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IMF 改革をめぐる焦点は何か

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IMF 改革をめぐる焦点は何か
2009 年 3 月 26 日発行
<G20 における国際金融システム改革論②>
IMF 改革をめぐる焦点は何か
~ IMF 融資の強化とガバナンス改革 ~
要 旨
¡ G20 金融サミットにおける国際金融システム改革の焦点の一つは、代表的な国
際金融機関である IMF の改革である。IMF 改革の具体的な論点としては、①資
金基盤の拡充と融資手法の見直し、②サーベイランスの改善、③ガバナンス改革
がある。本稿では①と③について考察し、IMF 改革の焦点を明らかにする。
¡ IMF の資金基盤の拡充については、金融危機により IMF 融資へのニーズが高ま
るなか、危機前に比べて IMF の資金基盤を倍増させること、また、具体的な資
金調達方法として、当面は加盟国からの借入によって調達するのが現実的という
点では概ね合意が得られている。しかし、世界経済・国際金融市場における IMF
資金の比重が低下しているにも関わらず、IMF の中核的な融資原資であるクォー
タ増資の必要性については、各国の意見が分かれている。
¡ IMF 融資制度の見直しについては、危機に予防的かつ迅速に対応する新たな融資
制度として「弾力的クレジット・ライン(FCL)」が創設された。しかし、か
つてやはり危機に対する流動性保険として創られた「予防的クレジット・ライン
(CCL)」が「汚名問題(stigma)」によって利用されなかったことから、そ
の有用性を疑問視する声も少なくない。
¡ 近年の二国間・地域間スワップ協定の隆盛を踏まえれば、汚名問題は決して克服
できない課題ではない。IMF 融資が十分に利用されない最大の理由は、IMF が、
国際金融危機に対する「最後の貸し手」として、新興国・途上国からの信頼を得
られていないことにある。IMF が国際金融市場の安定性維持を司る公正・中立な
国際金融機関として機能するためには、不十分なものに終わった 2008 年のガ
バナンス改革の見直し作業が急務である。
〔政策調査部 小野有人〕
本誌に関するお問い合わせ先:
みずほ総合研究所株式会社 調査本部 政策調査部
主席研究員 小野有人
TEL: 03-3591-1306
Email: [email protected]
Š 本資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、
当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではあ
りません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
1. はじめに
世界的な金融・経済危機が深刻化し、その影響が先進国のみならず、新興市場国・途上国
にまで拡がりをみせるなか、危機に対処するためのグローバルな金融機関としての IMF に
対する期待が高まっている。2008 年 11 月に米国ワシントンで開催された G20 諸国首脳によ
る金融サミットでは、国際金融市場の機能強化に向けた規制・監督上の改革の論点が幅広
く提示されたが、その一つの焦点は代表的な国際金融機関である国際通貨基金(IMF:
International Monetary Fund)の改革である。G20 金融サミットでは、IMF 改革の具体的な論
点として、以下の 3 点が指摘された(図表 1)
第一は、急激な資本流出に見舞われた新興国・途上国等に十分な支援融資を行えるよう
IMF の資金基盤を拡充するとともに、危機に有効に対処できるよう融資手法の改善を図る
ことである。これらはいずれも、この 4 月 2 日にロンドンで開催される 2 回目の G20 金融
サミットまでに対応することが求められている。
第二は、IMF によるサーベイランス(IMF 加盟国の経済・金融動向の監視活動)の改善で
ある。具体的には、IMF が世界銀行や金融安定化フォーラム(FSF: Financial Stability Forum)
といった他の国際機関と協働して、国際金融市場の安定性を損ないかねない潜在的な問題
に対して早期警告(early warning)を発するなど、サーベイランス機能を強化することが求
められている。また、中期的な措置として、これまで新興国・途上国を中心としていた IMF
サーベイランスの対象を先進国にも拡げるとともに、とりわけ金融セクターの監視を強化
することが盛り込まれた。
図表 1 国際金融機関の改革をめぐる論点(G20 金融サミット)
当面の措置(2009 年 3 月 31 日まで)
中期的措置
™ IMF、世界銀行等の国際開発金融機関の
資金基盤の増加
資金基盤の増加
融資手法の見直し等
™ IMF の融資手法の見直し
™ 国際開発金融機関は、景気循環を均すた
めの財政政策に必要な資金を支援
™ 新興市場国・途上国に対する民間資金フ
ローを再開させるための方法の探究
サーベイランス等
の改善
ガバナンス改革
™ IMF は FSF と協働して、マクロ健全性政策
の枠組みに規制上・監督上の対応を組み
入れ、早期警戒を実施
™ IMF はすべての国に中立的にサーベイラ
ンスを実施(金融セクターを重視、FSAP
をサーベイランスに組み入れる)
™ IMF は FSF 等と連携して、現下の危機の
教訓を導出
™ 先進国、IMF 等は、新興市場国・途上国
が国際基準と整合的な規制を策定・実施
するため、技術支援を実施
™ FSF 加盟国を新興市場国に拡大
™ブレトン・ウッズ機関における新興市場国・
途上国の発言権・代表権の拡大
(注) 項目分類、下線は筆者によるもの。
(資料) G20「金融・世界経済に関する首脳会合宣言」(2008/11/15)に基づき作成
- 1 -
第三は、IMF 等の国際金融機関における新興国・途上国の存在感を高めるためのガバナ
ンス(統治機構)改革の実施である。このうち FSF 加盟国を新興国に拡げる点については、
2009 年 3 月 12 日に G20 すべての国が FSF に参加するとの声明が FSF より公表されている1。
一方、IMF 等の国際金融機関での新興国・途上国の発言権・代表権(“chairs and shares”)を
拡大することは、中期的な課題と位置づけられている。来る 4 月 2 日にロンドンで開催さ
れる 2 回目の G20 金融サミットに先駆けて 3 月 14 日に開催された G20 財務大臣・中央銀行
総裁会議では、後述する IMF クォータ(出資額)の見直しを 2011 年 1 月までに行うとの合
意が得られている。
これら 3 つの論点のうち、緊急性の高い課題と目されているのは、国際金融危機の「火
消し役」としての IMF の機能をいかに強化するかという第一の論点である。しかし、以下
に述べるように、危機に対する「最後の貸し手」としての IMF の機能強化を図るうえで現
在もっとも問われているのは、IMF が国際金融市場の安定性維持を司る公正・中立な国際
金融機関として加盟国からの信認を勝ち得ているかどうかであり、そのためには、G20 金融
サミットで中期的課題と位置づけられた IMF のガバナンス改革が急務であると思われる。
以下では、IMF 改革をめぐるこれまでの議論の経緯と進展状況を、資金基盤の拡充、融
資制度の見直し、ガバナンス改革の 3 つの観点から考察し、IMF 改革をめぐる焦点がどこ
にあるかを明らかにしたい。
2. IMF の仕組みと機能
IMF 改革に関する個別論点に立ち入る前に、IMF の仕組みと機能について簡単に整理し
ておこう。
(1) IMF クォータ
IMF は戦後の国際通貨制度の中核を担う国際金融機関であり、現在 185 カ国が加盟して
いる。加盟国は、各々の国の世界経済における相対的な地位等を基準に定められた出資額
(quota、以下「クォータ」と表記)を拠出しており2、このクォータが IMF 融資の原資とな
る他、IMF における加盟各国の権利義務関係の基礎となっている
IMF における投票権は、1 国 1 票ではなく、このクォータにほぼ比例する形で決まってい
る。具体的には、各国は基礎票 250 票に加えて、各々が拠出しているクォータ 10 万 SDR3当
1
FSF に新規に参加する新興国は、アルゼンチン、ブラジル、中国、インド、インドネシア、韓国、メキ
シコ、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコである。また、新興国以外ではスペインと欧州委員
会も新たに参加することとなった。
2
具体的には、割当額の 25%を国際金融市場で広く用いられている外貨(米ドル、ユーロ、英ポンド、円
等)もしくは IMF が創設した国際準備資産である SDR(Special Drawing Rights、特別引出権)で、残りの
75%を自国通貨で払い込むこととされている。
3
SDR は、1969 年に IMF が創出した国際準備資産である。もともとは、当時の国際通貨制度であるブレト
ン・ウッズ体制(1 オンス=35 ドルで金とリンクした米ドルに対して、各国が平価の上下 1%の範囲内に
自国通貨の為替相場を収める固定相場制)を支えるためには、各国が金や米ドル以外の準備資産を持って
平価を維持することが必要との認識に基づき創られたが、変動相場制が支配的な現在では、主に計算単位
- 2 -
たり 1 票が割り当てられている。従って、経済力が大きくクォータも大きい国は、IMF に
おける発言権がより強くなる。2009 年 3 月 12 日現在、最大のクォータをもつのは米国(371
億 4,930 万 SDR)であり、全体に占めるシェアは 17.09%である。米国に次いでシェアが大
きいのは日本(6.13%)であり、以下順に、ドイツ(5.99%)、フランス(4.94%)、イギ
リス(4.94%)となっている4。
また IMF は通貨危機等により外貨の調達が必要となった加盟国に対して支援融資を行っ
ているが、その原資となるのはクォータである。このため、各国が IMF から資金を借り入
れる際の利用上限は、通常、クォータと連動している。この点でクォータは、各国が IMF
融資の原資にどの程度貢献しているかを表しているとともに、不測の事態が生じた際に IMF
から調達できる資金規模を規定しているといえる。なお、IMF 融資の原資としては、クォ
ータを補完するものとして、IMF が特定の加盟国から借入を行える制度(GAB/NAB)もあ
る。このうち一般借入取極(GAB: General Agreement to Borrow)は、1962 年に創設され主
要先進国 11 カ国が参加している。また新規借入取極(NAB: New Agreement to Borrow)は、
1994 年のメキシコ通貨危機に対応するため、GAB を強化するものとして 98 年に創設され
た。NAB には GAB 参加国を含む 26 の国・機関が参加している。
(2) IMF の機能:融資とサーベイランス活動
IMF は、国際金融システムの安定性維持を目的として、主に 2 つの役割を担っている。
一つは、急激な資本流出などにより通貨・金融危機に陥るなど、国際収支上の困難に直
面した加盟国に対して支援融資を行い、危機の解決に寄与することである(最後の貸し手
機能5)。IMF から融資を受ける国は、IMF と協議して、国際収支上の問題点を解決するた
めの経済調整プログラムを策定し、融資期間中、その遵守が求められる。経済調整プログ
ラムで被支援国が実施を約した経済・構造調整政策は、いわば IMF 資金を利用するための
「条件」となっていることから、「コンディショナリティ」と呼ばれている。IMF 融資は、
通常数回にわたって分割実行されるが、当初策定したコンディショナリティが遵守されて
いない場合には、残りの融資の供与は停止される。
一方、こうした危機をできるだけ未然に防ぐため、IMF は国際金融システムの安定性を
脅かしかねない要因に警告を発するよう、マクロ経済や金融セクター等の動向の監視活動
も行っている。IMF 協定第 4 条には、加盟国が、自国の為替・経済政策について IMF との
としての役割を果たしている。現在、SDR の価値は米ドル、ユーロ、英ポンド、円から構成される通貨バ
スケットとして日々計算されており、IMF ホームページ上で公表されている。また、IMF 加盟国は、各々
のクォータに基づいて IMF から SDR の配分を受けており、SDR と引き換えに他の加盟国から米ドル、ユ
ーロ、英ポンド、円を融通してもらうことができる。このため、SDR はこれらの通貨に対する潜在的な請
求権としても機能している。
4
総投票権に占めるシェアは、米国 16.77%、日本 6.02%、ドイツ 5.88%、フランス 4.86%、イギリス 4.86%。
5
ただし、発券銀行であるが故に資金制約のない一国の中央銀行とは異なり、国際金融市場における最後
の貸し手として IMF が利用可能な資金は、加盟国からのクォータ及び借入額に限定されている。このため、
後述するように、IMF の資金基盤の問題は大規模な国際金融危機の度に問題視されてきた。
- 3 -
間で協議(コンサルテーション)を行う義務があることが明記されており、この規定に基
づき、IMF は加盟国の経済状況や為替・経済政策等について、原則年 1 回協議している(「4
条コンサルテーション」)。このような加盟国の経済状況等の監視及び協議活動は「サー
ベイランス」と呼ばれ、IMF の中核的な任務の一つとされている。また、加盟国との間の
二国間サーベイランス(bilateral surveillance)に加えて、地域内ないしグローバルな経済動
向にも注視しており、年に 2 回「世界経済見通し(World Economic Outlook)」や「国際金
融安定性報告書(Global Financial Stability Report)」を公表している。こうした活動は多国
間サーベイランス(multilateral surveillance)と呼ばれている。IMF サーベイランスに基づく
政策勧告は、加盟国に対して何ら強制力を伴うものではないが、各国は、二国間・多国間
サーベイランスを通じて明らかになった問題点を改善することが期待されている。
3. IMF 資金基盤の拡充
(1) IMF 融資への期待の高まりと資金基盤への懸念
現在 IMF 改革が注目されている背景には、米国サブプライム・ローン問題に端を発した
世界的な経済・金融危機が新興国・途上国にも波及し、これら諸国の IMF 融資へのニーズ
が高まっていることがある。図表 2 左図は IMF 融資残高の推移をみたものだが、世界的な
好景気と潤沢な国際金融市場の流動性を背景に 2003 年以降大きく減少していた IMF 融資は、
2008 年以降、ハンガリー、ウクライナ、ベラルーシといった中東欧諸国向けを中心に増勢
に転じている。2009 年 2 月末の IMF 融資残高は、217 億 SDR(319 億ドル)と歴史的にみ
図表 2 IMF 融資残高・融資原資の推移
【融資残高】
(10億SDR)
90
80
【融資原資】
(10億SDR)
180
借入枠(GAB/NAB)
160
FCC
低所得国支援勘定等
一般資金勘定
70
140
60
120
50
100
40
80
30
60
20
40
10
20
0
1984
90
95
2000
05
09 (年)
0
19982000
02
04
06
08 09(年)
(注) 1. FCC(One-year forward commitment capacity)は今後 1 年間新たに設定可能な融資枠の額(未コミット残高+既往
融資返済予定額-予備的バランス)
。2002 年 10 月以前は未コミット残高で代替。
2. 2009 年 2 月末の SDR レート(対米ドル)は 1.46736 $/SDR。
(資料) IMF ホームページより作成
- 4 -
ればなお低水準であるものの、前年比 2.2 倍と急速に増大している。
グローバル金融危機の深刻化に伴い、先進国から新興国への民間資金流入は今後も急速
に減少する見込みである。たとえば、国際的に活動する大手金融機関の団体である国際金
融協会(Institute of International Finance)は、新興市場国 28 カ国への 2009 年の民間資金流
入額が 1,653 億ドルと、前年(同 4,658 億ドル)の三分の一程度、直近のピークの 07 年(9,286
億ドル)の 2 割以下にまで落ち込むと予測している(図表 3)。形態別には商業銀行貸出が、
地域別には欧州(中東欧)向けの減少幅が大きくなると予測されている。また、こうした
民間資金流入の減少に伴い、これまで歴史的な高水準を続けてきた新興国の外貨準備も急
速に減少すると予測されている。
図表 3 新興市場諸国へのネット資金流入額(フロー)
(10 億ドル)
08
09(f)
928.6
465.8
165.3
222.3
296.1
174.1
194.8
197.3
170.9
304.1
263.4
197.5
40.3
52.8
51.5
▲ 8.0
▲ 89.3
▲ 2.7
98.2
138.3
273.4
342.6
632.4
291.7
▲ 29.5
商業銀行
35.0
62.2
163.9
211.9
410.3
166.6
▲ 60.6
非銀行(債券等)
63.2
76.1
109.5
130.7
222.2
125.1
31.1
▲ 19.9
▲ 15.4
▲ 65.5
▲ 57.5
11.4
41.0
29.4
国際機関信用供与
▲ 6.1
▲ 14.3
▲ 40.3
▲ 30.4
2.7
16.6
31.0
二国間信用供与
▲ 13.8
▲ 1.1
▲ 25.2
▲ 27.1
8.7
24.3
▲ 1.6
▲272.5
▲400.1
▲429.2
▲554.8
▲948.7
▲444.3
▲245.9
アジア
-
-
-
258.9
314.8
96.2
64.9
欧 州
-
-
-
226.3
392.8
254.2
30.2
中南米
-
-
-
51.5
183.6
89.0
43.1
アジア
-
-
-
▲ 3.3
10.7
16.1
▲ 1.1
欧 州
-
-
-
▲ 24.7
0.1
16.5
22.0
中南米
-
-
-
▲ 20.3
3.8
7.9
8.3
2003
04
05
06
07
民間資金
236.7
333.3
523.5
564.9
株式
138.5
195.0
250.1
103.2
154.7
35.4
直接投資
形
態
別
ポートフォリオ投資
与信
公的資金
外貨準備高(▲:増加)
(e)
民間資金
地
域
別
公的資金
1. 2008 年は推定値、2009 年は予測値。
2. 地域別内訳はアフリカ・中近東を省略しているため、合計が全体と一致しない。
(資料) Institute of International Finance, Capital Flows to Emerging Market Economies, January 27, 2009
(注)
危機が生じるまでの IMF 融資残高が歴史的な低水準であったことを反映して、現在、IMF
の融資原資は比較的潤沢である(前掲図表 2 右図)。2009 年 2 月末時点で、IMF が新たに
融資に応じられる財源(FCC: One-year forward commitment capacity)は 957 億 SDR(1,405
- 5 -
億ドル)ある他、加盟国からの借入(GAB/NAB)による追加資金が 340 億 SDR(499 億ド
ル)あり、両者をあわせると 1,300 億 SDR(1,900 億ドル)程度の融資原資となる。
ただし、先述のように国際金融市場での民間資金の流動性が急速に枯渇すると予想され
るなか、今後、新興国の IMF 融資への需要が急速に高まる可能性がある。実際、2009 年 3
月 25 日にルーマニアが IMF から 130 億ユーロ(175 億ドル)の支援融資を受けることで暫
定合意した他、トルコが新たな IMF 融資プログラムについて IMF と協議中であるなど、IMF
融資の利用を検討している国は少なくないとみられる。IMF (2009a)は、保守的な経済シナ
リオ、前提条件の下でも、IMF 融資に対する潜在需要が 650~1,600 億 SDR に達すると見積
もっており、IMF 資金が今後不足する懸念は小さくないと指摘している。
(2) IMF 資金基盤の拡充:借入か増資か
このため IMF は、支援融資のための資金基盤を 1,670 億 SDR(2,500 億ドル)増強し、危
機前の水準の 2 倍の 5,000 億ドル程度まで引き上げることを提案している。G20 諸国も、危
機対応のために IMF の資金基盤を早急に拡大する必要がある点については意見が一致して
おり、既にいくつかの提案もなされている。
具体的には、IMF による提案に先立つ 2008 年 11 月の G20 金融サミットの場で、日本が
IMF クォータを倍増することを提案するとともに、増資が実現するまでのつなぎ措置とし
て IMF に対して 1,000 億ドルの資金融通を行う用意があるとの意思表明を行った。日本と
IMF との融資取極は、2009 年 2 月のローマ G7 時に締結されている。また EU 諸国も、3 月
20 日に開催された首脳会合で、IMF に対して 750 億ユーロ(約 1,000 億ドル)の資金を提
供する意思がある旨を表明している。
一方、IMF 理事会は、どのような形で資金基盤を拡充するかについての検討を 2009 年 2
月に行っている。IMF プレスリリース資料6によれば、当面の方策として、加盟国からの借
入を通じて資金基盤を拡充する方策を探ることでは概ね意見の一致をみた7。具体的な貸し
手としては、日米欧に加えて、外貨準備が多い新興国・産油国が有力視されているが8、今
のところ IMF に対して資金提供を申し出た新興国・産油国はない。一方、クォータの一般
増資や SDR の特別配分を行うこと9については IMF 理事会での意見が分かれた。
6
“IMF Executive Board Has Preliminary Discussions on Adequacy of and Options for Supplementing Fund
Resources,” IMF Public Information Notice No. 09/24.
7
具体的には、日本とのケースのような二国間での融資取極の締結に加えて、約束手形の発行、NAB への
参加国及び借入枠を拡大することの 3 つが検討されている。IMF は、このうち二国間での融資取極がもっ
とも現実的な対応と考えており、NAB の枠組み拡大は長期的な課題と位置づけている(IMF, 2009a)。一方、
米国のガイトナー財務長官は、2009 年 3 月 11 日の記者会見の場で、現在約 500 億ドルの借入枠のある NAB
を 5,000 億ドル程度まで拡大するよう提案している。
8
たとえば 2009 年 3 月 11 日に開催された EU 財務相会合声明は、ここ数年間に外貨準備を顕著に増大させ
た国が IMF に資金を融通するよう要請している。
9
脚注 3 で述べたように、SDR の配分を受けた国は、他の IMF 加盟国から SDR と引き換えに米ドル、ユ
ーロ、英ポンド、円を融通してもらうことができるため、IMF が加盟国すべてに SDR を新たに配分すれば、
その分だけ加盟国間での資金スワップ枠が増大することになる。元米国財務次官補の Truman ピーターソン
国際経済研究所シニアフェローが SDR の特別配分を主張している他(Truman, 2008; 2009)、前 IMF 独立評
- 6 -
先述の通り、IMF の中核的な融資原資はクォータである。それにもかかわらず、IMF の
資金基盤拡充の方策としてクォータの一般増資が困難視された背景には、増資手続きに時
間がかかるため現実的でないとの判断に加えて、IMF の資金基盤の拡充が中長期的にも必
要かどうかについて、意見が分かれていることがある。
IMF の資金基盤の拡充が中長期的にも必要とする見方の背景には、世界経済及び国際金
融市場の拡大に対して IMF の資金規模が追いついていないとの認識がある。IMF の一般増
資(General Quota Increase)はおおむね 5 年おきに検討されているが、アジア通貨危機時の
1998 年に第 11 次増資が行われたのを最後に、第 12 次増資(2003 年)、第 13 次増資(2008
年)は見送られている。後述するように、第 13 次増資が見送られた後の 2008 年 4 月に、IMF
のガバナンス改革の一環として特別増資(Ad hoc Quota Increase)が IMF 総務会にて承認さ
れ、総クォータは 11.5%増額する見込みだが、それでもなお、世界の GDP や貿易量、資本
流入額対比でみた IMF の資金規模は、最後に一般増資が行われた 98 年当時の水準をいずれ
も大きく下回っている(図表 4)。このため、多くの新興国は、次回の第 14 次増資に関す
る検討スケジュールを、もともと予定されていた 2013 年から 2010-11 年に前倒しするよう
求めていた。2009 年 3 月 14 日の G20 財務大臣・中央銀行総裁会議では、2011 年 1 月まで
にクォータの見直しについての検討作業を終えることで合意している。
図表 4 IMF 資金の相対的な規模(1998 年=100)
(1998年=100)
300
対資本流入額(世界)
250
200
対資本流入額
(新興国・途上国)
150
対世界貿易額
100
50
対世界GDP
0
第7次増資
1978
[51%]
第8次増資
1983
[48%]
第9次増資
1990
[50%]
第10次増資 第11次増資 第12次増資 第13次増資
1995
1998
2003
2008
[0%]
[45%]
[0%]
[0%]
クォータ
改革後
[11.5%]
(注) 1. IMF 資金/各経済変数を 1998 年=100 としてインデックス化。資本流入額は 3 年移動平均値。
2. [ ]内は一般増資検討後のクォータ増加率。クォータ改革後の数値は 2008 年データによる。
(資料) IMF (2009a)
価機関(IEO)ディレクターの Ahluwalia インド計画委員会副委員長も、IMF クォータを 3 倍に増額すると
ともに、SDR の一般配分を行うよう提案している(IMF Survey Online, 2009/2/2)。
- 7 -
一方で、第 13 次増資が見送られた背景には、先述のように危機前の IMF 融資残高が歴史
的な低水準にあり、かつ融資原資も非常に潤沢であったことがある(前掲図表 2)。このた
め、一般増資による中長期的な資金基盤の拡充の必要性に関して疑問を呈する声も少なく
ない。とりわけ、後述するように IMF のガバナンス改革によって自らのクォータのシェア
が低下する恐れのある欧州諸国は、一般増資に対して慎重な立場をとっているとみられる。
4. IMF 融資制度の見直し
(1) 二国間・地域内スワップ協定の増大
危機前の IMF 融資が歴史的な低水準であった背景には、世界的な高成長もあって金融危
機自体がそもそも生じておらず借入ニーズが乏しかったことがある。加えて、この間 IMF
融資に類似した機能をもつ政策手段が拡充されてきたことが、IMF 融資の減少に寄与した。
具体的には、アジアを中心とする多くの新興国が、90 年代後半の一連の新興国危機の苦
い経験を踏まえて、危機に対する「自己保険(self-insurance)」として外貨準備を蓄積して
きた。また、ASEAN+3 諸国によるチェンマイ・イニシアティブ(CMI)やラテンアメリカ
諸国によるラテンアメリカ準備基金の創設など、地域的な外貨準備の相互スワップ協定が
創設・拡充されてきた。CMI については、2008 年 5 月に開催された ASEAN+3 財務相大臣
会議で、既存の二国間協定を多国間協定にする(CMI のマルチ化)とともに、その規模を
少なくとも 800 億ドルに拡大することが合意されている。
また、今回のグローバル金融危機の下でも、二国間ないし地域内の通貨スワップ協定が
新たに締結された。具体的には、2007 年 12 月に米 FRB が ECB、スイス中央銀行とそれぞ
れ 200 億ドル、40 億ドルの通貨スワップ枠を設定したのを皮切りに、欧州中央銀行間での
通貨スワップ協定が、網の目のように形成されていった。2008 年 10 月には FRB がブラジ
ル、メキシコ、韓国、シンガポールとの間でそれぞれ 300 億ドルの通貨スワップ協定を結
んでいる。さらに、アジア域内でも、韓国が急速な資本流出とウォン安に見舞われたこと
に対処するため、2008 年 12 月に日中韓 3 カ国間のスワップ協定が拡充された(円-ウォン
スワップ取極めを 30 億米ドル相当から 200 億米ドル相当に一時的に増額、28 億米ドル相当
の人民元-ウォンスワップ取極めの新規締結)。また、2009 年 2 月に開催された ASEAN+3
財務相会合では、マルチ化された CMI の規模を、2008 年 5 月に目標として定めた 800 億ド
ルから 1,200 億ドルに増額することで合意されている。
二国間・地域内スワップ協定の増大は、一面では規模が必ずしも十分とはいえない IMF
融資を補完するものとして歓迎されるべきものといえる。しかし他方で、そもそも IMF 融
資自体が加盟国にとって使い勝手が悪く、国際金融危機に対する最後の貸し手機能を十分
に果たしえていないことがこれらの動きにつながっているのではないか、との疑念を呼び
起こすことにもなった。後者の立場からみれば、二国間・地域内スワップ協定の拡充は、
規模が不十分な IMF 融資を補完するものというよりも、利便性の劣る IMF 融資を代替する
ものと解釈されよう。このため、IMF は融資制度の見直しにも着手している。
- 8 -
(2) 緊急金融支援手続きによる支援融資
世界的な経済・金融危機の下、IMF 融資へのニーズが急速に高まるなか、IMF は既に以
下のような対応をとっている。
まず、今回の危機の影響で支援融資を求めてきた国々に対しては、例外的な危機時にの
み適用される「緊急金融支援手続き(Emergency Financing Procedures)」に則り、通常より
も大規模かつ迅速に融資を実行している。緊急金融支援手続きは、IMF の最も標準的な融
資制度であるスタンド・バイ取極(SBA: Stand-By Arrangements)に基づくものだが、通常
の SBA と比較して、以下のような特徴がある10(図表 5)。
第一は、加盟国が IMF に支援融資を打診してから、実際に融資が実行されるまでの期間
が非常に短いことである。具体的には、IMF と被支援国とが金融支援の中身についてでき
るだけ早期に合意できるよう、コンディショナリティ(支援融資の条件として被支援国が
実施すべき経済・構造調整政策等)は危機に直接的に関係するものに限定される。また、IMF
図表 5 IMF 融資制度の比較①
SBA
(スタンド・バイ取極)
緊急金融支援手続き
目的
z 短期的な国際収支上の困
難に直面する加盟国の中
期的支援
z 例外的な危機により国際
収支上の困難に直面する
加盟国の中期的支援
-
利用条件
z 妥当な期間内に国際収支
上の困難を解決できる信
頼性の高い経済調整プロ
グラム(コンディショナリテ
ィ)の実行
SBA と同じ
-
資金供給の
タイミングと
モニタリング(コ
ンディショナリテ
ィ)
z 四半期ごとにコンディショナ
リティを監視、達成状況が
良好であれば資金を供給
[参考]SBA
(2009/3/24 見直し後)
z 四半期ごとにコンディショナ
リティを監視、達成状況が
良好であれば資金を供給
z コンディショナリティは危機
に直接関係するものに限
定
z 融資実行後のコンディショ
ナリティよりも事前のコンデ
ィショナリティを重視
z 構造政策に関する構造的
パフォーマンス基準の廃止
(レビューのみ実施)
年間 200%
累積 600%
融資上限
(対クォータ比)
年間 100%
累積 300%
なし
金利
z 融資基準金利+上乗せ
金利(クォータ 200%超部
分は 100bp、同 300%超
部分は 200bp)
SBA と同じ
-
融資返済期間
2 年 3 カ月~4 年
(最長3 年3 カ月~5 年)
SBA と同じ
-
設立年
1952 年~
(1997 年~)
-
(資料) IMF, Annual Report 2008; “IMF Overhauls Lending Framework,” IMF Press Release No. 09/85, March 24,
2009; “Questions and Answers on the Reforms of Lending and Conditionality Frameworks,” March 24, 2009
により作成
10
詳しくは後述するように、IMF 理事会は 2009 年 3 月 24 日に IMF 融資制度に関する大幅な見直しを行っ
た。以下の緊急金融支援手続きの特徴は、見直し前の SBA との比較によるものだが、見直し後の SBA と
比較した場合でも、基本的な結論は変わらない。見直し後の SBA については、図表 5 右列を参照。
- 9 -
スタッフと被支援国とが金融支援プログラムについて合意に達したら、IMF 理事会は数日
内(48~72 時間以内)にその可否を決定する。
第二に、融資上限がないことも特徴である。通常の SBA の場合、IMF 支援融資額は年間
でクォータの 100%、累計で 300%が上限とされているが11、緊急金融支援手続きの場合、
明示的な上限はなく、IMF 以外の国や国際機関からの支援額、債務の持続可能性、そして
被支援国の政策状況等も踏まえて、都度、融資額が決められている。今回の金融危機で IMF
から支援融資を受けた国の場合、ウクライナはクォータの 802%、ハンガリーは同 1,015%、
アイスランドは同 1,190%、ラトビアが同 1,200%となっている(図表 6)。
図表 6 IMF 支援融資(2009 年 2 月末)
(億 SDR)
国
ベラルーシ
エルサルバドル
ガボン
グルジア
ホンジュラス
ハンガリー
アイスランド
イラク
ラトビア
パキスタン
セルビア
セ-シェル
ウクライナ
合
計
融資枠
締結日
融資枠
期日
2009/01/12
2009/01/16
2007/05/07
2008/09/15
2008/04/07
2008/11/06
2008/11/19
2007/12/19
2008/12/23
2008/11/24
2009/01/16
2008/11/14
2008/11/05
2010/04/11
2010/03/31
2010/05/06
2010/03/14
2009/03/30
2010/04/05
2010/11/18
2009/03/18
2011/03/22
2010/10/23
2010/04/15
2010/11/13
2010/11/04
融資枠
総額(A) 未利用残高
融資残高
クォータ
(B)
A/B
(%)
16.2
5.1
0.8
4.8
0.4
105.4
14.0
4.8
15.2
51.7
3.5
0.2
110.0
11.0
5.1
0.8
3.2
0.4
63.2
8.4
4.8
9.9
31.0
3.5
0.1
80.0
5.2
0.0
0.0
1.6
0.0
42.2
5.6
0.0
5.4
20.7
0.0
0.1
30.5
3.9
1.7
1.5
1.5
1.3
10.4
1.2
11.9
1.3
10.3
4.7
0.1
13.7
419
300
50
317
30
1,015
1,190
40
1,200
500
75
200
802
332.0
221.3
111.2
63.5
523
(注) 1. IMF 一般資金勘定による SBA(スタンド・バイ取極)、2009 年 2 月末。
2. 2009 年 2 月末の SDR レート(対米ドル)は 1.46736 $/SDR。
(資料) IMF ホームページにより作成
(3) SLF(短期流動性ファシリティ)の創設
IMF は 2008 年 10 月 29 日に新たな融資制度「短期流動性ファシリティ(SLF: Short-term
Liquidity Facility)」の創設を発表した。これは、ファンダメンタルズが良好であるにも関
わらず、国際金融市場の不安定性等の外的環境によって一時的に「流動性危機」に見舞わ
れた国への支援融資制度である。SLF の具体的な特徴としては、以下の 3 点が指摘できる
(IMF, 2008c; 2008d; 小寺, 2008、図表 7)
第一に、利用対象国が、経済ファンダメンタルズが良好な国に限定されていることであ
る。具体的には、利用国は、過去の IMF サーベイランス(とくに直近の 4 条コンサルテー
ション)において経済ファンダメンタルズ、政策に関する評価が高く、かつ、IMF の債務
11
2009 年 3 月 24 日の見直し後は年間でクォータの 200%、累計で 600%が上限。
- 10 -
持続可能性分析やストレス・テストによって債務水準が持続可能と判断されていなければ
ならない。
図表 7 IMF 融資制度の比較②
SLF
(短期流動性ファシリティ)
FCL
(弾力的クレジット・ライン)
CCL
(予防的クレジット・ライン)
z ファンダメンタルズは健全だ
が流動性危機に見舞われ
た加盟国の短期的支援
z ファンダメンタルズは健全だ
が流動性危機の見舞われ
た/その恐れがある加盟国
の支援
z ファンダメンタルズは健全
だが流動性危機の恐れが
ある加盟国の予防的な支
援
z 過去の IMF サーベイランス
において経済ファンダメン
タルズ・政策の評価が高
く、債務水準も持続可能で
あること 1
z 基本的には SLF と同じ
z 適格要件 1:
① 経済ファンダメンタルズ・
政策の制度的枠組みが強
固
② 過去及び現在の政策パフ
ォーマンスが良好
③ 強固な政策の継続にコミッ
トしている
適格要件:
① 締結時に国際収支上の問
題がない
② IMF サーベイランスにおい
て政策評価が高い
③ 民間債権者と建設的な関
係を築いており、対外的な
脆弱性が限定的
④ 十分な経済調整プログラ
ム
z コンディショナリティなし。
融資決定時に全額供給
z 融資実行時は SLF と同じ
z 融資枠契約は当初は 6 カ
月もしくは 1 年間。更新可
能(6 カ月毎に適格性に関
するレビューあり)
z 融資枠契約は 1 年間
z 最初の融資実行時にレビ
ューを行い、融資枠の 1/3
程度を供給
z 残りの資金供給は融資実
行後のレビュー結果を踏ま
えて決定
500%
なし
金利
SBA と同じ
z 融資実行時の金利は SBA
(SLF)と同じ 2
z 融資枠契約のコミットメント手
数料は規模に応じて異なる
(クォータ 100~500%の
場合 24-27bp)。融資実行
された場合は返金される
融資返済期間
3 カ月
(最長 1 年)
3 年 3 カ月~5 年
1~1 年半
(最長 2~2 年半)
設立年
2008 年 10 月~09 年 3 月
2009 年 3 月~
1999~2003 年
目的
利用条件
資金供給の
タイミングと
モニタリング(コ
ンディショナリテ
ィ)
融資上限
(対クォータ比)
なし
(累積 300~500%が目安)
z 融資基準金利+上乗せ金
利(融資実行時 150bp でス
タート、1 年後に+50bp、
以後半年毎に+50bp、最
大で+350bp)
z コミットメント手数料:10-25bp
(注) 1. 具体的な基準は下記の通り:国際収支ポジションの持続可能性、資本収支における民間資本流出入
の比重が高いこと、国際資本市場からの良好な資金調達実績、十分な外貨準備、健全な財政ファイ
ナンス、健全な金融・為替政策の下でのインフレ率の抑制、銀行危機の恐れがないこと、実効的な
金融監督、データの透明性
2. FCL を予防的に用いる場合及び HAPAs(予防的 SBA)の金利は、期間と金額に応じた新たな金利体
系が適用される。
(資料) IMF, Annual Report 2001; Annual Report 2008; “IMF Overhauls Lending Framework,” IMF Press Release
No. 09/85, March 24, 2009; “Questions and Answers on the Reforms of Lending and Conditionality
Frameworks,” March 24, 2009 により作成
- 11 -
第二に、ファンダメンタルズが良好な国だけを対象とした融資であることから、融資実
行後のコンディショナリティはすべて取り払われている。この点について IMF のストラス
カーン専務理事は、先述の緊急金融支援手続きが「限定されたコンディショナリティ
(targeted conditionality)」を課すものであったのに対して、SLF は「事前のコンディショ
ナリティ(pre-conditionality)」しかないと述べている12。また、事後的なコンディショナリ
ティがないことから、SLF の場合、通常融資(SBA)のように、コンディショナリティの遵
守状況に関する監視を踏まえて融資が段階的に分割実行されるのではなく、融資決定時に
全額が実行される。
最後に、一時的な流動性危機に対応するための融資制度であることを踏まえて、融資額
が多額である一方、融資期間は短く設定された。具体的には、融資上限はクォータの 500%
とする一方、融資期間は 3 カ月と短く設定された(SBA の場合、融資上限は累積でクォー
タの 300%11、融資期間は 2~4 年)。融資のロールオーバーは認められているが、最長でも
1 年とされ、もしこの期間を過ぎても IMF からの支援が必要だと判断される場合は、SLF
から他の融資制度に切り替えて対応することとされた。
(4) IMF 融資制度の見直し:SLF の廃止と FCL(弾力的クレジット・ライン)の創設
SLF が創設された 2008 年 10 月 29 日に、FRB はブラジル、メキシコ、韓国、シンガポー
ルとの間で各 300 億ドルの通貨スワップ協定を締結することを公表した。経済ファンダメ
ンタルズが相対的に良好であり、SLF の対象と目されていたこれら新興国が、IMF 融資で
はなく FRB との二国間スワップ協定を選好したことは、図らずも SLF に多くの問題点が残
されていることを示したといえる。実際、制度創設後の SLF の利用国は皆無であった。
このため、IMF は、危機対応のためのさらなる融資制度の改善に向けて検討を続け(IMF,
2008b; 2009b)、2009 年 3 月 24 日に、IMF 融資制度の大幅な見直しを決定した。見直し項
目は多岐にわたるが、主なものとして、①SLF の廃止と、その機能を受け継ぐ「弾力的クレ
ジット・ライン(FCL: Flexible Credit Line)」の創設(前掲図表 7)、②FCL の適用対象と
ならない国をターゲットとした「予防的 SBA(HAPAs: High Access Precautionary Stand-By
Arrangements)」の創設、③SBA(通常融資)におけるコンディショナリティ、融資上限の
見直し(前掲図表 5)、があげられよう13。
IMF 融資制度の抜本的な見直しに際して焦点となったのは、利用実績のない SLF の仕組
みの見直しと、危機に「予防的」に対応できるよう融資枠(クレジット・ライン)機能を
もつ融資制度を新たに創設するかどうかであった(上記①、②)。このうち前者について
は、SLF を受け継ぐ FCL の融資上限をなくす(SLF の場合はクォータの 500%)、FCL の
12
“Transcript of a Press Conference by IMF Managing Director Dominique Straus-Kahn on the Launch of a New
Facility for Emerging Markets Hit By Crisis,” October 29, 2008
13
IMF 融資制度見直しの詳細については、IMF, “IMF Overhauls Lending Framework,” IMF Press Release No.
09/85, March 24, 2009; “Questions and Answers on the Reforms of Lending and Conditionality Frameworks,” March
24, 2009 を参照。
- 12 -
融資期間を通常の SBA の最長期間と同じ 3 年 3 カ月~5 年にする(SLF の場合は最長 1 年)
等の対応がとられた。
一方、後者の融資枠機能の付加については、SLF を、危機予防的な融資枠の設定にも使え
る仕組みに見直す形で FCL を創設することで決着が図られた。従って、FCL は融資枠とし
ても利用できるし、SLF のように利用当初から融資実行を伴う形でも利用できる。また、
SLF 及び FCL が、ファンダメンタルズの良好な一部の国のみを対象としていることから、
それ以外の国に対する危機予防的な融資枠機能をもつ融資制度として、HAPAs(通常融資
である SBA を危機予防的に用いる融資制度)が創設された。
IMF 理事会は、融資制度見直しに先立つ 2008 年 9 月に、これらの融資枠機能をもつ融資
制度の意義について議論しているが、理事の中には、危機に対する「流動性保険」機能を
もつ新たな融資制度の必要性に疑問を呈する向きもあったようである14。その背景には、IMF
が危機に予防的に対応するための融資枠制度としてかつて創設した「予防的クレジット・
ライン(CCL: Contingent Credit Line)」が、利用国がないまま 2003 年 11 月に廃止に至った
という苦い経験があったと思われる。
CCL 創設当時(1999 年 4 月)の国際金融情勢を振り返ると、97 年夏に顕在化したアジア
通貨危機が、98 年にはブラジルやロシアなど他の新興国に飛び火するなど、現在と同様、
危機の伝播(contagion)への懸念が非常に強かった。そして、一連の国際金融危機に対して
IMF が「最後の貸し手」として対応できるよう融資機能を拡充すべきとの声が高まるなか
創設されたのが、補完的準備融資制度(SRF: Supplemental Reserve Facility)15であり、CCL
であった。これらはいずれも「債務超過ではないが一時的に流動性不足に陥った金融機関
に対しては、中央銀行が高利子率で無制限に融資を行うべき」というバジョットの古典的
な最後の貸し手論(Bagehot, 1873)を踏襲したものであった。CCL は、当初から融資実行
を伴う SRF とは異なり、加盟国が危機に陥る前に IMF と融資枠契約を予め締結して危機へ
の「防波堤」を築き、以って危機の伝播による大規模な資本流出の発生を未然に防ごうと
する予防的な融資制度であった。
しかし、IMF が積極的なアウトリーチ活動を行ったにもかかわらず、CCL は利用国がな
いまま廃止された。CCL が利用されなかった背景には、金利が通常融資である SBA よりも
高い一方、融資期間が短いなど使い勝手が悪い面があったことに加えて、危機に備えて予
め CCL 適格国になると、逆にその国が危機に陥る危険性が高いという誤ったシグナルを市
場に送ることになるという「汚名(stigma)」問題の存在が指摘されていた。当時 IMF は、
CCL は厳格な事前審査にパスしたファンダメンタルズが健全な国にのみ利用が認められて
おり、かつ CCL を利用することで危機への耐性が増す以上、汚名問題は不当な懸念だと繰
り返し指摘していたが(Fischer, 2000)、結局こうした懸念を払拭するには至らなかった。
14
“IMF Executive Board Reviews the Fund’s Financing Role,” IMF Public Information Notice No. 08/131
SRF はアジア通貨危機のあった 1997 年に創設された融資制度で、融資上限はない代わりに、金利が高い
という特徴があった。ただし、近年 SRF の利用国がなかったことや、その実態的な機能が FCL に引き継が
れたことから、今般の IMF 融資制度の見直しに伴い廃止された。
15
- 13 -
そこで FCL と CCL の仕組みを比較すると(前掲図表 7)、両者ともファンダメンタルズ
が良好な国に利用が限定されるなど多くの共通点がある一方で、相違点も見出せる。具体
的には、①両者とも SBA(通常融資)のようなコンディショナリティはないが、CCL では
融資実行時に IMF によるレビューが行われたのに対して、FCL(及びその前身の SLF)の
場合、融資決定時に全額が資金供給されることから事後的なモニタリングはいっさいない、
②CCL の金利は SBA よりも総じて高いが、FCL(及びその前身の SLF)の金利は SBA と同
じ16、③CCL の融資期間は SBA よりも短いが、FCL の融資期間は SBA と同じ、といった点
が指摘できる。FCL は、事後的なモニタリングが一切なく、金利コストや融資期間は SBA
と同等と、CCL よりも利用国にとっての利便性が増した融資制度といえる。
ただし、FCL の前身である SLF の利用国が皆無であったことを踏まえると、CCL で懸念
された汚名問題が FCL において払拭されるかどうかは、現時点では不明である。米紙 Wall
Street Journal によれば、ブラジル、韓国、シンガポール政府は、FCL の創設を歓迎しつつも、
現時点では利用する意思のないことを明らかにしている17。
5. IMFのガバナンス改革
(1) 汚名問題の「非」重要性
前節までの考察を要約しよう。
IMF の資金基盤の拡充については、金融危機の深刻化により新興国・途上国からの IMF
融資へのニーズが高まるなか、危機前に比べて IMF の資金基盤を倍増させることが望まし
いという点では、加盟国間で概ね意見の一致をみている。また、具体的な資金調達方法と
して、手続きに要する時間的な制約も踏まえれば、当面は、加盟国からの借入によって調
達するのが現実的という点も共通認識といえよう。しかし、世界経済及び国際金融市場に
おける IMF 資金の比重が低下しているにも関わらず、IMF の中核的な融資原資であるクォ
ータ増資の必要性については意見が分かれている。
一方、IMF 融資制度の見直しについては、危機に予防的かつ迅速に対応する新たな融資
ファシリティとして FCL が創設された。しかし、かつてやはり危機に対する流動性保険と
して創られた CCL が汚名問題によって利用されなかったことから、その有用性を疑問視す
る声も少なくない。
こうした議論の対立を解きほぐすためには、まず CCL 及び FCL の障害とされる汚名問題
がどの程度深刻なものかを考える必要があろう。この点で参考になるのは、IMF 融資を補
完/代替するものとして存在感を増している地域内スワップ協定の仕組みである。
16
FCL を融資枠として利用する場合、コミットメント手数料が課せられる。ただし、融資枠契約締結後、
実際に融資が実行された場合、コミットメント手数料は借入国に返金される(CCL の場合は返金されなか
った)。
17
Kong, Kanga and P. R. Venkat, “South Korea, Singapore Tell IMF ‘No Thanks’ on New Lending Plan,” Wall Street
Journal, March 21, 2009; Davis, Bob and Sarah N. Lynch, “IMF Revamps Programs to Ease the Flow of Credit,”
Wall Street Journal, March 24, 2009
- 14 -
先述の通りアジア域内では、アジア独自の最後の貸し手機能を果たすものとして、2000
年 5 月の ASEAN+3 財務相会合で合意されたチェンマイ・イニシアティブ(CMI)に基づく
通貨スワップ取極のマルチ化、規模拡大が進展している。CMI に基づき実際に外貨を調達
する際の枠組みの詳細は非公表とされているが、基本的にはかつての CCL に類似したもの
のようである(Manupipatpong, 2002; 小野, 2004)。
CCL 類似の CMI の進展は、危機に対する流動性保険的な融資制度の創設にあたって、汚
名問題が決して克服できないものではないことを示唆している。実際、今回の金融危機下
でも、FRB や ECB を中心に二国間・地域内通貨スワップ協定が次々と締結されたことや、
あるいは米国における FRB の連銀貸出の利用が制度の見直し等によって増大したことなど、
汚名問題への懸念を克服しえた事例は決して少なくない18。
SLF の創設が公表された 2008 年 10 月 29 日に、ブラジル、メキシコ、韓国、シンガポー
ルが FRB との通貨スワップ協定の締結を明らかにしたことが象徴的に示すように、二国
間・地域内通貨スワップ協定の隆盛は、IMF が国際金融危機に対する最後の貸し手として
加盟国、とりわけ新興国・途上国からの信頼感を勝ち得ていないことを示唆している。そ
して新興国・途上国の IMF への信頼感、さらにはオーナーシップを高めるうえで重要なの
は、IMF のガバナンス(統治機構)改革である。
(2) IMF のガバナンス改革:不十分だった 2008 年改革
世界経済の構図が大きく変化するなか、IMF のガバナンス構造を見直し、新興国・途上
国の発言権・代表権を拡大させなければいけないとの指摘は、これまで数多くなされてき
た(最近のものとして Goldstein, 2009; Rajan, 2008; Truman, 2008 など)。こうした声を背景
に、2006 年 9 月にシンガポールで開催された IMF 年次総会では、IMF のガバナンス構造を
見直す改革プログラムの策定に着手することが決定され、その後 2 年弱にわたる議論を踏
まえて 2008 年 3 月に見直し案がまとめられた。同案は、翌 4 月の IMF 総務会にて多数の加
盟国の賛成により採択され、現在、各国内での承認手続きを待っている段階にある。
IMF のガバナンスをめぐっては、しばしばその長(専務理事)が欧州出身者である一方、
もう一つのブレトン・ウッズ機関である世界銀行総裁が米国出身者であるという「慣例」
が批判される。しかし、先述の通り、IMF における権利義務関係の基礎を成すのはクォー
タである。このため、この間の IMF のガバナンス改革をめぐる議論は、クォータを算出す
るための計算式(formula)をどう見直すかを中心に展開された。
IMF クォータの増資は、ほぼ 5 年おきに検討作業が行われる一般増資と、アドホックに
行われる特別増資がある。クォータ改革論議がスタートした 2006 年 9 月のシンガポールで
の IMF 年次総会では、経済規模等に比してクォータ・シェアが著しく過少評価されている
18
FRB の連銀貸出制度については小野(2009)を参照。国際金融市場における汚名問題の克服事例として
は、上記以外に、やはり長らく普及が進まなかった集団行動条項(CACs: Collective Action Clauses)付きソ
ブリン債券の起債が 2003 年以降活発化したことがあげられる。詳しくは、小野(2004)の脚注 23 を参照。
- 15 -
4 カ国(中国、韓国、メキシコ、トルコ)について直ちに特別増資を認めるとともに(第一
回特別増資)、さらなる検討課題として、①世界経済の構造変化が適切に反映された新し
いクォータ計算式を策定すること、②新しいクォータ計算式に基づき全加盟国について二
回目の特別増資を行うこと、③低所得国の投票権を拡大・維持するため、各国に等しく割
り当てられる基礎票を増やすとともに、基礎票が全クォータに占める比率を一定にするよ
うなメカニズムを導入すること19、などが合意された。
このうちクォータ計算式については、それまでの 5 本の式から成る複雑な計算式に代わ
り、2008 年 3 月の見直し案では、以下の 4 つの変数からなる 1 本の単純な線形式が採択さ
れた。左辺 CQS は各国の計算クォータ比率(Calculated Quota Share)である。
CQS = (0.5 × Y + 0.3 × O + 0.15 × V + 0.05 × R )
k
第一の変数 Y は GDP であり、各国の経済規模を表している。ここでは、市場為替レートに
よる GDP と購買力平価による GDP とを各々6 割、4 割のウェイトで合成したものを用いて
いる。二つ目は対外開放度(Openness)を表す変数 O であり、財・サービス等の貿易額(経
常受取・支払の合計額)が用いられている。第三に、対外的なボラティリティ(Variability)
の大きさを表す変数 V として、経常受取とネット資本収支の長期トレンドからの乖離(標
準偏差)が用いられている。最後の変数 R は、外貨準備(Reserve)である。これらの変数
は、いずれも世界全体の値に対する各国のシェアとして定義されている。また GDP と貿易
額については、計測時点の状況だけに影響されないよう、各々3 年間、5 年間の平均値が用
いられている。さらに、CQS の散らばり度合いを「圧縮」するため(compression factor)、
k=0.95 と設定された。
図表 8 の①欄は、上記式に基づき算出された計算クォータ(シェア表示、以下同じ)を、
改革前の計算式により算出された計算クォータと比較したものである。IMF (2008a)はこれ
らを国別に示しているが、ここでは便宜的に先進国(26 カ国)、新興国(30 カ国)、その
他の発展途上国に分類して合計している(筆者試算)。改革前の計算クォータと比較する
と、先進国、とりわけユーロ圏諸国のクォータが大きく低下している一方、新興国のクォ
ータは 1.56%ポイント、発展途上国は同 0.23%ポイント上昇しており、新興国・途上国の
代表権の拡大を企図したクォータ計算式の見直しという目的に、一見したところ合致した
ものとなっている。
19
基礎票は、各国の経済規模等に比例して定められるクォータだけに基づいて投票権を定めると、経済規
模の小さい国などが IMF 内において十分な発言権をもてないことから、各加盟国に均等に割り当てられて
いる。IMF 設立時には基礎票が全投票権の 11%程度を占めていたが、その後の一般増資により、現在では
同シェアは 2%程度に低下し、低所得国の IMF 内における発言権の低下につながっていると懸念されてい
た。
- 16 -
図表 8
IMF クォータ・投票権の見直し(2008 年 3 月特別増資)
(%)
①計算クォータ
②実際のクォータ
旧計算式
新計算式
65.26
45.90
63.47
47.60
61.30
46.02
60.23
45.22
60.18
45.34
60.30
45.13
59.27
44.35
57.65
43.05
27.62
23.95
23.41
23.00
22.95
23.08
22.69
22.14
26.69
28.25
23.66
25.00
25.96
23.50
24.81
25.43
8.06
8.29
15.04
14.78
13.85
16.21
15.92
16.93
先進国(26 カ国)
うち G7
うちユーロ圏(15カ国)
新興市場国(30 カ国)
発展途上国
改革前
③投票権
改革後
改革後
(第一回
(第二回
特別増資) 特別増資)
改革前
改革後
改革後
(第一回
(第二回
特別増資) 特別増資)
(注) 1. 先進国(26 カ国):オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、キプロス、デンマーク、フィンランド、フ
ランス、ドイツ、ギリシャ、アイスランド、アイルランド、イタリア、日本、ルクセンブルグ、マルタ、オランダ、
ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、スロベニア、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス、アメリカ
2. 新興市場国(30 カ国)
:アルジェリア、アルゼンチン、ブラジル、ブルガリア、チリ、中国、コロンビア、チェコ、
エクアドル、エジプト、ハンガリー、インド、インドネシア、イスラエル、韓国、マレーシア、メキシコ、モロッコ、
ペルー、フィリピン、ポーランド、ルーマニア、ロシア、シンガポール、南アフリカ、タイ、チュニジア、トルコ、
ウクライナ、ベネズエラ
(資料) IMF (2008a) により作成
しかし、Truman (2008) が改訂されたクォータ式に「失望した」と評しているように、新
しいクォータ計算式は、以下の意味で不十分なものであった。第一に、新しい計算クォー
タを改革前の実際のクォータ(図表 8②欄左列)と比較すると、先進国の計算クォータ
(63.47%)が実際のクォータ(61.30%)を 2.17%ポイント上回っている。これに対して、
新興国では新しい計算クォータが実際のクォータを上回っているものの、その他の発展途
上国については、計算クォータが実際のクォータを大幅に下回っている。計算クォータと
実際のクォータとの乖離は改革前から生じていたことではあるが、そもそもこうした乖離
を埋めるために新しい計算式を策定するという改革の目的からすれば、クォータ式の見直
しは不十分であったといわざるをえない。このため IMF は、二回目の特別増資に際して、
新しい計算クォータを参照しつつ、後述するいくつかの措置によって各国のクォータを政
治的に調整せざるをえなかった。
第二に、より技術的な点に着目すると、新興国・途上国の立場からは、対外開放度およ
び対外ボラティリティの変数の定義に対して批判が集まった(Mirakhor and Zaidi, 2007;
Truman, 2008)。これらの変数は、IMF 資金に対する潜在的なニーズを表すものと考えられ
るが、貿易額や資本取引額を各国の経済規模(GDP)で基準化するのではなく、世界全体
の取引額に対するシェアとしたため、IMF 資金に対するニーズが乏しい先進国の数値が大
きくでるという「歪み」が生じた20。また、Mirakhor and Zaidi (2007)は、市場為替レートに
よる GDP よりも、新興国・途上国の経済規模がより大きく算出される購買力平価ベースの
GDP を重視すべきことや、経済的な価値だけでなく人間としての価値を考慮する観点から
クォータ計算式に人口変数を加えるべきだと指摘している。
20
Mirakhor and Zaidi (2007)は、世界全体に対する先進国のシェアが、対外開放度では 70%、対外ボラティ
リティでは 60%超になると報告している。
- 17 -
新しい計算クォータをそのまま適用すると新興国・途上国グループのシェアが逆に低下
してしまうため、IMF 理事会は 2008 年 3 月のクォータ見直しにあたり、以下の措置をとっ
た。
まず、新しい計算クォータが改革前の実際のクォータを上回る国に対して、一定程度ク
ォータを増額する権利があることを認める一方、いくつかの先進国(米国、ドイツ、イタ
リア、日本等)には、部分的にその権利を放棄するよう要請し、了解を得た。また、購買
力平価ベースの GDP シェアが、現行クォータを 75%以上上回る新興国・途上国に対して、
最低 40%のクォータ増額を認めた。さらに、2006 年 9 月に第一回特別増資が認められた中
国、韓国、メキシコ、トルコについては、特別増資後もクォータがいぜんとして新しい計
算クォータを下回っていたことから、最低 15%のクォータ増額が認められた。これらの政
治的な調整を踏まえたクォータの見直し結果が、図表 8②欄右列の値である。先進国全体で
は改革前に比べて 1.12%ポイントの低下にとどまっており、とりわけユーロ圏諸国につい
ては、計算クォータ上は 3.67%ポイントの低下(27.62%→23.95%)が見込まれていたが、
実際には 0.46%ポイント低下したに過ぎなかった。一方、新興国のシェアは 2.31%上昇し
たものの、その他の発展途上国についてはクォータが 1.19%ポイント低下しており、基礎
票の 3 倍増が考慮される投票権シェアにおいて(図表 8③欄)、かろうじて改革前対比 0.72%
ポイント上昇(16.21%→16.93%)しているにすぎない。
以上をまとめると、クォータ計算式の見直しが不十分なものにとどまったため、2008 年
4 月に採択された特別増資は、新興国・途上国の発言権・代表権を十分に拡大させたものと
はならなかった。このため、IMF は、次回の第 14 次一般増資の検討時に、引き続き計算ク
ォータと実際のクォータの乖離を埋める作業を行うこととした。
先述のように、2009 年 3 月 14 日の G20 財務大臣・中央銀行総裁会議では、2013 年に予
定されていた第 14 次増資の検討作業を 2011 年 1 月に前倒しすることで合意しており、ク
ォータの更なる見直しに向けた気運は高まりつつあるといえる。しかし、これに先立つ 2009
年 2 月 5 日の IMF 理事会の場では、
作業の前倒しに否定的な見解を示す理事も少なくなく21、
今後どのような成案が得られるかは現時点では不透明である。
6. おわりに
冒頭で述べたように、4 月 2 日にロンドンで開催される G20 金融サミットを控え、IMF
改革をめぐる議論は、資金基盤の拡充と融資手法の見直しという短期的な課題に注目が集
まっている。しかし、これらの課題を解決するためには、貯蓄超過となっている一部新興
国から IMF への資金拠出が求められるとともに、新興国・途上国が、危機に対する「流動
性保険」機能を、自国の外貨準備や二国間・地域内スワップではなく IMF に委ねることが
必要とされる。その鍵となるのは、IMF が、公正・中立な国際金融機関としてこれら諸国
21
“IMF Executive Board Has Preliminary Discussions on Adequacy of and Options for Supplementing Fund
Resources,” IMF Public Information Notice No. 09/24.
- 18 -
からの信頼を得られるどうかであり、IMF のガバナンス改革は、こうした信認を獲得する
ための第一歩と位置づけられる。
本稿では触れなかったが、IMF 改革の焦点がガバナンスの見直しに求められる点は、IMF
サーベイランスの改善についてもあてはまる。2008 年 11 月の G20 金融サミットでは、IMF
が国際金融システムの安定性に係る問題点に対して早期警告を発するよう、そのサーベイ
ランス機能を強化することが求められた。サーベイランスの実効性を高めるうえでは、問
題点の早期発見・早期警告に加えて、各国が IMF の早期警告に対して真摯に耳を傾け、実
際に政策措置を講じるかどうかが重要である。
たとえば、今回の金融危機の一因として、世界的な国際収支不均衡(グローバル・イン
バランス)の存在を指摘する声は少なくないが、IMF はグローバルインバランス是正のた
めの公正な分析と解決策の提示を通じて政策対話を促しうる唯一の国際金融機関といえる
(Goldstein, 2009; Rajan, 2008)。しかし、IMF が提示する「処方箋」が信頼されるためには、
その分析と政策提案が適切なものであるかどうかということもさることながら、それ以上
に「審判役」としての IMF の公正性・中立性が問題となろう。この点で、IMF のガバナン
ス改革は、そのサーベイランス機能の向上にとっても必要不可欠の課題といえる。
IMF のガバナンスの見直しは一朝一夕にできるものではない。来るロンドンでの G20 金
融サミットでは、実りある IMF 改革の礎を築くべく、建設的な議論が積み重ねられること
を期待したい。
- 19 -
[参考文献]
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国際金融』財経詳報社
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ずほ総合研究所『みずほ総研論集』Ⅰ号)
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Truman, Edwin M. (2009), “How the Fund Can Help Save the World Economy,” Financial Times,
March 5
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