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2004年11月号 - みのる法律事務所

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2004年11月号 - みのる法律事務所
【 1】
ま
と
は
ず
みのる法律事務所
弁護士 千田 實
れ
的
的外
外
みのる法律事務所便り
第 1 7 5 号
平成16年11月
〒 021-0853
岩手県一関市字相去 57 番地 5
TEL:0191-23-8960
FAX:0191-23-8950
 [email protected]
及び免責決定をもらわなければならない、ということになります。自己破産及び免責
決定をもらうためには、持っている財産は全て吐き出さなければなりません。保証人
の家屋敷や田畑を残したまま、自己破産及び免責決定をもらうなどという旨い話はあ
りません。
A会社のB社長も、A会社が破産しても、B社長が破産及び免責決定を得ても、保

証人の責任は免れ得ないということを理解しました。B社長の苦悩は、一気に深まり
ました 。「自分は破産しても構わないが、保証人になっている人には迷惑はかけたく
「税金が最優先債権
税金が最優先債権」という考え方は正しいのでしょうか?
ない」と言うのです。
― 企業破産における配当の順位
B社長は、以前にも私の事務所を訪ねてきたことがありました。その時も、「資金
繰りが厳しいので、どうしたらよいか」という相談でした。私は、「メインバンクよ
A会社のB社長より 、「資金が行き詰まり、事業を継続することができなくなっ
た。会社を閉めたい」との相談がありました。事情を聴取したところ、借金の総額は
約1億4,000万円。その借金の多くは、ノンバンクからのもの。ノンバンクの借
金には、社長の身内、社長の妻の身内、従業員の身内などが保証人となっていまし
た。A会社にも、B社長にも、これといっためぼしい資産はなく、A会社とB社長は
自己破産申立をし、A会社については破産宣告を、B社長については破産宣告と免責
決定をもらう他に途はない内容でした。A会社とB社長の債務整理は、それで一件落
り融資が受けられないのであれば、事業継続を断念しなさい。決して、ノンバンクか
ら借金したり、情の絡んだ借金はしないように」と強く説得しました。しかし、今回
事情を聞いたところでは、私の助言に反し、B社長の身内、B社長の妻の身内、従業
員の身内などに保証人になってもらい、ノンバンクから借金をしてしまったのです。
愚痴となってしまいますが 、「どうしてそんなことをしてしまったのか」と聞いたと
ころ、「中小企業金融公庫から、生命保険に入れば金を貸すと言われ、A会社が契約
者となって保険に加入しました。私が被保険者、A会社が受取人とする生命保険で
す。保険金額は1億円です。それで金は借りられると思い、それまでつなげば大丈夫
着ということになります。
しかし、それだけでは大きな問題が残ってしまいます。それは、保証人となった人
たちの立場です。A会社及びB社長が、破産宣告や免責決定をもらっても、保証人の
と思い、身内に保証人になってもらってノンバンクから金を借りてしまったのです」
と、B社長は涙ながらに答えてくれました。
責任には何の影響もないからです。保証人は、A会社が破産しても、B社長が破産し
免責決定を得ても、その責任を免れることができません。保証人は、自らの財産を以
てその保証責任を果たさなければならないのです。もし、保証人にその責任を果たす
それから間もなくして、B社長は自殺をしました。私が手続を取って、生命保険金
1億円をもらいました。
だけの財産がなければ、一生かけて残った借金を支払っていくか、保証人も自己破産
A会社には1億円が入りましたので、A会社の自己破産手続は取らないことにしま
田舎弁護士・千田實著
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【 2】
した。B社長の破産申立、免責申立もしないことにしました。生命保険金1億円を、
A会社の債権者に私が配当して、それでもなお借金が残る場合には、債権者より「残
債権は放棄する」という書面を頂戴することにしました。
責任を果たした人は、貸金や代払い金の回収ができなくなります。
このように、一つの企業が破産しますと、その企業から債権を回収できなくなる人
は多く出てきます。このとき、なぜ税金が最優先債権とされなければならないのでし
ょうか。恐らく 、「 税金は1億2,000万人の国民のためにあるものだ」という考
単純に計算しますと、借金の総額が1億4,000万円に対し、配当原資は生命保
え方が根底にあるからではないでしょうか。だから、「税金が最優先して回収を図る
険金の1億円だけですから、各債権者に対する配当率は約71%ということになりま
ことは、国民のためだ」ということになるのでしょう。しかし、企業が破産したこと
す。
によって給与の支払いを受けられない従業員は、国民ではないのでしょうか。従業員
ところが、税務署から私の事務所に、「保険金は、誰の、どの口座に入るのか」と
だって国民であることは、誰も否定しないと思います。下請業者はどうでしょうか。
いう電話が入りました。電話を受け取った事務員は、「弁護士に確認しなければお答
商品を売り掛けた業者はどうでしょうか。金を貸した人はどうでしょうか。保証人と
えできません」と言ったところ、さらに税務署は 、「税金は最優先順位の債権であ
なった人はどうでしょうか。どの人だって、国民に違いありません。ですから、「税
る。誰に、どのように配当になるのか、債権者一覧表、配当計画表を見せて欲しい」
金は国民のためのものであるから、最優先のものにする」という理屈は成り立たない
と迫りました。これに対しても事務員は、「弁護士に確認しなければお答えできませ
のです。唯一、税金が最優先だとすべき理由は、「税金は1億2,000万人という
ん」と答えたとのことです。税務署は、「それでは、先生が戻ったら税務署に電話を
全国民のためのものだ」という数の論理だけではないでしょうか。つまり、従業員や
いただきたい」と言って電話を切ったとのことでした。その報告を受けた私は、担当
下請業者や商品売掛業者や金を貸した人や保証人となった人は、国民の一部に過ぎな
事務員より税務署に直ちに電話を入れさせました。電話の内容は、「税金が最優先債
い。「 国民の一部のためよりも、全国民のための方が大事だ」という論理が、税金が
権であることは十分に承知している。しかし、債権者一覧表や配当計画表を税務署に
最優先債権であるとする根拠ではないでしょうか。しかし、私はこの考え方に反対で
見せなければならない理由は全くない。債権者各位のプライバシーがあるから、ご要
す。
求には応じかねる」
憲法第13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追
企業破産の際の最優先債権が税金となっていることは、弁護士の端くれである私も
求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の
よく知っているつもりです。しかし、私はこれに対して、普段より大きな疑問を抱い
上で、最大の尊重を必要とする」とあります。また、憲法第29条は第1項におい
ています。企業破産の際、破産した企業から債権が回収できなくなる立場の者は、税
て、「財産権は、これを侵してはならない」とする一方、第2項において「財産権の
務署だけではありません。そこで働いていた従業員は、給与をもらえなくなることも
内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める」とあります。
しばしばです。その企業より下請をしていた業者は、下請代金をもらえなくなりま
問題は 、「 公共の福祉 」の意味です。もし、公共の福祉の意味を「より多くの国民
す。その企業に商品を売り掛けた業者は、その売掛金を回収できなくなります。その
のため」という意味に解釈すれば 、「1億2,000万人の国民のためなら、破産し
企業に金を貸した金融機関も、担保物件を十分に取っていない場合には回収できなく
た企業の従業員の未払給与より税金が優先する」ということになるのでしょう。税金
なる部分が出てきます。その企業に、情に絡んで金を貸した人や保証人となって保証
は、下請業者の債権にも、商品売掛業者の債権にも、金を貸した人の債権にも、保証
【 3】
人の債権にも優先することになるのでしょう。しかし、これは数の論理に過ぎないの
が、いかがでしょうか。
です。
この考え方は、極めて危険な考え方だと思います。なぜなら、「1億2,000万
ある企業が破産したことにより、税金が取れなくなり、1億2,000万人の国民
人の国民のためなら、数百、数千、数万の自衛隊員が犠牲になるのはやむを得ない」
が被害を被ることは事実です。しかし、仮に1億2,000万円の税金が回収できな
となり、行き着くところは「お国のためなら特攻隊もやむを得ない」などということ
かったとしても、国民一人当たりの被害額は1円に過ぎないのです。これに比べ、未
になりかねないのです。
払給与をもらえない従業員の被害はどうでしょうか。直ちに一家が路頭に迷うという
公共の福祉の意味を、このように「より多くの国民のため」と解釈してはならない
ことになりかねないのです。下請代金をもらえなくなった下請業者も、売掛金代金を
と思います。例え 、「より多くの国民のため」と言っても、 犠牲にしてはならないも
もらえなくなった商品納入業者も、貸金や立替金を回収できなくなった人たちも、い
の があるはずです。それは、憲法第13条が「すべて国民は、個人として尊重され
わゆる連鎖倒産の危険さえあるのです。
る」と明記している通りです。「個人として尊重される」ということは、「生命、自由
及び幸福追求に対する国民の権利」が尊重されるということです。例え、「より多く
ある企業が破産し、配当原資が限られている場合、つまり全債権者に全額配当がで
の国民のため」であっても、個人のこのような権利が侵害されてはならないのです。
きない場合、まず税金が回収し、残ったものがあれば従業員以下の債権者に配当する
国民の生命、自由及び幸福追求に対する権利は、より多くの国民のためとはいえ、侵
という現在のやり方は間違っていると確信しますが、いかがでしょうか。
してはならないのです。
ただ単に 、「より多くの人のため」ということになれば、前述したように特攻隊さ
少し古くなりましたが、2004年(平成16年)5月25日付日本経済新聞(夕
いけにえ
え容認されかねないのです。洪水を鎮めるためには、村娘が生贄になることも仕方が
刊)に、「債権順位 未払給与優先 ― 従業員保護、改正破産法が成立」という見出し
ない、ということになるのです。例え、より多くの国民のためであっても、侵しては
の記事が掲載されています。
ならない権利が国民各人にあるのです。
それによると、2005年より破産法が改正されるが、「債権に対する財産の分配
を巡っては、これまでは労働債権が租税や社会保険料などより優先順位が低く、労働
日本国民1億2,000万人のためだから、「給料をもらうのを我慢せよ」とか、
者が未払賃金を受け取れないケースが多かった。改正法では、3ヶ月分の給与と退職
「下請代金を我慢せよ」とか 、「売掛金を我慢せよ」とか 、「貸金や立替金を我慢せ
金を、最優先で支払う分類に格上げし、納付期限から1年以上経過した租税債権は一
よ」とか言うのは、正当な考え方でしょうか。
ランク格下げした」と報じられています。
倒産した企業に関連して、給料をもらえなくなった従業員、下請代金をもらえなく
この改正は、私の考え方にいくらか近づいたと言えますが、それでもまだまだ不十
なった下請業者、売掛金をもらえなくなった商品納入業者、貸金や代払い金をもらえ
分だと思います。私は、税金は他の債権に優先させるべき合理的理由がないものと確
なくなった人たちの被害は、1億2,000万人の国民の被害よりも直接的であり、
信しています。
給 料
その影響は遥かに大であることは、誰にでもわかるところです。私は、税金は後回し
12月分
にしても、これら直接的被害者に配当原資があれば優先的に配当すべきだと考えます
□□□□ 殿
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