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場面A キャベツとコーヒーに関して 男と女、向かい合わせに座っている

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場面A キャベツとコーヒーに関して 男と女、向かい合わせに座っている
場面A キャベツとコーヒーに関して
男と女、向かい合わせに座っている。中央にコップ。
女、コップを手に取り、中に入っている水を飲む。
沈黙。
女「コーヒーを飲むと、私、よくくしゃみをしてしまうの」
男「くしゃみ?」
女「そう」
男「何故だろう」
女「わからないけど、匂いを嗅ぐと、そうすると鼻がむずむずしだして、それからくしゃ
みをするの」
男「なるほど」
女「苦しいのよ」
男「わかるよ」
女「わかるはずないわ、わかるはずないわ」
男「いや、ごめん、そうだね、わかるはずない」
女「わかるはずないのよ」
男「うん、そうだね、まったく、どうしてわかるなんて言ってしまったのか、さっぱりだ」
女「……いいのよ」
男「ごめん」
女「いいのよ」
沈黙。
男「時々無性にキャベツが食べたくなってさ、何でだろう」
女「いま、食べたいの」
男「うん、そう、ほんの5秒前までキャベツなんてこの世に存在しないようなものだった
のに、もうだめだよ」
女、あたりを見渡す。
男「どうしたの」
女「あるかもしれない、キャベツくらい、だってお店なんだから」
男「いやいいよ」
女「なぜ」
男「だってそうだろ、恥ずかしいよ、お店の人、呼び止めて、キャベツが欲しいなんて」
女「でもきっと持ってきてくれるわ、キャベツなんて、千切りにしてお皿に持って、それ
だけでしょ、それともなにかもっと複雑な料理なの」
男「いや違うよ、だけどさ、大丈夫だよ、もう食べたくなくなった、本当だよ」
女「本当に」
男「本当だよ」
女「つらくなるわけじゃないのね」
男「うん、つらくなるわけじゃないよ、単純にすごく食べたくなるって、それだけだよ」
女「好きなのね、キャベツ」
男「好きなのかな、多分、そう。でもわからないよ、君はキャベツは好き?」
女「キャベツ、考えたことない、キャベツ」
男「うん、でも正直、芯のところは嫌いだよ、硬くってさ、噛みきったら変なにおいがし
てさ」
女「キャベツ、小学校の裏にキャベツ畑があった」
男「うん」
女「でも収穫してたのかな、何だったのかしら、あそこ、一年の時々、キャベツの腐った
臭い、教室まで届くの」
男「うん」
女「いまもキャベツを見ると思い出すの、そういうこと」
男「臭いとか」
女「校庭とか、あっちのほうからキャベツの臭いがくるんだって思いながら、そっちを見
てた」
男「嫌い、キャベツ?」
女「そんなことないわ、好きよ、キャベツ」
男「食べたいな」
女「キャベツ?」
男「そう、キャベツ。君は」
女「私 キャベツ?」
男「そう」
女「食べたいわ、好きよ、キャベツ」
男「うん」
女「でもどうするの、だって、嫌なんでしょう、お店の人に言うの、キャベツって」
男「うん、どうしよう」
女「どうするの」
男「どうしよう」
沈黙、二人笑う。
場面B ブコウスキーの小説
二人、歩いている。
女「前に読んだ本に書いてあったこと。彼女は町で一番綺麗だった。彼女は不細工な男を
愛していた。彼女はよく顔を傷つけた。彼女は娼婦だった。彼女は顔にピアスをつけた」
男「誰の本」
女「忘れた」
男「続けて」
女「男は金がなかった。男は女を愛していたけど、多分、もちろん不安だった。彼女も多
分、男を愛していた。彼女は男が風呂に入ってる時間にやってきた、風呂から出ると女が
いた。彼女と男はいっしょに寝た」
男「それで」
女「男は一緒に暮らそうと女に言った。女は断った。男はしばらく町を離れた。帰ってき
たら女は自殺していた」
男「それで」
女「終わり」
男「そう。誰の本?」
女「忘れたわ」
男「そう」
場面C ガルシア=マルケスの小説
女「前に読んだ本に書いてあったこと。彼女は美しかったけど、祖母の家財の一切を燃や
してしまった。それで祖母は一生かけて彼女に償わせようと彼女を娼婦にした。彼女は美
しかったのでたくさんの客が着いて、一日に何人もの男と寝た」
男「うん」
女「とにかくたくさんの男と寝た。祖母はたくさんの財産を得たけど、彼女は逃げ出せな
かった。恋のようなこともした、けど逃げ出せなかった。ずっと移動しながら、彼女は男
と寝続けた」
男「それで」
女「その先、忘れてしまった、どうなったのかしら、どうなったと思う」
男「その婆さんが死ぬ」
女「面白くない話ね」
男「そうかな。その本、誰が書いたの」
女「忘れちゃったの」
場面D サルトルの小説
女「前に読んだ本に書いてあったこと。彼女の夫は不感性、インポテンツだった。彼女は
その男のしゃっきりしないウィンナーみたいな部分をいじりながら寝るのが好きだった」
男「それで」
女「多分、浮気がどうとか、そういう話が出ててきたと思う、忘れちゃった、随分前に読
んだから」
男「その本、誰が書いたの」
女「覚えてないわ、苦手なの、人の名前覚えるの」
男「そう」
女「ね、恋人を愛していたら、その人の腸まで愛したりできるのかしら」
間
女「腸じゃなくても、いま、あなたの恋人が、指、間違えて、切り落としちゃったら、そ
の指、あなた、好きでいられるかしら」
場面E バスの中で
二人並んで座っている
女「今日、Yが寝ぼけて変なことを言っていたの」
男「うん」
女「自転車を探してるの」
男「うん」
女「どこにいったんだろうって言うの」
男「うん」
女「知らないわって、私、言ったの」
男「うん」
女「それでも必死に探すの」
男「うん」
女「だから寝なさいって、私、後で探しておいてあげるわって言ったの」
男「うん」
女「そしたら安心して寝たの」
男「うん」
女「可愛いでしょ」
男「うん」
女「あとどのくらいだっけ」
男「もう少しだよ、あと2駅くらい」
女「ね、今見た? 今の車、練馬ナンバーだった」
男「練馬?」
女「そう」
二人、外を覗き込むような動作。
男「時々、ずいぶん遠くから来た車があるね」
女「どこにだっていけるもの、車」
男「そうだね、もうすぐ停留所だよ」
場面 F 女と Y のセックスに関して①
女「Y はなんていうか、少し変わってるのね」
男「そうだね、学生の時からそういうところあったよ」
女「私たちよく卵を使うわ」
男「卵?」
女「そう」
男「卵を使うの?」
女「そう、Y は私の足をそっと広げて、それから卵を割るの」
男「うん」
女「私の、お腹の下のほうに割るの、Y、それで気づけば卵を割るのがとても上手になっ
ていたの」
男「うん」
女「Y ね、彼、それで、じっとその卵を見るの、私、そっとお腹を傾けるとね、その卵が
少しずつ下のほうに行くのね、黄身、脇に落とさないようにするの、結構大変なのよ」
男「うん」
女「映画で観たのよ、多分、そういうの」
男「多分、その映画、観たことある」
女「なんていう映画なの」
男「忘れた」
女「それでね、その黄身をね、まっすぐ落とすでしょ、そうすると Y が顔をね」
男「うん」
女「あなたそんなことするの好き?」
男「そんなこと考えたことなかった」
女「したいと思う? したいと思うの?」
男「わからないよ」
女「正直に言って、したいと思う、それともそういうのは嫌だ?」
男「してみたい、してみたいよ」
女「卵」
男「そう、卵」
女「Y ね、彼、白身で私のお腹に変な絵を書くの、窓の水滴で絵を書くみたいに」
男「うん」
女「昨日は、何か蟹みたいな絵を描いていたわ」
場面 G 雨降り、蟹
男「部屋でさ、起きたら蟹が歩いていた」
女「蟹」
男「そう蟹、蟹だよ」
女「大きいの」
男「どれくらいかな、大きくはなくて、これくらいだよ」
女「サワガニって言ったかな、そんな大きさの」
男「サワガニ」
女「そう、2センチくらいのね」
男「うん、そう、それかもしれないな」
女「唐揚げなんかで食べたことあった」
男「食べる」
女「そう」
男「そうか」
女「雨、止まないね」
男「うん」
女「その蟹、どうしたの」
男「え」
女「その蟹、起きたら、あなたの隣にいた蟹」
男「なにもしてないよ、だって蟹だもの、虫とかだったら何か追っ払うとかできるかもし
れないけど、蟹は無理だよ」
女「なんで蟹なんていたんだろう」
男「わからないよ、でもこの雨だもの」
女「そうね、この雨だものね」
男「もう三日も降ってる」
女「音がすごい」
男「靴もびしょびしょで、嫌になる」
女「見て」
男「何?」
女「あそこ」
男「どこ」
女「ほら、あそこ」
男「何」
女「落ちてるわ」
男「落ちてる?」
女「卵」
二人、じっと眼を凝らす。
男「本当だ、落ちてる、卵」
女「割れてる」
女「もっといるのかしらね、蟹、部屋に、もっといるのかしら。家に帰って、電気を点け
ると、たくさんの蟹が歩いているの」
男「やめろよ、悪趣味だよ、大量の蟹なんて」
女「はさみを少し上に傾けて、何か拝むようにしながら、それから歩く」
女、コップを手に取り、水を飲む。
男「悪趣味だよ」
女「傘、気づいたら昨日、骨が一本折れてた、買いかえなくちゃな」
場面 H コップの問題①
男、コップを手に取る。
男、それを置く。
男、もう一度、それを持つ。
男、コップに水を注ぐ。
男、それを持ち上げて中を覗く。
男、ひと口だけそれを口に含む。
場面 I おとぎ話
女「昔、あるところに男がいて、女に恋をしていた」
男「うん」
女「たぶん、不幸な恋だった」
男「うん」
間
女「昔、あるところに男がいて、女に恋をしていた」
男「うん」
女「たぶん、不幸な恋だった」
男「うん」
場面 J 通話①
電話が鳴る。受話器の向こうから、女の声が聞こえる。
男、受話器を机の上に置いて、その声を聞いている。
場面 K 女と Y のセックスに関して②
女「朝、寝ぼけながらするのが好き」
男「うん」
女「Y がそうするのが好きだから、私も気づくとそうするのが好きだった」
男「うん」
女「そのあともう一度寝て、起きたらそんなことしたのを忘れてしまうの」
男「うん」
女「起きた時、最初ぼんやりしていて、たとえば 10 時ごろで、そういえばそんなことし
たなと思う、それが好き」
男「うん」
間
男「手、小さいね」
女「手」
男「そう、手」
女「そう?」
男「うん、小さい」
女「そうかな」
男「子供みたい、見せて」
男、女の手を取る。自分の手と合わせる。
沈黙。
男「小さいな」
女「わからない」
男「小さいよ」
二人、しばらく手を眺めている。
場面 L コップの問題②
女、立ち止まる。
男、それを見て立ち止まる。
二人、また歩く。
女「いくつあったかしら、コップ、家に」
男「いくつ」
女「いくつあったかしら」
男「いや、わからないよ」
女「そうね、もちろん、そうね」
間
女「時々数えるの」
男「コップ?」
女「そう、コップの数を、棚から全部下ろしてね、ひとつひとつね」
男「うん」
女「いつも数が違うのね、なぜかしら」
男「いつも違う?」
女「そう。ずっと前に数えたコップが 13 個だったけど、この前数えたら 10 個しかなくて、
だけど、しばらくすると 15 個くらいになって」
男「割ったり、買い足したりしてるわけでもなく?」
女「私はしてないから、Y がそうしてるのかしら」
男「Y か」
女「そう、Y」
男「Y ね」
女「うん、Y」
男「好きそうだね、コップ」
女「Y?」
男「うん、Y、Y、Y だよ」
女「怒らないでよ」
男「怒ってない、怒ってないよ、Y が好きそうだな、コップ、って言っただけだよ」
女「怒ってるわ、怒ってるわ、すぐそうやって、いらいらするんだわ、私が Y って言うた
んび、あなた、変な顔するんだもの」
男「してない、してないよ」
女「してるわ、してるのよ、ほら、その顔よ、まったく変な顔だから、私、何度も笑いそ
うになるのよ、今だって、笑い、こらえてるのよ」
男「じゃあ、笑えばいいよ、変な顔、って言って笑えばいいじゃないか、だけどそうしな
いだろう、馬鹿げてるよ、馬鹿げてるんだ、君の言うこと、いちいち馬鹿げてるよ、嫌に
なるよ、コップか、コップ、Y、コップ好きそうだな、Y、Y、コップ割りそうだな。昔、
そういえばあったよそんなこと、コップね、コップ、Y、コップわざと床に落とすんだよ、
いろんな高さから落とすんだよ、コップ、Y、どのくらいでコップが割れるか試すんだ、
そういうのが好きなんだ」
女「馬鹿げてるわ」
男「ぼくが? それとも Y が?」
女「全部、全部」
間
男「続けろよ、話だよ」
女「何の話」
男「何の話だったかな」
女「もう忘れた」
男「Y がコップ割ったり、コップ買ったり、そんな話だったよ」
女「Y ね」
男「Y だよ」
女「いつも違うの、コップの数が」
男「いつも違う」
女「そういつも違うの、だから、今いくつあったかって考えてるの」
男「いつ、最後に数えたのは」
女「一週間くらい前、火曜日」
男「いくつあったの」
女「14 個か 18 個、きっと、そのくらい」
男「どっち、14 個、18 個」
女「きっと違うのよ、きっと違うの」
男「違う?」
女「14 個じゃないの」
男「じゃ、18 個だよ、論理的だよ、14 個か、18 個で、14 個でないなら 18 個だよ」
女「18 個」
男「そうだよ、君の家には一昨日、18 個のコップがあって、今はその数がどうだかわから
ない」
女「でもそうなのかな、本当に 18 個だったのかな」
男「コップ」
女「そう、コップ」
男「18 個だよ、論理的だよ、18 個」
女「18 個」
男「コップ、コップね」
女「何」
男「何でもない、何でもないよ」
沈黙
男「何でもない、何でもないよ」
場面 M 通話②
男、電話を鳴らす。
無言。
場面 N 通話③
電話が鳴る。女、出る。
女「もしもし」
沈黙
女「もしもし」
それよりも長い沈黙。
受話器を置く。
場面 O 女と Y のセックスに関して③
男「仕事してたことがあった、Y と、工場で」
女「工場」
男「そう」
女「なんの」
男「螺子のさ、検品でさ、夜勤でさ」
女「螺子」
男「そう」
女「なにするの」
男「眺めてた、ずっと、すごい音が鳴ってた、螺子が擦れて、そんな音の中でぼんやり二
人並んで眺めてた」
女「何を」
男「螺子、流れていくの、あれ、ベルトコンベアでさ」
女「楽しかった」
男「楽しくなかった」
女「全然?」
男「そう、全然楽しくなかった」
女「そう」
男「でも、ふとね、なぜだかわからないけど、性欲みたいなのが湧くことがあった」
女「性欲」
男「そう性欲がふと湧くことがあった」
女「それって、どういうことなのかしら、どうなるの」
男「たつんだよ、勃起しちゃうんだ」
女「二人とも」
男「どちらか一方ってこともあった、Y が前に、勃起って伝染するらしいって言うのを聞
いて試そうって言った。勃起してるのを、握ると握ったほうも勃起するらしいって」
女「試したの」
男「うん、でもたたなかったな。夜勤で、夜中で、ぼんやりしてさ、あんまりすごい音だ
から、なんとなく何してもいいよう¥¥¥¥¥な気がしてやっちゃったけど、でも夜中で、
ぼんやりしながら、たくさんの螺子のなかで、何やってんだろうって思ったよ」
女「そういえば、そんなことあった、なんのときだったかな、苺狩りに行ったの二人で」
男「うん」
女「二人でね、全然話しもせずにただ苺を摘んで、それを籠にいれてね、ずっと繰り返し
て、それでふと Y、したいってね」
男「したの」
女「うん、そう、そこから離れて、茂みに入って」
男「外でしたの」
女「そう、帰りじゃダメなのって聞いたら、帰りじゃダメって言ってね、今がいいのって
言ったら、今がいいって言ってね」
男「うん」
女「川のそばでしたのね、近く、蟹が、あれ、きっと沢蟹ね、小さなね、赤い、蟹が歩い
てた」
男「うん」
女「私、それを見てた」
二人、黙る。
男「したい、したいよ」
女「今?」
男「今したいよ」
女「すごく?」
男「すごくしたいよ」
女「でもダメよ」
場面 P 通話④
電話が鳴る。男が電話を取る。
男「もしもし」
女「もしもし」
男「誰」
女「私、私よ」
男「え、誰」
女「わからない?」
男「いや、わかる、わかるよ、君なのかい」
女「そうよ、私よ」
男「なんで、なんで」
女「Y、今、寝てるの、隣にいるの、声、小さくして」
男「うん、ああ、ごめん」
女「ね、今日、偶然ね」
男「うん、そうだよ、偶然だった」
女「一瞬わからなかったもの」
男「ぼくもだ、わからなかった」
女「よく行くの、あそこ」
男「いや、はじめてだよ、今日、見つけて、偶然ね」
女「私もそう」
男「そうか」
女「いいお店ね」
男「うん」
間
女「びっくりしちゃったわ」
男「うん」
女「ちゃんと話せたか、不安だったもの、ちゃんと話せたかな」
男「ちゃんと話せてた、話せてたよ」
女「本当?」
男「本当だよ、本当だよ」
女「偶然ね」
男「偶然だった」
間
男「また行く、あそこ?」
女「うん、行くわ、行きたいわ」
男「うん」
女「うん」
男「ぼくも行くよ」
女「うん」
男「うん」
場面 Q コップの問題③
男「昨日夢で、小さくなる夢、見た」
女「うん」
男「あんまり小さくて、コップのなかでも窮屈しなかった」
女「うん」
男「そのくらい小さかったら幸せだったなぁ」
女「そうかな」
男「そうだよ」
女「コップのなかで、幸せに暮らすの?」
男「うん、そうだよ」
女「時々外を眺めて」
男「うん、そうだよ」
女「雨なんか降ってる日には、ガラス越しに、雨の音を聞いてね」
男「うん、そうだよ」
女「寒い日には、ほっぺをガラスに当てるのね」
男「うん、そうだよ」
女「幸せ、幸せかしら」
男「うん、幸せだよ」
場面 R エリュアールの詩
男「太陽、レモン、あわいミモザの花
もろさのおかげで
こわれずにいるコップ」
女「詩?」
男「そう、詩」
女「誰の詩?」
男「誰かの詩」
場面 S コップの問題④
女がコップを持ち上げる。
男もコップを片手に持っている、少し持ち上げて、それをテーブルに落とす。
男「止まって」
女、止まる。男、それを見ている。
女「何」
男「その指、薬指」
女、薬指を見る。薬指だけがまっすぐ伸ばされている。
男「その癖」
女「うん」
男「きっと知らない、Y は」
女「うん」
男「きっと知らない」
女「うん」
間。女、コップの中の水を飲む。
女「コップをね、傾けるでしょ」
男「うん」
女「コップのなかの水面」
男「うん」
女「眺めるの、好きだわ」
男「うん」
女「コップ、って思うの」
男「うん」
女「なんでガラスでつくろうと思ったのかしらね、なんでコップ、透明にしようと思った
のかしらね」
男「うん」
女「でもわかるわ、わけ、ガラスでつくったの、わかるわ」
男「うん」
男、またコップを少し持ち上げて、テーブルに落とす。
女「きっと知らないわ、Y」
男「え?」
女「薬指」
男「うん」
女「きっと知らない」
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