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増加が見込まれる低年金者

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増加が見込まれる低年金者
2009 年 5 月 18 日発行
増加が見込まれる低年金者
~早急な実施が求められる低年金対策~
要
旨
¡ 社会保険庁の調査によると、基礎年金のみの受給者のうち、年金額が月額 5 万円未
満の男性は 100 万人、女性は 400 万人いる。また、無年金者も 100 万人を超えて
おり、無年金者を含む低年金対策は、年金制度の残された課題のひとつとなっている。
低年金者が生じるのは、国民年金保険料の未納、保険料の免除、厚生年金や共済年金
に未加入、繰上げ受給による年金減額が主な要因である。
¡ 65 歳以上人口に占める低年金者の割合は約 20%、無年金者の割合は約 2%である
が、今後、この割合が一定だとしても、65 歳以上人口が増加するなかで、低年金者、
無年金者の数が更に増加する。また、平均的に低所得者になりやすい単身世帯が増加
していること、厚生年金に加入しない雇用者が増加していることから考えると、高齢
者の増加以上に低年金者が増加する可能性がある。
¡ こうしたなかで、これまでに様々な低年金対策案が出されているが、新たな給付を伴
う制度の導入と、現行制度の一部を修正する対策案に大別される。このうち、前者に
ついては、①一定の年金額を保障する「最低保障年金」の導入、②所得に応じて保険
料を軽減し、軽減分を公的に支援する「保険料軽減支援制度」の導入、③単身低所得
高齢者等の基礎年金に加給金を加算に対する「単身低所得高齢者等加算」の導入、④
基礎年金の財源を全て国庫負担とする「基礎年金の税方式化」が挙がっている。いず
れも追加的に相当規模の財源が必要となるため、具体的な給付水準と、それに必要と
なる財源の規模を算出したうえで、財源の調達の可否と給付水準のバランスをみて、
どの制度を選択すべきか考える必要がある。
¡ 現行制度を一部修正する案については、①受給資格期間(25 年)の短縮による無年
金者の抑制、②保険料追納期限(2 年)の延長、③厚生年金の適用拡大、④三階部分
の年金の拡充といった案がある。これらは、直ちに低年金問題を解消させる対策では
ないが、中長期的にはその効果が期待できる。また、それほど大規模な追加財源が必
要となるわけではないという点では、比較的実施が容易である。低年金対策の第一段
階として現行制度の一部修正を先に実施するということも一つの手段として考えら
れよう。
〔政策調査部
堀江奈保子〕
本誌に関するお問い合わせは
みずほ総合研究所株式会社 調査本部 電話(03)3591-1308 まで。
当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではあり
ません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確
性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されるこ
ともあります。
目次
1. はじめに ···································································································· 1
2. 低年金者・無年金者が生じる要因 ··································································· 1
(1) 国民年金保険料の未納 ··············································································· 1
(2) 国民年金保険料の免除 ··············································································· 3
(3) 二階部分の適用なし ·················································································· 4
(4) 繰上げ受給による年金減額 ········································································· 5
3. 将来の低年金者・無年金者が増える可能性 ······················································· 6
(1) 高齢単身世帯の見通し ··············································································· 6
(2) 厚生年金に加入しない雇用者の増加 ····························································· 9
4. 低年金対策の各案の効果と課題 ·····································································11
(1) 新たな給付を伴う制度の導入 ····································································· 11
a. 最低保障年金の導入 ·············································································· 11
b. 保険料軽減支援制度の導入 ·····································································12
c. 単身低所得高齢者等に対する加給金の支給 ················································13
d. 基礎年金の税方式化 ··············································································13
(2) 現行制度の修正による低年金対策 ·······························································14
a. 受給資格期間の短縮 ··············································································14
b. 保険料追納期限の延長 ···········································································15
c. 厚生年金の適用拡大 ··············································································16
d. 三階部分の年金の拡充 ···········································································17
5. おわりに ·································································································· 18
1. はじめに
わが国の公的年金制度は、1961 年に国民皆年金体制となり、以来約 50 年が経過した。
この間、年金加入年数の長い受給者が増え、高齢者世帯の所得のうち年金が占める割合が
6 割となるなど、年金が高齢期の所得保障として大きな役割を果たすようになった。しか
し、一方で、低年金者や無年金者も一定程度存在しており、低年金・無年金問題は、公的
年金の残された課題のひとつとなっている。
社会保険庁の調査1によると、基礎年金(旧国民年金老齢年金を含む)の受給者数は、
2007 年 3 月末時点で 2,186 万人であるが、このうち基礎年金のみの受給者は 903 万人と
なっている。基礎年金のみの受給者のうち、年金額が月額 5 万円未満2の男性が 99 万人、
女性が 414 万人、合計で 513 万人おり、男性は基礎年金受給者の 1 割、女性は同 3 割に
相当する。
また、2007 年 4 月 1 日時点で、今後、保険料を納付し続けても年金受給要件である 25
年の加入期間を満たさない無年金者が 118 万人いる。これとは別に、60 歳以上で、今後、
任意加入制度で保険料を支払えば年金受給資格を得られるが、現時点では無年金となって
いる者が 37 万人存在する。
こうした無年金者を含む低年金問題については、2008 年 11 月にとりまとめられた社会
保障国民会議の最終報告においても、
「将来にわたって継続的に高齢者の一定割合(約 2%)
の無年金者は発生。未納対策の徹底とともに、(中略)基礎年金の最低保障額の設定、弾
力的な保険料追納等の措置を検討すべきである」と指摘されている。その他、同月にとり
まとめられた社会保障審議会年金部会の中間的整理においても、「低年金・低所得者に対
する年金給付の見直し」案として、複数の対策案が挙げられているなど、これまでの年金
改革時には具体的に検討されることがなかった低年金対策の検討が進められている。
本稿では、初めに、低年金者の生じる要因を整理し、今後の動向を見通したうえで、こ
れまでに検討されている低年金対策案の効果と課題について検討する。
2. 低年金者・無年金者が生じる要因
まず、低年金・無年金者が生じる理由について整理する。
(1) 国民年金保険料の未納
第一に考えられるのが、国民年金保険料の未納である。
国民年金には、20 歳以上 60 歳未満の日本に住所がある者が加入する。このうち、会社
員や公務員等(国民年金第 2 号被保険者)は、給与天引きで事業主が保険料を納付する。
また、会社員や公務員等に扶養される配偶者(同第 3 号被保険者)は、第 2 号被保険者全
体で第 3 号被保険者に関わる保険料を負担するため、個人では保険料を納付する必要がな
い。しかし、それ以外の同第 1 号被保険者は、被保険者自らが国民年金保険料を納付する
1
2
社会保険庁「社会保険事業の概況」2006 年度。
低年金についての定義はないが、ここでは月額 5 万円未満(年額 60 万円未満)とした。
1
ため、未納が生じやすい仕組みになっている。
2009 年度の国民年金保険料は月額 14,660 円3であるが、20 歳から 60 歳になるまで 40
年間保険料を納付すると、65 歳以降に老齢基礎年金が月額 6.6 万円4(2009 年度)支給さ
れる。
老齢基礎年金では、原則として保険料納付済期間が 25 年以上であれば、納付期間に応
じた年金額が支給され、25 年未満であれば無年金となる5。なお、保険料納付済期間が 25
年であれば月額 4.1 万円(6.6 万円×(25 年/40 年))となる。
第 1 号被保険者の保険料未納率をみると、2002 年度以降 3 割台で推移しており、直近
の 2007 年度の未納率は 36.1%となっている(図表 1)。この未納率には、低所得者など
で免除制度が適用され保険料の納付が必要ない者は含まれていない。2008 年度には未納
率 20%(納付率 80%)が目標とされていたが、2008 年度の未納率は 3 割台となった見通
しである。
なお、保険料の納付期限(翌月末)から 2 年以内であれば、過去の保険料を納付するこ
とができるため、最終的な保険料の未納率は若干低下する。例えば、2005 年度の当初未
納率は 32.9%であったが、納付期限以降 2 年間の納付を考慮すると未納率は 27.6%とな
る。
図表 1:国民年金保険料の未納率の推移
(%)
40
37.2 36.6 36.4
36.1
32.9 33.7
30
23.4
25.5
27.0
29.1
20.4
20
14.7 15.5
17.1
10
0
94
95
96
97
98
99
00
01
02
03
04
05
06
07 年度
(注)未納率=100%-納付率。納付率は、当該年度分の保険料として納付すべき月数(全
額免除月数及び学生納付特例月数を含まない)のうち、当該年度中(翌年度 4 月末
まで)に実際に納付された月数の割合である。当該年度において未納となった保険
料は、その後時効にかかるまでの 2 年間は納付可能。
(資料)社会保険庁「社会保険事業の概況」2007 年度
3
4
5
2017 年度までは毎年度引き上げられる予定。
年 792,100 円。
生年月日等により一部例外あり。
2
国民年金保険料の未納者が保険料を納付しなかった理由としては、「保険料が高く経済
的に支払うのが困難」との回答が 7 割弱を占めるものの、「年金制度の将来が不安」「社
会保険庁が信用できない」「自分以外にも保険料を納めていない人がいる」といった年金
不信を理由とする回答も 2 割程度を占める6。
(2) 国民年金保険料の免除
低年金者が生じる第二の理由は、国民年金保険料の免除制度である。
国民年金では、経済的な理由で国民年金保険料を納付することが困難な場合等に、保険
料の納付が免除される「保険料免除制度」がある。
保険料免除制度には、保険料の全額が免除される「全額免除」、保険料の一部が免除さ
れる「4 分の 3 免除」、「半額免除」、「4 分の 1 免除」がある。このうち、「全額免除」
は、法律で定められている条件に該当すれば届け出るだけで免除される「法定免除7」と、
申請書を提出し、承認された場合に免除される「申請免除」があるが、一部免除は全て「申
請免除」である。申請免除は、所得の状況等に応じて免除段階が決まるが、世帯主及び配
偶者に一定以上の所得があると免除されない。2007 年度の全額免除者数は 315 万人、一
部免除者数は合計で 54 万人である(図表 2)。
図表 2:国民年金保険料の免除制度の概要
一
全額免除
納付する国民年金保険料
受給できる老齢基礎年金
所
得
目
安
4 人世帯
(夫婦、子 2 人)
2 人世帯
(夫婦のみ)
単身世帯
免除者数(2007 年度)
3/4 免除
0円
3,670 円
部
免
除
半額免除
7,330 円
1/4 免除
11,000 円
年金額 1/3
年金額 1/2
年金額 2/3
年金額 5/6
【2.2 万円】 【3.3 万円】 【4.4 万円】 【5.5 万円】
162 万円
230 万円
282 万円
335 万円
92 万円
142 万円
195 万円
247 万円
57 万円
93 万円
141 万円
189 万円
315 万人
27 万人
19 万人
8 万人
(注)1.受給できる老齢基礎年金の【 】内は、40 年間同じ免除を受けた時の 2009 年
度の年金額。
2.全額免除 315 万人のうち、法定免除が 113 万人、申請免除が 202 万人。他に学
生納付特例が 166 万人、若年者納付猶予が 37 万人。
(資料)社会保険庁
免除制度が適用されると、その免除段階と免除期間に応じて将来の年金額が変わる。仮
に、40 年間同じ免除制度が適用された場合の老齢基礎年金の額は、全額免除が 2.2 万円、
6
7
社会保険庁「国民年金被保険者実態調査」2005 年調査。
障害年金受給権者、生活保護法による生活扶助受給者等。
3
4 分の 3 免除が 3.3 万円、半額免除が 4.4 万円、4 分の 1 免除が 5.5 万円となる。また、
例えば、40 年のうち、30 年間は保険料を納付し、10 年間のみ全額免除だった場合には
5.5 万円、20 年間保険料を納付し、20 年間全額免除だった場合には 4.4 万円となるなど、
保険料免除期間についてのみ年金額が減額される。
なお、免除期間については、免除を受けてから 10 年以内であれば、保険料を追納(後
払い)することができ、追納した場合には、保険料納付済期間と同じ扱いとなる。ただし、
保険料の免除を受けた期間の翌年度から起算して、3 年度目以降に保険料を追納する場合
には、免除期間の保険料額に経過期間に応じた加算額が上乗せされる。
また、一定所得以上の所得がある親(世帯主)と同居している若年層は、保険料免除制
度を利用することができないため、20 歳代に限り、申請により保険料の納付が猶予され
る「若年者納付猶予制度」がある。これは、本人と配偶者の所得のみで所得要件が審査さ
れる制度で、2015 年 6 月までの特例である。
その他、20 歳以上の学生については、申請により在学中の保険料の納付が猶予される「学
生納付特例制度」がある。これは、本人の所得が一定以下の学生が対象となる。
若年者納付猶予制度と学生納付特例制度のいずれも 10 年以内に保険料を納付すること
ができるが、3 年度目以降に納付する場合には加算額が上乗せされるのは、他の免除制度
と同様である。また、追納しなかった期間については、年金の受給資格期間には算入され
るが、年金額には反映されないため、年金の減額要因となる。
また、受給資格期間には計算されるが年金額に反映されない合算対象期間8がある場合
にも同様に年金減額の要因となる。
(3) 二階部分の適用なし
低年金者が生じる第三の理由は、二階部分の適用がない被保険者がいることである。
二階部分の厚生年金や共済年金には加入せず、国民年金のみに加入していた場合には、
40 年間保険料を納付しても老齢基礎年金は月額 6.6 万円にとどまる。また、満額受給する
人は少なく、基礎年金のみの受給者の平均年金額は、月額で男性 5.3 万円、女性 4.6 万円
である9。
一方、厚生年金に加入していると、基礎年金に上乗せして厚生年金が支給される。老齢
厚生年金の平均受給額は、基礎年金込みで男性 19.5 万円、女性 10.9 万円となっており10、
基礎年金のみの受給者の平均年金額と比較するとその差は大きく、二階部分の適用があれ
ば低年金に陥りにくいといえる。
8
受給資格期間をみる場合に、期間の計算には入れるが、年金額には反映されない期間のこと。年金額に
反映されないため「カラ期間」とも呼ばれる。合算対象期間には、①1985 年 3 月以前に、国民年金に
任意加入できる人が任意加入しなかった期間、②1991 年 3 月以前に、学生であるため国民年金に任意
加入しなかった期間、③1961 年 4 月以降海外に住んでいた期間、などがある。
9 旧国民年金を含む。社会保険庁「社会保険事業の概況」2007 年度末。
10 社会保険庁「社会保険事業の概況」2007 年度末のデータ。男性は定額部分が支給される 63 歳以上、
女性は同 61 歳以上の平均年金月額を算出した。平均年金月額には、基礎年金額を含むが、旧農林共済
組合に係る基礎年金額は含まない。
4
また、世帯の年金額で考えると、夫婦とも基礎年金だけの世帯は、それぞれが満額の老
齢基礎年金を受給しても世帯年金額は 13.2 万円、男女の平均年金額を合計すると月額 9.9
万円となる。一方、夫のみが厚生年金を受給し、妻が基礎年金のみだった場合には、厚生
労働省が示す標準的な世帯11であれば月額 23.2 万円、男性の厚生年金の平均月額 19.5 万
円と女性の基礎年金の平均月額 4.6 万円を合計すると 24.1 万円となる。高齢者夫婦 2 人
世帯の平均消費支出額は月額 23.2 万円12となっており、夫が厚生年金を受給できる世帯は
高齢期の平均消費支出額程度の世帯年金を確保できるが、夫婦ともに基礎年金のみの世帯
は、高齢期の平均消費支出額を大きく下回る。
一方、高齢単身世帯の平均消費支出額は月額 14.2 万円となっており、男性の厚生年金
の平均額(19.5 万円)はこれを上回るものの、女性の厚生年金の平均額(10.9 万円)や、
基礎年金のみの平均額(男性 5.3 万円、女性 4.6 万円)は、平均消費支出額を大きく下回
る。
なお、夫のみが厚生年金に加入していた場合で、夫が先に死亡した場合には、妻には夫
の老齢厚生年金の 4 分の 3 に相当する遺族厚生年金が支給される。したがって、厚生労働
省が示す標準的な世帯であれば、夫死亡後に妻が受け取る年金額は、妻自身の老齢基礎年
金と合わせて月額 14.1 万円となり、高齢単身世帯の平均消費支出とほぼ同水準の年金額
を確保することができる。これに対して、夫婦ともに基礎年金のみだった場合には、夫婦
のいずれかが死亡後に遺族年金が支給されることは少なく13、二階部分の適用がない世帯
(特に単身世帯)は低年金になりやすい。
(4) 繰上げ受給による年金減額
老齢基礎年金の受給開始年齢は 65 歳であるが、60 歳以降は繰上げ受給ができる。ただ
し、繰上げ受給をした場合には、年金額が減額され、その減額された年金額が生涯続く。
60 歳から受給した場合の繰上げ減額率は、1941 年 4 月 1 日以前生まれは 42%、同 4 月 2
日以後生まれは 30%となっている14。現在の老齢基礎年金は満額で月額 6.6 万円であるが、
仮に満額受給できる人が 60 歳から繰上げ受給すると、1941 年 4 月 1 日以前生まれは月額
3.8 万円、同 4 月 2 日以後生まれは 4.6 万円となる。
繰上げ受給率は、年々低下傾向にあるが、2007 年度の新規裁定者の繰上げ受給率は
22.9%、年度末現在の全体の繰上げ受給率は 46.2%15、繰上げ受給者数は 441 万人となっ
ている。また、繰上げ受給者のうち、60 歳から受給を開始した者が最多で全体の約 6 割
を占めており(図表 3)、低年金を招く一因となっている。
11
夫が 20 歳から 60 歳になるまで 40 年間平均的な所得の会社員、妻は同 40 年間専業主婦の世帯。
総務省「家計調査」2007 年。夫婦 65 歳以上無職世帯の 1 ヶ月の平均消費支出額。
13 遺族基礎年金は 18 歳の年度末までの子がいる場合に支給されるため、多くの高齢者世帯には遺族基礎
年金は支給されない。
14 1941 年 4 月 1 日以前生まれは、
61 歳から受給し始めた場合は 35%、62 歳では 28%、63 歳では 20%、
64 歳では 11%の減額となり、1941 年 4 月 2 日以後生まれは 1 ヶ月当たり 0.5%ずつ減額される。
15 1985 年の新規裁定者の繰上げ受給率は約 8 割。
12
5
図表 3:繰上げ受給者の請求時の年齢
21万人
, 5%
58万人
, 13%
64歳
63歳
42万人
, 10%
62歳
60歳
252万人
, 57%
61歳
69万人
, 16%
(資料)社会保険庁「事業年報」2005 年度
3. 将来の低年金者・無年金者が増える可能性
前述の通り、2006 年度現在で、基礎年金のみの受給者のうち、年金額が月額 5 万円未
満の低年金者は 500 万人を超える。また、2007 年 4 月 1 日現在の 65 歳以上の無年金者は
45 万人、このうち、今後、保険料を納付できる 70 歳まで保険料を納付しても受給資格が
得られない者は 42 万人いる。こうした低年金者、無年金者が 65 歳以上人口に占める割合
は、低年金者が約 20%、無年金者が約 2%である。
65 歳以上人口に占める低年金者、無年金者の割合が一定だとしても、今後、65 歳以上
人口の増加が見込まれるなかで、低年金者、無年金者の増大は不可避である。例えば、2025
年の 65 歳以上人口は 3,635 万人になると推計されている16が、低年金者はその割合を現
在と同じ 20%とすれば約 730 万人、無年金者はその割合を 2%とすれば約 70 万人に増加
する。
65 歳以上人口の増加に加え、平均的に所得が低い高齢単身世帯や、基礎年金のみの受
給者が増加すれば、将来の低年金者、無年金者が更に増加する可能性がある。
以下では、将来の低年金者、無年金者の増加の可能性について探ることとする。
(1) 高齢単身世帯の見通し
低年金者や無年金者が、年金以外の所得や資産がほとんどなく、親族の支援も受けられ
ない場合には、生活保護を受給することができる。そこで、ここではまず、65 歳以上の
生活保護の受給状況を確認する。
厚生労働省の調査によると、65 歳以上の生活保護の受給者数(被保護人員数)は年々
増加しており、2005 年時点では 55.5 万人と、被保護人員数全体の約 4 割を占めている。
16
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」2006 年 12 月。
6
また、高齢者世帯のうち、生活保護を受ける世帯の割合は、1995 年時点では 4.7%であっ
たが、2005 年には 6.0%にまで拡大した。
65 歳以上の生活保護受給者の男女別の内訳をみると、男性は 23.1 万人、女性 32.5 万人
であるが、男女とも約 7 割が単身世帯となっている(図表 4)。65 歳以上の単身世帯に占
める生活保護受給者の割合は、男性が 15.1%、女性が 8.4%を占める。
なお、65 歳以上の生活保護受給者は、半数以上(2005 年度は 52.9%)が無年金者であ
り、その割合も増加している。また、年金受給者について、1 人当たり平均年金額は月額
4.6 万円となっている。
図表 4:生活保護の被保護人員数の内訳
65歳以上
55.5万人 【100%】
うち単身世帯
15.9万人
男性
23.1万人
【41.5%】
64歳以下
87.8万人
65歳以上
55.5万人
(61.3%)
(38.7%)
その他7.2 万人
うち単身世帯
23.6万人
女性
32.5万人
【58.5%】
その他8.9万人
(資料)厚生労働省「被保護者全国一斉調査(基礎調査)」2005 年
低年金者や無年金者で、生活保護の受給要件を満たす場合でも、必ずしも保護の申請を
行っているとは限らないが、65 歳以上の単身世帯の受給者が多いということから考える
と、今後の高齢単身世帯の増加は、将来の低年金者、無年金者の増加につながる可能性が
高い。
そこで、高齢単身世帯の状況を確認すると、2005 年時点の 65 歳以上の単身世帯は、男
性 105 万世帯(65 歳以上男性人口に占める割合は 9.6%)、女性 281 万世帯(同 19.0%)
である。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の世帯数の将来推計」(2008 年 3 月)
によると、将来の単身世帯数が増え、単身者割合が上昇することが見込まれており、2030
年には男女とも単身者割合が 2 割前後になると推計されている(図表 5)。
7
図表 5:65 歳以上の単身世帯の将来見通し
(%)
単身者割合(女)
1000
19.0
900
19.4
19.9
19.6
9.6
600
20.9
11.0
14.5
12.8
16.0
17.8
5
439
424
407
376
400
281
224
186
105
249
278
-10
-15
139
100
0
-5
327
200
15
10
単身者割合(男)
500
(万世帯)
300
25
20
800
700
20.4
単身世帯数(男)
単身世帯数(女)
-20
-25
0
2005
2010
2015
2020
2025
2030 年
( 資料)国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」2006 年 12 月、
「日本の世帯数の将来推計」2008 年 3 月
こうした高齢単身世帯の増加の背景には、生涯未婚率と離別率の上昇がある。
年齢階級別の未婚率と離別率の推移をみると、男女とも各年代においてそれぞれ上昇し
ている(図表 6、7)。一般に、生涯未婚率とは 50 歳時点の未婚率を指すことが多いが、
晩婚化が進んでいるとはいえ、50 歳以降で結婚する割合は低く、将来、更に生涯未婚率
が上昇することが考えられる17。また、離別率の上昇も、中長期的には高齢単身世帯の増
加につながることになろう18。
したがって、高齢単身世帯の増加が予想されるという点では、将来の更なる低年金者の
増加の可能性が否定できない。
17
例えば、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(2006 年 12 月推計)では、50 歳女
性の未婚率は、1955 年生まれは 5.8%、1990 年生まれは 23.5%、2005 年生まれ以降は 23.6%になる
と推定されている。
18 なお、生涯未婚率も離別率も低かった現在の単身高齢者の多くは、配偶者の死亡によって単身者とな
った世帯が多いとみられる。
8
図表 6:未婚率の推移
男性
女性
(%)
40
30歳代
40歳代
30
(%)
40
39.0
30歳代
40歳代
50歳代
60歳代
30
50歳代
60歳代
20
20
19.6
11.8
10
25.5
10.2
10
5.6
3.7
3.3
0
0
1965
75
85
95
2005 年
1965
75
85
95
2005 年
(資料)総務省「国勢調査」
図表 7:離別率の推移
男性
(%)
9
女性
(%)
9
30歳代
8
8
40歳代
50歳代
60歳代
7
6
7
6
5 .6
4 .8
5
4
(50歳代)
8.0
(40歳代)
5.9
5
4.6
4
3 .4
2 .8
3
8.1
30歳代
40歳代
50歳代
60歳代
3
2
2
1
1
0
0
1965
75
85
95
2005 年
1965
75
85
95
2005年
(資料)総務省「国勢調査」
(2) 厚生年金に加入しない雇用者の増加
単身世帯であっても、現役時代に主に正規雇用で働いていれば、高齢期までに一定の資
産形成ができるだろうし、厚生年金にも加入するため相応の年金収入も期待できる。また、
高齢期にも働き続けられる自営業等の場合には、高齢期に所得面での問題は少ない。
内閣府の「高齢男女の自立した生活に関する調査」(2008 年 6 月)によると、高齢単
身男性のこれまでの就労経歴は、主に正規雇用だった者の割合や自営業中心の者の割合が
高く、この点では夫婦世帯やその他の世帯とあまり違いはない。しかし、高齢単身男性を、
未婚、離別、死別の別にみると、未婚者や離別者は非正規雇用中心の者の割合が 1 割強を
占め、その他の世帯と比較しても非正規雇用中心の者の割合が高いという特徴がみられる
9
(図表 8)。
また、高齢単身女性のこれまでの就労経歴は、夫婦世帯やその他の世帯と比較すると、
主に正規雇用だった者の割合が高いが、未婚、離別、死別の別にみると、主に正規雇用だ
った者の割合が高いのは未婚のみで、離別や死別だと正規雇用中心の者の割合が大きく下
がる(図表 8)。
図表 8:これまでの就労経歴(55~74 歳調査)
非正規雇用が最も長い
(うち未婚)
65.1
18.6
11.6
70.3
(うち離別)
無職が最も長い他
8.7
主に正規雇用 71.5
単身世帯
男
性
自営業が最も長い
19.8
17.6
12.2
(うち死別)
77.5
2.8
19.7
夫婦世帯
77.5
2.5
18.9
68.7
その他世帯
26.9
3.6
45.4
単身世帯
女
性
17.8
21.4
68.5
(うち未婚)
28.5
24
その他世帯
30.4
23.3
20
21.7
18.7
夫婦世帯
0
17.5
30
39.2
(うち死別)
5.6
16.7
43.8
(うち離別)
15.4
40
8.8
20.5
20.3
27.2
21.6
60
9.3
24.7
80
100 (%)
(資料)内閣府男女共同参画局「高齢男女の自立した生活に関する調査結果」2008 年 6 月
非正規雇用であっても、週労働時間が概ね 30 時間以上であれば、厚生年金の加入対象
となるが、勤務先が個人事業所等で厚生年金適用事業所でない場合や、所定労働時間が短
い労働者、短期の労働者等は、厚生年金には加入せず、自営業者等と同様に国民年金のみ
に加入することになる。自営業者等であれば定年がないため、高齢期も就業し続けること
が可能であるが、雇用者は、多くの企業で定年があること、また、60 歳代前半の雇用が
進んでいるとはいえ、まだ十分に普及していないうえ、65 歳以降の雇用はほとんど確保
されていない状況である。こうしたなかで、雇用者が厚生年金に加入していなかった場合
には、老齢基礎年金のみの受給となることに加え、高齢期の勤労収入を得る機会は限定的
であり、低所得となりやすい。また、前述の通り、国民年金は、保険料が給与天引きされ
る厚生年金とは違い、被保険者が自ら保険料を納付するため、保険料の未納が起こりやす
いという特徴があり、厚生年金の未加入者が低年金や無年金に陥りやすいといった要素も
ある。
ところが、2007 年時点で、雇用者数 4,944 万人(非農林業雇用者のうち官公を除く)
に占める厚生年金加入者(旧共済を除く)の割合は 67%にとどまっており、雇用者であ
りながら厚生年金に加入していない者が 1,639 万人存在する。
10
また、社会保険庁の調査によると、国民年金第 1 号被保険者のうち、常用雇用や臨時・
パートといった雇用者の割合が増加している(図表 9)。この傾向が続けば、雇用者であ
りながら、基礎年金のみの年金受給者がさらに増加する可能性がある。
図表 9:就業状況割合の推移
自営業主・家族従業者
常用雇用
臨時・パート
無職・不詳
年度
1999
9.8
33.9
2002
27.9
2005
28.2
0
40.4
21.0
10.6
34.8
24.9
12.1
20
39.7
16.6
40
60
80
100 (%)
(資料)社会保険庁「国民年金被保険者実態調査」2005 年
4. 低年金対策の各案の効果と課題
現在、低年金者が約 500 万人、無年金者が約 100 万人、65 歳以上の生活保護受給者が
約 60 万人いるなかで、無年金者も含む低年金者、低所得者に対する追加的な対策案が検
討されている。
また、今後も単身世帯の増加や、雇用者でありながら厚生年金に加入しない者が増加す
る傾向が続けば、さらに低年金者が増えることが予想され、早急に低年金対策に着手する
ことが求められる。
以下では、低年金対策案のうち、(1)新たな給付を伴う制度の導入案と、(2)現行制
度の一部を修正する対策案の 2 つに分け、それぞれの改革案についてその意義と効果を検
討する。
(1) 新たな給付を伴う制度の導入
まず、低年金者を生じさせないことを目的とし、新たな給付を伴う制度を導入する案と
して、以下の 4 つの案からみていく。
a.
最低保障年金の導入
低年金者に対して一定の年金額を支給する最低保障年金を導入する案は、詳細部分の違
いはあるものの、これまでに多くの団体等から提案されている。
同様の制度は既にスウェーデンで導入されている。同国の年金制度は、全国民共通の所
得比例年金となっており、その所得比例年金の額と居住年数19に応じて、国庫負担による
19
スウェーデンに 3 年以上居住している者が支給対象者。所得比例年金の額に応じて保証年金は減額さ
れる。
11
保証年金が支給される。所得比例年金がゼロで居住年数が 40 年20の場合、単身者は 87,330
クローネ(138.9 万円21、月額 11.6 万円)、夫婦世帯は 1 人当たり 77,900 クローネ(123.9
万円、月額 10.3 万円)である。なお、所得比例年金の額に応じて保証年金は減額される
が、単身者は 125,870 クローネ(200.1 万円、月額 16.7 万円)以上、夫婦世帯の者は 1
人当たり 111,520 クローネ(177.3 万円、月額 14.8 万円)以上で保証年金は支給されない
(2008 年)。スウェーデンの保証年金は、日本の基礎年金が満額で月額 6.6 万円である
ことを考慮すれば、手厚い給付であるといえよう。
日本での最低保障年金の導入案では、最低保障額を月額 5 万円や 7 万円とする案が出て
いる。また、年金額だけではなく、所得制限を設け、支給対象を年収 200 万円以下の高齢
者世帯に限定するといった案もある。
ただし、最低保障年金を導入する場合には、現役時代の保険料未納者に対しても最低保
障年金を支給するのかについては慎重な対応が必要である。仮に、保険料未納期間がある
者に対しても最低保障年金を支給するとすれば、保険料納付意欲に悪影響を与えるととも
に、保険料納付者に不公平感を生じさせる懸念がある。一方で、最低保障年金の支給には、
保険料未納期間がないことを条件とすれば、低年金者の救済の意義が薄れることにもなる。
また、低年金であっても、高齢期の所得が多い場合については、最低保障年金を支給しな
いとする(所得制限をする)案については、正確な所得把握が課題になるとともに、生活
保護と最低保障年金との棲み分けをどうするかを考慮する必要があろう。
b.
保険料軽減支援制度の導入
現行の保険料免除制度は、低所得期間の国民年金保険料は免除されるものの、免除期間
や免除幅に応じて将来の年金額が最大 3 分の 1 に減額される。これが、低年金を招く一因
にもなっていることから、厚生労働省の社会保障審議会等では、現行の保険料免除制度を
廃止し、所得に応じて保険料の一部を軽減し、軽減分を公的に支援する「保険料軽減支援
制度」を創設する案が挙がっている。
この制度は、所得に応じた保険料を納付すれば、満額の基礎年金を受けられる仕組みで
あり、社会保険方式の基本を維持した案である。また、少なくとも保険料を納めた期間の
みが満額年金の基礎となることから、最低保障年金のようなモラルハザードが生じる可能
性は低いと考えられる。ただし、所得に応じた保険料納付を認めるのであれば、国民年金
の発足当初からの課題である自営業者等の正確な所得捕捉をどうするのかといった課題
は残る。また、保険料軽減支援を行う基準となる所得は、個人単位で考えるのか、または、
現行の保険料免除制度のように世帯主や配偶者の所得まで考慮するのかといった点や、後
に免除された保険料を追納できる所得状況になった場合でも追納なしで支援をするのか
といった点も検討する必要がある。
20
21
25 歳から 64 歳までの 40 年間。
1 スウェーデンクローネ=15.9 円で換算。みずほ銀行ホームページより、2008 年 1 月~12 月の月中平
均を平均。以下同じ。
12
なお、同制度を導入しても、過去に保険料が免除されており、既に低年金となっている
者への対策にはならないことにも注意が必要である。
c.
単身低所得高齢者等に対する加給金の支給
老齢基礎年金のみの受給を考えると、満額受給としても、単身世帯の年金額(月額 6.6
万円)は夫婦 2 人世帯の金額(13.2 万円)の半分となる。しかし、単身世帯の方が 1 人当
たりの消費支出が大きいこと、また、単身世帯は低所得者世帯が多い傾向があることから、
社会保障審議会等では、単身低所得高齢者等に対し、基礎年金に一定の加給金を加算する
という案が提案されている。
この制度は、低年金高齢者への対応という観点からは即効性がある。しかし、加給金を
加算する者の年金総額が、基礎年金の満額(月額 6.6 万円)を超える給付となる場合には、
加給金を受けない者にとって不公平感を生じさせる可能性がある。したがって、加算を行
う場合の基礎年金や所得基準をどう設定するのか、慎重な検討が必要である。また、最低
保障年金と同様に生活保護との関係をどう考えるのかといった点についても整理する必
要があろう。
d.
基礎年金の税方式化
基礎年金の財源は、従来 3 分の 1 が国庫負担、3 分の 2 が保険料負担であったが、段階
的に国庫負担割合が引き上げられており、最終的には国庫負担 2 分の 1、保険料負担 2 分
の 1 となることが予定されている。国庫負担割合をさらに引き上げ、基礎年金の財源全て
を国庫負担、すなわち税金とする案が基礎年金の税方式化である。この案は古くから議論
されているが、これまでのところ、負担と給付の関係が明確な社会保険方式を維持すべき
である22、税方式移行に伴う経過措置に要する費用が大きいなどの理由により実現されて
いない。
税方式を導入しても、基本的には財源が保険料負担から国庫負担(税負担)に振り替え
られるだけであり、全体の負担額は変わらない。ただし、税方式への移行に伴い、給付総
額を増額させるとその分総費用が増額するため、税方式切り替え時に追加費用が発生する
ことになる。税方式への移行は、過去の保険料納付実績に応じた移行期の経過措置と、国
庫負担の財源をどこに求めるかにより、移行の可否が大きく左右される。税方式に移行し
た場合に追加的に必要となる費用については、2008 年 5 月の政府の社会保障国民会議で
試算結果が発表されている。これによると、税方式移行とともに、高齢者に税方式の基礎
年金を満額給付し、過去の保険料納付実績に応じて年金額を上乗せする場合には、追加的
に必要となる負担額は 14 兆円(2009 年時点)に上るとされている23。
税方式を導入すれば、国民年金保険料の未納問題が解消するほか、少子高齢化が進むな
22
23
基礎年金を税方式化すると、受給要件は、現在の保険料納付から国内居住年数等になるとみられる。
税方式移行前の保険料納付期間に係わる上乗せ給付を保険料負担分のみ(満額で 3.3 万円上乗せ)と
した場合。なお、同試算では、移行前の税負担分も含めた額を上乗せすると(満額で 6.6 万円上乗せ)
24 兆円の追加負担が必要との結果が示されているが、現実的な選択肢ではないためここでは考慮して
いない。
13
かで負担が現役世代に偏らず、幅広い世代の負担となること、低年金者や無年金者が生じ
ないといったメリットがあるが、必要となる財源をどう確保するのかが、税方式を導入す
る際の最大の課題といえよう。
(2) 現行制度の修正による低年金対策
次に、現行制度を修正することによる低年金対策として、以下の 4 つの案をみていく。
a.
受給資格期間の短縮
現行では、基礎年金の受給資格期間は原則として 25 年となっており、厚生年金や共済
年金の受給には、基礎年金の受給資格期間を満たしていることが必要である。なお、この
25 年には、保険料納付済期間だけではなく、保険料免除期間、外国居住期間や基礎年金
導入前の任意加入期間などの合算対象期間も含まれるほか、一定の条件を満たすと最長で
70 歳までの任意加入24が可能である。
保険料納付済期間等が 25 年未満であると、基礎年金に加え、厚生年金、共済年金も支
給されず、無年金となることから、この期間を短縮すべきであるとの案が出ている。ただ
し、受給資格期間の短縮は、無年金者を抑制する対策にはなるものの、年金額は保険料納
付済期間に応じた給付となるため、新たに低年金者を増加させる要因になる。
なお、国民年金の制度発足時(1961 年国民年金法施行)に受給資格期間が 25 年とされ
たのは、40 年加入を原則とする国民年金において 25 年が特別に長いとは判断されなかっ
たこと、低所得者には免除制度が設けられており、25 年と定めても低所得者に特別に不
利になるとは考えられなかったこと、当時の所得水準から考えて年金として相応しい額を
支給するには 25 年の拠出期間を必要としていたことによるとされている25。しかし、受
給資格期間 25 年は、欧米主要国と比較しても極端に長く(図表 10)、米国並みの 10 年
とする案や、1 ヶ月でも保険料を納付していたら年金を支給すべきであるとの意見が出て
いる。
図表 10:主要国の年金の受給資格期間
日本
米国
25 年
10 年
英国
男性11 年
女性9.75 年
ドイツ
フランス
スウェーデン
5年
なし
なし
(注)1.米国は 40 加入四半期。1000 ドル(2007 年)の収入につき 1 加入四半期が付与
される。最高で年間 4 加入四半期まで。
2.英国は、男性 44 年・女性 39 年という満額受給要件の 4 分の 1 の期間にわたって
加入していることが必要。
3.スウェーデンの保証年金は最低 3 年の国内居住が要件とされている。
(資料)厚生労働省
24
60 歳~65 歳未満に任意加入できるのは、①国内に住所を有する、②老齢基礎年金の繰上げ支給を受け
ていない、③20 歳から 60 歳までの年金保険料の納付月数が 480 月未満、の 3 要件を満たす者である。
また、25 年要件を満たさない場合には、70 歳になるまで任意加入ができる(ただし、1965 年 4 月 1
日以前生まれのみ)。
25 社会保障審議会年金部会(2008 年 5 月 20 日)資料による。
14
しかし、例えば、受給資格期間を 20 年とした場合の老齢基礎年金は、月額 33,000 円、
10 年とした場合には月額 16,500 円となり、更なる低年金問題を招きかねない。また、1
ヶ月とすれば月額 138 円となり、給付のための行政コストまで考えれば、ほとんど意味の
ない給付となってしまう(図表 11)。
また、受給資格期間の短縮は、保険料の納付意欲の低下を招く懸念があること、保険料
納付済期間が 20 年未満であれば 40 年間保険料を免除された場合の年金額が月額 3.3 万円
未満になることなど、どこまでの短縮が妥当か、慎重な判断が求められる。
図表 11:保険料納付済期間別の老齢基礎年金額
保険料納付済期間
40年
25年
20年
10年
1年
1ヶ月
老齢基礎年金
(月額)
66,000円
41,250円
33,000円
16,500円
1,650円
138円
(注)保険料納付済期間が 1 ヶ月の場合は、66,000 円÷480 月とした。
(資料)厚生労働省資料等によりみずほ総合研究所作成
b.
保険料追納期限の延長
現行制度においては、国が国民年金保険料を徴収する権利は、2 年を経過したとき時効
によって消滅する。このため、免除制度や学生納付特例制度などを利用している場合26を
除き、国民年金の被保険者は、保険料の納付期限から 2 年を経過したときには事後的に保
険料を納付することができない。これは、健康保険料など他の社会保険料27と同様に、短
期間で債権債務関係を確定し、法的関係の早期安定を図るためとされているが、欧米主要
国では 3 年~6年、フランスでは時効なしとされており、国際的にみても短い(図表 12)。
図表 12:主要国の保険料徴収件の消滅時効までの期間
日本
米国
英国
ドイツ
フランス
スウェーデン
2年
3年
6年
4年
3年
なし
(注)1.米国は、収入の 25%以上の額を過少申告した場合の消滅時効までは 6
年間、虚偽申告・申請書未提出の場合には時効は適用されない。
2.英国は、社会保険料の納付義務があることを意図的に隠したときは、当
該隠蔽の事実を政府が知ったときから 6 年。
3.ドイツは、事業主が故意に保険料を横領した場合は 30 年。
(資料)厚生労働省
26
27
10 年間の保険料の追納が可能。
厚生年金、健康保険、国民健康保険、介護保険、労働保険の各制度の保険料。
15
低年金対策のひとつとして、実質的に保険料を事後納付ができる期間を 2 年以上に延長
し、保険料をより納めやすくすることにより、低年金者を抑制する案が出ている。ただし、
権利義務関係を早期に確定させ、債権管理の事務を増大させないといった時効の趣旨や、
他の社会保険制度との均衡を考えると時効の延長は困難であるとの指摘があり、時効後に
保険料を納付することができる事後納付の仕組みの導入を検討するべきであるという案
がある。
保険料の事後納付を認める期間については、現行の保険料免除期間についての保険料追
納期限が 10 年であることから 10 年とすること、年金給付の時効である 5 年と合わせて 5
年とすることなどが考えられる。こうした事実上の納付可能期限を延ばすことにより、年
金受給権を得られる者や年金額が増える者が増加することを期待できる一方で、現在、強
制徴収の徹底等により、2 年以内の保険料納付を促進しているなかで、2 年を超えて納付
期間を設けることの意義をどう考えるかといった課題は残る。
c.
厚生年金の適用拡大
前述の通り、非正規労働者が増加するなかで、現在、雇用者の約 3 分の 1 が厚生年金に
加入していない。厚生年金に加入していれば、基礎年金に加えて厚生年金が支給されるた
め、2006 年度の平均受給額(基礎年金を含む)で見ても月額 17.1 万円と、基礎年金のみ
(満額で月額 6.6 万円)の場合と比較して大幅に年金額が増加する。
非正規労働者であっても、既婚女性のパート労働者のように家計の補助的な収入を得る
働き方をしており、配偶者の収入や年金がある場合や、年金以外に安定した老後の収入が
見込まれる場合であれば、厚生年金に加入していなくてもそれほど問題はない。しかし、
現在の非正規労働者は、自分自身の勤労所得で生計維持している者が増加していることを
考えれば、非正規労働者の割合が高まっているなかで、厚生年金の適用基準を緩和し、加
入対象者を拡大することは、中長期的には低年金者を減少させる効果が期待できる。
この点については、被用者年金一元化法案では、厚生年金の適用範囲の若干の拡大が盛
り込まれているものの28、厚生労働省によると、新たに厚生年金の適用対象となるパート
労働者は 10 万人程度にとどまるとされており、その効果は限定的である。
パート労働者のうち、現在、国民年金第 1 号被保険者となっている者について、厚生年
金の適用拡大を進めることにより、報酬比例部分を含めた年金権の確保を図ることができ
れば、低年金者に対する所得保障機能の拡充と同時に基礎年金での低年金対策を最小限に
するといった効果もある。
ただし、低所得のパート労働者への厚生年金の適用拡大をする場合には、現行の標準報
酬月額の下限(98,000 円)の引き下げが必要となるが、この場合、国民年金第 1 号被保
28「被用者年金制度の一元化等を図るための厚生年金法等の一部を改正する法律案」(2007
年 4 月国会
提出)。「週所定労働時間が 20 時間以上であること」「賃金が月額 98,000 円以上であること」「勤務
期間が 1 年以上であること」の 3 つの基準をすべて満たすパート労働者(学生を除く)については、新
たに厚生年金の適用対象とするとされている。ただし、従業員 300 人以下の事業主に使用されるパート
労働者については、別に法律で定める日まで、新たな基準の適用が猶予される。
16
険者が月額 14,660 円(2009 年度)の保険料負担で基礎年金しか受給できないことに対し、
それよりも低額の厚生年金保険料の負担で厚生年金も併せて受給できるという不公平が
生じる。例えば、2009 年 5 月現在の厚生年金保険料率は 15.35%であるが、報酬月額が
95,000 円であれば、保険料が 14,582 円となり、国民年金保険料を下回る。この点につい
ては、厚生年金に加入する低所得者の保険料負担について、国民年金保険料以上とする29な
どの案も考えられる。
d.
三階部分の年金の拡充
民間会社員は、基礎年金に上乗せして二階部分として厚生年金に加入しているほか、企
業によっては三階部分に相当する企業年金を導入しているため、さらに充実した老後の所
得を確保することが可能である。
企業年金の加入状況をみると、2008 年 3 月末時点で厚生年金基金が 480 万人、確定給
付企業年金が 506 万人、適格退職年金が 442 万人、確定拠出年金(企業型)が 271 万人
となっている。単純に合計すると 1,699 万人になるので、厚生年金加入者数 3,379 万人の
約半数に相当するが、このうち、複数の制度に加入している者がいるため、実際の企業年
金加入者数は、厚生年金加入者の半数以下にとどまるとみられる。
また、公務員等が加入する共済年金は、三階部分に相当する職域加算部分がある。なお、
共済年金は廃止され、公務員等の二階部分は厚生年金に一元化することが予定されている
が、新たに公務員等に対する三階部分に相当する年金が創設される見通しであるため30、
公務員等については厚生年金に一元化後も一定の三階部分は確保される見込みである。
三階部分の平均年金額は、厚生年金基金は月額 1.9 万円31、確定給付企業年金は月額 6.4
万円、2012 年 3 月廃止予定の適格退職年金は月額 9.8 万円となっている。なお、確定拠
出年金の平均拠出額は、企業型は月額 1.4 万円、個人型は第 1 号加入者(自営業者等)が
月額 2.3 万円、第 2 号加入者(会社員)が月額 1.2 万円となっている32。仮に、20 年間掛
金を拠出し、20 年間で年金を受給するとし、運用利回りを考慮しなければ毎月の掛金と
ほぼ同額の年金額を将来受給することになると考えられる。
自営業者等の国民年金第 1 号被保険者(2008 年 3 月末 2,035 万人)であれば、三階部
分として国民年金基金の加入も可能であるが、加入者数は 2008 年 3 月末時点で 65 万人
にとどまっている。また、確定拠出年金の個人型加入者数は、2009 年 2 月末時点でわず
か 4 万人である。会社員(厚生年金の被保険者)で、いずれの企業年金にも加入していな
い場合には、確定拠出年金の個人型に加入できるが、同じく 2009 年 2 月末時点で 6 万人
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厚生年金保険料は労使折半のため、労使合わせての保険料が国民年金保険料以上となっても、雇用者
本人の負担が国民年金保険料を上回らないように設定することもできる。
30 2010 年 4 月 1 日実施見込み。前述の被用者年金一元化法案による。
31 プラスアルファ部分の給付のうち加算部分を全て一時金で受給した全額一時金選択者を除いた平均年
金額。プラスアルファ部分とは、厚生年金基金の給付のうち、国に代わって行う代行部分を上回る給付
の部分。
32 年金額はいずれも 2007 年度末時点。
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にとどまっており、三階部分に加入していない会社員も多い。
低年金者対策として、三階部分を拡充するには、加入対象者や拠出限度額を拡大するな
ど加入しやすい制度とすることが考えられる。まず、確定拠出年金については、加入対象
者が限定的であるため、その範囲を広げることや、拠出限度額の拡充が有効な手段となろ
う。なお、掛金の拠出限度額の引き上げ要望が強いことから、2010 年 1 月 1 日に拠出限
度額の引き上げが予定されている(図表 13)が、小幅な改正にとどまっており、思い切
った引き上げが求められる33。
図表 13:確定拠出年金の拠出限度額の引き上げ案
現行
改正案
企業型
個人型
・他の企業年金がない場合
月額
4.6 万円
月額
5.1 万円
・他の企業年金がある場合
月額
2.3 万円
月額 2.55 万円
・企業年金がない場合
月額
1.8 万円
月額
・自営業者等
月額
6.8 万円
2.3 万円
変更なし
(資料)厚生労働省
また、国民年金基金については、拠出限度額が月額 6.8 万円34と比較的大きい。今後、
加入年齢を 65 歳まで引き上げることが予定されているが35、掛金の小口化したり、加入
対象者を第 1 号被保険者以外にも広げるなど、加入しやすいような工夫も必要であろう。
5. おわりに
将来、更に高齢者数が増加し、低年金者や無年金者が増加することが見込まれるなかで、
早期に低年金問題への対策に着手することが求められる。これまでに、負担能力に応じた
国民年金保険料の多段階免除制度の導入や、保険料の強制徴収の取り組み強化等により、
保険料の未納率を低下させ、結果として将来の年金受給額の底上げを図る施策が実施され
てきた。しかし、こうした施策は一定の効果は見込めるものの、低年金問題の抜本的な解
決策には至っていない。
今後、取り組むべき低年金対策は、①現役時代の低所得者が高齢期に低年金や無年金と
なりやすい現在の仕組みの見直しにより、②誰もが高齢期に生活に窮することがないよう
高齢期の低所得者への年金額を拡充し、③最低限必要な日常生活費程度の年金を確保でき
るような改革を実施することである。これまでに出されている低年金対策案のうち、新た
33
その他、確定拠出年金の企業型における事業主の掛金拠出に加えて、加入者の掛金拠出が拠出限度額
の枠内かつ事業主の掛金を超えない範囲で認められる予定である。
34 確定拠出年金の個人型加入者は両者を合わせて 6.8 万円。
35 国民年金の加入期間を増やすために 60~65 歳までの間の任意加入者について、現在国民年金基金の加
入は認められていないが、改正後は認められる見込み。「企業年金制度等の整備を図るための確定拠出
年金法等の一部を改正する法律案」2009 年 3 月 6 日国会提出、2010 年 1 月 1 日施行予定。
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な給付を伴う制度の導入については、いずれも追加的に相当規模の財源が必要となる。具
体的な給付水準と、それに必要となる財源の規模を算出したうえで、財源の調達の可否と
給付水準のバランスを考慮していくことが、どの制度が選択肢として相応しいかを考える
判断材料になる。なお、前述の通り、保険料の納付意欲を減退させる可能性がある給付に
ついては、できる限りモラルハザードを生じさせないような工夫を考えること、年金制度
内での低年金対策による給付と生活保護との役割の相違の明確化等も、対策を実施するに
あたり不可欠である。
一方、現行制度の修正による低年金対策については、必ずしも直ちに低年金問題が解消
する対策ではないが、中長期的には一定の効果が期待できる。また、それほど大規模な追
加財源が必要となるわけではないという点では、比較的実施が容易である。低年金対策の
第一段階として先に実施するということも一つの手段として考えられよう。
【参考文献】
・ 厚生統計協会「国民の福祉の動向」2008年
・ 社会保障国民会議「最終報告」(2008年11月4日)
・ 社会保障国民会議 所得確保・保障(雇用・年金)分科会(第4回)資料(2008年5
月19日)
・ 社会保障審議会年金部会「社会保障審議会年金部会における議論の中間的な整理-
年金制度の将来的な見直しに向けて-」(2008年11月27日)
・ 堀江奈保子「基礎年金の税方式化で税負担はどうなるか~政府試算結果をどう考え
るか~」(みずほ総合研究所『みずほ政策インサイト』2008年5月27日)
・ 堀江奈保子「公的年金の世代格差の実態~低年金対策はどうすべきか~」(みずほ
総合研究所『みずほリポート』2008年6月27日)
・ 堀江奈保子・大嶋寧子・塚越由郁「高齢期の所得格差をどう考えるか~求められる
所得のセーフティネットの再構築」(みずほ総合研究所『みずほ総研論集』2008年
Ⅲ号)
・ みずほ総合研究所「図解 年金のしくみ」東洋経済新報社、2006年
・ みずほ総合研究所「雇用断層の研究~脱「総中流」時代の活路はどこにあるのか~」
東洋経済新報社、2009年
・ Socialdepartementet Ministry of Health and Social Affairs/RFV National Social
Insurance Board “The Swedish National Pension System”
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