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堀洋元/鎌田晶子/下村英雄 著 - 独立行政法人 労働政策研究・研修

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堀洋元/鎌田晶子/下村英雄 著 - 独立行政法人 労働政策研究・研修
の変動とその影響について多くの知見を得ており, 日
分でない点である。 しかし, 現在ではデフレ期のマイ
本の賃金調整の特徴を知る上で必読の書であるといえ
クロデータも十分に蓄積されており分析可能である。
よう。 また, 世界的にもあまり経験されていないデフ
名目賃金の下方硬直性という重要な問題についての研
レという状況下の日本のデータを用いることにより,
究を, 政策当局である日本銀行の研究者だけに任せる
強い下方圧力に対して名目賃金がどのように反応する
のではなく, 今後, 日本銀行以外の労働経済学者も積
かを観察したという点でも, 学問的に非常に価値が高
極的に取り組むべきではないだろうか。
いと考えられる。 残念な点は, データ利用の制約上,
マイクロデータの分析については 1998 年までの情報
しか用いておらず, デフレ期のデータによる分析が十
やすい・けんご 大阪大学社会経済研究所特任研究員。 労
働経済学専攻。
読書ノート
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究
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萩原久美子 著
迷走する両立支援
いま, 子どもをもって働くということ
柿
眞木
(慶應義塾大学大学院後期博士課程)
本書は, もと新聞記者であり, カリフォルニア大
学バークレー校労使関係研究所に在籍した経験をも
つ筆者が, 日米を股に掛けつつ, 両国のワーキング
マザーに見る 「両立支援」 の現実を丹念に追った労
作である。
●太郎次郎社エディタ
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2006 年 7 月刊
B6 判・301 頁・2310 円
(税込)
●
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まずⅠ部では, 日本のワーキングマザーの実態が
紹介される。 ここに登場するのは, いわゆる均等法
当事者の事情などお構いなしに, お役所からのトッ
第一世代の, 比較的高学歴の女性たちだ。 「これか
プダウン方式で進められる保育園の民営化の実態を
らは男女関係なく能力を発揮する時代」 と言われな
取材した第 3 章は, 新聞記者というフットワークの
がら学生生活を送り, 職場に参入してきた彼女たち
良さをフルに発揮した取材で, 自治体の行政のうす
にとって, 結婚・出産後も就業を継続することは,
ら寒い現状を浮き彫りにしてゆく。
いわば自然の理であった。 育児休業, 短時間勤務と
Ⅱ部では一転して舞台はアメリカへと移る。 「ファ
いった両立支援のための 「制度」 を駆使して, 一見
ミリー・フレンドリー企業」 「ワーク・ライフ・バ
順調そうに仕事を続ける姿は, 一世代前の人間には
ランス」 発祥の地, いわば本家本元での両立支援の
「恵まれている」 とうつるだろう。 しかしながらそ
実態はどうなっているのだろうか。 意外に思えるか
の内実は, そんな生やさしいものではないことがわ
も知れないが, 「アメリカでは, 医療制度や保育政
かる。 時間のやりくりに汲々とする綱渡りのような
策などの国による公的な家族支援制度は限定的で整
毎日, 慢性的に蓄積する疲労, 退けることのできな
備されていない。 また, 国が企業に対して, いっせ
い 「退職」 への誘惑。 その背景にあるのは, 相も変
いに法律で網をかけ, 従業員への両立支援の取り組
わらぬ夫たちの長時間労働, そしてそれがために,
みや特定の制度導入を強力に方向づけるということ
家事・育児をほとんど一手に引き受けなければなら
もしていない。」 皮肉なことに, だからこそ民間企
ない女性たちの 「セカンド・シフト」 状態だ。 また,
業がそれぞれに工夫を凝らした両立支援策を打ち出
104
No. 559/Feb.-Mar. 2007
●BOOK REVIEWS
し, 「その実践が企業間競争の勝ち抜きのツール,
子化対策に端を発しているという事実に突き当たる。
経営戦略となっている側面がある」 と筆者は言う。
つまり, 日本における両立支援とは, とどのつまり,
そもそも, 企業にとっての両立支援策とは, 有能な
女性に一人でも多く子どもを産ませるための支援に
社員の定着をもたらし, 効率化に寄与するという経
ほかならなかったのではないか。 それでは一体, 誰
営上のメリットに根ざしており, 日本とは発想が全
のための, 何のための支援なのかという問いを, 筆
く逆である, という指摘は鋭い。 しかしながら, 民
者は鋭く突きつける。
間が主体であることの陥穽は, 親の階層によってア
読み終えた後でもっとも印象に残るのは, 「家庭
クセス可能な保育の質に雲泥の差があるという, い
と仕事の両立支援」 が, 「少子化対策」 という大義
かにもアメリカ的な現実に象徴されている。
名分のもとに, 政府による民間企業に対する規制強
Ⅲ部では, 今日本の職場で何が起きているのか,
化というかたちで行われることの危うさである。 赤
国の施策・企業の取り組みと現実とのミスマッチが
川学氏がかねてから主張されるとおり, 男女共同参
あぶり出されてゆく。 本来, 両立支援と男女雇用機
画のための両立支援が本当に必要なら, それが少子
会の均等施策は, 「ファミリー・フレンドリー企業」
化対策として有効であろうとなかろうと, 推進され
や 「ワーク・ライフ・バランス」 を促進する上での
るべきである。 そうでないと, 少子化対策としての
「車の両輪」 であるにもかかわらず, 日本では均等
有効性が否定されたとたんに, 両立支援そのものま
施策が著しく立ち後れていることが, ミスマッチの
で打ち切られてしまう可能性があるからだ。 政府の
大きな原因であると筆者は指摘する。 そしてそのルー
施策担当者はもとより, 企業の人事・労務担当者に
ツをると, 日本における両立支援が, そもそも少
も, 一読を勧めたい。
岡本浩一/堀洋元/鎌田晶子/下村英雄 著
職業的使命感のマネジメント
ノブレス・オブリジェの社会技術
大木
栄一
(職業能力開発総合大学校能力開発専門学科助教授)
90 年代に入り, 日本企業をとりまく環境は大き
く変化している。 高度成長型から安定成長型へと経
済構造が変化するなかで, 日本企業は急速に国際化
し, 競争が激化する市場と情報関連技術を中心にし
●新曜社
2006 年 6 月刊
四六判・112 頁・1575 円
(税込)
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学
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た技術環境の急速な変化に直面し, 経営のあらゆる
面で構造改革に迫られてきた。 競争力のない事業分
野を再編し, 競争力のある分野に経営資源を集中的
ており, それに呼応して採用戦略では, 組織のスリ
に配分する経営戦略を強化しようとしている。
ム化をはかるために採用人数を抑制しつつ, 長期の
こうした経営戦略を採用すると, 経営資源の一つ
雇用リスクを回避し 「ヒト」 の短期の採算性を高め
である 「ヒト」 についても優位性と収益性を強く求
るために, 新規学卒者を抑制しつつ中途採用と非正
めることになり, それが 「成果主義・業績主義を強
規社員の活用を拡大する。
化する」 という人事戦略の変化に現れてきている。
企業がこうした市場との連動性の強化をはかるよ
長期の雇用政策については, 一方で従来型の 「定
うな人事 (雇用) 戦略の変革を過度に短期間に進め
年まで雇用を保障する」 という意味での終身雇用戦
ていくと, 組織・職場の短期的な利益向上のために,
略を緩和 (あるいは対象者を限定) し, 他方で雇用
組織ぐるみで社会規範から逸脱するような行為 (以
の多様化をはかることによって雇用の柔軟化を進め
下, 「組織的違反行為」 と呼ぶ) が行われる可能性
日本労働研究雑誌
105
が高くなることを否定できなくなる。
本書は, こうした企業 (組織) が直面する可能性
が高くなった 「組織的違反行為」 を社会心理学的ア
自らの職業に対する 「誇り」 というものが, 社会の
不正や問題を防ぐ上で重要な概念となりうることを
提示している。
プローチを用い, 真正面からとらえたタイムリーな
第 2 章から第 5 章は消防官に対する個人アンケー
書籍である。 また, 紹介者は心理学, 社会学の専門
ト調査を通して, 職業的自尊心と組織風土が組織的
家ではないが, 専門用語がていねいに解説されてお
違反経験を抑制する機能をもっていることを実証す
り, 一般の読者にも十分, 理解することが可能であ
る目的で書かれた章である。
る。
第 6 章は, 第 2 章から第 5 章までに明らかにされ
各章の内容を簡単に紹介する前に, 本書の特徴を
たことがまとめられると同時に, 組織的違反の予防
紹介すると以下のようになる。 1 つは, 本書が, 企
のための方策が提示されている。 まず, 明らかにさ
業や組織の不祥事が生まれる社会心理学的メカニズ
れたことを要約すると以下のようになる。 第一に,
ムと, 社会心理学的要因を用いた不祥事防止の方略
職業的自尊心は職務的自尊心と職能的自尊心の二次
(心理学的社会技術) を研究対象とした研究プロジェ
元構造を持っている。 第二に, 働きがいや組織内市
クトがもととなって生まれた 「組織の社会技術」 シ
民行動 (従業員自身の報酬とは直接関連のない 「職
リーズの第 5 巻にあたることである。 2 つは, 消防
務以外」 の行為) のように職場におけるポジティブ
官へのアンケート調査を通して, 組織内の意思決定
な心理的要素と職業的自尊心が深くかかわっている。
手続きや組織風土だけでなく, 長期的にみると,
そして, 職業的使命感 (ノブレス・オブリジェ) は,
「職業的使命感」 (ノブレス・オブリジェ) や 「職業
職務的自尊心とほぼ併行する概念であるが, 違反行
的自尊心」 が組織的違反行為に大きな影響を与える
動の抑制には, 職務的自尊心よりは直接的な規定力
ことを明らかにするとともに, 職業的使命感を高め
をもっている。 さらに, 職業的使命感 (ノブレス・
る方略を探っていることである。 3 つは, 「職業的
オブリジェ) の形成には組織風土が大きな影響を及
自尊心」 には難しい技能を要求される職業・職種に
ぼしている。
対応する 「職能的自尊心」 と, それぞれの仕事の社
つぎに, 組織的違反の予防のための方策として,
会的責任・社会的貢献の自覚によってもたらされる
以下のことが提示されている。 第一に, 組織的違反
「職務的自尊心」 の 2 つがあることを明らかにして
の予防にいちばん効果があるのは, 組織風土の改善
いることである。
であるが, それに次ぐ要因として, 職務的自尊心を
以下, 各章を簡単に紹介しよう。 序章では, ①シ
高くする工夫が効果を発揮する。 第二に, 職務的自
リーズ全体としての本書の位置づけ, ②本書の目的,
尊心は対人行動や生きがい感を含む広範な職場構成
③調査対象として消防官を選択した理由, ④本書の
要素によって左右される。 そして, 中長期的には,
成り立ち, が整理されている。 また, 最後の 「あと
報酬・制度などの整備とともに, それぞれの職場に
がきにかえて」 には本シリーズの位置づけが紹介さ
おいて同僚などに対するポジティブな行動交換の水
れている。
準を上げる工夫が, 中長期的には高い職務的自尊心
第 1 章では, 職業的自尊心が, これまで, 職業威
信の影響を強く受けてきたと考えられるため, 職業
の維持を生み, ひいては, 組織的違反を生じにくい
職場を生むのではないかと結ばれている。
威信についての最新の研究知見がまとめられている。
本書は 「組織的違反行為の抑制・予防」 をキーワー
そして, それを踏まえて, 「客観的な職業威信」 (社
ドに 「人」 と 「組織」 の関係を考えさせる読み応え
会の側に厳然と存在するものであり, きわめて安定
のある内容になっており, 本書以外の別の巻も読ん
し, 固定した職業に対する格付け意識) とは独立に
でみたいという気持ちにさせる書籍である。 また,
「主観的な職業威信」 (職業が本来果たすべき職責・
本書も指摘しているが, こうした職業的自尊心モデ
使命・職務といったものとの関連で定義される意識)
ルが他の職業の分析にも十分拡張できると紹介者も
といったものが想定できること, そして, そうした
考えている。 今後, 多くの職業の分析に拡張してい
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No. 559/Feb.-Mar. 2007
●BOOK REVIEWS
くときに, 消防官のような非営利組織で働く職業と
利・非営利など) や経営・組織目標の違いと職業的
IT 技術者のような営利組織で働く職業では, どの
自尊心や職業的使命感 (ノブレス・オブリジェ) な
ような点が同じで, どのような点が異なっているの
どの関係を知りたいからである。
かを是非とも明らかにしてほしい。 組織の性格 (営
日本労働研究雑誌
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