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安全性モノグラフ
安全性モノグラフ 本モノグラフは, 海外データを基に作成されております. 日本国内での適正使用につきましては,「適正使用ガイド」を ご参照ください. CONTENTS 1.0 はじめに 01 2.0 アダリムマブ投与における重要な既知の安全性リスク 02 2.1 重篤な感染症 02 2.1.1 結核 04 2.1.2 日和見感染 06 2.1.3 B型肝炎ウイルス再活性化 07 2.2 悪性腫瘍 08 2.2.1. 肝脾T細胞リンパ腫 09 2.2.2 小児における悪性腫瘍 09 2.3 うっ血性心不全 11 2.4 脱髄疾患 12 3.0 適応症全体の安全性 13 4.0 用語集 14 5.0 参考文献 15 付表 表 1. 適応症別重篤な有害事象の発現率 HUMIRA (adalimumab) Safety Monograph 13 1.0 はじめに アダリムマブは, ヒトペプチド配列のみを含む遺伝子 組換えヒト免疫グロブリン(IgG1)モノクローナル抗体 であり, 腫瘍壊死因子(TNFα)に対して高い親和性及び 特異性を持って結合する. TNFαは, 自己免疫疾患に 関連する多くの組織において, 炎症反応を誘導すること が知られているサイトカインである. アダリムマブを含むTNF阻害薬は, 今までに多くの患者 に有益性を提供してきた. アダリムマブは, 15年以上に わたる臨床試験の経験及び6年以上の市販後調査の データをもとに, 十分に特徴付けられた安全性プロファイル を有している. 本安全性モノグラフは, 医師及び医療従事者に, 以下の 内容を提供することを目的に作成されている. 1. アダリムマブを投与している患者に発現するおそれ のある, 重要な特定された安全性リスクに関する情報 2. アダリムマブを投与する患者のスクリーニング及び モニタリングを通じ, 特定された安全性リスクを管理 又は抑制する方法 3. アダリムマブのリスクと, 症状発現時に主治医へ 速やかに報告することの重要性を, 患者に伝える際の 補足情報 1 2.0 アダリムマブ投与における重要な既知の安全性リスク これから示す各項では, 全世界のアダリムマブの添付 文書で特定されている感染症, 悪性腫瘍, 心不全及び 脱髄疾患のリスクについて詳しく説明する. これらの リスクは, TNF阻害薬に共通するものであり, 添付文書で も確認することができる. 2.1 重篤な感染症 アダリムマブを含むTNF阻害薬を投与した患者で, 重篤な感染症が報告されている. これらの感染症の原因 は, 細菌, マイコバクテリア, 侵襲性真菌(播種性又は 肺外ヒストプラスマ症, アスペルギルス症, コクシジ オイデス症), ウイルス, 寄生虫, 日和見感染菌等である. まれに, 結核, リステリア症, レジオネラ症, ニューモシス ティス肺炎, 鷲口瘡以外のカンジダ症も報告されている. 臨床試験では, 肺炎, 腎盂腎炎, 化膿性関節炎, 敗血症等 の重篤な感染症が認められており, その中には入院が 必要となるもの, 死に至るものも報告された. 65歳を超える患者で, 合併症を有する, さらに/もしくは コルチコステロイドやメトトレキサート(MTX)等の 免疫抑制剤を併用する場合, 様々な種類の感染症の リスクが上昇するおそれがある. 一部の感染症は特定 の地域でのみ発生することから, 患者の居住地や旅行 先によって, 感染症の種類は変化すると考えられる. アダリムマブは, 重篤な感染症(敗血症等)の患者への投与 は禁忌になっている (症状を悪化させるおそれがあるため). 結核及び日和見感染については, それぞれ2.1.1項及び 2.1.2項で詳しく説明する. アダリムマブ投与中の重篤な感染症のリスクを 最小化するためには: ・患者も医師も, アダリムマブの投与前, 投与中及び投与 後には, 感染症に関して注意深くモニタリングを行う. ・発熱, 倦怠感, 体重減少, 発汗, 咳嗽, 呼吸困難等の 徴候や症状, 又は胸部画像検査で異常所見が 見られた場合には, 感染症を疑い, アダリムマブの 投与を中止する等の適切な処置を行う. 診断や治療 にあたっては, 必要に応じて感染症専門医に相談する. ・患者がアダリムマブ投与中に重篤な感染症を発現 した場合は, 速やかに適切な処置を行い, 感染症が コントロールできるようになるまでは投与を中止する. ・アダリムマブ投与において, 生ワクチンの接種に 起因する感染症を発現したとの報告はないが, 感染症発現のリスクを否定できないので, 生ワクチン 接種は行わない. ・手術を実施する前には, アダリムマブの一時的な 中止を考慮する必要がある. 2 HUMIRA (adalimumab) Safety Monograph 重篤な感染症-よくある質問 1. アダリムマブ投与の結果として重篤な感染症 を発現させるリスクとは何か? 感染症を発現したアダリムマブ投与患者の多くは, MTX, チオプリン製剤又はコルチコステロイド等の免疫 抑制剤を併用しており, このことが感染症のリスクを上昇 させると考えらえる1. また, 65歳を超えた患者は, 若年患者より感染リスクが 高くなる. Gallowayらは, TNF阻害薬投与中の重篤な 感染症において, 加齢が独立した因子であることを 示した2. さらに, TNF阻害薬によって治療される自己免疫疾患には, 固有の感染リスクも存在する. 例えば, 関節リウマチ(RA) 患者における重篤な感染症の発現率は, 一般集団及び RAを有しない人々よりも高い. Burmesterらが発表した論文には, 2010年11月6日 までに実施されたアダリムマブの対照臨床試験における 感染症の発現率が示されている. アダリムマブを投与した 被験者の重篤な感染症の発現率は, TNF阻害薬を投与 しなかった対象疾患集団における重篤な感染症の発現率 と同程度であった. また, アダリムマブの臨床試験 データによると, RA患者の感染症発現率が4.6件/100 患者・年(PYs)であったのに対し, クローン病(CD)患者 の感染症発現率は6.7件/100PYsであった1. RA患者において最も多く発現した重篤な感染症は, 肺炎であった. CD患者で最も多く発現したのは, 基礎 疾患である腸疾患の合併症としてよく見られる消化管膿瘍 であり, 2番目に多く発現した感染症は, 肺炎であった1. 2. アダリムマブ投与中の患者が重篤な感染症 を発現した場合の対応は? 患者がアダリムマブ投与中に重篤な感染症を発現した 場合は, 速やかに適切な処置を行い, 感染症がコント ロールできるようになるまでは投与を中止する. 患者に発熱や咳嗽が発現し, 特に全身症状が認められる 場合には, 結核や真菌も考慮した感染症に関する精密 検査を実施する. 最近の旅行歴や感染者との接触に ついても問診を行う. 診断や治療にあたっては, 必要に 応じて感染症専門医に相談する. 感染症発現後のアダリムマブの休薬期間については, 一定の見解は得られていない. 投与再開時期について は, 感染症治療後の患者の容態や予後に基づいて, 治 療を担当した医師が判断するのが最も望ましい. 3. アダリムマブを投与している患者における 感染症の発現リスクは, 投与期間の長さ とともに上昇するのか? 長期間にわたりTNF阻害薬を投与した後の感染症の 発現率については, 情報が限られている. しかし, TNF 阻害薬治療中の感染リスクは, 治療段階に応じて異なる ことを示唆したデータがある. すなわち, 治療開始後 早期と, 治療開始から長期間が経過した時点を比較する と, リスクが異なる可能性がある. 複数の試験が, 治療 開始後早期の方が感染リスクが高いと示唆している. 11,700例を超える英国RA患者の観察レジストリ (英国リウマチ学会生物学的製剤レジストリ[BSRBR]) によると, 重篤な感染症のリスクは, TNF阻害薬投与 開始後最初の6ヵ月間が最も高かった 2. しかし, RA 患者を対象としたアダリムマブの10年間に及ぶ最新の 非盲検試験では, 投与期間を通じてリスクは同程度で あると示されている1. 4. アダリムマブの術前休薬期間はどのくらいか? 待機手術の前にアダリムマブを中止すべきか, また, その 休薬期間について, アッヴィは勧告を行っていない. アダリムマブの平均半減期は約2週間であり, 体内から 薬剤が完全に排出されるまでには, 5半減期が必要と される. 以下に要約するガイドラインには半減期が適用 されたと考えられ, 推奨休薬期間はゼロから1ヵ月以上 と, ガイダンスによって幅が生じている. 米国リウマチ学会(ACR)のRAにおける非生物学的 製剤及び生物学的製剤の投与に関する提言は,「それ ぞれの生物学的製剤の薬物動態特性及び手術の感染 リスクを考慮し, 術前1週間以上及び術後1週間以上 は生物学的製剤を投与してはならない」としている3. 欧州クローン病・大腸炎会議(ECCO)のガイドラインは, 「TNF阻害薬による治療と腹部手術との最適な間隔 については, 専門家間で合意に至っていない. 1ヵ月, 1ヵ月以上, 間隔は重要ではない, それぞれの意見が 同じ割合であった. なお, 本件に関する論文等のエビ デンスはない」としている4. 米国消化器病学会(ACG)のガイドラインは,「コルチ コステロイドが術後感染性合併症のリスクを上昇させる のとは対照的に, アザチオプリンもしくは6-メルカプト プリン*, 及び/又はインフリキシマブの周術期投与は, 術後感染性合併症のリスク因子であるとの証明はされて いない」としている5. *:日本では, クローン病に対する適応症の承認はない. 英国リウマチ学会(BSR)ガイドラインは,「インフリ キシマブ, エタネルセプト及びアダリムマブの投与は, 大手術の前2~4週間にわたって休薬する必要がある. 術後に感染のエビデンスが認められない場合には, 創傷が十分に治癒した時点で治療を再開してもよい (製薬会社から提供された情報) .」としている6. 5. 周術期のアダリムマブ投与によって, 手術部位の感染症は増加するか? 周術期の生物学的製剤投与によって, 手術部位の感染症 リスクが上昇するか否かに関するデータは限られて いる. RA患者及び乾癬性関節炎(PsA)患者を対象と した後向き研究及び後向きカルテレビューから, アダリムマブを含むTNF阻害薬の周術期の投与に ついて評価が行われた7, 8, 9. しかし, これらの研究間 では患者の転帰に一貫性が認められなかった. そのため, 術後感染症の発現率及び創傷治癒に関する具体的な 指針を示すことは不可能と考えられた. 3 2.1.1 結核 アダリムマブを含むTNF阻害薬を投与した患者で, 潜在性結核の再活性化及び結核の新規発症が報告 されている. これらの報告には, 肺結核及び肺外結核 (播種性等)が含まれている. TNFαは, マウス結核菌の感染に対する防御作用に おいて, 重要な役割を担っていることがわかっている. In vitro及びマウスを使用したin vivo試験より, 結核菌 に対する防御機構としてTNFαがマクロファージを 活性化していることが明らかになった. さらにこれらの 試験では, TNFαが存在しない場合, 結核菌を封じ込め, その複製を制限している肉芽腫の形成に悪影響を もたらすことも示している10. TNF阻害薬は, 結核菌に対する抗菌活性に必要とされる ヒトマクロファージにおけるファゴソームの成熟阻害11 やCD8陽性T細胞の減少12を引き起こす一因と考え られている. したがって, 結核等の感染に対する防御作用 でのTNFαの重要性を踏まえると, たとえ確実に結核 の治療が行われたとしても, 結核の曝露歴又は感染歴を 有する患者については十分なモニタリングを行うなど, TNF阻害薬投与中は活動性結核の発現に注意しなく てはならない. 結核のリスクを最小化するためには, アダリムマブ の投与前に, すべての患者を対象に, 活動性結核 又は潜在性結核感染の有無について評価すること が重要である: ・結核の曝露歴又は感染歴, ならびに免疫抑制剤 の治療歴に関する情報を詳細に収集する. 胸部 X線検査に加え, インターフェロン-γ遊離試験 又はツベルクリン反応検査を行い, 適宜胸部 CT検査等を行うことにより, 結核感染の有無 を確認する. これらの検査結果を, 日付ととも に患者のカルテに記録する. ・重篤な疾患もしくは易感染状態の患者において は, ツベルクリン反応で偽陰性となる可能性が あるので注意する. ・活動性結核と診断された場合は, アダリムマブ の投与を開始してはならない. ・結核の既往歴を有するもしくは潜在性結核が 疑われる場合には, 結核の診療経験がある医師 に相談し, アダリムマブの開始前に抗結核薬を 投与するなど, 指針等に従い適切な対応を行う. ・医師は, 過去に活動性結核の治療を確実に 行った患者であっても, アダリムマブの投与中 に結核が発現することがあるということを, 認識しておかなくてはならない. ・患者に対し, アダリムマブの投与中, また, 投与を 中止した後も, 結核の感染を示唆する徴候や 症状(持続する咳, 体重減少, 発熱等)が発現 した場合には, 速やかに主治医に連絡するよう 説明する. 4 HUMIRA (adalimumab) Safety Monograph 結核-よくある質問 1. アダリムマブ投与中に活動性結核を 発現した患者の対処方法は? 3. 結核の既往歴を有する患者に対して, アダリムマブの投与は可能か? 患者が活動性結核と診断された場合は, アダリムマブ の投与を中止する. 結核の診療経験がある医師に相談 し, 指針等に従い治療を行い, 定期的な観察を通じて 注意深く患者のモニタリングを行う. アダリムマブの適用にあたっては, 投与のリスク・ ベネフィットを慎重に検討する. 結核の既感染者では症状の顕在化及び悪化のおそれが あるため, アダリムマブの投与に先立って結核に関する 十分な問診及び胸部X線検査に加え, インターフェロン-γ 遊離試験又はツベルクリン反応検査を行い, 適宜胸部CT 検査等を行うことにより, 結核感染の有無を確認する. 結核感染(潜在性を含む)が疑われる場合には, 結核の 診療経験がある医師に相談し, 指針等に従い, アダリム マブの開始前に適切な抗結核薬を投与する. アダリムマブ投与前にツベルクリン反応等の検査が陰性 の患者においても, 投与後活動性結核があらわれること があるため, アダリムマブ投与中は胸部X線検査等の 適切な検査を定期的に行うなど結核の発現に十分注意 する. 2. 胸部X線に異常はないが, ツベルクリン 反応検査が陽性の患者に対するアダリムマブ の投与は安全か? このような患者では, 活動性結核を除外することが 最も重要である. 胸部X線が正常に見える場合にも, その ほかの身体部位に結核が存在する可能性がある. 結核 又は肺外結核の徴候や症状が認められる場合には, 入念な検査を実施する. 活動性結核と診断された場合は, アダリムマブの投与を開始してはならない. 結核又は肺外結核の徴候や症状が認められない場合でも, 潜在性結核であることがある. 潜在性結核が疑われる 場合には, 結核の診療経験がある医師に相談する. 「生物学的製剤と呼吸器疾患診療の手引き(日本呼吸器 学会編集)」では, 抗結核薬開始後3週間経過したら 生物学的製剤の投与を開始してもよいが, 以後も 計6~9ヵ月間並行して投与し, 綿密に経過観察を行う としている. アッヴィでは, このような患者に関する判断及び管理に ついては, 結核の診療経験がある医師に相談することを 推奨している. 5 2.1.2 日和見感染 TNF阻害薬を投与している患者は, ニューモシスティス 肺炎, ヒストプラスマ症, アスペルギルス症, ブラストミセス症, 全身性カンジダ症, コクシジオイデス症, レジオネラ症, リステリア症等の日和見感染を発現しやすい. これらの 感染症はまれな症状を呈することが多く, また, 詳細な 評価を行う前に経験的な治療が行われることがあり, 死亡に至った症例も報告されている. の胞子を吸入することで発現する全身性の化膿性 肉芽腫性感染症であり, 最初に肺が影響を受ける. すべての器官に感染の可能性があるが, 皮膚, 骨及び 泌尿生殖器系といった肺外疾患となることが多い. 肺ブラストミセス症の症状は, 急性又は慢性肺炎の様相 を示すものだけでなく, 無症候性感染となる場合もあり, また多くの場合, 血行性播種を伴う16. ニューモシスティスは, ヒトの肺で認められる低病原性 の真菌の一つであり, 免疫不全宿主において, 肺炎の原因 となる. ニューモシスティス肺炎発現における重要な因子は 細胞性免疫不全であり, ヒト免疫不全ウイルス (HIV) 感染者 におけるニューモシスティス肺炎が代表的であるが, 免疫抑制剤を投与している患者にも起こり得る13. カンジダ菌は, カンジダ症を引き起こす真菌であり, 消化管 の細菌叢の一部として日常的に生息し, 膣細菌叢の一部 として存在することもある17. 150種を超えるカンジダが 存在するが, ヒトの疾患において臨床的に重要な病原体 と考えられるものは, カンジダ・アルビカンス, カンジダ・ トロピカリス, カンジダ・パラプローシス, カンジダ・ クルセイ, カンジダ・ステラトイデア, カンジダ・ギリエル モンディ, カンジダ・ルシタニエ及びカンジダ・グラブラタ 等である15. カンジダ種の病原体は多様であるが, 大部分 の健康人では, カンジダの存在は抗体産生及び細胞性 免疫を亢進するため, 臨床的に明らかな感染の症状発現 に至ることはない. しかし, ヒトの宿主防衛に障害が あると, 多くの場合, カンジダの性質が共生から病原性 へと変化する. 口腔真菌感染の原因の多くはカンジダ であり, 未治療のまま放置すると, 中咽頭カンジダ症 をきっかけとし, 食道カンジダ症等のより侵襲性の高い 疾患を生じるおそれがある17. ヒストプラスマ・カプスラーツムは, ヒストプラスマ症を 引き起こす真菌であり, 米国のオハイオ川及びミシシッピ川 渓谷地域等, 世界数ヵ所で流行が確認されている. ヒストプラスマ・カプスラーツムは, ニューヨーク州及び バーモンド州の北部でも流行が確認されている. 建設 現場等で汚染された土壌を掘り起こした際に, ヒスト プラスマ・カプスラーツムの小さな断片が空気中に放出 され, この断片を吸入すると, ヒストプラスマ症を発症 することがある. 一般的に, 免疫が保たれている人が ヒストプラスマ・カプスラーツムに感染しても症状を示す ことはなく, 感染は自然に治癒する. しかし, 免疫不全 患者がヒストプラスマ・カプスラーツムに感染すると, 臨床的に明らかな症状を発現するリスクが高い14. アスペルギルスは, 土壌, 水, 腐敗植物, かびた干し草や 麦わら, 有機堆積物等に広く存在するカビである. アスペルギルスの胞子を吸入すると, アスペルギルス症 が発現することがある. 通常, 吸入しても感染には至ら ないが, 健康人であっても大量のアスペルギルスを吸入 することにより, 感染を起こし得る. 一般的に, 肺組織 への侵襲が起こるのは, 免疫不全患者に限られる. 肺炎 及び慢性閉塞性肺疾患等の肺疾患の既往歴を有する 患者は, アスペルギルスに感染しやすい15. ブラストミセス・デルマチチジスは, ブラストミセス症を 引き起こす真菌であり, 有機堆積物が豊富な森林地域の, 温かい湿潤土壌の中で生育する. ブラストミセス症は, ミシシッピ川及びオハイオ州流域に面する南西部及び 中南部の各州, 中西部の各州, 五大湖に面するカナダの 各州, セントローレンス川沿岸のニューヨーク州及び カナダの狭い地域等の, 世界各地で流行が確認されて いる. アフリカでもブラストミセス症は頻繁に報告されて いる. ブラストミセス症は, ブラストミセス・デルマチチジス 6 HUMIRA (adalimumab) Safety Monograph コクシジオイデス・イミチスは, コクシジオイデス症を引き 起こす真菌であり, 米国, メキシコ, 中米及び南米の 乾燥地帯で確認されている. 土壌から風で運ばれてきた 分節胞子を吸入することで, コクシジオイデス症を発現 する. 多くの場合は無症候性であり, 感染は自然に治癒 する. しかし, 免疫不全患者が感染すると, 播種性疾患を 発現するリスクが高い18. レジオネラは, レジオネラ症と言われる2種の臨床症候群 (レジオネラ肺炎及びポンティアック熱)を引き起こす細菌 である. ポンティアック熱は急性のインフルエンザ様症状を 特徴としており, 自然に治癒し, 肺炎を含まない. レジオネラ科には少なくとも49種, 64以上の血清型が 存在する. レジオネラ・ニューモフィラはその代表で, ヒト 感染症の原因の80~90%を占める. レジオネラは水中に 生息している. 住宅用及び工業用の上水道(病院, 長期 介護施設, ホテル及び大型ビルの飲料水供給施設等)での コロニー形成が, 市中感染性のレジオネラ病に関連して いる. エアロゾル化, 吸入又は肺への直接的な到達が, レジオネラの主な伝播様式である. グルココルチコイド 又はTNF阻害薬等の投与が, レジオネラ肺炎のリスク因子 として特定されている. 免疫不全患者が感染の早期に適切 な治療を受けなかった場合, 死亡率は80%までに達する19. 2.1.3 B型肝炎ウイルス再活性化 リステリア・モノサイトゲネスは, リステリア症を引き 起こす細菌であるが, 一般集団において疾患の原因と なることはまれである. しかし, 免疫不全患者, 新生児, 妊婦及び細胞性免疫不全を有する場合, 生命を脅かす 疾患となり得る. リステリア・モノサイトゲネスは, 土壌, 腐敗植物, 水のほか, 多くの哺乳類の糞便細菌叢の 一部でも確認されている. 多くの食品が, リステリア・ モノサイトゲネスによる汚染の危険性があり, ヒトリ ステリア症の多くは食物由来であると考えられている20. アダリムマブを投与する患者において, 日和見感染 のリスクを最小化するためには; ・日和見感染等の重篤な感染症が認められる患者 には, アダリムマブの投与を行ってはならない. ・アダリムマブ投与中に日和見感染等の重篤な 感染症を発現した場合は, 速やかに適切な処置を 行い, 感染症がコントロールできるようになるまで は投与を中止する. ・発熱, 倦怠感, 体重減少, 発汗, 咳嗽, 呼吸困難等の 徴候や症状, 又は胸部画像で異常所見が見られた 場合には, 感染症を疑い, アダリムマブの投与を中止 する等の適切な処置を行う. 診断や治療にあたって は, 必要に応じて感染症専門医に相談する. TNF阻害薬の投与は, B型肝炎ウイルス(HBV)キャリア の患者又は既往感染者(HBs抗原陰性, かつHBc抗体 又はHBs抗体陽性)でのHBV再活性化に関与している. TNF阻害薬の投与中にHBV再活性化を発現し, 致命的 な転帰をたどった症例もある. 多くの報告は, 免疫系 を抑制する薬剤を併用しており, これらもまた, HBV 再活性化に寄与したものと考えられる. TNFαはウイルスの複製を阻害し, HBVに対する特異的な T細胞の免疫応答を引き起こす21, 22. そのため, TNFα を阻害すると, 感染した肝細胞からのHBVの排除を 妨げ, 宿主の免疫防御からウイルスが逃れることを 可能にすると考えられている23. アダリムマブを投与する患者において, HBV再活性 化のリスクを最小化するためには: ・アダリムマブ投与に先立って, HBV感染の有無 を確認する. ・HBVキャリアの患者又は既往感染者にアダリム マブを投与する場合は, 肝機能検査値や肝炎 ウイルスマーカーのモニタリングを行うなど, HBVの再活性化の徴候や症状の発現に注意する. ・アダリムマブ投与中に再活性化が見られた場合 には, 直ちに投与を中止せず, 対応を肝臓専門医 と相談するのが望ましい. 7 2.2 悪性腫瘍 TNF阻害薬を投与している患者において, リンパ腫, 非黒色腫皮膚癌(NMSC), 黒色腫, 白血病, メルケル 細胞癌(MCC:皮膚神経内分泌癌)及び肝脾T細胞 リンパ腫等の悪性腫瘍が報告されている. ならびにRA及びCD等の自己免疫疾患における免疫 抑制は, MCC発現のリスク因子としてよく知られて いる24. なお, アダリムマブの投与がMCC発現に関与 するという明白なエビデンスはない. アダリムマブの長期非盲検試験での悪性腫瘍の発現率 は, 年齢, 性別及び人種を一致させた一般集団で予測 される発現率と同程度であった. しかし現在の知見では, TNF阻害薬を投与する患者において, リンパ腫等の 悪性腫瘍発現の可能性を排除することはできない. ACRのRAにおける非生物学的製剤及び生物学的製剤 の投与に関する提言は,「固形悪性腫瘍又はNMSCの 治療が完了してから5年を超える期間が経過し, そのほか の項目でRA治療対象基準を満たす患者については, 生物学的製剤の投与を開始又は再開することが可能」 としている25. アダリムマブを含むTNF阻害薬の臨床試験において, 悪性リンパ腫等の悪性腫瘍の発現頻度が, 対照群に比べ 高かったとの報告がある. しかし, 長期にわたる高活動性 の炎症性疾患を有するRA患者では, リンパ腫の背景リスク が上昇するため, 正確なリスクの評価を困難にしている. RA, PsA, 強直性脊椎炎(AS), CD, 潰瘍性大腸炎 (UC) 及び乾癬(Ps)成人患者を対象とした, アダリムマブ のグローバル対照及び非対照試験47件では, リンパ腫 及びNMSC以外の悪性腫瘍として, 乳癌, 結腸癌, 前立腺癌, 肺癌及び黒色腫が多数報告されている. しかし, 対照群のサイズが小さく, 対照試験部分の 期間も短いことから, リスクに関する確固たる結論は 得られていない. 米国国立癌研究所(NCI)のサーベイランス・疫学・ 最終結果(Surveillance, Epidemiology, and End Results: SEER)データベース(年齢, 性別及び人種に ついて背景因子調整済み)によると, 上記試験で確認 された, アダリムマブを投与した患者における悪性腫瘍 の発現率と癌種は, 米国の一般集団で予想されるもの と類似していた. TNF阻害薬の投与に関連した急性白血病, 慢性白血病 及びMCCの市販後症例も報告されている. これらの 副作用は症例数が不確かな母集団から自発的に報告 されたため, 発現頻度を正確に算出したり, アダリム マブ投与との因果関係を明らかにすることは難しい. MCCはまれな侵襲性の皮膚癌であり, 良性に見えること から, 認識されないことが多い. そのため, 転移巣が 認められた後に診断される傾向にある. MCCは, 年齢 50歳未満での発現は極めてまれであることから, MCC の発現率は年齢に大きく関連していると考えられて いる. MCCの発現率は年齢とともに上昇し, 最も高い 年齢区分(85歳超)で最大値に達する. さらに, HIV感染, 慢性リンパ性白血病, 臓器移植(免疫抑制剤の使用) 8 HUMIRA (adalimumab) Safety Monograph 国際脊椎関節炎評価学会の手引きは,「基底細胞癌(BCC) 及び診断, 治療から10年を超える期間が経過した悪性 腫瘍(完治の確率が高いとされている)を除き, 悪性 腫瘍の病歴を有する患者に対しては, TNF阻害薬の投与 は禁忌」としている26. なお, 英国のRA患者のレジストリであるBSRBRから 収集したデータをもとに, 悪性腫瘍の既往歴を有する RA患者での癌の発現率に対するTNF阻害薬の影響を 解析すると, 従来の疾患修飾性抗リウマチ薬(DMARDs) を投与している悪性腫瘍の既往歴を有するRA患者と 比較して, 悪性腫瘍の発現率は上昇していないことが 示唆された27. 2.2.1 肝脾T細胞リンパ腫 アダリムマブを投与する患者において, 肝脾T細胞 リンパ腫(HSTCL)の報告は非常にまれである. これらの 患者の多くは, TNF阻害薬の投与歴を有するほか, IBD (炎症性腸疾患)に対してチオプリン製剤の併用もしくは 投与歴があった. なお, HSTCLとアダリムマブとの因果 関係は証明されていない. HSTCLは, 細胞障害性T細胞(通常, γδT細胞受容体 タイプ) によって生じる節外性・全身性の腫瘍であり, 脾臓, 肝臓及び骨髄の著明な類洞浸潤が認められる28, 29,30, 31,32, 33. この希少なリンパ腫が末梢T細胞腫瘍全体に占める 割合は5%未満である34, 35, 36. 全世界の文献で報告された 200例未満の症例によると, 発現率が最大となるのは 青少年及び若年成人であり29, 30, 31, 37, 女性よりも男性 の方が発現率が高い 28, 30, 31, 32, 38. 多くの場合, 患者 には肝脾腫大及びB型症状(発熱, 寝汗及び体重減少) が認められるが, リンパ節症は認められない28, 31, 33, 38. HSTCL患者における末梢血スメアは, 貧血, 血小板減少 及び循環リンパ腫細胞を示すことがある28, 31, 33. 疾患 の経過においては, 異型T細胞が肝臓, 脾臓, 骨髄及び そのほかの臓器にびまん性に浸潤し, 様々な臨床症状 及び合併症を引き起こす28, 31, 32. HSTCLは急速な経過を 辿り28, 30, 31, 38, 生存期間の中央値は2年未満と推定 される28, 30, 31. 2.2.2 小児における悪性腫瘍 アダリムマブを含むTNF阻害薬を投与した小児及び 青少年においてリンパ腫等の悪性腫瘍が報告されて おり, その中には死に至るものも報告された. 症例の 約半数がリンパ腫であり, その他の症例は様々な悪性 腫瘍であった。免疫抑制に関連すると考えられている 希少な悪性腫瘍もあった. 報告された症例によると, これらの悪性腫瘍は投与後平均30ヵ月のうちに発現 していた. 大部分の患者は免疫抑制剤を併用していた. これらの症例は市販後に報告されたものであり, レジストリや医療従事者の自発報告等, 様々な情報源 に由来している. 現在まで, 若年性特発性関節炎の小児及び青少年患者 を対象としたアダリムマブの試験(2~17歳の患者 203例, 605.3PYs)では, 悪性腫瘍は確認されていない. さらに, 小児CD患者を対象としたアダリムマブの試験 (192例, 258.9PYs)においても, 悪性腫瘍は認められて いない. 9 悪性腫瘍-よくある質問 1. 悪性腫瘍の病歴を有する患者に対して, アダリムマブの投与を開始することは可能か? 種類を問わず, 悪性腫瘍の病歴を有する患者でのTNF 阻害薬の投与を評価した, 適切でよく管理された試験は 現時点までに実施されていない. アッヴィでは, 悪性腫瘍の病歴を有する患者における, アダリムマブ投与による悪性腫瘍の再発リスクについて 評価を行ったことはない. 一般的に, アダリムマブを含むTNF阻害薬を投与して いる患者での悪性腫瘍再発の潜在的なリスクについて は, 十分に調査されていない. Ps患者を対象とした 20週間のアダリムマブの試験において, 乳癌の既往歴 を有する患者が1例報告された. 当該試験は, 他のTNF 阻害薬を含む過去の治療に対して難治性を示したPs 及びPsA患者9例を対象に, アダリムマブ40mg単剤を 隔週投与した場合の有効性及び安全性の評価を行って おり, その中に浸潤性乳管癌の既往歴を有する46歳の 女性が参加していた. 本症例は, アダリムマブの投与を 開始する20ヵ月前に浸潤性乳管癌の治療を行い, 試験 開始時には完全寛解に達していた. また, シクロスポリン, エトレチナート, MTX, ソラレン長波長紫外線(PUVA) 療法, アレファセプト及びインフリキシマブ等の複数の 治療歴を有していた. 注意深い観察が行われ, アダリム マブ投与から1年後の時点では, 癌再発のエビデンスは 認められなかった39. 悪性腫瘍の病歴を有する患者へのアダリムマブの投与 については, 個々の患者のリスク・ベネフィットを慎重 に評価し, それに基づいて医師が判断すべきである40. 2. 現在, 癌 (乳癌/肺癌/その他) の治療を行って いる患者に対して, アダリムマブの投与を開始 することは可能か? この質問に対する回答を示すことができる試験は, 現時点までに実施されていない. 3. 悪性腫瘍の既往歴を有する患者への アダリムマブの投与は, 新たな癌のリスクを 上昇させるか? 慎重に検討すべきである. 判断がつかない場合は, 専門 医の助言を求めるべきである」とするECCOのガイド ラインを強化している4. BSRのガイドラインは, 「既に存在している悪性腫瘍又は リンパ増殖性疾患に対して, TNF阻害薬が影響を及ぼす かについては, 不明である」,「バレット食道, 子宮頚部 上皮異形成及び大腸ポリープ等の前癌状態に対する TNF阻害薬の影響についても, 不明である」,「10年以上 にわたり無再発であるならば, 悪性腫瘍の既往歴を 有する患者へのTNF阻害薬の投与を不可能とする エビデンスは存在しない」としている6. 4. アダリムマブの投与は, 皮膚癌のリスクを上昇 させるか? TNF阻害薬を投与した患者において, NMSCのリスクが 上昇したとの報告がある. 中等度から重度の活動性RA, PsA, AS, CD, UC及びPs患者を対象とした, 12週以上に わたって行われた主要なアダリムマブの試験の対照試験 部分において, NMSCの発現率は, アダリムマブ投与群では 9.7件/1000PYsであったのに対し, 対照群では5.1件/ 1000PYsであった. NMSCのうち, 扁平上皮癌(SCC)の 発現率は, アダリムマブ投与群では2.6件/1000PYsで あったのに対し, 対照群では0.7件/1000PYsであった41. アダリムマブ投与に先立っては, すべての患者(特に, 免 疫抑制剤の長期間投与経験がある患者又はPUVA療法 を行った経験のある乾癬患者)において, NMSCの有無 を検査し, 投与中も監視を継続すべきである. 5. リンパ腫の既往歴を有する患者への アダリムマブの投与は, リンパ腫の 再発リスクを上昇させるか? リンパ腫や悪性腫瘍の病歴を有する患者を組み入れた 試験は, 現時点までに実施されていない. 該当するデータが存在しないことを踏まえると, この ような患者に対するアダリムマブの投与を検討する際 には, 十分な注意を払う必要がある42. 6. アダリムマブ投与中に患者がリンパ腫を発現 した場合の対応方法は? この質問に対する回答を示すことができる試験は, 現時点までに実施されていない. アダリムマブ投与中にリンパ腫やその他の悪性腫瘍を 発現した患者の管理について, 評価を行った試験は 現時点までに実施されていない. 2010年に発表されたCDの診断及び治療に関する第2回 欧州コンセンサスは,「非造血系癌の病歴を有する患者 については, TNF阻害薬の投与を開始すべきか否かを BSRのガイドラインは,「臨床的に悪性腫瘍の発現が疑われる 場合には, 検査を実施する. 悪性腫瘍が確認された場合 には, TNF阻害薬の投与中止を検討する」としている6. 10 HUMIRA (adalimumab) Safety Monograph 2.3 うっ血性心不全 うっ血性心不全-よくある質問 アダリムマブはうっ血性心不全患者を対象とした臨床 試験を実施していない. しかし, 他のTNF阻害薬に おけるうっ血性心不全を対象とした臨床試験では, 心不全症状の悪化, 死亡率の上昇が報告されている. 生物学的製剤の投与は, うっ血性心不全 の発現リスクを上昇させるか? うっ血性心不全患者, 主に進行性の慢性心不全患者に おいて, TNFの血中濃度の上昇が確認されている43. また, TNFは左室機能不全, 心筋症及び肺水腫に関連 していると考えられている44. 炎症性サイトカインが 左室機能の調節に重要な役割を果たしていることが 判明したことで, 中等度から重度の心不全患者を対象に, TNFの作用中和を目的とした一連の臨床試験が実施 された45. ACRのRAにおける非生物学的製剤及び生物学的製剤の 投与に関する提言は,「ニューヨーク心臓協会(NYHA) 分類III度もしくはIV度のうっ血性心不全及び左室駆出率 50%以下の患者に対して, TNF阻害薬の使用は推奨 しない」としている25. 米国皮膚科学会(AAD)のPs及び PsAの治療管理ガイドラインは, 「NYHA分類III度 もしくはIV度のうっ血性心不全を有する患者に対しては TNF阻害薬の使用を避ける. NYHA分類I度もしくはII度 の患者においては, 心エコー検査を実施し, 左室駆出率が 50%未満である場合には, 状況によってはTNF阻害薬の 使用を避けるべきである. 軽度のうっ血性心不全患 者に, 心不全の新たな症状もしくは症状悪化が認めら れた場合には, TNF阻害薬を中止する.」としている46. アダリムマブはうっ血性心不全患者を対象とした臨床 試験を実施していないが, アダリムマブ投与下で うっ血性心不全の悪化が報告されている. また, 他の TNF阻害薬におけるうっ血性心不全を対象とした臨床 試験では, 心不全症状の悪化, 死亡率の上昇が報告 されている. そのため, アダリムマブはうっ血性心不全 の患者への投与を禁忌としている(症状を悪化させる おそれがあるため). 別の2つの試験も, TNF阻害薬によるうっ血性心不全の リスク上昇を示唆している47, 48. しかしながら, レジストリ に由来する複数の論文では, TNF阻害薬を投与した患者 におけるうっ血性心不全の発生率は, 対照群と比較して, 低下したもしくは変わらなかったと報告している49, 50, 51, 52, 53. 前述の通り, 試験間においても結果は一致しておらず, TNF阻害薬がうっ血性心不全のリスクを上昇させるか 否かを判断することは困難である. 医師は, TNF阻害薬 投与中のうっ血性心不全について, 慎重にモニタリング を行う必要がある. なお, アダリムマブはうっ血性心不全の患者への投与は 禁忌になっている (症状を悪化させるおそれがあるため). 11 2.4 脱髄疾患 アダリムマブを含むTNF阻害薬において, 中枢神経系 (多発性硬化症, 視神経炎, 横断性脊髄炎等)及び末梢 神経系(ギラン・バレー症候群等)の脱髄疾患の発現 や悪化が報告されている. TNF及びその受容体は, RAの炎症において重要な メディエーターとなっている54. TNFと脱髄プロセスとの 生物学的関連性については, 複数の説が存在する. 説には以下のようなものがある. 1)TNF阻害薬が潜在性感染を再活性化することにより, 自己免疫性の脱髄プロセスを刺激する55, 56. 2)TNF阻害薬が末梢神経系におけるTNFとその受容体 のバランスを崩す55, 57. 3)TNFは脳内において, 未だ解明されていない別の機能 を持つ 55. 4)TNF阻害薬が血液脳関門においてTNFの均衡を変化 させ, TNFが上昇したことにより, 炎症や脱髄を引き 起こす55. IBD患者における, 自然に, 又は生物学的製剤の投与の 結果として発症した脱髄疾患(主に多発性硬化症)の 発現率を明らかにするため, システマティックレビューが 行われた. さらに, デンマーク国内においてTNF阻害薬 治療を受けたIBD患者の評価を実施し, 脱髄疾患症例を 特定した後, デンマークの一般集団における多発性硬化症 の発現率との比較が行われた. 多発性硬化症の発現率 は, TNF阻害薬治療を受けたデンマークのIBD患者に おける症例数を, デンマークの一般集団で予想される 症例数で割った標準化死亡比(SMR) として算出された55. システマティックレビューでは, 治療とは関係なく, IBD 患者においては脱髄疾患(主に多発性硬化症)のリスク が最大4倍になることが明らかになり, TNF阻害薬治療を 受けたデンマークのIBD患者における脱髄疾患(主に 多発性硬化症)のリスクを上回らなかった. TNF阻害薬 治療を受けたデンマークのIBD患者651例からは4例の 脱髄疾患が発現し, そのうち多発性硬化症と確定診断 されたのは1例のみであった. 残りの3例はTNF阻害薬の 中止後に回復していることから, TNF阻害薬治療と 神経学的合併症との間に何らかの関連性があること が示唆された. SMRは4.2だったが, 統計学的有意には 達しなかった55. 脱髄疾患と中間部ぶどう膜炎には関連性があることが知 られている58, 59, 60 . アダリムマブの全臨床試験において, 脱 髄 疾 患 の 発 現 率 は 1 0 0 人 年 当 たり0 . 1 事 象 で , ぶどう膜炎の臨床試験における発現率は100人年当たり 12 HUMIRA (adalimumab) Safety Monograph 0.9事象であった. 社内の疫学研究では, ぶどう膜炎を 対象とした臨床試験で観察された脱髄疾患の発現率は, アダリムマブの投与を受けていないぶどう膜炎患者で 予測される基礎的な発現率と比較して高くはなかった. この疫学研究では, 脱髄/多発性硬化症の発現率が中間部 ぶどう膜炎のサブタイプにおいて最も高いことも示され たが , これは既発表論文 59と一致している. 全般的に, 中間部ぶどう膜炎の患者では, 生物学的製剤投与の有無 に関わらず, 脱髄疾患の発現リスクは増加傾向にある. アダリムマブを投与する患者において, 脱髄疾患の 発現リスクを最小化するためには: ・脱髄疾患(多発性硬化症等)及びその既往の ある患者には投与しない. 脱髄疾患が疑われる徴候 を有する患者及び家族歴のある患者については, 神経学的評価や画像診断等の検査を行い,慎重に 危険性と有益性を評価した上でアダリムマブ適 用の妥当性を検討し, 投与後は十分に観察を行う. ・中間部ぶどう膜炎と中枢神経系脱髄疾患との 関連性が知られていることから, 非感染性中間部 ぶどう膜炎の患者には, アダリムマブの投与開始 前および投与中に定期的な神経学的評価(神経 障害の診断を専門とする医師へのコンサルテー ション,神経学的病歴の精査および身体検査, 臨床検査および/または画像検査)を考慮し, 中枢神経系脱髄疾患の発現の有無を評価する. 3.0 適応症全体の安全性 グローバル臨床試験71件(6の適応症, 23,458症例)の メタ解析を行い, 重篤な有害事象の累積発現率を評価 した. 適応別の100PYsあたりの重篤な有害事象の発現率 を表1に示す. 最も多く報告された重篤な有害事象は, 感染症であった. RA患者を対象としたアダリムマブの 表1 試験では, 重篤な感染症の発現率は4.6件/100PYsで あった. CDを対象とした試験の重篤な感染症の発現率 は6.7件/100人年であり, 他の適応症よりも高かった. 内訳としては, 腹腔内もしくは他の消化管膿瘍であり, CD患者に一般的に見られるものであった1. 適応症別重篤な有害事象の発現率 (単位:件/100PYs) Burmester 2013 結果 RA AS JIA Ps PsA CD N 14,109 1,684 212 3,010 837 3,606 観察人年 23,942.6 1,985.6 604.9 5061.8 997.5 4,138.0 4.6 1.4 2.0 1.7 2.8 6.7 0.3 0 0 0.1 0.2 < 0.1 < 0.1 0 0 0 0 2.0 0.9 0.2 0 0.6 0.2 0.5 リンパ腫 0.1 < 0.1 0 < 0.1 0.2 < 0.1 NMSC 0.2 0.3 0 0.1 0.1 < 0.1 重篤な感染症 結核 日和見感染 悪性腫瘍(リンパ腫およびNMSCを除く) 黒色腫 < 0.1 < 0.1 0 0.2 0 0.1 脱髄疾患 < 0.1 < 0.1 0 0 0 0.1 ループス様症候群 < 0.1 0.1 0 0 0 < 0.1 0.2 0.1 0 0 0 0 < 0.1 < 0.1 0 < 0.1 0.1 < 0.1 0.8 < 0.1 0 0.2 0.3 0.1 うっ血性心不全 既存のPsの悪化もしくは新規発現 死に至った有害事象 RA=関節リウマチ;AS=強直性脊椎炎;JIA=若年性特発性関節炎;Ps= 乾癬;PsA= 乾癬性関節炎;CD= クローン病;NMSC=非黒色腫皮膚癌. 注:発現率は2010年11月6日現在の最新の値である. 出典:Burmester, 2013. 13 4.0 用語集 その他-よくある質問 1. アダリムマブの半減期の長さは, 安全性 プロファイル(特に, 重篤な感染症を発現 した場合)にどのような影響を及ぼすか? アダリムマブの半減期(血中濃度が50%低下するまでに 要する時間)は約2週間であり, 体内から薬剤が完全に 排出されるまでには5半減期が必要とされる. 生物学的 製剤の半減期の長さが, 安全性プロファイル(特に, 重篤 な感染症を発現した場合)の予測因子となるという エビデンスは存在しない. 生物学的製剤投与中に重篤な感染症が発現した場合に 最も重要とされるのは, 最適な治療により感染症を コントロールし, 生物学的製剤を中止することである. 多くの細菌感染症では, 抗菌剤の効果判定は2~3日目 に行われるため, 生物学的製剤の半減期は重篤な感染症 の治療に影響を与える重要な因子とはならない. 2. 生物学的製剤の間にはどんな安全性の違い があるのか? 市販されている生物学的製剤の安全性プロファイルに 関する直接比較試験は, 現在までに実施されていない. そのため, たとえ安全性の違いがあったとしても, 正確 に説明することは不可能である. 14 HUMIRA (adalimumab) Safety Monograph ACR 米国リウマチ学会 AS 強直性脊椎炎 BSR 英国リウマチ学会 BSRBR 英国リウマチ学会生物学的製剤レジストリ CD クローン病 ECCO 欧州クローン病・大腸炎会議 HBV B型肝炎ウイルス HIV ヒト免疫不全ウイルス HSTCL 肝脾T細胞リンパ腫 IBD 炎症性腸疾患 MCC 皮膚神経内分泌癌 MTX メトトレキサート NMSC 非黒色腫皮膚癌 NYHA ニューヨーク心臓協会 Ps 乾癬 PsA 乾癬性関節炎 PUVA ソラレン長波長紫外線 RA 関節リウマチ SMR 標準化死亡比 TNF 腫瘍壊死因子 UC 潰瘍性大腸炎 5.0 参考文献 1. Burmester GR, Panaccione R, Gordon KB, et al. Adalimumab: long-term safety in 23,458 patients from global clinical trials in rheumatoid arthritis, juvenile idiopathic arthritis, ankylosing spondylitis, psoriatic arthritis, psoriasis and Crohn’s disease. Ann Rheum Dis. 2013;72:517-524. 13. Walzer PD, Smulian AG. Pneumocystis species. In: Mandell GL, Bennett JB, and Dolin R, eds. Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases. 7th ed. Philadelphia, PA: Churchill Livingstone, an Imprint of Elsevier; 2009: chap 270. 2. Galloway JB, Hyrich KL, Mercer LK, et al. Anti-TNF therapy is associated with an increased risk of serious infections in patients with rheumatoid arthritis especially in the first 6 months of treatment: updated results from the British Society for Rheumatology Biologics Register with special emphasis on risks in the elderly. Rheumatology (Oxford). 2011;50(1):124-31. Epub 2010 Jul 31. 14. Lee J-H, Slifman NR, Gershon SK, et al. 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