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環境関連貿易ルールの政治経済分析:安全性問題を中心に
博士学位請求論文要旨 環 境 関 連 貿 易 ルー ル の 政 治 経 済分 析 : 安 全 性 問題 を 中 心 に 山川俊和 市場経済のグローバリゼーションが進展する中で、とくに地球温暖化問題とその対策に 顕著であるように、グローバルな規模での環境問題への対策が、国際社会の喫緊の課題と し て 提 起 さ れ て い る 。そ し て 、 「 環 境 か 経 済 か 」と い う 二 者 択 一 の 思 考 を 超 え て 、経 済 の グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ン を 進 め ま た 制 御 す る 諸 政 策 (「 経 済 政 策 」) と 、 環 境 保 全 の た め の 諸 政 策(「 環 境 政 策 」)を 統 合 し て い く た め の 政 策 研 究 の 重 要 性 が 高 ま り つ つ あ る と い っ て よ い 。 これらの点を踏まえ本論文は、市場経済とくに国際貿易のグローバリゼーションと環境問 題の連関に注目している。いわゆる「環境と貿易」の政策研究の領域において、分析を進 めようとするものである。 本論文において展開される「環境と貿易」の政策研究において、検討を欠かすことがで き な い グ ロ ー バ ル ・ シ ス テ ム が 、 関 税 及 び 貿 易 に 関 す る 一 般 協 定 ( GATT)・ 世 界 貿 易 機 関 ( WTO)で あ る 。 環 境 保 全 と い う コ ン テ ク ス ト の 中 に 貿 易 ・ 通 商 を 位 置 づ け る な ら ば 、そ れらのシステムが持続可能性の観点からみて健全であるかどうかを吟味する必要があるだ ろう。 以 上 の よ う な 事 柄 を 背 景 に 置 き な が ら 、本 論 文 で は 、 「 環 境 と 貿 易 」の 政 策 研 究 の 領 域 に おける具体的な事例として、農産物・食品の「安全性問題」を取りあげている。そして、 農産物・食品の「安全性問題」の幾つかの事例について、政治経済学アプローチからの分 析を行った。また本論文は、国際レジームを中心とした様々な国際制度を分析の対象とし て い る た め 、環 境 経 済 学 、国 際 経 済 学 、国 際 政 治 学 な ど の 先 行 研 究 の 蓄 積 を 踏 ま え な が ら 、 国際制度分析の政治経済学的な方法についても検討している。 本論文は、次のような構成をとっている。 序 第 第 第 補 第 終 章 「環境と貿易」研究における政治経済学アプローチの射程:本稿の課 題と分析視角 1 章 「環境と貿易」の研究動向と「安全性問題と貿易」の構造 2 章 食 品 安 全 性 問 題 と 国 際 経 済 関 係 : 1970 年 代 に お け る 防 腐 剤 認 可 問 題 と日米貿易摩擦 3 章 安 全 性 問 題 を め ぐ る 貿 易 ル ー ル の 形 成 と 展 開:GATT/WTO レ ジ ー ム ・ SPS 協 定 と 成 長 ホ ル モ ン 牛 肉 紛 争 論 BSE 問 題 と 日 米 BSE 交 渉 4 章 国 際 GM 規 制 レ ジ ー ム と 米 欧 GM 摩 擦 の 政 治 経 済 分 析:貿 易 摩 擦 か ら “新 し い 環 境 ア カ ウ ン タ ビ リ テ ィ ”へ 章 要約と結論 1 筆 者 の 問 題 意 識 を よ り 具 体 的 に 示 し た の が 、序 章(「 環 境 と 貿 易 」研 究 に お け る 政 治 経 済 学アプローチの射程:本稿の課題と分析視角)である。序章は、問題の所在と本稿におけ る政治経済学アプローチについて検討し、国際レジーム論との関係にも言及しつつ、論文 全体の分析視角を明らかにしている。 「 WTO を 設 立 す る マ ラ ケ シ ュ 協 定 」の 序 文 に も 記 さ れ て い る こ と だ が 、近 年 、環 境 保 全 と国際貿易の良好な関係性の構築が、国際社会の重要な政策課題であるという認識が高ま り つ つ あ る 。 本 論 文 で は 、 WTO、 そ し て 一 部 の 国 際 レ ジ ー ム に お い て 、 環 境 ・ 健 康 被 害 に 関 係 す る 製 造 手 法・工 程( PPMs)に 基 づ く 規 制 に つ い て 規 定 し た 貿 易 ル ー ル が 形 成 さ れ つ つ あ る こ と に 注 目 し た 。具 体 的 に は 例 え ば 、WTO の 紛 争 処 理 シ ス テ ム に お い て 、い く つ か の条件つきながら天然資源の保存のために貿易制限を認めたいわゆる「シュリンプ・ター ト ル 」( 第 2 審 ) の 事 例 や 、 各 種 の 多 国 間 環 境 協 定 に お け る 貿 易 規 制 枠 組 み が 該 当 す る 。 第 1 章(「 環 境 と 貿 易 」の 研 究 動 向 と「 安 全 性 問 題 と 貿 易 」の 構 造 )で は 、 「環境と貿易」 研究の全体の構図を整理するとともに、全体の中での本論文の位置づけを確定する作業を 行 っ た 。そ こ で は ま ず 、い わ ゆ る「 環 境 と 貿 易 」の 学 術 研 究 の レ ビ ュ ー を 行 い 、 「環境と貿 易 」に つ い て の 歴 史 的 な 展 開 過 程 を 概 観 し た 。こ の よ う な 多 角 的 な サ ー ベ イ を 踏 ま え た 後 、 「環境と貿易」のイシューを幾つかのタイプに分類した。そして、以上の作業を経て、続 く 章 で 検 討 し て い く 農 産 物・食 品 の「 安 全 性 問 題 」 ( お よ び そ の 規 制 )と 国 際 貿 易 と の 連 関 について、その政治経済学的な構造を解明するための検討を行った。そこでは、グローバ ル な「 環 境 問 題 」あ る い は「 安 全 性 問 題 」が 、 「 技 術 的 」問 題 と し て 把 握 さ れ が ち で あ る こ とに注意を喚起しつつ、安全性問題とその規制を理解するためには、国際貿易および市場 経 済 の グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ン の 構 造 を 捉 え る こ と が 必 要 不 可 欠 で あ る こ と 、「 安 全 性 問 題 」 とエコロジーとの関係性を議論する必要があること、以上 2 点を強調した。そして、農産 物・食品の「安全性問題」と貿易との連関は、新たな農業生産と食品の「質」の確保をめ ぐる国際政治経済の構造分析の必要性を示唆していることを確認するとともに、 「 質 」の 問 題 を 充 分 に 受 け 止 め た 貿 易 ル ー ル を 設 計 す る こ と が 、21 世 紀 の 重 要 な 政 策 課 題 で あ る と 論 じている。 序章および第 1 章の内容は以下のようにまとめられる。まず、地球環境問題と国際経済 システムに関わる研究の焦点を明確にする作業を行った。そこではその焦点を、まず①環 境問題を発生させる国際経済とそのシステムの性質を明らかにした上で、②グローバルな 経 済( 貿 易 )の フ ロ ー と 環 境 政 策 が 交 差 す る 領 域 に お け る 具 体 的 な ル ー ル の 集 合(「 制 度 」) と そ の 制 度 を 供 給 す る グ ロ ー バ ル お よ び リ ー ジ ョ ナ ル な 規 模 で の「 ガ バ ナ ン ス・シ ス テ ム 」 を 検 討 す る こ と 、で あ る と 規 定 し た 。ま た 同 章 で は 、日 本 の「 環 境 の 政 治 経 済 学 」、と く に 環境問題と政策を規定する社会経済システムの分析を重要視する「中間システム」論の考 え 方 を 踏 ま え な が ら 、分 析 上 の 概 念 と し て〈 グ ロ ー バ ル 環 境 経 済 ガ バ ナ ン ス 〉を 提 起 し た 。 この概念は、本論文で扱う貿易(財の移動・フロー)のみならず、マネーのフローや多国 2 籍企業(直接投資)の規制などもその射程に収めるものである。 また同章では、グローバルな貿易のフローを環境の観点から制御する幾つかのルールを 分析するにあたり、分析上の概念整理を行った。その際、クラズナーや山本吉宣ら国際政 治学・国際関係論におけるグローバル・ガバナンス論、国際レジーム論の研究を参照する ことで、グローバルなレベルにおけるルールの形成と変化のプロセスを各アクターの行動 やその結果を反映(フィードバック)するプロセスであると捉える視点を提示した。その 積極点は、ルールを単なる法制度として捉えるのではなく、政治経済学的なプロセスを経 て形成・変化する制度として認識することで、環境保全と貿易の関係を調整するためのル ールの形成もまた、国際レジームにおけるフィードバックのプロセスとして把握できるこ と に あ る 。一 般 的 に 、GATT お よ び WTO は 、無 差 別 原 則 と 比 較 優 位 原 則 を 基 礎 と し た 貿 易 自由化を進めるための国際制度、国際レジームだと考えられている。ただし、歴史を振り 返れば、一方で国家間に自由貿易を進めるとともに、他方では国内経済の安定を維持する と い う 、 二 つ の 原 理 の 妥 協 が 目 指 さ れ て き た こ と が わ か る 。 そ れ ゆ え 、 と り わ け GATT 時 代 の 国 際 経 済 秩 序 と は 、「 埋 め 込 ま れ た 自 由 主 義 ( Embedded Liberalism)」( J.Ruggie) と 表 現されてきたのであった。そのような背景を踏まえ本論文ではまず、自由貿易レジームに おいて、環境(あるいは環境リスクを含む不確実性への対処)という新たな価値規範をい かに導入するのか(あるいは導入するべきではないのか)という、規範あるいは原理レベ ルの問題を意識する。その意識を持ちながら、具体的な制度の形成と展開がみられる〈ル ールレベル〉の動向に主に注目するという手続きをとっている。そして、本論文の表題で ある「環境関連貿易ルール」の形成・変容・運用をめぐる基本的な対立の構図を次のよう に 整 理 し た 。す な わ ち 、 「 環 境 と 貿 易 」の 問 題 領 域 に お い て は 、一 般 的 な 貿 易 摩 擦 に み ら れ る「自由貿易の利益」論と「保護貿易の利益」論という産業利益をめぐる対抗関係に加え て 、そ の 対 抗 関 係 と は 性 質 を 異 に す る「 環 境 保 全 の 利 益 」 「 安 全 性 の 利 益 」論 の 主 張 が 確 認 できるため、これら利益の「三つどもえの対抗」関係として、問題を捉えるべきだと主張 している。 続 く 章 で は 、方 法 論 的 な 検 討 を 踏 ま え 、 「 安 全 性 問 題 と 貿 易 」に 関 す る 具 体 的 な 事 例 に つ い て の 検 討 を 行 っ た 。第 2 章( 食 品 安 全 性 問 題 と 国 際 経 済 関 係:1970 年 代 に お け る 防 腐 剤 認 可 問 題 と 日 米 貿 易 摩 擦 )で は 、GATT/WTO レ ジ ー ム 形 成 以 前 の 協 定 を 核 と す る「 明 示 的 な 」ル ー ル が 存 在 し な か っ た 時 代 に お け る 事 例 と し て 、1970 年 代 の 日 本 に お け る「 防 腐 剤 認 可 問 題 」を 検 討 し た 。こ こ で の 課 題 は 、WTO 以 前 の「 過 去 」の ケ ー ス を 検 討 す る こ と で 「 現 在 」に 連 続 す る 食 品 安 全 性 政 策 と 国 際 経 済 関 係 に 関 す る 特 徴 の 把 握 を す る こ と で あ る 。 防 腐 剤 認 可 問 題 を 、 1970 年 代 の 日 米 経 済 関 係 お よ び 貿 易 交 渉 の 展 開 か ら 検 討 し た こ と で 、 当時の日本政府には「安全性確保の利益」を追求すると同時に、自国のかんきつ類を保護 し よ う と 考 え る「 保 護 貿 易 の 利 益 」、そ し て ア メ リ カ へ の 輸 出 を 維 持 し よ う と す る「 自 由 貿 易の利益」という、まさに「三つどもえの対抗」関係にあったことを確認し、安全性が置 3 き去りになった結果を看取している。 第 3 章 ( 安 全 性 問 題 を め ぐ る 貿 易 ル ー ル の 形 成 と 展 開 : GATT/WTO レ ジ ー ム ・ SPS 協 定 と 成 長 ホ ル モ ン 牛 肉 紛 争 )で は 、WTO 体 制 下 の 食 品 の 安 全 性 に 関 す る 基 本 的 な 規 定 を 衛 生 植 物 検 疫 措 置 の 適 用 に 関 す る 協 定( SPS 協 定 )を 中 心 に 概 観 し 、EU と ア メ リ カ・カ ナ ダ の 間 で 争 わ れ 、 今 な お 決 着 を み て い な い 「 ホ ル モ ン 牛 肉 ケ ー ス 」 を 中 心 に 据 え 、 GATT/WTO レジームにおける農産物・食品の安全性に関するルールとそのあり方について、リスクア ナリシスをめぐる議論から考察を加えた。そこでは貿易ルールにおける「予防」の制度化 を、今後の課題として展望している。 第 3 章 に お け る WTO と SPS 協 定 に つ い て の 議 論 を 踏 ま え 、 第 4 章 ( 国 際 GM 規 制 レ ジ ー ム と 米 欧 GM 摩 擦 の 政 治 経 済 分 析 : 貿 易 摩 擦 か ら “新 し い 環 境 ア カ ウ ン タ ビ リ テ ィ ”へ ) で は 、 遺 伝 子 組 み 替 え 体( GMO) の 生 産 ・ 貿 易 ・ 規 制 に 関 す る 問 題 を 扱 っ て い る 。こ こ で は 、 ま ず GMO の 生 産 ・ 貿 易 ・ 規 制 に 関 す る 基 本 問 題 を 整 理 し た う え で 、 先 進 国 と 発 展 途 上国の間で展開される国際的な規制ルールの動向と、国際経済ルールのイニシアティブを 握 ろ う と す る 米 欧 間 の GMO と そ の 規 制 に つ い て の 国 際 摩 擦 の 構 造 を 明 ら か に し て い る 。 そ し て 、 具 体 的 な 政 策 の 事 例 と し て 、 EU の ラ ベ リ ン グ 政 策 を 取 り 上 げ 、 幾 つ か の 観 点 を 紹介しつつ、政策を積極的に評価する議論を展開している。 これら事例研究の内容を整理すると、次のようになる。まず、第 2 章からの各章では、 「農業の工業化」と市場経済のグローバリゼーションの進展を重要な背景として置きなが ら、現在の農産物・食品の「安全性問題」と貿易およびそのシステムについての到達点と 課題を探ることを目的として、分析を行った。そこでの特徴は、①国家間交渉(二国間交 渉 )で ル ー ル が 形 成 さ れ る ケ ー ス( 第 2 章 )、② 協 定 に よ る 明 示 的 な グ ロ ー バ ル な 貿 易 ル ー ル (SPS 協 定 ) が 存 在 す る ケ ー ス ( 第 3 章 )、 ③ SPS 協 定 以 外 に も グ ロ ー バ ル お よ び リ ー ジ ョナルな貿易ルールが存在するケース(第 4 章)のそれぞれを、防腐剤、米国産牛肉(成 長 ホ ル モ ン )、 GMO・ GM 産 品 の 事 例 か ら 検 討 し た と ま と め ら れ る 。 そ し て 、 事 例 研 究 か ら明らかになったことは、以下の諸点である。 第 1 に ① に つ い て は 、 1970 年 代 の 日 本 で の 防 腐 剤 認 可 問 題 を 、 当 時 の 日 米 経 済 関 係 お よ び 貿 易 摩 擦 と 交 渉 の 展 開 過 程 か ら 検 討 し た こ と で 、 日 本 政 府 に は 、「 安 全 性 確 保 の 利 益 」 を 追 求 す る と 同 時 に 、自 国 の か ん き つ 類 を 保 護 し よ う と 考 え る「 保 護 貿 易 の 利 益 」、ア メ リ カへの輸出を維持しようとする「自由貿易の利益」の対抗関係にあったこと、日米双方の 「自由貿易の利益」が「安全性確保の利益」および「保護貿易の利益」に優先した点を確 認した。つぎに②については、米国産牛肉の安全性を事例に、安全性問題の解決よりも貿 易促進を「重商主義的」自由貿易の論理に基づいて進める米国のポジションを確認し、自 由 貿 易 と 食 品 の 安 全 性 お よ び 各 国 の 政 策 主 権 の 間 で の GATT/WTO レ ジ ー ム の 規 範 の「 揺 ら ぎ 」を 指 摘 し た 。最 後 に ③ に つ い て は 、GMO の 生 産・貿 易・規 制 に 関 す る 基 本 問 題 を 整 理 し た う え で 、GMO の 国 際 移 動 に つ い て 予 防 原 則 を ビ ル ト イ ン し た 国 際 ル ー ル で あ る カ ル タ 4 ヘナ議定書の積極面を指摘しつつ、議定書の「対象範囲」と「レジーム・コンフリクト」 の 存 在 が 、 国 際 GM 規 制 を 複 雑 化 し て い る こ と を 確 認 し た 。 そ の 上 で 、 米 欧 GM 摩 擦 の 構 造 に つ い て 検 討 し 、グ ロ ー バ ル な 商 品 連 鎖 の 情 報 を 開 示 し よ う と す る Agri-Food Chain 論 に 基 づ く EU の GM 産 品 へ の ラ ベ リ ン グ 政 策 を 積 極 的 に 評 価 し た 。 以上を踏まえ、本論文の総括的な結論はつぎのようにまとめられる。まず「環境関連貿 易ルール」については、環境問題および安全性問題双方に配慮した判断がみられることを 確認した。もちろんこの動向が即座に自由貿易の否定を意味しないが、間違いなくこれま での自由貿易レジームとそのルールではみられなかったものである。 とくに、農産物・食品の「安全性問題」と貿易ルールについては、問題自体が流通段階 で の 添 加( 防 腐 剤 )→生 産 段 階 で の 薬 物 投 与( 成 長 ホ ル モ ン )→生 命 自 体 の 組 み 換 え( GM 技術)といった形で「深まり」を見せており、貿易ルールも問題の「深まり」に対応する ことが求められている。そのような状況のもとで継続してきた「安全性問題」と貿易につ い て の ア メ リ カ と EU の 紛 争 は 、 食 品 ・ 農 産 物 の PPMs の 質 的 な あ り 方 に 関 す る 「 グ ロ ー バ ル・ス タ ン ダ ー ド 」を 争 う も の だ と 表 現 で き る 。と り わ け EU の 動 向 は 、PPMs の 社 会 的 管理を指向するものであり、安全性確保の観点からは評価しうる。ただし、その一方で、 例 え ば EU が GMO の 利 用 の 全 面 禁 止 を 進 め て い る か と い え ば そ う で は な く 、 む し ろ 利 用 を 前 提 と し た 規 制 体 系 を 整 え つ つ あ る と い う 評 価 も あ る 。本 論 文 に お い て み て き た よ う に 、 米欧関係は真っ向から対立する局面も少なくないが、どちらかが善でどちらかが悪という 二分法的理解で一貫するのではなく、それぞれの主張の政治経済的背景をきちんと理解す る こ と が EU の 帝 国 性 を 理 解 す る う え で も 必 要 で あ る 。 そ の 意 味 も 込 め 、 大 国 の 規 制 動 向 に左右される途上国への十分な政策的配慮を入れ込んだ貿易ルールの形成が今後検討され るべきであり、途上国を明示的に取り扱った貿易ルールの政治経済学的考察は、筆者の今 後の課題として積み残されている。 以上が、本論文の構成と内容の要約である。本論文の基本的な課題は、市場経済(とく に貿易)のグローバル化とそのシステムによって規定される諸問題の発生メカニズムの解 明と、政策対応の評価だといえる。そして、分析対象を農産物・食品の「安全性問題」と 国際貿易との連関に限定し、政治経済学アプローチに基づく政策研究の観点から議論を展 開してきた。本論文で取り上げた農産物・食品の「安全性問題」に関する三つの事例と、 国際貿易との接点からの体系的な分析は、先行研究ではほとんど展開されておらず、政治 経済学アプローチからの政策研究として、本論文は学術的な貢献を果たすものだと考えら れる。 また本論文は、食品安全性問題と貿易をめぐる緒論点(政治的な対応や経済政策として の理論と実際など)について、これまでの法学や経済学の観点から個別に検討されてきた 研究蓄積を参照し尊重しつつ、ひとつのディシプリンにとらわれず学際的な観点から、ま た国内政策を国内問題として閉じたものと捉えるのではなくグローバルな観点から、分析 5 を展開したことに特徴がある。この点もまた、政策研究である本論文の方法論的な貢献だ といえよう。 6