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熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System
熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System Title 固-液, 固-気, 液-液界面を反応場として作製した新規高 分子材料に関する研究 Author(s) 坂田, 耕平 Citation Issue date 2014-03-25 Type Thesis or Dissertation URL http://hdl.handle.net/2298/31439 Right 固-液、固-気、液-液界面を反応場 とした新規高分子材料に関する研究 2014 年 3 月 熊本大学大学院自然科学研究科 坂田耕平 第 1 章 序論 …1 1-1 材料界面設計の重要性 …1 1-2 平滑基板上における自己組織化構造の構築に関する研究と応用 …1 1-3 両連続相マイクロエマルション(BME) …2 1-4 両連続相マイクロエマルションを鋳型とする高分子材料 …3 1-5 本研究に関して …5 1-6 参考文献 …7 第 2 章 Paddle-Wheel 型 Ru 二核錯体の二次元構造の制御と観察 2-1 緒言 …10 …10 2-1-1 平滑基板上における自己組織化構造の構築に関する研究と応用 …10 2-1-2 混合原子化錯体 …10 2-2 実験 …11 2-2-1 試薬 …11 2-2-2 Au(111)及び Ru 二核錯体修飾電極の作成 …12 2-2-3 電気化学測定 …12 2-2-4 電気化学走査型トンネル顕微鏡 (EC-STM) 測定 …13 2-3 Paddle-Wheel 型 Ru 二核錯体の電化学的挙動 2-4 ビニル-フェニル末端を持つ Paddle-Wheel 型 Ru 二核錯体の 二次元構造制御 …13 …15 2-4-1 基板電位制御による規則構造の構築 2-4-2 混合原子化基板電における規則構造の観察および酸化還元状態の推定 …15 …16 2-5 フェニル末端を持つ Paddle-Wheel 型 Ru 二核錯体の二次元構造制御 2-6 ビニル-ナフチル/アントラセニル末端を持つ Paddle-Wheel 型 …20 Ru 二核錯体の二次元構造制御 …21 2-7 結語 …22 2-8 参考文献 …23 第 3 章 酢酸蒸気処理による Metal organic framework (MOF) ナノシートの作成 3-1 緒言 …26 …26 3-1-1 Metal organic framework (有機金属構造体、MOF) …26 3-1-2 Surface mounted MOF (SURMOF) 構築に関する研究 …26 3-2 実験 …27 3-2-1 試薬 …27 3-2-2 MOF ナノシートの作成 …28 3-2-3 走査型原子力間顕微鏡 (AFM) 観察 …29 3-3 酢酸蒸気処理による MOF 前駆体の結晶化促進 …29 3-3-1 酢酸蒸気処理による MOF ナノシートの作成 …29 3-3-2 酢酸蒸気処理が precursor MOF の結晶化促進に及ぼす影響 …36 3-4 3-5 酢酸蒸気処理の温度及び時間依存性 MOF ナノシート積層膜の作成 …38 …41 3-5-1 逐次積層膜の作成 …41 3-5-2 過剰堆積膜の酢酸蒸気処理 …44 3-6 結語 …45 3-7 参考文献 …46 第 4 章 両連続相マイクロエマルション(BME)の液-液構造を鋳型とした 多孔性 poly-NIPAM ゲル 4-1 …49 緒言…47 4-1-1 マイクロエマルション溶液のゲル化によるハイブリッドゲルの作成 …49 4-1-2 多孔性 poly-NIPAM ゲル 4-2 実験 …49 …50 4-2-1 試薬 …50 4-2-2 BME 重合溶液の作成 …50 4-2-3 多孔性 poly-NIPAM ゲルの作成 …51 4-2-4 対照サンプルとしての均一 poly-NIPAM ゲルの作成 …52 4-2-5 poly-NIPAM ゲルの膨潤度測定 …52 4-2-6 透過型電子顕微鏡 (SEM) 観察 …52 4-3 poly-NIPAM ゲルのマクロ構造観察 …53 4-4 BME poly-NIPAM ゲル膨潤構造の温度依存性 …54 4-5 BME ゲルの膨潤挙動 …56 4-5-1 LCST 以下における水に対する BME ゲルの膨潤挙動 …56 4-5-2 LCST 以上における水に対する BME ゲルの膨潤挙動 …56 4-5-3 LCST 前後の温度サイクルおける水に対する BME ゲルの膨潤挙動 …58 4-5-4 有機溶媒(トルエン)に対する BME ゲルの膨潤挙動 …58 4-6 結語 …60 4-7 参考文献 …61 第 5 章 両連続相マイクロエマルションゲルの電気化学的構造評価 5-1 緒言 …63 …63 5-1-1 両連続相マイクロエマルションゲル構造の制御 …63 5-1-2 両連続相マイクロエマルション中における電気化学 …63 5-2 実験 …64 5-2-1 試薬 …64 5-2-2 BME ゾル/ゲル溶液の作成 …65 5-2-3 BME ゾル/ゲル系における電気化学測定 …66 5-2-4 示差走査熱量(DSC)測定 …67 5-3 BME ゾル/ゲル相転移のマクロ挙動観察 …67 5-4 BME ゾル/ゲル中における電気化学応答 …68 5-5 酸化還元物質の拡散挙動に基づく BME ゾル/ゲルの構造評価 …70 5-5-1 酸化還元物質の見かけの拡散係数 5-5-2 油相中の Ferrocene 拡散挙動に基づく BME ゾル/ゲルミクロ水相の 構造評価 …70 …71 5-5-3 水相中の K3Fe(CN)6 拡散挙動に基づく BME ゾル/ゲルミクロ油相の 構造評価 …72 5-6 結語 …74 5-7 参考文献 …75 第 6 章 結語 謝辞 …77 第 1 章 序論 1-1 材料界面設計の重要性 近年、化学構造のみが規制された材料の開発にとどまらず、機能性の分子を組み合 わせた複合材料や実際に利用できるデバイスの研究が盛んに行われている。高機能な 複合材料やデバイスにおいては原子や分子、さらにはその集合体を特定の位置に集積 化する必要がある。複合材料やデバイスにおける各分子や材料同士の界面は分散、会 合、吸着などの相互作用や界面形状、表面積などの差異によって、材料特性を制御す る重要なパラメータの一つである。また、材料構造の多様性・制御性を向上させるこ とで、特性の改善や新規物性を発現させることを目的として、界面を利用し、階層的 な構造を持つ材料の開発が行われている。様々な目的に応じて、表面の凹凸、表面積・ 孔の設計、化学修飾などを制御された界面を持つデバイスは多岐にわたる分野で研究、 実用化されており、身近な例としては電極材料、分離カラムなどがある。また、界面 を一種の鋳型として利用することで、特徴的な構造を持つ材料の開発も行われている。 自己組織化単分子膜 (Self-Assembled Monolayer, SAM) を始めとした固体基板表面 を鋳型とする機能性分子の自己組織化に関する研究 1,2,6,7 や液-液界面を持つエマルシ ョン中におけるミクロ/ナノ粒子の作成 8,9、乳化重合などもその例である。Figure 1-1 に見られるように材料開発に利用できる界面は多岐に及んでいるが、近年では、不揮 発性の液体であるイオン液体の開発によって、さらに研究領域が広がりを見せている。 本論文では界面を高分子材料開発の場として捉え、固-液界面、固-気界面、液-液界面 に注目し、新規高分子材料の開発を行った。 1-2 平滑基板上における自己組織化構造の構築に関する研究と応用 機能性分子の自己組織化に関する研究は、有機分子/錯体分子特有の機能性、分子 設計の多様性に加えて、低コスト、省エネで微細な構造制御が可能であり、制御され たナノ構造に基づく新規機能性の発現が期待されている。 固体基板表面 (固-液、固-気、固-真空界面) 上における機能性分子の超分子二次元 自己組織化構造は固体基板に吸着した分子と基板表面の相互作用、分子間の相互作用 1 などを制御することによって自発的に構築される規則構造であり、単分子層から数分 子層で形成されるナノスケールの超薄膜である。近年までは、van der Waals 力、水 素結合、-相互作用、ハロゲン結合など弱い相互作用を用いて、固体基板上の分子 間力を制御し、実際に走査型トンネル顕微鏡 (STM) などを用いて、その最密充填構 造やネットワーク構造などの規則構造の直接観察及び評価に関する研究が行われて きた。1 近年では分子集合体のみならず、化学結合を持つ材料開発が注目を集めている。例 えば超高真空中における熱カップリング反応によって、化学結合を有する規則的なポ リマー構造、ネットワークを得る研究が盛んに行われている。2 また、配位結合や共 有結合によって、一次元、二次元、三次元的に多孔性の規則構造を持つ Metal organic framework (MOF) 3,4 や Covalent organic framework (COF) 5 を超分子二次元自己組 織化構造として基板上に作成する研究にも注目が集まっている。6-7 これらの研究で は、加熱水蒸気 6 や溶液中 7 などの超高真空以外の穏やかな条件下で容易に MOF・ COF 超分子二次元自己組織化構造として得る手法が検討されている。基板表面上の 二次元 MOF や COF は気相の加熱水蒸気と固体基板、または液体と固体基板の界面 における自己組織化条件の厳密制御によって作成された構造であると考えられる。固 体表面における機能性分子の自己組織化に基づく二次元規則構造構築とその三次元 集積化に基づいた、規則構造に基づいた新規特性を持つ、ナノ薄膜材料やデバイスの 開発が特に期待されている。 本論文では第 2 章で、固-液界面を反応場とする研究として、Au(111)単結晶表面溶液界面を用い Paddle-Wheel 型ルテニウム二核錯体の二次元構造の電気化学制御と 観察について述べ、配列分子の電子状態や分子-基板間の相互作用に関して検討した。 二次元超分子自己組織化に関する研究では今まで報告されていないハロゲン架橋二 核混合原子価錯体を機能性分子として用いて、二次元規則構造を作製し、さらに三次 元的に集積化することで、混合原子状態に基づく特異な特性を持つ材料の開発を目指 した。さらに、第 3 章では、固-気界面を反応場とする研究として、平滑グラファイ ト上でのカルボキシレート配位型 MOF ナノシートの二次元結晶化を検討した。従来 はほとんど議論されていない基板と水平方向の規則性に関して知見を得る研究であ 2 り、多様なカルボキシレート配位子を持つ MOF ナノシート作製への応用、及び三次 元成長による特異な物性の発現を目指す研究として行った。 1-3 両連続相マイクロエマルション(BME) 一方で、興味深いアモルファスに拡張された液-液界面構造を持つ溶液系として、 両連続相マイクロエマルション (bicontinuous microemulsion, BME) が上げられる。 マイクロエマルション (microemulsion, ME) は熱力学的に安定な水/界面活性剤/油 から成る分散系であり、通常のエマルションのように急激な撹拌などを必要とせず容 易に形成し、溶液系が一度平衡に達すると時間経過によって相変化することはないと される。ME は水、油などの本来混じり合わない 2 相の液体及び 1 種類以上の界面活 性剤または界面活性剤-中級アルコールなどの補助界面活性剤の混合物で構成される。 また、溶液系の界面活性剤の親水性-親油性バランス (hydrophilic-lipophilic balance, HLB) を補助界面活性剤の添加、温度、塩濃度などの溶液の条件を調節することで ME の動的な溶液構造が変化する。 水/界面活性剤/油系からなる溶液を密封し、充分に攪拌してから一定温度に保って おくと、過剰相 (水相や油相) を伴った ME 相が形成される。塩濃度や補助界面活性 剤濃度の調節により、界面活性剤の HLB を制御することで、ME 相は下相、中間相、 上相へ (比重:水相>油相の場合) と移行し、Winsor 型の相挙動 (Winsor I⇔Winsor III⇔Winsor II) を示す。HLB が親水性>親油性であるとき水中に油滴を可溶化した ミセルが形成される (oil in water マイクロエマルション (O/W ME), Winsor I)。ま た、HLB が親水性<親油性であるとき油中に水滴を可溶化した逆ミセルが形成される (water in oil マイクロエマルション (W/O ME), Winsor II)。一方で、系の HLB が釣 り合った場合 (親水性=親油性)、過剰な水相と油相の間に界面活性剤が局在した相が 形成される。その相は水相と油相がミクロかつ連続的に混在しており、BME または Winsor III と呼ばれる。 一般にイオン性界面活性剤の場合は、温度変化による転相は起こりにくく、むしろ アルコールや塩の濃度、油と水の比率によりエマルション相の転移が起こる事が知ら れている。一方でノニオン性界面活性剤の場合は温度依存性が高く、低温で乳化すれ 3 ば O/W 型エマルションが生成し、高温で乳化すれば、W/O 型エマルションが生成す る。これはノニオン性界面活性剤の多くの親水基はポリエーテル鎖で形成されており、 親水性はポリエーテル鎖と水の水素結合に由来し、高温では熱運動により水素結合が 切断されるためである。 Guégring らは NaCl aq. /SDS+butanol/トルエン系において NaCl 濃度を調節する ことにより BME が形成されることを spin-echo NMR 測定によって確認している 10。 NaCl 濃度を変化させながら水、butanol、SDS、トルエンの自己拡散係数を測定する と SDS は NaCl 濃度に対し山型の自己拡散係数を示した。つまり、NaCl が中濃度領 域で最も自己拡散係数が高かった。さらに、この領域では SDS 以外の成分は均一系 に対して低いが、比較的高い自己拡散係数を保持しており、全ての分子が自由に動き 回っているという BME 相の特徴を証明している。 近年では、通常の水/非極性油系の ME に限らず、水/極性油系 11、水/イオン液体系 12、 イオン液体/油系 13 の ME が報告され、使用可能な液-液系の範囲が拡大しており、 応用可能性も高まっている。 1-4 両連続相マイクロエマルションを鋳型とする高分子材料 BME を鋳型とした高分子材料において、モノマーを油相とし開始剤を含む BME 溶液系の熱重合が最も簡単な BME 構造固定化法である。BME ミクロ油相の重合に よって、BME 溶液の両連続構造に基づいた連続多孔性を持つ高分子材料が得られる。 1988 年に Haque and Qutubuddin によって water/SDS/2-pentanol+スチレン系 BME 溶液に由来する多孔性ポリスチレン材料の作成が初めて報告されている。14 類 似の NaCl aq./SDS+1-butanol/スチレン系 BME 溶液を重合すると、ミクロスケール の粒子がネットワーク構造を形成したパーコレーション構造を持つ材料が得られる。 15 重合前に電極を挿入し、重合して得た多孔性高分子材料の電気化学測定を行うと、 導電性があり、ミクロ水相 (重合していない多孔) の連続性が確認できる。しかしな がら、重合によって得られる連続構造は重合前に比べ 10 倍大きくなっていることが 小角中性子散乱測定 16、透過型電子顕微鏡測定 17、シミュレーション 18 によって明ら かになっている。この重合中に連続して発生する両連続構造サイズの増加は BME 溶 4 液系の重合において一般的に見られる現象である。これは溶液相からのスピノーダル 分解と類似の現象であり、重合中に発生する系中の HLB 変化に誘起された相分離の 結果であることが知られている。15 重合中に発生する相分離は系中の界面活性剤に対 するモノマーとポリマーの親和性の差に由来している。BME 溶液の重合によって得 られる材料の構造は重合による固定化と相分離の速度論的競争反応によって決定さ れている。つまり、速く重合することで相分離を抑制し、BME 溶液に近い大きさの 連続構造と固定化することが可能となる。特に有効な手法としては重合成界面活性剤 を用いた光開始重合である。15,19,20 Gan らは重合成界面活性剤を用いた光重合により 作成される BME 由来の高分子材料が非常に細かい連続多孔を持つことを報告してい る。19 BME 構造に由来したソフトマテリアルの一つとして BME ゲルが報告されている。 15,21,22 BME ゲルにおいても速度論的な競争反応により固定化されるゲルの両連続構 造 が 決 定 さ れ る こ と が 走 査 型 電 子 顕 微 鏡 (SEM) 及 び 共 焦 点 レ ー ザ ー 顕 微 鏡 (CLSM) を用いた構造観察により知られている。15,21 しかしながら、BME ゲルの持つ特徴的な両連続構造を利用した特性に関しては今 まで報告がなかった。また、SEM 及び CLSM 観察はゲルのサブミクロンスケールの 解像度を持つ局所的な画像情報であり、相補的な構造情報を得る簡易な手法が提案さ れていなかった。そこで、本論文では、第 4 章で両連続構造に由来する特徴的な性質 をもつ高分子材料として BME 構造を鋳型とする熱応答性連続多孔性ゲルの作成し、 その膨潤特性に関して述べた。さらに、第 5 章では BME ゾル-ゲル溶液の相変化に由 来する両連続構造の変化に関し、電気化学的に評価した。BME ゲルは BME 溶液の 両連続構造を鋳型とした膨潤ゲルであり、潜在的に多くのゲル化剤を用いて、多様な ゲル材料作製が可能であると期待される。 1-5 本研究に関して 本研究は界面という不均一場を利用することで、高分子材料構造の多様性を高め、 その構造制御を行うことで、特異な構造を持つ高分子材料の開発を試みている。また、 その特異な構造を原料分子を始め、場所ごと、スケールごと、次元ごとに階層的に制 5 御することで、階層構造に基づく性質を発現する高分子材料の開発を目指した研究で ある。固-液、固-気または液-液界面を反応場とした新規高分子材料に関する研究を行 い、界面反応場における高分子材料の構造制御に関する知見を得て、界面を材料創成 の場として統合的に取り扱うことを目的とした。 第 2 章では Au(111)単結晶表面-溶液界面での Paddle-Wheel 型ルテニウム二核錯 体の二次元構造の電気化学制御と観察について述べた。第 3 章では平滑グラファイト 上でのカルボキシレート配位型の MOF ナノシートの二次元結晶化を検討した。第 4 章では BME 構造を鋳型とする連続多孔性ゲルの作成とその膨潤特性の評価を行った。 第 5 章では BME ゲルの相変化に由来する両連続構造の変化に関して、電気化学的に 評価した。第 6 章ではこれらの結果を総括として、高分子材料創成の反応場として、 界面を統合的に論じた。また、今後の展望について述べた。 Figure 1-1. 注目される主な界面現象と各章の関連 6 1-6 参考文献 1 (a) G. R. Desiraju, Nature, 2001, 412, 397-400; (b) A. G. Slater, P. H. Betonb and N. R. Champness, Chem. Sci., 2011, 2, 1440-1448; (c) J. A. Theobald, N. S. Oxtoby, M. A. Phillips, N. R. Champness and P. H. Beton, Nature, 2003, 424, 1029-1031; (d) K. S. Mali, J. Adisoejoso, E. Ghijsens, I. De Cat and S. De Feyter, Acc. Chem. Res., 2012, 45, 1309-1320; (e) S. Uemura, M. Aono, T. Komatsu and M. Kunitake, Langmuir, 2011, 27, 1336-1340; (f) Y. Ishikawa, A. Ohira, M. Sakata, C. Hirayama and M. Kunitake, Chem. Commun., 2002, 2652-2653. 2 (a) H. Liang, Y. He, Y. Ye, X. Xu, F. Cheng, W. Sun, X. Shao, Y. Wang, J. Li and K. Wu, Coord. Chem. Rev., 2009, 253, 2959-2979; (b) M. El Garah, J. M. MacLeod and F. Rosei, Surface Science, 2013, 613, 6-14. 3 (a) S. Noro, S. Kitagawa, M. Kondo and K. Seki, Angew. Chem. Int. Ed., 2000, 39, 2081-2084; (b) R. Kitaura, S. Kitagawa, Y. Kubota, T. C. Kobayashi, K. Kindo, Y. Mita, A. Matsuo, M. Kobayashi, H. Chang, T. C. Ozawa, M. Suzuki, M. Sakata and M. Takata, Science, 2002, 298, 238-241; (c) R. Matsuda, R. Kitaura, S. Kitagawa, Y. Kubota, R. V. Belosludov, T. C. Kobayashi, H. Sakamoto, T. Chiba, M. Takata, Y. Kawazoe and Y. Mita, Nature, 2005, 436, 238-241. 4 (a) M. Eddaoudi, D. B. Moler, H. Li, B. Chen, T. M. Reineke, M. O’keeffe and O. M. Yaghi, Acc. Chem. Res., 2001, 34, 319-330; (b) N. L. Rosi, J. Eckert, M. Eddaoudi, David T. Vodak, J. Kim, M. O’Keeffe and O. M. Yaghi, Science, 2003, 300, 1127-1129; (c) O. M. Yaghi, M. O’Keeffe, N. W. Ockwig, H. K. Chae, M. Eddaoudi and J. Kim, Nature, 2003, 423, 705-714; (d) H. Deng, C. J. Doonan, H. Furukawa, R. B. Ferreira, J. Towne, C. B. Knobler, B. Wang and O. M. Yaghi, Science, 2010, 327, 846-850. 5 (a) A. P. Côté, A. I. Benin, N. W. Ockwig, M. O’Keeffe, A. J. Matzger and O. M. Yaghi, Science, 2005, 310, 1166-1170; (b) H. M. El-Kaderi, J. R. Hunt, J. L. Mendoza-Cortes, A. P. Cote, R. E. Taylor, M. O’Keeffe and O. M. Yaghi, Science, 2007, 316, 268-272. 7 6 (a) J. F. Dienstmaier, A. M. Gigler, A. J. Goetz, P. Knochel, T. Bein, A. Lyapin, S. Reichlmaier, W. M. Heckl and M. Lackinger, ACS Nano, 2011, 5, 9737-9745; (b) C. Guan, D. Wang and L. Wan, Chem. Commun., 2012, 48, 2943-2945; (c) X. Liu, C. Guan, S. Ding, W. Wang, H. Yan, D. Wang and L. Wan, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, 10470-10474; (d) J. F. Dienstmaier, D. D. Medina, M. Dogru, P. Knochel, T. Bein, W. M. Heckl and M. Lackinger, ACS Nano, 2012, 6 7234-7242. 7 (a) R. Tanoue, R. Higuchi, K. Ikebe, S. Uemura, N. Kimizuka, A. Z. Stieg, J. K. Gimzewski and M. Kunitake, Langmuir, 2012, 28, 13844-13851; (b) R. Tanoue, R. Higuchi, N. Enoki, Y. Miyasato, S. Uemura, N. Kimizuka, A. Z. Stieg, J. K. Gimzewski, M. Kunitake, ACS Nano, 2011, 5, 3923-3929; (c) R. Tanoue, R. Higuchi, K. Ikebe, S. Uemura, N. Kimizuka, A. Z. Stieg, J. K. Gimzewski, M. Kunitake, J. Nanosci. Nanotechnol., 2013, In Press. 8 (a) W. Hatakeyama, T. J. Sanchez, M. D. Rowe, N. J. Serkova, M. W. Liberatore and S. G. Boyes, ACS Appl. Mater. Interfaces, 2011, 3, 1502-1510; (b) W. Shang, X. Kang, H. Ning, J. Zhang, X. Zhang, Z. Wu, G. Mo, X. Xing and B. Han, Langmuir, 2013, 29, 13168-13174 ; (c) A. Cadiau, C. D. S. Brites, P. M. F. J. Costa, R. A. S. Ferreira, J. Rocha, and L. D. Carlos, ACS Nano, 2013, 7, 7213-7218 9 (a) R. Ameloot, F. Vermoortele, W. Vanhove, M. B. J. roeffaers, B. F. Sels and D. E. De Vos, Nature Chemistry, 2011, 3, 382-387; (b) M. Pang, A. J. Cairns, Y. Liu, Y. Belmabkhout, H. C. Zeng and Mohamed Eddaoudi, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, 10234−10237. 10 P. Guégring and B. Lindman, Langmuir, 1985, 1, 464-468. 11 T. Nishimi, Macromol. Symp., 2008, 270, 48-57. 12 (a) C. Fu, H. Zhou, D. Xie, L. Sun, Y. Yin, J. Chen and Y. Kuang, Colloid Polym. Sci., 2010, 288, 1097-1103; (b) Z. Zhou, D. He, Y. Guo, Z. Cui, M. Wang, G. Li and R. Yang , Thin Solid Films, 2009, 517, 6767-6771; (c) B. Dong, J. Xu, L. 8 Zheng and J. Hou, J. Electroanal. Chem., 2009, 628, 60–66; (d) W. Shang, X. Kang, H. Ning, J. Zhang, X. 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Texter, Langmuir, 2013, 29, 12013. 9 第 2 章 Paddle-Wheel 型 Ru 二核錯体の二次元構造の制御と観察 2-1 2-1-1 緒言 平滑基板上における自己組織化構造の構築に関する研究と応用 機能性分子の二次元超分子自己組織化は次世代の分子エレクトロニクスデバイス が作成可能な手法として注目されている 1-4。多重レドックス分子の設計、分子間相互 作用、配列分子-固体基板の相互作用の制御は二次元ナノ構造作成や配列構造の制御 に極めて重要である 5-7。例えば、double-/triple decker 型の遷移金属ポルフィリンや フタロシアニンでは表面における分子配向、スイッチング、磁気特性などに関して特 に研究が盛んである 8-13。 2-1-2 混合原子化錯体 ポルフィリン、フタロシアニン誘導体に対して、一次元ハロゲン架橋混合原子化錯 体などの混合原子化錯体は特異な酸化還元状態やスピンに由来する新規な電子的、磁 気的、光学的特性を持つため多様な領域で注目されている。 14-16 Highly ordered pyrolytic graphite (HOPG) 上のハロゲン架橋二核ルテニウム錯体より形成される糸 状の一次元ポリマーが走査型トンネル顕微鏡 (STM) または走査型原子間力顕微鏡 (AFM) を用いて観察されている。 17,18 混合原子化錯体は quantum-dot cellular automata (QCA) cell などの分子コンピュータシステムなどに応用性する材料として 注目されており 19-24、ナノサイズの領域で読み書きできるという QCA cell のコンセ プトに基づいて Fe-Ru 二核錯体が研究されている。22,23 チオール誘導体のリンカー を用いて Au 表面に固定化され、電気化学的に安定な酸化還元波を示すことが証明さ れているが 23、錯体の酸化還元状態は帰属されていない。ヘテロ二核錯体が表面に対 して水平方向に配列すると電子情報密度が減少するため、水平方向の配列構造は検討 されていない。一方で、2 つのルテニウム原子が垂直方向にスタックしている Paddle-Wheel 型ルテニウム二核錯体は RuII/RuII 及び RuII/RuIII-X ( X=ハロゲン) の 異なる電子状態をとる混合原子化錯体であり、二核部位の高さが低いので、高密度な 分子メモリーとして理想的な分子の一つあると考えられる。さらに混合原子化構造の 10 変化がアキシャル配位のハロゲンの脱離と同時に起こると考えられるので、STM に よる二次元構造の電子状態の観察が有効であると期待される。Paddle-Wheel 型ルテ ニウム二核錯体の二次元自己組織化構造に関する単分子レベルの酸化還元状態の観 察によって、重要な知見が得られると考えられる。 2-2 実験 2-2-1 試薬 本章で用いた試薬を Table 2-1 に示した。Paddle-Wheel 型ルテニウム二核錯体は すべて九州大学工学府君塚研究室より提供して頂いた。合成方法は論文を参考にされ たい。37 各錯体は中心部位の Ru-Ru-Cl 構造は共通であるが、側鎖のカルボキシレー ト配位子が異なる。他の試薬は特別な精製せずに用いた。 Table 2-1 Materials Product Purity or source Grade Kanto 60%, Chemical Ultrapure Sodium hydroxide (KOH) Nakalai 97% Methanol Nakalai 99% Materials Perchloric acid (HClO4) Tetrakis{-[(E)-2-phenylethenylcarbonyloxy]} -diruthenium chloride (Ru complex 1) Tetrakis{ -[(E)-2-(4-naphthyl)ethenylcarbonyloxy]} -diruthenium chloride (Ru complex 2) Tetrakis{ -[(E)-2-(9-anthryl)ethenylcarbonyloxy]} -diruthenium chloride (Ru complex 3) Tetrakis[-(phenyl carbonyloxy)]diruthenium chloride (Ru complex 4) 11 - - - - Tanaka Pt wire Kikinzoku Tanaka Au wire Kikinzoku W wire Nilaco 99.99% 99.999% 99.9% Chart 2-1. Chemical structures of chloride-coordinated paddle-wheel diruthenium complexes vinyl Ph 1, vinyl Np 2, vinyl Anth 3 and Ph 4. 2-2-2 Au(111) 及びルテニウム二核錯体修飾電極の作成 Au(111) 単結晶電極は Clavilier らの手法を用いて作成した。25 Au wire を水素炎 中で加熱溶融し金属単結晶を作成する手法である。Paddle-Wheel 型ルテニウム二核 錯体 (RuII/RuIIICl 錯体) 修飾電極は~10M RuII/RuIIICl 錯体のメタノール溶液中 へ、アニール清浄化した Au(111)電極を 10 s ~10 min 浸漬することにより作成した。 2-2-3 電気化学測定 電気化学測定は 0.1 M HClO4 aq.中で、室温の 20-25°C において ALS/HCH model 650C electrochemical analyzer を用いて測定した。サイクリックボルタンメトリ(CV) 測定において、カウンター電極として Pr wite、参照電極として可逆水素電極 (RHE) を用いた。 12 2-2-4 電気化学走査型トンネル顕微鏡 (EC-STM) 測定 電気化学走査型トンネル顕微鏡 (EC-STM) 観察測定は 0.1 M HClO4 aq.中で、 Nanoscope E system (Digital Instruments, Santa Barbara) を用いて行った。1 M KOH aq. 中で電解研磨したタングステンチップを探針として用いた。電解質溶液中 におけるファラデー電流を低減するためにマニキュア液を用いて、チップをコーティ ングした。STM 像は high-resolution scanner (HD-0.5I) を用いて、constant-current mode で測定した。EC-STM における電位は RHE 基準で示した。 2-3 Paddle-Wheel 型ルテニウム二核錯体の電化学的挙動 Figure 2-1 に 0.1 M HClO4 aq.中における RuII/RuIIICl 錯体 1, 2, 3 修飾 Au(111) 電極の典型的なサイクリックボルタモグラム (CV) を示した。測定電位範囲は 0.1-0.75 V vs. RHE とした。RuII/RuIIICl 錯体 1 場合、0.32 V にレドックス対が観察 された。ピーク電流値は電位掃引速度に比例しており、このことは錯体 1 が Au(111) 上に吸着していることを示す。20 mV・s-1 における錯体 1 のボルタモグラム (Figure 2-1a) の積分値より電子電荷の移動量を算出したところ、平均値は 1.12 10-5 C・cm-2 であった。この値より、表面分子濃度は 1.16 10-10 mol・cm-2 (約 0.7 個・nm-2) とな り、錯体 1 修飾 Au(111)電極への 1 電子移動反応が起こっていると考えられる。 Collman らのグループは 0.5 M HClO4 / 0.5M NH4PF6 中における Ruthenium tetraphenylporphyrin (RuTPP)-修飾 SAM 電極の RuII/RuIII 酸化還元反応が~0 V vs. SCE で起こると報告している。26 よって、RuTPP-修飾 SAM 電極と同様に錯体 1 修飾 Au(111)電極のレドックス対も RuII/RuIII 間の酸化還元反応であると考えられる。 つまり、錯体 1 は RuII/RuIII から RuII/RuII へ還元されていると考えられる。 さらに、錯体 2 及び錯体 3 修飾電極も同様の手順で電気化学測定を行った。ピー ク分離は~100 mV であり、錯体 1 修飾 Au(111)電極とほとんど変わらなかった。しか し、より速い電位掃引速度である 10 V・s-1 で CV 測定を行うと末端の芳香族環に依存 して、各錯体間で明らかに異なる応答が見られた (Figure 2-1)。錯体 1 修飾 Au(111) 電極の場合は 20 mV・s-1 のボルタモグラムと比べると、より広いピーク分離 (~150 mV) を持ち、わずかに少ない電気量を持つボルタモグラムが得られた。一方で、錯 13 体 2 及び 3 修飾 Au(111)電極の電位掃引速度 10V・s-1 のボルタモグラムでは掃引速度 20 mV・s-1 とほぼ等しいピーク分離を有するボルタモグラムであった。これは錯体 2 及び 3 と Au(111)間のより速い電子移動反応を示している。掃引速度 10V・s-1 におけ る CV の還元ピークより算出したピーク分離と電気量の値を Table 2-2 に示した。こ の結果は 3 種の RuII/RuIIICl 錯体と Au(111)表面と相互作用の違いを示している。 Figure 2-1. Cyclic voltammograms of RuII/RuIIICl complex 1- (red line), 2(blue line), and 3- (black line) modified Au(111) electrodes recorded at scan rates of (a) 20 mV・s-1 and (b) 10 V s−1, both in 0.1 M HClO4. Table 2-2. Electronic Charge Consumed during the Cathodic Scan and Peak Separation Obtained at 10 V・s−1 1 2 3 QC / C 0.85 0.10 0.35 0.05 0.12 0.02 E / mV 150 5 85 5 95 5 14 2-4 ビニル-フェニル末端を持つ Paddle-Wheel 型ルテニウム二核錯体の二次元構造 制御 2-4-1 基板電位制御による規則構造の構築 Au(111)上の各 RuII/RuIIICl 錯体の吸着膜を評価するために 0.1 M HClO4 aq.中に おいて、EC-STM 測定を行った。 Figure 2-2. Potential-dependent STM images of Au(111) adlayer 1 obtained at (a) 0.80 V, (b) 0.55 V, and (c) 0.15 V versus RHE in 0.1 M HClO4. Tip potential and tunneling currents were (a) 0.22 V versus RHE and 0.14 nA, (b) 0.20 V versus RHE and 0.13 nA, and (c) 0.35 V versus RHE and 0.25 nA. High-resolution STM images of adlayer 1 obtained at (d) 0.15 and (e) 0.75 V (increased stepwise from 0.15 V). Tip potential and tunneling currents were (d) 0.35 V versus RHE and 0.25 nA and (e) 0.42 V versus RHE and 0.30 nA. A proposed structural model of Au(111) adlayer 1 observed at (f) 0.15 V versus RHE. Figure 2-2 に Au(111)における錯体 1 吸着膜の STM 像の測定電位依存性を示した。 開回路電位 (open circuit potential, OCP) または 0.80 V 付近においてはテラス上に 15 凝集を伴う不規則構造のみが観察された (Figure 2-2a)。 さらに基板電位を 0.55 V まで低下させると、テラス上に部分的に配向した構造が 観察された。注意深く観察するとこれらの小さな配向した錯体 1 吸着膜の構造は 4-6 nm の幅を持つベルト型の配列構造を形成していた(Figure 2-2b)。ベルト型の配列の 幅は Au(111)表面のリコンストラクション構造の幅と一致しており、ベルト型の配列 はリコンストラクション構造に沿って形成されていると考えられる。一般的には、電 解質溶液中における電位制御に誘起される Au(111)表面のリコンストラクションは不 連続、不規則な列構造となり 27、ヘリンボーン型のリコンストラクション構造は規則 的ではない 28。これは錯体 1 吸着膜中で見られる Au(111)リコンストラクションも同 様である。錯体 1 同様にリコンストラクション構造を持つ Au(111)上における分子集 合体としては 0.1 M HClO4 aq.における copper(II) phthalocyanine (CuPc)29 や cobalt(II) “picketfence” porphyrin30 などが存在することが知られている。これらの 配向構造は錯体 1 の酸化還元電位よりも正電位側で形成し始めると考えられる。つま り、基板の電位制御によって錯体 1 分子と Au(111)表面との相互作用を調節でき、配 列構造が形成できたと考えられる。特に、錯体 1 分子は Au(111)のリコンストラクシ ョン上へ好んで配置していると考えられる。 0.15 V などのより負電位側への基板電位制御を行うと配列ドメインの増加が観察 された (Figure 2-2c)。約 50×50 nm2 の範囲においてもドメイン構造が観察された。 Figure 2-2d に錯体 1 吸着膜中の高配向構造の拡大 STM 像を示した。このドメイン 中には四角形に配向した錯体 1 分子が明瞭に観察された。各錯体 1 分子は中心が暗い 卵型の構造であった。STM で観察される分子形状はチップの形状やトンネル電流に 影響されるためいくらか解像度の異なる錯体 1 の吸着膜が観察された(Figure 2-3)。 Figure 2-2d に見られるように 2 つのビニルフェニル基が強調された明るい点として 観察されていると考えられる。負電位掃引の間に錯体 1 のクロライドが結合している RuII/RuIII 部位が還元されているならば中心の Ru2 イオンは Cl-イオンを失い、非配位 の RuII/RuII 状態が存在する。その結果、個々の錯体 1 分子の中央は暗点として観察 されたと考えられる。STM 像のクロスセクション形状より算出した近接する錯体 1 同士の分子間距離はおおよそ 1.3-1.4 nm であった。配向した錯体 1 の吸着格子を白 16 い四角で Figure 2-2d 中に示したが、この格子は分子間距離 1.35 nm の四角型の単位 格子として帰属される。この単位格子は Au(111)上に配向した CoII, CuII, and ZnII tetraphenyl porphyrin (CoTPP,31 CuTPP,31 and ZnTPP32) の二次元格子と類似して おり、錯体 1 及びこれらの Metal-TPP の分子のサイズも類似していると考えられる。 分子間距離より算出した格子定数に基づいて、錯体 1 の表面濃度は 9.1×10-11 mol・ cm-2 と推定される。この値は CV 測定の電気量より求めた表面濃度 (Figure 2-2a) と ほぼ一致している。一度負電位側で錯体 1 を配向させた後、再度正電位側の 0.75 V に基板電位を制御すると、配列した構造が観察されなくなり、再度非配列構造が観察 された (Figure 2-2e)。結果として、錯体 1 吸着膜の配列-非配列構造の相変化は RuII/RuIII の酸化還元状態において、可逆であった。 錯体 1 に関して観察された分子パッキング配列構造は分子間のビニルフェニル基 同士の-相互作用に由来しており、配列構造形成のためにビニルフェニル基が重要 な役割を果たしていると考えられる (Figure 2-2f)。これは後述する末端にフェニル 基のみを持つ錯体 4 との比較によって明らかになった。 2-4-2 混合原子化基板電における規則構造の観察および酸化還元状態の推定 基板電位を 0.15 V 以上に増加させ 0.22 V で保持した状態における高解像度 STM 像を注意深く観察すると、中央のスポットの明るさが異なる状態で個々の錯体 1 分子 が観察された。Figure 2-3a-c に同じ測定範囲で連続して観察した STM 像の時間依存 性を示した。これらの STM 像中では錯体 1 分子の中央のスポットが輝点または暗点 として観察された。挿入図として拡大 STM 像を示したが、図中の各錯体 1 分子は明 確な四つ葉型分子として観察されている。Figure 2-1a の CV から分かるように、こ の電位領域では RuII/RuIII 及び RuII/RuII の酸化還元状態が共存することができると考 えられる。Figure 2-3a の赤矢印に沿ったクロスセクションより、平均振幅高さの差 は 0.4 nm であった(Figure 2-3d)。Ikeda らによって、同じような平均振幅高さの差 が 2 種類の porphyrin 誘導体の存在する HOPG 上の共自己組織化膜中で観察されて いる。 33 こ れ は free-base porphyrin 誘 導 体 に 対 す る chloride- and pyridine-coordinated RhIII porphyrin 誘導体の平均振幅高さの差であり、porphyrin 17 誘導体の軸方向の chloride- and pyridine- 配位子の配位に由来すると報告されてい る。また、錯体 1 配向膜中における繰り返し構造中における平均振幅高さの差は分子 構造のフリップ-フロップ型の反転としても説明できるように思われる。近年、Wee らは超高真空 (Ultra-high Vacuum, UHV) 中において、Cl 配位子を下にして金属表 面と吸着している Cl-coordinated Al-phthalocyanine (AlPc) 分子が印加バイアス電 圧を+3.3 V から-2.6 V へ変化させると分子のフリップ-フロップによって、基板に対 する分子配向が変化し、Cl 配位子が上を向いた配向を持つ分子が STM 像において異 なるコントラストを示すことを報告している。34 また、Berndt らは UHV における 高バイアス電圧条件下における STM 測定によって、ピラー配位子を持たない SnPc 分子の STM 観察を報告している。SnPc 分子では Sn イオン部位が Pc 環の片面に局 在化しているが、Sn 中心部位が基板に接するかどうかで、電子のプッシュ-プルによ り、分子中心のコントラストが変化することを示している。どちらの場合においても、 STM 像中における Pc 環の金属中心部位のコントラストが UHV 中の高バイアス条件 下で観察されている。一方で、本研究では STM 像は電解質溶液中の低バイアス (~0.15 V) 条件下で観察している。電解質溶液中では高バイアスを印加すると電解質 溶液中の水分子の分解が起こることより、高バイアスを印加することができない。よ って、STM 像中における錯体 1 中心部位のコントラストの差が、基板に対する錯体 1 の配向の違いに由来するものではなく、Cl-イオンの交換によるものであると帰属さ れる。 Figure 2-3b に示したように Figure2-3a の 1 min 後に観察した STM 像では明瞭な 変化が観察された。青矢印で示した錯体 1 の分子列においては際立って中心輝点が減 少した。さらに 4 min 後の STM 像では中心輝点数が再増加した (Figure 2-3c)。 Figure 2-3a-c の白点線で囲った分子に注目すると時間変化に伴う分子中心のコント ラスト変化が明確に確認できる。STM 像スキャンの間に二次元吸着膜中の Cl-イオン が交換されることは Cl-イオンが基板電位制御された Ru 二核錯体部分と弱い相互作 用を持つことを示している (Figure 2-3e)。 この電位においては、Cl-イオンの交換によって、錯体 1 は酸化状態と還元状態の 間で平衡に達していると考えられる。これらの測定結果より、錯体 1 分子は輝点を持 18 つ Cl-イオンが配位した RuII/RuIII 状態及び暗点を持つ Cl-イオンが配位していない RuII/RuII 状態に相当する分子が同時に存在していると同定できる。これら 2 種類の酸 化還元状態が共存することは錯体 1 の高配向膜中において、 RuII/RuIII 状態と RuII/RuII 状態の錯体間での速い電子交換に由来すると考えられる。類似の時間依存性 を持つ交換反応が Au(100)のリコンストラクション上における O2 がトラップされた Co(II)“picket-fence” porphyrin のナノベルト型規則構造中で報告されている。30 錯 体 1 が RuII/RuIIICl 状態で安定である基板電位において、ハロゲン架橋された一次元 ポリマー構造が観察されなかったことは注目すべき点である。錯体 1 の酸化還元電位 よりさらに負の電位では四角形の格子を持つ吸着膜として RuII/RuII 状態の錯体 1 分 子が配向していたが、Cl-イオンが放出されているためにハロゲン架橋一次元構造は形 成するとは出来ないと考えられる。RuII/RuIIICl 状態である錯体 1 の高配向膜が OCP から 0.60 V の基板電位範囲で安定に形成できるとするとハロゲン架橋を介した三次 元構造が Au(111)上において形成できると期待される。 19 Figure 2-3. Time-dependent STM images (15 × 15 nm2) of Au(111) adlayer 1 obtained at 0.22 V versus RHE in 0.1 M HClO4. Tip potential and tunneling currents were 0.42 V versus RHE and 0.30 nA. STM images b and c were taken 1 and 5 min, respectively, after image a was recorded. A close-up view is shown at the right side of image c (inset). A cross-sectional profile of a molecular row along the red arrow (d). Models of Cl coordination and noncoordination during the redox process of complex 1 in the highly ordered Au(111) adlayer (e). 2-5 フェニル末端を持つ Paddle-Wheel 型ルテニウム二核錯体の二次元構造制御 錯体 1 のビニルフェニル基の代わりにフェニル基を持つ RuII/RuIIICl 錯体である錯 体 4 に関しても同様に EC-STM を用いて吸着膜構造を評価した。しかし、錯体 1 を 観察したどの電位においてもテラス上に配列構造が形成されなかった (Figure 2-4)。 これはビニル架橋部位が RuII/RuIIICl 錯体の高配向な表面構造を構築するために必要 であることを示唆している。ビニル架橋部位は分子間距離に影響し、結果として、錯 体 1 と Au(111)表面の相互作用を調節する重要な働きをしていると考えられる。錯体 1 に関して観察された分子がパッキングされた配列構造は分子間のビニルフェニル基 同士の-相互作用に由来していると考えられる (Figure 2-2f)。 20 Figure 2-4. Potential-dependent STM images (50 × 50 nm2) of Au(111) adlayer 4 obtained at (a) 0.75 V and (b) 0.24 V vs. RHE in 0.1 M HClO4. Tip potential and tunneling currents were 0.42 V vs. RHE and (a) 0.30 nA and (b) 0.25 nA, respectively. 2-6 ビニル-ナフチル/アントラセニル末端を持つ Paddle-Wheel 型ルテニウム二核錯 体の二次元構造制御 RuII/RuIIICl 錯体の高配向膜形成に関するビニル基以外の末端ベンゼン環の影響 を調査するために錯体 1 のベンゼン環より拡張された芳香環であるナフタレン環及 びアントラセン環を持つ錯体 2 及び錯体 3 に関しても同様に Au(111)上における吸着 膜の構造を評価した。 錯体 2 では OCP に近い基板電位においても錯体 1 と類似した配向構造が観察され た。Figure 2-5a は 0.80 V において得られた錯体 2 吸着膜の典型的な STM 像を示し ており、テラス上に配向したドメイン構造が観察された。基板電位を 0.15 V に減少 させても高配向構造が観察された (Figure 2-5b)。この錯体 2 吸着膜の配列構造は錯 体 1 の配列構造に一致していたが、結晶ドメインサイズは錯体 1 よりも小さかった。 これは錯体 2 と Au(111)基板の相互作用が錯体 1 と基板の相互作用よりもわずかに強 いことを示している。わずかに強い相互作用により、錯体 2 では基板表面での分子拡 散性が錯体 1 より低く、その結果大きなドメイン成長が抑制されていると考えられる。 配列構造を形成した錯体 1 及び 2 に対して、錯体 3 においては基板電位を OCP 及び より負電位側の 0.15 V に制御しても規則構造は観察されなかった (Figure 2-5c and d)。STM 像では錯体 3 分子は輝点として観察されているが、これは錯体分子と Au(111) 21 基板表面との強い相互作用に由来していると考えられる。強すぎる吸着によって、錯 体分子 3 の表面拡散は阻害されており、結果として配向構造を形成できなかったと 考えられる。 Figure 2-5. Potential-dependent STM images (50×50 nm2) of Au(111) adlayer 2 (a,b) and Au(111) adlayer 3 (c,d) in 0.1 M HClO4 obtained at (a) 0.80, (b) 0.15, (c) 0.70, and (d) 0.15 V versus RHE. The tip potentials and the tunneling currents for each panel were (a) 0.42 V and 0.25 nA, (b) 0.34 V and 0.65 nA, and (c,d) 0.43 V and 0.35 nA. 2-7 結語 本章では Au(111)基板上において、混合原子価を持つ Paddle-Wheel 型ルテニウム 二核錯体の高配向構造が錯体末端官能基と基板の電位制御に依存していることを示 した。EC-STM 観察において、異なる酸化還元状態である RuII/RuII と RuII/RuIII を 単分子レベルで視覚的に区別できた。また、RuII/RuII と RuII/RuIII が共存する基板電 位領域においてアキシャル Cl-イオンは分子間で交換されていることを明らかにした。 Paddle-Wheel 型ルテニウム二核錯体の高配向構造が安定な QCA cell などの分子メ モリーの開発に応用できる期待される。 22 2-8 参考文献 1 J.Jortner and M. A. Ratner, Molecular Electronics; Blackwell Science Oxford, U.K., 1997. 2 C. Joachim, J. K. Gimzewski, and A. Aviram, Nature, 2000, 408, 541−548. 3 J. M. Tour, Acc. Chem. Res., 2000, 33, 791−804. 4 J. V. Barth, G. Costantini and K. Kern, Nature, 2005, 437, 671−679. 5 T. Kudernac, S. Lei, J. A. A. W. Elemans and S. 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Yoshioka and M. Honda, Coord. Chem. Rev., 2006, 250, 2194−2211. 16 R. Kuwahara, S. Fujikawa, K. Kuroiwa and N. Kimizuka, J. Am. Chem. Soc., 23 2012, 134, 1192−1199. 17 D. Olea, R. Torres, J. on alez-Prieto, J. L. Priego, M. C. Barral, P. J. de Pablo, M. R. omez-Herrero, R. i anez-Aparicio and F. Zamora, Chem. Commun., 2007, 1591−1593. 18 L. Welte, R. on alez-Prieto, D. Olea, M. R. Torres, J. L. Priego, R. i enez-Aparicio, J. omez-Herrero, and F. Zamora, ACS Nano, 2008, 2, 2051−2056. 19 S. B. Braun-Sand and O. J. Wiest, Phys. Chem. A, 2003, 107, 285−291. 20 S. B. Braun-Sand and O. J. Wiest, Phys. Chem. B, 2003, 107, 9624−9628. 21 H. Qi, A. Gupta, B. C. Noll, G. L. Snider, Y. Lu, C. Lent and T. P. Fehlner, J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 15218−15227. 22 Z.-H. Li, A. M. Beatty and T. P. Fehlner, Inorg. Chem., 2003, 42, 5707−5714. 23 Z.-H. Li and T. P. Fehlner, Inorg. Chem., 2003, 42, 5715−5721. 24 S. Guo and S. A. Kandel, J. Phys. Chem. Lett., 2010, 1, 420−424. 25 J. Clavilier, R. Faure, G. Guinet and R. Durand, J. Electroanal. Chem., 1980, 107, 205−209. 26 T. A. Eberspacher, J. P. Collman, C. E. D. Chidsey, D. L. Donohue and H. Van Ryswyk, Langmuir, 2003, 19, 3814−3821. 27 S. Yoshimoto, E. Tsutsumi, R. Narita, Y. Murata, M. Murata, K. Fujiwara, K. Komatsu, O. Ito and K. Itaya, J. Am. Chem. Soc., 2007, 129, 4366−4376. 28 J. V. Barth, H. Brune, G. Ertl and R. Behm, J. Phys. Rev. B, 1990, 42, 9307−9318. 29 S. Yoshimoto, A. Tada, K. Suto and K. Itaya, J. Phys. Chem. B, 2003, 107, 5836−5843. 30 S. Yoshimoto, K. Sato, S. Sugawara, Y. Chen, O. Ito, T. Sawaguchi, O. Niwa and K. Itaya, Langmuir, 2007, 23, 809−816. 31 S. Yoshimoto, A. Tada, K. Suto, R. Narita and K. Itaya, Langmuir, 2003, 19, 672−677. 24 32 S. Yoshimoto, E. Tsutsumi, K. Suto, Y. Honda and K. Itaya, Chem. Phys., 2005, 319, 147−158. 33 T. Ikeda, M. Asakawa, M. Goto, K. Miyake, T. Ishida and T. Shimizu, Langmuir, 2004, 20, 5454−5459. 34 H. Huang, S.-L. Wong, J. Sun, W. Chen and A. T. S. Wee, ACS Nano, 2012, 6, 2774−2778. 35 Y. Wang, J. Kroger, R. Berndt and W. Hofer, Angew. Chem. Int. Ed., 2009, 48, 1261−1265. 36 Y. Wang, J. Kroger, R. Berndt and W. A. Hofer, J. Am. Chem. Soc., 2009, 131, 3639−3643. 37 S. Yoshimoto, K. Sakata, R. Kuwahara, K. Kuroiwa, N. Kimizuka and M. Kunitake, J. Phys. Chem. C, 2012, 116, 17729−17733. 25 第 3 章 酢酸蒸気処理による Metal organic framework (MOF) ナノシートの作成 3-1 3-1-1 緒言 Metal organic framework (有機金属構造体、MOF) 有 機 金 属 構 造 体 (Metal organic framework, MOF) ま た は 多 孔 性 配 位 高 分 子 (Porous coordination polymer, PCP)はここ 10 年間で最も注目を集めている材料の一 つである。1,2 MOF は配位方向が規定された金属イオンまたは金属酸化物等から構成 されるクラスターと他座型の剛直な架橋有機配位子間での錯形成反応によって得ら れる周期性の高い結晶性化合物である。規則的なフレームワーク構造、明確に設計さ れたナノ多孔構造、比表面積が大きい、ビルディングブロック選択性に基づく結晶構 造設計の多様性等により、分子貯蔵(吸蔵)1-3、分子分離 4、光学デバイス 5,8c、触媒 4,6 など多くの応用性が検討されている。 MOF の研究では多くの研究グループは新規ビルディングブロックの利用、サイズ・ 次元・密度などの多孔性の制御や結晶そのものの機能化などの点からマイクロ-ミリ サイズのバルク結晶や粉末などとして得られる新規 MOF 結晶の作成に重点を置いて きた。1-6 また、近年、有機分子の共有結合のみで形成される類似の多孔性材料であ る covalent organic framework (COF) に関する研究も盛んに行われている。7 3-1-2 Surface mounted MOF (SURMOF) 構築に関する研究 MOF、COF は通常、熱溶媒合成により結晶性粉末として得られるが、応用性を高 めるためにナノ/ミクロサイズの粒子 8、カプセル 9 や薄膜 10-13,16 などとして MOF 結 晶の集合形態を制御した研究が行われている。基板上に薄膜 MOF が直接作成される か、MOF 薄膜作製後に基板に積層させることで得られる基板上に集積したナノから ミクロスケールの MOF 薄膜(surface mounted MOF, SURMOF)に関する研究がいく つ か の グ ル ー プ よ り 報 告 さ れ て い る 。 layer-by-layer10, Langmuir-Blodgett layer-by-layer (LB-LBL)11,12 または電気化学的手法 13 によって作成された SURMOF が報告されている。 北川らは LB-LBL 法によって Cu-H2TCPP11a and Cu-CoTCPP11b SURMOF を作 26 成し、その基板表面における結晶性を in plane 及び out of plane の両方向の結晶性を 調査しており、規則的に MOF が積層されていることを報告している。また、近年で は MOF ナノ結晶の懸濁液よりナノからセンチサイズの MOF シートを容易に作成す る手法 11c を報告しており、さらに懸濁液より作成された SURMOF のプロトン伝導 性 11d に関して報告している。 また、化学反応平衡を利用してナノスケールの COF の二次元超薄膜が直接表面上 に作成されている。欠陥の少ない構造 COF を得るために、COF 形成-COF 分解反応 の動的平衡が COF 形成反応の副生成物である水を気体 14 または液体 15 として、反応 系内に共存させることによって制御されている。 本章では反応平衡を利用して、5,10,15,20-tetrakis(4-carboxyphenyl) porphyrin (H2TCPP) 及び Cu2(OOCH3)4・2H2O から成る Cu-H2TCPP MOF ナノシートの新規 成法に関して述べる。Cu-H2TCPP はカルボキシレート配位子により基形成される MOF であり、H2TCPP の平面性に由来した異方性の高い二次元構造を持ち、 SURMOF として、その結晶構造が報告され比較検討が容易であり、H2TCPP の特異 な UV 吸収や分子構造により SURMOF 作成評価が比較的容易に行えるとから使用し ている。 3-2 3-2-1 実験 試薬 本章で用いた試薬を Table 5-1 に示した。全ての試薬は精製せずに用いた。 Table 3-1 Materials Purity or Materials Product source Ethanol J. alco 99 % Acetate acid Wako 95.0% Nakalai 99% 5,10,15,20-Tetrakis(4-carboxyphenyl)porphyrin (H2TCPP) 27 Grade Copper(II) acetate monohydrate Wako 98% tectra GmbH ZYB (Cu2(OOCH3)4・2H2O) Highly ordered pyrolytic graphite (HOPG, 12 x 12 x 1.7 mm3) HO O H O H O O Cu O O Cu O O O NH N OH O O HO N HN O O H H O OH Cu2(COOCH3)4・2H2O H2TCPP Chemical reaction O Cu O O Cu O + O O Cu O HO O Cu O + CH3COOH Scheme 3-1. Building blocks and ligand exchange reaction of MOF nanosheet 3-2-2 MOF ナノシートの作成 エタノール 5 mL に H2TCPP または Cu2(OOCH3)4・2H2O を 5 mol 溶解させ、2 種類の 1mM 母液を作成した。さらに、エタノール 4.9 mL に各母液を 0.05 mL ずつ 加え、0.01 mM H2TCPP/0.01mM Cu2(OOCH3)4・2H2O である precursor MOF 溶液 を作成した。剥離清浄化した Highly ordered pyrolytic graphite (HOPG) 基板表面上 に precursor MOF 溶液を 2000 rpm でスピンコートした。 自然乾燥させたスピンコートサンプル及び AcOH を手製の固定器具またはガラス サ ン プ ル チ ュ ー ブ を 用 い て 互 い に 接 触 さ せ な い よ う に オ ー ト ク レ ー ブ (OM LAB-TECH Co., Ltd., 50mL or Catalyst screening container HIP-7506, Tokyo Rikakikai Co., Ltd.) 中に挿入した。50mL のオートクレーブ容積に対し、50 L の AcOH を用いた。その後、125-130°C で 2h、オートクレーブ中でサンプルを処理し 28 た。処理直後直ぐに、オートクレーブ中のガスをリークし、室温まで冷却させた。こ のサンプルを加熱 AcOH 蒸気処理サンプルとして、表面構造を評価した。熱処理温度 は酢酸の沸点(約 118°C)以上とし、AcOH が気体になる条件に設定した。 また、対照実験として、AcOH の代わりに同体積の水を用いたサンプル及び AcOH・水を加えないサンプルを作成した。また、室温で AcOH 処理を行う場合はね じ式のテフロンサンプル瓶を用いた。オートクレーブ中と同様の AcOH/サンプル瓶 容積比となるように共存させる AcOH 量を決め、サンプルを作成した。 3-2-3 走査型原子力間顕微鏡(AFM)観察 走査型原子力間顕微鏡(AFM)観察は NanoScope IIIa (Digital Instruments, Inc.) equipped with an E scanner in tapping mode 及び Agilent 5500 AFM/SPM in AAC (Acoustic ac) mode を用いて、大気中で行った。凹凸像(topographic images)は NanoScope IIIa 及び Agilent 5500 AFM/SPM で測定し、位相像(phase images) は Agilent 5500 AFM/SPM で測定した。また AFM チップとしてカンチレバーは市販の シリコン製カンチレバーを用いた (e.g., Veeco Instruments, MPP-11100, resonance frequency ≈ 300 kHz, and spring constant ≈ 40 N/m)。 3-3 3-3-1 酢酸蒸気処理による MOF 前駆体の結晶化促進 酢酸蒸気処理による MOF ナノシートの作成 MOF precursor 溶液 100L をスピンコートしたサンプル及びその後、各条件で加 熱処理したサンプルの表面構造を比較検討した。加熱処理に関しては、熱処理のみ行 ったサンプル、水蒸気下で熱処理を行ったサンプル、AcOH 蒸気下で熱処理を行った サンプルに関して検討した。目視観察では、MOF precursor 溶液をスピンコートし たサンプル及び各熱処理を行ったサンプルは HOPG 表面と同じであり、また、UV や IR などのスペクトルは得ることができなかった。これは、本スピンコート条件で は MOF precursor の量が一分子層程度と非常に少なく、装置の測定限界以下である ためであると考えられる。 29 各サンプルの表面構造を評価するために AFM 測定を行い、Figure 3-1 に各サンプ ルの典型的な topo 像を示した。 (f) (e) Figure 3-1. Topological AFM images of (a) spin coated precursor MOF and followed thearmal treated samples at 125°C for 2hs. (b) only thearmal treated, (c) thearmal with water vapor or (d) thermal with AcOH vapor treated. The cross section profiles in d blue line (e) and red line (f). 各サンプルを比較すると明確に異なる表面形態が観察された。特に加熱 AcOH 蒸 気処理においては最も大きな MOF ナノシート構造が得られた。precursor MOF 溶液 をスピンコートしたサンプルでは 20-100 nm の凝集した構造体が主に観察され、ナ ノシート構造はほとんど観察されなかった (Figure3-1a)。SURMOF や MOF コロイ ドなどの形状が厳密に制御された MOF 結晶以外の MOF バルク結晶は熱溶媒合成に 合成されていることが多いが 1-6、precursor MOF では気-液界面や固体基板表面の SAM 膜などをテンプレートとして用いておらず、また、加熱溶媒などでの結晶化促 進も行っていないので、凝集体の多くはアモルファル構造であると考えられる。実際 30 に 10 倍濃度の precursor MOF 溶液からは沈殿が形成されることを確認したが、粉末 の X 線回折 (XRD) を測定すると非常に結晶性が低かった(Figure 3-2)。Figure 3-1b に示したように、蒸気を用いずに加熱処理のみを行ったサンプルの表面形態は Figure 3-2. Powder XRD spectra of H2TCPP (red), Cu2(COOCH3)4・2H2O (blue) and precursor MOF (green). precursor MOF と基本的に同じであり、多くの凝集体が観察された。北川らによる in-situ PXRD 測定に基づく分解温度評価によると、MOFLB-LBL 法によって作成し、 40 サイクル気-液界面を写し取った Cu2(OOCH3)4・2H2O 及び H2TPPC より形成され る Cu-H2TCPP SURMOF は 240°C で分解しすることが報告されている。11a よって、 125-130°C の熱処理条件では一度形成した配位結合は変化しないので、結晶性が変化 せず、結果として凝集体が観察されたと考えられる。 加熱 AcOH 蒸気及び加熱水蒸気処理を行ったサンプルの AFM 像においては明らか に precursor MOF とは異なるナノシート構造が観察された。しかし、AcOH 蒸気処 理及び水蒸気処理で観察されたナノシート構造にはシートサイズ、形態の観点より明 確な違いが表れた(Figure 3-1c, d)。加熱 AcOH 蒸気処理ではナノシートが 50-400 mn 以上に成長しており(Figure 3-1d)、一部のナノシートでは多数の結晶核より成長した ドメイン同士が融合し、多結晶化(合生)していると考えられる構造も観察された (Figure 3-2a)。クロスセクションより得られたナノシートの厚さは 0.8±0.05 nm で 31 あった(Figure 3-1e)。北川らのグループは Cu-H2TCPP MOF 一層の厚さは二核 Cu 架 橋 部 位 の 両 側 に 水 分 子 が 配 位 し て い る 状 態 で は ~0.76 nm で あ る こ と を 11a よって、 Synchrotron XRD profiles より示している。 加熱 AcOH 蒸気処理後に AFM topo 像において観察されたナノシート構造は Cu-H2TCPP SURMOF 一層に相当す ると考えられる。但し、MOF シート中の二核銅錯体部位に配位した水分子は酢酸分 子に置換されている可能性がある。これは Cu2(OOCH3)4・2H2O の結晶水が失われる 温度が 100°C ほどであることに由来する。また、Figure 3-1d の AFM 像中にはナノ シートではなく基板の HOPG に由来すると考えられるステップラインも観察された。 ナノシート及び HOPG のステップを跨ぐように AFM 像のクロスセクションプロフ ァイルを測定すると HOPG ステップの高さは 0.3~0.5 mn ほどであり、MOF ナノシ ートよりも低く、2 種類のステップの高さを明確に区別することが可能であった (Figure 3-1f)。 (a) (c) (d) (b) Figure 3-3 Topological AFM images of H2TCPP spin coat sample on HOPG before (a) and after (c) the thermal AcOH vapor treatment at 125°C in 2h. The cross section profiles in a (b) and c (d). AcOH 蒸気処理で得られたナノシートが H2TCPP 分子の配列構造でないことを 32 H2TCPP 単独及び Cu2(OOCH3)4・2H2O のスピンコートサンプルの加熱 AcOH 蒸気処 理前後の AFM 観察によって調査した。H2TCPP 単独のスピンコートサンプルは約 0.3 nm 厚さのシート構造を構築することが明らかとなり(Figure 3-3a and b)、この構 造は加熱 AcOH 蒸気処理によって~1.2 nm のランダムな高さの粒子構造へと変化し た(Figure 3-3 c and d)。これはスピンコートによって基板全体に撒かれた H2TCPP 分子が AcOH 蒸気雰囲気下に置かれることで表面拡散性が向上し、分子同士がスタ ックなどの分子間相互作用によって凝集した結果であると考えられる。 また、Cu2(OOCH3)4・2H2O 単独サンプルではスピンコートサンプルと加熱 AcOH 蒸気処理後ではランダムネットワーク構造を持つほとんど同じ形状を示した。高さは ~0.4 nm ほどであり、MOF ナノシートとは明確に異なる構造が観察された (Figure 3-4)。スピンコート時に溶媒が揮発することで、溶解しきれなくなった Cu2(OOCH3)4・ 2H2O が析出し、凝集した散逸構造であると考えられる。 (a) (c) (d) (b) Figure 3-4 Topological AFM images of Cu2(OOCH3)4 ・ 2H2O spin coat sample on HOPG before (a) and after (c) the thermal AcOH vapor treatment at 125°C in 2h. The cross section profiles in a (b) and c (d). 33 参照のため、何もスピンコートせずに HOPG 基板のみを加熱 AcOH 蒸気処理した 後に表面を AFM 観察したが、HOPG のステップ以外は平滑な表面であり、特異な構 造は存在しなかった (Figure 3-5)。 (a) (b) Figure 3-5 Topological AFM images of bare HOPG after (a) the thermal AcOH vapor treatment at 125°C in 2h. The cross section profiles in a (b). 一方で、熱水蒸気処理後の HOPG 基板表面においてもナノシート構造が観察され たが、同時に非常に高さ 5 nm 以上の凝集体も観察され、precursor MOF サンプルで 見られていた小さな凝集体はなくなっていた(Figure 3-1c)。シートサイズは 50 nm 以 下と小さく、また、ステップ高さは 0.4-0.5 nm であり、AcOH 蒸気処理より少し低 かった。また、多結晶化は起きていなかった。八島らの研究グループは液晶性を示す 剛直な光学活性らせん高分子を有機溶媒の飽和蒸気下、固体基板上にキャストすると、 階層的な自己組織化を経て二次元結晶が形成され、らせんのピッチや向き偏り等を AFM によって、直接観察できることを報告している。17a,b また、有機溶媒蒸気を選 択することでらせんの反転が起きることも報告している。 17c つまり、ある程度の相 互作用を有する溶媒蒸気によって、基板-分子間または分子-分子間の相互作用を弱め、 基板上の分子の再配向を誘起することがポリマーのような高分子量を持つ分子であ っても可能であることを示していると考えられる。HOPG 上の precursor MOF にお いても加熱水蒸気条件下では加熱することで分子運動性が高くなり、また水蒸気の存 在によっても分子運動性が高まると考えられる。よって、未架橋のビルブロックや分 子量の低い MOF precursor 同士は架橋しシート化する可能性があるが、すでにアモ ルファス架橋した配位ポリマーは凝集体として変化することができず、結果としてシ ート構造と大きな凝集構造のみが観察されたと考えられる。これは水蒸気条件下では 34 配位結合の組み替えが起こらないことに起因していると考えられる。もう一つの可能 性としては precursor MOF が分解し、ビルディングブロック同士が相分離した形態 であることが考えられる。AcOH 蒸気処理によって形成した MOF ナノシートを基板 ごと電解質水溶液中に浸漬した後に AFM 観察を行うと表面の凹凸が激しく、穴が開 いた構造を持つナノシートが観察された(Figure 3-6)。つまり、水によって MOF が 分解していることを示唆している。これは Cu イオンへのリガンドの配位と水の水和 の競争反応が起きたことに由来していると考えられる。つまり、加熱水蒸気条件下で も precursor MOF の分解が起こり、HOPG と-相互作用を持つ H2TCPP はナノシー トとして HOPG 上に分子会合したと考えられる。加熱水蒸気処理によって得られた H2TCPP 会合シートの高さが AcOH 蒸気処理によって得られた MOF ナノシートに 比べると低いことは架橋部位の Cu 二核錯体部位が無いことによるシート厚の減少で あると説明できる。Cu イオンは水和し、おそらくは水酸化物などとして存在し、凝 集したと考えられる。 (a) (b) Figure 3-6. Topological AFM image of MOF nanosheet after immersed into 0.1 M NaClO4 aq. for 3hs (a). The cross section profile of the yellow line in a (b). AFM phase 像はカンチレバー振動の位相が試料に接近後、どれだけ遅れたかを画 像化することによって、試料表面の吸着、粘弾性などを反映しているカンチレバー振 動試料-カンチレバーの相互作用に関する特性の違いを画像化できるとされている。 Figure 3-7 に加熱 AcOH 蒸気処理によって得られた MOF ナノシートの AFM topo 像(Figure 3-7a)及び同時測定した phase 像(Figure 3-7b)を示した。 35 Figure 3-7. Simultaneously recorded topographic (a) and phase (b) AFM images of MOF nanosheets with thearmal AcOH vapor treatment after one cycle. Figure 3-7 のサンプルは加熱 AcOH 蒸気処理を 1 サイクル行ったものであるが、 phase 像においては一部に多層化したナノシート構造または precursor MOF も観察 されており、コントラストは高さに由来するために HOPG と MOF ナノシートのコ ントラストは比較的明瞭性に欠ける上、実は最も低い層が HOPG であるとは限らな いと考えられる。一方で、phase 像においては明確な 2 種類のコントラスを持つ像と してサンプルが測定された。topo 像において最も低く HOPG であると考えられた面 は暗く、それに対し、HOPG よりも高い一層目のナノシート及び多層化構造または precursor MOF は明るく観察された。つまり、HOPG と MOF を区別可能であり、 シート構造が確かに MOF であることが確認できたと考えられる。Figure 3-7b にお いて、白線で囲った部分では HOPG の小さなステップと MOF ナノシートの構造が 明確に判別できる。 3-3-2 酢酸蒸気処理が precursor MOF の結晶化促進に及ぼす影響 加熱 AcOH 蒸気処理によって、precursor MOF をナノシートに再構築することが できることを示した。Figure 3-8 に MOF ナノシート形成のモデルを示す。HOPG 上 にスピンコートした precursor MOF は AFM 像においては凝集体が観察されている が、これはアモルファスな架橋構造を持つオリゴマー及びモノマーであると考えられ 36 る。この precursor MOF を加熱 AcOH 蒸気にさらすと、MOF 形成反応の副生成物 である AcOH が系中に存在することによって、MOF 形成反応の逆反応性が高まり、 その結果系中の化学平衡性が高まると考えられる。これは平衡状態にある反応系にお Figure 3-8. Schematic representation of AcOH treatment of prepursor MOF and preparation of surMOF nanosheets. いて、温度、圧力(全圧)、反応に関与する物質の分圧や濃度などの状態変数を変化さ せると、その変化を相殺する方向へ平衡は移動するというルシャトリエの法則に由来 している (Scheme 3-1)。加熱 AcOH 蒸気処理条件:50 L AcOH/ 50mL 反応器、 125-130°C、2h では系の可逆性高めつつ、MOF 形成側に僅かに偏った化学平衡条件 に設定することができているため、配位結合の組み替えに基づく、結晶性の高い MOF ナノシートが得られたと考えられる。AcOH は反応終了後、高温のガスとして系中よ り除かれるために MOF ナノシートは 125-130°C、AcOH 蒸気中ですでに形成されて いると考えられる。また、AcOH 蒸気処理条件においても水蒸気処理と同じように、 MOF precursor、ビルディングブロックモノマーなどが AcOH 溶媒和することで基 板-MOF 間の相互作用が弱まり、HOPG 上における表面分子拡散性を高め、より効率 的に配位結合の組み替えが行える状態になっていると考えられる。 37 3-4 酢酸蒸気処理の温度及び時間依存性 加熱 AcOH 蒸気処理に関するナノシート形成に関する反応温度及び反応時間依存 性を調査した。Figure 3-9 に各反応条件下で AcOH 蒸気処理を行ったサンプルの AFM topo 像を示す。また、各条件でナノシート形成の有無を表にまとめた(Figure 3-9g)。precursor MOF のスピンコート量は一定とし、反応容器に共存させる AcOH 量は初期反応条件と同じ(50 L AcOH/ 50mL 反応器)になるように反応器ごとに設定 した。初期条件の 125-130°C、2h ではナノシートが形成できたので、まず、同温度 条件の短時間スケールで MOF ナノシートが形成できるか評価した。125-130°C まで、 反応容器の温度が上がった時間を 0 min とし、高温で AcOH ガスをリークするまで を反応時間とした。HOPG 上の MOF precursor の形態は加熱 AcOH 処理時間と共に 劇的に変化した。 38 (a) (b) (c) (d) (e) (f) (g) Figure 3-9. Topological AFM images of AcOH vapor treated samples with several conditions for (a) 5, (b) 15 or (c) 30 mins at 125°C, for (d) 20 or (e) 24hs at room temperature (ca. 15-25°C) or for (f) 18hs at 200°C. The summarized list of successful preparation condition of MOF nanosheets with AcOH treatment (e). 125-130°C において、処理時間 5 min では precursor MOF のスピンコートサンプ ルとほぼ同等の形状を示し、主に凝集構造であった(Figure 3-9a)。15 min 後には~ 100 nm のナノシートが形成し始め、ナノシートと凝集構造が共存した AFM 像を得 た(Figure 3-9b)。30 min 後にはほとんどの precursor MOF がナノシートとして存在 39 しており、2h 処理を行ったサンプルと同等の形状となった(Figure 3-9c)。30 min に おいて観察される大きなナノシートのステップに付着している小さなシートまたは precursor は 15 min における成長と中のナノシートとかなり近い大きさを持つこと が分かる。つまり、AcOH 処理時間と共に AcOH が反応平衡を生成側に偏らせ、ア モルファス架橋体の結合を切断しながら、結合の組み替えが起こり、本温度条件では アモルファス体やモノマーより結晶構造の方が熱力学的に安定なので、結果としてシ ート構造へ成長していると考えられる。 さらに興味深いことに、長時間 AcOH 蒸気処理を行うことによって、室温の 15~25°C においても precursor MOF からナノシート構造が形成できることが明らか になった。成長過程は 125-130°C と類似しており、小さなナノシートが形成された 後に、ナノシート同士も合生し、より大きなシート構造に成長していくと考えられる。 前述したように、室温であっても AcOH は揮発性を持つので、AcOH が基板-precorsor MOF または基板-小さいナノシート間の相互作用を弱め表面拡散性を向上させ、MOF 同士の再結合を促すことができると考えられる。10 倍近い時間がかかるものの、特 殊な装置が必要でなく簡易に MOF ナノシートを形成できることから、有用な SURMOF 作成法となることが期待される。 一方で、200°C においては 18h、AcOH 処理を行ってもナノシートは成長せずに基 本的には precursor MOF と同じ構造を持つ AFM 像が観察された(Figure 3-9f)。 AcOH ガスは反応終了と同時に高温で除かれ、MOF の可逆反応は停止させことがで るために、AFM で観察される構造はその処理温度及び時間における MOF 形態を直 接反映していると考えられる。高温では反応の活性化エネルギーを簡単に外部熱とし て得ることができ、表面拡散も低温に比べ激しいと考えられるので、18h で反応が平 衡に達していると考えられるが、200°C においては配位結合場分解する原料系の方に 平衡が偏っていとため MOF ナノシートが形成できなかったと考えられる。北川らは 本研究の MOF は 240°C で分解されると報告しているが、AcOH 蒸気処理では AcOH が共存していることより、反応平衡を通常より原料系に偏らせている。よって、200°C で MOF ナノシートが形成しないまたは MOF の分解が起こることは北川らの報告と 矛盾しないと考えられる。また、高温ではエントロピーが高い方が安定であると考え 40 られるので、MOF 形成よりもモノマーまたはオリゴマーの方に平衡が偏ると考えら れる。実際に、AcOH 処理により作成した MOF ナノシートを 200°C において再度 AcOH 蒸気処理を行うとナノシートの分解が観察された(Figure 3-10)。 (b) (a) Figure 3-10. Topographic AFM image of SURMOF nanoshet (a) and after continuous AcOH vapor treated at 200°C for 2h (b). 3-5 MOF ナノシート積層膜の作成 SURMOF に限らず MOF に関する研究では、その結晶性を確認するために X 線回 折(XRD)測定を行うことが大変重要であるが、SURMOF では数十層以上に多層化し たナノシートが必要である。11a,b 二次元 SURMOF の結晶性の調査法としては他に STM などによる二次元結晶構造の直接観察などが上げられる。また、多種のナノシ ートから作成される超薄膜デバイスの開発やナノレベルの膜厚制御においても MOF ナノシートの多層化は有用な意味を持つと考えられる。本 AcOH 蒸気処理法を用いて 容易に多層化した MOF ナノシートが形成可能であるか評価した。 3-5-1 逐次積層膜の作成 まず、逐次積層によるナノシートの積層を試みた。通常より少量の単層膜以下に相 当すると考えられる 40L の precursor MOF を HOPG にスピンコートし、125-130°C 41 で 2h 加熱蒸気処理を行った。これを 1 サイクル目とした。2 サイクル目以降はさら に少量の 20L の precursor MOF をスピンコートし、125-130°C で 2h 加熱蒸気処理 を行うことで逐次的にナノシート積層化させた。Figure 3-11 に逐次積層させたサン プルの AFM 像を示した。1 サイクル目から 3 サイクル目まで逐次的に precursor MOF をスピンコートし、AcOH 蒸気処理を行うことで、連続的に MOF ナノシートが成長 し、徐々に HOPG 表面が MOF ナノシートで覆われていく様子が観察された(Figure 3-11a-c)。 (a) (c) (b) (e) (d) (f) Figure 3-11. Topological AFM images of (a) first, continuous (b) second, (c) third and (d) fourth cycles AcOH vapor treated sub-nomolayerd precursor MOF samples at 125°C. The cross section profiles in d on blue line (e) and green line (f). The green and blue regions of inset images in a-c are models of MOF nanosheet and HOPG surface regions, respectively. また、4 サイクル目では MOF ナノシートが 3 層まで積層していることが確認でき た。4 サイクル目の AFM 像のクロスセクションプロファイルより、非常に興味深い 結果が得られた。多層化した MOF ナノシートにおいて 1 層目の高さは約 0.8 nm で 42 ある一方で、2 層目及び 3 層目の高さは約 0.7 nm であり 1 層目より低い値を示した (Figure 3-11d)。北川らの研究グループによる Synchrotron XRD profiles 解析による と本研究でも使用している Cu-H2TCPP MOF の積層膜は Cu 二核部分の上下に 1 分 子ずつ配位している水分子同士が異なる層間で入れ子になる積層構造を持っており、 水分子を含めた分子長が~0.76 nm である。また、一方実際の out of plane における 二次元 MOF の繰り返し距離は 0.7026 nm であることを報告している。11a つまり、 SURMOF ナノシートの 1 層目は水分子が配位しており、分子高さが AFM に反映さ れる一方で、2 層目以降の多層膜では層間が入れ子になることで 1 層当たりの見かけ の高さが減少した AFM 像が得られたと考えられる。これらのナノシート高さは HOPG ステップではないことも確認できた。(Figure 3-11e) また、多層膜に関しても AFM の phase 像と topo 像を比較することで興味深い結 果を得た。Figure 3-12 に 125-130°C における AcOH 蒸気処理によって得た多層化ナ ノシートの topo 像及び同時測定した phase 像を示した。AFM 像の中央または左上に 注目すると topo 像では同じ高さにある MOF ナノシートが、phase 像では明確なコ ントラストを持つ像として観察された。これは AFM プローブが感じるサンプルとの 相互作用が同じ高さの MOF ナノシートにおいて、スキャン中に変化していることを 示す。これは MOF ナノシートの結晶方向の変化に対応していると考えられる。 Ryousho らは AFM コンタクトモードの摩擦力顕微鏡(lateral force microscope: LFM)観察によって、高密度ポリエチレンの単結晶がラメラ結晶方向とスキャン方向 に依存して、同一結晶中でも 2 種類のコントラストを持つ像が得られることを報告し ている。18 AFM phase 像もサンプルの特性を反映しているので LFM と類似した応 答が得られたと考えられる。明確にコントラストが変化するので、MOF ナノシート の結晶ドメインは Figure 3-12c に示したように AFM スキャン方向に対して最も変化 のある角度同士で隣接していると考えられる。 MOF ナノシートは HOPG 表面を覆うように成長し、また、多層化が観察された ことから逐次的に処理を行えば本条件においては均一性の高い多層膜が形成できる ことが確認された。HOPG だけではなく MOF ナノシート自身をテンプレートとして ナノシートが形成していくとから AcOH 処理サイクルを引き続き行うことで 10 nm 43 以上の膜厚を持つ SURMOF 形成も行うことができると期待される。 (a) (b) (c) Figure 3-12. Simultaneously recorded topographic (a) and phase (b) AFM images of multi-layered MOF nanosheets with thearmal AcOH vapor treatment at 125°C. (c) Schematic representation of correlation between AFM scan direction and domain boundary of MOF nanosheet in phase image. 3-5-2 過剰堆積膜の酢酸蒸気処理 MOF ナノシートの厚膜化において、大量にスピンコートした precursor MOF を AcOH 蒸気処理によって、一度に MOF 化させることができれば簡易に数十 nm スケ ールの厚さを持つ多層化したナノシートが得られると考えられる。逐次積層膜 1 サイ クルよりかなり多い 500L の precursor MOF 溶液をスピンコートしたサンプルを 125-130°C で 18h、AcOH 蒸気処理を行った。しかし、MOF ナノシートは全く成長 していなかった(Figure 3-13)。加熱 AcOH 処理は配位結合の逆反応を誘起し、平衡 性を高めているので、大きな凝集体であっても化学平衡プロセスとしては同じである ように思われる。しかし、凝集体では平滑な HOPG やナノシートに接していないの で、逆反応後すぐに近傍の凝集体にアモルファス体として再結合し、結果としてナノ 44 シートが成長しなかったと考えられる。これは平滑な基板表面と接していないために 表面を利用した拡散を十分に利用できないためシート構造として結晶化できないか らであると考えられる。つまり AcOH 蒸気処理においては HOPG や MOF ナノシー トなどの相互作用のある平滑なテンプレートが表面拡散などに関して非常に重要な 働きをしていると考えられる。 Figure 3-13. Topological AFM images of 500L spin coated sample treated with AcOH vapor for 18h at 125°C. 3-6 結語 本章では簡易な SURMOF ナノシート作成法として AcOH 蒸気処理を提案した。 AcOH 処理は MOF 形成配位反応の副生成物である AcOH を故意に反応系中に共存さ せることで逆反応を誘起し、反応平衡を高めることで、最終的に反応条件で熱力学的 に安定であると考えられる MOF ナノシートを作成する手法であることを示した。但 し、MOF ナノシート形成系が安定な温度領域が存在することが明らかとなった。室 温でも簡易に MOF ナノシートを得られることから非常に有用であると考えられる。 また、一度に大量の precursor MOF をナノシート化できないことより、HOPG や MOF ナノシートのような表面がテンプレートとして作用していることも明らかにな った。本系に限らずこれまでに報告されている多くの MOF はカルボキシレート-金属 イオンの配位結合によって形成されており、多種の SURMOF 形成手法として AcOH 処理が有用であることが期待される。また、SURMOF の逐次多層膜を得られること から、ヘテロ MOF ナノシートによるデバイス作成法として利用できると考えられる。 45 3-7 参考文献 1 (a) S. Noro, S. Kitagawa, M. Kondo and K. Seki, Angew. Chem. Int. Ed., 2000, 39, 2081-2084; (b) R. Kitaura, S. Kitagawa, Y. Kubota, T. C. Kobayashi, K. Kindo, Y. Mita, A. Matsuo, M. Kobayashi, H. Chang, T. C. Ozawa, M. Suzuki, M. Sakata and M. Takata, Science, 2002, 298, 238-241; (c) R. Matsuda, R. Kitaura, S. Kitagawa, Y. Kubota, R. V. Belosludov, T. C. Kobayashi, H. 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Cyganik, D. Zacher, R. Fischer, and C. Woll, Langmuir, 2007, 23, 7440-7442. 11 (a) S. Motoyama, R. Makiura, O. Sakata and H. Kitagawa, J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 5640–5643; (b) R. Makiura, S. Motoyama, Y. Umemura, H. Yamanaka, O. Sakata and H. Kitagawa, Nature Mater., 2010, 9, 565-571; (c) G. Xu, T. Yamada, K. Otsubo, S. Sakaida and Hiroshi Kitagawa, J. Am. Chem. Soc., 2012, 134, 16524−16527; (d) G. Xu, K. Otsubo, T. Yamada, S. Sakaida and H. Kitagawa, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, 7438−7441. 12 T. Kambe, R. Sakamoto, K. Hoshiko, K. Takada, M. Miyachi, J. Ryu, S. Sasaki, J. Kim, K. Nakazato, M. Takata and H. Nishihara, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, 2462−2465. 13 (a) R. Ameloot, L. Stappers, J. Fransaer, L. Alaerts, B. F. Sels and D. E. De Vos, Chem. Mater. 2009, 21, 2580–2582; (b) M. Li and M. Dincă, J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 12926–12929. 14 (a) J. F. Dienstmaier, A. M. Gigler, A. J. Goetz, P. Knochel, T. Bein, A. Lyapin, S. Reichlmaier, W. M. Heckl and M. Lackinger, ACS Nano, 2011, 5, 9737-9745; (b) C. Guan, D. Wang and L. Wan, Chem. Commun., 2012, 48, 2943–2945; (c) X. Liu, C. Guan, S. Ding, W. Wang, H. Yan, D. Wang and L. Wan, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, 10470−10474; (d) J. F. Dienstmaier, D. D. Medina, M. Dogru, P. Knochel, T. Bein, W. M. Heckl and M. Lackinger, ACS Nano, 2012, 6 7234-7242. 47 15 (a) R. Tanoue, R. Higuchi, K. Ikebe, S. Uemura, N. Kimizuka, A. Z. Stieg, J. K. Gimzewski and M. Kunitake, Langmuir, 2012, 28, 13844-13851; (b) R. Tanoue, R. Higuchi, N. Enoki, Y. Miyasato, S. Uemura, N. Kimizuka, A. Z. Stieg, J. K. Gimzewski, M. Kunitake, ACS Nano, 2011, 5, 3923-3929; (c) R. Tanoue, R. Higuchi, K. Ikebe, S. Uemura, N. Kimizuka, A. Z. Stieg, J. K. Gimzewski, M. Kunitake, J. Nanosci. Nanotechnol., 2013, In Press. 16 H. Walch, J. Dienstmaier, G. Eder, R. Gutzler, S. Schlögl, T. Sirtl, K. Das, M. Schmittel and M. Lackinger, J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 7909–7915. 17 (a) S. Sakurai, S. Ohsawa, K. Nagai, K. Okoshi, J. Kumaki, and E. Yashima, Angew. Chem. Int. Ed., 2007, 46, 7605 –7608; (b) S. Sakurai, K. Okoshi, J. Kumaki and E. Yashima, Angew. Chem. Int. Ed., 2006, 45, 1245 –1248; (c) S. Sakurai, K. Okoshi, J. Kumaki and E. Yashima, J. Am. Chem. Soc., 2006, 128, 5650-5651. 18 Y. Ryousho, S. Sasaki, T. Nagamura, A. Takahara and T. Kajiyama, Macromolecules, 2004, 37, 5115-5117. 48 第 4 章 両連続相マイクロエマルション (BME) の液-液構造を鋳型とした多孔性 poly-NIPAM ゲル 4-1 4-1-1 緒言 マイクロエマルション溶液のゲル化によるハイブリッドゲルの作成 ソフトマターや自己集合に関する研究において、多孔性ゲル 2-8、コンポジットゲ ル 3,9、両連続ゲル 3-5,10a,b などを含むソフト膨潤ゲル 1 についてのメソスケール構造制 御法に関する研究が報告されている。アクチュエータ 1,13c,14,17 やドラッグリリースシ ステムなどに応用できるためにダブルネットワークゲル 2、ナノコンポジットゲル 9、 アクアマテリアル 11、トポロジカルゲル 12、ホスト-ゲストポリマーゲル 13、刺激応答 性 (インテリジェント) ゲル 1,10,12a,13-15 などの特徴的な膨潤ゲルが特に注目されてい る。 近年、水と油がミクロスケールで混存する両連続相マイクロエマルション (BME; Winsor III) 溶液構造に基づく新規ハイブリッドゲルを作成した。3 ハイドロゲル化 とオルガノゲル化を組み合わせることで連続多孔及びサブマイクロスケールのハイ ドロゲル連続フレームワークを持つ BME ハイドロゲル、連続多孔及びオルガノゲル フレームワークを持つ BME オルガノゲル、ハイドロゲルフレームワークとオルガノ ゲルフレームワークを併せ持つ BME ハイブリッドゲルを作成している。 4-1-2 多孔性 poly-NIPAM ゲル poly-NIPAM を利用した温度変化応答性ポリマー材料に関する研究は多岐にわた るので、レビュー等参考にされたい。 その中でも、O/W エマルションや PVA、シリカ粒子などを鋳型とするなどそれぞ れ異なる手法によって作成された多孔性 poly-NIPAM ゲルが報告されている。5-7 こ れらの連続多孔はゲル中心部位への水の供給を速めるチャンネルとして働くために、 多孔性ゲルは連続多孔の無い均一ゲルに比べるとより速い収縮特性を示すことが示 されている 6。 本章では BME 溶液中における N-isopropyl-acrylamide (NIPAM) 及び架橋剤であ 49 る N,N’-methylenebis(acrylamide) (MBAAM) の重合によって得られた温度応答性 連続多孔ゲルに関して述べる。 4-2 4-2-1 実験 試薬 本章で用いた試薬を Table 4-1 に示した。NIPAM はヘキサンを溶媒とする再結晶 によって精製したものを用いた。他の試薬は特別な精製を行わず用いた。 Table 4-1 Materials Materials Product source Purity or Grade Toluene Nakalai 99 % Sodium dodecyl sulfate (SDS) Nakalai 95.0% 2-Butanol Nakalai 99% NaCl Wako 99.5% N-isopropylacrylamide (NIPAM) Wako 98.0% N, N'-methylenebisacrylamide (MBAAM) Wako - Ammonium persulfate (APS) Wako 95.0% TCI 98.0% N,N,N',N'-tetramethylethylenediamine (TMEDA) 4-2-2 BME 重合溶液の作成 BME を鋳型とした多孔性 poly-NIPAM ゲル作成のため、Table 4-2 の組成で BME モノマー溶液を作成した。界面活性剤として Sodium dodecyl sulfate (SDS)、補助界 面活性剤として 2-ブタノールを用い、水相が NaCl aq.、油相がトルエンから成る三 相系 BME 溶液を溶媒とし、モノマーである NIPAM、架橋剤である MBAAM、重合 開始剤である Ammonium persulfate (APS) を溶解させた組成である。 モノマー及び APS は親水的であり、水相に溶解するために、NaCl と同じように 界面活性剤の親水性を下げる働きをする。よって、モノマーを加えない三相系 BME 50 溶液に比べ、塩濃度が低い条件で BME モノマー溶液を作成した。 作成した BME モノマー溶液において、BME 中間相に溶解できず除外された水相 (下相) 及び油相 (上相) の体積比がほぼ 1 であり、三相系 BME モノマー溶液は同体 積の水とトルエンを使用していることから、BME 中間相はおよそ同体積のミクロ水 相及びミクロ油相で構成されていると考えられる 3,17。 Table 4-2 Constituents of three phased solution with BME middle phase for BME NIPAM gel water NIPAM MBAAM BME solution APS toluene NaCl SDS 2-butanol (mL) (g) (g) (g) (mL) (g) (g) (mL) 5.00 0.90 0.10 0.15 5.00 0.29 0.75 0.80 Figure 4-1. The typical photograph of a three phase solution containing BME middle phase. 4-2-3 多孔性 poly-NIPAM ゲルの作成 25°C で 1h 静置し安定化させた三相系 BME モノマー溶液から中間相を抜き出し、 重合加速剤である N,N,N',N' -tetramethylethylenediamine (TMEDA) を 5.0 L/1.0 mL BME 中間相の割合で加え、そっと撹拌した後、25°C で 30 min 重合を行った。 重合後、NaCl、SDS 及び未反応のモノマーを除去するために BME poly-NIPAM ゲルを 25°C の純水に 1 day 浸漬し、洗浄を行った。 51 4-2-4 対照サンプルとしての均一 poly-NIPAM ゲルの作成 BME poly-NIPAM ゲルの比較対象として、Table 4-3 の組成で均一 poly-NIPAM ゲルを作成した。NIPAM、MBAAM、APS を水に溶解させた後、BME ゲルと同様 に重合加速剤である TMEDA を加え、そっと撹拌した後、25°C で重合を行った。 BME ゲルと同様に、重合後、NaCl、SDS 及び未反応のモノマーを除去するため 均一 poly-NIPAM ゲルを 25°C の純水に 1 day 浸漬し、洗浄を行った。 BME ゲルの水相のみにモノマー、開始剤が溶解していると仮定し、水に対してモ ノマー、架橋剤比が同じ組成になるように均一ゲルの組成を決定した。 Table 4-3. Constituents of homogeneous NIPAM gel water NIPAM MBAAM Homogeneous NIPAM gel 4-2-5 APS TMEDA (mL) (g) (g) (g) (mL) 5.00 0.90 0.10 0.15 0.25 poly-NIPAM ゲルの膨潤度測定 洗浄後の poly-NIPAM ゲルを 50°C の乾燥機に 1 day 入れ、溶媒を完全に取り除い た。 水またはトルエンによる poly-NIPAM ゲルの再膨潤は温度制御下において、水ま たはトルエンで満たしたビーカー中に poly-NIPAM ゲルを浸漬することにより行っ た。膨潤ゲルの重量を直接測定し、膨潤度を評価した。規格化のため膨潤ゲルの重量 を乾燥ゲルで割った値を膨純度 (Swelling ratio = wet gel g / dry gel g) とした。 一定温度下で膨潤または収縮重量を測定した時間経過測定および、poly-NIPAM ゲ ルの下限臨界溶液温度 (Lower Critical Solution Temperature, LCST) 前後で温度 を 1 h ごとに変化させた温度サイクル測定を行った。重量測定は 1 h ごとに行った。 4-2-6 透過型電子顕微鏡 (SEM) 観察 水で膨潤させたゲルの構造観察のため透過型電子顕微鏡 (SEM) 測定を行った。膨 52 潤ゲルそのもの構造を観察するため、膨潤ゲルの構造を瞬間的に液体窒素中で凍結さ せ、1day、凍結乾燥器で溶媒を乾燥させた。 カーボンテープを貼った真鍮 (径 10 mm) 上に凍結乾燥ゲルを乗せ、イオンスパッ タリング装置 (Tiny coater、真空デバイス) で、Au-Pd コーティングを 3 回行った。 高真空モード、加速電圧 7~15 kV の条件で SEM (Tiny SEM of Technex Lab. Co. Ltd.) 観察を行った。凍結乾燥により、自然に割れた部分を観察することで膨潤ゲル 内部のミクロ構造を評価した。 4-3 poly-NIPAM ゲルのマクロ構造観察 抜き出した BME モノマー溶液に加速剤である TMEDA を加えるとすぐに溶液が白 色に変化し、透明性が失われた。これは重合によって相分離が誘起されることでエマ ルションの厚さが増加したことを示している と考えられる(Figure 4-2f)3,17。 Figure 4-2 に典型的な poly-NIPAM ゲルの写真を示した。Figure 4-2b, 2g は洗浄 後、1day、乾燥機で完全に乾燥させた 均一ゲルおよび BME ゲルである。乾燥ゲル の重量は重合後 (Figure 4-2a, 2f) に比べ、均一ゲルでは約 1/5、BME ゲルでは約 1/7 に減少した。LCST 以下の 25°C、水中で 24h 再膨潤させた BME ゲルはほぼ重合時 の円柱型に形状が回復した (Figure 4-2h) が、一方で、均一ゲルは完全に形状が戻ら なかった (Figure 4-2c)。LCST 以上では poly-NIPAM 鎖は疎水化されているが、均 一ゲルを 50°C の水中に 24h 浸漬するとわずかに膨潤した(Figure 4-2d)。膨潤した水 の体積は 25°C に比べると僅かであり、テクスチャは乾燥 poly-NIPAM ゲル (Figure 4-2b and d) に近かった。しかし、BME ゲルは 50°C の水中においても膨潤し (Figure 4i)、そのテクスチャは LCST 以下で膨潤した poly-NIPAM ゲル (Figure 4-2b and d) と似ていた。 また、BME ゲルはトルエンに対して膨潤することができた(Figure 4-2j)。一方、 NIPAM ポリマーは全くトルエンには溶解しないことが知られており、均一ゲルも全 くトルエンで膨潤することはなかった (Figure 4-2e)。 53 Figure 4-2. Photographs of homogeneous (a-e) and BME (f-j) pNIPAM gels as preared at 25 °C (a, f) after drying (b, g), swelled in 25 °C water for 24 h (c, h), 50 °C water for 24h (d, i), and 50 °C toluene for 7 h (e, j). Each scale bar in photos is 1 cm long. 4-4 BME poly-NIPAM ゲル膨潤構造の温度依存性 Figure 4-3 に典型的な poly-NIPAM ゲルのマイクロサイズの内部構造を観察した SEM 像を示した。膨潤ゲルの構造により近い構造を観察するため、一定温度で再膨 潤させたゲルサンプルは液体窒素を用いて凍結乾燥した。 Figure 4-3a に示したように均一ゲルの表面は非常に滑らかでありマイクロサイズ の空孔は観察されなかった。ポリマーゲルのネットワーク構造は SEM の解像度限界 以下のサイズであり観察できないので、表面のヒビ割れなどを除けば SEM の解像度 以上のスケールで均一な構造を持っていると考えられる。 一方で、モノマー、塩などの洗浄をした後、一度も乾燥させずに凍結乾燥し、SEM 測定を行った BME ゲルでは均一な連続多孔と連続ゲルフレームワーク構造を持つ SEM 像が観察された (Figure 4-3b)。これらの連続構造はゲル化前の BME 溶液構造 をテンプレートとしており、連続多孔部分がモノマーのない BME 溶液のミクロ油相、 連続ゲルフレームワーク構造がモノマーの溶解していた BME 溶液のミクロ水相に由 来していると考えられる。また、この多孔性 poly-NIPAM ゲルは前述したようにアク リルアミドゲルなどと同様にゲル化、乾燥過程において速度論的な影響を受けている と考えられる。3.17 54 Figure 4-3c, d, e に見られるように水で再膨潤させた BME ゲルの構造は膨潤温度 (25、45、60°C) によって劇的に変化した。poly-NIPAM の LCST 以下である 25°C で再膨潤させた BME ゲルは多孔サイズ (1-3m) 及びゲルの厚さがわずかに増加し ているが、乾燥前のゲルと基本的に同じ構造であった (Figure 4-3c)。LCST 以上の 45 または 60°C で再膨潤させたゲルの構造は LCST 以下で膨潤したゲルの構造と異な る形態をしていた。60°C で再膨潤させたゲルは 25°C で膨潤したゲル (Figure 4-3b, c) に比べ、連続多孔及びゲルフレームワークが全体的に小さくなった構造をしていた (Figure 4-3e, f)。一方、45°C で再膨潤させたゲルの構造は 25°C で膨潤したゲルと比 べると連続多孔の大きさはほとんど変わらないが、より大きなゲルフレームワーク構 造を持っていた (Figure 4-3d)。LCST 以上の 45 または 60°C で再膨潤させたゲルの 構造差異は poly-NIPAM 部分の疎水化速度に由来すると考えられる。BME ゲルが LCST 以上の温度でも膨潤しているという結果は重合前にトルエンが存在していた 両連続多孔部分が水で満たされていることを示している。 LCST 以上の温度で水が再膨潤する過程において、poly-NIPAM 部分の疎水化と水 のゲルへの膨潤は競争的な現象として同時に進行していると考えられる。LCST に近 く比較的温度の低い 45°C では poly-NIPAM 部分の疎水化速度が比較的遅く、完全に 疎水化されるまではある程度の自由度があり、疎水的な poly-NIPAM 同士が凝集する ことができると考えられる。一方で、60°C では疎水化速度が速く、poly-NIPAM 部 分全体が一度に収縮し、その結果全体が均一に小さくなった両連続多孔/ゲルフレーム ワーク構造を持つと考えられる。 55 Figure 4-3. SEM images of freeze-dried homogeneous (a) and BME (b-f) poly-NIPAM gels after washing with water at 25 °C (a and b) and after subsequent drying and reswelling with water for 1 hour at 25 °C (c), 45 °C (d) and 60 °C (e and f). 4-5 BME ゲルの膨潤挙動 BME ゲルの熱刺激に応答した水に対する膨潤-収縮挙動を調査し、均一ゲルと比較 検討した。また、トルエンに対する膨潤挙動を調査した。poly-NIPAM ゲルは乾燥機 で完全に乾燥させたものを用い、乾燥ゲル重量に対する膨潤ゲル重量の比を膨潤度と して評価した (Figure 4-4)。 4-5-1 LCST 以下における水に対する BME ゲルの膨潤挙動 LCST 以下の 25°C で乾燥状態から水で再膨潤させた BME ゲル (Figure 4-4b blue line) は同じ条件で膨潤させた均一ゲル (Figure 4-4a blue line) と比較して、より速 く大量の水で膨潤した。初期膨潤速度、飽和膨潤時間、最大膨潤度を Table 4-4 に示 した。BME ゲルのより速い膨潤挙動は連続多構造に由来していると考えられる。 56 BME ゲルの最大膨潤度は均一ゲルの約 2 倍であり、ゲル化前の BME 溶液が水相と 油相の体積比がほぼ 1:1 であることから、BME モノマー溶液のミクロ油相を鋳型と したゲルの連続多孔部分も水で満たされていると考えられる。 Table 4-4 Swelling properties of poly-NIPAM gels swelled with water at 25°C Initial swelling speed Time to saturation Maximum swelling ratio (wetg ・dryg-1・h-1) (h) (wetg ・dryg-1) BME gel 7.0 3 14.2 Homogeneous gel 2.4 10 6.5 4-5-2 LCST 以上における水に対する BME ゲルの膨潤挙動 LCST 以上の 50°C では BME ゲルの poly-NIPAM フレームワークは疎水化されて いるにもかかわらず、ゲルは水で膨潤した。50°C においても、乾燥状態より水で再 膨潤させた BME ゲル (Figure 4-4b red line) は均一ゲル (Figure 4-4a red line) に 比べより速く大量に膨潤し、25°C において膨潤した BME ゲルに対し、約 43%膨潤 していた。Table 4-5 に各 poly-NIPAM ゲルの初期膨潤速度、飽和膨潤時間、最大膨 潤度を示した。また、Figure 4-4a red line 中の 7h における不連続な重量減少はゲル の物理的な破壊によるものであると考えられる。 Table 4-3 Swelling properties of poly-NIPAM gels swelled with water at 50°C Initial swelling speed Time to saturation Maximum swelling ratio (wetg ・dryg-1・h-1) (h) (wetg ・dryg-1) BME gel 6.2 1 6.7 Homogeneous gel 2.1 1 2.3 57 4-5-3 LCST 前後の温度サイクルおける水に対する BME ゲルの膨潤挙動 LCST 前後の 25、50°C 間で 1h ごとに温度を変化させた温度サイクルに対する poly-NIPAM ゲルの膨潤-収縮挙動を調査した(Figure 4-4 green line)。均一ゲルと比 べ、BME ゲルはより速く大量に膨潤-収縮する優れた特性を示した。どちらの poly-NIPAM ゲルも共に初期の温度サイクル以降はほぼ定常状態の応答を示した。定 常状態において、BME ゲル及び均一ゲルの膨純度変化はそれぞれ 4.9 及び 1.1 g water・dryg–1・h–1 であり、BME ゲルが均一ゲルに比べ約 4.5 倍の重量変化を示した。 4-5-4 有機溶媒 (トルエン) に対する BME ゲルの膨潤挙動 BME ゲルと均一ゲルの特徴的な膨潤特性の差異が 50°C におけるトルエンに対す る膨潤実験で明らかになった (Figure 4-4 yellow line)。トルエン中に浸漬された BME ゲルは 7h 後には乾燥状態に比べ 4.3 倍の重量まで膨潤していた(Figure 4-4b yellow line)。ゲル中に吸収されたトルエンの体積はゲル作成時に BME 溶液のミクロ 油相に存在したトルエンの体積とおおよそ一致する。また、BME ゲル中におけるト ルエンの膨潤速度は同温度の水に対する膨潤速度と比較してより遅かった。一方で、 均一ゲルはトルエンに対し全く膨潤しなかった (Figure 4-4a yellow line)。LCST 以 上の温度での水に対する BME ゲルの膨潤挙動と同様に BME ゲルの連続多孔構造が トルエンの膨潤に対し、重要な働きをしていると考えられる。 58 Figure 4-4. Swelling ratio of homogeneous (a) and BME (b) gels swelled in 25 °C water (blue circles), 50 °C water (red squares), water with temperature hourly switched between 25 and 50 °C (green rhombuses), and 50 °C toluene (yellow triangles). The dotted and broken lines indicate the swelling ratios of the as prepared and the corresponding entirely dried gel pNIPAM gel samples, respectively. 59 Figure 4-5 Schematic representations of swelling/ shrinking structures of the BME poly-NIPAM gels 4-6 結語 本章では BME の溶液構造を鋳型とした多孔性 poly-NIPAM ゲルを作成し、BME ゲルは均一ゲルと比較して、水に対する LCST 前後の温度変化に応答した優れた膨潤 -収縮特性を示すとともに均一ゲルでは見られないトルエンに対する膨潤特性を示し た。この特異な膨潤特性は BME 溶液構造に依存した 50%近い連続多孔構造に由来す ると考えられる。多様なゲル化剤が使用可能であることを含めたゲル化前の BME 溶 液の構造設計、ゲル化プロセスの速度論的な制御による連続多孔およびゲルフレーム ワーク構造の制御、再膨潤プロセスの制御などの BME ゲルの階層的な構造制御によ り、多様なゲル材料が構築可能であると考えられる。アクチュエータ、機能性ゲル薄 膜や分離膜などにそれぞれに要求される機能に応じた、連続構造を持つゲル材料がこ れらの階層的な構造制御により設計可能であると期待される。 60 4-7 参考文献 1 (a) Y. Osada, H. Okuzaki and H. Hori, Nature, 1992, 355, 242; (b) J. H. Holtz and S. A. Asher, Nature, 1997, 389, 829; (c) R. A. Siegel, Nature, 1998, 394, 427; (d) R. Yoshida, K. Sakai, T. Okano and Y. Sakurai, J. Biomater. Sci., Polym. Ed., 1994, 6, 585; (e) M. Hirose, O. H. Kwon, M. Yamato, A. Kikuchi and T. Okano, Biomacromolecules, 2000, 1, 377. 2 (a) W. Yang and H. Furukawa, J. P. Gone, Adv. Mater., 2008, 20, 4499; (b) J. P. Gone, Y. Katsuyama, T. Kurokawa and Y. Osada, Adv. Mater., 2003, 15, 1155. 3 S. Kawano, D. Kobayashi, S. Taguchi, and M. Kunitake, Macromolecules, 2010, 43, 473. 4 K. A. Page, D. England and J. Texter, ACS Macro Lett., 2012, 1, 1398−1402. 5 R. Kishi, A. Matsuda, T. Miura, K. Matsumura and K. Iio, Colloid Polym Sci., 2009, 287, 505–512. 6 T. Kaneko, T. Asoh and M. Akashi, Macromol. Chem. Phys., 2005, 206, 566–574. 7 (a) H. Tokuyama and A. Kanehara, Langmuir, 2007, 23, 11246-11251; (b) J.-T. Zhang and K. D. Jandt, Macromol. Rapid Commun., 2008, 29, 593–597. 8 (a) X.-Z. Zhang, Y.-Y. Yang and T.-S. Chung, Langmuir, 2002, 18, 2538-2542; (b) J.-T. Zhang, R. Bhat and K. D. Jandt, Acta Biomaterialia, 2009, 5, 488–497. 9 K. Haraguchi and T. Takehisa, Adv. Mater., 2002, 14, 1120. 10 (a) F. Yan and J. Texter, Angew. Chem. Int. Ed., 2007, 46, 2440; (b) D. England, F. Yan and J. Texter, Langmuir, 2013, 29, 12013; (c) F. Yan and J. Texter, Chem. Commun., 2006, 2696. 11 Q. Wang, J. L. Mynar, M. Yoshida, E. Lee, M. Lee, K. Okuro, K. Kinbara and T. Aida, Nature, 2010, 463, 339. 12 (a) T. Sakai, H. Murayama, S. Nagano, Y. Takeoka, M. Kidowaki, K. Ito and T. Seki, Adv. Mater., 2007, 19, 2023; (b) Y. Okumura and K. Ito, Adv. Mater., 2001, 13, 485. 13 (a) M. Nakahata, Y. Takashima, H. Yamaguchi and A. Harada, Nat. Commun., 61 2011, 2, 511; (b) H. Yamaguchi, Y. Kobayashi, R. Kobayashi, Y. Takashima, A. Hashidzume and A. Harada, Nat. Commun., 2012, 3, 603; (c) M. Nakahata, Y. Takashima, A. Hashidzume and Akira Harada, Angew. Chem. Int. Ed., 2013, 52, 5731. 14 T. Fukushima, K. Asaka, A. Kosaka and T. Aida, Angew. Chem., Int. Ed., 2005, 44, 2410. 15 S. Sakata, K. Uchida, I. Kaetsu and Y. Kita, Radiat. Phys. Chem., 2007, 76, 733. 16 R. Yoshida, Adv. Mater., 2010, 22, 3463–3483. 17 M. Kunitake, K. Sakata and T. Nishimi, Mesostructured Polymer Materials Based on Bicontinuous Microemulsions, Microemulsions—An Introduction to Properties and Applications, ed. R. Najjar, InTech, Rijeka, 2012. 62 第 5 章 両連続相マイクロエマルションゲルの電気化学的構造評価 5-1 5-1-1 緒言 両連続相マイクロエマルションゲル構造の制御 近年、ソフトマターや自己集合に関する研究においては多孔性ゲル 2,9、コンポジ ットゲル 3,9、両連続ゲル 9 などの膨潤ゲル 1 についてのメソスケール構造制御に関す る研究が報告されている。アクチュエータ 1,13c,14,17 やドラッグリリースシステムなど への応用性のためダブルネットワークゲル 2、ナノコンポジットゲル 3、アクアマテリ アル 7、トポロジカルゲル 4、ホスト-ゲストポリマーゲル 8、刺激応答性 (インテリジ ェント) ゲル 1,4a,5,6,8 などの特徴的な膨潤ゲルが特に注目を集めている。 近年、水と油がミクロスケールで混存する両連続相マイクロエマルション (BME; Winsor III) 溶液構造に基づく 3 種類の新規ハイブリッドゲルを作成した 3。 BME 溶液を重合することによって連続多孔性ポリマー材料が得られる。多くの場 合、溶液構造に由来する両連続構造は残っているが、重合によって BME 構造のメゾ スケール相分離が起こる 9,13。この相分離のドライビングフォースはポリマー種の形 成による連続的な Hydrophilic-lipohilic balance (HLB) の変化に由来しており、この 現象は基本的にスピノーダル分解と同じものである。重合において重合成界面活性剤 を利用することでメゾスケール相分離を効果的に抑えることができることが知られ ている。13 一方で、相分離を有効に利用することによって、ナノリボンやナノシー ト構造を自発的に形成できることが報告されている。15 5-1-2 両連続相マイクロエマルション中における電気化学 BME 溶液中には親水的な化学物質と親油的な化学物質が共存し、水相がイオンパ スとして働くことから、特徴的な電気化学的反応場としても使用可能である。 10-12 spin–echo NMR により測定した BME 溶液中の水と油の自己拡散係数はそれぞれ単 独相に匹敵するほど高い値であることが確認されている。14 NaCl aq./SDS+2-ブタノ ール/トルエン系 BME 溶液において、ミクロ水相中の Fe(CN)6 ion 及びミクロ油相の Ferrocene に関する可逆的な酸化還元応答が観察された。11,12 また、電気化学測定に 63 使用する作用電極表面の HLB に依存して、BME 溶液と電極表面の液/液/固界面構造 が変化する。結果として、親水的な Indium thin oxide (ITO) 電極ではミクロ水相が 優先的に吸着し、その結果ミクロ水相中のレドックス物質の電気化学的応答が確認さ れる。逆に親油的な Prylorytic graphite basal plane (PGB) 電極または HOPG 電極 ではミクロ油相が電極表面に優先的に吸着することで、ミクロ油相中の親油的なレド ックス物質の電気化学応答が得られる。両親媒的な Au disk 電極や glassy carbon (GC) 電極ではミクロ水相とミクロ油相の両方に存在するレドックス応答が得られる ことが分かっている。 本章では電気化学測定によって得られるミクロ水相またはミクロ油相に存在する レドックス物質に関する見かけの拡散係数 (Dapp) により評価したメソスケールの BME ゲルの拡散チャンネル構造変化のヒステリシスに関して述べた。BME ゾル/ゲ ル溶液の相変化のヒステリシスはゲル化速度によって速度論的に制御されているこ とを示した。膨潤ゲルの拡散チャンネル構造を評価することで、電気化学反応場やド ラッグリリースシステムなどへの応用を見据えたゲル構造に関する情報が得られる と期待される。 5-2 実験 5-2-1 試薬 本章で用いた試薬及び電極を Table 5-1 に示した。全ての試薬は精製せずに用いた。 Table 5-1 Materials Materials Product source Purity or Grade Toluene Nakalai 99 % Sodium dodecyl sulfate (SDS) Nakalai 95.0% 2-Butanol Nakalai 99% NaCl Wako 99.5% 12-Hydroxystearic acid (12HS) TCI 75.0% Potassium hexacyanoferrate (III) Nakalai 99.0% 64 (K3Fe(CN)6) Ferrocene Nakalai 95.0% Au disc electrode BAS OD:6 mm, ID:1.6 mm Tanaka Pt wire Kikinzoku Indium thin oxide (ITO) electrode Kuramoto 7 /sq BAS OD:6 mm, ID:3.0 mm BAS - Prylorytic Graphite Basal Plane electrode (PGB) Saturated calomel electrode (SCE) 5-2-2 99.99% BME ゾル/ゲル溶液の作成 典型的な BME ゾル/ゲルサンプル溶液の組成を Table 5-2 に示した。 水、トルエン、 Sodium dodecyl sulfate (SDS)、2-ブタノール、NaCl、レドックス物質である Potassium hexacyanoferrate (III) (K3Fe(CN)6) または Ferrocene を超音波処理し、 溶液を完全に混合させた。12-Hydroxystearic acid (12HS) を混合溶液に加え、加熱 して溶解させた。界面活性剤として SDS、補助解明活性剤として 2-ブタノールを用 い、水相が NaCl aq.、油相がトルエンから成る三相系 BME 溶液を溶媒とし、12HS を親油的ゲル化剤として用いたゾル/ゲル溶液系にレドックス物質として親水的な K3Fe(CN)6 または親油的な Ferrocene を溶解させたサンプル組成である。12HS は親 油的であり、油相に存在するため、界面活性剤の親油性を下げる働きをする。よって、 2-ブタノールの添加量を調節することで BME ゾル/ゲル溶液系の HLB を調節し、三 相系 BME ゾル溶液の中間 (BME) 相及び中間相に含まれない油 (上) 相、水 (下) 相 の体積比がほぼ 1:1:1 となる組成とした (Figure 5-2a)。三相系 BME ゾル/ゲル溶 液は同体積の水とトルエンを使用していることから、BME 中間相はおよそ同体積の ミクロ水相及びミクロ油相で構成されていると考えられる。11-13 一方で少量のレドッ クス物質の存在は HLB に影響しなかった。また、ゾル-ゲル相変化の前後において、 水相/中間相/油相の体積比はほぼ変化しなかった。さらに、比較用としてゲル化剤で ある 12HS を加えない BME 溶液も作製した。 65 Table 5-2 Constituents of BME gel systems and BME solutions water toluene NaCl (mL) (mL) (g) (g) (mL) (g) (mmol) (mmol) 20.0 20.0 1.30 2.50 5.0 3.00 0.020 - 20.0 20.0 1.30 2.50 5.0 3.00 - 0.020 BME solution 20.0 20.0 1.30 2.50 5.00 - 0.020 - without gelator 20.0 20.0 1.30 2.50 5.00 - - 0.020 K3Fe(CN)6 BME gel system Ferrocene BME gel system 5-2-3 SDS 2-butanol 12HS K3Fe(CN)6 Ferrocene BME ゾル/ゲル系における電気化学測定 BME ゾ ル / ゲ ル 系 に お け る 電 気 化 学 測 定 は PC-controlled electrochemical analyzer (ALS 814B, BAS Inc., Japan) を用いて N2 ガスによる脱酸素条件下で測定 した。これはゲル化剤を含まない BME 溶液中における電気化学測定法と同様の手法 である。ITO、Au disk、PGB 電極はそれぞれ親水表面、両親媒表面、親油表面を持 つ作用電極 (W.E.) として使用した。また、Pt wire 及び Saturated calomel electrode (SCE) をカウンター電極 (C.E.) 及び参照電極 (R.E.) として用いた。W.E.、C.E.、 R.E.はゾル状態においてサンプル溶液に挿入した後、電気化学測定前に測定温度で 1h 静置し、溶液を安定化させた。また、急冷ゲルサンプルを作成するために液体窒 素を用いてサンプルをゲル化させた。その後、通常のゾル/ゲルサンプルと同様に測定 温度で 1h 安定化し、測定を行った。各測定温度における酸化還元物質のサイクリッ クボルタモグラムより、Randles–Sěvčik 式に従い、見かけの拡散係数 (apparent diffusion coefficients, Dapp) を算出した。電子移動速度が拡散速度より十分に速いと き、(1)式が成立する。12 66 ip = 0.4463nFACD1/2 (nF / RT)1/2v1/2 (1) ip = current maximum in amps n = number of electrons transferred in the redox event (usually 1) A = electrode area in cm2 T = temperature in K F = The Faraday Constant in C・mol-1 R = The Gas Constant in J・mol-1・K-1 D = diffusion coefficient in cm2・s-1 C = concentration in mol・cm-3 v = scan rate in V・s-1 5-2-4 示差走査熱量 (DSC) 測定 示差走査熱量 (DSC) 測定は DSC-6100 (Seiko Instruments Inc.) を使用して測定 した。サンプルはゾル状態で測定用のサンプルパン (AG70) に 50 mg 注入し、N2 通 気条件 (50 mL/min) で測定を行った。 5-3 BME ゾル/ゲル相転移のマクロ挙動観察 BME サンプルのゲル化/ゾル化の相転移挙動を DSC により評価した。ゲル化及び ゾル化温度はそれぞれ 23°C 及び 18°C (Figure 5-1) であった。 8 Cooling Heat Flow / mW 6 4 2 0 -2 -4 Heating -6 -10 0 10 20 30 T / ºC 40 50 60 70 Figure 5-1. From cooling to heating DSC curve of BME gel system. Cooling and heating rate was 2 °C•min-1. 67 DSC より得られた相転移温度の前後で BME ゾル/ゲルサンプル溶液の形態が劇的 に変化した。サンプルをゾル状態から冷却するとサンプルはより白濁し、自己保持性 のあるゲルに相転移した。BME 中間相において、サンプル溶液のゲル化はミクロ油 相のみで起きているが、巨視的に固定化されたゲルであり、溶媒のトルエンも溶出し なかった。レーザー共焦点顕微鏡 (CLSM) 観察によるとゲル化速度に依存したゲル 化に伴うミクロ水相とミクロ油相の相分離により、ゲル化前後では両連続構造はサイ ズが大きくなっているが、両連続構造は保持されていた。9,13 (A) (B) Figure 5-2. Photographs of BME gel systems, sol (A) and gel (B) state. 5-4 BME ゾル/ゲル中における電気化学応答 BME ゾル及びゲル中において、親水的な酸化還元物質である K3Fe(CN)6 と親油的 な酸化還元物質である Ferrocene の電気化学的挙動を比較検討した。Ferrocene は Ferrocenium ion に酸化されることでイオン性となりミクロ水相へ分配した可能性が あるが、水相のイオン強度はかなり大きい (>1) ので、この寄与は無視した。BME ゾル/ゲル溶液中における電気化学測定はゲル化剤を含まない BME 溶液と同様な手 法で行った。 W.E.として主に K3Fe(CN)6 系 BME ゾル/ゲルサンプルでは親水的な ITO、 Ferrocene 系 BME ゾル/ゲルサンプルでは両親媒的な Au disk 及び親油的な PGB 電 極を用いた。BME 溶液と電極間の液-液-固三相界面は電極表面の HLB に従って、動 的に変化することが分かっている。つまり、親水的な表面に対しては BME のミクロ 水相がより多く接触し、親油的な表面に対しては BME のミクロ油相がより多く接触 した熱力学的安定構造を形成し、界面構造に応じた電気化学的応答を示す。12 68 親油的な PGB 電極を用いて Ferrocene 系 BME ゾル/ゲルサンプルを測定したが、 再現性が低い結果となった。これは、12HS のゲルネットワークが PGB のグラファ イト表面に対し、強く吸着するために Ferrocene と PGB 電極の電子移動が阻害され るためであると考えられる。但し、12HS の存在しない BME 溶液では PGB 電極は 高い再現性を有する。11,12 Figure 5-3 に BME ゲルまたはゾル溶液中で得られた K3Fe(CN)6 及び Ferrocene の典型的な定常状態のボルタモグラムを示す。K3Fe(CN)6 または Ferrocene の明瞭な 電気化学酸化・還元応答がゾル状態の 35°C のみならずゲル状態の 5°C においても検 出された。得られた電流値それぞれの CV において、掃引速度の 1/2 乗に対し、ピー ク電流値をプロットすると線形性を示した。よって、ゾル状態のみならずゲル状態に おいても電気化学的酸化還元反応は拡散律速であることが分かった(Figure 5-3E)。酸 化還元応答は電気化学測定時には基本的に安定であり、5-35°C の温度領域では、温 度変化に対しても可逆であった。また、ピーク電位差に関してはゾル、ゲル状態間で 明確な差はなかった。つまり、酸化還元種、ゾル/ゲル状態に関わらず全ての測定系は 電子移動律速ではなく、拡散律速によって支配されていた。 Poly-NIPAM ハイドロゲル 16 または多孔性シリカ薄膜 17 のような多孔性材料コー ト電極を用いた電気化学測定が報告されている。これらの報告においては多孔性材料 コート電極の電気化学応答は孔の連続性及びサイズに依存していた。これは酸化還元 種及び電解質の拡散が孔に依存しているためであると考えられている。シグモイダル 形状を持つ CV は 5 mV/sec のような非常に低い電気位掃引速度領域において頻繁に 見られる。一方で、通常のボルタモグラムも検出されている。 BME ゾル/ゲル溶液系の電気化学的測定においては BME 溶液構造に基づく、ミク ロ水相または油相の連続多孔はサブミクロンからミクロンサイズであり、電気位掃引 速度も比較的速いため、一般的な拡散律速の応答が確認されたと考えられる。 69 (C) (A) 2 A・cm-2 0.5 A・cm-2 (D) (B) 2 A・cm-2 0.5 A・cm-2 -0.2 0 0.2 0.4 0.6 E / V vs. SCE 0.8 0 0.2 0.4 0.6 0.8 E / V vs. SCE Figure 5-3. Cyclic voltammograms (A–D) for the steady state, and the corresponding anodic peak current plots (E) versus the square-root scan rate of K3Fe(CN)6 (A and B) and ferrocene (C and D) in the BME gel systems, obtained at 5 °C (gel state, A and C) and 35 °C (sol state, B and D) with ITO and Au disk electrodes, respectively. The scan rates were 10, 20, 30, 50, 75, and 100 mV/s. 5-5 5-5-1 酸化還元物質の拡散挙動に基づく BME ゾル/ゲルの構造評価 酸化還元物質の見かけの拡散係数 ゲル化及びゾル化に関する BME 構造の詳細な変化を明らかにするために昇温及 び降温プロセスに関する K3Fe(CN)6 及び Ferrocene の Dapp 値の温度依存性を評価し た(Figure 5-4)。BME ゲルの階層的構造は 3 つの速度論的競争因子によって制御され 70 ている。(1)ゲル化における構造の固定化、(2)ゲル化に伴うマクロ相分離、(3)熱力学 的平衡状態へ向かう溶液/溶液構造の相転移である。9,13 全ての系において、Dapp の値 は温度が上昇するに伴い増加した。また、BME ゾル/ゲル溶液系はゲル化、ゾル化の 前後で明確な変化を示し、両連続構造は速度論的に制御されたヒステリシスを示して いると考えられる。ミクロ水相の BME 構造評価した K3Fe(CN)6 とミクロ油相の BME 構造を評価した Ferrocene では相補的な Dapp の温度依存性を示した。 Figure 5-4. Temperature dependence of Dapp in the BME system (green circles) and BME gel system, in the presence of ferrocene (A) or K3Fe(CN)6 (B), for slow cooling (blue squares) or rapid cooling, as measured using cyclic voltammetry. The samples with a gelator were prepared using successive slow cooling processes from the thermodynamic sol state (blue squares), successive slow cooling and slow heating processes (red squares), or a rapid cooling and subsequent slow heating process (light green circles). 5-5-2 油相中の Ferrocene 拡散挙動に基づく BME ゾル/ゲルミクロ油相の構造評価 Figure 5-4A に BME ゾル/ゲル溶液中における Ferrocene の Dapp の温度依存性を 示した。ゲル化剤の無い BME 溶液中における Dapp 値は直線性を示し、温度上昇に伴 い、増加した。一方で、BME ゾル/ゲル溶液系中に関する昇温プロセスにおいて、温 度に対する Dapp プロットはゾル化温度付近で明らかに傾きが変化した(Figure 5-4A red line)。 71 降温プロセスにおいてはゾル/ゲル相転移温度付近(Tsg:10–25°C)では大きなヒス テリシスが見られたが、一方で、それ以外の高温(>25°C)及び低温(>10°C)領域ではほ ぼヒステリシスが見られなかった(Figure 5-4A blue line)。降温プロセスにおける Dapp プロットの直線性の変化より、ゲル化は約 25°C で開始され、約 10°C で完了し ていると考えられる。電気化学測定前に 1h 恒温で BME ゾル/ゲル溶液系を安定化さ せているので、相転移領域では熱力学的偽安定化状態に相当する構造を持つと考えら れる。Ferrocene 系 BME ゾル/ゲル溶液の Dapp 値を昇温(red)、降温(blue)プロセスに 関して同温度で比較すると、降温プロセスの方が約 2 倍の値を示した。 Tsg 以下におけるミクロ油相中の Ferrocene に関するに極めて低い Dapp 値はミクロ 油相中におけるゲルネットワーク構造による拡散阻害の結果に由来していると考え られる。BME ゾルゲル溶液中ではゲル化剤の無い BME 溶液と比べるとゾル状態 (30°C など)でさえ、約 50%の Dapp 値であった(Figure 5-5A and B)。 ゲル化速度の影響を調査するために、液体窒素中にゾルサンプルを浸漬した急冷ゲ ルサンプルを作成し、同様に Dapp 値を調査した。しかしながら、急冷ゲルの昇温プ ロセスにおいては、Ferrocene の Dapp 値及びゾル化温度に関して、通常の昇温プロ セスとほとんど違いが見られなかった(Figure 5-4A yellow line)。BME ゾル/ゲル溶液 中のミクロ油相の Ferrocene の拡散はオルガノゲルネットワークの構造に直接影響 を受け、その結果として、ゲル状態における Dapp 値の明確な減少が観察されたと考 えられる。低いゲル化速によって促進されるマクロ相分離は本系の Ferrocene の Dapp 値に影響しないことが分かった(Figure 5-5C)。 5-5-3 水相中の K3Fe(CN)6 拡散挙動に基づく BME ゾル/ゲルミクロ水相の構造評価 ミクロ油相中の Ferrocene の拡散挙動に対し、ミクロ水相中の K3Fe(CN)6 の Dapp 値においては変化は小さいながらも、明らかにゲル化に伴うマクロ相分離の影響が観 察された (Figure 5-4B)。BME ゾル/ゲル溶液中のミクロ水相における K3Fe(CN)6 の Dapp 値の温度依存性においてはプロットの明瞭な傾きの変化は少なかった。これはミ クロ水相中にゲル化剤が存在しないためであると考えられる。相変化に関する Dapp プロット中の傾きの変化はミクロ油相中の Ferrocene に比べる小さいのでミクロ水 72 相中の K3Fe(CN)6 の Dapp 値に対するゲル化の影響はミクロ油相中の Ferrocene より 小さいと考えられる。降温プロセス (blue) における K3Fe(CN)6 の Dapp 値に関して、 ヒステリシスが存在する温度領域 (10-25°C) は Ferrocene で観察された相変化のヒ ステリシスが温度領域と一致しており、プロットの傾きの変化として観察された。さ らに、Dapp プロットにおいて、ミクロ油相中の Ferrocene と比べ、ミクロ水相中の K3Fe(CN)6 では逆のヒステリシスが観察された。同温度の 20°C において、降温プロ セスのゾル状態と昇温プロセスのゲル状態の Dapp 値を比較すると、降温プロセスの ゾル状態の方が約 30%低い値を示した。 液体窒素を用いた急冷ゲルサンプル中における K3Fe(CN)6 の Dapp 値はゲル化後も ゾル状態よりシフトしなかった。つまり、5°C または 15°C で測定した急冷ゲルに関 する Dapp 値は降温プロセスにおけるマクロ相分離前のゾル状態の Dapp 値より外挿し た直線上に存在する値であった(dotted line Figure 5-4B)。このことはゲル化速度に よって制御された両連続構造がミクロ水相中の K3Fe(CN)6 の拡散挙動に大きな影響 を与えていることを示す。つまり、急冷によって作成された BME ゲルの両連続構造 は BME ゾ ル 溶 液 の 両 連 続 構 造 を 保 持 し て い る と 考 え ら れ る (Figure 5-5F) 。 K3Fe(CN)6 の Dapp 値はゾル状態と比較してゲル状態の方が高いが、これはゲル化が 誘起するミクロ相分離の結果 K3Fe(CN)6 の拡散チャンネルが広がることが原因であ ると考えられる(Figure 5-5 D and E)。 73 Figure 5-5. Schematic representation of gel system structures with redox molecules, ferrocene (A–C) and K3Fe(CN)6 (D–F), for sol (A, D) and gel states, prepared by slow cooling (B, E), and rapid cooling (C, F). The pink and blue regions, purple mesh, red circles, and deep blue squares represent oil and saline phases, gel networks, ferrocene, and K3Fe(CN)6, respectively. 5-6 結語 親水性酸化還元物質の K3Fe(CN)6 及び親油性酸化還元物質の Ferrocene をプロー ブとした電気化学測定を行い、見かけの拡散係数を算出し、その温度依存性を評価し た。プローブの拡散チャンネルの変化の観点から、BME ゾル/ゲル溶液の相変化に伴 う両連続構造の変化を検討した。 ここで示した拡散チャンネルのミクロ構造を電気化学的手法に基づき解析する BME ゲルの構造決定手法は SEM や CLSM 測定などの視覚的評価手法と対応する相 補的な手法であり、BME ゲルに限らず、アクチュエータや刺激応答性ゲルなどのソ フト材料の開発に有用であると考えられる。さらに、本手法はスペクトル的手法など により評価されるゲルのバルクの平均構造よりも、電極近傍の局所構造を反映してお り、燃料電池やその他、電池などに使用する電極の開発により有効な手法であると期 待される。 74 5-7 参考文献 1 (a) Y. Osada, H. Okuzaki and H. Hori, Nature, 1992, 355, 242; (b) J. H. Holtz and S. A. Asher, Nature, 1997, 389, 829; (c) R. A. Siegel, Nature, 1998, 394, 427; (d) R. Yoshida, K. Sakai, T. Okano and Y. Sakurai, J. Biomater. Sci., Polym. Ed., 1994, 6, 585; (e) M. Hirose, O. H. Kwon, M. Yamato, A. Kikuchi and T. Okano, Biomacromolecules, 2000, 1, 377. 2 (a) W. Yang, H. Furukawa and J. P. Gone, Adv. Mater., 2008, 20, 4499; (b) J. P. Gone, Y. Katsuyama, T. Kurokawa and Y. Osada, Adv. Mater., 2003, 15, 1155. 3 K. Haraguchi and T. Takehisa, Adv. Mater., 2002, 14, 1120. 4 (a) T. Sakai, H. Murayama, S. Nagano, Y. Takeoka, M. Kidowaki, K. Ito and T. Seki, Adv. Mater., 2007, 19, 2023; (b) Y. Okumura and K. Ito, Adv. Mater., 2001, 13, 485. 5 T. Fukushima, K. Asaka, A. Kosaka and T. Aida, Angew. Chem., Int. Ed., 2005, 44, 2410. 6 S. Sakata, K. Uchida, I. Kaetsu and Y. Kita, Radiat. Phys. Chem., 2007, 76, 733. 7 Q. Wang, J. L. Mynar, M. Yoshida, E. Lee, M. Lee, K. Okuro, K. Kinbara and T. Aida, Nature, 2010, 463, 339. 8 (a) M. Nakahata, Y. Takashima, H. Yamaguchi and A. Harada, Nat. Commun., 2011, 2, 511; (b) H. Yamaguchi, Y. Kobayashi, R. Kobayashi, Y. Takashima, A. Hashidzume and A. Harada, Nat. Commun., 2012, 3, 603. 9 S. Kawano, D. Kobayashi, S. Taguchi and M. Kunitake, Macromolecules. 2010, 43, 473. 10 S. Yoshitake, A. Ohira, M. Tominaga, T. Nishimi, M. Sakata, C. Hirayama and M. Kunitake, Chem. Lett., 2002, 360. 11 M. Kunitake, S. Murasaki, S. Yoshitake, A. Ohira, I. Taniguchi, M. Sakata and T. Nishimi, Chem. Lett., 2005, 1338. 12 Y. Makita, S. Uemura, N. Miyanari, T. Kotegawa, S. Kawano, T. Nishimi, M. Tominaga, K. Nishiyama and M. Kunitake, Chem. Lett., 2010, 1152. 75 13 M. Kunitake, K. Sakata and T. Nishimi, Mesostructured Polymer Materials Based on Bicontinuous Microemulsions, Microemulsions—An Introduction to Properties and Applications, ed. R. Najjar, InTech, Rijeka, 2012. 14 P. Guéring and B. Lindman, Langmuir, 1985, 1, 464. 15 S. Kawano, S. Nishi, R. Umeza andM. Kunitake, Chem. Commun., 2009, 1688. 16 T. Tsuji, T. Abe, I. Uchida and S. Saito, Makromol. Chem., Rapid Commun., 1991, 12, 127. 17 J. A. Cox, J. Solid State Electrochem., 2011, 15, 1495. 76 第 6 章 結語 本論文では固-液、固-気、液-液界面を反応場とした新規高分子材料に関する研究に 関して報告した。 第 2 章では Paddle-Wheel 型ルテニウム二核錯体の二次元構造の制御と観察に関し て示した。Au(111)単結晶表面に 4 種類の異なる末端官能基を持つルテニウム二核錯 体 を 吸 着 させ、電 気 化学的に制御され た 固 -液界面に おける 自己組織化挙動を EC-STM によって比較検討した。ルテニウム二核錯体末端のビニル-フェニル基が基 板-分子間の相互作用を調節することで電気化学的に制御された表面で規則的な配列 構造を形成することを見出した。これは末端芳香環をビニル-フェニル基からビニルナフチルおよびビニル-アントラセニ基に拡張したルテニウム二核錯体の吸着膜と比 較すると末端芳香環が大きくなるほど基板表面との相互作用が強くなることが STM 観察及び電気化学測定におけるピーク分離より明らかになった。さらに、ルテニウム 二核錯体の規則構造が Cl-イオン配位 RuII/RII 状態、Cl-イオン非配位 RuII/RIII 状態、 およびそれらの混合状態の各酸化還元状態においても形成可能であることを示した。 また、混合酸状態は Cl-イオンが配列構造中の錯体間で交換される動的な平衡状態で あることも示した。 第 3 章では酢酸蒸気処理を用いた新規 MOF ナノシート作成法に関して示した。本 章で作成した二次元構造を持つ MOF は酢酸銅とテトラカルボキシル基を持つ配位子 をビルディングブロックとしており、カルボニル配位子の交換反応によって MOF が 形成されるが、同時に副生成物として酢酸が生成する。事前に反応系中に副生成物の 酢酸をガスとして共存させることで、逆反応を含めた配位子の交換反応を促進し、熱 力学的に安定な結晶構造であると考えられる MOF 構造を成長させ、ナノシートを得 ることに成功した。走査型原子力間顕微鏡(AFM)を用いた表面形態観察による酢酸蒸 気処理前後の表面形態変化や水蒸気処理や加熱処理などの他の処理法との比較検討 によって酢酸蒸気処理が MOF ナノシート作成に効果的であることを示した。 第 4 章では BME の液-液構造を鋳型とした多孔性 poly-NIPAM ゲルを BME 溶液 中ミクロ水相の化学架橋によって作成し、外部温度刺激に対するゲルの形態変化及び 77 膨潤挙動評価した。また均一溶液から作成した poly-NIPAM ゲルと比較検討した。 BME poly-NIPAM ゲルは BME 溶液構造に由来したミクロスケールのゲルフレーム ワーク及び連続多孔を持つ構造であった。膨潤させた BME ゲルの構造は LCST 前後 でサイズが変化しており、また LCST 以上の温度でも poly-NIPAM 鎖の疎水化速度 に応じた異なるゲルフレームワーク構造を持つことを示した。さらに BME ゲルは均 一ゲルに比べ水に対して大量、高速に膨潤及び収縮でき、均一ゲルでは膨潤できない トルエンに対しても膨潤できることを示した。BME ゲルの連続多孔性が膨潤・収縮 時にパスとしてだけではなく、膨潤可能なスペースとして働いていることを述べた。 第 5 章では BME ゲルの構造を電気化学的に評価した。BME 溶液及び電極である 固体の液-液-固の三相界面は電極固体の表面の親水性-親油性に依存して構造が変化 し、結果として BME 溶液のミクロ水相またはミクロ油相または両相に対する電気化 学的応答が得られるが、ミクロ油相をゲル化した BME ゲル中においても電気化学測 定が可能であり、類似した応答が得られることを示した。親水性または親油性の酸化 還元物質を電気化学的なプローブとして用い、得られた Dapp の温度依存性から BME ゲルの構造を評価した。BME ゾル/ゲル溶液の相変化に帰属されるヒステリシスが観 察されたが、ミクロ水相とミクロ油相では逆のヒステリシスであった。急冷ゲルと徐 冷ゲルの Dapp の温度依存性を比較することでミクロ水相の Dapp はゲル化に伴うミク ロ水相とミクロ油相の総分離由来し、ミクロ油相の Dapp の温度依存性ゲルネットワ ークの形成とゾル化に由来すること分かり、電気化が気的手法によりゲルの構造を推 定できること示した。 界面を反応場とする高分子材料は本論文で報告した結果に加え、さらなる高次の構 造制御が可能であると考えられる。固-液体界面で作成した Paddle-Wheel 型ルテニウ ム二核錯体の二次元規則構造及び固-気界面で制作した MOF ナノシートにおいては、 各高分子材料は固体界面、つまり固体基板上に自己組織化することによって、液体ルテニウム錯体の二次元規則構造界面、気体-MOF ナノシート界面等の新たな界面が 出現する。この界面上にさらに高分子材料を自己組織化によって、集積させることで 2 次元から 3 次元まで構造制御された機能性のナノ薄膜デバイスが作成可能であると 期待される。ルテニウム二核錯体をさらにもう一層積層することで、バルク結晶で報 78 告されている Paddle-Wheel 型ハロゲン架橋混合原子価錯体に見られる特徴的な外部 刺激に応答した超薄膜が作成可能であると期待される。これは Paddle-Wheel 型ハロ ゲン架橋混合原子価錯体の電子状態は分子同士がハロゲン架橋方向に隣接すること で電子的な揺らぎを持つことに由来している。また、MOF ナノシートにおいては実 際に多層化することを報告したが、この AcOH 蒸気処理によるシート構造の形成が他 のカルボキシレート配位によって形成される二次元 MOF を本手法で作成可能である ことが示せれば、異なる MOF シートを積層した材料が作製可能であると期待される。 さらに、MOF ナノシートに限らず、グラフェンや無機ナノシートなど多種のシート 材料と組み合わせて、センサーや電極材料などの一種の超薄膜デバイスが作成可能で あると期待される。 一方で BME の液-液界面構造を反応場とする膨潤ゲルも非常に多様な構造を持つ 高分子材料を作成可能である。BME のゲル化に伴う相分離の制御に基づく両連続構 造の制御が可能であり、さらに、BME 構造の両連続構造のみをテンプレートとして いるために BME が作成可能な水、トルエン、ヘキサン、酢酸エチル、イオン液体等 を溶媒として利用できるゲル化剤を使用可能であり、トポロジカルゲルやダブルネッ トワークゲル、刺激応答性ゲルなど様々なゲルに両連続構造または連続多孔構造を付 与することができると考えられる。連続構造に由来した膨潤特性などの向上や軽量化、 材料低減等が期待される。新規材料の開発において SEM や CLSM などの局所的/視 覚的構造観察と共に、分子の拡散チャンネル構造の評価法として、Dapp を用いた電気 化学的手法を用いることで、多面的に目的に応じたゲル構造を設計することが可能で あると期待される。また、ハイブリッドゲルにおいてはハイドロゲル及びオルガノゲ ルが共存していることから特異な応用性の発見が期待される。コンタクトレンズなど 水と油が共存する環境で使用可能であると考えられる。 本論文では界面を反応場とした高分子材料作製に関する研究を報告した。 固-液界 面と固-気界面はより運動性の低い固相を鋳型とし、一方で運動性の高い相を材料作 製条件の制御に利用しているという点では類似した界面として使用していることが 分かる。固-液界面における Ru complex の二次元規則構造作製に関する研究において は固相の Au(111)を錯体分子吸着、界面での拡散に基づく規則構造構築の場・鋳型と 79 し、液相は分子の吸着および基板電位制御による吸着力制御を目的とした制御相とし て利用している。固-気界面における MOF ナノシート作製に関する研究では、固相の HOPG を構造構築の反応場、分子の-相互作用に基づく二次元の鋳型としている。一 方で、気相の AcOH は配位反応の平衡を制御し、高温では反応の終点も制御する相と して働いている。ナノスケールで規則的な二次元構造を有する高分子材料構築におい て、固相は目的の規則構造と同じスケールで規則的なエピタキシーを有し、また、相 互作用を調節する鋳型として作用している。もう一方の相は主に原料の固体表面での 拡散つまり基板-分子間の吸着力を弱くすることで規則構造構築を触媒すると共に、 他の要因により系を厳密制御する働きを持つ相として働いている。厳密に制御された 界面を利用することで、二次元構造形成がエンタルピー的に有利になる条件が設定可 能であり、実際に高分子材料を作成可能であった。 また、 SAM を利用することで固体表面の化学修飾が容易であることから固-液、 固-気界面を反応場とする高分子材料開発は非常に設計性に富むものとなってきてい る。また、気相や真空相を一種の固体と考えると固-気界面や固体-真空界面は液-液界 面に類似した系とみなすことができる。実際に、気-液界面では Langmuir-Blodgett 法 1 や溶液相からの反応吸着に基づく 2 気液界面膜が作成されている。また、真空-固 体界面でも単分子レベルの厚さを持つ二次元の規則構造体・高分子が作成され、その 構造が観察されている。真空では原料の蒸着及び目的物の分解を伴わない高温加熱、 電子パルスなど他の界面では見られない特異な現象を利用できるが、一方で経済面、 エネルギー面、装置利便性、他環境への材料の取り出し等で課題も多いと考えられる。 これらの二次元高分子材料は固体基板ごと利用でき、また、既存の多くの材料と組 み合わせることができる大きな利点を持つ。実際に太陽電池、機能性電極やセンサー などの機能性を発現する固体デバイスとして使用できる、複数の単分子レベルの二次 元膜から成る超薄膜デバイスの開発が期待される。 一方で固体が存在しない二相溶液系では、極性などの違いにより分離した両相はマ クロには完全に混在していないように見える。しかし、実際の液-液界面では両相が 互いに溶解し合っており、界面は動的な平衡状態であることが知られている。液相、 溶質の種類や濃度など各液相のバルク溶液条件を個別に設定可能であることから、液 80 -液界面の形態、構造及び特性は柔軟かつ容易に設計可能であり界面の設計性は多様 性に富むと考えられる。また、二相溶液の撹拌や両親媒性の界面活性剤添加によるエ マルション形成により、目的に応じた様々な界面が利用可能である。本論文では熱力 学的に安定で、水-油 2 種の液相がナノ-サブマイクロスケールで両連続的に混在した 特徴的な界面構造を持つ BME 中で膨潤ゲルを作製した。BME 溶液のゲル化により、 連続的な界面構造を鋳型としたマイクロスケールの連続多孔を持つ膨潤ゲルが作成 可能であり、その連続多孔構造も速度論的に制御可能であることを示した。また、マ イクロスケールの連続多孔に由来する特徴的な膨潤挙動も示した。 液-液界面は設計性に富み、乳化重合や単分散粒子の作成など多くの材料作製の反 応場として利用されているが、実は一方の溶液相を鋳型とする研究が多い。そこで、 今後は界面の特徴をさらに生かすために界面事体を反応場とし、液-液界面に作成さ れる高分子材料の開発が注目される。実際に油-水界面を用いたヘテロポリマー界面 膜の作製 3 や親水的なイオン種と親油的なリガンドから成る界面 MOF 結晶作製 4 な ど特徴的な材料作製が報告され始めている。 本論文では界面を自己組織化的に利用することで、多様な構造を持つ材料ができる ことを示した。今後はバルク材料では得られない性能の向上や新規特性の発現を目指 して、界面を反応場として創成された高分子材料の開発がより加速し、既存技術との 複合化により、革新的なデバイスが開発されると期待される。 81 参考文献 1(a) S. Motoyama, R. Makiura, O. Sakata and H. Kitagawa, J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 5640–5643; (b) R. Makiura, S. Motoyama, Y. Umemura, H. Yamanaka, O. Sakata and H. Kitagawa, Nature Mater., 2010, 9, 565-571; (c) T. Kambe, R. Sakamoto, K. Hoshiko, K. Takada, M. Miyachi, J. Ryu, S. Sasaki, J. Kim, K. Nakazato, M. Takata and H. Nishihara, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, 2462−2465. 2 R. Higuchi, R. Tanoue, N. Enoki, Y. Miyasato, K. Sakaguchi, S. Uemura, N. Kimizuka and M. Kunitake, Chem. Commun., 2012,48, 3103-3105 3 S. Kai, M. Ashaduzzaman, S. Uemura and Masashi Kunitake, Chem. Lett., 2011, 40, 270-272. 4 (a) R. Ameloot, F. Vermoortele, W. Vanhove, M. B. J. roeffaers, B. F. Sels and D. E. De Vos, Nature Chemistry, 2011, 3, 382-387; (b) Y. Inokuma, T. Arai and M. Fujita, Nat. Chem., 2010, 2, 780–783. 82 謝辞 本論文は平成 21 年度から平成 25 年度までの熊本大学大学院自然科学研究科博士前期課程・後 期課程在籍時に遂行した研究成果に基づいて構成されたものです。 本研究をまとめるあたり、多大なるご指導を頂き、素晴らしい研究環境を提供して頂いた指導 教官の國武雅史 教授に心から感謝の意を表します。また、広い視点でご指導、ご助言頂いた坂田 雅代 准教授、現香川大学 上村忍 講師に深く感謝申し上げます。 本研究を行うに当たり、適切なご助言と多大なご協力を頂きました吉本惣一郎 準教授、西見大 成 博士に心から感謝申し上げます。 Ru 複核錯体を提供していただいた九州大学工学府君塚研究室の君塚信夫 教授に心から感謝申 し上げます。Ru 錯体の性質、取り扱い等、実験を行うにあたって適切なご助言とご協力を頂きま した元君塚研究室、現崇城大学工学部ナノサイエンス学科黒岩研究室 黒岩敬太 准教授に心から 感謝致します。Ru 錯体を合成、有意義なディスカッションをさせて頂いた桑原廉枋 博士に深く 感謝致します。 本論文の執筆に辺り、 研究指導委員として的確なご助言と議論をさせて頂いた、井原敏博 教授、 新留琢郎 教授並びに杉本学 准教授に深く感謝申し上げます。 プロジェクトゼミナールなど本研究及び別のテーマに関して、貴重なご助言を頂いた松本泰道 教授、町田正人 教授を始めとして学科の先生方、関係者の皆様に深く感謝申し上げます。 研究室生活において多大な便宜を図って頂きました大崎喜美子 氏、志賀朱美 氏及び宮原秀子 氏に深く感謝致します。 また、本研究室で六年間、同期として共に切磋琢磨した田上亮太 氏並びに先輩、同期、または 後輩として多大なご助言を頂いた皆様に深く感謝いたします。特に多くのご助言を頂いた先輩の 川野真太郎 博士、樋口倫太郎 博士、同じ研究テーマに取り組んだ牧田雄一 氏及び樫山宗一郎 氏 に心から感謝致します。 最後に、本研究を進めるあたり、経済的援助を惜しむことなく温かく見守ってくれた両親はじ め家族に深く感謝致します。