...

新日米租税条約にみる今後の国際課税の課題[PDFファイル/246KB]

by user

on
Category: Documents
12

views

Report

Comments

Transcript

新日米租税条約にみる今後の国際課税の課題[PDFファイル/246KB]
経営論集 第63号(2004年11月)
新日米租税条約にみる今後の国際課税の課題
17
新日米租税条約にみる今後の国際課税の課題
菅 原 計
はじめに
1.我が国租税条約の新展開
(1) 新日米租税条約にみる我が国の新たな局面
(2) 国際モデル租税条約
2.OECD モデル条約の基本思考
(1) モデル条約における居住者の意義
(2) モデル条約における事業所得概念
(3) モデル条約における配当課税
(4) モデル条約における利子課税
(5) モデル条約における使用料課税
3.新日米租税条約の意義
(1) 定義的特徴
(2) 特殊企業体への租税条約の適用
4.国際的租税回避の防止規定
5.国内租税法の整備
おわりに
はじめに
各国はそれぞれ課税高権のもとに、独自の課税システムを有している。課税システム自体国家固
有の権利であるから、異なる各国の租税システムを国際的に統一する必要性もまたその可能性も本
来存在しえない。にもかかわらず、各国はそれぞれなんらかの国際課税の調整に迫られる。その理
由は、個人及び法人の国境を越えた経済活動の飛躍的発展により、課税の公平性と各国の適正な租
税配分の重要性が日増しに増大したことによる。
経済活動が多国間にまたがる場合、国家としての課税権は源泉地国課税と居住地国課税の両権利
を行使することができる。しかし、これを放置すると個人及び法人の同一所得に対し、国際的に二
重課税が生ずる。この二重課税をできるだけ調整し、源泉地国と居住地国の課税徴収を公平に配分
し、国際的投資及び人的交流をできるだけ円滑に推進するために租税条約が必要となる。
我が国は、現在55カ国と租税条約を締結しているが(1)、今後国際的二重課税の調整と国際的租税
回避の防止を条約上どのように統一規定し、国内法としてその細部にわたって何をどのように体
18
経営論集 第63号(2004年11月)
系・整備すべきかについて検討することは喫緊の課題である。その場合、32年ぶりに改正された新
日米租税条約が今後の我が国租税政策の方向性を示すものとして注目される。
1.我が国租税条約の新展開
源泉地国課税から居住地国課税へという国際課税論の動きの中、我が国は他国との租税条約で条
約留保してきた面が強いが、国際的租税回避の防止と国際的二重課税の排除は新たな段階を迎えて
おり、我が国としても一定の国際課税政策の方向性を明確に示すべき時がきたということができる。
(1) 新日米租税条約にみる我が国の新たな局面
我が国が最初に租税協定を締結したのは、1954年4月16日で相手国はアメリカである。アメリカ
との租税条約は、1957年、1960年、1962年に部分改訂され、1971年に全面改訂された。その後、新
たに2003年11月に全面改訂が行なわれ、新条約が2004年3月から発効されている。新しい日米租税
条約(Convention between the Government of Japan and the Government of the United States of America
for the Avoidance of Double Taxation and the Prevention of Fiscal Evasion with Respect to Taxes on
Income)が従来の条約と異なるのは、次の特典制限条項の創設に見られる(2)。今まで、32年の間改
訂されなかった理由も、実はこの特典条項に我が国が難色を示したことに関連がある。
① 特定の親子間配当は源泉地国で免税
② 親子間配当の制限税率は5%(第2次条約では10%)
③ 一般配当の制限税率は10%(第2次条約では15%)
④ 金融機関等の受取利子は源泉地国で無税(第2次条約では10%)
⑤ 利子所得は制限税率10%
⑥ 使用料所得は源泉地国で免税(第2次条約では10%)
これらの特典制限条項の創設で特徴的なのは、源泉地国免税(所得源泉地国で課税免除)が特定
の親子間配当、金融機関等の受取利子および使用料所得で明確にされたことで、今まで我が国が締
結した条約ではみられない画期的なことである。源泉地国課税の免除は、源泉地国では課税権がな
いため所得源泉地国での税収はその分減少する。しかし、国外資本の導入を容易にさせることに
よって、国際間の経済交流が活発になり、よりグローバルな望ましい投資活動を発展させることが
可能となる。同時に、本来条約の特典(treaty benefits)を享受できない者が、条約規定を不正に利
用するトリーティショッピング(treaty shopping)に対していかに対応すべきか、という問題も深
刻さを増すことにもなる(3)。
条約の特典を不正利用させないためには、居住者規定が肝要となる。締約国の居住者以外には条
新日米租税条約にみる今後の国際課税の課題
19
約の特典を与えないという原則にたって、新日米租税条約は、居住者の要件規定を明確にし、パー
トナーシップ、LLC および匿名組合などの課税規定を新たに設け、特典制限(limitation of the
benefits)条項も詳細に整備した。
(2) 国際モデル租税条約
租税条約は、国際的二重課税の排除と租税回避の防止を二国間又は多国間で締結する。この租税
条約のモデルとして OECD(the Organization for Economic cooperation and development)モデル条約
(Model Double Taxation Convention on Income and on Capital)がある。このモデル条約は1963年に
条約草案として纏められてから、1977年、1995年、2000年、2003年と改正され、現在に至っている。
OECD モデル条約は、主として先進諸国間での相互主義を前提としたモデルであり、各国の租税条
約締結のガイドラインとして有効に機能している。
先進諸国間での租税条約と先進国と発展途上国との租税条約、発展途上諸国間での租税条約は、
経済相互主義や資本の自由化程度が異なるため同一原則が適用されない。発展途上国においては、
源泉地国課税や外資導入の制限税率など先進国とは異なる課税原則を考慮しなければならない。そ
の意味で、発展途上国での特殊な投資活動や経済交流を考慮した、国連モデル条約(United
Nations Model Double Taxation Convention between Developed and Developing Countries)が1979年に作
成された(4)。したがって、国際モデル条約は OECD モデル条約と国連モデル条約の二つがある。
これらのモデル条約の考え方を基礎としながら、自国の租税収入のみに配慮した保守主義的志向で
はなく、グローバル的志向にたった我が国独自の国際課税を今後展開していかなければならない。
2.OECD モデル条約の基本思考
(1) モデル条約における居住者(resident)の意義
OECD モデル条約第1条(persons covered)は、一方又は双方の締約国の居住者(residents)以外
には条約の適用がないことを明らかにする。
国際的二重課税の排除とは、基本的には一方の国の居住者が国外で獲得した所得に対して、国内
及び国外の二重の課税が行なわれる場合にこれを調整しようとするものであるから、適用対象者は
双方の締約国の居住者である者に限定される。この者には個人、法人及び法人以外の団体も含まれ
る(Article 3, para.1a)。
OECD モデル条約第4条は、
「この一方の締約国の居住者」
(residents of a Contracting State)とは、
当該一方の国の法令の下において、住所、居所、事業の管理の場所その他これらに類する基準によ
り、当該一方の国において課税を受けるべきものとされる(is liable to tax therein)者をいう
20
経営論集 第63号(2004年11月)
(Article4, para1)、と定義する。
住所又は居所が双方の締約国にある場合には、どちらの締約国の居住者であるかを決定しなけれ
ばならない。一方の国の居住者は他方の国では非居住者となるからである。個人の課税上の地位を
決定するために同モデル条約は、恒久的住居基準、重要利害基準、常用住居基準、国籍基準、合意
基準の五つの基準を設ける(Article4, para.2)。
双方の締約国の居住者に該当する場合には、当該個人は恒久的住居(permanent home)が存在す
る国の居住者とみなす。恒久的住居が双方の国内に存在する場合には、その人的及び経済的関係
(personal and economic relations)のより密接な国(重要な利害関係の中心がある国)の居住者とみ
なす。
重要な利害関係の中心が決定できない場合又は恒久的住居が存在しない場合には、その常用の住
居(habitual abode)が存在する国の居住者とみなす。常用の住居が双方の国に存在する場合又はい
ずれの国にも存在しない場合には、自己が国民である国(the state of which he is a national)の居住
者とみなす。当該個人が双方の国の国民である場合又はいずれの国の国民でもない場合には、両締
約国の権限のある当局の合意(mutual agreement)により解決する。
この個人の居住者テストは、国籍基準よりもむしろ恒久的住居基準及び常用住居基準という実質
を重視する考え方に基づく。「この『住所』等を連結点として法の適用を決定する考え方は、国際
法ではなく、国際私法における属人法の決定の領域の問題である。
」(5)
法人の場合には、設立準拠主義又は本店所在地主義がとられ、この基準で双方の締約国の居住者
に該当する者は、その者の事業の実質的管理の場所(place of effective management)が存在する国
の居住者とみなす。法人の居住者テストは、先ず第一に経済的実質よりも法的形式を重視する。
(2) モデル条約における事業所得概念(business profits)
事業所得(business profits)について、OECD モデル条約は、恒久的施設を通じて事業を行なわ
ない限り課税できないとする。一方の締約国の企業利得に対して、その企業が他方の締約国にある
恒久的施設(permanent establishment)を通じて当該他方の国内において事業を行なわない限り、当
該一方の国においてのみ租税を課すことができる(Article7, para.1)。他方の締約国において事業が
行なわれ、所得が生じても恒久的施設がない限り、他方の締約国は課税権を行使できない。
一方の国の企業が他方の国内にある恒久的施設を通じて当該他方の国内において事業を行なう場
合 に は 、 そ の 企 業 利 得 の う ち 当 該 恒 久 的 施 設 に 帰 属 す る ( attributable to that permanent
establishment)部分に対して のみ、当該他方の国において租税を課すことができる(Article7,
para.1)。恒久的施設を通じて取得された企業利得とそれ以外の利得がある場合、恒久的施設に限定
新日米租税条約にみる今後の国際課税の課題
21
して課税できるとするのが帰属主義(attributable income method)であり、恒久的施設に限定する
ことなく国内源泉所得のすべてに課税できるとするのが総合主義(entire income method)である。
我が国の国内法は原則として総合主義をとっているが、OECD モデル条約は帰属主義である。
我が国が締結した租税条約の多くがパキスタンを除き帰属主義をとっていること、総合主義によ
る完全な所得把握が困難なことを考えると、国内法(法人税法141条)においても帰属主義を原則
とすべきである。第7条第2項は恒久的施設に帰属する事業所得計算を別個の独立した企業とみる
(a distinct and separate enterprise)独立企業原則によることを明らかにし、同条第3項によると、
本店発生費用を合理的な配分基準で当該恒久的施設に配分された額は、当該恒久的施設の事業所得
の計算上損金の額に算入できる。ただし、利子等の配分額は損金に算入されるが支払時に源泉徴収
の対象にもなる(6)。なお、新日米租税条約においても全く同じ規定が第7条にある。
OECD モデル条約は、恒久的施設(permanent establishment)とは、事業を行なう一定の場所で
あって企業がその事業の全部又は一部を行なっている場所(a fixed place)をいう、と定義する。
この恒久的施設には、事業の管理の場所(a place of management)、支店(a branch)、事務所(an
office)、工場(a factory)、作業場(a workshop)、鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その他天
然資源を採取する場所(a mine, an oil or gas well, a quarry or any other place of extraction of natural
resources)、12ヶ月を超える建築工事現場若しくは据付工事が含まれる。
代理人も恒久的施設に含まれる。企業に代わって行動する者が一方の締約国内において、当該企
業の名において契約を締結する権限を有し、かつ、この権限を反復して行使する場合には、当該企
業は、その者が当該企業のために行なうすべての活動について、当該一方の国内に恒久的施設を有
するものとされる(Article5, para.5)。これは従属的契約代理人といわれる。恒久的施設に関する規
定は、全く同じ規定が新日米租税条約にもみられる。
国内法では、OECD モデル条約が恒久的施設とみなさない在庫保有代理人及び注文取得代理人も
恒久的施設とみなす(法令186)
。在庫保有代理人と注文取得代理人を恒久的施設から除外する条約
を締結している相手国は、アメリカ、イスラエル、イタリア、エジプト、オーストラリア、オース
トリア、カナダ、韓国、ザンビア、シンガポール、スイス、スウエーデン、スペイン、ロシア、
チェコ、スロヴァキア、ドイツ、ノールウェー、ハンガリー、バングラデシュ、フインランド、フ
ランス、ブルガリア、ベルギー、ポーランド、南アフリカ、メキシコ、ルクセンブルグ、ルーマニ
ア等である。
在庫保有代理人及び注文取得代理人は、それだけでは事業を行なう一定の場所とはいえないので、
OECD モデル条約に沿って国内法を改正すべきである。注文取得代理人は、国連モデル条約におい
ても恒久的施設には含まれていない(Article5, para4)。
22
経営論集 第63号(2004年11月)
(3) モデル条約における配当(dividends)課税
OECD モデル条約第10条は、原則として一方の締約国の居住者である法人が他方の締約国の居住
者に支払う配当(dividends)に対して、当該他方の国において租税を課すことができる(Article10,
para.1)とする。これは源泉地国課税ではなく、居住地国課税を原則としているといえる。
ただし、第2項では、これを支払う法人が居住者とされる締約国においても、また、その国の法
令に従って租税を課すことができる(Article10, para.2)とする。その場合には、当該配当の受益者
が当該配当を支払う法人の資本の25%を直接所有する法人である場合には課税限度は5%以内、そ
の他の場合には15%を超えないものとする。これは、源泉地国でも課税することができるが、その
課税限度額は5%又は15%以内であることを要請している。
この配当には、株式、受益株式(jouissance shares or jouissance rights)、鉱業株式、発起人株式そ
の他利得の分配を受ける権利から生ずる所得及びその他の持分から生ずる所得であって、分配を行
なう法人が居住者とされる国の税法上株式から生ずる所得と同様に取り扱われるものをいう
(Article10, para.3)。我が国の国内法による匿名組合の利益分配は、ここでいう配当には含まれな
い。
新日米租税条約においては、特定の親子間配当については源泉地国免税、親子間配当は第2次条
約では10%だったものが源泉地国で5%に、一般配当は第2次条約で15%だったものが10%にそれ
ぞれ税率が低減されている。配当の源泉地国での免税又は軽減課税は、所得源泉地での課税額が大
幅に減少することを意味するから、我が国にとっては画期的ということができる。
(4) モデル条約における利子(interest)課税
OECD モデル条約は第11条において、一方の締約国において生じ、他方の締約国の居住者に支払
われる利子に対しては、当該他方の国において租税を課すことができる(Article11, para.1)、と居
住地国課税を原則とする。しかし、同条第2項では、当該利子が生じた締約国でもその国の法令に
従って租税を課すことができるとし、その租税の額は当該利子の受益者が他方の締約国の居住者で
ある場合には、当該利子の額の10%を超えないものとする。両締約国の権限のある当局は、合意に
よりこの制限の実施方法を決定する(Article11, para.2)。
我が国の国内法による利子の源泉税は20%である。我が国の締結した租税条約では、インドの
15%(銀行受取利子は10%)
、タイの25%(金融機関の受取利子は10%)
、トルコの15%(金融機関
の受取利子は10%)、パキスタンの30%、フイリピンの15%(公社債等の利子は10%)、ブラジル
12.5%、メキシコ15%(銀行受取利子は10%)を除いてほとんど10%で合意している。しかし、外
資導入による金融資本の活性化を飛躍的に推進させるためには、源泉地国課税から居住地国課税へ
新日米租税条約にみる今後の国際課税の課題
23
転換することが望ましい。
OECD モデル条約における利子の定義は、すべての種類の信用に係る債権(担保の有無及び債務
者の利得分配を受ける権利の有無を問わない。)から生じた所得、特に、公債、債券又は社債から
生じた所得(income from government securities and income from bonds or debentures)(公債、債券又
は社債の割増金及び賞金を含む。)をいう。支払の遅延に対する延滞金(penalty charges for late
payment)は、本条の適用上、利子とはみなさない(Article11, para.3)。我が国における割引債の償
還差益もここでいう利子には該当しない。
(5) モデル条約における使用料(royalties)課税
使用料(royalties)に関して、OECD モデル租税条約は、一方の締約国において生じ、他方の締
約国の居住者により受益される使用料に対しては、当該他方の国においてのみ租税を課すことがで
きる、と居住地国課税を原則とする。第2次日米租税条約は源泉地国課税を認め制限税率を10%と
していたが、今回の新日米租税条約においては源泉地国で免税とした。
モデル条約にいう使用料(royalty)とは、文学上、美術上若しくは学術上の著作物(映画フィル
ムを含む。)の著作権(copyright)、特許権(patent)、商標権(trademark)、意匠(design)、模型
(model)、図面(plan)、秘密方式(secret formula)、若しくは秘密工程(secret process)の使用、
若しくは使用の権利の対価として、又は、産業上、商業上若しくは学術上の経験に関する情報の対
価として受領するすべての種類の支払金をいう(Article12, para.2)。
これらの使用料(royalties)の受益者(beneficial owner)が、当該使用料の生じた他方の締約国
において当該他方の国内にある恒久的施設(permanent establishment)を通じて事業を行なう場合、
当該使用料の支払の基因となった権利又は財産が当該恒久的施設と実質的に関連するときは、それ
は事業所得となりここでいう使用料に含まれない(Article12, para.3)。
使用料の支払者と受益者との間又は双方と第三者との間に特別な関係(special relationship)があ
るため、使用料の額が特別な関係がない(in the absence of such relationship)としたならば、支払者
及び受益者が合意したとみられる額を超えるときは、この規定はその合意したとみられる額につい
てのみ適用する(Article12, para.4)。これは独立企業の原則を適用し、支配・従属の関係にない独
立した関係において成立すると認められる価額まで、源泉地国課税免除を適用し、その額を超える
部分の額については当該締約国の法令に従って租税を課すことができるとする。
我が国が締結した租税条約で、源泉地国免税はアメリカのみ、恒久的施設を有しない場合の源泉
地国免税はパキスタン、文化的使用料に限って源泉地国免税としているのは、スリ・ランカ、ロシ
ア、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、ポーランド、他は10%又は15%で源泉地国課税を許容す
24
経営論集 第63号(2004年11月)
る。
今後我が国の締結する又は改定する租税条約においては、特許権等の登記、保護および利用促進
を国際的に展開するうえで、源泉地国での免税を積極的に推進すべきである。
3.新日米租税条約の意義
アメリカは、1977年に米国独自のモデル租税条約を公表し、その後1981年に改訂版を出し、新た
に1992年から検討に入り1996年9月に新米国モデル租税条約を公表した。アメリカのモデル条約は
多くの点で OECD モデル条約と類似しているが、特にタックス・ヘイブンや租税回避を含むアメ
リカ独自の関心事を反映したものとなっている。アメリカのモデル条約は条約作成方針の公式見解
を示したものであり、アメリカが租税条約交渉に臨むときの基本的立場を要約したものといえる(7)。
アメリカはこのモデル条約を他国との交渉で無理に強制しようとはしていないが、「内外に米国
の租税条約政策を明らかにして、租税条約交渉を容易にする」(8)という効果がある。我が国も、独
自のモデル租税条約作成とまではいかなくても、他国との租税条約を締結するときには、国際課税
に関する我が国の基本思考および基本的租税政策を前もって内外に示すことによって、租税条約交
渉を円滑に進めることは緊要である。
2004年発効の新日米租税条約は、OECD モデル条約を基調に米国モデル条約の成果が盛り込まれ、
従来から日米租税条約上アメリカの後法優先主義により問題点となっていた支店利益税などが解消
され、資本及び人的交流を促進しながら、国際的租税回避を防止するための規定がきめこまかく条
文化された。その意味で、我が国と他国との租税条約の締結又は改訂、今後の国際課税の方向性を
示唆したものとして評価される。
新日米租税条約の前文は、所得に対する租税に関し、二重課税を回避し脱税を防止する(the
avoidance of double taxation and the prevention of fiscal evasion)ための新たな条約を締結することを
希望して次のとおり協定した、と二重課税の排除と脱税の防止を基本目標とする。
(1) 定義的特徴
新日米租税条約第1条は、この条約に別段の定めがある場合を除くのほか、一方又は双方の締約
国の居住者である者にのみこの条約を適用する(Article1, para.1)とし、第2項では、この条約の
規定が現在又は将来認められる非課税、免税、所得控除、税額控除その他の租税の減免をいかなる
態様においても制限するものと解してはならない、といわゆるプリザベーション条項(preservation
clause)をおく(Article1, para.2)。
本条項に加えて、第4項では、本条約の第9条(特殊関連企業)の2項及び3項、第17条(年
新日米租税条約にみる今後の国際課税の課題
25
金)の3項、第18条(政府職員)
、第19条(学生)
、第20条(教授)、第23条(二重課税の排除)、第
24条(無差別取扱)
、第25条(相互協議)
、および第28条(外交官)を除き、一方の締約国の居住者
とされる者に対する当該一方の締約国の課税及び合衆国の市民に対する合衆国の課税に影響を及ぼ
すものではない、とセービング条項(saving clause)をおく(9)。
合衆国の市民であった個人又は合衆国の長期居住者とされる個人が、租税回避を主たる目的の一
つとして合衆国の市民としての地位を喪失したとされる場合には、この条約の規定にかかわらず、
その市民としての地位を喪失した時から10年間、合衆国において合衆国の法令に従って租税を課す
ことができる(Article1, para.4(b))。これは、居住者としての経済的帰属を利用した租税回避に対し
て、合衆国市民という法的帰属に基づいて課税の追跡が出来ることを宣言したものである。
新日米租税条約の第4条は居住者規定である。租税条約は、一方又は双方の締約国の居住者にの
み適用されるものであるから、居住者の定義は居住者を限定する意味で極めて重要となる。新日米
租税条約は、OECD モデル条約を基本としながら、かなり詳細に居住者の要件を明らかにする。
第1項は、当該一方の締約国の法令の下において、住所(domicile)、居所(residence)、市民権
(citizenship)、本店又は主たる事務所の所在地(place of head or main office)、法人の設立場所
(place of incorporation)その他これらに類する基準により当該一方の締約国において課税を受ける
べきものとされる者をいう、としてこれには当該一方の締約国及びその地方政府又は地方公共団体、
一方の締約国の法令に基づいて組織された年金基金、一方の締約国の法令に基づいて組織された者
(a person organized under the laws of that Contracting State)で、専ら宗教、慈善、教育、科学、芸術、
文 化 そ の 他 公 の 目 的の た め に当 該一方 の締 約 国 に お い て 設 立 さ れ 、 か つ 、 維 持 さ れ る も の
(established and maintained in that Contracting State)が含まれる。ただし、一方の締約国の居住者に
は、当該一方の締約国内に源泉のある所得又は当該一方の締約国内にある恒久的施設に帰せられる
利得についてのみ、当該一方の締約国において租税を課される者を含まない(Article4, para.1)。
第2項は、グリーンカードを取得した外国人の合衆国居住者認定基準である。合衆国の市民又は
合衆国における永住者として適法に認められた外国人(United States citizen or an alien lawfully
admitted for permanent residence in the United States)は、次の要件を満たす場合に限り合衆国の居住
者とされる(Article4, para.2)。
① 当該個人が日本国の居住者に該当するものでないこと。
② 当該個人が合衆国に実質的に所在し、又は恒久的住所若しくは常用の住居を有すること。
③ 当該個人が、日本国と合衆国以外の国との間の二重課税回避のための条約又は協定の適用上、
当該合衆国以外の国の居住者とされる者でないこと。
第3項は、双方の締約国の居住者に該当する個人についての判定基準である。この規定は、
26
経営論集 第63号(2004年11月)
OECD モデル条約と同じものである。恒久的住居基準(permanent home)、重要利害中心基準
(center of vital interests)、常用住居基準(habitual abode)、国籍基準(national)、合意基準(mutual
agreement)によってその地位を決定する(Artile4, para.3)。
第4項は、双方の締約国の居住者に該当する者で、個人以外の法人又は団体についての規定であ
る。この場合には、両締約国の権限のある当局(competent authorities)が合意により居住者とみな
される締約国を決定するが、権限のある当局による合意がない場合(in the absence of a mutual
agreement)には、その者は、この条約により認められる特典を要求する上で、いずれの締約国の
居住者とも認められない(Article4, para.4)。双方の締約国の居住者と認められないのであるから、
この条約の適用はないことになる。
第5項は、我が国独自の非永住者規定を盛り込んだものである。我が国の国内法における非永住
者とは、居住者のうち、日本国内に永住する意思がなく、現在まで引き続き5年以下の期間日本国
内に住所又は居所を有する個人をいう。この非永住者に対する課税は、国内源泉所得の全部とその
他の所得で日本で支払われたか、又は外国から日本ヘ送金されたものが対象とされる(所法7①
二)。
この場合、当該居住者がその所得のうち、当該他方の締約国に送金され又は当該他方の締約国内
で受領された部分についてのみ(only on that part of such income which is remitted to or received in that
other Contracting State)当該他方の締約国において租税が課されることとされているときは、その
軽減又は免除は、その所得のうち当該他方の締約国に送金され、又は当該他方の締約国内で受領さ
れた部分についてのみ適用する(Article4, para.5)。
(2) 特殊企業体への租税条約の適用
アメリカでは、パートナーシップ(the partnership)は分離された納税主体としては扱われない。
パートナーシップの所得や控除は、個人であっても法人であっても、個々のパートナー
(partners)に導管として流れる(10)。
他の導管会社(flow through entities)としては、RIC(Regulated Investment Company)、REIT
(Real Estate Investment Trust)及び REMIC(Real Estate Mortgage Investment Conduit)がある。
RIC とは、多様化した有価証券を保有し、総所得の90%以上が株式又は証券の配当、利息、譲渡
益から生じたものでなければならないが、すべての分配利益が株主にのみ課税される。REIT は、
総所得の75%以上が消極的不動産活動から生じたもので、課税所得の95%以上が配当として分配さ
れなければならない。これらの条件が満たされれば、所有者に対してのみ課税される。REMIC 自
身は、納税の義務を負わない。REMIC の利益は直接持分所有者に課税される(11)。
新日米租税条約にみる今後の国際課税の課題
27
新日米租税条約第4条第6項は、LLC(Limited Liability Company)及びパートナーシップ等のパ
ス・スルー企業体に対する租税条約の適用を、居住者定義から規定したもので五つの場合に分けて
課税関係を明らかにしている。我が国の特殊企業体としては匿名組合等がある。かかる特殊企業体
に関する租税条約の規定は画期的なものである。
(a) 一方の締約国において取得される所得であって、他方の締約国において組織された団体を通
じて取得され、かつ、当該他方の締約国の租税法令に基づき当該団体の受益者
(beneficiaries)、構成員(members)又は参加者(participants)の所得として扱われるもの。
この場合には、当該一方の締約国の租税法令にかかわらず、当該他方の締約国の居住者であ
る(a resident of that other Contracting State)当該受益者、構成員、又は参加者(この条約に別
に定める要件を満たすものに限る。)の所得として取り扱われる部分についてのみ、この条約
の特典(the benefits of the Convention)(当該受益者、構成員又は参加者が直接に取得したもの
とした場合に認められる特典に限る。
)が与えられる。
(b) 一方の締約国において取得される所得であって、他方の締約国において組織された団体を通
じて(through an entity that is organized in the other Contracting State)取得され、かつ、当該他方
の締約国の租税に関する法令に基づき当該団体の所得として取り扱われるもの。
この場合には、当該一方の締約国の租税法令にかかわらず、当該団体が当該他方の締約国の
居住者であり、かつ、この条約に別に定める要件を満たす場合にのみ、この条約の特典(当該
他方の締約国の居住者が取得したものとした場合に認められる特典に限る。
)が与えられる。
(c) 一方の締約国において取得される所得であって、両締約国以外の国において組織された団体
を通じて(through an entity that is organized in a state other than the Contracting States)取得され、
かつ、他方の締約国の租税に関する法令に基づき、当該団体の受益者、構成員又は参加者の所
得として取り扱われるもの。
この場合には、当該一方の締約国又は当該両締約国以外の国の租税法令にかかわらず、当該
他方の締約国の居住者である当該受益者、構成員又は参加者(この条約に別に定める要件を満
たすものに限る。)の所得として取り扱われる部分についてのみ、この条約の特典(当該受益
者、構成員又は参加者が直接に取得したものとした場合に認められる特典に限る。)が与えら
れる。
(d) 一方の締約国において取得される所得であって、両締約国以外の国において組織された団体
を通じて(through an entity that is organized in a state other than the Contracting States)取得され、
かつ、他方の締約国の租税に関する法令に基づき当該団体の所得として取り扱われるものに対
しては、この条約の特典は与えられない。
経営論集 第63号(2004年11月)
28
(e) 一方の締約国において取得される所得であって、当該一方の締約国において組織された団体
を通じて取得され、かつ、他方の締約国の租税に関する法令に基づき当該団体の所得として取
り扱われるものに対しては、この条約の特典は与えられない(shall not eligible for the benefits
of the Convention)。
一方の締約国の居住者とは、その国の国内法に基づき住所、居所、市民権、本店又は主たる事務
所の所在地、法人の設立場所等の基準により当該国において課税を受けるべき者をいう。一方の締
約国の居住者が他方の締約国で所得を得た場合に、他方の締約国での租税の免除又は軽減を規定す
るものが租税条約の基本である。
かかる前提に立脚して、(a)の場合は、所得源泉地国で生じた所得が他方の締約国において組織
された団体を通じて取得され、他方の締約国においては組織体(an entity)ではなくその受益者等
の所得として取り扱われるのであるから、当然ながら、他方の締約国の居住者としてこの条約が適
用される。
(b)の場合は、所得源泉地国で生じた所得が他方の締約国で組織された団体を通じて取得され、
当該他方の締約国では当該団体(an entity)の所得として取り扱われるのであるから、当該団体は
明らかに他方の締約国の居住者であり、一方の締約国の課税においては当該租税条約が適用される。
(c)の場合は、両締約国以外の第三国において組織された団体を通じて所得源泉地国で生じた所
得が、他方の締約国の受益者等の所得として取り扱われるものであるから、他方の締約国の居住者
に該当するので当該租税条約が適用される。
(d)の場合は、両締約国以外の第三国において組織された団体を通じて取得される所得で、この
団体は他方の締約国の居住者に該当しないのでこの租税条約の適用はない。この場合には、一方の
締約国の国内法に基づくか又は一方の締約国と第三国との租税条約によって課税されることになる。
(e)の場合は、一方の締約国で組織された団体を通じて一方の締約国において取得される所得に
対しては、他方の締約国の居住者に該当しないのでこの租税条約の適用はない。これは所得源泉地
国である一方の締約国の国内法によって課税されることになる。
4.国際的租税回避の防止規定
新日米租税条約の第22条(limitation on benefits)は、この租税条約を利用して両締約国以外の居
住者が条約の特典を得ることを排除しようとする。第4条で居住者定義をおこなっているが、本条
は居住者を限定するためにさらに詳細な規定を設ける。
一方の締約国の居住者で他方の締約国において所得を取得する者は、この条約の特典を受けるた
めに別に定める要件を満たし、かつ、次の(a)から(f)に掲げる者のいずれかに該当する場合に限り、
新日米租税条約にみる今後の国際課税の課題
29
各課税年度においてこの条約の特典を受ける権利を有する(Article22, para.1)。
(a) 個人(individual)
(b) 当該一方の締約国、当該一方の締約国の地方政府若しくは地方公共団体、日本銀行又は連邦
準備銀行
(c) 法人のうち、その主たる種類の株式及び不均一分配株式(disproportionate)が公認の有価証
券市場に上場又は登録され、かつ、1又は2以上の公認の有価証券市場で通常取引される
(regularly traded)法人又は各種類の株式の50%以上が、5以下の当該一方の締約国の居住者
である法人により直接又は間接に所有されている法人
(d) 第4条1(c)に規定する者
(e) 年金基金(a pension fund)
(f) 個人以外の者で、その者の各種類の株式その他の受益に関する持分の50%以上が当該一方の
締約国の居住者により直接又は間接に所有されていること。および、当該課税年度におけるそ
の者の総所得のうちに、その者が居住者とされる締約国におけるその者の課税所得の計算上控
除することができる支出により(in the form of payments that are deductible in computing its
taxable income)、いずれの締約国の居住者にも該当しない者に対し、直接又は間接に支払われ
た、又は支払われるべきものの額の占める割合が50%未満であること。
この(f)の規定は、居住者によって50%以上所有されているという所有者基準(ownership test)
と利子又は使用料等の損金支出を通して第三国の者に支払われる総所得割合が50%未満であること
を要件とする所得侵食基準(base erosion test)をもって居住者要件とする(12)。
形式基準を満たさなくても、実質基準で居住者と認定する基準が同条第2項である。一方の締約
国の居住者は、他方の締約国において取得するそれぞれの所得(with respect to an item of income)
に関し、当該居住者が当該一方の締約国において営業又は事業の活動に従事(engaged in the active
conduct of a trade or business)しており、当該所得が当該営業又は事業の活動に関連又は付随して取
得され、かつ、当該居住者がこの条約の特典を受けるために別に定める要件を満たすことを条件と
して、この条約の特典を受ける権利を有する。ただし、当該営業又は事業の活動が、当該居住者が
自己の勘定のために投資を行い又は管理する活動である場合にはこの限りでない(Article22,
para.2(a))。
第22条第1項及び第2項のいずれにも該当せず、この条約の特典を受ける権利を有しないとされ
る場合であっても、条約特典の要求を受ける締約国の権限ある当局が、当該締約国の法令又は行政
上の慣行に従って、当該居住者の設立、取得又は維持及びその業務の遂行がこの条約の特典を受け
ることをその主たる目的の一つとするものでないと(not having the obtaining of benefits under the
30
経営論集 第63号(2004年11月)
Convention as one of its principal purposes)認定するときは、この条約の特典を受けることができる
(Article22, para.4)。
5.国内租税法の整備
新日米租税条約の議定書13では、日本の匿名組合(sleeping partnership)について、条約上合衆
国は匿名組合又はこれに類する契約によって設立された仕組み(an arrangement created by a sleeping
partnership)を日本国の居住者でないものと取り扱い、かつ、当該仕組みに従って取得される所得
を当該仕組みの参加者によって取得されないものと取り扱うことができる。この場合には、当該仕
組み又は当該仕組みの参加者のいずれも、当該仕組みに従って取得される所得について条約の特典
を受ける権利を有しない(Protocol,13(a))と規定する。
我が国の匿名組合は、その仕組みが我が国で組織され、その利益が「その他の所得」として分配
されると、租税条約上我が国に課税権はなく、居住地国のみで課税される。居住地国がオランダで
あるとオランダで課税されることになるが、オランダの資本参加免税の適用を受けるとオランダで
も課税を免れる(13)。この免税所得が他の国の投資企業に分配されるという国際的租税回避スキー
ムとして、我が国の TK は利用されてきた。
我が国は、課税権を行使するために、2002年の税法改正で、匿名組合契約を国内源泉所得第12号
(所法161十二)とし、施行令で「政令で定める契約は、当事者の一方が相手方の事業のために出
資をし、相手方がその事業から生ずる利益を分配することを約する契約とする。」(所令288)と規
定し、匿名組合員が10人以下でもその組合員数にかかわらず、匿名組合の分配利益に対して20%の
源泉分離課税が出来ることとした。したがって、非居住者・外国法人の課税は恒久的施設がなけれ
ば源泉分離課税、恒久的施設があれば源泉徴収の後に総合課税ということになる(14)。
匿名組合(TK)の課税については様々な基本的問題がある。組合自体を納税主体とみるのか、
営業者を納税主体とみるのか、恒久的施設の有無で納税主体とみるのか、あるいはパートナーシッ
プとみるのか、所得税法第161条(国内源泉所得)、法人税法第138条(国内源泉所得)の11号、及
び法令第184条に基本的な規定があるとするが、租税条約上は配当でもなく、
「その他の所得」でも
ない。事業所得とするなら、租税条約上明確にする必要があるが、その場合は PE との関連が問題
になる。
匿名組合は、営業者と匿名組合員との法的契約であり、事業自体が投資ファンドであって事業自
体に実体がない。実体がないとすれば納税主体にはなりえない。投資媒体に納税主体がないとして、
営業者が投資家又は参加者に代わって納税を代行し、租税条約の適用申請をすることができるのか
どうかという問題もある。いわゆるトランスペアレント・アプローチが必要となる。このアプロー
新日米租税条約にみる今後の国際課税の課題
31
チによっても、出資者又は参加者が多数の国にまたがり、投資がオープン・ファンドであれば現実
に納税額を把握するのはかなり困難となる(15)。
居住者概念及び居住者以外の者による treaty shopping の防止についても、国内法で整備し、配当、
利子及び使用料に関する正しい課税のあり方と租税回避の防止について、国際的に整合性のある規
定を明確にすべきである。特に、国際課税においては、経済的実質に名を借りた恣意的課税権の行
使や行政通達のみで課税する通達課税は、国際取引課税の予測可能性及び国際的信義誠実の原則に
反するものとして認められないのであるから、租税法律主義に基づいて租税法自体を体系的に整備
し、基本的租税政策を内外に示すことにより、グローバルな視点から租税条約を締結することが切
要となる。
おわりに
租税条約は、通常、二国間での互恵主義(reciprocity)を前提として、居住者の所得に対する二
重課税を両国で調整するために締結する。租税条約は国内法に優先して適用されるが、基本的には
国内法において居住者の国外源泉所得の課税と調整、非居住者又は外国法人に対する国内源泉所得
の範囲と課税について明確に規定する必要がある。特に我が国においては、居住者・非居住者定義
が曖昧であり、国際的二重課税の調整及び匿名組合等の特殊企業体に対する課税についても明確に
されていない。
居住者と非居住者との間に非永住者概念を設定するが、この非永住者の所得は現実にはほとんど
正確に捉えられていない。非永住者概念が必要か否かについても、居住者概念の中で抜本的に検討
する必要がある。我が国の匿名組合を使った国際的租税回避のスキームが横行しているが、この匿
名組合についても、パートナーシップに類似する導管として明確にする必要があり、その場合には
アメリカのような情報申告制度(information tax return)を積極的に取り入れる必要がある。
注
(1) 小沢進・高山政信・矢内一好『Q&A租税条約』財経詳報社、2004年、7頁。
(2) 矢内一好『詳解日米租税条約』中央経済社、2004年、24頁。
(3) 川田剛『国際課税の基礎知識』税務経理協会、2004年、120~121頁。
(4) 本庄資『租税条約』
(国際課税の理論と実務第3巻)税務経理協会、2000年、22頁。
(5) 矢内一好『租税条約の論点』中央経済社、1997年、30頁。
(6) 仲谷栄一郎・梅辻雅春・井上康一・藍原滋『外国企業との取引と税務』商事法務、2003年、339頁。
(7) Joseph Isenbergh, International Taxation (NewYork, NY: Foundation Press, 2000) pp.198-199.
(8) 矢内一好『詳解日米租税条約』、前掲書、21頁。
32
経営論集 第63号(2004年11月)
(9) Charles I. Kingson & Cynthia A. Blum, International Taxation (New York,NY: Aspen Law & Business,1998) p.702.
(10)Paul R. McDaniel & Hugh J. Ault, Introduction to United States International Taxation (The Hague, The Netherlands:
Kluwer Law International,1998) p.27.
(11)Ibid, pp.29-30.
(12)品川克己『完全詳解 新日米租税条約の実務』税務研究会出版局、2004年、58頁。
(13)富永英樹『EU 進出企業のオランダ投資税制ハンドブック』中央経済社、2004年、74頁。
(14)本庄資『国際租税法』大蔵財務協会、2002年、116頁。
(15)本庄資『国際的租税回避―基礎研究―』税務経理協会、2002年、136頁。
(2004年9月25日受理)
Fly UP