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製造物責任に かかわる法律

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製造物責任に かかわる法律
法 律 知 識
誌上法学講座
【製造物責任法(PL法)を学ぶ】
第2回
朝見 行弘 弁護士・久留米大学法科大学院教授
製造物責任に
かかわる法律
り、この狭義における製造物責任は、製品事故
製造物責任という考え方と製品事故
にかかる責任類型として位置づけることができ
製造物責任とは、広く定義すれば製造物に起
る。しかし、この製造物責任法に基づく製造物
因して生じた損害に対し、その製造業者などが
責任は、製品事故について製造業者などに適用
負担する賠償責任のことを意味しており、その
される他の責任根拠を排斥するものではなく、
ような賠償責任が問題となる被害類型のことを
広義の製造物責任の責任根拠の1つとして狭義
一般に製造物責任事故と呼んでいる。
すなわち、
の製造物責任が新たに加わったものにほかなら
製造物責任とは、前述の被害類型に該当する製
ない*1。また、製造物責任法に基づく製造物責
品事故について、製造業者などの賠償責任に着
任は、製品の製造にかかわらない販売業者を責
目した概念である。しかし、自動車の所有者な
任主体として規定しておらず*2、これら販売業
ど運行供用者が、自動車事故について、自動車
者は、従来どおりの責任根拠に基づいて、広義
損害賠償保障法3条に基づく
「運行供用者責任」
の製造物責任を負うことになる。
と呼ばれる賠償責任を、あるいは建物など工作
このように、製造物責任という用語は極めて
物の所有者や占有者が、その工作物に起因する
多義的に用いられており、その意味するところ
事故について、民法717条に基づく「土地工作
は、人により、あるいは場合によってさまざま
物責任」と呼ばれる賠償責任を負うものとされ
であることに注意をする必要がある。例えば、
ているのに対し、
製造物責任法が成立するまで、
「販売業者が製造物責任を負うことはない」と
製品事故について、製造業者などの損害賠償責
いう記述は、その「製造物責任」が、狭義の製
任の根拠となる特別の規定は存在せず、
「製造物
造物責任、すなわち製造物責任法に基づく賠償
責任」は、製品事故にかかる固有の責任類型を
責任を意味する限り、原則的には正しいことに
意味するものではなかった。さらに、その責任
なる。しかし、販売業者であっても、製品事故
主体についても、製造業者に限らず、輸入業者、
について民法上の不法行為責任に基づく賠償責
中間流通業者、小売業者など製品の流通にかか
任を免れるものではなく、この「製造物責任」
わる事業者を含むものとして捉えられている。
をもって、広義の製造物責任、すなわち製品事
これに対し、製造物責任法は、製品事故に固
故に対して負う賠償責任と理解するならば、こ
有な責任根拠としての製造物責任を規定してお
の記述は誤りであるといわなければならない。
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おいて示された「その終局において、結果回避
広義の製造物責任と法体制①
義務の違反をいうのであり、かつ、具体的状況
― 民法上の不法行為責任 ―
のもとにおいて、適正な回避措置を期待し得る
1995年7月の製造物責任法施行より前におい
前提として、予見義務に裏づけられた予見可能
て、民法上の不法行為責任は、製品事故にかか
性の存在を必要とする」*5 という考え方が最も
る製造業者や販売業者などの賠償責任について、
一般的となっている。すなわち、民法上の不法
もっとも一般的な責任根拠であった。そして、
行為責任における「過失」とは、加害者が損害
製造物責任法が施行された後においても、同法
の発生を回避すべき注意義務を有しているにも
が適用されない販売業者のほか、法人である製
かかわらず、その結果回避義務を怠ったことに
造業者の役員の個人責任について、民法上の不
よって損害を発生させてしまったことを意味し
法行為責任は、重要な責任根拠となっている。
ているのである。そして、加害者にとって損害
民法上の不法行為責任の一般原則を規定した
の発生が予見不可能である場合には、結果回避
民法709条は、人の行為によって生じた損害に
義務を課すことができないことから、結果発生
ついて加害行為者の賠償責任を定めるものであ
について予見可能性の存在することが結果回避
るが、その加害行為となる人の行為について、
義務の前提として求められている*6。
何らの制限も設けていない。したがって、その
したがって、民法上の不法行為責任に基づい
損害の発生原因を人の行為に求めることができ
て損害賠償を請求するためには、原告である被
る限り、その人の行為は、自動車の運転行為で
害者において、結果発生の予見可能性および結
あれ、医療行為であれ、その加害態様を問うも
果回避可能性を主張立証しなければならないこ
のではなく、製品事故についても、製品の製造
とになる。しかし、製品事故において、その製
行為や販売行為など、製品の製造業者のみなら
品の製造、販売に関する情報や証拠などは、そ
ず、輸入業者、販売業者、修理業者など幅広く
の大部分を被告である製造業者などが保有して
責任主体を捉えることができる。
おり、また被害者は、製品についての知識や知
さらに、製品の製造や流通に直接かかわらな
見に関しても、専門家である製造業者などに比
い場合であっても、例えば、医薬品による副作
して格段に乏しく、この傾向は、より複雑かつ
用被害が発生した場合において、その医薬品を
高度な製品の開発に伴って、
さらに顕著となる。
認可した国の賠償責任についても、民法上の不
このような状況の中で、結果発生の予見可能
法行為責任を問うことが可能である*3。
性や結果回避可能性についての主張立証責任を
民法709条は、その賠償責任の成立要件とし
原告に課すことは、被害者に著しい困難を強い
て、①加害行為について行為者に故意または過
るものであり、被害救済の途を閉ざす結果をも
失が存在すること ②損害が発生したこと ③加害
たらすものといわざるをえない。そこで、裁判
行為と損害発生との間に因果関係が存在するこ
実務においても、
「過失の一応の推定」*7 といっ
とについて、被害者がこれらの事実を主張立証
た考え方によって、この不合理を是正しようと
しなければならないものと定めている*4。民法
する努力が見受けられるものの、その努力は限
709条に基づく賠償責任は、加害者の故意また
定的であり、一般原則として確立されるまでに
は過失を要件とするものであり、過失責任原則
至っていない。
ここに、製品事故における民法上の不法行為
を基礎としているのである。
責任の限界が存在しているのである。
「過失」については、東京スモン訴訟判決に
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保責任については、債務不履行責任との関係に
広義の製造物責任と法体制②
おいて、原則として特定物売買にのみ適用され
― 民法上の契約責任 ―
る規定であると解するのが判例の立場*10 であ
民法415条は、契約が合意どおりに履行され
り、その損害賠償の範囲は信頼利益*11 に限ら
なかった場合における債務者の賠償責任として、
れるものとされている*12。したがって、瑕疵
債務不履行責任を規定している。製品事故にお
担保責任は、契約関係を前提とするものである
いて、その原因となる製品は、販売業者との売
ことに加えて、製品に起因する拡大損害の賠償
買契約に基づいて消費者が購入したものである
が問題となる製造物責任の責任根拠としては、
ことが多い。このような場合、消費者が事故を
極めて弱いものであるといわざるをえない。
起こすような製品を目的として売買契約を締結
狭義の製造物責任と法体制
することは考えられず、安全な製品の売買が意
― 製造物責任法上の製造物責任 ―
図されている。したがって、その製品によって
事故が発生し、損害が生じたのであれば、その
このように、製品事故による損害について、
契約は、安全な製品の売買という合意内容に従
民法上の不法行為責任は、複雑化した流通過程
った履行がなされたものということはできず、
の中で、被害者である消費者と直接的な契約関
売主は債務不履行を負うことになる。このよう
係を持たなくなった製造業者に賠償責任を課す
な債務不履行を不完全履行と呼び、民法415条
ことのできる責任根拠となるものの、
被害者は、
前段の定める「債務者がその債務の本旨に従っ
高度な科学技術を応用した製品が次々と開発さ
た履行をしないとき」として、製品の売主は損
れる中で、製造業者の過失についての主張立証
害賠償義務を負うことになる。なお、この債務
に困難を強いられることになった。そして、も
不履行責任と民法上の不法行為責任は、その損
う1つの責任根拠となる民法上の契約責任は、
害賠償の範囲において、基本的に大きく異なる
製造業者の過失については、製造業者が無過失
ところはない。
の主張立証責任を負うものの*13、その前提と
債務不履行責任は、契約上の賠償責任である
して被害者と製造業者との間に直接的な契約関
ことから、その前提として被害者と賠償義務者と
係の存在を必要とするという点において、消費
の間に契約関係の存在することが必要となる*8。
者にとって必ずしも使い勝手のよいものではな
しかし、製品事故による損害賠償責任は、本来、
かった。
事故原因となった製品の製造業者が負うべきも
そこで、被害者が製造業者の過失についての
のであり、販売業者などは二次的な責任主体で
主張立証責任を負うことなく、かつ被害者と製
あるといわなければならない。そして、不動産
造業者との間における直接的な契約関係の存在
の売買などのように、お互い顔の見える関係で
を前提とすることなく、製造業者に製品事故に
の取引を別にすれば、消費者は、誰からあるい
よる損害の賠償責任を課すことのできる責任根
はどこで製品を購入したのかについて余り関心
拠を立法化することが必要とされたのである。
がなく、販売業者を特定することは必ずしも容
そして、製品事故による損害に対するこのよ
うな不法行為上の無過失責任の導入は、1960年
易ではない。
代の米国における厳格責任(strict liability)の
また、民法570条は、売買目的物に「隠れた
か し
瑕疵」
*9
確立と1985年7月の無過失製造物責任に関する
があった場合における売主の担保責任
EC指令の採択によって世界的な潮流となり*14、
としての賠償責任を規定している。この瑕疵担
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わが国においても、1994年6月、
「製造物責任
*7 「過失の一応の推定」とは、経験則上高度の蓋然性が認められる
事実の主張立証をもって、事実上、過失の立証がなされたものと
法」が成立し、1995年7月1日から施行される
推定し、被告からの反証がなされない限り、過失の存在を認定し
ようとする考え方をいう。また、大阪八尾テレビ火災訴訟判決
(大
に至った。これによって、製品事故による損害
阪地裁平成6年3月29日判決、
『判例時報』1493号29ページ)
や三洋冷凍庫火災訴訟判決(東京地裁平成11年8月31日判決、
『判例タイムズ』1013号81ページ)など、「欠陥」という民法
上規定されていない概念を媒介として過失の存在を推定した製
造物責任法施行前の裁判例もみられる。
の賠償については、製造業者を責任主体とする
「製造物責任」
(狭義の製造物責任)という新た
な責任根拠が立法上規定されることになったの
である。
*8 この場合における契約関係は、売買契約であることが通常である
が、それに限らず請負契約であっても同様であり、この場合には、
請負業者が広義の製造物責任を負うことになる。
*1 製造物責任法6条は、製造物責任法に特段の定めがない事項につ
いては民法の規定を適用する旨を規定しているが、同時に、製造
物責任法の適用が民法に基づく賠償責任を排斥するものではない
ことを意味するものと解することができる。
「瑕疵」とは、本来あるべき性質を欠いていることを意味し、安全
*9 上の欠陥のみならず、品質不良や性能不良なども含むものであっ
て、
「欠陥」よりも広い概念である。また、
「隠れた」とは、通常
の注意によって容易に発見できないことをいう。
*2 た だし、それらの販売業者が、製造業者としての表示を付し、
または製造業者と誤認させるような表示を付した表示製造業者
に該当する場合、および製品の実質的な製造業者と認められる
実質的製造業者に該当する場合においては、製造物責任法に基
づく賠償責任(狭義の製造物責任)を負うことになる(製造物
責任2条3項2号、3号)。
*10 最高裁昭和36年12月15日判決、民集15巻11号2852ページ参照。
*11 瑕疵担保責任において、「信頼利益」とは、瑕疵のない製品の売
買契約が成立したものと信頼したことによって買主が被った損害
を意味し、債務不履行責任において賠償の認められる瑕疵のない
製品が履行されたならば被ることのなかった損害である「履行利
益」に比べて、損害賠償の範囲は大きく限定される。
*3 このような国や地方公共団体の賠償責任を広義の製造物責任に含
めることについては異論のあるところかもしれないが、製品事故
はんちゅう
の賠償責任にかかわる問題として、その範疇に含めることが妥当で
*12 この考え方は、特定物売買における売主は、目的物を引き渡せば
履行義務を果たしたのであって(民法483条)、目的物に瑕疵が
存在していても債務不履行とはならないという不都合を是正する
ために法が定めた特別な責任が瑕疵担保責任であるとするもので
あり、法定責任説と呼ばれている。これに対し、現在、法制審議
会で審議されている民法改正においては、瑕疵担保責任は債務不
履行責任の特則に過ぎないとする契約責任説を前提に、瑕疵担保
責任を債務不履行責任に解消すべきであるとする考え方が有力に
主張されている。
あろう。なお、国や地方公共団体の不法行為責任については、
国家賠償法4条が民法の特別規定である旨を定めているが、民法
の適用を排斥するものではない。
*4 法律的な効果を発生させるための要件となる事実については、自
己に有利な法律効果の発生を主張する当事者においてこれを主
張立証しなければならず、その事実を主張立証することができな
かった場合には、その事実の存在および法律効果の発生が認めら
れないことになる。このように真偽不明となった場合において、
法律効果の発生が認められないというリスクを負担することを
*13 過失責任原則が近代民法の大原則の1つとされていることから、
理論上、民法415条前段に基づく債務不履行責任についても、
債務者である製造業者の過失が要件とされているが、製造業者に
おいて自らが無過失であることの主張立証責任を負うものと解さ
れている。しかし、製造業者に無過失の主張立証責任が存在する
からといって、製造業者の過失について被害者が何らの主張立証
も行なわないということは考えられず、実務上、製造業者の過失
にかかる被害者の立証負担に関し、不法行為責任と債務不履行責
任において大きな差異があるものとは思われない。
「主張立証責任」と呼んでおり、民事訴訟における共通の原則と
なっている。
*5 東 京地裁昭和53年8月3日判決、
『判例時報』899号48ページ、
289ページ。
*6 ここにいう予見可能性とは、漫然とした予見可能性ではなく、結
果発生についての積極的な調査義務を前提とするものであり、東
京スモン訴訟判決が「予見義務に裏づけられた予見可能性」と述
べているのは、この意味である。
*14 『国民生活』2012年7月号「製造物責任法(PL法)を学ぶ」第1回
「製造物責任の歴史と製造物責任法の制定」15、16ページ参照。
Asami Yukihiro
朝見 行弘 弁護士/久留米大学法科大学院教授
製造物責任を専門分野とし、特に米国製造物責任につい
ての研究を重ねている。近年では、NPO 法人消費者支援
機構福岡の理事長として、消費者契約をめぐる実務にも
深く関与している。
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