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発表要旨
ウンム・クルスーム<千夜一夜>について 水野信男 ウンム・クルスームは、生涯を通じて 300 曲以上をうたった。そのなかに、晩年の名作として、< 千夜一夜>Alf Lēla we lēla がある。ここではウンム・クルスームを、現時点からあらためてふりか えり、その歌の全容をみわたし、ついで、歌曲<千夜一夜>を解題する。 (1)Umm Kulthūm エジプトの生んだ天才的女性歌手。1904?~1975。ウンム・クルスームについての、エジプト 人の認識度は、こんにちなお、高い。カイロ放送はいまも、日常的に彼女の歌を電波に乗せてい る。その電波による歌声は、エジプトを超え、ひろくアラブ諸国を席巻する勢いである。カイロ放送 が所有する、彼女の生前のライブ録音(マスターテープ)は、カセットテープやCDにおとされ、世 界の音楽市場に出回っている。とはいえ、他界後すでに 35 年を経た現在、ウンム・クルスームは 「伝説の時代」に入ったとする見方もある。彼女とその歌を、20 世紀の顕著な社会現象のひとつと してとらえ、「ウンム・クルスームとは何だったのか?」という問いが発せられようとしている。 (2)歌 ウンム・クルスームの稀有の才能に驚嘆した当代の詩人・作曲家が、こぞって彼女の芸術活動を 支えた。歌詞はフスハ(正則アラビア語)をもちいたものもあるが、大半はアーンミーヤ(アラビア語 カイロ方言)で書かれた。カイロ放送というメディアや新開発のディスク録音を、積極的に活用した 点でも、彼女は当時としては特異な存在で、その結果、膨大な数のファンを獲得した。その歌のレ パートリーは、各種の小楽曲、宗教歌、愛国歌、ミュージカル、歌曲(大曲)など、広範囲にわたる が、旋法・リズム・形式は、基本的にアラブ古典音楽に依拠し、その様式はいわば「アラベスク様 式」と呼べる。伴奏形態は、初期のタフト(カーヌーン、ウード、ルバーブ、ナーイ、リック、ダルブッ カなどからなる民族楽器の小アンサンブル)から、中期以降、フィルカ(複数のヴァイオリンやコント ラバスを採用した西洋ふう小オーケストラ)へと変容していった。 (3)<千夜一夜> 歌曲(ウグニーヤ)。1969 年初演。アーンミーヤによる恋愛歌。作詞:Mursī Jamīl Azīz 、作 曲:Balīgh Hamdī。歌詞は全 5 節からなり、1、2、3、5 の各節にリフレーンがつく。歌詞の主題は 「愛の夜」だが、リフレーンのなかに「・・・なぜなら今宵は愛の夜だから。そして、千夜一夜のように 甘美だから・・・」という句があり、リフレーンごとに、「千夜一夜」‘alf lēla we lēla が6回反復され、 強調される。この歌曲には、アラビアンナイトが、愛、夜、甘美、永遠の象徴的表現として、うたいこ まれている。