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資金流動性リスク計量化の試み∼預貸尻 VaR について
No.19
No.19 2001.6
2001.6.30
.30
資金流動性リスク計量化の試み∼預貸尻 VaR について
資 金 証 券 部
<要旨>
本稿では、資金流動性リスクに焦点をあて、銀行の預貸尻悪化リスクの計量化を試み
る。銀行がコール市場等で資金繰りの調整を行なう上で、最も留意すべき事柄の一つに
バランスシートの大部分を占める預貸金の変動がある。換言すれば、預貸動向の予測が
資金流動性リスク管理の重要な位置を占めると言える。その預貸尻の変動に対して VaR
(Value at Risk)の枠組みを用いることで、確率統計的に取り扱い、その流動性リス
クを数値として明確に算出できる手法を提案する。
※
預金と貸出に関わる数値およびグラフは、現実の特徴を踏まえつつも架空のデータを用いている。
また、数学的な理論背景および具体的な算出式は別添<補論>を参照されたい。
1.はじめに
現在の短期金融市場では、日銀による潤沢な金融調整が行なわれているものの、資金の
取り手である大手都市銀行の資金需要が減退したこと等の要因により、コール市場の形骸
化が進んでいる。資金の偏在が進んだ結果、5 月の準備預金の積み最終日に、翌日物金利が
乱高下したことは記憶に新しい。このように、量的緩和下にあるとはいえ、資金流動性リ
スクは金融システム全体を揺るがしかねないリスクであるだけに、管理手法の高度化は金
融機関にとって必須の課題である。
資金流動性リスクを管理するためには、まず金融機関が自身の複雑なキャッシュフロー
を的確に予測することが重要で、次に、それに応じた資金をどのように確保するのかを考
えるべきである。特に銀行にとっては、バランスシートの大半を占める『預金』と『貸出』
の動向を予測することが最も重要な課題である。特に、ペイオフ解禁を来春に控えている
ことに加え、郵貯民営化も視野に入れた場合、預金流出の可能性分析等、顧客の預金・貸
出の動向を精緻に分析することの必要性が、今後益々高まるものと予想される。
本稿では、この預金と貸出のギャップである『預貸尻(=貸出−預金と定義)』の流動
性悪化可能額の推定に焦点をあて、その計測手法を提案する。
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2.預貸尻悪化リスクと預貸金変動率
(1) 預貸尻の悪化と資金流動性リスク
図1で例示した通り、預貸尻は貸出と預金の差額であり、預貸動向により日々変動する。
銀行は、この預貸尻を手当てするために、コール市場等で資金調達を行っている。資金流
動性リスクという観点でみた場合、リスクが増大する方向は「前日と比較して、当日の預
貸尻額が増加(貸出が増加 and/or 預金が減少)する」ことを指す(本稿ではこの状態を
『預貸尻の悪化』と定義する)。これは、預貸尻の増加分は何らかの方法によって資金手
当てをする必要があり、その増加額が過大であったり、見積もりを過ったりすると、資金
繰りに重大な支障を起たす可能性があることを意味している。よって、図2の通り、預貸
尻悪化額を『当日預貸尻−前日預貸尻』として定義し、その悪化リスクを計測する手法を
考える。
図1:預貸と預貸尻
前日の預貸
当日の預貸
貸出増加
貸出
預金
貸出
預金
預金減少
預貸尻
預貸尻
図2:預貸尻悪化額
当日の預貸尻悪化額
=
当日預貸尻
-
前日預貸尻
(2)預貸金変動率
当然のことながら、預貸尻悪化額は預金と貸出の変動によるので、預貸の変動を如何に
精緻に記述するかがポイントとなる。ところが、預貸変動要因は実に様々で、完全に予測
することは不可能に近く、その挙動を記述するには確率統計的手法に頼らざるを得ない。
従って本稿では、以下の2つの前提により預金変動率と貸出変動率を確率変数と捉えて、
預貸尻流動性リスクの計測手法を VaR(Value at Risk)の枠組みを用いて構築する。
① 預金及び貸出の変動額はその金額の大きさに比例し、各変動率はマクロ的視点でみた場
合、確率的な振る舞いをする。
② 預貸尻とは、様々な要因によって互いに影響し合いながら日々変動する預金と貸出を、
ある時点で相殺した結果である。
すなわち、預金変動率と貸出変動率の2つをリスクファクターと捉えた VaR モデルにより、
「預貸尻 VaR=預貸尻悪化リスク」を算出する。
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3.預貸金変動率の分布と定常性の仮定
(1)預貸金変動率の分布
VaR の枠組みを利用するためには、リスクファクターである預金変動率と貸出変動率の確率分
布を調べる必要がある。グラフ3、4では、預貸金変動率の分布(ヒストグラム)と正規分布を
重ねた。このグラフより、預貸金変動率は正規分布に比して明らかに尖度(とがり具合)が大き
く、また預金変動率の分布に関しては裾の厚い様子が覗える。つまり預貸金変動率には、いわゆ
る非正規の分布を仮定する必要があることを示唆している。
グラフ3:預金変動率と正規分布
預金変動率
正規分布
-0.0500 -0.0430 -0.0360 -0.0290 -0.0220 -0.0150 -0.0080 -0.0010 0.0060 0.0130
0.0200
0.0270
0.0340 0.0410
0.0480
預金変動率
グラフ4:貸出変動率と正規分布
貸出変動率
正規分布
-0.0205
-0.0170
-0.0135
-0.0100
-0.0065
-0.0030
0.0005
0.0040
0.0075
0.0110
0.0145
0.0180
貸出変動率
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(2)定常モデルの仮定
前述の通り、預貸金変動率には非正規の確率分布が求められる。この様な非正規型分布
を表現するためには、『非定常モデル』と『定常モデル』という2つの代表的な考え方が
ある。
非正規分布の考え方
観測された分布の解釈
観測さ れた分布の解釈
非定常モデル
変動率の分布が時点(日にち)によって
異なり、その確率過程を集積した結果、
尖度が大きく裾の厚い分布になった。
定常モデル
変動率の分布は定常であり(時間に独立
で同一の分布に従う)、実際に尖度が大
きく裾の厚い分布に従っている。
具体的な表現手法
GARCH モデルなどの確率ボ
ラティリティ・モデル
t分布、コーシー分布、
χ二乗分布、混合正規分布
など
預貸金変動率の分布をどのように捉えるかは難しい問題であるが、非定常モデルは定常
モデルに比して、多くの仮定を必要とすることや計算負荷が高まることから、預貸金変動
率には定常性の仮定を置くことにする。
定常モデルの確率分布としては、t分布やコーシー分布などが尖度の大きいファット・
テール型の分布として知られている。しかしながら、これら代表的な分布でも、現実の変
動との説明がうまく付かなかったり(t分布は、預貸金変動率がその分布に従うという尤
もな理由が見つからない)、数学的に取り扱い難かったり(コーシー分布は平均と分散が
存在しない)と様々な問題を抱え、使い勝手の良い分布はそう多くない。斯かる中、次節
で取り扱う混合正規分布は、こうした問題を鑑みた際により良い確率分布と言える。
4.預貸金変動率と混合正規分布
......
預貸金変動率が混合正規分布 に従うという定常モデルの仮定は、変動率に対する直感的
な理解と技術的な扱い易さの両方を満たす。預貸金変動率が混合正規分布に従うとは、『ば
らつく確率の高い世界と、ばらつく確率の低い世界の2つの異なる世界があり、預貸金変
動率がある一定の確率でどちらかの世界から抽出される』ことをいう(次頁図5参照)。
現実の預貸動向には、預金若しくは貸出が大きく変動する日(ばらつく確率の高い世界)
とあまり変動しない日(ばらつく確率の低い世界)があることは事実であり、この仮定に
は然程無理がないものと考える。
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図5:混合正規分布に従う預金(貸出)変動率
ばらつく確率の高い世界
ばらつく確率の低い世界
確率 p
確率 1-p
預金(貸出)変動率
グラフ6、7は、預貸金変動率の分布と混合正規分布を重ねたものである。前述のグラ
フ3、4と比較すると、正規分布に比して混合正規分布がより適合している様子が見て取
れる。この適合度の高さは、混合正規分布が正規分布の拡張・一般化であるから当然の結
果であるものの、預貸金変動率の動向を説明する上では、尤もらしい仮定であることが確
認できよう。
グラフ6:預金変動率と混合正規分布
預金変動率
混合正規分布
-0.0500 -0.0430 -0.0360 -0.0290 -0.0220 -0.0150 -0.0080 -0.0010 0.0060 0.0130 0.0200 0.0270 0.0340 0.0410 0.0480
預金変動率
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グ ラフ7:貸 出 変 動 率 と 混 合 正 規 分 布
貸出変動率
混合正規分布
- 0 .0 2 05
- 0 .0 1 70
- 0 .0 1 35
- 0 .0 1 00
- 0 .0 0 65
- 0 .0 0 30
0 .0 0 0 5
0 .0 0 4 0
0 .0 0 7 5
0 .0 1 1 0
0 .0 1 4 5
0 .0 1 8 0
貸出変動率
5.預貸尻悪化リスクの計測
(1) 預金変動率と貸出変動率の相関
預貸尻悪化リスクを計測する準備として、預金と貸出が互いにどのような関係で動いて
いるか見てみよう。図8の通り、預金変動率と貸出変動率は正の相関を取るのが通常であ
る。これは、貸出資金が一時的にその顧客の預金口座に滞留したり、貸出を預金とのネッ
ティングにより返済したりと、預貸の増減が同方向に動くケースが多いからである。預貸
尻悪化リスクを考える際には、正の相関を考慮することでリスク量の過大評価を避けられ
る。但し、この相関性の取り扱いについては、市場リスク管理における VaR の議論と同様、
十分に注意する必要がある。
図 8:預 貸 金 変 動 率 の 散 布 図
0.0 06
相 関 係 数 :0.4638
0.0 04
貸出変動率
0.0 02
0
-0 .06
-0 .04
-0 .02
0
0.0 2
0.0 4
0.0 6
-0 .00 2
-0 .00 4
-0 .00 6
預金変動率
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(2) モンテカルロ・シミュレーションによる預貸尻 VaR の算出
預貸尻悪化リスク(=預貸尻 VaR)を計測するためには、互いに相関を持った預金変動率
と貸出変動率を計算機上で発生させて無数の預貸尻悪化額を算出する数値実験を行う。つ
まり、混合正規乱数を発生させるモンテカルロ・シュミレーションにより預貸尻 VaR を推
計する。例えば、1 万個の預貸尻悪化額を発生させた場合、大きい方から 100 番目を 99%
点の預貸尻 VaR、500 番目を 95%点の預貸尻 VaR とする。実験結果のばらつきを均すために
は、この数値実験をさらに数十回繰り返して、実験ごとの VaR の単純平均をとるなどの工
夫も必要である。
グラフ9:預金変動率と混合正規乱数
預金変動率
混合正規乱数
-0.0500 -0.0430 -0.0360 -0.0290 -0.0220 -0.0150 -0.0080 -0.0010 0.0060
0.0130
0.0200
0.0270 0.0340
0.0410
0.0480
預金変動率
グラフ10:貸出変動率と混合正規乱数
貸出変動率
混合正規乱数
-0.0205
-0.0170
-0.0135
-0.0100
-0.0065
-0.0030
0.0005
0.0040
0.0075
0.0110
0.0145
0.0180
貸出変動率
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前頁グラフ9、10は、数値実験(5,000 個の乱数を発生させた)により得られた預貸金
変動率の分布と観測された分布を重ねたものであり、グラフ11は、前日の預金総額を 8
兆円、貸出総額を 10 兆円としたときの預貸尻悪化額の分布である。今回のケーススタディ
では、99%点の預貸尻 VaR は 2,515 億円と出た。つまり、当日の預貸尻悪化額は 99%の確
率で 2,515 億円以内に収まるとの結果である。今回は 1 日間の預貸尻悪化リスクを考えた
が、定常性の仮定より、複数日間のリスクも同様にして推計できる。
グラフ11:預貸尻悪化額 数値実験結果
700
頻度
600
頻度
500
400
99%点
300
200
100
63
73
84
95
06
17
28
52
41
37
33
29
25
22
18
14
0
1
39
10
65
26
9
▲ 6
90
6
▲
51
7
▲
12
8
85
▲
12
74
▲
16
63
▲
20
52
▲
24
41
▲
28
30
▲
32
19
36
▲
40
▲
▲
44
08
0
預貸尻悪化額(億円)
6.まとめ
今回の Focus on the Markets では資金流動性リスク管理の観点から、預貸尻悪化リスク
の計測手法を考えてみた。冒頭でも述べた様に、資金流動性リスク管理の第一歩は自らの
キャッシュフローを的確に予測することであるが、リスクの計量化が難しい問題であるだ
けに、本稿で示した方法は有用なものと言えよう。すなわち、本モデルは預貸尻悪化リス
ク計量化の基本モデルとなりうるものと思われる。今回は単純なケースを想定して計量化
を行なったが、季節性や各種の定性要因、ストレス・テストなどを付加することで、より
実態に則した有用なリスク管理ツールになるものと考えられる。
以 上
発行
(株
( 株 )東京三菱銀行 東京都千代田区丸の内2−7−1
(照会先 資金証券部 TEL(03)3240−3027)
TEL (03)3240−3027)
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