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425KB - 関西学院大学

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425KB - 関西学院大学
October 2
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7
―5
9―
地域福祉推進と社会福祉施設* **
金
蘭
姫***
の機能を限定すると同時に、入所施設に代わりう
はじめに
る地域福祉の実践に広がりと奥行きを創出するこ
とだと考える。
日本における社会福祉の実践は、社会福祉の歴
具体的には地域社会から隔離され、閉ざされて
史の長さほど、長い間、社会福祉施設を中心にお
いた福祉施設が地域社会との関係をもち、自ら外
こなわれてきた。今日では“施設福祉”を強調し
にむけて開放していく、本原稿では、
“地域福祉
なくなったものの、しかしながら、依然として社
推進”や“地域社会”、“開放性”、“センター的機
会福祉において入所型社会福祉施設は必要不可欠
能”というキーワードを用いて、社会福祉施設が
の存在である。もちろん施設中心の時代の社会福
今後どのような方向性をもち地域社会の一員とし
祉施設とは違って、今日の社会福祉施設は、その
て地域福祉推進の一翼を担っていくべきかについ
種類の増加やハード面とソフト面ともに大きな変
て考察し提案したいと思う。
貌をとげてきている。その変貌に大きな影響を与
えたと考えられる要因のひとつとして地域福祉の
!.地域福祉と社会福祉施設の関係性
重視をあげることができる。例として実践面にお
いては、「脱施設化」や「施設の社会化」、最近で
は「センター化」
、「地域福祉実践の拠点として」
早くから岡村重夫(1
974)は、福祉施設をコ
ミュニティ・ケアとして論じていた。永田幹夫
「施設の住宅化」とも言われている考え方の浸透
(2001:83)は、地域福祉と社会福祉施設の関係
である。さらに政策的に社会福祉基礎構造改革に
について、第一に、在宅福祉サービスにおいて、
よる措置制から契約制へという社会福祉体制の改
ケアサービスの拠点として、利用施設を中心に施
革や社会福祉法の改正により、社会福祉施設の変
設の設備が住民参加活動の拠点として、また家族
化はその改革により拍車がかけられている。地域
機能の縮小に対応する日常的援助活動としての在
社会において社会福祉施設は、地域福祉実践上の
宅ケアについても施設設備の拡大活用などが考え
一つの社会資源であり、地域福祉を推進していく
られる。第二に、地域福祉の政策形成への参加で
にその機能や役割は大きなものがあったと考えら
あり、地域福祉の体系的発展に対する寄与である
れる。
といい、地域福祉において大きな役割を担ってき
社会福祉施設(主に入所型)は負の側面も指摘
する見解も多い。筆者もこれに同意する面もない
ており、今後における地域福祉の展開に決定的な
役割をもつことを強調している。
ではないが、多様な事情により住み慣れた在宅で
政策的にも在宅福祉サービス、特にデイサービ
の生活ができない地域住民には、地域社会におい
スとショートステイなどの提供形式として既存の
ての共同生活や総合介護サービスの提供が必要で
福祉施設(主に入所型)の機能、専門的ケアサー
あるのはいうまでもない。したがって、入所施設
ビスを生かすという形で行われてきた。実践上に
*
この論文は、富士ゼロックス小林節太郎記念基金2
0
0
2年度(第7回)小林フェローシップ助成金による、研究
テーマ『地域福祉施設に関する研究』についての研究成果の一部である。
**
キーワード:地域福祉推進、社会福祉施設、「脱施設化」「施設の社会化」
、「公共的空間」
***
関西学院大学大学院研究員
―6
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社 会 学 部 紀 要 第1
0
3号
おいても「脱施設化」「施設の社会化」「施設の住
れた隔離や差別の象徴でもある。例えば、1909
宅化」という理念を取り入れ、
「拠点化」「セン
年より施行された「癩輿望ニ関スル法律」に
ター化」といったその機能や姿を変革してきてい
は、らい患者について療養所に入所させ救護す
る。
ること、特に放浪患者や資力のない患者に対す
る強制隔離について規定していた。この法律に
!―1.社会福祉施設の特徴と機能1)
基づいて開かれた療養所は、患者にとって監獄
社会福祉施設の特徴について、社会福祉は施設
に等しいものであった。そしてこの法律を改正
福祉を中心として展開された歴史から考えると、
した1932年らい予防法はさらに、全患者の隔離
地域社会から離れたところという立地状況や施設
を目的としていた。
「法のもとでの強制隔離の
の内部と外部との社会的交流の遮断という閉鎖性
事実そのものが、この病気に対する不必要な恐
からゴフマン(1
961:4―5)の total institution 理
怖感を国民のなかに生み、それが差別を増幅し
論を引用しその特徴をのべる。
てきたことは事実である。隔離しなければなら
ゴフマンは、施設を五つの形態に分類し、全体
ない恐ろしい病気という偏見は、まさにこうし
的特徴として施設内部と外部との社会的交流を防
た国策により生まれたものである(藤野豊、
ぐバリアーのため、また施設から離脱防止用に施
2)」
。
2001:676―678)
設設備自体に物理的な障害物を施されていること
③意図的な脅威から地域社会を防衛するため組織
で象徴されるという。五つの施設の形態を見る
された施設である。しかし、収容された人々の
と、
福祉については当面の問題にならない。ここに
①無能力とともに社会へ無害な人々をケアするた
は、刑務所や感化院、捕虜収容所、そして強制
めの施設である。つまり、老人や親なき子供、
盲人、そして何らかの障害を持つ人々のための
ホーム(home)である。
収容所などが属する。
④ある種の任務をよりよく遂行するため、意図的
に設置された施設であり、これらの目的遂行に
②自分の身辺の世話ができず、さらに故意ではな
役に立つ理由だけに施設存在自体が正当化され
いにしろ地域社会(community)へ脅威を与え
る施設である。例えば、兵営や船舶、寄宿制学
ると感じられる人々の世話のため設けられた場
校、ワークキャンプ、大邸宅の住み込み使用人
所(place)である。すなわち、結核療養所や
の宿舎などである。
精神病院、そしてハンセン病療養所がここに属
⑤世俗から隠退し宗教的修養をするため設置され
する。特にこれに属する施設は、政策的に作ら
た僧院や修道院、男子修道院、女子修道院等の
1)小笠原祐次は、社会福祉施設の社会的役割の変化について、①明治時代∼窮民や浮浪者による社会的混乱への社
会的防衛的な役割、②明治1
0年代∼社会福祉施設の対象別の分化、収容保護、保護救済、③大正時代∼済的困窮
者の救済保護とともに低所得者である都市労働者の救済支援、④昭和時代∼救護法の施行により対象が限定され
た経済的困窮者の保護救済と銃後を守るという戦争遂行の役割、⑤戦後∼社会福祉六法の成立、家族支援と援助
を必要とする個人への保護、家族のいない児童や貧困を理由として自宅で生活できない高齢者や障害者の保護が
主な役割であった。⑥1
9
6
4年∼社会的自立が困難な人々への一般的な支援を行う役割、さらに家族を含めて支援
するという役割が明確になった。⑦1
9
6
5年後半∼地域社会への役割が強調されるようになり、施設の社会化の過
程にはいる、と時代的に考察している。そして、社会福祉施設の一般的役割について、在宅での生活が困難に
なった人々の生活支援の場としての役割と障害などの治療・訓練など専門的な自立援助を行う役割がある。さら
に社会福祉施設の社会的役割の意義について、①利用者の社会的自立を支援すること、②家族生活支援、③施設
の地域施設化を通して地域住民の生活・福祉援助への役割、④福祉教育的役割、ボランティア活動や専門職を目
指す学生の実習の場としての役割、⑤福祉情報発信基地としての意義があり、家族生活支援と地域住民の生活・
福祉援助において施設の通過的機能が重要視されるとまとめている。出所:小笠原祐次(1
9
9
3)「序章社会福祉
施設の体系・制度の再編と今日の課題」小笠原祐次・小国英夫・福島一雄編著『これからの社会福祉7 社会福
0
0
3)「第一章 社会福祉施設の沿革、概況及び役割」新版・
祉施設』有斐閣、1
9
9
9、p.3―7と、小笠原祐次(2
社会福祉学習双書編集委員会編『新版・社会福祉学習双書20
0
3(第1
4巻)社会福祉施設畝意(経営)論』全国社
会福祉協議会、p.2
0―2
5
2)藤野豊(2
0
0
1)に、ハンセン病に対する隔離政策についてその歴史からはじめ近年の動向まで詳しく書かれている。
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1―
施設である。
や「脱施設化」、「施設の住宅化」など一連の概念
さらにゴフマンは、現代社会における個人の基
から伺えるように、地域社会との交流を図った
本的な社会生活と施設生活との相違を指摘して
り、入所者の処遇へ施設自ら疑問を問い質し改善
total institution の中心的な特徴について次のよう
し た り し て い る。し か し、ゴ フ マ ン の total
にまとめている。個人は異なる場所で、異なる参
institution の事実を完全に否定することはできな
加者たちとともに各自の異なる権威のもとで、そ
い。例えば、ようやく社会問題として公に知ら
して全面的に合理性のあるプランも持たず、睡眠
れ、その隔離政策の弊害について国が認めるまで
をとり、遊び、仕事をするのが通例である。しか
になったハンセン病療養所の問題があげられる。
し、施設生活下では、①生活すべての方面は、同
国の隔離政策による差別や迫害の事実について社
一場所で一つの同一権威下で処理されるのであ
会的に認知されたとはいえ、入所者の多くは自分
る。②入所者の日常生活行動は集団的に営まれ
の故郷に帰ることができない。長期間にわたり、
る。③すべての日課は整然と計画され、予定され
政策的に隔離されてきたことにより生ずる社会的
た時間割に従って次々に行われ、しかも活動の全
溝はすぐに解決できないからである。一例として
体順次は上部から課せられた形式的な規則体系と
現に地域社会で生じている社会福祉施設の設立の
職務体系により遂行される。④様々な強制力が加
際に地域社会とのコンフリクトをあげられる3)。
えられた活動は、その施設の職務的目的を達成す
まとめれば、社会福祉施設は、入所保護により
るため、様々な活動に強制力が加えられる。つま
援助が必要とする人に福祉サービスを提供すると
り、施設生活について集約的な言葉で表すると、
いう機能を有している反面、入所者個人の人権と
画一的、集団的、形式的、職務的、強制的、監視
プライバシー侵害や多様性に欠き画一的な生活を
されている生活である。加えて、total institution
上から強いてきた。またハンセン病等の伝染病を
においては、入所者と職員の関係に根源的裂け目
もつ人や、障害者、老人といった社会的弱者を施
がある。入所者は施設外部と限られた交流しかも
設内に収容隔離することで本来地域社会がかかえ
たない。反面職員は一定時間施設中で働くもの
ている課題を封印するという役割も有してきたと
の、社会的には施設の外部に統合されている。少
いえる。
なくとも何らかの点で職員は優位にあり、入所者
は劣位にあると感じている。二つの関係間の社会
!―2.「脱施設化」と「施設の社会化」
移動が厳重に制限され、大きく社会的距離が保た
前節にふれた福祉施設の特徴をなくしながら、
れ、しばしば形式的に規定されている。例えば、
地域社会の中で包摂されるように自ら開放してい
入所者は幹部職員へ意思を通ずることが統制さ
く過程が「脱施設化」や「施設の社会化」である。
れ、境界線を越えた会話の制限、また情報の流通
「脱施設化」という用語は米国をはじめ、ヨー
過程も制限されるのである。自分運命の選択決定
ロッパ諸国でよく使われており、日本4)において
を含み、様々な情報からの隔離は、職員が入所者
もつかわれているが、より多く使われている用語
に対して統制力を振う特別な基盤を与えるのであ
は「施設の社会化」である。両方とも地域社会を
る。その他、total institution は、家族生活と違う
視野にいれて実践を行うと言う点においては基本
構造を持っている。むろん現代社会福祉施設の特
的に同じである。しかし、脱施設化は福祉施設自
徴について、ゴフマンの total institution 理論で完
体をなくしていくという視点であり、施設の社会
全に置き換えることにはやや無理があるだろう。
化は既存の福祉施設は存続させながら、その機能
確かに、現代社会福祉施設は、「施設の社会化」
と姿を変革していくという立場である。ともあれ
3)地域社会と社会福祉施設とのコンフリクトに関する詳細な内容については、古川孝順(他)編『社会福祉施設―
地域社会コンフリクト』誠信書房、1
9
9
3を参照されたい。
4)ある自治体の脱施設宣言について「全入所施設「解体」宣言へ」「知的障害者、地域に」と、またこの宣言に対
する他の自治体の反応について「歓迎の一方、戸惑いも」「受け入れ態勢課題」というタイトルで朝日新聞記事
(2
0
0
4,2,2
0)に報じられていた。
―6
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社 会 学 部 紀 要 第1
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3号
施設の社会化は脱施設化の基本的考え方を受け入
精 神 障 害 者 の 行 動 適 応 論 家(the behavioural
れつつ、実践してきていたといえる。
orientation
of
most
mental
retardation
professionals)と 人 本 主 義 的 精 神 分 析 医(the
「脱施設化」
)
movement)
脱施設化運動5(Deinstitutionalization
views of humanistic psychologists)、そして社会
的役割論者(social role theorists)であるが、彼
は、1960年代中葉から政策遂行と実践として展開
らの間で膨んだ緊張関係であった。加えて、④大
されてきた。その起源について、第二次世界大戦
規模施設を改築するより廃止し入所者の生活場を
中、難民や空襲を避けて都会から疎開させられた
コミュニティへ移していく方が財政的に効率的で
婦女子の社会適応問題、特に強制収容所における
ある点から政策的に進められてきた背景がある6)。
社会適応問題について研究された結果、施設ケア
このように内的・外的要因によってすすめられて
及び社会的隔離について批判的で再評価の必要性
きた脱施設化運動の概念には本来三つの側面があ
が指摘された。その延長線上で施設ケアに代わる
る(Linda,1992)。つまり、①より人間的で家庭
方法が多数の障害者に対して試行され1
960年代の
的な施設を作ること、②地域社会のなかで入居者
政策や社会状況が実践面における変化を肯定する
の居場所を設けることを通して施設数を減らすこ
傾向にあったので、徐々に施設ケアを廃止する動
と、③施設化の予防、としている。また今日に脱
きが生み出された(Kent Ericsson、Jim Mansell,
施設化運動の傾向(Linda,1992)として、①より
2000:3)。そして、1
980年代に全ての障害者に対
家庭的な施設を作ること、②ベッド数6かそれ以
する脱施設化と施設の開放はかなりの規模で始
下のグループ居住サービス、③家庭生活のように
まった(Kent Ericsson、Jim Mansell,2000:282)。
調整された小規模コミュニティ居住型施設、とい
北欧・米国・英国における脱施設化運動を進める
う方向である。脱施設化運動は、1960年代から始
要 因 に つ い て(Kent Ericsson、Jim Mansell,
まり1980年代に成熟し、現在に至ってはその効果
2000:282―284)、2つの共通の特徴がある。一つ
もしくは評価が検討されているところである7)。
は、施設費用への圧力であり、もう一つは成熟し
脱 施 設 化 運 動 の 実 体 に つ い て、Smith と
たケアモデル(代表的にグループホーム)を利用
Polloway(1995:321―328)は、脱施設化運動は
できるようになったことである。例として障害者
他施設への移動という結果をもたらしていると述
の脱施設化運動の(60年代と70年代のアメリカに
べている。また、脱施設化運動により生じた問題
おいて)出 現 背 景 に は い く つ か の 要 因 が あ る
として、地域住民が自分らのコミュニティにグ
(Linda,1992:311―327)。
①施設の入居者たちの生存権や人権が侵害され
ループホームを設立することに対して反対すると
いった NIMBY(Not
in
my
back
yard)現象
た施設生活に関する報告である。裸のままの入居
(Piat, Myra,2000:127―139)と ホ ー ム レ ス 問 題
者、ほとんど食べ物が与えられていないこと、し
(Craig, Tom & Timms, Philip W.,19
92:265―
きりに拘束されている入居者など、このような環
276;Baum, Alice, & Burnes, Donald W.,1993:
境で暮らしている。
20―28;Grob, Gerald N.,1995:51―60)などが報
②当事者とその家族で代表される多くの
告されている。さらに、脱施設化に対する家族の
Advocacy グループの政治的活動の増加であり、
抵抗姿勢や無理解に関する研究、入所施設からコ
また、③内部的に脱施設化運動を起こしたのは、
ミュニティへと障害のある人々の退院後の行動変
5)日本においては「脱施設化」という用語が使われているが、欧米の文献をみると英語で「deinstitutionalization
movement」で表記されていたので、ここでは、そのまま翻訳して欧米の文献を引用するのみ、「脱施設化運動」
として表記することにする。
6)これに関する詳細な内容については、“中園康夫、末光茂 監訳『脱施設化と地域生活』相川書房、2
0
0
0、p.3J.
Mansell and K. Ericsson, Deinstitutionalization & Community Living,1
9
9
6”参照されたい。
7)北欧・英国・米国における脱施設化運動の評価に関する調査研究の詳細な内容について“中園康夫、末光茂 監
訳『脱施設化と地域生活』相川書房、2
0
0
0、p.3 J. Mansell and K. Ericsson, Deinstitutionalization & Community
Living,1
9
9
6”を参照されたい。
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3―
化に関する研究など様々な視点において脱施設化
例えば、1969年東京都社会福祉審議会の「東京都
運動について評価が行われている。このように問
におけるコミュニティ・ケアの進展について」を
題発生の原因は様々で主に地域社会との関係づく
はじめ、1971年中央社会福祉審議会は、
「コミュニ
りや福祉施設の廃止に伴う代替的な福祉サービス
ティ形成と社会福祉」を答申した。この答申は、
供給体制の不備、地域社会をベースとする社会福
地域福祉センターを中心とする地域福祉施設の体
祉に関する人々(地域住民、障害者の両親等)の
系的整備とコミュニティ・ケアの発展方策を提起
認識不足と教育的情報提供の不足によるものであ
した。このような一連の社会福祉におけるコミュ
ることが報告されている。
ニティ思考の流れのなかで施設の社会化は施策や
政策のなかに取り込まれてきているといえる。
「施設の社会化」
施設の社会化の今日的傾向について、滝口桂子
このように脱施設化運動のもとでは、社会福祉
「施設の閉鎖性を打
(1999:257―274)によれば、
施設の問題点の対応策として大規模施設の廃止と
破し入所者の処遇改善をめざすことから始まった
いう指向を中心に進められてきた。同じく社会福
施設の社会化は、在宅福祉、コミュニティ・ケア
祉実践が地域社会の思想に基づいておこなわれて
への流れのなかで施設の地域化・資源化への方向
きているものの、日本では社会福祉施設のすべて
性を強めていく……中略……施設の小規模化や新
を廃止するより、福祉施設の閉鎖性からくる処遇
しい形態として多様なタイプのグループホーム」
問題や管理運営の問題などの弊害性を改革すると
がつくられはじめ、さらにその機能や役割も多機
同時に、もともと持っている社会福祉施設として
能化あるいは複合施設化が活発になってきてお
の機能を地域社会の資源、つまり福祉施設の設備
り、それぞれの施設が地域福祉の拠点、センター
や援助の専門技術等を地域社会へ開放し提供して
化を指向している。
いくという「施設の社会化」の指向を取っていた。
秋山智久(1
978:40―41)によると、施設の社
会化という表現が公式の場で最初に使われたのは
このような「施設の社会化」の様々の試みにつ
いて、野口定久(1980:51)は施設社会化の実践
枠組みとして表1のように示していた。
1951年11月8∼10日の全国社会福祉事業大会(社
会福祉事業法制定記念)の時で「民間社会福祉事
業の振興策」という方法としてとらえられてい
!.地域福祉の推進主体としての社会福祉
施設
た。さらにその論点について「地域社会の構成
員」として、「地域福祉の増進」のため、「地域社
前章でふれたように福祉施設がさまざまな実践
会の拠点」「地域福祉センター」として福祉施設
方法を用い地域社会へ開いていく過程について図
が存在すべきであるという点を押さえていた。ま
1を用いその理解を得やすくする。中央集権的福
た、1953年11月の全国社会福祉事業大会で「社会
祉行政、措置制度下の社会福祉施設は、外部であ
福祉事業施設の専門化、社会化」が話題になり
る地域社会と関係をもっておらず、その環境は隔
「施設の社会化」論の時代が形成されていた。一
離的で閉鎖的であり、官僚的行政措置を実践する
方、1960年代後半以降から、一般社会経済領域に
施設運営・管理者として社会福祉実践を行ってい
おいて、1969年国民生活審議会の「コミュニティ
た。官僚的行政措置による利用者(入居者)への
―生活の場における人間性の回復」
、1971年自治
処遇は、施設運営・管理者から利用者(入居者)
省の「コミュニティに関する対策要綱」
、1
979年
へと一方通行的な関係と管理的な処遇がその中心
経済企画庁の「新全国総合開発計画」
、1979年建
をなしていた。また施設の外部と内部のつながり
設省の「地方生活圏構想」など、コミュニティ
のない閉鎖的な環境のなかで利用者(入居者)の
(地域社会)構想や地域政策が相次いで出された。
日常的生活は完結されていた。このような特徴と
このような社会経済領域の動きに連動したかたち
機能を持つ社会福祉施設を A と表すことにする。
で社会福祉領域においてもコミュニティをベース
ところが、上記でふれたように社会経済的分野
とした社会福祉実践が試みられるようになった。
をはじめ、福祉行政は地域福祉の志向重視という
―6
4―
社 会 学 部 紀 要 第1
0
3号
表1
Ⅰ
Ⅰ′
Ⅱ
Ⅲ
Ⅰ
Ⅰ′
Ⅱ
Ⅲ
施設社会化の実践枠組み
情勢とあいまって、福祉施設の実践主体者らは社
入所者の地域団体への参加
入所者の日常生活の地域化
入所者の自治組織化
入所者と友人とのつながり
退所者との関係
地域内建物設備の利用
A
B
C
D
E
F
会福祉実践の場において地域福祉推進を試みるよ
家族の定期訪問
施設の家庭訪問
入所者の一時帰宅
入所者と家族との文通
G
H
I
J
民を迎え入れ、利用者(入居者)と運営・管理者
施設専門機能の地域提供
施設設備の地域提供
地域内関係機関との連携
施設職員の地域参加
施設職員の資質向上
K
L
M
N
O
様々交流により地域社会まで拡大していくように
家族の意見反映
地域住民の意見反映
後援会の意見反映
入所者の意見反映
職員の意見反映
ボランティアの直接処遇への参加
ボランティアの間接処遇への参加
ボランティア担当職員の設置
施設行事の住民参加
施設内での住民との交流
施設広報紙の発行
P
Q
R
S
T
U
V
W
X
Y
Z
い く と、A′か ら A″へ、ま た B か ら B′へ と か
施設処遇の地域化
入所者と家族のつながり
施設専門機能・設備の地域提供
施設運営への参加と意見反映
うになり、福祉施設を社会(地域社会)に開放し
ていくのである。つまり福祉施設がもっている専
門的ケアサービスを地域住民への提供やボラン
ティアの受け入れなどにより、施設の中に地域住
しか存在していなかった施設の中に地域住民が加
わることになる。また、施設の中で完結された利
用者(入居者)の生活の範囲は、地域社会との
なる。このような様々な試みが B をあらわし、B
の実践により A から A′へとその姿がかわってき
たといえる。
「施設の社会化」がもっとすすんで
わっていくだろう。その変化に拍車をかけている
代表的例として「施設の住宅化」という考え方が
あげられる。つまり、両空間はそれぞれ分離し、
独自の空間を形成していく。A″空間は入居者の
在宅のような個人的空間の方向に極めていく一
方、 B′空間は地域社会とのつながりをもつ空間、
つまり地域福祉の拠点、センター化された空間と
して極めていくだろう。その一つの例として新型
特養(新型特別養護老人ホーム)として多様な生
活空間の確保という考え方をあげることができ
る。つまり表2のようにプライバシー保護や人権
尊重という個人的生活空間の確保と、他の人と
措置制度下の
社会福祉施設
施設の社会化の過程
地域福祉推進
施設の住宅化
地域福祉推進
地域社会
A
A′
B
地域社会
地域社会の視点
入居者と運営・管理者、
地域住民
地域社会の視点の不在
入居者と運営・管理者
図1
地域福祉推進による社会福祉施設の変化過程
地域社会
A″
B′
地域社会
地域住民、経営者
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0
7
―6
5―
表2
望ましい多様な生活空間の確保例
個人的空間(個室) 入居者個人の所有物を持ち込み、管理する空間
ユニット
個室の近くにあって、少数の入居者が食事や談話に利用する空間 (生活単位)
個人スペース
準個人的空間
準公共的空間
多数の入居者を対象に、リハビリテーション等のプログラムなど
が行われる空間
公共的空間
地域住民にも開かれ、入居者と地域の交流が可能な空間
公共スペース
出典:厚生労働省老健局『全国高齢者保健福祉・介護保険関係主管課長介護(1
4、2、1
2)資料』東京都社会福祉協
議会、2
0
0
2、2、1
2、p.3
2
0―3
2
3
表3
地域福祉センター
(在宅福祉サービ
スと関連して)
A 施設(入所型)におけるさまざまな福祉活動
・デイサービス(一般型)
、デイサービス(痴呆専用型)
、ホームヘルパー派遣事業、ショート
ステイ、在宅介護支援センター(介護予防プラン)
、配食サービス、訪問看護サービス、居宅
介護支援事業所、機能訓練サービス、ホームヘルパー2級養成講座教室の実施、介護ボラン
ティア入門講座(社協共催)など
地域交流行事
花見、母の日、父の日、七夕交流会、花火大会、納涼祭、敬老行事、運動会、潮見小学校会、
みちつき、クリスマス会、新年祝賀会、新春の集い、節分、雛祭り、地域の高齢者と共に歌の
会、寝たきりの入居者へ居室訪問、幼稚園からの訪問、小学校からの学校新聞取材、中学校福
祉部の訪問、保育所園児の訪問及び交流会、幼稚園や学校への訪問
幼稚園や学校への運動会、自治会行事への参加、市の行事に参加、鑑賞、震災復興記念行事へ
の参加など
地域交流スペース
ギャラリー、喫茶、会場提供など
各種の組織活動
自治会(入居者)
、家族会・OB 会、潮見南ボランティア会、理事会の民主的運営に参加する
組織(地域の老人会の会長、子供会の会長、家族会の代表者、ボランティア・グループの自治
会、地域社会の自治会)など
*この資料は、2
0
0
2年度富士ゼロックス助成金によるインタビューおよび資料収集などの調査研究過程(2
0
0
2年9
月)で得た内容である。
の、地域社会とのつながりを図るための公共的空
間が確保されるということである。
だろう。
これは、今後の社会福祉施設の解決すべき課題
この考え方を図1に照らし合わせてみると、個
ではなかろうか。したがって、この課題解決の入
人的生活空間として極めていくのが A″空間であ
り口としてセツルメント運動(隣保館)の実践が
り、公共的空間として極めていく部分が B′空間
一つの答えになるのではないか、という想定にお
にあたる。B′空間で行われている一つの実例と
いて次節で考察したいと思う。
して、福祉施設において行われているさまざま活
動を表3のようにまとめる。
とりわけ窮極的に地域福祉の理念を具現化して
!―1.草の根的民主主義的活動
セツルメント運動は、18,19世紀の資本主義経
いく方向性を持った福祉施設を『地域福祉施設』
済の発展による社会問題の台頭と、19世紀中葉の
とするならば、今後 B′空間の活用の如何によっ
社会改良の考え方の台頭により登場してきたさま
て、『地域福祉施設』として福祉サービス提供の
ざまな民間団体や社会組織(室田保夫、2003:2)
場もしくは地域住民の地域福祉活動の場にとどま
のひとつである。さらにその運動的性格は西洋の
らず、永田(2001:83)が論じたように地域福祉
社会において慈善事業から社会事業への発展の重
の政策形成への参加や地域福祉の体系的発展に対
要な契機となったのである(永岡正己、2
003:
する寄与、そして、地域福祉において大きな役割
92)。1884年、バーネット、S.(Barnett, Sammuel
を担ってきている空間であり、今後における地域
A.)によってイギリスのロンドン・イーストエン
福祉の展開に決定的な役割をもつこともありうる
ド に 設 置 さ れ た ト イ ン ビ ー ホ ー ル(Toynbee,
―6
6―
社 会 学 部 紀 要 第1
0
3号
Hall)が世界最初のセツルメントである。セツル
公立における活動(公立セツルメントの隣保館、
メント運動は、
「知識を享受することができた大
市民館、社会館)には限界があり、隣保事業とし
学生や牧師、中産階級の人々を担い手とし、下層
ての曖昧な性格、その後の運動への弾圧もあっ
労働者の多く住む貧困な地域に入って住み込み、
て、本質的な役割が十分発展できないまま、世界
民主主義とヒューマニズムの立場から『人格的接
経済恐慌期以降本来の活動の発展が困難になる一
触』、『友人関係』にもとづいて援助を行う運動で
方で、公立隣保館や農村隣保事業が多くなり、地
ある。そして生活の物質的精神的援助、教育や文
域支配と結びつき『隣保相扶』の活動が中心に
化の提供を通して当事者の社会的覚醒を促すとと
なっていったのである。
もに、調査やソーシャル・アクションによる環境
本来なら優れた活動であるセツルメント運動
改善や制度の創出などの働きかけを行い、それら
が、永岡(2003:92)が論じたように、運動的側
を通して援助主体であるセツラーやボランティア
面が弱くなり、公の論理に利用されていき、本来
の生きた社会認識の変革をも生み出す(永岡正
の機能が変質していったのは日本の社会状況がも
己、2003:92)」活動である。その後セツルメン
たらした特徴であった。ともあれ、セツルメント
ト運動は世界中に広がるようになる。
運動は今日的な地域福祉推進もしくは実践におい
日本におけるセツルメントの始発は1891年に
てさまざまな側面から示唆が多くあるのである。
A・P・アダムズにより設立された岡山博愛会で
これについては永岡(1
993:215)の大阪におけ
あるが、労働者階級のために本格的な事業を行っ
るセツルメントに関する研究から次のように引用
たのは片山潜が創設し館長に就任したキングス
し締めくくる。
レー館で、そこでは貧民子弟のための幼稚園の併
第一に、産業と社会問題の構造が共通の背
設や労働者のための社会問題の講演会、そして研
景としており、伝統的な共同体的生活様式の
究 活 動 の セ ン タ ー 的 役 割 も 果 た し た(室 田、
困難さ、社会運動に見られる階級的対立の深
2003:46)。西洋のセツルメント運動は日本に導
まり、都市社会としての市民社会構造と擬制
入された当初『セツルメント』『細民同化事業』
的側面を含む伝統的地域組織との両面の要素
『大学殖民事業』といった用語で呼ばれ、次第に
が、両者の活発な活動の実質性を生み出し
『隣保事業』という概念に統一され、『社会教化事
た。都市としての大阪の特質が両者の活動に
業』として位置づけられ、戦時下には隣保事業と
表れ、地域福祉の現実密着型の取り組みが展
して農村隣保施設や公立隣保館が中心となり、そ
開された。
の本来の活動が困難になった(永岡正己、2003a:
第二に、それとかかわって社会事業行政の
92;2003b:142)
。この隣保事業を遂行するため
統治方式としての進歩性が生み出されると共
の施設を隣保館、生活館、社会館、厚生館、友愛
に、公私の独特な関係、民間重視の組織と中
館、善隣館、市民館等々に呼び、統一されておら
間団体の役割のあり方、労働問題への積極的
ず、隣保事業の形態としては、職員(セツラー)・
視点、地域に依拠した財政基盤などが影響を
ボランティアが定住することと、定住セツルメン
与えていた。また、両者のボランタリーなあ
ト(residential settlement)と、然 ら ざ る も の
り方、自治的で在野的な性格が一定程度容認
(歴史的にも educational settlement と呼ばれた)
され、セツルメントにおける民主主義の姿勢
がある。そしてその経営形態において、民営・公
が比較的長く保たれ、それを支える組織が形
営・公有民営あるいは学生セツルメントに分類さ
成されていた。
れ、その対象は、スラム・ドヤ・同和等の特殊地
第三に、キー・パーソンが行政、公的施
域と比較的低所得者の多い地域、そして一般地域
設、民間施設、方面委員の中にそれぞれ存在
等に別れていた(全国社会福祉協議会、1
965)。
し、幅広い協力関係を作って活動を組織・展
日本におけるセツルメントは、永岡正己(2003:
開した。そして、人の働きのネットワークが
92)によると、社会事業成立に重要な役割を担
進歩性や批判精神を含んで自律的にうまく作
い、世界経済恐慌期にかけて大きく発展したが、
り出され、政治的な矛盾やさまざまな欠点を
October 2
0
0
7
―6
7―
補った。また主体的なボランティアが相対的
れやすい人々(特にホームレス、外国人、障害
に多く存在していた。
者、孤立している老人など)の意見に耳を傾ける
第四に、調査によるフィールドワークを重
姿勢に乏しく、地域社会の主体としても認められ
視し、客観的な把握と研究的姿勢を保つ特徴
ていない場合がある。その結果「政治的空間8)」
が活動の随所に見られた。また、極めて現実
つまり人間が暴力や強制、支配というもののない
的な取り組みの姿勢も見られた。これらは戦
ところで自由に交流し、等しい者が等しい者と、
後十分に継承発展しえなかった面が多く、今
すべての要件をお互いに語りあいながら、相互に
日、地域福祉と自治、民主主義、ボランタリ
納得して処理していく空間から、政策的にも排除
ズム、運動性などの視点からこれらを総体と
されてしまうのである。そのゆえに自分にあう人
して歴史的にどう学ぶかが大切なことと思わ
間らしい生活を営むための最低限度の福祉サービ
れる。
スさえ選択・利用することができなくなってしま
うのである。したが って、図1の“B′”空間は
!.社会福祉施設における『公共的空間』
創出の可能性
地域社会から、または政策的に差別・排除されて
きた彼らが語れる空間であり、聞ける空間として
の機能を備えなければならないということが前提
社会福祉施設の変革過程と今後の進むべき方向
にある。
性について、そしてその方向性に示唆を与える社
そのうえで、社会福祉施設における参加につい
会福祉実践としてのセツルメントについて考察し
て 考 察 す る こ と に す る。右 田 紀 久 恵(1993,
てきた。
2005:24)は参加について、①自助的協働活動へ
このように社会福祉施設が『地域福祉施設』と
の参加、②援助・サービス供給活動への参加、③
しての機能と役割を担うためには、既存の機能と
政策決定・計画立案への参加、④組織的圧力行動
役割を革新させるかどうか、つまり利用者と地域
への参加、などにまとめ、①と②は、自助は発展
住民、さらに地域社会を中心におき、解放的で民
の要件であるという内発的発展論の視点からみる
主主義的な経営を営めるどうかにあると思われ
と、参加の構成要件にはなるものの、それはあく
る。言い換えれば、社会福祉施設がその経営方式
までも③を基礎にして存在しなければならないと
において利用者と地域住民、地域社会を中心に置
論じている。逆の視点からみるとどうなるのだろ
くということは、上記の図1の“B′”空間を彼
うか。例えば、右田の論からみると、一個人が政
らが中心になって形成していくことである。つま
策決定・計画立案過程に参加するということは、
り、社会福祉施設の経営に彼らの参加が保障され
巨大な組織をもつ行政側と対等な関係の上での対
なければならない。ここで注意すべき点は、現実
立関係をもつことができるのだろうか。さらに一
的に「参加」自体においても差別的状況が生じう
個人の意見が政策化されていくということが現実
るということである。例えば、社会福祉施設の利
性をもっているのだろうか、という疑問に直面す
用者ではない、ボランティアとして参加していな
ることになる。しかし、①と②を通して人とのつ
い地域住民、そしてもともと地域社会から排除さ
ながりを形成することにより④を加味しながら③
8)ここでの「政治的空間」はアーレントの「公共的空間」のことをさす。つまりアーレントは、「公的なもののな
かでのみ、すなわち、他者が現にいるなかで生まれてくる明るみのなかで、すべてが出現する。あらゆる現実の
現象の前提条件であるこうした明るみは、公的ではあっても政治的でないという限りでは、欺瞞に満ちたもので
ある(Ursula Ludz,1
9
9
3:3
5)
」とし、「政治的なものは目的なのであって、手段ではない。そして、この目的
はポリスにおいて実現されたような自由そのものではなく、ポリスの中での自由のための政治以前の解放だった
のである。ここで政治的なものの意味となるものは、暴力や強制、支配というもののないところで人間が自由に
交流することであり、等しい者が等しい者と、緊急の、すなわち、戦争の時にだけは相互に命令と従属の関係に
はいるが、それ以外ではすべての要件をお互いに話しあいながら、相互に納得して処理していったのである。こ
うして、このようなギリシア的意味で理解される政治的ものは、自由が中心的位置を占めるのだが、この場合、
自由は消極的には、支配されも支配しもしないことと考えられるが、積極的には、誰もが自分と平等な者の間で
活動できる空間があって、この空間が多くの人で作るもの(Ursula Ludz,1
9
9
3:3
5)
」なのである。
―6
8―
社 会 学 部 紀 要 第1
0
3号
形成的『公共的空間』
」について考えなければな
民の
公共
言説的
『公共的空間』
らない。まず、前者はアーレント(1958:75)が
論じたように人間の複数性に基づく様々な価値観
合意形成的
『公共的空間』
をもつ人々が出会い、語り合い、お互いに存在を
認識しあう空間である。このように自分と他人と
のコミュニケーションによって創出される公共的
空 間 が 言 説 的 空 間(山 脇、2004:020;斉 藤、
2001)である。つまり、出会い語り合った人々の
間につながりが形成され、そのつながりが重なり
私的
領域
法定・市場による
『公共的空間』
政府の
公
合うにつれ、お互いの価値観と存在を認識しあう
なかで連帯感・共同性が形成されていく空間であ
るともいえる。これらの出来事により、
「特定の
図2 地域福祉推進における『公共的空間』のイメージ図
人びとの間にネットワークとして形成(斉藤、
2004:276)」され、お互いの生を保障していくと
の段階に入るという方法の方が現実性のある構造
いう人称的連帯9)が形成される空間へと発展して
になると思われる。
いく可能性の始発点としての空間である。例え
このような考え方からみると、社会福祉施設は
ば、前章の表2の準個人的空間と準公共的空間に
すべてを備えていると思われる。つまり福祉に関
おいて、福祉施設の共同生活を営む利用者と利用
する専門家の集団と利用者集団、そして、ボラン
者の間で形成される仲間意識であり、利用者とボ
ティアや家族の会などいわゆる住民組織も存在し
ランティア、利用者と職員(専門家)の間で形成
ているところが福祉施設である。社会福祉施設に
される福祉施設サービスに関する共通の問題意識
ついて建物があってそれを運営する専門家や関係
である。また公共的空間において、表3のような
者という既存の概念から脱皮して、人々の巨大な
様々な福祉活動で形成される様々なつながりの形
組織が福祉施設サービスからはじめ在宅福祉サー
態である。在宅福祉サービスを介しての職員と地
ビスなど様々な福祉サービスを提供している空間
域住民(在宅福祉サービス利用者)
、地域交流行
が社会福祉施設であると考えられる。この視点か
事を通しての利用者と地域住民または地域住民と
らみると、それはその基本単位を集団においてい
職員との出会いにより生まれうる意識改革、福祉
る地域福祉実践そのものであるといえる。これに
への関心、さらに福祉活動者として発展していく
ついてより具体的に述べやすくするため図2(金
きっかけになりうる空間である。そして今まで福
蘭姫、2007)を用いることにした。
祉施設とは関係を持っていなかった人が地域交流
上記のように社会福祉施設は組織であるという
スペースへ遊びに来て福祉施設と接することがで
視点から図2を眺めると、
「民の公共」にあたる
き、他の地域住民と顔見知りになり、語り合うよ
だろう。したがって、その組織は、図1の“B′”
うになり、福祉施設に関する意識が変わり福祉活
空間において「言説的『公共的空間』
」と「合意
動への関心を持ちはじめ、さらに活動者としてボ
9)斉藤純一(2
0
0
4:2
7
5―2
7
6)の言葉で、彼は人称的な連帯について、「それが、ユニットの連帯の限界を越えて、
無視・黙殺されようとしている生の境遇に注意を喚起し、実際にそうした境遇にあう人びとへの支援を行いう
る」こととして述べながらも、それが「可能にする生の保障は社会の全域には及ばない。それは、制度化されて
いないがゆえに、生の保障としては不安定であり、加えて、誰が支援し、その支援を誰が受けているかが見えや
すいという難点もある」と、人称的な連帯の不安定性を指摘している。しかし、主に非人称的連帯により生の保
障を確保している福祉国家の社会的連帯は安定しているといえるだろうか。また日本の財政的困難は社会保障の
安定性を保障しうるものであろうか、あえて人称的連帯の強化によって非人称的連帯の安定性が図れると思う。
(斉藤純一著「序論 社会的連帯の変容と課題」「社会的連帯の理由をめぐって――自由を支えるセキュリティ―
―」
、斉藤純一編著『講座・福祉国家のゆくえ5 福祉国家/社会的連帯の理由』ミネルヴァ書房、2
0
0
4、p.
2
7
5―2
7
6)
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0
0
7
ランティア活動をしている地域住民になっていく
きっかけを提供する空間になりうる。
一方、「民の公共」にあたるその組織は、「言説
10) から生まれてくる仲間意識
的『公共的空間』
」
や共通の問題意識、意識改革などを的確に汲み
取ってその経営にとりいれるなり、何らかの形で
利用者と地域住民に返していくことを重ねること
で信頼関係を築いていくことが重要であろう。そ
の信頼関係を背景にして、福祉施設と関係をもち
福祉活動を実施している諸組織(表3の)ととも
に、政策的空間である「合意的『公共的空間』」に
おいて行政側との交渉に臨むという体制を構築す
る。
本研究は、社会福祉施設が地域福祉を推進す
る、つまり『地域福祉施設』についての理論的枠
組みを立てるにとどまっている。その実証研究に
ついては今後の研究課題としたい。
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0
0
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1
1)
。①心理的・精神的・活動的
「仲間づくり」の空間である。②その手段はコミュニケーションによる。③そして、地域福祉実践・活動が存在
する空間、つまり裏方の役割として、人びとが集まるような手配などの基盤整備などをおこなう。
―7
0―
社 会 学 部 紀 要 第1
0
3号
永 岡 正 己・室 田 保 夫 編 著『日 本 社 会 福 祉 の 歴 史
付・史料――制度・実践・思想―― MINERVA 福
祉専門職セミナー⑦』
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0
7
―7
1―
The Promotion of Community Well-Being and Social welfare facilities
ABSTRACT
Some people believe that it may be necessary for social welfare facilities, primarily
those that resemble prisons, to collapse due to some evil or non-beneficial reasons. On the
other hand, some people believe that these facilities have the function and role in order to
benefit and contribute to the promotion of community well-being. In short, social welfare
facilities are space as discussed by Nagata (2001 : 83). Nagata argues that social welfare
facilities have been playing an important role in community well-being, and that they can
also contribute to the systematic development of community well-being. In addition, social
welfare facilities may well contribute to policy formation of community well-being in the
future.
For that reason, I believe that social welfare facilities must serve to form “remark
theory ‘public space’” and “Consensus building ‘public space’” in promoting community
well-being. t“remark theory ‘public space’” is a space where people who have a diverse
sense of values meet based on the idea of the plural (Arendt, 1958 : 75), where they talk
and recognize the existence of each other. This is a space with which solidarity and
cooperation are formed within, and where the diversity of values coming into contact as
well as the recognition of existence gives rise to “remark theory space” as argued by
Yamawaki (2004 : 20), and Saito (2001). Public space is created when there is
communication between the self and others ; connections are formed between the people
who meet and talk, and connections between people overlap. Public space is also a
possible first training space where people form a unity of being and existence (Saito, 2004 :
275―276). The system whereby “remark theory ‘public space’” is the base and negotiates
with administrative concerns of “Consensus building ‘Public space’” results in the
construction of policy.
Key Words : community well-being promotion, social welfare facilities,
“deinstitutionalization”, making of facilities society, “public space”
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