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センサロボットを作って対決しよう - 有機電子デバイス研究室

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センサロボットを作って対決しよう - 有機電子デバイス研究室
センサロボットを作って対決しよう
場所 : 福岡市西区元岡 744 九州大学伊都キャンパス
ウエスト 2 号館 第 6 講義室(326 号室)
日時 : 2015 年 8 月 12 日 (水) 10:00∼16:30
講師 : 林 健司,劉 傳軍
指導員:渡辺 真司,吉岡 大貴,古閑 智貴,山下 誠一
荒木 聡,緒方 勇斗,菊田 春樹,篠原 翔, 王 皓宇
(九州大学 大学院システム情報科学研究院 情報エレクトロニクス部門
林研究室,有機電子デバイス研究室一同)
はじめに
テーマ「センサロボットを作って対決しよう」では,ガスセンサとレゴのマインドス
トームというロボットを使って,測定と制御の基礎を学びます.今回のミッションは色と
匂いをたよりに迷路を抜けてゴールを探す「迷路脱出センサロボット」を作ることです.
図 1: マインドストーム NXT で作った匂いセンサロボット
図 2: お尻から出る光と匂いで仲間を識別し,追いかけるセンサロボット
1
センサロボット 測定して,制御して,動かす
私たちの身の回りには「測定や制御」をするたくさんの機械があります.何か知りたい
ものを数字に変えることが測定です.機械に思い通りの動きをさせることが制御です.
思い通りの動きをさせるには,制御したい相手の状態を知らないといけません.相手の
状態を知るために「測定」を行ないます.冷蔵庫や炊飯器,車や飛行機など電気仕掛の装
置や機械が増えた今,測定は「センサ」と呼ばれる部品を使います.センサは知りたい情
報を電気信号に変換する電子部品です.
(一般的にはセンサーと書きますが,このテキス
トは電子工学分野で使われる短い書き方の「センサ」で統一しています.
)
この科学実験教室でチャレンジする「センサロボット」は,センサ,ロボット,電子回
路,制御プログラムなどから成り立っています.センサロボットを作ることで,身の回り
の電気仕掛のたくさんの機械の働きやメカニズムの基本を知ることができます.
2
マインドストーム
マインドストーム(Mindstorm)は Lego 社が開発したプログラミング可能で自由な設
計が可能なロボットです.プログラミング可能というのは,ロボットを動かす頭脳の仕組
みを作ることができる,という意味です.本体とモーターやセンサなどの各部品はレゴブ
ロックと同じ規格で作られているので,組み立てや分解が簡単にできます.
見た目は小さな子供が遊ぶレゴブロックと似ていますが,センサとモーター,そして
色々な歯車やジョイントなどの機構部品を使って,高度なロボットを作ることができます.
そして,頭脳,つまりコンピュータがロボットを制御します.
2.1
マインドストーム本体
最初のページの写真はレゴ マインドストームで作ったセンサロボットの例です.匂い
センサと超音波距離センサで匂いを探知する歩行型ロボットと自走式ロボットです.マイ
ンドストームには頭脳と手足を動かすモーター,耳や目に相当するセンサユニットから構
成されています.EV3 と呼ばれる本体はコンピュータが内蔵されたロボットの頭脳です.
パソコンで作ったプログラムを EV3 にダウンロードし,マインドストームロボットを動
かします.
マインドストームはモーターを ON/OFF したり,各種センサから得た外界の情報を使っ
てロボットをうまく動かします.そのソフトウェアも簡単な知識で作る(プログラミング
する)ことができます.
センサには光センサ,タッチセンサ,角度センサ,サウンドセンサ,超音波センサ(距
離センサ)などがあります.今回はこれらのセンサに加え,ガスセンサを取りつけます.
ガスセンサを取りつけることでマインドストームで作られたロボットは匂いを感じる能力
を手にいれることができます.
2.2
マインドストームのプログラミング
コンピュータプログラムって難しいんじゃ無いの? と思う人は多いでしょうね.しか
し,マインドストームはプログラムもレゴブロックのように目的にあったプログラムの部
品(ブロック)をつなげていくだけなのです.
図 3: 光を追いかけるロボットのプログラム
マインドストームの制御プログラムは標準では Robolab というパソコンで動くソフト
ウェアで作ります.この科学実験教室では少し高度なプログラミングを目指すため National
Instruments 社の LabVIEW というソフトウェアを使います.LabVIEW は高度な科学実
験や機器制御プログラムを作るためのソフトウェアです.LabVIEW の中でレゴブロック
のように組み立てられたロボットの制御プログラムはコンピュータから USB ケーブルを
通して EV3 に送られます.そして,ロボットはそのプログラムの支配下で,プログラム
通りに動きます.
モーターを左に回す,右に回す,光センサやタッチセンサの出力を読み取る,こういっ
たブロックを使って,マインドストームを動かします.ロボットを動かすプログラムがう
まくできているほど,ロボットがより賢く動くのはもちろんです.
さて,プログラムの基本は,
• 数字を読み取る
• 判断する
• アクションを起こす
• 繰り返す
といったことです.読み取るものにはセンサの値,記憶した数字などがあります.判断は,
もし数が3より大きかったら,といったことです.アクションは,モーターを動かす,音
を鳴らす,発光ダイオードを光らせる,数字を記憶するといったことです.
このように簡単にロボットが作ることができるマインドストームですが,その奥は深
く,様々な機構部品,センサ,プログラムどれも本格的なロボットを作ることもできる性
能を持っています.作り手のレベルに合わせた高い要求にも答えてくれますから,今回
の「匂い嗅ぎセンサロボット」ミッションでもその性能をしっかり引き出してあげましょ
う.ミッション(mission)というのは,この科学実験教室であなたたちに与えられた使
命です.
3
3.1
センサとは
五感とセンサ
センサ (sensor) は,様々な種類の物理的化学的量を他の種類の量(多くの場合は電気信
号)に変換する電子部品です.
私たちは5種類の感覚を使って外の世界を認識しています.その5種類の感覚とは,
「視
覚,聴覚,触覚,味覚,嗅覚」です.視覚は光によって生じる感覚です.聴覚は音波から
生じる感覚,触覚は圧力や温度で生じる感覚です.これら3種類の感覚はいずれも光,音
(空気中を伝わる圧力の波),力,温度といった物理現象から生じる感覚なので物理感覚
といいます.光や音波や圧力や温度といった量は容易に定量的に(つまり数字を使って)
表現することができます.そして,物理的感覚に対応するセンサは広く日常生活で使われ
ています.ビデオカメラやデジタルカメラの中のイメージセンサである CCD(電荷結合
素子),圧電素子やコイルで作られたマイクロフォンなどがそうです.
一方,味や匂いは化学物質によって引き起こされるため化学感覚といわれます.生物は
味や匂いを持つ化学物質を受容する特別な細胞を持っています.そのような化学物質を細
胞がキャッチすると細胞の状態が変化し,その変化が神経細胞によって電気的な波(神経
インパルス)に変換されて脳に伝達されます.
電気的な波である神経のインパルスを脳が受け取って処理するというのが,脳の基本
的な性質の一つです.私たちの体の中では,5種類の感覚量はいずれも電気信号に変換さ
れ,脳に送られています.つまり,私たちの目や耳や指や舌や鼻はセンサなのです.
3.2
電気信号を送り出すセンサ ・
・
・ 生物の感覚器
光センサやタッチセンサが電気信号をロボットに送る,というのはそんなに不思議な感
じはしないでしょう.しかし,匂いを測るセンサも電気信号で匂いをロボットに伝えてい
る,というのは少し不思議に思う人が居るかもしれません.
しかし,生物は電気現象を利用して生きているのです.生物と電気現象とは,切っても
切れない関係があります.舌や鼻は脳に電気信号で情報を送り,それを私たちは味や匂い
として感じるのです.
4
4.1
生物の感覚
感覚の質の基本要素
光はその強さと波長(色)を視覚は検知しています.光の広がりによって像をとらえる
場合,線や点,それらの動きなどを要素として認識しています.像を認識する視覚は複雑
です.人の顔,文字,山や木々,建築物など様々な画像を何かの単位を使って数字で簡単
に表現することはできません.
では,もう一つの視覚である色彩感覚はどうでしょう.三原色を知っていますか? 赤
と緑と青を混ぜると私たちの身の回りの色を全て作り出すことができます.ここで注意し
ないといけないのは「三原色」は人の視覚にとっての原色だということです.ミツバチは
紫外線を感じることができるので原色の数が多く,五原色の世界に生きています.多くの
ほ乳類は緑が無い二原色の目を持っていますが,脊椎動物の祖先は四原色(三原色+紫外
線)を感じていました.
味は五つの基本味があります.甘い,酸っぱい,塩,苦い,旨いの五つです.
「旨い」味
は昆布や鰹節のだしの味で「おいしい」という意味ではありません.
音は音の高さを識別する2万個の細胞を持っていますから,音の高さを細かく連続的に
感じ取ることができます.88 鍵のピアノの音の高い低いは難なく分かりますし,もっと微
妙な音の高低もわかります.西洋音楽は平均律で決められた五線譜に記述できる基本とな
る音の高さがあります.ドレミファソラシドとそれらの#と♭です.西洋音楽はこれらの
音が基本となっていますが,実際の音はもっと細かく音の高さが変わります.ですから,
基本要素の数はピアノの 88 鍵よりもずっとずっと多いのです.
匂いはどうでしょう? 基本となる匂いはあるのでしょうか?正解は「ある」です.で
も,その数が非常に多いので私たちには基本の匂いを明確に認識することができません.
基本となる匂いの数は,匂いを受容するセンサ(匂い受容細胞)の種類で決まります.人
の場合で 388 種類,嗅覚が発達した動物だと 1000 種類近くの基本となる匂いがあります.
嗅覚は数百種類の細胞で匂いを受容する感覚なのです.色彩感覚をもたらす「三原色」を
感じる三種類の視細胞よりもはるかに多いのです.
4.2
生物が持っているガスセンサ(嗅細胞)
鼻から入った匂い物質がどのように受容されるかを図 4 で説明しましょう.揮発した
ガス状の化学物質(匂い物質を含んだ気体)は吸入されて鼻腔に入り,そこで嗅粘液に溶
け込みます.溶け込んだ匂い物質は嗅細胞の繊毛(細い繊維状の細胞の組織)の表面で
キャッチされます.嗅細胞は匂いをとらえる神経細胞なのですが,匂いをとらえる繊毛を
鼻腔側に伸ばし,とらえたことを伝える神経繊維を脳側に伸ばすとても細長い細胞です.
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図 4: 匂いの受容プロセス.匂い物質が鼻の奥の細胞の表面にくっつくと脳に信号が行く.
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図 5: 匂いの受容膜.どんどん拡大していくと,膜の表面のタンパク質が匂い分子を捕ま
えている事が分かる.
4.3
生物は膜電位の変化で匂いを検出する
細胞は膜によって外と内を区別しています.その膜が細胞膜です.細胞膜は両側を水溶
液で挟まれています.外側が細胞外で,内側が細胞内です.生物は細胞内を一定の環境に
保つため,膜がせっせと仕事をしています.そして,細胞膜は外側の環境をいつも測定し
ているのです.
細胞膜はその外側と内側で接している環境(水溶液)が違っていて,イオン(電気を帯
びた粒子)の濃度も異なっています.そのため,膜の内外で電位差が発生しています.細
胞はこの電位を外と内の違いを知るための情報としているのです.例えば,ナトリウムと
いうイオン(食塩の構成要素)は細胞の外側にたくさんあり,カリウムというイオンは細
胞内にたくさんあります.濃度差はその物質の流れを作り出します.濃い方から薄い方に
ものは流れますよね.電気を帯びたイオンの流れは電流となり,電位差を生むのです.
匂いを受容する細胞は,その繊毛の細胞膜の中に特別なタンパク質(匂い受容体)を
持っています.タンパク質は生物が生きていく上でとても大事な働きをする小さな部品で
す.大きな分子をばらばらにしたり(酵素),異物を認識して攻撃したり(抗体と免疫),
物質が持つシグナルを受け取ったり(受容体)するのはたんぱく質の重要な働きです.
匂いをキャッチする匂い受容体もタンパク質の一種で,細胞膜に膜に埋め込まれている
ので膜タンパク質と言います.匂い物質のうち受容体タンパク質とうまく形状や電気的な
特徴が一致するものだけがあるタンパク質にキャッチされます.このような受容タンパク
質は人の場合で 388 種類,犬やマウスなどは 1000 種類ぐらいあります.人は三原色を得
たため,嗅覚は退化して,匂い受容体の種類も少ないのです.
さて,匂いがする化学物質をキャッチすることで受容体にスイッチが入り,その信号を
伝えます.信号は化学物質だったり電圧だったりします.中でも神経細胞は電気的な信号
を伝える,特殊な細胞です.
匂い受容の場合,匂い物質が受容体にくっつくことがスイッチとなって,信号が細胞内
に伝えられ,その結果,膜のイオンの通りやすさが変化します.イオンが細胞膜を通過す
ると,電気を帯びた粒子が動くことになり,膜の電圧が変わります.つまり膜電位が変化
するのです.これが「匂い物質」という化学情報が「電位」という電気情報に変換された
瞬間です.私たちの感覚器は,どれも刺激を受容することで膜電位を変化させ,その電気
的な信号を神経を介して脳に送っています.光や音,温度,接触,味,匂い,どれも神経
の電気信号となって脳に伝えられ,処理されているのです.
匂い物質を受容することで引き起こされた膜電位変化は,神経細胞によって適当な形の
電気的信号に変換されて脳に向けて伝達されます.最初に信号を受け取るところは嗅球と
いう古い脳で,さらにこの情報が中枢の脳へと伝えられます.
匂いの特徴に応じた数百種類の匂い受容体が嗅細胞には備わっています.たくさんの種
類の嗅細胞は匂いに応じた異なる特徴のパターンを作り出します.脳はたくさんの嗅細胞
からの信号を受け取って,
「どの細胞がどのように応答したか」というパターン情報を総
合的に判断して,
「どんな匂いなのか」を認識するのです.
4.4
化学感覚:味や匂いの役割
まず,基本が少ない味について考えてみましょう.味は5つの基本味(酸味,塩味,苦
味,甘味,うま味)から成りなっています.基本味というのは光の色の三原色(赤,緑,
青)と同じです.テレビの画面に近寄ってじっと見ると分かりますが,テレビに映ってい
る様々な色はたった3つの色の濃淡で表現されています.同じように,味も5つの基本味
によって全て表現できることになります.ただ,私たちがいつも感じている味は,舌触り
とか匂いなどの感覚にも大きく影響されますから,基本味というのは舌の上だけで感じる
味の基本要素に相当します.
5つの基本味はそれぞれ私たちの体に重要な意味を持っています.まず,塩味は体の無
機質(ミネラル)の成分である塩の味です.生きていく上で必要な成分ですから,塩は心
地よい味がしますが,摂り過ぎると有害なので,不快な味になります.甘味はエネルギー
の素である糖(炭水化物)の味で,体に必要な心地よい味です.うま味はタンパク質の構
成要素であるアミノ酸の味です.昆布に含まれているうま味の成分はグルタミン酸ナトリ
ウムで,スープやお吸い物が持つ甘味とも塩味とも違ったおいしさを感じさせる味です.
アミノ酸は筋肉などを構成するタンパク質を作る素となる必須栄養素ですから,うま味は
心地よい味になります.
酸っぱさは腐敗した食べ物が持つ味です.苦味は毒の味です.酸味も苦味も体にとって
の危険信号で心地よい味ではありません.しかし,
「良薬口に苦し」の通り,苦い薬が頭
痛が和らいだり,コーヒーやお茶の苦味成分で眠気が覚め,すっきりした気分になったり
するので,経験でその良い作用を知っている私たちは若干の苦味が好きになります.酸味
は食欲を増したり,他の味を引き立てたりしてくれるので好まれる味にもなります.
このように味は体にとって,食べ物についての重要な信号となっているのです.ですか
ら,好き嫌いの原点を正しく身につけることができる食習慣が大事です.
匂いは化学物質によって外界の情報を得るための媒体であり,感覚です.焦げ臭い匂い
で火災の危険を察知する.腐敗した匂いやカビ臭い匂いで食べ物が傷んでいることを知
る.甘い匂いやお肉の焼けた匂いで食べ物を探す.雨が降り始めた時に感じる少し油っぽ
い匂い.異性の匂い.このように自然界の事物には匂いが付随していることがほとんど
で,匂いはそれらを識別するために備わっている感覚なのです.
人の嗅覚は,私たち霊長類の祖先が 3500 万年前に三色視を得て,そして二足歩行をす
るようになり大きく退化しました.ここで言う退化というのは,匂いを受容する受容タン
パク質の種類が減ったことを意味します.知性を得た人は匂いに頼らなくても生きること
ができるようになったのです.
動物の場合は体臭によって交尾相手を決めたりもします.蛾の雌はフェロモンというあ
る種の化学物質で自分と同じ種類の蛾の雄を呼び寄せます.さらに,香水や石けんなどに
含まれる香料,宗教儀式に使われるお香など文化的な意味も匂いは持っています.
5
匂いセンサ
目や耳に相当するセンサは古くから開発が進んでいましたが,鼻や舌と同じ働きをする
センサは長い間作ることが難しく,開発が遅れていました.しかし,現在,生物の味の受
容のメカニズムを模倣することで,味覚センサが実現されています.生物をまねて新しい
ものを作り出してきましたが,それは人の科学と技術の歴史の大事な側面です.
一方で,匂いは化学物質の種類が非常に多く,数百種類以上の基本要素があり,さらに
物質によってとても高い感度で化学物質を検知できる,とった特徴を持っています.その
ため,簡単に使える匂いセンサはまだ実用化されていません.
5.1
ガスセンサ
今回の科学実験教室では匂いセンサを使います.しかし,嗅覚は数百種類の基本要素か
ら成り立つ数 10 万種類の匂い物質をとても高い感度で嗅ぎ分け,人工の匂いセンサは現
在の科学技術でもまだ生物の嗅覚には遠く及びません.そこで,今回の実験ではガスセン
サを使った「簡易匂いセンサ」を作って匂いの強さだけを測ることにします.ガスセンサ
は様々な匂いに応答し,その強さに応じた変化を出力しますが,人の嗅覚には感度はまだ
まだ及びませんし,匂いの違いを識別はできません.今回,用いるセンサはガスの濃度を
検知します.特にアルコールや水素など小さな分子に良く応答するので,私たちが感じる
嗅覚と一致しない部分もあります.
ガスセンサの原理を説明しておきましょう.今回,ロボットに装着するガスセンサは酸
化物半導体ガスセンサと呼ばれるものです.
「半導体」というのは金属のように良く電流を
通す「導体」と,消しゴムや紙のように電流を通さない「絶縁体」の中間の性質を持った
物質で,そのため「半」導体と呼ばれます.テレビやコンピュータなどの電子回路を持っ
た電気製品はこの半導体を使った IC(集積回路)で信号を処理しています.半導体はそ
の電気抵抗(電流の流れやすさ)を簡単に変えることができます.温度や光でも変わりま
す.これらは温度センサや光センサ(デジカメの心臓部)に使われています.
酸化物半導体は金属を酸化(酸素と金属を結びつけた物質)させて作った材料で,ガス
センサにはスズや亜鉛の酸化物が使われます.ガスセンサに使われる酸化物半導体は小さ
図 6: 酸化物半導体ガスセンサの応答原理
な粒々を押し固めたもの(セラミクス)で,電流はその粒の間を流れます.そして,ガス
はこの酸化物の表面にある酸素と反応します.そうすると,酸化物半導体はその電気抵
抗が下がります.この反応はガスが酸素と結合する,つまりゆっくりと燃えることと同じ
で,センサの温度をヒーターを使って上げてやるとセンサの感度が良くなります.
このようなガス(匂い物質)の検知メカニズムは生物の検知メカニズムと異なってい
るため,私たちの嗅覚とはセンサの特性が異なるのですが,匂いがあれば出力が大きく
なる,という点は同じです.ですから,条件を限定すれば「匂い」の強さを測定すること
ができます.ガスセンサは匂いの質が変わると出力の大きさが人と一致しなくなるので,
ガスセンサの出力は匂いの強さを示すものでは無い ことは注意が必要です.
図 7: ガスセンサ(TGS2600 フィガロ技研)
5.2
ガスセンサの接続
マインドストームはセンサが出力する 0 V∼5 V の電圧を 0∼1023 の数字に変換して認
識します.数字が半端ですが,1023 は 2 進数で 10 桁(0 か 1 が 10 個並んだディジタル値)
で表現できる最大の数なので,コンピュータには切りが良い数になっています.このよう
に連続的な電圧というアナログ量を 0,1 のとびとびのディジタル値に変換することを AD
変換(analog to digital converter)と言います.0 V が 0,2 V だったら 409,5 V が入力
されたら 1023 です.マインドストームのプログラムはこの数で大きさを判断すれば良い
のです.
センサの信号をマインドストームが読める信号に変換するのが電子回路です.電子回路
は目的に応じて,信号や電気エネルギーを適切に処理します.今回の実験ではガスセンサ
の抵抗値をマインドストームの入力信号に変換します.電気抵抗を測定するには「セン
サ」にある電圧をかけてその時に流れる電流を測定します.電流を測定するには既知の電
気抵抗にその電流を流して,その時に現れる電圧を測定します.知りたい抵抗が Rx だっ
たら,電圧 V0 を加えると V0 /Rx だけ電流 Ix が流れます.これをオームの法則と言います
(V = IR の関係).そして,この Ix を R0 に流すと電圧 Ix R0 が抵抗 R0 の両端に現れま
す.電圧になったり電流になったり,ちょっとややこしいですね.
さて,レゴ マインドストーム EV3 にはこの抵抗 R0 に相当する抵抗が信号入力端子の
中に内蔵されていますから,今回の匂い嗅ぎロボットではセンサを入力端子につなぐだけ
で匂いの強さに応じた信号を得ることができます.
5.3
センサのキャリブレーション
ガスセンサでは周囲のガスの濃度に応じて抵抗値を変えますが,濃度の値は分かりませ
ん.そのガスが一種類で匂いを持っている時は匂いの強さがガスの濃度になります.ある
決まった強さの匂いの時にセンサがある値になる回路を調整する作業をキャリブレーショ
ン(較正)と言います.実際にキャリブレーションを取るときは,マインドストーム EV3
を使って数値を読み,次の手順で行うと正確に調整ができます.
1. 匂いが無い状態でセンサの値(R0 )を記録する.
(ゼロ調整)
2. ある強さの匂いにセンサを応答させ,センサの値を記録する.
3. センサの初期値を基準としたセンサ抵抗値の変化が匂いの強度になるようにセンサ
の値を変換する.
(感度調整)
しかし,匂いの強さを調整するのは簡単ではありません.良く採られる方法は容器の中
に匂いがするものを置いて,しばらく放置して得られる匂い付きの空気を使うことです.
例えば,お鍋の中に醤油を入れ,ふたをしてしばらく放置します.そして,ふたを少し開
けてガスセンサをそこに近づけるとセンサの出力が変わります.この時のセンサの値から
匂いの強さが大まかに分かるでしょう.
今回,ロボットに装着するセンサはマインドストーム EV3 のセンサ端子を用いて,直
接,センサを接続します.EV3 内部の抵抗と電源を使ってセンサ抵抗の変化を読み取り
ます.キャリブレーションはセンサを測定したい匂いの源に近づけ,その値を記録し,ロ
ボットを動かすソフトウェアで条件判断する数値として用います.
図 8 はマインドストーム EV3 の光センサの出力を Robolab のスコープを使って電圧で
読んでいるところです.明るくなったり暗くなったりするのに連れて,センサから出てく
る電圧が変わることがわかります.この値から明るさを数値で知ることができます.
以上でセンサとロボットについての知識を学ぶミッションは完了です.
図 8: 光センサの出力を LabVIEW プログラムで読む.センサは明るさを数値に変換する.
6
今回のミッション —壁と色と距離と匂いで迷路を辿る「迷
路脱出センサロボット」を作ろう—
犬はどのようにして餌や好きなものを見つけ出すのでしょう?私たち人は,主に目を使
い,経験や記憶でそれが探しているものかどうかを判断します.しかし,犬は視覚だけで
は無く,非常に優れた嗅覚で餌や好物を探し,識別していると言われています.昆虫や哺
乳類などの動物は,暗闇で行動する時など視覚が使えない事も多く,多くは周囲の状況を
知るために優れた嗅覚から得られる匂い情報も使っています.
図 9: 迷路脱出センサロボットの基本形
今回のミッションは視覚と触覚で嗅覚で情報を得て,迷路を抜けるロボットを作りま
す.壁と床と匂いを検知ながらゴールを目指すのは人でも難しい課題ですが,挑戦しま
しょう.壁を辿るには,タッチセンサと距離センサを使います.また,迷路のゴールの床
には色が塗られています.みなさんが作るセンサロボットには色を判断するカラーセンサ
が付いていますから,色と壁の情報を頼りに迷路を辿り,ゴールを探すことができます.
さらに,迷路には入り込むとゴールに行けなくなる経路がありますが,そこには匂いがあ
ります.センサロボットにはガスセンサを付けますから,匂いを嗅いで袋小路に入り込ま
ないように動作させます.4 つのセンサでうまく迷路を抜け出すロボットを作り,プログ
ラムを調整してください.
図 10: 迷路の例.ゴールには床に色が塗ってある.匂いがあるところに入ったら逆戻り
するとゴールは近い.
ロボットをより上手に動かすにはロボットの機構を工夫し,ロボットに合わせたソフ
トウェアを作らないといけません.この科学実験教室ではその解答は準備していません.
だって,身の回りにある機械はいろいろな動きをしますよね.いえ,生物はそれ以上に多
様です.正解は一つではありません.
このミッションを達成するには,ロボット本体,匂いセンサ,制御プログラムについて
学び,それらを作らなければいけません.ミッションの達成にはみなさんの個性・才能と
努力,そして協調と協力・競争が必要です.今回はいくつかのチームに分かれて,匂いを
嗅ぐセンサロボットを作りますので,良いチームワークを発揮してください.
さぁ,姿や形,スピード,そして正確さを競って,楽しい動きのセンサロボットを作っ
てみましょう.
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