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「責任ある機関投資家」の諸原則(案)

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「責任ある機関投資家」の諸原則(案)
ファンドニュース
「責任ある機関投資家」の諸原則(案)
《日本版スチュワードシップ・コード》
2014 年 2 月
はじめに
2013 年 12 月 26 日に金融庁より「責任ある機関投資家」の諸原則(案)《日本版スチュワードシップ・コード》(以下、「本
コード案」という)が公表されました。本コード案は英国スチュワードシップ・コードを参考に「日本版スチュワードシップ・
コードに関する有識者検討会」が取りまとめたものです。本コード案は日本の上場株式に投資する機関投資家(投資運
用会社など)を対象としたものです。
今回は本コード案が投資運用会社に与える影響を解説します。
本コード案策定の経緯と背景
「日本再興戦略」 (2013 年 6 月 14 日、閣議決定)において、「企業の持続的な成長を促す観点から、幅広い範囲の
機関投資家が企業との建設的な対話を行い、適切に受託者責任を果たすための原則について、我が国の市場経済シ
ステムに関する経済財政諮問会議の議論も踏まえながら検討を進め、年内に取りまとめる」ことが決定されました。また、
「金融・資本市場活性化に向けての提言」(金融・資本市場活性化有識者会合 2013 年 12 月 13 日)においては、「現在
検討されている日本版スチュワードシップ・コードを速やかに策定し、機関投資家によるコードの受入れとコードに基づく
開示状況を金融庁が取りまとめ、一覧性のある形で公表するとともに、国内・海外にわたる周知を徹底する必要がある。」
と提言されています。加えて、「公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議」報告書(2013
年 11 月)においては、「各資金において、金融庁で行われている日本版スチュワードシップ・コードにかかわる検討など
を踏まえた方針の策定・公表を行い、運用受託機関に対して当該方針にのっとった対応を求めるべき」とされています。
これらの閣議決定や有識者からの提言を背景に本コード案は 2013 年 12 月 26 日に公表され、2014 年 2 月 3 日まで
パブリックコメントが募集されることとなりました。
本コード案の概要
1. 用語の定義・説明
本コード案における用語の定義・説明は表 1 とおりです。
表1
用
語
定
義・説 明
スチュワードシップ責任
機関投資家が、投資先企業やその事業環境等に関する
深い理解に基づく建設的な「目的を持った対話」(エン
ゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上
や持続的成長を促すことにより、「顧客・受益者」(最終受
益者を含む)の中長期的な投資リターンの拡大を図る責
任。
エンゲージメント
投資先企業との建設的な「目的を持った対話」。
スチュワードシップ活動
スチュワードシップ責任を果たすための機関投資家の活
動。
資産運用者としての機関投資家
資金の運用などを受託し自ら企業への投資を担う機関投
資家(投資運用会社など)。
用
語
定
義・説 明
資産保有者としての機関投資家
資金の出し手を含む機関投資家(年金基金や保険会社な
ど)。
ルールベース・アプローチ(細則主義)
機関投資家が取るべき行動について詳細に規定するアプ
ローチ。
プリンシプルベース・アプローチ(原則主義)
一見、抽象的で大掴みな原則(プリンシプル)について、
関係者がその趣旨・精神を確認し、互いに共有した上で、
各自、自らの活動が、形式的な文言・記載ではなく、その
趣旨に照らして真に適切か否かを判断するアプローチ。
コンプライ・オア・エクスプレイン
原則を実施するか、実施しない場合には、その理由を説
明するかを選択する手法。
(金融庁 「責任ある機関投資家」の諸原則(案)(2013 年 12 月 26 日、日本版スチュワードシップ・コードに関する有識
者検討会)を参考に作成)
2. 本コード案の概要
本コード案は、機関投資家が、顧客・受益者と投資先企業の双方を視野に入れ、「責任ある機関投資家」として当該
スチュワードシップ責任を果たすに当たり有用と考えられる諸原則を定めるものです。一方で、企業の側においては、
経営の基本方針や業務執行に関する意思決定を行う取締役会が、経営陣による執行を適切に監督しつつ、適切なガ
バナンス機能を発揮することにより、企業価値の向上を果たす責務を有しています。したがって、本コード案は機関投
資家と投資先企業の両者が適切に相まって質の高い企業統治が実現され、企業の持続的な成長と顧客・受益者の中
長期的な投資リターンの確保が期待されて、エンゲージメントが行われることを促すものであり、機関投資家が投資先
企業の経営の細部にまで介入することを意図したものではありません。
3. 本コード案の対象
スチュワードシップ活動においては、議決権の行使は重要な要素であるものの、それ以外にも投資先企業の状況を
適切に把握することやエンゲージメントを行うことなども含みます。また、本コード案において機関投資家には「資産運
用者としての機関投資家」と「資産保有者としての機関投資家」の両方を含み、基本的に、日本の上場株式に投資す
る機関投資家を念頭に置いています(機関投資家からの業務の委託を受ける議決権行使助言会社なども含む)。
4. 「プリンシプルベース・アプローチ」と「コンプライ・オア・エクスプレイン」
本コード案は、法令とは異なり、法的拘束力を有する規範ではありません。したがって、機関投資家が従うべき詳細
を定めることはせず、自らのスチュワードシップ責任を適切に果たすことができるよう、その趣旨・精神に照らして自らの
活動が適切か否かを判断するための原則が定められています(プリンシプルベース・アプローチ)。また、このような性
質から本コード案は全ての原則を機関投資家に強制するのではなく、自らの個別事情に照らして実施することが適切
でないと考える原則があれば、それを「実施しない理由」を十分に説明することにより、一部の原則を実施しないことも
想定しています。
5. 受入れ表明と公表方法
本コードを受け入れる機関投資家は、①「コードを受け入れる旨」(受入れ表明)およびスチュワードシップ責任を果
たすための方針など「コードの各原則に基づく公表項目」(実施しない原則がある場合には、その理由の説明も含む)
を自らのウェブサイトで公表すること、②公表項目について、毎年、見直し・更新を行うこと、③当該公表を行ったウェブ
サイトのアドレス(URL)を金融庁に通知することが期待されています。また、金融庁は当該公表を行った機関投資家に
ついて、一覧性のある形で公表を行うことを期待されています。
6. 本コードの見直し
金融庁は、おおむね 3 年毎を目途として本コードの定期的な見直しを検討するなど、適切な対応をとることが期待さ
れています。
本コード案の原則と英国スチュワードシップ・コードの原則
本コード案の原則は英国スチュワードシップ・コード(以下、「英国コード」という)の原則を参考に日本の実務にあった
形で取りまとめられています。したがって多くの原則は英国コードと類似していますが、大きく以下の 3 つの差異がありま
す。
① 原則 4 において、英国コードはスチュワードシップ活動を強化するタイミングとその方法の方針を定めることを求めて
いますが、本コード案は問題の改善をするためのエンゲージメントの方針についてのみ言及しています。
② 英国コードの原則 5 にあたる原則は、本コードにはなく、明確な協調した行動(集団的エンゲージメント)については
言及されていない。代わりに原則 7 の指針において必要に応じ、他の機関投資家と意見交換を行うことやそのため
の場を設けることが有益であるとされています。
③ 本コード案には、スチュワードシップ活動を実施するための体制整備に関する原則 7 が追加されています。
また、本コード案には以下の原則に加えて、機関投資家が原則を適用するための指針が含まれています。本コード案
および英国コードの原則ならびに主な差異(指針の差異を含む)は表 2 にまとめられています。
表2
本コード案
英国コード
主な差異
原則 1: 機関投資家は、スチュワード
シップ責任を果たすための明
確な方針を策定し、これを公
表すべきである。
原則 1: 機関投資家は、スチュワード
シップ責任をどのように果た
すかについての方針を公に
開示すべきである。
指針において、英国コードの方が本
コード案よりも詳細なものとなってい
ます(外部委託時のスチュワードシッ
プとの関連の開示、投資活動とス
チュワードシップ責任の整合性をとる
ための工夫など)。
原則 2: 機関投資家は、スチュワード
シップ責任を果たす上で管
理すべき利益相反につい
て、明確な方針を策定し、こ
れを公表すべきである。
原則 2: 機関投資家は、スチュワード
シップに関連する利益相反を
管理するために 堅固な方針
を策定し て公表 すべき であ
る。
指針において、英国コードは顧客・
受益者間の利益相反の場合の対処
の開示も記載されていますが、本
コード案においては明記されていま
せん。
原則 3: 機関投資家は、投資先企業
の持続的成長に向けてス
チュワードシップ責任を適切
に果たすため、当該企業の
状況を的確に把握すべきで
ある
原則 3: 機関投資家は、投資先企業
をモニタリングすべきである。
指針において、英国コードは株主総
会への参加に言及していますが、本
コード案においては言及されていま
せん。
原則 4: 機関投資家は、投資先企業
との建設的な「目的を持った
対話」を通じて、投資先企業
と認識の共有を図るとともに、
問題の改善に努めるべきで
ある。
原則 4: 機関投資家は、スチュワード
シップ活動を強化するタイミ
ングと方法について、明確な
ガイドラインを持つべきであ
る。
英国コードはスチュワードシップ活動
を強化するタイミングとその方法の方
針を定めることを求めていますが、本
コード案は問題の改善をするための
エンゲージメントの方針についての
み言及しています。
該当する原則なし。
原則 5: 機関投資家は、適切な場合
には、他の投資家と協調して
行動すべきである。
本コード案には英国コードの原則 5
にあたる原則はなく、その考え方の
一部が原則 7 に盛り込まれていま
す。
本コード案
英国コード
主な差異
原則 5: 機関投資家は、議決権の行
使と行使結果の公表につい
て明確な方針を持つととも
に、議決権行使の方針につ
いては、単に形式的な判断
基準にとどまるのではなく、投
資先企業の持続的成長に資
するものとなるよう工夫すべき
である。
原則 6: 機関投資家は、議決権行使
および議決権行使結果の開
示について、明確な方針を
持つべきである。
指針において、英国コードは個別開
示または集計開示について特段の
言及をしていませんが、実務として個
別開示も見られます。一方、本コード
案においては「主な種類ごとに整理・
集計して公表すべきである」と明記さ
れています。
原則 6: 機関投資家は、議決権の行
使も含め、スチュワードシップ
責任をどのように果たしてい
るのかについて、原則として、
顧客・受益者に対して定期的
に報告を行うべきである。
原則 7: 機関投資家は、スチュワード
シップ活動および議決権行
使活動について、委託者に
対して定期的に報告すべき
である。
指針において、英国コードは外部監
査人からの保証報告書を入手すべき
としていますが、本コード案は保証報
告書の入手に言及しておりません。
原則 7: 機関投資家は、投資先企業
の持続的成長に資するよう、
投資先企業やその事業環境
などに関する深い理解に基
づき、当該企業との対話やス
チュワードシップ活動に伴う
判断を適切に行うための実
力を備えるべきである。
該当する原則なし。
当該原則は本コード案に独自のもの
です。
(金融庁 「責任ある機関投資家」の諸原則(案)(2013 年 12 月 26 日、日本版スチュワードシップ・コードに関する有識
者検討会)および金融庁 日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会(第 3 回)議事次第 「英国スチュ
ワードシップ・コード(仮訳) 」(2013 年 10 月 18 日)を参考に作成)
投資運用会社への影響
多くの投資運用会社は原則で言及されている項目の大部分を実務に取り入れていると思われますが、公的年金など
からの要求により、受入れ表明文書の作成、各種方針の開示または報告、投資先企業の状況の把握方法の見直し、エ
ンゲージメントの充実、スチュワードシップ活動の報告などが求められる可能性があります。一方、プリンシプルベース・
アプローチにおいては、投資運用会社は「どこまでやれば受託者責任を全うしうるのか」、また、投資運用会社には、「ど
の程度の権利が存在するのか」、必ずしも明らかではないと考えられます。したがって、日本版コード導入後の社内規程
のあり方や、ステーク・ホルダーとの取り決めについて、事前に検討しておく必要があると考えられます。
おわりに
2013 年 8 月から計 5 回にわたる「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」での議論を経て、日本に
多くの導入上の問題点は解決されました。しかし、未だエンゲージメントとインサイダー取引規制の関係が不明確である
といった論点が残っており、今後の実務的な課題となる可能性があります。
また、公的年金などからの要求により手続の見直しが必要となる可能性もあり、ステーク・ホルダーの動向に注意をする
必要があると思われます。
文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることを申し添えます。
あらた監査法人
第 3 金融部(資産運用)
シニア マネージャー
榊原 康太
あらた監査法人 第 3 金融部(資産運用)
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