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事業に資する知財マネジメントの構築について

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事業に資する知財マネジメントの構築について
平成27年度 MIPペーパー
事業に資する知財マネジメントの構築について
~ ダイナミックな環境変化に適応した知財マネジメントへの変革 ~
東京理科大学 専門職大学院
イノベーション研究科
知的財産戦略専攻
学籍番号
M314031
指導教員
教員名
氏名
原田 寿政
澤井 敬史
平成28年1月19日
要
約
(1)背 景 と研 究 の目 的
企 業 を 取 り巻 く環 境 は時 々刻 々変 化 している。しかも、その変 化 のスピードはグロ
ーバル化 の進 展 に伴 い、ますます早 くなっている。企 業 が継 続 的 に存 続 し 、成 長 す
るためには、これらの環 境 変 化 に適 応 し続 けなければならない。
ところで 、 知 財 マネジ メ ントは、企 業 の 収 益 力 ・ 競 争 力 を 左 右 す る戦 略 的 経 営 活
動 と位 置 付 けられて久 しい 。また、多 くの企 業 においては、手 続 きを 基 礎 とした 組 織
から戦 略 に貢 献 する知 財 部 門 への変 革 を模 索 している。 日 本 企 業 が国 際 競 争 力 を
低 下 させている要 因 の一 つとして、技 術 革 新 や産 業 構 造 などのダイナミックな変 化 に
対 して、知 財 マネジメント(戦 略 策 定 含 む)が十 分 に適 応 できていないことだといわれ
ている。多 くの企 業 は、知 的 財 産 を他 の競 争 因 子 であるコスト 、技 術 、顧 客 との関 係
性 などと連 動 させ、競 争 優 位 性 を確 保 するビジネスモデル構 築 にいたっていない。
そこで、環 境 変 化 に 適 応 し た 知 財 マネジ メント への 変 革 の 方 法 論 を 見 出 すことを
研 究 の 目 的 とし 、 コッ ター( 2002 )が示 し た 8つの「変 革 促 進 プ ロ セス」 をも とに 、その
変 革 の梃 子 として、①変 える力 (組 織 能 力 )と②競 争 優 位 性 確 保 のための知 財 戦 略
立 案 プロセスの2つのテーマについて着 目 した。
(2)第 一 のテーマ(組 織 能 力 )について
事 業 環 境 がダイナミックに変 化 する中 で、変 化 に即 した知 財 マネジメントを獲 得 す
るためには、組 織 が所 有 している様 々な知 財 ケイパビリテ ィを再 構 成 し、変 革 を促 す
必 要 がある。これを実 現 するために 、この再 構 成 ・変 革 を促 す組 織 能 力 「知 財 ダイナ
ミック・ケイパビリティ」を高 めることが必 要 であるとの仮 説 を設 定 した。
これを、キヤノンの知 財 活 動 の転 換 点 となった Xerox 社 との攻 防 や知 財 人 材 育 成
方 法 等 を分 析 して検 証 した。その結 果 、キヤノンは、ダイナミック・ケイパビリティの3つ
の 要 素 を 活 かし て、まず感 知 (先 読 み)し 、その変 化 を 機 会 とし て捉 えて、 次 に 知 識
やスキルを様 々な形 にデザインし、これらを再 構 成 し変 革 を試 みていることがわかった。
「知 を重 視 する経 営 者 の存 在 」、「事 業 ・研 究 開 発 部 門 と知 財 部 門 の連 携 」、「先 読
み力 の 高 い知 財 部 門 の存 在 」がキヤノンの知 財 ダイナミック・ケイ パビリティを高 めて
いる鍵 ではないかと考 えた。
これらを も とに 、一 般 解 とし て、「経 営 者 の知 財 意 識 を 高 めるこ と」およ び「知 財 部
門 が組 織 学 習 能 力 を高 めること」が、知 財 ダイナミック・ケイパビリティを強 化 するため
の 梃 子 になると結 論 した 。これを 踏 まえ 、知 財 部 門 は、経 営 者 の知 財 意 識 を 高 める
ためにどのよう なことをすべきか、また 、知 財 部 門 自 らが組 織 学 習 能 力 を 高 めるため
の方 向 性 について提 示 した。
i
(3)第 二 のテーマ(戦 略 策 定 プロセス)について
知 財 部 門 は、事 業 部 門 や技 術 部 門 の目 標 実 現 に向 けて支 援 (リスクマネジメント
含 む)する役 割 を持 つ。支 援 にあたって、戦 略 レベルで一 貫 性 を持 つことが求 められ
る。それゆえ、3部 門 (事 業 ・技 術 ・知 財 )のインタラクティブ(対 話 型 )な知 恵 の交 換 ・
統 合 ・創 造 を促 進 する参 加 型 のプラットフォームである「戦 略 的 共 創 の場 」を創 造 す
ることによって、競 争 優 位 性 を有 するビジネスモデルや知 財 戦 略 構 築 が可 能 になると
の仮 説 を設 定 した。
これを、三 菱 化 学 メディアDVD事 業 について仮 想 的 にあてはめ検 証 した。すなわ
ち、仮 に、このビジネスモデル策 定 プロセスに、戦 略 的 共 創 の場 が存 在 したとすると、
そこで、事 業 戦 略 、ビジネスモデル、そして知 財 戦 略 がどのように構 築 されていたかを
推 論 し、この存 在 が有 効 であるかについて検 証 した。また、共 創 の場 における知 財 リ
ーダーの貢 献 や三 位 一 体 の経 営 の実 現 可 能 性 を確 認 した。
検 討 の結 果 、参 加 型 プラットフォームである戦 略 的 共 創 の場 が、共 同 意 識 と共 同
対 処 を実 現 し、ビジネスモデルや知 財 戦 略 策 定 に有 効 であることを確 認 することがで
きた。
これらをもとに、戦 略 的 共 創 の場 の創 造 の梃 子 として、「共 同 意 識 の醸 成 」、「知 財
部 門 のさらなる役 割 (つなぐ)の発 揮 」を一 般 解 として導 きだした。そして、この一 般 解
を実 現 するための知 財 リーダーに期 待 される能 力 ・知 識 について 提 示 した。
(4)知 財 人 材 の方 向 性 について
以 上 の検 討 を踏 まえ、ダイナミックな環 境 変 化 に適 応 した知 財 マネジメントに変 革
するためには、従 来 の知 財 人 材 だけでは不 十 分 であり、3種 類 の人 材 の育 成 が必 要
であると考 えた。
第 一 に 、企 業 の 知 財 スペシャリスト を 、課 題 構 築 能 力 を 持 つプロ フェッショナルに
変 えるための育 成 である。第 二 に、知 財 マネジメント人 材 には、ビジネスモデルにおけ
る知 財 活 用 の定 石 を蓄 えるための思 考 トレーニングが必 要 である。 そして、第 三 の知
財 人 材 として、事 業 、技 術 部 門 等 における知 財 の活 用 人 材 の育 成 である。
ii
目
次
第 1章 はじめに
1.1 問 題 認 識
1
1.2 諸 定 義
3
1.2.1 知 財 マネジメント
3
(1)知 財 マネジメント
(2)知 財 戦 略
1.2.2 「競 争 回 避 」と「競 争 優 位 性 確 保 」
3
第 2章 研 究 の目 的 ・テーマ
2.1 研 究 の目 的
5
2.2 研 究 テーマ
5
2.2.1 2つの研 究 テーマ
5
2.2.2 テーマ選 定 の理 由
5
2.3 論 文 の構 成
7
第 3章 知 財 マネジメントの進 化 を促 す組 織 能 力
3.1 先 行 研 究 ~資 源 ベース理 論 とダイナミック・ケイパビリティ論 ~
8
3.1.1 資 源 ベース理 論 (RBV)
8
3.1.2 ダイナミック・ケイパビリティ論 (DC)
9
3.1.3 ダイナミック・ケイパビリティの特 徴
9
3.2 仮 説 1(各 部 門 の知 財 ダイナミック・ケイパビリティを高 めることで、
11
知 財 マネジメントは変 化 への適 応 力 をもつ )
3.2.1 仮 説 1
11
3.2.2 仮 説 1の具 体 化
11
(1)知 財 ダイナミック・ケイパビリティの定 義
(2)知 財 ダイナミック・ケイパビリティを構 成 する能 力
3.3 ケース・スタディ1(キヤノン・知 財 マネジメント進 化 の分 析 )
14
3.3.1 ケース・スタディの目 的 と方 法
14
3.3.2 キヤノンの歴 史 とイノベーション
14
(1)発 展 の歴 史
(2)イノベーションを起 こしてきた組 織 能 力
3.3.3 キヤノンの出 願 件 数 と要 員 数 推 移
17
3.3.4 キヤノンの知 的 財 産 マネジメント
18
3.3.5 キヤノンにおける知 財 人 材 育 成 の考 え方
19
3.3.6 キヤノンの知 財 活 動 の転 換 点
21
iii
(1)Xerox 社 への挑 戦
(2)Xerox 社 との戦 いから学 んだこと
3.3.7 キヤノンの知 財 活 動 とダイナミック・ケイパビリティ
3.4 仮 説 1の検 証
23
25
3.4.1 仮 説 1の検 証
25
3.4.2 知 財 ダイナミック・ケイパビリティの鍵 (キヤノンの例 )
26
3.5 知 財 ダイナミック・ケイパビリティの強 化 に向 けて(提 言 1)
28
3.5.1 各 部 門 の役 割 と知 財 ダイナミック・ケイパビリティ
28
3.5.2 知 財 ダイナミック・ケイパビリティを強 化 する梃 子 ( lever)
29
3.5.3 知 財 ダイナミック・ケイパビリティ強 化 に向 けての知 財 部 門 の役 割
30
(1)経 営 トップの知 財 意 識 を高 めること
(2)知 財 部 門 の組 織 学 習 能 力 を高 めること
第 4章 競 争 優 位 性 確 保 のための知 財 戦 略 構 築 プロセス
4.1 先 行 研 究 ~参 加 型 プラットフォーム「Co-Creation」~
34
4.2 仮 説 2(「戦 略 的 共 創 の場 」を創 ることで、競 争 優 位 性 を有 する
36
ビジネスモデル・知 財 戦 略 が構 築 できる)
4.2.1 仮 説 2
36
4.2.2 仮 説 の具 体 化
36
(1)「戦 略 的 共 創 の場 」の概 念
(2)情 報 システム戦 略 の変 遷 からの示 唆
4.3 ケース・スタディ2(三 菱 化 学 ・ビジネスモデル構 築 プロセスの推 定 )
40
4.3.1 ケース・スタディの目 的 と方 法
40
4.3.2 ケースの背 景
41
4.3.3 戦 略 ・ビジネスモデル構 築 プロセスの推 定
41
(1)仮 想 の第 一 回 戦 略 会 議 議 事 録 概 要
(2)仮 想 の第 二 回 戦 略 会 議 議 事 録 概 要
(3)仮 想 の第 三 回 戦 略 会 議 議 事 録 概 要
(4)仮 想 の第 四 回 戦 略 会 議 議 事 録 概 要
(5)仮 想 の第 五 回 戦 略 会 議 議 事 録 概 要
4.3.4 戦 略 的 共 創 の場 による戦 略 ・ビジネスモデル構 築 の結 果
(1)事 業 戦 略 案
(2)ビジネスモデル案
(顧 客 価 値 提 供 、利 益 方 程 式 、経 営 資 源 とプロセス)
(3)バリューチェーンをコントロールするしくみ 案
(4)収 益 構 造 案
(5)具 体 化 検 討 のためのタスクフォースの組 織 化 案
iv
49
4.4 仮 説 2の検 証
53
4.4.1 仮 説 2の検 証
53
4.4.2 三 位 一 体 の経 営 が実 現
53
4.4.3 知 財 リーダーの知 恵 の提 供 が重 要
54
4.4.4 ビジネスモデルへの知 的 財 産 のビルトイン(戦 略 的 活 用 )が要
54
4.5 戦 略 的 共 創 の場 の創 造 と知 財 人 材 への期 待 (提 言 2)
56
4.5.1 戦 略 策 定 プロセスの変 更 (戦 略 的 共 創 の場 の創 造 )
56
4.5.2 戦 略 を共 創 するために必 要 なこと
56
(1)共 同 意 識 の醸 成
(2)既 存 のプロセスやしくみの活 用 (タスクフォースの設 置 )
(3)知 財 部 門 のさらなる役 割 の発 揮 ~つなぐ役 割 ~
4.5.3 知 財 マネジメント人 財 に期 待 される能 力 ・知 識
58
第 5章 まとめ
5.1 考 察
59
5.1.1 二 つの仮 説 とその有 効 性
59
5.1.2 二 つの提 言 の関 係 性
61
5.1.3 適 応 力 を持 つ知 財 マネジメントへの変 革 の全 体 構 図
61
5.2 キーパーソンのヒヤリングから学 んだこと
63
5.3 企 業 における知 財 人 材 のあるべき姿 について(提 言 3)
65
(1)知 財 スペシャリスト人 材 は、プロフェッショナルへの脱 皮 を図 る
(2)知 財 マネジメント人 材 は、ビジネスに関 わる思 考 トレーニングを 行 う
(3)競 争 優 位 性 を確 保 するキーパーソン(知 財 活 用 人 材 )を育 成 する
5.4 持 論 をもつこと(結 びにかえて)
68
参考文献
69
謝辞
72
v
第1章 はじめに
本 章 では、企 業 の知 財 マネジメントに関 する問 題 について、筆 者 の経 験 を踏 まえ
て提 示 する。そして、これらの原 因 の一 つとして、ダイナミックに変 化 する環 境 に対 し
て知 財 マネジメントが十 分 に適 応 できていないことに注 目 する。
1.1 問 題認 識
筆 者 は 、 多 角 化 ・ グ ロ ーバ ル 化 を 推 進 し て い る 企 業 に て 、 情 報 シ ス テ ム 戦 略 企
画 ・開 発 、研 究 開 発 企 画 ・管 理 、事 業 企 画 等 を経 験 したのち、知 財 活 動 の強 化 とい
うミッションを持 って知 財 部 門 のマネジメントを担 当 した。経 営 層 、研 究 ・技 術 者 、知
財 担 当 者 と知 財 活 動 のあり方 について議 論 をし、そのビジョンの実 現 のためのプラン
を立 案 し、多 くの同 僚 とともに活 動 を続 け、第 一 歩 としての成 果 を得 ることができた。
また、多 くの他 業 界 の知 財 部 長 たちとの交 流 を通 じて、「三 位 一 体 の経 営 の実 現 の
困 難 性 」、「欧 米 企 業 の新 たなビジネスモデルに苦 戦 」、「経 営 から戦 略 的 知 財 マネ
ジメントの要 請 」 1 、「知 財 人 材 や後 継 者 の育 成 の困 難 性 」などの課 題 を共 有 した。
企 業 の知 的 財 産 に関 わる現 状 について、以 下 の通 り認 識 している。
 知 的 財 産 マネジメントは、企 業 の収 益 力 ・競 争 力 を左 右 する戦 略 的 経 営 活 動
と位 置 づけられて久 しい。
 大 企 業 を 中 心 と し て 多 く の 企 業 は、 知 的 財 産 マ ネジ メ ント に 関 する 高 度 な 知
識 ・スキルおよび知 的 財 産 (権 )を所 有 している。
 多 くの日 本 企 業 は、欧 米 企 業 等 による技 術 や知 的 財 産 を駆 使 した新 たなビジ
ネスモデルに苦 戦 し国 際 競 争 力 を低 下 させている(図 1-1) 2 。
 また、多 くの企 業 では、「三 位 一 体 の経 営 」が実 現 されず、手 続 きを基 礎 とした
組 織 から、戦 略 に貢 献 する知 財 部 門 への変 革 を模 索 している。
多 くの日 本 企 業 が苦 戦 に立 たされた原 因 の一 つとして、知 財 マネジメント(知 財 戦
略 )等 が産 業 構 造 や技 術 革 新 などの環 境 変 化 へ十 分 に適 応 できていないことが考
えられる。要 するに硬 直 化 したシステムとなっていると考 える。
環 境 変 化 とは、たとえば、デジタル・ネットワーク技 術 等 の 技 術 進 展 、オープン・ソ
ース・ソフトウェア(OSS)の興 隆 、グローバル化 や新 興 国 の台 頭 等 による産 業 構 造 の
変 化 (エコシステム化 、オープンイノベーション)などである。さらに今 後 は、IoT、ビッ
1
知 的 財 産 政 策 ビジョン(2013 年 6 月 7 日 知 的 財 産 戦 略 本 部 )には、下 記 のような基 本 認 識 が示 されている。
すなわち、「グローバルな事 業 環 境 に対 応 するためには、企 業 は自 らの事 業 に即 した戦 略 的 な知 財 マネジメ
ントを構 築 し、知 的 財 産 を最 大 限 活 用 しながら事 業 活 動 を推 進 していく必 要 がある。単 純 な知 的 財 産 の権 利
化 だけではなく、秘 匿 化 による知 的 財 産 の独 占 や、標 準 化 による市 場 の拡 大 、調 達 コストの削 減 など、知 財
マネジメントには幅 広 い選 択 肢 が存 在 している。」
2
図 1‐1 は、日 本 企 業 において実 用 化 された技 術 ・製 品 が、市 場 の拡 大 (海 外 市 場 への展 開 )とともに、競
争 力 を失 い、市 場 シェアを落 としていく様 子 を示 している。この主 な原 因 として、デジタル化 ・標 準 化 の進 展 に
よるモジュール化 、国 際 水 平 分 業 化 などが指 摘 されている。
1
クデータ活 用 、3D プリンティング、AI 技 術 などの革 新 的 技 術 により、現 在 とは異 なる
新 たな知 財 マネジメントが求 められる可 能 性 がある。
一 方 、知 財 マネジメントを環 境 変 化 に適 応 させ(先 取 りし)、新 たなビジネスモデル
を創 造 し、競 争 優 位 性 を確 保 し続 けている企 業 も存 在 する(図 1-2)。これらの成 功
の要 因 を見 出 すことができれば、他 の多 くの日 本 企 業 も知 的 財 産 を活 かして国 際 競
争 力 を高 めることができるかもしれない、これが、研 究 の出 発 点 である。
図 1-1 日 本 企 業 の世 界 市 場 シェアの推 移 (出 所 :小 川 (2012))
原材料
提供者
原材料提供者が力
を持つ例
部材提供者が力を
持つ例
完成品メーカーが
力を持つ例
部材提供
者
最終完成
品メーカー
中間流通
業者
消費者
産油国
石油会社
デビアス
インテル
WLゴア&ア
ソシエイツ
シマノ
ナイキ
トヨタ
ボーイング
中間流通業が力を
持つ例
農協
ドール
デルモンテ
小売業者が力を持
つ例
サポートサービス
が力を持つ例
小売業者
ウォールマート
イオン
アマゾン
検索エンジン/プラットフォーム
(食べログ、App Store、フェイスブック)
図 1-2 価 値 連 鎖 を支 配 する企 業 (出 所 :琴 坂 (2014)P238)
2
1.2 諸 定義
1.2.1 知 財 マネジメント
(1)知 財 マネジメント
知 財 マネジメントとは、「知 的 財 産 の創 造 ・保 護 ・活 用 の一 連 の活 動 を通 して、事
業 の競 争 力 を高 めるための経 営 活 動 」である。知 財 戦 略 の立 案 ・実 行 の全 プロセス
を含 有 する。
(2)知 財 戦 略
知 財 戦 略 とは、「事 業 戦 略 の実 現 に向 けた 知 財 の創 造 ・保 護 ・活 用 の基 本 的 シ
ナリオ」である。
 知 財 戦 略 は、企 業 戦 略 実 現 のための機 能 戦 略 である。
 知 財 戦 略 のスタイルは、業 種 、自 社 の競 争 上 のポジションや事 業 戦 略 等 によっ
て異 なる。しかし、特 許 の持 つ本 質 は「独 占 排 他 権 」であり、この特 質 を活 かし
てビジネスモデルを創 り出 す、もしくはビジネスモデルに活 用 する という点 で共
通 している。
1.2.2 「競 争 回 避 」と「競 争 優 位 性 確 保 」
企 業 が競 合 他 社 との激 しい競 争 に対 処 して市 場 シェアを高 め利 益 を獲 得 してい
くためには、二 つの方 法 がある。一 つは「競 争 回 避 」であり、もう一 つは「競 争 優 位 性
確 保 」である。
「競 争 回 避 」とは、企 業 が展 開 する事 業 (製 品 、サービス)に他 社 を参 入 させない
ことである。一 つの方 法 として、知 的 財 産 権 により参 入 障 壁 を構 築 することがあげら
れる。一 般 的 には、この場 合 の知 財 戦 略 は、クローズ戦 略 を採 用 し、事 業 の占 有 に
挑 む。しかしながら、一 部 の業 界 を除 いて、他 の参 入 を阻 止 し続 けることは困 難 であ
る。
「競 争 優 位 性 確 保 」とは、かりに競 合 他 社 が自 社 市 場 に参 入 し 競 争 が発 生 したと
しても、自 社 が優 位 性 (市 場 シェア、収 益 、利 益 等 の確 保 )を維 持 できる状 況 を作 り
出 すこと、すなわち他 社 が参 入 しても勝 てない状 況 を作 り出 すことである。この方 法 と
して、知 的 財 産 や技 術 等 を戦 略 的 に活 用 して競 争 優 位 なビジネスモデルを創 造 す
ることが考 えられる。成 功 している企 業 が採 用 した 知 財 戦 略 は、オープン&クローズ
戦 略 、標 準 化 戦 略 などの高 度 な組 み合 わせである。
環 境 変 化 により戦 い方 が競 争 回 避 から競 争 優 位 性 確 保 に変 わると、戦 う武 器 (因
子 )が変 わってくる。すなわち、技 術 開 発 競 争 と知 的 財 産 保 護 から、ビジネスモデル
開 発 競 争 、技 術 開 発 競 争 および知 的 財 産 活 用 競 争 への変 化 である(図 1-3)。
3
「競争回避」
「競争優位性確保」
技術開発競争
+
知的財産保護
ビジネスモデル開発競争
+
技術開発競争
+
知的財産活用競争
環境変化
○産業構造の変化(エコシステム化(国際分業化))
○製品・技術の急速なコモディテヒ化
○技術革新(デジタル・ネットワーク技術、IoT、AIなど)
図 1-3 環 境 変 化 と競 争 因 子
4
第2章 研究の目的・テーマ
本 章 では、前 述 の問 題 認 識 をもとに、研 究 の目 的 と注 目 した2つのテーマ、およ
び選 定 の理 由 について述 べる。
2.1 研 究の目的
第 1章 の 問 題 認 識 のもとで、「産 業 構 造 や技 術 革 新 などの ダイ ナミックな環 境 変
化 に適 応 した知 財 マネジメントの 構 築 の 方 法 について見 出 すこと」を研 究 の目 的 と
する。すなわち、ダイナミック な環 境 変 化 に対 する適 応 力 を持 つ知 財 マネジメントを
築 くためにはどうすべきかについて検 討 する。
研 究 目 的 選 定 の理 由 はつぎの通 りである。すなわち、企 業 を取 り巻 く環 境 が激 動
すればするほど、その変 化 に適 応 するための変 革 が必 要 になる。しかし、これは一 回
うまくいけばよいといったものではない。前 述 の通 り、企 業 の知 財 マネジメントを取 り巻
く環 境 は、技 術 革 新 や産 業 構 造 の変 化 等 によって今 後 も大 きく変 わることが予 想 さ
れる。よって、企 業 や知 財 部 門 のDNAに環 境 変 化 への適 応 力 を根 付 かせる必 要 が
ある。一 定 の前 提 条 件 下 での知 財 マネジメントのあり方 を研 究 することよりも、将 来 に
わたり応 用 可 能 な、適 応 力 のある知 財 マネジメントの構 築 方 法 を検 討 する方 が重 要
であると考 えた。さらに知 財 マネジメントのスタイルそのものは、業 種 や企 業 規 模 、グ
ローバル化 の進 展 などによって大 きく異 なることが考 えられるが、 変 化 への適 応 力 を
高 めるための基 本 的 考 え方 には一 定 の共 通 性 を有 していると考 えた。
2.2 研 究テーマ
2.2.1 2つの研 究 テーマ
本 研 究 では、知 財 マネジメントの 環 境 変 化 への適 応 力 を高 める梃 子 (lever)とな
る「組 織 能 力 」と「戦 略 構 築 プロセス」の2つについて着 目 する。
第 一 に、ダイナミックな環 境 変 化 に適 応 (先 取 り)して知 財 マネジメントを自 ら変 革
するための「組 織 能 力 」を高 めること(これを「テーマ1」とする)。第 二 に、環 境 変 化 に
適 応 した競 争 優 位 性 確 保 を実 現 する「知 財 戦 略 立 案 プロセス」の構 築 (これを「テー
マ2」とする)である。
なお、本 稿 においては、知 的 財 産 について、主 として特 許 に関 するマネジメントを
対 象 として検 討 することとしたい。
2.2.2 テーマ選 定 の理 由
知 財 マネジメントとは、「知 的 財 産 の創 造 ・保 護 ・活 用 の一 連 の活 動 を通 して、事
5
業 の競 争 力 を高 めるための経 営 活 動 」であると定 義 した(第 1章 )。これには、知 財 戦
略 立 案 プロセスも含 まれる。また、経 営 活 動 とは、一 般 的 に、人 ・もの(知 的 財 産 ・技
術 含 む)・金 ・情 報 ・時 間 などの経 営 資 源 を活 用 して利 益 を確 保 し目 標 を達 成 して
いくプロセスと考 えられる。また、時 間 軸 で捉 えると、経 営 理 念 ・ビジョン・事 業 ドメイン
の提 示 、戦 略 の立 案 、戦 略 の実 行 、さらなる戦 略 の展 開 ・転 換 などの成 長 サイクル
を回 すことと捉 えることができる。
テーマ選 定 にあたっては、これら経 営 資 源 活 用 プロセスや成 長 サイクルのどこに
働 きかければ、環 境 変 化 に対 して適 応 力 のある知 財 マネジメ ントに変 革 できるかに
ついて検 討 する必 要 がある。コッター 3 は、「変 革 を促 進 するプロセス」として、以 下 の
8つのステップを示 している。
①危 機 意 識 を高 める
②変 革 推 進 のために連 携 チームを築 く
③ビジョンと戦 略 を生 み出 す
④変 革 のためのビジョンを周 知 徹 底 する
⑤従 業 員 の自 発 を促 す
⑥短 期 的 成 果 を実 現 する
⑦成 果 を活 かして、さらなる変 革 を推 進 する
⑧新 しい方 法 を企 業 文 化 に定 着 させる
上 記 ①から⑧のすべてのステップの梃 子 となる「自 ら変 革 するための組 織 能 力 」、
そして、①から④の梃 子 となる「環 境 に即 した競 争 優 位 性 確 保 を実 現 する知 財 戦 略
を創 り出 すプロセス」の二 つに着 目 した(図 2-1参 照 )。後 者 の戦 略 立 案 プロセスは、
前 者 の組 織 能 力 の一
部 分ではあるが、組
織 変 革 にとって重 要
であると考 えテーマと
研究目的
「ダイナミックな環境変化に適応した知財マネジメント
を築くためにはどうすべきか」
知財マネジメント
「知的財産の創造・保護・活用の一連の活動を通
して、事業の競争力を高めるための経営活動」
経営活動
して取 り上 げた。
変革促進プロセス
○経営資源活用プロセス
○成長サイクル
①危機意識を高める
②変革推進のために連携チームを築く
③ビジョンと戦略を生み出す
④変革のためのビジョンを周知徹底する
⑤従業員の自発を促す
⑥短期的成果を実現する
⑦成果を活かして、さらなる変革を推進する
⑧新しい方法を企業文化に定着させる
「変化への適応力をもつ知財
マネジメント」への変革の梃子
⑴「組織能力(変える力)」
⑵「競争優位性確保のための知財
戦略立案プロセス」
図 2-1 研 究 目 的 とテーマの関 係
3
ジョン・P・コッター(2002)
6
2.3 論 文の構成
第 1章 にて、研 究 の背 景 として、多 くの日 本 企 業 が国 際 競 争 力 を失 いつつある原
因 の一 つとして、知 財 マネジメントが産 業 構 造 の変 化 や技 術 革 新 に適 応 していない
のではないかとの問 題 認 識 を示 した。そこで、手 続 きを基 礎 とした知 財 マネジメントか
ら、環 境 変 化 に適 応 (先 取 り)する知 財 マネジメントへの変 革 が 喫 緊 の課 題 であると
述 べた。
第 2章 にて、このようなダイナミックな環 境 変 化 に即 した知 財 マネジメントの構 築 ア
プローチ(方 法 )を見 出 すことを研 究 の目 的 と掲 げ、「組 織 能 力 」と「戦 略 構 築 プロセ
ス」の2つのテーマについて着 目 した。
第 3章 では、ダイナミックな環 境 変 化 に適 応 (先 取 り)して 知 財 マネジメントを自 ら
変 革 するための「組 織 能 力 」を高 めるためにはどうすればよいか(テーマ1)について、
先 行 研 究 を参 考 にしながら「仮 説 1」を立 てる。そして、この仮 説 1を検 証 するために、
我 が国 における知 財 立 社 のひとつである「キヤノン」の発 展 の経 緯 、Xerox 社 との攻
防 、企 業 文 化 、知 財 マネジメントの進 化 等 を分 析 する (ケース・スタディ1)。ここでは、
仮 説 の検 証 とともに、これを発 展 させて一 般 解 として、組 織 能 力 (変 える力 )を高 める
梃 子 について提 言 する。
第 4章 では、競 争 優 位 性 確 保 を実 現 するための「戦 略 立 案 プロセス」をどのように
構 築 するか(テーマ2)について、先 行 研 究 を参 考 に「仮 説 2」を立 てる。そして、仮 説
2の検 証 のために、化 学 素 材 業 界 のビジネスモデル成 功 例 である「 三 菱 化 学 メディ
ア DVD 事 業 」について、戦 略 やビジネスモデルの構 築 がどのように行 われていたか
を推 論 し、仮 説 2が有 効 であるかを検 証 する(ケース・スタディ2) 。第 3章 と同 様 に、
仮 説 の検 証 とともに、これを発 展 させて一 般 解 として、戦 略 立 案 プロセスの構 築 の梃
子 について提 言 する。
第 5章 において、第 3章 および第 4章 の検 討 の結 果 および提 言 をまとめる。そして、
2つの提 言 の関 係 性 などについて考 察 する。最 後 に、これらを実 現 するための知 財
人 材 のあり方 について考 えを述 べる。
7
第3章 知財マネジメントの進化を促す組織能力
本 章 では、テーマ1「ダイナミックな環 境 変 化 に適 応 (先 取 り)して、知 財 マネジメン
トを自 ら変 革 するための組 織 能 力 を高 めること」について方 法 論 を検 討 する。
まず、先 行 研 究 をもとに、変 化 を促 す組 織 能 力 について仮 説 1を設 定 する。ここで
は、資 源 ベース理 論 の一 つである「ダイナミック・ケイパビリティ論 」を参 考 とする。
次 に、ケース・スタディとして、キヤノンの知 財 マネジメントの現 状 および 進 化 の変
遷 を追 う。これによって仮 説 を検 証 し、キヤノンおける変 革 を促 す組 織 能 力 の存 在 と
これを高 める鍵 を見 出 す。そして、最 後 に一 般 解 として変 革 を促 す組 織 能 力 を強 化
する梃 子 について検 討 する。
3.1 先 行研 究~資源ベース理論とダイナミック・ケイパビリティ論~
知 財 マネジメントの進 化 に必 要 な組 織 能 力 (「変 える力 」)を検 討 するうえで、経 営
戦 略 論 の分 野 にて研 究 されている 、資 源 ベース理 論 、ケイパビリティ論 、ダイナミッ
ク・ケイパビリティ論 に注 目 する。
3.1.1 資 源 ベース理 論 (RBV)
ポーター 4 らの「外 的 環 境 から導 き出 されたポジションに戦 略 的 強 みを求 める理 論 」
に対 し、「企 業 の内 部 資 源 で競 争 優 位 性 をはかる戦 略 」を提 唱 するのが「 資 源 ベー
ス理 論 (リソース・ベースド・ビュー;Resource based view(RBV))」である。ポーターら
のポジショニング・アプローチは、無 形 資 産 やそれを創 出 するイノベーションの役 割 を
考 慮 してこなかった。
ルメルト(Rumelt)、ワーナーフェルト(Wernerfelt)、バーニー(Barney)らの研 究 を
源 流 とする「資 源 ベース理 論 」は、企 業 特 殊 的 資 源 が企 業 レベルの競 争 優 位 の源
泉 であると強 調 する。バーニーは、競 争 優 位 の条 件 として企 業 の資 源 には 4つの属
性 、すなわち「価 値 」、「希 少 性 」、「模 倣 可 能 性 」、「非 代 替 性 」を満 たすことが必 要
であると主 張 した 5 。
バーニーは、企 業 の戦 略 的 行 動 は企 業 が保 有 する固 有 の資 源 やルーティンなど
を形 成 する固 有 のケイパビリティによって決 定 されるという「ケイパビリティ論 」を展 開
する。具 体 的 には、内 部 資 源 の中 で、企 業 の内 部 に蓄 積 されるスキル、技 術 、知 的
資 源 、マネジメント能 力 など個 々の企 業 がもつ優 位 な組 織 的 能 力 である。多 くの企
業 がすでに高 いレベルで保 有 する ケイパビリティとしては 、品 質 管 理 力 、コスト管 理
力 、納 期 管 理 力 等 がある 6 。
4
Michael E. Porter:ファイブフォースモデル、三 つの競 争 戦 略 論 、バリューチェーン論 などポジショニングによ
る競 争 優 位 性 の理 論 を構 築 する。
5 石 川 ( 2006)
6
ボストン・コンサルティング・グループ( 1994)
8
3.1.2 ダイナミック・ケイパビリティ論 (DC)
資 源 ベース理 論 では短 期 的 な競 争 優 位 は説 明 できるが、特 定 の資 源 やケイパビ
リティに固 執 すると、逆 に変 化 する環 境 に適 用 できず、硬 直 性 を 生 みだすことがわか
ってきた。長 期 的 ・持 続 的 な競 争 優 位 性 を確 保 するために、ティースらは、「ダイナミ
ック・ケイパビリティ論 (Dynamic Capability(DC))」を展 開 する。ティースは、ダイナミッ
ク・ケイパビリティを、「企 業 が急 激 に変 化 する環 境 に対 処 するために、組 織 内 のケイ
パビリティの統 合 ・構 築 ・再 構 成 を実 行 する組 織 ・経 営 者 のケイパビリティ」 7 と定 義 づ
けた。近 年 のグローバル化 、IT 技 術 等 の進 展 を背 景 に、環 境 が急 激 に変 化 するた
めに、ダイナミック・ケイパビリティの理 論 に注 目 が集 まっている。
ダイナミック・ケイパビリティの本 質 は、暗 黙 知 、組 織 プロセス、 トップ・マネジメント
のリーダーシップ・スキルに求 められる。また、ポーターのように環 境 状 況 の変 化 を認
識 し、それに適 応 させて資 源 ベース論 のように固 有 の資 源 を認 識 し、それを再 構 成 ・
再 構 築 して、最 終 的 に全 体 的 にオーケストレーションする能 力 であるといえる 8 。
また、ティースは、次 のように述 べている。 すなわち、ダイナミック・ケイパビリティを
持 つ企 業 は、優 れた学 習 ・調 整 能 力 を示 す。資 源 ベース論 は静 学 的 である。ダイナ
ミック・ケイパビリティは、一 般 的 ケイパビリティの変 化 率 を支 配 してい る。また、次 章 と
の関 連 では、ビジネスモデルの創 造 ・調 整 ・研 磨 ・代 替 を図 る能 力 も、企 業 のダイナ
ミック・ケイパビリティの重 要 な一 つの構 成 要 素 である 7 。
本 稿 においては、ダイナミック・ケイパビリティを長 期 的 な 優 位 性 確 保 のための「組
織 的 な変 わる力 /変 える力 」と捉 えることとする。
3.1.3 ダイナミック・ケイパビリティの特 徴
ダイナミック・ケイパビリティは、次 の3つの要 素 能 力 に分 解 できる 7 。
 学 習 、機 会 を感 知 する能 力 (Sensing)
 機 会 を捉 えて、既 存 の資 源 、ルーティン、知 識 を様 々な形 で応 用 し、デザイン
する能 力 (Seizing)
 新 しい競 争 優 位 を確 立 するために組 織 内 外 の既 存 の資 源 や組 織 を 再 構 成 し、
変 革 する能 力 (Reconfiguring/Transforming)
第 一 の能 力 を、「感 知 力 」、第 二 の能 力 を「デザイン力 」、最 後 の能 力 を「変 革 力 」
と呼 ぶこととする。
ケイパビリティを測 定 する2つの軸 は、「専 門 的 適 合 度 (technical fitness)」と「進 化
的 適 合 度 (evolutionary fitness)」である。専 門 的 適 合 度 とは、当 該 ケイパビリティが
収 益 の獲 得 にどれだけ有 効 に貢 献 しうるかとは関 係 なく、どれだけ有 効 にその機 能
を果 たしているかによって定 義 される。他 方 、外 部 的 適 合 度 ともいえる進 化 的 適 合
7
8
デビット・J・ティース(2009)
菊 澤 (2015)
9
度 は、どれだけ有 効 に収 益 の獲 得 に貢 献 しうるかを表 す 9 。ダイナミック・ケイパビリテ
ィは、主 に環 境 を形 づくるのに役 だつことによって、進 化 的 適 合 度 の実 現 を支 援 する
10
。
9
コンスタンス・E・ヘルファットら (2007)
デビット・J・ティース (2009)
10
10
3.2 仮 説 1(各 部 門 の知 財 ダイナミック・ケイパビリティを高 めることで、知
財マネジメントは変化への適応 力をもつ)
3.2.1 仮 説 1
前 述 の先 行 研 究 の結 果 を知 財 マネジメントに適 用 する。まず、 知 財 マネジメントを
「知 的 財 産 の創 造 ・保 護 ・活 用 の一 連 の活 動 を通 して、事 業 の競 争 力 を高 めるため
の経 営 活 動 である。」と定 義 した(第 1章 )。これを支 える為 に、企 業 は多 種 多 様 な組
織 能 力 (「知 財 ケイパビリティ」と呼 ぶ)を有 する。知 財 マネジメントは、知 財 部 門 のみ
が担 うのではなく、経 営 層 、事 業 部 門 、研 究 開 発 部 門 などがそれぞれの役 割 を担 当
することにより実 現 するのであるから、知 財 ケイパビリティはそれぞれの部 門 に存 在 し
なくてはならない。企 業 は、長 期 にわたる経 験 ・習 熟 によって、これらの知 財 ケイパビ
リティのパフォーマンスを高 め続 けている(専 門 的 適 合 度 を高 める)。
事 業 環 境 がダイナミックに変 化 する中 で、この変 化 に即 した知 財 マネジメントを獲
得 するには、組 織 が所 有 している様 々な知 財 ケイパビリティを再 構 成 し、知 財 マネジ
メントの進 化 を促 す必 要 がある。この再 構 成 ・変 革 を促 す組 織 能 力 を「知 財 ダイナミ
ック・ケイパビリティ」と呼 ぶこととする。各 部 門 の知 財 ダイナミック・ケイパビリティを高
めることで、環 境 変 化 に適 応 した知 財 マネジメントに変 革 する(進 化 的 適 合 度 を高 め
る)ことが可 能 となると考 える。これを「仮 説 1」とする。
3.2.2 仮 説 1の具 体 化
(1)知 財 ダイナミック・ケイパビリティの定 義
仮 説 1をより具 体 化 する。まず、「知 財 ケイパビリティ」を、「知 的 創 造 サイクルを回
すために必 要 とする経 営 、事 業 、研 究 開 発 、知 財 部 門 がそれぞれ所 有 する組 織 能
力 」と定 義 する。企 画 力 、創 造 力 、開 発 力 、権 利 化 力 、活 用 力 などが該 当 する。この
下 位 のレイヤーには、先 行 技 術 調 査 力 、明 細 書 作 成 力 などが存 在 する。 すでに大
企 業 を中 心 として多 くの企 業 においては、彼 らが必 要 とする知 財 ケイパビリティを十
分 に蓄 積 していると考 える。
次 に、「知 財 ダイナミック・ケイパビリティ」を、「環 境 変 化 に合 わせて、知 財 ケイパビ
リティの再 構 成 ・変 革 を促 進 する組 織 能 力 」と定 義 する。知 財 ダイナミック・ケイパビリ
ティにおいても、前 述 した「感 知 力 」、「デザイン力 」、「変 革 力 」の3つの要 素 を含 むと
考 える。環 境 変 化 、知 財 ケイパビリティ、知 財 ダイナミック・ケイパビリティ の関 係 につ
いて、図 3-1に示 す。
また、図 3-1を時 系 列 的 にモデル化 すると図 3-2になる。これは、一 例 であるが、
技 術 の進 展 (デジタル・ネットワーク技 術 等 )や事 業 環 境 の変 化 (水 平 分 業 化 、オー
プンイノベーション等 ) を感 知 し、これを 機 会 と捉 えて、知 財 ケイパビリティの 再 構 成
や変 革 を推 進 していく。仮 に、知 財 ダイナミック・ケイパビリティが欠 如 し、この進 化 が
11
かなわないとなると、事 業 貢 献 度 (専 門 的 適 合 度 と進 化 度 適 合 度 の積 として示 す)
は下 降 し、結 果 として多 量 の知 的 財 産 (権 )や知 財 ケイパビリティを保 有 していたとし
ても、事 業 の競 争 優 位 性 を確 保 することは困 難 と考 える。
<知財マネジメントの進化>
感知
力
知財ダイナミック・
ケイパビリティ
変革力
持続的な
競争優位性
確保
知財ケイパビリティ
の再構成、変革
知財ケイパビリティ
環境変化
デザイ
ン力
事業貢献度
(進化的適合度×専門的適合度)
図 3-1 環 境 変 化 、知 財 ケイパビリティと知 財 ダイナミック・ケイパビリティの関 係
ダイナミック・ケイパビリティ
ケイパビリティの再配置・変革
(専有)
(標準化、オープン&クローズ)
(ビジネスモデル)
(?)
ケイパビリティ
習熟・改善
ケイパビリティ
習熟・改善
環境変化
環境変化
(デジタル・ネットワーク化)
(IoT、AI…)
(オープンイノベーション、エコシステム)
時間
図 3-2 環 境 変 化 と知 財 ダイナミック・ケイパビリティ
(2)知 財 ダイナミック・ケイパビリティを構 成 する能 力
知 財 ダイナミック・ケイパビリティを、①知 財 経 営 ビジョン構 築 能 力 、② 知 財 プロセ
スデザイン能 力 、③知 財 マインド・スキル開 発 能 力 の3つの能 力 に分 類 し、各 構 成 要
素 について定 義 する。
12
①知 財 経 営 ビジョン構 築 能 力
 内 外 環 境 変 化 を 機 会 と捉 えて、知 的 財 産 の戦 略 的 意 義 ・基 本 方 針 を明 確 に
示 す能 力
 事 業 戦 略 、研 究 開 発 戦 略 、知 財 戦 略 の連 動 を促 進 する能 力
 環 境 や戦 略 に合 わせて知 財 マネジメントについての各 部 門 の責 任 ・役 割 や資
源 配 分 を明 確 に示 す能 力 (知 財 部 門 の体 制 ・ポジションの最 適 化 含 む)
 知 財 マネジメントの 変 革 を推 進 するチェンジリーダー(知 財 リーダー 含 む)を育
成 する能 力
②知 財 プロセスデザイン能 力
 変 革 を促 進 する、もしくは変 化 に柔 軟 に適 応 できる社 内 意 思 決 定 システム、人
事 システム、業 績 評 価 システム、人 材 育 成 (CDP)システム等 を構 築 する能 力
 知 財 業 務 のプロセス、しくみ、インフラ等 を環 境 や戦 略 に合 わせて最 適 化 する
能力
 知 財 投 資 の効 果 を戦 略 的 に評 価 し、経 営 に対 して投 資 対 効 果 を説 明 し、また
最 適 化 のための方 策 を策 定 する能 力
③知 財 マインド・スキル開 発 能 力
 環 境 変 化 を機 会 と捉 えて、知 財 マインド・スキルを進 化 させる能 力
 高 い感 度 を持 って社 外 情 報 を収 集 ・分 析 ・共 有 し、アクションを促 進 し、また異
質 な意 見 を受 け入 れる能 力
 実 験 (新 しい試 み)を推 奨 し、組 織 として学 習 を続 ける能 力
知 財 ダイナミック・ケイパビリティの3つの能 力 、企 業 経 営 の要 素 、ダイナミック・ケ
イパビリティの3つの要 素 (感 知 力 、デザイン力 、変 革 力 )の関 係 について、表 3-1
に示 す。
表 3-1 知 財 ダイナミック・ケイパビリティと要 素 (◎:密 接 な関 係 あり ○:関 係 あり)
知 財 ダイナミック・
感知力
デザイン
変革力
企 業 経 営 の要 素
ケイパビリティ
力
①知 財 経 営 ビジョン 経 営 ビジョン・戦 略 、トップ人
◎
○
◎
構築能力
材育成
② 知 財 プ ロ セ ス デ ザ 社 内 制 度 ・しくみ、
○
◎
○
イン能 力
オペレーションプロセス、手 続
③ 知 財 マ イ ン ド ・ スキ 人 材 育 成 、組 織 開 発
◎
◎
○
ル開 発 能 力
13
3.3 ケース・スタディ1(キヤノン・知財 マネジメント進 化の分析)
3.3.1 ケース・スタディの目 的 と方 法
仮 説 1を検 証 するために、知 的 財 産 を事 業 に活 かして国 際 競 争 力 を 高 め続 けて
いるグローバル企 業 、キヤノンを取 り上 げる。知 財 マネジメントの 変 革 を促 す組 織 能
力 (知 財 ダイナミック・ケイパビリティ)は存 在 するのか、あるとすればそれは どのような
ものか、また、それを高 めている鍵 は何 か等 について探 る。
本 ケース・スタディにおいて、参 考 とした文 献 は以 下 のとおりである。
・丸 島 儀 一 、2002、『キヤノン特 許 部 隊 』、光 文 社 新 書
・丸 島 儀 一 、2008、『知 財 、この人 に聞 く(Vol.1)』、発 明 協 会
・丸 島 儀 一 、2009、「知 財 塾 第 8期 (講 義 資 料 )」、企 業 研 究 会
・丸 島 儀 一 、2011、『知 的 財 産 戦 略 』、ダイヤモンド社
・長 澤 健 一 、2014、「キヤノンにおける知 財 管 理 」、 企 業 における知 財 管 理 (特 別
講 義 )、東 京 理 科 大 MIP 澤 井 教 授 (2014 年 10 月 28 日 )
・田 浪 和 生 、2010、「企 業 の知 的 財 産 戦 略 -キヤノンの知 財 活 動 を例 に」、
https://www.oit.ac.jp/japanese/sangaku/liaison/img/relation_seminar03.pdf
(2015 年 10 月 15 日 アクセス)
・木 下 達 也 、2013、「キヤノンにおける知 財 人 材 育 成 」、特 技 懇 、no.268
・三 品 和 広 、2005、『経 営 は十 年 にして成 らず』、東 洋 経 済
・山 田 清 機 ・勝 見 明 ・麻 倉 玲 士 、2008、『キヤノン』、出 版 文 化 社 新 書
・野 中 郁 次 郎 ・勝 見 明 、2004、『イノベーションの本 質 』、日 経 BP 社
・キヤノン株 式 会 社 、「CANON FACT BOOK 2015/2016」、
http://web.canon.jp/corporate/pdf.html (2015 年 10 月 15 日 アクセス)
3.3.2 キヤノンの歴 史 とイノベーション
(1)発 展 の歴 史
キヤノンの 2014 年 業 績 11 は、売 上 高 が 3 兆 7,273 億 円 、純 利 益 が 2,548 億 円 で
ある。売 上 高 の 29.3%が欧 州 、米 州 が 27.8%、アジア・オセアニアが 23.5%となって
おり、国 内 は 19.4%にすぎない。事 業 分 野 別 では、オフィス事 業 が 55.8%、イメージ
ングシステム事 業 が 36.0%、産 業 機 器 他 が 10.7%であり、多 角 化 とはいえ、他 のエ
レクトロニクス企 業 のような広 範 囲 な製 品 群 を抱 えず、特 定 のコア技 術 領 域 を中 心 と
した専 門 店 型 の事 業 展 開 である。売 上 高 研 究 開 発 費 率 は、8.3%であり、業 界 他 社
11
キヤノンホームページ http://canon.jp/ (2015 年 10 月 15 日 アクセス)
14
と比 較 し、かなり高 い比 率 である。また、時 価 総 額 12 は国 内 13 位 で、エレクトロニクス
業 界 のリーダー的 存 在 に成 長 している。
このようなキヤノンの原 点 は、1933 年 に吉 田 五 郎 らが、「ライカやコンタックスに負
けない日 本 製 高 級 カメラをつくりたい」という夢 を抱 いて立 ち上 げた「精 機 光 学 研 究
所 」である。
太 平 洋 戦 争 勃 発 の翌 年 (1942 年 )、御 手 洗 毅 13 が社 長 に就 任 、1947 年 に社 名 を
「キヤノンカメラ株 式 会 社 」に変 更 する。1949 年 の全 米 カメラ展 示 会 において、「キヤ
ノンⅡB型 」が受 賞 するなど事 業 は順 調 に拡 大 。しかし、御 手 洗 毅 の初 めての米 国
市 場 視 察 で、現 地 の販 売 会 社 から、品 質 はライカよりも高 いがメイド・イン・ジャパン
であるため米 国 での販 売 は困 難 であろうとの苦 言 を受 けた。
1955 年 ニューヨーク支 店 、1957 年 キヤノンヨーロッパを開 設 。1959 年 、一 眼 レフカ
メラ「キヤノンフレックス」、多 角 化 の原 点 となった録 音 再 生 装 置 「シンクロリーダー」発
売 。しかし、シンクロリーダーは前 評 判 14 とは異 なり撤 退 を余 儀 なくされた。多 角 化 の
スタートで躓 きを経 験 したキヤノンであったが、この開 発 にあたって獲 得 した人 材 が、
その後 の事 務 機 分 野 での展 開 に大 きな戦 力 となる 15 。
EEカメラ「キヤノネット」、世 界 初 のテンキー式 電 卓 「キャノーラ130」を発 売 し共 に
大 成 功 を収 める。創 立 30 周 年 で、「右 手 にカメラ、左 手 に事 務 機 」をスローガンに多
角 化 を推 進 。カメラの開 発 ・製 造 によって培 ってきた光 学 技 術 、精 密 機 械 技 術 、精
密 生 産 技 術 を基 盤 に新 たな技 術 分 野 を付 加 していく。自 社 の持 つ技 術 的 な強 みを
活 かして多 角 化 を図 る一 貫 した姿 勢 を維 持 する。 1968 年 、当 時 不 可 能 といわれて
いたゼロックス方 式 によらない普 通 紙 コピー方 式 「キヤノンNPシステム」を発 表 、世
界 を驚 嘆 させた。
1969 年 、「キヤノン株 式 会 社 」に社 名 を変 更 し、翌 年 、国 産 初 の普 通 紙 複 写 機
「NP-1100」や半 導 体 焼 付 装 置 「PPC-1」を発 売 。1976 年 、マイコン搭 載 カメラ
「AE-1」の発 売 により、AE一 眼 レフブームを巻 き起 こし、米 国 においてもシェアトッ
プに押 し上 げるほどの記 録 的 な販 売 台 数 に達 した。御 手 洗 毅 は、三 自 の精 神 、新
家 族 主 義 、実 力 主 義 、健 康 第 一 主 義 を唱 え、ユニークな社 風 として今 に引 き継 がれ
ている。
1977 年 に社 長 に就 任 したのが、中 興 の祖 と言 われた賀 来 龍 三 郎 である。賀 来 は、
事 業 部 制 を導 入 するとともに、製 品 分 野 の横 への拡 大 のみならず、後 方 垂 直 統 合 、
すなわち基 幹 部 品 の内 製 化 による競 争 力 強 化 を打 ち出 す。また基 礎 研 究 の充 実 を
図 り、売 上 高 研 究 開 発 費 比 率 を 5%から 10%へと引 き上 げた。日 本 語 ワープロ「キ
12
2015 年 7 月 8 日 現 在 の時 価 総 額 (日 本 経 済 新 聞 ):ソニー(24 位 )、パナソニック(25 位 )
御 手 洗 毅 は、産 婦 人 科 医 で日 本 赤 十 字 病 院 に勤 務 していたが、内 田 らの国 産 カメラに対 する情 熱 に深 く
共 鳴 しての資 金 的 な援 助 が始 まりといわれる。社 長 在 任 期 間 ( 1942-1973)。
14
ブリュッセル万 国 博 覧 会 では「グーテンベルグ以 来 の大 発 明 」と喝 采 をあびる。
15
丸 島 (2002)
13
15
ヤノワード55」、世 界 初 のカートリッジ方 式 複 写 機 「ミニコピアPC-20」、オートフォ
ーカス一 眼 レフシステム「EOS」など、次 々と新 製 品 を投 入 する。
1995 年 、御 手 洗 富 士 夫 が社 長 に就 任 。御 手 洗 富 士 夫 は、終 身 雇 用 を是 とする
一 方 で、旧 態 依 然 とした年 功 序 列 をきっぱり否 定 し、終 身 雇 用 に実 力 主 義 を組 み
合 わせる(和 魂 洋 才 と称 される)。コンパクトデジタルカメラ「IXY DIGITAL」、インク
ジェットプリンター「PIXUS」など数 々の新 製 品 を投 入 する。また、工 場 においては、
コンベア方 式 (単 能 工 化 )からセル方 式 (多 能 工 化 )に切 り替 える。これにより知 的 な
創 造 性 と生 産 性 が飛 躍 的 に高 まる。
創 業 以 来 、数 多 くの新 商 品 を市 場 に投 入 する。世 界 初 といわれるイノベーティブ
な商 品 はのべ17 16 に上 る。
(2)イノベーションを起 こしてきた組 織 能 力
以 上 の歴 史 を踏 まえて、イノベーションを起 こしてきた組 織 能 力 について考 察 する。
創 業 の時 期 、創 業 間 もない時 期 から海 外 市 場 へ注 目 、ブランド育 成 、ニッチ商 品 か
らの参 入 、強 力 な経 営 者 (創 業 者 )の存 在 などは、ソニーやホンダと共 通 しているとこ
ろが見 られる。
 強 力 なリーダーシップをもつ経 営 者 (リーダー)の存 在
彼 らは、長 期 政 権 の下 で、創 業 者 の理 念 を引 き継 ぎつつ独 自 の長 期 ビジョ
ンを持 つ。また、組 織 に危 機 意 識 を 与 え変 革 を起 こし、次 々と新 製 品 を開 発 ・
投 入 した。特 に、御 手 洗 毅 (1942-1973)、賀 来 龍 三 郎 (1977-1988)、御 手
洗 富 士 夫 (1995-)の3人 である。「今 ある製 品 、今 ある事 業 に依 存 していては
いずれ立 ちいかなくなる、技 術 を蓄 積 しながら、将 来 の収 益 源 を仕 込 まなけれ
ばならない」、「次 々と新 製 品 を 出 すことが価 格 下 落 に巻 き込 まれない最 良 の
道 である」 17 など。
 日 本 的 経 営 の強 みと米 国 流 の経 営 手 法 の強 みを活 かした独 自 の経 営 理 念
創 業 からの経 営 理 念 である三 自 の精 神 18 、新 家 族 主 義 、実 力 主 義 など社 員
を活 かす経 営 である。
 チャレンジを求 める企 業 文 化
ベンチャー企 業 として始 まった「進 取 の気 性 」と、技 術 による差 別 化 を目 指 す
姿 勢 が深 く浸 透 し、常 に新 しい提 案 をしてきた。
 人 と技 術 を活 かして知 を蓄 積 するしくみ
莫 大 な知 が蓄 積 され、これを活 かす経 営 を実 践 している。多 くの企 業 は、米
国 の経 営 手 法 をこぞって取 り入 れ、事 業 撤 退 時 にはリストラと称 して雇 用 に 手
16
17
18
「CANON FACE BOOK」P7「キヤノンの歩 み」から筆 者 がカウント( 2014 時 点 )
三 品 (2005)
創 業 期 から受 け継 がれる「自 発 ・自 治 ・自 覚 」の「三 自 の精 神 」はキヤノンの行 動 指 針 の原 点 である。真 の
グローバルエクセレントカンパニーを目 指 すキヤノンにとって、今 も最 も重 要 な指 針 となっている。
16
を付 け、また人 件 費 の安 い新 興 国 に投 資 を振 り向 ける。一 方 のキヤノンは、実
力 主 義 を取 り入 れつつ終 身 雇 用 を守 る。失 敗 による事 業 撤 退 においては、人
と技 術 を次 に活 かす、そこには膨 大 な知 が蓄 積 される。
 「ものづくり」を事 業 の根 幹 と位 置 付 けている 19
多 くの企 業 は生 産 拠 点 をコストの安 い新 興 国 に移 している中 で、キヤノンは、
主 要 生 産 拠 点 を国 内 に留 めている。また、競 争 優 位 性 に関 わる基 幹 の技 術 、
例 えば半 導 体 などの内 製 化 を図 る。さらに現 場 の力 を高 めるために、セル方 式
を展 開 。人 を育 て、多 品 種 少 量 生 産 や新 たなアイデアを創 出 し活 かすもの作 り
の現 場 をつくる。
 技 術 へのこだわりと高 いレベルの研 究 開 発 投 資
他 社 に負 けないコア技 術 を中 心 に多 角 化 を展 開 してきた。カメラの開 発 ・製
造 によって培 ってきたのは、光 学 技 術 、精 密 機 械 技 術 、精 密 生 産 技 術 である。
研 究 開 発 に継 続 的 に投 資 をし てきた 。前 述 の通 り、8~9%の売 上 高 研 究 開
発 費 率 は、業 界 でトップクラスである。技 術 へのこだわりを出 発 点 としたイノベー
ションである。
な お 、キ ヤ ノ ン は 、自 社 の 競 争 力 の 源 泉 に つ い て 、① 独 自 技 術 で の 差 別 化
( 積 極 的 な 研 究 開 発 投 資 、 特 許 出 願 )、 ② 生 産 革 新 活 動 ( マ ン マ シ ン セ ル 、
内 製 化 、 自 動 化 ) の 二 点 を 上 げ て い る 20 。
3.3.3 キヤノンの出 願 件 数 と要 員 数 推 移
図 3-3に、キヤノンの特 許 出 願 件 数 (米 国 )と連 結 売 上 高 の推 移 を示 す。 両 者 と
もに、ほぼ同 様 に急 速 な右 肩 上 がりに増 加 している。また、知 財 部 門 の要 員 数 推 移
を図 3-4に示 す。特 許 課 が特 許 部 、特 許 法 務 センター、特 許 法 務 本 部 、そして、
現 在 の知 的 財 産 法 務 本 部 と進 化 し、要 員 数 も当 初 数 名 から百 倍 以 上 の規 模 に 拡
大 している。
図 3-3 連 結 売 上 高 米 国 特 許 出 願 件 数 (出 所 :田 浪 (2010))
19
20
多 くの企 業 は、スマイルモデル(製 品 化 のアウトソーシング)へ動 いているが、キヤノンは製 品 づくりこそが 事
業 の根 幹 としている。これを「サムライモデル」と呼 ぶ。(野 中 ら(2004)、P115)
http://web.canon.jp/ir/individual/detail/05.html (2015 年 12 月 18 日 アクセス)
17
図 3-4 知 財 部 門 の要 員 推 移 (出 所 :田 浪 (2010))
3.3.4 キヤノンの知 的 財 産 マネジメント
現 知 的 財 産 法 務 本 部 長 である長 澤 21 は、キヤノンの知 財 マネジメントの方 針 につ
いて、以 下 のように述 べている。
①知的財産に関する基本方針
 知的財産活動は事業展開を支援する重要な活動である。
 研究開発活動の成果は製品と知的財産である。
 他社の知的財産権を尊重し、適切に対応する。
②知的財産戦略
 R&D 部 門 に 対 し て 、未 来 の ビ ジ ネ ス を 創 出 す る た め に 、継 続 的 な 権 利 獲
得や契約において貢献する。
 事業部門に対して、権利化、ライセンス、訴訟で貢献する。
③知財部門の役割
 将 来 を 見 据 え 、知 財 的 に 優 位 な 研 究 開 発 の 方 向 性 を R & D 部 門 に 、事 業
ごとの最適アクションを事業部門に、長期的視点で答申・提言する。
④知的財産重視の企業文化
 研 究 開 発 者 は 、レ ポ ー ト よ り も 、特 許( 発 明 提 案 書 )を 書 け 。文 献 よ り
も特許公報を読め。
 研 究 開 発 は、製 品 を出 して完 了 ではなく、独 自 技 術 を権 利 化 (知 的 財 産 権 )し
てはじめて完 了 。
 侵 害 回 避 の三 原 則 (事 前 調 査 の徹 底 、製 品 化 前 の回 避 、製 品 化 後 に虞 が発
生 した場 合 交 渉 等 により直 ちに解 決 )
21
長 澤 (2014)
18
3.3.5 キヤノンにおける知 財 人 材 育 成 の考 え方
木 下 22 は、キヤノンにおける知 財 人 材 育 成 の考 え方 、基 本 方 針 、育 成 計 画 につい
て、以 下 のように述 べている。
①人 材 育 成 の基 本 的 考 え方
行 動 指 針 の原 点 である「三 自 の精 神 」は、「何 事 にも自 ら進 んで積 極 的 に行 い
(自 発 )、自 分 自 身 を管 理 し(自 治 )、自 分 が置 かれている立 場 ・役 割 ・状 況 をよく認
識 する(自 覚 )姿 勢 で前 向 きに仕 事 に取 り組 む。」であり、人 財 育 成 の拠 り所 となって
いる。そのため、人 材 育 成 の基 本 は、社 員 一 人 ひとりが「自 ら成 長 する意 欲 」を持 ち、
また上 司 ・先 輩 は「部 下 ・後 輩 を育 てる意 欲 」を持 つことにある。
②知 財 人 材 育 成 の考 え方 (目 的 )
多 くの先 輩 達 によって、脈 々と受 け継 がれている「知 財 DNA」とも呼 ぶべき伝 統 が
ある。この伝 統 は 、「失 敗 を恐 れず、なんでもやってみる」、「最 後 まで諦 めず、粘 り
強 く結 果 を求 める」といった精 神 によって支 えられて いる。このような考 えに基 づいて、
試 行 錯 誤 を繰 り返 しながら、様 々な知 的 財 産 教 育 活 動 に取 り組 んでいる。
権 利 化 担 当 者 の人 材 育 成 に関 しては、「発 明 発 掘 から権 利 活 用 までの様 々な現
場 で、事 業 戦 略 ・特 許 戦 略 に沿 って的 確 に判 断 し、自 律 的 に行 動 できる人 材 を育
成 する」ことを目 的 としている。この 実 現 に向 け、人 財 育 成 を 専 門 とする部 門 (知 的
財 産 研 修 課 )を設 けている。
③知 財 人 材 育 成 の基 本 方 針
 現 場 (OJT)で徹 底 的 に実 務 能 力 を磨 く。
 ベテランを活 用 する(高 いスキルを持 ち、多 くの知 識 ・ノウハウを蓄 積 しているベ
テラン社 員 に直 接 指 導 を受 けることで、実 務 書 等 に記 載 されていない仕 事 のや
り方 を学 ぶ。定 年 後 再 雇 用 を含 め、30年 以 上 の知 財 業 務 経 験 を持 つベテラン
指 導 者 を活 かしている。)。
 いろいろな人 と接 する機 会 を増 やす(視 野 を広 げ、知 恵 の引 き出 しを増 やす)。
 実 際 に必 要 な知 識 は社 内 外 の研 修 によって修 得 する(自 己 啓 発 、OFF-JT)。
 5年 で一 人 前 の権 利 化 担 当 者 に育 成 する。
④知 財 人 材 育 成 計 画
新 卒 の採 用 後 、リーダークラスへの成 長 過 程 を三 段 階 にわけている。図 3-5に全
体 プロセスを示 すが、この中 で根 幹 をなすのが、ステップ2のブラザーによる OJT 指
導 である。ブラザーは、入 社 6年 目 から主 任 、課 長 代 理 までの権 利 化 担 当 者 から選
抜 される。発 明 発 掘 、出 願 ・中 間 処 理 対 応 、第 三 者 特 許 検 討 等 の知 財 活 動 全 般 に
関 して、仕 事 を通 して教 育 指 導 を受 ける。
22
木 下 (2013)
19
図 3-5 知 財 人 材 育 成 のプロセス(出 所 :木 下 2013)
⑤各 種 グループ活 動
自 発 的 に知 識 を広 め、スキルやコミュニケーション能 力 を磨 いていくために様 々な
グループ活 動 に積 極 的 に参 加 することを求 めている(図 3-6)。
この活 動 が、知 識 の習 得 の域 を超 えて、外 にアンテナ を開 き、原 点 に立 ち返 る学
習 の機 会 となり、また長 期 的 視 点 で事 業 に貢 献 する知 財 戦 略 策 定 に活 かされてい
るのではないかと考 える。
弁理士グループ活動
⑥知 財 スキルの評 価
・弁理士資格所有者による判例研究
・法改正時の対応方針の提案
人 材 育 成 にとって、到 達 目 標 レ
ベルを明 確 にすることは重 要 である。
個別エキスパート
グループ活動
しかし、多 種 多 様 な知 財 スキルの
質 を客 観 化 することは容 易 ではな
・各国特許制度調査
・各国手続マニュアル作成
・国別出願・権利化方針の提案
い。木 下 によ れば、キ ヤノンにおい
技術横断グループ活動
・組織を跨ぐ技術の情報交換
・技術横断的な特許調査
・共通技術に関する知財戦略の提案
てもスキルの標 準 化 については途
上 であり、検 討 中 であるとのことで
ある。現 時 点 においては、①法 律
図 3-6 各 種 グループ活 動 (出 所 :木 下 2013)
(特 許 法 及 び知 財 関 連 法 の専 門 度 )、②技 術 (技 術 レベルの専 門 度 )、③実 務 (特
許 技 術 や交 渉 技 術 の習 熟 度 )、④判 断 (特 許 性 や権 利 範 囲 、或 いは事 業 性 を踏 ま
えた 判 断 の精 度 ) 、⑤ リエゾ ン(開 発 に 対 する対 応 能 力 度 ) 、⑥プ レゼンテーショ ン
(企 画 、資 料 作 成 及 び発 表 の能 力 の習 熟 度 ) などの視 点 で、何 段 階 かのレベル で
判 定 することを検 討 しているという。
20
3.3.6 キヤノンの知 財 活 動 の転 換 点
(1)Xerox 社 への挑 戦
キヤノンは、1960 年 代 から「右 手 にカメラ、左 手 に事 務 機 」を掲 げ、多 角 化 を推 進
していった。当 時 Xerox 社 の独 占 的 事 業 であった普 通 紙 複 写 機 の分 野 に本 格 的 に
取 り組 み始 めたのは 1962 年 である。世 界 中 で繰 り広 げられていた技 術 開 発 競 争 の
中 で独 自 技 術 である「NP 方 式 」を発 明 したのは、その3年 後 のことであった。NP 方 式
で感 光 材 料 として採 用 したのは、ゼロックス社 が採 用 したセレンではなく、カメラの露
出 計 の材 料 で社 内 にあった CdS(硫 化 カドミウム)、その上 に固 い絶 縁 層 をコーティ
ングした3層 構 造 のドラムが特 徴 で、メンテナンスが随 時 必 要 で極 めてデリケートなセ
レンドラムに比 べ、はるかに高 い耐 久 性 を実 現 した。
Xerox 社 は、約 600 件 の強 固 な特 許 網 を構 築 し、事 業 に参 入 しようとした各 社 は、
ライセンスを受 けざるを得 なかった。これに対 し、キヤノン社 長 の「Xerox の特 許 は1
件 も使 うな!」の掛 け声 により、開 発 技 術 者 と特 許 技 術 者 が一 体 となった取 り組 みに
より開 発 を 進 め、 困 難 を乗 り越 え 独 自 技 術 (NP方 式 )の開 発 に 成 功 し 、市 場 投 入
(1970)を実 現 する。
しかし、1973 年 に、Xerox 社 から特 許 侵 害 警 告 を受 ける。長 い交 渉 の末 、1978 年
に Xerox 社 がキヤノンの技 術 を認 め、クロスライセンスを申 入 れ、これにより Xerox 社
との技 術 ・特 許 攻 防 に決 着 が着 いた。当 時 、本 件 の特 許 担 当 であった丸 島 は、その
後 着 実 に、国 内 はもちろん世 界 でも有 数 の強 力 な知 財 部 隊 を作 り上 げる(図 3-4
参 照 )。また、知 的 財 産 法 務 本 部 長 として、経 営 の中 枢 にて知 財 経 営 の実 現 に 尽
力 した。丸 島 は、自 らの著 書 に、この戦 いの中 で多 くを学 んだと述 べている 23 。
筆 者 は、Xerox 社 との攻 防 から学 習 した知 恵 が知 財 経 営 の原 点 となり、その後 の
進 化 の礎 になっているのではないかと考 える。よって、彼 らが何 を学 習 したかを探 るこ
とは意 義 がある。
(2)Xerox 社 との戦 いから学 んだこと
この戦 いで最 大 の成 果 は何 であっただろうか。丸 島 は著 書 24 の中 で、「知 財 マイン
ドと知 財 センスを持 った技 術 者 が育 ったこと 」であると述 べている。そして、彼 ら技 術
者 が、その後 、社 内 のいろいろな分 野 に異 動 し、そこでその考 え方 を植 え付 けていく
ことになる。この戦 いで学 んだことについて以 下 のとおり述 べている。
 経 済 効 果 の高 い発 明 が重 要 であること。当 時 は 、重 要 な発 明 とは、技 術 的 に
高 度 なものと認 識 されていた。
23
丸 島 は、当 時 を振 り返 り、カメラ事 業 (当 時 はメカニクスと光 学 レンズ)から電 子 写 真 分 野 への参 入 は、技 術
と知 財 の面 でカルチャー・ショックを受 けたと述 べている。そして、本 事 業 において 勝 つためには、創 造 ・保 護 ・
活 用 におけるさらなる知 恵 が必 要 であると 思 ったという。丸 島 儀 一 へのヒヤリング(2015.11.24)
24
丸 島 (2002、2011)
21

守 りの特 許 群 の形 成 が重 要 であること。事 業 競 争 力 の源 泉 となるコア技 術 の
特 許 を「守 りの特 許 」と位 置 づけ、強 固 な特 許 群 を形 成 した。
 特 許 網 の継 続 的 形 成 が必 要 性 であること。原 理 特 許 に続 き、実 施 化 技 術 、周
辺 技 術 の改 良 に努 めるとともに、技 術 の先 読 みによる将 来 技 術 の開 発 に努 め、
実 施 技 術 の延 命 を図 るとともに、事 業 参 入 障 壁 の知 財 形 成 を継 続 的 に行 う。
 契 約 、交 渉 が重 要 であること。
さらに、知 財 担 当 者 の思 考 ・行 動 特 性 に関 する学 びとして、以 下 の点 について述
べている。
 知 財 担 当 者 は、「開 発 の源 流 に入 れ」。明 細 書 を書 く前 に戦 略 を立 てる。
 開 発 技 術 者 と特 許 担 当 者 が、互 いに学 びあうこと。両 者 が一 体 となり、事 業 の
展 開 を考 えながら特 許 を取 っていくこと。
 特 許 で技 術 のみなら ず、事 業 を 守 る(他 社 の事 業 参 入 を防 ぐ)。そのために、
特 許 は技 術 思 想 でとる。
 事 業 戦 略 を立 てる時 には、知 財 部 門 が参 画 して、知 財 の強 み・弱 みを考 慮 し
たうえで事 業 戦 略 を立 てる。
 事 業 化 前 の研 究 開 発 の早 い段 階 で知 財 の障 害 を取 り除 く。
 リスクマネジメント、交 渉 力 、契 約 力 は重 要 である。特 に、訴 訟 においては自 ら
コントロールできない要 素 が多 く、結 果 が予 見 できない。よって、交 渉 力 を高 め、
これを重 視 する 25 。
 参 入 障 壁 を強 化 ・維 持 するために、 受 け身 ではなく、知 財 部 門 は研 究 開 発 に
対 し、要 請 する。
 特 許 マップを時 間 軸 で見 ることで、今 は真 っ黒 でも、進 化 する技 術 で突 破 でき
る。
以 上 は、ほんの一 部 にすぎないが、これらの学 習 成 果 は現 在 のキヤノンの知 財 マ
ネジメントの原 型 となっていると考 える。
25
丸 島 は、社 長 から訴 訟 にどの程 度 勝 てるかどうかを問 われ、返 答 に困 ったという。そこで、自 らの意 思 でコン
トロール可 能 で一 定 の予 見 性 のある交 渉 を重 視 した( 2015.11.24 ヒヤリング)。
22
3.3.7 キヤノンの知 財 活 動 とダイナミック・ケイパビリティ
ここまで収 集 ・分 析 した情 報 をもとに、知 財 ダイナミック・ケイパビリティ(DC)に直 接
的 ・間 接 的 にかかわる知 財 活 動 について整 理 する(表 3-2)。本 表 において、担 当
とは本 活 動 にかかわる主 たる部 門 を示 す。
表 3-2 知 財 ダイナミック・ケイパビリティと知 財 活 動
DC
キヤノンの知 財 活 動
(1) 知 財 経 ◇経 営 哲 学 :「独 自 技 術 で勝 負 する」、「人 間 尊 重 」、「知 を活 かす」
営 ビジョン
 ベンチャー企 業 として始 まった「進 取 の気 性 」と、技 術 による差 別
構築能力
化 を目 指 す姿 勢 が深 く浸 透 し、イノベーションを続 ける。
 他 社 に 負 けないコア技 術 を 中 心 に 多 角 化 し 、研 究 開 発 投 資 を
重 視 する。
 失 敗 に よ る 事 業 撤 退 に おい て は 、 人 と 技 術 を 次 の 機 会 に 活 か
す、そこには膨 大 な知 が蓄 積 される。
◇経 営 における知 財 の位 置 付 け、知 財 マネジメントのあり方 、組 織
の役 割 を進 化 し続 ける。
 Xerox 社 との戦 いや他 の失 敗 例 から多 くを学 び、これをトップ・マ
ネジメントからオペレーションに至 るまで、十 分 に活 かす。
 特 許 課 (1958)→特 許 部 (72)→特 許 法 務 センター(83)→特 許
法 務 本 部 ( 87)→知 的 財 産 法 務 本 部 ( 89)→リエゾ ン部 隊 統 合
(94)
◇社 長 方 針 :「他 社 権 利 侵 害 回 避 の責 任 は事 業 本 部 長 にある」
◇知 財 戦 略 は経 営 者 の責 任 。経 営 者 は、技 術 開 発 ・事 業 開 発 ・知
財 戦 略 を一 体 的 に打 ち出 す。
◇社 員 の知 財 マインドの形 成 はトップの役 割 である。
◇特 許 重 視 の 文 化 を 築 く(研 究 開 発 は、製 品 を 出 して完 了 ではな
く、独 自 技 術 を権 利 化 してはじめて完 了 、など)。
◇各 国 規 制 動 向 の先 読 みのために世 界 規 模 の情 報 ネットワーク
(法 律 事 務 所 等 )を構 築 する。
◇情 報 の共 有 化 と意 思 決 定 のしくみを構 築 する。(「製 品 法 務 委 員
会 」)。
◇ 知 的 財 産 政 策 へ 積 極 的 に 貢 献 す る ( 日 本 、 欧 米 中 韓 、 WIPO
等 )。
(2) 知 財 プ
ロセ スデ
ザイン能
力
◇事 業 戦 略 立 案 において、知 財 部 門 も参 画 して、知 財 力 を考 慮 し
たうえで事 業 戦 略 を立 てる。
◇意 思 決 定 システム(経 営 まで巻 き込 む)
 技 術 契 約 書 の決 済 は社 長 まで、重 要 特 許 は本 部 長 がチェック
する。
◇発 明 創 出 を 促 す仕 組 (発 明 者 処 遇 のポリシー :プロジェクト・メン
バー全 体 を評 価 )を他 社 に先 駆 けて構 築 する。
◇事 業 化 前 に知 財 の障 害 を取 り除 くためのプロセスを構 築 する。
 自 社 と他 社 の強 み・弱 みを把 握 し、自 社 の弱 みを他 社 の弱 みを
つくことで解 消 。
◇事 業 の段 階 に応 じた出 願 の位 置 付 け
 原 理 特 許 出 願 ( 研 究 ) →応 用 特 許 出 願 ( 育 成 )→ 製 品 適 用 特
許 出 願 (事 業 )
◇知 財 部 門 は、全 事 業 部 門 をコア技 術 という横 串 で 見 て、個 々の
事 業 部 の課 題 を解 決 。
◇知 財 部 員 は、開 発 の源 流 から参 画 し、出 願 戦 略 を立 案 、早 期 の
出 願 ・懸 案 解 決 する。
◇弱 みの解 消 にあたり、契 約 と交 渉 を重 視 する。
23
担当
経営
経営
経営
経営
経営
経営
知財
経営
知財
事業
知財
経営
知財
知財
知財
知財
知財
(3) 知 財 マ
インド・ス
キル開発
能力
26
◇事 業 戦 略 の視 点 で知 財 PF価 値 評 価 する。
 ①事 業 化 への寄 与 、②他 社 参 入 阻 止 、③権 利 行 使 に耐 える
 守 りの特 許 のみならず攻 めの特 許 についても、貢 献 度 を評 価 す
るしくみを開 発
◇PAE 26 による特 許 訴 訟 の抑 制 を図 る協 定 を推 進 する。
 「License on Transfer Network(LOT ネットワーク)」
知財
◇知 財 教 育 体 系 (技 術 者 、知 財 担 当 者 、役 員 )を整 備 する。
 技 術 者 の知 財 マインド向 上 は、経 営 者 の役 割
 技 術 者 の知 財 スキル・センスの向 上 は、知 財 部 門 の役 割
 知 財 担 当 者 に対 する徹 底 した教 育
現 場 (OJT)で 徹 底 的 に実 務 能 力 を 磨 くこと、ベテラン社 員 を 活
用
◇知 財 部 員 の 各 種 の グループ 活 動 ( 各 国 制 度 研 究 、 判 例 研 究 、
法 改 正 時 の対 応 方 針 など)、外 部 委 員 会 への参 加 、知 財 トップ
の社 外 活 動 。
◇契 約 力 、交 渉 力 を強 化 する。
◇スキルの開 発 ・蓄 積 と共 有 化 を図 る。
 ゼロックスとの戦 いを経 験 した技 術 者 が他 の開 発 部 隊 へ異 動
し、技 術 部 門 全 体 に広 がる。
知財
Patent Assertion Entity (特 許 権 を行 使 するのが目 的 の事 業 体 )
24
知財
知財
知財
開発
3.4 仮 説1の検証
3.4.1 仮 説 1の検 証
キヤノンは、創 業 間 もない時 代 から海 外 に目 を向 け 市 場 を開 拓 してきた。特 にプ
ロパテントを推 し進 めていた米 国 市 場 において幾 多 の攻 防 を経 験 し、その後 も進 化
を続 け独 自 の知 財 マネジメントを築 いていった。そ の背 景 には、高 度 なレベルの 知
的 財 産 に関 する現 場 力 (知 財 ケイパビリティ)に加 えて、常 に社 会 の動 向 に適 応 した
知 財 マネジメントを作 り上 げる組 織 能 力 (知 財 ダイナミック・ケイパビリティ)の存 在 を
見 ることができる。
仮 説 1は、「事 業 環 境 がダイナミックに変 化 する中 で、 変 化 に即 した知 財 マネジメ
ントを獲 得 するには、組 織 が所 有 している様 々な知 財 ケイパビリティを再 構 成 し、変
革 を促 す必 要 がある。そして、これを実 現 するために、この再 構 成 ・変 革 を促 す組 織
能 力 「知 財 ダイナミック・ケイパビリティ」を高 めることが必 要 である。 」とした。ケース・ス
タディを通 して、キヤノンは、まさしくダイナミック・ケイパビリティの3つの要 素 27 を活 か
して、すなわち、まず変 化 を先 読 みし(感 知 し)、その変 化 を機 会 と捉 えて知 識 やスキ
ルを様 々な形 にデザインし、資 源 を再 構 成 し変 革 を試 みていることがわかった。そし
て、さらにその源 流 には、「知 財 部 門 は、事 業 に貢 献 することに存 在 意 義 がある」とい
う強 い使 命 感 をもったリーダーたちがいたことがわかった 28 。
知 財 ダイナミック・ケイパビリティを高 め続 けている要 因 について、3者 の存 在 、す
なわち、知 を重 視 する経 営 者 、知 的 財 産 の重 要 性 を知 り尽 くした技 術 者 、高 い組 織
学 習 能 力 を有 する知 財 部 門 の存 在 を見 出 した。そこで、知 財 部 門 についてさらに考
察 を進 める。
知 財 部 門 は、第 一 に、「先 読 み」を重 視 し ている。これにより、自 社 の強 みを活 か
す機 会 と方 法 を常 に模 索 している。まず、世 界 に張 り巡 らされた特 許 事 務 所 等 から
送 られてくる情 報 をもとに各 国 の規 制 の動 向 の先 読 みを組 織 的 に行 っている。10 年
~20 年 先 の予 測 と早 期 決 断 ・実 行 が 重 要 であるという 29 。また、技 術 の動 向 にも敏
感 で、たとえば、早 い時 期 から、デジタル・ネットワーク技 術 の進 展 が業 界 、産 業 界 に
及 ぼす影 響 について先 読 みし、これを機 会 と捉 え 知 財 マネジメントのあり方 を大 きく
変 えていった。丸 島 は、早 い段 階 から、国 際 標 準 化 の必 要 性 を訴 えるとともに、自 社
の強 みを守 るためのオープン&クローズ戦 略 を推 進 していった。
先 読 みの具 合 的 な例 として標 準 化 をあげる。丸 島 は、アナログ時 代 から標 準 化 活
動 に関 わりをもっていたが、やがて技 術 がアナログからデジタルへ変 化 し始 めたとき
27
「感 知 力 」、「デザイン力 」、「変 革 力 」
丸 島 は、当 時 、 競 争 に勝 つ ために何 ができるかを常 に問 い、そのために必 要 な情 報 を徹 底 的 に集 め解 析
し先 読 みをこころみたという(ヒヤリング 2015.11.24)。
29
長 澤 (2014)
28
25
に、今 後 、技 術 標 準 が事 業 に大 きく影 響 を与 えるに違 いがないと 考 えた。そこで、推
進 には、研 究 開 発 部 門 、事 業 部 門 、知 財 部 門 が三 位 一 体 で考 え実 行 すべきである
ことから、社 長 直 下 の国 際 標 準 統 括 組 織 として「国 際 標 準 化 センター」 の設 立 を社
長 に提 言 し実 現 させた 30 。AV 機 器 やコンピューターを接 続 する高 速 シリアルバス規
格 である IEEE1394 の標 準 化 、デジカメの画 像 フォーマット技 術 の標 準 化 DCF 1.0
など、自 社 のコア技 術 はオープンにせず、各 コア技 術 の機 能 を十 分 に発 揮 できる機
器 間 のインターフェイス技 術 を標 準 化 することに 成 功 した。現 在 、周 知 になっている
オープン&クローズ戦 略 、標 準 化 戦 略 の先 駆 けではないかと考 えられる。
第 二 に、「組 織 学 習 」を重 視 している。前 述 の通 りダイナミック・ケイパビリティを持
つ企 業 は、優 れた学 習 ・調 整 能 力 を示 すといわれている 31 。経 験 を通 した学 習 は 有
効 であるが、自 らが経 験 できる範 囲 は限 られている。そこで、丸 島 は自 社 の経 験 のみ
ならず他 者 の経 験 (事 件 )を 学 習 して、自 社 に取 り込 む努 力 によって、組 織 能 力 を
高 めていった。また、自 社 の経 験 においては、痛 い目 に遭 って学 ぶのではなく、痛 い
目 に遭 うような場 面 に自 ら突 入 し、結 果 として本 質 的 には痛 い目 に遭 わず 危 機 を回
避 している 32 。
3.4.2 知 財 ダイナミック・ケイパビリティの鍵 (キヤノンの例 )
ケース・スタディを通 して、キヤノンが持 つ知 財 ダイナミック・ケイパビリティの中 で、
鍵 となる組 織 能 力 は、以 下 の3つであると考 える。
①「知 を重 視 する経 営 者 の存 在 」(知 財 経 営 ビジョン構 築 能 力 )
 起 業 家 精 神 (進 取 の気 性 、技 術 による差 別 化 )を持 ち続 ける経 営 者 がいる。
 組 織 への危 機 意 識 (イノベーションが生 き残 る道 )を与 え続 ける。
 知 財 の蓄 積 を重 視 する経 営 方 針 (事 業 撤 退 では人 と技 術 を次 の機 会 に活 か
す)を持 つ。
 キーマンとなる変 革 者 (チェンジリーダー;当 時 の丸 島 と田 中 宏 )を育 てる。
②「事 業 ・研 究 開 発 部 門 と知 財 部 門 の連 携 」(知 財 プロセスデザイン能 力 )
 知 財 部 門 のリーダーたちに「知 財 部 門 は事 業 貢 献 のためにある」との強 い使 命
感 がある。
 事 業 ・研 究 開 発 部 門 は、知 的 財 産 の価 値 を知 る。
 3者 の間 に強 固 な信 頼 関 係 を築 く。
③「先 読 み力 の高 い知 財 部 門 」(知 財 マインド・スキル開 発 能 力 )
 各 国 規 制 動 向 を把 握 するためのグローバル情 報 ネットワーク(特 許 事 務 所 等 )
30
初 代 国 際 標 準 化 センター 長 は、社 長 命 により、丸 島 が担 当 した。人 や金 を握 っている事 業 部 門 を巻 き込
むこと、社 内 の優 秀 な人 材 を集 めることが組 織 化 の目 的 であった。 丸 島 (2011、P178-181)
31
デビット・J・ティース (2009)
32
丸 島 (2002、P146)
26
を築 く。
 10 年 ~20 年 先 を予 測 する努 力 を惜 しまない。
 組 織 学 習 能 力 を高 める仕 組 みを進 化 させている。
研 究 (外 国 制 度 、法 制 度 変 更 時 の対 策 、判 例 等 )、外 部 委 員 会 への参 加 等
 知 財 人 材 育 成 を重 視 する。
 知 財 トップは社 外 活 動 を通 して、社 会 の動 きに敏 感 になり 、かつ多 くの知 恵 を
獲 得 する。
27
3.5 知 財ダイナミック・ケイパビリティの強化に向けて(提 言1)
3.5.1 各 部 門 の役 割 と知 財 ダイナミック・ケイパビリティ
企 業 において、知 的 創 造 サイクルを廻 すために、経 営 層 、知 財 部 門 、事 業 部 門 、
研 究 開 発 部 門 等 がそれぞれ役 割 を担 っている。知 財 マネジメントを進 化 する企 業 に
おいては、各 部 門 に知 財 ダイナミック・ケイパビリティ が様 々な形 で存 在 している。キ
ヤノンの例 (表 3-2)をもとに、各 部 門 にどのような知 財 ダイナミック・ケイパビリティが
どの程 度 存 在 しているかについて 分 析 すると、経 営 層 には、知 財 経 営 ビジョン構 築
能 力 、知 財 部 門 には、知 財 プロセスデザイン能 力 、知 財 マインド・スキル開 発 能 力 が
高 いレベルで存 在 していることがわかる(表 3-3)。
表 3-3 各 部 門 の役 割 と知 財 ダイナミック・ケイパビリティ (◎:高 、○:中 、△:小 レベル)
要素能力
成果
役割
経営層
知財部門
経 営 方 針 ・成 果 知的財産権
評価
事業部門
研究開発
製 品 、サービ
ス
技 術(発 明、
ノウハウ)
・ 経 営 方 針 に 知 ・知 財 戦 略 策 定 ・事 業 戦 略 策 定 ・ 研 究 開 発 戦 略
財 経 営 の位 置 付 ・ 知 財 の 創 造 ・ 保 ・ 知 財 の 創 造 ・ 策 定
け・方 向 性 提 示 護 ・活 用 の推 進 活 用
・知 財 の創 造・
・ 知 財 活 動 に 関 ・ 評 価 ・ 権 利 化 ・ ・他 社 権 利 侵 害 活 用
す る 知 財 部 門 、 管理
予防
・他 社 権 利 侵 害
関 係 部 門 の 役 ・ 技 術 契 約 等 の ・他 社 障 害 特 許 予 防
割 ・責 任 を提 示
契 約 ・交 渉
の発 見
・他 社 障 害 特 許
・ 活 動 成 果 の 評 ・クリアランスの推
の発 見
価 ・ FB ・ ア ク シ ョ 進
ン
・他 社 紛 争 予 防 と
・ 変 革 を 推 進 す る 対 応 (訴 訟 )
人 材 の育 成
・教 育 ・啓 蒙 活 動
知 財 ケイパビリティ 各 部 門 が役 割 を履 行 するためにそれぞれの能 力 を持 つ(企 画 力 、 創
造 力 、開 発 力 、権 利 化 力 、交 渉 力 、人 材 育 成 力 など)
知 財 ダイナミック・
ケイパビリティ
①知 財 経 営 ビジョ
ン構 築 能 力
②知 財 プロセス
デザイン能 力
③知 財 マインド・
スキル開 発 能 力
◎
○
○
△
○
◎
○
○
○
◎
△
○
次 に、ダイナミック・ケイパビリティを構 成 する3つの能 力 が、3つの要 素 (感 知 力 、
デザイン力 、変 革 力 )とどういう関 係 にあり 、また主 たる部 門 はどこになるのかについ
て分 析 する。
この結 果 、知 財 経 営 ビジョン構 築 能 力 は主 として経 営 層 に存 在 し、感 知 力 および
28
変 革 力 により成 り立 っている。知 財 プロセスデザイン能 力 は 主 として知 財 部 門 にあり、
デザイン力 により構 成 されている。第 三 の知 財 マインド・スキル開 発 能 力 も同 様 に 知
財 部 門 に存 在 し、感 知 力 とデザイン力 により構 成 されていることがわかる。これを、表
3-4に示 す。
表 3-4 各 部 門 の役 割 と知 財 ダイナミック・ケイパビリティ (◎:高 、○:中 、△:小 レベル)
知 財 ダイナミック・
ケイパビリティ
要素
感知力
主 たる部 門
デザイン力 変 革 力
経営
知財
事業
研究
①知 財 経 営 ビジョ
ン構 築 能 力
◎
○
◎
◎
○
○
△
②知 財 プロセス
デザイン能 力
○
◎
○
○
◎
○
○
③知 財 マインド・
スキル開 発 能 力
◎
◎
○
○
◎
△
○
3.5.2 知 財 ダイナミック・ケイパビリティを強 化 する梃 子 (lever)
今 までの検 討 の結 果 を踏 まえて、知 財 ダイナミック・ケイパビリティ(変 える力 )を強
化 する梃 子 (lever)について一 般 解 として考 察 する。
3種 類 のダイナミック・ケイパビリティの要 素 の中 で、まず環 境 の変 化 を早 い段 階 で
捉 え機 会 を見 出 す「感 知 力 」が知 財 ダイナミック・ケイパビリティを強 化 するために重
要 と考 えた。であるとすると、主 として経 営 者 に求 める「知 財 経 営 ビジョン構 築 能 力 」
と知 財 部 門 に求 めら れる「知 財 マインド・スキル開 発 能 力 」の強 化 が 知 財 ダイナミッ
ク・ケイパビリティ強 化 の優 先 課 題 となる。
キヤノンのケース・スタディを参 考 に、両 能 力 を高 める梃 子 として考 えたのが、「経
営 者 の知 財 意 識 を高 めること」および「知 財 部 門 が組 織 学 習 能 力 を高 めること」であ
る(図 3-7)。
強化する梃子(lever)
知財ダイナミック・ケイパビリティ
経営者
知財重視の意識
①知財経営ビジョン
構築能力
②知財プロセス
デザイン能力
知財部門
高い組織学習力
③知財マインド・スキル
開発能力
図 3-7 知 財 ダイナミック・ケイパビリティを強 化 する梃 子
29
3.5.3 知 財 ダイナミック・ケイパビリティ強 化 に向 けての知 財 部 門 の役 割
上 述 の2つの梃 子 を築 くための知 財 部 門 の役 割 について考 察 する。
(1)経 営 トップの知 財 意 識 を高 めること
①経 営 トップへの様 々な報 告 ・提 案
 他 部 門 と協 働 し、事 業 ・技 術 ・知 財 の3つの視 点 から競 合 他 社 との比 較 分 析 を
行 い報 告 する。
 自 社 の 知 財 活 動 状 況 、競 合 他 社 の動 向 、法 制 度 改 定 の動 向 を定 期 的 に 報
告 する。
 知 財 マネジメント変 革 の前 後 比 較 による効 果 を報 告 する。
 知 財 マネジメントの将 来 のあるべき姿 (知 財 経 営 ビジョン)を提 案 する。
 国 内 外 企 業 の成 功 事 例 (知 財 経 営 、知 財 活 用 、ビジネスモデル)を報 告 する。
②経 営 トップへの決 済 ルートの構 築
 技 術 契 約 等 の決 済 ルートに経 営 トップを 組 み込 む(たとえば、キヤノンの技 術
契 約 の決 済 権 限 者 は社 長 である)。
(2)知 財 部 門 の組 織 学 習 能 力 を高 めること
組 織 学 習 能 力 を高 める方 法 を検 討 するうえで、アージリス 33 の「ダブル・ループ 学
習 」とガービンらの「学 習 する組 織 の特 徴 」 34 の二 つの先 行 研 究 を参 考 にする。
アージリスは、組 織 における学 習 のプロセスには、「シングル・ループ学 習 」と「ダブ
ル・ループ学 習 」の2つがあるとしている。シングル・ループ学 習 とは、過 去 の学 習 や
成 功 体 験 を通 じて獲 得 した「ものの見 かた・考 え方 」や「行 動 のしかた」にのっとって
問 題 解 決 を図 り、その過 程 で学 習 することをいう。激 しい変 化 の中 では、これまで学
習 してきたことが、もはや通 用 しなくなっているにもかかわらず、今 までのやり方 を続 け
ようとする。これに対 し、結 果 の中 に「問 題 」を発 見 し、問 題 を解 決 ・改 善 するために、
行 動 の基 準 となる理 論 の「フレーム」そのものを変 更 ・修 正 するような学 習 のことを、
「ダブル・ループ学 習 」という。ここでは、問 題 が発 生 する「背 景 (すなわち、そもそも
論 )」にまで立 ち返 り、全 体 をより深 く理 解 したうえで「理 論 の再 構 築 」を行 う。
アージリスは、シングル・ループ学 習 は、組 織 へのロイヤリティが高 く、勤 勉 で、協
力 的 だが、つまるところ自 己 防 衛 的 な人 材 や組 織 に見 られる 線 形 的 な思 考 であり、
したがって、自 己 完 結 的 で あり、クローズド・システムであるという。一 方 ダブル・ルー
プ学 習 は、事 象 や状 況 にふさわしい情 報 と知 識 に基 づいて行 動 し、自 由 闊 達 で忌
憚 のない議 論 、臨 機 応 変 な意 思 決 定 、変 化 を奨 励 する人 材 や 組 織 に見 られる非 線
形 な思 考 であり、他 者 に学 び、オープンシステムであると述 べている。 図 3-8のとお
り、激 しい環 境 変 化 においては、前 提 となる変 数 (たとえばルール)に疑 問 を持 つ必
要 がある。検 討 の結 果 、必 要 があればルールを変 えることに挑 戦 する。
33
34
クリス・アージリス (1977)
デイビット・A・ガービンら(2008)
30
変数
行動戦略
(与件:方針、目標、しくみ等)(実行計画:方法論)
もたらされる結果
(問題)
図 3-8 シングル・ループ学 習 とダブル・ループ学 習 (出 所 :アージリス(1977)を一 部 修 正 )
また、ガービンら 35 は、学 習 する組 織 の特 徴 について研 究 し、その成 熟 度 診 断 法
を開 発 した。彼 らは、学 習 する組 織 に見 られる特 徴 を、「環 境 」、「プロセス・行 動 」、
「リーダー」の3つの視 点 で分 類 している。その要 点 を表 3-5に表 す。
表 3-5 学 習 する組 織 の特 徴
学 習 する組 織 の構 成 要 素
主 な特 徴
①組 織 学 習 を支 える環 境
・精 神 的 な安 全 (自 由 な発 言 )
・違 いの尊 重 (異 なる意 見 の尊 重 )
・新 しいアイデアへの寛 容 度 (アイデアの尊 重 )
・内 省 にかける時 間 (立 ち止 まりプロセスをじっくり検 討 )
②学 習 プロセスと学 習 行
動
・実 験 (新 しい業 務 方 法 を頻 繁 に実 験 )
・情 報 収 集 (競 合 、顧 客 、社 会 、技 術 )
・分 析 (検 討 において反 対 意 見 を求 める)
・教 育 と訓 練 (研 修 を重 視 )
・情 報 の移 転 (他 部 門 、社 外 専 門 家 、顧 客 、サプライ
ヤから学 ぶ)
③学 習 を増 進 するリーダー
行動
・学 習 を推 進 するリーダーシップ(他 の人 の意 見 を求
める、多 様 な視 点 を持 つことの奨 励 ))
上 述 の先 行 研 究 を参 考 にして、知 財 部 門 の組 織 学 習 能 力 を高 めるための強 化 方
法 として、以 下 について提 言 する。
①組 織 学 習 を支 える環 境 の整 備
 多 様 性 を受 け入 れる環 境 を作 る。
自 由 な発 言 、異 なる意 見 、新 しいアイデアを受 け入 れるための 効 果 的 なブレ
ーンストーミングを実 施 する。このために、担 当 するファシリテーターは十 分 な訓
練 を受 ける必 要 がある。
35
デイビット・A・ガービンら(2008)
31
②学 習 プロセスと学 習 行 動 の変 革
 知 財 部 門 を外 に開 かれた組 織 に変 える。
外 部 情 報 に接 触 する機 会 を増 やすために、外 部 専 門 家 の招 聘 、JIPA委 員
会 活 動 などへの参 画 、知 財 部 門 異 業 種 交 流 、経 験 者 採 用 、他 部 門 との人 事
交 流 等 を進 める。
 進 化 のために実 験 を推 奨 する。
特 許 出 願 業 務 などの プロセスや手 続 き 、開 発 技 術 者 や特 許 事 務 所 との 役
割 分 担 、出 願 可 否 判 断 のクライテリアなどを変 える試 みである。また臨 機 応 変
な意 思 決 定 を受 け入 れる。だめなら元 に戻 す。あえて実 験 と称 し、入 り口 のハ
ードルを低 くする。また、これによって、所 与 (従 来 のルールやしくみなど)の本
質 を考 える機 会 となる。
 他 者 よりも先 に変 革 にチャレンジする。
あえて、真 っ先 に渦 中 に飛 び込 む(fail fast & learn quickly) 。キヤノンの例
にもある。
 重 要 案 件 は、必 ず事 後 検 討 (after action review)を実 施 する。
各 種 案 件 (OA、係 争 、交 渉 など)後 の総 括 ・共 有 など、そこで何 を学 んだか
を掘 り下 げ共 有 する。
 他 社 から積 極 的 に学 ぶ。
異 業 種 を含 めて他 社 の事 例 を研 究 し、そこから社 会 、司 法 ・行 政 などの動 向
を学 び、自 社 の行 動 に活 かす。
 ダブル・ループ学 習 を組 織 的 に進 める。
手 続 きを中 心 とした組 織 文 化 においては、正 確 にルールを順 守 することが求
められる。高 度 な専 門 性 と勤 勉 さ故 に、尚 更 に法 制 度 や与 えられた目 標 ・方 針
などについて、これでいいのかと疑 うことがなかった。しかし変 化 の激 しい環 境 の
中 で、課 題 の背 景 や目 標 、しくみ(法 規 制 、社 内 ルール)などに立 ち返 ることを
心 がけることが必 要 である。組 織 としてこれを推 進 するためには、トップ自 らが意
識 的 にこれを実 践 することが求 められる。また、アージリス 36 は、ダブル・ループ
学 習 の成 果 が定 着 するかどうか、成 果 を上 げられるかどうかを見 極 めるには、
最 初 の3~5年 が正 念 場 であると述 べている。
ダブル・ループ 学 習 を 進 める過 程 において 、今 までのやり方 や制 度 の本 質
的 な意 義 を見 出 すことも可 能 である。しくみが作 られると次 の世 代 では、思 考 が
止 まる現 象 が良 く見 られる。もしかすると、時 代 遅 れの方 法 かもしれないが、誰
も疑 うことはない。前 述 の実 験 を試 すことは、結 果 としてダブル・ループ学 習 の
促 進 に繋 がる可 能 性 がある。
36
クリス・アージリス (1977)
32
日 本 人 は、ルールを守 り、この制 限 のなかに最 適 を生 み出 すのが得 意 (言 い
換 えるとルールを変 えるのが苦 手 )で、これに対 して自 分 に有 利 になるようにル
ールを変 えるのが欧 米 人 と一 般 的 に言 われている。しかしながら、丸 島 や澤 井
ら 37 においては、与 件 は常 にベストではなく、環 境 の変 化 に適 応 するための 変
革 に力 を注 いでいる。
③学 習 を増 進 するリーダーの行 動 様 式 の強 化
 リーダーは、メンバーとの対 話 を促 進 し、多 様 な視 点 を持 つことを奨 励 する 38 。
 「答 えが正 しいかよりも、正 しく考 えられること」をメンバーに求 める 。
 上 述 の①と②を業 務 プロセスや運 営 方 針 に組 み込 み組 織 的 な活 動 として推 進
する。
37
産 業 界 の代 表 として 日 本 企 業 が国 際 競 争 力 を高 めるために種 々の特 許 法 改 訂 (例 えば、通 常 実 施 権 の
当 然 対 抗 制 度 、日 本 版 バイドール法 、職 務 発 明 制 度 など多 数 )を提 案 し実 現 している。
38
有 効 的 な方 法 の一 つとして、部 下 の提 案 に対 して、自 身 の意 見 を述 べる(指 示 する)前 に、提 案 に対 して、
なぜこう考 えたかを質 問 し耳 を傾 ける。そして、 多 様 な視 点 のみならず、 各 種 前 提 条 件 を疑 うこと、覆 した方 が
よりよい解 決 策 が得 られることをアドバイスする。
33
第4章 競争優位性確保のための知財戦略構築プロセス
本 章 では、テーマ2「競 争 優 位 性 確 保 を実 現 するための知 財 戦 略 立 案 プロセスの
構 築 」について具 体 的 な方 法 論 を検 討 する。知 的 財 産 や技 術 を駆 使 した戦 略 やビ
ジネスモデルの創 造 が鍵 となる。すなわち、本 章 においては、知 財 戦 略 立 案 プロセ
スをテーマにするが、従 来 の知 財 戦 略 策 定 プロセスからの脱 却 を目 指 し、上 位 の事
業 戦 略 やビジネスモデル構 築 までを検 討 のスコープとする。
まず、先 行 研 究 、成 功 事 例 、知 財 戦 略 と類 似 性 のある情 報 システム戦 略 構 築 の
変 遷 を参 考 にして、新 たな 知 財 戦 略 構 築 プロセスについての仮 説 2を作 り上 げる。
先 行 研 究 と し て 、 参 加 型 プ ラ ット フォー ム の一 つで ある 「 Co-Creation 」を 参 考 に す
る。
ケース・スタディとして、三 菱 化 学 メディアのDVDメディア事 業 の戦 略 とビジネスモ
デルに注 目 して、その構 築 プロセスを推 論 し仮 説 を検 証 する。そして、そこから一 般
解 として、参 加 型 プラットフォーム構 築 の梃 子 およびこのための 知 財 リーダーの役 割
について検 討 する。
4.1 先 行研 究~参加 型プラットフォーム「Co-Creation」~
先 行 研 究 とし て、 参 加 型 プラットフォーム の一 理 論 である「Co-Creation」を 取 り
上 げる。
「Co-Creation」(日 本 では、「共 創 」、「価 値 共 創 」と訳 されており、以 降 、「共 創 」と
記 載 する)は、2004 年 に米 ミシガン大 学 ビジネススクール教 授 の C・K・プラハラードと
ベ ン カ ト ・ ラ マ ス ワ ミ が 、 共 著 『 The Future of Competition: Co-Creating Unique
Value With Customers(邦 訳 版 :価 値 共 創 の未 来 へ-顧 客 と企 業 の Co-Creation)』
で提 起 した概 念 である。これによると、「共 創 」とは、「顧 客 、経 営 者 、従 業 員 など、会
社 のさまざまな関 係 者 が協 力 し合 い、システムや製 品 ・サービスを開 発 すること」と定
義 している。特 に、顧 客 価 値 に注 目 し、これらの価 値 は企 業 の中 だけで創 造 するの
ではなく、企 業 と顧 客 が共 同 で価 値 を創 造 することに よって成 功 した実 例 を挙 げて
いる。
ラマスワミは、2010 年 に後 著 『The Power of Co-Creation(邦 訳 版 :生 き残 る企 業
のコ・クリエーション戦 略 )』にて、さらに豊 富 な実 例 により実 証 している。作 ったものを
一 方 的 に押 し付 けるのではなく、さまざまな関 係 者 とともに作 り上 げることの重 要 性 を
指 摘 している。参 加 型 プラットフォームづくりが Co-Creation(共 創 )の出 発 点 となっ
ている。そして、このアプローチは、企 業 内 、たとえば、従 業 員 と経 営 者 との関 係 にも
適 用 すべきであると述 べている。改 革 を 成 功 させるためには、改 革 の影 響 を受 ける
当 事 者 を改 革 に参 加 させなければならない。従 来 の社 内 プロセスは、価 値 の提 供 者
34
とこれを受 動 的 に受 ける顧 客 (社 内 顧 客 )がいて、ラマスワミは、「男 女 二 人 でタンゴ
を踊 っているが、男 が一 方 的 に女 を引 っ張 りまわしているようなものだ。( P236)」と譬
えている。
ラマスワミは、本 著 において、戦 略 プロセスを開 放 する必 要 性 についても言 及 して
いる。すなわち、社 内 外 のバリューチェーンに関 わる人 々が戦 略 策 定 プロセスにアイ
デアを提 供 できるような「共 同 意 識 と共 同 対 処 のシステム」が求 められているという。
例 えば、カイザー・ケミカルズ社 39 は、モンサント社 に対 抗 するための戦 略 策 定 におい
て、外 部 要 因 (市 場 動 向 、顧 客 ニーズ、競 合 他 社 動 向 )を検 討 するチームと戦 略 を
実 践 する際 に利 用 できる会 社 の機 能 ・資 源 を検 討 するチームの2つを結 成 し、それ
ぞれの検 討 結 果 をもとに両 チームにて対 話 を行 った。このように社 内 の戦 略 策 定 に
おいても共 創 は重 要 な概 念 で、これを実 現 するための上 流 と下 流 を結 びつける参 加
型 プラットフォームの構 築 が必 要 である。
本 章 において、共 同 意 識 と共 同 対 処 を企 図 した参 加 型 プラットフォームを築 くこと
が、テーマ2の解 決 の鍵 であると考 え、仮 説 の設 定 を行 う。
39
農 薬 を扱 うグローバル企 業 であったが、遺 伝 子 組 み換 え種 子 が登 場 して以 来 、生 命 科 学 企 業 として活 動
している。長 らくカイザーの主 力 製 品 は、フルミセンスという除 草 剤 であったが、特 許 保 護 期 間 が満 了 してから
は、低 価 格 のジェネリック製 品 の問 題 に対 処 しなければならなくなった。また、モンサント社 等 の農 薬 企 業 が先
端 技 術 を利 用 した生 命 科 学 分 野 へ事 業 を拡 大 して、遺 伝 子 組 み換 え種 子 の開 発 と種 子 企 業 を次 々と獲 得
していった(ラマスワミ 2010)。
35
4.2 仮 説 2(「戦 略 的 共 創 の場 」を創 ることで、競 争 優 位 性 を有 するビ
ジネスモデル・知 財 戦略が構 築できる)
4.2.1 仮 説 2
知 財 戦 略 を「事 業 戦 略 の実 現 に向 けた知 財 の創 造 ・保 護 ・活 用 の基 本 的 シナリ
オである。」と定 義 した(第 1章 )。ここで特 に重 要 なのは、「知 財 の活 用 」である (図 1
-3参 照 )。従 来 は、「競 争 回 避 」 の実 現 のために知 的 財 産 権 を活 用 した 。しかし、
技 術 革 新 、産 業 構 造 の変 化 や新 たなビジネスモデルの出 現 によって、参 入 障 壁 構
築 による競 争 回 避 のみならず、「競 争 優 位 性 確 保 」を戦 略 目 的 に置 く必 要 性 が高 ま
ってきた。
戦 略 目 的 を「競 争 回 避 」とするのであれば、多 くの企 業 が採 用 している 、「事 業 戦
略 →技 術 戦 略 →知 財 戦 略 」とした「シーケンシャル・モデル」でも可 能 である。しかし、
「競 争 優 位 性 確 保 」 40 を 目 的 とす るなら ば、 事 業 目 標 や 基 本 戦 略 のも とに 、3 部 門
(事 業 ・技 術 ・知 財 )のインタラクティブ(対 話 型 )な知 恵 の交 換 ・統 合 ・創 造 により、
技 術 や知 的 財 産 等 を戦 略 的 に活 用 した新 たな事 業 戦 略 とビジネスモデルを構 築 す
ることが求 められる。この参 加 型 のプラットフォームである知 恵 の交 換 とアイデア創 出
の場 (これを 「戦 略 的 共 創 の場 」と呼 ぶ)を創 ることによって、共 同 意 識 と共 同 対 処
を実 現 し、競 争 優 位 性 を 有 するビジネスモデルや知 財 戦 略 の構 築 が可 能 になる と
考 える。これを「仮 説 2」とする。
4.2.2 仮 説 2の具 体 化
(1)「戦 略 的 共 創 の場 」の概 念
「仮 説 2」を具 体 化 する。「戦 略 的 共 創 の場 」を、事 業 目 標 ・基 本 戦 略 のもとに、事
業 戦 略 、研 究 開 発 戦 略 、知 的 財 産 戦 略 にかかわる三 部 門 のインタラクティブ(対 話
型 )な知 恵 の交 換 とアイデア創 出 の場 と定 義 した。この場 の主 な成 果 物 は、以 下 の
通 りと考 える。
 事 業 目 標 、基 本 戦 略 を実 現 するための具 体 的 な戦 略 やビジネスモデルを創 出
する。
 ここで創 出 されたビジネスモデルの実 現 のために、各 機 能 部 門 は、R&D戦 略 、
知 財 戦 略 等 を検 討 し、共 有 により一 貫 性 を確 認 する。
本 アプローチを進 めることによって、ダイナミックな「三 位 一 体 の経 営 」の実 現 を可
能 とする。なぜならば、事 業 戦 略 を実 現 するためのビジネスモデルに研 究 開 発 戦 略
と知 財 戦 略 が完 全 に組 み込 まれている状 態 を実 現 できると考 えるからである(これに
ついては、4.4.2で詳 細 に述 べる)。
40
図 1-3に示 すとおり、競 争 因 子 として、①ビジネスモデル開 発 競 争 、②技 術 開 発 競 争 、③知 財 活 用 競 争
の総 合 力 が問 われる。
36
基 本 的 な「戦 略 的 共 創 の場 」の基 本 概 念 を、図 4-1に示 す。従 来 型 (図 左 側 )で
は、研 究 開 発 や知 財 部 門 などの機 能 部 門 は、事 業 目 標 ・戦 略 を与 件 として、この実
現 のための機 能 戦 略 を立 案 する(第 1レイヤーからダイレクトに第 3レイヤーへ)。しか
しながら、競 争 優 位 性 を確 保 するための新 たな戦 略 やこれに基 づくビジネスモデル
の構 築 にあたっては、各 機 能 部 門 がそれぞれの持 つ情 報 、資 源 や知 恵 を持 ち寄 っ
て、構 築 のプロセスに参 画 することが求 められる。第 2レイヤーを、「戦 略 的 共 創 の場 」
として加 え、ここで具 体 的 戦 略 やビジネスモデル構 築 の検 討 が行 われる。
第1レイヤー
事業目標
売上額 ○○億円、利益率 ○%、シェア ○%など
事業戦略
先導的な競争力を保持し高収益化を図る・・・・など。
(競争戦略)
第2レイヤー
ビジネスモデル
事業戦略実現の“しくみ”
ビジネスモデルと
機能戦略とが
繋がる
(収益モデル&ビジネスシステム)
第3レイヤー
機能戦略
”戦略的共創の場”
でビジネスモデルが
創り出される
R&D戦略
知財戦略
従来型
その他
図 4-1 戦 略 的 共 創 の場 の基 本 概 念
「戦 略 的 共 創 の場 」の概 念 をより明 確 にするために、代 表 的 な ビジネスモデル成
功 例 である、インテル・インサイドモデル(図 4-2)とキヤノン消 耗 品 モデル(図 4-3)
について、事 業 目 標 ・戦 略 、ビジネスモデルおよび機 能 戦 略 の関 係 について モデル
化 する。いずれのケースにおいても、技 術 および知 的 財 産 が経 営 資 源 の一 つとして
ビジネスモデルに組 み込 まれ、重 要 な役 割 を果 たしている。前 述 の通 り、従 来 型 のシ
ーケンシャル・モデルでは実 現 が困 難 であろうと考 える。
図 4-2 インテル・インサイドモデルの例
37
○収益の確保 ←PCの低価格化によるプリンタの低価格化
事業目標
事業戦略
(競争戦略)
●市場シェアの拡大と継続的収益確保するための「本体+消耗品」の一体戦略
・プリンタの顧客満足度アップと低価格によるシェア拡大
・プリンタの定期的なモデルチェンジによる買い替え促進
・消耗品の市場形成とこれによる収益確保
・消耗品の利益率を高く設定&消耗品顧客囲い込み
「消耗品による日銭稼ぎモデル(本体と消耗品の一体ビジネスモデル)」
ビジネスモデル
(ビジネスシステム
&収益モデル)
機能戦略
○プリンター本体とインクカートリッジの結合部をクローズ
○プリンタの魅力度を高める(性能、価格)
○自社純正消耗品のロックイン(性能、しくみ、プリンターとの最適化)
→サードパーティ製消耗品の参入防止
R&D戦略
知財戦略
プリンタの高度化開発
相互依存性の高い消耗品開発
カートリッジとの接続の高度化
インターフェイスの物理的形状→特許、意匠
プロトコルの秘匿化
徹底した模倣品対策
図 4-3 キヤノン・プリンタビジネスモデルの例
(2)情 報 システム戦 略 の変 遷 からの示 唆
現 在 、事 業 を強 くする知 財 戦 略 が求 められているように、かつて、情 報 システムに
おいても、業 務 の効 率 化 (機 械 化 )から事 業 戦 略 への貢 献 へと転 換 を求 められ た(1
990年 代 )。国 内 外 の先 進 的 企 業 において、例 えばセブンイレブンのPOSシステム
のような戦 略 的 情 報 システム(Strategic Information System:SIS)が、競 争 優 位 性
確 保 に成 功 した。筆 者 の経 験 から、貴 重 な経 営 資 源 である情 報 システムと知 的 財 産
への期 待 やこれらをマネジメントする 両 部 門 の位 置 づけの変 遷 に多 くの類 似 点 41 が
あることを見 出 している。情 報 システム戦 略 および情 報 システム部 門 の変 革 は、知 財
戦 略 および知 財 部 門 の変 革 よりも先 行 しており、知 財 マネジメントの諸 課 題 を解 決
するにあたり、前 者 の変 遷 を追 うことは有 効 であると考 える。
図 4-4に両 者 の変 遷 を示 す。経 営 トップは、従 来 型 のコスト削 減 や競 争 回 避 から、
顧 客 囲 い込 みなどの 競 争 優 位 性 確 保 を目 的 に情 報 システムや知 的 財 産 など の経
営 資 源 の戦 略 的 活 用 を各 部 門 に指 示 するようになった。SIS成 功 企 業 は、どのよう
な社 内 プロセスで成 功 させたか不 明 であるが、仮 説 2で示 したとおり、ビジネスや情
報 システムの本 質 を理 解 している情 報 システム部 門 のリーダーが、事 業 企 画 部 門 等
との情 報 ・知 恵 の交 換 ・統 合 ・創 造 、すなわち、戦 略 的 共 創 の場 に参 画 して、ビジネ
スモデルを構 築 ・実 現 したのではないかと考 える。
41
共 に事 業 競 争 力 を高 める知 的 資 産 として近 年 重 要 視 されてきたこと、また 両 部 門 ともに、高 い専 門 性 と業
務 の特 殊 性 により経 営 から離 れた(聖 域 化 された)存 在 であったことなどがあげられる。また、両 部 門 ともに、急
激 な技 術 革 新 への対 応 が求 められているなどの点 に類 似 点 がある。
38
図 4-4 情 報 システムと知 財 戦 略 の変 遷 の比 較
本 稿 の主 題 ではないが、情 報 システムの事 業 への戦 略 的 活 用 を企 図 して、多 くの
企 業 の情 報 システム部 門 は、情 報 システムの開 発 や運 営 を子 会 社 や IT 専 門 企 業
に委 託 し、自 らは経 営 企 画 グループの一 員 となって、もっぱら企 画 ・管 理 ・監 督 の機
能 に専 念 する体 制 へ移 行 した。しかし、多 くの企 業 は、経 営 の期 待 に応 えることはで
きなかった 42 。
その原 因 の一 つが 、企 画 部 門 の一 部 門 になった 情 報 システム部 門 (多 くの企 業
はIT企 画 部 門 と称 している)が、2000 年 以 降 のIT技 術 の急 激 かつ劇 的 な変 化 (イ
ンターネット普 及 、オープンアーキテクチャ など)への追 従 が困 難 となり、先 進 的 なこ
れらの技 術 を早 い段 階 で戦 略 に活 用 することが困 難 になった。アウトソーシングによ
るITスキルの空 洞 化 が原 因 のひとつと考 えられる。IT企 画 部 門 は、ITは道 具 であり
専 門 家 に任 せればよ い、企 業 戦 略 達 成 のための ITの使 い方 (要 件 定 義 )を考 え、
専 門 家 に伝 え、成 果 をチェックすればよいと考 え ていたとすると、今 後 の知 財 マネジ
メントにおける一 部 実 行 機 能 のアウトソーシングの是 非 や方 法 について検 討 するとき
に、これらの情 報 システム部 門 の変 遷 は教 訓 として参 考 になると考 える。
42
市 島 (2007)
39
4.3 ケース・スタディ2(三 菱化 学・ビジネスモデル構築プロセスの推定)
4.3.1 ケース・スタディの目 的 と方 法
仮 説 2を検 証 するためのケース・スタディに、三 菱 化 学 メディアDVD事 業 (以 下 M
社 )のビジネスモデルの成 功 例 を取 り上 げる。本 例 を取 り上 げた理 由 は、エレクトロニ
クス業 界 以 外 で、ビジネスモデルとして成 功 した数 少 ない例 であること、また川 上 に
位 置 しながらバリューチェーンをコントロールしたこと、機 能 性 化 学 材 料 は我 が国 にと
って重 要 性 の高 い産 業 の一 つであることなどである。
実 際 は、ひとりの強 力 なリーダーによって、ビジネスモデルが検 討 されたといわれて
いるが、仮 に、この戦 略 ・ビジネスモデル策 定 プロセスに、「戦 略 的 共 創 の場 」が存 在
したとすると、そこで、戦 略 やビジネスモデルの構 築 がどのように行 われていたかを推
論 する 43 。そして、共 創 の場 における3者 の役 割 (事 業 企 画 部 門 、研 究 開 発 企 画 部
門 、知 財 企 画 部 門 )、特 に知 財 リーダーのかかわり(貢 献 )について具 体 的 なイメー
ジを探 ることを目 的 とする。
推 論 の方 法 として、推 測 したM社 のビジネスモデルをもとに、リバース・エンジニア
リングと同 様 に構 築 のプロセスを遡 り、このプロセスの断 面 を仮 想 の「会 議 議 事 録 」の
作 成 によって逐 次 観 察 する。
本 ケース・スタディにおいて、参 考 とした文 献 は以 下 のとおりである。
・八 島 英 彦 、2012、「海 外 事 業 戦 略 と知 財 マネジメント<一 化 学 企 業 からの観 点
>」、国 際 知 財 活 用 フォーラム 2012
・長 谷 川 曉 司 、2010、『御 社 の特 許 戦 略 がダメな理 由 』、中 経 出 版
・小 川 紘 一 、2012、「イノベーションと標 準 ・知 財 戦 略 」、
知的財産人材育成推進協議会主催特別短期集中講座
・小 川 紘 一 、2009、『国 際 標 準 化 と事 業 戦 略 -日 本 型 イノベーションとしての標 準
化 ビジネスモデル』、白 桃 書 房
また、戦 略 ・ビジネスモデル構 築 プロセスの推 論 にあたり、以 下 2つのフレームワーク
を用 いる。
・アナベル・ギャワー、マイケル・A・クスマノ、2004、「プラットフォーム・リーダーに必
要 とされるものは何 か(What Does It Take to Be a Platform Leader )」、一 橋 ビ
ジネスレビュー、2004 年 SUM.
・マーク・W・ジョンソン、クレイトン・M・クリステンセン、ヘニング・カガーマン、2008、
「ビジネスモデル・イノベーションの原 則 (Reinventing Your Business Model)」、
HBR、April 2009
43
限 られた公 開 資 料 をもとに戦 略 ・ビジネスモデルの全 体 像 を推 測 し、仮 定 (参 加 型 プラットフォームの存 在 )
を置 いて、その策 定 プロセスを推 論 する。また本 検 討 では、各 部 門 リーダーのかかわり方 を観 察 することを重
視 する。
40
4.3.2 ケースの背 景
DVDメディア事 業 は、1980 年 後 半 からの導 入 期 には、多 くの日 本 企 業 44 が参 入
していた。彼 らは、必 須 特 許 の9割 以 上 を所 有 し、100%近 い市 場 シェアをもってい
た。導 入 期 においては、市 場 が伸 び悩 み、需 給 量 が需 要 を上 回 り、1993 年 頃 から
化 学 メーカーを中 心 に撤 退 が相 次 いだ。
生 き残 った日 本 企 業 も、世 界 市 場 への普 及 段 階 (成 長 期 )では、新 興 国 との価 格
競 争 に敗 れ事 業 から撤 退 することとなる。その要 因 は、第 一 に、新 興 国 企 業 は国 の
政 策 後 押 しもあり、市 場 の成 長 を捉 え適 切 なタイミングで積 極 的 な設 備 投 資 を推 進
したことである。第 二 に、DVDメディア製 造 装 置 は、多 種 多 様 な工 程 がそれぞれに
相 互 依 存 性 を持 つ高 度 な摺 り合 わせ型 の工 程 であったが、製 造 装 置 メーカーは、
自 らの市 場 を拡 大 するために、相 互 依 存 性 を少 なくするための技 術 開 発 を進 め、フ
ル・ターンキー型 の製 造 装 置 を作 り上 げ、これにより、相 互 依 存 性 の高 い摺 り合 わせ
型 の複 雑 な工 程 は、モジュール化 45 された工 程 の単 純 組 み合 わせへとシフトする。す
なわち、これによって、 高 度 な技 術 を 必 要 とせずに比 較 的 容 易 に製 品 の製 造 が 可
能 になる。第 三 に、新 興 企 業 においては、製 造 コストが低 いうえに、日 本 企 業 におい
て費 やされた膨 大 な研 究 開 発 投 資 が不 要 であり、その結 果 、低 価 格 での販 売 が可
能 になったことである。
これらの結 果 、2007 年 には台 湾 企 業 のシェアが 63%まで伸 長 し、日 本 企 業 は
12%までに減 少 する。
このような状 況 で、M社 DVDメディア事 業 は膨 大 な赤 字 を抱 え、2000 年 に事 業
存 亡 の危 機 に立 つ。そこで、強 力 なトップのリーダーシップのもとで、戦 略 を 大 きく転
換 し、新 たなビジネスモデルを構 築 し た。収 益 構 造 は大 幅 に改 善 され、DVDメディ
アとキー素 材 である AZO 色 素 で、世 界 一 のシェアを獲 得 するに至 る。
4.3.3 戦 略 ・ビジネスモデル構 築 プロセスの推 定
以 降 については、下 述 の戦 略 会 議 (共 創 の場 )において事 業 戦 略 を具 体 化 (ビジ
ネスモデル構 築 )したという仮 定 のもとに推 論 を進 める。
経 営 からの方 針 を受 けて、戦 略 の具 体 化 、ビジネスモデルの構 築 を目 的 として、
事 業 企 画 部 門 (BP:Business Planning Div.)、研 究 開 発 企 画 部 門 (RD:Research &
Development Div.)、知 財 企 画 部 門 (IP:Intellectual Property Div.)の3部 門 による
戦 略 会 議 を開 催 する。基 本 方 向 案 が確 定 するまでの第 1回 から第 5回 の会 議 のプロ
セスにおいて、各 メンバーの貢 献 を以 下 の仮 想 の会 議 議 事 録 によって観 察 する。
44
住 友 化 学 、ダイセル、三 井 石 化 、三 菱 化 成 、旭 化 成 、三 井 東 圧 、東 ソー、クラレ、TDK、日 立 マクセル、富
士 フィルムなど
45
製 品 をサブシステムである「モジュール」に分 解 することで、設 計 者 、製 造 者 らは高 い柔 軟 性 を獲 得 する。こ
れによって、次 第 に多 くの企 業 において複 雑 化 する技 術 を取 り扱 うことが可 能 となった。
41
(1)仮 想 の第 一 回 戦 略 会 議 議 事 録 概 要
BPリ ーダー か ら 以 下 について
資料(1‐1)BP作成
参 加 メンバー(RDおよびIPのリ
トップの方針
ーダー)に報 告 。
1:収益目標
① 戦 略 会 議 の目 的
 事 業 が直 面している危
機 的 な状 況 (○○億 円 の
赤 字、本 社から事 業 徹
底 の打 診 )において、事
業 トップから事 業 撤 退 を
2002年第1四半期に売上高営業利益率xx%を達成
2005年売上高xxx億円を達成
2:海外工場を売却し、製造委託によりコストダウンを図る
3:自社所有のグローバルブランドと価格戦略により、世界市場シェアxx%を目指す
4:DVDメディア販売以外の収益ソースを創出(部材等)し、収益に貢献
事業戦略構築の考え方
(1)コスト競争に巻き込めれないための脱自前主義
(2)自社の強みを活かし、市場の成長とともに収益を確保できる新たな収益
モデルを構築
図 4-5 資 料 (1-1)トップ方 針
回 避 するための抜 本 的
な戦 略 ・ビジネスモデル構 築 の指 示 あり。
 本 会 議 においては、戦 略 の具 体 化 およびこれを実 現 するためのビジネスモ
デル案 を検 討 し、事 業 トップに報 告 (検 討 期 間 :3か月 )。
② トップの基 本 方 針 およびこれにもとづく 基 本 戦 略 案 を、「資 料 (1-1)」に示 す。
BPにて、方 針 2および3の可 能 性 とアクションプランについて検 討 を開 始 。
③ 戦 略 会 議 においては、方 針 4についての戦 略 とこれを実 現 するためのビジネス
モデルについて検 討 する。
バリューチェーンをコントロ
資料(1‐2)BP作成
価値連鎖をコントロールする企業・・・どうやって?
ールし、市 場 の成 長 と共 に
確 実 に収 益 を得 るための
戦 略 案を作る。典型 的な
戦 略 として「プラットフォー
ム・リーダー戦 略 」がある。
すでに、ど のポジショ ン (川
上 ~川 下 )においてもコント
ロールに成 功 して企 業 があ
る。「資 料 (1-2)」のとおり、
原材料
提供者
原材料提供者が力
を持つ例
部材提供者が力を
持つ例
完成品メーカーが
力を持つ例
中間流通業が力を
持つ例
部材提供
者
最終完成
品メーカー
中間流通
業者
消
費
者
産油国
石油会社
デビアス
インテル
WLゴア&ア
ソシエイツ
シマノ
ナイキ
トヨタ
ボーイング
農協
ドール
デルモンテ
小売業者が力を持
つ例
サポートサービス
が力を持つ例
小売業者
ウォールマート
イオン
アマゾン
検索エンジン/プラットフォーム
(食べログ、App Store、フェイスブック)
出所:琴坂将広 「領域を越える経営学(2014)」
図 4-6 資 料 (1-2)価 値 連 鎖 をコントロールする企 業
当 社 と同 様 の部 材 供 給 ポジションではインテル・インサイドモデルがあ り、この
モデルを検 討 の出 発 点 とする。バリューチェーンをコントロールするために技 術
と知 的 財 産 をどのように活 用 するかが鍵 である。そこで、 両 部 門 に参 画 を依 頼
した。
④ プラットフォーム・リーダー戦 略 の可 能 性 を検 討 するために、各 部 門 については、
「資 料 (1-3)」にある「4つの条 件 」に合 致 するプラットフォームの候 補 について、
次 回 までに検 討 すること。
42
⑤ 本 戦 略 会 議 における
資料(1‐3)BP作成
各 部 門 の役 割 を「資 料
プラットフォーム・リーダー戦略とは
(1-4)」に示 す。RD、
• モジュール化とは、「一つの複雑なシステムまたはプロセスを一定のルールに基づいて、独立に設計さ
れうる半自動的なサブシステムに分解すること」 である。モジュール化は、企業間の関係を垂直統合
型から分業型へと大きく転換させた。この転換の中で、価値連鎖の主導権を握る者が、かつての最
終製品メーカー(最終製品をデザイン)からインテル、マイクロソフト等の部品メーカーへと変わる事
例が現れた。
IPの両 部 門 には、技
術 および知 的 財 産 の
• すなわち、製品アーキテクチャのプラットフォームとなる部分を自社の事業範囲とし、他の部分や補完
品を供給する企業に対してリーダーシップを発揮してイノベーションを誘発することで製品の価値を高
め、高収益を獲得する企業の出現である。
インベントリーのみなら
• 戦略転換の4つの条件
ず、これから構 築 する
ビジネスモデルの梃 子
第1の条件
プラットフォーム部品が中心的な機能を果たしており、最終製品にとって技術上不可欠なものであ
ること
第2の条件
プラットフォームに対する市場の参入障壁が高いこと
となる技 術や知 的 財
第3の条件
産 の活 用 のアイデアを
第2の鍵により、最終製品メーカーによって付加される価値が減少し、彼らの支配が脆弱になる
こと
第4の条件
プラットフォーム・リーダーが補完製品のイノベーションを刺激し巧みに導いた結果、かつてはアセン
ブラーにコントロールされていた最終製品の用途が広がっていくこと
期 待 している。
参考:アナベル・ギャワー、マイケル A.クスマノ、2004、「プラットフォーム・リーダーに必要とされるものは何か(What Does
It Take to Be a Platform Leader)」、一橋ビジネスレビュー、2004年SUM.
図 4-7 資 料 (1-3)プラットフォーム・リーダー戦 略 と4条 件
資料(1‐4)BP作成
ビジネスモデル構築にあたっての3部門の基本的役割
事業企画(BP)
①
②
③
④
経営方針、基本戦略のインプット
競合他社動向、市場動向、規制動向
事業戦略、ビジネスモデルのとりまとめ、経営への報告
実現可能性や事業量の検討
・事業戦略・ビジネスモデル
の方針の提案、条件提示
戦略会議のファシリテーション
・ビジネスモデル
・事業量試算
・実現可能性判断
研究開発企画(RD)
知的財産企画(IP)
①
②
③
④
⑤
①
②
③
④
⑤
事業の優位性確保のための技術の活用
自社技術の強み・弱み
他社技術の強み・弱み、開発戦略読み
R&D戦略・資源
技術動向
経営への
報告
事業の優位性確保のための知財の活用
自社知財PF、強み・弱み
知的財産戦略
他社知財PF、強み・弱み
各国知財制度動向
図 4-8 資 料 (1-4)各 部 門 の役 割
(2)仮 想 の第 二 回 戦 略 会 議 議 事 録 概 要
BP)インテルの「インサイドモデル」のねらいは、市 場 の拡 大 と自 社 ビジネスの成
長 を同 時 に達 成 することと、基 幹 部 品 メーカーが完 成 品 メーカーの主 導 権
を握 ることと理 解 している。技 術 と知 的 財 産 から見 たポイントは何 か?
RD)「資 料 (2-1)」にインテルのインサイドモデルの実 現 のためのステップを示 す。
結 果 としてすばらしいビジネスモデルが構 築 されたという人 もいるが、こ の 緻
密 なモデルの構 築 は、明 確 なビジョン(グランドデザイン)とこれを実 現 するた
めの戦 略 があらかじめ描 かれていないと難 しいと考 える。CPU 製 造 企 業 が自
社 製 品 からかけ離 れたところにある USB などの周 辺 規 格 の標 準 化 を推 進 す
ることは通 常 考 えない。すなわち、彼 らは、 コア技 術 を 特 定 し 開 発 資 源 をこ
れに集 中 するとともに、これを守 るためのしくみと自 らの事 業 拡 大 の要 である
43
PC を普 及 するしくみ
づくりを 同 時 並 行 的
資料(2‐1)RD作成
インテルの「インサイドモデル」実現の3つのステップ
第1ステップ:要所技術の開発による基幹部品化
に進 めたところに成
•
功 の秘 訣 があると考
•
•
えている。
CPUの技術開発とそれを量産する半導体プロセス技術の開発に注力し、競合製品よりも処理性能
に優れたCPUを開発・販売
CPUの設計開発、製造に関する技術はノウハウ秘匿や特許として保護、仕様はオープン
インテルは、他の業界企業や団体とともに、パソコンと周辺機器を接続するインターフェイスに関する
様々な規格の標準化(USBなど)を推進 → パソコンの利便性向上、低コスト化、事業参入の
容易化 → パソコンの普及へ
第2ステップ:基幹部品を組み込んだマザーボード(プラットフォーム)の生産
•
•
•
自社CPUを組み込んだマザーボードを開発し、そのインターフェース(技術情報)を部品メーカーに
提供
部品メーカーは、インテルCPUを用いたマザーボードの製造に集中
PC組立メーカーは、本マザーボードや標準化部品を組み合わせ、簡単にPC組立て可能となる
第3ステップ:国際分業による普及
•
•
PC市場の拡大とともにPC価格は一気に下がり、部品製造・組立ての主役は新興国メーカー
インテルは、自社CPUを提携したマザーボード製造メーカーに輸出し、独占的なシェアを獲得
参考:「事業戦略と知財マネジメント」 INPIT(2012)
図 4-9 資 料 (2-1)インテルの例
IP)これを実 現 するために、自 社 製 品 のコア部 分 であるマイクロプロセッサーへの
強 固 な参 入 障 壁 を知 的 財 産 を活 用 して構 築 した。同 時 にこれとのインター
フェイスを部 品 メーカーに公 開 することによって、部 品 メーカーは、彼 らの
CPU を組 み込 んだマザーボード製 造 に集 中 することになる。さらに、標 準 化
されたさまざまなインターフェイスとモジュール化 された部 品 を使 用 することに
よって、技 術 の蓄 積 がなくとも PC の組 み立 てが可 能 となり、その結 果 、新 興
国 企 業 が PC の組 み立 てを低 コスト化 し、PC市 場 が急 速 に拡 大 していった。
すなわち、本 ビジネスモデルは、オープン&クローズ戦 略 の典 型 である。従
来 であれば、CPU の参 入 障 壁 を作 ることに全 力 を尽 くす。このモデルでは、
戦 略 的 に何 をクローズ化 し、オープン化 するのかが鍵 となっている。ノウハウ
秘 匿 管 理 、特 許 ・商
資料(2‐2)IP作成
標 出 願 、標 準 化 推
オープン&クローズ知財戦略のポイント
進 が一 つの戦 略 の

もとで一 貫 性 を持 っ
て取 り組 まれている。
技術などを秘匿または特許権などの独占的排他権を実施するクローズ・モデルの
知財戦略に加え、他社に公開またはライセンスを行うオープン・モデルの知財戦略
を取り入れ、自社利益拡大のための戦略的な選択を行うことが重要。
 クローズな部分からオープン領域をいかにコントロールするかが鍵。
このような成 功 例 は
インテルだけではな
く 、 「 資 料 ( 2-2 ) 」 に
示 すように他 にも多
く見 られる。
出所:経済産業省「2013年版ものづくり白書」P108
図 4-10 資 料 (2-2)オープン&クローズド戦 略
の例
BP)今 までの議 論 を踏 まえて、これからDVDメディアのバリューチェーン全 体 を
当 社 がコントロールするための戦 略 を考 えていきたい。 他 社 が利 用 せざるを
得 なくなる「プラットフォーム=土 台 」を創 りだし、それを補 完 する製 品 やサー
44
ビスを構 築 して、より高 い「価 値 」を顧 客 に提 供 しようとするもの をプラットフォ
ーム戦 略 と呼 んでいる。ひとつの方 法 として、アナベル・ギャワーらが提 示 し
ているフレームワーク( プラットフォーム・リーダー戦 略 シフトの4つの条 件 46 )
を利 用 して、各 条 件 について検 討 したい。
まず、当 バリューチェーンをコントロールするためのプラットフォームを何 に
するか議 論 したい。
RD)第 1の条 件 (中 心 的 機 能 を果 たしている、最 終 製 品 に不 可 欠 )および第 2
の条 件 (参 入 障 壁 が高 い)を踏 まえると、色 素 技 術 (AZO 色 素 )がプラットフ
ォーム部 品 として相 応 しい。特 許 により参 入 障 壁 も築 いている。具 体 的 には、
「資 料 (2-3)」のとおりである。第 3の条 件 (最 終 製 品 メーカーすなわちDVD
メ デ ィ ア ・メ ー カ ー の
資料(2‐3)RD作成
支 配 を 脆 弱 に す る)、
第 4の 条 件 ( 最 終 製
品の用途拡大をコ
プラットフォーム・リーダー戦略転換の4条件~強みの技術~
• 戦略転換の4つの条件
ントロール)について
第1の
条件
プラットフォーム部品が中心的な機
能を果たしており、最終製品にとって
技術上不可欠なものであること
「AZO色素」が最終製品の品質・機能に大きく関
わっている。
検 討 する必 要 があろ
第2の
条件
プラットフォームに対する市場の参入
障壁が高いこと
AZO色素の特許。
第3の
条件
第2の鍵により、最終製品メーカー
によって付加される価値が減少し、
彼らの支配が脆弱になること
AZO色素の研究開発に注力し、最終製品にお
ける技術進展(高密度化など)に大きく寄与する
ことが可能。標準規格との相互依存性が鍵。
第4の
条件
プラットフォーム・リーダーが補完製品
のイノベーションを刺激し巧みに導い
た結果、かつてはアセンブラーにコント
ロールされていた最終製品の用途が
広がっていくこと
大容量DVDなどの次世代メディアへの展開を当モ
ジュールでコントロール可能。これも、標準規格との
相互依存性が鍵。
う。具 体 的 には、①
モジュールへの強 固
な参 入 障 壁をいか
に構 築 するか、②ど
のよ う にし て 顧 客 ( メ
ディア・メーカー)を
囲い込み逃げない


モジュールの参入障壁をいかに構築するか?
どのようにして顧客(メディアメーカー)を囲い込み逃げないようにするか?
図 4-11 資 料 (2-3)プラットフォーム・リーダー戦 略
~強 みの技 術 ~
ようにするかであると
考 える。
BP)RD 提 案 のプラットフォームを前 提 に可 能 性 を議 論 したい。第 一 のポイント
「モジュールの参 入 障 壁 をいかに構 築 するか?」について、知 財 部 門 はどの
ように考 えるか。
IP)特 許 ポートフォリオ(PF)から見 た強 み・弱 みは資 料 のとおりである。AZO色
素 は、特 許 によって参 入 障 壁 を築 いているが、特 許 だけでは、模 倣 された場
合 、特 に新 興 国 において 権 利 行 使 は容 易 ではないので、 何 らか の対 策 が
必 要 である。たとえば、色 素 と相 互 依 存 性 の高 いノウハウを組 み合 わせてモ
ジュール化 し、これをブラックボックス化 するなどが考 えられる。また、これによ
り、第 二 のポイントである川 下 のコントロール可 能 性 を高 めることになる。
46
アナベル・ギャワーら(2004)
45
RD)AZO色 素 とスタンパー(原 盤 )を組 み合 わせ、この二 つの擦 り合 わせ技 術
を秘 匿 化 して、「色 素 +スタンパー」をモジュールとする方 法 がある。
IP)両 者 に高 い相 互 依 存 性 があり、ノウハウが完 全 に秘 匿 可 能 であれば、プラッ
トフォームとしての機 能 が果 たせるであろう。
BP)「AZO 色 素 +スタンパー」のモジュールをプラットフォームとし、次 回 は、第
二 のポイントである「どのようにして顧 客 (メディアメーカー)を囲 い込 み、逃 げ
ないようにするか?」について議 論 したい。
(3)仮 想 の第 三 回 戦 略 会 議 議 事 録 概 要
BP)前 回 の議 論 を「資 料 (3-1)」に示 す。「AZO 色 素 +スタンパー」をモジュール
化 し、これを特 許 とノウハウでクローズ化 する。そしてこれをプラットフォーム案
とした。
次 に 、プ ラ ット フォ
ーム・リーダーを維
資料(3‐1)BP作成
プラットフォーム・リーダー戦略転換の4条件→プラットフォームの特定
第1の条件
DVDメディア製造・販売のプロセスの中で、「AZO色素とスタンパーの
組合せモジュール」が最終製品の品質・機能に大きく関わっている。これを
プラットフォームと位置付ける。
第2の条件
AZO色素については、パテント・ポートフォリオを構築し、これとスタンパー
との高度な擦り合せノウハウにより、ブラックボックス化を実現する。
第3の条件
AZO色素の研究開発に注力し、最終製品における技術進展(高密
度化など)に大きく寄与する。最終製品における価値の大半がプラット
フォームにより提供されることとなる。
持 するためのアイデ
アについて検 討 する。
考 え方 は、前 回 と同
様 に ギ ャ ワ ー ら 47 の
第4の条件
大容量DVDなどの次世代メディアへの展開を当モジュールでコントロール
可能。これも、標準規格との相互依存性が鍵。
フレームワークを利
用する。視点を
「資 料 (3-2)」に示
図 4-12 資 料 (3-1)プラットフォーム・リーダー戦 略
~プラットフォームの特 定 ~
す。4つの梃 子 の
うち「顧 客 (メディアメ
ー カー ) を 囲 い 込 み 、
逃 げないようにする
資料(3‐2)BP作成
プラットフォーム・リーダーを維持するための4つの梃子
企業の範囲
· 自社と他社との線引き。
· 補完製品を買うのではなく、他社に働きかけて自らのプラットフォームの価
値を高めるような補完製品を作るようにし向ける。
· 外部企業に補完製品を開発するためのインセンティブや能力がない場合は、
内製するための能力を開発することを判断。
製品技術戦略
(知財戦略)
· 製品のアーキテクチャのモジュール化をどの程度まで進めるか、プラット
フォームのインターフェイスをどこまでオープンにするか、将来的には競合
となる可能性のある補完製品メーカーに対して、どこまで開示するかを判断。
外部企業との
関係
· プラットフォーム・リーダーは補完製品メーカーとの関係をどの程度まで協
力的なものにするべきかを判断。
· たいていの場合は、イノベーションを活発にする手段として補完製品メー
カー同士の競争を促す一方で、自社との関係を協力的なものにする。
社内組織の設計
· 社内の組織構造を社外および社内の利害の衝突を管理するのに利用。
· 目標が社員に共有され、議論が奨励されるような企業文化の形成が重要。
ための製 品 技 術 戦
略(知財戦略を含
む)」について検 討
したい。
参考:アナベル・ギャワー、マイケル A.クスマノ、2004、「プラットフォーム・リーダーに必要とされるものは何か(What Does
It Take to Be a Platform Leader)」、一橋ビジネスレビュー、2004年SUM.
図 4-13 資 料 (3-2)プラットフォーム・リーダー
~製 品 技 術 ・知 財 戦 略 ~
47
アナベル・ギャワーら(2004)
46
RD)現 在 のDVDメディア製 造 装 置 は、フル・ターンキー化 されつつあり、新 興 国
メディア・メーカーにおいて高 度 な技 術 がなくとも生 産 可 能 な状 況 と認 識 して
いる。よって、何 らかの手 を打 たなければ囲 い込 みは困 難 であろう。そこで、
当 モジュールと製 造 装 置 の相 互 依 存 性 を高 め、かつ新 興 国 企 業 に 当 社 か
ら生 産 技 術 支 援 (当 モジュールと当 装 置 を使 用 したときに品 質 ・生 産 性 を高
めるためのノウハウ提 供 など)を積 極 的 に行 えば、新 興 メーカーを囲 い込 む
ことが可 能 となるのではないか。新 興 メーカーは、技 術 の蓄 積 が不 十 分 なの
で、早 期 にキャッチアップするために、生 産 技 術 (最 適 化 ノウハウ)は 喉 から
手 が出 るほどほしいはずである。この実 現 にあたり、製 造 装 置 メーカーとの共
同 開 発 が一 つのオプションになる。
IP)知 財 戦 略 は、オープン&クローズ戦 略 を採 用 すべきである。前 回 紹 介 したよ
うに、クローズ化 したプラットフォーム・モジュールから、オープン領 域 をコント
ロールするものである。オープン領 域 は、 当 モジュールの活 用 技 術 であり、
製 造 装 置 メーカーとメディア・メーカーへの技 術 供 与 によって、コントロール
可 能 とする。
製 造 装 置 と擦 り合 わせるためには、装 置 メーカーを引 き寄 せなくてはなら
ない。このために、彼 らにとっての価 値 を提 供 する必 要 がある。つまり、装 置
メーカーに対 し、当 方 が蓄 積 している生 産 ノウハウを無 償 で提 供 (オープン)
する。さらに、当 社 が メディア・メーカーにOEMするときの契 約 条 件 として、
当 社 プラットフォームを使 用 することを契 約 に織 り込 む。これによりメディア・メ
ーカーが導 入 する製 造 装 置 が、当 プラットフォームと依 存 性 のある装 置 メー
カー製 の装 置 に 限 定 される。新 規 参 入 企 業 において、当 装 置 の導 入 の 可
能 性 が高 ければ、装 置 メーカーも当 社 のプラットフォームに乗 ってくるであろ
う。
(4)仮 想 の第 四 回 戦 略 会 議 議 事 録 概 要
BP)今 回 は、プラットフォーム・リーダーを維 持 するための4つの梃 子 (「資 料 (3-
2)」参 照 )についてさらに具 体 的 な検 討 を行 う。今 までの議 論 (製 品 技 術 戦
略 )をまとめると、以 下 のとおりである。
(ⅰ)プラットフォーム・モジュールを、「AZO色 素 +スタンパー」とし、これをブ
ラックボックス化 する。
(ⅱ)プラットフォームとメディア製 造 装 置 、標 準 規 格 、読 込 ソフトに 高 い相 互
依 存 性 を持 たせる。
(ⅲ)メディア製 造 装 置 メーカーと共 同 開 発 契 約 を締 結 しノウハウ開 示 する。
プラットフォームと依 存 性 の高 い装 置 の開 発 を行 う。
次 に、DVDメディア・メーカーを囲 い込 むための施 策 について検 討 する。
47
IP) DVDメディア・メーカーとは、①製 造 委 託 先 (当 方 が顧 客 )、②モジュール販
売 先 (当 方 がサプライヤ)の二 通 りの関 係 になる。①<②とするために、モジ
ュールと相 互 依 存 性 がある製 造 装 置 をDVDメディア・メーカーに導 入 拡 大
していく必 要 あり。
RD)前 回 述 べたように 、 DVDメディア・メーカーへ、当 製 造 装 置 使 用 時 の生 産 ノ
ウハウを提 供 (技 術 指 導 )する方 法 がある。技 術 力 が十 分 でない新 興 メーカ
ーは高 品 質 ・機 能 のDVD生 産 のための生 産 技 術 を求 めている。
IP)将 来 の競 合 となるポテンシャルを持 った DVDメディア・メーカーへのノウハウ
提 供 となるので、万 が一 のこと(情 報 漏 えい、契 約 破 棄 )を想 定 して、周 到 な
準 備 が必 要 。当 方 が提 供 するモジュールがプラットフォームとして完 成 度 を
高 める(強 固 な相 互 依 存 性 、完 全 なブラックボックス化 )必 要 がある。
また、DVD メディア・メーカーを確 実 に囲 み続 けるために、標 準 化 対 応 が
重 要 になる。常 に、当 プラットフォームが最 終 製 品 の価 値 をコントロールし続
けるためには、最 新 の標 準 規 格 に対 応 する必 要 があるからである。すなわち、
メディア規 格 、読 み込 みプログラム(Write Strategy)との関 連 性 を高 めること
である。このためには相 当 の労 力 ・材 料 ・情 報 を関 連 団 体 に提 供 することが
必 要 になる。
BP)基 本 的 な方 向 性 について固 まったので、経 営 への中 間 報 告 を予 定 している。
その結 果 を踏 まえて、具 体 化 検 討 を行 う。本 戦 略 会 議 の下 に、いくつかのタ
スクフォース(TF)を設 置 したい。
RD)プラットフォーム検 討 TF が必 要 。知 財 戦 略 (オープン&クローズ戦 略 )と研
究 開 発 戦 略 の連 携 が鍵 である。
IP)標 準 規 格 化 検 討 TF が必 要 。様 々な業 界 団 体 ・企 業 と交 渉 する必 要 がある。
R&D と知 財 と事 業 の連 携 の下 で、緻 密 なシナリオが必 要 である。
RD)DVDメディア製 造 装 置 メーカー等 との戦 略 構 築 検 討 TF も必 要 である。3部
門 の協 力 が必 要 である。
48
(5)仮 想 の第 五 回 戦 略 会 議 議 事 録 概 要
資料(5-1)BP作成
BP)今 までの議 論 を踏 ま
プラットフォーム・リーダーを維持するための4つの梃子
えて、プラットフォー
ム・リーダーを維 持
企業の範囲
· 素材の開発からDVDメディア製造、販売に至る一連のプロセスを自社事業としていたが、
工場を売却し、台湾等の製造コストの安価な企業へ製造を委託し自社ブランドで販売
する。
· プラットフォームとなるモジュールをDVD製造委託先を含むDVDメディア・メーカーに販売
する。彼らを囲い込むための緻密なしくみを構築する。
製品技術戦略
(知財含む)
· プラットフォーム構築のために、強みであるAZO色素を中心としたオープン&クローズ戦略
を採用する。
· AZO色素とスタンパーのモジュールのブラックボックス化。
· モジュールとDVDメディア製造装置との相互依存性の確保(装置メーカーとの連携)。
· 標準規格、Write Strategyへの適応性を確保。
· DVDメディア・メーカーへの上記装置による生産ノウハウの開示。
外部企業との
関係
· DVDメディア・メーカー:
高性能なプラットフォームおよびDVDメディア製造技術の提供により、高度な技術を有し
ない新興国等の企業が、容易な事業参入と高品質製品の製造を可能。彼らにとっては、
当プラットフォームに乗ることが有効な選択肢となる。また、技術進展による規格改定
(大容量化、多層化)作業に関与し、常に改訂のリーディングポジションを維持すること
で、プラットフォームの優位性を維持する。
· DVDメディア製造装置企業:
本プラットフォームの使用をもとにした生産ノウハウを提供し、これに適合した製造装置の
開発を促進。新興国企業への本装置販売を支援する。
社内組織の設計
· 実行に向けての横断的なTFを構築する。
するための4つの梃
子 について「資 料 (5
-1)」に示 す。
図 4-14 資 料 (5-1)プラットフォーム・リーダーの 4 つの梃 子
BP)経 営 トップに対 する中 間 報 告 の資 料 案 について確 認 してもらいたい 48 。
○事 業 戦 略 案 ・・・プラットフォーム・リーダー戦 略
○ビジネスモデル案 49
○バリューチェーンをコントロールするしくみ(概 念 図 )案
○収 益 構 造 案
○具 体 化 検 討 のためのタスクフォースの組 織 化 案
BP)基 本 方 向 案 が承 認 された後 、TFの発 足 とともに、各 部 門 においては、本 事
業 戦 略 ・ビジネスモデル案 の実 現 に向 けて、具 体 的 な機 能 戦 略 (R&D、知
財 )の検 討 を進 めてもらいたい。
4.3.4 戦 略 的 共 創 の場 による戦 略 ・ビジネスモデル構 築 の結 果
上 述 の構 築 プロセスを経 て、3者 の知 恵 の交 換 とアイデア創 出 の場 である戦 略 会
議 にて検 討 された結 果 を示 す 50 。
(1)事 業 戦 略 案
①自 前 主 義 から脱 却 し、製 品 の外 製 化 による低 コスト化 (固 定 費 圧 縮 、変 動 費 低
減 )と信 頼 性 の高 いグローバル・ブランド(Verbatim)による世 界 市 場 への展 開
による収 益 の確 保
②プラットフォーム・リーダー戦 略 をとり、自 社 の強 み(色 素 技 術 )を活 かし価 値 連
鎖 のコントロールにより、市 場 の成 長 とともに収 益 を確 保 できる新 たな収 益 モデ
ルを構 築
48
具 体 的 には、表 4-1、表 4-2、表 4-3、図 4-15、図 4-16、図 4-17に示 す。
ビジネスモデル検 討 にあたり、マーク・W・ジョンソンら(2009)のフレームワークを参 考 とする。
50
これらの検 討 結 果 (戦 略 案 、ビジネスモデル案 ) は、リバース・エンジニアリングの出 発 点 として、筆 者 が公
開 情 報 から作 り出 したものであり、既 述 のとおり事 実 と異 なるかどうかは不 明 である。
49
49
(2)ビジネスモデル案 (顧 客 価 値 提 供 、利 益 方 程 式 、経 営 資 源 とプロセス)
表 4-1 新 ビジネスモデル(顧 客 価 値 の提 供 )
現 行 モデル
新 ビジネスモデル
顧 客 価 値 の提 供
【 エ ン ド ユ ー ザ ー へ · 市 場 の成 長 と共 に確 実 に収 益 を 確 保 する
(Customer Value の価 値 の提 供 】
ために、製 品 を提 供 するばかりでなく、部
Proposition)
· 高 品 質 で互 換 性 ・ 材 を競 合 に提 供 する。つまり、顧 客 をエンド
信 頼 性 の高 いDV ユ ー ザ ー の み な ら ず D V D メ デ ィ ア ・ メ ー カ
D メ デ ィ ア を 提 供 ー(競 合 となる可 能 性 )へ広 げることを選
する。
択。
【エンドユーザーへの価 値 の提 供 】
· 自 社 ブランドによる、高 い互 換 性 ・品 質 ・信
頼 性 ・パフォーマンス(価 格 )の DVDメディ
アを提 供 。
【新 規 参 入 DVDメディア・メーカーへの価 値
提供】
· 高 品 質 ・互 換 性 製 品 の製 造 、技 術 進 展 ・
標 準 規 格 へ の 適 合 など を 容 易 とする 生 産
技 術 (ノウハウ、特 許 など含 む)を提 供 。
· A ZO 色 素 と ス タ ン パ ー を モ ジ ュー ル と し て
供 給 、これ と相 互 依 存 性 の 高 い製 造 装 置
の導 入 支 援 、技 術 支 援 。
· DVDメディアの製 造 を委 託 。
利益方程式
(Profit
Formula)
【DVDメディア製 造 装 置 企 業 】
· 本 モ ジュール使 用 によ る製 造 ノウハウを 提
供 し、これに適 合 した製 造 装 置 開 発 を支
援 。さらに新 興 国 企 業 へ本 装 置 販 売 をサ
ポート。
表 4-2 新 ビジネスモデル(利 益 方 程 式 )
現 行 モデル
新 ビジネスモデル
· DVDメディアの販 【DVDメディアの販 売 】
売 に よ る 収 益 の · 開 発 領 域 の集 中 化 、工 場 資 産 売 却 、製 造
み。
委 託 による 低 コス ト化 に よりコスト 構 造 を 大
· 莫 大 な開 発 投 資 ・ きく変 える。
設 備 投 資 と 高 い · OEM 製 品 を、三 菱 化 学 メディアの販 売 力
製 造 コストにより収 とブランド力 を活 かしてパフォーマンスの高
益 性 は 低 く 、 新 興 い(価 格 )で販 売 し売 り上 げを確 保 する。
国企業との価格
競争劣位。
【部 材 の販 売 】
· AZO 色 素 とスタンパーを利 益 率 の高 いモジ
ュールとし てDVD メディ ア・メーカー( OEM
先 以 外 も含 む)への販 売 。新 興 企 業 は、当
モ ジュー ルを 必 須 とし て 、 市 場 の 成 長 と 共
に販 売 数 量 を拡 大 する。
【技 術 の提 供 】
· 当 モ ジ ュ ール を 使 用 し た 時 の 原 材 料 処 方
や製 造 ノウハウをDVDメディア・メーカーに
技 術 提 供 する。一 時 金 とランニング・ロイヤ
リティを得 ることで、市 場 の拡 大 と共 に収 益
を増 大 する。
50
表 4-3 新 ビジネスモデル(鍵 となる経 営 資 源 とプロセス)
現 行 モデル
新 ビジネスモデル
鍵 となる経 営 資 源 · 開 発 ・ 製 造 ・ 販 売 · 海 外 自 社 工 場 を売 却 し、新 興 国 企 業 に製
とプロセス
の 一 貫 自 前 体 造 を 委 託 ( OEM )する。これ により、需 要 拡
(Key Resources 制 。
大 (縮 小 )への柔 軟 な対 応 、低 コストでの生
and Processes) · 材 料 に 関 す る 特 産 が可 能 となる(分 散 体 制 )。
許 、 生 産 技 術 ノ ウ · 強 みであるモジュールをプラットフォーム化
ハウ 、世 界 市 場 で し、AZO 色 素 の特 許 とノウハウにより、これ
通 用 す る ブ ラ ン ド をブラックボックスとし競 合 の参 入 障 壁 を構
を持 つ。
築。
· グ ル ー プ の 持 つ · 国 際 標 準 (DVDフォーラム、DVD+RW ア
人 材 、技 術 、流 通 ライアンスなど )団 体 等 に協 力 し、モジュー
チャネルの活 用 。
ル技 術 を標 準 規 格 に刷 り込 む。また、技 術
進 展 による規 格 改 定 (大 容 量 化 、多 層 化 )
作 業 に 関 与 し 、 常 に 改 訂 のリーディングポ
ジションを維 持 する。
· 信 頼 性 の高 いブランドやチャネルを活 用 す
る。
· 革 新 的 戦 略 と精 緻 なビジネスモデルの設
計 と実 施 を可 能 としたリーダーシップ。
· 事 業 、R&D、知 財 などの知 恵 を総 動 員 し連
携 する社 内 組 織 体 制 ・しくみの構 築 。
(3)バリューチェーンをコントロールするしくみ案
Value Chain全体で強い相互依存性→ Value Chainをコントロール可能
メディア製造装置メーカー
協力関係
相互依存性
スタンパー
(精密原盤)
メディア製造メーカー
基板成型
色素
コーティング
樹脂
コーティング
三菱化学の強み
(Black Box)
Write Strategy
AZO色素
相互依存性
協力関係
出所:小川(2012)一部修正して作成
DVD製造メーカー
図 4-15 バリューチェーンをコントロールするしくみ(概 念 図 )
51
(4)収 益 構 造 案
収益構造(予想)
DVD製造技術の強みを最大限に活かし、市況変動により不安定となり
やすいメディア販売利益に頼らず、関連技術が収益を底支えする構造
収
益
DVDメディア販売
技術一時金
色素+スタンパ販売
ロイヤリティ収入
時間
出所:八島(2012)
図 4-16 収 益 構 造
(5)具 体 化 検 討 のためのタスクフォースの組 織 化 案
具体化検討組織
戦略会議
プラットフォーム
標準規格化
他社との連携
検討TF
検討TF
検討TF
図 4-17 TF の組 織 化
52
4.4仮説2の検 証
4.4.1 仮 説 2の検 証
仮 説 2は、「事 業 環 境 がダイナミックに変 化 する中 で、競 争 優 位 性 を有 するビジネ
スモデルや知 財 戦 略 を構 築 するには、3部 門 (事 業 ・技 術 ・知 財 )のインタラクティブ
な知 恵 の交 換 とアイデア創 出 が必 要 である。そして、これを実 現 するために、共 同 意
識 と共 同 対 処 を実 現 する参 加 型 プラットフォームである「戦 略 的 共 創 の場 」 を創 るこ
とが必 要 である。」とした。
本 章 においては、企 業 が知 的 財 産 や技 術 などの経 営 資 源 を有 効 に活 用 して、競
争 優 位 性 を確 保 するための戦 略 を 構 築 するために、参 加 型 プラットフォームである
「戦 略 的 共 創 の場 」が、共 同 意 識 と共 同 対 処 を実 現 し、戦 略 とビジネスモデル策 定
に有 効 であることを推 論 を重 ねながら検 証 した。
次 に、「戦 略 的 共 創 の場 」が、「三 位 一 体 の経 営 」の実 現 に有 効 であるか どうか、
知 財 リーダーが共 創 の場 において、どのような貢 献 をすべきかについて考 察 する。
4.4.2 三 位 一 体 の経 営 が実 現
三 位 一 体 の経 営 の実 現 を阻 害 する 主 な理 由 として、米 山 51 は、以 下 の二 点 を あ
げている。
第 一 の阻 害 要 因 は、3部 門 間 での「目 的 変 数 」のズレである。3部 門 間 で、目 的 意
識 (最 終 ゴール)が共 有 されていないということである。たとえば、事 業 部 門 は「利 益 」、
研 究 開 発 部 門 は「優 れた技 術 の開 発 」、そして知 財 部 門 は「研 究 開 発 成 果 の権 利
化 」である。
第 二 の阻 害 要 因 は、コミュニケーションの問 題 である。情 報 の共 有 化 が促 進 され
ていないということである。知 財 部 門 は、情 報 収 集 のため事 業 部 門 や研 究 開 発 部 門
に出 向 いて御 用 聞 きを行 い、あるいはそれらの部 門 の会 議 への参 加 に 努 めている。
にもかかわらず、情 報 共 有 が促 進 されないのは、実 際 、事 業 部 門 や研 究 開 発 部 門
の担 当 者 が、こうした知 財 部 門 の努 力 を煩 わしがり、「粛 々と自 分 たちの仕 事 をやっ
ていればいい」という意 識 で対 応 することも少 なくないことを指 摘 している。
本 稿 の「戦 略 的 共 創 の場 」の創 造 は、上 述 の三 位 一 体 実 現 の2つの阻 害 要 因 を
解 消 する可 能 性 を持 つ。すなわち、問 題 認 識 を持 った各 部 門 のリーダーがひとつの
テーブルに集 まり、インタラクティブな知 恵 の交 換 とアイデア創 出 によって、目 的 変 数
のズレ、コミュニケーションの問 題 を解 消 することになる。さらに、本 スキームによって、
よりダイナミックな三 位 一 体 の経 営 の実 現 の可 能 性 があると考 える。
51
米 山 (2009)
53
4.4.3 知 財 リーダーの知 恵 の提 供 が重 要
第 1回 から第 5回 までの会 議 において、戦 略 ・ビジネスモデル構 築 に、各 部 門 リー
ダーがどのように貢 献 してきたかについて、表 4-4に示 す。
表 4-4 検 討 プロセスにおける各 部 門 リーダーの貢 献
BP
第2回
第3回
・インテルインサイドモ
デルの肝(知財と技
術から見て)?
・検討のフレームワーク
提示
・プラットフォーム候
補?
・プラットフォームリーダー
を維持する梃子につい
て
・装置メーカーとの連携
のための施策?
・メディアメーカーを囲い
込む施策?
・具体化検討のための
TF体制?
・インテルインサイドモ
デルの技術戦略
・技術の強みからプラッ
トフォーム候補提案
・梃子としての製品開
発戦略
・装置メーカーとの共同
開発の提案
・メディアメーカーへの生
産ノウハウ提供
・装置メーカー連携TF
・インテルインサイドモ
デルの知財戦略
・特許PFからみたプ
ラットフォーム候補に
対する意見
・オープン&クローズ戦
略(具体化)を提案
・標準化戦略の提案
・生産ノウハウが漏れて
も囲い込みを継続する
しくみ
・プラットフォーム検討お
よび標準規格化TF
RD:
①インテルインサイドモ
デル実現のステップ
③プラットフォーム候補
IP:
②オープン&クローズ
戦略のポイント
④特許PFと強み・弱
み
BP:
①プラットフォームの確
定
②プラットフォーム維持
の梃子
RD
IP
資料
BP:
①トップ方針/事
業戦略案
②価値連鎖コント
ロール企業例
③プラットフォーム
リーダー戦略とは
④各部門期待役
割
第5回
第4回
第1回
・会議の目的
・プラットフォームリー
ダー戦略の適用
・インテルインサイド
モデルを出発点
・プラットフォームリーダー維持
のための梃子
・中間報告資料
BP:
①プラットフォームリーダーを維
持するしくみ
②中間報告書
・事業戦略案
・ビジネスモデル案
・バリューチェーンをコントロー
ルするしくみ
・収益構造
・具体化検討のためのTFの
組織化
知 財 リーダーは、自 社 知 財 ポートフォリオの強 み・弱 みの他 に、将 来 の知 的 財 産
獲 得 の提 案 を含 め、知 的 財 産 を活 用 して競 争 優 位 性 を確 保 するための知 恵 を提 供
することが求 められる。また、事 業 戦 略 や研 究 開 発 戦 略 部 門 との 協 働 により、戦 略 メ
ンバーのひとりとして、新 たなソリューションやブレークスルーのためのアイデアを提 案
していくことが重 要 である。
4.4.4 ビジネスモデルへの知 的 財 産 のビルトイン(戦 略 的 活 用 )が要
さらに、知 財 リーダーは、戦 略 的 共 創 の場 で構 築 したビジネスモデルを実 現 する
ために、これと連 動 した知 財 戦 略 の立 案 が求 められる。ビジネスモデルの鍵 となる部
分 に知 的 財 産 の戦 略 的 活 用 が求 められる。図 4-18に示 すように、本 ケースにおい
て、新 たなビジネスモデルに知 的 財 産 がビルトインされているのがわかる 。ビジネスモ
デルの構 築 と並 行 して、具 体 的 な知 財 戦 略 、すなわち創 造 ・保 護 ・活 用 の基 本 シナ
リオを立 案 する。これによって、事 業 戦 略 や R&D 戦 略 とのダイナミックな融 合 が可 能
となると考 える。
54
エンドユーザー
への価値提供
高い互換性・品質・信頼性・パフォーマンス、ブランド
生産技術の提供
新ビジネスモデル
顧客価値提供モデル
DVDメディアメー
カーへの価値提供
メディア製造装置
企業への価値提供
メディア販売
収益モデル
プラットフォームの提供(製造装置との高依存性)
製造委託
連携、製造ノウハウの提供
新興企業への販売支援
製造委託、自社高級ブランド
部材販売
AZO+スタンパー
技術の提供
一時金+ランニング・ロイヤリティ
製造OEM体制
モジュールのブラックボックス化(情報管理)
ビジネスシステム
(資源・プロセス)
国際標準規格対応
ブランドイメージ・チャネルの活用
社内組織
知的財産の活用(知財戦略)
図 4-18 ビジネスモデルにおける知 的 財 産 の活 用
以 上 のことから、戦 略 的 共 創 の場 において構 築 された戦 略 やビジネスモデルが、
知 財 戦 略 を含 む各 機 能 戦 略 につながる、すなわち、事 業 目 標 →事 業 戦 略 -ビジネ
スモデル-機 能 戦 略 (知 財 戦 略 等 )の一 貫 性 を可 能 としている。
55
4.5 戦 略的 共 創 の場の創造と知 財 人材への期待(提 言2)
4.5.1 戦 略 策 定 プロセスの変 更 (戦 略 的 共 創 の場 の創 造 )
以 上 の検 討 を踏 まえて、事 業 環 境 がダイナミックに変 化 する中 で競 争 優 位 性 を確
保 するためには、戦 略 策 定 プロセスを従 来 のシーケンシャル・モデルから、参 加 型 プ
ラットフォームである戦 略 的 共 創 の場 を採 用 することが有 効 であると考 える。
すなわち、戦 略 的 共 創 の場 において関 連 する部 門 (事 業 ・技 術 ・知 財 )のリーダー
が、共 同 意 識 (目 的 変 数 の共 有 )を醸 成 し、インタラクティブな知 恵 の交 換 とアイデア
創 出 を推 進 し、事 業 目 標 や基 本 戦 略 の実 現 に向 けた具 体 的 な戦 略 やビジネスモデ
ルを構 築 する。そして、その結 果 、事 業 戦 略 、研 究 開 発 戦 略 、知 財 戦 略 が相 互 に関
連 し一 貫 性 を持 ち、事 業 目 標 達 成 への共 同 対 処 の実 現 が 可 能 となる。これにより、
よりダイナミックな三 位 一 体 の経 営 を実 現 することができる。これを図 示 すると、図 4-
19のとおりとなる。
(1)シーケンシャル・モデル
R&D戦略
事業戦略
知財戦略
(2)参加型プラットフォーム・モデル
(第1レイヤー)
事業目標
(第2レイヤー)
「共同意識」
事業基本戦略
(競争戦略)
“戦略的競争の場”
(参加型プラットフォーム)
目的変数の共有
知恵の交換と創造
ビジネスモデル
(第3レイヤー)
「共同対処」
機能戦略
R&D戦略
知財戦略
図 4-19 ビジネスモデルにおける知 的 財 産 の活 用
4.5.2 戦 略 を共 創 するために必 要 なこと
戦 略 的 共 創 の場 を実 効 あるものにするための梃 子 について考 察 する。
(1)共 同 意 識 の醸 成
戦 略 的 共 創 の場 は、共 同 意 識 が出 発 点 となる。共 同 意 識 を作 り上 げるためには
参 画 しているリーダーたちの相 互 理 解 をベースにした信 頼 関 係 づくりが重 要 であると
考 える。
56
このためには、各 部 門 のリーダーは、事 業 構 造 、事 業 環 境 、事 業 目 標 などの理 解
を共 通 基 盤 として、変 革 の志 やビジョンを持 つことが重 要 である。たとえば、M社 ケー
ス・スタディのように事 業 存 亡 の危 機 から抜 け出 すためにはどうすればよいか、また、
C社 のケース・スタディのように強 固 な参 入 障 壁 を破 り事 業 参 入 するためにはどうする
べきか等 、変 革 にか かわるキ ーパーソンはそれぞれのおもいを 持 っていたはずであ
る。
さらに、共 通 の目 的 意 識 の上 に他 部 門 の役 割 や課 題 について理 解 に努 め、彼 ら
の日 頃 の取 組 みに対 してリスペクトする。たとえば、事 業 ・技 術 部 門 のリーダーは、ビ
ジネスにおける知 的 財 産 の意 義 、活 用 の方 法 、リスクなどについて本 質 的 レベル 52 で
の理 解 を持 つ。知 財 リーダーは、彼 らの理 解 を促 進 するための手 立 て 53 を日 々の活
動 を通 して取 っていく必 要 がある。 また、知 財 リーダーは知 的 財 産 の活 用 に関 する
知 識 、見 識 に加 え、事 業 や技 術 に関 する基 本 的 理 解 が求 められる(詳 細 は後 述 す
る)。
(2)既 存 のプロセスやしくみの活 用 (タスクフォースの設 置 )
多 くの企 業 においては、知 財 (特 許 )戦 略 会 議 もしくは知 財 戦 略 委 員 会 とよばれ
る会 議 体 が存 在 する。知 財 に係 る全 社 的 な意 思 決 定 ( 例 えば、出 願 可 否 判 断 、訴
訟 への対 応 、ライセンス・譲 渡 判 断 など多 様 なテーマを持 つ)を行 う場 である。多 くの
場 合 、当 会 議 はフォーマリティが求 められるため、会 議 の下 に、柔 軟 性 と機 動 性 を持
ったタスクフォースを設 置 し、これを戦 略 的 共 創 の場 として活 用 する方 法 がある。
(3)知 財 部 門 のさらなる役 割 の発 揮 ~つなぐ役 割 ~
知 財 部 門 は、保 護 (権 利 化 )ステージのみに関 与 するのではなく、創 造 ・保 護 ・活
用 という知 的 創 造 サイクルサイクル全 体 に関 与 する必 要 がある。そこでは、事 業 環 境
や戦 略 を前 提 とした活 用 を念 頭 においた活 動 になる。また、 事 業 ・技 術 分 野 につい
とが 求 め ら れ る 。 事 業 ・ 技 術 と 知
的 創 造 サイクルの広 がりすべてを
担 う 知 財 部 門 には、 他 部 門 には
ない役 割 、すなわち「つなぐ」とい
う役 割 が期 待 されていると考 え
る。
本 稿 で提 言 した参 加 型 プラット
事業・技術領域の広がり
ても、社 内 すべてをカバーするこ
E事業(技術)
D事業(技術)
C事業(技術)
B事業(技術)
A事業(技術)
フォ ーム「戦 略 的 共 創 の場 」 創 り
には、事 業 と技 術 と知 的 財 産 を
創造
保護
活用
プロセス
図 4-20 知 財 部 門 が持 つ「つなぐ」役 割
52
ここで述 べている「本 質 的 レベル」とは、詳 細 な知 財 法 や規 則 、複 雑 な専 門 用 語 や手 段 レベルではなく、
事 業 にとって知 的 財 産 (権 )がどのように活 かせるか等 の目 的 レベルであることをいう。
53
各 種 会 議 の中 で、他 部 門 に対 し、トピックスに関 連 した知 的 財 産 の活 用 方 法 や脅 威 などについて説 明 を
する。また、他 社 の事 例 (事 件 )などについてレクチャーするなどの日 々の活 動 が重 要 である。
57
つなぐ知 財 部 門 の貢 献 が重 要 になると考 える。知 財 部 門 は、このような役 割 があるこ
とを認 識 すべきである。
4.5.3 知 財 マネジメント人 財 に期 待 される能 力 ・知 識
知 財 リーダーは、上 述 のとおり、参 加 型 プラットフォームを作 り上 げるためには、 他
部 門 リーダーからリスペクトされ頼 られる存 在 にならなくてはならない。 米 山 54 が指 摘
しているように、他 部 門 が知 財 部 門 に対 し、「粛 々と自 分 たちの仕 事 をやっていれば
いい」という意 識 を払 拭 しないとこの場 は生 まれない。
戦 略 的 共 創 の場 に参 加 して、他 のリーダーとともに戦 略 やビジネスモデルを創 造
するために、知 財 リーダーにはどのような知 識 ・スキル・経 験 が必 要 であるかについて、
事 業 ・知 的 財 産 ・一 般 知 識 と分 けて、要 件 を列 挙 する。
①事 業 に関 して
 自 社 のビジネスを理 解 していること
戦 略 、資 源 、事 業 の強 み・弱 み、バリューチェーン、顧 客 価 値
業 界 構 図 、環 境 変 化 、技 術 動 向 、社 会 動 向 など
 業 界 、競 合 他 社 を理 解 していること
 自 社 事 業 のあるべき方 向 性 (ビジョン)について「意 見 」を持 っていること
②知 的 財 産 に関 して
 自 社 ・競 合 の知 財 の ポートフォリオの概 観 、強 み・弱 みについて把 握 し、 事 業
や技 術 の課 題 解 決 という視 点 で簡 潔 に説 明 できること
 知 的 財 産 の活 用 戦 略 についての提 案 ができること
オープン、クローズ、オープン&クローズ、標 準 化 など
 種 々のビジネスモデルについての知 的 財 産 の 活 用 (知 的 財 産 をビジネスモデ
ルの梃 子 として活 かす)の提 案 ができること
基 幹 部 品 主 導 型 モデル、完 成 品 主 導 型 モデル、消 耗 品 モデル、メンテナ
ンスモデル、ソリューションビジネスモデルなどの「定 石 」
 戦 略 的 な標 準 化 ・技 術 契 約 のあり方 についての提 案 ができること
 チームで担 う仕 組 み構 築 と人 財 育 成 を推 進 できること
事 業 戦 略 、技 術 戦 略 、ビジネスモデル、標 準 化 、技 術 契 約 など
③一 般 知 識 ・スキル
 リーダーシップ、コミュニケーションスキル、コンセプチャルスキル等 が高 いこと
 経 営 ・戦 略 ・ビジネスモデル等 に関 する基 本 的 事 項 を理 解 していること
54
米 山 (2009)
58
第5章 まとめ
本 章 では、本 稿 で得 た結 論 (提 言 )およびそこに至 る経 緯 について 全 体 を俯 瞰 す
る。次 に、これらの提 言 を実 現 するための鍵 となる知 財 人 材 のあり方 について考 察 す
る。
5.1 考 察
5.1.1 二 つの仮 説 とその有 効 性
まず、日 本 企 業 が国 際 競 争 力 を低 下 させている 要 因 の一 つとして、技 術 革 新 や
産 業 構 造 の変 化 に対 して、知 財 マネジメントが適 応 (先 取 り) できていないと問 題 提
起 した。言 い換 えれば、手 続 きを基 礎 とした保 護 (権 利 化 )中 心 の知 財 マネジメント
から、環 境 変 化 に適 応 する知 財 マネジメントへと変 革 が求 められているとの認 識 であ
る。
そこで、このような産 業 構 造 や技 術 革 新 などのダイナミックな環 境 変 化 に 適 応 した
知 財 マネジメントの構 築 の方 法 について見 出 すことを研 究 の目 的 と掲 げた。そして、
変 革 の梃 子 となる「組 織 能 力 (変 える力 )」と「知 財 戦 略 構 築 プロセス(競 争 優 位 性
確 保 )」の2つのテーマに着 目 した。
第 3章 では、「ダイナミックな環 境 変 化 に適 応 (先 取 り)して 知 財 マネジメントを自 ら
変 革 するための組 織 能 力 を高 めるためにはどうすればよいか(テーマ1)」について、
先 行 研 究 (ダイナミック・ケイパビリティ論 )を参 考 にして「仮 説 1」を提 示 した。すなわ
ち、経 験 や習 熟 によって組 織 が蓄 積 している知 財 ケイパビリティの再 構 成 ・変 革 を促
す組 織 能 力 「知 財 ダイナミック・ケイパビリティ」を高 めることで、環 境 変 化 に適 応 した
知 財 マネジメントが可 能 になると考 えた。知 財 ダイナミック・ケイパビリティには、3つの
能 力 (知 財 経 営 ビジョン構 築 能 力 、知 財 プロセスデザイン能 力 、知 財 マインド・スキ
ル開 発 能 力 )から構 成 され、それぞれには、3つの要 素 (感 知 力 、デザイン力 、変 革
力 )が含 まれると考 えた。
仮 説 1を検 証 するために、我 が国 における知 財 立 社 のひとつである「キヤノン」のイ
ノベーション発 展 の経 緯 、企 業 文 化 、知 財 マネジメントの進 化 等 を分 析 した(ケース・
スタディ1)。特 に、知 財 活 動 の転 換 点 となった Xerox 社 との攻 防 と人 材 育 成 方 法 に
ついて着 目 した。キヤノンは、まさしくダイナミック・ケイパビリティの3つの要 素 を活 か
して、まず変 化 を感 知 し(先 読 みし)、その変 化 を機 会 と捉 えて、知 識 やスキルを
様 々な形 にデザインし、資 源 を 再 構 成 し変 革 を試 みていることがわかった。そして、
その源 流 には、「知 財 部 門 は、事 業 に貢 献 することに存 在 意 義 がある」 、「知 的 財 産
によって事 業 を強 くするためには我 々は何 をすべきか」を常 に自 問 自 答 する 強 い使
命 感 をもったリーダーたちがいることがわかった。①知 を重 視 する経 営 者 の存 在 、②
59
事 業 ・研 究 開 発 部 門 と知 財 部 門 の連 携 、③先 読 み力 の高 い知 財 部 門 の存 在 、がキ
ヤノンの知 財 ダイナミック・ケイパビリティを高 めている鍵 ではないかと結 論 した。
ケース・スタディ1の結 果 を踏 まえて、知 財 ダイナミック・ケイパビリティ(変 える力 )を
強 化 する梃 子 (lever)について一 般 解 として考 察 した(提 言 1)。ダイナミック・ケイパ
ビリティの要 素 の中 で、まず環 境 の変 化 を早 い段 階 で捉 え 、そこに機 会 があることを
見 出 す「感 知 力 」が知 財 ダイナミック・ケイパビリティを強 化 するための 出 発 点 になる
のではないかと考 えた。そして、検 討 の結 果 、「経 営 者 の知 財 意 識 を高 めること」およ
び「知 財 部 門 が組 織 学 習 能 力 を高 めること」が、知 財 ダイナミック・ケイパビリティを強
化 するための梃 子 になると結 論 した。そこで、知 財 部 門 は、経 営 者 の知 財 意 識 を高
めるためにどのようなことをすべきか、また、知 財 部 門 自 らが組 織 学 習 能 力 を高 める
ための課 題 について提 示 した。たとえば、知 財 部 門 を外 に開 かれた組 織 とする、進
化 の た め の 実 験 を 取 り 入 れ る 、 他 社 に 先 駆 け て チ ャ レ ン ジ す る ( fail fast & learn
quickly)、事 後 検 討 (after action review)、そもそも論 に立 ち返 る(ダブル・ループ学
習 )、「答 えが正 しいかよりも、正 しく考 えられることを推 奨 する」などである。
第 4章 では、「競 争 優 位 性 確 保 を実 現 するための 知 財 戦 略 をどのように構 築 する
か(テーマ2)」について、先 行 研 究 (Co-Creation)を参 考 にして「仮 説 2」を提 示 した。
すなわち、戦 略 目 的 を「競 争 回 避 」とするのであれば、「シーケンシャル・ モデル(事
業 戦 略 →技 術 戦 略 →知 財 戦 略 )」でも可 能 である。しかし、「競 争 優 位 性 確 保 」を目
的 とするならば、従 来 モデルでは実 現 ができない。事 業 目 標 のもとに、3部 門 (事 業 ・
技 術 ・知 財 )のインタラクティブな知 恵 の交 換 ・統 合 ・創 造 により、ビジネスモデルを構
築 することが求 められる。この参 加 型 のプラットフォームである「戦 略 的 共 創 の場 」を
創 ることによって、環 境 変 化 に適 応 したビジネスモデルや知 財 戦 略 の構 築 が可 能 に
なると考 えた。
予 備 的 ケース・スタディとして、インテル・インサイドモデル、キヤノン・プリンタビジネ
スモデル、また情 報 システム戦 略 と知 財 戦 略 変 遷 の比 較 などを行 い、仮 説 2が成 立
する可 能 性 を確 認 した。
仮 説 2を検 証 するために、化 学 素 材 業 界 のビジネスモデル成 功 例 である「三 菱 化
学 メディア DVD 事 業 」について、仮 に、このビジネスモデル策 定 プロセスに、「戦 略 的
共 創 の場 」が存 在 したとすると、そこで、戦 略 やビジネスモデルの構 築 がどのように行
われていたかを推 論 し、この存 在 が有 効 であるかについて検 証 した(ケース・スタディ
2)。また、共 創 の場 における知 財 リーダーの貢 献 や創 造 されたビジネスモデルと 一
貫 性 のある知 財 戦 略 構 築 の可 能 性 を確 認 した。これら 検 討 の結 果 、参 加 型 プラット
フォームである「戦 略 的 共 創 の場 」が、共 同 意 識 と共 同 対 処 を実 現 し、戦 略 策 定 に
有 効 であることを 確 認 することができた 。また、本 アプローチが よりダイナミックな「三
位 一 体 の経 営 」の実 現 に有 効 であることを確 認 した。
60
ケース・スタディ2の結 果 を踏 まえて、戦 略 的 共 創 の場 を 創 るための梃 子 について
一 般 解 として考 察 した(提 言 2)。「共 同 意 識 の醸 成 」、「既 存 のプロセスやしくみの活
用 (タスクフォースの設 置 )」、「知 財 部 門 のさらなる貢 献 (つなぐ)」を梃 子 として 結 論
した。
そして、戦 略 的 共 創 の場 を実 現 するための知 財 リーダーに期 待 される能 力 ・知 識
について検 討 した。知 的 財 産 の活 用 戦 略 (たとえば、オープン&クローズ戦 略 、標 準
化 戦 略 など)、また種 々のビジネスモデルについて知 的 財 産 をどのように活 用 するか
などを具 体 的 に提 案 できることが期 待 される。すなわち、特 許 の排 他 性 を活 かして、
他 の因 子 (ノウハウ、コスト、顧 客 との関 係 性 など)と連 動 させ、強 固 な競 争 優 位 性 を
確 保 するということが求 められる。また、知 的 財 産 以 外 に、自 社 ビジネスや業 界 の構
図 などについての理 解 が必 要 であると考 えた。
5.1.2 二 つの提 言 の関 係 性
二 つの仮 説 の検 証 から導 きだした二 つの提 言 、「進 化 のための変 革 する力 (知 財
ダイナミック・ケイパビリティ)」と「戦 略 策 定 の参 加 型 プラットフォーム(戦 略 的 創 造 の
場 )」の関 係 性 について考 察 する。
前 述 (第 2章 )の通 り、後 者 の戦 略 立 案 プロセスは、前 者 の組 織 能 力 の一 部 であ
る。つまり、参 加 型 プラットフォームの創 造 は、変 革 する力 の結 実 の一 つと考 えられる。
しかし、当 プラットフォームにおける 3者 の協 働 は、それぞれの部 門 の変 革 する力 を
高 め、機 会 を見 出 し、組 織 能 力 や資 源 を 再 構 成 ・デザインし、さらなる変 革 を進 める
ことになる。これらは一 方 的 な関 係 ではなく、相 互 に高 め合 う動 的 な関 係 にあると考
えられる。
5.1.3 適 応 力 を持 つ知 財 マネジメントへの変 革 の全 体 構 図
本 研 究 における検 討 結 果 の全 体 構 図 を図 5-1に示 す。この図 は、ダイナミックな
環 境 変 化 への適 応 力 を持 つ知 財 マネジメントを構 築 するために、主 として知 財 部 門
がなすべき課 題 について整 理 したものである。
既 述 のとおり、知 財 マネジメントは知 財 部 門 のみが関 わるものではなく、知 的 創 造
サイクルにかかわる多 くの部 門 によって実 現 している。よって、知 財 部 門 の努 力 のみ
で変 革 を実 現 するのは容 易 ではないが、多 くの先 駆 者 の信 念 と生 みだした知 恵 を活
用 するならば、実 現 は可 能 であると信 じる。
61
62
要素能力
経営層
◎
○
○
機能戦略
「共同対処」
(第3レイヤー)
目的変数の共有
知恵の交換と創造
「共同意識」
(第2レイヤー)
・知財戦略策定
・知財の創造・保護・活
用の推進
・評価・権利化・管理
・技術契約等の契約・
交渉
・クリアランスの推進
・他社紛争予防と対応
・教育・啓蒙活動
○
◎
◎
R&D戦略
事業部門
・事業戦略策定
・知財の創造・活用
・他社権利侵害予
防
・他社障害特許の
発見
・製品、サービス
研究開発
R&D戦略
知財戦略
ビジネスモデル
事業基本戦略
(競争戦略)
-
○
○
・研究開発戦略策定
・知財の創造・活用
・他社権利侵害予防
・他社障害特許の発
見
・技術、発明、ノウハウ
知財戦略
○
○
-
“戦略的競争の場”
(参加型プラットフォーム)
事業目標
(2)参加型プラットフォーム・モデル
事業戦略
(第1レイヤー)
知財部門
・知的財産権
各部門が役割を履行するためにそれぞれの能力を持つ(企画力、想像力、開発力など)
・経営方針に知財経営の
位置付け・方向性提示
・知財活動に関する知財
部門、関係部門の役
割・責任を提示
・活動成果の評価・FB・
アクション
・変革を推進する人材の
育成
・経営方針・成果評価
(1)シーケンシャル・モデル
①知財経営ビジョン構築力
②知財プロセスデザイン力
③知財マインド・スキル開発力
知財ダイナミック・ケイ
パビリティ
知財ケイパビリティ
役割
成果
⑴「組織能力(変える力)」
⑵「競争優位性確保のための
知財戦略立案プロセス」
「変化への適応力をもつ知財
マネジメント」への変革の梃子
変革力
(1)各部門の「知財ダイ
ナミック・ケイパビリティ
(変える力)」の強化
デザイ
ン力
感知
力
共同
対処
ダイナミック・ケイパビリティ
ケイパビリティの再配置・変革
時間
図 5-1 全 体 の構 図
知財リーダーに期待さ
れる能力・知識
知財部門のさらなる役
割の発揮(つなぐ)
共創の場の構築
共同意識の醸成
環境変化
環境変化
(デジタル・ネットワーク化)
(IoT、AI…)
(オープンイノベーション、エコシステム)
ケイパビリティ
習熟・改善
(?)
知財部門の組織学習
能力を高める
経営者の知財意識を
高める
(標準化、オープン&クローズ)
(ビジネスモデル)
ケイパビリティ
習熟・改善
(専有)
事業戦略(競争優位性確保)
↓
ビジネスモデルの構築
↓
機能戦略(知財戦略等)の構築
↓
ダイナミックな三位一体の経営の実現
共同
意識
(2)戦略策定の参加型
プラットフォーム「戦略的
共創の場」の構築
事業貢献度
変革促進プロセス
ダイナミックな環境変化への適応力を持つ知財マネジメントを築くためには?
(進化的適合度×専門的適合度)
・事業の理解
・ビジネスモデルにおける知的財産の活用
(定石)
・知的創造サイクル全体と事業・技術
全体をカバーし、つなげる役割を発揮
・既存のプロセスの活用(TF)
・信頼関係づくり
・事業環境、目標、他部門などの理解
①組織学習を支える環境の整備
②学習プロセスと学習行動の変革
③学習を推進するリーダーの行動様式の強化
①経営トップへの様々な報告・提案
②経営トップへの決済ルートの構築
<知財部門の課題>
5.2 キー パ ーソ ンの ヒ ヤリ ング から 学 んだ こと
ケース・スタディとして、日 本 の代 表 的 企 業 である2社 について分 析 ・考 察 をおこな
った。そのうえで、各 ケースのキーパーソンにヒヤリングを行 った。 元 キヤノン知 財 部
門 のトップを務 めた丸 島 氏 55 と三 菱 化 学 の八 島 氏 56 である。両 氏 ともに多 忙 の中 、真
摯 に仮 説 と検 証 結 果 および提 言 について耳 を傾 けていただいた。
2つの事 例 に共 通 していたことは、実 際 は、われわれが現 在 創 造 するほど周 到 な
精 緻 化 した青 写 真 を事 前 に描 いて取 り組 んでいたようではないことである。強 固 な参
入 障 壁 に囲 まれた 新 たな事 業 への参 入 や 、産 業 構 造 のダイ ナミックな変 化 の中 で
価 格 競 争 に巻 き込 まれ事 業 撤 退 の危 機 からの脱 出 において、あらゆる知 恵 ・努 力 と
決 断 によって 突 破 口 を見 出 し、成 功 に導 いていったとの印 象 を得 た。 そこには、 書
物 にあるようなスマートさは感 じられなかった。幾 多 の攻 防 を経 験 し、そこで組 織 学 習
を重 ね知 財 戦 略 や知 財 マネジメントを進 化 させ、三 位 一 体 の経 営 を実 現 していった。
三 位 一 体 の 経 営 は目 的 として実 現 できるも の ではなく、多 くの取 組 みの結 果 として
実 現 するのではないかと考 える。
フォロワーにとって重 要 なのは、 先 駆 者 の試 行 錯 誤 から 創 造 された勝 ちパターン
(定 石 )を学 び、自 社 事 業 に活 かすこと であると考 える。キヤノンにおいてさえも、丸
島 は、限 られた自 分 たちの経 験 を補 うために、貪 欲 に他 社 のケースを学 んだと述 べ
ている。おそらく、この DNA 57 は人 から人 へと引 き継 がれ、さらなる組 織 進 化 へとつな
がっているのではないだろうか。
八 島 は、小 林 モデル 58 構 築 には、知 財 部 門 の関 わりは少 なかったと述 べている。
危 機 的 状 況 の中 で、売 れる物 は何 でも売 れというトップの掛 け声 のもと、市 場 でのシ
ェアを獲 得 し、結 果 としてデファクトスタンダードを築 き、プラットフォーム・リーダーとな
って成 功 したという。しかし、もし知 財 部 門 が積 極 的 に関 与 したならば、 戦 略 的 共 創
の場 があったならば、さらに長 期 にわたって強 固 なビジネスモデルの構 築 が可 能 であ
ったと考 えられる。
また、三 菱 化 学 においては、歴 代 の知 財 部 門 のリーダーたちが、権 利 化 の部 門 か
ら事 業 に貢 献 する部 門 に変 えようとした努 力 が 結 実 し、現 在 の知 財 部 門 を築 いたと
いう。2010 年 に本 社 組 織 を変 更 して、経 営 戦 略 部 門 として、経 営 企 画 室 、RD 戦 略
室 、知 的 財 産 部 、情 報 システム部 が一 体 となったこともひとつの現 れであろうと考 える。
現 在 の「知 財 戦 略 会 議 」は、知 財 部 門 ではなく各 事 業 部 が主 催 者 となり、研 究 開 発
55
丸 島 儀 一 :1690 年 にキヤノン(特 許 課 )に入 社 。1999 まで知 的 財 産 法 務 本 部 長 等 を歴 任 (専 務 取 締 役 )。
2015 年 11 月 24 日 ヒヤリング
56
八 島 英 彦 : 知 的 財 産 部 長 を経 て、現 在 、RD 戦 略 室 長 (執 行 役 員 )。 2015 年 12 月 4 日 ヒヤリング
57
木 下 は、キヤノンには多 くの先 輩 達 によって脈 々と受 け継 がれている知 財 DNAが存 在 すると述 べている
(第 3章 3.3.5)。
58
当 時 の DVD メディア事 業 部 トップの小 林 喜 光 氏 (現 三 菱 化 学 ホールディン グス会 長 )が考 案 ・推 進 した。
63
部 門 、知 財 部 門 が参 画 し、事 業 戦 略 達 成 に向 けての密 な連 携 を可 能 としているとい
う。まさに、「戦 略 的 共 創 の場 」の実 現 ではないかと考 える。
64
5.3 企業における知財 人 材のあるべき姿について(提 言 3)
ここでは、本 研 究 の提 言 1および2の実 現 にもっとも大 きく関 わる知 財 人 材 の育 成
の方 向 性 について考 察 する。
企 業 の知 財 部 門 には、大 きく分 けて、知 財 マネジメントと知 財 スペシャリストが存 在
する。さらにこれからは、戦 略 的 共 創 の場 に参 加 する部 門 において、知 財 の本 質 を
理 解 する人 材 が必 要 である。
(1)知 財 スペシャリスト人 材 は、プロフェッショナルへの脱 皮 を図 る
事 業 の競 争 優 位 性 を高 めるための知 財 活 用 が求 められる現 在 、企 業 において求
められる人 材 は、高 度 な専 門 性 (専 門 的 な知 識 とスキル 59 )をもった専 門 人 材 よりも、
一 定 の専 門 性 の上 に、事 業 ・技 術 に関 する広 範 な知 識 を持 ち、従 来 の「How+Do」
のみならず、自 ら高 い問 題 認 識 によって課 題 「What」を発 見 し、創 意 工 夫 しながら実
行 し、「Check」ができる人 材 であると考 える。高 い問 題 認 識 が、既 述 のとおり、 ダブ
ル・ループ学 習 にもつながると考 える。
高 橋 60 は、これを「プロフェッショナル」と定 義 している(図 5-2)。スペシャリストとプ
ロフェッショナルは混 同 されが
ちであるがその位 置 づけは全 く
異 な る 。 知 識 ・ ス キ ル ベー ス で
あるスペシャリストから自 ら率 先
して仕 事 のサイクル全 体 を回
すことが できるプロ フェッショ ナ
ルになるためには、コンピタン
シー(思 考 特 性 、行 動 特 性 )が
問 われることになる。このサイク
ルを回 していく中 で、常 に新 し
い考 えを取 り入 れていく。高 橋
は、「What 構 築 能 力 」が重 要
図 5-2 プロフェッショナルとスペシャリスト
であると述 べている。What という明 確 な目 的 を自 分 自 身 で設 定 するからこそ、次 の
How に必 要 な学 習 が可 能 であると述 べている。コンピタンシーを高 める(変 える)こと
は容 易 ではないが、筆 者 は、知 財 担 当 者 としての「動 機 付 け」が鍵 になると考 えてい
る。ここでの動 機 とは、企 業 における知 財 部 門 のあるべき姿 についての理 解 (腹 に落
ちる)である。
なお、高 いレベルの専 門 性 を必 要 とする案 件 においては、知 財 プロフェッショナル
は良 好 なコミュニケーションスキルによって、外 部 にある高 度 専 門 人 材 の集 団 である
特 許 事 務 所 、弁 護 士 事 務 所 関 係 者 等 との協 働 によって解 決 が可 能 である。
59
60
実 際 の経 験 を通 して、○○ができる実 務 能 力 を「スキル」と定 義 した。
高 橋 (2006)
65
小 川 61 は、巨 額 なイノベーション投 資 の成 果 としての特 許 が、国 際 競 争 力 に結 び
ついていないとし、これを知 財 立 国 のジレンマと称 している (図 1-1参 照 )。そして、
このジレンマから抜 け出 すための知 財 人 材 のあり方 について次 のように述 べている。
「単 に競 合 他 社 の特 許 情 報 を分 析 できるだけでなく、あるいは知 財 ライセンス契 約 の
知 識 を持 つだけでなく、知 財 法 廷 の経 験 を持 つだけでなく、知 財 スタッフが自 ら事 業
環 境 に対 する広 い視 野 を持 ってビジネスモデル策 定 に影 響 力 を持 つことが必 要 で
ある。例 えば、こんな特 許 を国 際 標 準 に刷 り込 めば、この事 業 はこんな有 利 な展 開
ができるはず。製 品 の基 本 機 能 だけは全 ての企 業 に公 開 して大 量 普 及 させ、これを
製 品 として実 装 する場 合 に必 要 な他 の領 域 について特 許 を 非 公 開 にしたい。この
考 え方 を貫 きながら国 際 標 準 化 を主 導 するためには、どんなことをすればよいか皆
で 考 え よ う 、 ( 途 中 省 略 ) な ど を い つ で も 議 論 で き る よ う に し た い 。 ( 小 川 ( 2011 )
P76-77)」
(2)知 財 マネジメント人 材 は、ビジネスに関 わる思 考 トレーニングを行 う
戦 略 的 共 創 の場 に貢 献 するために知 財 マネジメント人 材 に期 待 される能 力 ・ スキ
ルについて、第 4章 (4.5.3)にて考 察 した。 記 載 のとおり、彼 らは、事 業 や技 術 を
理 解 し、また関 係 部 門 と良 好 なコミュニケーションによって連 携 を築 く。また、一 定 の
枠 組 みの下 での問 題 解 決 ではなく、枠 組 み自 体 の創 造 が期 待 される。
現 在 の大 企 業 においては、知 財 部 長 のほとんどが、事 業 や開 発 部 門 のマネジメ
ント経 験 者 である(落 下 傘 人 材 ) 62 。経 営 層 は、上 述 の要 件 を期 待 して他 部 門 からの
異 動 を要 請 しているものと考 える。この場 合 、 知 財 の本 質 、事 業 における知 財 の 意
義 や活 用 の戦 略 を理 解 することが求 められる。
一 方 、実 務 経 験 者 (プロパー)がそのマネジメントに就 く場 合 (生 え抜 き人 材 )、幅
広 いビジネス視 点 と戦 略 的 思 考 が求 められる。いずれも、一 部 の企 業 を除 いて十 分
な育 成 のしくみがないと考 える。
これが正 しいとすれば、知 財 マネジメント人 材 の育 成 は喫 緊 の課 題 である。いずれ
の人 材 (落 下 傘 と生 え抜 き人 材 )であっても、知 財 マネジメント人 材 は、ビジネスモデ
ルにおける知 財 活 用 の定 石 を蓄 えることが必 要 である。筆 者 は、OFF-JTとして、ビ
ジネスモデル、イノベーションや知 財 戦 略 などについて成 功 ・失 敗 例 を学 び自 らの引
き出 しに、定 石 として蓄 えることが第 一 歩 ではないかと考 える。そのためには、MBA
やMOT的 なケース・スタディと思 考 トレーニングが求 められる。知 財 専 門 職 大 学 院
(MIP)において、このような取 り組 みの場 を期 待 する。
61
小 川 (2011)
筆 者 が参 加 した「知 財 戦 略 交 流 会 議 (企 業 研 究 会 主 催 2013)」の参 加 69 企 業 の中 で、知 財 部 門 経 験 6
年 未 満 の知 財 部 長 がおおよそ半 数 あり、20 年 以 上 の経 験 者 は 2 割 に満 たない。
62
66
(3)競 争 優 位 性 を確 保 するキーパーソン(知 財 活 用 人 材 )を育 成 する
企 業 にあっては第 三 の知 財 人 材 として、企 画 、事 業 、技 術 部 門 において 知 的 財
産 を戦 略 的 に活 用 して競 争 優 位 性 を確 保 するキーパーソン の育 成 が重 要 であると
考 える。これを、知 財 活 用 人 材 と呼 ぶ。既 述 のとおり戦 略 的 共 創 の場 に参 画 する彼
らには、知 的 財 産 のもつ本 質 的 機 能 (価 値 )とビジネスモデルへの 活 用 の理 解 が求
められる。しかしながら、多 くの企 業 の関 連 部 門 において、知 的 財 産 の本 質 について
理 解 するキーパーソンは少 ないと推 察 する。 上 述 の知 財 マネジメント人 材 が貢 献 す
ることで、知 財 活 用 人 財 の育 成 が可 能 になるのではないかと考 える。
67
5.4 持論をもつこと(結びにかえて)
筆 者 は、MIPの授 業 を通 して、「持 論 」をもつことの重 要 さを学 んだ。
金 井 63 は、持 論 を、「実 践 から生 まれ、実 践 を導 いている理 論 」と定 義 し、研 究 者
が実 験 ・観 察 から生 み出 す「理 論 」と区 別 している。学 者 の理 論 を学 ぶだけではなく、
それを基 に自 分 がついつい実 際 に寄 りかかっている(実 際 に信 じている本 音 の)自
分 の持 論 を、意 識 的 に立 ち止 まってチェックする必 要 があると述 べている。 自 分 の持
論 を探 るこつは、経 験 とつなげること、内 省 を大 切 にすること、そして、言 語 化 するこ
とだと述 べている。
自 らの言 葉 で語 る持 論 とは、自 らの信 条 や価 値 観 を含 むものであり、日 々の実 践
に変 化 を与 えるものであると考 える。そして、持 論 をもつことにより、ぶれない自 分 を
つくり、自 分 をもっと伸 ばし、またもし何 かあればここに戻 ることができる 原 点 になるの
ではないかと考 える。
MIP 在 籍 の2年 間 は、意 識 的 な立 ち止 まりとしてよい機 会 となった。本 研 究 におい
て、筆 者 が他 部 門 から知 財 部 門 マネジメントとして異 動 してきた時 の戸 惑 い、変 革 の
意 思 、活 動 を通 して学 んだこと、問 題 認 識 などをベースに、内 省 し、言 語 化 ・自 覚 し、
仮 説 を立 て、仮 説 を磨 き、検 証 した。このプロセスを通 して、持 論 を探 り磨 けないかと
のおもいであった。自 分 自 身 の考 えを言 語 化 し体 系 化 するにあたり、不 十 分 な部 分
は先 行 研 究 (理 論 )などを活 用 して補 っていった。問 題 認 識 を持 って眺 めると、一 般
的 な理 論 の活 用 の可 能 性 に気 付 くことができた。この一 連 のプロセス( MIPプロジェ
クト研 究 )を通 して、完 全 ではないものの、問 題 認 識 や考 えの多 くを言 語 化 できたの
ではないかと思 う。今 後 も、意 識 的 に立 ち止 まり、持 論 をチェックし、さらに磨 き上 げ
ていきたいと考 えている。
以 上 のことは、MIPプロジェクト研 究 を通 じて筆 者 が体 感 したことであるが、実 は、
本 論 文 のテーマである事 業 に資 する知 財 マネジメントを構 築 する際 においても、根
底 において相 通 じるものがあると感 じている。
いうまでもなく、知 財 マネジメントのあり様 は、業 種 ・業 態 によって様 々であり、時 代
によっても生 き物 のように変 化 していく。この変 化 の中 で、最 も効 果 的 な知 財 マネジメ
ントを創 り続 けていくためには、常 に問 題 認 識 を持 ち(与 件 を疑 い)、仮 説 を設 定 し、
経 営 理 論 や先 達 の知 恵 を学 び、深 く内 省 し 、持 論 を作 り上 げていくことが大 切 であ
ると考 える。
63
金 井 (2005)
68
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71
謝辞
本 論 文 を執 筆 するにあたり、多 くの方 々のご指 導 とご協 力 を賜 りました。ここに、感
謝 の意 を記 させていただきたいと思 います。
本 研 究 は、MIP在 学 の2年 間 の集 大 成 として臨 みました 。MIPおよびMOTの授
業 で考 えたこと、学 んだこと、あるいは課 題 として報 告 したことなどを総 動 員 しました。
それぞれの授 業 でこのような機 会 がなかったならば、検 討 の視 野 はもっと狭 かったよ
うに思 います。各 授 業 でご指 導 いただいた多 くの先 生 方 に感 謝 申 し上 げます。
アイデアを聞 いていただき、違 った視 点 や助 言 を与 えてくださったINPIT三 木 理
事 長 、宗 定 先 生 (元 三 菱 化 学 知 財 部 長 ) に感 謝 申 し上 げます。柔 軟 な発 想 と変 革
者 としての意 思 に敬 服 しております。
ご多 忙 に中 、時 間 を割 いていただいき、仮 説 や提 言 について真 摯 に耳 を傾 け、ま
た、当 時 の様 子 をお話 し頂 いた三 菱 化 学 の八 島 RD戦 略 室 長 、元 キヤノン 知 的 財
産 法 務 本 部 長 の丸 島 先 生 に感 謝 申 し上 げます。お二 人 は、実 務 者 として知 財 部 門
を名 実 ともに牽 引 されました。丸 島 先 生 は、私 が知 財 の世 界 にいきなり飛 び込 んだ
時 に、企 業 における知 財 部 門 のあり方 について方 向 性 を示 して下 さり、 知 財 マネジメ
ントの重 要 さ・面 白 さを知 るきっかけを与 えてくださいました。
前 職 中 に、知 財 マネジメントの変 革 を申 し渡 され、素 人 であった 私 を支 えてくれた
知 財 部 門 の仲 間 に感 謝 申 し上 げます。皆 さんから多 くのことを学 びました。
そして、この一 年 間 、温 かく、時 に厳 しく 指 導 教 授 としてご指 導 くださった 澤 井 先
生 にお礼 を申 し上 げます。時 に枝 葉 にこだわり、迷 路 に陥 ってしまう私 を、大 所 高 所
からご指 導 を下 さいました。この程 度 でと思 考 を停 止 した部 分 を厳 しく指 摘 され、また、
常 に論 理 的 な枠 組 みを持 って考 えるきっかけをいただきました。何 よりも、現 状 を 問
い、変 えていく志 に感 銘 を受 けました。異 なる視 点 からアドバイスをくれた澤 井 研 究
室 の二 人 の仲 間 にもお礼 を申 し上 げます。
最 後 に、この二 年 間 、応 援 してくれた妻 と娘 に感 謝 を伝 えたいと思 います。人 生 と
は、人 との出 会 いであると思 っていましたが、この二 年 間 、本 当 に多 くのすばらしい人
たちと出 会 うことができました。今 後 もさらに学 び続 けるとともに、ここで得 た気 づきを、
少 しでも多 くの人 に伝 えていくことができたらと思 っております。
72
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