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﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読
﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読 凡 例 佐 藤 秀 孝 一、 本稿は臨済宗松源派︵大覚派祖︶の蘭渓道隆︵大覚禅師、一二一三│一二七八︶の法を嗣いで鎌倉中期に鎌倉二階堂の極楽禅寺すなわ ち後の稲荷山浄妙禅寺︵鎌倉五山第五位︶に住持した月峰了然︵生没年未詳、道隆より先に示寂︶の﹃月峰和尚語録﹄一冊一巻について、 翻刻の原文を上段に載せ、訓読を下段に載せたものである。 一、 底本としたのは東京都千代田区永田町に存する国立国会図書館に所蔵される宝永七年︵一七一〇︶下春三月に刊行された江戸刊本﹃月 峰和尚語録﹄︵宝永本︶である。 和尚語録﹄が所蔵されており、本来ならば宋版を底本とすべきであるが、実際に国家図書館にてマイクロフィルムを閲覧したものの、複 一、 中 華 人 民 共 和 国 北 京 市 の 国 家 図 書 館︵ も と 北 京 図 書 館 ︶ に は 南 宋 の 咸 淳 四 年︵ 一 二 六 八 ︶ に 序・跋 が 付 さ れ て 刊 行 さ れ た 宋 版﹃月峰 写許可が出て入手し得た複写部分が全体の三分の一にも満たず、宋版を底本とした全文の翻刻は無理であるため、宋版はあくまで部分対 校に留めたい。 ておきたい。 一、 序・跋や本文の主要箇所など語録の成立に関わる部分に関しては、幸いに宋版の複写部分を入手できたことから、両刊本の対校をなし 一、原文は原則として旧字体をそのままに使用するが、異体字や別体字などについては状況に応じて正字に改めた場合が存する。 一、 宝永本と宋版で文字や書体が相違している場合は、原文の文字の横に︵ ︶で宋版の文字を対校しておきたい。 一、 宋版で活字部分が虫食いなどで欠損している部分は、江戸刊本でもほぼ同様の箇所が欠字として扱われ、活字が打たれていない。空白部 第六十九號 成二十三年三月 一 分は一字ならば□で示し、二字以上は文字数に応じて□□で示すか、字数が判明しない場合は ︹ ︺で示すことにしたい。また前後の関係か 駒澤大學佛敎學部硏究紀 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 当と見られる点と丸を補っておきたい。したがって、句読点の誤りや誤写に関してはすべて翻刻者の責任である。 二 ら判読が可能な場合、□の右横に︵ ︶で字を補った場合が存する。 一、宋版はもちろんのこと、宝永本も白文︵漢字のみ︶で記されており、句読点は付されておらず、判読上、翻刻者︵佐藤︶ なりに妥 一、宋版の序・跋に押されている南宋禅者の落款︵方印︶については[ ]で示しておく。 一、原文および訓読とも序・跋や本文などで文字がつづいている場合、文意に添って改行した箇所が存する。 一、本文中に小文字二行で記されている語句については︿ ﹀を用いて一行で示しておく。 一、原文で活字が曖昧な己・已・巳や千・干・于などの区別については、文章の内容から適切な文字を筆者なりに選定しておきたい。 一、踊り字﹁々﹂に関しては、状況により本来の字に改めた場合が存する。 一、人名や地名・寺名などが並列している場合、便宜上、分かり易くするために・を使用した箇所が存する。 一、訓読︵書き下し︶に関しては原則として新字体を用いることとし、また仮名の表記は旧仮名使いではなく、新仮名使いを用いることとする。 月峰和尚語録 一、月峰了然と﹃月峰和尚語録﹄に関しては、拙稿﹁月峰了然と﹃月峰和尚語録﹄│京都の大学博士から転身して蘭渓道隆の法を嗣ぐ│﹂ ︵﹃駒 澤大学禅研究所年報﹄第二二号、二〇一〇年一二月︶を参照されたい。 峰和尙語錄 無明將松源一滴水、皷 地波濤、 無明は松源の一滴水を将って、平地に波濤を鼓わせ、蘭谿は無明の一星 奪 谿用無明一星火、□□□□ 火を用って、□□に□談を奪う。月峰は情を尽くして掃蕩するに甘んぜ ず、直に得たり、灰飛び流れ絶えることを。謂つべし、其の家を克くす 明 。□ ること能わざる者なりと。明眼の衲僧、此の録中に向って辨取せよ。 便ち云く、﹁髄を得たり﹂と。早や迂曲を傷つけ了われり。蘭谿は月峰 達磨は唐土に来たりて、可祖を嵩の雪堆中に接す。略して三拝を施すに、 [釈氏惟衍][松源正派][石帆] 大宋の南山浄慈に住する石帆叟惟衍、書す。 時に咸淳戊辰︵四年、一二六八︶の長至前十日、 、向此錄中辨取。 惟 、 咸淳戊辰長至前十日、 談。月峰不甘盡 掃蕩、直得灰飛流絶。可謂不能克其家 眼衲 一絡索。且 堆中、畧施三拜、便云得髓。早傷 住大宋南山淨慈石帆叟 唯 衍書。 [松源正派] [石帆] [釋氏惟衍] 來唐土、接可 於嵩 深處、 不犯機絲、 却有 を海宵の深き処に接し、機糸を犯さず、却て這の一絡索有り。且らく道 是 曲了也。 谿接月峰於 □ 骨耶、是髓耶。具辨開口不在舌。無明擅松源斯□、所至橫說 え、是れ骨なりや、是れ髄なりや。具さに辨ず、口を開くことは舌に在 咸淳戊辰の臘八、 渓西広沢、仏日山の奪機室に書す。 [広沢][渓西] 三 に在り。更に此の録に向って、扶桑国裏に推尋せよ。 もて能く管摂すべきに非ず。已に是れ雲に和して唱え出だし、韻は青宵 無く、真に本より鉢囉孃なり。月峰は蘭渓の蜀音を操り、且つ梵語華言 らず。無明は松源の斯□を擅にし、至る所に横説竪説し、一字も元より 溪蜀音、且非梵語華言 。更向此錄、推尋扶桑國裏。 豎說、一字元無。眞本鉢囉孃。月峰操 可能管攝。已是和雲唱出、韻在靑 咸淳戊辰臘八、 溪西廣澤書于佛日山奪機室。 [溪西] [廣澤] ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 相模州極樂禪寺月峰和尙語錄。 相模州極楽禅寺の月峰和尚の語録。 四四 。 侍者真契、編す。 侍 眞契 ︵ ︶師、正嘉元年︵一二五七︶に於いて、建長禅寺の首座寮にて請を ︵ ︶師於正嘉元年、建長禪寺首座寮受 。拈法衣云、大庾嶺 乃披衣云、栽松 鶴至、買石得雲饒。 着 安著。倘或躊躇、山 ︿問荅不録﹀ 。 傷 、大似好肉剜瘡。擧古擧今、無 以聲止聲。實爲亂世英雄、未是 轍。 藤、謾諸人去也。乃驟歩登座。 揚 德山棒以水濟水、臨濟 源、 裏、變大地作黃金、攪長河爲酥酪。非是 屑雖貴、落眼成翳。 強爲、法本如是。是則故是、更須轉那邊始得。何故。金 性相常住。到 所以古德 、以思無思之妙、 思靈燄之無窮、思盡 靈 光 常 露、 行 住 坐 臥 、 應 用 無 虧 、 觸 目 現 前 、 更 非 他 物 。 事生事。雖然事無一向、曲爲初機、略開線路。展鉢開單、 太 時 、其餘胡說亂 提綱乃云、從上來事、䋽絶名言、瞬目 □ 眉、早 □ 打 指法座云、盡大地撮來如粟粒、大須彌 燈 王座、又向甚處 灯 頭提不起底、 因甚今日却在然上座手中。諸人要知來處麼。 1 強 い て 為 す に 非 ず、 法 は 本 と よ り 是 の 如 し。 是 な る こ と は 則 ち 大 地 を 変 じ て 黄 金 と 作 し、 長 河 を 攪 ま わ し て 酥 酪 と 為 す。 是 れ 思 い 尽 き て 源 に 還 ら ば、 性 相 は 常 住 な り ﹄ と。 者 裏 に 到 り て、 く、 ﹃思いを以て思いの妙無く、返って霊燄の窮まり無きを思う。 く る こ と 無 し、 触 目 現 前 し て、 更 に 他 物 に 非 ず。 所 以 に 古 徳 道 展 鉢 開 単 し て、 霊 光 は 常 に 露 わ れ、 行 住 坐 臥 に て、 応 用 し て 虧 一向無しと雖然も、曲げて初機の為めに、略して線路を開かん。 剜 る に 似 た り。 古 え を 挙 し 今 を 挙 し、 事 無 き に 事 を 生 ず。 事 に えぐ れ 太 平 の 時 節 な ら ず。 其 の 餘 の 胡 説 乱 道 は、 大 い に 好 肉 に 瘡 を 済 の 喝 は 声 を 以 て 声 を 止 む。 実 に 乱 世 の 英 雄 と 為 す も、 未 だ 是 眉 す れ ば、 早 や 途 轍 を 傷 う。 徳 山 の 棒 は 水 を 以 て 水 を 済 し、 臨 提 綱 に 乃 ち 云 く、﹁ 従 上 来 の 事 は、 迥 か に 名 言 を 絶 し、 瞬 目 揚 登る。問答は録せず。 山 僧、 葛 藤 を 打 し、 諸 人 を 謾 じ 去 ら ん ﹂ と。 乃 ち 驟 歩 し て 座 に 彌の燈王座は又た甚の処に向ってか安著せん。倘或し躊躇せば、 も 法 座 を 指 し て 云 く、﹁ 尽 大 地、 撮 み 来 た る に 粟 粒 の 如 し、 大 須 て鶴至り、石を買いて雲の饒るを得たり﹂と。 知 ら ん と 要 す や ﹂ と。 乃 ち 衣 を 披 て 云 く、﹁ 松 を 栽 ゆ る に 兼 ね 甚 に 因 っ て、 今 日、 然 上 座 が 手 中 に 却 在 す。 諸 人、 来 た る 処 を 受 く。 法 衣 を 拈 じ て 云 く、﹁ 大 庾 嶺 頭 に て 提 げ 起 こ せ ざ る 底、 1 故 ら に 是 な る も、 更 に 須 ら く 那 辺 に 転 じ て 始 め て 得 し。 何 が 故 夫 は 実 に 之 れ を 有 と 謂 い、 声 聞 は 柝 け て 之 れ を 無 と 謂 い、 縁 覚 ﹁凡 復た挙す、雲門大師、一日、拄杖を拈じて衆に示して云く、 ぞ。金屑は貴しと雖も、眼に落つれば翳と成る﹂と。 空。衲 家、見 体 復擧、雲門大師、一日拈拄杖示衆云、凡夫實謂之有、聲 聞柝謂之無、緣覺謂之幻有、菩薩當 體 着 坐 に し て、 総 じ て 動 著 す る を 得 ず ﹂ と。 師 云 く、﹁ 雲 門 大 師、 。 は 之 れ を 幻 有 と 謂 い、 菩 薩 は 当 体 に 即 ち 空 と す。 衲 僧 家 は、 拄 惣 拄 杖 子、 但 喚 作 主 丈 子 。 行 但 行 、 坐 但 坐 、 總 不 得 動 杖 子 を 見 て、 但 だ 喚 ん で 拄 杖 子 と 作 す。 行 は 但 だ 行、 坐 は 但 だ 拄杖 師云、雲門大師、只開入頭路、未有出身路。驀拈拄杖云、 只 だ 入 頭 の 路 を 開 い て、 未 だ 出 身 の 路 有 ら ず ﹂ と。 驀 と し て 拄 愛 せ ず、 出 有 り 入 有 り、 殺 有 り 活 有 り、 放 行 す る も 也 た 得 く、 把 定 す る も 也 た 得 し。 如 何 な る か 是 れ 把 定 ﹂ と。 拄 杖 を 卓 す る 入 院。 三 門 を 指 し て 云 く、﹁ 不 二 の 門 は 開 け り、 誰 か 謂 う、 維 こと一下す。﹁如何なるか是れ放行﹂と。拄杖を擲ちて下座す。 默 然 杜 口。 樓 閣 摩 は 黙 然 と し て 口 を 杜 づ と。 樓 閣 は 曠 く 達 す、 何 ぞ 弥 勒 の 弾 指 一 声 す る を 須 い ん。 且 ら く 道 え、 者 裏 は 是 れ 樓 閣 門 な り や、 不 裏 是 樓 閣 門 耶、 不 拄杖 動、不愛靜、有出有入、有殺有活、 然上座 條拄杖子、不 、 杖 を 拈 じ て 云 く、﹁ 然 上 座 が 這 條 の 拄 杖 子、 動 を 憎 ま ず、 静 を 放行也得、把定也得。如何是把定。卓主丈一下。如何是 拄杖 放行。擲主丈下座。 、 何 須 彌 勒 彈 指 一 聲。 且 入 院。 指 三 門 云 、 不 二 門 開 、 誰 謂 維 曠 二門耶。今朝直入、更不相瞞。 仏殿。﹁徳山は拆却して後、人をして黒山に堕さしむ﹂と。香を 二門なりや。今朝、直入して、更に相い瞞ぜず﹂と。 佛殿。德山拆却後、 令人墮黑山。以香提佛云、 相好端嚴處、 以て仏に提げて云く、﹁相好の端厳なる処、当面に看ることを妨 陞座。拈香云、此一瓣香、恭爲 壽域、永護宗乘。又拈 。次拈香云、此香、奉 延今上皇帝聖躬萬歲萬 仁 風 の 遠 く 扇 が ん こ と を 願 う ﹂ と。 次 に 香 を 拈 じ て 云 く、﹁ 此 が 聖 躬 の 万 歳 万 歳 万 万 歳 を 祝 延 し、 恭 し く 聖 日 の 永 く 明 ら か に 陞 座。 香 を 拈 じ て 云 く、﹁ 此 の 一 瓣 香、 恭 し く 為 め に 今 上 皇 帝 げず﹂と。 不妨當面看。 歲萬萬歲、恭願聖日永明仁風 五五 の 香、 本 寺 の 大 檀 越 た る 礼 部 員 外 侍 郎 の 為 め に し 奉 り、 久 し く 爲本寺大檀越禮部員外侍郎、久 香云、此香、奉爲見住巨福山建長禪寺蘭溪大和尙、爇向 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ 之恩。 趺座。 ︿問 答 不錄﹀ 。 荅 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 爐中、用酬法 六六 寿域に遊び、永く宗乘を護らんことを﹂と。又た香を拈じて云く、 爐 中 に 爇 向 し、 用 て 法 乳 の 恩 に 酬 ゆ ﹂ と。 遂 に 趺 座 す。 問 答 は ぜつ ﹁此の香、巨福山建長禅寺に見住せる蘭渓大和尚の為めにし奉り、 録せず。 乃 ち 云 く、﹁ 摩 竭 に 室 を 掩 う は、 贓 を 抱 き て 事 を 判 ず。 少 林 に て 面 壁 す る は、 耳 を 掩 い て 鈴 を 偸 む。 何 に 况 ん や、 言 の 上 に 言 乃云、 竭掩室、抱贓判事、少林面壁、掩耳偸鈴。何况、 を 生 じ、 句 の 中 に 句 を 添 う は、 道 を 去 る こ と 転 た 遠 く、 争 で か 、爭得歸源。新長老、事 言上生言、句中添句、去 轉 不獲已、開第二義門去也。塵塵壁立萬仭、人人常光現前。 。 て 馳 求 す る が 為 め に、 日 用 に て 渾 て 知 覚 せ ず。 儻 し 三 条 椽 下・ 去 ら ん。 塵 塵 は 壁 立 万 仞 し、 人 人 は 常 光 現 前 す。 只 だ 外 に 向 っ 源 に 帰 す る を 得 ん。 新 長 老、 事 已 む を 獲 ず、 第 二 義 の 門 を 開 き 、荊棘林作麼生 照、始知一切處見前、一切處成就。雖 七 尺 単 前 に 於 い て、 歩 を 退 い て 躬 に 就 け、 時 時 に 返 照 せ ば、 始 め て 一 切 処 に 見 前 し、 一 切 処 に 成 就 す る を 知 ら ん。 雖 然 ど も、 え、荊棘林は作麼生か過ぎん﹂と。乃ち喝すること一喝す。 更 に 須 ら く 荊 棘 林 を 過 ぎ 得 て、 始 め て 是 れ 好 手 な り。 且 ら く 道 譬 え ば 一 片 の 田 地 の 如 し、 四 至 界 畔 に 契 を 結 び、 諸 人 に 売 り 与 復 た 挙 す、 玄 沙 和 尚、 衆 に 示 し て 云 く、﹁ 若 し 此 の 事 を 論 ぜ ば、 え了われり。只だ中心の樹子のみ有りて、猶お老僧に属せり﹂と。 在。 界 屬老 師云、 玄沙和尙是則是、 未免分彼分我。然上座、 片田地、 師云く、 ﹁玄沙和尚、是なることは則ち是なるも、未だ免がれず、 2 結 契、 賣 與 諸 人 了 也 。 只 有 中 心 樹 子 、 無取無 、中心樹子、要與諸人同一受用。乃竪起拂子云、 ︶上堂。 ﹁年光は流るるが如く、臘月は朔を告ぐ。天寒く人寒くして、 と。便ち下座す。 と要す﹂と。乃ち払子を竪起して云く、﹁諸人、還た樹子を見るや﹂ こ と 無 く 捨 つ る こ と 無 し。 中 心 の 樹 子、 諸 人 と 同 一 に 受 用 せ ん 彼 に 分 か ち、 我 れ に 分 か つ こ と を。 然 上 座、 這 片 の 田 地、 取 る 復擧、玄沙和尙示衆云、若論此事、譬如一片田地、四至 乃 一 。 然、更須 得荊棘林、始是好手。且 歩就躬、時時 只爲向外馳求、日用渾不知覺。儻於三條椽下七尺單前、 ︵ 諸人 見樹子麼。便下座。 ︶上堂。年光如流、臘月告朔。天寒人寒、十方一色、心靜 2 境 靜、 萬 法 一 如。 是 光 影 邊 事。 不 見、 石 頭 和 尙 、 十 方 は 一 色 な り。 心 静 か に 境 静 か に し て、 万 法 は 一 如 な り。 猶 ﹃当に明中に暗 お 是 れ 光 影 辺 の 事 な り。 見 ず や、 石 頭 和 尚 道 く、 、 當 暗 中 有 明、 勿 以 明 相 覩。 當 明 中 有 暗、 勿 以 暗 相 傍、 、 中、 萬德無闕。若言有證有修、 ︵ ︵ ︶上堂。挙す、僧、雪峰に問う、 ﹁古磵寒泉の時、如何ん﹂と。峯云く、 ん。咄。口は是れ禍門なり﹂と。 と し て 鐵 蒺 藜 を 拈 起 し、 鎚 つ こ と 一 撃 し て 百 雑 砕 す る 時 は 如 何 しつ り 還 た 自 ず か ら 照 ら す。 此 れ は 猶 お 是 れ 第 二 頭 の 事 な り。 驀 然 眼 有 り て 眉 の 如 し。 直 に 得 た り、 珠 の 光 り を 発 す る が 如 し、 光 水は水を洗わず。三世の諸仏は、口をば壁上に掛け、千手大悲は、 明 相 を 以 て 覩 る こ と 勿 か れ ﹄ と。 正 恁 麼 の 時、 眼 は 眼 を 見 ず、 有るべし、暗相を以て遇うこと勿かれ、当に暗中に明有るべし、 自 照。 此 正恁麼時、眼不見眼、水不洗水。三世諸佛、口掛壁上、 一擊百雜碎時如何。 千 手 大 悲、 有 眼 如 眉。 直 得、 如 珠 發 光、 光 門。 峰、古磵寒泉時如何。峯云、瞪目不見 是第二頭事。驀然拈起鐵蒺藜、 咄。口是 ︶上堂。擧、 問 ︵ 却 問 趙 州、 古 磵 寒 泉 時 如 何。 州 曰、 苦。 如何。峰曰、不從口入。趙州聞得乃云、 云、飮 峰聞云、趙州古佛。峯從 未 免 旁 資 一 路。 乃 云、 古 磵 寒 泉 成、 法□ 性 所以 、未离兜率、已降王宮、未出母胎、度人已畢。又 悟、初無成壞、豈暇修證。 堪嗟二老謾商量、至今未有出身計、活路應須待上陽。 如 何 湊 泊。 山 此不荅話。師云、 一人把斷要津、 一人要津把斷。後學之流、 云、飮 如何。州曰、死。 底。 ︶佛成 上堂。淸淨本然、說甚 六年端坐、 一旦 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ﹁清浄本然にして、甚の迷悟をか説かん。初めより ︶仏 成 道 上堂。 るを待つべし﹂と。 ることを。今に至りて未だ出身の計有らず、活路、応に須らく陽上 磵寒泉は傍らに近づき難し。嗟くに堪えたり、二老が謾りに商量す ん。山僧、未だ免れず、旁らにて一路を資くるを﹂と。乃ち云く、﹁古 人は要津を把断し、一人は要津把断す。後学の流、如何んが湊泊せ 聞きて云く、 ﹁趙州古仏﹂と。峯、此れより答話せず。師云く、 ﹁一 し﹂と。僧云く、 ﹁飮む者は如何ん﹂と。州曰く、 ﹁死す﹂と。雪峰、 と。僧、却て趙州に問う、 ﹁古磵寒泉の時、如何ん﹂と。州曰く、 ﹁苦 聞き得て乃ち云く、﹁鼻より入るべからず﹂ ﹁口より入らず﹂と。趙州、 ﹁目を瞪るも見えざる底﹂と。僧云く、﹁飮む者は如何ん﹂と。峰曰く、 3 七七 に、已に王宮に降り、未だ母胎を出でざるに、人を度すること已に畢 成 壊無し、豈に修証を假らんや。所以に道う、 ﹃未だ兜率を离れざる 4 不 可 從 鼻 入。 ︵ 3 4 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 八八 わる﹄と。又た道く、 ﹃六年端坐し、一旦に道成る。法性海中、万徳は 、 渾崘是鐵。 皓玉無瑕、 雕文喪德。若言無證無修、 無孔鐵 闕くる無し﹄と。若し証有り修有りと言わば、皓玉に瑕無し、文を雕 悟、 又 無 證 修。 六 載 みて徳を喪わん。若し証無く修無しと言わば、無孔の鉄鎚、渾崘是 無 山、 。 黑 山 鬼 窟、 轉 見 暗 れ鉄ならん。若し定んで所悟有りと言わば、霊亀、図を負い、自ら 若言定有所悟、靈龜負圖、自取喪身之兆。若言定無所悟、 明星現時、又是箇什麼。良久云、莫怪從前多意氣、他家 喪身の兆しを取らん。若し定んで所悟無しと言わば、黒山鬼窟にて、 、 歩就己、萬不失一。 ︵ ﹁古鏡未だ磨かざる時、如何ん ︶上堂。挙す、寒山、豊干に問う、 眼に当たる寒松、旧きに依りて青し﹂と。 則ならず。畢竟して合に作麼生。満庭の白雪、今、何にか在る。 更 に ﹃ 照 と 照 と は、 同 時 に 寂 滅 す ﹄ と 道 う も 、 亦 た 未 だ 是 れ 極 只だ是れ本来人なり。喚んで回光と作さば、早や是れ夢言なり。 失わず﹄と。是れ皆な応病与薬なり。若し能く一念に回光せば、 ﹃ 是 れ 什 麼 ぞ ﹄ と。 曹 山 道 く、﹃ 退 歩 し て 己 に 就 か ば、 万 に 一 を れば、又た剰語と成らん。所以に雪峰は凡そ僧を見るに便ち道く、 ︵ ︶ 上 堂。 ﹁幸自に円成す、何ぞ穿鑿するを須いん。若し一言を添う と莫かれ、從前に意気多きことを。他家、曾て上頭の関を踏む﹂と。 明星現ずる時、又た是れ箇の什麼ぞ﹂と。良久して云く、 ﹁怪しむこ 転た暗迷を見ん。既に迷悟無く、又た証修無ければ、雪山に六載して、 曾踏上頭關。 、是什麼。曹山 、同時寂滅、亦未是極則。畢 時、如何照燭。干曰、 今何在、當眼寒松依舊靑。 、照與照 竟合作麼生。滿庭白 早是夢言。更 是 皆 應 病 與 藥。 若 能 一 念 回 光 、 只 是 本 來 人 。 喚 作 回 光 、 峰凡見 便 ︵ ︶上堂。擧、寒山問豐干、古鏡未 是不照燭、 更別 什麼。後來瞎堂和尙拈曰、 氷壺無影像、猿猴探水月。山云、此 。干曰、萬德不將來、敎我 人□□。□□爲 見麼。□□□□。 活路、□奈 麼。 衆 無 對 。 便 下 座 。 師 云 、 豐 干 已 是 八 字 打 開 、 三日以前一局某皆活、今朝被打殺了也。衆中莫有下活底 一著 可惜當面蹉 。瞎堂雖善 二老出氣去也。擧拂子云、 5 の 一 著 を 下 す 者 有 る こ と 莫 き や ﹂ と。 衆、 対 う る 無 し。 便 ち 下 某 皆 な 活 す る も、 今 朝。 打 殺 せ ら れ 了 わ れ り。 衆 中、 活 す る 底 し め ん ﹂ と。 後 來、 瞎 堂 和 尚、 拈 じ て 曰 く、﹁ 三 日 以 前、 一 局、 と。 干 曰 く、﹁ 万 徳 は 将 ち 来 た ら ず、 我 れ を し て 什 麼 を か 道 わ 山云く、 ﹁此れ猶お是れ照燭ならず、請う更に別に道わんことを﹂ が照燭せん﹂と。干曰く、﹁氷壷に影像無し、猿猴、水月を探る﹂と。 6 ︶上堂。幸自圓成、何須穿鑿。若添一言、又成剩語。所以 ︵ 5 6 ︶歲旦上堂。舊歲昨 歸甚處、木人夜 ︵ ︶上堂。擧、 問鏡淸、新年頭 穿靴去、新年今日 云、如 何 是 新 年 頭 佛 法。淸 云、元 正 啓 祚、萬 物 咸 新。 有佛法也無。淸云、有。 且 、笑箇什麼。幸自好盤飯、何用糝薑椒。 新年舊年、 頭頭成現。露。□聞得旁地不甘、 不覺呵呵失笑。 自何來、石女天明帶帽回。識得來處、佛法世法、會歸一源、 ︵ 云、謝 師 荅 話。淸 云、鏡 淸 今 日 失 利。又 問 明 敎、新 年 頭 喫酒李 、與 二 老 是 同 是 別。具 有 佛 法 也 無。只 對 有 醉。 云、老 老 大 有 佛 法 也 無。敎 云、無。 云、年 々 是 好 年、日 日 是 好 日、爲 什 麼 却 無。敎 云、張 、麗 日 光 新、和 風 聲 靜。 且 無、倶 成 剩 語。或 問 極 樂、新 年 頭 大、龍 頭 蛇 尾。敎 云、明 敎 今 日 失 利。師 云、二 大 老 他 眼 辨看。 ︵ ︶上元上堂。召大衆云、今時人、以無爲無作休去歇去、爲 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 座 す。 師 云 く、﹁ 豊 干、 已 に 是 れ 八 字 に 打 開 す、 惜 し む べ し、 当 面 に 蹉 過 す る こ と を。 瞎 堂、 善 く 活 路 を 通 ず と 雖 も、 遊 人 の □□するを□奈せん。□□は二老の為に気を出だし去れり﹂と。 払子を挙して云く、﹁還た見るや﹂と。□□□□。 ︵ ﹁ 新 年 頭、 還 た 仏 法 有 り や ﹂ と。 ︶ 上 堂。 挙 す、 僧、 鏡 清 に 問 う、 ︶歳旦の上堂。旧歳の昨宵は甚の処にか帰す、木人は夜半に靴を穿 ︵ ︶上元上堂。大衆を召して云く、﹁今時の人は、無為無作にして休 7 九九 老と是れ同か是れ別か。具眼の者は辨じて看よ﹂と。 光り新たにして、風に和して声静かなり﹂と。且らく道え、 ﹁二 年頭、還た仏法有りや﹂と問わば、只だ他に対して道わん、 ﹁麗日、 大老、有りと道い、無しと道い、倶に剰語と成る。或いは極楽に﹁新 老大大、龍頭蛇尾﹂と。教云く、﹁明教、今日失利す﹂と。師云く、﹁二 無きや﹂と。教云く、﹁張翁が酒を喫し、李翁酔う﹂と。僧云く、﹁老 僧云く、﹁年々是れ好年、日日是れ好日なり、什麼と為てか却て ﹁新年頭、還た仏法有りや﹂と。教云く、 ﹁無し﹂と。 明教に問う、 の答話せるを謝す﹂と。清云く、﹁鏡清、今日失利す﹂と。又た と。 清 云 く、﹁ 元 正 啓 祚、 万 物 咸 な 新 た な り ﹂ と。 僧 云 く、 ﹁師 清 云 く、﹁ 有 り ﹂ と。 僧 云 く、 ﹁如何なるか是れ新年頭の仏法﹂ と。幸自に盤飯を好む、何ぞ薑椒を糝ぜるを用いん。 き得て、覚えず、呵呵失笑す。且らく道え、 ﹁箇の什麼をか笑う﹂ 新 年・ 旧 年、 頭 頭 に 成 現 せ ん。 露。 □。 旁 地 に て 甘 ん ぜ ず と 聞 帯びて回る。来処を識得すれば、仏法・世法、会ず一源に帰し、 ち 去 れ り。 新 年 の 今 日 は 何 れ よ り か 来 た る、 石 女 は 天 明 に 帽 を ︵ 8 9 7 8 9 ︵ し 去 り 歇 し 去 る を 以 て、 安 楽 の 処 と 為 す。 殊 に 知 ら ず、 謬 っ て 一〇 以爲寶所。不見、石頭問藥山、 中途を認めて以て宝所と為すことを。見ずや、石頭、薬山に問う、 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 安樂處。殊不知、謬認中 亦 不 識。 師 云、 若 是 今 時 人、 師云く、 ﹁若是し今時の人ならば、 ﹃一物も為さず﹄と道うを見て、 ︶ 仏 涅 槃 上 堂 。 挙 す、 世 尊、 入 涅 槃 に 臨 ん で、 衆 に 告 げ て 曰 く、 瑞は此の如し﹂と。 処有りや﹂と。払子を竪起して云く、﹁我れ燈明仏に見ゆ、本光 且 ら く 道 え、 為 す と 為 さ ざ る と、 是 れ 箇 の 什 麼 ぞ。 還 た 辨 明 の 未だ免れず、老婆親切に又た道く、 ﹁﹃箇の什麼をか以さざる﹄と。 ﹃汝、此に在りて什麼を作す﹄と。山云く、﹃千聖も亦た識らず﹄ ﹂ と。 見道一物不 □ □、乃休去。不然便用冬瓜印子。石頭未免、 老婆親切又 、不以箇什麼。且 、爲與不爲、是箇什麼。 爲カ 汝 在 此 作 什 麼。 山 云 、 千 ︵ 乃ち休し去らん。然らずんば、便ち冬瓜の印子を用いん。石頭、 、 ︵ 有辨明處也無。竪起拂子云、我見燈明佛、本光瑞如此。 老子、 臨入涅槃、告衆曰、若謂吾滅度、 非吾弟子、若謂吾不滅度、亦非吾弟子。師云、釋 今 日、 ︶佛涅槃上堂。擧、世 四 十 九 年、 忉 々 怛 々 。 及 到 下 稍 、 賣 弄 不 出 。 山 場、 乘車子。 淚出痛腸、有箇頌子。兩頭倶截斷、誰解到其中、不見龍 宮殿、唯聞浪拍空。 ︵ ︶謝知事上堂。澄源湛水、尙棹孤舟、古佛 雙 輪、 同 到 優 游 之 地。 所 以 舟若不行、加以棹櫓、牛若不進、警以鞭策。今則各出隻 手、 逍 遙 性 海 之 中 、 力 乘是寶車、游於四方、嬉戲快樂、自在無碍。且到家一句、 如何擧似。乃拍手云、囉哩囉々哩。 ︶ 知 事 を 謝 す る 上 堂。 ﹁澄源の湛水にて、尚お孤舟に棹さし、古仏 の空を拍つことを﹂と。 誰 か 解 く 其 の 中 に 到 ら ん。 龍 宮 の 殿 を 見 ず し て、 唯 だ 聞 く、 浪 山僧、今日、涙は痛腸を出で、箇の頌子有り。両頭倶に截断す、 四十九年、忉々怛々たり。下稍に到るに及びて、売弄し出ださず。 ず と 謂 わ ば、 亦 た 吾 が 弟 子 に 非 ず ﹂ と。 師 云 く、﹁ 釈 迦 老 子、 ﹁ 若 し 吾 れ 滅 度 す と 謂 わ ば、 吾 が 弟 子 に 非 ず。 若 し 吾 れ 滅 度 せ 10 囉々 る一句、如何んが挙似せん﹂と。乃ち手を拍ちて云く、﹁囉哩、 四 方 に 游 び、 嬉 戯 快 楽 に し て、 自 在 無 碍 な り ﹄ と。 且 つ 家 に 到 運び、同じく優游の地に到る。所以に道う、 ﹃是の宝車に乗りて、 則 ち 各 お の 隻 手 を 出 だ し、 性 海 の 中 に 逍 遥 た り、 力 め て 双 輪 を 櫓 を 以 て し、 牛 の 若 し 進 ま ず ば、 警 め る に 鞭 策 を 以 て す。 今 は の 道 場 に て、 猶 お 車 子 に 乗 る。 舟 の 若 し 行 か ず ば、 加 う る に 棹 11 10 11 出。 。明云、爭如當初不撞入網羅好。 ︵ ︶上堂。擧、深明二上座、到淮河見人牽網、有魚從網 深云、俊哉、一似箇衲 得網來、 依舊淹他死水。何故。 深云、明兄、你欠悟在。明至中夜方省。師云、一人撥波 求水、 一人離水尋波。直饒 魚已出龍去、癡人䮷夜塘。 ︵ ︶上堂。在耳曰聞、在眼曰見。一點靈光、萬化千變。靜則 月印寒潭、動則波生水面。佛性與精魂、不隔一條線。諸 浴得那箇麼。 、 云、把將那箇來。山休去。師云、 布衲在藥山浴佛次、山云、你只浴得 人 鼎省麼。從來濁富不若淸貧。 箇、 ︵ ︶浴佛上堂。擧、 師資唱和、 箭鋒相柱。或有人問、 浴得那箇麼。只向他 你要第二杓惡水那。 ︵ ︶結夏上堂。擧、古德云、護生須是殺、殺盡始安居、會得 箇中意、鐵舡水上浮。圜悟和尙拈云、殺衆生物命、凡夫 、大闡提人見解。 拄 杖 在 手、 殺 活 擒 縱、 分 上、 殺 箇 甚 麼 、 試 定 當 看 。 師 云 、 一 人 殺 中 全 活 、 見解、殺六賊煩惱、座主見解、殺佛殺 衲 一 人 活 中 全 殺。 驀 拈 拄 杖 云 、 山 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︵ ︵ ︵ 哩﹂と。 ︶上堂。挙す、深・明の二上座、淮河に到りて人の綱を牽くを見るに、 ︶上堂。耳に在りては聞と曰い、眼に在りては見と曰う。 一点の霊光、 癡人は夜塘を䮷む﹂と。 く に 依 り て 他 の 死 水 に 淹 る。 何 が 故 ぞ。 魚 は 已 に 龍 に 出 で 去 る に 、 一 人 は 水 を 離 れ て 波 を 尋 ぬ。 直 饒 い 網 を 透 得 し 来 た る も、 旧 き 中夜に至りて方めて省す。師云く、 ﹁一人は波を撥ねて水を求め、 ﹁明兄よ、你は悟りを欠けり﹂と。明、 きに如かん﹂と。深云く、 に似たり﹂と。明云く、﹁争でか当初より網羅に撞入せざるの好 魚有りて網より透出す。深云く、﹁俊なるかな、一えに箇の衲僧 12 ︶浴 仏 上堂。挙す、遵布衲、薬山に在りて浴仏する次で、山云く、 従来、濁富は清貧に若かず。 面に生ず。仏性と精魂と、一条線を隔てず。諸人、還た鼎省すや。 万 化 千 変 す。 静 ま れ ば 則 ち 月 は 寒 潭 を 印 し、 動 け ば 則 ち 波 は 水 13 ﹁護生は須是らく殺すべし、殺し尽 ︶結夏上堂。挙す、古徳云く、 只だ他に向って道わん、 ﹁你、第二杓の悪水を要すや﹂と。 箭鋒相い柱う。或し人有りて﹁還た那箇を浴し得るや﹂と問わば、 ﹁那箇を把え将ち来たれり﹂ と。山、 休し去る。師云く、﹁師資唱和し、 ﹁你、 只だ這箇を浴し得るのみ、 還た那箇を浴し得るや﹂と。遵云く、 14 一一 大 闡 提 の 人 の 見 解 な り。 衲 僧 が 分 上、 箇 の 甚 麼 を か 殺 す、 試 み り。六賊の煩悩を殺すは、座主の見解なり。仏を殺し祖を殺すは、 ﹁衆生の物命を殺すは、凡夫の見解な と。圜悟和尚、拈じて云く、 くして始めて安居なり。箇中の意を会得せば、鉄舡も水上に浮ぶ﹂ 15 12 13 14 15 ︵ ︵ ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 一二 に定当して看よ﹂と。師云く、﹁一人は殺の中に全く活し、一人 粥喫粥、 飯喫飯、殺活在什麼處。靠 ︵ ︵ ︶上 堂 。﹁ 昨 夜 、夢 中 に 記 得 す 、永 明 濳 和 尚 、僧 有 り て 問 う 、﹃ 亡 の自ら薦取せよ﹂と。 什麼の処にか在る﹂と。主丈に靠れて云く、﹁諸の上善人、各お 逢 う て は 粥 を 喫 し、 飯 に 逢 う て は 飯 を 喫 す る が 如 き は、 殺 活 は 拄 杖 は 手 に 在 り、 殺 活 擒 縦、 総 べ て 時 に 臨 む に 在 り。 只 だ 粥 に 總在臨時。只如 ︵ は活の中に全く殺す﹂と。驀として拄杖を拈じて云く、 ﹁山僧が 化向什 。 ︵ 主丈云、諸上善人、各自薦取。 問、亡 來 豈 不 從 廊 下 來。 師 云、 幻 人 問 ︶上堂。昨夜夢中記得、永明濳和尙有 麼 處 去。 濳 云、 上 座 開眼更說 時雨細、 白雲卷又舒。 幻 人 荅、 恁 麼 來 恁 麼 去。 諸 人 若 也 不 會、 山 箇夢。昨日䋅賓畢、 今朝六月初、 黃 且 、是生耶死耶。不生不死耶。更若不會、問取虛空。 ︶上堂。善牧䈱山水枯牛、寅昏勿使墮常流、自家水草若知 足、倒臥橫眠得自由。以拂子打禪床一下。 撥開帳云、不審。源以目 不然、 幸自圓成、 何勞目 云、不會。後僧擧似石霜。霜云、 ︵ ︶上堂。擧、漸源坐紙帳内、 之、良久云、會麼。 如人解射箭不虛發。師云、 山 ︵ ︶解夏上堂。九旬法制已圓成、借問寒山作麼生、皎潔直饒 ︶上堂。﹁善く䈱山の水䚃牛を牧し、寅昏にも常流に堕さしむるこ し会せずば、虚空に問取せよ﹂と。 且 ら く 道 え、 是 れ 生 か 死 か。 生 な ら ず、 死 な ら ざ る か。 更 に 若 今 朝、 六 月 初 ま る。 黄 梅 は 時 雨 細 く、 白 雲 は 巻 き て 又 た 舒 ぶ。 山 僧、 眼 を 開 い て 更 に 箇 の 夢 を 説 か ん。 昨 日、 䋅 賓 は 畢 わ り、 ずい 人 答 う、 恁 麼 に 来 た り、 恁 麼 に 去 る。 諸 人、 若 也 し 会 せ ず ば、 豈 に 廊 よ り 下 り 来 た ら ざ る や ﹄﹂ と 。 師 云 く 、﹁ 幻 人 問 い 、 幻 僧 は 遷 化 し て 什 麼 の 処 に か 去 る ﹄ と 。 濳 云 く 、﹃ 上 座 、 適 来 、 16 ︶上堂。挙す、漸源、紙帳の内に坐するに、僧、帳を撥開して云く、 眠りて自由を得ん﹂と。払子を以て禅床を打つこと一下す。 と 勿 か れ。 自 家 の 水 草、 若 し 足 る こ と を 知 ら ば、 倒 に 臥 し 横 に 17 ︶解夏上堂。九旬の法制、已に円成す、寒山に借問して作麼生。皎 幸自に円成す、何ぞ目視するを労せん﹂と。 解く箭を射て虚しく発せざるが如し﹂と。師云く、﹁山僧は然らず、 僧 云 く、﹁ 会 せ ず ﹂ と。 後 に 僧、 石 霜 に 挙 似 す。 霜 云 く、﹁ 人 の ﹁不審﹂と。源、目を以て之れを視、良久して云く、 ﹁会すや﹂と。 18 19 16 17 18 19 ︵ 同滿月、更須撒手暗中行。 測、無修治處、作麼修冶。到得弓 曲、彼此和 齊。非思量處、識 ︶上堂。昨日泥牛吼、今朝木馬嘶、巴歌與 後如何。雨中只想 。且 、太 箭折盡、自然天下太 堂漏、何似楊岐屋壁疎、夢幻年光雖已老、二時粥飯力 麤。且 、麁底是什麼。乃拍膝一下。 箇、無晝夜、常顯赫、没 、得此光明、受用不盡。是汝諸人、 曾 ︶ 上 堂。 此 事 不 可 以 有 心 求 、 鷂 子 新 羅。 不 可 以 無 心 得、 如何話會。拄地拄天黑如漆、大悲千眼不能看。 照也無。直饒見得分明、 是光影邊事。只如光未發時、 盈虧。從上佛 ︵ ︶中秋上堂。以手打圓相云、只 ︵ 藤、一時截斷了。 裏薦得、言滿天 死水爭藏龍。不可以語言 、說食豈充 。不可以寂默 、 開口 同失。四路 下無口 、行滿天下無怨惡。脫或未然、十二時中、莫 不疑好。 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︵ ︵ 潔 な る こ と 直 饒 い 満 月 に 同 じ き も、 更 に 須 ら く 手 を 撒 ち て 暗 中 に行くべし。 ︶上堂。 ﹁昨日は泥牛吼え、今朝は木馬嘶く。巴歌と雪曲と、彼此、 ︶中秋上堂。手を以て円相を打して云く、 ﹁ 只 だ 者 箇 、昼 夜 無 く 、 らく道え、麁なる底は是れ什麼ぞ﹂と。乃ち膝を拍つこと一下す。 年光、已に老いたりと雖も、二時の粥飯、力めて猶お麁なり。且 只だ僧堂の漏れるを想う、楊岐の屋壁の疎なるに何似ぞ。夢幻の 自然に天下太平ならん。且らく道え、太平の後は如何ん。雨中に 治する無き処、作麼か修治せん。弓箭の折れ尽くすに到り得て、 和するも斉しかること難し。非思量の処、識情もて測り難し、修 20 ︶上堂。此の事は有心を以て求むべからず、鷂子は新羅を過ぐ。無 能 わ ず ﹂と 。 拄 え 天 を 拄 え て 黒 き こ と 漆 の 如 し、 大 悲 千 眼 に て も 看 る こ と 只 だ 光 の 未 だ 発 せ ざ る 時 の 如 き は、 如 何 ん が 話 会 せ ん。 地 を 直 饒 い 見 得 す る こ と 分 明 な る も、 猶 お 是 れ 光 影 辺 の 事 な り。 を 得 て 、受 用 し 尽 く せ ず 。 是 れ 汝 諸 人 、還 た 曾 て 返 照 す る や 。 常に顕赫として、盈虧すること没し。従上の仏祖、此の光明 21 道うこと莫かれ、疑わざるが好しと。 一三 く、行は天下に満ちて怨悪無し。脱或し未だ然らずば、十二時中、 に 截 断 し 了 わ る。 者 裏 に て 薦 得 せ ば 、 言 は 天 下 に 満 ち て 口 過 無 通 ず べ か ら ず、 口 を 開 く も 還 て 同 じ く 失 す。 四 路 の 葛 藤、 一 時 造 る べ か ら ず、 食 を 説 い て 豈 に 飢 え を 充 た さ ん や。 寂 黙 を 以 て 心 を 以 て 得 る べ か ら ず、 死 水 に 争 で か 龍 を 蔵 せ ん。 語 言 を 以 て 22 20 21 22 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︶上堂。擧、 問投子、月未圓時如何。子云、呑却三箇四 、冨 千口小。圓後如何。貧恨一 箇。圓後如何。子云、吐出七箇八箇。師云、或問極樂、 月未圓時如何、只對 身多欲。未圓時如何。三十拄杖、欠一下不得。 ︶ 忌 上 堂。銀 山 鐵 壁、未 足 爲 嶮、 是 非 而不 底、 人來報。師召大衆云、白雲影裏靑山杪、綠水溪頭翠竹斜。 ︵ ︶上堂。擧、 問雲門、如何是和尙家風。門云、門外讀書 ︵ 大師、逾 越漠、 梁歷魏、見 爲易、履嶮如 。 最爲嶮。明月蘆花、 未足爲奇、 入荊棘林善求人底、 最爲奇。 故我 非 、先師 師、薦後方知 師。若言今日非忌辰、 背世諦。 面壁九年、末後顯不傳之妙、一花五葉、至今飄無盡之香。 若言今日是忌辰、辜負 且知恩報恩一句、如何擧似。碧眼胡 不是 。 復擧、馬大師忌辰、南泉供養眞次、告衆云、且 來。或有人問極樂、 師今 、相隨來也。更若擬議、劈脊便棒。 來否。洞山出衆云、待有 日來否。只向他 ︵ 一四 ︶上堂。挙す、僧、投子に問う、﹁月未だ円かならざる時は如何ん﹂ と。子云く、﹁三箇四箇を呑却す﹂と。﹁円かなる後は如何ん﹂と。 子云く、﹁七箇八箇を吐き出だす﹂と。師云く、﹁或いは極楽に﹃月 未だ円かならざる時は如何ん﹄と問わば、只だ対えて道わん、 ﹃富 み て は 千 口 の 小 さ き を 嫌 う ﹄ と。 円 か な る 後 は 如 何 ん。 貧 し て は一身の欲多きを恨む。未だ円かならざる時は如何ん。三十拄杖、 一下を欠かし得ず﹂と。 ︶上堂。挙す、僧、雲門に問う、﹁如何なるか是れ和尚の家風﹂と。 門云く、﹁門外の読書人、来たりて報ぜん﹂と。師、大衆を召し て云く、﹁白雲影裏、青山杪く、緑水渓頭、翠竹斜く﹂と。 ︵ ︶達磨忌上堂。銀山鉄壁は、未だ嶮しと為すに足らず、是非の海に ︵ 23 24 ﹁伴有らんを待ちて即ち来たらん﹂ と。或し人有りて極楽に ﹁祖師、 衆を出でて云く、 て云く、﹁且らく道え、 先師来たらんや﹂ と。洞山、 復た挙す、馬大師の忌辰に、南泉、真を供養する次で、衆に告げ 非ず、薦みて後、方めて知る、是れ祖にあらざることを。 を知り恩に報ゆる一句、如何んが挙似せん。碧眼の胡僧は祖師に せん。若し今日は忌辰に非ずと言わば、世諦に違背せん。且つ恩 の香りを飄わす。若し今日は是れ忌辰なりと言わば、祖師を辜負 壁九年、末後に不伝の妙を顕わし、一花五葉、今に至るまで無尽 難きを見て易きと為し、嶮しきを履むこと平らかなるが如し。面 為す。故に我が達磨大師、海を逾え漠を越え、梁に遊び魏を歴て、 為すに足らず、荊棘林に入りて善く人を求むる底、最も奇なりと 遊びて溺れざる底、最も嶮しと為す。明月蘆花は、未だ奇なりと 25 23 24 25 裏風頭稍硬、且 歸煖處商量。便歸方丈。大衆隨至方丈。招云、 纔到煖處、 ︵ ︶上堂。擧、明招和尙上堂。衆集乃云、 、謾人自謾。 風頭稍硬且歸煖處商量、以兩指夾 便見䲇睡。以拄杖一時趁下。師云、明招老 山 當時若在、待他 鼻云、吽々、敗缺不少。何故。殺人可恕、無禮難容。 。 師云、一物不將來、巨靈爭得擡、有無倶放下、 裏早梅開。 ︵ ︶上堂。擧、 問趙州、一物不將來時如何。州云、放下 入 門 便 棒、 三拜而立。坐立儼然、全體成 。雖則機如掣電、未免費力太多。何况 現、 無 一 絲 毫 可 增 、 無 一 絲 毫 可 減 。 德 山 見 ︵ ︶上堂。初 面壁而坐、二 臨濟見 入門便 意上生意、句上生句。然雖如是、暫以幻藥治幻病、敎人 以紛飛之心究紛飛之念。直饒究之、無處境智倶寂、 未 相許。何故。白雲盡處是靑山、行人更在靑山外。 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︵ ︵ 今日来たらんや﹂と問わば、只だ他に向って道わん、 ﹁相い随い て来たらん﹂と。更に若し擬議すれば、劈脊に便ち棒せん。 ︶ 上 堂。 挙 す、 明 招 和 尚、 上 堂 す。 衆 集 ま る に 乃 ち 云 く、﹁ 這 裏、 ︶上堂。挙す、僧、趙州に問う、 ﹁一物も将来せざる時は如何ん﹂と。 何が故ぞ。殺人は恕すべきも、無礼は容し難し﹂と。 ﹃吽々、敗缺少なからず﹄と。 ちて、両指を以て鼻に夾んで云わん、 が﹃ 風 頭 稍 や 硬 し、 且 ら く 煖 処 に 帰 り て 商 量 せ ん ﹄ と 道 う を 待 ﹁明招老漢は、人を謾じ自ら謾ず。山僧、当時、若し在らば、他 便ち䲇睡するを見る﹂と。拄杖を以て一時に趁い下だる。師云く、 帰る。大衆、随いて方丈に至る。招云く、 ﹁纔かに煖処に到るに、 風 頭 稍 や 硬 し、 且 ら く 煖 処 に 帰 り て 商 量 せ ん ﹂ と。 便 ち 方 丈 に 26 ︶上堂。初祖は面壁して坐し、二祖は三拝して立つ。坐立は儼然と でか擡げるを得ん。有無倶に放下すれば、雪裏に早梅開く﹂と。 州 云 く、﹁ 放 下 せ よ ﹂ と。 師 云 く、 ﹁ 一 物 も 将 来 せ ず、 巨 霊、 争 27 行人は更に青山の外に在り。 一五 猶お未だ相い許さず。何が故ぞ。白雲尽くる処、是れ青山なり、 しむ。直饒い之れを究むるも、処として境智の倶に寂する無く、 薬 を 以 て 幻 病 を 治 し、 人 を し て 紛 飛 の 心 を 以 て 紛 飛 の 念 を 究 め に 意 を 生 じ、 句 の 上 に 句 を 生 ず。 是 の 如 し と 然 雖 も、 暫 ら く 幻 れ ず、 力 を 費 や す こ と 太 は だ 多 き こ と を。 何 に 况 ん や、 意 の 上 る を 見 ば 便 ち 喝 す。 機 に 則 す る こ と 掣 電 の 如 し と 雖 も、 未 だ 免 無 し。 徳 山 は 僧 の 門 に 入 る を 見 ば 便 ち 棒 し、 臨 済 は 僧 の 門 に 入 し て、 全 体 成 現 し、 一 絲 毫 も 増 す べ き 無 く、 一 絲 毫 も 減 ず べ き 28 26 27 28 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︶上堂。擧、玄沙和尙示衆云、盡十方世界是一顆明珠、汝等 諸人 會麼。時有 出云、盡十方世界是一顆明珠、用會作 麼。沙云、 知、你向黑山鬼窟裏作活計。師云、山 敢問 諸人、會與不會、在明珠内耶、在明珠外耶。 自辨看。 ︵ ︶佛成 上堂。擧、老宿有語云、天上星、眼中睛、星無悟 。以理而會、自誠而明、究竟如何 成。師云、回天關、轉地軸、起氷河䉆、開鐵樹花、 人之意、睛無矚物之 有 落處麼。掬水月在手、弄花香滿衣。 須 釋 老子。老宿是則一手擡一手搦。極樂亦未肯點頭 在。諸人 知山 大 會、 地起波瀾。 ︶除夜小參。臘月今 寒 人寒、 。若生 易 、 大 似 石 女 畫 眉。 非不 煖豈尋常。若非寒氣 。 師 云、 雪 竇 老 已告畢、 山 未免鐵蛇添足。臘月火燒山、非 不 會、 大 山。雪豆頌云、臈月燒山、百種千般、翹松鶴冷、踏 ︵ ︶上堂。擧、 問香林、如何是衲衣下事。林云、臘月火燒 ︵ ︵ ︵ ︵ ︵ 一六 ︶仏成道上堂。挙す、老宿に語有りて云く、﹁天上の星、眼中の睛、 辨じて看よ﹂と。 ざ る と は、 明 珠 の 内 に 在 り や、 明 珠 の 外 に 在 り や。 請 う、 自 ら とを﹂と。師云く、﹁山僧、敢えて諸人に問わん、会すると会せ と。沙云く、﹁情に知る、你は黒山鬼窟裏に向って活計を作すこ て云く、 ﹁尽十方世界は是れ一顆の明珠なり、会するを用て作麼﹂ 顆 の 明 珠 な り、 汝 等 諸 人、 還 た 會 す や ﹂ と。 時 に 僧 有 り て 出 で ︶上堂。挙す、玄沙和尚、衆に示して云く、﹁尽十方世界は是れ一 29 ︶上堂。挙す、僧、香林に問う、﹁如何なるか是れ衲衣下の事﹂と。 は手に在り、花を弄べば香りは衣に満つ﹂と。 え て 点 頭 せ ず。 諸 人、 還 た 山 僧 が 落 処 を 知 る や。 水 を 掬 え ば 月 老 宿、 是 な れ ば 則 ち 一 手 は 擡 げ 一 手 は 搦 る。 極 楽 も 亦 た 未 だ 肯 を起こし、鉄樹の花を開くことは、須らく釈迦老子に還すべし。 と 有 ら ん ﹂ と。 師 云 く、﹁ 天 関 を 回 し、 地 軸 を 転 じ、 氷 河 の 焔 て 会 し、 誠 に 自 り て 明 ら め ば 、 究 竟 し て 如 何 ん が 道 の 成 ず る こ 星 に 人 を 悟 る の 意 無 く、 睛 に 物 を 矚 む る の 情 無 し。 理 を 以 て し 30 ︶除夜小参。﹁臘月の今宵、已に畢わりを告ぐ。寒きを送り煖きを ざるに非ず。若し難易の会を生ずれば、平地に波瀾起こらん﹂と。 を 添 え る こ と を。 臘 月 に 火 に て 山 を 焼 く、 難 き に 非 ず、 難 か ら 大 い に 石 女 に 眉 を 画 く に 似 た り。 山 僧、 未 だ 免 れ ず、 鉄 蛇 に 足 は 寒 し。 達 磨 は 会 せ ず、 大 難、 大 難 ﹂ と。 師 云 く、﹁ 雪 竇 老 漢、 月 に 山 を 焼 く、 百 種 千 般、 松 に 翹 つ 鶴 は 冷 や か に、 雪 を 踏 む 人 ﹁臈 林 云 く、﹁ 臘 月 に 火 に て 山 を 焼 く ﹂ と。 雪 竇、 頌 し て 云 く、 31 32 29 30 31 32 ︵ 寥寥山舍幸無事、不若爐邊向火眠。 村田樂、 是古人殘羮 飯、必竟如何施設。卓杖一下云、 歡喜出來、作箇家讌、與諸人分歲去也。若是烹露地牛唱 月三十日、依舊黑漫漫。拄杖子聞與麼吿報、不覺背地裏 肯承當。活路 、方名自在。若是只守寂然爲日用、臘 一回極、爭得煖風報上陽。參玄上士、須向懸崖撒手、自 き て 与 麼 に 告 報 し、 覚 え ず、 背 地 裏 に 歓 喜 し て 出 で 来 た り、 箇 為 さ ば、 臘 月 三 十 日、 旧 き に 依 り て 黒 漫 漫 た ら ん。 拄 杖 子、 聞 れ ば、 方 め て 自 在 と 名 づ け ん。 若 是 し 只 だ 寂 然 を 守 り て 日 用 と 懸 崖 に 向 っ て 手 を 撒 ち、 自 ら 肯 い て 承 当 す べ し。 活 路 既 に 通 ず で か 煖 風 に て 陽 上 る を 報 ず る こ と を 得 ん。 参 玄 の 上 士、 須 ら く 迎 う、 豈 に 尋 常 な ら ん や。 若 し 寒 気 の 一 回 極 ま る に 非 ず ば、 争 飯 な ら ん。 必 竟 し て の 家 讌 を 作 し、 諸 人 と 歳 を 分 か ち 去 ら ん。 若 是 し 露 地 牛 を 烹、 村 の 田 楽 を 唱 え ば、 猶 お 是 れ 古 人 が 残 羮 如何んが施設せん﹂と。杖を卓すること一下して云く、﹁寥寥た 復擧、 問古德、如何是三乘敎外別傳底一句。德云、東 伝うる底の一句﹂と。徳云く、 ﹁東村の王老、夜に銭を焼く﹂と。 復た挙す、僧、古徳に問う、﹁如何なるか是れ三乗教の外に別に る山舎、 幸いに事無し。若かず、 爐辺にて火に向って眠らんには﹂ と。 村王老夜燒錢。或問極樂、如何是三乘敎外別傳一句。只 ︶歳旦上堂。﹁北帝は事を謝し、東君は仁に当たる、朝野は堯舜が 年は决定して是れ豊年ならん﹂と。 と問わば、只だ他に対えて道わん、 ﹁今歳已に彰わる三白瑞、来 或 い は 極 楽 に﹁ 如 何 な る か 是 れ 三 乗 教 の 外 に 別 に 伝 う る 一 句 ﹂ ︵ ︵ 對他 、今歲已彰三白瑞、來年决定是豐年。 體 安 樂、 獅 子 ︶ 歲 旦 上 堂。 北 帝 謝 事 、 東 君 當 仁 、 朝 野 樂 堯 舜 無 爲 之 化 、 黎 庶 爲 羲 皇 向 上 之 人。 旃 檀 林 中、 人 人 窟 裏、 箇 箇 無 畏 嚬 呻 。 擾 擾 紅 塵 、 深 談 玄 妙 、 喧 喧 鬧 市 、 臨入涅槃時、示衆云、若謂吾滅度、 轉 大 法 輪。 拈 拄 杖 云 、 拄 杖 子 樂 忻 々 、 大 家 隨 後 賀 新 春 。 卓主丈一下。 ︵ ︶佛涅槃上堂。擧、世 非 吾 弟 子、 若 謂 吾 不 滅 度、 亦 非 吾 弟 子。 師 咄 云、 啼 得 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ﹁若 ︶仏涅槃上堂。挙す、世尊、入涅槃に臨む時、衆に示して云く、 後に随いて新春を賀す﹂と。主丈を卓すること一下す。 輪を転ず﹂と。拄杖を拈じて云く、 ﹁拄杖子は楽忻々たり、大家、 擾 擾 た る 紅 塵 に て、 深 く 玄 妙 を 談 じ、 喧 喧 た る 鬧 市 に て、 大 法 人 が 道 体 は 安 楽 に し て、 獅 子 窟 裏、 箇 箇 は 無 畏 に し て 嚬 呻 す。 無 為 の 化 を 楽 し み、 黎 庶 は 羲 皇 向 上 の 人 と 為 る。 旃 檀 林 中、 人 33 一七 し 吾 れ 滅 度 す と 謂 わ ば、 吾 が 弟 子 に 非 ず。 若 し 吾 れ 滅 度 せ ず と 34 33 34 ︵ ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 殘春。 殘春、世上貪芳知幾人、惟有靈雲覷得 血流無用處、不如緘口 ︶上堂。桃花爛 玄 沙 破、超然獨露本來身。只如□□□、諦當甚諦當、敢保老 兄未徹在。諸人 知落處麼。若敎頻下淚、滄 也須乾。 直至今。 侍立次、 以目 徹根源、則念念無 禪牀角頭拂子。丈 云、爾他後開兩片皮、將何爲人。 云、 此用、離此用。丈掛拂子於舊處。 耳聾後、落賴門風 、 浴得那箇麼。只對他 箇、 浴得那箇麼。布衲云、把將那箇來。山休去。師云、 ︶浴佛上堂。擧、 布衲在藥山浴佛次、山云、你只浴得 拈却。且 、拈却後如何。誰知一 便 。百丈直得三日耳聾。師云、體與用、 與離、盡 丈取拂子竪起。 云、 此用、離此用。 復擧、百丈再參馬 差、頭頭合徹、千里萬里一條鐵。 息念、皆歸 悶。若能向起心動念處 ︵ ︶上堂。 非方所、向之背之、倶隔關山、心超有無、動念 ︵ 二大老已是不能折合。或問山 、打著南邊動北邊。 ︵ ︵ ︵ 一八 謂 わ ば、 亦 た 吾 が 弟 子 に 非 ず ﹂ と。 師、 咄 し て 云 く、﹁ 啼 き 得 て血流る無用の処、如かず、口を緘じて残春を過ごさんには﹂と。 しよ ︶上堂。桃花は爛漫として残春に近し、世上、芳しきを貪り、幾人 ︶上堂。道は方所に非ず、之れに向うも之れに背くも、倶に関山を を知るや。若教も頻りに涙下れば、滄海も也た須らく乾くべし。 老 兄 の 未 だ 徹 せ ざ る こ と を ﹂ と 道 う が 如 き は、 諸 人、 還 た 落 処 露す。只だ玄沙の﹁諦当なることは甚だ諦当なるも、 敢えて保す、 を知る。惟だ霊雲の覷得破する有りて、超然として独り本来身を 35 ︶ 浴仏上堂。挙す、遵布衲、薬山に在りて浴仏する次で、山云く、 誰か知らん、一喝にて耳聾して後、落頼の門風、直に今に至る﹂と。 即と離と、 情を尽くして拈却す。且らく道え、 拈却して後は如何ん。 ち喝す。百丈、 直に三日耳聾することを得たり。師云く、﹁体と用と、 するや、此の用に離るるや﹂と 。丈、払子を旧処に掛く。祖、便 めにするや﹂と。丈、払子を取りて竪起す。祖云く、 ﹁此の用に即 るるや﹂と。祖云く 、﹁爾、他後、両片皮を開くに、何を将て人の為 禅牀角頭の払子を視る。丈云く、 ﹁此の用に即するや、此の用に離 復た挙す、百丈、再び馬祖に参じて侍立する次で、祖、目を以て 差う無く、頭頭に徹に合し、千里万里、一条の鉄ならん。 若し能く心起こり念動く処に向って根源に透徹せば、則ち念念に 隔つ。心は有無を超ゆ、 念を動かすも念を息むも、 皆な迷悶に帰す。 36 大老、已に是れ能く折合せず。或し山僧に﹁還た那箇を浴得すや﹂ 云く、 ﹁那箇を把り将ち来たれ﹂と。山、休し去る。師云く、 ﹁二 ﹁你、只だ這箇を浴得するのみ、還た那箇を浴得するや﹂と。布衲 37 35 36 37 箇中意、鐵舡水上 ︵ ︶結夏上堂。擧、古德 失。 人。 不死不活底人、又向甚 、護生須是殺、殺盡始安居、會得 。師云、忽 處下手。良久云、殺活從來良將事、不關垂拱太 ︵ ︶上堂。十五日已前、開口 錯、十五日已後、□□ 。匲。瘥病不假驢駝藥。 堂、 面面自相對、 只許老胡知、 不許老胡會。 正當十五日、聞鼓齊來、擧歩踏 ︵ ︶上堂。厨庫與 ︵ ︶解夏上堂。四月十五日、結一縷藕絲牽大象、七月十五日、 下座。 、睡眼 、是解是結。渾家不管興亡事、盡日 解 三 箇 胡 孫 夜 簸 錢。 只 如 四 月 十 五 日 以 前 七 月 十 五 日 以 一 後、夜暗晝明。且 萊頂上眠。 和。不覺睡 、滿頭白髮黑 忽開。記得、 傅大士有頌云、 空手把鋤頭、 今朝仲秋八月一。 ︵ ︶上堂。八月吉朔、不寒不熱、天氣 。人從橋上 訶般若波羅蜜。 歩行騎水牛、須彌頂上浪奔 如漆。橋流水不流、 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︵ ︵ ︵ ︵ と問わば、只だ他に対して道わん、﹁南辺を打著して、北辺を動 かす﹂と。 ︶結夏上堂。挙す、古徳道く、﹁護生は須是らく殺すべし、殺し尽 ︶上堂。十五日已前は、口を開けば即ち錯まる、十五日已後は、□ を将てす、太平の人を垂拱するに関わらず﹂と。 に向って手を下さん﹂と。良久して云く、 ﹁殺活は従来、良く事 浮ばん﹂と。師云く、﹁忽ち不死不活底の人に遇わば、又た甚処 く し て 始 め て 安 居 な り。 箇 中 の 意 を 会 得 す れ ば 、 鉄 舡 も 水 上 に 38 ︶上堂。厨庫と僧堂と、面面自ずから相い対す。只だ老胡の知るを 歩を挙して踏著す。匲。病いを瘥やすに驢駝の薬を仮らず。 □ す れ ば 即 ち 失 す。 正 当 十 五 日 は、 鼓 を 聞 き て 斉 し く 来 た り、 39 ︶解夏上堂。﹁四月十五日、一縷の藕絲を結びて大象を牽き、七月 許すのみにして、老胡の会するを許さず。 40 ︶上堂。八月吉朔、寒からず熱からず、天気調和せり。覚えず睡著し、 頂上にて眠る﹂と。喝一喝して下座す。 是 れ 解 く か 是 れ 結 ぶ か。 渾 家、 興 亡 の 事 に 管 せ ず、 尽 日、 蓬 萊 前・七月十五日以後の如きは、夜は暗く昼は明るし。且らく道え、 十 五 日、 三 箇 の 胡 孫 を 解 い て 夜 に 銭 を 簸 ぐ。 只 だ 四 月 十 五 日 以 41 般若波羅蜜なり。 一九 の白髪、黒きこと漆の如し。﹁橋流れて水は流れず﹂とは、摩訶 とは、須彌頂上に浪は奔溢す。﹁人は橋上より過ぐ﹂とは、満頭 頭を把る﹂とは、今朝は仲秋八月一なり。﹁歩行して水牛に騎る﹂ 睡眼忽ち開く。記得す、傅大士に頌有りて云く、﹁空手にして鋤 42 38 39 40 41 42 月次、 仰山云、 人人盡有這箇、 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︶中秋上堂。擧、 仰山與長沙 只是用不得。沙云、 恰是倚你用去。仰山云、 和尙作麼生用。 乖、用時無朕迹、不用則有餘。且 、 沙踏倒仰山。山起來云、直下似箇大虫。師拈拄杖云、若 是 箇擬、則失趣 □□□□。卓拄杖一下云、放行與把定、常在放□□。 磕着、七花八裂。師云、十五 。到頭霜夜月、任 禱上堂。耿恭拜井而出泉、 魯陽揮戈而駐日。三冬抽笋、 落前溪。 忽焉在後。正當十五日、且作麼生 日 已 前、 仰 之 彌 高 、 鑽 之 彌 堅 。 十 五 日 已 後 、 瞻 之 在 前 、 不得。正當十五日、築 ︵ ︶上堂。擧、松源和尙云、十五日已前取不得、十五日已後 ︵ ︶ 霜、妙理不空之空、除 五 月 降 霜。 天 地 寒 温 、 隨 心 轉 變 、 何 災 不 滅 、 何 福 不 生 。 般若無說之說、蠲業障如赫日 。 疾患似疾風拂雲霧。且共樂昇平一句、如何擧唱。卓主丈 何愁不太 老子於般若會上謂善思菩薩言、賢德天子 一下云、三邊喜得渾無事、四 ︵ ︶上堂。擧、釋 ︵ ︵ ︵ ︵ 二〇 ︶祈祷上堂。﹁耿恭は井を拝して泉を出だし、魯陽は戈を揮いて日 夜の月、任運として前渓に落つ﹂と。 し て 後 に 在 り。 正 当 十 五 日 は、 且 つ 作 麼 生 か 道 わ ん。 到 頭、 霜 ば 弥 い よ 堅 し。 十 五 日 已 後 は、 之 れ を 瞻 れ ば 前 に 在 り、 忽 焉 と 師云く、﹁十五日已前は、之れを仰げば弥いよ高く、之れを鑽れ 後 は 捨 て 得 ず。 正 当 十 五 日 は、 築 著 磕 着 し、 七 花 八 裂 す ﹂ と。 こう ︶上堂。挙す、松源和尚云く、﹁十五日已前は取り得ず、十五日已 卓すること一下して云く、﹁放行と把定と、常に放□□に在り﹂と。 用 い ざ れ ば 則 ち 餘 り 有 り。 且 ら く 道 え、 □ □ □ □ ﹂ と。 拄 杖 を ば擬すれば、則ち趣きを失して還て乖く。用いる時は朕迹無く、 箇の大虫に似たり﹂と。師、拄杖を拈じて云く、﹁若是し者箇を か用いん﹂と。沙、仰山を踏み倒す。山、起き来たりて云く、﹁直下、 是かり、你に倚りて用い去らん﹂と。仰山云く、﹁和尚、作麼生 尽く這箇有り。只だ是れ用い得ざるのみ﹂と。沙云く、 ﹁恰かも ︶中秋上堂。挙す、仰山と長沙と月を翫ぶ次で、仰山云く、﹁人人、 43 44 ︶上堂。挙す、釈迦老子、般若会上に於いて善思菩薩に謂いて言く、 平ならざるを愁えん﹂と。 一下して云く、﹁三辺、渾て無事なるを喜び得て、四海、何ぞ太 昇 平 を 楽 し む 一 句、 如 何 ん が 挙 唱 せ ん ﹂ と。 主 丈 を 卓 す る こ と 空 の 空、 疾 患 を 除 く こ と 疾 風 の 雲 霧 を 払 う に 似 た り。 且 つ 共 に 若 無 説 の 説、 業 障 を 蠲 く こ と 赫 日 の 微 霜 を 消 す が 如 く、 妙 理 不 のぞ に 随 い て 転 変 す、 何 の 災 い か 滅 せ ざ る、 何 の 福 か 生 ぜ ざ る。 般 を 駐 む。 三 冬 に 笋 抽 ん じ、 五 月 に 霜 降 り る。 天 地 の 寒 温 は、 心 45 46 43 44 45 46 ︵ ﹁ 賢 徳 天 子、 已 に 無 量 百 千 億 劫 に 於 い て 希 有 陀 羅 尼 門 を 修 習 し、 希 有 陀 羅 尼 門、 名 衆 法 不 入 陀 羅 已於無量百千億劫修 衆法不入陀羅尼と名づく。此の陀羅尼門、諸の文字を過ぎて、言 たる生涯、流水急なり、人の此れに向って堤塘を築く ︶達磨忌上堂。神州の縁会いて、誰か知らん、春の万株に入ること じ来たれ。 還 た 流 れ に 随 わ ざ る 底 有 り や。 試 み に 我 が 為 め に 箇 の 消 息 を 通 無し。四時牢落にして三分過ぎ、浩々たる風波、日を逐いて忙し。 ︶上堂。荏 た是れ石上に花を栽ゆ﹂と。 能 わ ず、 四 魔 も 侵 す こ と 能 わ ず。 今 日、 恁 麼 に 讃 嘆 す る も、 亦 棘 蓬 は 猶 お 呑 む べ き こ と を。 只 だ 這 箇、 八 風 に て も 動 か す こ と と。師云く、 ﹁諸人、当に知るべし、金剛圏は猶お透るべく、栗 れに入る者有ること無し。是の故に衆法不入陀羅尼門と名づく﹂ 尼。此陀羅尼門、 諸文字、言不能入、心不能量、無有 可呑。只這箇、八風不能動、 に て 入 る こ と 能 わ ず、 心 も て 量 る こ と 能 わ ず、 少 法 に て 能 く 此 、栗棘 、亦是石上栽花。 ︵ ︵ ︵ ︵ 少法能入此 。是故名衆法不入陀羅尼門。師云、諸人當 知、金剛圈 可 四魔不能侵。今日恁麼讚 箇 生涯流水急 、 無 人 向 此 築 堤 塘。 四 時 牢 落 三 分 日 忙 。 有 不 隨 流 底 麼。 試 爲 我 忌上堂。神州緣會、誰知春入萬株。少林客稀、唯有 息來。 、浩々風 波 ︶ 上 堂。荏 ︵ ︶ 盈四面。三拜得髓、神光眼見空花、隻履謾人、宋雲手 。露地 撈水月。自此是非紛紛不絶。一度思君一度愁、一回飮水 一回噎。 老子若爲說。 。 說悟孰區分。且喜來 、不見明星惟見 未惺、釋 ︶歲旦上堂。上陽之初、新歲之旦、寒色未謝、暖信 年蚕麥熟。 裏有人 白牛在目前、象王行處狐縱絶。說 ︵ ︶臘八値 上堂。今朝臈八好時 ︵ ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 47 ︶臘八に雪に値う上堂。今朝の臈八は好時節なり、明星を見ずして 度び君を思い、一度び愁う。一回水を飲み、一回噎ぶ。 宋 雲 の 手 は 水 月 を 撈 う。 此 れ よ り 是 非 は 紛 紛 と し て 絶 え ず。 一 三 拝 し て 髄 を 得、 神 光 の 眼 は 空 花 を 見 る。 隻 履 に て 人 を 謾 じ、 を。少林の客稀れにして、唯だ雪の四面に盈つること有るのみ。 48 二一 ︶歳旦上堂。﹁上陽の初め、新歳の旦、寒色未だ謝せざるに、暖信 迦老子、若為んが説かん。 年 に 蚕 麦 の 熟 す る こ と を。 這 裏 に 人 有 り て 猶 お 未 だ 惺 ら ず、 釈 蹤 絶 す。 迷 を 説 き 悟 を 説 い て 孰 か 区 分 せ ん。 且 喜 す ら く は、 来 惟だ雪を見るのみ。露地の白牛は目前に在り、象王の行く処、狐 49 50 47 48 49 50 ︵ ︵ ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 二二 は 既 に 通 ず。 驢 事 未 だ 去 ら ざ る に、 馬 事 到 来 す。 塵 塵 は 光 明 を 。寰中安樂、 驢事未去、 馬事到來。塵塵放光明、 法法談大 放 ち、 法 法 は 大 道 を 談 ず。 寰 中 は 安 楽 に し て、 塞 外 も 亦 た 安 楽 ﹁ 世 尊、 花 を 拈 じ、 迦 葉、 破 顔 微 笑 す ﹂ ︶ 上 堂。 挙 す、 応 菴 和 尚、 云く、﹁宮・商・角・徴・羽、五音は箇裏に圜かなり﹂と。 何 な る か 是 れ 無 絃 琴 ﹂ と。 払 子 を 以 て 禅 床 を 撃 つ こ と 一 下 し て 終に会し難し、眼処に声を聞きて方めて知るを得たり﹂と。 ﹁如 るか是れ無孔笛﹂と。払子を挙して云く、 ﹁若し耳を将て聴かば、 なり、聚落は無為にして、叢林も亦た無為なり。無孔笛を吹き、 。如何是無孔笛。擧拂子云、若將耳 塞外亦安樂、 聚落無爲、 叢林亦無爲。吹無孔笛、 彈無絃琴、 ︵ 應此時 、同賀太 笑公案云、金 無 絃 琴 を 弾 ず。 此 の 時 節 に 応 じ て、 同 じ く 太 平 を 賀 す。 如 何 な 羽、五音箇裏圜。 葉破顔 ︵ 聽終 會、眼處聞聲方得知。如何是無絃琴。以拂子擊禪 床一下云、宮商角 拈花 不 免 右 邊 拍。 白草班々、當陽誰謂 左 邊 歌、 山 色頭陀笑破顔、傍觀只見一班々、當時若解回頭早、免見 ︶上堂。擧、應菴和尙、頌世 兒 孫 墮 黑 山。 師 云 、 應 菴 老 召大衆云、今日人人笑破顔、抑靑 回頭晩、幸自安然在寶山。 ︶佛涅槃上堂。擧、秦跋陀禪師問生法師涅槃義。生曰、涅 而不生、槃而不滅、不生不滅、故曰涅槃。陀云、 箇是 如來涅槃、那箇是法師涅槃。生曰、未審、禪師如何說涅 槃。陀拈起如意曰、 見麼。生曰、見。陀云、見箇什麼。 生 曰、 見 禪 師 手 中 如 意 。 陀 將 如 意 擲 于 地 云 、 見 箇 什 麼 。 生曰、見師手中如意墮地。陀斥云、觀公見解、未出常流、 何 得 名 喧 宇 宙。 師 云 、 跋 陀 禪 師 是 則 是 、 其 奈 費 力 不 少 。 ︶仏涅槃上堂。挙す、秦の跋陀禅師、生法師に涅槃の義を問う。生 として宝山に在り﹂と。 た り。 当 陽 に 誰 か 謂 う、 頭 を 回 ら す こ と 晩 し と。 幸 自 い に 安 然 召して云く、 ﹁今日、人人、笑いて破顔す、抑た青梅は白く草班々 は 左 辺 に て 歌 い、 山 僧 は 右 辺 に て 拍 す る を 免 れ ず ﹂ と。 大 衆 を れば、児孫の黒山に堕せらるを免れん﹂と。師云く、﹁応菴老漢 だ 一 班 々 な る を 見 る の み。 当 時、 若 し 解 く 頭 を 回 ら す こ と 早 け の公案を頌して云く、﹁金色の頭陀、笑いて破顔し、傍観して只 51 見る﹂と。陀、 如意を将て地に擲ちて云く、﹁箇の什麼をか見る﹂と。 陀云く、 ﹁箇の什麼をか見る﹂と。生曰く、 ﹁禅師が手中の如意を ﹁還た見るや﹂と。生曰く、 ﹁見る﹂と。 陀、如意を拈起して曰く、 師の涅槃なる﹂と。生曰く、﹁未審、 禅師は如何に涅槃を説くや﹂と。 曰う﹂と。陀云く、 ﹁這箇は是れ如来の涅槃なり、那箇か是れ法 曰く、 ﹁涅とは生ぜず、槃とは滅せず、不生不滅なる故に涅槃と 52 51 52 ︵ ︵ 或有人問、如何是因中涅槃。卓拄杖一下云、無風荷葉動、 生曰く、﹁師が手中の如意をば地に堕すを見る﹂ と。陀、 斥けて云く、 ︵ ︶上堂。三月の芳辰、天気好し、詩を賦し酒を酌みて幾たびか沈吟 て云く、 ﹁風無くして荷葉動く、决定して魚の行くこと有り﹂と。 なるか是れ因中の涅槃﹄と問わば﹂と。拄杖を卓すること一下し 其れ力を費すこと少なからざるを奈んせん。或し人有りて﹃如何 くるを得ん﹂と。師云く、﹁跋陀禅師、是なることは則ち是なるも、 ﹁公の見解を観るに、未だ常流を出でず、何ぞ宇宙に喧しと名づ 看。 於 鶖 子。 師 云、 ︵ 决定有魚行。 看、花落春歸何處尋。 ︶上堂。三月芳辰天氣好、賦詩酌酒幾沈吟、百花開處從君 ︶上堂。擧、䈱山在方丈内臥、見仰山入來。䈱乃轉面向裏 說箇夢。仰低頭 臥。仰云、 某甲是和尙弟子、 不用形迹。䈱作起勢。仰便出。 䈱召云、寂子。仰乃回來。䈱云、聽老 、 、 作聽勢。䈱云、與我原看。仰取一盆水一條手巾來。䈱洗 來與寂子作一上神 云、 二 子 神 不同小小。嚴云、 某甲在下面、 了了得知。䈱云、 子試 面 了 纔 坐。 香 嚴 入 來 、 䈱 云 、 我 嚴 乃 點 一 椀 茶 來。 䈱 山 亦爲諸人原夢、耳不往聲處、色非到眼中、見聞如幻 翳、寤寐一如同。 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︶上堂。挙す、䈱山、方丈の内に在りて臥し、仰山の入り来たるを にか尋ねん。 す。 百 花 開 く 処、 君 に 従 い て 看 る に、 花 落 ち 春 帰 り て 何 れ の 処 53 寤寐は一如にして同じ﹂と。 二三 耳は声処に往かず、色は眼中に到るに非ず。見聞は幻翳の如し、 に 過 ぎ た り ﹂ と。 師 云 く、 ﹁ 山 僧、 亦 た 諸 人 の 為 め に 夢 を 原 ぬ、 ち一椀の茶を点じ来たる。䈱、嘆じて云く、﹁二子の神通、鶖子 じゆ 知るを得たり﹂と。䈱云く、﹁子、試みに道いて看よ﹂と。厳乃 に同じからず﹂と。厳云く、﹁某甲、下面に在りて、了了として たる。䈱云く、﹁我れ適来、寂子と一上の神通を作す、小小なる 巾 を 取 り 来 た る。 䈱、 洗 面 し 了 わ り て 纔 か に 坐 す。 香 厳 入 り 来 䈱云く、﹁我が与めに原ねて看よ﹂と。仰、一盆の水と一条の手 ﹁老僧が箇の夢を説くを聴け﹂と。仰、低頭して聴く勢いを作す。 仰便ち出づ。䈱召して云く、﹁寂子﹂と。仰乃ち回り来たる。䈱云く、 和尚の弟子なり、形迹を用いざれ﹂と。䈱、起きる勢いを作す。 見る。䈱乃ち面を転じて裏に向って臥す。仰云く、﹁某甲は是れ 54 53 54 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 問趙州、狗子 ︵ ︶結夏上堂。今日結制、一向把定、直須佛見法見一時放下、 脫。初機仍舊須看話頭。 在。 有佛性也無。州云、無。莫謂多年舊曆、時時提起便揮、 有心無心兩頭 掃除人我是非、截斷知見解會。咄。恁麼恁麼、 隔 ︵ ︶上堂。擧、趙州問投子、大死底人却活時如何。子曰、不 許夜行、投明須到。師云、兩箇古佛是則是、不免分虚空 恁麼告報、也須自喫三十棒。 揀擇、熱時任熱、寒時任寒。 愛 爲兩片。投子當時若於趙州問處應聲痛與一棒、免敎後代 兒孫作 理會。山 、唯 若 凡、 森 羅 萬 象 、 攝 在 一 塵。 解 則 若 凡 若 、 ︶解夏上堂。第一義中、無収無放、世諦流布、有結有解。 山 有口 同啞。 不生、洞然明白、昨日天晴、今朝雨下。揀擇明白君自看、 ︵ ︶上堂。至 無 ︵ 結則若 萬象森羅、 隨處得自在。有一物、 捏聚成兩片、 放開却團䭏。 且 、是什麼物。 ︵ ︵ ︵ ︵ 二四 ︶上堂。挙す、趙州、投子に問う、 ﹁大死底の人、却って活する時は 会を截断す。咄。恁麼、恁麼。猶お海を隔てり。 莫 か れ。 時 時 に 提 起 し て 便 ち 揮 う。 人 我 是 非 を 掃 除 し、 知 見 解 た 仏 性 有 り や ﹂ と。 州 云 く、﹁ 無 し ﹂ と。 多 年 旧 暦 を 謂 う こ と 仍 旧 と も 須 ら く 話 頭 を 看 る べ し。 僧、 趙 州 に 問 う、﹁ 狗 子、 還 ば 一 時 に 放 下 し、 有 心・ 無 心 を ば 両 頭 と も 透 脱 す べ し。 初 機・ ︶結夏上堂。今日結制して、一向に把定す。直須らく仏見・法見を 55 ︶ 上 堂。﹁ 至 道 は 難 き こ と 無 し、 唯 だ 揀 択 す る を 嫌 う の み ﹂ と は、 自ら三十棒を喫すべし﹂と。 の 会 を 作 さ し む る を 免 れ ん。 山 僧、 恁 麼 に 告 報 す、 也 た 須 ら く 於 い て 声 に 応 じ て 痛 く 一 棒 を 与 う れ ば、 後 代 の 児 孫 を し て 道 理 分 ち て 両 片 と 為 す を 免 れ ず。 投 子、 当 時、 若 し 趙 州 の 問 う 処 に と。師云く、﹁両箇の古仏、是なることは則ち是なるも、虚空を 如何ん﹂と。子曰く、﹁夜行を許さず、明に投じて須らく到るべし﹂ 56 ︶解夏上堂。第一義中に、収むること無く放つこと無し。世諦流布 択も明白も君自ら看よ。山僧、口有るも還て啞に同じ。 洞 然 と し て 明 白 な り ﹂ と は、 昨 日 は 天 晴 れ、 今 朝 は 雨 下 る。 揀 熱き時には熱きに任せ、寒き時には寒きに任す。﹁憎愛生ぜずば、 57 是れ什麼物ぞ。 捏聚すれば両片と成り、放開すれば却て団䭏たり。且らく道え、 は凡も若しくは聖も、万象森羅、随処に自在を得ん。一物有り、 く は 凡 も、 森 羅 万 象、 摂 め て 一 微 塵 に 在 り。 解 け ば 則 ち 若 し く し、 結 ぶ こ と 有 り 解 く こ と 有 り。 結 べ ば 則 ち 若 し く は 聖 も 若 し 58 55 56 57 58 ︵ ︶上堂。擧、魯 見 、直須向 風。 論語默、 箇、他恁麼驢年去。山 面壁。南泉云、我有時向 父母未生以前究取、尙不得一箇 浪如癡鈍、他日何妨棹 未免更資一路。父母未生事、 分明面壁中。若 笑殺淨名 。咄。隨波 捉賊了也、衆中莫 藏。師云、諸 轉 藏 經。 州 遶 床 一 匝 云、 全藏、爲甚麼轉 分科列段去也。如何 妄明眞、似剜肉作瘡。 分。諸上善人、各各信受奉行。 云眞云妄是什麼。熱椀鳴聲。 ︶上堂。離妄求眞、如畏影勞形。 一時佛在。如何是流 是序分。以拂子擊禪床一下云、 如是我聞。如何是正宗分。 人 知趙州落處麼。若也未知、山 轉藏經了。婆云、比來 ︶ 謝 藏 主 上 堂。 擧 、 趙 州 有 老 婆 有爲盤山 屈底麼。拍禪床下座。 境亦非存、光境倶亡、復是何物。山 ︵ ︶仲秋上堂。擧、盤山云、心月孤圓、光呑萬象、光非照境、 ︵ ︵ 、十五日以前 不問、十五日以後 不得。 將一句來。自代云、日日是好日。師云、雲門老子、大似 ︵ ︶上堂。擧、雲門問 箇杜撰 官。諸人莫敎撞東磕西。錯恠山 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︵ ︵ ︶上堂。挙す、魯祖、僧を見ては面壁す。南泉云く、﹁我れ有る時、 向っ て 道 う、 直 須 ら く 父 母 未 生 以 前 に 向 っ て 究 取 せ よ と、 尚 お 一 箇 半 箇 を 得 ず。 他、 恁 麼 な ら ば 驢 年 に し 去 ら ん ﹂ と。 山 僧、 未 だ 免れず、更に一路を資くるを。父母未生の事、面壁中に分明たり。 若 し 還 た 語 黙 を 論 ぜ ば、 浄 名 翁 を 笑 殺 せ ん。 咄。 波 に 随 い 浪 を 逐いて癡鈍の如し、他日、何ぞ妨げん、逆風に棹さすことを。 ︶仲秋上堂。挙す、盤山云く、﹁心月は孤円にして、光りは万象を呑む。 光りは境を照らすに非ず、 境は亦た存するに非ず。 光境倶に亡じて、 復た是れ何物ぞ﹂と。 ﹁山僧、賊を捉え了われり。衆中、盤山の為 めに屈を雪ぐ底有ること莫きや﹂と。禅床を拍して下座す。 ︵ ︶蔵主を謝する上堂。挙す、趙州に老婆有りて蔵経を転ぜんことを ︵ 59 60 ︶上堂。挙す、雲門、僧に問う、﹁十五日以前は即ち問わず、十五 と云い妄と云う、是れ什麼ぞ。熱椀、声を鳴らす。 妄 に 即 し て 真 を 明 ら む る は、 肉 を 剜 り て 瘡 を 作 す に 似 た り。 真 えぐ ︶上堂。妄を離れて真を求むるは、影を畏れて形を労するが如し。 一時仏在。如何なるか是れ流通分。諸上善人、各各信受奉行﹂と。 を 撃 つ こ と 一 下 し て 云 く、﹁ 如 是 我 聞。 如 何 な る か 是 れ 正 宗 分。 分 科 列 段 し 去 ら ん。 如 何 な る か 是 れ 序 分 ﹂ と。 払 子 を 以 て 禅 床 ﹁ 諸 人、 還 た 趙 州 の 落 処 を 知 る や。 若 也 し 未 だ 知 ら ず ば、 山 僧、 婆云く、﹁比来、全蔵を請う、甚麼と為てか半蔵を転ず﹂と。師云く、 請う。州、床を遶ること一匝して云く、﹁蔵経を転じ了われり﹂と。 61 62 二五 是れ好日なり﹂と。師云く、﹁雲門老子、大いに箇の杜撰の巡官 日以後、一句を道い将ち来たれ﹂と。自ら代わりて云く、 ﹁日日 63 59 60 61 62 63 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 商 ︵ ︶開驢上堂。金䏚旣去、玄冬初來、寒灰中開火爐、無心中 忽擧覺。不怕念起、 惟愁覺遲 、 念覺兩忘後、 山靑似眉。 豁然大悟。師云、諸人要知法眼老 忌上堂。擧、 問文殊和尙、 是 垂手 否。文殊云、 人 見麼。依依稀稀、呜々 々。擲下弗子、便下座。 處麼。丙丁童子來求火。嵩山有箇破竈墮。擧弗子云、諸 子來求火。 ︵ ︶上堂。擧、 問法眼、如何是學人自己。法眼云、丙丁童 ︵ ︶ 。 。師云、此老可謂、 、因甚西來。殊云、爲汝不薦 云、薦後如何。殊云、方知不是 師麼。亘古亘今都 不是 。 云、若不是 棒打石人頭、嚗 々論實事。諸人要識 覆蔭、塡溝塞壑少人知。 裏知歸。 師傳不得底、 塵塵成現。夢裏往復、千里覺來、不離一床、向 ︵ ︶上堂。三世諸佛說不得底、歩歩相隨。六代 衲 門下、堪作什麼。 ︵ ︵ ︵ ︵ 二六 に 似 た り。 諸 人、 東 に 撞 き 西 に 磕 か し む る こ と 莫 か れ。 山 僧 を 錯怪し得ず﹂と。 ︶開驢上堂。金商既に去り、玄冬初めて来たる、寒灰中に火爐を開 ︶上堂。挙す、僧、法眼に問う、﹁如何なるか是れ学人の自己﹂と。 きを愁う。念覚両つながら忘じて後、遠山は青きこと眉に似たり。 き、無心中に忽ち挙覚す。念の起こるを怕れず、惟だ覚するの遅 64 ︶達磨忌上堂。挙す、僧、文殊和尚に問う、﹁達磨は是れ祖なりや﹂ たり﹂と。弗子を擲下し、便ち下座す。 弗子を挙して云く、﹁諸人、還た見るや。依依稀稀たり、呜々 々 すや。丙丁童子、来たりて火を求む。嵩山に箇の破竈堕有り﹂と。 して大悟す。師云く、﹁諸人、法眼老漢が垂手の処を知らんと要 法眼云く、﹁丙丁童子、来たりて火を求む﹂と。者の僧、豁然と 65 ︶上堂。三世の諸仏も説き得ざる底、歩歩相い随う。六代の祖師も め壑を塞ぎて人の知ること少なし﹂と。 を 識 ら ん と 要 す や。 古 に 亘 り 今 に 亘 る ま で 都 て 覆 蔭 す、 溝 を 塡 人 の 頭 を 棒 打 し、嚗 々 と し て 実 事 を 論 ず る こ と を。 諸 人、 祖 師 是れ祖にあらざるを知る﹂と。師云く、﹁此の老、謂つべし、石 薦 め ず ﹂ と。 僧 云 く、﹁ 薦 め て 後 は 如 何 ん ﹂ と。 殊 云 く、﹁ 方 に あらずば、甚に因りてか西来す﹂と。殊云く、 ﹁汝が為めに祖を と。 文 殊 云 く、﹁ 是 れ 祖 に あ ら ず ﹂ と。 僧 云 く、﹁ 若 し 是 れ 祖 に 66 を作すにか堪えん。 一 床 を 離 れ ず し て、 這 裏 に 向 っ て 帰 る を 知 る。 衲 僧 門 下、 什 麼 伝え得ざる底、塵塵成現す。夢裏にて往復し、千里に覚め来たる、 67 64 65 66 67 ︵ ︶上堂。擧、興敎師普禪師、有 、 與古人是同耶別耶。 、如何是敎外別傳底法。 問、如何是敎外別傳底法。 興敎云、眼裏耳裏鼻裏。或問山 只向他 、 衣喫飯、 行住坐臥。且 ︵ ︶上堂。不與萬法爲侶底、是什麼人。天不能覆、地不能載。 見色色不能染、聞聲聲不能汙。只如不背萬法底、又是什 。不 憶 去則 麼人。晝見日、夜見星、 茶喫茶、 飯喫飯。雖然如是、 更須轉向那邊始得。 ︵ ︶上堂。擧、古德云、體 無生、了本無 非 、不預待未來則非遲。若於生滅中明無生心、於流動 處見不動性、則林葉紅籬菊白、分明兩箇白拈賦。拍禪床 一下。 人 人、 人若會、 是凡夫。 頂上、爭得呼爲凡夫。不會底人、 法、 人不會。凡夫若知、 是 ︵ ︶上堂。擧、修山主云、具足凡夫法、凡夫不知、具足 師云、不知底人、在千 人。若更不會、且向修山主 藤 向異類中行、爭得呼爲 裏薦取。 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︶上 堂 。 挙 す 、興 教 師普禅 師 、僧 有 り て 問 う 、 ﹁如何なるか是れ教 地 も 載 す る こ と 能 わ ず。 色 を 見 る に 色 も 染 む る こ と 能 わ ず、 声 を聞くに声も汚すこと能わず。只だ万法に背かざる底の如きは、 又 た 是 れ 什 麼 人 ぞ。 昼 に 日 を 見、 夜 に 星 を 見、 茶 に 逢 う て は 茶 を 喫 し、 飯 に 逢 う て は 飯 を 喫 す。 是 の 如 し と 雖 然 も、 更 に 須 ら く那辺に転向して始めて得し。 ︶ 上堂。挙す、古徳云く、 ﹁体むれば即ち生ずること無く、了ずれ ば本より速きこと無し﹂と。 ﹁過去を追憶せざることは則ち速きに 非ず、預め未来を待たざることは則ち遅きに非ず。若し生滅中に 於いて無生の心を明らめ、流動の処に於いて不動の性を見ば、則 ち 林 葉 は 紅 く 籬 菊 は 白 く、 両 箇 の 白 拈 賊 を 分 明 に せ ん ﹂ と。 禅 床を拍ちて一下す。 ﹁凡夫の法を具足して、凡夫知らず。聖 ︵ ︶上堂。挙す、修山主云く、 ︵ ︵ ︶上堂。万法と侶為らざる底、是れ什麼人ぞ。天も覆うこと能わず、 人と是れ同じきか別なるか。 に 向 っ て 道 わ ん 、﹁ 著 衣 喫 飯、 行 住 坐 臥 ﹂ と 。 且 ら く 道 え、 古 は山僧に﹁如何なるか是れ教外別伝底の法﹂と問わば、只だ他 外 別 伝 底 の 法 ﹂ と 。 興 教 云 く 、﹁ 眼 裏 、 耳 裏 、 鼻 裏 ﹂ と 。 或 い 68 69 70 二七 人 と 為 す を 得 ん。 若 し 更 に 会 せ ず ば 、 且 ら く 修 山 主 の 葛 藤 裏 に 得 ん。 会 せ ざ る 底 の 人、 異 類 中 に 向 っ て 行 く、 争 で か 呼 ん で 聖 ら ざ る 底 の 人、 千 聖 頂 上 に 在 り て、 争 で か 呼 ん で 凡 夫 と 為 す を 人なり。聖人若し会せば、即ち是れ凡夫なり﹂と。師云く、 ﹁知 人 の 法 を 具 足 し て、 聖 人 会 せ ず。 凡 夫 若 し 知 ら ば、 即 ち 是 れ 聖 71 68 69 70 71 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 豆 語云、錯。到南泉、亦遶繩床、振錫一下。 竇著語云、錯。後來圜悟老師云、若 、 兩重關、 兩錯亦是錯、恁麼批判 兩錯、 一生參學事畢。師云、 圜悟師 不然。直饒 非聲色、爲聲色 驚 破 昏 沈 夢。 當 此 時 。 更向無陰陽 、 誰 不 相 賀。 息 去。 卓 拄 杖 一 下 云、 陰 陽 慘 舒、 收 放 在 我。 箇。識得後如何。 ︶月旦上堂。擧、龍牙和尙示衆云、死中有活、活中有死、 底、方信橋流水不流。 ︶上堂。萬法本閑人自鬧、舟行岸轉幾時休、箇中識得不 只要諸人識得 地 上、 山川草木放光說法、三世諸佛立地證明。山 打 碎 山 鬼 窟、 臨 濟 本。無陰陽地、有陰有陽、非寂照處、有寂有照。德山棒 ︶冬至上堂。大智無分別、爲分別根、至 亦是錯。咄。錯錯錯何日了、天寒各自歸堂好。 一線路。山 人 泉云、不是不是。 是是。 ︵ ︶上堂。擧、 谷到章敬、遶禪床一匝、振錫一下。章敬云、 ︵ ︵ ︵ ︵ ︵ ︵ ︵ 向って薦取せよ﹂と。 二八 ︶上堂。挙す、麻谷、章敬に到り、禅床を遶ること一匝し、錫を振 ︶冬至上堂。 ﹁大智は分別無し、分別の根と為す。至道は声色に非ず、 何れの日か了ぜん。天は寒し、各自に堂に帰るが好し﹂と。 れ錯まれり、恁麼に批判するも亦た是れ錯まれり。咄。錯錯錯、 路 を 通 ず。 山 僧 は 即 ち 然 ら ず。 直 饒 い 両 錯 を 透 過 す る も 亦 た 是 の事畢らん﹂と。師云く、﹁圜悟師翁、両重の関を過ぎ、一線の 後来、圜悟老師云く、﹁若し人、這の両錯を透過せば、一生参学 泉云く、 ﹁不是、不是﹂と。雪竇、著語して云く、 ﹁錯まれり﹂と。 ま れ り ﹂ と 。 南泉に至り、亦た縄床を遶り、錫を振ること一下す。 著語して云く、﹁錯 ること一下す。章敬云く、﹁是し、 是し﹂ と。雪竇、 72 ︶上堂。万法は本より閑にして人自ら鬧がし、舟行き岸転じて幾時 道え道え﹂と。 り。只だ諸人の這箇を識得せんことを要す。識得して後は如何ん。 卓すること一下して云く、﹁陰陽の惨舒、収放すること我れに在 更 に 陰 陽 無 き 地 に 向 っ て 上 り、 消 息 を 通 じ 去 ら ん ﹂ と。 拄 杖 を 山川草木は光を放ちて説法し、三世の諸仏は立地に証明す。山僧、 昏 沈 の 夢 を 驚 破 す。 此 の 時 節 に 当 た り て、 誰 か 相 い 賀 せ ざ る。 処 に、 寂 有 り 照 有 り。 徳 山 の 棒 は 山 鬼 窟 を 打 砕 し、 臨 済 の 喝 は 声 色 の 本 と 為 す。 陰 陽 無 き 地 に、 陰 有 り 陽 有 り。 寂 照 に 非 ざ る 73 ﹁ 死 中 に 活 有 り、 ︶ 月 旦 上 堂。 挙 す、 龍 牙 和 尚、 衆 に 示 し て 云 く、 れて水流れざることを。 か 休 せ ん。 箇 中、 遷 ら ざ る 底 を 識 得 す れ ば、 方 め て 信 ず、 橋 流 74 75 72 73 74 75 ︵ ︵ ︵ ︵ 死中常死、活中常活。師云、諸人要識此四句麼。露柱新 活中に死有り、死中に常に死し、活中に常に活す﹂と。師云く、 市 。 同時 、孟春分 ︵ ︵ ︵ ︶歳旦上堂。﹁陰陽無き地に、陰去り陽来たる。新旧無き処に、新 の句有り。虚空の地に落つるを待ちて、 諸人の為めに説破せん﹂ と。 ﹁諸人、此の四句を識らんと要すや。露柱、新たに子を生む。少年、 三更 ︵ 生子、 少年白髮長、 有時乘獅子、 有時騎象王。更有末後句。 舊。 白髪長し。有る時は獅子に乗り、有る時は象王に騎る。更に末後 新 待虛空落地、爲諸人說破。 ︶歳旦上堂。無陰陽地、陰去陽來、無新舊處、 楊岐三脚驢、換尾爲頭、䈱山水牯牛、 水足草。三世諸 佛、出於思大口中、塵刹衆生、 于普賢身內。百千三昧、 、寂滅後作麼生。今日上元 動搖。雖然、更須知有照與照 。爭如自己 從此發生、無邊勝事、從此顯現。拈拄杖打一圓相云、恒 沙福智、盡在其中。 燃燈佛、雖値八風 ︶上元上堂。天上氷輪不到朝、人間燈火五更 寂滅底 理。且 外寒。 ︶上堂。擧、雲門示衆云、人人盡有光明在、見時不見暗昏 、夜 昏。自代云、 堂佛殿厨庫三門。師云、或問極樂、如何 是人人光明。只對他 言、此大涅槃、十方三世、一切諸佛、 金剛寶藏。且如何是從寶藏流出底事。香煙一穗、淸茶一 ︶佛涅槃上堂。世 甌。又言、若謂我滅度、非吾弟子、謂我不滅度、亦非吾 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︶上元上堂。天上の氷輪は朝に到らず、人間の燈火は五更に消ゆ。 円相を打して云く、﹁恒沙の福智、尽く其の中に在り﹂と。 り 発 生 し、 無 辺 の 勝 事、 此 れ よ り 顕 現 す ﹂ と。 拄 杖 を 拈 じ て 一 出 で、 塵 刹 の 衆 生 は、 普 賢 の 身 内 に 遊 ぶ。 百 千 の 三 昧、 此 れ よ の 水 牯 牛、 水 に 飽 き 草 に 足 る。 三 世 の 諸 仏 は、 思 大 の 口 中 よ り こ を 迎 え 旧 を 送 る。 楊 岐 の 三 脚 の 驢、 尾 を 換 え て 頭 と 為 し、 䈱 山 76 ︶ 上 堂。 挙 す、 雲 門、 衆 に 示 し て 云 く、﹁ 人 人 尽 く 光 明 有 り、 見 孟春、分外に寒し。 ことを知るべし。且らく道え、寂滅の後は作麼生。今日の上元節、 雖 然 ど も、 更 に 須 ら く 照 と 照 者 と 同 時 に 寂 滅 す る 底 の 道 理 有 る 争 で か 自 己 の 燃 燈 仏 に 如 か ん。 八 風 に 値 う と 雖 も 動 揺 し 難 し。 77 ︶ 仏 涅 槃 上 堂。 世 尊 言 く、﹁ 此 の 大 涅 槃、 十 方 三 世、 一 切 の 諸 仏、 ち過ぐ﹂と。 の 光 明 ﹄ と 問 わ ば、 只 だ 他 に 対 し て 道 わ ん、 夜 半 三 更、 市 を 厨庫・三門﹂と。師云く、﹁或いは極楽に﹃如何なるか是れ人人 る時には見えず、暗昏昏たり﹂と。自ら代わりて云く、﹁僧堂・仏殿・ 78 二九 香煙一穂、清茶一甌。又た言く、﹁若し我れ滅度すと謂わば、吾 金 剛 宝 蔵 ﹂ と。 且 つ 如 何 な る か 是 れ 宝 蔵 よ り 流 出 す る 底 の 事。 79 76 77 78 79 ︵ 未休。瞿曇盡力雖垂示、堪笑 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 弟子。非滅非不滅、 蚊虻上鐵牛。 動、春詩春更新、 、箇是 錦上添花去也。春客被春 ︶上堂。擧、佛眼和尙有頌云、春客春 惟有識春人、萬劫元一春。山 使、春詩應 新、惟有識春人、晏然使得春。且 什麼人。 恁麼提唱、撥動煙 行七歩、指天指地、贓物分明實不空。堪 笑韶陽跛脚老、賊藏猶控一張弓。山 ︵ ︶佛生日上堂。 有 箇在、更須將一杓惡水洗 、若色淸淨、若一切智智淸淨、無二無 塵。更將淸淨本然水、 應浴本來無垢人。 是本來無垢人、 何勞灌沐。不見 二分、無別無斷故。咄。 滌始得。 。山 聞恁麼 、 定 、 亦有頌子。護生何用殺、快活 ︵ ︶結夏上堂。擧、古德云、護生須是殺、殺盡始安居、會得 箇中意、鐵舡水上 。有般 頌尋常。咦。笑裏有刀人不識、從來柔 安居、 欲識箇中意、 月輪水上 剛強。 古人語奇特、山 ︵ ︵ ︵ 三〇 が弟子に非ず。我れ滅度せずと謂わば、亦た吾が弟子に非ず﹂と。 滅に非ず不滅に非ず、葛藤は猶お未だ休せず。瞿曇は力を尽くし、 垂示すと雖も、笑うに堪えたり、蚊虻の鉄牛に上ることを。 ︶ 上 堂。 挙 す、 仏 眼 和 尚、 頌 有 り て 云 く、﹁ 春 客 は 春 情 に て 動 き、 ︶仏生日上堂。周ねく行くこと七歩し、天を指し地を指す。贓物は て春を使い得たり。且らく道え、箇は是れ什麼人ぞ。 春 詩 は 節 に 応 じ て 新 た な り。 惟 だ 春 を 識 る 人 有 り て、 晏 然 と し 春なり﹂と。山僧、錦上に花を添え去らん。春客は春に使われ、 春 詩 は 春 更 に 新 た な り。 惟 だ 春 を 識 る 人 有 り て、 万 劫 も 元 と 一 80 ︶結夏上堂。挙す、古徳云く、﹁護生は須是らく殺すべし、殺し尽 這箇有り、更に須らく一杓の悪水を将て洗滌して始めて得し。 が 若 く、 二 無 く 二 分 無 く、 別 無 く 断 無 き が 故 に ﹂ と。 咄。 猶 お 道うことを見ずや、﹁色の清浄なるが若く、一切智智の清浄なる 浴 す。 既 に 是 れ 本 来 無 垢 の 人 な れ ば、 何 ぞ 灌 沐 す る を 労 せ ん。 煙 塵 を 撥 動 す。 更 に 清 浄 本 然 の 水 を 将 て、 応 に 本 来 無 垢 の 人 を の蔵れて猶お一張の弓を控くがごときを。山僧、恁麼に提唱し、 分 明 に し て 実 に 空 な ら ず。 笑 う に 堪 え た り、 韶 陽 の 跛 脚 老、 賊 81 人は識らず。従来、柔弱は剛強に勝る。 人の語は奇特なり。山僧が頌は尋常なり﹂と。咦。笑裏に刀有り、 上に浮ぶ。有る般の漢、恁麼に道うを聞きて、定めて道わん、 ﹁古 快 活 な ら ば 即 ち 安 居 す。 箇 中 の 意 を 識 ら ん と 欲 せ ば 、 月 輪 は 水 に 浮 ぶ ﹂ と。 山 僧、 亦 た 頌 子 有 り。 護 生 は 何 ぞ 殺 す を 用 い ん。 く し て 始 め て 安 居 な ら ん。 箇 中 の 意 を 会 得 す れ ば、 鉄 舡 も 水 上 82 80 81 82 恁麼 菴前 甎公案。師云、 佛、後學徒分鏡與甎、不知 甎 佛爲師。第二 、未出是非窟。 ︶上堂。擧、先寶應曰、第一句薦得、堪與 底是何物。咄。山 爲鏡非輕忽、明暗兩忘超 ︵ ︶上堂。擧、南嶽讓和尙往馬 ︵ 句 薦 得、堪 與 人 天 爲 師。 第 三 句 薦 得、 自 救 不 了。 師 云、 、 山 則不然。第一句薦得、 禪床上與伊相見。第二句薦得、 法 堂 上 與 伊 相 見。 第 三 句 薦 得、 三 門 外 與 伊 相 見。 且 古人相去、優劣如何。水到滄溟始是波。 、今朝六月旦、直須明此事、是非都莫 管。如何是此事。只許老胡知、不許老胡會。 ︵ ︶上堂。一夏將 地、招人人點頭、誰得分眞僞。金佛不度爐、炎天氷滿湖、 ︵ ︶上堂。擧、趙州三轉語并雪豆頌。泥佛不度水、定光居金 會麼。若人會得、入地獄如箭射。 明州憨布袋、袋中何物無。木佛不度火、外 知負墮、樓上 撞鐘人、報言天是我。 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︵ ︵ ︵ ︶ 上 堂。 南 嶽 譲 和 尚 が 馬 祖 の 菴 前 に 往 き て 甎 を 磨 く 公 案 を 挙 す。 ︶上堂。挙す、先宝応曰く、﹁第一句にて薦得すれば、祖仏の与め 出でず﹂と。 く底は是れ何物ぞ。咄。山僧、恁麼に道うも、未だ是非の窟を 忘じて祖仏を超ゆ。後学、徒に鏡と甎とを分かつ。知らず、磨 師 云 く 、﹁ 甎 を 磨 き て 鏡 と 為 す は 軽 忽 に 非 ず 、 明 暗 両 つ な が ら 83 ︶ 上 堂。 一 夏 は 将 に 半 ば を 過 ぎ ん と し、 今 朝 は 六 月 旦 な り。 直 て是れ波なり。 く 道 え、 古 人 相 い 去 る、 優 劣 は 如 何 ん。 水 は 滄 溟 に 到 り て 始 め せ ん。 第 三 句 に て 薦 得 す れ ば、 三 門 外 に て 伊 と 相 見 せ ん。 且 ら て 伊 と 相 見 せ ん。 第 二 句 に て 薦 得 す れ ば 、 法 堂 上 に て 伊 と 相 見 師云く、﹁山僧は則ち然らず。第一句にて薦得すれば、禅床上に 師と為るに堪えたり。第三句にて薦得すれば、 自救不了なり﹂と。 に 師 と 為 る に 堪 え た り。 第 二 句 に て 薦 得 す れ ば、 人 天 の 与 め に 84 ︶ 上 堂 。 趙 州 の 三 転 語 并 び に 雪 竇の 頌 を 挙 す 。﹁ 泥 仏 は 水 を 度 ら するを許さず。 如 何 な る か 是 れ 此 の 事。 只 だ 老 胡 の 知 る を 許 し て、 老 胡 の 会 須 ら く 此 の 事 を 明 ら む べ し、 是 非 は 都 て 管 す る こ と 莫 か れ。 85 三一 て 言 う 、天 は 是 れ 我 れ な り と 。 還 た 会 す や 。 若 し 人 、会 得 せ ば 、 ら ず ﹂ と は、 外 道 は 負 堕 を 知 る、 楼 上 に て 鐘 を 撞 つ 人、 報 じ 満 つ、 明 州 の 憨 布 袋、 袋 中 に 何 物 か 無 か ら ん 。﹁ 木 仏 は 火 を 度 偽 を 分 か つ を 得ん。﹁金仏は爐を度らず﹂とは、炎天に氷は湖に ず ﹂ と は、 定 光 は 金 地 に 居 す、 人 を 招 く に 人 点 頭 す、 誰 か 真 86 83 84 85 86 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 巖示衆云、一夏以來爲兄弟說話、看取 巖師、鼓朶當慈悲。堪笑雲門老、 巖眉毛在麼。雲門云、關。保福云、作賊人心虛。長慶 ︵ ︶解夏上堂。擧、 云、生也。師云、潦倒 、一時斷 。 橫檐 路不得力、誰入 路不得力。又云、 裏、爲 了也、且喜天下太 白日陷重圍。保福賊識賊、贓物自相隨。長慶道生也、眉 上更安眉。四箇老 、動 三十棒。 箇 、石火 蓋、 普天匝地幾風光。雲門大師云、 百草頭上、 道將一句來。 ︶上堂。仲秋吉朔雨 霈、無意凉人人自凉、白露如珠雲似 千峯與萬峰、設使深村深處去、爭如荒草没行蹤。 不顧人、直入千峯萬峰去。師云、若言 什麼不肯住。自代云、爲他 ︵ ︶上堂。擧、 華峰菴主、拈拄杖示衆云、古人到 ︵ 自代云、倶此一字莫動 ︵ ︶上堂。 心是佛、非心非佛、未出是非。一棒一 電光、落在第二。眼不自見眼、舌不自嘗舌。作麼生 息。 ︵ ︵ ︵ ︵ 地獄に入ること箭の射るが如し。 三二 ︶解夏上堂。挙す、翠巌、衆に示して云く、﹁一夏以来、兄弟の為 ﹁古人 ︶ 上 堂。 挙 す、 蓮 華 峰 菴 主、 拄 杖 を 拈 じ て 衆 に 示 し て 云 く、 天下太平﹂と。 を 安 ん ず。 四 箇 の 老 漢、 一 時 に 断 送 し 了 わ れ り、 且 喜 す ら く は 物 を 贓 し て 自 ら 相 い 随 う。 長 慶 は 生 ぜ り と 道 い、 眉 上 に 更 に 眉 たり、雲門老、白日に重囲に陥ることを。保福は賊が賊を識る、 師云く、﹁潦倒たる翠巌師、鼓朶して慈悲に当たる。笑うに堪え と。保福云く、﹁賊人と作りて心虚し﹂と。長慶云く、﹁生ぜり﹂と。 めに説話す。看取せよ、翠巌の眉毛、在りや﹂と。雲門云く、 ﹁関﹂ 87 は ︶ 上 堂。 ﹁仲秋の吉朔、雨は 霈たり、人を凉める意無くして、人 使い深村深き処に去るも、争でか荒草にて行蹤没きに如かん﹂と。 し 途 路 に て 力 を 得 ず と 言 わ ば、 誰 か 千 峯 と 萬 峰 と に 入 ら ん。 設 横に檐いて人を顧みず、直に千峯萬峰に入り去る﹂と。師云く、﹁若 て云く、﹁他が為めに途路にて力を得ず﹂と。又た云く、﹁ は 這 裏 に 到 り て、 什 麼 と 為 て か 肯 て 住 せ ざ る ﹂ と。 自 ら 代 わ り 88 ︶上堂。即心是仏と、非心非仏と、未だ是非を出でず。一棒一喝、 れば即ち三十棒せん﹂と。 ら代わりて云く、﹁此の一字と倶に動著すること莫かれ、動著す と。雲門大師云く、﹁百草頭上、一句を道い将ち来たれ﹂と。自 自ら凉し。白露は珠の如く、雲は蓋に似たり。普天匝地、幾風光﹂ 89 舌を嘗めず。作麼生か箇の消息を通ぜん。 石 火 電 光 な る も、 第 二 に 落 在 す。 眼 は 自 ら 眼 を 見 ず、 舌 は 自 ら 90 87 88 89 90 爲吾侍 來也。 、何處去。侍 云、上堂齋去。 云、 和 尙 問 什 麼。 梯 云、 、 云、 若 是 本 分 事、 實 是 上 堂 齋 去。 梯 云、 。 師 云、 石 梯 養 兒、 自 不 知 醜。 若 是 山 見 師麼。擲下拄杖云、來也 來。少林冷坐、含 非眷属。 若是本分事某甲實是上堂齋去、便與臂 復擧、 玄沙和尙、 一日 不往西天。師云、人人盡 師西來、 輒資一頌。來來實不來、去 師歸寂久矣。 一 度。 若 向 裏 見 得、 塵 去何曾去、年年十月五、一年 ︶冬至上堂。三冬仲月、一陽始生、枯木龍吟、髑髏眼活。 劫來事只在于今。儻或躊躇、 玄沙爲甚麼 不來東土。山 不來東土、二 峰召云、 備頭陀何不徧參去。沙云、 煙木馬眠芳草。是汝諸人 忌上堂。震旦緣熟、背角泥牛渡 脊棒。何故。體才相似可克家、言語不 未放 在。待他 不 問 你 本 分 事。 梯 云、 我 豈 不 知 你 上 堂 齋 去 。 ︵ ︶上堂。擧、石梯和尙問侍 ︵ ︶ ︵ ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︵ ︵ ︶上堂。挙す、石梯和尚、侍者に問う、﹁何処にか去る﹂と。侍者云く、 ︶達磨忌上堂。 ﹁震旦にて縁熟し、角を背にする泥牛、海を渡たり い似て家を克むべし、言語通ぜざれば眷属に非ず﹂と。 道 う を 待 ち て、 便 ち 臂 脊 の 棒 を 与 え ん。 何 が 故 ぞ。 体 才 か に 相 し 本 分 の 事 な ら ば 、 某 甲、 実 に 是 れ 堂 に 上 り て 斎 に し 去 る ﹄ と を 知 ら ず。 若 是 し 山 僧 な ら ば、 未 だ 放 過 せ ざ ら ん。 他 が﹃ 若 是 て吾が侍者と為らず﹂と。師云く、﹁石梯は児を養いて、自ら醜 の事ならば、実に是れ堂に上りて斎にし去る﹂と。梯云く、 ﹁謬っ と。 梯 云 く、﹁ 你 に 本 分 の 事 を 問 う ﹂ と。 者 云 く、 ﹁若是し本分 て斎にし去るを知らざらんや﹂と。者云く、﹁和尚、什麼をか問う﹂ ﹁ 堂 に 上 り て 斎 に し 去 る ﹂ と。 梯 云 く、﹁ 我 れ 豈 に 你 が 堂 に 上 り 91 三三 ︶ 冬至上堂。 ﹁三冬仲月、一陽始めて生じ、枯木は龍吟し、髑髏は して久し﹂と。 ば 、 塵 劫 来 の 事、 只 だ 今 に 在 り。 儻 或 し 躊 躇 せ ば 、 祖 師 は 帰 寂 年十月五、一年還ること一度なり﹄と。若し者裏に向って見得せ 頌を資えん。﹃来来、実に来たらず、去去、何ぞ曾て去らん。年 玄 沙 は 甚 麼 と 為 て か﹃ 東 土 に 来 た ら ず ﹄ と 道 う。 山 僧、 輒 ち 一 天に往かず﹂と。師云く、 ﹁人人は尽く﹃祖師西来す﹄と道うに、 参し去らざる﹂と。沙云く、﹁達磨は東土に来たらず、二祖は西 復た挙す、玄沙和尚、一日、雪峰召して云く、﹁備頭陀、何ぞ徧 たれり﹂と。 還た祖師に見えるや﹂と。拄杖を擲下して云く、﹁来たれり、来 来たる。少林に冷坐し、煙を含む木馬、芳草に眠る。是れ汝ら諸人、 92 93 91 92 93 笑。 慧 可 大 師、 沒 腰 深 、 有定 息。卓拄杖一下云、 、 如何 是。拈拄杖云、 有陰無陽、三世諸佛爭得出世。若 葉、 久 滅 意 根 、 忽 然 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 訶 無處求心。若 箇 爲花。 向陰陽未分以前、爲諸人 無惠、 定性聲聞豈有回心。當此時 山 枯樹時將雲作葉、凋梅却把 時 、大地有 、同時成 。 。放馬於華山 云、如何是盖代功。卓主丈一下。上驚大梵王眠、下破閻 ︵ ︶上堂。擧、古德云、從前汗馬無人識、只要重論盖代功。師 老子夢。此 是功勳邊事、如何是太 、今日成 之陽、 牛於桃林之墟。擲主丈下座。 ︵ ︶佛成 上堂。吾佛世 落 處 麼。 不 見 、 先 以 定 動、 後 以 智 拔。 。咄。寐語作麼。 種 類 免 入 自 然 見 網、 令 暗 證 禪 人 不 墮 黑 山 鬼 知世 又云、吾從成佛已來、經無數劫。又言、端坐六年、方成 正 覺。 蓋爲令外 窟、 超出無爲解脫深坑、 圓滿無邊廣大願 雖然如是、諸人切忌恁麼會。何故。毫釐有差、天地懸隔。 ︵ ︵ 三四 眼活す。摩訶迦葉は、久しく意根を滅し、忽然として微笑す。慧 無しと道わば、三世の諸仏、争でか出世するを得ん。若し定有り 可大師は、腰を深雪に没し、心を求むるに処無し。若し陰有り陽 恵無しと道わば、定性の声聞、豈に心を回らすこと有らんや。此 の時節に当たりて、如何んが即ち是なる﹂と。拄杖を拈じて云く、 ﹁山僧、陰陽未だ分かれざる以前に向って、諸人の為めに箇の消息 を通ぜん﹂と。拄杖を卓すること一下して云く、 ﹁樹枯れる時、雲 を将て葉と作し、梅凋みて却て雪を把て花と為す﹂と。 ︶上堂。挙す、古徳云く、﹁従前の汗馬、人の識る無し、只だ重ね ︶仏成道上堂。吾が仏世尊、今日成道し、大地の有情、同時に成道す。 桃林の墟に還す﹂と。主丈を擲ちて下座す。 な り。 如 何 な る か 是 れ 太 平 の 時 節。 馬 を 華 山 の 陽 に 放 ち、 牛 を を 驚 か し、 下 に は 閻 老 子 の 夢 を 破 る。 此 れ 猶 お 是 れ 功 勲 辺 の 事 盖 代 の 功 ﹂ と。 主 丈 を 卓 す る こ と 一 下 す。 ﹁上には大梵王の眠り て盖代の功を論ぜんことを要す﹂と。師云く、﹁如何なるか是れ 94 することを。何が故ぞ。毫釐も差有れば、天地懸かに隔たる。 寐 語 し て 作 麼。 是 の 如 し と 雖 然 も、 諸 人、 切 に 忌 む、 恁 麼 に 会 為めに、無為解脱の深坑を超出し、無辺広大の願海を円満す。咄。 る を 免 れ し め、 暗 証 の 禅 人 を し て 黒 山 鬼 窟 に 堕 さ ざ ら し め ん が 後 に 智 を 以 て 抜 く ﹂ と。 蓋 し 外 道 の 種 類 を し て 自 然 見 の 網 に 入 尊 の 落 処 を 知 る や。 道 う こ と を 見 ず や、 ﹁ 先 に 定 を 以 て 動 か し、 言く、﹁端坐すること六年にして、方に正覚を成ず﹂と。還た世 又た云く、﹁吾れ成仏してより已来、無数劫を経たり﹂と。又た 95 94 95 ︵ ︶ 建 長 首 座 寮 除 夜 秉 拂。 靈 山 拈 花、 一 場 狼 藉、 少 林 面 壁、 線 路。 擧 拂 子 云、 見 麼。 師意、 藤一上。南泉似剱揮空、 、 便是是非人。四 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 不許撒埃塵。 泐潭南泉落處麼。來說是非 淸如鏡、 泐潭受之無迹。堂頭老人、手把鐵箒掃蕩煙塵。諸人還知 人了。秉拂上座、 上加霜、打 潭云、汝何多事。師云、夜來堂頭和尙、八字打開、示諸 潭云、誰。泉云、某甲。潭云、如何。泉云、也是尋常。 夜來堂頭和尙擧、泐潭常禪師面壁次、南泉到來撫背一下。 處、爭如刻木結繩時。 無礙碍中成障礙、聲香味觸非三昧。何故。武略文韜無用 頭頭無非本地風光。見聞覺知無障礙、聲香味觸常三昧。 以拂子打禪床云、聞麼。若於此明得、塵塵皆是活 機 後 學、 借 上 方 拂 子 威 光 、 聊 年新歲。到 裏、秉拂上座、無開口處。然雖如是、爲初 萬代風波。無陰陽地、誰論臘盡春回。空王殿中、豈分舊 1 ︵ ︶建長の首座寮にて除夜に秉払す。 ﹁霊山の拈花は、一場の狼藉にし 埃塵を撒くを許さず﹂と。 三五 を説く者は、便ち是れ是非の人なり。四海は清きこと鏡の如し、 掃 蕩 す。 諸 人、 還 た 泐 潭・ 南 泉 の 落 処 を 知 る や。 来 た り て 是 非 は 之 れ を 受 く る に 迹 無 し。 堂 頭 老 人、 手 に 鉄 箒 を 把 り て 煙 塵 を 葛 藤 を 打 す こ と 一 上 せ ん。 南 泉 は 剣 を ば 空 に 揮 う に 似 て、 泐 潭 八字に打開し、諸人に示し了わる。秉払の上座、雪上に霜を加え、 ﹁夜来、堂頭和尚、 と。潭云く、 ﹃汝は何ぞ事多なる﹄﹂と。師云く、 ﹃某甲﹄と。潭云く、 ﹃如何ん﹄と。泉云く、 ﹃也た是れ尋常なり﹄ 来 た り て 背 を 撫 づ る こ と 一 下 す。 潭 云 く、﹃ 誰 ぞ ﹄ と。 泉 云 く、 夜来、堂頭和尚挙す、﹁泐潭の常禅師、面壁する次で、南泉到り でか木に刻み縄を結ぶ時に如かん﹂と。 声 香 味 触 は 三 昧 に 非 ず。 何 が 故 ぞ。 武 略・ 文 韜 も 無 用 の 処、 争 無ければ、声香味触は常に三昧なり。無礙碍中に障礙を成さば、 師 意 に し て、 頭 頭 は 本 地 の 風 光 に 非 ざ る 無 し。 見 聞 覚 知 に 障 礙 云く、﹁聞くや。若し此に於いて明得せば、塵塵は皆な是れ活祖 と。払子を挙して云く、﹁見るや﹂と。払子を以て禅床を打ちて 初機後学の為めに、上方の払子の威光を借り、聊か線路を通ぜん﹂ 裏に到りて、秉払の上座、口を開く処無し。是の如しと然雖も、 尽 き 春 回 る こ と を。 空 王 殿 中、 豈 に 旧 年 と 新 歳 を 分 た ん や。 這 て、少林の面壁は、万代の風波なり。無陰陽地、誰か論ぜん、臘 1 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︶冬夜秉拂。一陽未生前、古澗寒泉、飮 岩 息、 必死。一陽纔生 人。生與未生、 落在兩頭。其中 、未是全提。若一向與麼、 。 識 不 能 識、 智 不 能 知、 在 陰 不 隱、 在 陽 不 顯。 、行棒下 目、 邊事、方見那邊人。然後陰 箇是。要識一陽麼。竪拂子云、只 箇是。 着 手爲雲、覆手爲雨。舜若多神、夢中驚覺、 老 禪師與感首座、冬至喫菓子次、 甞 始得。法昌云、驗人端的處、下口便知音。感云、末代禪 法昌拈一橘子云、黃龍滋味、何似 箇。感云、且待 嘗 夜來堂頭和尙擧、法昌 人、 不相許。何故。金剛寶剱氣衝天、動靜是非都截斷。 起來歡喜云、善哉善哉、震大法雷、驚諸蟄戶。獨有堂上 、 鯉魚。直得 一柄拂子、非但於此作大佛事、無端 跳至須彌、觸 著 東 橫拂子云、只 不 妨 陽、 陽 不 妨 陰 、 殺 活 自 由 、 名 大 解 脫 。 要 識 一 陰 麼 。 各須一心、參究此事。及盡 盡法無民。且承虛接響、謾諸人去。百歲光陰、如鳥 拈花微笑、 在 作麼生 後、 寒 巖 枯木、 暖氣 2 ︵ 三六 に似ん﹂と。感云く、 ﹁且らく待て、嘗め過ぎて始めて得し﹂と。 る次で、法昌、一橘子を拈じて云く、﹁黄龍の滋味も、何ぞ這箇 夜 来、 堂 頭 和 尚 挙 す、 法 昌 遇 禅 師、 感 首 座 と 冬 至 に 菓 子 を 喫 す 是非は都て截断す﹂と。 猶 お 相 い 許 さ ず。 何 が 故 ぞ。 金 剛 の 宝 剣、 気 は 天 を 衝 き、 動 静 大法雷を震いて、 諸の蟄戸を驚かす﹄と。独り堂上の老人有りて、 夢中に驚覚し、起き来たりて歓喜して云く、 ﹃善きかな、善きかな、 手を翻えせば雲と為り、手を覆えば雨と為ることを。舜若多神、 無くも 跳して須彌に至り、東海の鯉魚に触著す。直に得たり、 と。﹁一柄の払子、但だ此に於いて大仏事を作すのみに非ず、端 陽を識らんと要すや﹂と。払子を竪にして云く、 ﹁只だ這箇是れ﹂ らんと要すや﹂と。払子を横にして云く、﹁只だ這箇是れ﹂と。 ﹁一 陽 は 陰 を 妨 げ ず、 殺 活 自 由 に し て、 大 解 脱 と 名 づ く。 一 陰 を 識 くすに及んで、 方めて那辺の人を見ん。然して後、 陰は陽を妨げず、 が如し、各おの須らく一心に此の事を参究すべし。這辺の事を尽 接 す る も、 諸 人 を 謾 じ 去 ら ん。 百 歳 の 光 陰 は、 鳥 の 目 を 過 ぐ る し 一 向 に 与 麼 な ら ば、 法 を 尽 く せ ば 民 無 し。 且 つ 虚 を 承 け 響 を お 半 途 に 在 り、 棒 を 行 じ 喝 を 下 す も、 未 だ 是 れ 全 提 な ら ず。 若 陰 に 在 り て 隠 れ ず、 陽 に 在 り て 顕 わ れ ず。 拈 花 微 笑 す る も、 猶 生 か 通 ぜ ん。 識 も て 識 る こ と 能 わ ず、 智 も て 知 る こ と 能 わ ず、 生 ず る と 未 だ 生 ぜ ざ る と、 両 頭 に 落 在 す。 其 の 中 の 消 息、 作 麼 ず死す。一陽纔かに生じて後、寒巌の枯木、暖気は人に逼まる。 ︶冬夜に秉払す。﹁一陽未だ生ぜざる前、古澗の寒泉、飲む者は必 2 師、 多 虛 少 實。 法 昌 又 拈 起 托 子 云 、 、一咬百雜碎了也。 箇 又 如 何。 感 云、 と。感云く、 ﹁末代の禅師、虚多くして実少なし﹂と。法昌、又 法昌云く、 ﹁人を端的の処に験するに、口を下せば便ち知音たり﹂ 甞 夜來非但 嘗 ︵ ︶ 挙 す、 米 胡 和 尚、 人 を し て 仰 山 に 問 わ し め て 云 く、﹁ 今 時 の 人、 拈古。 せよ﹂と。 何 の 用 処 か 有 ら ん ﹄ と。 法 昌 が 身 を 退 く る に 路 無 き こ と を 管 取 他 が 托 子 を 挙 す る を 待 ち て 便 ち 道 わ ん、﹃ 日 の 下 に て 燈 を 挙 げ、 他に対えて道わん、 ﹃幸自に円成す、何ぞ嚼み砕くを須いん﹄と。 当時、法昌の﹃黄龍の滋味、何ぞ這箇に似ん﹄と道うを聞かば、 過ぐるのみに非ず、一たび咬みて百雑砕し了わりぬ。秉弗の上座、 是らく和尚にして始めて得し﹂と。﹁堂頭老漢、夜来、但だ嘗め ﹁須 た 托 子 を 拈 起 し て 云 く、﹁ 這 箇、 又 た 如 何 ん ﹂ と。 感 云 く、 須是和尙始得。堂頭老 、幸 、 日下擧燈、 有何用處。 箇、對他 黃龍滋味何似 假悟否。山云、悟 ﹁承わり聞く、和尚、親しく延寿に見ゆと、 ︶挙す、僧、九峰に問う、 地水火風空、経行及び坐臥は、常に其の中に在り﹂と。 謾 せ ら る る を。 山 僧、 米 胡 の 為 め に 屈 を 雪 が ん。 一 二 三 四 五、 師拈じて云く、﹁米胡は前を瞻て後を顧みず。知らず、仰山に熱 二頭に落在するを争奈何せん﹂と。米胡、深く之れを肯う。 還た悟りを仮るや﹂と。山云く、﹁悟りは即ち無きにあらず、第 ︵ 秉弗上座、當時聞法昌 自圓成、 何須嚼碎。待他擧托子便 管取法昌 身無路。 瞻 不無、爭奈落在第二頭何。米胡深肯之。師拈云、米胡 拈古。 ︵ ︶擧、米胡和尙令人問仰山云、今時人 膽前不顧後、不知被仰山熱謾。山 爲米胡 屈一二三四 五、地水火風空、經行及坐臥、常在於其中。 峰 山前麥熟未、大小乘 ︵ ︶擧、 問九峰、承聞和尙親見延壽是否。峯云、山前麥熟 也未。師云、客來試問師承事、報 中収不全、臨機一句淡無味。 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 1 淡くして味無し﹂と。 三七 の 麦 熟 せ る や と。 大 小 乗 中 に て は 収 め 全 せ ず、 機 に 臨 む 一 句、 師云く、﹁客来たりて試みに問う、師承の事。報えて道う、山前 是なりや﹂と。峰云く、﹁山前の麦は熟せるや﹂と。 2 1 2 ︵ ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︶ 擧、 長 沙 和 尙 頌 曰 、 百 尺 竿 頭 不 動 人 、 雖 然 得 入 未 爲 眞 、 云、 師 。 出問云、百丈 歩。沙云、郎州山、澧州水。 朗 百尺竿頭須 歩、十方世界是全身。時有 竿頭如何 人話、不怕語 五 湖 皇 化 裏。 師 云、 如 何 是 百 尺 竿 頭 不 動 人。 歩人。路上 沙 云、 四 欵出囚口。如何是百尺竿頭 聲高。 。 却問慶。慶露膊而坐。 禮拜。 不 語。慶曰、 汝問我與汝 云、今日風起。慶曰、恁麼未定人 ︵ ︶擧、 問長慶、如何得不疑不惑去。慶乃展兩手。 慶曰、汝作麼生會。 你爲話主。 立而巳。慶曰、汝是何處人。 無端致問、 云、向北人。 見解、汝於古今中、有甚麼節要、齊得長慶。若擧得、許 慶曰、南北三千里、學妄語作麼。師拈云、 不解捉賊。慶又問 麼。本是金毛獅子兒、被人喚作 學妄語、 無對。 要、 立而巳、 似則也似、 是則未是。 大似 地起波。長慶展兩手、賊贓既露。又露膊而坐、 識 慶又問甚處人、 據實而對。長慶因甚 果然不知。諸人 塊狗。 三八 ︶挙す、長沙和尚、頌に曰く、﹁百尺竿頭にて動かざる人、得入す ︵ と。 ︶挙す、僧、長慶に問う、﹁如何んが疑わず惑わずして去るを得ん﹂ にて人に逢うて話すに、語声の高きを怕れず﹂と。 よ り 出 づ。 如 何 な る か 是 れ 百 尺 竿 頭 に て 歩 み を 進 む る 人。 路 上 師云く、﹁如何なるか是れ百尺竿頭にて動かざる人。欵は囚の口 ﹁四海五湖は皇化の裏なり﹂と。 ﹁請う、師の道わんことを﹂と。沙云く、 澧州の水﹂と。僧云く、 く、 ﹁百尺竿頭、如何んが歩みを進めん﹂と。沙云く、 ﹁朗州の山、 十 方 世 界 是 れ 全 身 な る べ し ﹂ と。 時 に 僧 有 り、 出 で て 問 う て 云 と 雖 然 も 未 だ 真 と 為 さ ず。 百 尺 竿 頭 に て 須 ら く 歩 み を 進 め ば 、 ︵ 3 た る も、 是 な る こ と は 則 ち 未 だ 是 な ら ず。 慶 又 た 甚 処 の 人 ぞ と 又 た 節 要 を 問 い、 僧 は 立 つ の み と は、 似 た る こ と は 則 ち 也 た 似 又 た 膊 を 露 わ し て 坐 す る は、 這 の 僧、 賊 を 捉 う る を 解 せ ず。 慶 を起こすに似たり。長慶、両手を展ぶるは、賊贓、既に露わる。 師拈じて云く、﹁這の僧、無端に問いを致すは、大いに平地に波 慶曰く、﹁南北三千里、妄語を学びて作麼﹂と。 慶曰く、 ﹁汝は是れ何処の人ぞ﹂と。僧云く、 ﹁向北の人なり﹂と。 若し挙し得ば、你が話主と為るを許さん﹂と。僧、立つるのみ。 汝は古今中に於いて、甚麼の節要有りて、長慶に斉しくし得ん。 日、風起こる﹂と。慶曰く、 ﹁恁麼ならば、未だ人の見解を定めず。 す。僧、礼拝す。慶曰く、 ﹁汝、作麼生か会す﹂と。僧云く、 ﹁今 与 め に 道 わ ん ﹂ と。 僧、 却 っ て 慶 に 問 う。 慶、 膊 を 露 わ し て 坐 慶乃ち両手を展ぶ。僧、進語せず。慶曰く、﹁汝問え、我れ汝が 4 3 4 葉呼阿 。阿 ︵ ︶擧、禾山普禪師問黃龍南禪師、阿 外、復傳何物。 着 問 傳金襴 葉曰、倒却門 葉、世 應䬩。 場 。 意 旨 如 何。 南 曰、 上 人 出 蜀 曾 到 玉 泉 否。 云、 曾到。又問、曾挂搭否。云、旦夕便發。南曰、智 前刹竿 關將軍、打供與結緣、幾時也何妨。普默然良久、理前問。 、 此老一唾。師拈云、 、 日米價高、 粥飯淡無味。且 南俛首、 普趨出大聲云、 兩川義虎、 不 或有人問山 、 只向他 是荅他話、不答他話。 ︵ ︶擧、趙州到雲居。居云、老老大大、何不覓箇住處。州云、 敎某甲向甚麼處住。居云、山前有箇古寺基。州云、和尙 天地同根 何不自住。師拈云、諸禪德、 識此老落處麼。門前雖有 法師也甚奇恠、解 千山月、室内都無一點塵。 ︵ ︶擧、陸亘大夫謂南泉云、 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 問 う に、 僧 は 実 に 拠 り て 対 う。 長 慶、 甚 に 因 り て 妄 語 を 学 ぶ と 道 い、 僧、 対 う る 無 し。 果 然 と し て 知 ら ず。 諸 人、 還 た 這 の 僧 を 識 る や。 本 と 是 れ 金 毛 の 獅 子 児 な る に、 人 に 喚 ば れ て 塊 を 逐 う狗と作さる﹂と。 ︵ ︶挙す、趙州、雲居に到る。居云く、﹁老老大大、何ぞ箇の住処を ﹁阿難、迦葉に問う、 ﹃世尊、 ︶挙す、禾山普禅師、黄龍南禅師に問う、 ︵ ︶挙す、陸亘大夫、南泉に謂いて云く、﹁肇法師は也た甚だ奇怪な 5 三九 山の月有りと雖も、室内には都て一点の塵も無し﹂と。 師拈じて云く、﹁諸禅徳、還た此の老の落処を識るや。門前に千 尚、何ぞ自ら住せざる﹂と。 む﹂と。居云く、 ﹁山前に箇の古寺の基い有り﹂と。州云く、 ﹁和 覓めざる﹂と。州云く、﹁某甲をして甚麼の処に向ってか住せし 是れ他の話に答うるや、他の話に答えざるや﹂と。 わん、 ﹃近日、米価高く、粥飯は淡くして味無し﹄と。且らく道え、 師 拈 じ て 云 く、 ﹁ 或 し 人 有 り て 山 僧 に 問 わ ば、 只 だ 他 に 向 っ て 道 此の老の一唾を消やさず﹂と。 ﹁両川の義虎、 南、首を俛せるに、普、趨り出でて大声にて云く、 幾時か也た何ぞ妨げん﹂と。普、黙然として良久し、前問を理る。 て便ち発す﹂と。南曰く、 ﹁智者の道場、関将軍。打供と結縁と、 て 到 る ﹂ と。 又 た 問 う、﹁ 曾 て 挂 搭 す る や ﹂ と。 云 く、﹁ 旦 夕 に と。南曰く、 ﹁上人、蜀を出でて曾て玉泉に到るや﹂と。云く、 ﹁曾 應䬩す。迦葉曰く、 ﹃門前の刹竿を倒却せよ﹄と。意旨は如何ん﹂ 金襴を伝うる外、復た何物をか伝う﹄と。迦葉、阿難を呼ぶ。阿難、 ︵ 6 7 5 6 7 四〇 り、解く道う、﹃天地は同根にして、万物は一体なり﹄ ﹂と。泉、 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 萬 物 一 體。 泉 指 庭 前 花 云 、 時 人 見 此 一 株 花 、 如 夢 相 似 。 。 中圓、莫將 理。谷却捶 識妄分 作禮。師 ︵ ﹁汝 ︶挙す、古徳に﹃百法論﹄の座主有り、参ずる次で問うて云く、 動かすも動かさざるも常に坦然たり﹂と。 目 は 扇 中 に 円 か な り。 情 識 を 将 て 妄 り に 分 別 す る こ と 莫 か れ、 師拈じて云く、﹁風性の常住なる旨を識らんと欲せば、本来の面 と。谷、却って扇を捶つ。僧、作礼す。 を知らず﹂と。僧云く、﹁作麼生か是れ周からざる処無き底の道理﹂ 谷云く、﹁你は只だ風性の常住なるを知りて、周からざる処無き て 周 か ら ざ る 処 無 し。 和 尚、 甚 と 為 て か 却 つ て 扇 を 使 う ﹂ と。 ︵ ︶挙す、麻谷宝徹禅師、扇を使う次で、僧問う、﹁風性は常住にし 大夫なるのみ﹂と。 吐 却 せ し め 了 わ れ り。 吐 却 し て 後 は 如 何 ん。 只 だ 是 れ 泉 州 の 陸 師拈じて云く、﹁陸亘大夫、胸中に六合を呑む。南泉は伊をして 庭前の花を指して云く、﹁時人は此の一株の花を見て、夢の如く 、和 に相い似たり﹂と。 問、風性常住無處不 師拈云、陸亘大夫、䳶中呑六合。南泉敎伊吐却了也。吐 次、 却後如何。只是泉州陸大夫。 ︶擧、 谷寶徹禪師使 底 。 ︵ 別、動不動兮常坦然。 拈云、欲識風性常住旨、本來面目 云、作麼生是無處不 。 谷 云、 你 只 知 風 性 常 住、 不 知 無 處 不 ︶ 擧、 古 德 有 百 法 論 座 主 參 次 問 云 、 汝 講 何 經 論 。 座 主 云 、 講得百法論。古德云、昨日雨、今日晴、攝何法中。主無 不然。夜來 對。却 問 古 德 。德 云 、二 十 四 氣 不 相 應 行 中 攝 。師 拈 云 、 古德雖騎賊馬趕賊、不覺全身入荒草。山 不會、唯努眼睛。 大雨至朝晴、非色非心不識名、靉靆密雲何處去、日輪杲 杲嶺東明。 8 へか去る。日輪は杲杲として嶺東に明らかなり。達磨は会せず、 て 晴 る、 色 に 非 ず 心 に 非 ず、 名 を 識 ら ず。 靉 靆 た る 密 雲、 何 処 全 身、 荒 草 に 入 る。 山 僧 は 即 ち 然 ら ず。 夜 来 の 大 雨、 朝 に 至 り 師 拈 じ て 云 く、﹁ 古 徳 は 賊 馬 に 騎 り て 賊 を 趕 う と 雖 も、 覚 え ず、 行の中にて摂す﹂と。 主、対うる無し。却て古徳に問う。徳云く、﹁二十四気は不相応 古徳云く、 ﹁昨日は雨り、今日は晴る、何の法中にか摂せん﹂と。 は何の経論をか講ず﹂と。座主云く、﹁﹃百法論﹄を講じ得たり﹂と。 9 尙爲甚却使 ︵ 8 9 ︵ 云 ︶ 擧、石頭和尙問藥山、汝在此作什麼 。山云、 一物不爲。頭曰、 云 不爲、不爲 亦不識。師拈曰、諸人要識石頭相爲 云 恁麼則閑坐也。山云、閑坐 爲。頭曰、汝 不敢私垂 箇什麼。山云、千 、山 化、早須直 域中 處麼。四 無爲由 示、此是金輪天子言。 檗 ︵ ︶擧、臨濟辭黃檗。蘗問曰、子向何處去。濟云、不是河南、 、 將 火 來。 檗 云、 住却與檗一掌。檗呵呵大笑、喚 、 將 先 師 禪 板 蒲 團 來。 濟 亦 喚 侍 定是河北。檗便打。濟 侍 。 汝但將去、已後坐斷天下人舌頭。師拈云、敲出凰鳳五色 髓、撃碎驪龍明月珠。 頌古。 ︵ ︶世 初生下、一手指天、一手指地云、天上天下唯吾獨 指天指地都由我、一句分明擧似人、向下文長何日盡、大 千經卷出 塵。 ︵ ︶世 在靈山會上、 拈花示衆。 衆皆默然。 獨有 葉、 破顔 笑。 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ 唯だ眼睛を努くのみ﹂と。 ︶挙す、石頭和尚、薬山に問う、 ﹁汝、此に在りて什麼をか作す﹂と。 山云く、﹁一物も為さず﹂ と。頭云く、﹁恁麼ならば則ち閑坐せりしや﹂ と。山云く、 ﹁閑坐せば即ち為すなり﹂と。頭云く、 ﹁汝は為さず と道う、 箇の什麼をか為さざる﹂ と。山云く、﹁千聖も亦た識らず﹂ と。 師拈じて云く、 ﹁諸人、石頭が相い為す処を識らんと要すや。四 海は無為にして聖化に由る。早や須らく直に域中の尊に謁すべし。 山僧、敢えて私かに垂示せず。此れは是れ金輪天子の言なり﹂と。 ︶挙す、臨済、黄檗を辞するに、檗問うて曰く、﹁子、何処に向っ て去る﹂と。済云く、﹁是れ河南にあらずば、定めて是れ河北な らん﹂と。檗便ち打つ。済、約住して却て檗に一掌を与う。檗、 呵 呵 大 笑 し、 侍 者 を 喚 ぶ、﹁ 先 師 の 禅 板 蒲 団 を 将 ち 来 た れ ﹂ と。 済 亦 た 侍 者 を 喚 ぶ、﹁ 火 を 将 ち 来 た れ ﹂ と。 檗 云 く、﹁ 汝、 但 だ 将ち去れ。已後、天下人の舌頭を坐断せん﹂と。 師拈じて云く、﹁凰鳳の五色の髄を敲出し、驪龍の明月の珠を撃 砕す﹂と。 ︶世尊、初めて生下し、一手は天を指し、一手は地を指して云く、 ﹁天 ︵ ︶世尊、霊山会上に在りて、花を拈じて衆に示す。衆皆な黙然たり。 四一 向下は文長し、 何れの日にか尽くさん。大千の経巻、 微塵より出づ。 天を指し地を指すは都て我れに由る、一句分明にして人に挙似す。 上天下、唯だ吾れのみ独り尊し﹂と。 ︵ 頌古。 ︵ 10 11 1 2 10 11 1 2 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 笑從誰得、好 。 云、 独り迦葉のみ有りて、破顔微笑す。 四二 竿 木 は 身 に 随 い、 聊 か 戯 れ を 作 す。 都 て 一 法 と し て 相 伝 す べ き 無し。破顔微笑は誰より得たる。好子は何ぞ曾て父の銭を使わん。 ︵ ︵ ︶阿難、迦葉に問う、﹁世尊、金襴を伝うる外、復た何物をか伝う﹂と。 ︶ 初 祖 摩 訶 迦 葉、 泥 を 踏 む 次 で、 沙 弥 有 り て 問 う て 云 く、 ﹁ 尊 者、 ︶世尊曰く、﹁少法も得べき有ること無し、是れを阿耨多羅三藐三 ︵ ︶富那夜奢尊者、波羅奈国に馬鳴大士有り、祖に投じて問うて云く、 干を照らす。 に て 刹 竿 を 倒 せ と。 昨 夜、 雨 声 は 両 耳 に 喧 し、 今 朝、 紅 日 は 欄 兄 は 呼 び 弟 は 応 ず、 何 の 難 き こ と か 有 ら ん。 向 っ て 道 う、 門 前 却せよ﹂と。 迦葉、阿難と呼ぶ。阿難、応諾す。迦葉云く、 ﹁門前の刹竿を倒 ことを。 嗟 く に 堪 え た り、 多 少 途 中 の 客、 天 真 に 色 声 を 逐 う を 忘 却 す る 将謂らく、別に奇特の事を聞くと。著衣喫飯、自ずから分明なり。 か我が為めに為さん﹂と。 何ぞ自ら為すを得たる﹂と。祖云く、﹁我れ若し為さざれば、誰 影を認めて迷いと知らず。 無 所 得 を 以 て の 故 に、 阿 耨 菩 提 と 名 づ く。 猿 猴 は 水 月 を 探 り、 菩提と名づく﹂と。 ︵ 3 竿木隨身聊作戲、都無一法可相傳、破顔 何得自爲。 。阿 中客、忘 葉呼阿 門前倒刹竿。昨夜雨聲喧兩耳、今 問云、我欲識 是。 4 子何曾使父錢。 訶 葉踏泥次、有沙彌問云、 影不知 ︶世 曰、無有少法可得、是名阿耨多羅三藐三菩提。 ︵ ︶初 以無所得故、名阿耨菩提。猿猴探水月、 ︵ 着 我若不爲、誰爲我爲。 着 傳金襴外、復傳何物。 將謂別聞奇特事、 衣喫飯自分明。堪嗟多少 却天眞 色聲。 ︵ ︶阿 問 葉、世 、向 應諾。 葉云、倒却門前刹竿 。 兄呼弟應有何 朝紅日照 干。 甞 云、汝欲識佛、不識 、波羅奈國有馬鳴大士、投 佛、何 是。 ︵ ︶富那夜奢 旁。 背角泥牛林下臥、國王水草未曾嘗。無端觝殺南山虎、佛 從來 5 背 角 の 泥 牛、 林 下 に 臥 す る も、 国 王 の 水 草、 未 だ 曾 て 嘗 め ず。 仏を識らんと欲す。識らざる者、是れなり﹂と。 ﹁ 我 れ 仏 を 識 ら ん と 欲 す、 何 者 か 是 れ な る ﹂ と。 祖 云 く、 ﹁ 汝、 6 3 4 5 6 ︵ ︶龍樹 不敢費精神。從茲盤上走珠玉、沒 、盛滿鉢水。提婆投一針。 一縷藕絲牽大象、相 雲 卷 舒、 曰、出息不渉萬緣、入息不居蘊界、常轉如 狗我天轉法輪。 ︵ ︶般若多羅 誰 誰 所 轉。 水 自 流 是經百千萬億卷、非但一卷兩卷。 淸 風 出 入 亡 知 見、 能 轉 、示異見王云、在眼曰見、在耳曰聞。 百千經典時時現。 ︵ ︶波羅提 便 云、廓然無 。 身。欲知非默非言底、須 云、不識。 諦第一義。 非聲非色離聞見、應色應聲用豈窮。一念不生全體現、經 誰。 大師、如何是 行坐臥在其中。 ︵ ︶梁武帝問 帝曰、對 再問來時言不識、牢關未 見少林面壁人。 云、將心來、與 云、我與汝安心竟。 云、我心未寧、乞師與安。 汝安。 云、覓心了不可得。 ︵ ︶二 問 鏡裏失頭愁殺人、直饒認得亦非眞。求心歇處忽然現、刹 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 無端に南山の虎を觝殺し、仏祖も従来、近旁し難し。 ︵ ︵ ︶ 波 羅 提 尊 者、 異 見 王 に 示 し て 云 く、﹁ 眼 に 在 り て は 見 る と 曰 い、 ︶般若多羅尊者曰く、﹁出息は万縁に渉らず、入息は蘊界に居せず。 ︶龍樹尊者は鉢水を盛り満たし、提婆は一針を投ず。 ︵ ︶ 梁 の 武 帝、 達 磨 大 師 に 問 う、﹁ 如 何 な る か 是 れ 聖 諦 第 一 義 ﹂ と。 7 の中に在り。 こ と 豈 に 窮 ま ら ん や。 一 念 生 ぜ ざ れ ば 全 体 現 じ、 経 行 坐 臥 は 其 声 に 非 ず 色 に 非 ず し て 聞 見 を 離 る。 色 に 応 じ 声 に 応 じ て 用 い る 耳に在りては聞くと曰う﹂と。 水は自ずから流通し、雲は巻舒す。百千の経典、時時に現ず。 清 風 出 入 し て 知 見 亡 し、 能 く 転 ず る 者 は 誰 ぞ、 誰 か 転 ぜ ら る。 に非ず﹂と。 常 に 如 是 経 を 転 ず る こ と 百 千 万 億 巻 に し て、 但 だ 一 巻 両 巻 の み れより盤上に珠玉走り、没狗我天、法輪を転ず。 一 縷 の 藕 絲 も て 大 象 を 牽 き、 相 い 逢 う て 敢 て 精 神 を 費 さ ず。 茲 ︵ 8 ︵ 9 ︶二祖、達磨に問うて云く、 ﹁我が心は未だ寧らかならず、乞う師よ、 て面壁する人を見るべし。 黙 す る に 非 ず 言 う に 非 ざ る 底 を 知 ら ん と 欲 せ ば、 須 ら く 少 林 に 再び来時を問うに識らずと言う。牢関未だ透らず便ち身を翻す。 と。磨云く、﹁識らず﹂と。 磨云く、 ﹁廓然として聖無し﹂と。帝曰く、 ﹁朕に対する者は誰ぞ﹂ 10 四三 んぜん﹂と。祖云く、﹁心を覓むるに了に不可得なり﹂と。磨云く、 与めに安んぜよ﹂と。磨云く、﹁心を将ち来たれ、汝が与めに安 11 7 8 9 10 11 ︵ ︵ 云、汝得吾髓。 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 刹塵塵面目新。 ︶二 禮拜、依位而立。 三拜起來依位立、更無絲髮可□□。熱滿強 似重添眼裏沙。 得吾髓、大 心非心、 、須向異 耳聾後、順 心是佛、只聞其言。非心非佛、罕到其源。 ︶馬大師云、 心 佛、非心非佛。 一時放下、動用語笑、相隨來也。 此用兮離此用、隨人背後幾時休。震雷一 ︵ ︶百丈再參馬 公案。 縱橫得自由。 類中行始得。 喚 作 如 如、 ︶德山參龍潭次、山於室外默坐。潭云、何不歸來。山云、 鼓腹謳歌。牧笛相和、哩哩囉囉。 地 起 波。 龍 舟 閫 快、 亦 不 奈 何。 爭 如 野 老、 ︵ ︶南泉示衆云、喚作如如、早是變了也。今時師 ︵ 黑。潭乃點燭與山。山擬接。潭便吹滅。山乃禮拜。潭云、 見什麼。山云、從今不疑天下老和尙舌頭也。 ︵ ︵ ︵ 四四 ﹁我れ汝が与めに心を安んじ竟わりぬ﹂と。 鏡裏に頭を失いて人を愁殺す。直饒い認得するも亦た真に非ず。 心を求むるに歇処は忽然として現ず。刹刹塵塵、面目新たなり。 ︶ 二 祖、 礼 拝 し て 位 に 依 り て 立 つ。 達 磨 云 く 、 ﹁汝は吾が髄を 得たり﹂と。 三 拝 し て 起 ち 来 た り、 位 に 依 り て 立 つ。 更 に 絲 髪 も □ □ す べ き 無 し。 熱 滿 し て 強 い て 道 う、 吾 が 髄 を 得 た り と。 大 い に 重 ね て 眼裏の沙を添うるに似たり。 ︶馬大師云く、﹁即心即仏、非心非仏﹂と。 即 心 是 仏、 只 だ 其 の 言 を 聞 く。 非 心 非 仏、 其 の 源 に 到 る こ と 罕 な り。 即 心 と 非 心、 一 時 に 放 下 す れ ば 、 動 用 語 笑、 相 い 随 い 来 たるなり。 ︶百丈、再び馬祖に参ずる公案。 此 の 用 に 即 す る と 此 の 用 を 離 る る と、 人 の 背 後 に 随 い て 幾 時 か 休せん。震雷の一喝にて耳聾して後、順逆縦横、自由を得たり。 ︶ 南泉、衆に示して云く、 ﹁喚んで如如と作さば、早や是れ変じ了 われり。今時の師僧、 須らく異類中に向って行きて始めて得し﹂ と。 喚 ん で 如 如 と 作 さ ば、 平 地 に 波 起 こ る。 龍 舟 の 閫 快 く し て、 亦 た奈何んともせず。争でか如かん、野老が腹を鼓きて謳歌するに。 牧笛相い和して、哩哩囉囉。 ︵ ︶徳山、龍潭に参ずる次で、山、室外に於いて黙坐す。潭云く、 ﹁何 ︵ 12 13 14 15 山に与う。山、接せんと擬す。潭便ち吹き滅す。山乃ち礼拝す。 ぞ帰り来たらざる﹂と。山云く、﹁黒し﹂と。潭乃ち燭を点して 16 12 13 14 15 16 ︵ 紙燈忽滅 身黑、 笑文殊強指南。撒手懸崖 曾得見老龍潭。 出方 識斷、何 三十棒。時有 跨 云、 某 甲 話 也 未 問、 和 尙 因 甚 打 某 甲。 ︶德山小參云、今夜不得問話、問話 禮 拜。 山 便 打。 凡 。新羅衲 、 山云、汝是什麼處人。 云、新羅人。山云、汝未□□舷時、 、 號 令 最 嚴、 要 津 坐 斷、 不 便好與三十拄杖。 德山老 不惜性命。若非作家、誰能把定。莫謂龍頭蛇尾、陳吹毛 凜 斬姦匿。非唯塞外將軍令、亦是寰中天子勅。 。 一 拜、 云、 定 上 座 何 不 禮 拜。 ︵ ︶臨濟和尙、因定上座問、如何是佛法大意。濟下禪床擒住、 打 一 掌 便 托 開。 定 上 座 佇 立 。 傍 纔作禮、忽然大悟。 水悟 父 子 全 機 無 背 面、 霜 天 月 影 落 寒 潭。 受 人 一 掌 七九依前六十三。 ︵ ︶洞山無 說法、䮒 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︵ ︵ ︵ 潭 云 く、 ﹁ 什 麼 を か 見 る ﹂ と。 山 云 く、﹁ 今 よ り 天 下 の 老 和 尚 の 舌頭を疑わず﹂と。 こ と を。 手 を 懸 崖 に 撒 し て 情 識 断 つ、 何 ぞ 曾 て 老 龍 潭 に 見 え る 紙 燈 忽 ち 滅 し て 通 身 黒 し。 翻 っ て 笑 う、 文 殊 が 強 い て 南 を 指 す を得ん。 ︶徳山、小参して云く、﹁今夜は問話するを得ず、問話せば三十棒 舷を跨がざる時、便ち好 ﹁如何なるか是れ仏法の大意﹂と。 ︶臨済和尚、因みに定上座問う、 中の天子の勅なり。 姦 匿 を 斬 る。 唯 だ 塞 外 の 将 軍 の 令 な る の み に 非 ず、 亦 た 是 れ 寰 せ ん。 謂 う こ と 莫 か れ、 龍 頭 蛇 尾 と。 吹 毛 を 陳 べ て 凜 凜 と し て 羅 の 衲 僧、 性 命 を 惜 し ま ず。 若 し 作 家 に 非 ず ば、 誰 か 能 く 把 定 徳 山 老 漢、 号 令 は 最 も 厳 し、 要 津 坐 断 し て、 凡 聖 を 通 ぜ ず。 新 し三十拄杖を与うるに﹂と。 羅の人なり﹂と。山云く、﹁汝が未だ 甲を打つ﹂と。山云く、﹁汝は是れ什麼の処の人ぞ﹂と。僧云く、﹁新 僧云く、﹁某甲、話も也た未だ問わざるに、和尚、甚に因りて某 せん﹂と。時に僧有りて出でて方に礼拝せんとす。山便ち打つ。 17 ︶洞山の無情説法、并びに過水悟道。 四五 受けて一拝を還す。七九は依前として六十三なり。 父 子 の 全 機、 背 面 無 し。 霜 天 の 月 影、 寒 潭 に 落 つ。 人 に 一 掌 を 礼を作すに、忽然として大悟す。 佇立す。傍らの僧云く、﹁定上座、何ぞ礼拝せざる﹂と。纔かに 済、禅床を下りて擒住し、打つこと一掌し、便ち托開す。定上座、 18 19 17 18 19 ︵ ︵ ︵ ︵ ︵ 四六 ︶ 僧、 雲 門 に 問 う て 云 く、﹁ 一 念 起 こ ら ず、 還 た 過 有 り や ﹂ と。 こし、火裏に芙䴥を発す。 眼処に声を聞くは、真実に虚ならず。広 長 舌相、塵塵に巻舒す。 。 、弗 。 也無。門云、須彌山。 眼處聞聲、眞實不虛。廣長舌相、塵塵卷舒。一見水中影、 有 水 中 の 影 を 一 見 し、 処 処 に 渠 に 逢 う を 得 た り。 山 頭 に 巨 浪 を 起 問雲門云、不起一念、 常心是 常心是 乾坤。 落二三。言盈天下不招咎、露 着 云、 妄 韶 陽は機用別なり、一句にて牢関に到る。魯匠は穿鑿するを休め、 門云く、﹁須彌山﹂と。 行人は往還するを絶す。 ︶趙州、南泉に問う、 ﹁如何なるか是れ道﹂と。泉云く、 ﹁平常心是 れ道なり﹂と。 四句を労せず、重ねて推検す。□□を費やさず、謾りに度□す。 直下、平常心是れ道と、一歩を移さず、家□に到る。 ﹁無﹂と。 ︵ ︶僧、趙州に問う、 ﹁狗子に還た仏性有りや﹂と。州云く、 ︵ 處處得 渠。山頭起巨浪、火裏發芙䴥。 ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ ︶ 。泉云、 韶陽機用別、一句到牢關。魯匠休穿鑿、行人絶徃 移一歩到家□。 問趙州、狗子 有佛性也無。州云、無。 不勞四句重推檢、不費□□謾度□。直下 ︶趙州問南泉、如何是 ︶ 一 。橫吹無孔笛、一曲 寶剱揮氷刄、凛然當面門。若人纔擬議、性命不能存。絶 後再甦息、將何報至 柱燈籠幾對談。 問趙州、學人 忽然惺悟。 昧、乞師指示。州云、喫粥也未。 趙老喫茶滋味別、放 ︶趙州喫茶公案。 ︵ ︶ 喫粥也。州云、洗鉢盂去。其 喫粥已了、洗鉢也未。日日一般、朝朝如是。堪嗟 生、蹉 老胡第一義。 20 21 ︵ ︶趙州喫茶の公案。 何を将て至尊に報いん。横に無孔笛を吹きて、一曲は乾坤に遍し。 に 擬 議 す れ ば、 性 命、 存 す る こ と 能 わ ず。 絶 後 に 再 び 甦 息 す、 宝 剣 も て 氷 刃 を 揮 い、 凛 然 と し て 面 門 に 当 た る。 若 し 人、 纔 か 22 ︵ ︶僧、趙州に問う、﹁学人、迷昧す、師の指示せんことを乞う﹂と。 言は天下に盈ちて咎を招かず、露柱燈籠、幾ばくか対談せん。 趙 老、 茶 を 喫 し て 滋 味 は 別 な り、 一 著 を 放 過 し て 二 三 に 落 つ。 23 の 如 し。 嗟 く に 堪 え た り、 這 の 漢、 妄 情 生 じ て、 老 胡 の 第 一 義 喫 粥 す る こ と 已 に 了 わ り、 洗 鉢 す る や と。 日 日 一 般、 朝 朝、 是 盂を洗い去れ﹂と。其の僧、忽然として惺悟す。 州云く、 ﹁喫粥するや﹂と。僧云く、 ﹁喫粥せり﹂と。州云く、 ﹁鉢 24 20 21 22 23 24 試定當看。 七十一年、 夜夢紛然。一旦覺來有何事。水在澄潭月在天。 ︵ ︶辭世頌。 子、鳳凰五色、眼 [紹曇] [希叟] ﹃月峰和尚語録﹄の翻刻と訓読︵佐藤︶ 咸淳戊辰開爐日前、 大唐慶元府□雪竇資 禪院住山、希叟紹曇跋。 黃金 1 を蹉過することを。 ︶辞世の頌。 七十一年、夜夢は紛然たり。一旦、覚め来たりて何事か有らん。 水は澄潭に在り、月は天に在り。 大唐慶元府前雪竇 資聖禅院住山、希叟紹曇、跋す。 四七 [紹曇][希叟] 爐の日、 咸淳戊辰︵四年、一二六八︶開 黄金の鎖子、鳳凰の五色、眼ある者は、試みに定当して看よ。 ︵ 1