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生活情報シリーズ - 日本食肉消費総合センター

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生活情報シリーズ - 日本食肉消費総合センター
食
肉
の
知
識
国
際
出
版
研
究
所
食肉の知識
18
生活情報シリーズ○
ビーフシチュー
吸収力がよい鉄分が含まれ、貧血
防止に効果がある。
とんかつ
スタミナをつけ、精神を安定させ
るビタミンB1の供給源。
鶏のから揚げ
消化のよい鶏肉は、全身の機能を
健康に保つビタミンAが豊富。
表紙写真は黒毛和種。独立行政法人・家畜改良センターの牧場
食肉の知識
生活情報シリーズ⑱
目
第1章 食肉の日本史
1. 縄文人の食べ物
……………………5
………………………………6
次
第2章 食肉は日本人をどう変えたか…17
1. 食肉と寿命の関係
……………………………18
バラエティ豊かだった縄文人の食生活 6/栄
動物性食品が増えてすぐれたものになった
養学的にもすぐれていた 7
日本型食生活
2. ブタやニワトリが飼われた弥生時代
…………………………………18
………8
増えたたんぱく質と脂肪の摂取 19/明治時代
銅鐸に彫られた獲物の図 8/使役だけでなく
と変わらないエネルギー摂取量 19/バランス
食用にもなっていた家畜 8
のよい栄養摂取 19
3. 仏教がもたらしたタブー
……………………9
危険な粗食礼賛
………………………………20
古墳時代の肉料理 9/殺傷して肉を食べると
欧米諸国が和食を取り入れようとする根拠 21
仏罰が 9/それでも肉食は絶えることはなか
/健康で長寿 21
った 10
2. 体格の変化と動物性食品
4. 「薬食い」で食肉を堪能していた武家政権
…10
……………………22
栄養状態が改善されて体格がよくなった
…22
軍事演習の「狩り」で食糧確保 10/魚鳥肉が
骨の成長を支えた動物性食品
尊重された室町時代 11/肉が好きだった信長
6.8頭身から7.2頭身に …………………………23
と秀吉 11
5. 江戸時代の食卓と食肉
3. 食肉の摂取と疾病構造
………………………12
生活習慣病と食肉
………………22
………………………23
……………………………23
食文化と薬喰い 12/生類憐れみの令と彦根藩
生活習慣病とは
の養生肉 12
食肉の効能
外食の普及と庶民の肉食 ………………………9
脳の血管を強くした動物性食品
6. 文明開化と「食肉ノススメ」
…………………13
牛鍋と福沢諭吉 14
……………………………………25
……………25
食生活が変えた日本人の死亡原因 25/低コレ
ステロールの食生活が血管を弱くする 26/日
7. 食生活の欧米化と食肉の国産化
……………14
食肉の需要急増と食肉国産化 14
8. 食肉の大衆化と高級化
………………………………24
………………………15
本型脳梗塞と欧米型脳梗塞の違い 28/脳卒中
を防ぐ脂肪・たんぱく質 28
血液の上昇を抑える動物性たんぱく質 29/心
ニーズの高級化に対応する生産者 15/産地化
筋梗塞とコレステロール 29
が進む豚や鶏 16
がんと脂肪・コレステロール 30
「脂肪とがんの相関関係」の新学説 30/コレ
1
ステロール値が低いとがんの死亡率は上がる
亜鉛不足による味覚障害にも食肉
…30
ミネラルバランス
痛風と食肉 ……………………………………31
……………………………51
6. 食肉の生理活性物質
…………………………51
精神安定に不可欠な成分
第3章 食肉の栄養と健康
……………33
…………49
……………………51
脂肪の燃焼に不可欠なカルニチンも豊富
…52
動物の内臓に多く含まれるタウリンの生理調整
1. 学童期・思春期・青年期の食生活の課題
……34
効果………………………………………………52
基礎代謝がもっとも活発な時期の栄養
……34
期待される食肉の生体調節機能に関する研究52
動物性たんぱく質に豊富な必須アミノ酸 34/
7. 食肉の病気予防効果
…………………………53
子どもの肥満とカロリー摂取 35/脂質はいろ
循環器疾患予防効果
…………………………53
いろな食品からとる 35
ストレス耐性を強化する食肉
栄養不足が心配される思春期・青年期
……36
食肉と免疫力
………………53
…………………………………54
深刻な若い女性の栄養不足 36/10代、20代の
免疫システムに重要な動物性たんぱく質 54/
女性は2割以上が「やせ」
乳幼児アレルギーと食肉 55
37/将来の健康に
及ぼす悪影響 38
2. 食肉のたんぱく質
……………………………39
必須アミノ酸のバランスに優れた食肉
……39
体内で大活躍するたんぱく質 ………………39
1. 食肉の生産と流通………………………………58
ストレスで失われるたんぱく質 40/食塩の害
食肉の国内生産…………………………………58
を防ぎ血管をまもるたんぱく質 41/たんぱく
牛の生産 59/豚の生産 60/鶏の生産 60
質の摂取量で食塩嗜好も変わる 41/たんぱく
国内食肉の流通
質は免疫システムの主役 43
枝肉取引 6 1 /部分肉流通 6 1 /精肉流通
3. 食肉の脂質 ……………………………………43
………………………………61
61/インテグレーション 61/畜産副生物の流
脂質の種類 ……………………………………43
通 61/鶏肉の流通 62
脂質の機能的分類
輸入食肉の流通
……………………………44
脂肪酸をバランスよく摂る …………………44
誤解されているコレステロールの役割
4. 食肉のビタミン
……45
………………………………46
気づかないで進むことが多い欠乏症
………………………………63
2. 食肉の表示と安全性確保の仕組み
食品の表示
…………64
……………………………………64
食品の表示と関連法規 64/事前包装された食
………46
肉の表示 64/消費期限の表示 64/輸入食肉
ビタミンと食肉の豊かな関係 ………………47
の表示と冷凍表示 64/不当表示の禁止 65/
ビタミンB 1 が豊富な豚肉 48/注目したいビ
「和牛」「黒豚」の表示 65/割引販売の表示基
タミン豊富な内臓 48
5. 食肉のミネラル
準 65/適正表示の店 66
………………………………49
レバーはミネラルの宝庫
……………………49
鉄欠乏性貧血には食肉中の鉄が最適
2
第4章 食肉の生産・流通と安全性 …57
………49
安全性確保の仕組み
…………………………66
3. 健康な家畜はこうして育てられる
生産農場における安全性確保
…………66
………………67
HACCPの導入 …………………………………68
5. 流通プロセスの安全性
………………………70
…………69
食肉流通センター(加工場)の安全性確保 …70
と畜検査 ………………………………………69
鶏肉の流通と安全性確保 71/小売店・量販店
モニタリング
の安全性確保 72
4. 安全な食肉はこうしてつくられる
輸入食肉の検査
…………………………………69
………………………………70
安全性の仕上げは消費者
……………………72
図表
図1-1 里浜貝塚縄文人と現代人の1
図2-9 結腸がんと乳がんの発生頻
日分の摂取食品の栄養成分
度と脂肪摂取の関係 ……31
比較 …………………………7
表3-1 性・年齢階層別基礎代謝基
……………………………55
表1-1 牛肉・豚肉・鶏肉の食料需
準値と基礎代謝量 ………35
図4-1 国産牛肉・豚肉の生産・加
給の年次推移 ……………15
表3-2 脂質所要量 ………………35
工・流通経路 ……………59
図2-1 1人1日当たり供給エネル
表3-3 脂肪酸の種類 ……………36
図4-2 畜産副生物の流通経路 …60
図3-1「小学生(4∼6年生)が
図4-3 鶏肉・鶏内臓の流通経路 60
ギー量の推移 ……………18
食品 ………………………54
図3-10 いろいろな国のアレルゲン
表2-1 食品摂取量の年次推移 …19
やせるために気をつけてい
表4-1 加工した食肉の原料肉・販
図2-2 世界各国の脂肪消費量と寿
ることは」…………………37
売形態・保存温度による可
命の関係 …………………20
図3-2 年齢と骨量の変化 ………37
食期間 ……………………65
図2-3 脂肪・たんぱく質摂取と平
図3-3 鉄の摂取量と平均所要量の
図4-4 農場から食卓までの安全確
均寿命の関係 ……………21
比較(女)…………………38
保のシステム ……………67
表2-2 日本人の平均寿命の推移 22
図3-4 たんぱく質の栄養価比べ
図4-5 家畜生産における安全管理
図2-4 100年前と現在の日本人青年
(アミノ酸スコア)………39
体制 ………………………68
男子の平均体型 …………23
図3-5 食肉の部位別たんぱく質の
図4-6 食品の輸入手続き ………70
図2-5 性・主要死因別にみた年齢
含有量 ……………………42
表4-2 食肉および食肉製品等の分類
調整死亡率の年次推移 …26
図3-6 牛肉と豚肉に含まれている
……………………………71
図2-6 血清総コレステロール平均
主な脂肪酸 ………………45
表4-3 食肉の期限表示基準 ……72
値と脳出血発生率 ………27
図3-7 食肉に含まれている主なビ
図2-7 動物性脂肪摂取量と脳梗塞
タミンの部位別含有量 …46
資料 家庭での食中毒や腐敗をさけ
発生率 ……………………27
図3-8 食肉に含まれている主なミ
るための基本 ………………32
図2-8 高血圧の素因と食塩・たん
ネラルの部位別含有量 …50
台所の食肉安全 6つのチェ
ぱく質の影響 ……………28
図3-9 アレルギーを起こしやすい
ックポイント ………………56
3
監修
参考文献
東京大学名誉教授・お茶の水女子大学名誉教授
藤巻正生
「家畜の歴史」F・E・ゾイナー 法政大学出版局
京都橘女子大学教授・京都大学名誉教授
「動物と人間と歴史」江口保陽 築地書館
吉田 忠(1章)
「日本食肉文化史」伊藤記念財団
桜美林大学大学院教授・東京都老人総合研究所名誉所員
「日本人と食肉」日本食肉消費総合センター
柴田 博(2章)
岩手大学農学部獣医学科教授
品川邦汎(4章)
「食の生活史」大塚滋著 東京書籍
「図説 動物文化史事典」J.クラットン=ブロック 原書房
「食べ物としての動物たち」伊藤宏 講談社ブルーバックス
「新畜産学」水間豊等 朝倉書店
「日本畜産史」(食肉・乳酪)加茂儀一篇 法政大学出版局
編集スタッフ
●編集協力
東京都立国立高等学校教諭
中島郁代
東京都立台東商業高等学校教諭
小林誠子
「国際化と日本畜産の進路」宮崎宏編 家の光社
「食品成分表」女子栄養大学出版部
「国民栄養調査結果の概要」厚生労働省
「国民衛生の動向」厚生統計協会
「食肉データエッセンス」日本食肉消費総合センター
「日本人の栄養所要量」第一出版
「臨床栄養学」萩平博著 講談社サイエンティフィク
「食肉の秘密を探る」日本食肉消費総合センター
筑波大学附属中学校教諭
「脂肪を探る」日本食肉消費総合センター
小林美礼
「ビタミン、ミネラルを探る」日本食肉消費総合センター
川崎市立東高津中学校教諭
「安全な食肉―農場から食卓まで」日本食肉消費総合センター
矢部正子
「食品衛生辞典」廣川書店
「食品図鑑」女子栄養大学出版部
●執筆
宗村義隆
●レイアウト・デザイン
吉田久子デザイン室
㈱広英社インタラクティブ
●イラスト
藤川秀之
●写真協力
独立行政法人 家畜改良センター
世界文化フォト
スタジオO2
家の光フォト
4
「BSE 狂牛病・正しい知識」山内一也 河出書房新社
第1章
食肉の日本史
一般に経済的な豊かさは食肉などの動物性食品の摂取量に反映される
といわれます。その食肉を多くの宗教が規制してきた、あるいは規制し
ていることも事実です。日本の場合はどうであったのでしょうか。それ
は私たちの健康と栄養の道すじを探ることでもあります。
「山くじら」の看板で野獣や野鳥の肉を食べさせていた「名所江戸百景(びくにはし雪中)
」江戸東京博物館蔵
1.縄文人の食べ物
人類は、およそ1万年前の新石器時代に食糧生産革命の時代を迎えま
す。家畜を飼育する牧畜や穀物を栽培する農耕の始まりによって、生活
基盤が安定すると、人口が加速度的に増加するようになります。言語
的・民族的集団が形成されはじめたのも、この時期から、といわれてい
ます。
残存脂肪分析法 現在では、貝塚の糞
石(排便の化石)に残っている微量な
脂肪を分析して、目に見えない古代の
動植物の存在を立証する研究が進んで
いる。「残存脂肪分析法」とよばれる
この検査方法は、動植物の化石に残存
している脂肪が安定した状態で、数万
年という長い年月が経過しても変化し
ないことに着目したもの。糞石に含ま
れている古代の脂肪の組成を動植物の
脂肪分の化学組成と照合し、糞石の脂
バラエティ豊かだった縄文人の食生活
新石器時代は、日本の縄文時代にあたります。狩猟や海浜漁労、採集
で食糧を確保し、土器を使うことで料理のレパートリーが広がりました。
獲物の肉を加熱するだけの「火食」段階から、煮炊きなどの料理ができ
るようになると、それまで硬くて食べられなかったドングリやトチの実
も食糧になり、加工した食糧を備蓄するようになります。
発掘された石器に付着している脂肪分を分析すると、縄文人はシカ、
イノシシ、マガモ、ウミウなどの鳥獣、オットセイ、アザラシなどの海
肪を特定することで、先史時代の人間
がどのような食物を食べていたのかを
獣、フグ、マダイ、アサリなどの魚介類、ヒジキなどの海草、トチ、ク
復元することができる。
リ、クルミなどの木の実を食べていたことがわかります。また、糞石に
6
含まれている脂肪酸の組成分析の結果から、メニューは少なくても13種
類以上あったなど、縄文人は、私たちが想像していたよりも、はるかに
多彩な食生活を送っていたようです。
栄養学的にもすぐれていた
さらに驚くのは、動物の内臓を多く食べていたことです。そのせいか
縄文人の食事は栄養学的にも優れています。
図1-1は、宮城県鳴瀬町にある縄文時代前期の里浜遺跡から出土さ
れた、103個の糞石に含まれている脂肪酸から特定した、縄文人が1日
に摂取していた食品の栄養成分を現代人と比較したものです。
図1-1里浜貝塚縄文人と現代人の1
日分の摂取食品の栄養成分比較
(円形部分が現代人の栄養摂取量)
里浜の縄文人は、1日に2390キロカロリーのエネルギーを摂取し、た
んぱく質や脂質、ビタミン類やミネラルのどれもが、理想値を満たすよ
うな食生活を送っていました。
それだけではありません。貝塚から出土した動物の化石などから、縄
文人は気候風土に適した春夏秋冬の季節に応じた食生活カレンダーを持
エネルギー 2390.0
食塩 9.0
ビタミンC
17.1
ビタミンB2
5.2
ビタミンB1
2.5
ち、旬を大切にして季節に応じた山の幸、海の幸を採集していたことが
たんぱく質 64.9
炭水化物
351.6
カルシウム
12491.0
ビタミンA
2790.5 IU
リン 3455.2
わかります。縄文時代のように1万2000年近く続いた文化は世界に類を
鉄 503.5
見ないといわれていますが、その背景にはこのような優れた食文化があ
「バランスのとれた食生活を送っていた縄文人」
ったことを見逃すことはできません。
中野益男より
7
2.ブタやニワトリが飼われた弥生時代
紀元前4世紀頃に北九州にはじまり、わずか200年という短期間に普及
した水田稲作は日本列島に大変革をもたらします。
銅鐸に彫られた獲物の図
弥生時代の水田開発は低湿地帯や谷頭地などの稲作に適した場所に限
られていたようです。
稲作に適さない多くの台地や水利のよくないところでは、依然として
粟や稗、黍(きび)、豆、蕎麦などの穀物や数少ない野菜が畑作栽培さ
どうたく
れ、狩猟や漁労採集が頻繁に行われていたことが、銅鐸に彫られた猟犬
を使った狩猟の図や、遺跡から出土する多量の石鏃でわかります。狩猟
の獲物ではシカやイノシシが多く、鳥類では鵜、鴫(しぎ)
、鷺(さぎ)
、
鳩、鳶などが食されています。漁労では深海性の魚が多くなり、この傾
向は古墳時代に近づくほど著しくなります。
使役だけでなく食用にもなっていた家畜
日本の水田稲作文化には、食用家畜を飼育しなかったという特徴があ
るといわれています。
いずれも弥生時代の銅鐸、右は銅鐸の獲物の絵の部分(東京国立博物館)
8
渡来してきたニワトリは「時告げ」の霊鳥として扱われ、ウシは霊獣
として信仰視されていたようです。しかし肉食の風習を持つ民俗が日本
に渡ってくるようになる弥生後期になると、運搬や農耕に重要な役割を
果たしたウマやウシ、狩猟に役立つイヌのほかに食用のブタやニワトリ
を飼っていたことがわかっています。
この時代以降、江戸時代後期から明治にかけてまでの間、食用のニワ
トリが文献にほとんど登場しなくなります。食肉を食べる習慣が日本で
広く定着しなかったのは、農耕文化の後発であったために家畜を食用に
するという大陸の食文化が流入しにくく、四方を海に囲まれた環境に恵
まれて魚介類が豊富なため、食肉にそれほど依存しなくてもよかったと
思われます。
3.仏教がもたらしたタブー
古墳時代の肉料理
4世紀になると、諸豪族の連立政権によって日本列島のかなりの範囲
が統一されます。竪穴住居にも竃(かまど)が設置されて調理技術が発
達します。加工食品を貯蔵する穴や置場も整備されるようになると、肉
料理のバリエーションも広がります。
農耕が広く普及して主食と副食が分離します。動物の内臓を食べる食
習慣は途絶え、精肉を食べるようになっていたようです。内臓から摂っ
ていた塩分の不足は、海水から塩の結晶を取り出して食塩を調味料とし
て利用する食文化を呼び起こします。
肉料理では、家畜を煮たり焼いたりする料理に加え肉汁の利用や、貴
族の間では乾燥させた脯(ほじし)などのメニューが登場します。また、
イノシシなどの脂肪を調理用の油に利用したり、生肉を塩辛のように内
臓と共に調理した宍醤(ししひしお)という調味料もつくられるように
なります。
殺傷して肉を食べると仏罰が
大陸との交流はますます盛んになり、仏教と儒教が伝来します。
仏教には、殺生禁断という教えがあり、「生き物を殺生すると仏罰が
当たる」とされていました。この教えが一切の衆生(しゅうじょう)に
及び、人間のみならず、禽獣など生命のあるものすべてに対する殺生が
「良くないこと」とされるようになります。この仏教の教えは、古くから
持っていた血穢(けつえ)、死穢(しえ)というけがれ忌避意識と結び
ついて、肉食を忌避する風習を生み出します。
9
ブタと乳製品
奈良時代の文献に朝廷
直属の「猪飼部(いかいべ)」などが
登場しているが、ブタが本格的に食用
とされるのは18世紀になってから。な
肉食を禁忌する風習は、貴族階級から都市部の上層階級に広まります。
仏の慈悲によってひたすら来世の幸せを念じる人たちは、肉食を摂らな
い現世の食生活に理想を求めます。天武天皇は676年の勅語では、ウ
お、奈良時代から平安時代にかけた
100年の間、遣唐使や帰化人を指導者
シ・ウマ・サル・ニワトリの肉を食べることを禁じ、漁労で魚にわなを
にした天皇直属の牧場が積極的に開発
仕掛けたり、銛でつくことも禁じます。
され、酪や酥、醍醐などの乳製品がつ
くられていた。酪はヨーグルト、酥
これ以降、朝廷の鷹匠である放鷹司(たかのつかさ)に狩猟用のタカ
(そ)はバターではないかと推測され
ているが、ウシやヒツジの乳を精製し
やイヌを野に放ち、天皇の料理番である大膳職(だいぜんしき)は魚を
た濃くて甘いチーズのような醍醐は、
最高の美味を意味する仏教用語の醍醐
に由来して命名された。
捕るために飼い慣らした鵜を川に返すなどの勅令があいつぎます。大和
朝廷に従う地方の貴族たちも、食用にしていたニワトリやイノシシを野
に放たなければなりませんでした。
それでも肉食は絶えることはなかった
それでも肉食の習慣は消えることはありませんでした。古くから肉食
の味に親しんでいた人たちの間では、必要に応じて山野に猟に出かけ、
鳥獣の肉を楽しむ風習が続いていました。これを「薬猟」と称していたよ
うです。
飛鳥時代から平安時代にかけて、殺生禁断の布令や下令が繰り返し出
されたのは、庶民の根強い食肉願望と、当時勢力を増しつつあった肉食
文化を持った民族出身の官吏や貴族に対する牽制という側面があったよ
うです。
都から離れた伊勢、近江、美濃、若狭、越前、紀伊などでは、農民た
ちが祭りになると肉食の禁令を犯してウシを殺して食べていたという記
録があり、広島県福山市の草戸千軒遺跡からは、盛んに肉を食べていた
痕跡が発掘されています。また九州では、豚肉を中心にした食文化が発
達し、豪族の筑後守道君(ちくごのかみみちきみ)が養豚を奨励したと
いう記録が残されています。貴族たちも年に数回は「薬猟」を行い、狩
猟が禁止されていなかったシカやイノシシなどの、「山肉」とよばれる
野獣肉を薬用と称して食べています。
4.「薬食い」で食肉を堪能していた武家政権
『百錬抄』に記されているように、武士のたくましい生活が食生活に
も反映され、動物のたんぱく質も豊富に摂取されるようになります。
軍事演習の「狩り」で食糧確保
戒律を守って極楽浄土を願う貴族階級と異なり、たくましい生活力と
軍事力を武器にした武士階級は、狩りによって得た獣肉を食膳で楽しみ、
獣肉に対する禁忌とは無縁でした。
10
忠節・武勇・礼儀・質素をモットーとする武家文化のなかで、有名な
「曽我兄弟の仇討ち」の舞台となった富士の裾野のような「狩場」は、
軍事演習のためだけではなく、貴重なたんぱく源を確保する場所として
も珍重されていたのです。
魚鳥肉が尊重された室町時代
室町時代は、みそやしょうゆなどの調味料を始めとした、現在につな
がる日本風の食品や食生活が形づくられた時代です。このなかで、魚や
鳥類の肉を上品な食物とする風習が生じ、獣肉はそれらに比べると下級
なものと考えられるようになったことが『庭訓往来』や『尺素(せきそ)
往来』などに記されています。
室町時代も後期になると、肉や魚を除いた禅林風の食べ物が武士の食
生活にも浸透します。寺院や海から遠い京都などでは肉類を用いない精
進料理が発達し「日本料理」の原型もつくられます。しかし、こうした
新しい食文化の中で、現在では「畑の牛肉」ともよばれる大豆を用いた
加工食品を「雁もどき」(雁の肉に味を似せたものの意)と呼んだ背景
には、当時の人たちの「肉はおいしい」という想いが見えるようです。
肉が好きだった信長と秀吉
ヨーロッパから鉄砲が伝来し、宣教師が布教に訪れるなど「南蛮文化」
が流入した安土桃山時代には、一日の食事回数がそれまでの朝夕の二食
から三食になるという、食生活史上重要な変化が起きています。
南蛮人との交易を契機にして、キリスト教に改宗する大名たちは九州
から近畿に広がります。領地の庶民は仏教の「殺生戒」から解き放たれ、
牛肉や豚肉が食用として受け入れられるようになります。
豊臣秀吉も肉好きでした。朝鮮に侵攻したのは「虎の肉が食べたかっ
たからだ」という説があるくらいです。宣教師ルイス・フロイスは秀吉
が肉好きだったこと記しています。
攝津の高山右近も、秀吉の小田原城攻めの際に細川忠興や蒲生氏郷を
招いて牛肉を食べさせています。宣教師たちが、「キリシタンは人肉を
『百錬抄』と禅宗にみる食物
鎌倉時代の禅宗は、武家の食品選択に影響を与え
鎌倉時代の初期には朝廷からは狩猟の禁止令が発布
る教義はほとんどなく、宗教的な戒律にとらわれな
されている。しかし、鎌倉時代末期の公家の日記など
い風潮が支配的だったようだ。しかし、長く続いた
を抜粋した『百錬抄』には、大勢の武士たちが京都の
宗教上の規制は人々の生活に深く浸透し、禽獣の肉
六角西洞院の境内にシカの肉を集め、「宍肉(ししに
は、健康維持や病人の体力回復のために、薬代わり
く)」とよんで喜んで食べていた様子が、「洛中不浄、
に少しずつ消費する「薬喰い」と婉曲な表現が用い
只この事にあり」と記されている。
られ、そのための狩猟を「薬猟」と称していた。
11
ワカ
当時を回顧した文献には「京衆
牛肉をワカと称してもてはやせり」と
あるが、「ワカ」という音は、ポルト
ガル語で牛肉を意味するvachがなま
ったものと考えられている。
食べ、生き血を飲んでいる」というキリスト教に反感を持つ人たちの風
説に心を砕いて肉食を自制していたのとは、好対照のエピソードです。
後に、秀吉は「伴天連追放令」でキリスト教を禁じ「牛馬をと畜して
食用に供すること」も禁止しています。
5.江戸時代の食卓と食肉
江戸時代は、三代将軍家光によって「鎖国令」が発せられ、「島原の
乱」を契機に肉食に関係の深かったキリスト教や南蛮文化との関係もあ
禁令下の食肉
二代将軍秀忠は、1612
年に「牛を殺すこと禁制なり。自然死
するものは、一切売るべからず」とい
う牛肉食禁止令を出す。この禁止令は
って、生牛馬のと畜禁止令は江戸幕府の定法となります。さらに仏教の
殺生戒や神事のケ(褻)の影響もあり、肉食に対する強い禁忌意識が広
がったと考えられてきました。しかし、表向きは食肉の生産も消費もな
三代将軍家光の牛馬のと畜禁止同様、
農業を振興させるために田畑の労役に
かったはずの江戸時代の食卓には、様ざまな食肉にまつわるエピソード
使うウシの繁殖を奨励するという実利
が潜んでいます。
的な理由があり、それまでの仏罰を恐
れたのとは大きく色合いを異にしてい
食文化と薬喰い
る。中国、朝鮮、オランダとの交易が
許されていた長崎平戸の出島では、中
国人がブタを飼い、オランダ人が豚肉
やハムを食べていた。薩摩ではブタが
飼育され、江戸近郊の一部の地域でも
ブタが飼育されていたという記録があ
る。
鎖国下の天下泰平を背景に食生活が豊かになった江戸時代は、伝統的
な食文化のなかに南蛮や支那料理の要素を和風に消化して、日本料理が
完成した時代です。獣肉食を忌む傾向は根強かったものの、南蛮や支那
料理の影響を受けて食肉を味わう機会が少なくなることはありませんで
した。
生類憐みの令と彦根藩の養生肉 「犬公方」といわれた五代将軍綱吉は、
イヌをはじめとする動物を徹底的に保護する「生類憐みの令」を出しま
すが、ちょうどその頃、近江の彦根藩では生牛と畜が黙認され、牛肉の
味噌漬けや干し肉による「薬喰い」が考案されます。儒医の香川修徳が
「邦人は獣肉を食わざるが故に虚弱なり」と肉食を説き、その後蘭医が
肉食を勧めたこともあって、近江では公然とウシのと殺が行われ、彦根
藩役人の指揮下で牛肉の味噌漬けや乾肉が生産されるようになります。
近江の名産品になった養生肉は、江戸中期以降、彦根藩主井伊家の「寒
中お見舞い」の貢物として将軍家や御三家、老中などに献上されていま
す。尊皇攘夷論で有名な水戸の烈公、斉昭も彦根牛肉を好んで食したと
伝えられています。
牛肉の味噌漬けは保存食でもあったからか、大奥で賞味され、幕府が
神田和泉橋の病院にも備蓄し、病気になった町民も願い出れば買うこと
ができました。病を治して身体をすこやかにする滋養・強壮を目的とす
れば、幕府のお墨付きの牛肉を食べることができたのです。
12
食肉料理は鍋物が主流だった
外食の普及と庶民の肉食
元禄や文化文政の時代になると、上方や江戸で町人文化が花開き、食
ペリー
が開国を要求して黒船が浦賀に到来し
生活も豊かで贅沢になっていきます。交通網が整備され街道筋の宿場な
て以降、横浜に居留するようになった
外国人に対する牛肉調達の必要性が生
どに居酒屋や飯屋が軒を並べるようになり、人口が集中する都市部の下
じた。近畿や中国地方のウシが、家畜
商の仲介で神戸港に集められて横浜に
町では繁華街が出現し、飲食店が立ち並びます。
運ばれ、慶応3(1867)年には幕府の
自宅ではなかなか料理できない食肉が、飯屋や飲食店で堪能できるよ
うになります。いわゆる外食文化の登場です。「山くじら」の看板を出
す店でイノシシの肉の鍋料理に舌鼓を打ち、「ももんじ屋」ではイノシ
シのほかにシカ、タヌキ、鳥肉などの獣肉も楽しむことができました。
当時、「健康によい、体によい」と言って肉食を勧める「ももんじ屋」
御用達で芝白金にと畜場が作られた。
ビーフステーキを好む外国人にとっ
て、シロヌカや豆腐粕で肥育され船で
運ばれてきた「コーベビーフ」の評判
は格別だったようだが、江戸町民たち
には鍋料理としてひろまった。特に人
気の高かった牛鍋は、ももんじ屋で人
の主人の魅力あふれる姿が「けだもの屋、藪医者ほどは、口をきき」と
気のあったカモ鍋や牡丹鍋のように、
ぶつ切りの牛肉とザク(雑具:付け合
川柳に歌われ、その繁盛ぶりは「狩場ほど、ぶっ積んでおく、糀(こう
せの長ネギ、コンニャク、焼き豆腐な
ど)を味噌で煮ていた。
じ)町」「祭りにも、けだものを出す、糀町」と描かれています。普及
した肉料理は町人長屋でも楽しまれることもあったようです。与謝蕪村
にも「薬喰い、隣の亭主、箸持参」「しずしずと五徳据えけり薬喰い」
といった句があります。
6.文明開化と「食肉ノススメ」
明治2(1869)年に海軍が牛肉を栄養食として採用し、同5年に明治
天皇が初めて牛肉を食べると、新聞が肉食を奨励・賛美するようになり、
牛鍋屋は「官許」の文言を幟、看板などに記します。
洋食が入ってきた「横浜異人屋敷之図」神奈川県立博物館蔵
13
牛鍋と福沢諭吉
仮名垣魯文の『安愚楽鍋』によれば、牛肉を食べることが文明開化の
洗礼を受けることであり、現在の「関東風すき焼き」のルーツともなる
牛鍋のブームが起こります。明治6年には浅草・神田界隈で74軒でした
が、4年後には東京で558軒が軒を競っています。
牛肉は、明治20年代に入ると洋食屋の西洋料理の材料として普及し、
30年代にはウスターソースが市販され、多数の料理本が出版されるよう
になって肉料理は家庭料理の仲間入りをします。その10年後には肉屋に
しょうゆ
み りん
ひき肉器が備え付けられ、牛肉の五目とじや、醤油や味醂で味つけした
コロッケなども誕生します。
こうした需要をまかなうために神戸や中国地方の肥育牛が鉄道輸送さ
れ、明治末期には山形の米沢牛が陸送されるようになります。
福沢諭吉は幕末の頃から、「牛肉は滋養によい。牛肉は夜の明けるに
従い誰でも食用するようになる」と屠場建設を奨励しています。福沢諭
吉は学問だけでなく「食肉ノススメ」にも貢献していたのです。
やがて、安価な豚肉を材料にしたトンカツ、カレーライス、コロッケと
いう「日本の三大洋食」が登場し、大衆的な中国料理として人気を呼ん
だ支那(中華)そばのチャーシューにも豚肉が使われるようになります。
肉料理がハイカラなものとして普及した大正から昭和初期にかけて
は、ハムやソーセージなどの加工食肉技術が欧米の技師から伝えられ、
食肉加工業界も大きく成長し始めます。明治時代に一世を風靡した牛鍋
は、関東大震災をきっかけに、関西風に卵をつけて食べることが多くな
ったすき焼きと、大衆食堂で親しまれる安価な牛丼に分化していきます。
7.食生活の欧米化と食肉の国産化
昭和13年に、日本は国家総動員法が公布され、軍事優先の食糧政策の
ために配給統制の時代に入ります。太平洋戦争が勃発した16年になると、
肉牛の出回りがさらに悪化して、大都市では食肉の配給も難しくなり、
食肉の普及は大きく後退します。
食肉の需要急増と食肉国産化
敗戦直後の食糧難時代には食肉は手に入れることが難しくなります。
昭和24年になってようやく小売店で自由に買うことができるようになり
ましたが、食肉の消費量が戦前の水準を越えたのは昭和31(1956)年に
なってからのことです。
この年からはじまる神武景気を足がかりに、日本経済は復興から高度
14
成長に移ります。アメリカの食文化を積極的に取り入れた日本では、コ
メやイモ類の消費が少なくなり、食肉や乳製品、油脂の消費が増大しま
す。平均寿命や身長の伸びが注目されるようになります。経済大国と呼
ばれるようになった昭和55(1980)年の『厚生白書』では、伝統食に酪
農製品を含む動物性食品、野菜、果物をバランスよく摂取する「日本型
食生活」を、多様な主要栄養素をバランスよく摂取できる理想的な食生
活としています。
食肉の生産にも大きな変化が現れます。牛肉では、小規模経営を脱し
て設備の機械化・近代化を可能とする大規模経営に転換し、より栄養価
の高い飼料が利用されるようになって若齢肥育の飼育が普及します。豚
肉の生産も、戦前のピークに戻った昭和31年以降著しく伸びて、昭和37
年のブタ肉価格の大暴落を教訓にして、大規模な多頭養豚経営への転換
が加速します。経営規模の拡大にともなって、残飯養豚から濃厚飼料に
よる肥育への転換も図られます。昭和33年に戦前のピーク時の飼養羽数
を超えた養鶏も、肉専用のブロイラー生産が始まりました。
食肉の国内の生産・供給基盤の確立が、世界に誇る高い栄養水準の日
本型食生活と多彩な食文化の発展をもたらしたといえるでしょう。
8.食肉の大衆化と高級化
食肉の大衆化は、国内の食肉消費量を急速に増加させ、70年代初頭に
表1-1 牛肉・豚肉・鶏肉の食料需給の年次推移
1934∼
1938平均
1951
1960
1970
1980
1990
2000
2002
牛肉
61
13
67
0
141
6
282
33
431
172
555
549
520
1055
470
868
豚肉
58
0
50
0
149
6
779
17
1430
207
1536
488
1255
952
1231
1034
鶏肉
21
0
12
0
103
0
496
12
1120
80
1380
297
1195
686
1216
702
単位:千トン
上:国産
下:輸入
15
は、外国肉が輸入されるようになります。
ニーズの高級化に対応する牛肉生産者
当時、安い輸入牛肉によって日本の畜産産業は壊滅的な打撃を受ける
のではないかという声もありました。しかし、日本の畜産農家は、時代
のニーズを捉え、高級化する食肉需要に応えることで成長を続けました。
冷凍冷蔵庫や電子レンジの普及が家庭料理のレパートリーを増やし、ロ
ーストビーフや焼豚などの食肉メニューが食卓に登場するようになる
と、「グルメ」な消費者が増え、本物志向や栄養バランスを考えた新メ
ニューの時代が到来します。
こうした変化にともなって、それまでは簡単なランク分けやサイズ別
で売られていた牛肉が、消費者ニーズにマッチするように用途別、部位
別に売られるようになりました。また現在では、牛肉や豚肉、鶏肉に高
級銘柄品が登場して、そのおいしさが消費者に高い人気を博すようにな
りました。
しかし、黒毛和種などの中から血統のよい牛を選び出し、体重600㎏
以上に肥育して松阪牛や近江牛などの「霜降り牛肉」に仕上げるのは、
飼料代も手間も惜しまない経験豊かで繊細な「職人芸」「名人芸」の技
術が必要でした。特長のある銘柄牛を新しく育成するにも、技術に加え
て労力とコストがともないました。
産地化が進む豚や鶏
豚肉も産地化が進み、薩摩の黒豚など野趣に富んだ特定ブランド豚肉
が、消費者の注目を集めるようになります。生産者は、できるだけ自然
に近い状態で飼育して品質を高め、また脂肪の少ない輸入種との交配で
より消費者の嗜好に適した商品の開発をめざしています。鶏でも、同じ
ように名古屋コーチンや比内鶏などの銘柄地鶏を、より自然で安全な環
境で飼育して、より付加価値の高い商品を開発する試みが進んでいます。
肉に依存しない伝統的な食文化の中で、日本人は敏感で奥行きの深い
味覚で食を判断してきました。そのためか、日本人は量をたくさん食べ
るという側面にではなく、肉の質やおいしさを重視するところにその価
値をおいているといえるようです。
16
第2章
食肉は日本人をどう変えたか
明治、大正時代の写真をみると、衣装風俗だけでなく、体つきや顔つ
きまで現在の私たちとは違うように見えます。当時の平均寿命は50歳
に満たず、
欧米の先進国と比べるとかなりの短命国であったといえます。
日本の平均寿命が50歳を越えたのは1947年です。ところが、その
あたりから平均寿命が延びはじめ、同時に親より子、子より孫の身長が
高くなってきました。今では日本は世界一の長寿国であり、体つきも半
世紀前とは比べものにならないほど変わってきています。
日本のサッカーが世界のトップレベルに近づいているのも体位向上と無縁ではないだろう
17
1.食肉と寿命の関係
日本人の平均寿命が延びた最大の要因は、食生活と栄養の改善によっ
て国民の健康水準が向上したことです。病原体に対する抵抗力が強くな
り、結核などの感染症も激減し脳卒中も減少させました。こうした傾向
をもたらした食生活で注目されるのが、食肉や牛乳・乳製品に代表され
る動物性食品の増加です。戦後まもなくから現在までの動物性たんぱく
質の摂取内容を見ると、増えているのは陸産性のたんぱく質、すなわち
食肉です。
動物性食品が増えてすぐれたものになった日本型食生活
戦前の日本では、動物性のたんぱく質と脂肪が極端に不足して、食塩
は取りすぎていました。大正7年の記録では、4人家族の平均的な食生
活は、漬物やみそ汁をおかずに毎食5合のご飯を食べていました。カロ
リー摂取量は2100キロカロリーで現在より多いものの、油脂類はほぼゼ
ロ。塩蔵の魚を週に5回食べていましたが、動物性食品は1日に換算す
ると15gに過ぎません。こうした穀類中心の粗食が、感染症の多発を招
いていたのです。
経済安定本部「戦前戦後の食糧事情」
平野 赳「食の世界」による
図2-1 1人1日当たり供給エネルギー量の推移(kcal)
2,400
(kcal)
合 計
2,200
2,000
1,800
穀類・いも類
1,600
1,400
砂糖
140
120
100
魚介類
80
60
40
乳・肉・卵類
20
0
11
明
治 15
(1878年∼)
18
21
31
25
35
41
大
正 1
7
11
12
昭
和 2
3
8
13
18
7
12
17
22
25
(1950年)
増えたたんぱく質と脂肪の摂取 第二次世界大戦の後になると、たんぱ
く質と脂肪の摂取状態は大きく改善されます。1947年の国民栄養調査の
初統計によると1日の摂取量が68グラムに過ぎなかったたんぱく質は、
60年に69.7gになり、80年には78.7g、94年になると79.7gというように増
加しています。同じく1950年にわずか18gしか摂っていなかった脂肪も
80年には55.6gになり、94年になると50年当時の3倍強の58gになります。
日本人の食物摂取パターンが大きく変化したのは65年以降ですが、こ
れに伴うようにコレステロールの不足が原因のひとつである脳卒中によ
る死亡が減りはじめ、男性の場合、2000年には1964年の5分の1にまで
減少しています。
明治時代と変わらないエネルギー摂取量 日本人の食生活の変化で特徴
的なのは、動物性たんぱく質や脂肪の摂取が増加したにもかかわらず、
1日のエネルギー摂取量が変化していないことで、現在の1日2000キロ
カロリーというのは明治時代とあまり変わっていません。欧米先進国で
は20世紀に入って、エネルギー摂取量が1.5倍と3000キロカロリーを超
え、カロリーの摂取過剰が問題になっています。
バランスのよい栄養摂取
現在の日本人の食生活には、たんぱく質や脂
肪の摂取バランスにも、日本独特の傾向があります。たんぱく質を例に
(単位
表2-1 食品摂取量の年次推移(1人1日当たり)
米
)
昭和25
30
35
40
45
50
55
60
平成5
10
14
類
338.7
346.6
358.4
349.8
306.1
248.3
225.8
216.1
195.4
164.8
穀類として
460.5
小
麦
粉
68.7
68.3
65.1
60.4
64.8
90.2
91.8
91.3
86.9
90.9
い
も
類
127.3
80.8
64.5
41.9
37.7
60.9
63.4
63.2
62.5
71.5
62.5
砂
糖
類
7.2
15.8
12.3
17.9
19.7
14.6
12.0
11.2
10.2
9.5
7.2
油
脂
類
2.6
4.4
6.1
10.2
15.6
15.8
16.9
17.7
17.9
16.0
10.9
ま
め
類
53.7
67.3
71.2
64.3
71.2
70.0
65.4
66.6
66.0
72.5
58.9
緑黄色野菜
75.6
61.3
39.0
49.0
50.2
48.2
51.0
73.9
81.6
87.9
88.9
その他の野菜
117.5
129.2
123.6
170.4
162.8
161.3
169.4
163.9
180.6
172.7
207.8
果
実
類
41.5
44.3
79.6
58.8
81.0
193.5
155.2
140.6
114.9
115.5
124.3
海
草
類
3.0
4.3
4.7
6.1
6.9
4.9
5.1
5.6
5.5
6.0
14.6
調味嗜好品
32.0
42.4
75.6
119.4
163.4
148.4
134.7
136.1
163.6
193.1
魚
類
61.0
77.2
76.9
76.3
87.4
94.0
92.5
90.0
96.2
95.9
88.2
肉
類
8.4
12.0
18.7
29.5
42.5
64.2
67.9
71.7
73.7
77.5
77.5
卵
類
5.6
11.5
18.9
35.2
41.2
41.5
37.7
40.3
42.7
40.5
36.5
乳・乳製品
6.8
14.2
32.9
57.4
78.8
103.6
115.2
116.7
130.8
135.0
168.5
介
―
資料:厚生労働省国民栄養調査(平成14年は速報値)
19
とると動物性と植物性の比率が、理想的な比率といわれている1対1に
近くなっています。これに対して、栄養過多が問題になっている欧米で
は動物性たんぱく質の比率が60∼70%で、栄養不足が心配されているア
ジア諸国では30%以下です。
脂肪の摂取も、総エネルギー量に占める割合が25%(炭水化物60%、
たんぱく質15%)と理想的なバランスです。脂肪の摂取割合が全エネル
ギーの40∼50%になっているアメリカの状態と比べると、日本のたんぱ
く質と脂肪の摂り方が優れたバランスを保っていることがわかります。
(これは平成12年の国民栄養調査の数字をもとにしています。最新の14年
調査においても、ほぼ同様の傾向がつづいています)
さらに日本人の食生活は野菜類の摂取量が多く、根菜類、キノコ類、
海藻を常食としていることも長寿に貢献していると考えられています。
危険な粗食礼賛
肥満や心筋梗塞に悩むアメリカやヨーロッパでは、世界一長寿国の日
本の食生活に見習い、取り入れようとする動きがあります。この考え方
をそのまま逆輸入して、「われわれ日本人も、昭和30年代の食生活に戻
ろう」という主張や、「長寿には穀物や野菜を中心とした粗食こそが好
ましい」とする意見も散見されます。
図2-2 世界各国の脂肪消費量と寿命の関係
油脂消費量1人1日125gの水準まで
は消費量の多い国ほど寿命が長く、そ
れ以上の水準では消費量と寿命の関係
が逆転傾向を示す。
(歳)
75
日本
平
均
寿
命
65
55
137カ国/男(多重相関γ=0.78)
45
35
1人1日当たり脂肪消費量
25
20
60
100
140
「Sinnett P,Lord S, Proceedings of 2nd Regional Congress, International Association
of Gerontology, Asia/Oceania Region, 1983
20
180g
健康な寿命
こうした見解は栄養学をまったく無視したもので、健康に悪影響を与
WHO(世界保健機関)
でも、高齢化する世界各国の健康度を
える危険があります。昭和30年代といえば平均寿命は男女とも60台半ば
で、低栄養が原因の脳卒中がまだ死亡原因のトップを占めていた時代で
示す指標として、平均寿命や乳児死亡
率に加えて「健康障害を持たずに生き
す。昭和30年の肉類摂取量は1日当たり12gで現在(H13年)の1/8ぐ
ている期間」を意味する「健康寿命」
をとり上げている(2000年6月)。こ
らいです。日本人の長寿化は、その後の栄養状態の改善によってもたら
の「健康寿命」という点でも、現在の
日本は世界でトップの座を占めている。
されたものです。
欧米諸国が和食を取り入れようとする根拠 一般に、私たちが1日に必
要とするエネルギーは2000キロカロリー前後で、三大栄養素をほぼ一定
の割合で供給されていることが望ましく、その割合(PFC:供給熱量比
率)は、糖質60%、脂質25%、たんぱく質15%程度が目安とされていま
す。
欧米諸国が和食に注目するのは、食生活の改善運動にもかかわらずエ
ネルギー摂取量が3000Kcalを超えたままで、しかも総エネルギーに占め
る脂肪の割合が40%を超える水準にあるからなのです。これに対して日
本は、平成14年度の食糧需給表では、総摂取エネルギーに占める脂肪か
ら受け取るエネルギー比率(脂質のPFCに占める割合)は29%です。最
近では、若年層を中心に脂肪分の摂取は増加傾向がありますが、それで
も栄養のバランスは優れた水準にあるといえます。
「健康で長寿」
平均寿命が延び高齢化が進む日本では、2010年に2.4人に1人が50歳
以上となる「超高齢社会」を迎えることから、高齢期の生活の質
(QOL)を重視した社会政策が求められています。
日本における食生活の改善で最も特徴
的な脂肪とたんぱく質の摂取量の推移
と平均寿命の関係を示したもの。
グラフ上の数字は西暦。
図2-3 脂肪・たんぱく質摂取と平均寿命の関係
76
74
平
均
寿
命
︵
歳
︶
1983
72
1975
70
68
66
1970
1965
1995
1995
1985
1980
1960
1955
76
70
35
40
45
50
55
60
1960
66
62
脂肪摂取量(g/day)
1970
1965
68
62
15
30
1975
72
64
25
1980
74
平
均
寿
命
︵
歳
︶
64
20
1985
1955
68
70
72
74
76
78
80
82
たんぱく質摂取量(g/day)
(家森幸男・国民栄養調査より作成)
21
表2-2 日本人の平均寿命の推移
男
女
大正10∼14(1921∼1925) 42.06 43.20
15∼昭和5
(1926∼1930) 44.82 46.54
昭和10・11(1935・1936) 46.92 49.63
22(1947)
50.06 53.96
25∼27(1950∼1952) 59.57 62.97
30(1955)
63.60 67.75
35(1960)
65.32 70.19
40(1965)
67.74 72.92
45(1970)
69.31 74.66
50(1975)
71.73 76.89
55(1980)
73.35 78.76
60(1985)
74.78 80.48
平成2(1990)
75.92 81.90
7(1995)
76.38 82.85
12(2000)
77.72 84.60
平成14(2002)
78.32 85.23
桜美林大学教授の柴田博氏らが行った調査で、食肉類、野菜・果物類
を積極的に食べている人のほうが、QOLの重要な要素である日常の
「生活満足度」が高く、うつ状態が少ないことが明らかになりました。
多彩な食材をバランスよく食べることが、心身ともに健康を維持するた
めに重要であることを強く示唆する結果といえるでしょう。
では、バランスのよい食生活では、どのくらいの動物性食品を摂る必
要があるのでしょうか。同教授によると、体格や活動量によって個人差
はあるものの、一般に成人では一日に薄切り肉2枚(50g)、魚1切れ
(80g)、牛乳1本(200g)、卵1個(50g)が目安で、これは今日のお年
寄りの食生活にも共通するものだと述べています。
歳をとったからといっても、人間に必要な栄養のバランスが変わるわ
けではありません。
厚生労働省「簡易生命表」
「完全生命表」より
2.体格の変化と動物性食品
平成14年度の「学校保健統計」(文部科学省)によると、17歳男子の
平均身長は170.7cm(平成14年度実績)で、1900年に比べて約13cm伸び
ました。食生活の改善、とりわけ動物性たんぱく質の摂取量が増加した
ことが大きな要因としてあげられています。動物性食品は骨の成長にど
のように関わってきたのでしょうか。
栄養状態が改善されて体格がよくなった
骨の成長を支えた動物性食品 動物性食品が増え、栄養状態が改善され
た昭和30年生まれくらいから、日本人は急速に体格が大きくなります。
体格の変化には、食べ物だけでなく、畳に座る生活習慣が椅子を利用す
る生活に変わるなど、さまざまなライフスタイル全体の変化も影響を及
ぼしていると考えられています。
骨の成分はその65%がカルシウムですが、骨の土台となっている骨基
質という部分はコラーゲンからできています。コラーゲンは動物の皮膚
や腱、軟骨などの結合組織の主成分ともなっている繊維状のたんぱく質
で、骨基質は骨の成分の約30%を占め、網状の骨基質にカルシウムが絡
まる形で骨はできています。骨の基部の生成にたんぱく質が関わってい
るので、たんぱく質の摂取と骨密度には深い関係があると考えられてい
ます。
脂質も骨密度と深い関わりがあります。脂溶性ビタミンであるビタミ
ンDなどが骨のカルシウム代謝に重要な役割を果たしています。
22
6.8頭身から7.2頭身に
日本人の身体計測に関する科学的データで最も
古いものは、100年以上も前の1884年のもので、ドイツ人のベルツとい
う人が行ったものです。
ベルツの調査数値と100年後の日本人の体格・体型と比較してみると、
もっとも伸びたのは脚の長さで、頭の大きさはほとんど変わりません。
逆に胴は短くなっています。明治時代の人が6.8頭身だったのに比べて、
現代の日本人はおよそ7.2頭身と、かなりスマートになっています。
3.食肉の摂取と疾病構造
結核などの感染症による死亡率が激減し、脳卒中とよばれる脳血管性
疾患による死亡率が減る一方で、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患
による死亡率が増加せず、脳卒中死亡率の減少と入れ替わりに虚血性心
疾患の死亡率が増加してきた欧米諸国と好対照をなしています。
食生活の改善、とりわけ食肉の摂取と疾病構造の変化にはどのような
関係があるのでしょうか。
生活習慣病と食肉
疾病構造の変化には、食生活の改善だけでなく、その結果として寿命
が大きく延びたことも大きく関係しています。たとえば、厚生労働省が
身長:161.5cm
23.7cm
(14.7)
身長:168.9cm
23.7cm
(13.9)
図2-4 100年前と現在の日本人青年男子の平均体型
左は明治時代に来日したドイツの医師
ベルツが、1876年に測定した大学生
(男)53人の体型の平均値をもとに作
成したもので、当時の日本人(青年)
の平均的な体型を示している。
72.5cm
(42.9)
52.9cm
(31.3)
68.9cm
(42.7)
55.3cm
(34.2)
右は1977年に保志宏、河内まき子らが
成人男子112人を測定し、その平均値
をもとに作成したもの。
身長が7.4cm、脚の長さが5.7cm伸び
ているが、頭の大きさはほとんど変わ
82.8cm
(49.0)
( )内の数字は身長
に対する百分率
77.1cm
(47.8)
っていない。
「体格の変化と動物性食品」鈴木隆雄より作成
23
指摘するように、高齢化の進行にともないがんや虚血性心疾患、脳卒中
の三大疾患はますます増えることは確実です。このほか、多くの合併症
を引き起こすことで「合併症の病気」と恐れられている糖尿病は、40歳
を過ぎると患者数は10人に1人以上となり、今では1700万人を超える患
者予備軍がいると考えられています。
生活習慣病とは 本来、疾病の発症には、加齢などを含めた「遺伝要因」
のほか、病原体や有害物質、ストレスなどの「外部要因」、食習慣や運
動習慣などの「生活習慣要因」など、さまざまな要因が複雑に関係して
います。なかでも、40歳を過ぎてから発症することが多いがん、脳卒中、
心臓病など致命率の高い疾患は、生活習慣が発症と進行に深く関わって
いることが明らかになっています。こうした疾患は、糖尿病や骨粗鬆症
などと並んで健康的な生活習慣を確立する「一次予防」を充実させるこ
とでその発症を防ぐことができることから、厚生労働省の呼びかけで、
かつての成人病疾病群を生活習慣病とよぶようになりました。
また、個々の疾患に及ぼす生活習慣の影響についても次第に明らかに
されています。たとえば、肺がんの発症には喫煙が、大腸がんには食生
活が関係しており、脳卒中の発症には過剰な食塩や動物性たんぱく質や
脂肪の不足が関係しています。このほかにも、動物性脂肪の過剰摂取が
虚血性心疾患の死亡率に関係しており、糖尿病はカロリーの過剰摂取と
体を動かす習慣とバランスのよい食生活で骨を強
していない唯一の栄養素。加齢にともなってカルシウ
くする
ムの吸収率が悪くなることを考えると、高齢期には1
骨折して初めて症状が現れる骨粗鬆症
加齢ととも
に、骨の成分であるリン酸カルシウムが少なくなって
また運動には、骨を守る筋肉を強くする働きがある。
骨量が減少し、骨がもろくなって骨折しやすくなる骨
畳で生活する習慣のある人は、立ち上がるたびに足腰
粗鬆症は女性が閉経後に多く見られ、男性では女性よ
の筋肉を使い、布団の上げ下げも足腰の鍛錬になるの
り20年以上遅れることが多いといわれる。
で転倒しにくく、骨折しにくい足腰を作っているとい
骨粗鬆症は、骨折する場所は背骨(錐体=胸椎と腰
う調査もある。ある程度の負荷がないと、骨の代謝が
椎)がもっとも多く、そのために腰や背中の痛み、円
低下してしまうからだ。
背(猫背)になるが、ときには痛まずに骨折する場合
丈夫な骨にはバランスのよい食事が必要
もある。もっとも気をつけなければならないのは、高
K市に住む65歳から79歳までの女性を対象に、東京都
齢者の寝たきりの原因となることが多い、股のつけ根
老人研究所が行った調査では、肉類や脂質が所要量を
(大腿骨頸部)の骨折。
24
日当たり750∼800mgが必要といわれている。
東京都下の
超えている人たちの骨密度が高く、さらに摂取食品数
カルシウムと適度な負荷が必要 カルシウムは、ほか
が多いほど骨密度が高くなっていることがわかった。
の栄養素の摂取が厚生労働省の目標値を100∼120%の
摂取する食品数が増えるとともに、エネルギー、たん
高率でクリアーしている日本で、目標値600mgを達成
ぱく質、脂質、あるいは卵、肉、大豆製品などの摂取
運動不足による肥満が問題となること、そしてアルコールの過剰摂取と
肝硬変の発症率の関係が平成9年度版の「厚生白書」によって指摘され
ています。
食肉の効能
食肉に含まれている成分には、虚血性心疾患をはじめ、がん、ストレ
ス、感染症などのリスクを軽減し、骨密度を高める効果があることがわ
かっています。コレステロール値の改善やうつ病(単極性気分障害)の
予防に対する食肉の役割を地道に調査する研究も盛んになっています。
脳の血管を強くした動物性食品
1960年代の半ばを境に、脳卒中(脳血管疾患)による死亡率が下降線
をたどります。その後も脳卒中による死亡率がどんどん減少し、特に65
歳以下の死亡率の減少が目立つようになります。1981年には悪性新生物
(がん)がトップになりますが、グラフでもわかるように、脳卒中の順
位が下がったのはがんの死亡が増えたからではありません。
食生活が変えた日本人の死亡原因 脳卒中は、栄養状態が中程度に進ん
だ国に多発する病気といわれています。日本でも、栄養状態が劣悪だっ
た1950年までは結核が死亡率のトップで、その後、高度経済成長を経て
栄養面でも先進国の仲間入りをする30年間は、脳卒中が死亡率のトップ
になります。
量が多くなり、骨密度も高い値が示された。
この調査は、ある特定の栄養素や食品が骨密度に特
生活においても、
「朝食を毎日食べる」
「間食をしない」
という健康習慣は、若年層では減っているという調査
異的に作用するばかりでなく、多品目の食品をバラン
がある。(「ブレスローの7つの健康習慣と疾病要因」
スよく摂り、栄養所要量を保持することが、骨量の喪
平成9年厚生白書より)
失や骨全体の脆弱化を防ぐことにつながるということ
を示している。
ブレスローの7つの健康習慣
アメリカの医学者ブレスローは、疾病の「生活習慣
食事だけではカバーできない不摂生
戦後の「空腹を満たすために食べる時代」と、「飽
要因」に関して次の7つの健康習慣をあげている。い
くつ実行しているか、その数が多い人ほど病気にかか
食の時代」を経験してきた日本人は、いま世界の平均
りにくく寿命が長いことを明らかにした。
の2倍の食糧を消費している。こうしたことを背景に、
①適正な睡眠時間②喫煙をしない③適正体重を維持す
「第6次改訂日本人の栄養所要量」では、「欠乏症の予
防」から「過剰摂取への対応」が指摘されている。し
る④過度の飲酒をしない⑤定期的にかなり激しい運動
をする⑥朝食を食べる⑦間食をしない
かし、その一方で健康習慣として大切な「定期的な運
動」や「適正な睡眠時間」が不足し、「過度の飲食を
避ける」なども十分に浸透しているとはいえない。食
25
この傾向はアメリカやヨーロッパでも同じで、かつては脳卒中による
死亡率が高く、国民の栄養状態が改善するにともなって低下しています。
栄養過剰になっているアメリカでは、現在は虚血性心疾患がもっとも深
刻な問題となっています。
低コレステロールの食生活が血管を弱くする 脳卒中が、中進国のレベ
ルの栄養状態で多発する病気だということがはっきりしてきたのは、そ
れほど古いことではありません。日本でも、1960年あたりまではアメリ
カで多発していた心筋梗塞と同じように、高血圧や高コレステロールが
原因であると考えられていました。
しかし、疫学的な調査から実際に脳卒中が多発しているのはむしろコ
レステロールが低い食生活を送っている地域であることがわかりまし
た。その後もさまざまな調査・研究が行われ、脳卒中には「動物性たん
ぱく質や脂質が不足している低栄養と高血圧」が関連していることがわ
かったのです。
図2-5 性・主要死因別にみた年齢調整死亡率の年次推移(人口10万対)
厚生労働省人口動態統計より
男
400
400
300
300
200
200
100
100
0
1955 '60 '65 '70 '75 '80 '85 '90 '95 2000 '02
0
1955 '60 '65 '70 '75 '80 '85 '90 '95 2000 '02
結核
肺炎、慢性気管支炎および肺気腫
悪性新生物
肝疾患
心疾患(高血圧症を除く)
不慮の事故
脳血管疾患
26
女
栄養状態の指標の一つである血清総コ
レステロールの値と脳出血発生率の関
係をみると、コレステロールが増える
と脳出血の発生が低くなっていること
が分かる。
図2-6 血清総コレステロール平均値と脳出血発生率(40−69歳、男)−昭和40年代と50年代との比較−
脳
出
血
発
生
率
︵
人
口
千
対
/
年
︶
(昭和40年代)
4 秋田
(井川十石沢)
3
群馬(平井)
長野
福岡
群馬(上野)
熊本
2
高知
大阪
大阪(八尾) (事務・管理)
大阪(現業)
1
0
150
170
190
血清総コレステロール値(mg/dl)
(昭和50年代)
脳
出
血
発
生
率
︵
人
口
千
対
/
年
︶
4
*40∼59歳
秋田(石沢)
3
秋田(北内越)
16
2
福岡
20
14 長野
21
5
4 19
大阪(八尾)
秋田(井川)17 高知
23*
11
大阪
15 1 18(現業)*
22*
8
2 大阪
170
190
(事務)*
13
1
0
150
血清総コレステロール値(mg/dl)
昭和40年代と50年代の両方ある集団 昭和40年代のみ、
または50年代のみの集団
(小町喜男:環境要因とくに栄養学的要因と脳卒中・虚血性疾患との関連に関する共同研究)
動物性脂肪の摂取量と脳梗塞の発生率
の関係をみると、一方が増えれば他方
が減るという関係であること、その関
係が特に昭和40年代に著しいことが分
かる。
図2-7 動物性脂肪摂取量と脳梗塞発生率(40−69歳、男)−昭和40年代と50年代との比較−
脳
梗
塞
発
生
率
︵
人
口
千
対
/
年
︶
(昭和40年代)
6
5 秋田(井川十石沢)
4
群馬(平井)
3
熊本
高知
福岡
2
1
大阪(八尾)
大阪(事務・管理)
大阪(現業)
0
3
4
5 6 7 8 9 10 11 12 13
動物性脂肪摂取量(kcal %)
脳
梗
塞
発
生
率
︵
人
口
千
対
/
年
︶
(昭和50年代)
6
*40∼59歳
5
21
秋田(北内越)
秋田(石沢)
4
18
13
3
高知
2
福岡 4
16
15 14
1
20
0
3
4
17
秋田(井川)
長野
23*
大阪(八尾)大阪(現業)*
8
11
大阪(事務)*
19
21
5 6 7 8 9 10 11 12 13
動物性脂肪摂取量(kcal %)
昭和40年代と50年代の両方ある集団 昭和40年代のみ、
または50年代のみの集団
(小町喜男:環境要因とくに栄養学的要因と脳卒中・虚血性疾患との関連に関する共同研究)
27
日本型脳梗塞と欧米型脳梗塞の違い
こうした認識が広まった後でも、
脳梗塞の原因は長い間誤解されていました。「脳卒中の中で、脳出血は
低栄養が原因だが、脳梗塞は栄養過剰で起こる」という見解がそれです。
しかし、欧米に脳梗塞が多い背景には栄養過剰がありますが、日本型
の脳梗塞の原因は欧米と異なっています。
日本人の脳梗塞の多くは、頭蓋骨に張り巡らされている細動脈で起こ
りますが、欧米の場合には脳梗塞は脳内の太い動脈に起こることが多く
なっています。このため、日本型の脳梗塞は欧米に比べて致命率が低い
ものの、予後に脳血管性痴呆や身体障害の後遺症を起こすことが多くな
ります。また、日本型の脳梗塞の主な要因は、食事の偏りによる低栄養
と食塩摂取の過剰が原因である高血圧です。同じ脳梗塞といっても、欧
米型の栄養過剰とは背景がまったく違うのです。
脳卒中を防ぐ脂肪・たんぱく質
日本人の脳卒中の危険因子が低コレステロールにあることが解明され
るには、日本の疫学研究が大きな役割を果たしました。当時、コレステ
ロール値の低いことが血管病変の危険因子になることなど想像もしなか
った欧米の研究者たちから、当初はすさまじい反論が投げかけられたと
いわれています。
図2|6は、栄養状態の指標のひとつである「血清総コレステロール
と脳出血発生率」の相関関係を示したものです。昭和40年代と50年代を
比較すると、コレステロールが増えるにつれて脳出血の発生率が減るこ
図2-8 高血圧の素因と食塩・たんぱく質の影響
島根医科大学による臨床実験の結果を
グラフにしたもの。高血圧の素因のあ
る人たちは26gの高食塩摂取に敏感に
(mmHg)
100
反応し血圧が上昇する(第2週)が、
高たんぱく食を摂ると血圧の上昇がみ
られない。動物性たんぱく質には摂取
平
均
血
圧
された食塩を素早く尿により排出する
働きがあるからだと考えられている。
素因(+)
90
95
90
91
84
83
90
84
80
83
素因(−)
40(g/日)
40
40
110
6(g/日)
26
6
26
第1週
第2週
第3週
第4週
動物性たんぱく質
食 塩
(家森幸男)
28
とがわかります。さらに、同時期の「動物性脂肪摂取量と脳梗塞」の関
係を示す図2|7では、動物性脂肪の摂取量と脳梗塞の発症に逆相関係
が認められ、特に40年代のその傾向が顕著であることがわかります。
血圧の上昇を抑える動物性たんぱく質 高血圧は脳卒中の重要な危険因
子ですが、動物性たんぱく質に含まれている物質には血圧の上昇を抑え
る働きがあることが、様ざまな研究でわかっています。
図2|8は、食塩と動物性たんぱく質が、どのように血圧に影響を与
えるかを、高血圧の遺伝的素因を持つグループ(+)と持たないグルー
プ(−)に分けた臨床実験結果です。+のグループは26gという高食塩
摂取に敏感に反応(第2週)しますが、高たんぱく食を摂った場合には、
食塩の量は同じなのに血圧の上昇はほとんどありません。動物性たんぱ
く質に食塩を尿にすばやく排泄する働きがあり、その作用で遺伝因子を
持つ人でも血圧が上昇しなかったと考えることができます。
遺伝的モデル動物として開発された「脳卒中易性発症ラット」を使っ
た実験でも同じような結果が出ています。このラットは生後まもなく急
激に血圧が上昇してほぼ100%脳卒中を発症します。実験結果では、低
たんぱく食を与えるとその比率は80%に下がりますが、低たんぱく食に
食塩水を加えて飼育すると発症率は100%でした。ところが、高たんぱ
く食と食塩水で飼育すると発症率は10%に激減し、高たんぱく食だけで
飼育すると脳卒中の発症率は皆無でした。
毎日の食事に動物性たんぱく質を摂取するように心がけることで脳卒
中発症の危険性を少なくすることができます。
心筋梗塞とコレステロール
虚血性心疾患には、心筋の血液が不足して起こる狭心症と冠動脈の動
脈硬化が進んで心筋が壊死する心筋梗塞があります。
血管の内腔が狭くなったり、変質して弾力性が失われて血流が悪くな
る動脈硬化は、さまざまな誘引(危険因子)が加わって発症・進行しま
す。心筋梗塞の大きな原因となる高コレステロール血症を避けるには、
脂肪を植物性:動物性:魚介類で5:4:1の比率で摂取することに加
え、食物繊維を多く摂り、塩分や糖分のとりすぎに注意することが必要
になります。
しかし、危険因子を数多く持つ人ほど、また因子を持つ期間が長いほ
ど心筋梗塞の発症と進行が早まります。この事実は、アメリカのフラミ
ンガム市で行われた男女5000人を対象にした8年間にわたる調査や、ド
イツのミュンター町で行われた40∼65歳の男性2700人を対象にした調査
でも証明されています。
29
動脈硬化の危険因子には、肥満、高血圧、高脂血症、糖尿病、高尿酸
血症のほか、体質、喫煙、ストレス、運動不足などがあります。とくに、
肥満と高脂血症、高血圧、糖尿病の組み合わせは、危険因子がない場合
に比べて発症率を20倍に跳ね上げるので「死の四重奏」といわれており、
食生活を変えるなど、危険因子を減らす生活習慣を身につけることが重
要になります。
がんと脂肪・コレステロール
長い間、脂肪の摂取量とがん発症に間には相関関係があるのではない
かといわれてきました。しかし、1993年にローマで開かれたWHO(世
界保健機関)とFAO(国連食糧機関)の合同会議で行われた精度の高
い疫学研究報告では、従来と異なる結果が「脂質と脂肪酸」と題して報
告されました。
「脂肪とがんの相関関係」の新学説
合同会議では、乳がんと動物性脂
肪摂取の間にはまったく相関関係がみられないというアメリカの調査結
果が紹介され、5年刻みでがん死亡率と動物性摂取量との関連を調べた
日本の調査も同様の結果を示しています。
こうした調査結果の対照的な違いは、調査方法に起因しています。
古い調査では、がんにかかった人に過去の食生活を思い出してもらう
方法だったため、「体に悪いものを食べていたに違いない」という心理
が働き、アンケートに対して被検査者が「体に悪い」と感じている食品
を多く挙げてしまったのです。これに対して新しい調査では、がんにか
かる以前の人の食事をまず調査し、その後発症するかどうかを丹念に追
跡調査するという客観的な方法を採用しています。
アメリカでは脂肪摂取量が多いほど大腸がんの発症リスクが高いとい
う報告がありますが、日本の疫学調査ではかならずしも大腸がんの増加
につながるとはいえないという報告があります。現在では、大腸がんの
発症原因は、むしろ食物繊維の摂取量の減少が問題ではないかとする見
解が支配的です。
コレステロール値が低いとがんの死亡率は上がる がんとコレステロー
ルの関係についても、様ざまな疫学調査が行われています。ほとんどの
報告で、コレステロール値とがん発症との間には負の相関関係がある、
すなわちコレステロール値が高いほどがんにかかりにくいと報告されて
います。
たとえば、がんの疑いの少ない健康な15∼99歳の約4万人を対象にし
た大規模な調査報告(Knect,p,1988)では、10年間の観察中に1381人に
がんが発生しています。そのうち、男性の非喫煙者でがん発症率の高い
30
グループには、低コレステロール値の人が多かったことがわかっていま
す。さらに、アメリカフラミンガム市の調査やロンドン市職員の調査で
も同様の報告がなされているほか、プエルトリコ、ホノルル、ニュージ
ーランドなどの多くの調査で負の相関関係があると指摘されています。
乳がんや前立腺がんのように、発症部位によっては正の相関関係を示す
事例もありますが、がん全体では負の相関関係を示しています。
また、がんの進行にともなってコレステロール値の低下が見られると
いう報告もあります。多くのがんでは、病巣が発見されるかなり前から、
コレステロール値の低下がみられるといわれており、がんの早期発見に
役立つのではないかとする意見もあります。しかし、コレステロール値
が低いとなぜがんを発症しやすいのか、そのメカニズムはわかっていま
せん。
このように、動物性食品とがんの関係にはまだ不明な点が多いのです
が、動物性食品が不足して血清コレステロール値が低くなるような食事
は、がんの抑制に効果があるとされる脂溶性ビタミンのAやEの不足を
もたらすのも事実です。これらの抗酸化作用のある成分の不足が、がん
の発症に関係するのではないかとも考えられます。
痛風と食肉
この10年間で、その多くが中年男性である痛風患者は50万人と2倍に
増えました。遺伝的要因に加えて、食事やストレス、飲酒などが誘発す
図は1993年にローマで開かれたWHO
る病気といわれる痛風は、代謝障害による高尿酸血症が原因で発症しま
とFAO(国連食糧機関)で報告され
たアメリカの疫学研究成果によるも
す。これまで食肉、卵、いくらなどのプリン体を多く含む食品のとり過
の。乳がんと動物性脂肪の摂取量との
間には相関関係がみられない。日本で
も5年刻みでがんによる死亡率と脂肪
摂取量の関係の調査研究がある。これ
も相関関係が認められないことを示し
ている。
図2-9 結腸がんと乳がんの発生頻度と脂肪摂取の関係
2
アメリカ
1.5
相
対
危 1
険
度
0.5
結腸がん(150例)
乳がん(979例)
1
2
3
4
動物性脂肪摂取の程度
5
年
齢
訂
正
死
亡
率
︵
人
口
10
万
人
対
︶
300
日本
250
脂肪摂取量
200
結腸がん死亡率
150
100
0
1955
乳がん死亡率
1965
1975
1985
31
プリン体 尿酸やカフェイン、アデニ
ン、グアニンなどで作られている化合
物で肝臓でつくられている尿酸の原料
となる。プリン体を多く含む食物を高
ぎが原因といわれていたため、つい最近まで肉類などを抑え、野菜をた
っぷりとるという食事指導が行われていました。
しかし現在では、痛風の原因はアルコール類の飲み過ぎ、激しい有酸
プリン食と呼んでいるが、動植物の細
胞核に存在するので、ほとんどの食物
素運動などの筋肉運動、精神的ストレスが有力なリスクファクターと認
に含まれている。
識されています。つまり、痛風には、食肉はあまり関係ないことがわか
っています。
食品保存の安全温度と危険温度帯
家庭での食中毒や腐敗を避けるための基本
夏に多かった食中毒が、ウイルスによるものが知られるようになっ
て冬にも報告されるようになった。細菌による食中毒患者の数はそれ
180
天ぷらのあげ温度
120
レトルト食品殺菌温度(10分)
ボツリヌス菌芽胞死滅(高圧4分)
ほど増えていないが、家庭における小規模な食中毒の発生件数が増え
ている。
安
全
温
度
危や
険や
危
険
温
度
やや安全
安
全
温
度
原因が判明した食中毒の原因食物をみると食肉によるものは3.7%と
それほど多くなく、多くは生食や加熱不完全食によるもの、さらに生
80
ボツリヌス菌毒素分解(20分以上)
65
60
55
一般細菌の安全下限温度
ブドウ球菌・腸炎ビブリオ死滅
大腸菌死滅
45
掃除などに使用する温湯水
37
一般の細菌の増殖最適温度
(哺乳動物の体温)
生菓子類・生めん類・一般の総菜など
の保存温度の上限
10
5
0
魚介類・食肉類及びそれらの加工品
(魚肉練り製品、食肉製品)・乳類及び
乳製品の保存温度の上限
-15
-20
冷凍食品の保存温度上限
アイスクリームの保存温度上限
-30
急速冷凍温度
食の対象とされていない鶏肉や鶏レバーにいるカンピロバクター菌が
原因とされている。
家庭の食中毒を防ぐポイントは、保存や調理の過程で起こる「二次
汚染」を防ぐこと。汚染防止の原則は、①清潔を保って食品の細菌汚
染を防止する、②食品中の増殖を防止する、③殺菌する、の3つが基本。
汚染防止
食肉や魚介類の調理に使った包丁やまな板、ふきんなどは、
洗剤を使って40℃前後の温水でよく洗い、必要に応じて80℃以上の熱
湯に5分以上つける、または煮沸するなどして十分に消毒する。
増殖防止
細菌のなかには、O−157のように低温でも死なずに、10℃
でも増殖するものがある。また、冷蔵庫を10度以下に設定しても、長
く外気にさらすと肉温は高くなる。温度が高くなってしまった食肉を、
迅速に冷やすために適した冷蔵庫温度は4℃以下に。冷凍はマイナス
15℃以下がよいといわれている。
℃
殺菌
食中毒予防の切り札は加熱調理。長期間保存する缶詰食品では
病原菌のみならず食品中の微生物をすべて死滅(滅菌)させるが、食
東京都衛生局「食品衛生Q&A」より
32
中毒予防は「75℃、1分以上」が目安とされる。
第3章
食肉の栄養と健康
国民全体のエネルギー摂取量が減少して2000キロカロリーを切って
います。必要な栄養を十分に摂取していない人たちもみられます。食生
活をおろそかにしていてはストレスに打ち勝ち、厳しい時代を生きるこ
とはできません。
良質なたんぱく質や脂肪、ビタミン、ミネラルをバランスよく摂り、
その上で、年齢や生活、体質に適したより良い食生活を身につけるとい
うきわめて当たり前のことが忘れられているようです。
1.学童期、思春期・青年期の食生活の課題
基礎代謝がもっとも活発な時期の栄養
乳児期についで成長が著しい思春期に至るまでの子どもの栄養は、成
長に決定的な影響を及ぼします。
育ち盛りの小学生や中学生は大人と異なり、伸びる身長や増加する体
重に見合うエネルギーが必要です。安静時に体内の器官や組織、細胞の
生命維持のために必要な基礎代謝量を見ると、年齢とともに増加し、女
子は12∼14歳、男子は15∼17歳でピークを迎え、人生の中で最大になり
ます。
動物性たんぱく質に豊富な必須アミノ酸
体が大きくなる学童期には、
筋肉や骨が成長し、内臓も発達します。これらの器官の主要成分はたん
ぱく質ですから、子どもにとって何よりも大切なのは良質のたんぱく質
を多く摂取することです。
とくに、体内で合成できない必須アミノ酸は重要です。このアミノ酸
を多量に、しかもバランスよく含んでいる動物性たんぱく質は、成長期
の子どもにはとても大切な食材です。このため、摂取する総たんぱく質
基礎代謝量は男女とも十代でピークを迎え、骨や内臓も発達する。よく動きよく食べなければならない時期だ。
34
の40∼50%は、肉や魚、乳製品から摂るなど、動物性たんぱく質をしっ
脂肪に限らず、いろいろな食品から栄
かり与えなければなりません。
子どもの肥満とカロリー摂取
子どもの生活習慣病を予防する食習慣
最近子どもの肥満が問題となり、その原
養を摂ることが大事だが、だからとい
って無理強いはよくない。子どもの味
覚は大人よりもセンシティブなので、
香りの強いものや苦いものを強制する
因に脂肪の過剰摂取があげられることがあります。
確かに脂肪のエネルギー比は増加していますが、エネルギーの総摂取
と、かえって好き嫌いを増やしてしま
量が減少しているので、脂肪の摂取量は毎年1グラム以下しか増えてい
うことがある。また、スナック菓子や
清涼飲料水ばかりでは、糖質が過剰に
ません。また、学童期のコレステロール値の上昇も問題にされるが、子
どものコレステロール値は、成長や性成熟度などが複雑に関係している
ので、成長期の栄養尺度にはならないのです。成長期の子どもに大切な
のは、食事を制限してカロリーを制限するのでなく、体を動かして消費
カロリーを増やすことです。むしろ心配なのは、小学校4∼6年生の女
子69.2%、男子の44.6%が「やせたい」と考えているように、子どもの
なる一方で糖代謝に不可欠なビタミン
B 1などのビタミンやミネラルが不足
し、1日20gが必要とされる食物繊維
も摂ることができない。
1日に3食しっかり食べて、間食を
しないなどの食習慣をつけて、体を動
かす生活を送らないと、生活習慣病を
さけることは難しい。
「やせ」願望が強まっていることでしょう。
肉は良質のたんぱく質が多く、鉄分の供給源としても重要で、成長期
の子どもにふさわしい食品といわれています。
脂質はいろいろな食品から摂る 体重が増加する時期には、体ができあ
がっている大人よりエネルギーの必要量が多くなります。消化器官に過
度の負担をかけずにエネルギーをとるには、カロリーの高い脂質が有効
です。このため第6次改訂の「日本人の栄養所要量」では、成人の総エ
ネルギーに対する脂肪摂取割合は20∼25%が望ましいとしていますが、
1∼17歳では25∼30%を適正比率としています。
表3-1 性・年齢階層別基礎代謝基準値と基礎代謝量
表3-2 脂質所要量
年齢
脂肪エネルギー比率
年齢
男
女
基準体位 基礎代謝 基礎代謝量 基準体位 基礎代謝 基礎代謝量
身長 体重 基準値
身長 体重 基準値
(歳)
(cm) (kg)(kcal/kg/日) (kcal/日)
(歳)
(歳)
(cm) (kg)(kcal/kg/日) (kcal/日)
1∼2 083.6 11.5
61.0
0700
083.6 11.5
59.7
0700
0∼
(月)
45
3∼5 102.3 16.4
54.8
0900
102.3 16.4
52.2
0900
6∼
(月)
30∼40
6∼8 121.9 24.6
44.3
1,090
120.8 23.9
41.9
1,000
1∼17
25∼30
9∼11 139.0 34.6
37.4
1,290
038.4 33.8
34.8
1,180
18∼69
20∼25
12∼14 158.3 47.9
31.0
1,480
153.4 45.3
29.6
1,340
70以上
20∼25
15∼17 169.3 59.8
27.0
1,610
157.8 51.4
25.3
1,300
18∼29 171.3 64.7
24.0
1,550
158.1 51.2
23.6
1,210
30∼49 169.1 67.0
22.3
1,500
156.0 54.2
21.7
1,170
50∼69 163.9 62.5
21.5
1,350
151.4 53.8
20.7
1,110
70以上 159.4 56.7
21.5
1,250
145.6 48.7
20.7
1,010
第6次改定日本人の栄養所要量
妊婦、授乳婦
20∼30
1.飽和脂肪酸(S)、一価不飽和脂肪酸(M)、
多価不飽和脂肪酸(P)望ましい摂取割合は概ね
3
:
4
:
3を目安とする。
2.n−6系多価不飽和脂肪酸とn−3系多価不飽
和脂肪酸の比は、
健康人では4
:
1を目安とする。
第6次改定日本人の栄養所要量
35
食事から摂る脂質の90%を占めている脂肪酸は、食品によって含まれ
ている種類が違い、性質や働きが異なるので、いろいろな食品から摂る
ようにしなければなりません。畜産物と植物、魚の脂肪酸摂取比率を
4:5:1とすることが目安とされています。
栄養不足が心配される思春期・青年期
食べることに興味を示さず、やせることを考えている現代の若者の多
くは、身長に見合った体重の意味を理解していません。過度なダイエッ
ト志向は、月経が始まる思春期の女子を中心にして、健康に深刻な悪影
響を与えています。
深刻な若い女性の栄養不足 健康な身体には、身長に見合った体重が必
要です。見た目のスリムさを求める「やせ願望」によって、いろいろな
弊害が現れています。
体重の極端な減少は、脂肪だけでなく筋肉や内臓の結合組織も減らし
てしまうことが多く、臓器に悪影響を及ぼします。また、食事を減らす
表3-3 脂肪酸の種類
食品としての脂肪は、その主成分で
ある脂肪酸が注目される。脂肪酸には
いろいろな種類があり、それぞれ特徴
があるのでバランスよく摂取したい。
(P.44「脂肪酸をバランスよく摂る」
参照)
酢酸
C02:0
酪酸
カプロン酸
C04:0
C06:0
カプリル酸
C08:0
C10:0
}
バター、その他多くの脂肪や植物油に
}
少量存在
C12:0
C14:0
パーム核、やし油、鯨ろう、桂皮、月桂樹
パーム核、やし油、ニクズク、テンニンカ
飽 カプリン酸
和
脂 ラウリン酸
肪
酸 ミリスチン酸
一
価
不
飽
和
脂
肪
酸
多
価
不
飽
和
脂
肪
酸
36
バターなどに少量含まれる
反芻動物第一胃に常在する
微生物の発酵産物の一つ
パルミチン酸
ステアリン酸
C16:0
C18:0
動物、植物脂肪に広く存在
}
アラキジン酸
ベヘン酸
リグノセリン酸
C20:0
C22:0
C24:0
落花生油
種子
セレプロシド、落花生油
パルミトオレイン酸
オレイン酸
エライジン酸
パクセン酸
エルカ酸
リノール酸
γ−リノレン酸
C16:1
C18:1
C18:1
C18:1
C22:1
C18:2
C18:3
ほとんどすべての脂肪に存在
天然脂肪のうち最も一般的な脂肪酸
水素添加した脂肪、反芻動物の脂肪
細菌により合成される
なたね、からしな油
α−リノレン酸
ジホモ−γ−リノレン酸
C18:3
アラキドン酸
C20:4
エイコサペンタエン酸
ドコサヘキサエン酸
C20:5
C22:6
C20:3
とうもろこし、綿実、大豆など多くの植物油
月見草
リノール酸と共存して植物油に存在、
特に亜麻仁油
リノール酸と共存、特に落花生油、動
物では主要なリン脂質の成分
魚油
魚油、脳のリン脂質
ことで栄養不足に陥り、特に鉄やカルシウムなどのミネラル類やビタミ
ンB1やB2などの、不足しがちな栄養素を補給できなくなります。とく
に、若い女性の貧血とカルシウム不足は深刻な問題です。
10代、20代の女性は2割以上が「やせ」
肥満を判定する指標にBMI
(Body Mass Index)があります。BMIは体重(kg)を身長(m)の2
乗で割った数字で25以上が肥満、22を標準、20未満を「やせ気味」、
18.5未満を「やせ」と判定します。
『国民栄養調査結果』(平成15年12月発表)という政府の調査では、女
性では20代から50代までの幅広い層で「やせ」が増え、特に20∼29歳と
図3-1 小学生(4∼6年生)がやせるために気をつけていることは
子どもの極端な「やせ」願望が健康に
%
悪影響をおよぼしている。すでに小学
校高学年の女子の4分の1が食事を抑
25.9 女子
17.5 男子
おなかいっぱい食べない
制している。
40.3
34.5
甘いものをあまり食べない
41.3
脂っこいものをあまり食べない
29.5
42.0
おやつをあまり食べない
34.0
60.6
62.6
運動をたくさんする
40.0
36.6
おふろに長く入って汗を出す
深谷和子(東京成徳大学教授)の調査(平成13年)より
図3-2 年齢と骨量の変化
女性は35歳ぐらいから骨量の減少がは
じまる。閉経後には減少が著しくなっ
て骨粗しょう症になるケースが増え
る。予防策の一つは、若い時に骨量を
増やしておくこと。
男性
初潮
骨量
閉経後の
(年齢)骨量減少
女性
(年齢)
0
20
40
60
80
江澤郁子の調査より
37
30∼39歳では20年前と比べ、2.0倍になっています。10代、20代の女性
のBMIは20をわずかに超えるくらい。20歳から29歳までの女性の26%、
30歳代でも15.1%が「やせ」に分類されています。身長に関係なく40kg
台を維持したいという願望がほとんどを占めています。
将来の健康に及ぼす悪影響 この年代は、女性ホルモンの影響もあって、
妊娠・出産に備えてエネルギーをストックするので体型はふっくらする
時期です。それなのに、太らずにお腹がいっぱいになるものを食べ、足
りない分をサプリメントで補うような食習慣を続けると、エネルギーだ
けでなく鉄やカルシウムも不足します。サプリメントで単独に特定の栄
養素を補給しようとしても、食事から摂るたんぱく質やビタミンC、銅
や葉酸などの微量栄養素が不足すれば、成長期に起きやすい貧血予防に
はなりません。
とくに骨に及ぼす影響は深刻です。女子は17歳くらいになると思春期
を象徴する身長の伸びは止まりますが、骨は35歳くらいまでは成長し、
骨量は30歳を超したあたりで最大となります。背が伸びなくなったから
といっていい加減な食事をしていると、閉経後すぐに骨粗鬆症になるな
ど、老化現象が速まることになります。
朝昼晩の三食の食べ物が体を作っていることを理解して、一定量のエ
ネルギーとたんぱく質、鉄やカルシウム、ビタミン類もバランスよくと
ることを忘れないことが大事です。とくに、ヘム鉄を多く含んでいるだ
けでなく、体内の鉄利用効率を高め、ひじきやホウレンソウに含まれて
いる非ヘム鉄の利用効率も高めてくれる動物性たんぱく質はお勧めで
す。
図3-3 鉄の摂取量と摂取基準量との比較(女)
鉄摂取量
鉄摂取基準
妊婦・授乳婦は右の摂取基準にそれぞ
れ8㎎を加える。鉄分が不足すると鉄
1∼6歳
4.9㎎
1∼2歳
7㎎
欠乏性貧血になるほか、運動能力や免
7∼14
6.9
3∼5
8
疫力の低下、体温調節不全などをもた
らすことがある。
15∼19
7.1
6∼8
9
20∼29
7.0
9∼11
10
30∼39
7.2
12∼14
12
15∼17
12
40∼49
7.8
18∼29
12
50∼59
8.7
30∼49
12
60∼69
9.0
50∼69
12
70∼11
8.1
70∼11
10
「平成14年国民栄養調査」と「第6次日本人の栄養所要量」より
38
2.食肉のたんぱく質
英語でたんぱく質を意味するプロテインは、ギリシャ語の「第一」を
意味する言葉から生まれたものです。三大栄養素のひとつであるたんぱ
く質は、筋肉・皮膚・内臓・血液・髪の毛などをかたちづくる重要な成
分であるばかりか、酵素・ホルモン・免疫などのあらゆる生命現象の営
みに深く関わっています。人間の体内のたんぱく質は、絶えず入れ替わ
っていて、一定の目減りはさけられません。したがって失われた必要量
は食品から補わなければなりません。
必須アミノ酸のバランスに優れた食肉
食肉のたんぱく質には必須アミノ酸が豊富にバランスよく含まれてい
ます。体内で合成できない必須アミノ酸は食品から摂取しなければなり
ませんが、食品に含まれるたんぱく質の栄養価は、含まれる必須アミノ
酸量の少ないものに規定されるという特徴があります。
人体に理想的なアミノ酸価を100としたときは、それぞれの食品に含
まれているアミノ酸価は食肉が100で大豆の86、精白米の65を大きく上
回っています。また、食肉に含まれているたんぱく質には調理による損
失がほとんどなく、しかも体内で吸収されやすいという特徴も備えてい
ます。
体内で大活躍するたんぱく質
人間の体は、およそ70%の水分と20∼15%のたんぱく質のほか、糖質
や脂質、核酸で構成されています。筋肉や骨、皮膚などがたんぱく質で
つくられていることはよく知られていますが、体内の様ざまな化学反応
図3-4 たんぱく質の栄養価比べ(アミノ酸スコア)
200
%
200
%
豚肉
150
150
100
100
精白米
大豆
150
%
120
90
50
0
イ
ソ
ロ
イ
シ
ン
ロ
イ
シ
ン
リ
ジ
ン
メ
チ
オ
ニ
ン
フ
ェ
ニ
ル
ア
ラ
ニ
ン
ス
レ
オ
ニ
ン
ト
リ
プ
ト
フ
ァ
ン
バ
リ
ン
50
0
イ
ソ
ロ
イ
シ
ン
ロ
イ
シ
ン
リ
ジ
ン
メ
チ
オ
ニ
ン
フ
ェ
ニ
ル
ア
ラ
ニ
ン
ス
レ
オ
ニ
ン
ト
リ
プ
ト
フ
ァ
ン
バ
リ
ン
イ
60 ソ
30
0
ロ
イ
シ
ン
ロ
イ
シ
ン
リ
ジ
ン
メ
チ
オ
ニ
ン
フ
ェ
ニ
ル
ア
ラ
ニ
ン
ス
レ
オ
ニ
ン
ト
リ
プ
ト
フ
ァ
ン
バ
リ
ン
39
の触媒となる酵素や、生命活動を調整して生体を維持するホルモンもそ
の多くはたんぱく質です。このほか、生体防衛に不可欠な抗体、止血に
必要な血液凝固因子、栄養物質を組織に運搬するヘモグロビンもたんぱ
く質です。
たんぱく質は、分子の形から繊維状たんぱく質と球状たんぱく質に分
けられます。繊維状たんぱく質にはケラチン、ミオシン、コラーゲンな
どがあり、その主成分は、人間のたんぱく質の三分の一を占めるコラー
ゲンです。主に器官や組織の間に存在して体を構成している結合組織に
多く含まれていますが、腱や靭帯部分にとくに多く、骨や歯もたんぱく
質の周りに燐酸カルシウムが沈着して形成されます。なお、球状たんぱ
く質には、老化を遅らせることで知られているアルブミンや免疫抗体と
して働くグロブリンなどがあります。
このように、たんぱく質は生命現象の営みを根底から支えているので、
不足すれば体力が衰えるばかりか病気にかかりやすくなります。健康な
生活を送るには、良質のたんぱく質を上手に摂ることがポイントです。
ストレスで失われるたんぱく質 私たちの体は、ストレスがかかるとそ
れに抵抗して、たんぱく質のエネルギーを消費して基礎代謝を高めます。
ストレスには、精神的なものから暑さや寒さ、騒音、ケガの痛みなど、
外部から加わった刺激(ストレッサー)などがあります。
ストレス過多の状態が長く続くと、疲労して運動や思考能力が低下し
て心身も衰弱しますが、最近の研究でがんなどの悪性疾患にもかかりや
すくなることがわかりました。これは、本来、脳や筋肉などで様ざまな
働きをしているたんぱく質がエネルギーとして消費されてしまうからだ
と考えられています。
たんぱく質とは――20種のアミノ酸が複雑につな
がったもの
バリン、スレオニン、ヒスチジン(幼児期のみ)の9
地球上には100億∼1兆種類のたんぱく質が存在し
種類だ。人間は、このほかのアミノ酸は体内で合成で
ているといわれている。私たちの体内には10万種類の
きるが、必須アミノ酸は常に食品から摂取しなければ
たんぱく質がある。膨大な種類だが、そのすべてがわ
ならない。
ずか20種類のアミノ酸がネックレスのように数十個か
食品に含まれているアミノ酸は、9種類のなかのど
ら数千個つながって形づくられている。たんぱく質は、
れか1つでも不足していると、たんぱく質としての栄
つながり方や形によってそれぞれ特有の性質を持つよ
養価はもっとも相対比率が低いアミノ酸のレベルに規
うになる。
定されるという性質がある。たんぱく質の栄養価は、
アミノ酸のなかで、体内で合成できないアミノ酸を
40
リジン、フェニルアラニン、ロイシン,イソロイシン、
含まれている必須アミノ酸の絶対量とバランス(相対
必須アミノ酸という。必須アミノ酸の種類は動物によ
比:アミノ酸価、アミノ酸スコア)によって決まる。
って異なるが、人間ではトリプトファン、メチオニン、
バランスの悪いたんぱく質をいくら摂っても、体内の
必須アミノ酸であるフェニルアラニンやメチオニンには、うつ症状を
解消し気分を高揚させる働きがあることが、またトリプトファンには精
神安定作用が、チロシンは神経代謝を左右することがわかっています。
長時間ストレスが続くと、これらのアミノ酸がエネルギーとして消費さ
れてしまい、十分に機能することができなくなります。ストレスを感じ
たら、まず休息をとり、良質のたんぱく質を多く含む食肉を利用してリ
フレッシュする必要があります。
食塩の害を防ぎ血管をまもるたんぱく質 ナトリウムの血中濃度が高い
状態が続くと、血圧調整機能に悪影響が及んで高血圧を起こしやすくな
ります。たんぱく質は、尿素となって排泄されるときにナトリウムを引
き寄せる働きがあります。タウリンやメチオニンなどの含硫アミノ酸を
含んだたんぱく質の十分な摂取に心がけることで、高血圧を予防するこ
とができるのです。また、タウリンにはコレステロールを胆汁酸の形で
排泄する作用があり、動脈硬化の予防にも役立ちます。
このほかにも、たんぱく質には血管障害を予防する働きがあり、加齢
によってもろくなる血管も、たんぱく質の十分な摂取によってしなやか
さを保つことができます。事実、動物性たんぱく質をよく食べる地域で
は、心筋梗塞が少ないという報告があります。
たんぱく質の摂取量で食塩嗜好も変わる
グルタミン酸やイノシン酸、
グアニル酸などのうま味成分が、料理に用いる食塩量を減らす場合の味
をカバーすることはよく知られていますが、動物性たんぱく質の摂取割
合が多くなると食塩の摂取量が少なくなることが、マウスを使った実験
で明らかになっています。
実験では、低たんぱく食のマウスに味蕾細胞の変形がみられ、味覚細
化学反応に不可欠な酵素やホルモン、免疫機能などに
ノ酸の結合体であるペプチドに分解されて腸管粘膜に
十分に利用されず、単なるエネルギーとして利用され
吸収される。
るだけで、尿内に排泄されてしまう。
吸収されたアミノ酸やペプチドは血流に乗って肝臓
に運ばれ、そのまま蓄えられたり、肝臓で分泌される
ドラマチックなたんぱく質の消化・吸収
摂取されたたんぱく質は、消化管を通過しながらさ
まざまな消化酵素の働きによって最小単位のアミノ酸
に分解される。
たんぱく質は、強酸性に保たれた胃内で、ペプシン
酵素によって再び体に必要なたんぱく質に合成され
る。
最近になって、アミノ酸の結合が10個以内のペプチ
ドであるオリゴペプチドに、血管を収縮して血圧を上
げる物質の生成を促すACEという酵素の働きを抑え、
という消化酵素によって分解される。たんぱく質は十
ゆるやかに血圧を降下させる生理活性機能のあること
二指腸で膵液と混ぜられてさらに消化された後、小腸
がわかり、高血圧の予防や症状改善に役立つ特定保健
でさらに細かく切断され、アミノ酸やごく小さなアミ
用食品に利用されている。
41
図3-5 食肉の部位別たんぱく質の含有量(可食部100gあたり)
牛肉
牛内臓
ネック
19.4g
ハツ(心臓)
かた
19.5g
レバー(肝臓)
かたロース
ミノ(第一胃)
13.9g
サーロイン
センマイ(第三胃)
16.3g
ヒレ
ハラミ(横隔膜)
19.4g
ともばら
15.1g
13.3g
11.7g
13.2g
サガリ(横隔膜)
15.3g
うちもも
21.6g
らんぷ
19.3g
マメ(腎臓)
16.6g
リブロース
17.5g
すね
ヒモ(小腸)
シマチョウ(大腸)
19.7g
16.5g
16.1g
10.8g
タン(舌)
20.5g
15.1g
テール(尾)
豚肉
かたロース
16.8g
ロース
豚内臓
18.4g
ハツ(心臓)
21.0g
ヒレ
ばら
14.9g
13.4g
12.1g
16.2g
24.0g
トンソク(足)
18.3g
24.1g
10.4g
17.9g
タン(舌)
22.8g
ささみ
かわ(もも肉の)
ダイチョウ(大腸)
17.8g
むね肉(皮なし)
15.9g
ガツ(胃)
ヒモ(小腸)
もも肉(皮なし)
21.1g
マメ(腎臓)
鶏肉等
手羽
15.9g
レバー(肝臓)
20.0g
もも
15.9g
15.7g
コブクロ(子宮)
鶏内臓
きも(心臓)
12.7g
きも(肝臓)
17.1g
すなぎも(筋胃)
16.9g
食肉・内臓中のたんぱく質は、部位によって多少の違いはあるが、各100g中に
18g前後含まれている。なお、成人女性のたんぱく質所要量は55g/日。
「改訂版食肉データエッセンス」
42
日本食肉消費総合センター
胞の再生速度が遅いことも明らかになりました。低たんぱく食が、塩味
に対する感度を低下させ、より多くの塩分を欲するのです。遺伝的要因
が強い高血圧でも、その大きな発症原因である塩分の過剰摂取が低たん
ぱく食に起因しているのではないかと考えられています。
たんぱく質は免疫システムの主役 病気から身を守るために、私たちに
は様ざまな生体防御機能が備わっています。とくに外部から体内に侵入
する異物(抗原)を排除する免疫反応の働きは重要ですが、食肉に含ま
れている動物性たんぱく質には、免疫力を高める作用があることが知ら
れています。
免疫機能の中で要の役割を果たすのがリンパ球です。なかでもナチュ
ラルキラー細胞(NK細胞)は、がん細胞やウイルスに感染した細胞を
殺傷して排除する働きをもっており、とくにがんの転移を抑制する働き
が注目されています。食肉のたんぱく質は、豆や魚介類、卵、乳製品な
どのたんぱく質に比べ、よりNK細胞を活性化させます。食肉の良質な
たんぱく質は、免疫システムにも重要な役割を果たしているのです。
3
食肉の脂質
脂質は、肥満や生活習慣病の原因と考えられがちですが、単にエネル
ギー源となるだけではなく、体の機能を維持するために不可欠な役割を
果たしています。脂質は動物性のバターやヘッド(牛脂)、ラード(豚
脂)、植物性の油脂に多く含まれていますが、穀類、豆類、魚介類、肉
類、卵、乳などにも「見えない脂質」が含まれています。国民栄養調査
によると脂質全体の摂取量の73%前後は「見えない脂質」です。
脂質の種類 脂質には、脂肪、コレステロール、リン脂質、遊離脂肪酸があります。
体内に入った脂質は、血液の流れやリンパの流れに乗り、肝臓をコント
ロールセンターにして体内を巡ります。
組織に送られたリン脂質とコレステロールは、あらゆる細胞の膜を形
づくる成分になります。コレステロールの一部は脂肪酸と結合して細胞
の中に貯蔵され、ステロイドホルモンやビタミンDの原料になります。
脳にあるコレステロールのように、神経細胞の長い突起を被っている膜
状構造の成分になるものもあります。中性脂肪は、筋肉組織や皮下に蓄
えられ、必要に応じて備蓄と放出を繰り返し、遊離脂肪酸とともにエネ
ルギー源として使われています。
43
脂質の機能的分類 脂質を体内の機能や役割を基準にすると、循環脂質、
構造脂質、貯蔵脂質の3つに分類できます。
循環脂質は、血流に乗って体の中を循環している脂質です。血中のコ
レステロールやリン脂質で、肝臓や脂肪組織から細胞へ、あるいは細胞
から肝臓へ移動しています。構造脂質は、たんぱく質とともに、脳や神
経、骨髄、筋肉、臓器などの細胞の細胞膜などの生体膜をつくる重要な
役割を担っています。貯蔵脂質は中性脂肪の形で貯蔵されており、代表
的なものに皮下脂肪があります。しかし、貯蔵脂質は単なる貯蔵物では
ありません。循環脂質の動態を調整したり、脂質以外のエネルギー源と
のバランスを保つ役割を担っています。
脂肪酸をバランスよく摂る
食品から摂取する脂質の大部分は中性脂肪の形をしています。中性脂
肪に含まれている脂肪酸には、化学的に安定して酸化されにくい飽和脂
肪酸と、化学的に不安定で酸化されやすく融点の低い不飽和脂肪酸があ
ります。
これまで、飽和脂肪酸は血清コレステロール値を上昇させ、動脈硬化
を引き起こす因子とされていましたが、最近になって食肉に多く含まれ
ているステアリン酸にコレステロール値を下げる働きがあることがわか
りました。また、食肉やオリーブ油に多く含まれている、オレイン酸に
も、LDLコレステロール値を下げる働きがあるという報告があります。
一方、人体内で合成することができないために、食物から摂取しなけ
ればならない必須脂肪酸が属している多価不飽和脂肪酸には、植物に多
く含まれているリノール酸や、リノレン酸、アラキドン酸のほか青背魚
脂質とは
脂質は栄養学の食品分類では油脂とよばれている。
脂肪の消化は、食物が十二指腸に到達してから本格
油脂には動物性も植物性もあり、室温で固体の状態の
的に始まる。胆汁に含まれている胆汁酸が脂肪の分子
ものを脂、液体の状態にあるものを油として分けてい
の大きなかたまりを乳化し、膵液の中に含まれている
る。
リパーゼという分解酵素が乳化した脂肪の分子を脂肪
油脂は、化学的にはアルコールの一種であるグリセ
酸とグリセロールに分解する。
リンに脂肪酸という成分が3つ結合している中性脂肪
分解された脂肪酸とグリセロールは小腸壁の上皮細
(トリグリセリド)だ。しかし、脂肪酸にはたくさん
胞から吸収される。グリセロールは水溶性なので、そ
の種類があり、食事を通して体内に入った油脂やその
のまま吸収されるが、水に溶けない脂肪酸は、胆汁酸
類縁物質の働きはそれほど単純ではない。どの種類の
の分子に溶け込んで「ミセル」とよばれる小さな分子
脂肪酸がグリセリンと結合するかによって、油脂の性
を作る。ミセルの表面は水溶性なので、上皮細胞で吸
質が大きく変化する。このため、専門的には油脂(脂
収することができる。
肪)に似た性質を示す油性の物質(複合脂質)を、一
括して脂質と呼んでいる。
44
脂肪の消化と吸収
などに多く含まれているEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコ
サヘキサエン酸)などがあります。これらの脂肪酸には血栓予防効果や
コレステロール値を下げる働きがあることがわかっていますが、酸化し
やすく、酸化すると過酸化脂質という老化を促進する物質を形成すると
いうマイナス面があります。
このように脂肪酸にはそれぞれ特徴があるので、バランスよく摂取す
ることが重要です。脂肪酸の望ましい摂取比率(SMP比)は、飽和脂
肪酸(S):一価不飽和脂肪酸(M):多価不飽和脂肪酸(P)が、3:
4:3です。
誤解されているコレステロールの役割
従来、コレステロール値は低いほどよいといわれていましたが、実験
や疫学的調査から、低すぎるとかえって血管細胞壁が弱くなり、脳梗塞
が起きやすくなることがわかりました。また、酸化すると生活習慣病を
発症させる物質にかわるために悪玉コレステロールとよばれているLDL
(低比重リボたんぱく)コレステロールも体内ではコレステロールの運
搬を担っているほか、細胞膜や神経線維などの成分でもあります。LDL
コレステロール値が低いと、うつ状態やがんを発症する可能性が高くな
(五訂日本食品標準成分表より)
図3-6 牛肉と豚肉に含まれている主な脂肪酸
脂肪酸総量100gあたりの脂肪酸
豚
牛
(豚肩ロース脂身なし)
( 和牛肩ロース脂身なし)
ミリスチン酸
14:0
(g)
1.6
(g)
2.8
パルミチン酸
16:0
26.3
28.1
ステアリン酸
18:0
14.9
12.4
一価不飽和脂肪酸
(M)
オレイン酸
18:1
42.3
46.8
多価不飽和脂肪酸
(P)
リノール酸
18:2
8.5
1.8
リノレン酸
18:3
0.5
0.2
アラキドン酸
20:4
0.3
0.1
EPA
20:5
−
−
DHA
22:6
−
−
飽和脂肪酸
(S)
45
ビタミンは微量栄養素
ビタミンは、
ドイツ語で生命を意味する「ビタ」と
るという報告もあります。
コレステロールは、細胞膜の構成成分としてその流動性を調節し、神
窒素化合物を意味する「アミン」をつ
なげた言葉だ。栄養学的には、①人の
経細胞を保護して脳の情報の伝達に貢献し、胆汁酸となって脂質の吸収
生命維持、成長、生殖に不可欠な栄養
素で、②摂取量が最大でも100mgとい
を助けています。悪玉とよばれているLDLも、ステロイドホルモンとな
う微量で十分な生理作用があり、③有
る発育や生命の維持に不可欠な成分なのです。
機化合物であって、④体内で合成でき
ない物質と定義されている。1911年に
脚気を防ぐ物質としてビタミンB 1が
発見されたのを皮切りに、現在まで13
種類のビタミンと、20を超えるビタミ
ン様物質が知られている。
4.食肉のビタミン
ビタミンは、三大栄養素のように血や肉、エネルギーになる栄養素で
はなく、ごく微量でほかの栄養素の働きをスムーズにする潤滑油のよう
な働きをします。
気づかないで進むことが多い欠乏症 ビタミン摂取には二つの指標があ
ります。ビタミン欠乏症にならない最低限の量が必要量で、利用率の個
人差などを考慮して多めに定められているのが所要量です。
各地で行われる栄養調査では、血液中のビタミンが正常値を下回って
図3-7 食肉に含まれている主なビタミンの部位別含有量(可食部100gあたり)
ビタミンA(レチノール当量)
食肉はB群を比較的多く含んでおり、特に豚肉はビタミン
B1のよい供給源だ。内臓、特にレバーは各種ビタミンを豊 牛
富に含んでいる。
※成人女性のビタミン摂取基準 ビタミンA(レチノール当量)
540μg/日、ビタミンB1 0.8mg/日、ビタミンB2 1.0mg/日
リブロース
サーロイン
ともばら
●ビタミンAの多いその他の食品
あんこう(きも)
うなぎ(生)
モロヘイヤ
8300μg
2400μg
1700μg
小麦胚芽
干しのり
46
31μg
2056μg
マメ(腎臓)
34μg
豚
かたロース
ばら
15μg
21μg
レバー(肝臓)
23000μg
マメ(腎臓)
1.82mg
1.21mg
大豆(国産、乾)
0.83mg
うなぎ(かば焼き) 0.75mg
24μg
レバー(肝臓)
にんじん
1500μg
※いずれもレチノール当量
●ビタミンB1の多い
その他の食品
32μg
タン(舌)
77μg
26.5μg
鶏
手羽
55μg
●ビタミンB2の多いその他の食品
もも肉(皮なし)
焼きのり
2.33mg
かわ(もも肉の)
110μg
しいたけ(乾)
やつめうなぎ
うずら卵
1.40mg
0.85mg
0.72mg
きも(心臓)
130μg
きも(肝臓)
50μg
19000μg
いる潜在的ビタミン欠乏症の人がきわめて多いことがわかっています。
なかでも日本人は、糖質の代謝にかかわるビタミンB1と、脂質の代謝
に関係し、過酸化脂質の生成防止に効果のあるビタミンB2の潜在的欠
乏が心配されています。
脳や末梢神経でビタミンB1が不足すると、貯蔵庫の肝臓から補給さ
れますが、欠乏が進行すると血中や尿中のビタミン量が低下し、さらに
低下するとビタミンが補酵素として働いている酵素との結合に障害が現
れ、体がだるい、疲れがたまるなどの不定愁訴が現れるようになります。
胃や肝臓などの臓器に異常が見られないのに、食欲がない、根気がない、
体調が悪いなどの症状には、潜在的ビタミン欠乏症が関わっている可能
性が高いと考えられています。
ビタミンと食肉の豊かな関係
ビタミンは水溶性と脂溶性に分けられます。水溶性ビタミンは、その
ほとんどが代謝系に関与している酵素の働きを補っています。これに対
して脂溶性ビタミンは、
多くの場合、
生理活性物質をつくる酵素の働きを
ビタミンB1
ビタミンB2
牛
牛
らんぷ
ハツ(心臓)
レバー(肝臓)
マメ(腎臓)
らんぷ
0.11mg
ハツ(心臓)
0.44mg
サガリ(横隔膜)
0.15mg
2.57mg
マメ(腎臓)
0.29mg
0.14mg
0.84mg
レバー(肝臓)
0.18mg
ハラミ(横隔膜)
0.24mg
サガリ(横隔膜)
1.79mg
0.41mg
豚
ヒレ
豚
0.28mg
ハツ(心臓)
かたロース
0.84mg
ロース
0.88mg
レバー(肝臓)
0.70mg
ばら
1.00mg
もも
タン(舌)
もも肉(皮なし)
むね肉(皮なし) 0.1mg
きも(心臓)
もも肉(皮なし) 0.1mg
きも(肝臓)
ささみ
きも(心臓)
きも(肝臓)
すなぎも(筋胃)
0.11mg
1.67mg
0.44mg
鶏
ささみ
鶏
3.18mg
マメ(腎臓)
1.29mg
ヒレ
0.86mg
0.19mg
0.10mg
0.80mg
1.78mg
0.22mg
0.15mg
0.37mg
「食肉データエッセンス」 日本食肉消費総合センター、「五訂日本食品標準成分表」
(科学技術庁資源調査会編)
※ビタミンA(レチノール当量)のみ別検体
47
補う機能を果たしています。
体内で合成することができないので食品から摂取しなければならない
ビタミンの欠乏は、その種類によってそれぞれ特有の症状を起こします。
脂溶性ビタミンは体内に蓄積されるので、過剰症の心配があるが、サプ
リメントなどを用いずに食事で摂取している限り摂りすぎの心配はない
といえます。水溶性ビタミンは必要量を超えたものは尿といっしょに排
泄されるので過剰症の心配はありません。
ビタミンB1が豊富な豚肉
糖質のエネルギー代謝に関与しているビタ
ミンB1は、とくに、ブドウ糖だけをエネルギー源にしている脳細胞や
神経細胞ではたくさん必要ですが、甘いものが好きな人や飲酒癖のある
人も、多めの摂取が必要になります。また、筋肉はグリコーゲンという
ブドウ糖からつくられる糖質がエネルギー源なので、肉体疲労の回復に
も欠かせません。
豚肉は、群を抜いてビタミンB1を多く含む食品です。ビタミンB1は、
豚肉以外では米ヌカや胚芽米、イモ類、豆などに含まれていますが、そ
れらは調理に手間がかかったり、必要を満たすためには量を多く摂る必
要があるので、うっかりしていると不足しがちになりますが、豚肉なら
120gで1日の所要量を満たすことができます。ちなみに豚肉に含まれ
ているビタミンB1は、生の状態を100とすると、ゆでれば30に減ってし
まいます。ただし、ゆで汁を含めると80を越すので、豚汁やスープなど
で上手に利用したいものです。
注目したいビタミン豊富な内臓
過酸化脂質などを分解して生体膜を活
性酸素の害から守るビタミンEは、その抗酸化作用に生活習慣病の予防
効果が期待されているだけでなく、血管拡張剤としても治療効果があり
ます。食肉はそれほど多くビタミンEを含みませんが、食肉のたんぱく
質はビタミンEの働きを促進することがわかっています。
ビタミンの効率的な摂取という点で注目したいのは、脂溶性ビタミン
のAやD、脂質の代謝に関係している水溶性ビタミンのB2を豊富に含ん
でいる動物の内臓です。レバーや白物(胃、肺臓、子宮、大腸、小腸な
どの白い臓器)といえばヤキトリを連想する人が多いと思いますが、長
寿の沖縄では豚を余すところなく調理し、グルメの国フランスでも内臓
料理が発達しています。
同じビタミンでも、植物と動物由来では性質が異なる場合があります。
たとえばビタミンAは、野菜などにはβ−カロテンの形で存在して必要
なときに体内でビタミンAに変わりますが、レバーなどの動物性では、
はじめからビタミンAとして存在しています。また、脂溶性なので脂肪
48
といっしょに食べると消化がよいので、手早く補給することができます。
肉や内臓には日本人が不足しがちなB1やB2をはじめ、野菜や果物で
は摂取しにくいビタミン類の豊富な供給源です。
5.食肉のミネラル
ビタミンと異なり元素そのものであるミネラルも、体の機能の維持や
調節に欠かせない微量栄養素です。元素はあらゆるものをつくる基本の
単位です。人の体も体重の95%は酸素、炭素、水素、窒素の4元素です。
残りの5%が必須の微量元素で、これを栄養学でミネラル(無機質)と
よんでいます。
レバーはミネラルの宝庫
人体に比較的多く含まれているミネラルは、カルシウム、リン、カリ
ウム、ナトリウム、硫黄、塩素、マグネシウムです。きわめて微量に含
まれている鉄、亜鉛、銅、マンガン、ニッケル、ヨウ素、コバルト、モ
リブデン、セレンなども微量元素とよぶことがあります。
ミネラルは、骨や歯などの硬組織や生理活性物質の構成成分として作
用するほか、体内の浸透圧やpHなど生体機能を調節している栄養素で、
欠乏すると様ざまな障害や病気の原因となります。
牛や豚の内臓はミネラルを豊富に含む食品ですが、とくに注目したい
のはレバーです。鉄や亜鉛をはじめ、銅、マンガンなどの微量元素を含
み、栄養的に優れた食品なので、調理にバラエティを持たせて、日常的
に食卓に載せたいものです。
鉄欠乏性貧血には食肉中の鉄が最適
血色素が減少する貧血は日本の女性がかかえる大きな問題の一つです
が、その原因の一つに鉄欠乏症があります。
鉄分は、含有量だけでなく吸収(利用率)のよい食品で摂ることが大
切です。食物の鉄分には、野菜や海藻、穀類などの植物性食品に含まれ
ている非ヘム鉄と、食肉や魚などの動物性食品に含まれているヘム鉄が
あります。ヘム鉄は腸管吸収率が約20%と効率的ですが、緑黄色野菜や
大豆、海藻などから吸収できる非ヘム鉄は5%なので、吸収できる量は
わずかです。ところが、ヘム鉄を多く含む動物性たんぱく質といっしょ
に食べると、非ヘム鉄の吸収率が高まることが実験で明らかになってい
ます。レバーは、鉄の含有率が高く、吸収率もよい鉄補給食品です。
亜鉛不足による味覚障害にも食肉
高齢者に多かった食べ物の味を感じることができない味覚障害が、最
49
近は若い女性に増えています。
味は、舌と上顎の奥などに数多く分布している味蕾という器官で感じ
図3-8 食肉に含まれている主なミネラルの部位別含有量(可食部100gあたり)
※成人女性のミネラル摂取基準 鉄12mg/日 カリウム2000mg/日
鉄
牛
カリウム
牛
( )内はへム鉄
ネック
2.7mg
かた
2.6mg(0.3mg)
うちもも
かたロース
2.5mg(0.4mg)
らんぷ
ヒレ
2.9mg(0.4mg)
2.6mg(0.5mg)
ハツ(心臓)
うちもも
2.7mg(0.5mg)
レバー(肝臓)
しんたま
2.9mg(0.5mg)
サガリ(横隔膜)
そともも
3.1mg(0.7mg)
タン(舌)
らんぷ
3.1mg(0.6mg)
ハツ(心臓)
サガリ(横隔膜)
313mg
280mg
250mg
270mg
250mg
302mg
ロース
362mg
ヒレ
4.6mg(0.7mg)
336mg
もも
6.8mg(0.7mg)
レバー(肝臓)
センマイ(第三胃)
321mg
豚
2.7mg
250mg
ハツ(心臓)
6.4mg(1.1mg)
マメ(腎臓)
358mg
すね
かたばら
すね
317mg
かた
270mg
レバー(肝臓)
5.7mg
250mg
タン(舌)
4.2mg
鶏
豚
かたロース
1.4mg(0.2mg)
ヒレ
1.6mg(0.2mg)
ハツ(心臓)
マメ(腎臓)
タン(舌)
24.1mg(0.5mg)
2.2mg(0.2mg)
1.0mg(0.2mg)
きも(心臓)
6.2mg(2.8mg)
きも(肝臓)
すなぎも(筋胃)
きも(肝臓)
267mg
すなぎも(筋胃)
266mg
4.8mg(0.6mg)
鶏
もも肉(皮なし)
409mg
ささみ
3.6mg(0.3mg)
レバー(肝臓)
332mg
むね肉(皮なし)
9.5mg(1.7mg)
2.6mg
●カリウムの多いその他の食品
乾燥わかめ
(素干し)
しいたけ(乾)
あずき(乾)
アーモンド
5,200mg
2,100mg
1,500mg
770mg
ほうれん草
里芋
690mg
640mg
●鉄の多いその他の食品
50
干しひじき
煮干し
切り干し大根
55.0mg
18.0mg
9.7mg
きな粉
9.2mg
「食肉データエッセンス」 日本食肉消費総合センター、
「五訂日本食品標準成分表」(科学技術庁資源調査会編)
※へム鉄のみ別検体
ます。味蕾をはじめとする味覚に関わる細胞は新陳代謝が激しく、たえ
ず新しい細胞に生まれ変わっています。ところが、亜鉛が不足すると新
しい細胞が形成できなくなり、味を感じにくくなってしまいます。
亜鉛を多く含む食品には牡蠣や小魚などがありますが、食肉や動物の
内臓もすぐれた供給源です。胚芽米などの例外を除けば植物性食品は亜
鉛の含有量が低いので動物性食品を十分に摂ることが重要になります。
ミネラルバランス
ミネラルは、食品の加工で失われることが多くなります。その一方で、
食塩に含まれるナトリウムや食品添加物に使われることが多いリンなど
は、食品加工の段階でどうしても増えてしまいます。また、自然の食品
に多いミネラルは多く摂っても排泄されますが、自然の食品に少ないミ
ネラルを過剰に摂取すると、相互に関わりあって機能する「ミネラルバ
ランス」が崩れて、障害を招くことがあります。ナトリウムの過剰とカ
リウム不足による高血圧はその典型的な例です。
高血圧を予防するには食塩の摂取を控えると同時に、カリウムを積極
的に摂る必要があります。カリウムは野菜や果物、海藻類にも含まれて
いますが、塩分の摂取を控えることができると同時にカリウムも摂取で
きる食肉を、もう一度見直してもよさそうです。
6.食肉の生理活性物質
食品には、栄養特性(一次機能)や嗜好特性(二次機能)のほかに、
生理機能を調整するという大切な三次機能の特性があり、この生理調整
機能を持つ物質を生理活性物質といいます。食肉には、体内で分解され
る過程で生じるペプチドに、血圧上昇を抑えたり、コレステロールをコ
ントロールする働きのあることがわかっています。このほかにも、脂肪
の代謝に不可欠なカルチニンや抗酸化作用物質のほか、精神の安定に重
要な役割を持つ物質などがあいついで発見されています。
精神安定に不可欠な成分
動物は、ストレスにさらされると脳細胞のセロトニンの濃度を自動的
に調整して、その影響を和らげています。セロトニンは睡眠や体温の調
節にも関与しており、脳内のセロトニン濃度が低下すると、神経伝達に
不調をきたしてうつ病や自殺が増えるという統計結果があります。
セロトニンは、人体を縦横無尽に走っている複雑な神経細胞のネット
ワークを形成している軸策と軸策の連絡を担っている神経伝達物質で、
必須アミノ酸のひとつであるトリプトファンを原料にして脳内で合成さ
51
れています。バランスのよい食事が大切ですが、精神の安定を保つには、
トリプトファンをたくさん含んでいる食肉の摂取がより効果的だという
ことができます。
脂肪の燃焼に不可欠なカルニチンも豊富
食肉に多く含まれている脂肪の代謝に不可欠なカルニチンは、食品か
ら摂取できるだけでなく、アミノ酸のリジンとメチオニンを前駆物質と
して肝臓と腎臓で合成されるので、通常は不足することがありません。
しかし、激しい運動の後などには急速に減少してしまいます。
カルニチンは、細胞にあるミトコンドリアでつくられるエネルギーの
もとであるATP(アデノシン三リン酸)の合成を助けて疲労物質の蓄
積を少なくするほか、食事で摂った脂肪や体内に蓄積されている余分な
脂肪の分解も促すので、腹部の脂肪分を燃焼させるなどのダイエット効
果も期待できます。ただし、カルニチンそのものは脂肪を燃焼させるき
っかけをつくるだけで、エネルギーを消費することはないので、ダイエ
ットには運動でエネルギーを使うことが大切です。
カルニチンは、植物性食品にはほとんど含まれていません。魚介類に
も含まれていますが、なんといっても最大の供給源は食肉です。とくに、
牛肉の赤身部分に豊富です。
動物の内臓に多く含まれているタウリンの生理調整効果
滋養強壮や、現代人に多い動脈硬化や糖尿病、高脂血症、心不全など
の予防に効果があるタウリンは、必須アミノ酸のメチオニンを原料に、
動物の体内で合成されています。人間は、1日に必要なタウリンの約半
分を食物から摂り、残り半分を体内合成しているとされます。
これまでタウリンは、貝やイカ、魚の血合いなどに多く含まれている
とされ、食肉にはごく少量しか含まれていないと考えられていましたが、
動物の心筋や骨格筋、肝臓、腎臓、脳、とくに舌に多量に含まれている
ことがわかりました。
タウリンの働き
タウリンは、体内で様ざまな働きをしています。たと
えば、心臓や血管の収縮を調整するほか、胆汁酸の排泄や肝細胞の再生
を促進し、膵臓ではインシュリンの分泌を促進しています。タウリンは、
脳の神経細胞密度や視覚、骨の形成にも関係しているのではないかとも
考えられています。
期待される食肉の生体調節機能に関する研究
動物性たんぱく質に多く含まれている成分には、優れた健康を守る生
理活性機能を持つ様ざまな物質が含まれています。たとえば、含硫アミ
ノ酸の一種であるシスチンには、飲酒・喫煙などによって生じて細胞を
52
傷つけて病気を引き起こす活性酸素(フリーラジカル)から体を守る働
きがあり、筋肉や心臓、眼球に含まれている2つのアミノ酸が結合した
カルノシンというペプチドにも、抗酸化作用があります。
このほかにも、動物性たんぱく質には成長に関係するバリンや、子ど
もの成長に不可欠で神経機能を補完しているヒスチジンなどが豊富に含
まれています。食肉は複雑な物質で、研究素材としても扱いにくい対象
ですが、最近になって食肉に含まれている生理活性物質に関する研究領
域はますます広がり、新たな成果が期待されています。
7
食肉の病気予防効果
長寿と健康に大きな貢献をしている食肉には、最近になって心筋梗塞
や狭心症などの虚血性心疾患をはじめ、がん、ストレス、感染症などの
リスクを軽減する効果がある様ざまな成分が含まれていることが、国内
外の研究、調査で明らかになりました。
循環器疾患予防効果
血管は全身の臓器をはじめ、からだの隅々に酸素や栄養素を運んでい
ます。この血管に病変が起こるとダメージを受けやすいのが脳と心臓で、
これらはまとめて循環器疾患と呼んでいます。
一般に、食事内容が欧米風に傾くと、たとえば脂肪の摂取が多くなり
循環器疾患が増えると考えられがちです。しかし、高血圧や脳卒中にな
りやすい遺伝素因があっても動物性たんぱく質を十分に摂ることで病変
を予防でき、心筋梗塞の予防にも大きな効果があります。
イギリスとフランスでは脂肪の摂取量が同じなのに心筋梗塞による死
亡率ははるかにフランスが低いという事実は、
「フレンチパラドックス」
とよばれ、専門家の間でも不思議な現象とされていました。しかし、両
国の食習慣には赤ワインの消費量と動物の内臓料理のバラエティの豊富
さに大きな違いがあり、フランス人に心筋梗塞が少ないのは、赤ワイン
に含まれている抗酸化物質ポリフェノールと、動物の内臓に含まれてい
る微量元素の銅やタウリンなどのアミノ酸にある予防効果が原因だと指
摘されるようになりました。
1985年から世界的な規模で行われているWHOの疫学調査でも、食肉
類や魚介類などに多く含まれているタウリンの摂取量が多い地域では、
男女を問わず心臓病などによる死亡率が低いことがわかりました。
ストレス耐性を強化する食肉
生活習慣病を気にして肉を控える人がいますが、食肉のたんぱく質に
53
は、前述した情緒を安定させてうつ状態の改善に役立つといわれるセロ
トニンのほかに、脳に健康的な影響を及ぼすドーパミンを代謝するチロ
シンが含まれています。
ドーパミンは快感を得ることに関連する物質で、この不足はADHD
(注意欠陥多動障害)の原因ではないかと指摘されるなど、精神状態に
深く関わっていると考えられています。このほかに、最近では食肉や内
臓に含まれている、アラキドン酸という脂肪酸から生成されるアナンダ
マイドという物質にも注目が集まっています。これは、幸福感や愉快な
気分をもたらし、痛みを和らげるといわれる物質です。
ストレスに負けそうになったら、ステーキやモツ鍋を食べて元気を出
すのは、脳の健康を守るためにもとても効果的といえるでしょう。
食肉と免疫力
生体防衛の要となる免疫反応では、「補体」とよばれる物質が、感染
症から生体を守る推進エンジンの役割を果たしています。
免疫システムに重要な動物性たんぱく質 補体は約20種類のたんぱく質
の集合体で、通常は血液中にばらばらに存在しています。補体は病原体
が侵入すると結合して、直接細菌に攻撃を仕掛けるだけでなく、好中球
やマクロファージを呼び寄せ、免疫システムの総帥役のT細胞にも働き
図3-9 アレルギーを起こしやすい食品
1992∼96年にかけて厚生省が行った
「アレルギー疾患に関する研究」で、
乳幼児の28.3%、小・中学生の32.6%、
成人の30.6%になんらかのアレルギー
疾患があることが分かった。チョコレ
ートや米がアレルギーを起こす物質
(アレルゲン)となることもある。
93
卵
40
牛乳
11
ヨーグルト
チーズ
8
大豆
9
ピーナッツ
9
14
チョコレート
小麦
8
そば
7
3
米
6
えび
7
かに魚類
2
グミ
48
その他
0
20
40
60
80
100
厚生省「食べ物と健康に関する検討委員会」(即時型アレルギー陽性時168名の複数回答)
報告書(1999年)より
54
かけて抗体の産生を促します。
このような役割を果たす補体は、主に肝臓で生成されているのですが、
感染が起きると次第に消耗して、本来の役割を果たすことができなくな
ることがあります。質のよいたんぱく質を十分に補給して肝臓を健康に
保たない限り、免疫力は低下してしまうのです。
元気な肝臓には、ビタミンやミネラルとともに、老化やがんの原因に
対抗できる抗酸化物質が大切です。そして、何よりも基礎体力をつける
こともできる高たんぱく食としての動物性食品が重要になります。
高たんぱく食として定評のある食肉には、リンパ球を増やす脂肪酸の
ほか、抗酸化物質のビタミンEを活性化させる成分も含まれています。
免疫力を高めるという点でも、食肉の果たす役割が見直されてよいとい
えるでしょう。
乳幼児のアレルギーと食肉
食べ物の消化吸収器官である腸管は免疫系
を持ち、体に必要な栄養が入ると全身の免疫システムに働きかけて、ア
レルギー反応が起きないようにしています。ところが、腸管の免疫シス
テムが働かなくなると、食品のたんぱく質はアレルゲンと認識されてア
図3-10
いろいろな国のアレルゲン
どんな物質がアレルゲンとなるのか…
米国(A)
米国(B)
スイス
スウェーデン イスラエル
卵
21
54
5
3
−
牛乳
13
28
10
1
−
ピーナッツ
39
28
−
−
31
クルミ
8
−
−
5
−
カシュー
6
−
−
−
−
ヘーゼルナッツ
−
−
−
10
−
アーモンド
−
−
−
−
39
大豆
−
12
−
−
−
魚
5
9
−
−
−
甲殻類
−
−
6
6
−
りんご
−
−
−
8
−
もも
−
−
−
−
75
オレンジ
−
−
−
−
9
セロリ
−
−
45
−
−
にんじん
−
−
14
−
6
小麦
−
10
−
−
−
は、年齢、食習慣、生活環境などと複
雑に関わっており、それぞれの国によ
る特徴がみられる。なお、大気汚染や
過大なストレスなどもアレルギー疾患
に関係していると考えられている。
(単位:%)
「食品アレルギーが乳幼児期に多い理由」上野川修一より
55
レルギー反応が起こってしまいます。
腸が未発達な乳幼児は、消化能力や病原菌の識別能力が弱く、腸の免
疫システムも未熟です。たんぱく質は、アミノ酸に分解されずに腸管を
通過するので、アレルギー反応を起こしやすいと考えられています。
食肉にアレルギーが少ないのは、肉は生命を維持するための基本的な
たんぱく質で動物間にあまり違いがなく、形状も卵のように球状でなく、
繊維状の形態をしているので免疫システムを刺激しないため、アレルギ
ーを起こしにくいと考えられています。
乳児期の食品アレルギーを防ぐことができれば、ダニや花粉など食品
以外の物質による気管支炎やアトピー性皮膚炎に移行する「アレルギー
マーチ」も防ぐことができます。その意味で食肉は、アレルギー対策に
重要な役割を果たすことができるといえます。
台所の食肉安全 6つのチェックポイント
や魚は予め洗っておき、食材を冷蔵庫から取り出すの
厚生労働省『家庭で行なうHACCP』より
は調理の直前にする。電子レンジなどを使って、なる
べく時間をかけないで解凍し、すぐに調理する。
食肉購入時
変色しておらず、肉汁(ドリップ)の少
よく手を洗い、準備ができたら
ない新鮮なものを選ぶ。牛肉の薄切りなら、空気に触
すぐに加熱作業に入る。肉料理の加熱の目安は、内部
れている部分が黒ずんでいるものは避ける。傷みやす
温度が75℃になってから1分以上で、60度なら30分以
いひき肉は、1日に何回も挽いているよく売れている
上必要。細菌は肉の表面で増殖するが、ハンバーグな
店がおすすめ。店員に産地や保存法をたずねて必要な
どのひき肉料理は中心部まで十分な加熱が必要。糖尿
量だけを購入し、家に持ち帰るときにはほかの食品を
病患者や高齢者,子ども,体調の悪い人など免疫力が
ドリップなどで汚さないように別包装してからショッ
低下している人は、肉の生食は避ける。調理を中断す
ピングバッグに入れる。家に帰ったら、急いで冷蔵庫
るときや加熱前に食材を調味料に漬け込む場合には冷
に保管する。店にある氷や保冷剤を利用すると、より
蔵庫に入れるようにする。
安心。
食事の注意点
家庭での保存法
冷蔵庫の室内温度は10℃以下が最低
はし
手洗いの励行だけでなく、箸や皿の清
潔にも気をつける。調理後の食品は長い間室温に放置
条件です。保存期間は、水分の多い鶏肉が短く、豚肉、
せず、でき上がったらなるべく時間をおかずに食べる
牛肉の順で長くなる。食肉はパーシャル室かチルド室
こと。温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷た
に保存し、小分けしてから冷凍する。冷蔵庫の開け閉
いうちに食べる。
めにも注意する。冷蔵庫はときどき家庭用洗剤で拭き、
残った食品の処理
冷気の流れをよくするために貯蔵量を容量の70%以下
早く下がるが、それ以下になると下がりにくくなる。
に抑える。
また、鍋のままコンロに放置しておくと余熱でなかな
調理の下準備
56
調理のときの注意点
加熱食品は40∼50度までは比較的
まず日頃から台所を清潔に保つことが
か温度が下がらない。鍋の直径が2倍になると温度が
重要だ。容器や料理器具を熱湯消毒し、生鮮食料品と
下がるのに4倍の時間が必要だ。温かいものはかき混
野菜や果物用の包丁やまな板を使い分ける。手はしっ
ぜる、小分けするなどしてすばやく冷ましてから10℃
かり洗ってペーパタオルなどでよく拭き、スポンジや
以下で保存する。温めなおすときは、75℃以上が原則
フキンはこまめに洗って乾燥させる。水で洗える野菜
だ。沸騰するまで熱すれば安心。
第4章
食肉の生産・流通と安全性
食肉に関しては生産(飼育)段階から加工・流通を含めて店頭で販売
されるまでの全行程において、安全性を確保し、それをチェックする仕
組みがあります。ほとんど薬品なみの厳しい制度は、食品の中では食肉
だけといえるほどですが、消費者の手にわたってからの衛生管理が悪け
れば健康を損なうことにもなりかねません。
1.食肉の生産と流通
国産食肉は、様ざまなルートを経て私たちに届けられます。一次生産
とよばれる産地の家畜農場(生産者や生産者団体)で飼育された肉専用
種の家畜は、と畜場に輸送されてと殺・解体され、食肉センターなどで
枝肉や部分肉に加工されます。枝肉や部分肉は、卸売市場や加工業者に
よって全国の量販店や専門小売店などに送られて精肉に加工されて店頭
に並び、飲食店で調理されています。
1960年代までは、家畜を生きたままの状態で取引する生体取引がよく
見かけられましたが、食肉の需要と要求が拡大するにつれて中央卸売市
場の開設や産地食肉センターの設立が進み、より合理的な枝肉取引に移
行しています。
食肉の国内生産
平成14年度の国産食肉の生産量をみると、牛肉が約36万3000トン(和
牛と乳用牛と交雑種など。
「食肉流通統計」農水省)、豚肉が約87万1000
トン、鶏肉が約122万1000トンです。この数字は部分肉換算ですが、実
際には枝肉、部分肉、精肉などの形態で取引されています。
ホワイトプリマスロック種(肉用種)
58
牛の生産
現在、牛肉の消費の約33%を占めている国産牛肉には、肉専
用種(和牛)と乳用牛、交雑種(F1)などがあります。
肉用牛は、筋肉と脂肪を増加させるために太らせて(肥育)、肉質を
良くします。一定期間に目的の体重や肉質にするために濃厚飼料を与え
るなど、独特な育て方をしています。素牛(もとうし)と呼ばれる肥育
に適した肥育開始前の牛は国内各地で生産されていますが、わずかです
が輸入もされています。肉牛の肥育は、消費者のニーズに合わせて、品
種、性別、月令などの特色を活かした肥育が行われています。特に和牛
の肥育には時間と手間がかかるため、どうしても高値になりがちです。
家畜の育種改良を進めるとともに牛肉
の安全性確保のための牛個体識別シス
テムを管理している独立行政法人・家
畜改良センター
血統を選んで優れた肥育技術で育てると、肉の間にやわらかくて細い脂
肪(さし)の入った高品質の牛肉を生産できます。和牛の肥育は、一般
に生後8∼9ヵ月の素牛を仕入れ、主に配合飼料で20ヵ月ほど育て、
650∼750kg前後になると出荷します。乳用・去勢牛の場合は、生後7
ヵ月の素牛を13ヵ月間肥育し、20ヵ月で750kg前後に育てます。
若齢肥育では、骨や筋肉を発達させるために繊維質の多い粗飼料を与
えた後に、脂肪を蓄積させるために濃厚配合飼料を与えます。すでに骨
や筋肉が発達している成熟素牛を利用した普通肥育の場合は、脂肪をつ
けることが主な目的になります。
図4-1 国産牛肉・豚肉の生産・加工流通経路
生体流通
部分肉流通
枝肉流通
精肉流通
※印は、牛肉のみ。
家畜商
※
生
産
者
加工メーカー
小売店
※
※
家畜市場
※
と畜場
中央卸売
市場
問屋
仲買人
飲食店
料理店
ホテル
など
消費者
※
生産者団体
食肉センター
集配センター
など
大口需要者
スーパーなど
※
注:と畜場は卸売市場、食肉センターに併設されている場合もある
59
豚の生産
豚肉は牛肉と異なり、消費者の品種へのこだわりが比較的少
なく、肥育方法も比較的画一化されており、品種にかかわらず、より早
く成長させて太らせる肥育方法が採用されています。
豚は、生後3週間は母豚に育てられますが、生後10日目から徐々に飼
料(人工乳)を与え、肥育に回されます。雄豚は、肥育前に去勢されま
す。子豚は生後6ヵ月で100kg程度に仕上げられ出荷されます。豚の出
荷頭数が最も多いのは鹿児島県で、以下宮崎県、群馬県、北海道などが
主な産地です。
鶏の生産
肉生産を目的にした養鶏の歴史の浅い日本では、1950年代の
中ごろにブロイラー(若鶏肥育)飼育が導入されて以降に鶏肉が急激に
普及して、現在ではブロイラーが90%を占めています。
現在、ブロイラーの出荷羽数は5億7千万羽で、最大の産地である鹿
児島に続いて、宮崎、岩手、青森が大生産地。若鶏としてのブロイラー
は約7週間飼育されて1.9kg前後で出荷されますが、通常は8週間前後
で2.3∼2.8kgで出荷されます。フライドチキン用は40日前後で出荷されます。
ブロイラーは、出荷するまでに体重の2倍近くの飼料が必要ですが、
肉用牛の8倍、肉用豚の3倍に比べると生産コストが安く、大量生産・
大量処理加工・大量流通が可能なので、最も安価の動物性たんぱく質と
して広く出回っています。
図4-2 畜産副生物の流通経路
生
体
図4-3 鶏肉(ブロイラー)
・鶏内臓の流通経路
食肉センター
・と畜場
卸売業
枝肉
・
部分肉
食肉卸売業
原皮
原皮卸売業
副生物
(食用)
畜産副生物卸売業
主として食用副生物
の処理・加工
生産者
処理場
荷受など
(全農・商社・問屋)
スーパー
大口需要者
飲食店
料理店
ホテルなど
小売店
製造業
(非食用)
飼料・肥料
油脂・ボーンエキス
などの製造業
消費者
食肉・原皮卸売業からも
骨・脂などを仕入
生鳥
60
と体
部分肉
正肉
国産食肉の流通
国産の牛肉や豚肉が生産者から消費者に届くまでの流通過程にはいく
つかの段階があり、それに応じて生体、枝肉、部分肉、精肉などの形で
取引されています。牛肉も豚肉も、流通経路はほとんど変わりません。
食肉は、社団法人食肉格付協会が定める取引規格に基づいて等級が定め
られ、これを目安にした自由競争で価格が決まります。
枝肉取引
枝肉は、と殺した牛や豚から血液や皮、頭部、内臓などを除
去し、これを正中線(脊髄)に沿って分割した半丸状のことです。主に
中央や地方の卸売市場で卸売業者や小売業者、加工メーカーなどによる
「セリ」で取引され、価格が毎日公表されています。
牛肉は、歩留まり等級と肉質等級を組合せた15段階に格付され、豚肉
は重量と背脂肪の厚さ、外観、肉質をもとにした5段階にそれぞれ格付
されて取引されます。
一般に、生体から皮や内臓などを取り除いた枝肉の割合(枝肉歩留ま
り)は、牛肉で57∼63%、豚肉で65∼70%程度です。
部分肉流通
カット肉とも呼ばれる部分肉は、枝肉を各部分に分割して
骨や余分な脂肪などを除去して成形した肉。箱詰めなどされた部分肉は、
冷蔵状態で出荷されます。製造や輸送コストの削減ができるので、現在
ではほとんどの肉が部分肉の形で流通しています。
部分肉には全国共通の規格が定められています。牛肉には、かた、か
たロース、リブロース、サーロイン、ひれ、かたばら、ともばら、うち
もも、しんたま、そともも、らんいち、ネック、すね、ネックつきかた
ロースの部分肉があり、豚肉には、かた、うで、ロース、ひれ、ばら、
ももの部分肉があります。枝肉からの部分肉の歩留まり率は、牛で75%、
豚で73%前後です。
精肉流通
部分肉は、厚切り、薄切り、かたまり、ひき肉など、消費者
の用途に合わせた精肉にカットされて販売されます。店頭での食肉販売
では、食肉小売品質基準で定められた部位表示が行われています。
部分肉の精肉歩留まり率は、カッティング方法によって異なりますが、
一般に牛で約75%、豚で89%です。
インテグレーション
直営農場化や大手スーパーとの販売契約が進み、
生産・解体・販売を同一資本が系列・統合して事業経営するインテグレ
ーションが増えています。総合商社などが中心的な役割を担っています
が、60年代のブロイラー生産に始まり、鶏卵、肉豚、肉牛にも広がりを
見せています。
畜産副生物の流通
枝肉を生産した後の生体から原皮を取り除いたもの
61
を畜産副産物といい、食用にする内臓などを副生物といいます。以前は
モツやホルモンなどの業界用語で知られていましたが、最近では「バラ
エティミート」などとよばれています。海外で広く親しまれている副生
物は、部位によって食肉よりも貴重とされ、韓国のテールのように価格
が食肉よりも高いことがあります。
食肉の副産物である副生物は、需要を反映して出荷をコントロールで
きず、また保存性が低いなどの理由から廃棄率が高く、牛で約37%、豚
で約45%と、歩留まり率は高くありません。
牛の副生物の多くは焼肉用食材として、腸はもつ煮込みなどに利用さ
れています。豚の副生物は串焼きに利用されるほか、腸がレトルト食品
として市販されています。ペーストやムース状にも加工されることが多
いレバーは、離乳食など、幅広く利用されています。
副生物は、精肉同様に関西以南で牛の、関東以北では豚の利用頻度が
高く、冬場には腸や胃などの消化器系の「白物」が、夏場にはレバーや
ハツ、サガリなどの「赤物」の需要が高まります。副生物の国内生産は、
(平成13年
推計で牛の国内生産量が約4万トンで輸入量が10万トンです。
の「食肉流通統計」と「貿易統計」に基づく概算)
栄養価が高いことで知られている副生物は、日本では商品知識や調理
法が普及していないために家庭の消費は非常に少なく、主にヤキトリ屋
などで消費されているのが現状です。副生物にも取引規格が定められ、
牛の内臓が25種類に、豚は20種類に分類されています。
鶏肉の流通
鶏肉は、牛や豚と違って小型なので効率的に処理できるた
め、正肉と内臓が同じルートで流通しています。流通している鶏肉の
95%以上がブロイラーですが、そのほとんどが解体品です。
62
牛肉の輸入 1991年に完全自由化された牛肉の輸入
内出回り量の29%を占める約50万トンが輸入されてい
は、平成12年度には74万トンまで急増し、出回り量の
る。国別では中国、次いでブラジル、アメリカの順に
67%を占めるようになっている。平成14年度は53万ト
なる。なお、平成13年は鳥インフルエンザやニューカ
ンまで落ちこんでいるが、15年度は回復の兆しをみせ
ッスル病が発生したために一時輸入禁止措置がとら
ている。アメリカとオーストラリアで輸入量のほとん
れ、輸入量は大幅に減少した。
どを占めている。
食肉の輸入形態
豚肉の輸入
豚肉も、加工や外食の需要が伸びて輸入
蔵(チルド)と冷凍(フローズン)。牛肉は、オース
量は増加傾向にあり、平成14年の輸入量は約75万トン
トラリア産がチルドが多く、アメリカ産はフローズン
で、出回り率の46%を占める。主な輸入国は、アメリ
が多い。チルドが増える傾向にある。豚肉では、デン
カ、デンマーク、カナダ。
マーク産はほぼ100%がフローズンで、アメリカ産の
鶏肉の輸入
日本のニーズに合わせてと殺、解体処理
65%がチルド。鶏肉は、冷凍部分肉がほとんどで、最
された鶏肉の輸入も増加傾向にあり、平成14年には国
近ではヤキトリやチキンナゲットから揚げなどの調整
牛肉と豚肉の輸入は、ほとんどが冷
鶏肉は飼養期間が短いので生産性が高く資本回転率もよいので、企業
的に生産し流通を可能にする条件が揃っています。このため、以前は産
地問屋が集荷して仲卸商を通す流通や、中央卸売市場を介した流通もあ
りましたが、現在では、インテグレーションによって生産・加工・流通
の一貫体制が支配的になり市場外流通が一般的です。
国産鶏肉には、生体と生鮮品、凍結品に、それぞれ形態・肉付き・脂
肪のつきかた・鮮度などを基準にした取引規格があります。生鮮品は、
食鶏から血を抜き(放血)、羽を除いた(脱羽)と体と、と体から内臓
などを除いた(中抜き)と体や中抜きを解体した解体品(部分肉)、凍
結品などがあります。
食鶏には、公正な業者の競争と消費者の適切な判断のために、「小売
規格」が設けられています。規格では、解体品小売30品目について形態
と名称が定められ、生鮮品は形態、肉づき、脂肪のつきかた、鮮度など
の品質基準を定めて、特選品と標準品の2等級としています。ただしこ
の規格は、5ヵ月齢未満の国産若鶏に適用され、主に加工用に利用され
る親鶏や、肥育した鶏には適用されません。
輸入食肉の流通
貿易自由化の流れのなかで、食肉の輸入が増えています。牛肉は国内
の出回り量の60%超、豚肉も40%以上が輸入で占められています。国産
肉と異なり生産現場を監視することができないので、輸入に当たっては
動物検疫所や厚生労働大臣、農林水産大臣の指定する検査機関などで安
全性がチェックされます。
品が増えている。
輸入牛肉で注目されているのが、産地や輸送中の船
フェッド)ではなく、フィードロットに集めてグレイ
ンフェッド飼育する牛が50%を超えている。
内で熟成させて冷凍した「エージングビーフ」。フロ
WTO(世界貿易機関)
世界144カ国が加盟する
ーズン肉と違って解凍後の熟成が必要なく、しかも長
WTO(World Trade Organization)は、「自由で無差
期保存できることが特徴だ。豚肉でも、SEW(早期
別な貿易の確立と発展」を目指す国連機関。WTOでは、
離乳隔離)を始め、遺伝子工学を応用した養豚テクノ
国産食肉保護のために、輸入量がある一定水準を超え
ロジーが日本企業も参加して導入される。
た場合に各国政府がセーフガード(緊急措置)を発動
なおアメリカでは、フィードロットと呼ばれる大規
することを認めているため、日本政府は平成15年8月
模肥育場で肉牛が飼育されている。日本の輸出用牛は、
にセーフガード発動に踏みきっている。逆に、BSEや
やわらかく適度な脂肪をつけて仕上げるために穀物飼
口蹄疫などの発生で輸入量が大幅に減少して国内価格
料で育てるグレインフェッドという方法が採用されて
が急上昇したときは、各国政府は消費者保護の観点か
いる。オーストラリアでも、従来の牧草飼育(グラス
ら関税の減免措置をとることができる。
63
2.食肉の表示と安全性確保の仕組み
食品の表示
食品のほとんどが包装されるようになり、商品の表示は商品の顔とも
言われるようになりました。食肉も例外ではなく、消費者が購入する際
に、賞味期限の表示や銘柄、原産地など、表示は商品の選択と安全性確
認のための手がかりとして利用されています。
食品の表示と関連法規
食品表示には、①消費者が正しく鑑別できる表
示であること、②安全を確保するために必要かつ十分であること、③わ
かりやすく、明確に表示するという、基本的な原則があります。
この原則に沿って、食品衛生法やJAS法(農林物質の規格化及び品質
表示の適正化に関する法律)などの法令によって表示されるべき事項や、
表示禁止事項が定められています。食肉に関しては、このほかに小売店
で販売される食肉の部位を定めた「食肉小売品質基準」や「生食用食肉
の衛生基準」などがありますが、小売業者団体では、さらに自主的に
「食肉の表示に関する公正競争規約」をつくっています。
事前包装された食肉の表示 事前包装された食肉は、①食肉の種類・部
位・用途などの表示(輸入食肉では原産国、冷凍肉は「冷凍肉」という表
示)、②100g当たりの価格、③量目(包装の重量を除いてグラムで表示
する)、④販売価格、⑤消費期限及び保存方法、⑥加工所の所在地、⑦
加工者の氏名または名称を、外部から見やすいように、明瞭に表示しな
ければならないことになっています。
消費期限の表示
「消費期限」には、かつては包装=加工年月日が記載
されていましたが、食品衛生法施行規則が改正されて期限表示をするこ
とになりました。食肉では期限表示は「消費期限」が原則ですが、冷凍
品や牛ブロック肉などのように5日以上保存期間がある場合には、「賞
味期限」や「品質保持期限」での表示ができます。
なお、消費期限は、「定められた方法により保存した場合において、
腐敗・変敗その他の食品の劣化にともなう衛生上の危害が発生すること
がないと認められる期限」です。賞味期限は、「定められた方法により
保存した場合において、食品のすべての品質の保持が十分に可能である
と認められる期間」です。
輸入食肉の表示と冷凍表示 輸入食肉は、原産国名を表示するように定
められています。表示の仕方は、品名の表示と同一の視野に入る場所に、
正式名または消費者に知られている略称を使用します。
64
また、冷凍した状態で仕入れた食肉は、「冷凍」「フローズン」「解凍
品」などと表示しなければなりません。
不当表示の禁止
消費者に実際よりも優良と誤認されるような表示は禁
止されています。たとえば、豚ひき肉に兎ひき肉を混ぜたものを「豚ひ
き肉」と表示したり、外国産を国産であるかのように表示することは、
不当表示として罰せられます。
「和牛」「黒豚」の表示
「和牛肉」と「国産牛肉」は、誤解しがちな表
示のひとつです。国産牛は国内生産されるすべての牛肉を指しますが、
最近増えている和牛との交雑種は、和牛と表示できません。和牛と表示
できるのは、黒毛和種、褐色毛種、日本短角牛、無角和種だけです。ま
た黒豚と表示できるのは、純粋種のバークシャーだけです。
割引販売の表示基準
実売価格をほかの価格と比較対照する二重価格で
行われることが多い割引販売表示では、市価との比較が禁止されていま
す。さらに「自店通常価格」も、値引き価格を表示する以前3ヵ月の大
部分の期間に実際に販売された価格と定められています。
表4-1 加工した食肉の原料肉・販売形態・保存温度による可食期間(加工日を0日と数える)
利用原料肉
冷蔵部分肉を
原料肉とした
場合
保存温度
肉 塊
10℃
4℃
0℃
3日
6日
7日
3日
6日
7日
1日
4日
6日
10℃
4℃
0℃
3日
6日
7日
3日
5日
6日
1日
4日
6日
10℃
4℃
0℃
2日
3日
5日
1日
3日
5日
1日
2日
4日
10℃
3日
6日
7日
3日
6日
6日
1日
3日
5日
4℃
0℃
2日
6日
7日
2日
5日
6日
−
−
−
10℃
4℃
0℃
2日
3日
5日
1日
3日
5日
1日
2日
4日
スライス
*
挽 肉
肉 塊
冷凍部分肉を
原料肉とした
場合
可食期間
豚肉
鶏肉
販売時の形態
4℃
0℃
10℃
スライス
挽 肉
牛肉
*鶏肉は切り身で、食鳥処理場において加工した場合。
(社)日本食肉加工協会をはじめとする13団体による
「期限表示のための試験方法ガイドライン」より
65
適正表示の店
このほかにも、食品公正競争規約には様ざまなルールが
決められています。規則に従って適正な表示をしている事業者には、食
肉公正取引協議会からステッカーが交付されていますので、安全な食肉
を購入する際の目安になります。
安全性確保の仕組み
日本では、家畜の生産とと殺、解体処理、流通や消費に至るまで、表
示の保証と食肉の安全性を確保するために、厳しい検査やチェック体制
が確立しています。
家畜の生産現場では、付加価値の高い良質な食肉の生産をするために、
家畜の健康に最大限の注意を払っています。しかし、自然の影響を受け
やすい生産段階では、動物や人に病原性のある微生物の汚染・感染など
の生物的危害、動物性医薬品や環境汚染などの化学的危害のほか、物理
的危害など、様ざまな食肉の安全を脅かす要因があります。
このため農林水産省では、家畜伝染病予防法、家畜保健衛生法、飼料
安全法、動物用医薬品取締規則などに沿って基本方針を立て、都道府県
の畜産主務課が、各自治体に即したきめ細かい具体策を立て、家畜保健
衛生所の家畜防疫員(獣医師)が生産農家の指導にあたっています。
食肉の生産、加工、流通の段階でも、徹底した安全・衛生管理が敷か
れています。と畜場や食鳥処理場では、法律に基づいた食肉食鳥検査が
1頭、1羽ごとに行われています。
食肉の流通・販売プロセスでも、食品衛生法に基づいた食肉検査や食
肉販売店への立ち入り調査が行われ、医師、獣医師および薬剤師の資格
を持った専門家が、保健所を中心にして食肉や関連食品、施設の衛生状
態に厳しい目を配っています。
特に牛肉では、平成15年12月より「牛の個体識別のための情報の管理
及び伝達に関する特別措置法」が施行され、独立行政法人・家畜改良セ
ンターにおいて、全国の牛の生産からと畜までの情報を管理しており、
追跡調査も可能になっています。また、輸入肉についても農林水産省の
家畜防疫官や厚生労働省の食品衛生監視員などが、それぞれの法律に基
づいて検査しています。
3.健康な家畜はこうして育てられる
生産農家から加工・製造・流通を経て消費者に届くまで、食肉の危害
要因を分析して排除するため、農場から消費者に至るプロセスを安全の
鎖でつなごうという試みが進んでいます。
66
生産農場における安全性確保
安全性の第一歩はまず健康な家畜や家禽を育てることであり、その指
導に家畜保健衛生所の家畜防疫員があたっています。家畜衛生思想の普
及・向上のほか、家畜の伝染病予防、家畜に対する保健衛生上必要な試
験・検査を行い、地域的な特殊疾病を調査して地域の家畜衛生などの向
上を図っています。また、農場などで重大な伝染病が発生した場合には、
家畜伝染病予防法に基づき、検査、調査を行い、消毒などの防疫措置を
迅速に図るための体制も整えられています。
動物用医薬品や飼料添加物を食肉に残留させないための厳しい基準も
あります。農林水産省では、動物用医薬品の製造ついて安全性、毒性、
薬理作用、臨床試験、残留などについて詳細なデータの提出を求めるほ
か、中央薬事審議会で検討・承認されます。動物医薬品の販売も許可制
で、使用法についても薬事法に基づいて使用されているかを監視してい
ます。なお残留基準は、抗生物質や合成抗菌剤など各医薬品に設けられ
ています。
図4-4 農場から食卓までの安全確保のシステム
[
生
体
]
安全の担い手
法 令
生 産 者
家畜伝染病予防法
都 道 府 県 畜 産 主 務 課
動物用医薬品の使用の
規制に関する省令
(薬事法による)
家畜保健衛生所(家畜防疫員)
独 立 行 政 法 人・肥 飼 料 検 査 所
[
食
肉
処
理
施
設
]
[
卸
売
・
小
売
]
農林水産省動物医薬品検査所
飼料の安全性の確保及び
品質の改善に関する法律
独立行政法人・家畜改良センター
牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法
と 畜 場
と畜場法
食肉センター
食鳥処理の事業の規制
及び食鳥検査に関する法律
都道府県・市 食肉衛生検査所
食肉卸売業者
食肉卸売市場
食肉加工業者
飲食店・ホテル
量販店・専門小売店
都道府県・市 保健所(食品衛生監視員)
[
家
庭 check
]
食品衛生法
JAS法(農林物資の規格及び品質表示
の適正化に関する法律)
食肉の表示に関する
公正競争規約
農
林
水
産
省
厚
生
労
働
省
食肉小売品質基準
食品衛生法
消費者
自ら守る食肉の衛生
67
飼料添加物は、飼料安全法でチェックが行われています。添加物の飼
料への使用目的は、①品質低下の防止(抗酸化剤など)、②栄養補給
(ビタミン、ミネラル、アミノ酸など)
、成長促進剤(抗生物質、ビフィ
ズス菌など)に限られ、その使用についても残留が懸念される添加物に
は品目ごと規定が設けられています。とくに、抗生物質の残留について
は添加できるものとしては22種類に制限されています。なお、ホルモン
剤は1967年以降国内では使用が禁止されています。
HACCPの導入=「宇宙食」開発方式
HACCP(Hazard Analysis and Critical Control=危害分析に基づく
重要管理点監視方式)は、1970年代のアメリカで高度な安全を保証する
宇宙食の開発のためにNASA(アメリカ航空宇宙局)で確立された安全
性管理システムです。
これは、食品の生産から下処理、製造、加工、製品の配送・販売まで
のすべての段階で起こりうる生物的・化学的・物理的危害を予め調査・
分析し、その危害を阻止するために特に重点的に管理を行う必要のある
工程を重要管理点として、集中的に監視するというものです。日本でも、
O−157(腸管出血性大腸菌)の発生や製造者責任法(PL法)の成立を
契機にしてより確実な手段が求められるようになりました。
食肉の分野でも、家畜や食肉の生産段階でHACCPの考え方に基づい
た管理体制の整備が進んでいます。農林水産省は1996年以降、家畜の飼
育段階の監視体制としてHACCPの考え方を生産段階に導入し、より安
図4-5 家畜生産における安全管理体制
生 産 者
通報・技術指導等
報告
技
術
指
導
連絡・通報
家畜保健衛生所
病
性
鑑
定
依
頼
68
・市町村・農協
・農業共済組合・農業改良普及センター
・家畜畜産物衛生指導協会
・獣医師・家畜人工受精師
技
術
指
導
都道府県(畜産主務課)
報告
指
導
命
令
報
告
届
出
農林水産省消費安全局(衛生管理課)
独立行政法人 農業技術研究機構
動物衛生研究所
報告
全な畜産食品を提供するための事業を推進するとともに、6年計画で畜
舎への畜産衛生指導体制整備計画を進めてきました。
安全性を第一とした生産体制の確立というニーズに応えるためには、
どのような病原体などによるハザード(危害)が、どのような動物や環
境、食品中に、どのような頻度と菌数で分布しているのか。さらに、そ
の病原体の伝播の強さはどの程度で、どのようなルートで人に危害を加
えるようになるのか。そして、そのルートを断ち切ってリスク(危険)
を取り除く有効な手段は何かを、明らかにするものです。
4.安全な食肉はこうしてつくられる――と畜と加工
と畜場に送られてきた家畜は、食肉衛生検査所において、その健康状
態をチェックされます。
と畜検査
生産者が健康だと判断して出荷した家畜でも、病気の潜伏期間だった
り、輸送中に発病したものなどが混じっている可能性がまれにあります。
こうした危険を排除するための検査が「と畜検査」です。と畜検査には、
生体を臨床診断し、病気の疑いのある家畜に対しては精密検査などを行
う生体検査と、解体前検査、解体後検査があります。
生体検査で病気の疑いがあれば精密検査を行い、食用に不適と判断さ
れた場合にはと殺が禁止されます。と殺禁止の対象疾患には、口蹄疫や
炭疽、伝染性海綿状脳症、白血病、豚丹毒など40種類が定められています。
生体検査に合格した家畜は、失神させてからと殺・放血される際に視
診や触診、血液性状等の観察を行い、異常が認められた場合には解体が
禁止されます。なお、解体では、糞便による汚染を防ぐために、食道や
肛門をひもで結ぶほか、牛ではBSEの特定危険部位である脳脊髄、回腸
遠位部等は除去・焼却されます。食用に適したものには合格印が押され、
それ以外は廃棄処分されます。
解体後も視診や触診による検査が行われます。必要に応じて血液や検
体を採取して精密検査が行われ、食用に適さないものが見つかると廃棄
処分されます。
モニタリング
抗生物質などの医薬品が残留していないことを確認する
ために、と畜検査員による抜き取り検査が行われます。基準量を超える
医薬品が残留していることが判明したものは、すべて廃棄されます。
(なお、流通段階でも保健所の食品衛生監視員による店頭でのモニタリ
ングが行われています)
69
図4-6 食品の輸入手続き
通
関
業 依頼
者
輸入食肉の検査
が︵輸
そ食入
の肉食
安の品
全場相
性合談
をは室
証輸に
明出お
す国け
るのる
︶政相
府談
輸
入
者
貨
物
到
着
食品等輸入届出書の受付
輸入される畜産品の安全を確保するために、関税法に基づく輸入申告
の前に、動物検疫と食品衛生検査が行われています。
動物検疫は、外国から輸入する動物・畜産物を通して動物の伝染病や
人畜共通感染症が国内に侵入することを防止するために、家畜伝染病予
防法と狂犬病予防法、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関
する法律等に基づいて、農林水産省の所轄する動物検疫所で検査されま
す。検疫所では、牛や馬、豚などの動物のほか、食肉やハム・ソーセー
ジなどの畜産品についても、病原菌に汚染されていないかどうかをチェ
食品輸入届出書
衛生証明書
自主検査済成績書等
ックしています。輸入動物は、一定期間動物検疫所の施設に係留して、
伝染病にかかっていないかを詳細に検査します。
食品衛生検査は、食品衛生法に基づいてすべての輸入食品の安全性を
書類審査
チェックする検査です。食肉では、輸出国が発行した安全を証明する書
検
査
不
要
︵
モ
ニ
タ
リ
ン
グ
検
査
︶
行
政
検
査
︵
モ
ニ
タ
リ
ン
グ
検
査
︶
行
政
検
査
命
令
検
査
類の審査と現物検査が行われます。現物検査では、病原菌汚染だけでな
く、抗菌性物質などの有害物質の残留などについて、きめ細かい検査が
行なわれます。
5.流通プロセスの安全性
合
格
不
合
格
2003年に食品安全基本法が成立して、内閣府に食品安全委員会が設立
されるなど、消費者の視点に立った食品行政の整備が急ピッチで進んで
通 関
積み戻し、廃棄
います。食肉の分野でも、BSE問題を契機にしてトレーサビリティの考
えに基づいた安全対策の強化をめざしています。このシステムで、問題
のある食肉パックが出た場合に、同じ、または同じロットの枝肉から製
造された肉だけを迅速に回収することができ、食中毒などの発生原因の
解明やきめ細かい衛生上の予防対策を図ることができます。
食肉流通センター(加工場)の安全性確保
と畜場から出荷された枝肉は、主に食肉流通センター(加工場)に運
ばれます。流通センターでは、枝肉をカット、骨抜きし、部分肉に加工
してスーパーマーケットや小売店、飲食店などに出荷し、副生物や副産
品も処理・加工しています。
食肉の安全性確保には、あまり移動せずに遅くても3日以内に加工す
ることが望まれます。このため食肉流通センターは、と畜場に隣接(併
設)されています。
加工する枝肉は、生体を冷却してから0℃の冷蔵庫で一晩保管され、
低温管理された環境でコンベアで移動しながら加工されます。食肉流通
70
の基準温度である10℃に保たれている工場では、細菌の増殖を抑えると
ともに、加工器具だけでなく、作業従事者にも徹底した衛生管理を行い
汚染を少なくしています。また、センターでは、独自の細菌検査や金属
探知機などによる異物チェックも行われています。
腸管出血性大腸菌O−157問題以来、衛生データの提出を求める店が
増えていますが、食肉の生産と流通の中核的施設に位置づけられている
食肉流通センターの安全性チェックは、危害となりうる可能性をひとつ
ひとつ取り出し、それをひとつひとつ監視していくHACCP方式による
衛生管理に重点が置かれています。
鶏肉の流通と安全性確保
市場流通がほとんどなく、生産・加工・販売を一括して行っているイ
ンテグレーターが管理する鶏肉では、平成4年に施行された「食鳥処理
の事業の規制及び食鳥検査に関する法律」に基づいた安全性確保が行な
われています。この法律の柱は、食鳥検査と処理施設の微生物汚染コン
トロールです。
食鳥処理事業を行うには都道府県知事の許可が必要で、厚生労働省の
定めた施設基準や衛生基準を守ることが明記され、食鳥検査では生体検
査、解体処理された後の脱羽後検査、内臓摘出後検査が、獣医師である
食鳥検査員によって行われています。
(食品衛生法に基づく見解)
表4-2 食肉および食肉製品等の分類
区
分
食 肉
食肉
食 肉 製 品
ハム・ソーセージ・ベーコン・その他これらに類するもの
食肉
半製品 食肉ハム・食肉ソーセージ・食肉ベーコン・食肉コーンビーフ
その他食肉製品
鳥獣の生 食肉の含
定 肉で骨及 有率が
食肉ハム
義 び内臓も 50%以上
含まれる の半製品
枝肉
生ハンバーグ ロースハム ラックス
カット肉 生ウィンナー ボンレスハム ハム
製 スライス肉 味付け生肉 プレスハム 生ハム等
品
挽肉 等(焼き肉)チョップドハム
例
ローストビーフ
等
生とんカツ 等
食肉ソーセージ
ウィンナー
フランク
ボロニア
リオナ
ローフ 等
食肉
食肉
ベーコン コーンビーフ
焙焼肉
ベーコン コーンビーフ ロースト
ドライ
ポーク
ソーセージ ロース
ベーコン プレス
焼き豚
ショルダー コーンビーフ ロースト
サラミ
ソーセージ ベーコン
等 ビーフ等
等
加
生
生
非加熱
熱 (未加熱)
加熱
(未加熱) 加熱
調
(半乾燥)
表面加熱
理
乾燥
加熱
食肉を含む加工品
(総菜)
総菜
総菜
半製品
食肉を 食肉含有率 食肉含有
乾燥肉 50%以上 50%未満の 率50%未
含む製品 半製品 満の製品
ビーフ
ジャーキー
ポーク
ジャーキー
干し肉 等
乾燥
ハンバーグ
ミートボール
メンチカツ
ナゲット等
生シューマイ
生餃子
生コロッケ
生春巻き
等
ハンバーグ
ミートボール
コロッケ
春巻き
等
生
加熱 (未加熱) 加熱
表面加熱
食肉製品製造業
許
可
食肉処理業
食肉加工品
総菜製品製造業
71
小売店・量販店の安全性確保
食肉の安全性を保つには、細菌の増殖を抑えるために低温を保ったま
まの流通と管理がもっとも重要です。このため、冷凍肉はマイナス15℃
以下、生鮮肉は0℃∼5℃以下の状態で流通・管理されています。最近
では、各プロセスを連続してで温度管理する「コールドチェーン」とい
うシステムが導入されています。
これらの製品を輸送する冷蔵車は、製品が外気にふれないように設計
され、小売店に搬入された部分肉は速やかに冷蔵庫に保管されます。部
分肉をスライスしてパックする作業所でも、肉内の温度は0℃を保たれ、
作業中の食肉の温度は4℃を超えない範囲で進められます。
肉内の温度が上がると、作業の途中でもすぐに冷蔵し再び0℃に戻し
ます。これは、いったん肉の温度が上がると、細菌などの増殖の危険が
あることや、解凍肉から肉汁(ドリップ)が浸出して変色したりして品
質を落とすことになるからです。
作業する部屋も10℃以下に管理され、移動も冷蔵庫内で行われるなど
食肉の低温管理は徹底していますが、店頭の温度管理も重要です。ショ
ーケースも、細菌の増殖が始まる10℃を超えないように管理される必要
があります。一般に細菌は10℃を超えると増殖が活発になり、その種類
によっては50℃ぐらいまで増え続けるものもあります。細菌の増殖にも
っとも適した温度(増殖至適温度)は、人間の体温に相当する37℃前後
です。このため、加工現場では、トレイや手袋を使うなど直接、食肉に
手を触れないように注意が払われています。
安全性の仕上げは消費者
生産者から小売店までの安全性が保たれていても、消費者の衛生管理
に手落ちがあれば、食中毒などで家族の健康を損ないかねません。食肉
の安全確保の最後の仕上げは、消費者の手に委ねられているのです。
表4-3 食肉の期限表示基準
原料畜種 保存温度
牛肉
豚肉
鶏肉
包装形態
0℃
真空包装
−15℃
包装形態不問
簡易包装
0℃
−15℃
0℃
−15℃
真空包装
包装形態不問
真空包装
包装形態不問
原産国
日本
アメリカ
オーストラリア
すべての国
日本
日本
アメリカ
カナダ
すべての国
日本
すべての国
品質保存期間(日)
45
62
77
24(か月)
7
14
40
40
24(か月)
10
24(か月)
食肉公正取引委員会資料より
72
褐毛和種(雄)熊本系
褐毛和種(雌)
日本短角種(雌) 国産の肉用種
日本短角種(雌)
黒毛和種(雌)
ホワイトコーニッシュ種 イギリス原産
大ヨークシャー種(雄)イギリス原産
ランドレース種(雌)デンマーク原産
生活情報シリーズ⑱
食肉の知識
平成16年2月20日第1刷発行
定価1,000円 送料240円
発
行 国際出版研究所
編集・発行 株式会社 恒 信 社 〒162-0814 東京都新宿区新小川町9-25 TEL(03)5261-0031
印
刷 凸版印刷株式会社
………………………………………………………………………………………………
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