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英国における保険契約者保護の一側面
英国における保険契約者保護の一側面 一法改革と自主規制梅津 昭彦 (東北学院大学専任講師) I はじめに II 制定法によらない保険コントロール 1 保険業界と政府との協定 (1)労働者補償協定 (2)自動車保険局協定 (3)使用者責任協定 (4)仲裁条項協定 2 小 括 HI 近時の保険法改革に関する議論 1 法律委月会の立場 1980年法律委具合の勧告 (1)開示義務について (2)申込書について (3)ワランティについて IV 1986年声明書による自主規制 1 通用対象となる保険契約 2 申込書 (1)ワランティ・契約の基礎条項 -3 5- 英国における保険契約者保護の一側面 (2)申込者に対する注意・警告 (3)残余開示義務 3 保険金請求 (1)保険者の請求拒絶理由 (2)申込書との関係 Ⅴ おわりに I はじめに 英国は判例法圏に属する国家であり、保険についても特に契約の法 理面では判例法の積重ねならびにその解釈が重要であることには疑い がない。他方保険事業を営む主体については、 1870年生命保険会社 法(Life Assurance Companies Act 1870)制定以来、現行の1982 1) 年保険会社法(Insurance Companies Act 1982)に至るまで、制定 2) 法による国家規制が行われている。そして、保険会社が支払不能に 陥った場合の事後的な保険契約者保護を目的とする1975年保険契約 者保護法(Pohcyholders Protection Act 1975)が存在する。さら に保険仲介者の資格規制としては、 1977年保険ブローカー(登録) 3) 汰(Insurance Brokers (Registration) Act 1977)があり、最近で は、投資業規制法として成立した1986年金融サービス法(Financial Service Act 1986)が生命保険仲介者の販売活動をその適用範囲と 4) したことにより、立法による保険販売規制が注目されている。 保険制度が国民経済に与えている影響力を問題とするとき、特に一 般消費者の生活における家計保険を中心にみる場合には、他の契約類 型よりもその重大きが強調されなければならない。なぜならば、通常 -36- 英国における保険契約者保護の一側面 の売買契約とは異なり、保険商品について消費者たる保険契約者の評 5) 価能力はそれほど期待できないことが指摘され、わが国でも消費者保 6) 護の一部として保険契約者保護が提唱されるところである。英国にお いても保険契約内容に対する国家的コントロール(規制)の必要性 7) が、 「契約自由の原則」を認めながらも生じている。すなわち英国で は、事件として表面化した間贋が裁判所で争われそれが判例法として 確立されることを期待するよりも、保険契約者保護の目的の下に事前 に契約内容を制定法によってコントロールすることで保険金支払の確 実性を確保するという提案が議会あるいは法律委月会で度々取上げら れている。しかしながら、それはことごとく立法化されずに現在に 8) 至っているのである。そこで英国では、次章以下でみるように、政府 と保険業界との間の協定(agreement)そして業界による自主規制が 保険制度の運営ならびに契約内容について国家的コントロールを行う 代替手段として伝統的に選択されてきている。このことを、英国保険 9) 法のひとつの特色として捕らえることができよう。 本稿は、これまでに政府と保険業界との間で締結されてきた各種の 協定を概観し、それらが英国保険法あるいは英国法制の中で判例法の 展開と並列して存在するその特色を捕らえることを一つの目的とす る。そして保険契約法の改革問題を取上げた法律委月会の-勧告、さら に現在保険契約者保護を企図していると考えられる業界による自主規 制の内容を紹介し、その問題点の検討から英国保険法における保険契 約者保護の一側面を明らかにしたい。このような作業は、わが国の保 険契約者保護を消費者保護議論の中で捕らえ、特に保険者の行為規 範、具体的には「保険募集の取締に関する法律」の改革議論あるいは IB) 約款規制の観点から考察する際に少なからず参考となると考える。 -3 7- 英国における保険契約者保護の一側面 注1)同法についての邦語文献として、石山卓磨「英国保険法概説I)・(II)一英国 会社法との交錯領域について-」文研論集第76号(1986年) 43真以下・第77号 (1986年) 45頁以下、小池貞治「英国の1982年保険会社法」抹害保険研究第46巻 4号(1985年) 35頁以下がある。 2)保険者の事業内容に対する国家規制の変遷ならびに1960年代までの規制内答につ いては、 M. Pickering, "The Control of Insurance Business in Great Britain 4Wis.L.R.1141 ( 1969 .さらに、ロイズは自主規制の形を取りなが らも、 1982年ロイズ法(Lloyd's Acts 1982)に基づくコントロールが及んでい る。 R. B. Ferguson, "Self-regulation at Lloyd's. The Lloyd's Act 1982 - 46 M. L. R. 56 (1983 ).尚、同法についての邦語文献として、小池貞治「1982年ロ イズ法(Lloyd's Act 1982)制定の経緯と同法の内容」姐害保険研究第47巻1号 37頁以下がある。 3)同法についての邦語文献として、小池貞治「英国の1977年保険プロ-か- (萱 銀)法」規害保険研究第47巻1号(1985年) 103頁以下がある0 4)竹済修「イギリスの保険募集規制と消費者保護」民商法雑誌第101着l号(1989 年) 28頁、参軌 尚、同法の規制体制一般については、森田章「英国の投資営業規 制の法的枠組-一九八六年金融サービス法の概略」 r投資者保護の法理j 日本評論 社(1990年) 26頁以下に詳しい。そして同法に基づく生保商品販売規制のための自 主規制団抜ルールの詳細については、梅津昭彦「金融サ-ビス法と生命保険仲介者 -Polarisationと手数料開示問題-」生命保険文化研究所・英国金融改革研究会報 告書5 (1989年)ならびに岡田豊基「生命保険における商品規制について -LAUTRO規制にみる("best advice]ルールと将来予測-」同報告書6 (1989 年)を参照されたい。 5)わが国における家計保険契約に対する国家規制の問題の指摘は、一般に、西島梅治 丁保険法 第二版j筑摩書房1981年) 20-32頁、参照。 6)保険契約者保護を消費者保護の問蔦として扱った最近の邦語文献として、岩崎稜 -38- 英田における保険契約者保護の一側面 「保険における消費者保護」 r消費者法講座 第6巻 業種別にみた消費者保護II ・消費者の権利の実現I』 E]本評論社(1991年) 177真以下、参照。 7)英米契約法における「契約自由の原則」については、一般に、望月札二郎r英米法 〔改定第二版〕 』青林書院(1991年) 31ト13頁、木下穀「英米契約法の理論〔第2 版〕 』東京大学出版会(1985年) 52-57頁、参照. 8)英国では、海上保険契約についてのみ判例法を成分化したといわれる1906年海上 保険法(Marine Insurance Act 1906)が存在する.同法についての解説として、 柿崎義史監修・大正海上火災保険(秩)海規部訳「ビクター・ドーバー海上保険 法』成山堂(1988年)がある。 9)この点についての歴史的解説書として、 H. E.レインズ著/庭田範秋監訳rイ ギリス保険史l明治生命100周年記念刊行会(1985年)、特に454-77頁、参照。 10)岩崎・前掲注6)189-94頁、参照。 尚、英国の保険法に関する代表的書物は、本稿において、 Cohnvanx s Law of Insurance (6 th ed. Sweet & Maxwell, 1990)をColinva虹, MacGilhvray and Parkington on Insurance Law (8 th ed. Sweet & Maxwell. 1988)を MacGillivray and Parkingtonそして、 J. Birds, Modern Insurance Law (2d ed. Sweet & Maxwell, 1988)をModern lnsurance Law と略記する。 II 制定法によらない保険コントロール 1保険業界と政府との協定 英国ではこれまで、保険契約の各分野において個々の保険者を代表 する事業者団体と大臣ないし主務官庁により代表される政府との間で 交渉され締結された幾つかの協定(agreement)が存在する。それら -39- 英国における保険契約者保護の一側面 を単純に表現するならば、一定の保険取引慣行あるいは契約内容を立 法によってではなく非公式または非法的な協定あるいは自主規制コー ドにより規制し保険者自身の行為規範とすることにより、保険契約者 保護の効果をあげようとするもの、あるいは公の批判をかわすための 1) 手段であるとする見方がある。 そこでその一方当事者である保険者の団体として、例えば1917午 に設立された英国保険協会(British Insurance Association)があ る。当該協会は、 「当協会構成月の遂行する業務が国内外の政府ある いは他の官庁の行為または行為の提案により影響を受ける場合は何時 でも、便宜であると考えられるような申合わせ手段を取ることを含め て、全ての種類の保険事業の共通の利益を保護し、促進し、そして奨 2) 励すること」をその目的としていた。現在は、それまでに存在した数 団体が統合され1985年に設立された英国保険業者協会(Association 3) of British Insurers)が英国最大の業界団体である。 そこで、以下では保険業界と政府との間で成立した協定をそれぞれ の保険分野ごとに簡単に紹介しその内容を概観してみたい。 (1)労働者補償協定 1909年に、内務省(Home Office)と災害保険会社協会(Accident Offices'Association)との間で、労働災害により障害を負った 労働者を補償するために1897年に成立した労働者災害補償法(Work4) men's Compensation Act of 1897)に基づく補償制度の運用につ いて合意された。それは、身体上の労働災害から損害を被った労働者 について、その者がその後彼自身または他の者に対する危険がなく当 該仕事に従事できることを条件として、他の労働者と同様の保険契約 5) に同率保険料で加入できるとするものであった。その後労働者につい て災害補償制度上詳細な区分の必要性がないと考えられ、この協定は -40- 英国における保険契約者保護の一側面 6) 1921年に解消されている。さらに第一次大戦の影響から婦女子の職 場進出に伴い、労働者に対する補償率を25%引上げることが1917年 に労働者災害補償法に盛込まれた。この改正では、それ以前に成立し ていた保険に基づく保険金請求については規定されていなかったの ぞ、その場合にも25%引上げが適用されることが両者間で合意され た。この点についても2年後それを明示する改正法成立により解消さ 7) tlf: 1923年までは、英国において労働者災害保険の保険料率規制は行 われていなかった。それまでは、例えば、使用者から徴収する保険料 100ポンド毎に、被災労働者に支払われる保険金として48ポンド、 保険会社の収益として48ポンド、そして残りが管理費用に当てられ ていた。このような収支配分について1920年に設置された内務省調 8) 査委月会がその不経済性を指摘し、改革を要請した。そこで同年、収 益と費用は、徴収保険料の30-40%の間に設定することが合意され 9) た。この様な協定によるコントロールは、労働者補償が公的な抜制保 険とされるまで継続することとなる。 さらに英国では、被災労働者が不法行為に基づく損害賠償請求を 「選択した」場合には上記労働者災害補償法に基づく無過失給付が否 定され、他方同法による無過失給付である労働者補償を受取ってしま えば、不法行為訴訟を提起できないとされた。すなわちそれは、請求 権の競合を認めない「選択原則(the doctrine of election)」と呼ばれ ていた。通常の被災労働者は、どれ程時間を必要とするのか不確かな 不法行為訴訟を提起するよりも、即座に無過失給付を選択する状況に あった。その後彼等は、当該労働災害に基づくコモンロー上の損害賠 償請求の機会を不当に奪われたと考えるようになる。このような原則 10) については、裁判所ならびに議会から批判が寄せられていた。そこで -41- 英国における保険契約者保護の一側面 保険者と内務省は、保険者が「選択原則」を主張しないこと、労働者 補償は損害賠償請求が審理されるまでに一旦支払われることに合意し ll) た.その後、 1946年国民保険(産業災害)汰(National Insurance (Industrial Injurie) Act 1946)の成立により、労働者補償の分野 が公的制度になると自動的にかかる協定も解消されている。従って、 この分野での問題点が保険業界と政府との間の協定を経て、その後結 果としては立法により解決された例といえよう。 (2)自動車保険局協定 1930年代から40年代にかけて英国では、交通事故のための責任保 険について議論の高まりがあった。その議論の中心は、保険に加入し ていない運転者に起因する自動車事故被害者の救済問題である。自動 車保険市場関係者が立法による国家のコントロールを脅威と感じてい たために、それを先取りする形で、 1946年に保険会社83社を代表し て災害保険会社協会の議長、 19の引受シンジケートを代表してロイ ズの会長、そして他の保険会社の代表者と運輸大臣(the Minister of Transport)との間で自動車保険局(Motor Insures'Bureau) 設立のための協定が合意され署名された。自動車保険局は、全ての認 】 .rll 可保険者により構成され基金が積立てられている。 1946年の設立協定の際のE]的は、保険未加入の運転者に起因する 自動車事故損害をカバーすること、そして加害運転者が確認できない 犠牲者に対し「同情的(sympathetic) 」に補償を与えることであっ 13) た。しかし後者については、 1964年Adams v. Andrews事件判決 により自動車保険局が公正に負担すべき責任を法的に減少させるべき ではないと批判され、 「悲しむべき被害者に対する正当な支払額を削 減するために利用され得る強力な恩恵としての ex grati)議論を活 14) 用してきたことを回避すべきである。 」と指摘された。その後1969 -42- 英国における保険契約者保護の一側面 年に協定の修正が行われ、 「同情的」にではなく犠牲者は全額補償を 1 5) 受取れることになっている。現在でも自動車責任保険の分野では、 同局の設立以来その存在ならびに協定は国家によるコントロールの代 替手段として重要な役割を果たしている。 (3)使用者責任保険協定 この分野では、 Lister v. Romford Ice and Cold Storage Co. 16) Ltd.事件判決において、使用者の保険会社には、過失ある被用者に 対する使用者の求償権を代位する権利が与えられると判示されたこと が契機となった。従って本件判決によれば、使用者が締結している責 任保険は被用者の第三者に対する損害賠償を担保しない、すなわち常 17) に被用者は自ら第三者に対して賠償責任を負う結果となる。そこで 1957年3月に労働省(the Ministry of Labour)に各種官庁により 構成される調査委月会が設置され、そこでLister事件判決が労使関 18) 係に与える影響について検討されている。しかしながら、 Lister事 件が現在の法が不満足な状況にあることを露呈していると認識したに も拘らず、同調査委月会は早急な立法の必要性を主張することなく、 それ以前に災害保険会社協会ならびに相互保険会社協会(Mutual Insurance Companies'Association)と英国使用者同盟(British Employers'Confederation)との間で結ばれていたいわゆる「紳士 協定(gentlemen's agreement) 」を確認する形での解決を選んだ。 すなわち当該協定によれば、保険者は、第三者に対する事故が当該被 用者による共謀あるいは故意により発生した場合でない限り、当該使 用者の同意なくしてその被用者に対する求償権を行使しないことが合 意され、それは事実上保険会社の代位権を自ら制限するものであっ 19) たo 同調査委月全は、業界がかかる紳士協定を拡大するための自主 的努力を継続することを使用者責任保険分野での法改革の方針と結論 -43- 英国における保険契約者保護の一側面 20) 39リ;kサ (4)仲裁条項に関する協定 英国において保険者は通常、保険金請求に関する争いを仲裁に付す ことを主張できる契約上の仲裁条項(arbitration clause)を保険証 券に挿入する。すなわちこの条項に基づき仲裁が開始されると、申立 人である保険者はその後手続過程に登場することがなく、さらにその 公聴会(hearing)が非公開で行われるために、保険者は社会的批判 21) を受けることがないという利益を享受することができる。このような 仲裁条項については、 1956年に法律委月会で検討され、保険者によ " "1 るその濫用が指摘された。それに対して英国保険協会とロイズの会長 は、当該構成員である保険者と被保険者との争いが請求額の決定以外 の責任に関する事柄である場合には仲裁を主張しない旨の共同の私的 23) な信頼書簡を政府に送付することにより両者間の会意とした。現在 英国では、保険に関する仲裁機関として、 Personal Insurance Arbi・ 24) tration Service がその役割を果たしている。 2 小 括 これまでに保険制度あるいは私的な保険契約には、伝統的な判例法 の理論のみを通用することによっては解決することが困難な問題が潜 むことが確認されるところである。そのため英国では一般に、何らか の国家的コントロールが必要であると認められる場合に、以上のよう に保険契約については制定法による厳格な解決手段を選択せずに、政 府と保険業界との協定、そして事業者団体が自らの事業を自ら規制す 25) る自主規制を国家は伝統的に奨励してきたことが確認されるO 次章 では現在代表的である自主規制コードの内容を詳しく検討することと するが、ここでひとまず英国における協定あるいは自主規制が成立す -44- 英国における保険契約者保護の一側面 る背景に触れておきたい。 既存の法的ルールの理論的な適用問題と実務におけるその現実的履 行閉居との間の差異は、保険業界と政府との交渉(bargaining)の結 果として成立する協定あるいは自主規制により埋められてきたことを 基礎として検討されなければならないと思われる。そこには、刻々と 進展し複雑化する商取引を規制することの困難性に対応した英国にお 26) ける「経済法(economic law) 」の新しい形があり、特に消費者保 護を国家の経済政策の中に取込むことが英国「経済法」の任務である 27) とする認識が重要であると考えられている。さらにそのためには、コ モンロー国家といえども「公法(public law) 」の新しい理論を必要 としてきたといわれる。すなわち、公共の利益を保護しさらに促進す ることにより消費者としての保険契約者保護を達成するという考え方 から、そのためには国家による私的な保険契約に対するコントロール 28) が必要であることを強調するものである。そこで消費者保護が「経済 法」の一端として浮び上がるとき、恐らく保険契約についてもかかる 「経済法」体系の中で保険契約者保護の必要性が主張され、その方策 の一つとして協定あるいは自主規制がとられていると考えられる。 一方、このような協定あるいは自主規制に対する批判の核心は、政 府との協定が強制力ある契約の形をとっていない、または現実に協定 のあるいは自主規制コードの遵守を確保するために、それに違反した 個々の保険者に対する制裁が何時どのようにして課せられるのかを一 般消費者すなわち保険契約者が理解することは困難であることにあ る。事業者団体が自主的にその構成月に対して課したルールを当該構 成員が遵守しない場合に、例えばその制裁として構成具資格を剥奪し たとしても、それが「直接には」保険契約者保護に資するものでない ことは自明であろう。それにもかかわらず、協定あるいは自主規制が -45- 英国における保険契約者保護の一側面 法改革の代替物として英国で伝統的に利用されてきたのはなぜだろう か。その理由は、米国における保険法改革の進行との違いに着目して 29) 説明されている。すなわち英国保険業界が米国のそれとは異なり、そ 30) の公正さにおいて歴史的かつ伝統的に高い評価を得てきていること、 さらに英国が法改革のエネルギーを社会的保険制度のそれに注ぐこと により1930年代までに福祉国家を確立し、その意味で私的保険に対 31) してあまり注意が払われてこなかったことがあげられている。以上 二点をその主な理由として、特に制定法による巌格な国家的コント ロールを必要としなかったために、私的保険法制改革への着手が遅 れ、そこで政府は立法よりも協定あるいは自主規制を期待してきたと 考えられている。従って、この様な論調によれば、英国保険法改革の 進行の遅れを米国のそれと対比させてみるとき単純に消極的に評価す ることは正しい理解ではなく、このことを英国保険法における保険契 約者保護のための特色ある伝統の一つとみることができよう。 注1) R. Lewis, "Insurers'Agreements not to Enforce Strict Legal Rights : Bargaining with Government and in the Shadow of the Law 48 M. L.R. 275 (1985). [hereinafter cited as Lewis]以下で記述する協定は、同論文の取上げる 協定に限られる。 2) Lewis, at 276-77. 3)英国保険業者協会は、生命保険販売もその規制の対象となった1986年金融サービ ス法(Financial Service Act 1986)成立を契機として成立した。尚、同協会の 1990年の年次報告書(Annual Report)によれば、現在その会員数は、生・規保会 社ならtJrに国内およtJr国外会社合わせて約450社にのぼる0 4)同法ならびに英国労働法の当時の状況については、岩村正彦「労災補債と損害賠傭 (-) -イギリス法とフランス法の考察-」法学協会雑誌第100巻5号(1983年) 1 -46- 英国における保険契約者保護の一側面 頁、特に43頁以下、参照。 5) Lewis, at 277.英国における当時の労働者災書保険の状況ならびに災害保険者と政 府との間の協定の内容については、 W A. Dinsdale, History of Accident Insurance in Great Bri由in (Stone & Cox Ltd.,1954), at 285. [hereinafter cited as Dinsdale] 6) Lewis, at 277 ; Dtnsdale, at 155-56. 7) Ibid. 8 )同報告書の勧告内容については、 Dinsdak, at 156-58. 9) Lewis, at 278 ; Dinsdale, at 158-59. 10) Lewis, at 278 ; Dinsdale, at 161. ll Ibid. 12) Lewis, at 279-80.尚、自動車保険局の内部協定の詳細は、 Colinvaux, at 350-62 ; MacGillivray and Parkington, at 936-44 ; Modern Insurance Law, at 311-18.さらに英B)の自動車保険についての邦語文献として、鈴木辰紀「英国におけ る交通事故被害者の救済制度」早稲田商学第321号(1987年) 165頁以下、特に自動 車保険局(同論文では「自動車保険協会」 )については、 180-82頁参照。 13) [1964] 2 Lloyd's Rep. 347.本件は、被告の運転する車に同乗中に事故で損害を 被った原告が、被告の過失を理由に姐書階梯請求した事件である.裁判所は被告の車 と同方向に走行中であった確認できない第三者が運転する事に当該事故の原因がある ことを認め、被告には過失がないと判断した。そこで裁判所は原告の損害額を一応 15,000ポンドにのぼるものであるとしているが、そのうちの750ポンドを自動車保険 局が原告に「同情的に」支払っている。 14) 〟りat 352. 15) Lewis, at 281 ; Colinvaux, at 355-57. 16) 1957] A.C.555.事件の概要を要約すると、つぎのとおりである Lister は その使用者の所有するトラックを自宅敷地内で運転中、その不注意からその父親に傷 -47- 英国における保険契約者保護の一側面 害を負わせた.そこで父親は使用者に対し、 Listerから受けた規書について賠催請求 の訴えを提起したD裁判所が韻書の2/3について請求を認めたので、実際に保険契 約に基づき支払いをした保険会社は使用者の同意を得ることなく代位権を行使するこ とにより、 Listerに対し損害賠償請求をした。この点に関し、裁判所はかかる代位権 の行使を認めている。 17 Listerは、使用者が締結した保険契約が損害を被った第三者からの損害賠催請求 を担保することは当該契約の黙示条項であると主張したが、裁判所は3対2で受入れ なかった。 18)同委月全の検討の経緯については、 G. Gardiner, "Reports of Committees 22 M. L. R. 652 (1959). 19) Lewis, at 282. 20) G. Gardinerは、このような利益団体との協定という形での特殊な法改革が推奨 されるべきであるか、疑問を呈している G. Gardiner, supra note 18), at 656. 21) Modern Insurance Law, at 204. 22)その報告書として、 The Law Reform Committee's Fifth Report on Conditions and Exceptions in Insurance Po一icies, Cmnd. 62 (1957). 23)ただしこの協定は、再保険、海上保険、信用保険および一定の航空保険には通用さ れない Lewis, at 283. 24) Modern Insurance Law, at 4 (n. 15). 尚、 Lewis論文は、以上のほかに自動車保険、火災保険そして障害保険の分野にお ける保険者同士の協定についても紹介している。その中で、自動車保険に関する "Knock for knock"協定については、山野義朗「保険会社間の車両事故処理協定 について-イギリス・フランス・西ドイツの協定を参考にして-J r現代保険法海商 法の諸相』成文堂1990年 623頁以下、特に630-34頁において検討されている。 25) Lewis, at 289. 26)英国における伝統的な「経済法」の理解およびその展開については、 C.M. -48- 英国における保険契約者保護の一側面 Schmitthoff, "The Concept of Economic Law in England" [1966] J. B. L. 309. 27)その際、社会政策的概念としての「公共の利益(public interest)」が私的取引領 域に対し国家がコントロールを及ぼすか否かの基準となると説明される。さらに英国 経済法は、政府の経済政策を韓糾させる場合に最も顕著に具現することが指摘されて いるId., at 318-19. 28) Lewis, at 289-90.特にこの点についていわゆる「法と経済学」の観点からより詳 細な検討が必要であると思われるが、本稿ではその点について特に言及することはで きない。今後の課題としたい.尚、英匡=こおける「公法(Public Law)」と経済政策 の議論についてはT. Daintith, "Public Law and Economic Polocy [1974] J. B. L. 9 ; A. C. Page, "Public Law and Economic Policy : The United Kingdom Experience 9 J. Law & Society 225 (1982). 29) Lewis, at 29ト92 ; R. Hasson,ーThe Special Nature of the Insurance Contract : A Comparison of the American and English Law of Insurance 47 M. L. R. 505, 521-22 (1984). 30)英国において自主規制が成立する要因、そしてその意味については、梅津昭彦「英 国証券市場における自主規制の構造-1986年金融サービス法成立を契機として-」六 甲台論集第36巻1号(1980年) 109頁以下、 113-20頁を参照されたい。 31) R. Hasson. supra note 28), at 521-22. III 近時の保険法改革に関する放論 1 法律委員会の立場 英国では1970年代の消費者保護に関する法改革の気運の中で、 --49- 英国における保険契約者保護の一側面 1975年に法律委具合報告書(Second Report on Exemption Clause l) (Law Com. No.69, 1975))が公表され、一般契約における免責条 項に関して「合理性テスト a reasonable test) 」の導入が提言さ れた。その際このような消費者保護に関する議論のうえで、消費者が 締結する保険契約についても他の一般契約と同レベルで論じられるこ との是非が検討された1975年法律委具合は提案される規制範囲か ら除外すべき契約はないことを強調したが、保険業界はかかるテスト を保険契約に通用することについての予測できない影響を懸念し、立 2) 法作業の中に保険契約を含めることに強い反対の態度をとった。その 後この報告書は1977年不公正契約条項法(Unfair Contract Terms Act 1977)に結実し消費者保護のための立法として機能することが 期待されているが、保険契約は同法の適用範囲から除外されるに至っ 3) ている。 その後主務官庁により自主規制コード a code of practice)を制 定するよう求められた英国保険協会およびロイズは、議会に返答する 形で、 1977年5月保険慣行に関する声明書(The Statement of Insurance Practice)、 7月生命保険慣行に関する声明書(The Statement of Long-Term Insurance Practice)にそれぞれ合意し 公表している(以下、両声明書を1977年声明書と略記する)。すなわ ち、契約一般に対する立法によるコントロールに服さず、保険契約独 自の業界による自主規制を生ぜしめる結果となった。このことは、保 険契約法の立法化への動向が保険業界に脅威として働き保険契約者保 護を自主規制という形ではあるが自ら具体的に示す必要性を喚起させ たものといえよう。しかしながら、 1977年声明書の公表自体は、結 局通常の消費者である一般保険契約者の期待を保護する上では法が不 十分な状態にあることを示すものであり、自主規制コードの制定は法 -50- 英匡=こおける保険契約者保護の一側面 改革の代替物として機能するとは期待し得ない「みせかけの消費者運 4) 5) 動」あるいは「的を外した行為」であるとの批判を浴びるものであっ た。 続いて1980年には、法律委月会は前年のワーキングペーパー第73 6) 号(Working Paper No.73)に続き、特に保険契約を直接の名宛と する報告書「保険法、不開示ならびにワランティ違反(Insurance Law, Non-disclosure and Breach of Warranty) 」を公表してい 7) る。その中で業界が公表した自主規制としての上記の1977年声明香 に対する当委月会の姿勢は、次の言葉に集約されると思われる。 「我々の見解によれば、保険慣行に関する声明書は法が不満足であ り改革の必要があることの証拠である。我々が指摘したように、当該 声明書は法の効力を欠いている、すなわち被保険者は保険者がそれら を遵守せずに行動した場合の法的救済手段を有していない。むしろ保 険会社の清算人は、それらを無視するよう仕向けられるであろう。被 保険者が必要である今以上の保護が立法により提供されるべきである と、我々は考える。我々のこの見解は、 Lambert v. C0-operative Insurance Society事件のLawton判事の次の言葉により強化され る。 『現在ここにある不公正さは、それらを取払うつもりであれば、今こ 8) そ議会において扱われなければならない。 』 」 以上のように述べて法律委員会は保険契約をコントロールするため の立法の必要性を残調している。そこで、本報告書と1977年声明育 を修正し1986年に公表された声明書とを対照させた検討は次章で行 うので、以下においては、主要論点について当委具合の勧告を簡潔に 9) 要約するに止める。 -51- 英国における保険契約者保護の一側面 2 1980年法律委具合の勧告内容 10) (1)開示義務について 1 1) イ)開示義務に関する現在のルールは、欠点があり、それは声明書 のような業界の自主規制によっては治癒できない。そこで立法に 12) よる法改革が必要である。 ロ)実務を歪めてしまう恐れがあるので開示義務の全廃は好ましく 13) なく、開示義務制度は維持されるべきである。消費者が保険契 約者である場合には開示義務を廃止すべきであるとの主張も検討 されるべきであるが、結論として消費者とそうでない者の区別を 14) 客観的に適用することは困難であり、それは採用できない。 -)申込者が保険者に対し開示すべき重要事実としては、次のこと があげられる。 15) (a)リスクにとって重要である事実 (b)申込者が知っているあるいは知っていると推定できる事 lサ* 実 (C)申込者が求めている保険担保の性質および範囲に関して、 そして求めている保険が付される状況に関して、当該申込者の 立場にある合理的な者であれば保険者に開示するであろう事 17) 実 (2)申込書について イ)申込書において申込者に要求される回答の真実性についての基 準は、当該質問と求めている保険担保の性質および範囲に関して 合理的な者であれば全ての調査を行った後に、その「最善の知識 と確信に照ら し(to the best of his knowledge and 18) belief) 」た回答であることとする。 ロ)全ての申込書には、目立つように明白にかつ明示的な開示義務 -52- 英国における保険契約者保護の一側面 の存在および範囲そしてそれが履行されない場合の効果について 19) の警告を含めなければならない。 -)被保険者が申込書を提出したならば直ちに、当該完成申込書の コピーが被保険者に対して提供されなければならない。さらに申 込書には、かかるコピーを保管することの重要性についての被保 20) 険者に対する警告を含めなければならない. ニ)保険者が上記ロ)ないし-)の要件を遵守しない場合には、保 険者による被保険者の不開示に基づく主張は許されない。ただし 裁判所が以上の要件を遵守しなかったことが被保険者に当該事実 の開示義務に関して不利益をもたらす原因ではなかったと判断し た場合には、裁判所は、保険者の当該不開示に基づく主張を認め : ii ることができる。 (3)ワランティについて イ)保険契約における条項は、それがリスクにとり重要である場合 にのみワランティを構成し得るものとなるべきである。保険契約 においてコモンロー上のワランティとしての属性を有する条項は リスクにとり重要であると推定することができるが、被保険者 が、当該条項はリスクにとり重要でないことを証明することによ 22) りかかる推定を覆すことができる。 ロ)ワランティを有効に創設するためには、保険者は、ワランティ 創設後合理的な期間内にワランティについて記載した書類を被保 険者に提供しなければならない。以上の要件を遵守しない場合に は、保険者は当該ワランティ違反を理由として契約を取消すこと はできないが、かかる書類が保険者により提供されるための合理 的期間が経過する前に損害が発生した場合には、保険者は口頭に 23) よるワランティを主張する権利が与えられる。 -53- 英国における保険契約者保護の一側面 -)被保険者は、 (a)ワランティ違反が、特定された損失が生ずる危険を防ぐた めに為され、実際に生じた損失はそれとは異なる種類のもの であること、 (b)当該損失がワランティに違反しなければ防ぐことができた 種類のものであったとしても、被保険者の違反が実際にワラ ンティに違反したことにより生じる損失というリスクを増加 させなかったこと、 24) を証明できる場合には、ワランティ違反を問われない。 ニ)保険者がワランティ違反を理由とする契約取消権を行使する場 合には、その取消は将来に向かって効力を有するものとする。そ の効力発生日は、保険者が被保険者に対して取消の書面による通 25) 知を発したE]とする。 以上のような法律委月全の勧告に対しても、それは保険業界の反感 を買うことなく保険法の厳格さを顔和することを意図したが、実際上 消費者としての保険契約者保護に資するものではない、と批判されて 26) いた。再び保険業界は、立法を先取りする形で、次章で詳しく検討 する1977年声明書を修正した自主規制コードを公表し、再び立法に 27) よるコントロールを回避する結果となっている。 注1)同報告書の内容については、長尾治助「イングランド、ウェルズ法律委月会ス コットランド法律委員会 免責条項第二報告書(-) (二) 」立命館法学第127号 (1976年) 115真以下・同第128号(1976年) 130頁以下に詳しい。 2) Lewis, at 283. 3)同法第1条(2)ならびに付属規定(Schedule)1により保険契約は通用除外されて いる。当時は、 「合理性テスト」をどのように通用するかが裁判所の広範な裁量に委 -54- 英国における保険契約者保護の一側面 ねられていることに対する危候から、保険契約の通用除外は好ましいものとして評価 された J. Birds, "The Statement of Insurance Practice-A Measure of Regulation of the Insurance Contract " 40 M. L. R. 677, 678 (1977).尚、 同法所定の免責条項についての「合理性テスト」は、当該契約条項が「契約締結時に 存在した諸状況または存在したはずであると合理的に考えられる諸状況、あるいは当 事者が知っていたかまたは考慮に入れていた諸状況に冊らして、公正かつ合理的であ ること」を基準とするものである(同法第11条(2)項)。この点ならびに同法の成 立過程の詳細な検討については、 Efl島裕「過失責任の契約による免責-イギリス不公 正契約条項法(1977)の制定-」 『英米法の諸相』東京大学出版会(1980年) 571頁 以下、参照。 4 ) MacGilhvray and Parkington, at 296. 5) J. Birds, supra note 3), at 684. 6)英国保険法の改革についてこのワーキングペーパーに基づき検討した邦語文献とし て、長尾冶助「英国保険法の改正動向にみる告知義務違反と被保険者の保護(-) ・ (二・完) 」民商法雑誌第81巻3号(1979年) 319頁以下・同4号(1979年) 486 頁以下、参照。 7) Law Com. No. 104, Cmnd. 8064 (1980) [hereinafter cited as Law Com. No. 104].尚、 1977年の声明書は、当該報告書のAppendix Bとして掲載されて us 8) Law Com. No. 104, para. 3.28.本報告書も以上のように引用し、英国保険法の 開示制度においても注目されているLambert v. C0-operative Insurance Society Ltd. ( [1975 2Lloyd's Rep.485.)事件の概要は、次のとおりである。原告 Lambert夫人は、彼女自身とその夫が所有する宝石類を付保するために被告保険会 社に申込書を通じて「All Risk」保険の申込をした。その際、申込書記載の質問に答 える形で彼女の有する情報が保険者に提供されたが、特に質問事項に掲げられていな かったので、その夫の犯罪歴については開示されなかった。発行された保険証券に -55- 英国における保険契約者保護の一側面 は、保険者のリスク評価にとり重要な事実が開示されなかった場合には、そのこと自 体を理由として保険者は保険契約を取消し得ることが規定されていた。その後更新前 にもその夫は罪を犯したが、そのことは保険者に対して開示されずに当該契約は更新 された。付保された宝石類のうち7個(311ポンド相当)か盗難にあったので、 Lambert夫人は保険金請求をなしたが、保険者はその夫の犯罪歴について開示されな かったとして保険金支払を拒否した MacKenna判事は、証人として他の保険者を 召喚し、本件のような犯罪歴は慎重な保険者であればそのリスクを評価する際に必要 とする重要事実であるとの証言を受入れ、さらに次のように述べて原告を敗訴させて いる。 「本件は法が不満足な状態であることを示している Lambert夫人は、その わずかばかりの宝石類を付保する保険契約を更新する際には、夫の最近の犯罪という 悲惨な事実を開示することが必要であるとは考えていなかったであろうO彼女は保険 引受人ではなく、恐らく保険引受についての経験も全く有していなかったのであるO 被告全社が確立した開示制度の原則にもかかわらず、仮に保険金を彼女に支払った場 合には、その行為は寛大なことと賞賛されるかもしれない。現実には被告会社が保険 金を支払わないことは冷酷なことであると考えられるが、しかしそれが私のではなく 被告会社の業務なのである。従って、私は、本件控訴を却下する。 」 (Id.,at 491.)本件は、 1906年海上保険法にいう「慎重な保険者 a prudent insurer)テス ト」を他の保険契約にも明確に適用したものとして、さらに犯罪歴といういわゆるモ ラルハザードを問題にしたものとしても注目されている。 R. Merkin, "Uberrimae Fidei Strikes Again " 39 M. L. R. 478 (1976). 9)本報告書は、前年のワーキングペーパー第73号を下地に作成されている。その意 味で、本報告書の内容の理解については、長尾・前掲注5)を参考としている。 10)わが国の保険法においては「告知義務」の用語が使用されているが、英国の保険法 を考察の中心に置く本稿では、 "the duty of disclosure"を「開示義務」と直訳し て用いる。 ll)本報告書は、開示義務の欠点として次のように指摘する。 ①現行制度として確立し -56- 英国における保険契約者保護の一側面 たかにみえる「慎重な保険者テスト」には、疑問がある。判例においても、被保険者 は合理的な者として重要であると信じる事実のみを開示する義務があると述べる判決 (Joel v. Law Union and Crown Insurance Co. [1908] 2 K. B. 863.)が注目 されている。さらに保険契約者は現行法の下で不当に保険金請求を拒絶され、他の保 険者との新契約を求めることも困難である。 ②多くの人々は開示義務の存在を知らな い、仮に知っていたとしても、慎重な保険者が重要と考える情報が何かを知らない。 そして、契約者は申込書の質問以上の情報提供の義軌まないと考える. ③裁判所は当 該事実が重要か否かの判断に際し他の保険者を証人として度々召喚するが、このこと は保険者にとって有利に働く恐れがある. Law Com. No. 104, paras.3. 19-3.21. 12) Law Com. No.104, paras.3.23-3.30. 13) Law Com. No.104, paras.4.32-4.33. 14) Law Com. No.104, paras.4.34-4.42. 15)実質的には、開示義務の対象となる重要事項の一つとしてこれまでと同様の考え方 である。すなわち、それは申出られたリスクに保険担保を提供するか、そして保険料 額の算定ならびに各種契約条項の設定を判断する際に慎重な保険者であれば影響され るであろうと考えられる事実を重要事実とするものである。 Law Com. No.104, para.4.48. 16)それまで、被保険者が現実に知っている事実を超える部分に開示義務が適用される のかについて不確定であった。そこで、そのことを解決するために先ず、保険種類に ついて分類の必要があると指摘される。例えば、海上保険では、通常の事業の過程で 知るべき事実を当該保険者は当然知っているものとして扱われる(1906年海上保険法 第18条(D)。生命保険では、開示義務の対象は被保険者が現実に知っている事実に 限られるとの判例がある(Joel v. Law Union and Crown Insurance Co. [1908] 2 K. B. 863.).さらに「通常の事業の過程で」という文言は、事業の過程 以外で保険契約を締結する私的個人を含むことはできないといわれる。当法律委月会 の見解としては、被保険者は、明らかに重要であり自らが容易に入手できる事実を知 -57- 英国における保険契約者保護の一側面 らないと主張することはできないとする。すなわち、合理的調査を行えば入手できる 事実、そして当該保険を申込む合理的な者であれば入手できるであろう事実を被保険 者は知っていると推定される Law Com. No.104, paras.4.49-4.50. 17)ある事実がリスクにとり重要であり申込者が知っているまた知っていると仮定でき る事実であっても、それがその立場において合理的な者が開示するであろう事実であ る場合に限り、申込者は開示することが義務づけられるとする.そこで「当該申込者 の立場にある」の文言の意味するところは、個々の申込者の特異性、無知、愚かさあ るいは教育歴等を無視して、当該申込者の立場にある合理的な者に期待される知識ま たは経験を基礎にして、それが開示されるべき事実であるか否かの判断をすることを 裁判所に要求すると解される。さらに保険担保が求められた.扶音兄における事実とは、 例えば、電話で申込をする場合と書面により申込む場合とでは、それぞれ重要事実が 異なる場合があることを意味する。さらに契約交渉中に、保険者がある事実は開示す る必要のないことであると被保険者に対し印象づける場合には、被保険者はかかる事 実について保険者が知ることを放棄したと仮定することができる。そして、本報告書 はそれぞれの具体的場合において重要な不開示があったか否かの判断は裁判所に委ね られるという. Law Com. No.104, paras.4.51-4.52. 18) Law Com. No.104, para.4.61. 19) Law Com. NoJL04, para.4.60. 20) Law Com. No.104, para.4.63. 21)当該委具会はかかる例として、被保険者が自ら申込書コピーを保管していた場合、 あるいは事業者の締結する保険の場合を挙げている.後者の場合には、通常保険ブ ローカーまたは弁護士等の専門家の助けをかりて、慎重に数度の交渉を経て締結され るので、その過程で被保険者は開示義務の存在を熟知するに至ると考えられる。すな わちこの場合には、被保険者が開示義務に違反することと保険者が開示義務について の注意あるいは警告を怠ることの間に直接的関係を認め難いと説明される。 Law Com. No.104, paras.4.65-4.67. -58- 英国における保険契約者保護の一側面 22) Law Com. No.104, paras.6.12-6.13.英国保険法におけるワランティの意義なら びにその類型については、次章2 (1)ならびにその注記8 9 を参無されたい。 23) Law Com. No.104, para.6.14. 24) Law Com. No.104, paras.6.15-6.22 25) Law Com. No.104, para.6.23. 26) J. Birds, "The Reform of Insurance Law" [1982] J. B. L. 449, 452-53. 27)当時の保険法改革に対する議会の対応は、法律委月会の勧告に沿った早急の立法化 を主張する反面、保険業界による1977年声明書の修正による解決の道を捨てきれな かった。そこで保険業界の精力的な院外活動により立法が回避され、結果として保険 業界が勝利したと皮肉にも評価されている。 P.M. North, "Law Reform : Processes and Problems 101 L. Q. R. 338, 349-50 (1985). IV 1986年声明書による自主規制 英国保険業者協会(Association of British Insurers)とロイズ (Lloyd's)が1986年12月に公表した「損害保険慣行に関する声明 書(Statement of General Insurance Practice)」および「生命保険 慣行に関する声明書(Statement of Long-term Insurance Prac1) tice)」は、それぞれ1982年保険会社法(Insurance Companies Act 1982)付属規定(Schedule) 1ならびに2所定の損害保険事業 (General Business)、生命保険事業(Long Term Business)の分 二l 類に合わせて公表されている。以下では、注目すべき論点を順次取上 げ、 1977年声明書および1980年法律委具合報告書との異同、そして 学界からの指摘とともにそれぞれ検討する。 (以下では、特に断らな いかぎり、 「損害保険慣行に関する声明書」の規定を冒頭に掲げ、必 -59- 英国における保険契約者保護の一側面 要のある限りで「生命保険慣行に関する声明書」の規定を対応させて 取上げる。尚、括弧書で示すときは、 「損害保険慣行に関する声明 書」をG、 「生命保険慣行に関する声明書」をLと略記する。 ) 1 適用対象となる保険契約 「以下の通常保険慣行に関する声明書は、英国内に居住しその私的な 立場においてのみ付保される保険契約者の損害保険に適用されるもの とする。 」 生命保険慣行に関する声明書においてもその冒頭でほとんど同一の 規定を置くことにより、両声明書は、 「私的」保険契約に通用される ものであると解される。このことは両声明書が「消費者 consumer) 」という表現を実際には使用していないが、明らかに1977 年不公正契約条項法の「消費者」の定義を意識するものであると言わ 3) れている。すなわち、同法第12条において「消費者」とは「事業の 過程で契約を締結することなく、さらに自らその様な者と表示しない 4) 者」をいうと規定されており、両声明書はそれを「私的な立場」とい う表現で規定している。従って、両声明書は一般に「消費者」が締結 する保険契約に通用されると考えられる1980年法律委員会も、開 示義務の廃止論を検討する際に、消費者について同法の定義を用いて いたが、上述のように消費者とそうでない者とを区別することは実際 上開示制度の変則的運営につながり、無闇に問題を複雑にすると指摘 5) し、かかる区別の採用を見送っていた。法律委員会のこのような勧告 にもかかわらず、両声明書は、 1977年声明書に引続きこの様な適用 対象の明示の仕方を採用している。ただし、損害保険慣行に関する声 明書2 bにおいて同規定は海上保険および航空保険に通用されない ことが明示されていることをもって、両声明書の通用対象は一般に、 -130- 英国における保険契約者保護の一側面 消費者が締結する海上および航空を除く損害保険ならびに各種生命保 険であると考えられる。従って、例えば私的に購入されたレジャー用 の小型船舶に海上保険を付す消費者にはその適用が否定されることと 6) なる。 私的立場において保険契約を締結する消費者について、一般に開示 義務等の保険契約特有な技術的制度の存在およびその意味に関する知 識が乏しいことを理由として特別の保護が必要であると仮定できるで あろう。そこで両声明書を1977年不公正契約条項法が規定する「消 費者」の定義を類推して文言通り厳格に通用するならば、例えば私的 立場において保険契約を締結する弁護士には、たとえその者には開示 義務等に関する知識があると考えられるとしても両声明書の通用があ り、事業の過程でその小さな店舗に付保する小売店主には適用がない ことになる。実際には「消費者」であるか否かを「事業の過程で」を 基準として判断することに対する批判は、両声明書が適用される保険 契約を確定する場合にも提出されるであろう。すなわち、小事業主に は、両声明書が与えると考えられる保護が否定されることになる。こ の様な結果は公正ないし妥当であるかが考慮されなければならない。 すなわち一般に事業主が商品を購入する場合、その売買契約を「事業 の過程で」締結したのか、あるいは私的な使用のために締結したのか 否かを判断することは困難であり、同様に当該保険契約者が「私的立 場において」契約を締結したか否かを客観的に明らかにすることはで 7) きないと批判されている。 2 申込書(Proposal Forms) (1)ワランティ・ 「契約の基礎」条項 「1 -61- 英国における保険契約者保護の一側面 (a)申込書下部の宣言文言は、当該申込書の知識および確信にした がった記載事項に限定されるものとする。 (b)申込書ならびに保険証券には、申込書における過去および現在 の陳述をワランティとする旨の条項を含めてはならない。ただし 保険者は、リスクにとり重要な事柄について特別なワランティを 要求することができる。 」 英国における保険取引の慣行として、保険者は、その質問に対して 保険契約者により与えられた回答および情報の全てが真実かつ正確で あること、そしてそれらが保険者と保険契約者との契約の基礎を構成 することを約束する宣言文言(declaration)を保険証券に盛込んで きた。一般にこれは「契約の基礎」条項( "basis of the contract 8 clause)と呼ばれ、申込者の陳述をワランティ(Warranty)に転換 する効力がある。ワランティとは、一定の事実に関する陳述が正確で あること、あるいは正確であり続けることを被保険者が保証する (warrant)、または被保険者が所定の義務の適切な履行を保証する 9) ところの保険契約における書面による条項であると説明されている。 そこでワランティは一般に、次の類型に分類される。 1)申込書の完成 時における当該事実の真実性を保証する場合で、それが不正確である ことが判明したならば、保険者には当該契約を最初から(ab mitio)無効にする権利が与えられる. 2)一定事実の状態が将来の一 定期間に存在するあるいは存在しない、またはそれが将来に向かって 存続するあるいは存続しないことを保証する場合で、その違反につい ては、違反の日から将来に向けて保険者が当該契約を取消すことがで きる。これは「継続的(continuing)」または「約束的(promis10) sory) 」ワランティと呼ばれることがある。 そこで損害保険慣行に関する声明書I aは、宣言文言によりワラ ー62- 英国における保険契約者保護の一側面 ンティとされる事実は、 「申込者の知識および確信に従った」ものに 限定される旨を規定していることが注目される。すなわちこの規定の 意味するところは、保険者が申込者に対して質問事項の回答が完全に 真実であることの保証を求めることができず、不正確な回答ないし情 報がワランティとされたとしても、それ自体では保険者の契約取消権 を正当化するものではないところの「意見のワランティ(warranties ll) of opinion) 」に限られることにある。他方、生命保険慣行に関す る声明書はワランティに関して次のように規定するが、 「申込者の知 識および確信に従った」との上記損害保険慣行に関する声明書1 (a) に対応する規定は存在しない。 「1 (b)当該ワランティが他の生命保険に基づき付保されている生命に かかる事実の陳述に関係する場合を除き、申込書ならびに保険証 券には、申込書における過去および現在の陳述をワランティとす る旨の条項を含めてはならない。ただし、保険者はリスクにとり 重要な事柄について特別なワランティを要求することができる。」 すなわち生命保険契約においては、宣言文言が「申込者の知識およ び確信に従った」限定的なものであるか否かにより違いが生じてく る。例えば、次のような事例が考えられている。 「家族の中で過去に 糖尿病あるいは心臓病で死亡した人がありますか」という質問に対 し、申込者が20年間会わずにいた父親が糖尿病に犯されていること を知らずに「NO」と回答した場合を仮定してみよう。まず、損害保 険慣行に関する声明書1 a)所定のように、その申込書において回 答が申込者の知識および確信に従って真実であると宣言していれば、 保険者に当該契約の取消権は認められない。他方、申込者が単に回答 が真実であると宣言したにすぎなければ、保険者は契約を取消し責任 -63- 英国における保険契約者保護の一側面 12) を回避する可能性が生ずると説明される。裁判所は健康状態につい てのワランティを「意見のワランティ」であると解釈する傾向にある 13) と認められていることを考慮するならば、生命保険の場合についてこ のような大きな違いが生ずることを、どの様に考えるか問題となろ う。 1977年声明書は特に申込書におけるワランティの扱いについての 規定を有していなかったのに対し、現行の両声明書Kb)によると過 去ならびに現在の事実に関するワランティの創設が制限され、 1977 年声明書に重大な修正を施しているといえる。すなわちこれまで「契 約の基礎」条項により創設されてきた過去ならびに現在に関するワラ ンティが原則として禁止されることとなった1980年法律委員会の ワランティに対する批判の一つとして、過去ならびに現在に関するワ ランティは、基礎条項によってではなく、特別なワランティを要求す ることによってのみ創設されるべきであるとの勧告が提出されていた 14) 15) ことに対応するものと評価されている。ただし、両声明書Kb)後段 によれば、保険者は継続的ワランティを創設する基礎条項を使用で き、さらに、過去ならびに現在の事実に関することであってもリスク にとり重要であると保険者が判断する場合には、継続的性質を有する ワランティを特別(specific)ワランティとして創設することができ 16) る。かかる特別であることの意味をどの様に考えたら良いのか、その 基準は明らかではない。 以上のようにワランティを両声明書が認めることに対して、契約者 (申込者)に対するそれについての認識ならびに理解のための手当を 両声明書はどの様に施しているだろうか1980年法律委月会は、被 保険者に対しワランティに関する書面がワランティ創設後合理的期間 17) 内に提供されるべきことを提案していたが、本声明書は採用してい 一一64- 英国における保険契約者保護の一側面 ない。両声明書に従えば、契約者に提供されるものは、保険証券の見 本コピーあるいは完成申込書のコピーのみである(Gl(f),(h)/ Li e , f))c そこで保険証券の見本コピーにどれほどの価値がある のか、すなわち保険者がワランティに関する本声明書を遵守している かを契約者は評価できるのかという疑問が呈示される。創設されたワ ランティ自体の効果についての説明と、その存在についての明確な通 知が、その重要性を明確に警告する書面によりなされることが望まれ 18) EHE9! (2)申込者に対する注意・警告 「(C)宣言文言に含まれない場合、申込書には以下の記述が目立つ ように記載されなければならない。 ( i )保険者が当該申込の承諾および評価に影響を与える可能性 があるとみなすであろうと説明される全ての重要事実を開示 しない場合の効果について、申込者に注意を喚起すること。 (ii)もし申込者が重要と考える事実かどうか疑わしいと感じた 場合には、申込者はそれらを開示すべきであると警告するこ mm 1977年声明書にも同様の規定があり、両声明書ともそれを引続き 取入れている。このように開示義務に関する注意ならびに警告を申込 者に与えることは歓迎されることであろう。損害保険慣行に関する声 明書1 cは上記のように規定し、そして生命保険慣行に関する声明 書I a も同趣旨の規定を置いている。このことについては、損害保 険慣行に関する声明書が「宣言文言に含まれない場合」に目立つ記載 として要求していることが注目されている。すなわち、宣言文言にお いて注意ならびに警告がなされていれば、他の部分では目立つ注意な 19) らびに警告が不必要であることを意味するのであろうか。さらに、こ -65- 英国における保険契約者保護の一側面 こで、保険者に要求されている 柑立つように」についてのその粗度 20) が具体的に示されていないことの不安定さについての指摘がある。そ して損害保険慣行に関する声明書は保険契約の更新時における開示義 務の警告について規定するが、この場合には更新通知に「目立つよう 21) に」警告することは要求されていない(G3(a))c この点について、 22) 保険者が申込時と更新時とで異なる態度をとることは疑問があろう。 ところで、警告の内容として開示すべき事実であるか否かを判断する ことを申込者に期待しているが Gl(c) 2)/Ll(a)(2 、消費者保 険契約の場合について申込者にそれを要求することは酷ではないだろ うか。 (3)残余開示義務 「(d)保険者が一般に重要であると認めてきた諸事実は、申込書に おいて明白な質問の対象としなければならない。 (e)実行可能な限り、保険者は、申込者が有しているあるいは獲 得できると合理的に期待し得る知識を超えた専門的知識を必要と する質問または申込者の側で価値ある判断を必要とする質問をな すことを避けなければならない。 」 生命保険慣行に関する声明書l(cならびに(d)においても、同様に 規定されている。理解困難なまたは唆味な質問は申込者が不正確な回 答を提供することにつながるので、保険者が明白な質問をすることは 歓迎されるであろう。ただし、その明白さの程度が問題となる。例え ば、 「あなたの最善の知識に照らし、あなたの家屋のある地域におい て、かつて沈下、隆起あるいは地滑りはありましたか。 」という質問 が想定されている。そこで「地域」について具体的数字が記載されて いない場合にはどの様に判断するのか、また「沈下」 「隆起」そして 「地滑り」とはそれぞれどの様に区別するのか、そしてそのことを誰 -66- 英国における保険契約者保護の一側面 23) がどの様に決定するのか疑問視されている. 保険者は重要であると一般に考えられていることを質問しなければ ならず、さらに申込者が回答し得ると合理的に期待される質問、専門 的でない質問をするよう要求されているが、このことは開示義務の対 象となる事柄が申込書における以上のような質問事項に限られるの か、その他に、すなわち質問されなかった事柄についても開示義務の 対象となる余地があるのかという残余開示義務(a residual duty of 24) disclosure)が問題となっている。そこで、申込書と開示義務との関 係から近時注目されている Hair v. Prudential Assurance Co. 25) Ltd.事件判決をみてみたい。 原告は、地方自治体の閉鎖命令(closing order)が付された家屋 の購入後、被保険者として被告保険会社との間で火災保険契約を締結 した。その際、申込書には幾つかの質問がなされていたが、特に当該 閉鎖命令の存在についての質問はなかった。さらに、申込書には「私 は上記のような付保を望みます。 ・ -そして、上に記載された全て の情報が真実かつ完全であること、および当該リスクに影響を与える 重要なことを何も隠していないことを保証します. 」との宣言文言が 含まれていた。そして火災による損害が発生したので、被保険者は保 険金を請求したが、保険者は被保険者が当該閉鎖命令の存在について 開示しなかった、すなわち残余開示義務に違反したとして保険金の支 26) 払いを拒絶した。以上のような事案について、 Woolf判事は次のよ うに判断している。 「質問は申込者に対し、彼または彼女が上記の質問について真実か つ完全な回答を与えていることを明確にするよう要求しているとみな すことは合理的であるということができる。ただし本件申込者は、彼 が質問されている事柄に関してリスクに影響を与える重要なことを開 一一67- 英国における保険契約者保護の一側面 示しなかったというわけではないと私には思える。私は次のように述 べなければならない。もし被保険者がそれについて質問されていない ことでも回答しなければならないことが意図されていたならば、私は 私が今まさに言及したものとは異なる書類を期待しなければならな い。申込者が当該事柄について特別に質問されなかったとしても、申 込者が知っておりしかし質問の範囲にないリスクに関係のある何かが あるならば、申込者はそれを扱うべきであるが、そのことを申込者は 明らかに指摘されるべきであり、そしてそのための場所を申込書に残 27) しておくべきであることを私は期待する。 」 本件判決は、申込書の質問事項以外に申込者には開示義務はないこ とを明らかにしたと評価されており、声明書の要求するところの開示 義務についての注意ならびに警告がなされている場合には、特にその 28 ことが強調されると言われている。 ところで専門家としての保険者は、自ら利用し得るリスクを評価す るために必要な種類の情報源を長年の事業において獲得しており、さ らに詐欺的不実表示については契約法上の救済が得られる可能性を有 しているので、消費者保険契約の場合には、英国保険法において伝統 29) 的な最高信義(uberrima fides)の概念を継続的に存続させる必要 性の主張は被保険者の開示義務に限り否定されることがありえよう。 そして開示義務の範囲を申込書における質問事項に限定することに対 して、質間数の増大を招き、それは必然的に消費者にコストの負担を 強いる結果になるとの反論がありえよう。しかしながら、質間数の増 大により仮に保険料が高額になるとしてもそれに応じて保険金支払の 確実性がより担保されることになる場合には、消費者がそれを負担す 30) る意味があるとも主張されている。 以上のように上記判例は質問事項以外に開示義務の対象となる事項 -68- 英国における保険契約者保護の一側面 はないとの立場をとったと評価されるが、本声明書はそのことを踏ま えて規定しているのかは明らかではない。すなわち申込者に対する注 意ならびに警告について述べたように未だに申込者には残余開示義務 の生ずる余地が残されている。より具体的には、実際に保険金請求が 為された場合に保険者がそれを拒絶する理由として当該問題が生じる ので、申込書と保険者の拒絶理由とを対応させる検討が必要であろう と思われる。 3 保険金請求 (1)保険者の請求拒絶理由 「2 (b)保険者は以下の場合には、保険契約者に対する補償責任を拒絶 してはならない。 ( i )保険契約者が開示することを合理的に期待し得なかった重 要事実の不開示を理由とする場合。 (ii)それが重要事実の故意または過失による不実表示である場 合以外の不実表示を理由とする場合。 (iii)詐欺でない限り、損失の状況がその違反とは無関係なワラ ンティあるいは条件の違反を理由とする場合。 1977年声明書においては、保険者は「不合理に(unreasonably) 」責任拒絶をしてはならないと規定していたので(First Statement 2 (b)、 Second Statement 1 (a))、保険者は拒絶するこ とが合理的であると主張することにより、詐欺または過失なくとも保 険金請求を拒絶することができる可能性が残されていた。損害保険慣 行に関する声明書はかかる文言を削除し、この点の批判を回避してい る。ただし、生命保険慣行に関する声明書3 aにおいては「保険者 -69- 英国における保険契約者保護の一側面 は、不合理に保険金請求を拒絶してはならない。 」と規定しているの で、 1977年声明書に対する批判と同様の批判が未だに妥当するとこ <蝣蝣 ろである。損害保険慣行に関する声明書2(b)(ii)所定の「重要事実 の故意または過失による不実表示」との文言は、過失(negligence) と故意(deliberate)とを並列していることが注目される。すなわち 一般に善意(innocent)による不実表示は契約の取消を正当化するも のではないと説明されるが、善意と過失とを不実表示法理において区 別することは容易ではないと指摘されている。すなわち、申込書の記 載時にどれほどの注意深さを申込者に対して要求し、不実表示があっ た場合それが善意によるものなのか過失によるものなのか判断する困 32) 難性が残されていると言う。さらに、ワランティ違反は、詐欺の疑い がない限り、当該ワランティと発生した損害との間に因果関係が立証 <*サ されない場合には追求されないと解されている。 1980年法律委員会では、 (1)リスクにとり重要な事実、 (2)被保険 者が知っている、あるいは知っていると仮定することができる事実、 そして(3)「申込者の立場にある合理的な者が、求めている保険担保の 性質および範囲に関して開示するであろう」事実、が開示義務の対象 34) となるべきであると勧告されていた。そこで生命保険慣行に関する声 明書3(a)において、保険者が請求拒絶できる不開示あるいは不実表 示の対象事実として、 (i)それが重要事実である場合、 ii)それが申 込者の知識にある事実である場合、 iiiそれが申込者は開示できると 合理的に期待できる事実である場合、を規定する。従って、生命保険 慣行に関する声明書は保険金請求の場面では、以上の勧告に添った形 で規定していると考えられる。恐らくこのことの根底には、合理的な 申込者は、合理的な保険者が重要であると考えることについてその合 理的な保険者ほど情報を有していないのであり、申込者は保険者の望 -70- 英国における保険契約者保護の一側面 む全ての情報を開示する必要はなく、その地位にある合理的な者が期 待される程度の事柄を開示することで足りることになると解する考え 35) 方があると説明される。 (2)申込書との関係 申込書における開示義務の規定と保険金請求場面での開示義務の規 定とがどのように関連づけて適用されるかを検討しなければならな い。第一に保険者は申込書において、重要と考えられる事実について 明白な質問をすることが期待され(Gl d)/Ll(c))、回答するには 専門的知識を必要とする質問をしないことが期待される(Gl e Ll(d )ォ そして先に紹介したHair v. Prudential Assurance Co. Ltd.事件では、 「申込書」において述べたように残余開示義務を否 定している。すなわち裁判所は申込書の質問事項以外に開示義務違反 を問われる事項はないと判示した。さらに申込書においてなされた質 問の範閏は、開示義務の対象範囲の限定かという問題に対しては、当 該裁判所は次のような見解をとった。すなわち、質問が特定事項につ いてなされその回答が保証された場合、同様の事項であるが質問の範 囲外にある事項について、あるいは当該質問事項と同様の性質をもっ た事項についての情報に対する権利を保険者は放棄したものとみなさ れ、その際適用されるべきテストは、 「申込書を読む合理的な者であ れば、保険者が全ての重要情報を受取る自らの権利を制限し、当該特 36) 定情報を省略することに合意したと考えるであろうか。 」である。す なわち権利放棄した範囲について開示義務違反を主張して保険金請求 37) を拒絶することは許されないことになる。 さらに損害保険慣行に関する声明書l(c (1と2(b)(l)について、 次のような指摘があることに注目したい。第一に、合理的な者として の申込者が、当該情報を開示すべきであるか否かを最初に判断しなけ -71- 英国における保険契約者保護の一側面 ればならない。申込時に開示する必要がないと判断したにも拘らず、 保険金請求時になって請求拒絶に直面したならば、通常の消費者はこ 38) の問題をどのように追求したらよいのだろうか。第二に、損害保険 慣行に関する声明書は、申込書にのみ、重要な事実とは保険者に影響 を与える可能性のある事柄であることを示すように要求しているが、 保険金請求場面の規定はかかる事実の一端を示しているにすぎない。 このことは、申込者に対して開示すべき事実の範囲について具体的に は示していないと考えられる。従って、保険金請求が拒絶された場 合、被保険者は保険者が2 (b)(1)に従ってのみ責任を回避したこと 39) を確かめられるであろうか。そして実際に事件として扱われる時に、 裁判所は両規定をどのように解釈するであろうかという間額が残され 40) ている。申込者が開示すべき重要性の基準を申込書に関する規定の 部分で定義づけることにより、保険者が開示義務を理由として保険金 請求を拒絶する基準は、あくまで2 b l所定の基準が遵守されるべ 41) きことが要請されている。 通常保険契約が申込書によって申込まれる場合には、保険者がそれ を受領し承諾することにより、申込者は保険料の支払以外に自らの義 務を履行したものと判断するであろう。上述のように声明書における 申込書と保険者の請求拒絶理由との関係を見るとき、申込者のかかる 期待は正確に反映されているとはいい難い。従って、裁判所には、少 なくとも消費者たる保険契約者の締結する保険契約にあっては、開示 義務違反を理由とした保険者の支払拒絶を認めない態度が期待されて 4:∼ いる。 注1 ) Association of British Insurers and Lloyd's : Statements of Insurance Practice in Part 7 0f The Encyclopedia of Insurance Law (Sweet & Maxwell). -72- 英国における保険契約者保護の一側面 2)付属競走1はGeneral事業として、同2はLong Term 事業としてそれぞれ保 険種類を個別に列挙している。その内容は一般に、損害保険事業と生命保険事業との 分類に従ったものと考えられる。 3 A. D. M. Forte. "The Revised Statements of Insurance Practice 49 M. L. R. 754, 756 1986). 4)同法の邦訳として、小泉淑子「く全訳〉英国1977年不公正契約条項法」 JCA ジャーナル第28巻1号4頁以下、 2号9頁以下、 3号15頁以下、 4号22真以下(以 上1981年)、参照。 5) Law Com. No. 104, paras. 4.34-42.この点から、 1980年法律委月会の報告書の 内容については、消費者である個々の保険契約者の保護に資するものではないと評価 されていた. J. Birds, "The Reform of Insurance Law [1982] J. B. L. 449, 451. 6) A. D. M. Forte, supra note3), at 756. 7) Idリat 756-57.実際には、 1980年法律委員会の報告書においても、保険契約を締 結する者についてかかる区別を拒否した主要な理由も、このような認識にあった。 Law Com. No. 104, para. 4.34. 8)英国における「契約の基礎」条項の展開については、 R.A. Hasson, "The `Basis of the Contract Clause'in Insurance Law" 34 M. L. R. 29 (1971).ワラン ティが「契約の基礎」条項により創設されることに対する批判として、 Glicksman v. Lancashire & General Assurance Co. Ltd.事件 [1927] A. C. 139. )で は、盗難保険の申込書においてそれまでの保険申込拒絶の有無に対する回答が「契約 の基礎」条項となった事件で、 Wrenbury判事は次のように述べている。 「保険会社 が保険料を徴収しておきながら、まさにそれは重要であるとは誰にも言えないような 理由から保険金の支払いを拒絶することは、保険会社側の卑劣なかつ情け無い政策で あると私には思えるO本件では、まさに技術的理由から、事実問題として特に堀され たわけではない保険会社が保険料を徴収しておきながら支払いから保護されること -73- 英国における保険契約者保護の一側面 は、私には情け無い防衛手段と思われることを保険会社は利用している。」 (〟りat 144-45. 9) MacGilhvray and Parkington. at 296.さらに1906年海上保険法第33条は、 「特定のことが行われることもしくは行われないこと、もしくはある条件が充足され ることを被保険者が約束する担保、または特定の事実状態の存在を被保険者が肯定も しくは否定する担保」のいわゆる約束的ワランティに限定して定義している。同法の 解説および邦訳については、柿崎義史監修・大正海上火災保険(秩)海祖部訳『ビク ター・ド-パー海上保険副成山堂(1988年)、参照。 10) J. Birds, "Warranties in Insurance Proposal Forms" [1977] J. B. L. 231, 232-34.さらに、 「継続的」ないし「約束的」ワランティと正確に区別すること が困難であるといわれる条項として「リスクを記述する条項(descriptive of the risk)」がある。この間題を惹起させる判例として注目されるのがProvincial Ins. Co. Ltd. v. Morgan事件 1933] A. C. 240.)である。この事件の申込書におい ては、保険者のa)当該車の使用される目的を詳しく述べよ、 b)運搬される物品の性 質を述べよ、との質問に対して、被保険者はa)石炭の運搬、 b)石炭、と回答し、保 険証券には一般的宣言文言が存在した。被保険者は木材を運搬した後で、石炭を運搬 している時に事故を起こした。そこで保険金請求がなされたが、保険者はワランティ 違反を理由としてそれを拒絶した。裁判所は全月一致で保険者の拒絶を認めなかった が、その理由においては異なる見解があった Buckmaster卿は「車両が使用される 目的を述べることは、当該畢両が使用される唯一の目的を詳しく述べることとは同じ ではない、それは当該車両の使用についての一般的記述にすぎないものとして、当該 回答が不正確であることを示唆するものではない。」 (Id., at 247.)と述べ、かかる 記述はワランティではあるか、その違反がないとの見解を取った。それに対しRussell卿は「申込書におけるかかる陳述は、当該車両の使用の意図ならtJrにそれが運搬 する物品についての陳述以外のものとして読むことは私にはできない、すなわちそれ はリスクの記述であるO」 (Id., at249.と述べている。尚、英国で生成されたワラ SKS 英国における保険契約者保護の一側面 ンティの法理を受継いだ米Bl保険法が、その厳格な適用を規制する方向にあることを 指摘する最近の詳細な邦語文献として、竹液修「アメリカ保険法におけるワランティ の動態」保険学雑誌第525号(1989年) 58頁以下、同「アメリカ保険法におけるワ ランティ法理-その変遷素描-」近大法学第36巻1号(1988年) 35頁以下、参照。 ll) Modern Insurance Law, at 103.他に、 「申込者は陳述が真実であると信じてい る」あるいは「当該保険契約は、虚偽または詐欺的な陳述が行われた場合には取消さ れる」との宣言文言が「意見のワランティ」として判断され得る MacGillivray and Parkington, at 313. 12) A. D. M. Forte, supra note 3), at 758. 13) MacGillivmy and Parkington, at 314. 14) Law Com. No. 104, paras.6.ll-7. 15) A. D. M. Forte, supra note 3), at 759. 16 Ibid. 17) Law Com. No. 104, para. 10.35. 18) A. D. M. Forte, supra note 3), at 760-61. 19) J. Birds, "Self-regulation and Insurance Contract" in New Foundation for Insurance Law (Stevens & Sons, 1987) 1, 6. 20) Idリat 7. 21)他方、生命保険慣行に関する声明書には更新についての規定そのものが存しない。 22) J. Birds, supra note 19), at 7. 23) A. D. M. Forte, supra note 3), at 761. 24) 1980年法律委員会においても、この間題は、申込書が利用された場合の開示義務 の観点において指摘されるところであった。 Law Com. No. 104, paras. 4.58-60. 25) [1983] 2 Lloyd's Rep. 667. 26)本件は、 1977年声明書が公表されて初めての保険申込書に関する判決であると言 われているJ.Birds. [1984] J. B.L. 163. -75- 英国における保険契約者保護の一側面 27) [1983] 2 Lloyd's Rep. 667, 673.本件では、さらに付保される家屋は誰が占有 していますかという質問に対し、申込者が所有しているがその息子が占有していると 回答され、それがワランティとしても論点になった.かかる事実は申込書作成当時は 真実であったが、火災発生前数カ月は息子に占有されておらず、保険者はワランティ 違反を主張した。このような質問および回答は継続的ワランティか否か、すなわち現 在時制で記載されている貸間および回答が継続的ワランティになり得るか否かについ て、当該裁判所は次のように判示している。 「質問と回答とを考察する正当な方法 は、それらを、回答が与えられた時点で存在していた、あるいはその後しばらくの間 存在するであろう、または被保険者が保険期間中係わる限り継続するであろう事柄の 状態としての指標となるものとして、しかしそれらは変化が全く生じないワランティ ではなかったものとして扱うことであると私には思える。 ・ ・ ・それらを指名された 個人に当該期間中占有させておく継続的義務と見なすことは、質問と回答との効果を 不合理に解釈するものに私には思える。 」 (Id., at 672-73.)すなわちこのことは、 当該質問は将来時制で記載されていないので、保険者が継続的ワランティを課すこと を望む場合には.将来について質問するか、申込書のワランティが継続的ワランティ であることの一般的宣言文言を挿入すべきであったと言われているJ. Birds, supra note 26 , at 164. 28) 〟リat 165. 29)この問題点についての最近の研究として、石LLl卓磨「英国保険法における車高信義 の義務」 『現代保険法海商法の諸相』成文堂(1990年) 535頁以下、参照。 30) A. D. M. Forte, supra note 3), at 763. 31 J. Birds, "The Statement of Insurance Practice-A Measure of Regulation of the Insurance Contract 40 M. L. R. 677, 682 (1977).さらに、生命保険 慣行に関する声明書3(a)には、括弧書として「 (詐欺(fraud or deception)は保 険金請求拒絶の理由となり、ある事実の不注意な(reckless or negligent)不開示あ るいは不実表示は保険金請求拒絶の理由となるかもしれないことに注意しなければな -76- 英国における保険契約者保護の一側面 らない。 ) 」と規定する。このことは、直前で保険金請求拒絶の理由となり得る場合 を限定しているにも拘らず、生命保険においては不注意な不開示あるいは不実表示を 理由として保険者は保険金請求を拒絶することができると解釈される余地を残してい るJ. Birds, sup和note 19), at 4. 32) A. D. M. Forte, supra note3), at 764.ただし、一般契約法は、善意不実表示 に契約の取消権を認めている P. S. Atiyah, An Introduction to the Law of Contract (4 th ed. Clarendon Press, 1989), at 279-82. 33)従って、申込書においては約束的ワランティおよび特別のワランティの創設が認め られているが(Gl(b)/Ll(b))、この規定により、その違反の主張も損害との因果 関係を必要とするであろう A. D. M. Forte, supra note3), 764. 34) Law Com. No. 104, paras. 4.47-50.詳細については、本稿第1II章注13)・14) (15)を参照されたい。 35) A. D. M. Forte, supra note3 , at 765. 36) [1983] 2 Lloyd's Rep. 667, 673. 37)例えば、保険者が「あなたはこの三年間に何度事故を起こしましたか」と質問する 場合には、保険者はかかる期間以前の事故歴については、それが未だに重要であると しても知ることを望んでいないと推定される。または「かつて親、兄弟姉妹に肺病で 死亡した人、あるいは現在精神異常に犯されている人がいますか」という質問がなさ れた場合には、保険者は申込者の叔父または叔母についての情報は放棄したものとみ なされる MacGillivray and Parkington, at 646. 38) A D. M. Forte, supra note3), at 765. 39) Ibid. 40) Ibid. 41) Id., at 765-66. 42) 〟リat 767. -77- 英国における保険契約者保護の一側面 Ⅴ おわりに コモンロー国家の英国といえども、近時制定法による消費者保護政 い 策が各契約毎に取られていることをみることができる。その消費者保 護政策の一環として、消費者が締結する保険契約についても、制定法 による国家的コントロールの必要性という問題が注目されるところで あるo Lかし英国は本稿でみたように、政府と保険業界との各種協 定、さらに業界独自の自主規制をその代替手段として選択し、現在に 至っているのである。それらの制定法によらないコントロールを、特 に自主規制を消費者としての保険契約者サイドからみるとき、規制 者、被規制者それぞれの独立性の唆昧さ、ならびに規制の実行性とそ 2) の制裁の不確実性が指摘され批判されている。それらは、英国の場合 あるいは保険の分野に限らず、自主規制システムが当然に学んでいる 課題であると考えられる。 前章で詳しく検討した、英国保険業者協会およびロイズの公表して いる声明書については数々の問題点のあることが指摘された。そこで 消費者保護を業界自ら実践することが奨励されるのであれば、例え ば、厳格なワランティの採用を放棄する、あるいはその解釈について 3) は"contra ♪roferentum 表示者に不利に解釈せよ)の原則を貫く 態度が要請されるであろう.さらに開示義務については、特に消費者 が締結する保険契約の場合には、申込書において保険者が質問した事 項にその対象事項が限られることを明確に自主規制コードに盛込むべ きであったのではなかろうか。 英国において仮に保険契約に対し制定法によるコントロールよりも 自主規制によるコントロールの方が保険契約者保護のために有効に機 能すると考えられるとしても、常にその限界を意識する必要がある。 -78- 英国における保険契約者保護の一側面 すなわち、英国保険業界がその基盤となる自らの信頼を持続すること ができる可能性、そして各種の保険商品開発の進展ならびに消費者の 時好の変化に伴う保護範囲の複雑化は、その一つの基準となるのでは なかろうか。それらの検討と平行して、制定法というより確実な規制 手段が必要とされる意義を見極めなければならないと思われる。保険 契約者保護のためのそのような経験を英国にみることができるが、英 国において保険契約コントロールを自主規制によって今後も継続でき るかについては予断を許きぬ状況にあると思われる。 注1)英国の消費者保護に関する問題一般については、田島裕「諸外国における消費者 (保護)汰(2)-イギリス」 r消費者法務座 第1巻 稔論J E]本評論社(1984年) 149真以下、参照。さらに、 G.ポーリー A. L.ダイヤモンド著/新井正雄・池上俊 雄訳r [新版]消費者保護-イギリス法の歩み-」中央大学出版部(1990年)があ る。特に保険の分野については、同書255-76頁参照。 2 )例えば、英国で保険業を営む保険者は必ずしも英国保険業者協会の会月資格を有す ることは必要でないために、当該協会の公表する声明書については、非会月保険者は それを遵守することが「期待される」にすぎないと言われている Modern Insurance Law, at 97. 3)この原則が、英国保険法における保険証券条項の解釈原則として判例において伝統 的に採用されてきたことについては、 E. R. H. Ivamy, Gena和J Principles of Insurance Law (5th ed. Butterworths, 1986), at 362-68.尚、同書初版の邦訳と して、 E. R. -ーディ・アイバミー著/森啓二・横尾登米雄・葛城照三訳rアイ バミー英国保険削有斐閣(1970年) 547-56頁、参照。 -79- 英国における保険契約者保護の一側面 [資料・試訳] 損害保険慣行に関する声明書 (Statement of General Insurance Practice) 以下の通常保険慣行に関する声明書は、英Bl内に居住しその私的立場でのみ付 保される保険契約者の損害保険に適用されるものとする。 1.申込書(Proposal forms) (a)申込書下部の宣言文言は、当該申込者の知識および確信に従った記載事項 に限定されるものとする。 (b)申込書ならびに保険証券には、申込書における過去および現在の陳述をワ ランティとする旨の条項を含めてはならない。ただし、保険者はリスクにと り重要な事柄について特別なワランティを要求することができる0 (C)宣言文言に含まれない場合、申込書には以下の記述が目立つように記載さ れなければならない。 ( i )保険者が当該申込の承諾および評価に影響を与える可能性があるとみな すであろうと説明される全ての重要事実を開示しない場合の効果につい て、申込者の注意を喚起すること。 (ii)もし申込者が重要と考えられる事実かどうか疑いを持つ場合には、申込 者はそれらを開示すべきであると警告すること。 (d)保険者が一般に重要であると認めてきた諸事項は、申込書において明白な 質問の対象としなければならない。 (e)実行可能な限り、保険者は、申込者が有しているあるいは獲得できると合 理的に期待し得る知識を超えた専門的知識を必要とする質問、または申込者 の側で価値ある判断を必要とする質問をなすことを避けなければならない。 (f)目論見書あるいは申込書に提供される標準保険担保についての充実した詳 しい説明が含まれていない限り、さらにかかる担保の概要が含まれていると -80- 英国における保険契約者保護の一側面 否とを問わず、申込書には保険証券書式の見本コピーが請求により利用でき ることについて目立つような記述が含まれなければならない。 (g)申込書には、申込者が契約締結のために保険者に提供した全ての情報の記 録(書簡のコピーを含む)を保管しなければならないことについて目立つよ うな警告が含まれなければならない。 (h)申込書には、完成申込書のコピーについて以下のことの目立つような記述 が含まれなければならない。 (i)それが完成時に保有されるために自動的に提供されること.または、 (ii)それが保険者の通常慣行のひとつとして供給されるものであること。ま たは、 (iii)それが完成後3か月以内に請求により供給されるものであること。 (i)保険者は、保険契約者が完成申込書のコピーを提供されていない限り、申 込書にもとづく問題を提起してはならない。 2.保険金請求(Claims) (a)保険金請求の通知に関する条件に基づき、保険契約者は合理的に可能な限 り直ちに保険金請求およびその後の展開についての報告以外のことを要求さ れてはならない。ただし、早急の報告を必要とする場合で第三者が一定期間 内に保険契約者に通知を要求する法的手続および保険金請求の場合はこの限 りではない。 (b)保険者は以下の場合には、保険契約者に対する補償責任を拒絶してはなら ない。 ( i )保険契約者が開示することを合理的に期待し得なかった重要事実の不開 示を理由とする場合。 ii それが重要事実の故意または過失による不実表示である場合以外の不実 表示を理由とする場合。 (iii)詐欺でない限り、規矢の状況がその違反とは無関係なワランティあるい -81- 英国における保険契約者保護の一側面 は条件の違反を理由とする場合。 上記2(b)は、海上保険および航空保険には適用しない. (C)保険契約に基づき設定されていた責任および保険者が支払うことに合意し ていた金額の支払は、遅滞なくなされなければならない。 3.更新(Renewals) (a)更新通知には、契約の開始日または直近の更新Elのいずれか早い日以降生 じた保険契約に影響を与える変更について報告する必要があることを含めた 開示義務についての警告が含まれなければならない。 (b)更新通知には、申込者が当該契約の更新のために保険者に与えた全ての情 報の記録(書簡のコピーを含む)を保管しなければならないことについての 警告が含まれなければならない。 4.責任の開始(Commencement) 保険書類のいかなる変更も、それらか再印刷される必要に応じかつその時点 でなされなければならない。ただし、本声明書は、その間にも適用される。 5.保険証券書類(Policy Documents) 保険者は、保険契約の法的性質を考慮しつつ、今後も申込書ならびに保険証 券書類をより明確なかつより明示的なものとするよう努めなければならない。 6.争い(Disputes) 本声明書の諸規定は、保険契約者と保険者との間で本声明書が扱う事柄に関 する争いが生じた際に通用される仲裁ならびに他の付託手続において考慮され なければならない。 7. EEC 本声明書は、保険契約法に関するEEC指令草案が英国において採択され実施 される時には、再検討を要する。 -82- 英国における保険契約者保護の一側面 生命保険慣行に関する声明書 (Statement of Long-Term Insurance Practice) 以下の通常保険慣行に関する声明書は、英国内に居住する個人が私的な立場で 英国内で締結する生命保険契約に通用されるものとする。 1.申込書(Proposal forms) (a)申込書式において重要事実の開示を求める場合には、ある陳述は宣言文言 に含めるか、または当該申込書に他の方法で、もしくは申込書の一部を成す 書類の中に以下の事項が含まれなければならない。 ( i )全ての重要事項を開示しない場合の効果について注意を喚起し、それら は保険者が申込の評価および承諾に影響を与えるかもしれないとみなす事 実であることを説明すること. (ii )一定の事実が重要であるか否かについて署名者が疑いを持つ場合には、 かかる事実は開示されるべきことを警告すること。 (b)当該ワランティが他の生命保険契約に基づき付保されている生命にかかる 事実の陳述に関係する場合を除き、申込書ならびに保険証券には、申込書に おける過去および現在の陳述をワランティとする旨の条項を含めてはならな い。ただし、保険者はリスクにとり重要な事柄について特別なワランティを 要求することができる。 (C)保険者が通常重要であると認めてきた諸事項は、申込書において明白な質 問の対象としなければならない。 (d)保険者は、署名者が有していると合理的に期待し得る事柄を超えた知識を 必要とするような質問をなすことを避けなければならない。 (e)申込書あるいは付属書類には、保険証券書式あるいは保険契約条件のコ ピーが請求により利用できることの説明を含めなければならない. (i)申込書あるいは付属書頬には、完成申込書のコピーが請求により利用でき -83- 英臥こおける保険契約者保護の一側面 ることの説明が含まれなければならない。 2.保険証券および添付書類(Policies and Accompanying Documents) (a)保険者は、保険契約の法的性質を考慮しつつ、今後も申込書ならびに保険 吉正券書類をより明確なかつより明示的なものとするよう努めなければならな い. (b)生命保険証券あるいは添付書類では、以下の事項を示唆しなければならな い。 (i)保険が満期になった後に、利子が発生する状況。および (ii)当該契約における解約返戻金に対する権利があるか否か、もしあるなら ば、その権利の内容。 (注記:適切な販売印刷物において、終身生命保険あるいは養老保険は長期契 約であることを企図され、さらに特に早期の解約返戻金がしばしば稔支払保 険料より低額になることを申込者に対し納得させるよう努めなければなら ない。 ) 3.保険金請求(Claims) (a)保険者は、不合理に保険金請求を拒絶してはならない。特に保険者は、あ る事実が以下の場合でない限り、事実の不開示あるいは不実表示を理由とし て保険金請求を拒絶または保険契約を取消してはならない。 ( i )それが重要事実である場合、 (ii)それが申込者の知識にある事実である場合、および (iii)それが申込者は開示できると合理的に期待できる事実である場合。 (詐欺(fraud or deception)は保険金請求拒絶の理由となり、ある事実の不 注意な(reckless or negligent)不開示あるいは不実表示は保険金請求拒絶 の理由となるかもしれないことに注意しなければならない。 ) (b)詐欺の場合を除き、保険者は、保険金請求の状況が当該違反に関係しない もので、さらに以下の場合でない限り、ワランティ違反を理由として保険金 -84- 英国における保険契約者保護の一側面 請求を拒絶または保険契約を取消してはならない。 ( i )当該ワランティが他の生命保険契約に基づき付保されている生命にかか る事実の陳述に関係する場合、ならびに保険金請求が自己の生命保険契約 に基づき付保されている生命についてなされた場合には、かかる陳述が上 記3(a)に基づき保険者が保険金請求を拒絶する理由を構成する場合。 (ii)当該ワランティがリスクにとり重要な特別事項に関連して創設されてい た場合、ならびにそれが契約締結時あるいはその前に申込者の注意を喚起 していた場合。 (C)保険金請求通知の期間制限に関する条件に基づき、請求者は、合理的に可 能な限り直ちに、保険金請求およびその後の展開の報告以上のことを要求さ れてはならない。 (d)保険金請求に対する支払は、ひとたび付保されている事故が判明し請求者 の支払受領権が成立したならば、遅滞なくなされなければならない0 (e)保険金請求に対する支払が2ケ月を超えて遅滞した場合には、保険者は、 当該保険金額に相当する利子をかかる利子がほんの僅かでないかぎり支払 い、または当該保険金額にそれと同等の修正をしなければならない。 2ケ月という期間は、付保されている事故の発生日(すなわち、死亡ある いは満期)から、またはユニットリンク保険の場合にはユニットへのリンク が終了した日のいずれか遅い方の日から開始するものとする。 利子は、 2ケ月という期間終了時から現実の支払いの日までのその時の市 場利率に基づき計算されるものとする。 (f)友愛組合発行の非課税保険契約の場合には、総保険金額および保険金請求 日の利子は、かかる保険に対する制定法上の制限を超えることはできない。 4.争い(Disputes) 本声明書の諸規定は、保険契約者と保険者との間で本声明書が扱う事柄に関 する争いが生じた際に適用される仲裁ならびに他の付託手続において考慮され -85- 英匡=こおける保険契約者保護の一側面 なければならない。 5.責任の開始(Commencement) 保険書類のいかなる変更も、それらが再印刷される必要に応じかつその時点 でなされなければならない。ただし本声明書は、その間にも適用される. 簡易保険契約者に関する注記 簡易保険契約者が締結した保険契約は、上記長期保険慣行に関する声明書が適 用される保険契約に含まれるものとする.かかる保険契約者はさらに、 1923年か ら1969年簡易保険法により与えられるその他の保護を享受するものとする。同法 は、簡易保険監督官に対し特に以下の事項を扱う広範な権限を与えるものとす る。 (a)申込書の記載事項 (b)保険料受領帳の発行ならびに維持 (C)次の事項についての権利を含めた保険契約者の一定の制定法上の諸権利を 保険料受領帳において通知すること ( i )没収前の未納額通知 (ii)自由保険契約(free policies)および一定の保険種類についての解約返 Ei」 (iii)申込者が被保険者の健康状態の知識および確信について真実でない陳逮 を行った場合でない限り、健康を理由とした保険契約に基づく保険金没収 に対する政済 (iv)保険契約者と会社あるいは組合との間の争いにおいて、監督官を仲裁者 とすること 簡易保険事業を営む会社はさらに、その発行時に保険証券書類が申込者に受領 を拒否された場合には、申込書の完成時に支払われる保険料(あるいは預託金)は 申込者に返還されることに合意している。 -86-