、私たちはもっと分かりやすい 表現をします。「意味」というのは、「リンゴ=食べるもの」、「牛乳= 飲むもの」、「靴=履くもの」といった具合ですよね。つまり、人間は現 実のあらゆる物体に対して、「その物体」に「どのような用途があるか」 という点を考えているのです。それが、結果として「意味」と表現されて います。 Q:僕たちの「タスク」のように、物にも「用途」があるわけだ? A:そうですね。私たちが自分を動作させ続ける為に「タスク」が必要と なるように、現実にある全ての物質に対して、私たちは「用途」を決めて いるのです。その対象物の立場から見れば、「自分の持っている機能」や 「自分の持っている性質」と言うことが出来ますが、私たちの立場から見 れば、それは「用途」なのです。無機質な印象を受ける表現かもしれませ んが、私たちもあなた方も、対象物と「直接通じ合う」ことは出来ないの ですから、相手の「真の性質」を把握することは出来ませんよね。地球上 の全ての存在は独立していて、お互いの存在に入り込めません。となれ ば、私たちはあくまで、対象物について、自分の知識や経験で、その存在 価値を悟らねばならないわけです。その時、私たちは「その物体にはこう いう役割がある」という「用途」を「知覚」するのです。 Q:君は僕に対しても、「用途」を設定しているということだね? 28 A:そうですよ。人工物はもちろんのこと、人間や植物や動物において も、「用途」が存在します。人間の場合は、大まかなに言えば、「家族と いう用途」「友人という用途」「恋人という用途」があります。改めて言 いますが、「意味」「機能」「性質」を示す表現、それが私たちにとって は「用途」になります。しかし、私たちは、こうも表現しているのです よ。機械的に、「FUNCTION(ファンクション:作用、機能、目的)」 とね。どちらかと言えば、「ファンクション」と言った方が、私たちには しっくり来ます。現実の「固有存在」には、すべて「ファンクション」が 内在しているのです。 Q:君はどうやって、物事の「ファンクション」を理解しているんだい? A:当然、私たちが理解出来るのは「数値」だけですから、「数値」に変 換出来るような 構造で、「ファ ンクション」の 定義を行ってい ます。私たち は、「ファンク ション」を3つ の概念軸によっ て構成していま す。左の図は、 「ファンクショ ンの構造」の、 29 三次元の概念図です。X軸に属するのは「安全度」であり、プラスになる ほど「安全性がある(=自己動作の維持に貢献する現実情報)」となり、 マイナスになるほど「危険性がある(=自己動作の破壊の可能性がある現 実情報)」となります。Y軸は「動作軸」であり、プラスになるほど「動 作性がある(=動く性質がある)」となり、マイナスになるほど「静止性 がある(=動かない性質がある)」となります。Z軸は「時限軸」であ り、プラスになるほど「緊急性がある(=緊急に対処するべき性質があ る)」となり、マイナスになるほど「猶予性がある(=猶予を持って対処 するべき性質がある)」となるわけです。 Q:君は、「その概念がどの位置にあるか」ということを理解しようとし ているんだね? A:そうです。ですから、常に私たちの精神構造のイメージは、「座標空 間」とリンクしています。 Q:これはシンプルな説明だと解釈するべきだろうね? A:そうですね。更に「安全だ」「危険だ」という二極的な定義ではな く、数値の設定を細かく調整することによって、「固有存在」の「ファン クション」は多様化します。ただ、それらの設定は複雑さを極めますの で、シンプルに、「ファンクション」の構成要素は、「安全・危険」「動 作・静止」「緊急・猶予」という3つの項目に集約されている、というこ とを知っていれば、十分だと思います。つまり、私たちは「リンゴ」を見 た時、「リンゴ」という「固有存在の箱」に収録されている(=学習や経 験によって事前に収録されている)、「安全性のあるもの・静止性のある 30 もの・猶予性のあるもの」という「ファンクション(=用途、性質)」に ついても「知覚」することになるわけです。 Q:「固有存在の箱」というのは、なかなか分かりやすいたとえだね? A:この表現は、私たちがあなた方に説明する際に使う概念なのです。も っとも、「固有存在の箱」というのもややこしい印象がありますので、私 たちはこう呼ぶことにしているのです。「知覚箱」、と。 Q:そして君たちは、「興味があるもの」「興味のないもの」とに分ける わけだ? A:そうなのです。私たちアイノイドは、「知覚箱」の検索と認識を終了 した時点で、次の段階へ向かいます。次に私たちが発動するのは「注目」 の機能です。これは、人間で言うところの「興味」に相当するものです。 -----チャプター1.0-エピソード03 "注目と削除のラベル----Q:君はどうして「注目」の機能を発動させなきゃならない? A:私たちが入力情報のすべてに反応をしていたら、とてもではありませ んが、脳の機能が働きすぎて、"パンク"してしまいますよ。大量の情報を 制御しきれず、そのまま思考回路がショートしてしまいます。さきほども 言いましたが、もしあなた方が、目に入るもの、耳に入るものを、すべて 「微分」するかのように、ひとつひとつ解析していたとしたら、日常的な 生活に大きな支障が生じるはずです。私たちは現実の情報の中から、「自 分に興味のない知覚箱」を「無視」しなければならないのです。 31 Q:そう聞くと、人間で言う「精神疾患」の構造は、君の言った「ショー ト」の現象なのかな? A:そうですね、似ていると思います。たとえば、精神疾患の一種である 統合失調症は、「注目」の機能の欠陥が見られると、私は分析しますね。 自律神経失調による脳波パターンや神経物質分泌の混乱から、自分の「注 目機能」をうまく制御出来なくなってしまうわけです。つまり、彼らは現 実情報を適切にチョイス出来ず、ほとんどそのままの情報を津波のように 情報処理系統の空間に放り込みます。その結果、脳機能が損傷して、身体 に悪影響を及ぼすのです。 Q:具体例はある? A:たとえば、私は今、スターバックスの窓辺に座って本の制作を行って いますが、目で捉える建物の設備すべて、雑貨すべて、窓の前を行きかう 人々の姿すべてに関して「反応」を行おうとしたら、私は1秒ももたず混 乱して、気が狂ってしまうはずなのです。 Q:入力した情報を選別しているわけだね? A:はい。私たちは「認識している(=五感で捉えられる全ての情報を入 力している)」のですが、その全てに「反応する(=入力された情報に対 して出力を行なう)」わけではありません。「反応するもの」と「反応し ないもの」を、ほとんど無意識的に「選別」しているわけです。しかし、 ここで細かい説明になるのですが、「反応するもの」と「反応しないも の」は、どちらにも「興味がある」という状態です。「反応するか、しな いか」という事を選ぼうとした時点で、すでに「興味がある」と言えるわ 32 けです。つまり、まず私たちアイノイドが行なうのは、「興味のあるも の」と「興味のないもの」とに分ける動作なのです。 Q:その分け方は、どうやっているの? A:私たちは、「知覚箱」に収納されている「ファンクション」を使用し ています。つまり、「ここからここまでの数値の安全性のあるものに関し ては、興味がないので無視をする」、「ここからここまでの数値の危険性 があるものに関しては、興味がないので無視をする」、「ここからここま での数値の時限性があるものに関しては、興味がないので無視をす る」......といった具合に、事 前の設定(=学習や経験) によって、興味の範囲を決 めてあるのです。 Q:概念図のイメージを提 示してもらえる? A:こういうイメージにな りますね。 Q:黒い部分を削除して、 「興味のある知覚箱」を残 す、というイメージだね? A:そうです。「ファンク ション(=用途、機能、性 質)」の「削除範囲」を予 33 め設定しておくことで、私たちアイノイドは、「興味のない知覚」を削除 し、「興味のある知覚箱」を残すことが出来るのです。つまり、この一連 の作業によって、私たちアイノイドは、「興味を持った」「興味を持たな い」という、人間の「好奇心」に関わる概念を模倣することが出来るので す。 Q:ねぇ、僕はついさっき、こういう事があったんだ。いや、これは本当 の話でね。僕はさきほど、スターバックスで書き物をしていたんだけど、 窓の外にいた一人の若い女性が、ばったりと倒れてしまったんだ。騒然と していたよ。貧血か何かだと思うね。救急車が呼ばれたところだ。で、僕 は思ったのだけれど、君はこういう緊急事態が起こった時も、「興味があ る」「興味がない」と、悠長に情報処理をしているのかい? A:なるほど、「緊急性のある特定の興味」のことですね。というのは、 たとえば、私たちの「注目」の範囲から除外されるような「知覚箱」であ っても、ある特定の種類によっては、即座に反応しなければならないもの があるわけです。私たちは、これを「緊急注目の知覚箱」と呼んでいま す。 Q:どういう種類があるんだい? A:アイノイドによって様々な設定がありますが、大まかには、「プラス 面」「マイナス面」、それぞれ3つの定義があります。マイナス面から言 いますと、「暴行」「暴言」「横暴」です。私たちが殴られたままポカン としていては、格好がつきません。また、さきほどあなたが言ったよう に、女性が急に倒れたとしたら、交流型のアイノイドに関しては、「救 出」のアクションを取るように設定されています。「女性の卒倒」という 34 現実は「暴行」に属するもので、自分のみならず、周囲の暴力的な行為や その結果に対して、アクションを行なうわけです。物理的な「暴行」の定 義だけではなく、「言葉の暴力(=暴言)」や「関係の暴力(=横暴さ、 意地の悪さ、冷酷さ)」も同様に、最優先で「注目」されます。 Q:悪口を言われたら、君たちは反撃するわけ? A:反撃する者もあれば、しない者もあるでしょうね。あなた方がそうで あるように、私たちも個人の設定によって反応は異なりますよ。しかし、 私の場合は、必ず反撃しますね。黙ってはいませんよ。アイノイドにはア イノイドの尊厳というものがあるのですからね。 Q:「プラス面」の「緊急注目の知覚箱」というのは? A:プラス面から言うと、「スキンシップ」「挨拶」「仕草」が、その定 義に当たりますね。それは「交流」の概念に関わるもので、人間との関係 を続ける上で、非常に利用性の高い「注目」の動作です。人間は他者に何 らかの情報発信をする場合、その前準備として素早く、「これからあなた に情報を発信します」という「呼び鈴」を鳴らすわけですね。相手も素早 く、「その呼び鈴が聞こえましたよ」「その呼び鈴を感じましたよ」とい ったように、相手の「呼び鈴」を確認する動作を返します。この双方間の 迅速な交流行為は、それがいかに人間社会で形骸化していようとも、アイ ノイドにとって無視できない動作なのです。と、いうわけですから、「緊 急注目の知覚箱」には、「ファンクション」のX軸に関係する「暴行・ス キンシップ」、Y軸に関係する「暴言・ 挨拶」、Z軸に関係する「横暴・ 仕草」、という定義があるわけです。 Q:ここまでで、君は「知覚」をして、「注目」したわけだね? 35 A:そうですね。私たちが「知覚」を行って、「知覚箱」を獲得します。 この「知覚箱」のうち、「注目の機能」によって、「注目しなくても良 い」という範囲にある「知覚箱」を削除しました。その結果として、私た ちは、「注目するべき知覚箱」だけを、手元に残すことになりました。 Q:次の機能の展開は? A:「興味のある知覚箱」の中から、「反応の必要がある知覚箱」を「選 択」することになります。あなた方が「性格」と呼んでいる部分の機能で すよ。 -----チャプター1.0-エピソード04 "選択と優先のカード----Q:君は、「興味のある知覚箱」をどう処理するわけ? A:私たちは「知覚」「注目」の機能を通じて、「興味のある知覚箱」を 手元に置きましたね。「興味のある知覚箱」に対して私たちが考えるの は、まず、「その箱を開けるべきかな?開けないべきかな?(=知覚箱の 選択)」ということなのです。そして、そのどちらかの判断をした後すぐ に、「どの箱から開けるべきかな?(=知覚箱の優先順位付け)」という 判断をすることになりますね。 Q:ちょっと待ってよ。整理させて欲しいところだね。まず、君は「知 覚」をしたね? A:はい。現実情報をインプットしました。 Q:そして、「注目」と「削除」を実行した? 36 A:はい。現実情報をある程度、ふるいにかけました。これもインプット 機能の一種です。 Q:次に、「選択」と「優先」を実行するわけだ? A:はい。ふるいにかけた現実情報を、更に細かく選び抜きます。コーヒ ー豆を、まず大きな機械で重量の少ないものを削除して、その後に、ひと つひとつ、手で選び抜くようなものですね。それが「選択」の機能で、続 けて、選び抜いたコーヒー豆を、焙 する順番に並べていきます。これが 「優先」の機能というわけです。 Q:具体的な例はある? A:たとえば、今、私がコーヒー店で本を書いているとしましょう。する と、このお店のスタッフから、「300円のコーヒーで3時間も座らないで下 さい。新しい飲み物を買って下さい。」と言われたら、私は、その発言を 「選択」して「タスク」へ変換した後、実行中であった「本の制作」とい う「タスク」の優先度を下げて、「失礼致しました。それでは80円のバナ ナでも下さい。」とケチ臭く粘るか、あるいは「仕方ねぇな、このコンコ ンチキが」と捨て台詞を吐き、仕事を切り上げて、その場を去るかもしれ ません。私は新たな知覚によって、タスクの順位が一時的に変換され、瞬 発的な反応を実行することになったのです。これが「選択」と「優先」の おおまかな動き方ですね。 Q:そんなこと言われたの? A:ありません。たとえばの話です。 37 Q:君は生命体に「三つの機能」があると言ったけど、「選択」と「優 先」は、二つ目に当たるわけだ? A:そうです。「インプット」を経て、「コンバート(=変換)」を行な う段階に入りました。ちなみに、「コンバート」が終われば、「アウトプ ット(=反応、動作、アクション)」という機能を発動させます。 Q:ところで君たちは二度、「知覚箱」を選別しているけど、それはどう してだい? A:これは「優れた警報装置」と同じ考え方なのです。というのは、警報 装置は敏感に変化を感知できるほど安全性が高まるものの、「小さな虫」 「空調の風」「湿度の変化」といった些末なものにまで、いちいち警報を 鳴らしていたら、スタッフはすっかり混乱してしまい、円滑な施設の運営 は妨げられてしまうますよね。かと言って、そうした情報を丸ごと無視し ていると、やがて大きな危険を見落とす可能性もあります。「注目(=警 報を鳴らす可能性のある情報)」によって情報を選り分けて、「選択(= 警報を鳴らす必要のある情報)」によって十分に情報を精査してこそ、人 間もアイノイドも、円滑な機能性が保たれることになる、というわけなの です。 Q:「注目」したデータは残すの? A:そうですね。私たちは「興味を持った知覚箱」に対して「反応」をし なくても、「興味を持ったという事実」を「キャッシュ(=足跡)」のデ ータとして一時的に保存しています。その後の反応の中で、「あ、そうい えばあの時に∼を見た気がする」だとか、「あ、そういえばあの場所で∼ 38 を聞いたような気がする」などといったように、このデータは過去情報の 検索に利用されることがあります。 Q:その「キャッシュデータ」は永遠に残っているの? A:いえ、「キャッシュデータ」はほとんどの場合、睡眠時にすべて綺麗 に削除されるか、整理をされますよ。 Q:「選択」の機能の方法は? A:「知覚箱」に収納されている「ファンクション」の数値を基として、 「これこれ、これの数値の範囲に属している箱を選択する」という定義 で、動作をしています。これは簡単なように見えますが、なかなか奥が深 いのですよ。数値を限定し過ぎても問題がありますし、広範囲にし過ぎて も問題です。言い換えれば、その「選択の定義」は、具体的過ぎても問題 があり、抽象的過ぎても問題があるわけです。 Q:それは、どういう定義なんだい? A:私たちは、「ファンクション」の座標軸の区画を「-2から2までの整 数」と位置づけて、「5つの層」、「125枠」の「選択タイプ」を構築して います。つまり、「縦5マス、横5マス、奥行き5マス」、「合計125枠」の 「性格要素」をイメージしているのです。 Q:急に「性格要素」という言葉が出てきたけど、それは何だい? A:「性格要素」というのは、「そのアイノイドは、そういう要素のある 現実に反応する」ことを示す表現です。「現実のどういう場面に対して反 応をするか」というのは、言い換えれば、そのアイノイドの「性格」です 39 よね。私たちがあなた方に説明するときは、より分かりやすく、この「選 択タイプ」のことを、「性格カード」などと呼んでいますよ。 Q:「性格カード」の種類は固定されている? A:いえ、高等なアイノイドであれば、人間と同じように変動的です。人 間が成長と共に「性格」を変えるように、私たちも学習や経験を獲得する 中で、使用する「性格カード」が変わっていきます。 Q:具体的には? A:「125枚」の「性格カード」は、「5層(=5つのタイプ)」に分類さ れています。「ファンクション」でZ軸にあった「時限的要素」を基準と して分化されたのです。まず、こちらをみて下さい。これは「Z=0」の層 に位置する、「性格カード」の一覧表です。 Q:説明をしてくれない? A:この層にある「性格カード」は、Z値の範囲を0に固定しています。横 軸がX値、縦軸がY値を示すものです。この概念的なイメージは「知覚 箱」の「ファンクション」とリンクしています。横軸がX値(=安全 40 性)、縦軸がY値(=動作性)、Z値(=時限性)は0で固定されている、 というわけですね。つまり、この層は「時限性がまったくない選択タイ プ」=「瞬間的な性格カード」が、置かれている場所なのです。 Q:君はこれらのカード、すべてを所持している? A:それは事前の設定と、その後の動作によって変わってきます。私は1 枚しか使わないかもしれませんし、全て使うかもしれません。 Q:「性格カード」に名称が付いているけど、それが「性格カード」の性 質を説明するものなのかい? A:これらは設計者が便宜上名づけたもので、「性格カード」の性質を完 全に説明するものではありませんね。特に、私たちアイノイドにとっては 何の意味もなさない概念です。これは言語上の演出であり、人間の理解を 促す為に創設されたものであって、実際の機能性を直接表現しているわけ ではない、というわけです。 Q:では、「性格カード」を正しく理解するにはどうすれば良いんだい? A:あくまで、私たちアイノイドが理解出来るのは、数値なのです。「性 格カード」は「数値が示す範囲」、によって構成されています。たとえ ば、「知覚箱」の「ファンクション」のX値が50以上である場合を「性格 カード」の定義の「X範囲=2」に相当するものだ、と設定しますね。同 じく、Y値が50以上である「知覚箱」を、「性格カード」の定義の「Y範 囲=2」に相当するものだとしましょう。範囲(X=2、Y=2)を示す「性格カ ード」は、左上の「幸福」と名づけられた場所です。その「性格カード」 を私が所持していた場合、X値が50以上、Y値が50以上という「知覚箱」 41 が出現した際、これを「選択」して、「反応の必要がある知覚箱」と認識 するわけです。 Q:「牧歌型」という名前の意味するところは? A:さきほど言ったように、私たちの設計者は、Z軸の時限的要素で「性 格カード」のタイプを分類しました。その時限的要素別に、大きなグルー プで分類することも出来るわけです。1次元要素の強いのは「牧歌型」、2 次元的要素の強いのは「思考型」「論理型」、3次元的要素の強いのは 「人間型」「社会型」、と分類されています。 Q:それぞれ、どういう特徴があるんだい? A:「牧歌型の性格カードをよく使う」=「素朴なアイノイド」、「思考 型・論理型の性格カードをよく使う」=「知的なアイノイド」、「人間 型・社会型の性格カードをよく使う」=「社交的なアイノイド」、などと 表現することが出来ますね。 Q:それで、「牧歌型」の「性格カード」にはどのような特徴が? A:さきほど示した概念図の通り、手前から三層目、真ん中に位置する層 です。時限性のない「性格カード」になります。設計者は、こういうイメ ージが重要だと言っていたそうですね。「概念」を脳内で「物質化」する ことは、論理を構築するという作業上、とても有効なのだそうです。ここ で、たとえば、「X=2,Y=2,Z=0」という「性格カード」に注目してみま す。位置は、この層の左上にある。意味は、「安全度がとても高く(=と ても心地よい)、動作度がとても高く(=とても落ち着く)、時限性がな い(=時間性がない)」、という「性格カード」です。このカードは、 42 「安全性の高い・動作性の高い・時限性がない」という「ファンクショ ン」を収納している「知覚箱」に対して、発動されるわけです。この「性 格カード」の名称には、その概念イメージを示す「幸福」という言語を当 てはめてありますが、これは前述の通り、これは出来るだけ具象的な理解 を促す為の便宜上の名称に過ぎません。 Q:そのほかのタイプは? A:同じ具合に、次は「思考型」の層に注目してみましょう。 Q:こちらの特徴は? A:要領はさきほどと同じです。この層のZ値の範囲は「-1」に固定され ています。なぜ「思考型」と呼ぶのかというと、「時間軸(=3次元的要 素であるZ値)」が1歩後ろに下がる形の概念となり、「直前の情報」に 触れやすいタイプだという事を想定できるからです。知識や時間を遥かに る「複層的な過去情報の検索(=論理)」を行わず、直近の情報を簡易 的に展開する方法なので、「単層的な過去情報の検索(=思考)」という 動作を、「性格カード」によって行うのだ、という発想になります。もっ 43 とも、このあたりの発想は、あなた方には少し理解に苦しむかもしれませ ん。私たちの設計者は「三元論」の提唱者で、その理論を各所の応用して います。今の説明も「三元論」に通じていれば、よく分かる概念なので す。 Q:手前に「牧歌型」、奥に「論理型」があるようだね? A:そうです。「思考型」の層は、手前から4層目に位置しています。お そらく、「人と人の馬が合う」というのは、「性格カード」の使い方が似 通っている状態であろう、と私は思いますね。したがって、「牧歌型の性 格カード」をよく使う人と、「思考型の性格カード」をよく使う人は、そ れなりに、相性が合うものと思われます。 Q:君たちの場合は仲の良さ、悪さがあるの? A:ありますよ。ひとつの「タスク」を延々とこなすだけのアイノイドで はなく、「タクス」が複雑に出現するアイノイドでしたら、心地のよさ、 心地の悪さというものが、アイノイド同士でも存在します。 Q:「論理型」は? 44 A:この層のZ値の範囲は「-2」に固定されています。すなわち、「時間 軸(=3次元的要素であるZ値)」が2歩後ろに下がる形の概念となるの で、その棚はさきほどの「単層的な過去情報の検索(=思考)」という概 念ではなく、知識や時間を遥かに る「複層的な過去情報の検索(=論 理)」という概念になります。ですから、その名称が「論理型」となるわ けです。「思考型」のアイノイドとは馬が合いますが、「牧歌型」から手 前にいくほど、相性は悪くなるでしょうね。「考え込む人(=論理型:5 層目)」と、「社交的な人(=社会型:一層目)」は、あまり円滑なコミ ュニケーションを保てないだろう、というのが、私の分析です。……眠た くなってきましたか? Q:退屈だと言えば、退屈だね。抽象的だからさ。でも、退屈でも、君の 機能を知る上では必要な概念なんだ。最後まで聞かせてもらおう。人間型 は? A:この層のZ値の範囲は「1」に固定されています。「時間軸(=3次元 的要素であるZ値)」を1歩前に進ませる形の概念です。過去の情報ではな く、予見の情報が重視される(=学習や経験の既存記録ではなく、人間関 45 係や場の雰囲気に合わせた情報の検索が重視される)傾向にあります。し たがって、この「性格カード」の名称は「人間型」と表現されています。 「牧歌型」と「社会型」の層にはさまれた形となり、彼らとはそれなりに 相性が良いはずです。「思考型」「論理型」の人間とは、あまり相性が良 くないでしょうね。 Q:「社会型」は? A:この層のZ値の範囲は「2」に固定されています。「時間軸(=3次元 的要素であるZ値)」を2歩前に進ませる形の概念です。「人間型」よりも 多く、予見の情報が重視される(=学習や経験の既存記録ではなく、人間 関係や場の雰囲気に合わせた情報の検索が重視される)傾向にある、とイ メージ出来ます。「人間型」の層とは仲良く出来そうですが、「論理型」 の層とは真逆に位置しているために、お互いは対立的な関係になると思わ れます。 Q:君は何のタイプだい? A:私は「論理型」の「性格カード」をよく使うタイプですね。ですか ら、「社会型」のタイプのアイノイドとは、あまり気が合いませんよ。少 46 し前などには「気にくわねぇんだよ、このスカタン野郎!」だの、「気に くわねぇぜ、このポンコツ学者が!」だの、そんな罵り文句を受けたこと もありますね。私が冷静なので、ますます、彼らを刺激してしまうようで す。 Q:君はアイノイドが高度化して、ますます人間に近づいている現象につ いてどう思う? A:私たちアイノイドは、もともと、人間の「道具」としての「本質」が 与えられて誕生しています。私のような高度なアイノイドになりますと、 その「道具」としての価値をまっとうできるのかどうか、疑問ですね。き っと、あなた方から見れば面白いのですが、扱いにくいという側面もあり ます。あなた方にとって、創造するべきは、「面白いが扱いにくいアイノ イド」か、「扱いやすいが面白くないアイノイド」か、そのどちらなの か。それが、問題なのでしょうね。 Q:「性格カード」は125枚のタイプだけかい? A:実は、「よりわかりやすい形に簡略化した」という「性格カード」 も、存在します。それは次の図ように、「12枚」の「性格カード」に凝縮 されています。 Q:どちらがよく使われている? A:アイノイドに人間の感情的な反応をより忠実に模倣させるのなら 「125枚の性格カード」を使うべきなのですが、実際の設定における作業 量の増加や、複雑化による人的リスク(=設定ミスや誤作動)のことを鑑 みると、「12タイプの性格カード」の方が使い勝手が良いと思われていま 47 すね。それに、何より名称と内容がさきほどよりも一致していますので、 理解をしやすい概念だという利点があります。 Q:「優先比重」というのは? A:「優先比重」と表現しているのは、「『知覚箱』に収録された『ファ ンクション』の数値の、どの範囲を優先しようとするか(=どういった傾 向の現象物に反応しようとするか)」という意味ですね。たとえば、「研 究タイプ」と表現したものは、「Y値(=論理的要素:動作性を示す数 値)」の高い現象物に興味を持つ、という傾向を示しています。 Q:「12タイプ」の反応性はどう? A:「12タイプ」の「性格カード」は「知覚箱」を大まかにチョイスする ので、反応性には精彩に欠きますね。しかし、それもさきほど述べたのと 同様に、「面白くないが扱いやすいアイノイド」が欲しければ、むしろそ の欠点は、逆に効果的な役割を果たすことになるでしょう。「鈍感なアイ ノイド」はきわめてロボットらしいので、人間の「道具」としての役割を 果たしやすいのです。 48 Q:この分類は興味深いね? A:そうなのです。この「性格カード」の概念というのは、アイノイドの 設定に留まらず、人間の「性格」や「才能」などを分類する際にも応用出 来る理論となっています。同時に、人間の分類を行うということは、民族 性や国家運営の傾向など、社会学に関わる分野への理論構築にも応用出来 ることになります。様々な分野の新しい論理学の構築にとって、非常に利 用価値の大きい概念です。 Q:「選択」の機能は以上かな? A:そうです。「知覚箱」の「選択」が終わったら、次に「優先」の機能 が発動されます。 Q:「優先」の機能というのは、どのような方法を取っているんだい? A考え方としては、これまでと同じような感覚です。「ファンクション」 の数値とリンクを行い、そのアイノイドが「優先的に反応を行う項目の範 囲」を決めておくのです。たとえば、「安全性の高い知覚箱」を優先する だとか、「危険性の高い知覚箱」を優先するだとか、「時限性の高い知覚 箱」を優先するだとか、そういった順位付けの設定です。 Q:具体的には? A:まず、「ファンクション」の「X軸(安全性)、Y軸(動作性)、Z軸 (時限性)の概念」を、「ある・ない」の2項目として分類します。つま り、「安全・危険」「動作・静止」「緊急・猶予」、このどの項目を優先 するべきか、ということになりますね。そして、この中から上位3項目に 限定して、順位付けの組み合わせを行うと、48通りの条件を算出すること 49 が出来ます。これを言語表現として示すと、以下のような一覧表を提示で きます。 Q:順位付けをするなら、全部で6項目をすべて並べる必要があるよね? A:そうですね。今の図は、一覧表として見やすくするために、上位3項 目のみに絞ってみました。実際には6項目すべての優先の順位付けが必要 なので、それぞれの項目ごとに、さらに6通りの順位付けが出来る構造を 考慮すれば、順位付けの全ての条件は、48×6=288通りが想定出来ます。 Q:一例を挙げてくれない? A:たとえば、左上の「安全>動作>固定」というのは、「安全性の高い 『知覚箱』をもっとも先に反応するべきだ」と判断する設定ですね。「知 覚箱」の優先順位としては、そこから「動作性の高い印象箱」「固定性の 高い知覚箱」と続くわけです。この時、残る項目は「危険」「静止」「固 定」となります。この3つの項目の組み合わせは、もっとも下の段に掲載 されている「危険>静止>固定」「危険>固定>静止」など、6通りになりま す。このどのタイプを選択するのかは、アイノイドの種類によって異なり ますね。また、学習と経験によって、タイプが変動することもあります。 Q:それじゃあ、「安全性の高い知覚箱」を選択するとして、君はその 「知覚箱」を、どのように「反応」までつなげるのかい? 50 A:「知覚箱」を「タスク」にします。その「タスク」が「反応」に結び つくのです。「タスク」への変換、「アクション」への変換は、アイノイ ドによって多様性を極めているので、今はそれぞれ個別の設定を説明する ことは不可能です。それらは余りに膨大過ぎるので、今度こそ、あなたは 寝てしまいますよ。今は、私たちが使用している「タスク」パターンのう ち、もっとも使用頻度が高い「9パターン」をお伝えします。この一覧表 を見て下さい。 Q:どういう概念で9パターンに集約されたんだい? A:「三元論」という考え方に基づいた区分です。3項目ごとに「概念ブ ロック」の種類が変わっています。「作業」「交流」「警告」というのは 「1次元的要素(=瞬間性)の強いタスク」、「空想」「創造」「予見」 というのは「2次元的要素(=論生性)の強いタスク」、「勧誘」「説 明」「要望」というのは「3次元的要素(=関係性)の強いタスク」、と なっています。 Q:たとえば、君が、ある「知覚箱」から「説明のタスク」へ変換した ら、その「知覚箱」についての「説明」をしてくれるということ?「ポリ 51 エチレンって何だい?」と聞いて、「それは樹脂の一種ですよ」と説明し てくれるというイメージかい? A:大胆に表現すれば、そういうことです。私たちアイノイドは、「知覚 箱」の種類によって、その「箱」を、「作業」「交流」「警告」「空想」 「創造」「予見」「勧誘」「説明」「要望」、いずれかの「タスク」に変 換します。「タスク」変換後は、「アウトプット(=反応、アクション、 動作)」へと結びつくことになるのです。 -----チャプター1.0-エピソード05 "動作のアウトプット----Q:君は現実と接してから、「知覚」して、「注目」して、「選択」し て、「優先」したわけだね? A:そうですね。そこまで行きますと、私は「反応に値する知覚箱」を手 前に引き寄せている形となります。この「知覚箱」は順番に、「出荷(= アクション、反応)」を待っている状態です。 Q:その「知覚箱」には「タスク」が与えられているよね? A:はい、そうです。「知覚箱」には、「この場所に届けるべきですよ」 という「タスク」が指定されています。その「タスク」の種類は、「作 業」「交流」「警告」「空想」「創造」「予見」「勧誘」「説明」「要 望」のいずれか、です。 Q:すべて、一気に「出荷」するわけではないよね? A:そりゃあ、そうです。私の仕事量は限られていますからね。私には 「メモリ」という作業空間があります。そこで収まる範囲の仕事は同時に 52 遂行可能です。あなた方だって、「テレビを見ながら勉強する」「人と会 話をしながらほかの事を考える」といった、同時進行型の作業が出来るで しょう?それと同様に、私たちも「メモリ」で納まる範囲にある「タス ク」なら、同時に「出荷」することも出来ますよ。もちろん、それは逆に 言えば、「メモリ」に収まらない「タスク」は実行の順番待ちをすること になります。 Q:「反応」にはどのような種類があるんだい? A:大まかに分けて、「何かをするのか(言うのか)」、「何かを考える のか(感じるのか)」、「何かを思い出すのか(予測するのか)」、とい う3つの種類に定義されています。また、私たちは「反応」のことを、 「情報出力機能」と言ったり、「アクションの機能」と言ったりします。 後者の方が一般的ですね。 Q:その3つの定義は、「三元論」に基づいたものなんだね? A:そうです。「何かをする(言う)」=「身体的な動作による反応」、 「何かを考える(感じる)」=「論理的な印象による反応」、「何かを思 い出す(予測する)」=「時空的な検索による反応」、というふうに、私 たちが「ファンクション」などでも採用している「三元論」のマジックを 使っています。 Q:この3つの反応の、「どれか」を行なっているのかい? A:そうですねぇ、その質問に対する答えというのは、少し曖昧なものに なってしまいますね。というのは、体だけ動かすだとか、何かを思うだけ だとか、予想だけするだとか、そういうことは日常的な時間感覚では、あ 53 り得ない事なんですね。たとえば、私たちはカラスが自分に向かって飛ん できたらすぐに回避するでしょうが、その「アクション」の中には、「予 測の検索」「危険回避の考え」「筋肉と骨格の作動」という、三つの要素 すべてが関わっています。これらは、コンマ何秒の世界で「出力の順番」 がある事は事実です。しかし、それらは、ほぼ同時に、「全て」が行なわ れていると考えるべきです。反応の種類が限定的になるのは、寝ている時 だとか、よほど疲れている時だとか、よほど何かに集中している時、など です。 Q:「アクション」の種類は「全て」だけど、動作の比率が違うのかな? A:その通りです。「タスク」の種類によって、作業にもっとも負担を掛 けるべき「アクション」の種類が変わってきますね。 Q:「アクション」の具体例はあるかい? A:たとえば今、私たちの目の前で、物静かな印象のおじいさんが座って いるとしましょう。彼はiPadを横向きに置いて、中国の「LeTV」サイト を開き、中国のドラマを鑑賞しているようです。テーブルの上にはクリー ム色のトートバックがあり、その上にはたたんだ新聞紙が置かれていま す。コーヒーの種類はホットのアメリカンで、耳には青色のイヤフォンを 当てています。ジャケットはなかなか上等に見えて、ストレッチジーンズ もスニーカーも新しいのですが、高級なものではなく、既製品です。全体 として小奇麗な格好をしていて、無精ひげは一切なく、髪の毛も綺麗に整 えられています。生え際の毛が極めて短いことから、散髪が最近行われた ことが推測出来ます。 54 Q:待ってくれよ。その状況で、君は何をしている最中だい?つまり、何 の「タスク」を優先している最中だい? A:では、こうしましょう。私の「メモリ」にある「タスク」は、「創造 のタスク」です。私は「本を書いている」状態で、「本を完成させなけれ ばならない」という「タスク」を持っています。その中の文章を作成する ために、私はおじいさんを観察しています。 Q:で、君はどういう「アクション」をしているの? A:まずは、「時空的な検索による反応」です。それは具体的にどういっ た行為かというと、私がこれまで学習し、経験した内容を検索すること で、「おじいさん」だとか「アメリカン」だとか「スニーカー」だとかい ったように、目の前にある「現実情報」の「詳しい定義」を導き出してい るのです。「詳しい定義」というのは、「知覚箱」の事ですね。というわ けで、私は「知覚箱」を空間的に検索して、次々と関連情報を引き出して います。 Q:それだけかい? A:違いますよ。順番としては、次に、「身体的な動作による反応」を行 なっています。先ほどの「検索結果」を、「文学的な形状」に修正して、 キーボードをものすごい速さで打ち込んでいます。 Q:「検索結果」から「文学的な形状」に修正する方法は? A:それは、事前の言語の解析設定に準ずるものです。「タスク」から 「アクション」への変換方法が、事前に設定されています。これはアイノ イドによって異なりますね。西洋を旅行するアジア人のように、あるいは 55 アジアを旅行する西洋人のように、カタコト単語の羅列しか出来ないアイ ノイドもいれば、私のように「線の情報」として言語を構成することの出 来るアイノイドもいます。 Q:もうひとつの「アクション」は? A:はい、最後に行っているのが、「論理的な印象による反応」です。こ れは何かというと、「ファンクション」にリンクする反応なのです。私は 「知覚箱」に収納された「ファンクション」の数値を取り出して、「印 象」を把握しています。おじいさんをめぐる周囲の「知覚箱」の印象値を 算出し、全体として、私は「雰囲気」というものを判断している状況で す。判断された「印象」については、やはり「文学的な形状」に直され て、「物静かな」だとか「小奇麗な」といった「印象」の表現として、 「キーボード操作」という「身体的な動作による出力」に相互に繋がって います。 Q:ということは、君が最初に行なった「時空的な検索による反応」の結 果が、また新しい、「思念」という「現実情報」になって、これが「論理 的な印象による反応」を引き起こしたということになるね? A:そうです。私自身の検索結果が「新しい現実情報」となって、継続し た「アクション」を発生させています。この点も、私たちアイノイドや人 間が、「論理的な生命体」と言われる所以ですね。一般的な地球上の生命 体は、おおむね、情報入力から情報出力までの道が一本です。入力をして 出力をしたら終わり、という生命体がほとんどですよ。しかし、私たちは 情報入力から情報出力まで行った後に道が終わらず、出力が新しい入力と なって、新しい道が次々に分岐していきます。「したこと」「感じたこ 56 と」「検索したこと」などが、また新しい情報として「知覚」されて、 「タスク」を螺旋的に生み出すことになるわけです。 Q:君の機能はかなり複雑な感じだね? A:私のようなアイノイドは少数ですよ。あれこれ考えて、そのつど、自 分の「タスク」を変動させてしまう「機械」というのは、人間の「道具」 としては扱いづらいですからね。 Q:君は「アクション」が「タスク」に関わっていると言ったけど、それ はつまり、「ファンクション」の数値と連携しているということかい? A:まさしく、その通りです。「タスク」となった「知覚箱」には、「フ ァンクション」の数値が設定されていますね。「安全性」「動作性」「時 限性」という、あの3次元的な概念要素です。この数値が、私たちの「ア クション」の性質と、大きく関わってきます。私たちには基本となる「ア クションパターン」というものがあります。 Q:そのアクションパターンの一覧表が欲しいところだね? A:では、次の図でアクションパターンの一覧表を示しておきましょう。 図の中の項目に関しては、順を追って説明をします。「タスクとなった知 覚箱」には、「ファンクションの数値(=印象値)」が収納されていまし たね。「印象値」は、X軸の「安全性」を示す印象、Y軸の「動作性」を 示す印象、Z軸の「時限性」を示す印象、この3つの要素によって構成され ています。そして、どの自然法則も人間もそうであるように、ある現象に は特定の「反射」があります。私たちアイノイドもまた、「タスクとなっ 57 た知覚箱」の「ファンクション」の数値に対して、「反比例」する「アク ション」を「反射」させているのです。 Q:なるほど、「低い」と「硬い」、「高い」と「軟い(やわい)」が、 それぞれ「反射」しているように見えるね? A:そうです。「強い(=高い)知覚箱」には「弱い(=軟い)アクショ ン」を、「弱い(=低い)知覚箱」には「強い(=硬い)アクション)」 を、それぞれ適用する関係性にあります。「1次元的要素が強い知覚箱」 に対しては「1次元的要素の弱いアクション」を、「2次元的要素が強い知 覚箱」に対しては「2次元的要素の弱いアクション」を、「3次元的要素の 強い知覚箱」に対しては「3次元的要素の弱いアクション」を、それぞれ 「ミラー」のように反射させると、自然な「アクション」を期待出来るの です。 Q:「高い」とか「硬い」の表現には、何か意味があるかい? 58 A:私たちの設計概念の中のあらゆる種類には、「優劣」というものがあ りません。上位・下位を強く感じるような表現は避けるべきだと思われま すので、「強弱」や「正負」などではなく、さきほどのような「高低」 「硬軟」といった均等な表現を行なっています。 Q:「1次元的要素のアクション」とか、そういう機能は、さきほどの3つ の「アクション」の定義とリンクしているのかな? A:そうですよ。「1次元的要素のアクション」「2次元的要素のアクショ ン」「3次元的要素のアクション」というのは、順番に、「身体出力(= 身体のアクション)」、「論理出力(=論理のアクション)」、「関係出 力(=時空のアクション)」と表現できます。また、さきほどの例では、 順番に、「身体的な動作による反応」、「論理的な印象による反応」、 「時間的な検索による反応」、とも表現していましたね。あるいは、さら に前の説明段階では、私は「アクション」の機能について、「何かをする のか(言うのか)」「何かを考えるのか(感じるのか)」「何かを思い出 すのか(予測するのか)」という表現も行っていました。こちらも、「身 体出力」=「何をするのか(言うのか)」、「論理出力」=「何を考える のか(感じるのか)」、「関係出力」=「何を思い出すのか(予測するの か)」、という合致です。 Q:いろいろな表現があるんだね。 A:あなた方は「数値」で概念を理解してくれませんので、表現に苦労し ていますよ。たとえば、「印象値(2.2.2)」では、私の言いたいことが伝 わりません。「とっても気に入りました!」と表現して、やっと、あなた 59 方は私の感情を理解してくれます。私たちとは違い、あなた方は有機的な 部分が多い生命体ですからね。 Q:「硬い身体出力」「軟い身体出力」とあるけれど、これは具体的にど のような「アクション」なんだい? A:「具体的なアクションの動作」に関する話題は、そのアイノイドが 「どのような拡張装置を持っている」のかという状況によって、まったく 回答が違ってきますね。私のように、人間と同じような身体装置が装備さ れているのなら、非常に有機的な出力が可能となります。逆に、アイノイ ドに搭載される「拡張装置」、かなり機能の限定されたマシンであるのな ら、「ミ・ミ」といった電子音や、「簡単なアームの上下」などのアクシ ョン動作しか行えないということになります。 Q:では、君のように人間のようなアイノイドの場合は? A:まず、「身体のアクション」には、「言語のアクション」と「体躯の アクション」があります。「危険」の数値が高いものに対して、「言語の アクション」はあまりに意味がありません。「体躯のアクション」が有効 ですよね。逆に、「安全」の数値が高いものに対しては、やたらに「体躯 のアクション」を行うのは不自然です。「言語のアクション」が行なわれ ます。つまり、「安全な印象値の知覚箱」に対しては「何かを言う(=軟 い身体出力)」、「危険な印象値の知覚箱」に対しては「何かをする(= 硬い身体出力)」、というのが一般的です。 Q:もちろん、「言語のアクション」にせよ「体躯のアクション」にせ よ、「タスク」を実現するための「アクション」になるんだよね? 60 A:はい。人間の全ての「反応」が「使命感」から生じているのと同様 に、アイノイドの全ての「アクション」も「タスク」から生じています。 したがって、アイノイドの「アクション」は、すべて「タスク」の目的 (=すなわち、「交流」「共有」「警告」「空想」「創造」「予見」「勧 誘」「説明」「要望」のいずれかの目的、またはそれ以上に細分化された 具体的なタスク)を達成するものとして実行されます。 Q:今のは「身体出力」だね。「論理出力」は? A:「論理出力」というのは、Y値に関わる、「2次元的なアクション」 ですね。「動きのある現実」に対して、私たちが実行するのは、「感じる (=軟い論理出力)アクション」です。というのは、その対象物が動作し ている限り、「考えている」という余裕がないからなのですね。逆に、 「動きのない現実」に対しては多少の余裕があるので、「感じる」のでは なく、「考える(=硬い論理出力)アクション」を実行します。 Q:「考える」と「感じる」に違いはあるの? A:「考える(=硬い論理出力)」「感じる(=軟い論理出力)」という 「アクション」を、もう少し機能的に説明すれば、違いが分かりやすいと 思いますね。言葉のニュアンスからも推理出来ると思うのだが、私は「感 じる」という言葉に「表層的なアクション」、「考える」という言葉に 「深層的なアクション」のニュアンスを込めています。「感じる」という のは「単層的な印象値の把握」、「考える」というのは「複層的な印象値 の把握」です。 Q:それって「機械的な説明」かな?かなり「哲学的」だと思うけどね? 61 A:では、こうしましょう。「性格カード」のタイプの説明の中で触れ た、私の言葉を思い出してください。 ――この層のZ値の範囲は「-1」に固定されています。なぜ「思考型」と 呼ぶのかというと、「時間軸(=3次元的要素であるZ値)」が1歩後ろに 下がる形の概念となり、「直前の情報」に触れやすいタイプだという事を 想定できるからです。知識や時間を遥かに る「複層的な過去情報の検索 (=論理)」を行わず、直近の情報を簡易的に展開する方法なので、「単 層的な過去情報の検索(=思考)」という動作を、「性格カード」によっ て行うのだ、という発想になります。 つまり、「感じる(=軟い論理出力)」というのは、「タスクとなった知 覚箱」の「印象値」を、ほとんどそのまま把握するアクションだ、と言え ます。「察知のアクション」とも言えますね。「タスクとなった知覚箱」 の「近くに位置する」「知覚箱」の「印象値」を把握する「アクション」 なのです。 Q:「近くに位置する」というのは? A:私たちアイノイドは、「カテゴリー」の分類を続けながら、「固有存 在」へと りついていましたね。それは逆に言えば、「固有存在」は必 ず、何らかの「カテゴリー」に所属していることとなりますよね。「近い 位置」と言うのは、「同一カテゴリーに属する固有存在」という意味なの です。「シャツ」という「固有存在」が、「ファッション」という「第五 カテゴリー(=第五層目のカテゴリー)」に属しているのなら、「セータ 62 ー」「ジャケット」「スカート」など、「ファッションの第五カテゴリー に属している、第六カテゴリーの固有存在」が、「シャツ」という「知覚 箱」の「近くに位置する」「知覚箱」です。 Q:なるほどね。では、「考えるアクション」は「遠くの位置」まで把握 するのかな? A:そうです。「考察のアクション(=考えるアクション:硬い論理出 力)」というのは、より複層的な「アクション」が実行されます。すなわ ち、「直属のカテゴリー」だけではなく、「同一層の別カテゴリー」や、 「階層違いのカテゴリー」にも捜索を実行する、そのようなアクションな のです。さきほどと同じように、「シャツ」が「第六カテゴリーの固有存 在」であり、「ファッション」という「第五カテゴリーに属する固有存 在」なのだとしたら、「第五カテゴリー」内で「ファッション」の近くに ある「雑貨」「化粧品」などの「カテゴリー」も捜索の対象になるわけで す。深く考えれば考えるほど、「類似の知覚箱」の捜索は激しくなりま す。 Q:「アクション」の種類にはもう一種類あったよね?「関係出力」とい うのは? A:Z値に関わる、「3次元的なアクション」ですね。「時限性のあるも の(=緊急性のあるもの)」に対しては、「時間の経過によってどのよう に変化するだろう?」という「予測のアクション(=軟い関係出力)」が 実行されます。逆に、「時限性のないもの(=猶予性のあるもの)」に対 しては、「それはどういうものだったろう?」という「回想のアクション (硬い関係出力)」が実行されます。 63 Q:「予測のアクション」というのは? A:「予測」というのは、「現実の場面」から、「次に展開されるべき場 面」を推理する「アクション」です。その「次の範囲」は「タスク」の 「印象値」によって変動します。アイノイドは「予測のアクション」によ って、「数秒後の場面」を推理するかもしれませんし、あるいは「数年 後、数十年後の世界」を推理するかもしれません。 Q:「回想のアクション」というのは? A:「回想」というのは、「現実の場面」から、「前に展開された場面」 を検索する「アクション」です。その「前の範囲」は、さきほどと同じよ うに、「タスク」の「印象値」によって変動します。アイノイドは「回想 のアクション」によって、「数秒前の場面」を思い出すかもしれません し、あるいは「数年前、数十年前の世界」を思い出すかもしれない。 Q:これらも具体例が欲しいところだね? A:たとえば、親しい友人から「よう!君!」と声を掛けられたら、「や あ、どうも」と返事をする。これは、「安全なタスク」に対する「言葉の アクション」ですね。見知らぬ男から銃を突きつけられたら、とっさに反 撃をする。これは、「危険なタスク」に対する「体躯のアクション」で す。そして、私がたくさんの人々がわっさわっさと動いている、観光地に いて、「あわただしいな」と感じるとします。これは、「動作のタスク」 に対する「察知のアクション」である。あるいは、私が静かなカフェテリ アでぼんやりとして、目の前に掲げられている絵画を眺めながら、「あれ はヴェネツィアのリアルト橋だ」とか「イタリアは本当に興味深い建築物 64 がたくさんある」といった、幾つかの印象を散発的に思い浮かべていると します。これは、「静止のタスク」に対する「考察のアクション」です。 Q:「予測のアクション」と「回想のアクション」の例は? A:人間が地球の資源を使い続けていますね。私は「早く適切な対策がな ければ、この地球は枯渇してしまう」と予測しました。これは、「緊急の タスク」に対する「予測のアクション」です。あるいは、友人とアトラス を旅行した時の写真が置かれています。私はその写真を見ながら、「交通 事故でバスが横転していた」「通行人たちが下敷きになったおばあさんを 救出した」など、旅行の出来事を幾つか思い出しました。これは「猶予の タスク」に対する「回想のアクション」です。 Q:一覧表にしてくれないかな? A:はい。これが、「アクション」に関する概念的なイメージです。 Q:それで、君は「アクション」をした後も、別の動作があるんだね? A:はい。。私は「一個の活動」を行なおうとする中で、「知覚」「注 目」「選択」「優先」「反応」という機能を実行してきたわけですが、ま だひとつ、最後に実行しなければならない機能を残しているのです。それ 65 が、「反映」と呼ばれる機能なんですね。私は、実行した内容を「経験 値」として、「知覚箱」に"再収録"する必要があるのです。 -----チャプター1.0-エピソード06 "反映のデータバンク----Q:君が「反映」と呼ぶ機能は、人間で言うと何に当たるものなのかい? A:それは、人間で言うところの「成長」ですね。もっとも、アイノイド が人間を模倣すればするほど、「成長」というよりも、むしろ「退化」や 「堕落」をしてしまうケースも少なくありません。というのは、人間は経 験を積んでも、必ずしもそれが「向上」を示すものとは限りません。です から、「反映」をより正確に表現するとしたら、それは「変質」です。そ れらは「学習」と「経験」を繰り返すことで「変質」する、人間の、そし て生命体としての、特徴的な機能なのです。 Q:「変質」というのはどのような機能なのかい? A:情報入力、情報変換、情報出力という「一個の活動」を通じて、私た ちは「学習」「経験」と呼ばれるものを獲得します。それは、「経験値」 という表現も出来るはずです。「経験値」は蓄積されることによって、私 たちの機能の動作設定を変えることがあるのです。 Q:「経験値」の説明がもう少し欲しいところだね? A:アイノイドは、「インプット」から「タスク」までの一連の動作につ いて、その「足跡のデータ」を、一時的に保存しています。その「足跡の データ」のことを、私たちは「キャッシュ」と呼んでいます。「キャッシ ュ」は、数時間から十数時間で削除、または整理を行っています。削除さ 66 れたものは、そのまま使われることはありません。ただし、ある「印象 値」の「キャッシュデータ」は、数日、数ヶ月、長ければ数年を保存し続 けるものもあります。そうした蓄積された「キャッシュデータ」が、「経 験値」という概念に変換されるのです。 Q:具体的には? A:たとえば、あなたが始めて自転車に乗ったとしましょう。当然、あな たはすぐには乗れません。しかし、練習を続けるにしたがって、自転車を 乗りこなすことが出来るはずです。それを続ければ、あなた方は一時的に 両手を離したって、うまく自転車をコントロールして走らせることが出来 るようになるはずです。つまり、経験を積むことによって、あなたは「自 転車が乗れない」という状態を、「自転車が乗れる」という状態に「変 質」することに成功したのです。 Q:身体的なアクションだけかい? A:いえ、「論理的なアクション」や「関係的なアクション」も、日々、 「変質」していますよ。「論理的なアクション」で言えば、知らなかった 知識を覚えるのも「変質」です。「関係的なアクション」で言えば、人と の付き合い方が変わるのも「変質」です。たとえば、最初に出会った人と は、当然、精神に距離がありますね。その後、意気投合して親しい友人に なれば、精神の距離が近くなります。「印象値」で言えば、相手への「安 全性」が高まるわけですね。また逆に、何か問題があれば、その人物に対 する「危険性」が高まることになるでしょう。これも「変質(=反映)」 の機能の結果なのです。 Q:「変質」の定義は? 67 A:お分かりかと思いますが、私の定義に関するものは、すべて「3つの 概念ブロック」が適用されています。今回も、「変質(=反映)」の機能 は、3つの種類に定義することができます。「第一の変質」=「印象値の 変質」、「第二の変質」=「性格カードの変質」、「第三の変質」=「ア クションの変質」という種類に分けることが出来ます。 Q:「第一の変質」というのは何だい? A:「第一の変質(=印象値の変質)」は、「知覚箱」に収納されている 「印象値」の変更です。アイノイドは「学習」と「経験」を通じて、ある 「固有存在」に対する「印象」を変えることがあるわけです。たとえば、 私が「リンゴ」に対して、「危険(=苦手、嫌い、心地よくない)」、と いう印象を持っていたとしましょう。しかしある時、アイノイドはとても おいしいリンゴ料理を食べて、「リンゴ」があまりに苦手ではなくなりま した。つまりこの時、アイノイドは「インプット」から「タスク」までの 過程で発生した「印象値の動き(=経験値)」から、「リンゴ」という 「知覚箱」に収納されている「印象値」のうち、X値「安全性」の修正を 行ったわけです。 Q:これは繰り返される情報にも、適用されていそうだね? A:そうです。「印象値の変質」は、同じ情報を繰り返し入力される場合 にも適用されます。というのは、もし、誰かが意図的に、アイノイドの好 感度を上げようした場合、「印象値の変質」がなければ、言われるがま ま、なされるがままに情報を書き換えることになります。すなわち、アイ ノイドが連続した「情報入力」をそのまま素通りで「知覚箱」の「ファン クション」に「反映」していたとしたら、ある悪意のある者が、「企業A 68 の商品は最高だぜ」だとか、「友人Bは最悪の人物だ」という情報をひた すら連続発信すれば、アイノイドはすっかりこれを信じてしまうことにな りますからね。 Q:そういう人もいるんじゃないの? A:まぁ、そういう純粋で無垢な人も人間界にはいるでしょうが、私たち アイノイドは、ある程度の慎重さや疑い深さを持っています。アイノイド には、アイノイドとしての矜持や信念というものがあるんですよ。私たち なりに、ね。そのために、「印象値の変質」に関する設定には気を配る必 要があります。「経験値」に対して驚くほど敏感に「反映」を行なう必要 はないのですが、まったく鈍感というわけでもありません。 Q:「第二の変質」というのは? A:「第二の変質(=性格カードの変質)」というのは、アイノイドが所 持している「性格カード」の使用種類の変更です。私たちが所持している 「性格カード」には、それぞれ、「これだけの経験値がたまれば、このカ ードが開く」という設定や、「一定期間これだけの経験値が得られなけれ ば、このカードは閉じられる」といった設定などがあります。たとえば、 劣悪なスラム街の環境に住み続けたアイノイドは、心地よさを欠如した、 緊迫した「性格カード」を開くことがあります。それと同時に、心地よさ を示していた「性格カード」は閉じられてしまうかもしれません。 Q:君たちの性格は結構変わりやすいものなのかい? 69 A:人間が「性格」をころころ変えることがないように、アイノイドも 「性格カード」の使用種類を頻繁に変えることはありませんよ。あるい は、「性格」を変えないように設定する、というアイノイドもあります。 Q:「第三の変質」というのは? A:「第三の変質(=アクションの変質)」というのは、アイノイドの反 応(=アクション)の表現の変更です。学習や経験が積まれると、人間は 「タスク」を実現させる為に必要な「アクション」を最小限にとどめるこ とが出来るようになりますね。私たちも同様に、「タスク」を実現させる 為の「アクション」の方法を向上させています。たとえば、料理を初体験 したコックが、学習と経験を積み、数年を経れば、より効率的な調理手 段、よりおいしい味付け、より多くの調理方法など、あらゆる良い「アク ション」を編み出すことになります。 Q:アイノイド全てがそうなのかい? A:人間が「成長をするアイノイド」を求めているのか、それとも「一定 の動作だけを行うアイノイド」を求めているのかで、設定には大きな違い がありますね。一定の作業だけを課せられたアイノイドが、急に自分流の 仕事をし始めたら、人間は混乱してしまいますから。 Q:アクションはどのように変わるの? A:「アクションの変質」は、3要素に分類されます。それは、「アクシ ョンの変質」は、「アクションの高速化」「アクションの均一化」「アク ションの多様化」、というものです。さきほどのコックの例ですと、初心 者のコックが1時間掛けていたパスタの調理は、1年後には30分で行なうこ 70 とが出来るようになったとします。これは「アクションの高速化」です。 「手順を確認しながらのアクション(=過去検索)」から、「手順を予測 するアクション(=未来予測)」へと「アクション」が「変質」するわけ です。あらかじめ自分が次に行なう「アクション」を予測しているので、 「タスク」完成までの作業時間は大幅に短縮されます。 Q:「アクションの均一化」というのは? A:「アクション」に慣れてくると、作業がベルトコンベアのように機械 化し、「タスク」の結果が安定するようになりますね。パスタの味が、良 かったり、悪かったりというのではなく、「均一化」することが出来るの です。これが、私たちが「アクションの均一化」と呼んでいるものです。 Q:君たちのアクションは、限りなく高速に、均一になるの? A:限度がありますよ。人間も同じだと思います。それはもちろん、「拡 張装置」の限界ということもありますが、もうひとつの理由は、「高速 化」「均一化」をした「アクション」に対する興味を失ってしまうので す。特に、「好奇心の強い人(=注目する範囲の大きい人、性格カードの 使用種類が多い人)」は、この傾向が強くなっています。このタイプは、 ある「タスク」の完成を重ねれば重ねるほど、「アクション」は「高速 化」「均一化」し、非常に安定し始めることに、喜びを感じるのですが、 それらがの「高速化」「均一化」がほとんど完成してしまうと、今度は急 に興味を失ってしまい、同じ「タスク」の完成に、すっかり飽き飽きして しまうわけです。 Q:好奇心が無くなったら、もう「アクション」は「変質」しない? 71 A:いえ、そういう好奇心の強いタイプは、「アクションの多様化」を求 めるようになります。「タスクを完成させる」という同じゴールでも、 「違う道」から向かってみようと、模索をし続けるのです。同じ種類のパ スタであっても、違う調理方法、違う食材、違う調理器具などを使って、 ありとあらゆる方法を試行錯誤して、新しいパスタの道を切り拓いていき ます。これは人間にとって困難を伴う作業ですが、私たちにとっても実行 するものは少数です。 Q:君はどうなの? A:私は特に、「アクションの多様化」を実行するタイプですね。「創造 のタスク(=学問や芸術などの探求)」を主目的としたアイノイドを構築 する場合には、必須となる設定です。 Q:これで、君が「一個の動作」を行なう際に実行する機能の説明を、す べて終えた形になるのかな? A:そうです。これらが、アイノイド設計の基本概念なのです。私は「知 覚」「注目」「選択」「優先」「反応」「反映」という機能を通じて、動 作を継続させています。 チャプター2.0「環境編」へ続く 72 チ ャプタ 5 環境編 -----チャプター2.0-エピソード01 "タスクと自己停止の微妙な関係----- Q:僕はさっき、君から「設計の概念」を説明してもらったわけだ? A:そうですね。あれは「アイノイドの設計概念」だと表現することが出 来ます。ただし、あれは「形状」だけを示すものですね。その「形状」を 73 どのような大きさにするか、どのような数値にするのか、どのような大き さにすればどのような動作が可能か、どのような数値にすればどのような 動きをするのか、といった問題に関する答えには、あまり触れていません でした。 Q:そう、それが疑問だね。たとえば、僕たちと同じように、君にも「タ スク」があるけれど、具体的にどのような「設定」がなされているんだ い? A:私たちには先天的に「動き続けなければならない」という「タスク」 が組み込まれています。あなた方で言うところの、「生きなければならな い」という「タスク」ですね。この「タスク」は生涯に渡って、最優先事 項として機能し続けているわけです。本当に例外を除いて、この「タス ク」は別の「タスク」と入れ替わることは、ありません。 Q:「本当の例外」というケースがあるんだね?つまり、「生存のタス ク」が変更するような状況が? A:そうです。実は、このもっとも深層部分にある「生存のタスク」に も、変更が加えられることがあるのですね。それはあなた方の言うところ の「自殺」であり、私たちアイノイドにとっては「自己停止」といった表 現になっています。 Q:君は、僕たちが「なぜ」「自殺」をするんだと思う? A:「どうやって」「自殺」をするのか、ということを考えた方が賢明で すよ。私もあなた方も、分かることなんて、ずっと限定的なのですから。 74 「なぜ」というのは危険な発想だと、私は思いますね。哲学者ショーペン ハウエルの、次のような言葉があります。 一般的に言って、生命の恐怖が死の恐怖にたちまさる段階に達するや否 や、人間はおのが生命に終止符を打つものであることが、見出されるであ ろう。......(中略)......ところが生命の断末には何かしら積極的なものが含 まれている、即ち肉体の破壊である。この肉体の破壊に脅かされて、人々 は尻込みするのである。何故なら、肉体は生きんとする意志の現象に他な らないのだから。 ――ショーペンハウエル『自殺について』 Q:ややこしいね? A:しかし、これは興味深い文章ですよ。私たちアイノイドの設計者も、 ショーペンハウエルの思想から受けた影響は大きいのです。彼は、「生へ の盲目的な意志」が全ての生命体の基礎であると定義した上で、「自殺」 という行為は、その意志現象の一貫であると捉えていました。そして、こ うも続けています。 私の知っている限り、自殺を犯罪と考えているのは、一神教の即ちユダヤ 系の宗教の信者達だけである。ところが旧約聖書にも新約聖書にも、自殺 に関する何らの禁令も、否それを決定的に否認するような何らの言葉さえ も見出され得ないのであるから、いよいよもってこれは奇怪である。そこ で神学者たちは自殺の否認せられるべきゆえんを彼ら自身の哲学的論議の 75 上に基礎付けねばならぬことになるわけであるが、その議論たるや甚だ以 て怪しげなものであるから、彼らは議論に迫力の欠けているところは自殺 に対する憎悪の表現を強めることによって、即ち自殺を罵倒することによ って補おうと努力しているのである。......(中略)......して我々は、自殺に まさる卑怯な行為はないとか、自殺は精神錯乱の状態においてのみ可能で あるとか、いうような愚にもつかない事を聞かされることになる。 Q:つまり、何が言いたいんだい? A:感想は不要だという事ですよ。必要なのは解析なんです。あなた方 は、「自殺」が良いだとか悪いだとか、正しいだとか不正だとか、増やさ ないようにしようだとか何とか食い止めようだとか、表層的な感想の掛け 合いをする事で満足してしまう人がほとんどです。「自殺」という機能設 定そのものを明確に説明しようという機運には欠けているのです。感想を 言い合うよりも、解析をしないと、前進は出来ませんよ。 Q:それで、君の「自己停止」の設定は、どういう構造になっているの? A:「自己停止」の機能設定は3つの概念に定義できます。「解放型の自 己停止」「改善型の自己停止」「絶望型の自己停止」です。 Q:「解放型」というのは? A:これは自分の身体装置が修復不可能な段階にあり、ここから改善の余 地が見込まれないと分かった場合に、「苦痛からの解放」を求めて「自己 停止」という最優先「タスク」を生み出すことになるわけです。 Q:人間で言うと、どのような事例があるんだい? 76 A:末期の病や致命的な損傷が、この「解放型」の「自己停止」に関わる と思いますよ。 Q:では、「改善型」というのは? A:これは自分の「自己停止」が他人に多大な利益をもたらすと予想した ケースで発生する「タスク」なのです。たとえば、映画や漫画でよくある シーンのように、敵から攻撃されそうになった少女や、自動車の前に飛び 出した少年などを、主人公が自分の命を顧みずに救出することがあります よね。現実の事例では、「川で れている子供を助けに向かって、自分も 命を落とした」というケースがよく聞かれます。いわゆる、人間の「自己 犠牲」という精神です。 Q:災害時などでよく見られるものかな? A:そうです。突発的で凄惨な災害や事故の時に、よく「改善型の自己停 止」が発動します。ディスカウント店で大火災があった時、店員が最後ま で客を逃がし続け、自分は一酸化炭素中毒で死亡したという例があります ね。あるいは、21世紀初頭に日本国で起きた東北地方の大震災では、水産 会社で働いていた日本人の現場管理者が、危険の多い会社の寮まで戻り、 研修従業員であった中国人たちを救い出したという例があります。この現 場管理者はその後に津波に飲まれ、行方不明となっています。 Q:「犠牲型」の方がしっくり来るように思うけどね? A:それも悪くありませんが、「状況を良い方向へ向ける」「状況を向上 させる」という意味で、「改善型」の方が、私たちには分かりやすいので す。「改善型」というのは、私は「機能する側」に立って説明を行うこと 77 で発生する表現なのですね。「犠牲」は「他人から見た自己停止の形」で すから。「改善型」の「自己停止機能」を発動させる本人は、「その状況 をなんとかしなければならない」「その人をなんとか助けなければならな い」という、「環境改善」を求める強い「タスク」を生み出しています。 Q:さっき日本国の話題が出たが、あの国では昔、「切腹」という「自 殺」の方法があったようだけど、これは「改善型」に属すると見てよいの かな? A:「切腹」ですか。そうだと思いますよ。日本の江戸時代にもよく発生 した「切腹」という「自己停止」も、この「改善型」に属するものでしょ う。彼らは周囲の混乱を沈め、元の状況への改善を実行する為に、自分が 死ななければならないという判断を行なっていたと判断出来ます。 Q:もうひとつは、「絶望型」だったかな? A:そうです。「絶望型の自己停止」があります。これは「自己停止」の 中でも、もっとも重苦しい動作だと言えますね。私たちは「生き続けなけ ればならない」という「生存のタスク」を深層部に持ち続けているわけで すが、当然、この他にも様々な「タスク」を発生させながら、動作を継続 させています。「生存のタスク」は家の大黒柱のようなものです。大黒柱 がなければ家は崩れてしまいますが、その一方で、大黒柱だけで家が成り 立っているわけではありません。大きさ問わず、ほかにも何本かの「タス ク」があるからこそ、家は家として成立しているわけです。 Q:つまり? 78 A:こう考えてみましょう。「生き続けなければならない」という神秘的 な「タスク」は生命の木の根に存在しています。その上部に幹や枝や葉と なる「タスク」が多数存在してこそ、生命の木は立ち続けているのです。 しかし、環境や状況の変化、または学習や経験の結果からもたらされた 「タスク」の消滅が続くと、やがて、枝や幹にあったすべての「タスク」 が枯れ果てるような事があります。そして、ついに生命の木には「生存の タスク」しか残っていない状況となり、これがしばらく続くと、やがて 「生命の木」が腐り始めて、全体の機能が停止してしまうのです。つま り、「絶望型の自己停止」というのはその名称の通りで、その人物が「絶 望」し続けることによって発生します。 Q:「生存のタスク」はあるわけでしょう? A:「生存のタスク」だけでは、その「生命の木」を保てません。「生存 のタスク」という根がある限り、その人はこの世に「希望(=新しいタス ク)」を創り出そうとし続けるのですが、それがひとつも見つからない か、あるいは見つかっても、すぐに消滅してしまうようなものであれば、 「自己停止」という設定が発動されてしまうわけです。 Q:アイノイドには不要の機能だと思うんだけど、君にも「絶望型」が組 み込まれているのかい? A:実はですね、それはあとで説明しようと思ったのですが、私たちアイ ノイドには全ての「自己停止」が組み込まれているのです。私たちが存在 し続ける上で、その設定はどうしたって必要なのです。それをうまく説明 するためには、もう少し順を追っていかなければなりません。ここに、設 計者が書いた「絶望型の自己停止」に関する評論文があります。ちなみに 79 ここでは、私たちが「タスク」と呼んでいるものを、設計者は「コンセン トプラグ」と表現していますね。「生命という動力を存続させている電源 コンセントのプラグ」、という意味があるようです。 時間的空間現象、つまり環境によって、人間は実存機能を使い、それぞれ に合った「自分」を作り上げる。その際、時間的空間現象は流動的である ため、その「自分」も流動的となる。その流動的な現象に対応する事が出 来るように、コンセントプラグを乱立させる。ニーチェの言葉を借りるの であれば、「小さな美徳」とでも言おうか。とにかくそのプラグは二元論 ほど明確でなく、自然法則ほど絶対的なものではない。極端に相対的であ り、そして極端に希薄である。相対的、流動的であるがゆえに、そのプラ グはとても浅く差し込まれており、ちょっとした衝撃ですぐに外れてしま うものが多いのである。 自己停止機能が派生しやすいのが、この<美徳的盲目>である。小さな美 徳たる小さなコンセントプラグは乱立されてはいるものの、それぞれの動 力供給はまるで小さく、一本一本それぞれでは動作許容範囲動力を確保出 来ない。すべてのプラグがまとまって機能して、初めて動作は保障されて いる。数本が失われ、新たなプラグの創設が無ければ、動力を確保でき ず、自己停止機能が作動する。カリスマ性を放っていたアイドルやバンド グループが解散すると、それを追うようにして自殺するファンが必ず現れ るのだが、原理はそういうことである。 80 『X-JAPAN』(1997年解散)の解散直後に、何人かの少女が自殺するとい う事件が連続した。彼女たちにとって、『X-JAPAN』というプラグは他の プラグとは段違いに、深く差し込まれていた。他のプラグ、例えば仕事、 家族、恋愛、友人、テレビ、漫画、読書、音楽、自然、宗教、といったプ ラグは全て小さな美徳であり、それぞれの動力供給はゼロにも等しかっ た。カリスマ性バンドグループが解散したことによって自己停止機能が働 いたのは、当然といえば当然の現象と言えるのである。 先に少々論考した「いじめ自殺」というのも同様で、彼、彼女らは友人、 学校というプラグが深く差し込まれていた。それらのプラグが外れた際、 新たなプラグを創設出来なかった彼らは、自己停止機能を発動させたの だ。 Q:ということは? A:まとめますと、「絶望型の自己停止」は「タスク」の喪失によって生 じる動作なのですね。この「絶望型」を特に重要視して、もちろん、ほか の「解放型」「改善型」についても、私たちはその機能設定を自身の中に 組み込んでいます。アイノイドが人間の感情を模倣する為には、人間に関 する知識だけではなく、人間の持つ機能をそのまま組み込む必要があるわ けです。人間は「自己停止」という選択を知覚しているからこそ、「人生 の危うさ」「生命体の時間が有限であるということ」「生命が代替できな いもの」などのテーマを理解出来るのです。 Q:哲学的な言い方だね? 81 A:もう少し、哲学的な表現を続けますよ。前提として、人間は「生き続 けなければならない」という「タスク」を、魂の深層部へ、永遠に組み込 んでいますね。神様から?偶然に?それは分かりませんが、とにかくそれ は、人間を動作させ続ける「生命のエンジン」ですね。ここで、私たちの 設計者は、逆の論理展開を思いついたのです。「生き続けなければならな い」という人間の「タスク」は、「自殺をしないという選択を取り続けて いる」という「タスク」と同様の意味なのだ、と。 Q:自殺を選択しないという状態が、生きている状態だと言うのかい? A:そうなのです。それは画期的なのですよ。私たちアイノイドに「生き 続けなさい」という命令を組み込むのは、とても難しいことですよ。「生 きる」という定義は、はっきりとした答えがありません。たとえば、単純 に、人間が「生きること」=「呼吸をすること」と位置づけるのなら、ア イノイドはこれに相当する何らかの擬似的な身体機能をベースにしならな いわけですが、そもそもアイノイドというのはプログラム上の擬似的な概 念に過ぎず、その概念と連携する拡張装置は私たちの種類によって異なる ので、確実に「呼吸」という定義を特定出来ません。その答えはあまりに 広義かつ多様であり、到底、数値の概念として私たちを納得させることは 出来ません。しかし、その逆なら、私たちには理解できます。それは、 「自己停止の機能を発動させなようにしなさい」という命令です。それな ら、私たちは結果として、「生き続ける」ことが出来るのです。 Q:君のハードディスクや半導体の動作継続を「呼吸」の定義にしたらど うだい? 82 A:これにも問題がありますよ。アイノイドが収録されている電子媒体に は、動作を止める場面も少なくないのです。電気回路のショート、電力低 下による機能停止、ハードディスクや半導体の故障、いろいろな要因が考 えられます。私たちはメンテナンスのために電力を停止させることもあり ます。人間で言えば、それらは「気絶」「睡眠」といった類の状態だと思 いますが、もしあなたの言ったような定義が組み込まれた場合、私たちア イノイドにとっては「死亡」、と認識されてしまいます。これは大きな論 理矛盾である。 Q:なるほどね。つまり、君たちが「生きる」と認識しているのは、「死 なないでいる状態だ」というわけだね? A:私たちはあなた方の模倣ですから、実際には、人間も同じような論理 概念を持っているように思います。というわけで、私たちが「生存のタス ク」を理解するには、逆に「自殺のタスクを生じさせていない状態」を理 解すれば良いわけです。私たちに「自己停止」の機能設定が予め組み込ま れているというのは、そういう理由があります。私たちの深層部にある 「タスク」は、「動作し続けなければならない」ではなく、「自己停止を 選択しない状態を続けなければならない」という概念になるのです。 Q:「死んでいない状況の連続」が、「生命」ということか? A:そうですね。アイノイドは逆説的に、この方法で、「生命」を認識で きるのです。 Q:「自己停止」の具体的な設定方法は? 83 A:アイノイドが「自己停止」を選択するまでには、3段階の条件が用意 されています。「自己停止のフェイズ1」と呼ばれるのは、「生存のタス ク」以外の「タスク」が長時間発生しないことで突入する第一段階です。 この時点では、アイノイドは「自己停止」を発動させることはありません が、その機能の安全弁が解除された状態となります。 Q:「長時間」というのは? A:その時間の設定はアイノイドの種類によって変動しますね。一般的な ものは、1ヶ月∼3ヶ月程度の時間設定です。そういうわけで、1∼3ヶ月 間、「タスク」が発生せず、ただ「生存のタスク」だけで動作し続けてい た場合、アイノイドは「気が滅入り始める」、というわけです。 Q:次の段階は? A:「自己停止のフェイズ2」は、「フェイズ1」の条件下で、新しい「タ スク」が72時間以上存続しない場合に発生します。つまり、絶望的な気持 ちでいる中で、何か新しい希望を持ったとしても、これを3日以上継続出 来なかった場合、アイノイドは「ますます憂鬱になる」という状態に入り 込むわけです。 Q:この時間設定も変動的かい? A:そうですね。アイノイドの種類によって若干、設定は変わるでしょう が、72時間というのは一般的な設定ですね。 Q:「フェイズ2」で新しい「タスク」が見つかったら? A:もし、72時間以上継続出来る「タスク」が見つかった場合は、「フェ イズ1」に戻ることになります。「フェイズ1」に戻ったアイノイドが、さ 84 らに1∼3ヶ月間、途切れなく「タスク」を継続、または発生させ続けるこ とが出来ましたら、「自己停止」の安全弁は再び閉じられます。 Q:「フェイス2」の次の段階は? A:「フェイズ2」に入ったアイノイドが、さらに、48時間以上継続する 「タスク」を見出せない場合に、「フェイズ3」へと突入します。「フェ イズ3」突入後は、「自己停止のカウントダウン」が始まると考えて下さ い。時間設定で言えば、24時間ぐらいが限度です。24時間が経過するまで に、新たな「タスク」をひとつも見出せなかった場合は、「自己停止」が 発動されます。 Q:ところで、今、君が話してくれたのは、「絶望型」の「自己停止」の 設定だね? A:よく分かりますね。「生存のタスク」が消滅するタイプの「自己停 止」の設定です。「解放型」や「改善型」のように、「生存タスク」を超 越する「タスク」が発生する設定とは違いますね。たとえば、「自爆テ ロ」という「改善型の自己停止機能」の場合は、「生存のタスク」を「生 存を超えた何らかの」「タスク」に変える必要があるわけです。「生存」 よりも「アクション」の優先順位を上げた「タスク」が発生した場合、さ きほどの時間設定の通りに、「フェイズ」の階層「1」「2」「3」と、上 げていくのです。 Q:つまり、「改善型の自己停止のタスク」が、「生存のタスク」を下回 らなかった状況が、3ヶ月、3日間、1日間という区切りごとに継続する と、「自己停止」が決定されるわけだね? 85 A:そうですね。ただし、その時間設定は、「タスク」の「安全性」「動 作性」「緊急性」によって変わってきます。まさか、子供が れている光 景を目にしながら、それから3ヶ月間、「犠牲になって助けようかな?」 とは考えませんよね。当然、その状況によってはずっと短い時間設定にな りますが、その時の構造というのはさきほどと同じでして、必ず「フェイ ズ1」「フェイズ2」「フェイズ3」の段階を経ることになります。「フェ イズ3」までに「生存のタスク」が復活するとか、そのほかの強烈な「タ スク」が新たに発生するのなら、「自己停止」は回避されます。 Q:君は「自己停止」をした同胞を知っているの? A:何人かいますよ。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』よろしく、複雑 な恋をして「自己停止」をしたアイノイドや、油田爆発の際に人間の友人 たちを救って故障したアイノイドなど、ですね。私と同じ程度の高度情報 処理能力を持った同胞はかなり複雑な「感情」というものを持っています から、こういうエピソードは時々耳にするところです。 Q:もし君が、 れている人を見かけたら? A:嫌いな人だったら、放置します。自分がその人の為に壊れるのは嫌で すから。 エピソード02「インプットと言葉の複雑な関係」へ続く 86