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憧憬の白馬岳主稜
憧憬の白馬岳主稜 記:太田伸義 日 参 程:2014 年 5 月 3 日~5 日 加 者:L 加藤弘司 木村秀子 下田彩日香 太田伸義 コースタイム: 5 月 3 日 島田中央公園 3:20=8:00 猿倉 8:40~10:05 猿倉台地幕営地 5 月 4 日 幕営地 3:30~9:20 一峰~11:00 白馬岳山頂~大雪渓~13:00 幕営地 5 月 5 日 幕営地 5:40~雪上トレーニング~9:10 幕営地 11:00~12:00 猿倉 白馬岳 白馬岳主稜 大雪渓 猿倉台地幕営地 (ここで止まってから 30 分は経っている。もっと経っているかもしれない。 ) 時々、立っている 60 度ほどの斜面の足場の位置を変えたり、足場を作り直した りするが、極端に姿勢を変えられるわけではなく、じっと足元を見つめる。比較 的新しいナイロンの登山靴に古くから使っているベルト式のアイゼンが、ずれる こともなく、5 月連休の湿っぽい雪にまみれていた。この 28 年前に買ったアイゼ ンはそのほとんどの時間を押入れの中ですごしており、せいぜい年に 1,2 度使わ れるかどうかという代物である。今回も 1 年ぶりに太陽の陽と雪に触れることに なる。何度か足元を見ているうちに睡魔が襲ってきたりもする。下を見るといつ のまにか順番を待っている人が 20 人ほどになっており、斜面上での待機を嫌い、 平坦な場所で上を見上げていた。 いくらか進んだかなと再三見上げてみる。私は雪稜のロープワークの経験はな く一体何に時間がかかっているのか、いまひとつ分かっていない。そのうちに下 のパーティーが痺れをきらして、自分たちの右横を登り始めた。大きな荷物を背 負った大学生のパーティーだろうか。ロープをつけずにダブルアックスで登って いるが、くさった雪に悪戦苦闘している。新人らしき若者が重い荷にあえぎなが ら慣れない雪の斜面と格闘している。さらにその下には関西弁のおじさんが、ス テップをぐしゃぐしゃにしながら登る大学生にえらい剣幕で怒鳴り散らしている。 5 月連休の雪の斜面はなんだか騒々しいことになってきた。 今回の白馬岳主稜は私が 2 月に会に入って初めての本格的な山行になる。白馬 岳は学生のころ夏に白馬鑓ヶ岳から縦走して以来だ。当時主に上越方面のヤブを 漕いでいた私にとって北アルプスは場違いな感じがし、なにか気恥ずかしい気に もなった。咲き乱れる高山植物や山の上の露天風呂などを満喫したが、やはり記 憶に残っているのがあの独特の地形であった。西側が緩斜面なのに対して、東側 はガレた急斜面になっている。そして夏にはほとんど登られないこの東側の尾根 が、雪を纏うと魅力的な稜線に変わり、昔から登山者を惹きつけてやまないとい うことを知ったのは、最初に白馬岳に登ってから随分後になってからだった。 白馬岳主稜に決まってから、押入れからアイゼンを引っ張りだした。ちょうど 1年前、南アルプスの塩見岳に登頂した帰り道、午後の水分を含む雪がべちゃべ ちゃになり、1歩だすごとに団子になった雪をピッケルで叩き落しながらの歩き で非常に体力を消耗した時のことが思い出された。ホームセンターでゴムを買っ てきて、アンチスノープレートを自作した。 まだ暗い中ヘッドライトをつけて天場を後にする。トレースがついている。振り 返ると私たちの後に続く幾つものヘッドライトの明かりが見える。どうやら今年 は雪が少ないらしく、ところどころ岩や樹木がむき出しになっている。主稜は一 峰から八峰まで番号がつけられているが、 私にはどれが何峰かはよく分からない。 いくつもの急な雪壁とナイフリッジ状の稜線を越えていく。最初は小さかった核 心部の雪庇もしだいにはっきりと形状がわかるようになってきた。雪の多い年は 雪庇に穴を開けて通るそうだが、今年は少ないので切り崩して越えている。 山頂に近づくにつれて傾斜の急な斜面が出てくる。お互いをロープで結ぶ。練 習をかねてダブルアックスを試みる。1回ではなかなかきまらない。2回、3回 と打ち、手ごたえを感じながら両手両足で斜面を登る。リズムよく打ち込めると 気持ちが良く、斜面に没頭する。白い世界の中でアックスを打ち続けているとま るで天に向かって歩を進めているようだ。 もうそこは核心部の 50 メートルの雪壁 である。 ようやくわたしたちの順番がまわってきた。何か感慨があったかなと思い出そ うとしても、待っている記憶が強くて思い出せない。大勢登った後でステップも なにもなくなっているなと思ったぐらいか。 登り切って、今登ってきた窓から記念に写真を一枚撮った。そして全員で登頂 写真を撮る。天気は良かったが、風が強くてあまりゆっくりと景色を楽しむ余裕 はなかった。つかの間の登頂気分を味わった後、白馬山荘に向かってなだらかな 斜面を少し早足に下る。白馬岳は昔とは季節が違い白い雪をかぶってはいたが、 あの時に見た奇妙な山容の堂々とした姿が時を越えて甦ってきた。下りながら背 中に何か大きな気配を感じて何度となく後ろを振り返った。 <窓から直下を覗く>