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日本社会における「多文化間コンピテンス」 - ASKA

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日本社会における「多文化間コンピテンス」 - ASKA
愛知淑徳大学論集-交流文化学部篇-
第2号
2012.3
33-53
日本社会における「多文化間コンピテンス」尺度開発に
関する研究ノート
―コンピテンスの領域と構成概念妥当性の検討の観点から―
Developing a “Multicultural Competence” scale applicable
to Japanese society
― examination of a competence field and construct validity ―
稲 垣 亮 子
Ryoko Inagaki
Abstract
This study examines the concept and method for developing a scale to measure “Multicultural
Competence.” A psychological approach to a multicultural symbiotic society emphasizes the
importance of considering how mainstream people handle situations, as opposed to those belonging to
different ethnic backgrounds (guest), who would, in general, have to adapt to the situation. To alleviate
the anxiety of guests about adapting to a different culture and to encourage mutual understanding,
competence—constructed by three superordinate concepts; awareness, knowledge, and skill—is
considered an effective approach. Within these three fields, this study defines competence as an ability
to interact appropriately and effectively with those from a different cultural background, also known
as “Multicultural Competence.” Further, explicit and implicit measures necessary for verifying
construct validity are examined as a crucial part of scale development.
1.はじめに
外国語学習者にとっての学習動機や学習目的,学習目標が文法等の言語学的側面の習得にの
み集中していることは少ないのではないだろうか。外国語学習の動機づけが,学習言語が使用
されている国,社会,そして,その社会に属する人々の文化的営みに対する関心であることは,
想像に難くない。
多文化が共存するホスト社会では,ゲストである異文化滞在者の言語能力が高いほど,彼ら
に対して,ホスト社会の文化的行動様式に則った反応への期待度が増すという1)。このような
傾向は,ゲスト側にとっては,ホストとの対人関係上,あるいは,社会的不適応,ホスト側に
とっては,
ゲストとの対人関係における社会的に不適切な対応と捉えられる。
いずれにしても,
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愛知淑徳大学論集-交流文化学部篇-
第2号
多文化共生社会がもたらす双方にとっての負のインパクトといえるだろう。
多文化が共存する社会には,相互の負のインパクトを軽減するため,ゲスト側住民自らが,
ホスト社会への「適応」に取り組もうとする過程が存在する。そして,同時にホスト社会はそ
の適応を援助する様々な社会的施策を行う。
しかし,
ホスト社会における施策の担い手であり,
かつ,ホスト社会の構成員であるホスト住民の『ゲストに対する「こころの対応」
』は十分に認
識されているだろうか。
本稿は,ホスト側住民のこころの対応を「多文化間コンピテンス」と定義づけ,その体系を
検証するため,
多文化間コンピテンス尺度の開発に必要な方法を検討するものである。
そこで,
本稿の主要な目的は次の2点である。1点目は,多文化が共存するホスト社会の構成員である
日本人住民に必要なこころの対応としてのコンピテンスの概念領域を検討する。日本社会,日
本文化に特有の行動様式が留学生や外国人就労者が感じる対人行動上の不適応の事例を反映し
ているのではないかという観点から,その内容を概観する。そして,
「マルチカルチュラル・カ
ウンセリング」研究の視点を参照しながら,負のインパクトを軽減し,適切な相互作用に必要
なコンピテンスの概念領域を検討する。2点目は,尺度開発における重要なプロセスの一つで
ある構成概念の妥当性の検証に採用可能な外部基準の検討である。そこで,顕在測度と潜在測
度に関する先行研究を概観し,日本社会に適した外部基準の内容を検討する。
2.多文化共生社会としての現状
法務省(2011)によると,2010 年末現在における外国人登録者数は 213 万 4,151 人であり,
10 年前の 2000 年末と比較すると 44 万 7,707 人(26.5%)増加している。図 1 に示した登録
者数の推移から明らかなように,現在の日本は確実に多文化が共存する社会へと進行しつつあ
る。外国人登録者数の増加に伴った日本社会の多文化化には,主に次のような経緯がある。ま
ず,フィリピンを初めとするアジア人女性が 1970 年代後半から 80 年代に入国し,就労し始め
たり,日本人の配偶者となったりした経緯である(稲葉,2008)
。また,韓国人と中国人は,
「留
学ブーム」を機に来日し,勉学を終えた後も日本で職を得て定住し,永住権を取得した(李,
2008;陳,2003)
。そして,1990 年に「出入国管理法」が改定され,改定後 20 年以上が経過
した。改定によって,就労に制限のない日系人とその配偶者は家族単位で移住,定住し,これ
まで顕著ではなかった家族の問題や日本で生まれた子どもの教育問題が明らかとなっている現
状(吉田,2008;品川・野崎,2009;品川・野崎・上山,2009)にも,外国人登録者数の増
加と多文化化の進行が反映されている。
一方,日本の人口は毎年 60 万人のペースで減少している。50 年後には現在の3分の2にま
で減少すると予測されおり(図 1)
,少子高齢化に伴う日本の労働力不足は深刻化している。図
2 は,国籍別にみた外国人従業員が就業する主要な産業と日本人従業員比率を表したものであ
る。特に製造業における外国人の労働力は大きな割合を占めていることがわかる。今後,経済
活動の枯渇を防ぎ,社会保障制度を持続させるため,政財会は「移民受け入れ構想」を提言し,
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日本社会における「多文化間コンピテンス」尺度開発に関する研究ノート(稲垣亮子)
「多民族共生社会」への転換に言及している(古川・大塚,2003;経団連,2008)
。
2,500
(百万人)
(千人)
120
入管法施行
2,000
100
80
1,500
外国人総数
60
日本人総数
1,000
40
500
20
0
0
75
80
85
90
95
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
15
20
25
30
45
50
60
(年)
図 1 外国人登録者数と日本人総数の推移2)
サービス
教育,学習支援
飲食店,宿泊
卸売・小売
製造
(%)
80
60
40
20
0
韓国・朝鮮
中国
ブラジル
フィリピン
ペルー
アメリカ
タイ
ベトナム
インドネシア
(日本)
参考
図 2 国籍別・産業別外国人労働者の比率3)
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愛知淑徳大学論集-交流文化学部篇-
第2号
3.国と自治体の施策
総務省は 2005 年度に「多文化共生の推進に関する研究会」を設置した。この委員会の設置
により,外国人の受け入れに関する基本的な責任を有する国の責務が明確化された。委員会で
は,多文化共生を「国籍や民族などの異なる人々が互いの文化の違いを認め合い,対等な関係
を築こうとしながら地域社会の構成員として共に生きていくこと」であると定義している。
地域社会は入国した外国人の受け入れ主体として多文化共生施策の担い手となる。
2010 年末
現在,愛知県は東京都,大阪府に続き3番目に外国人登録者数が多い地域となっている(法務
省入国管理局,2011)
。また,愛知県は自動車や電化製品の製造業が集中している地域である
ため,外国人労働者(
「特別永住者」の除く)を雇用する事業所数と就労する外国人が全国に占
める割合は,東京都に続いて2番目に位置している(厚生労働省,2010)
。図 3 に三地域にお
ける在留資格別の外国人登録者数の様相を示す。
定住者
永住者の配偶者等
日本人の配偶者等
一般永住者
特別永住者
(万人)
20
15
10
5
東京
愛知
06年
大阪
東京
愛知
07年
大阪
東京
愛知
08年
大阪
東京
愛知
大阪
09年
東京
愛知
大阪
10年
図 3 地域別・在留資格別外国人登録者数の推移4)
2008 年,愛知県地域振興部国際課多文化共生推進室は,
「あいち多文化共生推進プラン」を
策定した。策定の主旨は,
「外国人県民の増加と定住化が進む中で,誰にとっても暮らしやすい
多文化共生の県づくり」を目的としていることである。これは,少子化による若年労働者の減
少やグローバル化の進展,在住外国人による永住資格や日本国籍の取得,日本で生まれ育つ外
国人の増加に起因している。プランの基本目標は「多文化共生社会の形成による豊かで活力あ
る地域づくり」である。そして,多文化共生社会とは,
「国籍や民族などのちがいにかかわらず,
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日本社会における「多文化間コンピテンス」尺度開発に関する研究ノート(稲垣亮子)
すべての県民が互いの文化的背景や考え方などを理解し,ともに安心して暮らせ活躍できる地
域社会」であると定義されている。
プランの方向性を示す目的で策定に先立って,2007 年には「愛知県の国際化に関する県民意
識調査(2007)
」が行われている。以下は,調査内容と結果の概要である。まず,
『外国人に対
する意識』については,
「治安の悪化」を心配する等の否定的な回答率が約半数を占め,
「外国
の言葉や文化などを知る機会の増加」等の肯定的な回答率を上回っている。次に,
『トラブルの
原因』は「双方の生活習慣の違い」
「外国人が日本の習慣や決まりを理解していない」
「コミュ
ニケーション不足」が主要な項目と考えられている。しかし,実際の『トラブルの経験』につ
いては,マスメディアを通して「聞いたことがある」程度で,80%以上が経験をしていない。
また,共生社会に必要な『外国人への期待』としては,日本社会のへの同化的姿勢や地域活動
への参加が主要な意見である。そして,外国人との共生で『自分が関わりたいこと』について
は,
「なるべく関わりたくない」が最も高い回答率である一方で,外国人の生活を支援するボラ
ンティアへの参加等,積極的な関わりあいに対する回答も挙げられている。
調査の実施は,プランの方向性を示すと同時に,日本人県民に対して,多文化共生社会へ目
を開かせる目的を包含していると捉えられる。なぜなら,多文化が共存する社会の理解には,
プランの策定を通した自覚的な過程と共に,互いに異なる文化下で無自覚的,かつ,可塑的に
形成された行動様式や思考に対する知覚を相互作用によって再形成していく過程を必要とする
からである。つまり,外国人県民を受け入れているホスト社会の構成員である日本人県民ひと
りひとりのこころの過程に注目することが重要であり,これは,ゲスト側の適応以上に,ホス
ト側の「対応」に焦点を合わせることである。
4.ホスト側に焦点をあてる重要性
多文化が共存する社会の問題は,これまで,ゲスト側の「不適応」の研究において多く扱わ
れてきた。留学生を対象とした研究は,対人行動上の困難事項の探索と類型化,困難事項に対
するソーシャルスキル・トレーニングの一連の研究に見てとることができる(田中・藤原,
1992;田中・高井・神山・藤原,1993;田中・中島,2006)
。また,日本で就労する外国人を
対象とした研究は,日本人従業員との接触場面で外国人従業員が感じている問題点の分析(近
藤,1998)
,外国人のメンタルヘルスの現状(杉岡・兒玉,2005)
,ストレスの原因と対処方法
(大西,2001)等がある。留学生と外国人就労者の研究に共通する問題は,人間関係の形成と
維持,
対人行動の困難事項に表れる文化的行動様式への不適応として統合的に考察されている。
つまり,多文化が共存する社会における異文化滞在者,つまり,ゲスト側の不適応は,受け入
れ社会であるホスト側の「対応の不適切さ」を含んでおり,対応と適応が表裏一体であること
を示唆している。
異文化下における前記のような対人行動上の困難事項は,ことばの違い以上にゲスト側に多
くの影響を与えている。Major, E. M.(2005)は,多文化が共存する社会における適応の過程
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愛知淑徳大学論集-交流文化学部篇-
第2号
について言及している。それは,双方においての新しい環境の中では,言葉の問題以上に対処
することが難しい問題として,対人関係を含んだ社会・文化的要素と感情的要素が多いという
指摘である。また,Amiot, C.E., de la Sablonnière, R., Terry, D. J., Smith, J. R.(2007)は,
多文化が共存する場合,マイノリティの人々はマジョリティの側にも新たな現実,価値観,習
慣などの多様なインパクトを与えることを述べている。前記の愛知県民に対する意識調査の結
果は,
ゲストによってもたらされる新しい価値への不安を示唆していると捉えられる。
つまり,
多文化共生社会では,ホスト側の住民にも多様性への対応が求められていると考える。
5.ホスト側の対応としてのコンピテンス
「あいち多文化共生推進プラン」によって実施された「愛知県の国際化に関する県民意識調
査」では,多文化が共存する社会に対して,治安の悪化への懸念,生活習慣の違い,相互理解
不足,コミュニケーション不足が主な負の要因として挙げられていた。調査結果から得られた
要因は,特に文化的背景の異なる相手との関係では,対処が困難な問題である。そこで,ホス
ト側の住民が自ら社会の文化的多様性を受け入れ,文化的背景の異なる相手に対してその価値
を認め,然るべき関係を築いていくために必要な要素を検討する必要がある。ホスト側の対応
に焦点化した心理学的なアプローチに,
「多文化間コンピテンス」が挙げられる。多文化間コン
ピテンスとは,多民族多文化主義を代表する国家の一つであるアメリカの多文化状況の受容に
関連する概念である。
5-1.コンピテンスの3領域
コンピテンスとは,White, R. W.(1959)によると,効果的に環境と相互に影響し合う能力
と定義されている。したがって,困難が予測される対人関係において,その関係構築や要領に
対して積極性を後押ししたり,トラブルへの不安や懸念を緩和したりすることの有効性を説明
し得る概念として捉えられる。Pederson, P.(1994)は,多文化社会に必要なコンピテンスと
して「気づき」
「知識」
「スキル」の3つの領域を指摘している。各領域の解釈を以下に示す。
(1)気づき
「気づき」とは,的確な考え,態度,推測の基礎となるコンピテンスである。選択的に生じ
た態度や考え,価値に与えられる潜在的な優先順位に「気づくこと」が重要である場合に,そ
れを可能にする。つまり,気づきは,第一に,物事の視点や捉え方を正確に比較したり,対比
したりすることができる。第二に,優先順位を関連づける,あるいは,転換することで,多様
な文化的状況を把握することができる。第三に,多様な文化的文脈の中で,窮屈さや制約など
の負の概念と機会や可能性などの正の概念を識別することができる。そして,多様性に対する
個人の限界を知ることもできるコンピテンスである。
(2)知識
「知識」とは,情報源である。多文化的な状況において,知識は,気づきを超えて効果的で
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日本社会における「多文化間コンピテンス」尺度開発に関する研究ノート(稲垣亮子)
適切な方向への導きとなる。
適切な前提に基づいて蓄えられた事実の情報という知識を通じて,
自文化の視点から異文化を理解したり,意味づけたりすることを可能にするコンピテンスであ
る。そして,異文化に対する事実や情報である知識はホスト住民の間で共有することも可能で
ある。また,異文化を理解するためには,事実と情報にアクセスすることも必要となる。
(3)スキル
「スキル」は,多文化的状況下において,気づきの基に効果的な対応へと知識を適用するこ
とを可能にするコンピテンスである。スキルは異文化の人々行動を観察,理解し,相互に影響
し合あったり,助言を行ったり,多様な課題を効果的に扱うことを可能にする。
5-2.コンピテンスの項目
「気づき」
「知識」
「スキル」の3領域に着想し,多様な文化背景をもった人々を対象とした
「マルチカルチュラル・カウンセリング」に携わるカウンセラーに求められるコンピテンスの
研究に Sodowsky, G.R., Taffe, R.C., Wise,S.L.(1994)
;LaFromboise, T.D., Coleman, H.L.K.,
Hernandez, A.(1999)等がある。Sodowsky, et al.;LaFromboise, et al.は,マルチカルチュ
ラル・カウンセリングに必要とされるコンピテンスを測定する自己報告尺度(The
Multicultural Counseling Inventory:MCI)の発展に関する研究を行っている。その結果,
Sodowsky, et al.では,多文化的なコンピテンスを有するカウンセラーには,
「スキル」
「気づき」
「知識」の3因子を含んだコンピテンスが報告されている。ただし,これらの領域を備えたコ
ンピテンスの体系はアメリカ社会におけるマルチカルチュラル・カウンセリングの専門性が高
く,当然のことながら一般の人々を対象としたコンピテンス尺度として用いることは適切では
ないことがわかる。
そこで,多文化共生社会における,ホスト側住民の対応として「スキル」
「気づき」
「知識」
の3領域をコンピテンスの上位概念として位置付ける。そして,共生社会に必要なホスト住民
の対応を「多文化間コンピテンス」と定義する。したがって,
「多文化間コンピテンス」とは,
多文化共生社会の人間関係の開始や維持に必要な能力を備えていること,共生社会において,
他者との適切で効率的な相互作用を営む能力と定義される。
5-3.多文化間コンピテンスの尺度化
日本の多文化共生社会における,ホスト側の構成員である日本住民に必要な対応としてのコ
ンピテンスの体系を明らかにするために尺度化を行う。尺度化の手順は,主に以下のとおりで
ある。まず,対人関係や文化的行動様式を中心とした留学生や外国人就労者,つまり,ゲスト
側の異文化不適応事項から,ホスト側の対応の不適切さを含んだ内容を検討する。そして,適
切な対応として「気づき」
「知識」
「スキル」を上位概念としたコンピテンスの項目を作成する。
項目を検討する際には,3領域の要素と内容をより具体化し,一般の人々に使用が可能なもの
とする。
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愛知淑徳大学論集-交流文化学部篇-
第2号
以下では,Sodowsky, et al.で得られている MCI の各領域の特徴と因子分析解を参考に,多
文化間コンピテンスを,ホスト住民を対象とした尺度に適用させた場合に,どのような内容を
検討すべきか,その例を示す。
「スキル」は Sue,D.W., Arredondo,P., Mcdavis,R.J.(1992)によっても提唱されているよ
うに行動の領域をカバーしているコンピテンスである。スキルは多文化共生社会において,多
様なコミュニケーションに対する積極性などの役割を果たす。これは,一般的な対人的スキル
に加えて,多文化的な状況における行動技能であることを示している。またスキルは,多様な
文化背景の人々に対する対応を援助する機能をもつ。より多くの方略をもっているほど,ゲス
トとゲストとの環境に対処する選択肢も多くなり,柔軟性も増すからである。したがって,多
文化間コンピテンスとしての「スキル」の尺度項目としては,ゲスト側との関係保持,文化的
に不適切な対応への認知と行動,ホスト住民としての自身の自己モニタリングを反映した行動
項目を検討することとする。
しかし,スキルだけが全てではない。第二に「気づき」の領域が必要となる。気づきは文化
的な自己の認識と他者の認識をカバーする感情の領域である。気づきには,自文化と異文化に
対する文化的な価値とバイアスへの態度が含まれる。そして,個人の内部の気づきは文化的気
づきの第一歩である。気づきは内省と熟慮された自己評価,および,自身の信念と態度を通じ
て会得されるプロセスをもっている。また,気づきのコンピテンスには,自文化の社会的特徴
に「気づいている」ことが必要である。なぜなら,ゲストへの知覚や反応,ゲストに対するラ
ヴェリングがその影響を受けるからである。さらに,外部から自文化を知覚するコンピテンス
でもある。したがって,
「気づき」の尺度項目には,率先的な多文化的敏感さと反応,広範囲に
およぶ文化的理解を基盤とした多文化的相互作用と人生経験,多文化主義の享受を示唆する項
目を検討する必要があると考える。
第三に「知識」の領域である。知識は多文化的な多様性を理解するための理論,枠組みへの
理解を補う領域である。多文化共生社会において知識は,教育学的コンピテンスとしての性質
をもっている。ゲストの文化的背景に敏感であっても,知識の不足はどのように対応するべき
か判断できない事態を生じさせるからである。知識には,人種的なアイデンティティ,民族性,
社会化,世界観の影響と価値の違いも含まれている。したがって,
「知識」領域の尺度項目は,
ゲストに関する文化的な情報と対人的方略を反映した項目から構成することを検討する。
6.構成概念妥当性の検討に用いる外部基準
適切な測定道具の作成,つまり,心理尺度を作成する際の重要な問題は,信頼性と妥当性の
両方が十分に検討されなければならないことである。心理尺度における信頼性とは,
「測定値の
安定性や一貫性」を指す(村上,2007)
。また,妥当性とは,測定したい心理的傾向がその作
成された尺度によって測られているか,つまり,
「尺度が測定しようとしているものを,実際に
測っているかどうか,その程度(吉田,2008)
」である。安定性の欠けた尺度に妥当性を期待
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日本社会における「多文化間コンピテンス」尺度開発に関する研究ノート(稲垣亮子)
することはできず,信頼性の高い尺度であっても妥当性の高さは不明であるが,妥当性の高い
尺度の信頼性は高いことがわかっている(村上)
。したがって,尺度作成の過程において妥当性
の検証は非常に重要な過程となる。
また,作成された尺度によって測定される対象は抽象的な心理学的「構成概念」であるため,
測定が目指す構成概念として解釈し得る意味をもっているかどうかという「構成概念妥当性」
を検証する必要がある。構成概念妥当性とは,心理学的構成概念に対応する,項目の内容的な
適切性や代表性と理論的に予測される「外部基準」との関連も抱合した,より広範囲な妥当性
概念とされている。構成概念妥当性の検討には,測定される諸概念(構成概念)に関して理論
的に導かれた仮説に合致する他の測定とどの程度関連しているかが重要な情報となる(村上;
吉田)
。したがって,
「多文化間コンピテンス尺度」の妥当性を検証する際,尺度外の変数,つ
まり「外部基準」としての使用が可能な測度とは何か,という問題が生じる。そこで,次節で
は,
顕在測度と潜在測度を用いた Dunton, B. C., & Fazio, R. H.(1997)
,Plant, E. A., & Devine,
P. G.(1998)等の人種に対する態度に関する先行研究を概観し,構成概念の妥当性を検証する
際に,外部基準としての採用が可能な顕在測度と潜在測度について,その内容と方法を検討す
る。
6-1.顕在測度
顕在測度は質問紙調査に代表される自己報告による測定に用いられる。
人種に対する“nonprejudiced”反応に対する内発的・外発的動機づけに関する研究に Plant
& Devin(1998)がある。Plant & Devin が開発した,人種に対して偏見をもたない内・外発
的動機づけ尺度と,その構成概念妥当性の検証方法は以下のように報告されている。
「外発的動
機づけ因子」
(α=.76~.80)は,
「今日の差別廃止などの政治的に正しい規範のため,黒人に対
する偏見を表さないように努める」
「他者の否定的な反応を避けるため,黒人に対するどんな否
定的の考えも隠すように努める」
「黒人に対して偏見的な行動をすると,他者からの怒りが気が
かりになる」
「他者からの非難を避けるため,黒人に対する偏見を表さないようにする」
「黒人
に対して偏見が無いように行動するのは,他者からの圧力があるためである」の5項目から構
成されている。一方,
「内発的動機づけ因子」
(α=.81~.85)は,
「黒人に対して偏見を持たな
い行動を心がけることは,自分にとって個人的に大切なことだからである」
「個人的な価値観で
は,黒人に対するステレオタイプは問題ない(逆転項目)
」
「黒人に対して偏見をもたないこと
は,自分の信念によるものである」
「黒人に対するステレオタイプは,自分の価値観では間違っ
たことである」
「黒人に対して偏見をもたないことは,自分自身を形成するうえで大切なことで
ある」の5項目から構成されている。
得られた尺度の構成概念の妥当性を検証するためには,各因子と外部基準としての測度との
間に正と負の関連がなければならない(Plant & Devin,1998)
。例えば,偏見をもたない反応
に対する内発的動機づけが強い場合,黒人に対して,より肯定的な態度と否定的ではない感情
- 41 -
愛知淑徳大学論集-交流文化学部篇-
第2号
が強いという結果が得られなければならないことになる。そこで,各因子と主な外部基準との
相関係数を示した結果が表 1 である。表中の Modern Racism Scale(MRS)は,社会的に望
ましい印象を表すための反応を方略的に操作できない偏見を測定することが難しいとされる巧
妙な測度である。MRS において偏見得点が低い場合,偏見を持たない態度を強く内在化して
いることが明らかにされている(Devine, P.G., Monteith, M.J., Zuwerink, J.R., Elliot, A.J.,
1991)
。また,黒人に対する態度尺度は,白人の人種的態度の基礎を構成している要素を評価
するための測度である。IMS は MRS と反‐黒人尺度との間に負の相関を示しており,黒人に
対する態度尺度と親‐黒人尺度との間に正の相関を示している。以上のような結果は,偏見を
もたない内発的動機づけ尺度に強い構成概念妥当性を提供していると考察されている。
表 1 内発的・外発的動機づけと他の測度間の相関関係
(Plant & Devin,1998 PHASE 2 より作成)
測度
動機づけ測度
IMS
EMS
偏見測度
Modern Racism Scale
親 - 黒人尺度
反 - 黒人尺度
黒人に対する態度尺度
右翼権威主義尺度
プロテスタント職業倫理尺度
平和主義 - 平等主義尺度
IMS
EMS
―
-.15 *
-.15 *
―
-.57
.24
-.48
.79
-.24
-.18
.45
.22 **
.03
.12
-.27 **
.13 *
.12
-.09
**
**
**
**
**
*
**
注)IMS: internal motivation to respond without prejudice scale
EMS: external motivation to respond without prejudice scale
* p <.05. ** p <.01.
質問紙を使って,人種に対する偏見的な反応をコントロールする動機づけの個人差を測定し
た調査に Dunton & Fazio(1997)がある。以下は,Dunton & Fazio が行った尺度作成と構
成概念妥当性検証の報告である。Dunton & Fazio は,偏見をもった反応をコントロールする
動機づけに影響する多くの可能性から尺度項目を作成している(α=.74~.81)
。そして,次の
2つの因子解を抽出している。第一に,
「懸念」因子と名づけられた偏見的な反応を懸念する項
目から構成された因子である。この因子は,他者に対して偏見があるように見られてしまうこ
とへの懸念,偏見的な考えや感情をもっている自分自身への監視,偏見的・攻撃的・不快な表
出を回避するための個人の規範を反映した項目から構成されている。第二に,
「抑制」因子と名
- 42 -
日本社会における「多文化間コンピテンス」尺度開発に関する研究ノート(稲垣亮子)
づけられた他者との争い事を避けるための抑制に関する項目から構成されている因子である。
この因子は,個人の自由な考えや感情の表現と,他者を争い事へと潜在的に扇動することの抑
制,争い事を回避するために抑制すべき事への折り合いを反映する項目から構成されている。
高い負荷量を示している項目は,明らかに黒人に対する潜在的な反発や偏見をもっているとい
う文脈を表している。つまり,黒人との争い事を避けることに焦点を合わせていることが推測
されている。したがって,この因子への高得点は,潜在的な争い事を避けるように自身の反応
を抑圧したいという積極性が反映されていると考察されている。表 2 は各因子の項目である。
Dunton & Fazio によって作成された尺度の構成概念妥当性の検証には,Modern Racism
Scale(MRS)が用いられている。MRS は,前記のように,Plant & Devin が偏見をもたな
い内・外的動機づけ尺度の構成概念妥当性の有効性を明らかにする際,その外部基準の一部と
して採用した測度である。Plant & Devin においても,MRS を用いて構成概念の妥当性が証
明されている。Plant & Devin では,黒人に対する否定的な態度は,MRS の高い偏見得点と
関係があり,偏見的な反応に無関心であることが明らかとなっている。つまり,MRS におけ
る低い偏見得点は,偏見的な反応への懸念に影響を受けていることが考察されている。以上,
顕在測度を用いた構成概念妥当性の検証の有効性が報告されている。
表 2 偏見的反応をコントロールする動機づけ尺度の項目
(Dunton & Fazio,1997 より作成)
項目
「懸念」因子
3. 偏見をもっているかもしれないという考えや感情を自分がもっていると思ったとき、
私は自分自身に対して怒りを感じる。
6. 偏見をもっていると他人に思われないことが、私にとって重要だ。
12.黒人の人々と話すとき、私が彼らに対して偏見もっていると思われないことが私にとって重要である。
11.私が罪悪感を感じることは、黒人の人々について否定的な考えや感情をもつことである。
13.私が誰かを怒らせてしまったと感じたとき、私はそのことについて非常に悩んでしまうので、
そうならないように常に人の感情を気にかけるように注意している。
14.もし、私に偏見の考えや感情があるなら、私はそのことが表に出ないように気を付ける。
15.私は他人を怒らせてしまうかもしれない冗談を決して言わない。
1. 今日の社会では、どんな問題であっても、偏見をもっていると認識されないことが大切である。
10.偏見をもっていることを誰かが表すことを、私は決して受け入れることができない。
7.私は、社会的な規範にしたがって行動することが大切であると感じる。
8.私は、友人を怒らせないように気をつけるが、
自分の知らない人や嫌いな人を怒らせることは気にならない。(R)
「抑制」因子
2. 黒人が、どのような争い事の対象になるかどうかにかかわらず、私はいつでも自分の考えや感情を表現する。(R)
16.黒人と意見が合わないとわかっているときでも、私はそれを他人に話すことを恐れない。(R)
9. 誰かを攻撃することを心配するよりも、自分自身の考えや感情を伝えることの方が私は大切だと思う。(R)
4. もし、自分が会議に参加しているとして、黒人の意見が自分のの意見と一致しなかったら、
私は自身の考えを表すのをためらうだろう。
5. 誰かを攻撃してしまうかもしれないということを心配する人生の経験は、価値のあることではなく、
私にとってはただの面倒なことでしかない。(R)
17.もし自分を不快な気持ちにさせた人が隣の席に座ってきたら、私は躊躇することなく席を換える。
(R)
:逆転項目
- 43 -
愛知淑徳大学論集-交流文化学部篇-
第2号
6-2.潜在測度
顕在測度は前述のとおり,自己報告による測定であるため,回答に歪みが生じる可能性があ
る。顕在測度による回答のバイアスは,特に人種に関する態度,ステレオタイプ,アイデンテ
ィティの報告を扱う測度に起こりやすい(原島,2010)
。一方,顕在測度に求められる内省を
必要としないものに潜在測度がある。
6-2-1.感情誤帰属手続き
Payne, B.K., Cheng, C. M., Govorun, O., Stewart, B. D.(2005)では,感情誤帰属手続き
(Affect Misattribution Procedure)を用いて人種的,社会的態度に関する一連の研究が行わ
れている。
感情誤帰属手続き(AMP)とは,潜在的な態度を測定する目的で開発された測度である。
Payne et al.(2005)
; Wentura, D., Degner, J.(2010)によると,潜在測度である AMP は
2つの鍵概念から構成されている。まず,誤帰属である。人は解釈すべき事象を経験すると,
その事象に対して個人的な意味を吹き込んでしまうことがわかっている。一つの情報源を他の
事柄の影響と間違えて誤帰属を概念化する。第二の鍵となる概念は感情である。感情は態度の
重要な構成要素である。人は感情によって「快」や「不快」などの基本的な反応を生じさせる。
感情は通常,主観的な経験であるが,それは意識的な場合と,あるいは無意識という根底にあ
るプロセスの所産である。以上,誤帰属と感情のメカニズムによって構成された AMP によっ
て,自動的,つまり意図に反した反応に対する態度の影響が測定される。したがって AMP は,
自己報告ではバイアスの生じやすい偏見のような社会的に敏感になりやすい態度を測定する際,
そのバイアスをコントロールすることが不可能である点から,潜在的な反応の測定に有効であ
ることが報告されている。具体的な測定方法を Payne et al.(2005)の Experiment 1 と 2,
Experiment 6 を参考に以下に示す。
AMP は,感情を伴ったプライム刺激とプライム刺激に続く曖昧なターゲットによって構成
されている。この場合のプライムとは,前記の「感情」を生じさせる要因となり,ターゲット
は,評価に誤帰属が用いられることを証明する対象となる。まず,実験参加者は,曖昧なター
ゲット5)が提示される前に誘発性刺激であるプライム画像の呈示を受ける。その後,ターゲッ
トに対する好感度を 10 段階で評価するように求められ,ターゲットを相対的に「快」か「不
快」かに分類するプライミング・タスクを行う。そして,感情を伴ったプライム画像とターゲ
ットは一対とされる。感情を生じさせるプライム画像のうち,
「快」に該当する画像には「微笑
んでいる赤ちゃん」や「仔犬」が含まれている。一方「不快」には「クモ」や「銃」の画像が
含まれている。そして,実験参加者は,コンピューター画面上のプライム画像の呈示に続いて
ターゲットが現れると,プライム画像に対しては何も反応せず,ターゲットに対して,その視
覚的な快さをできるだけ早く評価するように求められる。評価のタスクは,ターゲットが視覚
的に平均より「快」と判断されるなら「快」のキーを,
「不快」と判断されるなら「不快」のキ
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- 45 -
(Payne, B. K. et al.,2005 を参考に作成。実験参加者の母語は非漢字圏の言語である。
)
図 4 AMP のイメージ
日本社会における「多文化間コンピテンス」尺度開発に関する研究ノート(稲垣亮子)
愛知淑徳大学論集-交流文化学部篇-
第2号
ーを押すという反応をできるだけ素早く行うように教示される(図 4 参照)
。また,実験群と
統制群とに分けられた実験参加者のうち,実験群に対しては,ターゲットの前に呈示される画
像がターゲットへの反応に偏りを生じさせる可能性があるため,画像に影響されないように注
意する旨が伝えられる。
「中立」刺激として灰色の正方形の画像が使用され,
「快」
「不快」
「中
立」刺激の各 12 試行,計 36 試行の間,プライム刺激は 75 ミリ秒呈示される。125 ミリ秒の
ブランク画面に続いて,ターゲットが 100 ミリ秒呈示される。その後,実験参加者が反応する
までの間はノイズ画面が表示される。実験参加者毎に3種類の刺激がコンピューター画面上に
新しくランダムに呈示され,プログラミングによってターゲットと一対にされている。
以上の方法から得られた結果は次のように報告されている。第一に,プライム画像の誘発性
はターゲットの評価に対して明らかに有意な影響を及ぼしていた。実験参加者は「快」プライ
ムに続くターゲットを「快」と評価したのに対し,
「不快」プライムに続く反応では,そのよう
に評価しなかった。
「中立」プライムに対する評価は「快」と「不快」の中間に位置していた。
第二に,プライム画像がターゲットへの反応にバイアスを生じさせる可能性を説明し,注意を
促した実験群に対してもプライムの誘発性は同じ効果を示していた。Experiment 1 の結果を
受けて,Experiment 2 では,ターゲットに対する評価反応をできるだけ早く行う教示を行わ
なかった。また,実験群に対する教示はプライム画像に関係なくターゲットに対して正直な評
価を行うようにとの「注意」から明確な「警告」に変更して行われた。なぜなら,実験参加者
はタスクへの反応を素早く行うように教示されていたため,ターゲットへの判断を修正する機
会が無い可能性があったからである。また,実験群の参加者はプライムの影響をターゲットに
対して統制することができなかったと解釈できること,さらに,ターゲットへの評価のバイア
スを認識しているにもかかわらず,行動を変化させるほど十分に動機づけられていなかった可
能性があったからである。しかし,Experiment 2 の結果は Experiment 1 の結果と実質的に同
じであったことが報告されている。つまり,感情を伴ったプライミング効果は首尾一貫してお
り,さらに,プライミングによるバイアスに対する明確な警告にもかかわらず,その効果は揺
らがないことが明らかとなった。Payne et al.は,この課題に関する遂行は実験参加者の潜在的
な反射であり,警告が機能しなかった原因は,プライムに対する感情の生起が対象を正確に観
測することを妨げたためであると考察している。
Payne et al.は,MAP を用いた一連の研究として,さらに Experiment 6 を行っている。
Experiment 6 では,人種に対する態度の測定に MAP を適用している。人種に対する態度は,
前記の顕在測度による測定と同様に社会的に敏感になりやすい話題である。
MPA を使用した人種に対する態度測定の具体的な方法は,
以下のとおりである。
Experiment
6 では,Experiment 1 と 2 で誘発性刺激として採用した画像が白人と黒人の青年の顔写真に差
し替えられた。また,実験には白人と黒人が参加した。プライム画像の差し替え以外の測定方
法は,Experiment 2 と同じである。つまり,実験参加者のうち実験群には,プライム画像(
「白
人」
「黒人」
「中立」
)に関係なく,ターゲットに対して正直な評価をするように明確な警告を教
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日本社会における「多文化間コンピテンス」尺度開発に関する研究ノート(稲垣亮子)
示している。結果は以下のように報告されている。まず,ターゲットに対する「快」評価の平
均値は,白人参加者,黒人参加者共に「中立」プライムで最も高くなっていた。次に,白人参
加者は黒人プライムよりも白人プライムの後に現れたターゲットに対して,より「快」と評価
し,黒人参加者は逆の反応を示した。つまり,白人プライムよりも黒人プライムの呈示の後に
現れたターゲットに対して,より「快」と評価していた。そして,これらの反応は,実験群に
対しても同じであり,
「中立」プライムが除去されると反応はさらに顕著となった。これらの結
果を踏まえ Payne et al.は,白人参加者は反‐黒人バイアスを示し,黒人参加者は反‐白人バ
イアスの傾向を示すこと,参加者の人種による内集団ひいきが示されていると考察している。
以上,人種に対する態度のように社会のモラルや個人の規範にかかわり,論争の的となり得る
領域でさえ,偏向判断は警告の影響を受けなかったことが報告されている。このように,潜在
測度は,統制が不可能な状況下で社会的態度等を測定することが可能である。
6-2-2.潜在測度における先行刺激
Payne et al.(2005)の一連の実験から,社会的態度などの測定における先行刺激は潜在測
度の重要な要素の一つであることがわかる。AMP と同様に,コントロールが不可能な自動化
された評価によって潜在的な態度を捜し出す手法に「潜在連合テスト(Implicit Association
Test : IAT)
」がある(Greenwald, A. G., McGhee, D.E., Schwartz, J.L.K., 1998)
。Greenwald
et al. によると,IAT では,概念間の連合を評価するタスクの遂行が求められる。例えば「男
性」と「女性」の概念の選択タスクと「自然科学」と「人文科学」の第2のタスクが提示され
る。
「女性」と人文科学系である「言語学」とを強い連合カテゴリとする反応は,
「女性」と自
然科学系である「物理学」を連合カテゴリとする反応よりも,その遂行は速くなる。この遂行
速度の違いは,概念間の連合を潜在的に評価しているためであると述べられている。潜在測度
である,この IAT においても,人種に対する態度の測定では,評価に先行するプライム画像と
して白人や黒人の顔写真が使われている場合がある(Cunningham, W. A., Preacher, K. J.,
Banaji, M. R., 2001 ; Nosek, B.A., Banaji, M. R., Greenwald, A. G., 2002 等)
。しかし,プラ
イム刺激は顔写真だけとは限らない。前記の「言語学」などの単語やアイコンなど,カテゴリ
に関する代表性が高いものは,潜在的反応の測定を目的とした研究のプライミング刺激として
用いられている(Hong, Y., Morris, M. W., Chui, C., Benet-Martínez, V., 2000; 2003; Hong, Y.,
Chui, C., Kung, T.M., 1997)
。以下では,プライム刺激として使用可能な素材を検討するため
に,Hong et al.(1997; 2000; 2003)の研究を概観する。なぜなら,日本社会における「多文
化間コンピテンス」尺度の構成概念妥当性の検証に採用する測度は,その効果として,日本社
会に適した素材を含んでいなければならないからである。
2つの文化を内在化した個人が,文化的に構築された行動の影響と認知のコントロールをど
のように切り替えるのかを実験的に検証した Hong et al.は,原因帰属を判断するプライム刺激
として各文化・伝統に関係のあるアイコンを使用している。例えば,中国系アメリカ人の実験
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愛知淑徳大学論集-交流文化学部篇-
第2号
参加者には,シンボルとしての「星条旗」と「チャイニーズドラゴン」
,
「マリリン・モンロー」
と「京劇の演者」
,
「合衆国議会議事堂」と「万里の長城」
,
「スーパーマン」と「孫悟空」など
の画像をアメリカ文化プライムと中国文化プライムとして使用している。そして,アメリカ文
化アイコンの呈示はアメリカの文化的知識構造のネットワークを,中国文化アイコンの呈示は
中国の文化的知識構造のネットワークをそれぞれ活性化させ,原因帰属の解釈を行っているこ
とが考察されている。以上,潜在的反応を測定する実験結果から,カテゴリの代表性,つまり,
ある文化や伝統を誘発する素材は,プライミング刺激としての効果が高いものと捉えることが
できる。
Plant & Devin,Dunton & Fazio の顕在測度を用いた調査,Payne et al.の潜在測度を用い
た実験のいずれも研究対象は,アングロサクソン系アメリカ人をメインストリームと定義し,
アフリカ系アメリカ人を人種的態度やステレオタイプの対象としたものであった。一方,Hong
et al.では,二文化併用者を対象としていた。いずれの研究においても,その研究対象者の性格
から,これらの測度項目や素材を本研究においてオリジナルのまま採用することは難しい。当
然のことながら,本研究で開発するコンピテンス尺度は日本人住民を対象とした尺度であり,
その構成概念妥当性を検証するための外部基準としての各測度項目や素材は日本人住民にとっ
て有効なものである必要がある。そこで,上記の各測度の特徴や内容を選択的に採用したり,
融合させたりすることを検討する。例えば,潜在測度に対しては,以下のような検討が可能で
ある。人種的態度に対する潜在測度において,顔写真の画像は,感情のプライム刺激としての
有効性が反応の測定結果から示されていた。また,カテゴリの代表性が高いアイコンは,文化
的知識構造を誘発する刺激として使用されていた。したがって,これらの特徴を併合させた文
化的素材には,いわば,
「自文化プライム」刺激,あるいは「異文化プライム」刺激としての効
果があると考えられる。そして,各プライムによって誘発される反応と「多文化間コンピテン
ス」尺度に対する反応との間には,正と負の相関関係が示されることが推測される。図 5 に,
Hong et al.(2000)等を参考とした「自文化プライム」と「異文化プライム」としての使用が
可能な素材のイメージを示す。また,図 4 の「ターゲット(※)
」は,各プライム刺激の後に
提示される評価刺激のイメージである。
7.今後の課題
現在進行中である多文化が共存する社会において,ホスト社会の意識,つまり,日本人住民
のゲスト側への対応が重要であることを共生社会がホスト側に及ぼす影響から概説した。そし
て,共生社会への不安や懸念を緩和する概念として対人コンピテンスが有効であり,そのコン
ピテンスを「多文化間コンピテンス」と定義することを述べた。しかし,日本社会における多
文化間コンピテンスの体系は明確化されてはいない。米国のマルチカルチュラル・カウンセリ
ングの研究分野や異文化理解教育に必要な要素として「気づき」
「知識」
「スキル」の領域を含
んだコンピテンスが必要であることは,これまで指摘されている。そこで,日本社会における
- 48 -
図 5 「自文化プライム」刺激と「異文化プライム」刺激のイメージ 6) ( Hong et al., 2000 等を参考に作成した。
)
日本社会における「多文化間コンピテンス」尺度開発に関する研究ノート(稲垣亮子)
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愛知淑徳大学論集-交流文化学部篇-
第2号
多文化間コンピテンスの体系を明らかにするため,尺度作成に向けた今後の課題は,主に以下
の2点である。
第一に,
「気づき」
「知識」
「スキル」の3つの領域をコンピテンスの上位概念として位置づけ,
下位概念に該当する内容を検討し,広く一般の人々を対象としたコンピテンス項目として尺度
化する。第二に,尺度作成に重要な過程である構成概念の妥当性を検証するための外部基準を
検討する。検討内容は,外部基準として採用が可能な顕在測度と潜在測度を日本社会に適用で
きる内容へと置き換えることである。
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謝辞
本研究は平成 23~25 年度科学研究費助成金(基盤研究 C,23520652)を受けている。
註
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ている。
法務省「登録外国人統計 統計表」より作成した。
実験参加者は英語母語話者のため,ターゲットには漢字が用いられている。したがって,中国語母語話者は分析の対
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日本社会における「多文化間コンピテンス」尺度開発に関する研究ノート(稲垣亮子)
6)
象から除外されている。
「自文化プライム」素材の下段、左右の出典は,http://www.photolibrary.jp/(2011/12/20)である。
「異文化プライ
ム」素材の下段左の出典は,http://www.morguefile.com/archive/ (2011/12/20)である。
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