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第13回 MNS アメリカ医療・調剤研修旅行レポート 著:菊池 孝徳

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第13回 MNS アメリカ医療・調剤研修旅行レポート 著:菊池 孝徳
菊池
孝徳
第13回 MNS アメリカ医療・調剤研修旅行レポート
企画:(株)メディカルネットワークシステム
協力:国際健康栄養医学機構
著:菊池
孝徳
《目次》
研修日程、研修目標
・・・P2
Summary
・・・P3
Ⅰ.講義内容
・・・P4~P9
1.UCSF 薬学教育カリキュラムについて
・・・P4~
2.Drug Information Service について
・・・P6~
3.アメリカのコミュニティー薬局の現状
・・・P8~
Ⅱ.病院見学
・・・P10
Ⅲ.薬局見学
・・・P11
Ⅳ.ナーシングホーム見学
・・・P12~13
Ⅴ.考察
・・・P13~15
Ⅵ.観光レポート
・・・P16
-1-
菊池
第13回
孝徳
MNS アメリカ医療・調剤研修旅行レポート
研修期間:2001年4月8日(日)~4月14日(土)
研修日程
出発便:ノースウェスト航空
NW 028 便
出発日時/出発地:4月8日(日) 15時20分
成田発(日本時間)
到着日時/到着地:4月8日(日)
サンフランシスコ着(サンフランシスコ時間)
8時35分
9時間強のフライトで、日本とは約16時間の時差。 日本時間で4月9日(月)AM0:30
頃到着。
第1日目(サンフランシスコ到着初日)
サンフランシスコ市内観光
第2日目午前:UCSF(University of California San Francisco)薬学部本校で講義
午後:UCSF 別館で講義
夜:フィッシャーマンズ・ワーフ PIER39 内でサンセットを見ながらシーフード
第3日目午前:UCSF 本校で講義
午後:病院見学、薬局見学
夜:大リーグ観戦(オークランドアスレチックス 対 シアトルマリナーズ)
第4日目午前:ナーシングホーム訪問見学後 UCSF 本校で終了式
午後:スタンフォードショッピングセンターにてショッピング
夜:ホテル内でサヨナラ夕食会(UCSF の先生方も同席)
第5日目 終日自由行動(アルカトラルズ島見学)
第6日目 帰国
帰国便:ノースウェスト航空
NW 027 便
出発日時/出発地:4月13日(金)13時50分
サンフランシスコ発(サンフランシスコ時間)
到着日時/到着地:4月14日(土)17時20分
成田着(日本時間)
離陸・着陸とも若干予定より遅れた。12時間弱のフライト。サンフランシスコ時間で4月14日
(土)AM1:00 頃到着。
上記のように朝から晩まで6日間ぎっしり、かなりのハードなスケジュールで研修が行
われた。
研修の目的(私個人的)
1.UCSF(サンフランシスコ大学)でどのような薬剤師教育を行っているのかを知る。
2.実際の現場である病院や薬局はどうなのか、そしてそこで働く薬剤師がどんな様子か
を見る。
3.研修に参加した薬剤師同士横の関係を広める。
4.帰国後自社スタッフへ報告し、よりよい業務が行えるよう改善をかける。
5.日本のよりよい医療改革はどうあるべきかを考え、できるかぎりの協力をする。
-2-
菊池
孝徳
《Summary》
アメリカの優れていること・・・あらゆる面で合理的
1.教育カリキュラム・システムが充実している。
実地研修(Intern)1500 時間以上、コミュニケーション教育、コンピューター・インタ
ーネットの活用、医療経済学の勉強など
2.UCSF 卒業後”Pharm.D.”(博士号)の称号が与えられ、医師のするほとんどのこと
ができる。
医師は病気を診断し、薬剤師が薬を選択しモニタリングする
3.Technician(薬剤師補助員)制度
実際に薬を集めるのは technician、薬剤師はそれをチェックし、患者さんとのカウンセ
リングをする。
4.コンピューター・インターネッット・その他ハイテク機器の積極的な導入
コンピューターによる薬歴管理、情報管理
インターネットによる DI 情報収集、専門家・患者さん向けの情報提供
薬のメールオーダーシステム
ビデオ等を使って情報提供を遠隔操作(自動販売機)
薬収容ロボット(ピクセスマシン)の活用
安くて質のいいことは積極的に導入。日本では、薬剤師1人当たり1日平均40枚とい
う規制があるが、アメリカにはなく、多ければ多いほどいいとのこと。
5.アメリカの保険制度・薬局事情
65歳以上の年金受給者:MEDICARE、低所得者・障害者:MEDICAID
その他多くは民間の保険に加入・・・保険の種類や掛け金によって使える薬、使えない
薬があり、この確認に多大な労力・時間がかかっている。
アメリカでは医師や薬剤師よりも保険会社の方が強い。
日本でいう”薬価”というものはなく、メーカーが勝手に薬の値段を決めている。グル
ープで大量に購入することにより差益を生み出している。またジェネリックの方が利幅が
大きいので、そちらをなるべく使っている。
日本でいう”薬歴管理料・指導料”がないため、大学で”SOAP”を勉強してきても実
際には行っていないところが多い。またカウンセリング料がほとんどないため、あまり時
間を使っていない。(1日10人程度)ただし、初回もしくは処方変更時にはカウンセリ
ングを受けることが州法で義務化されている。
処方箋による利益率が低い。OTC やハーブ・漢方薬、その他日用品や雑貨などを多く扱
って、その利益で経営を補っている。
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菊池
孝徳
Ⅰ.講義内容
1.UCSF 薬学教育カリキュラムについて(Dr.レムの講義)
第2日目
4月9日(月)午前
1970年代の目標
UCSF 薬学部(本校)でレクチャー
~臨床薬学~
① ”患者志向”
② 効果的で効率的な薬物治療
③ 正しいときに、正しい薬を正しい患者に
1990年代の目標
~ファーマシューティカルケア~
① 患者を中心におき、薬と関わるケアを直接提供
② 明確な成果を効率的に達成
③ QOLの改善
教育カリキュラム改革の歴史
1970年
学生に現場実習開始
1973年
4年時教室内での講義なし。すべて実践に
1996年
全ての学生にコンピューター実践教育(internet database の活用など)
1997年
調剤のカリキュラムを削除。調剤実習室もコンピュータールームに
UCSF の特徴
UCSF の男女構成比
UCSF 学生の平均年齢
男:女=22%:78% (日本とほぼ同じ)
26歳(21歳~50歳)
ほとんどの学生(94%)が4大を卒業してから UCSF に入学している。
UCSF カリキュラムの特徴
〈要点〉
・臨床での実地研修時間が多いこと。
・患者とのコミュニケーション教育を行っていること。(Science を教えているわけではない)
・コンピューター技術を多く取り入れていること。(コンピューターなしでは考えられない)
・医療経済学を学んでいること。
・Basic Science を軽視しているわけではない。(基礎なしにはありえない)
UCSF1年時にも学ぶが、ほどんどの学生は既に終えてきている。
1.Pathway Curriculum(1年~3年時)
①ファーマシューティカルケア
②ヘルスポリシー管理
③ファーマシューティカルサイエンス
など
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菊池
孝徳
2.Intern(実地研修)
120名各地に分かれて実地研修。600名以上のボランティア薬剤師が教えている。
実際の薬剤師からコピーして学んでいる。多くの専門家と話ができる。
薬剤師の指導の下に1500時間以上実地研修をしなけれなならない。そのうち少なく
とも900時間は薬局内で研修しなければならない。(州法で定められている)
3.コミュニケーション教育(public communication)
ビデオで訓練。人前で話す訓練をする。様々な面でコミュニケーション出来るかが重要。
4.インターネットの活用法を教育する。
誰でも必要な情報を必要なときに得ることができる。情報を共有化でき、データーベー
ス化できる。コンピューターが情報提供に優れている。薬剤師が患者個人に合った形で情
報を提供できる。
5.医療経済学を勉強する
その中身については触れられなかった。
6.卒後教育
カルフォルニア州では、2年間に30時間、州の委員会や製薬会社主催の勉強会などで
勉強しなければならない。
薬剤師免許試験は年2回カルフォルニア州独特のものを採用している。(全米共通のも
のがあるがお互いに認めていない)UCSF の学生のほとんどが3年時までにパスしている
とのこと。UCSF 卒業後”Pharm.D.”(博士号)の称号が与えられる。
カルフォルニアの薬剤師は下記のような治療を薬剤師の判断で処方できる。
① AIDS Clinic
(エイズ治療)
② Anticoagulation Clinic
③ General Medicine Clinic
(抗凝血治療)
(一般的な薬による治療)
④ Obstetrics & Gynecology Clinic
⑤ Oncology Clinic
⑥ Pain Clinic
(産婦人科治療)
(腫瘍の治療)
(痛みに対する治療)
⑦ Thyroid Clinic
(甲状腺治療)
医師は病気を診断する
薬剤師は薬を選択しモニタリングする
-5-
菊池
孝徳
その他、ジェネリック薬への変更ほもちろんのこと、血圧・脈拍数測、血中濃度定、骨
粗鬆症の診断治療、予防接種も薬剤師がやる。
医師がするほとんどのことが薬剤師(Pharm.D.)によってできる・・・病院でやるより
も安くできるから。
一般大衆にとって薬局が最も身近な存在
患者さんが薬局にやってきたとき、OTC や漢方薬・健康食品で治せるのか?、自分の薬
局にある薬で治せるのか?それとも医師の診察を勧めるか?・・・判断できる。
カルフォルニアでは40年以上かけて医療改革を進めてきた。(一朝一夕にできたこと
ではない)やはり医師とのトラブル、その他多くの壁があり、文化を変えることに社会か
らの抵抗は大きかった。
しかし、患者中心の安くて質の高い医療を提供するために、薬剤師教育を高度化し、医
療システムを改善することによって、徐々に改革が受け入れられていった。そして、UCSF
の卒業生達が地位の高い職に就くことによって、改革を広める上で大変効果的であった。
日本の医療改革はアメリカより20年ぐらい遅れているが、もっと短い期間で達成でき
るかも?・・・我々日本の薬剤師の努力次第。
薬剤師が価値を示す必要がある
Quality
Value
=
Cost
(by Dr. Kishi)
2.Drug Information Service について
2日目 4月9日(月)午後
UCSF 別館(ローレルハイツキャンパス)で講義
最新・最良の文献から安全で質の高い情報を提供している。
コンピューターを利用して情報を管理、インターネット等で情報提供。
〈コンピューターで管理するメリット〉
・利用性が高い
コピーしやすい。情報を共有できる。更新しやすい。
・スペースに限度がない
・安くすむ
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菊池
孝徳
〈目的〉
信頼できる情報源がない、忙しくて調べている時間がないなどということから、大学が
モデルを提供し、開発が進んでいる。
アカデミック相互コミュニティーをはかることにより、お互いにメリットがある。
1.チェーン薬局”Longs Drug Store”〈注〉に対しての信頼関係が深まる。
2.大学にとっても訓練するチャンス
3.勤務している薬剤師にとって便利
4.薬局のリクルートにも役立つ(人手不足の解消)
5.薬剤師を promote(情報誘導)できる
今となっては、情報データーベースは、大学と”Longs”の共有の財産。
〈注〉
Longs Drug Store:
全米7位の売り上げを誇る大型ディスカウントストアーで、カルフォルニアを中心に店
舗展開している。店舗数 305、売上 24 億 9900 ドル(1997 年)
〈Drug Information Service スタッフ〉
3人の教授、レジデント(実習生)1~2名、学生3~5名
全部で10名くらい
〈DI サービスの対象〉
1.主に UCSF 大学関係者に対してフルサポート
質問者の割合:医師50%、看護婦9%、薬剤師38%、その他3%
主な質問内容:薬の選択について、投与方法、海外の薬の見分け方、治療のデザイン、
妊婦・授乳の薬の選択、漢方薬・健康食品との相互作用についてなど
2.チェーン薬局”Longs Drug Store”と業務提携('99 年 3 月~サービススタート)
半年~1年毎にサービス料を支払っている。
フリーダイヤルで24時間 Longs の薬剤師が DI サービス利用できる。
時間外は、緊急ポケベルやボイスメールにつながる。24時間以内に返答。
一般消費者向けサイトがあり、e-メールで直接薬剤師に質問できる。患者さんの登録料
は無料。すぐに返答できなくてもほとんど24時間以内には答えている。
昔は、「今の自分の症状から、漢方薬・健康食品・OTC などで治せるか?」という情報
サイトを大学で作っていたが、今は専門のところから情報を買っている。
3.UCSF 以外の他の Dr からの問い合わせ
最初の1分5ドル、次の1分から3ドルのサービス料をもらっている。
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菊池
孝徳
Question:
「消費者向けの情報サービスで、医師とのくいちがいはないのか?」
Answer:
できるだけ当たりさわりのない表現、客観的なことを述べるだけにして、医師になるべ
く質問するような答え方をしている。
用量・用法などで悪用されそうな内容については答えていない。
3.アメリカのコミュニティー薬局の現状( Dr.リサの講義)
第3日目
4月10日(月)午前
UCSF 薬学部(本校)でレクチャー
(1)薬局数
薬局数
およそ 54000 件
独立した薬局
20600 件
チェーン薬局
20000 件
スーパーマーケット
そのうち
7800 件
Mass merchants(大量仲買人)5300 件
その他、Mail Order
(1999年統計)
・昔は実際の店舗を持たない Mail Order のみを扱う会社があったが、今は存在しない。
・Mail Order の依頼はたくさんあるようだが、実際の店舗が必要。(全ての薬局がインタ
ーネットにオンラインしているとのこと)
・最近の傾向として独立した薬局の数が減少し、チェーン薬局が増加している。
原因1.薬の納入価がネックになっているものと思われる。(いかに安く仕入れられる
かで利益が決まってしまう)
2.薬の単価が年々減少していくため、処方箋応需枚数を上げないと利益の確保が
出来ない。(チェーンの方が店舗展開しやすい)
3.24時間365日対応するには大きい方が有利。(個人では無理?)
・全米どこでも5マイルに1件コミュニティー薬局がある。・・・ヘルスケアの専門家と
して薬剤師が最も身近な存在。
(2)院外処方箋の数
1992年
20億枚
1997年
26億枚
2005年には推計40億枚になるとのこと。さらに1999年~2005年の間に処
方箋発行枚数は46%アップするのに対して、薬剤師の数は5.4%しか増えない。
・・・全米的な薬剤師不足が続く
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菊池
孝徳
(3)薬局のスタッフ
・Pharmacist
-RPh
-Pharm.D.
通常の薬剤師
博士号(8年かけて取得)
・Pharmacy intern
薬学生(少なくとも18歳以上)
・Pharmacy technician
・Ancillary
高校卒業後2年間専門学校で技術を学んできた人
補助員、レジスター
実際に薬を集めるのは technician の仕事。薬剤師はそれをチェックし、患者さんとの
カウンセリング。
初回、あるいは処方変更時には薬剤師が必ず患者さんにカウンセリングを行わなければ
ならない。(州法による規定)断る場合は、患者さんが文書に署名しなければならない。
Pharmacist と Technician の比率は、州によっても異なるが、院内では1:2、薬局で
は1:1ぐらい。technician は増やす傾向にあり、その分薬剤師は患者カウンセリングの
時間を多く取るよううな傾向にある。しかし実際の現場では、カウンセリングに対する技
術料はごくわずかであるため平均30秒。SOAP に基づく薬歴管理ソフトがあるが、全て
の薬局で行っているわけではない。日本のようように薬歴を紙に打ち出すことは全くない。
(全てコンピューター管理)
(4)薬剤師は、処方薬を揃える過程で、非常に多くの時間を費やしてしまう。
・処方医に対して病名の確認
・処方薬を保険会社に使えるかどうかの確認
など
早くて10分、かかるときは数時間。従って、たいていの患者さんは処方箋を置いて後
で取りに来る。(待合室のスペース狭い)
(5)日本では薬剤師一人当たり1日平均処方箋枚数受付が40枚と規制があるが、アメ
リカにはない。多ければ多いほどいいとのこと。ビデオなどを使ってカウンセリングをし
ながら機械で遠隔操作。(1日 4 千枚~4 万枚の処方箋をこなせる)
(6)日本のような OTC の販売規制がない。どこでも販売できる。(スーパーやコンビ
ニ、ガソリンスタンドでさえも)・・・本当に安全管理が出来ているのか疑わしい。
(7)どんどんスイッチ OTC 化されている。
H2 ブロッカー、NSAIDS、ニコチンガム、水虫薬など、さらには抗コレステロール薬
もスイッチ OTC 化されようとしている。
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菊池
孝徳
Ⅱ.病院見学
約450人の入院患者。そのうち1/3が小児科
〈業務の流れ〉
医師が処方箋を FAX で薬局に流す
↓
コンピューターに入力する
↓
薬のラベルが印刷され、それを下にテクニシャンが調剤
↓
エアシューターやピクセスマシン(薬を200種ぐらい入れられるロボット)で各病棟に
送る。人が運ぶことはない。
薬の種類がどれくらいあるかは分からないが、意外と少ない。推定1000種。
ほとんどの錠剤がバラ錠。必要に応じてユニットドーズ(PTP シート化)にしている。
薬の卸2~3社、毎日薬を持ってくる。
薬の卸業者はマージンが少ない。薬を持って来る人に薬の知識はない。どこで利益を得
ているかというと、卸業者がどこの病院・薬局にどの薬をどれくらい渡したかという情報
をメーカーに売っている。メーカーもその情報のおかげで営業しやすい。
アメリカには日本でいう”薬価”というものはなく、メーカーが勝手に価格を決めてい
る。それをグループで大量に買うことによって差益を生み出している。薬局はその差益が
利益の大部分を占めている。ジェネリックの方がマージンが多いため、必然的に多く使わ
れる。
入院費
1500 ドル/日
と日本より遙かに高い。全米平均入院期間は
では平均36日間)
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5 日/人(日本
菊池
孝徳
Ⅲ.薬局見学
今回見学したのは”Walgreens”と”Ross Valley”の2店舗。
(1)Walgreens
売り上げ全米 No.1 のチェーン薬局、(1997 年売り上げ 83 億ドル)全米 2300 店舗
薬剤師3名、テクニシャン1名。1日の処方箋受付枚数が約100枚。
午前9時から午後9時まで営業。
店舗の敷地面積大きく、駐車場も広い。ドライブスルーもできる。
ほとんど雑貨屋さんといった感じで、薬以外にも日用品から食品まで幅広く売っていた。
薬局はその中の1画にあり、待合室は狭い。(5~6人座れる程度)処方箋を受け取る窓
口と薬を手渡す窓口が別。薬も病院と同様にバラ錠がほとんど、手間のかかるような調剤
はないようだ。今回訪問した店舗は、処方箋受付枚数が約100枚/日と少ない方だとの
こと。患者さんが持っていく薬も1~3種類ぐらい。SOAP による薬歴管理していない。
薬局の荒利が約20%、店舗全体で35%と薬ではあまりもうからないようだ。カウン
セリングフィーはメディケアで2ドルとのこと。(チップ程度しか保険会社は支払ってく
れない)
(2)Ross Valley
中型コミュニティー薬局。開局して30年。
薬剤師5名、テクニシャン2名、その他3名(インターン1名含む)
この店舗は先に述べた Walgreens よりはるかに敷地面積が狭く。雑貨はほとんど売って
いない。その代わり、健康食品のコーディネーターがいて、その関連商品がたくさんなら
べてあった。この薬局に来る患者さんは、平均8万ドル/年/家の比較的裕福な患者層が
訪れる。ここでは比較的質の高い調剤(compounding:剤形変更)や質の高いカウンセリ
ングを行っている。
compounding fee:2ドル/分
counseling fee
:2ドル/分
(保険会社が払ってくれているとのこと)
カウンセリングを受ける人は1日5~10人。長くかかりそうな人は予約制。
また、週に1回ナーシングルームにコンサルタントに行っているとのこと。
予防接種今年の冬2千人ぐらいやった。
ちなみに薬剤師(34歳)の平均年収は4万5千ドル (全米平均
2万4千ドル)
アメリカで最も信頼できる職業の No.1 が薬剤師 (ワーストは中古車のセールスマン)
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菊池
Ⅳ.ナーシングホーム見学
1869年
孝徳
LAGUNA HONDA HOSPITAL
80エーカーある牧場を市が購入し避難所として使っていた。
40病棟ある総合医療施設(病院、ナーシングルーム、リハビリ)
経営費:1億1千万ドル/年
市からの援助と寄付金で賄われている。
1000人以上の入居者
入居者の85%以上は車椅子(1人で歩ける人はほとんどいない)
15%は寝たきり
しかし、できるだけ歩かせるようにしている。
特に人種で分けていないが、言葉の関係上中国人だけは別、もちろん男女は別。
入居資格:サンフランシスコの住民であること、1人では生きていけない人、所持金が
1500 ドル以上持っていない人
1人毎日42ドル/日のおこづかいが出て、施設内で買い物が出来る(1500 ドル以上貯
めてはいけない)
色々な運動・リハビリ施設病棟がある。動・植物セラピー、アートセラピー等
ナースステーション
1人のヘッドナースが2つの病棟を管理
1病棟4人の看護婦がいて、30人の入居者を看ている。
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菊池
孝徳
600人以上のボランティア登録者が居て、現在そのうちの300人が働いている。
ホスピス病棟は40時間以上訓練を受けた人が行う
癌やエイズなどで、3ヶ月以内に亡くなる
エイズ病棟
”04”
ベットは通常より離れて置かれてある。医師や看護婦が手厚く配置されていて、患者さ
んは15年以上生存している。
Medical Clinic が充実していて、毎日 Dr.が来る、重症患者はサンフランシスコのジェネ
ラルホスピタルに送られる。
血液検査も1日2回、回収に来てくれる。
Hospital Pharmacy(薬局)
2カ所あり、我々が訪問したのは、新規処方を取り扱う薬局
薬剤師2名、テクニシャン4名
(もう1カ所では do 処方を扱い、4名の薬剤師がいるとのこと)
抗生剤がよく処方され、ジェネリックでオーダー
卸は全米 No.1 のマッケソンから土日を除く毎日納品。
緊急時はジェネラルホスピタルからもらうこともある。
薬の管理は基本的に患者個人が行い、月1回看護婦が薬を数えている。
クリニカルファーマーシーも2人いて、医師と一緒にカウンセリングしているとのこと。
すばらしい設備と優秀なスタッフに囲まれて、いろんな所に目が行き届いたナーシング
ホーム。
Ⅴ.考察
アメリカの合理性が顕著に伺える。現在の日本のシステムではとても考えられないところまで進
んでいるよ うに 思う。アメリカの 公的 保 険制 度には 、65歳以 上の 年金 受給 者に 対する”
MEDICARE”と、低所得者や障害者に対する”MEDICAID”しかなく、日本のような国民皆保険制
度はない。 大多数は民間の保険に入っているため、保険の種類や掛け金によって受けられる医
療が異なってくる。従って繁雑な保険請求・確認業務が増えてしまう。
アメリカでは医師や薬剤師よりも保険会社の方が強いため、いいこと(?)をしても報酬はない。
医療費をできるだけ下げようといったコスト意識をもてることに関してはいいことだが、私にはどこか
開き直ってやっているように見えてならなかった。その点日本では、やったことに対しては技術料
を認めようという考え方は、たとえ点数が低くとも、いいシステムだと思う。(サービスの押し売りにな
らなければいいのだが・・・)
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菊池
孝徳
アメリカでは”自己責任”の意識が強く、自分の病気に対する認識や薬に関する知識レ
ベルが高い。従って OTC 薬や漢方薬・健康食品を自分で選ぶといった”セルフケア”と
いう認識が主体にあって、その中でアメリカの薬剤師は、患者さんに対して色々な医療の
選択肢を提示しているように思う。実際にアメリカの薬剤師は充分な知識と経験があると
思う。
一方日本では”安心”、”信頼”の傾向が強く、医者の言うとおりにしておこうという
患者がまだまだ多い。日本では保険会社よりも医師会が強いため、保険外適応の薬も通っ
てしまう。医師も我々薬剤師も、患者さんのために最もいいことだと思ってやっている医
療行為なので全面否定は出来ない。しかし「この医療費いったい誰が払うの?」といった
コスト意識はもう少し持つべきで、どこまでが”いいこと”なのか制度上見直す必要があ
る。
今後さらに日本でも医療制度改革を早急に進めていかなければならないが、やはりアメ
リカとは国民性が違うため、同じ様なやり方は出来ないと思う。
〈今後の改善〉
1.大学や医療機関での薬剤師教育システムの改善が早急に必要。
・実地研修時間をもっと多く取り入れなければならない。
・患者コミュニケーション、カウンセリングの技術・勉強が必要。
・薬学教育の6年制導入は必要。
2.technician(薬剤師補助員)制度を日本でも早く作る必要がある。
薬剤師の業務が多すぎるし、医薬分業のスピードについていけない。患者サービスが行き渡ら
ない。
3.コンピューター薬歴を早く認めて欲しい。
プリントアウトして手書きで書き加える薬歴管理のあり方が、本当に意味のあることな
のか?薬歴の保存・管理するためのスペースがムダ。プリントアウトするコスト、時間が
ムダ。・・・時代遅れである。
〈今からでもやれること〉
1.もっと薬やその他医療に関することを勉強しなければならない。
薬の効能・効果、副作用、相互作用、生活上の注意はもちろんのこと、”薬剤適正使用”をする
ための充分な知識をどん欲に勉強する必要がある。
医師会・薬剤師会・メーカーの勉強会にもっと積極的に出席を!
我々薬剤師が薬に関する充分な知識・経験を持つことによって、患者さんにとっても、処方医に
とっても、安心できる質の高い医療サービスを提供できる。
薬剤師の存在価値をもっとアピールしなければならない。
2.薬剤師以外にやれる仕事はなるべく他の人にやってもらう。
薬剤師がもっと患者さんと接する時間を多くできる。
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菊池
孝徳
薬の情報収集・勉強の時間が作れる。
処方医への薬の情報提供や患者情報のフィードバック、患者さん向けのきめ細やかな情
報提供ができる。
これらのことをすることによって、薬剤師の質・医療の質を上げることができ、また業
務の効率化にもつながる。
3.薬剤師同士(会社を越えて)もっと情報交換をすべき。
一人でやっていても、情報はかたよるし、量も少ない。情報を共有することによって、
いいことを早く取り入れられるし、失敗も防げる。
〈最後に〉
今回の海外研修で本当に多くのことを学ぶことが出来ました。社長をはじめとする S.F.C すべて
のスタッフに、そしてこの研修を企画していただいたメディカルネットワークシステムの関係者に、さ
らに講演・見学させていただいた UCSF の先生方、薬局のスタッフに深く感謝いたします。
今回の研修で学んだこと、多くの優秀なスタッフと知り合えたことは、私にとって大きな財産であ
り、大切な宝物となりました。今後ともこのような研修が続けられる事を切に希望いたします。
私にとってこの海外研修には続きがあります。先にも研修目標で述べたとおり、この研修で学ん
だことを多くの方に伝え、広めることによって、よりよい医療改革進めていく努力をしてかなければ
なりません。日本の医療改革はとてつもなく大きな仕事であり、目標達成には果てしなく遠い道の
りではありますが、皆で協力して乗り越えていきたいと思っています。
研修終了時には、終了式があり、一人ひとり修了証書をいただきました。
私にとって、勉強した内容とともに、大切な宝物となりました。
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菊池
孝徳
Ⅵ.観光レポート
出発日時/出発地:4月8日(日) 15時20分
成田発(日本時間)
到着日時/到着地:4月8日(日)
サンフランシスコ着(サンフランシスコ時間)
8時35分
9時間強のフライトで、日本とは16時間の時差。日本時間で4月9日(月)AM0:30 頃
到着。
行きの飛行機の中でのこと・・・
サンフランシスコ行きの飛行機内は、ラッキーだった。座席が立原さんとは遠く離れ、
私は隣の雨宮さんだった。彼女は友部の薬局で働いていると聞いて親近感がわいた。
最初のドリンクは2人ともオレンジジュースをたのみ、2人で乾杯したのを私はよく覚
えていた。しかし、帰りの飛行機で彼女に聞いたが、彼女は全く覚えていなかった・・・
ちょっと残念。
飛行機の座席は、私が通路側、雨宮さんは内側、彼女の隣はチャイニーズだったと思う。
あまり行儀が良くなかったので、「座席を変わろうか?」と彼女に申し出たが遠慮された。
機内で彼女とはよくしゃべった。もっとも、私の方が一方的に自分のことを話していたの
だが・・・。彼女は覚えていてくれただろうか?
成田を離陸して1時間もするとディナーがでた。私が初めて飛行機に乗ったのはちょう
ど10年前で、その時の機内食よりは遙かに味が良かった。小さいボトルだったが2人で
赤ワインを2本ずつあけた。もっとも、彼女の2本目のほとんどは、私がいただいたのだ
が・・・。私は彼女とのおしゃべりに夢中になっていて、食が進んでいなかった。皆はも
う食べ終わり、スチュワーデスさん達が食の回収にまわってきたが、私はまだ食べていた。
「Not Finished. I'm eating.」とスチュワーデスさんに言った。私が初めて話したつたな
い英語だった。「まだ食っているのかよ」というように思われたが、私はあまり気になら
なかった。彼女はあきれていた・・・。
緊張していたせいか、機内ではあまり眠れなかった・・・。(中略)
そうこうしているうちに、また機内食が出た。時計を見たらディナーから7時間以上た
っていた。あと1時間くらいでサンフランシスコに着くらしい。おなかはすいていなかっ
たが、とりあえず食べた。食事はうまかったが、のどが渇いていたので、コーヒーを何杯
もおかわりした。まさに”ブロイラー”状態だった。
着陸が近くなると高度が下がってくる。・・・当たり前のことだが・・・。ディナーで
飲んだワインが抜け切れていないのか、乗り物酔いなのかわからなかったが、気持ち悪か
ったのをよく覚えている・・・。
そしてサンフランシスコ国際空港に到着。現地時間は午前8時半ぐらいだが、日本時間
は夜中の0時半頃。すでに時差ボケは始まっていた。「こんな状態で、サンフランシスコ
の街をひきずりまわされるのかよ」と、思ったとたん、気が重くなった。
実際、初日の市内観光は地獄だった。こんなにつらい観光は、生まれて初めてだった。
「でもここで寝てしまっては、明日からの講義に響いてしまう。」という思いで必死に起
きていた。
しかし体の状態とはうらはらに、バスの中や観光地では、しっかりノートをとり、慣れ
ないデジカメで写真も撮っていた。・・・だからこうして観光レポートが書けている。
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菊池
孝徳
〈サンフランシスコの基礎知識〉
1.ゴールドラッシュで大発展を遂げた町
2.新旧調和のとれた町
住宅街の家の外装は、旧王朝風でクラシックな落ち着いた雰囲気。一方ビル街は、”ト
ランスアメリカピラミット”に象徴されるように、ニューヨークの中心(?)あるいは新
宿西口のビル街にいるような感じ。そうかと思い、フィッシャーマンズワーフに来れば港
町だし、そしてちょっと行けばチャイナタウンもある。小さな町でいろんな風景が楽しめ
る不思議な町だった。
3.International な町
面積:約 125km2 人口:75万人(2000 年 2 月現在)
Chaina、Mexico、Koria などいろんな人種の人が住み、白人はあまり多くない。
4.ダウンタウンは乗り物の博物館
坂道が多いため交通手段はたくさんあるが、バス、タクシー、地下鉄はもちろんのこと、
ここサンフランシスコの名物はやはり”ケーブルカー”。フィッシャーマンズワーフから
ユニオンスクエアーを往復する路面ケーブル車。身を乗り出して乗っていると「最高、気
持ちイイ~ッ!」すぐそばは、バスや一般乗用車が走っている・・・。こんな乗り物、日
本だったら国土交通省が絶対認めないだろうな・・・。
5.お金持ち、エリートが住む町
いろんな人がやってくるので、住宅街の地価はどんどん高騰。
6.「霧の町」サンフランシスコ
昼夜の寒暖の差が激しい。晴天は年間約300日と、ほとんど雨は降らない。夏は涼し
く冬は温暖な気候。実際私たちが行ったときは、最高気温16℃、最低気温9℃。日本よ
りちょっと寒かったかな?
7.多くのノーベル賞受賞者を輩出したアカデミックな町
東に行くとバークレー。サンフランシスコのバークレー校はノーベル賞受賞者を15人
以上輩出している。一方南に行くとコンピューター時代をリードしてきたシリコンバレー
がある。
第1日目 サンフランシスコ到着初日:市内観光
1.ツインピークス
2.ゴールデンゲートブリッジ
3.昼食 金融街で飲茶
4.ベイブリッジを渡り、トレジャーアイランドへ
5.ユニオンスクエア前免税店でショッピング
6.ホテルチェックイン
7.自由時間・・・ホテルのベットで横になっていた。
8.ホテル内で夕食
19:00~
9.2次会:ホテルの外に出て、ジャズバーでジャズを聴きながら一杯・・・
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菊池
孝徳
下の2枚の写真は”ツインピークス”からの眺め。上がゴールデンゲートブリッジ。下
がベイブリッジ。
次にゴールデンゲートブリッジにての写真
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菊池
孝徳
第2日目 夜:フィッシャーマンズ・ワーフ PIER39 内でサンセットを見ながらシーフード
女の子に囲まれて、とってもよかったです。ちょうどサンセットの時間帯で、夕日がと
てもきれいでした。立原さんには見向きもせず、隣にいた長浜さんと仲良くしゃべってい
ました。彼女が呼吸困難になるくらいよく笑っていたのを覚えています。肝心なシーフー
ドの味は・・・忘れました。
帰りは、念願のケーブルカーに乗りました。車内からの夜景はとってもきれいでした。
真ん中の人が MNS 社長の武藤さんです。
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菊池
孝徳
第3日目 夜:大リーグ観戦(オークランドアスレチックス 対 シアトルマリナーズ)
地下鉄に乗って隣町のオークランドに行きました。あこがれの大リーグ。日本のプロ野
球も生で見たことないのに・・・。この感激一生忘れません。
”大魔神”佐々木や”安打製造機”イチローのいるマリナーズ戦。彼らの活躍で、1対
5でマリナーズの完勝。7時からのプレーボールで、ゲームセットが10時をまわってい
ましたが、あっという間でした。でも野球観戦にはちょっと寒かったかな・・・?
あれ~っ、イチローは?・・・試合に夢中になっていて、撮るのを忘れていました。・・・
あしからず。下の写真は試合終了後、オークランド球場前の地下鉄ホームでの写真。
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菊池
孝徳
第4日目午後:スタンフォードショッピングセンターにてショッピング
夜:ホテル内でさよなら夕食会(UCSF の先生方も同席)
ホテル内の和食のお店で UCSF の先生方とさよなら夕食会。私の隣は Dr.Kishi で、と
ても緊張しました。私は「もうこれっきりの出逢いだ」と思って、ごじゃっぺ(?)の英
語をベラベラとしゃべっていました。・・・通じていたのだろうか・・・??
一方食事の方は、何を食べていたのかよくわかりません。でも意外とお刺身おいしかっ
たよな~っ。日本酒もうまかった。
この後、ホテルの最上階に行って、日本の皆と飲み直しました。ここから見える夜景は
すばらしかった。この日で講義・研修も終わり。明日は終日自由行動とあって、ずいぶん
盛り上がりました。・・・本当に忘れられない一夜でした。
皆いい笑顔していました。一言で言うならば「充実感」で一杯でした。
その反面、この日で武藤社長とお別れ・・・とあってチョット寂しく感じたのを覚えて
います。「日本に帰ったらまた会おう」と皆で誓い合いました。
アメリカのこの研修で学んだこと、こうしてすばらしい人たちと出逢えたことは、私に
とって、とても大きな財産であり、大切な宝物となりました。
本当に、本当に皆ありがとう!
そしてこれからもヨロシク!!
この川城さんの笑みときたら・・・、そして丸山さんの表情・・・、でもやっぱり真ん
中にいる長浜さんの笑顔がとってもステキです。そして僕は・・・意外と後ろでクールに
立ちつくしているのね・・・。この写真、いったい誰に撮ってもらったのかしら?・・・
私は全く覚えていません。
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菊池
孝徳
第5日目 終日自由行動(アルカトラズ島見学)
近くて遠い島:アルカトラズ島
悪名高い囚人達が投獄された連邦刑務所の所在地として知られるアルカトラズ島。サン
フランシスコ湾の真ん中にぽっかりと浮かび、市街からわずか 2.4km の距離にある。確か
に港から眺めると「ひと泳ぎで行けそう」と思えるほど間近に見える。しかし、水温も低
く潮流も早いため、実際に泳ぎ切った人はほんの2,3人とのこと。
想像以上に島が遠く感じられ、アメリカ史上を賑わした犯罪者の収容所と選ばれた理由
もなんとなくわかってくる。1963 年に刑務所が閉鎖された後は、当刑務所の歴史を語る博
物館として一般公開されている。
この島は、ショーン・コネリー、ニコラス・ケイジが共演した「ザ・ロック」など数々
の映画の舞台にもなっている。
ここへは私をはじめ、立原さん、畑さん、高木さんの4人で行きました。
これは行きの船の中で撮った写真、後ろに見えるのがアルカトラズ島です。
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菊池
孝徳
島に着いたら、地図をかって、案内のカセットテープをかりて見学しました。
ヘッドフォンをしていたので、中ではあまりお話しできませんでした。
すっかり囚人気分になっていますね。
アルカトラズ島の中はたいしたことありませんでしたが、その島から見えるサンフラン
シスコの景色は最高でした。
こんな所に、住んでみたいと思ったのは私だけかも・・・?
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