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2007年版
平成19年度 日本組織適合性学会
認定 HLA 検査技術者講習会 テキスト
講習会の日時:平成19年9月9日(日曜日)16時30分〜18時30分
会場:パルルプラザ京都
京都市下京区東洞院通七条下ル東塩小路町(JR 京都駅前)
TEL:075-352-7444
日本組織適合性学会・組織適合性技術者認定制度委員会
教育部会 編集
日本組織適合性学会
平成19年度・認定 HLA 検査技術者講習会
日時:平成19年9月9日(日曜日)
16時30分~18時30分
会場:パルルプラザ京都
講習プログラム
16:30〜17:05
I.
臓器移植と HLA
p 2〜10
-組織適合性検査から HLA 抗体のモニタリングまで-
佐藤 壯(さとう つよし)
札幌北楡病院 臨床検査科
17:05〜17:40
II. 骨髄バンクにおける HLA 適合の考え方
p12〜22
加藤 和江(かとう かずえ)
日本赤十字社 中央骨髄データセンター
17:40〜17:50
17:50〜18:25
休憩
III. 造血幹細胞移植の臨床
p24〜29
日野 雅之(ひの まさゆき)
大阪市立大学大学院医学研究科 血液病態診断学
-1-
Ⅰ.臓器移植と HLA ー組織適合性検査から HLA 抗体のモニタリングまでー
佐藤 壯(さとう つよし)特定医療法人北楡会札幌北楡病院・臨床検査科
要約
臓器移植における組織適合性検査には complement dependent cytotoxicity crossmatch(CDC-XM)法、
flow cytometry crossmatch(FCXM)法、flow cytometry panel reactive antibody (FlowPRA)法などが
ある。ドナー特異的 HLA 抗体を同定する精度は後者に行くに従って高くなる。それは検査方法の原理や
用いる材料の違いに起因する。また、超急性拒絶だけではなく慢性拒絶にも HLA 抗体の関与が指摘され
ており、FlowPRA 法はその精度と特異性の高さから HLA 抗体の産生をモニタリングする方法としてきわ
めて有用である。近年腎移植領域において、移植腎の1年生着率が 95%を超えているものの、移植後早
期の移植腎喪失は皆無とはなっておらず、その多くはより精度の高い組織適合性検査によって防ぐこと
が可能であったと考えられる。また、移植後定期的に HLA 抗体の産生をモニタリングし、抗体が陽性と
なった時点ですみやかに適切な治療を行うことができれば、移植腎の生着期間を延長させることは十分
可能である。その意味からも、HLA 抗体の測定とモニタリングは、臓器移植医療においてきわめて重要
な検査分野である。
1.はじめに
Terasaki らが、lymphocyte microcytotoxicity test(LCT)法、別名 CDC-XM 法を考案し、臓器移植
における組織適合性検査の重要性を報告してから約 40 年が経過した。
ドナーリンパ球と患者血清を反応
させ、そこに補体を加えてドナーリンパ球が傷害されるかどうかをみるこの検査法は、その判定に特殊
な機器を必要としないため現在でも臓器移植検査における標準法の位置を占めている。しかし、この検
査法は当初から交差反応と精度の問題を抱え、
測定方法に様々な改良が加えられてきたにもかかわらず、
現在に至るまで結果の判定について移植医と検査担当者を悩ませてきたのも事実である。
もっとも、臓器移植における組織適合性検査の当初の目的は、移植後早期の移植片機能廃絶をいかに
防ぐかにあり、T warm 陽性を移植禁忌とすることでほぼ達成された。また、新しい免疫抑制剤の開発に
よる細胞性拒絶の予防方法や治療方法の進歩や、ABO 血液型不適合移植の経験から発展した減感作療法
や Rituximab(抗 CD20 抗体)を用いる新たな治療法の導入など移植後の液性拒絶に対する抗拒絶療法の
進歩により、組織適合性検査の重要性は以前と比較して相対的に低下してきた感がある。
一方、拒絶の主たる原因とされる HLA 抗体については、従来の測定法である LCT 法が煩雑な操作と検
査結果の解釈が難しいために臨床の現場ではほとんど活用されず、HLA 抗体についての研究は停滞して
いたのが現実である。そこに、HLA 抗原を表面にコーティングした microbeads による HLA 抗体測定法が
開発され、従来困難であった抗体の特異性を同定することも容易となり、HLA 抗体についての詳細な研
究が初めて可能となった。
本稿では、
従来からある CD C-XM 法とその改良法とされる FCXM 法、
および microbeads を用いた FlowPRA
法や LABScreen 法について概説する。さらに、当院における腎移植症例で HLA 抗体がどう推移したのか
紹介しながら、HLA 抗体を同定するための組織適合性検査の意義と、移植後の HLA 抗体モニタリングの
重要性について述べる。
2.組織適合性検査
1)CDC-XM 法
CDC-XM 法の原理は、ドナーリンパ球と患者血清を反応させ、患者血清中の抗体がリンパ球と抗原抗体
複合体を形成させる。そこにウサギ補体を加えて、補体活性化反応による細胞傷害を惹起させ、死細胞
の割合から患者血清中に抗体が存在することを推定している(図1)
。当初は whole lymphocyte で測定
していたが、B 細胞が 37℃でナイロンウールに結合する特性を利用して、T、B 細胞の分離が可能となり、
T 細胞で HLA classⅠ抗体を、B 細胞で classⅡ抗体が同定できるとされてきた。さらにその後、血清を
dithiothreitol(DTT)で処理することにより、IgM 抗体の影響を排除した検査が可能となった。また、
anti human immunoglobulin(AHG)を加え、より精度を高める方法も導入された。
ただ、様々な改良が加えられたものの、CDC-XM 法の原理は補体が抗原抗体複合体によって活性化され、
-2-
患者
血清
ドナー
リンパ球
+
ウサギ
補体
→
→
+
陰性
エオジン
+
→
陽性
図1 CDC-XM法の模式図
リンパ球細胞膜表面に membrane attack complex(MAC)を形成することによる細胞傷害から抗体の存在
を推測しているのであり、ドナーに向かう抗体そのものを同定しているわけではない。したがって、非
特異的な抗体によっても細胞傷害を受けることもあるし、補体活性化を阻害する要因があれば、当然検
査結果の精度に大きな影響を与えうることになる。
補体活性化経路には、古典経路(classical pathway)と副経路(alternative pathway)
、レクチン経
路(mannose binding lectin pathway)があり、抗体が主に関与するのは古典経路である。活性化のカ
スケードは図2の通りで、生体内では不必要に補体が活性化しないよう、血清中に多くのインヒビター
が存在している。また、時に自己抗体や交差反応する抗体が細胞と結合することがあり、そこで細胞傷
害が起きないように細胞膜上にも補体の活性化を防ぐ一連の蛋白が存在しており、これらは補体制御蛋
白(complement regulatory protein)と総称されている。
抗原抗体複合体+ C1qrs
↓
C4 → C4b + C2
C3
↓
C4b2 → C4b2a →↓
↓
C3b
C4b2a3b
↓
C5 → C5b+C6+C7+C8
↓
C5b678 + C9 → C5b6789(MAC)
図2 補体活性化古典経路
すべて CD(cluster of differentiation)抗原で、complement receptor-1(CR1)と呼ばれる CD35、
complement membrane cofactor protein(MCP)と呼ばれる CD46、decay accelerating factor(DAF)
と呼ばれる CD55、membrane attack complex inhibiting protein(MIP)と呼ばれる CD59 である。DAF
と MIP は赤血球を含むほぼ全ての細胞、MCP は赤血球を除くほぼ全ての細胞に、CR1 は赤血球及び造血系
の細胞と腎糸球体上皮の足細胞(podocyte)などに発現している。したがって、リンパ球にはこれら全
ての補体制御蛋白が発現している。
CR1 は C4b と C2 の結合を阻害し、あるいは C4b2 複合体、C3b と結合して、活性化のカスケードを止め
る働きをしており、DAF は C4b2a 複合体、C4b2a3b 複合体と結合して C3 や C5 の活性化を阻害し、MCP は
CR1 と DAF 双方の働きをしている。MIP は C5b678 複合体に C9 が結合するのを阻害して、MAC の形成を最
終的に阻止している(図3)
。
-3-
抗原抗体複合体+ C1qrs
↓
C4 → C4b + C2
C3
↓
C4b2 → C4b2a →↓
CR1
DAF
↓
C3b
MCP
C4b2a3b
↓
C5 → C5b+C6+C7+C8
↓
MIP
C5b678 + C9 → C5b6789n(MAC)
図3 補体制御蛋白による補体活性化の阻害
そのため、CDC-XM 法における精度は、特に血清中の抗体量が少量の場合、補体制御蛋白の機能によっ
て影響をうける可能性が大きい。
また、IgG の isotype の問題がある。IgG は G1 から G4 まで4つの isotype があり、isotype によって
補体結合能が異なる。具体的には G3>G1>G2>G4 の順で、G2 ではわずか、G4 にいたってはまったく補体結
合能がない。通常、IgG 全体に占める G2 と G4 の割合はそれほど大きくなく(約3割)
、isotype 毎の機
能や意義ははっきりしないが、CDC-XM 法の検査結果に影響する可能性はある。
2)FCXM 法
FCXM 法は Garovoy らによって 1983 年に初めて報告された。ドナーリンパ球と患者血清を反応させる
ところまでは CDC-XM 法と同様であるが、補体の代わりに抗ヒト IgG 蛍光標識抗体を反応させ、これをフ
ローサイトメーターで測定してリンパ球に結合する IgG 抗体のみを同定する方法である(図4)
。もちろ
ん、抗ヒト IgM 蛍光標識抗体で IgM 抗体を同定することも可能であるが、末梢血中の B リンパ球細胞膜
上に発現している B cell receptor(surface immunoglobulin、BCR)がほとんど IgM と IgD のいずれか
であるため非特異反応が生じる場合が多い。
患者
血清
ドナー
リンパ球
+
抗ヒトIgGFITC標識抗体
→
→
+
図4 FCXM法の模式図
陰性
→
レーザー光
陽性
FCXM 法も当初は whole lymphocyte で測定していたが、後に T、B を区別する蛍光標識抗体を用い、2
color あるいは 3 color で T リンパ球と B リンパ球を分けて解析できるようになった。ただ、T リンパ球
には HLA classⅠ抗原しか発現していないが、B リンパ球には HLA classⅠ抗原と classⅡ抗原どちらも
発現しており、しかも classⅠ抗原については T リンパ球より密度が高い。つまり、従来いわれている
ように T 陽性=classⅠ抗体陽性、
B 陽性=classⅡ抗体陽性という単純な図式は必ずしも成り立たない。
また、B-FCXM 法については、上に述べたように B リンパ球表面の BCR と標識抗体が cross reaction す
る可能性があることから、細胞を pronase 処理してから反応させる方法も報告されている。しかし、
-4-
pronase が BCR 以外の細胞表面抗原に影響する可能性についてははっきりしていない。
判定基準の問題もある。ひとつは陰性コントロールの立て方である。ドナー血清を使用する場合と輸
血歴、移植歴のない AB 型男性のプール血清を用いる場合がある。また、判定方法も Mean fluorescence
intensity (MFI:平均蛍光強度)の絶対値が陰性コントロールから 10 以上のシフトで陽性とする場合
もあるし、20 以上あるいは 40 以上を陽性と判定する場合もある。さらに、患者血清の MFI が陰性コン
トロールの MFI の2倍以上を陽性とする場合もある。これが各施設の検査結果を比較することを難しく
している。
次に、これは CDC-XM 法、FCXM 法に共通の問題であるが、輸血検査における交差適合試験の場合は、
患者血清と実際に輸血予定の赤血球を反応させて検査を行うので、in vitro でありながら in vivo とほ
ぼ同様の結果を再現できる一方、臓器移植の場合、患者血清と反応させるのはドナー臓器ではなくドナ
ーリンパ球であり、そこに一定の限界が存在する。
たとえば、
拒絶反応の原因として少数ながら報告のある endothelium に対する抗体を同定することは、
リンパ球にはendothelium 特異的抗原が発現していないので不可能であるし、
major histocompatibility
classⅠchain-related gene protein (MIC)に対する抗体についても同様である。
抗体の側から見ると、リンパ球に結合しているのが HLA 抗体などの MHC に対する抗体なのか、MIC 以
外の minor histocompatibility antigens に対する抗体なのか、またあるいは抗リンパ球抗体などの自
己抗体なのか、それとは別の cross reactive な抗体なのか、特定することは困難である。病理診断にお
ける免疫染色であれば、特異性の高い monoclonal 抗体を使用して、特定の抗原を同定することが可能で
あるが、多様な抗原の複合体であるリンパ球をターゲットとすること自体が、検査結果のあいまいさや
多義性をもたらしていると言えるのかもしれない。逆に、リンパ球だからこそ広汎なドナー抗体を同定
することができるとも言える。
3)LABScreen 法
LABScreen 法は先の2法と異なり、厳密な意味で組織適合性検査法ではなく正確には HLA 抗体検査法
である。HLA 抗体検査法には LCT 法以外にも様々な方法があるが、移植前における組織適合性検査の補
完や移植後のモニタリングを目的として、一般検査室でのルーティン化を可能にしたのはこの
LABScreen 法と FlowPRA 法が初めてであろう。
測定原理は、FCXM 法とほぼ同じで、ドナーリンパ球の代わりに microbeads を用いるのが大きな相違
点で(図5)
、これが狭義の組織適合性検査と言えない理由である。
microbeads
+
抗ヒトIgGFITC標識抗体
患者
血清
→
+
→
図5 LABScreen法、FlowPRA法の模式図
陰性
→
レーザー光
陽性
LABScreen 法と FlowPRA 法との違いは、①microbeads に2種類の蛍光が標識されている、②汎用のフ
ローサイトメーターではなく専用の測定機器を使用する、③測定結果が蛍光強度の数値で表示され、専
用の解析ソフトを使用する、の三点である。
検査方法の特徴や問題点は FlowPRA 法と重複する部分が多いので、次項でまとめてとりあげる。
4)FlowPRA 法
FlowPRA 法も LABScreen 法と同様に、厳密な意味で組織適合性検査法ではなく正確には HLA 抗体検査
法である。
-5-
FlowPRA 法には大きく分けて、HLA 抗体の有無を調べる Screening Test と HLA 抗体の特異性を調べ
る Single Antigen Test がある。
Screening Test は、classⅠと classⅡで異なる phycoerythrin (PE) 蛍光の microbeads を使用して
おり、各々30 種類の cell line から抽出した HLA 抗原をコーティングしている。つまり 30 種類の
microbeads を混合した試薬である。
また、
PE 蛍光の違いで microbeads を区別できるため、
classⅠ、
class
Ⅱ抗体を同時に測定、解析することが可能である。
一方、Single antigen test は単一の HLA 遺伝子を cell line に導入して発現させた HLA 抗原を精製
して microbeads にコーティングしている。異なる PE 蛍光を持つ8種類の HLA 抗原をコーティングした
microbeads と1種類の表面に何もコーティングしていない control beads を混合した試薬で1グループ
となっており、classⅠは 10 グループ 80 種類、classⅡは5グループ 40 種類の HLA 抗体を同定できる。
ただ、精度の高い FlowPRA 法であるが、HLA 抗体以外は同定できないし、当然ながら、microbeads に
コーティングされていない抗原に対する抗体を同定することは不可能である。
さらに、Screening test 陽性という結果は、単に患者が HLA 抗体を保有している事実を示すのみでド
ナー特異的であるかどうかは別であり、ドナー特異性の有無を調べるためには Single Antigen Test が
必要である。
5)組織適合性検査法のまとめ
組織適合性検査で同定しようとしているのは、HLA 抗体であれ何であれ、ドナー特異的抗体である。
患者血清中に含まれている抗体は、いわば患者の免疫系が非自己と戦ってきた履歴であり、人により
様々である。この多種多様な抗体の海の中からドナー特異的抗体だけを取り出そうと多くの検査方法が
考案されたが、いずれも一長一短があり、残念ながらたった一つの方法で移植の適否を決定できる完璧
な検査方法は存在しない。
そこで、現時点で最適な方法は、スクリーニングとしての位置づけの CDC-XM 法と、FCXM 法あるいは
FlowPRA 法を組み合わせるか、もし可能であれば三者を併用するのが望ましい。これにより、ほぼ正し
い判断は可能だと考えられる。もし、FCXM 法と FlowPRA 法で検査結果が矛盾したものであれば、個人的
意見ではあるが、FlowPRA 法の結果を優先したい。そこで、検査結果や患者背景から移植の適否を判断
するために作成したのが図6のフローチャートである。
CDC-XM
(−)
妊娠歴
輸血歴(−)
移植歴
FlowPRA
SC(−)
FCXM
(−)
FlowPRA SA
DSA(−)
FlowPRA
SC(+)
妊娠歴
輸血歴(+)
移植歴
CDC-XM
(+)
FlowPRA SA
DSA(+)
FCXM
(+)
SC=Screening Test, SA=Single Antigen Test,
移
植
適
応
移
植
不
適
DSA=donor specific antibody
図6 組織適合性検査結果別フローチャート
3.腎移植症例における HLA 抗体
1) 慢性拒絶症例(移植後 HLA 抗体陽性症例)
症例は 10 代(移植時)女性で、父親をドナーとして生体腎移植を受けた。血液型は一致、HLA はハプ
ロアイデンティカルで A24、B7、DR1 の3座不一致であった。移植直後の経過は順調であったが、コンプ
-6-
ライアンスに問題のある症例で、移植3ヶ月、10 ヶ月、1年7ヶ月後に細胞性拒絶を起こし、その度に
抗拒絶療法を行っていた。10 ヶ月後までは HLA 抗体陰性であったが、1年 10 ヶ月後の血清で抗体陽性
となり、その時点ですでにドナー特異的 A24 抗体陽性であった。その後何度かの抗拒絶療法にもかかわ
らず、腎機能は急速に悪化し、移植2年3ヶ月後に透析再導入となった(図7)
。
Recipient HLA : A 2, 11 B48, 62 DR 4, 15
Donor HLA
: A11, 24 B 7, 48 DR 1, 15
1y10m後
A24
1y10m後
10m後
図7 慢性拒絶におけるHLA抗体
2) 急性拒絶症例(移植前 HLA 抗体陽性症例)
症例は透析歴 25 年の 50 代男性で、死体腎移植を受けた。血液型は一致、HLA は A2座(A24、A26)
、B
1座(B59)の3座不一致であった。日本臓器移植ネットワークがあっせんした移植であるので、CDC-XM
法は当然陰性だが FCXM 法は必須とされておらず、
もし実施されていればあるいは陽性となっていたかも
しれないが、この症例では検査されていなかった。また、ネットワーク登録患者は輸血歴などがある場
合 LCT 法で HLA 抗体検査が行われるが、この患者は一度陽性となり登録保留となったがその後あらため
て LCT 法で陰性と判定されたため登録継続となっていた。術後、移植腎はほぼ機能しないまま、結局術
後 40 日目で移植腎摘出となった。その経過を FlowPRA 法で解析した。患者は移植前から過去の輸血によ
るであろうと推測される classⅠHLA 抗体を保有していた。その特異性を調べたところ、ミスマッチ抗原
の 2/3(A24、B59)に対して陽性であることが判明した(図8)
。
Recipient HLA : A 2, - B39, 62 DR 4, 15
Donor HLA
: A24, 26 B59, 62 DR 4, -
ClassⅠ
ClassⅡ
A24
A26
図8 急性拒絶における移植前のHLA抗体
-7-
B59
移植後これらの HLA 抗体は移植腎に吸着され、術後(post operation day : POD)1 日目では、一見
HLA 抗体陰性のように見える。その後、ドナー非特異的抗体(A32)が再び出現するようになり、最後は
ドナー特異的な A24 抗体も出現し、移植前より強くなっているのがわかる(図9)
。なお、図には示して
いないがドナー特異的な B59 抗体も同様の経過を示している。これは、移植腎に吸着されていた抗体が
結合する抗原がなくなったために、
末梢血中にあふれてきたものと考えられる。
ここで注目すべき点は、
ドナー特異的、非特異的も含めた HLA 抗体が移植腎に一度全て吸着されることと、いち早くドナー非特
異的抗体が再度出現することである。
POD 1
A24
POD 1
POD 24
POD 17
POD 17
A24
POD 24
A24
A32
A32
POD 38
POD 38
A24
A32
図9 急性拒絶における移植後のHLA抗体の推移
腎生検は、one hour、POD14、POD21、POD33 に行っているが、one hour では acute tubular necrosis
(ATN) の所見のみ、POD14、POD 21 では細胞性拒絶の所見のみ、POD33 で初めて液性拒絶の所見が得られ
たが、その時点では移植腎は回復不可能な傷害を受けていた。したがって、病理結果から液性拒絶を早
期に判断するのは難しい場合があることも明らかとなった。一因として、先に触れた補体制御蛋白によ
る防御機構が、抗体による細胞傷害をマスクして病理学的診断にも影響する可能性を示唆している。も
ちろん、生検では検体がごく一部しか採取できないことが一因である可能性も否定できない。
3)ドナー非特異的 HLA 抗体陽性症例(移植前 HLA 抗体陽性症例)
①初回移植
症例は 10 代男性。A11、B67、DR16 の3座ミスマッチで血液型は一致の母親をドナーとして、生体腎
移植を受けた。移植前の組織適合性検査では CDC-XM -T 陰性、B warm 陽性、FCXM-T 陰性。レトロスペク
ティブに調べたところ、classⅠ抗体陽性だったが、A11、B67 のドナー特異的抗体は陰性で、A24 などの
-8-
ドナー非特異的抗体であった。すでに移植3年以上しているが、腎機能は順調である。
②二次移植
症例は二次移植時 50 代の男性、その 11 年前に B7、DR1 の2座ミスマッチの血液型一致の母親をドナ
ーとして生体腎移植を受けたが、4年後に透析再導入となった。2度目は HLA 完全一致、血液型も一致
の妹をドナーとして生体腎移植を受けた。B7、DR1 を含む classⅠ、classⅡ抗体陽性であったが、HLA
完全一致のため二次移植腎機能に全く問題なく、HLA 抗体陽性のまま4年以上経過している。
③三次移植
症例は三次移植時 50 代の男性、その4年前に A24、B7、DR1 の3座ミスマッチの血液型不適合の母親
をドナーとして生体腎移植を受けたが、1年6ヶ月後に透析再導入となった。2度目は A24、B7、DR1
の3座ミスマッチの血液型一致の妻をドナーとして生体腎移植を受けたが、超急性拒絶で移植腎廃絶と
なった。
三次移植は B46、
DR9 の2座ミスマッチ、
血液型一致の長男をドナーとして生体腎移植を受けた。
当然ながら A24、B7、DR1 を含む classⅠ、classⅡ抗体陽性であったが、移植前の組織適合性検査では
CDC-XM -T 陰性、B warm 陰性、FCXM-T 陰性。三次移植腎機能に全く問題なく、この症例も HLA 抗体陽性
のまま3年以上経過している。
4) HLA 抗体モニタリング症例(移植後 HLA 抗体陽性症例)
症例は 20 代男性。A11、B54 の2座ミスマッチの血液型一致の母親をドナーとして、生体腎移植を受
けた。移植前の組織適合性検査では CDC-XM -T 陰性、B warm 陰性、FCXM-T 陰性。レトロスペクティブに
調べたところ、移植8ヶ月後までは HLA 抗体陰性だったが、1年2ヶ月後 classⅠ抗体陽性となった。
ただ、ドナー特異的抗体は陰性であった。これと時を同じくして血清クレアチニン(S-Cre)値が上昇し
たため、代謝拮抗剤のアザチオプリンを MMF に変更した。しかし、その後も S-Cre は悪化し一時 3 弱ま
で上昇した。その間、細胞性拒絶を疑い抗拒絶療法を行い、また BK virus 腎症を発症して MMF を一時減
量したが、次第に腎機能も落ち着き、移植4年以上たった現在では S-Cre は2以下まで低下して、腎機
能も落ち着いている。HLA 抗体も移植2年2ヶ月後には消失し、陰性を維持している。MMF への変更以外
に、特別な治療は行っていないため、我々は HLA 抗体の消失は MMF によるものと考えている(図 10)
。
Recipient HLA : A24, 26 B35, - DR 4, 8
Donor HLA
: A11, 24 B35, 54 DR 4, 8
1y2m後
6m後
6m後
1y2m後
B54
B54
B58
B58
図10
HLA抗体の産生とMMFによる消失の推移
-9-
3y2m後
3y2m後
B54
B58
これ以外の3症例においても、
MMF によると考えられる HLA 抗体の消失あるいは減弱を確認している。
5)腎移植症例における HLA 抗体のまとめ
HLA 抗体検査を含む広義の組織適合性検査は、移植前だけではなく移植後も重要である。また、HLA
抗体陽性が即移植腎廃絶ではない。血漿交換、Rituximab、intravenous immunoglobulin transfusion
(IVIG)などにより治療は十分可能である。移植臓器が劇的に増加する見込みがない現在、移植臓器の
生着期間を延長するためには、HLA 抗体のモニタリングがきわめて重要である。
4.おわりに
臓器移植における組織適合性検査は移植の可否を決定するための検査であるとは言われていたものの、
近年では陽性になることは滅多になく、HLA タイピングも夫婦間であれば時に6ミスマッチの場合もあ
り、だからといって移植が中止になるわけでもなく、結果を報告しても、
「あ、そう」ですまされてしま
う、
時間と労力に細心の注意を払ってやった割には、
あまり報われない検査であった
(ような気がする)
。
検査方法も十年一日のごとくで(HLA タイピングは劇的に変わったが)
、現代科学の進歩からは遙かにか
け離れた十万光年の彼方に空しく停滞していたのを、いきなり最新医学の最先端にワープさせたのが
FlowPRA だと思う。テラサキ・トレーが HLA タイピングの世界から消えていくのを、どのような思いで
PI Terasaki が眺めていたのか知るよしもないが、はるかにパワフルに復活したことだけは確かだ。HLA
抗体研究において、このわずか数年で過去数十年間の停滞を一挙に解消し、今やエピトープ解析の時代
である。といっても、全く新しい地平の緒についたばかりであり、誰もが同じスタートラインに立って
いると言える。HLA 検査技術者を目指している皆さんには、是非とも最先端を目指していただきたい。
最後になるが、たかだか 60 数例の腎移植症例しか持たない当院がこれだけの症例を呈示できるのは、
十数年に及ぶ移植患者検体のストックに負うところが大きい。
特に 2000 年からはシステマティックに保
存する体制が確立された。このシステムを発案した元移植外科医長・田中美津子先生の「たとえ今はわ
からなくとも、検体を残しておけばいつかはわかることがあるかもしれない」という思いが実を結んだ
ものと言える。
先生の先見の明に感服するとともに、
この場を借りて心より感謝申し上げる次第である。
5.参考文献
1)
2)
3)
4)
多田富雄 監訳: 免疫学イラストレイテッド[原書第5版]
、2000 年、南江堂
笹月健彦 監訳: エッセンシャル免疫学、2007 年、メディカル・サイエンス・インターナショナル
藤原大美 編: 新 移植免疫学、2000 年、中外医学社
猪子英俊・笹月健彦・十字猛夫 監修: 移植・輸血検査学、2004 年、講談社サイエンティフィック
************************************************
講師の連絡先
特定医療法人 北楡会 札幌北楡病院 臨床検査科
佐藤 壯(さとう つよし)
〒003-0006 札幌市白石区東札幌6条6丁目5番1号
Phone: 011-865-0111 Fax: 011-865-1551
E-mail: [email protected]
URL: http: //www.hokuyu-aoth.org/
************************************************
- 10 -
*****
Memo
- 11 -
*****
Ⅱ.骨髄バンクにおける HLA 適合の考え方
加藤 和江(かとう かずえ)日本赤十字社 中央骨髄データセンター
要約
骨髄移植では患者とドナーの HLA 適合度が移植成績に大きな影響を及ぼす。日本赤十字社では
HLA-A,B,DR 抗原適合を基本の検索条件とし、さらに HLA 遺伝子型、血液型、体重、年齢等の評価点を加
算し適合度の高い順に適合ドナーを選択している。1999 年から 5 抗原適合(ミスマッチ)検索を開始し、
海外バンクとの連携も順次拡大されドナー選択の幅が広がった。
一方では、DNA 検査の普及により HLA 型は遺伝子型まで判定可能となったが、DNA 検査結果の表記は多
様化し複雑でわかりにくい。
しかし、近年、移植症例数の増加により HLA 遺伝子型と移植成績の関連がより明確になりつつあり、
ドナー選択の上で HLA 適合度は移植成績に影響する重要な因子となっていることから、最適なドナーを
選択するためにも常に新しい情報を把握することが重要である。
1. はじめに
1992 年 12 月に日本骨髄バンク(以下 JMDP)が設立され 16 年余りが経過した。現在(2007 年 5
月末)までの登録者は累計で患者 22,798 人、ドナー354,699 人となり、骨髄移植実施数は 8,367 件
にのぼった。近年では約 9 割以上の国内患者に初回の検索で適合ドナーが見出されている。
本講習会では、JMDP の適合検索の方法を解説する。
2. JMDP の現状
1) ドナー登録状況(図 1)
2005 年 3 月にドナー登録要件が緩
和され、登録時の家族の同意が不要
となり 18 歳から登録可能となった。
さらに同年 9 月に登録が 54 歳まで・
骨髄提供が 55 歳までに引き上げら
れたこと、及び広報活動の強化によ
り登録者数が大幅に増加した。
コーディネートを開始直後に約
半数のドナーが、健康上の理由、都
合がつかない、家族の不同意等の理
由でコーディネートを終了してい
る現状において、ひとりでも多くの登録ドナーを増やすことが課題のひとつとなっている。
2) 患者登録状況(図 2)
患者は年間約 2,200 件、うち国
内患者は約 1,600 件登録される。
近年は海外からの患者登録が増
加しており、新規患者の約 30%が
海外から登録である。
現在登録している患者は 2,260
名、うち 1,462 名(65%)が国内患
者である。多くは適合ドナーとの
コーディネートを進めているが、
適合するドナーが見つからない患
者も存在する。
JMDP で適合ドナーが見つからない場合は、JMDP を介した国際協力により海外バンクで適合ド
ナーを探したり、日本さい帯血バンクネットワークでさい帯血移植を実施する道もある。
- 12 -
3) HLA 適合状況
① 初回検索時の適合率(図 3)
患者登録手続きが終了すると、当日中に適合検索が行われる。近年、国内患者の初回検索時
の 6 抗原適合検索の適合率は 9 割、
海外患者についても 6 割を超えてい
る。
1999 年以降海外患者の適合率が
上がり、国際協力に伴う韓国からの
患者登録が増えた時期と一致する。
近隣諸国でもあり比較的 HLA 型の出
現頻度が似ているためと考えられる。
② 登録年度別適合状況(表 1)
患者登録から集計日(平成 19 年 5
月)までの適合数を年度別に集計し
たものである。過去 3 年の適合状況に大きな変化はない。
表 1.登録年度別患者登録数・適合状況
16 年度
国内
海外
601
新規患者登録数
1,507
(28%)
1,471
405
適合患者数
(98%)
(67%)
不適合患者数
36
196
適
1,408
354
6 抗原適合
合
(93%)
(60%)
内
5 抗原適合
63
51
訳
17 年度
国内
海外
677
1,591
(30%)
1,562
475
(98%)
(70%)
29
202
1,497
423
(94%)
(62%)
65
52
18 年度
国内
1,686
(98%)
27
1,614
(94%)
海外
421
(20%)
326
(77%)
95
274
(65%)
72
52
1,713
4) 移植状況(図 4)
移植数は年々増加しており 2006 年は 949 件実施された。うち 938 件が国内患者に実施した移
植である。年間の国内患者の登録数(約 1,600 件)の約 6 割が移植を受けたことになる。
しかし、一方では移植まで
進まない患者がいることも事
実であることから、コーディ
ネート期間の短縮化及び効率
化を早急に進める必要がある。
- 13 -
3. JMDP のドナーHLA 検査法
1) 検査方法の変遷
概要は図 5 に詳細は表 2 及び表 3 に示した。日本赤十字社では DNA 検査の導入により、同時に多
検体の検査が実施可能となった。これにより登録予約制を廃止し、いつでもどこでもドナー登録が
可能となった。
図 5.JMDP におけるドナーHLA 検査法の移り変わり
表 2.登録時 HLA 検査の検査法の移り変わり
年 月
内容
1992 年 1 月 1 次検査開始(HLA 型、血液型)
HLA-A 座、B 座の血清学的検査を実施
同年 7 年 2 次検査開始
HLA-A 座、B 座が患者と適合した登録ドナーを対象として HLA-DR 座の血
清学的検査を実施
1996 年 3 月 2 次検査(DR 座)を DNA 検査(MPH-L 法)に変更
1997 年 4 月 1 次 2 次同時検査開始
2005 年 3 月 A 座,B 座,DRB1 座を DNA 検査(R-SSO 法)に変更
血液型を申告制に変更
表 3.確認検査(3 次検査)の検査法の移り変わり
年 月
内容
1992 年 9 月 A 座,B 座,DR 座の血清学的検査、MLC 検査開始
1994 年 7 月 DR 座を DNA 検査に変更(MPH-H 法,SSCP 法)
1996 年 8 月 DR 座に加え、A 座,B 座の一部に DNA 検査実施
DNA 検査実施抗原:A2,A26,B61,B39,B62,B75,B60/-,B15,B40
2003 年 7 月 A 座,B 座を血清学から DNA 検査(R-SSO 法)に変更
2003 年 10 月 DRB1 と A 座,B 座の一部を SBT 法に変更
2005 年 7 月 リタイピング検査(R-SSO 法)開始
オプション検査として SBT 法実施
- 14 -
2) DNA タイピングと検査結果表記
蛍光ビーズ法では Middle Resolution~High Resolution の検査結果が得られる。
(表 4)
表 4.DNA 検査の解像度
解像度
HLA-A
Low
A*31
Resolution
Middle
A*3101/3102
Resolution
High
A*3101
Resolution
HLA-B
HLA-DRB1
B*40
DRB1*11
B*4001/4006/4009
DRB1*1101/1104/1105/1106
B*4006
DRB1*1104
全米骨髄バンク(NMDP)ではMiddle Resolutionのアリルの組み合わせをアルファベットを
付与することでコード化し、NMDPコードと称して適合検索に用いた。現在では世界各国で使用
されている。1)
JMDP では、蛍光ビーズ法での検査結果の表記として NMDP コードを使用することにしたが、
コード表記はわかりにくいため NMDP コードと併せて日本における出現頻度を、統計上の参考
情報として高頻度アリルの情報を提供している。
NMDP コードの要素であるアリルのなかで、日本で最も高頻度に見られるアリルを高頻度ア
リルとして扱っている。高頻度アリルは確認・確定された検査データではないため、適合検索
には使用していない。
表 5.検査結果と表記例
検査結果
NMDP コード
DRB1*0101/0105/0108/0111 DRB1*01EW
DRB1*1501/1506/1513
DRB1*15GEP
高頻度アリル
0101
1501
4. HLA 適合度
表 6 に適合度の例を示した。
患者登録された HLA の DNA 型が NMDP コードの場合、アリル一致する DNA 型は存在しない。NMDP
コード適合に該当するものは、患者の NMDP コードの要素アリルが一致する、あるいは要素アリルが
含まれる NMDP コードの場合となる。
表 6.DNA 型と適合度
患者 A
A*2402
適合度
アリル一致
患者 B
A*24BC(2402/2403))
A*2402
A*24BC(2402/2403)
A24
A*2402
A*2403
A*24BC(2402/2403)
A*24DB(2403/2410)
A24
A*2403
A*24DB(2403/2410)
A*2420
A*24AAB(2408/2413)
NMDP コード適合
抗原適合
アリルミスマッチ
- 15 -
患者 C
A24
-
-
A24
A9
A*2402
A*24BC(2402/2403)
-
5. HLA適合度と移植成績2)
HLA 遺伝子型の適合度と移植成績の分析結果が、2006 年 2 月に骨髄移植推進財団から出された。
(表 7)
これは JMDP を介して移植したスタートから 3,000 症例の中で、HLA-A,B,DR の血清型が適合し DNA 型を
レトロスペクティブに解析した全 2,500 症例を対象にした結果である。異なった疾患・病期・GVHD 予防
法が含まれることと、症例数が少ない群があることを留意する必要がある。
表 7.HLA 適合度別の生存率と重症 GVHD 発症率
3 年生
群
A
B
C
DRB1
n
1
○
○
○
○
2
○
○
○
3
○
○
4
○
a
6 年生
A-GVHD
P
P
存(%)
存(%)
1128
58
52
-
13
-
×
219
55
53
0.745
14
0.536
×
○
371
54
45
0.052
20
0.001
○
×
×
172
49
48
0.011
28
<0.0001
×
○
○
○
155
42
36
<0.0001
22
0.001
b
○
×
○
○
22
34
-
0.013
28
<0.0001
a
○
×
×
○
84
37
37
<0.0001
31
<0.0001
b
×
○
×
○
100
31
30
<0.0001
31
<0.0001
c
×
○
○
×
30
35
28
0.003
15
0.697
d
○
×
○
×
19
26
20
0.001
28
0.046
e
×
×
○
○
7
ne
ne
a
○
×
×
×
28
42
18
0.009
38
0.0002
b
×
○
×
×
47
31
31
<0.0001
35
<0.0001
c
×
×
○
×
6
ne
ne
d
×
×
×
○
34
30
27
0.0004
41
<0.0001
×
×
×
×
19
24
16
<0.0001
28
0.029
(%)
5
6
7
8
ne
ne
○:HLA 遺伝子型適合(但し HLA-C は血清型不適合含む)×:HLA 遺伝子型 1 型不適合
ne:症例数が 9 例以下のため解析せず。a,b,c,d,e は順位ではない
P は全適合症例との比較。
(出典:
(財)骨髄移植推進財団)
6. HLA 適合検索について
1) 患者登録から適合検索まで
日本赤十字社では、骨髄移植推進財団から送られてくる検索用患者データを逐次登録し、平
日毎日 3 回(午前、午後、夜間)の適合検索を実施している。
また、検索結果はリアルタイムに財団移植推進財団へ転送され、コーディネート時間の短縮
を図っている。
2) 検索の条件と種類
HLA-A,B,DR 座 6 抗原が適合すること、
ミスマッチ検索では 5 抗原適合することが条件となる、
目的とするミスマッチローカスの指定が可能である。
患者 1 名につき 5 名まで適合ドナーを選択する。
- 16 -
①
6 抗原適合検索
自動選択は、評価点の高い順に上位 5 名をシステムが自動選択する。一方、主治医選択
は評価点の高い順に上位 50 名の候補ドナー情報を提供しその中から主治医がドナーを選
択することができる。
② 5 抗原適合検索
主治医選択でドナーを選択する。上位 50 名の候補ドナー情報を提供し主治医がドナー
を選択する。ミスマッチローカスの指定が可能である。
3) 優先順位
6 抗原適合検索あるいは 5 抗原適合検索の条件に合致するドナーに対し、適合度及びその他
血液型・体重・年齢等で評価点を付与する。
(表 8,表 9)
各々の評価点を加算し合計点の高いドナーから優先して選択される。
表 8.評価点(1)
項目
HLA-A
HLA-B
HLA-C
HLA-DR
アリル適合(個別)
700
700
200
100
アリルコード適合(個別)
650
650
150
50
抗原適合
0
アリル不適合(ローカス)
-24,000
-24,000
-12,000
-8,000
抗原不適合
0
血清型スプリット適合
HLA-A,B,DR スプリット適合の場合 30
*表 7 の移植成績順に合わせて評価点を定めた。
表 9.評価点(2)
項目
ABO 型一致
Rh 型一致
体重比率
年齢
点数
120%<
20~29 歳:2
30~39 歳:1
4
3
3
7. 適合検索結果
検索結果の一例を表 10 に示す。患者の HLA 型に対し適合度の高いドナー順に検索される。
HLA-A,B,DRB1 各ローカスの抗原毎の評価点を加算し、合計点の高い順となっている。
表 10.適合検索結果(例)
A*
患者 HLA 型
2402/3303
1 A*2402/3303
A*24BC/3303
2
(24BC:2402/2403)
A24/33
3
ドナー
4
5
6
7
8
A24/33
A24/33
A*2420/3303
A*2420/3303
A*2420/3303
B*
5201/4403
B*5201/4403
B*5201/4403
B52/44
B52/44
B52/44
B*5201/4403
B*52BC/4403
52BC:5202/5203
B*5201/4402
- 17 -
DRB1*
1502/1302
DRB1*1502/1302
DRB1*15AB/1302
(15AB:1501/1502)
DRB1*1502/1302
評価点
3,000
2,900
200
DR15/13
DR2/6
DRB1*1502/1302
DRB1*1502/1302
30
0
-21,700
DRB1*1501/1301
-54,600
-46,400
適合度
アリル一致
アリル一致&
コード適合
アリル一致&
抗原適合
抗原適合
アリル不一致
8. ドナー選択に役立つ参考情報
2007 年 3 月に骨髄推進財団より重症急性GVHDハイリスクなHLA型の組み合わせについての情
報が出された。2)(表 11)
表 11.重症急性 GVHD ハイリスクな HLA 型の組み合わせ
[表の説明]
5,200 例の HLA-A,B,DR 血清型適合移植例につき、HLA-A,B,C,DRB1,DQB1,DPB1 のアリル型を後
方視的に同定し、各 HLA 座の適合度と臨床因子を考慮に入れ、Cox hazard model による多変量
解析を実施しました。それぞれの HLA 型不適合の組み合わせ別に、急性 GVHD の発症危険率を同
一 HLA 座の適合症例との相対危険率(Hazard Ratio : HR)として計算しました。これらのうち、
有意水準を P<0.005 としても GVHD 発症の相対危険率が高いと判断された HLA 型不適合の組み合
わせを抽出し、さらに、ブートストラップ法でも有意差が確認されたものを、重症 GVHD ハイリ
スクな組み合わせと定義しました。合わせて、これらの組み合わせにつき、移植後死亡の相対
危険率(HR for OS)も示しました。
[ドナー選択の際の留意点]
① 表で示した組み合わせは、重症 GVHD の発症リスクの高い組み合わせであり、生存への影響
については有意ではないものがあること。
(生存の有意な組み合わせには●印を記載しまし
た。
)
② これら以外にも、重症 GVHD の発症頻度が高い組み合わせが存在する可能性があること。
(組
み合わせによっては、症例数が少ないため有意にならなかった可能性もあります。
)したが
って、この組み合わせ以外の HLA 型不適合が、GVHD が起こりにくい組み合わせとは断定で
きないこと。
③ この表の組み合わせは、様々な GVHD 予防法(T 細胞除去法を除く)や疾患を含んだ多変量
解析の結果であること。
(出典:
(財)骨髄移植推進財団)
補足:HLA-C 不適合例における NK 細胞受容体(KIR2DL)リガンド不適合の組み合わせは、表右端に
「KIR2DL リガンド」と記載している。
- 18 -
9. HLA 型頻度について
1) 検査用 DNA 型リスト(表 12,表 13,表 14)
JMDP 登録ドナーで DNA 型既知の 85,974 件のデータから HLA 遺伝子頻度を算出した。
日本赤十字社で実施している JMDP 登録ドナーの HLA 検査では、遺伝子頻度 0.1%以上の DNA 型
をカテゴリ A と分類した。但し Null アリルは遺伝子頻度が低いがカテゴリ A に含めている。遺
伝子頻度(gf)0.005%以上の DNA 型をカテゴリ B と分類した。
JMDP 登録ドナー用 HLA 検査試薬の解像度は、カテゴリ A の DNA 型の組み合わせ、及びカテゴ
リ A とカテゴリ B の DNA 型の組み合わせは判定可能であることを基準としている。
表 12.JMDP 登録ドナーの HLA 検査に用いる DNA 型リスト(HLA-A)
No.
DNA 型
gf(%)
カテゴリ
No.
DNA 型
gf(%)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
A*0101
A*0201
A*0203
A*0206
A*0207
A*0210
A*0218
A*0253N
A*0301
A*0302
A*1101
A*1102
A*2402
A*2404
0.438
11.210
0.045
9.167
3.235
0.421
0.058
0.002
0.446
0.075
8.940
0.161
36.618
0.014
A
A
B
A
A
A
B
A
A
A
A
A
A
B
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
カテゴリ
A*2408
0.029
B
A*2420
0.746
A
A*2601
7.392
A
A*2602
1.723
A
A*2603
2.454
A
A*2605
0.063
B
A*2606
0.010
B
A*2901
0.015
B
A*3001
0.159
A
A*3004
0.016
B
A*3101
8.672
A
A*3201
0.027
B
A*3303
7.776
A
A*6801
0.012
B
N=85,974(2007 年 3 月)
表 13.JMDP 登録ドナーの HLA 検査に用いる DNA 型リスト(HLA-B)
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
DNA 型
B*0702
B*0705
B*0801
B*1301
B*1302
B*1401
B*1402
B*1501
B*1502
B*1507
B*1511
B*1517
B*1518
B*1526N
B*1527
B*1528
B*1538
B*1801
B*2704
gf(%)
5.557
0.013
0.017
1.206
0.250
0.015
0.005
7.840
0.033
0.631
0.984
0.002
1.596
0.005
0.099
0.036
0.008
0.005
0.198
カテゴリ
A
B
B
A
A
B
B
A
B
A
A
B
A
A
B
B
B
B
A
No.
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
- 19 -
DNA 型
B*2705
B*3501
B*3503
B*3701
B*3801
B*3802
B*3901
B*3902
B*3904
B*3923
B*4001
B*4002
B*4003
B*4006
B*4007
B*4050
B*4402
B*4403
B*4601
gf(%)
0.051
8.133
0.004
0.523
0.006
0.252
3.330
0.302
0.246
0.041
5.409
7.679
0.402
4.654
0.007
0.006
0.454
7.070
4.554
カテゴリ
B
A
B
A
B
A
A
A
A
B
A
A
A
A
B
B
A
A
A
No.
DNA 型
gf(%)
カテゴリ
No.
DNA 型
gf(%)
カテゴリ
39
40
41
42
43
44
45
46
B*4801
B*5101
B*5102
B*5103
B*5201
B*5401
B*5502
B*5504
2.942
8.665
0.222
0.008
11.523
7.518
2.412
0.158
A
A
A
B
A
A
A
A
47
18
49
50
51
52
53
B*5512
B*5601
B*5603
B*5701
B*5801
B*5901
B*6701
0.004
0.920
0.163
0.011
0.643
1.921
1.159
B
A
A
B
A
A
A
N=85,974(2007 年 3 月)
表 14.JMDP 登録ドナーの HLA 検査に用いる DNA 型リスト(HLA-DRB1)
No.
DNA 型
gf(%)
カテゴリ
No.
DNA 型
gf(%)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
DRB1*0101
DRB1*0102
DRB1*0301
DRB1*0401
DRB1*0403
DRB1*0404
DRB1*0405
DRB1*0406
DRB1*0407
DRB1*0410
DRB1*0701
DRB1*0801
DRB1*0802
DRB1*0803
DRB1*0809
DRB1*0901
DRB1*1001
DRB1*1101
5.749
0.005
0.116
1.056
3.143
0.184
13.144
3.379
0.467
2.102
0.327
0.004
4.217
8.039
0.034
14.439
0.474
2.500
A
B
A
A
A
A
A
A
A
A
A
B
A
A
B
A
A
A
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
DRB1*1201
DRB1*1202
DRB1*1205
DRB1*1301
DRB1*1302
DRB1*1307
DRB1*1401
DRB1*1402
DRB1*1403
DRB1*1405
DRB1*1406
DRB1*1407
DRB1*1412
DRB1*1429
DRB1*1501
DRB1*1502
DRB1*1602
3.606
1.691
0.004
0.582
6.693
0.020
3.404
0.023
1.590
2.204
1.497
0.104
0.031
0.017
7.530
10.727
0.835
カテゴリ
A
A
B
A
A
B
A
B
A
A
A
A
B
B
A
A
A
N=85,974(2007 年 3 月)
- 20 -
2)HLA フェノタイプ集計
日本赤十字社が JMDP 登録ドナーの HLA 型検査に DNA 検査を導入した 2005 年 3 月以降のデータを用
いて、フェノタイプの集計を行った。
① フェノタイプ別集計(図 6)
80,296 件の HLA データを基に血清型フェノタイプを集計した結果、45,742 種類の HLA
フェノタイプが存在した。
件数の多い順に 20 位までの HLA 型を図 6 に示す。
② 同一血清型フェノタイプの割合(図 7)
上記①について、同一フェノタイプ別の割合を集計した(図 7)
。
同一 HLA 型が存在
する割合は 82%であり、
ユニークな HLA 型が
18%存在した。すなわ
ち、8 万人のドナープ
ールでは約 8 割に HLA
型適合ドナーが見つ
かる可能性がある。
- 21 -
③ 同一 DNA 型フェノタイプの割合
血清型フェノタイプ集計において同一 HLA 型が存在する 66,205 件について、DNA 型のフ
ェノタイプ集計を行った。
(図 8)
まず、HLA-A,B,DRB1
について同一 DNA 型を
集計したところ、ユニ
ークな DNA 型が 31%存
在した。血清型が適合
し て も HLA-A,B,DRB1
すべての DNA 型が一致
するのは 7 割にしかす
ぎない。
次に、HLA-A,B 座の
みで同様な集計をし
たところ、ユニークな
DNA 型は 4%であった。
厚生科学班の研究結果によると、日本では HLA-DRB1 の DNA 型不適合は重症 GVHD の発症
及び生存率に大きな影響はないと報告されている。HLA-A,B,DRB1 適合ドナーを見つけ出す
ことが困難な患者に対しては、HLA-A,B の DNA 型が適合すれば DRB1 不適合のドナーでも移
植対象となりうるのではないかと考えられる。
10.参考文献及び Web site
1) NMDP ホームページ :NMDP Allele Code List
http://bioinformatics.nmdp.org/HLA/allele_codes_idx.html
2) JMDP ホームページ :患者コーディネートの進め方
http://www.jmdp.or.jp/pt/coordinat/flow.html
3) 盛山芳恵:日本骨髄バンク登録ドナーにおける HLA 遺伝子頻度,ハプロタイプ頻度,MHC Vol.12
No.3:25-43,2006
*******************************************
講師の連絡先
〒135-8523 東京都江東区辰巳 2-1-67
日本赤十字社 血液事業本部中央血液研究所
中央骨髄データセンター 調整課
加藤 和江
Phone :03-5534-7513, Fax:03-5534-8520
E-mail:[email protected]
*******************************************
- 22 -
*****
Memo
- 23 -
*****
III.造血幹細胞移植の臨床
日野雅之(ひの まさゆき)大阪市立大学大学院血液病態診断学
要約
造血幹細胞移植とは、大量の化学療法または放射線療法との組み合わせによって、骨髄を含めた体内
にあるすべての悪性細胞と患者の正常血液細胞を死滅させ、HLA が一致したドナーから採取した正常な
造血幹細胞を、静脈から輸血のように体内に入れ、破壊された骨髄と入れ換え、血液疾患を治してしま
う治療で、幹細胞のソースにより骨髄移植(BMT)
、末梢血幹細胞移植(PBSCT)
、臍帯血移植(CBT)があ
る。造血幹細胞を移植することで荒廃した骨髄の造血を再構築するだけでなく、ドナーの血球(特にリ
ンパ球)による免疫を利用して腫瘍細胞を排除する(GVL 効果)ことで治癒をもたらす強力な治療であ
る。しかし、抗癌剤による副作用(心臓、肝臓、腎臓の障害)や感染症、または移植されたリンパ球が
肝臓などの臓器に障害を与える移植片対宿主病(GVHD)
、血管障害などにより、約 20%(非血縁では 30%)
の患者が亡くなってしまうリスクの高い治療でもある。最近では、HLA 不一致の移植や高齢者に対して
弱い前処置療法を用いた造血幹細胞移植(ミニ移植)も行われるようになり、移植治療は日々発展して
いる。
1.はじめに
血液疾患の治療として 19 世紀末に骨髄が経口投与されて以来、さまざまな骨髄移植の試みがされたが、
自己造血が回復したと考えられている例を含め、同種造血幹細胞移植としてはことごとく失敗し、現在
のような骨髄移植の方法が確立するまでには数十年の時間が必要であった。1952 年の組織適合抗原
(HLA)の発見は骨髄移植法の確立に必要不可欠であり、1970 年代になって、骨髄破壊的前処置治療後
に HLA 適合ドナーより骨髄を移植し、移植片対宿主病(GVHD)の予防を行う移植の3本柱が確立し、感
染症治療の進歩もあって移植医療は飛躍的に発展し、日本造血細胞移植学会の報告からもわかるように
移植件数は年々増加している。現在では、ドナーは血縁だけでなく、HLA が一致した非血縁者からも移
植が可能で、移植ソースも骨
髄、末梢血(日本では血縁の
み)
、
臍帯血と広がった
(図1)
。
また、HLA 検査も serotype だ
けではなく、genotype を測定
することが可能になり、非血
縁者間の移植成績の向上に寄
与している。最近では骨髄非
破壊的前処置治療を用いたい
わゆる“ミニ移植”や HLA 不
一致者間での移植など 3 本柱
を超えた移植も研究段階とし
て実施されており、移植治療
はますます多様化している。
図1 第 29 回日本造血細胞移植学会 会長講演より引用
2.標準的な同種移植の流れ
1)ドナー選定
HLA が完全に一致した同胞(兄弟姉妹)がいる場合は最も良いドナー候補となる。血液型は一致して
いる必要はない。血縁に HLA が一致したもしくは1座のみ不一致のドナーがいない場合は、骨髄移植推
進財団(骨髄バンク)または臍帯血バンクネットワークを介した非血縁ドナーからの骨髄移植(HLA1座
不一致まで可能)もしくは細胞数が十分ある場合は臍帯血移植(一般的には HLA2座不一致まで可能)
が行われる。なお、最近では強力な免疫抑制や母児免疫寛容を利用した HLA2座以上不一致ドナーから
のミスマッチ移植も研究的治療として行われている。
- 24 -
2)移植前処置
悪性腫瘍細胞を根絶するだけでなく、ドナー造血細胞が拒絶されないように、レシピエント(患者)
の免疫を抑制するために、移植の約1週間前から前処置療法(移植の前に行う大量の抗がん剤や全身放
射線照射、免疫抑制剤を組み合わせた治療)を行う。最近では、高齢者や臓器機能が悪い患者に対して
殺細胞効果の弱い前処置療法を用いた造血幹細胞移植(ミニ移植)も考案され、今までは移植ができな
かった高齢者(55〜70 才)や臓器障害をもつ患者も移植が可能となってきた。
3)造血幹細胞輸注
末梢血、
ドナーから採取した骨髄、
臍帯血を静脈から輸注すると、造血
幹細胞は骨髄にホーミングし、造血
を開始する(図2)
。
黄、
水色は正常の血球を、
図2 赤、
ピンクは残存白血病細胞を示す。
4)免疫抑制治療
移植後、骨髄が回復する頃からド
ナーリンパ球による免疫反応で GVHD が発症してくる。HLA がまったく一致していない場合は致死的な免
疫反応が生じるが、HLA が完全一致したドナーからの移植でも GVHD が生じることより、HLA 以外のマイ
ナー組織適合抗原(mHA)の不適合も関与している。GVHD 予防のため免疫抑制剤(シクロスポリンやタ
クロリムス)が投与されるが、GVHD が発症した場合はステロイド投与も必要である。
5)感染対策
移植前には、移植に伴う合併症をできるだけ少なくするためにも、感染源(虫歯や痔)は必ず治療し
ておく必要がある。骨髄破壊的前処置治療により、一時的に白血球が0になるため、無菌病棟での管理
が必要となる。患者自身もうがいや手洗いによって感染をできる限り防ぐ必要がある。感染症が発症す
れば、原因菌が同定される前にエンピリック治療(経験的治療)として、できるだけ早く強力な抗生物
質で治療を始め、効果がない場合は、抗生物質の変更、抗真菌薬や抗ウイルス薬の追加を行う。場合に
よっては白血球(顆粒球)を増やす薬である G-CSF を投与する。
また、白血球が回復した後も免疫抑制療法により、カビ(肺炎や膿瘍など)やウイルス(肺炎、腸炎、
。
出血性膀胱炎、帯状疱疹など)などの日和見感染を発症し、致死的になる場合もある(図3)
図3
- 25 -
3.移植合併症
造血幹細胞移植には、抗癌剤や放射線を用いた前処置療の副作用(吐き気や嘔吐、口内炎、下痢、時
、または移植され
には出血性膀胱炎、心不全、肝障害、腎障害など)や感染症(細菌、カビ、ウイルス)
たリンパ球が肝臓などの臓器に障害を与える移植片対宿主病(GVHD)
、肝臓の静脈が詰まってしまう肝中
心静脈閉塞症(VOD)
、全身の細い動脈が詰まってしまう血栓性微小血管病変(TMA)など数多くの合併症
がある。また、移植した造血幹細胞が生着せず、血球が回復しない場合もある。なお、ほとんどの患者
で不妊となる(図4)
。
図4
GVHD には急性と慢性があり、移植後早期(〜3ヶ月)にあらわれる急性 GVHD は皮膚症状(皮膚が赤
、消化器症状(下痢や血便)
、肝障害(黄疸)が主な症状
くなる程度〜表皮剥離するぐらいひどいもの)
で、症状の強さによって4段階の重症度に分けられている。慢性 GVHD は移植後 100 日以後に発症し、自
己免疫疾患様に全身の臓器が攻撃を受け、移植後何年間も続くこともあり、患者 QOL(quality of life)
を著しく損なう場合もある。特に肺合併症に関しては予後が不良な場合もある(表1)
。
表1
- 26 -
4.GVL 効果
図5
ドナーリンパ球による免疫反
応は、患者(レシピエント)の
組織に対してのみ起こるのでは
なく、残存している腫瘍細胞に
対してもおこり、腫瘍細胞を排
除する(GVL 効果)ことが同種
造血幹細胞移植で重要なポイン
トである(図5)
。 事実、遺伝
的にまったく同じである一卵性双生児間での同種移植は GVHD が起こらず安全な治療と考えられたが、
そ
の反面、高率に再発がみられ、逆に GVHD がおこるほど再発率低下した。また、移植後再発した白血病に
対してドナーよりリンパ球だけ
を採取して輸注(DLI)すること
で一部の白血病では非常に有効
であった(図6)。
図6 Horowitz MM, Blood 1990 より引用
当院の移植成績でも、GVHD がおこった場合は重症度が上がるほど予後は不良であるが、GVHD がおこら
ない症例(grade 0)より、軽度の GVHD がおこった症例(grade I)の方が予後が良好であり、GVL 効果
が認められる(図7)
。
図7
- 27 -
5.同種移植の成績
図8
同種移植は化学療法に比して、
GVL 効果を期待できることで再発
率は低く、
治癒の可能性が高いが、
GVHD や感染による治療関連死の
頻度は高くなる。この差が大きい
ほど同種移植のよい適応となる
(図8)
。
標準リスクの造血器悪性腫瘍
(第1および第2寛解期の急性白
血病、第1および第2慢性期の慢
性骨髄性白血病、白血病化してい
ない骨髄異形成症候群)では、同
種造血幹細胞移植によって 50〜
60%の治癒が期待できる。HLA 一致の血縁ドナーからの移植に比べて、HLA が一致していない場合や非血
縁ドナーからの移植では成績が若干低下する。ハイリスクの造血器悪性腫瘍ではその差がなくなってい
る(図9)
。
図9 Kanda Y, BLOOD 2003 より引用
6.ミニ移植
通常の造血幹細胞移植は、超大量化学療法および放射線照射による前処置関連毒性により高齢者や臓
器機能が悪い患者では死亡率が高くなるため移植適応外であったが、骨髄抑制や殺細胞効果の弱い前処
置療法を用いた造血幹細胞移植(ミニ移植)が考案され、今までは移植ができなかった高齢者(55〜70
才)や臓器障害をもつ患者でも移植が可能となった。ミニ移植では、骨髄の血液細胞および腫瘍細胞は
完全には死滅しないため、移植後は骨髄中にドナーと患者の細胞が混ざって存在する(混合キメラ)時
期があり、ドナー細胞は免疫の力(GVHD および GVL)により、徐々に患者の血液細胞や残っている腫瘍
細胞を排除し、最終的には 100%がドナーの血液細胞に変わり、治癒に至る(図10)
。ただし、ミニ移
植という名前でも、決して簡単な治療法という意味ではなく、重篤な合併症である GVHD や感染症の危険
はある。
図10
- 28 -
7.おわりに
近代的な造血幹細胞移植は、骨髄破壊的前処置治療、HLA適合ドナー、GVHD予防の確立によって飛躍的
に進歩した。造血幹細胞移植を成功させるためには、移植適応、ドナー選定、前処置治療、適切な免疫抑
制、感染予防などの十分な準備と、GVHDや感染症など次々におこる合併症に対し、早期に適格に対応して
いくことが必要である。現在の医療では、これらの常識を破る医療が研究段階から日常の医療へと行われ
つつある。移植医療は日々進歩しており、過去の常識が覆りつつあるが、ミニ移植やHLA不一致ドナーか
らの移植については研究段階の治療として行われエビデンスを蓄積していく必要がある。
8.参考文献
1)神田善伸:EEBM造血幹細胞移植診療マニュアル 〜with臨床試験データ集〜。日本医学館
2)森島泰雄:GVHD 予防・治療マニュアル。南江堂
3)小寺良尚、加藤俊一:必携 造血細胞移植 わが国のエビデンスを中心に。医学書院
4)日本造血細胞移植学会:http://www.jshct.com/
5)骨髄移植推進財団(骨髄バンク):http://www.jmdp.or.jp/
6)日本さい帯血バンクネットワーク:http://www.j-cord.gr.jp/index.jsp
***************************************************
講師の連絡先
〒545-8585 大阪市阿倍野区旭町1−4−3
大阪市立大学大学院・医学研究科・血液病態診断学
(血液内科・造血細胞移植科)
日野雅之
Phone: 06-6645-3881, Fax: 06-6645-3880
E-mail: [email protected]
URL:http://medwebsv.med.osaka-cu.ac.jp/labmed/index.html
***************************************************
- 29 -
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